弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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     主    文
   原判決を破棄する。
   被告人を懲役5年及び罰金200万円に処する。
   原審における未決勾留日数中70日をその懲役刑に算入する。
   その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間
被告人を労役場に留置する。
   押収してあるヘロイン合計101.22グラム(原庁平成13年押第152
号の1ないし5)を没収する。
   被告人から金11万3000円を追徴する。
     理    由
 本件各控訴の趣意は,検察官絹川信博及び弁護人岩原義則作成の各控訴趣意書に
記載のとおりであるから,これらを引用する(なお,弁護人は,その控訴趣意書中
未決勾留日数算入の誤りをいう点は独立した控訴の趣意ではなく,量刑不当の主張
の一環にすぎない旨釈明した。)。
第1 検察官の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意中法令の解釈適用の誤りの主張につ
いて
 検察官の論旨は,被告人が共犯者Aから受け取って費消した①航空券代5万80
00円,②パスポートの申請料1万5000円及び③宿泊費等4万円について,こ
れらはいずれも国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防
止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例
法」という。)11条1項1号にいう「薬物犯罪収益」に当たるから,その価額を
すべて被告人から追徴すべきであるのに,原判決が上記①及び②について,これら
が「薬物犯罪収益」に当たらないことを理由にその価額を追徴の対象から除外した
のは,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りである,というの
であり,他方,弁護人の論旨は,上記①ないし③のいずれもが「薬物犯罪収益」に
当たらないから,原判決が上記③について,これが「薬物犯罪収益」に当たること
を理由にその価額を追徴の対象としたのは,判決に影響を及ぼすことが明らかな法
令の解釈適用の誤りである,というのである。
 そこで,各所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも
併せて,検討する。
 1 原判決の判断
 原判決は,「被告人は,かねがねAからヘロインの密輸入に加わるよう誘われて
いたところ,平成12年10月5日ころ,大阪市北区所在のマンションの一室で,
同人の誘いに応じる旨を告げて,本件犯行に加担することとなったが,その際,同
人からパスポートを準備するように指示されるとともに,パスポートの申請料とし
て現金1万5000円を手渡された。その後,被告人は,パスポートの申請をし,
同月13日にこれが発行されたので,そのころこれを受領したが,その受領の際,
申請料(印紙代金)として上記1万5000円を全額費消した。また,被告人は,
同月18日ころ,他の共犯者らも集まっていた上記マンションで,Aから,Bが交
際していた女性(C)と一緒にタイに渡航してヘロインを密輸してもらうなどと具
体的な密輸の方法を告げられた上,関西国際空港でBらに渡すように指示されてヘ
ロインの購入代金90万円を預かるとともに,タイ・関西国際空港間の往復航空券
の引換券(価額5万8000円)と,「これ,ホテル代とかメシ代に使って。」な
どと言って現金4万円を手渡された。さらに,被告人は,Aとの間で,本件犯行が
成功したときには,以後Aから従前より安価な1グラム2万円でヘロインを購入で
きるとの取り決めもし,具体的な報酬内容を定めた。そうした後に,被告人は,同
日午前8時ころ,関西国際空港でBと落ち合って,同人に上記ヘロイン購入代金9
0万円のうちの80万円を渡した。そして,Bは,これをCに渡した。なお,被告
人は,残りの10万円についても,タイ渡航後,Cに渡している。被告人は,同
日,Cと共に関西国際空港からタイへ出発した。ところで,被告人は,関西国際空
港に到着した時点で,上記ヘロイン購入代金90万円を除くと,Aからもらった4
万円と,もともと自分のものであった約1万9600円を所持していた。被告人
は,同日,関西国際空港で空港使用料として2800円,たばこ代として4800
円をそれぞれ支出した。そして,同日から同月22日までのタイ滞在中にも,適宜
日本円をタイバーツに両替した上で,ホテル代として合計2800バーツ,食事代
として合計290バーツ,自己使用のためのヘロイン購入代として合計6800バ
ーツ,土産代として1000バーツ,タクシー代として20バーツをそれぞれ支出
し,また,Cに5000円を貸し付け,さらに,宿泊中のホテルで6000バーツ
を盗まれた。被告人は,同月22日,帰国の途につき,タクシー代として20バー
ツ,バンコク国際空港の使用料として500バーツをそれぞれ支出した。その結
果,被告人は,帰国時には1112バーツを所持していたが,その現金はもともと
自分のものであった現金を両替したうちの残りであり,Aから受け取った4万円に
ついてはすべて費消していた。」との事実を認定した上,追徴の範囲について検討
し,「麻薬特例法11条1項1号にいう「薬物犯罪収益」とは,「薬物犯罪の犯罪
行為により得た財産」又は「当該犯罪行為の報酬として得た財産」をいう(同法2
条3項)。このうち「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」について,薬物犯罪の
共犯者間において費用の分担として交付された金員は「薬物犯罪の犯罪行為により
得た財産」には当たらないと解するのが相当である。けだし,単独犯として本件の
ような麻薬輸入罪を実行しその経費的金員を自弁した場合には,その金員が「薬物
犯罪の犯罪行為により得た財産」に該当しないことは明らかであるのに,共犯によ
り麻薬輸入罪を実行した場合には,これと異なり,共犯者内部間における費用の分
担にすぎない金員の交付行為をとらえて,たまたま交付を受けた者について「犯罪
行為により得た財産」が交付の時点で発生した,すなわち,その時点で財産を犯罪
行為により得たとみるのは明らかに均衡を欠くからである。また,「当該犯罪行為
の報酬として得た財産」とは犯人が犯罪の実行行為をすること及びしたことの対価
として取得した財産をいうところ,共犯者間における金員等の授受についても,犯
罪行為との対価性を有する金員等の授受である場合は「当該犯罪行為の報酬として
得た財産」に該当し得ると解される。しかしながら,共犯者間における金員等の授
受が,犯罪遂行のための経費の支給ないし填補である場合には,やはり共犯者内部
間における費用の分担としての側面を有するのであるから,かかる共犯者間の交付
行為をとらえて,支給ないし填補を受けた者において「報酬」を取得したとみるこ
とはできないものと解するのが相当である。」として,さらに進んで,前記冒頭①
ないし③についての追徴の可否を検討し,「①及び②は,その目的及び使途に照ら
し,いずれも経費であることが明らかであるから,薬物犯罪の共犯者間において犯
罪遂行のための経費が支給されたにすぎない。したがって,これらは「薬物犯罪の
犯罪行為により得た財産」又は「犯罪行為の報酬として得た財産」のいずれともみ
ることができない。他方,③については,Aは,被告人にこれを交付した際,「こ
れ,ホテル代とかメシ代に使って。」と発言しており,これを主として宿泊費等の
経費に充てるための金員と考えていたことが推察されること,その交付時に別途被
告人に対する報酬が決定されていること,被告人自身も,公判廷で,「(この4万
円は)滞在費名目であり,余ったらAに返還しようと考えていた。」などと供述
し,これをタイ滞在中の経費と考えていたふしがうかがわれることなどに照らす
と,これについても経費的金員とみる余地がないではない。しかしながら,薬物輸
入の経費として不可欠なものというべき薬物購入代金については別途交付されてい
ること,4万円という金額は,薬物購入代金の90万円と比較して相当に少額であ
ること,事後の費消態様を見ても,被告人の自己使用のためのヘロイン購入代に相
当額が支出されるなど,薬物輸入の経費として費消されたとはいい難い部分も相当
にあること,交付時においてAがホテル代や食事代であるとの趣旨を明らかにして
交付したことは認められるけれども,他方で,その際「小遣い」との趣旨を告げた
こともうかがわれ,Aにおいておよそ被告人の自由な費消を許さない趣旨で交付し
たとまでは考え難いことなどにもかんがみると,③には本件犯罪行為に要する経費
としての部分と犯罪遂行の対価としての部分とが含まれ,これらが不可分一体のも
のとして交付されたものというべきであるから,その全額が報酬性を帯びるとみる
のが相当である。したがって,③は,その全額が「犯罪行為の報酬として得た財
産」として没収の対象となるが,既に被告人がこれを全額費消しているから,その
価額を追徴すべきこととなる。」と結論付けた。
 2 当審の判断
 まず,本件犯行の事実関係について,原判決の認定するところは正当であるか
ら,以下,この事実を前提として,原判決がした法令の解釈適用の当否について考
察する。
 そもそも,「薬物犯罪収益」とは,「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産若しく
は当該犯罪行為の報酬として得た財産」等と規定されている(麻薬特例法2条3
項)ところ,その規定の文言からは,薬物犯罪の経費に当てられるべき財産を除外
しているとまではみることができない上,これを除外する趣旨をうかがわせる他の
規定もないこと,麻薬特例法が「利益」と「経費」の和を表すことがある「収益」
という用語を用いていること,共犯者間において授受された金員等が,どのような
趣旨のものであるか,どのように使用されたかを認定することが困難な場合(例え
ば,被告人の供述しかない場合や,共犯者間であらかじめ口裏を合わせていた場合
など)も想定でき,そうした場合に没収も追徴もできないとなると,同法が「薬物
犯罪による薬物犯罪収益等をはく奪すること等により,規制薬物に係る不正行為が
行われる主要な要因を国際的な協力の下に除去することの重要性にかんがみ」上記
規定を設けた意味が失われること,また,単独犯と共犯とで均衡を欠くともいえな
いこと(単独犯が経費として金員を支出した場合には,その分はその者の負担とし
て残るのであり,ある者が共犯者から金員を受け取ってそれを経費として支出した
にもかかわらず,更にこれと同額を追徴されたとしても,そのある者が負担するの
は,単独犯の場合に負担として残ったものと同じである。したがって,原判決のこ
の点の説示には賛成できない。)からすれば,「薬物犯罪の犯罪行為により得た財
産」とは,薬物犯罪の犯罪行為をしたことあるいはこれをすることに関連して取得
した財産をいうと解するのが相当であり,共犯者間で授受された犯罪行為実行のた
めの経費に充てられるべき財産も「犯罪行為により得た財産」に含まれると解すべ
きである。
 したがって,弁護人の論旨は理由がないが,検察官の論旨は理由があり,原判決
はこの点で破棄を免れない。
第2 破棄自判 
 そこで,弁護人の量刑不当の主張について判断をすることなく,刑訴法397条
1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,更に次のと
おり判決する。
(罪となるべき事実)と(証拠の標目)
 原判決記載の「罪となるべき事実」及び「証拠の標目」と同じである。
(法令の適用)
 被告人の判示所為のうち,営利目的麻薬輸入罪の点は刑法60条,麻薬及び向精
神薬取締法64条2項(1項)に,禁制品輸入未遂罪の点は刑法60条,関税法1
09条3項,1項,関税定率法21条1項1号本文にそれぞれ該当するが,これは
1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条に
より1罪として重い営利目的麻薬輸入罪の刑(ただし,罰金額は関税法違反の罪の
それによる。)で処断することとし,情状により所定刑中有期懲役刑及び罰金刑を
選択し,その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役5年及び罰金200万円に
処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中70日をその懲役刑に算
入し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金1万円を1
日に換算した期間被告人を労役場に留置し,押収してあるヘロイン合計101.2
2グラム(原庁平成13年押第152号の1ないし5)は,いずれも判示営利目的
麻薬輸入罪に係る麻薬で犯人の所持するものであり,かつ,判示禁制品輸入未遂罪
に係る貨物であるから,麻薬及び向精神薬取締法69条の3第1項本文及び関税法
118条1項本文によりこれを没収し,判示営利目的麻薬輸入罪により被告人が得
た航空券の引換券(価額5万8000円)及び現金5万5000円は麻薬特例法1
1条1項1号の薬物犯罪収益に該当するが,既に費消して没収することができない
ので,同法13条1項前段によりその価額を被告人から追徴し,原審及び当審にお
ける訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこ
ととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,数名の仲間と共謀の上,営利の目的で,麻薬であるヘロイン
約100グラムを自己の直腸に隠匿携帯して本邦に降り立ち,輸入したが,旅具検
査場でこれを看破されたため禁制品輸入の点は未遂に終わったという麻薬及び向精
神薬取締法違反と関税法違反の事案である。これらの犯行は,ヘロインをより安価
に入手できることを共犯者に約束させた上で及んだもので,その利欲的かつ反社会
的な動機に酌量の余地がないこと,ヘロインの密輸自体は計画的なものであり,そ
の量も多いこと,被告人自身,その実行行為に及んでおり,犯行の不可欠な役割を
担っていること,しかも,被告人にあっては,平成5年ころからヘロインに手を染
め,その後,しばらく中断していた時期はあるものの,同12年4月ころ友人から
誘われるや安易にその使用を再開し,同年7月ころからは毎日のようにこれを使用
していたもので,また,その間,ヘロイン購入のために相当額の借金を重ね,激し
い禁断症状も体験しており,この種薬物に対する根深い依存性及び親和性ととも
に,規範意識の希薄さも認められることに照らすと,その刑責はかなり重いといわ
ざるを得ない。しかし,他方で,税関職員が看破したことにより,結果的にはヘロ
インが国内に拡散するには至らなかったこと,被告人は共犯者らの指示に従って行
動していたもので,従属的な地位にあったといえること,営利目的や輸入の態様に
よる薬物への関与は今回が初めてであること,逮捕の当初から罪を認め,警察官に
対し共犯者の氏名や特徴を供述するなどして捜査に協力するとともに,深く反省も
していること,これまで道路交通法違反の罪による罰金前科しかないこと,更に
は,いったん離別していた前妻が,本件後に被告人と再婚して,その帰りを待って
いることなど,被告人のために酌むべき事情も少なからず存する。そこで,これら
諸般の事情を総合考慮の上,主文掲記の刑を相当と判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
(第4刑事部 裁判長裁判官 白井万久 裁判官 増田耕兒 裁判官 磯貝祐一
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