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平成26年7月17日判決言渡
平成25年(行ケ)第10344号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成26年7月10日
判決
原告株式会社タブチ
訴訟代理人弁理士藤本昇
同中谷寛昭
同北田明
同大川博之
同日東伸二
同波止元圭
被告株式会社キッツ
訴訟代理人弁護士鮫島正洋
同高見憲
同山口建章
同和田祐造
訴訟代理人弁理士小林哲男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2013-800054号事件について平成25年11月21
日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「サドル付き分水栓」とする特許第3768329号
(特願平9-131694号,平成9年5月6日出願,平成18年2月10日
設定登録。請求項の数は1。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成25年4月3日,本件特許を無効とすることを求めて審判(無
効2013-800054号)を請求した。
特許庁は,平成25年11月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,同月29日,その謄本を原告に送達した(甲33)。
2特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲10。以下,本
件特許に係る発明を「本件特許発明」といい,本件特許の明細書及び図面をま
とめて「本件明細書」という。)。
「サドルとバンドから成るサドル本体を水道本管に固定し,前記サドルの上
部端面に支受面を形成し,一方,分水栓本体の内部に三方口を有するボールを
ステムを介して回動自在に設け,前記分水栓本体に環状保持体を螺着し,この
環状保持体と分水栓本体の内部に一対のボールシートを介在させて止水機構を
構成し,前記環状保持体の下面と前記水道本管との間にガスケットを装着する
と共に,前記分水栓本体の下部にフランジ部を形成し,前記支受面上に塗膜又
は樹脂を介して前記フランジ部を重ねて支受面とフランジ部とを同一間隔に配
置した4個のボルトで固定して,電気的腐食を防止すると共に,分水栓本体と
支受面との結合方向を選択できるようにしたことを特徴とするサドル付分水
栓。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,原告主張の取消事由
との関係において,その要点は次のとおりである。
本件特許発明は,実願昭50-58545号(実開昭51-137722
号)のマイクロフィルム(以下「甲1公報」という。)記載の発明(以下
「甲1発明」という。)並びに日本水道協会規格(水道用サドル付分水栓,
JWWAB117-1982)(以下「甲2文献」という。),実願昭6
1-70184号(実開昭62-181790号)のマイクロフィルム(以
下「甲3公報」という。)及び横須賀市水道局編給水装置指針書(第5版)
(以下「甲4文献」という。)等の記載に基づいて当業者が容易に発明をす
ることができたものであるとは認められない。
審決が認定した甲1発明の内容,本件特許発明と甲1発明の一致点及び相
違点は,次のとおりである。
ア甲1発明の内容
「栓本体(4)を着脱自在な上胴(5)と下胴(6)とで構成し,上胴
(5)にはボール栓嵌入部(7)と,このボール栓嵌入部に通ずる通水口
(12)(13)とを設けると共に,上胴のボール栓嵌入部(7)を下方
に開口(8)させて,この開口(8)に下胴(6)の上端が螺合せしめら
れるようになし,上胴(5)のボール栓嵌入部(7)に装填されたボール
栓(1)の下面を下胴(6)の上端面で支承するようにした分水栓であっ
て,
サドルバンド(25)は,ボス部を有するサドルと,バンドとからなり,
水道本管(27)に固定し,
下胴は,水平方向への突出部を備え,
サドルのボス部には,下胴(6)の水平方向への突出部と近接している
上面があり,
ボール栓は,3個の通水孔(2a)(2b)(2c)が穿設されており,
ボール栓の側面に栓回動操作用スピンドル(3)が取付けられており,
ボール栓(1)と上胴及び下胴との直接接触を避ける為,ボール栓
(1)の上下面にはリング状のシートパッキン(16)(17)を当て
がって間接的に接触させるようになし,接触面の摩耗防止と,止水効果の
向上とを図っており,
サドルのボス部の下面には凹部が設けられており,
下胴(6)の下部外壁面に形成されたテーパネジ部(23)をサドルの
ボス部に形成されているネジ孔(26)にネジ込んで固定されており,
サドルのボス部の下面の凹部と,下胴(6)の下部外壁面に形成された
テーパネジ部(23)の外周と,水道本管(27)の外周との間で囲まれ
る領域に,ガスケットに相当する部材が設けられている,分水栓。」
イ一致点
「サドルとバンドから成るサドル本体を水道本管に固定し,前記サドル
の上部端面に平面を形成し,一方,分水栓本体の内部に三方口を有する
ボールをステムを介して回動自在に設け,前記分水栓本体に環状保持体を
螺着し,この環状保持体と分水栓本体の内部に一対のボールシートを介在
させて止水機構を構成し,ガスケットを装着したサドル付き分水栓。」
ウ相違点
相違点1
「サドルの上部端面」に形成された「平面」に関して,本件特許発明
では,フランジが重ねられる「支受面」であるのに対して,甲1発明で
は,「下胴(6)の水平方向への突出部と近接している上面」である点。
相違点2
ガスケットの装着に関して,本件特許発明では「環状保持体の下面と
前記水道本管との間」であるのに対して,甲1発明では,「サドルのボ
ス部の下面の凹部と,テーパネジ部(23)の外周と,水道本管(2
7)の外周との間で囲まれる領域」である点。
相違点3
分水栓本体に関して,本件特許発明では「分水栓本体の下部にフラン
ジ部を形成し,前記支受面上に」「前記フランジ部を重ねて」いるのに
対して,甲1発明では上胴(分水栓本体)の下部にフランジは設けられ
ておらず,また,「下胴(6)の水平方向への突出部と近接している上
面」は,下胴(6)の水平方向への突出部と近接しているにすぎない点。
相違点4
サドルの上部端面の平面に関して,本件特許発明では「支受面上に塗
膜又は樹脂を介して」「フランジ部」を重ねているのに対して,甲1発
明では「塗膜又は樹脂を介して」はおらず,また,フランジ部は重ねら
れていない点。
相違点5
分水栓とサドルとの固定に関して,本件特許発明では「支受面とフラ
ンジ部とを同一間隔に配置した4個のボルトで固定」しているのに対し
て,甲1発明では,「サドルのボス部」と下胴(環状保持体)とが,「下
胴(6)の下部外壁面に形成されたテーパネジ部(23)をサドルのボ
ス部に形成されているネジ孔(26)にネジ込んで固定されて」いる点。
相違点6
本件特許発明では「電気的腐食を防止する」のに対して,甲1発明で
は,電気腐食について明確な記載がない点。
相違点7
本件特許発明では「分水栓本体と支受面との結合方向を選択できる」
のに対して,甲1発明では,上胴(分水栓本体)とサドルのボス部の
「下胴(6)の水平方向への突出部と近接している上面」とは,方向を
変えることができるかどうか明らかではない点。
第3原告主張の取消事由
審決には,甲1発明の認定の誤り並びにこれに伴う相違点2の認定及び判断
の誤り(取消事由1),相違点3についての判断の誤り(取消事由2),相違点
6の判断の誤り(取消事由3),効果についての判断の誤り(取消事由4)が
あり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法
であり,取り消されるべきである。
1取消事由1(甲1発明の認定の誤り並びにこれに伴う相違点2の認定及び判
断の誤り)
甲1発明及び相違点2の認定について
審決は,本件特許発明と甲1発明の相違点2として,「ガスケットの装着
に関して,本件特許発明では「環状保持体の下面と前記水道本管との間」で
あるのに対して,甲1発明では,「サドルのボス部の下面の凹部と,テーパ
ネジ部(23)の外周と,水道本管(27)の外周との間で囲まれる領域」
である点。」を認定している。審決のこの認定は,ガスケットの装着に関し
て,甲1発明では,下胴の下面と水道本管との間にガスケットが位置してい
ないとの認定を前提とするものである。
しかし,以下のとおり,甲1公報には,下胴の下面と水道本管との間にガ
スケットが位置することが実質的に開示されている。したがって,審決の甲
1発明の認定は,下胴の下面と水道本管との間にガスケットが位置していな
いとした点において誤りであり,審決が認定した相違点2は,相違点ではな
く一致点である。
すなわち,サドル付分水栓は,水道本管から水が漏れないようガスケット
で止水する必要がある。甲1発明のようなねじ式サドル付分水栓の漏水経路
としては,水道本管とサドルの間から漏水する経路(漏水経路1)と,サド
ルと分水栓の螺着箇所から漏水する経路(漏水経路2)が考えられるところ,
ガスケットを分水栓と水道本管との間に挟み込めば,1つのガスケットで2
つの漏水経路からの漏水を防ぐことができる(甲7,8)。甲1発明では,
ガスケットに相当する部材は,漏水経路2からの漏水を防ぐために,サドル
バンド(25)を水道本管(27)に固定する際に,サドルバンド(25)
と水道本管(27)とで押圧され,下胴(6)側にはみ出るよう弾性変形し,
下胴(6)の下面(下胴の下端部に設けられたテーパ面)と水道本管との間
に膨出する。
したがって,甲1公報の第1図(判決注・第2図と併せて本判決別紙【甲
1公報の図面】参照)の図示内容は不正確であり,下胴の下面と水道本管と
の間にガスケットが装着されていることは,仮に甲1公報に明示されていな
いとしても,当業者からすると開示されているに等しいというべきである。
相違点2の判断について
仮に,審決が認定した相違点2が相違点であるとしても,相違点2に係る
構成は,相違点3において,「ねじ」に代えて「フランジ」を適用する際に,
テーパネジ部をまず除去するなど,技術常識又は技術水準に基づいて,簡単
かつ当然に行われる設計変更により得られる構成にすぎず,当業者は,相違
点2に係る構成を容易に想到することができる。
すなわち,甲1発明の下胴(6)におけるテーパネジをフランジに代える
際に,サドルと分水栓本体を接続するという機能でフランジと共通する部分
である下胴のテーパネジ部をまず除去する。下胴のテーパネジ部がなくなる
ため,サドルバンド(25)のねじ山も不要となる。サドルバンドのねじ山
が存在する部分を省略すると,下胴より上方に位置する止水機構が下方に移
動することになるが,下胴(6)とサドルバンド(25)の間からの水漏れ
を考慮すると,水漏れの発生しない構成となることは自然なことである。こ
の構成は,形態上の微細な点を除けば,本件特許発明の構成と何ら違いがな
い。
2取消事由2(相違点3についての判断の誤り)
審決は,「下胴にフランジを設け,下胴のフランジによって,上胴及び下胴
からなる分水栓がサドルに取付けられるから,上胴をサドルに固定する必要は
ない。すると,上胴(本件特許発明の「分水栓本体」に相当。)の下部にフラ
ンジを設ける必要もなく,また,甲1発明の上胴の下部にフランジを設けるこ
とについて,その他の証拠に示唆があるものでもない。したがって,「分水栓
本体の下部にフランジを形成」(相違点3に係る構成)することは,当業者が
容易に想到し得たものとはいえない。」(審決14頁最終行~15頁7行)と判
断している。
しかし,「フランジ部分」を備えたサドル付分水栓においては,甲1発明に
おける上胴に機能上相当する「ボール栓及びシートパッキンを内包する」部分
に「フランジ部分」が設けられることは技術常識である(甲2~4,16,2
1~27)。上記技術常識を有する当業者は,甲1公報,甲2文献,甲3公報
及び甲4文献に接したとすると,甲1発明におけるテーパネジ部(23)に代
えて,「ボール栓及びシートパッキンを内包する」部分である上胴に「フラン
ジ部分」を設けることに導かれる。
したがって,相違点3の構成は,当業者が容易に想到し得るものであり,審
決の上記判断は誤りである。
3取消事由3(相違点6についての判断の誤り)
審決は,甲2文献については,「胴とサドルとを結合するボルト及びバネ座
金」(審決18頁1行)の存在により電気的に絶縁しているか導通しているか
を認定し,甲4文献については,「ボールケースと本体とを結合する六角ボル
ト及びバネ座金」(審決18頁8行~9行)の存在により電気的に絶縁してい
るか導通しているかを認定し,これらを理由として,エポキシ樹脂による被膜
により電気的腐食が達成されるか否かを認定している(審決18頁18行~2
0行)。
しかし,本件明細書(甲10)の【0017】の記載を踏まえると,相違点
6における「電気的腐食を防止する」とは,本件特許の請求項1における「支
受面上に塗膜又は樹脂を介して前記フランジ部を重ねて」との構成(相違点4
に対応)により奏される作用・効果として考えるべきであり,相違点6に関す
る認定・判断において,ボルトや座金は一切関係ない。サドル全体にエポキシ
樹脂を塗装することは技術常識であるから,「支受面上に塗膜又は樹脂を介し
て前記フランジ部を重ねて」いる構成は,甲2文献や甲4文献に記載された事
項から,当業者が容易になし得たものである。
4取消事由4(効果についての判断の誤り)
審決は,分水栓の吐出方向の変更につき,「甲第3号証には,分岐管を介し
てではあるものの,ボールバルブを任意の方向に指向させることができるよう
にすることが記載されており(・・・),また,甲第2号証及び甲第4号証に
は,フランジ式のサドル付分水栓で,「止水部を分解」する必要はあるものの,
結合方向を変換することが可能な分水栓が記載されており,特に,甲第4号証
には,フランジ式のサドル付分水栓において,分岐方向が本管と平行である状
態と,分岐方向が本管と垂直方向である状態が示されていることから
(・・・),甲1発明においても,分水栓の吐出方向を変更しようとすること
は,当然に要求されるべき課題であるといえる。ここで,甲1発明では,上胴
は下胴を介してサドルに取付けられており,また,上胴と下胴との螺合は,
「上下胴の螺合結合量を調整することによって,ボール栓を理想的な圧力で支
承できる」(・・・)ようにするために,その螺合結合量を,むやみに変更で
きないことを考慮すれば,分水栓の吐出方向を変更するためには,栓本体(上
胴及び下胴)とサドルとの結合方向を変更する必要が有ることは明らかであ
る。」と認定している(審決13頁6行~21行)。
また,甲1発明では,上胴(5)と下胴(6)とが間にボール栓(1)及び
シートパッキン(16)(17)を介在して組合わさることによりなる止水部
を,サドルバンド(25)のネジ孔(26)に対するネジ込み度合を変えるこ
とにより,前記止水部を分解することなく吐出方向(つまり分岐方向)を変更
することができる。
さらに,甲3公報に記載された考案では,ボール弁子(15)を内包する
ボールバルブ(14)が審決でいう「止水部」に相当する。そしてこのボール
バルブ(14)は,フランジ(17)(18)の締着結合位置を変えることに
より,前記止水部を分解することなく吐出方向(つまり分岐方向)を変更する
ことができる。
以上によれば,「止水部を分解することなく分岐方向を変換できる」という
効果は,当業者が十分予測できる効果である。
第4被告の主張
1取消事由1(甲1発明の認定の誤り並びにこれに伴う相違点2の認定及び判
断の誤り)について
甲1発明の認定及び相違点2の認定について
甲1公報に記載のねじ式サドル付分水栓においては,ガスケットに相当す
る部材は,サドルバンド(25)と水道本管(27)との間からの漏れを防
止するため,サドルバンド(25)と水道本管(27)との間に固定されな
ければならない。そのため,下胴(6)の下部のテーパネジ(23)が形成
されている部分の外面が,水道本管(27)への取り付け時に,ガスケット
に相当する部材が内側に膨らんでこないように,これを外側に押さえ付けて
いる。このように,ガスケットに相当する部材は,下胴(6)の下部の外面
によって,サドルバンド(25)と水道本管(27)との間に固定されてい
るから,下胴(6)の下面と水道本管(27)との間には存在し得ない。
原告は,下胴の下面と水道本管との間にガスケットが装着されていること
は,仮に甲1公報に明示されていないとしても,当業者からすると開示され
ているに等しいというべきであると主張する。しかし,一般に,ねじ式サド
ル付分水栓においては,「漏水経路2」の漏水を防止すべく,ねじの部分を
接着剤により固定している。また,一般に,ガスケット,シールリング等の
弾性材料により構成されるシール部材は,押圧した場合に,押圧方向と垂直
な面においてシール機能を奏する。よって,甲1公報記載のねじ式サドル付
分水栓において,仮に,サドルバンド(25)が水道本管(27)に上下方
向に押圧され,「ガスケットに相当する部材」が水平方向(内側)に変形し,
はみ出した部分が下胴(6)と接触したとしても,シール機能が奏されるこ
とがないことは,当業者が当然に認識し得ることである。したがって,甲1
発明におけるガスケットに相当する部材は,下胴(6)とサドル(25)の
ネジ孔(26)との間からの漏水経路2の漏水を防ぐことはできないから,
水道本管(27)と下胴(6)の下面との間に装着されているとはいえない。
相違点2の判断について
甲1公報記載のねじ式サドル付分水栓においては,環状保持体を設けた上,
環状保持体の下面にガスケットを装着することの動機付けはない。したがっ
て,相違点2は,当業者が容易に想到するものではない。
2取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について
仮に,甲1発明に,甲2文献,甲3公報及び甲4文献記載のフランジ式の結
合を適用することができるとしても,甲2文献及び甲4文献における下側のフ
ランジ部は,下胴(6)の下部に設けられ,上胴(5)と当接するフランジ部
とすることは,当業者が容易に想到することではない。また,甲3公報第1図
においては,ボールバルブ(14)及び枝管(12)は,全面にわたって互い
に当接しているものについて,締具(19)を設けるために,フランジ(1
8)及び(17)を延接したものであるから,甲1公報記載のねじ式サドル付
分水栓のように,上胴(5)とサドルバンド(25)とが当接していないもの
に,①上胴(5)の下部に水平方向に延設されるようにフランジ部を設けた上,
②サドルバンド(25)の上部端部に,当該フランジ部と当接するように,対
応するフランジ部を設けることは,当業者が容易に想到することではない。
3取消事由3(相違点6についての判断の誤り)について
甲2文献記載のフランジ式サドル付分水栓において,「サドル15」に施さ
れる「塗装」は,鋳鉄の耐久性向上(空気や水との接触による酸化・錆の防
止)のためであり,本件特許発明における「電気的腐食を防止する」ことは,
甲2文献に記載されていない。甲2文献においては,異種金属からなる胴1と
サドル15とが,これらを結合するボルト及びワッシャーによって導通してい
るから(甲2・7頁付図1),胴1とサドル15との間にエポキシ樹脂皮膜が
存在するしないにかかわらず,電気的腐食は防止されていない。
同様に,甲4文献においては,異種金属からなるボールケース3と本体1と
が,これらを結合する六角ボルト8及びバネ座金によって導通しているから
(甲4・174頁図),ボールケース3と本体1との間にエポキシ樹脂皮膜が
存在するしないにかかわらず,電気的腐食は防止されていない。
以上のとおり,本件特許発明における「電気的腐食を防止する」ことは,甲
2文献及び甲4文献に記載されていない。
4取消事由4(効果についての判断の誤り)について
原告は,甲1発明では,サドルバンド(25)のネジ孔(26)に対する
ネジ込み度合を変えることにより,前記止水部を分解することなく吐出方向
(つまり分岐方向)を変更できると主張する。しかし,甲1発明は,ねじ式
サドル付分水栓であるから,ねじの部分を接着剤により固定された状態で出
荷され,かつ,使用されるため,現場の事情により方向変換が求められるよ
うな場合であっても,方向変換をすることができない(本件明細書【000
6】)。したがって,甲1発明が分岐方向を変更できることを前提とする原告
の主張は,失当である。
本件特許発明においては,「環状保持体の下面と前記水道本管との間にガ
スケットを装着する」という構成により,「サドル自体は接水しない」とい
う効果を実現する。他方,甲1発明においては,「サドルのボス部の下面の
凹部と,下胴(6)の下部外壁面に形成されたテーパネジ部(23)の外
周と,水道本管(27)の外周との間で囲まれる領域に,ガスケットに相
当する部材が設けられている」という構成を採っているため,サドルバン
ド(25)が接水してしまうことになる。この点でも,本件特許発明の効
果は,甲1発明から当業者が予測し得ないということができる。
甲1文献に記載のねじ式サドル付分水栓は,ねじ式であるため全体の高さ
が高く,また,甲3公報に記載の分岐管接続装置は,枝管12を有している
ために全体の高さが高いから,仮に,甲1発明に,甲3公報に記載の分岐管
接続装置のフランジ式の結合を適用したとしても,全体の高さが高いことに
は変わりがない。よって,この点でも,本件特許発明の効果は,甲1発明及
び甲3公報に記載の分岐管接続装置から当業者が予測し得ないということが
できる。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由1は理由がないから,その余の取消事由に
ついて判断するまでもなく,本件特許発明は,甲1発明並びに甲2文献,甲3
公報及び甲4文献等の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができた
ものであるとは認められないとした審決の判断に誤りはなく,審決に取り消す
べき違法はないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1取消事由1(甲1発明の認定の誤り並びにこれに伴う相違点2の認定及び判
断の誤り)について
甲1発明の認定及び相違点2の認定について
ア原告は,甲1公報には,下胴の下面と水道本管との間にガスケットが位
置することが実質的に開示されているから,審決の甲1発明の認定は,下
胴の下面と水道本管との間にガスケットが位置していないとした点におい
て誤りであり,審決が認定した相違点2は,相違点ではなく一致点である
と主張する。
イしかし,甲1公報の第1図には,下胴(6)のテーパネジ部(23)が,
ガスケットに相当する部材の開口部の内側に入り込んだ態様が記載されて
おり,ガスケットに相当する部材は,下胴の下面と水道本管との間には位
置していない。
原告は,甲1公報の第1図は不正確であり,甲1発明では,ガスケット
に相当する部材は,漏水経路2(サドルと分水栓との螺着箇所から漏水す
る経路)からの漏水を防ぐために,下胴の下面と水道本管との間に膨出す
ると主張する。
しかし,甲1公報には,「・・・上記分水栓の使用方法について説明す
る。先ず栓を取付けたサドルバンド(25)を水道本管(27)の所定の
位置に据付け,・・・」(5頁11行~同頁13行)と記載されており,こ
れによれば,甲1発明では,サドルバンドには,水道本管への据付けに先
立って,栓が取り付けられていること,すなわち,下胴(6)を含む栓本
体がネジ孔(26)にネジ込まれていることが明らかである。そうすると,
サドルバンド(25)が水道本管(27)に据え付けられた時点では,下
胴(6)のテーパネジ部(23)がガスケットに相当する部材の開口部の
内側に入り込んだ状態となっているため,ガスケットに相当する部材がサ
ドルバンド(25)と水道本管(27)に押圧されて開口部に膨出しよう
としても,第1図に示されているように,ガスケットに相当する部材は,
テーパネジ部(23)の下端側(水道本管側)に押し付けられた状態とな
り,下胴(6)の下面と水道本管との間に膨出することはできない。
甲1発明では,このようにして,ガスケットに相当する部材がテーパネ
ジ部(23)の下端側(水道本管側)に押し付けられた状態になること,
言い換えれば,ガスケットに相当する部材がテーパネジ部(23)の下端
側(水道本管側)を外側から押し付けることにより,原告の主張する漏水
経路2(サドルと分水栓との螺着箇所から漏水する経路)をふさいでおり,
漏水を防止している。
したがって,甲1発明では,下胴(6)の下面と水道本管との間にガス
ケットに相当する部材が装着されていなくても,原告の主張する漏水経路
2からの漏水を防ぐことが可能である。
ウ以上によれば,甲1公報には,下胴の下面と水道本管との間にガスケッ
トが位置することが実質的に開示されているとはいえず,審決の認定した
相違点2は,実質的にも相違点であって,一致点であるとはいえない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
相違点2の判断について
原告は,仮に,審決が認定した相違点2が相違点であるとしても,相違点
2に係る構成は,相違点3において,「ねじ」に代えて「フランジ」を適用
する際に,テーパネジ部をまず除去するなど,技術常識又は技術水準に基づ
いて,簡単かつ当然に行われる設計変更により得られる構成にすぎず,当業
者は,相違点2に係る構成を容易に想到することができると主張する。
しかし,上記のとおり,甲1発明では,ガスケットに相当する部材が
テーパネジ部(26)の下端側(水道本管側)を外側から押し付けることに
より漏水を防止していることから,たとえ相違点3において「ねじ」に代え
て「フランジ」を適用したとしても,下胴のテーパネジ部を除去することは
できない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
小括
よって,原告主張の取消事由1は理由がなく,相違点2についての審決の
判断に誤りはない。
2まとめ
上記1のとおり,相違点2についての審決の判断に誤りがない以上,その余
の取消事由について判断するまでもなく,本件特許発明は,甲1発明並びに甲
2文献,甲3公報及び甲4文献等の記載事項に基づいて当業者が容易に発明を
することができたものであるとは認められないとした審決の判断に誤りはない。
第6結論
以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官石井忠雄
裁判官西理香
裁判官田中正哉
(別紙)
【甲1公報の図面】

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