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平成10年(行ケ)第364号審決取消請求事件
平成12年1月27日口頭弁論終結
判    決
原告グラクソグループリミテッド
代表者【A】
訴訟代理人弁護士吉武賢次
同神谷 巌
訴訟代理人弁理士【B】
同【C】
同【D】
被告特許庁長官【E】
指定代理人【F】
同【G】
同【H】
同【I】
主  文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定め
る。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1原告
特許庁が平成9年審判第15353号事件について平成10年7月8日にした審
決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯等
原告は、発明の名称を「複素環式化合物」とする特許第1720916号発明
(以下「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、本件発明の実施品である塩酸オンダンセトロンを有効成分とし、抗悪性
腫瘍剤(シスプラスチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)の軽快を効能・
効果とする医薬について、平成6年1月19日付けで、承認番号(06AM)第0
022号として承認を受けた(以下「前回承認」という。)。その後、原告は、上記
と同じ有効成分、効能・効果の医薬について、平成8年1月31日付けで、医薬品
製造承認一部変更承認(承認番号(06AM)第0022号)を受けた(以下「今
回承認」という。)。前回承認と今回承認とは、前者が適用対象を成人に限るとし
ていたのに対して、後者が小児をも適用対象としている点で相違している。
原告は、平成8年4月30日、今回承認を理由として特許権の存続期間の延長登
録出願(平成8年特許権存続期間延長登録願第700025号。以下「本件延長登
録出願」という。)をしたところ、拒絶査定を受けたので、平成9年9月12日に
拒絶査定不服の審判を請求し、特許庁は、平成9年審判第15353号事件として
これを審査した結果、平成10年7月8日「本件審判の請求は成り立たない。」と
の審決をし、同月27日その謄本を原告に送達した。
2本件発明の特許請求の範囲
本件発明の特許請求の範囲第1項、第10項ないし第13項、第15項は、別紙
審決書の理由の写しの2頁12行目ないし11頁10行目に記載されたとおりであ
る。
3審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、原告は、本件発明の実施に
ついて適用対象を成人とするものについて既に政令で定める処分(前回承認)を受
けている以上、これと有効成分、効能・効果が同じで適用対象を小児とするものに
ついて、その実施につき薬事法上は新たな処分(今回承認)を改めて受ける必要が
あったとしても、本件延長登録出願は、その出願に係る特許発明の実施に平成10
年5月6日法律第51号による改正前の特許法67条2項(以下同じ)の政令で定
める処分を受けることが必要であったとは認められず、したがって、特許法67条
の3第1項1号に該当する、とするものである。
第3原告主張の審決取消事由の要点
1取消事由1(承認の必要性についての判断の誤り)
(1)特許法67条2項は、「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安
全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の
目的、手続からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令
で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが
2年以上できなかったときは、5年を限度として、延長登録の出願により延長する
ことができる。」と定めている。
この特許権の存続期間延長登録の制度は、特許権を有していても、その実施のた
めには、法令の定めるところにより許可その他の処分に時間を要し、その間実施が
できず、事実上特許権の存続期間が侵食されている、という場合に、特許権者に浸
食された期間を回復させて保護を与えるために設けられたものである。
他方、薬事法14条1項によると、医薬品の用法、用量を変更する場合であって
も、同一特許発明の実施品たる医薬品について、新たに厚生大臣の承認を得ること
が必要であり、前回承認がされていたとしても、小児用の用法、用量については、
再度製造承認が必要であったのであるから、今回承認が本件発明の実施である小児
用のものの実施のために必要であったことは明らかであり、本件延長登録出願は、
それに係る特許発明の実施について、特許法67条2項の政令で定める処分を受け
る必要があった場合に該当する。審決の判断は、上記実施に今回承認が必要なかっ
たとするものであり、明白に誤っており、取り消されるべきである。
より具体的にいえば、本件発明につき、原告は、既に成人用のものについての厚
生大臣の製造承認(前回承認)を得ていたので、成人用については製造販売といっ
た実施行為は可能であったが、小児用のものについては、今回承認までは、厚生大
臣の製造承認を得ていなかったため、製造販売といった実施行為をすることかでき
ず、そのために必要な承認(今回承認)を得るための期間として、2年8月5日を
要したのである。このように、原告は、厚生大臣の製造承認という処分(今回承
認)を得なければ現実に小児用の薬剤を製造販売することができなかったのである
から、今回承認が特許法67条2項が要求する要件を満たすことは明らかであり、
本件延長登録出願が、同法67条の3第1項1号に規定する拒絶理由に該当するこ
とはあり得ない。
(2)被告は、特許権の存続期間延長制度の導入の趣旨からして、処分を受けること
が必要であるためにその特許発明の実施をすることができなかった範囲と存続期間
延長後の特許権の効力の及ぶ範囲とは同一とすべきである旨主張し、これを前提
に、特許法68条の2が、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力
を物と用途を単位として定めていることを根拠に、処分を受けることが必要である
ためにその特許発明の実施をすることができなかった範囲も物と用途を単位として
くくるべきであるとする。
しかし、医薬品の場合、薬事法により、処分を受けることが必要であるために処
分がなされるのは、あくまでも一品目についてのみであり、処分を受けることによ
って実施できるようになる範囲は、用途のうちの一品目についてだけであるものと
されていて、処分の効果が一品目を超えて与えられることはないから、ここに特許
法と薬事法との間の不整合という法の不備があることになる。
被告の上記主張は、この法の不備を、特許法、薬事法の規定に従って最大限の努
力をしている国民(本件においては原告)に不可能を強いることによって補おうと
するものであって、不当である。
原告が前回承認を得るために侵食された特許権の存続期間は1年7月30日で、
所定の2年未満であったことから延長の対象とされなかった。一方、今回承認を得
るために侵食された特許権の存続期間は2年8月5日であった。原告は、法の定め
に従って、製造承認を得、この製造承認のために侵食された2年8月5日の存続期
間延長登録を求めているにすぎないのであるから、この承認が同一の物、同一の用
途について2度目のものであっても、当然に存続期間の延長を認めるべきである。
これを認めなければ、原告は、たまたま1回目の承認(しかも延長登録の根拠とし
ての要件を満たさなかったもの)を得ていたため、それ自体延長登録の根拠として
の要件を満たしている2回目の承認を得ても延長が認められないことになり、誠に
不公平な効果を生じさせるものである。
(3)特許法67条2項は、「特許権の存続期間は・・・政令で定めるものを受ける
ことが必要であるために、その特許発明の実施をすることが2年以上できなかった
ときは・・・延長登録の出願により延期することができる」と定め、「特許発明の
実施ができなかったこと」との要件を定めているにとどまる。ここにいう「発明の
実施」については、特許法2条3項1号に「物の発明にあっては、その物を生産
し、使用し、譲渡し、貸渡し、もしくは輸入し、またはその譲渡若しくは貸渡しの
申出をする行為」をいうと定められており、これらの規定からは、「特許発明の実
施」を、承認において処分の対象となった「物」と「用途」によってくくられる単
位を基準として解すべき根拠は見出せない。
(4)被告の主張する解釈は、特許権の存続期間の延長登録出願は、物と用途を同一
にする範囲では、第1回目の厚生大臣の製造承認に対応するものでなければならな
い、とするものである。しかし、そのような要件の根拠となる文言は特許法67条
2項にはなく、法の解釈の限度を超える解釈というべきである。
2取消事由2(「用途」についての解釈の誤り)
本件においては、前回承認は成人用であり、今回承認は小児用をも含むようにし
たものであるから、明らかに用途が異なっている。審決は、特許法68条の2の
「用途」の解釈を誤った結果、本件延長登録出願を拒絶したものであって誤ってい
るから、取り消されるべきである。
第4被告の反論の要点
1取消事由1(承認の必要性についての判断の誤り)について
(1)ア特許権の存続期間の延長登録は、存続期間を定める特許法67条1項の例外
として特許法67条2項に規定されているものであって、この制度の趣旨は、何ら
の法規制も存在しなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわらず、安
全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の
目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政
令で定めるものを受けることが必要なために、その特許発明の実施をすることが2
年以上できなかったときに、一定条件の下に5年を限度として当該特許権の存続期
間の延長を認めることとしたものである。
特許権の存続期間は、権利存続中における権利者による実施と存続期間満了後の
第三者の利用との調和を図る特許制度の根幹に関わるものであり、存続期間延長登
録の制度は、この存続期間に例外を設けるものであるから、浸食された期間を超え
た延長期間が設定されてはならないことは当然である。
これと同じように、この制度を導入した趣旨からして、処分を受けることが必要
であるためにその特許発明を実施することができなかった範囲と存続期間延長後の
特許権の効力の及ぶ範囲とは、同一であるものとすべきことも当然というべきであ
る。
イ存続期間延長登録の制度導入に際し、存続期間の延長された特許権の効力の及
ぶ範囲をどこまでとすべきかについて、様々な議論があった。厚生省は、医薬品の
製造、輸入に関しては、薬事法に基づき、有効性、安全性の確保の観点から審査
し、その承認に際しては、当該医薬品の有効成分、効能・効果に加え、剤型、用
法、用量、製造法等を特定した品目単位で行っており、このようにして行われる承
認に基づき期間延長された特許権の効力についても当該医薬品が承認を受けたその
ものに限って認めれば足りるとも考えられた。つまり、厚生省に承認されたとおり
の品目単位の狭い範囲で実施不可であったか否かを審査し、期間延長の要件を満た
しておれば、延長を認め、延長を認められた期間内は、その効力を厚生省の承認単
位で認める、という存続期間延長制度の導入である。この考えは、一見明快である
が、例えばある医薬品に関し、1回につき1錠(10mg)という「用量」を投与
するという品目に承認があり、これに基づいて効力が延長された場合、1回につき
1錠(15mg)の「用量」を投与するという他者の製品に対しては権利の主張が
できない、「粉剤」の承認に対し、「錠剤」には権利の主張ができない、製造方法
が異なれば権利の主張ができない、等々、上記の考え方の期間延長ではほとんど実
効が上がらないことが懸念され、結局この案は採用されなかった。特許権の効力を
厚生省の承認単位の狭い範囲でとらえるのは、特許制度になじまないのである。
一方、特許法において「物」と「用途」は、発明のカテゴリーを表す主要な概念
である。特許法において「用途」という語は、特許法68条の2の規定において初
めて用いられたものではあるが、その概念は、「用途発明」(例えば「DDT特
許」)等として以前から存在していた。そして、昭和51年の当初から施行された
特許法(昭和50年法律第46号による改正法)では、特許協力条約に基づく規則
「生産物についての独立請求の範囲に加え、・・・その生産物の一の用途(原文で
は「use」)についての一の独立請求の範囲を同一の国際出願に包含させるこ
と」(同規則13.2(i))の規定に合致させるため、物の発明に加え、その物の
「用途」に関する発明を「その物の特定の性質を専ら利用する物の発明」及び「そ
の物を使用する方法の発明」の2本に分けて(日本国特許法の発明のカテゴリーに
合致させて)特許法38条ただし書き2号に規定した経緯がある。
このように、「物」と「用途」は、「発明」の概念を形成する大きな要素となっ
ているのであり、そしてここでいう「用途」とは、あくまで「その物の有する特定
の性質(医薬品でいえば薬効)」を利用して、これを「特定の目的(医薬品でいえ
ば特定の疾病の診断、治療または予防)のために用いること」を意味するのであ
る。
そういった事情の下において、延長後の特許権の効力の及ぶ範囲を厚生省承認の
単位によらず、「物」と「用途」という特許法上主要な概念でくくることがより合
理的であるとして、特許法第68条の2が規定されたのである。
ウこのように、延長後の特許権の効力の及ぶ範囲は、特許法68条の2にいう
「物」と「用途」という特許法上の主要な概念によってくくられる範囲にまで及ぶ
ものとされているのであり、医薬品についていえば、厚生省承認の品目単位という
狭い範囲でとらえるべきものとはされていない。この結果、有効成分及び効能・効
果が同一であれば、剤型、用法、用量、製法等が異なる実施の形態にも、延長後の
特許権の効力が及ぶこととなるのである。
そうである以上、特許権の存続期間延長の効果を得るための要件、すなわち、
「特許発明の実施」が禁止状態にあったか否かの判断についても、個々の品目単位
でするのではなく、特許法上の概念である「物」と「用途」を単位としたくくりで
見るべきであり、両者のいずれもが相違しない複数の承認がある場合には、最初の
承認があった時点でその「物」と「用途」によって特定される範囲全般について実
施不可の状態が解除されたとみるべきであって、単に剤型、用法、用量、製法等の
みが相違する2度目以降の承認によっては、新たな延長を認めるべきではない。
エ本件延長登録出願の場合、成人用のものに関する前回承認によって承認され
た、塩酸オンダンセトロンを有効成分(物)とし、抗悪性腫瘍剤(シスプラスチン
等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)の軽快を効能・効果(用途)とする医薬
品について特許発明を実施することができる状態になっていたという事実がある以
上、小児への適用拡大のための今回承認は、物と用途でくくられた単位でみる限
り、有効成分(物)と効能・効果(用途)において前回承認により承認を受けたも
のと同一であるから、前回承認により特許発明の実施が可能となっていたものであ
る。審決の判断に誤りはない。
(2)特許権の、独占排他的にその特許発明を実施することができるという権能の側
面からみるときは、特許法67条2項の「特許権の存続期間は・・・政令で定める
ものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが2年以上
できなかったときは・・・延長登録の出願により延長することができる。」との規
定は、その特許権が存続していたにもかかわらず、当該処分を受けることが必要で
あるために、その特許発明を独占的に実施することによる利益を享受することがで
きなかったときに、その規制が当該処分により解除されるまでの期間を、延長登録
の出願により一定範囲の期間内で延長できることを定めていると解することができ
る。そうすると、その延長登録の出願に対する拒絶理由として列挙された規定であ
る特許法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で
定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」とは、その特許
発明を独占的に実施することによる利益を享受するための規制解除に必要とされて
いた処分を既に受けていた場合は、再度の処分を受けても、「その特許発明の実施
に当該処分を受けることは必要であったとは認められない」ことを規定していると
解すべきである。したがって、本件延長登録出願において、前記の有効成分(物)
と効能・効果(用途)のくくりの単位、すなわち、「塩酸オンダンセトロン」と
「抗悪性腫瘍剤(シスプラスチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)の軽
快」とのくくりの単位内で、本件に係る特許発明の独占的実施を可能にする処分
(前回承認)を平成6年1月9日に受けていたのであるから、その後の処分である
平成8年1月31日の処分(今回承認)を受けることは、特許法67条の3第1項
1号の規定における「必要であったとは認められないとき」に該当するのである。
2取消事由2(「用途」についての解釈の誤り)について
特許法68条の2の規定にいう「用途」とは、その物の有する特定の性質(医薬
品でいえば薬効)に基づき、これを特定の目的(医薬品でいえば特定の疾病の診
断、治療または予防)のために用いること、すなわち、医薬品でいえば効能・効果
をいうのであり、今回承認による適用対象の拡大はいわば「用法」の相違をもたら
すものであって「用途」の同一性に影響を及ぼすものではない。原告の主張は正し
くない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(承認の必要性についての判断の誤り)について
(1)特許法は、特許権者に対し、特許権の存続期間を限定したうえ、その間、特許
発明を独占的排他的に実施する権利を付与している(67条1項、68条)。しか
し、特許発明の実施について安全性の確保等の見地から法律の規定による許可等の
処分が必要とされ、当該処分のために相当の期間を要する場合においては、特許権
者は、このような法規制がなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわ
らず、その処分を受ける必要があったためその実施が相当期間妨げられることにな
る。このような事態が、特許期間を定めてその期間内における、実施を含む特許発
明の独占的支配を保障することを一つの基本とする特許制度の目的及び仕組みと相
反する要素を有することは明らかである。特許法が、67条2項において、「特許
権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の
規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続からみて当該処分を的
確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要
であるために、その特許発明の実施をすることが2年以上できなかったときは、5
年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」と定めて、存続
期間延長登録の制度を設けたのが、上記不都合を避けようとしたものであることは
明らかである。
他方、特許制度は、特許権の存続期間を限定しその期間の経過後はその特許発明
の利用を万人に許すことをも基本の一つとする制度であり、この観点からみるとき
は、存続期間延長登録の制度は、存続期間の定めをその限度では無意味にするもの
であって、存続期間経過後、特許発明を利用しようとする第三者の側からするとき
は、本来あってはならない制度であるということが許されよう(なお、存続期間
中、特許権者は、法規制により自ら実施をすることができず、その限度では特許権
の行使を全うできないとしても、第三者による実施を許さないとの限度では権利を
享受できることは、いうまでもないことである。)。存続期間延長登録の制度を定
めた特許法67条2項自体が、特許権者に、法規制により存続期間を浸食された場
合にも、常にそれを完全に回復させるように延長を認めることにはせず、一定限度
においてのみ延長を認めており、しかも、一定以上に大きな浸食に対してしか延長
を認めていないのは、このような考慮に出たものと理解することができる。
したがって、存続期間延長登録の制度に関する問題の解決に当たっては、常に、
特許権者の側、第三者の側の双方の観点からの考慮を要するものというべきであ
り、その一方のみから論ずることは、許されない。
(2)本件延長登録出願に係る特許発明の実施に今回承認を受けることが必要であっ
たとは認められないとする審決の当否を決するには、延長登録の要件を定めた特許
法67条及び延長登録出願の許否の要件を定めた同法67条の3にいう「特許発明
の実施」の意味を明らかにする必要がある。そこで、(1)で述べたことを前提にし
てこれを検討する。
特許法68条の2は、「特許権の存続期間が延長された場合・・・の当該特許権
の効力は、その延長登録の理由となった第67条第3項の政令で定める処分の対象
となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場
合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外
の行為には、及ばない。」と定めている。この規定は、前記の特許権の存続期間延
長登録の制度の趣旨、立法の経緯及び条文の文言に照らし、存続期間が延長された
後の特許権の効力につき、一方では、処分と無関係な範囲には及ぼさないこととす
ると同時に、他方では、期間延長後の特許権者の権利主張の実効性を確保するた
め、処分単位で認めることとしないで、その処分において特定の用途が定められて
いる場合には、処分の対象となった物につき、その処分において定められた特定の
用途について実施する場合全般にまで拡大して及ぼしたものであることが明らかで
ある。
これを前提とした場合、特許法68条の2のみならず、特許法67条及び67条
の3にいう「特許発明の実施」の文言についても、具体的な処分の対象そのもの
(品目)を単位としてではなく、処分の対象となった「物」と、その処分において
定められた特定の「用途」によって特定される範囲のものすべてを単位として解釈
するのが自然かつ合理的であるものというべきである。一方で、期間延長の効果が
処分の対象自体を超えて「物」と「用途」でくくられる範囲全般にまで及ぶものと
しつつ、他方で「特許発明の実施」を処分の対象そのものを単位に期間延長を認め
ることになれば、特許権者に対して浸食されたもの以上のものを与える一方、第三
者に対して存続期間経過後も特許発明の実施ができない範囲を不当に拡大してしま
うことになるおそれが大きいからである。現に、本件延長登録出願が仮に認められ
たとすると、特許法68条の2により、延長の効力は、小児用のものの範囲を超え
て、それ自体では延長の根拠としての要件を満たさないことが明らかであり、か
つ、浸食期間も小児用の場合より短い成人用のものにまで及ぶことになり、その結
果が不当であることが明らかである。
上記解釈によれば、特許発明の延長登録が認められるためには、同じ「物」と
「用途」によって特定される範囲において既に別の処分を受け特許発明の実施をす
ることができるようになっていないことが必要であり、逆に、同じ「物」を同じ
「用途」に使用する以上、その使用形態、用法等の変更のため重ねて政令で定める
処分が必要とされる場合であっても、そのことを理由に特許期間の登録延長を認め
ることはできないものというべきである。
この解釈を採用した場合、特許権者にとって、処分の取得の仕方によっては、浸
食された期間の回復が得られない場合もあり得ることは否定できないが、そもそも
延長登録の制度は、特許権者に生じた期間延長のすべてを回復する制度とはされて
いないこと、上記事態は、処分の取得の仕方を工夫することにより相当程度回避で
きると考えられることに照らし、前述の危険を避けるため、特許権者において甘受
すべきものとされてもやむを得ないものというべきである。
(3)上記解釈を、本件について当てはめてみる。
特許法67条2項にいう「政令で定めるもの」として、同法施行令1条の3は、
1項において農薬取締法2条1項の登録等、2項において薬事法14条1項に関す
る医薬品に係る同項の承認等を掲げており、そして、薬事法によれば、「厚生大臣
は、医薬品・・・につき、これを製造しようとする者から申請があったときは、品
目ごとにその製造についての承認を与える。」(14条1項)、「前項の承認は、
申請に係る医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具の名称、成分、分量、構造、
用法、用量、使用方法、効能・効果、性能、副作用等を審査して行うものと
し・・・」(2項)とされている。
本件において、特許法68条の2の規定にいう「物」に該当するのが、薬事法1
4条1項に係る処分の対象となる、有効成分によって特定される医薬品であること
は明らかであり、この点については、原告も特に問題にしていない。
同条の規定にいう「用途」の意義については、特許法に定義があるわけではない
ので、解釈の問題となり得ることは明らかである。
我が国の特許実務において、古くから、物の有するある一面の性質に着目し、そ
の性質に基づいた特定の用途に専ら利用する発明が講学上「用途発明」と称されて
いたこと、昭和62年5月25日法律第27号による改正前の特許法38条ただし
書き2号に、「その物を使用する方法の発明」、「その物の特定の性質を専ら利用
する物の発明」に係る規定が置かれたことがあり、これらが「用途発明」を意味す
るものであるとされていたこと、このような「用途発明」について、物が周知ある
いは公知であっても、「用途」が新規性を有する場合には、特許性を認めるべきで
あるとの考え方が存在していたこと、このような特許実務を背景にして、特許権の
存続期間が延長された場合の当該特許権の効力に関する特許法68条の2を新設す
るに当たって、「物」と「用途」とを単位として効力要件を規定することにしたこ
とは、当裁判所に顕著な事実である。
上記事実によれば、「用途」とは、「物」(有効成分によって特定される医薬
品)自体の特定の性質を専ら利用することを意味するもの、換言すれば、当該医薬
品の効能・効果によって特定される使いみちを意味するものと解するのが合理的で
ある。
以上によれば、最初に薬事法14条1項による処分を受けて、所定の有効成分、
効能・効果を有する医薬品について製造承認を得た特許権者は、その有効成分、効
能・効果を有する医薬品に関して、特定の品目に限ってであれ、特許発明を実施す
ることができるようになっていたのであるから、同じ有効成分、効能・効果の範囲
内で、剤型、用法、用量等の変更の必要上、再度処分を受ける必要が生じたとして
も、特許期間の登録延長を認めることはできないというべきである。
(4)本件において、原告は、塩酸オンダンセトロンを有効成分とし、抗悪性腫瘍剤
(シスプラスチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)の軽快を効能・効果と
する医薬について、本願に係る承認(今回承認)前である平成6年1月19日付け
で、承認番号(06AM)第0022号として承認(前回承認)を受けたこと、今
回承認と前回承認とでは、適用の対象が小児を含むか否かで相違しているにすぎな
いことは、当事者間に争いがない。
そうすると、原告は、前回承認において、塩酸オンダンセトロンを有効成分と
し、抗悪性腫瘍剤(シスプラスチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)の軽
快を効能・効果とする医薬品について承認を受けていたのであるから、原告は、塩
酸オンダンセトロンを有効成分とする医薬品で、かつ、抗悪性腫瘍剤(シスプラス
チン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)の軽快という用途のものについて、
本件発明に係る特許権を実施していたことになり、有効成分が同じであり、その効
能・効果も同じである以上、適用対象に小児を追加して前回承認とは異なる品目で
承認を受ける必要があったとしても、本件延長登録出願をもって、延長登録の要件
を満たすものということはできない。
原告の取消事由1は理由がない。
(5)原告の主張の主眼とするところは、原告が同じ有効成分、効能・効果の医薬品
について、成人用のものとして厚生大臣の承認を受け、製造販売することができた
としても、小児用のものについては、厚生大臣の製造承認を得ていなかったため、
現実に実施できなかったのであるから、これにつき、本件発明の実施ができたとは
いえないし、最初の承認では延長登録の要件を欠いていた者が、2度目の承認を受
けたときに延長登録を認めないのは不公平であるというものである。
しかし、前説示のとおり、原告が同じ有効成分、効能・効果の医薬品について、
成人用のものとして厚生大臣の承認を受けたことによって、当該有効成分、効能・
効果の医薬品に属するものにつき特許権を実施することができる状態になっていた
のであるから、仮に品目単位の承認によって他の使用態様、すなわち、小児用の医
薬品を製造することができない状態にあったとしても、特許法の存続期間延長登録
の制度の見地からは、そのことによって特許権の実施が妨げられているとはいえな
いものとみざるを得ないのである。また、前記のとおり、特許法は、67条2項に
特許権の存続期間の例外規定を設け、「安全性の確保等を目的とする法律の規定に
よる許可その他の処分」を的確に行うために当該特許発明の実施が相当期間妨げら
れる場合において、その特許発明の実施をすることが2年以上できなかったことを
要件として、5年を限度として特許権の延長登録を認めたものである以上、特許発
明の実施をすることができなかった期間が2年未満である場合には、延長登録を一
切認めないことにしているのであるから、延長登録が認められなかったこのような
場合の中から、たまたま同じ有効成分、効能・効果の医薬品の具体的な使用態様に
ついて2度目の承認を受けたところ、そのために要した期間が2年以上であったも
のが出たとき、先の承認のゆえに延長登録を認めないからといって、直ちに不公平
ということはできない。このような事態による特許権者の不利益は、特許権者自身
の努力(処分取得の仕方における工夫)により回避すべきことが期待されているの
であり、それができなかったことによる不利益は特許権者自身が甘受する結果にな
ってもやむを得ないものというべきである。原告の主張は、採用できない。
2取消事由2について
前記1(3)認定のとおり、特許法68条の2にいう「用途」とは、当該医薬品の効
能・効果によって特定される使いみちを意味するものであって、成人用か小児用か
は、同じ効能・効果の医薬品について適用対象を異にしているに過ぎないから、原
告の取消事由2も理由がない。
第6そうすると、原告の本訴請求は、いずれも理由がないことに帰するから、こ
れを棄却することとし、訴訟費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加
期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主
文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官山下和明
裁判官山田知司
裁判官宍戸充

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