弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

判決 平成13年9月14日  神戸地方裁判所 平成12年(わ)第1434号 
殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
主文
被告人を懲役5年6月に処する。
未決勾留日数中200日をその刑に算入する。
押収してある柳刃包丁1本(平成13年押第22号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 以前内縁関係にあったV(当時50歳)がAと親密な交際をしているのでは
ないかと嫉妬していたものであるが,平成12年11月2日午後9時55分ころ,
神戸市a区bc丁目d番e号所在のスナック「B」において,同店ホステスでありカウン
ター内で接客していたVが客として来店していたAと親しげに話している様子を見
て激高の上,同店内のカウンターの上に上って同所から同女に対し,同女が死亡す
るに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,所携の柳刃包丁(刃体の長さ
約21.5センチメートル。平成13年押第22号の1)で,その顔面を1回切り
付け,引き続き,逃げようとした同女をカウンターの奥に追い詰め,同女と被告人
との間に入って制止しようとした同店経営者Cの身体越しに,その脇の間から,同
女の腹部等を数回突き刺し,さらに,Cが身をかわして逃げ出すと,同女がその右
腕で覆っていた頭部に向けて数回切り付ける等したが,同女に対し全治約180日
間を要する口唇下顎切創,右腹部刺創,右尺骨神経断裂,右上腕部切創等の傷害を
負わせたにとどまり,死亡させるに至らなかった
第2 業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時場所において,前記
柳刃包丁1本を携帯した
ものである。
(証拠の標目)―括弧内は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号―
(省略)
(弁護人の主張に対する判断)
第1 弁護人は,未必的殺意を含めて被告人には殺意はなかったから傷害罪が成立
するに過ぎないし,仮に殺人未遂罪が成立するとしても中止未遂が成立する旨主張
し,被告人もこれに沿う供述をしているところ,当裁判所は,被告人に殺意は認め
られるが,それは未必的殺意に止まるものであり,中止未遂は成立しないと判断し
たのであるが,その理由について,補足して説明を加える。
第2 殺意の有無について
 1 前掲関係各証拠及びDの検察官に対する供述調書(検察官請求証拠番号2
0)によれば,次の事実が認められる。
(1) 被告人は,借金の清算などのため,かつて内縁関係にあったVと再び月に
1度は会う間柄になり,同女との仲が復活したものと考えていたが,平成12年1
0月ころ,VがAと交際していると思い込み,嫉妬の念を募らせていたところ,同
年11月2日昼ころ,Vが,電話で,交際中のAが当日同女が働いているスナック
「B」に来るというような発言をしたため,憤慨し,スナック「B」に出向いて同
女を脅してでもその真偽を確認しようなどと考えるに至り,神戸市f区内の金物屋で
判示柳刃包丁を購入した後,同日午後9時30分ころ,スナック「E」において,
同店経営者のDに前記包丁を示して「わしもやるときはやるんや。」等と申し向
け,これを腰の後ろに差して同店から前記スナック「B」に向かった。 
(2) 同日午後9時55分ころ,被告人がスナック「B」に入ると,カウンター
内に同店経営者CとVがおり,カウンター席に奥からA,Fの順でそれぞれ着席し
ていた。被告人は,入り口近くのカウンター席に着席し,接客をしていたVにおい
てAに向かって親しげに話しかけるのを目撃するや,激高し,突如前記包丁を腰か
ら取り出しながら,カウンターの上に土足のまま上って,カウンター内のVに対
し,「殺したる。」と怒号しながら,右手に握った前記包丁で同女の顔面を1回切
り付けた。引き続き,被告人は,逃げるVを追ってカウンター内に降りると,Vと
被告人との間に入って被告人を制止しようとしていたCに対し,「お前どけ,こい
つ殺したるんや,どかへんかったら,お前も殺してまうど。」などと怒鳴りながら
前記包丁を構えてCらをカウンターの奥へ追い詰め,被告人に押されて同人らが床
に転倒するや,Vに対し,Cの脇の間から前記包丁で同女の胸部や腹部を3,4回
突き刺した。さらに,被告人は,Cが身をかわしてVの前から離れると,前記包丁
で同女の頭部に向けて3回ほど切り付け,その直後血だらけの同女が床に倒れて動
かなくなった段階で,それ以上の攻撃を止め,しばらくカウンター席に座っていた
が,同日午後10時1分ころ,前記Fが携帯電話で110番通報し始めたのに気付
くと,同店から逃走した。
(3) 被告人は,本件犯行後,知人のGに対し,「やった。顔切った。もっとお
腹の方を刺そうと思ったけど何か横の方に行ってしもた。まさか,わしがやるとは
思わなんだやろう。」等と述べた。
(4) Vの受傷の部位及び程度は,次のとおりである。
   ①長さ3センチメートル,深さ約8センチメートルの右上腹部刺創
   ②長さ2センチメートル,深さ約1センチメートルの右下腹部刺創
   ③口唇下顎に長さ8センチメートルの切創
   ④右上腕部に長さ10センチメートル,深さ約5センチメートルの切創
   ⑤左肩に長さ5センチメートルの切創
  いずれも致命傷となりうるものではなかったものの,①の右上腹部の刺創
は,刃の挿入角度によっては,肝臓を損傷して出血多量により死亡するに至る可能
性のある創傷であった。
(5) 前記包丁は,全長約34.2センチメートル,刃体の長さ約21.5セン
チメートル,刃体の最大厚約0.3センチメートルの柳刃包丁である。押収後の計
測によると,刃体部が刃を下にして右に約6度曲がっていた。
2 以上で認定した①本件犯行に至る経緯,②被告人の本件犯行時における精神
状態,③凶器の種類・性状,④殺傷行為の態様・回数,⑤本件犯行時及び犯行前後
の被告人の言動,⑥創傷の部位・程度等を総合して検討するに,まず,①ないし
③,⑤によると,被告人は殺傷能力の極めて強度の凶器を用いて積極的かつ断固と
した加害意思を外部に表明しつつ犯行に及んでいるものと認められ,被告人に殺意
(未必的殺意を含む。)が存したことは優に認められるというべきである。もっと
も,④,⑥によると,前認定のとおり,被告人と被害者との間でCが被告人を制止
していたことを考慮に入れても,判示包丁の強度の殺傷能力と対比すると,なお,
被告人に確定的殺意があったと断定するには被害者が被った傷害の程度は軽微に過
ぎると認められること,判示犯行の終盤の段階においては,被告人において攻撃に
手加減を加えた可能性が否定できず,あるいは容易に止めを刺せる状態にあったの
にこれをしていないこと,被告人の捜査段階における供述調書中には,「頭がカー
ッとしてしまい無我夢中でVに包丁で切り付けた」旨の供述部分があるところ,被
告人の犯行開始時の挙動に照らしその信用性は十分であること等に徴すると,その
殺意は未必的殺意に止まるものと認めるのが相当である。
  被告人は,捜査段階及び当公判廷において,そもそもVを判示包丁で脅して
問い詰めるつもりだったのであったから,本件犯行当時のことはよく覚えていない
が,殺意はなかった等と供述するが,前認定の本件犯行前後の被告人の言動等に照
らし,その健忘の主張は少なくともかなりの誇張があるものといわざるを得ず,被
告人の供述は到底信用できるものではない。
3 弁護人の主張は理由がない。
第3 中止未遂の成否について
 1 前記第2の認定事実によれば,被告人は,未必的殺意をもって,Vの顔面を
1回切り付けた上,その腹部を数回突き刺すなどしたが,Vが血だらけで床に倒れ
た後,更なる攻撃には出ていないことが認められる。
2 しかしながら,被告人の前記殺傷行為は,事前にVの殺害を計画して行われ
たものではなく,直接的には,直前の被害者の態度が契機になって激情に駆られて
行われた犯行であって,その殺意は未必的殺意に止まること等に照らすと,被告人
が,カウンター内で,同女に対しその頭部に向けて数回切り付けた時点で,被告人
において,すでに前記興奮状態から脱却していたため,それ以上の攻撃に出なかっ
たものと認められるのであって,未必的殺意と評価すべきその内心の意図との対比
でいえば,被告人において,被害者が動くことなく血にまみれた状態で横たわって
いるのを見て,その目的を遂げたとして,それ以上の攻撃に出なかったのはむしろ
当然のことであると認められるのであり,本件が未遂に止まったのは,単に前記実
行行為により致命傷を負わせることがなかったことによるものというべきである。
   そうすると,前記の点に加えて,被告人が,本件犯行後,Vに応急の救命措
置を施したり,救急車を呼んだりするといった結果の発生を防止するために必要と
考えられる積極的な行為を何ら行うことなく,110番通報されているのを察知す
るや同女をそのまま放置して逃走したこと等も考慮すると,前記のように被告人が
客観的に攻撃可能な状況下で止めともいうべき攻撃に出なかったことのみをもっ
て,自己の意思により「犯罪を中止した」と評価することはできず,中止未遂は成
立しないと解するのが相当である。
 3 弁護人の主張は理由がない。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法203条,199条に,判示第2の所為は銃砲刀
剣類所持等取締法32条4号,22条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中,判
示第1の罪については有期懲役刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選
択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により
重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範
囲内で被告人を懲役5年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中200
日をその刑に算入し,押収してある柳刃包丁1本(平成13年押第22号の1)
は,判示殺人未遂の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1
項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項
ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,以前内縁関係にあった被害女性に対し,未必的殺意をもっ
て,刃体の長さ約21.5センチメートルの柳刃包丁でその顔面,腹部等を数回切
り付ける等したが,全治180日間を要する判示の傷害を負わせるに止まり死亡さ
せるに至らなかったという殺人未遂の事案とその際前記柳刃包丁を不法に携帯した
という銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。
 被害女性との内縁関係が既に解消されていたにもかかわらず,同女との親密な関
係が復活したものと思い込んでいた被告人は,被害者が他の男性と親密な交際をし
ていると邪推し,本件犯行の直前,同女がその男性と親しげに話しているのを目の
当たりにして,同女への嫉妬の念から激高の余り本件犯行に及んだものであり,そ
の短絡的かつ自己中心的な動機に酌むべき事情はない。
 また,被告人は,被害女性を脅すためとして,前記柳刃包丁を購入,携帯し,本
件現場であるスナックで同女が知人男性と親しげに話しているのを目の当たりにす
るや,被害女性に対し,いきなり,未必的殺意をもって,前記柳刃包丁でその顔面
を1回切り付け,その後も,逃げようとする同女と被告人との間に割って入った同
店のマスターの制止にもかかわらず,同人をかわしながら同女の腹部を数回突き刺
したり,右腕で覆っていた頭部に向けて数回切り付ける等したものであり,その犯
行態様は,危険かつ卑劣で悪質冷酷である。
 被害女性は,本件犯行により全治約180日間を要する判示の傷害を負ってお
り,現時点においても右腕のしびれや右肩の挙動制限等の後遺障害があるほか,今
なお被告人に再び襲われるかもしれないという恐怖心にさいなまれていることに照
らすと,落ち度のない被害女性が受けた肉体的・精神的苦痛は相当に大きく,被害
感情も極めて強いなど本件犯行の結果は重大である。
 以上の諸事情に加え,被告人に真摯な反省の態度も見られないことを併せ考慮す
ると,その犯情は悪質であり,被告人の刑事責任は重大である。
 そうすると,本件は未必的殺意に基づく偶発的犯行であること,被害者の受けた
傷害はいずれも致命的なものではなく,未遂に止まったこと,自ら前記柳刃包丁を
携えて警察に出頭したこと,30年以上前の前科が2件あるにすぎないこと,未決
勾留が相当期間に及んだことなど被告人のために酌むべき事情を考慮しても,主文
掲記の刑は免れないというべきである。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成13年9月14日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官       杉森研二    
   裁判官       溝國禎久
   裁判官林 史高

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛