弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 一 弁護人青山學、同井口浩治の上告趣意のうち、憲法二一条一項違反をいう点
は、岐阜県青少年保護育成条例(以下「本条例」という。)六条二項、六条の六第
一項本文、二一条五号の規定による有害図書の自動販売機への収納禁止の規制が憲
法二一条一項に違反しないことは、当裁判所の各大法廷判例(昭和二八年間第一七
一三号同三二年三月一三日判決・刑集一一巻三号九九七頁、昭和三九年(あ)第三
〇五号同四四年一〇月一五日判決・刑集二三巻一〇号一二三九頁、昭和五七年(あ)
第六二一号同六〇年一〇月二三日判決・刑集三九巻六号四一三頁)の趣旨に徴し明
らかであるから、所論は理由がない。同上告趣意のうち、憲法二一条二項前段違反
をいう点は、本条例による有害図書の指定が同項前段の検閲に当たらないことは、
当裁判所の各大法廷判例(昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日判
決・民集三八巻一二号一三〇八頁、昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一
日判決・民集四〇巻四号八七二頁)の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由が
ない。同上告趣意のうち、憲法一四条違反をいう点が理由のないことは、前記昭和
六〇年一〇月二三日大法廷判決の趣旨に徴し明らかである。同上告趣意のうち、規
定の不明確性を理由に憲法二一条一項、三一条違反をいう点は、本条例の有害図書
の定義が所論のように不明確であるということはできないから前提を欠き、その余
の点は、すべて単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由に当た
らない。
 二 所論にかんがみ、若干説明する。
 1 本条例において、知事は、図書の内容が、著しく性的感情を刺激し、又は著
しく残忍性を助長するため、青少年の健全な育成を阻害するおそれがあると認める
ときは、当該図書を有害図書として指定するものとされ(六条一項)、右の指定を
しようとするときには、緊急を要する場合を除き、岐阜県青少年保護育成審議会の
意見を聴かなければならないとされている(九条)。ただ、有害図書のうち、特に
卑わいな姿態若しくは性行為を被写体とした写真又はこれらの写真を掲載する紙面
が編集紙面の過半を占めると認められる刊行物については、知事は、右六条一項の
指定に代えて、当該写真の内容を、あらかじめ、規則で定めるところにより、指定
することができるとされている(六条二項)。これを受けて、岐阜県青少年保護育
成条例施行規則二条においては、右の写真の内容について、「一 全裸、半裸又は
これに近い状態での卑わいな姿態、二 性交又はこれに類する性行為」と定められ、
さらに昭和五四年七月一日岐阜県告示第五三九号により、その具体的内容について
より詳細な指定がされている。このように、本条例六条二項の指定の場合には、個
々の図書について同審議会の意見を聴く必要はなく、当該写真が前記告示による指
定内容に該当することにより、有害図書として規制されることになる。以上右六条
一項又は二項により指定された有害図書については、その販売又は貸付けを業とす
る者がこれを青少年に販売し、配付し、又は貸し付けること及び自動販売機業者が
自動販売機に収納することを禁止され(本条例六条の二第二項、六条の六第一項)、
いずれの違反行為についても罰則が定められている(本条例二一条二号、五号)。
 2 本条例の定めるような有害図書が一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関す
る価値観に悪い影響を及ぼし、性的な逸脱行為や残虐な行為を容認する風潮の助長
につながるものであつて、青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通
の認識になつているといってよい。さらに、自動販売機による有害図書の販売は、
売手と対面しないため心理的に購入が容易であること、昼夜を問わず購入ができる
こと、収納された有害図書が街頭にさらされているため購入意欲を刺激し易いこと
などの点において、書店等における販売よりもその弊害が一段と大きいといわざる
をえない。しかも、自動販売機業者において、前記審議会の意見聴取を経て有害図
書としての指定がされるまでの間に当該図書の販売を済ませることが可能であり、
このような脱法的行為に有効に対処するためには、本条例六条二項による指定方式
も必要性があり、かつ、合理的であるというべきである。そうすると、有害図書の
自動販売機への収納の禁止は、青少年に対する関係において、憲法二一条一項に違
反しないことはもとより、成人に対する関係においても、有害図書の流通を幾分制
約することにはなるものの、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するた
めの規制に伴う必要やむをえない制約であるから、憲法二一条一項に違反するもの
ではない。
 よって、刑訴法四〇八条により、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によ
るものである。
 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
 岐阜県青少年保護育成条例(以下「本件条例」という。)による有害図書の規制
が憲法に違反するものではないことは、法廷意見の判示するとおりである。いわゆ
る有害図書を青少年の手に入らないようにする条例は、かなり多くの地方公共団体
において制定されているところであるが、本件において有害図書に該当するとされ
た各雑誌を含めて、表現の自由の保障を受けるに値しないと考えられる価値のない
又は価値の極めて乏しい出版物がもっぱら営利的な目的追求のために刊行されてお
り、青少年の保護育成という名分のもとで規制が一般に受けいれられやすい状況が
みられるに至っている。そして、本件条例のような法的規制に対しては、表現の送
り手であるマス・メディア自身も、社会における常識的な意見も、これに反対しな
い現象もあらわれている。しかし、この規制は、憲法の保障する表現の自由にかか
わるものであつて、所論には検討に値する点が少なくない。以下に、法廷意見を補
足して私の考えるところを述べておきたいと思う。
 一 本件条例と憲法二一条
 (一) 本件条例によれば、六条一項により有害図書として指定を受けた図書、
同条二項により指定を受けた内容を有する図書は、青少年に供覧、販売、貸付等を
してはならないとされており(六条の二)、これは明らかに青少年の知る自由を制
限するものである。当裁判所は、国民の知る自由の保障が憲法二一条一項の規定の
趣旨・目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところであるとしてい
る(最高裁昭和六三年(オ)第四三六号平成元年三月八日大法廷判決・民集四三巻
二号八九頁参照)。そして、青少年もまた憲法上知る自由を享有していることはい
うまでもない。
 青少年の享有する知る自由を考える場合に、一方では、青少年はその人格の形成
期であるだけに偏りのない知識や情報に広く接することによって精神的成長をとげ
ることができるところから、その知る自由の保障の必要性は高いのであり、そのた
めに青少年を保護する親権者その他の者の配慮のみでなく、青少年向けの図書利用
施設の整備などのような政策的考慮が望まれるのであるが、他方において、その自
由の憲法的保障という角度からみるときには、その保障の程度が成人の場合に比較
して低いといわざるをえないのである。すなわち、知る自由の保障は、提供される
知識や情報を自ら選別してそのうちから自らの人格形成に資するものを取得してい
く能力が前提とされている。青少年は、一般的にみて、精神的に未熟であって、右
の選別能力を十全には有しておらず、その受ける知識や情報の影響をうけることが
大きいとみられるから、成人と同等の知る自由を保障される前提を欠くものであり、
したがつて青少年のもつ知る自由は一定の制約をうけ、その制約を通じて青少年の
精神的未熟さに由来する害悪から保護される必要があるといわねばならない。もと
よりこの保護を行うのは、第一次的には親権者その他青少年の保護に当たる者の任
務であるが、それが十分に機能しない場合も少なくないから、公的な立場からその
保護のために関与が行われることも認めねばならないと思われる。本件条例もその
一つの方法と考えられる。このようにして、ある表現が受け手として青少年にむけ
られる場合には、成人に対する表現の規制の場合のように、その制約の憲法適合性
について厳格な基準が適用されないものと解するのが相当である。そうであるとす
れば、一般に優越する地位をもつ表現の自由を制約する法令について違憲かどうか
を判断する基準とされる、その表現につき明白かつ現在の危険が存在しない限り制
約を許されないとか、より制限的でない他の選びうる手段の存在するときは制約は
違憲となるなどの原則はそのまま適用されないし、表現に対する事前の規制は原則
として許されないとか、規制を受ける表現の範囲が明確でなければならないという
違憲判断の基準についても成人の場合とは異なり、多少とも緩和した形で適用され
ると考えられる。以上のような観点にたって、以下に論点を分けて考察してみよう。
 (二) 青少年保護のための有害図書の規制について、それを支持するための立
法事実として、それが青少年非行を誘発するおそれがあるとか青少年の精神的成熟
を害するおそれのあることがあげられるが、そのような事実について科学的証明が
されていないといわれることが多い。たしかに青少年が有害図書に接することから、
非行を生ずる明白かつ現在の危険があるといえないことはもとより、科学的にその
関係が論証されているとはいえないかもしれない。しかし、青少年保護のための有
害図書の規制が合憲であるためには、青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性
のあることをもって足りると解してよいと思われる。もっとも、青少年の保護とい
う立法目的が一般に是認され、規制の必要性が重視されているために、その規制の
手段方法についても、容易に肯認される可能性があるが、もとより表現の自由の制
限を伴うものである以上、安易に相当の蓋然性があると考えるべきでなく、必要限
度をこえることは許されない。しかし、有害図書が青少年の非行を誘発したり、そ
の他の害悪を生ずることの厳密な科学的証明を欠くからといって、その制約が直ち
に知る自由への制限として違憲なものとなるとすることは相当でない。
 西ドイツ基本法五条二項の規定は、表現の自由、知る権利について、少年保護の
ための法律によって制限されることを明文で認めており、いわゆる「法律の留保」
を承認していると解される。日本国憲法のもとでは、これと同日に論ずることはで
きないから、法令をもってする青少年保護のための表現の自由、知る自由の制約を
直ちに合憲的な規制として承認することはできないが、現代における社会の共通の
認識からみて、青少年保護のために有害図書に接する青少年の自由を制限すること
は、右にみた相当の蓋然性の要件をみたすものといってよいであろう。問題は、本
件条例の採用する手段方法が憲法上許される必要な限度をこえるかどうかである。
これについて以下の点が問題となろう。
 (三) すでにみたように本件条例による有害図書の規制は、表現の自由、知る
自由を制限するものであるが、これが基本的に是認されるのは青少年の保護のため
の規制であるという特殊性に基づくといえる。もし成人を含めて知る自由を本件条
例のような態様方法によって制限するとすれば、憲法上の厳格な判断基準が適用さ
れる結果違憲とされることを免れないと思われる。そして、たとえ青少年の知る自
由を制限することを目的とするものであっても、その規制の実質的な効果が成人の
知る自由を全く封殺するような場合には、同じような判断を受けざるをえないであ
ろう。
 しかしながら、青少年の知る自由を制限する規制がかりに成人の知る自由を制約
することがあつても、青少年の保護の目的からみて必要とされる規制に伴って当然
に附随的に生ずる効果であつて、成人にはこの規制を受ける図書等を入手する方法
が認められている場合には、その限度での成人の知る自由の制約もやむをえないも
のと考えられる。本件条例は書店における販売のみでなく自動販売機(以下「自販
機」という。)による販売を規制し、本件条例六条二項によって有害図書として指
定されたものは自販機への収納を禁止されるのであるから、成人が自販機によって
これらの図書を簡易に入手する便宜を奪われることになり、成人の知る自由に対す
るかなりきびしい制限であるということができるが、他の方法でこれらの図書に接
する機会が全く閉ざされているとの立証はないし、成人に対しては、特定の態様に
よる販売が事実上抑止されるにとどまるものであるから、有害図書とされるものが
一般に価値がないか又は極めて乏しいことをあわせ考えるとき、成人の知る自由の
制約とされることを理由に本件条例を違憲とするのは相当ではない。
 (四) 本件条例による規制が憲法二一条二項前段にいう「検閲」に当たるとす
れば、その憲法上の禁止は絶対的なものであるから、当然に違憲ということになる
が、それが「検閲」に当たらないことは、法廷意見の説示するとおりである。その
引用する最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決(
民集三八巻一二号一三〇八頁)によれば、憲法にいう「検閲」とは、「行政権が主
体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目
的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を
審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備える
ものを指すと解すべきである」ところ、本件条例の規制は、六条一項による個別的
指定であっても、また同条二項による規則の定めるところによる指定(以下これを
「包括指定」という。)であっても、すでに発表された図書を対象とするものであ
り、かりに指定をうけても、青少年はともかく、成人はこれを入手する途が開かれ
ているのであるから、右のように定義された「検閲」に当たるということはできな
い。
 もっとも 憲法二一条二項前段の「検閲」の絶対的禁止の趣旨は、同条一項の表
現の自由の保障の解釈に及ぼされるべきものであり、たとえ発表された後であって
も、受け手に入手されるに先立ってその途を封ずる効果をもつ規制は、事前の抑制
としてとらえられ、絶対的に禁止されるものではないとしても、その規制は厳格か
つ明確な要件のもとにおいてのみ許されるものといわなければならない(最高裁昭
和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二
頁参照)。本件条例による規制は、個別的指定であると包括指定であるとをとわず、
指定された後は、受け手の入手する途をかなり制限するものであり、事前抑制的な
性格をもっている。しかし、それが受け手の知る自由を全面的に閉ざすものではな
く、指定をうけた有害図書であっても販売の方法は残されていること、のちにみる
ように指定の判断基準が明確にされていること、規制の目的が青少年の保護にある
ことを考慮にいれるならば、その事前抑制的性格にもかかわらず、なお合憲のため
の要件をみたしているものと解される。
 (五) すでにみたように、本件条例は、有害図書の規制方式として包括指定方
式をも定めている。この方式は、岐阜県青少年保護育成審議会(以下「審議会」と
いう。)の審議を経て個別的に有害図書を指定することなく、条例とそのもとでの
規則、告示により有害図書の基準を定め、これに該当するものを包括的に有害図書
として規制を行うものである。一般に公正な機関の指定の手続を経ることにより、
有害図書に当たるかどうかの判断を慎重にし妥当なものとするよう担保することが、
有害図書の規制の許容されるための必要な要件とまではいえないが、それを合憲の
ものとする有力な一つの根拠とはいえる。包括指定方式は、この手続を欠くもので
ある点で問題となりえよう。
 このような包括指定のやり方は、個別的に図書を審査することなく、概括的に有
害図書として規制の網をかぶせるものであるから、検閲の一面をそなえていること
は否定できないところである。しかし、この方式は、法廷意見の説示からもみられ
るように、自販機による販売を通じて青少年が容易に有害図書を入手できることか
ら生ずる弊害を防止するための対応策として考えられたものであるが、青少年保護
のための有害図書の規制を是認する以上は、自販機による有害図書の購入は、書店
などでの購入と異なって心理的抑制が少なく、弊害が大きいこと、審議会の調査審
議を経たうえでの個別的指定の方法によっては青少年が自販機を通じて入手するこ
とを防ぐことができないこと(例えばいわゆる「一夜本」のやり方がそれを示して
いる。)からみて、包括指定による規制の必要性は高いといわなければならない。
もとより必要度が高いことから直ちに表現の自由にとつてきびしい規制を合理的な
ものとすることはできないし、表現の自由に内在する制限として当然に許容される
と速断することはできないけれども、他に選びうる手段をもっては有害図書を青少
年が入手することを有効に抑止することができないのであるから、これをやむをえ
ないものとして認めるほかはないであろう。私としては、つぎにみるように包括指
定の基準が明確なものとされており、その指定の範囲が必要最少限度に抑えられて
いる限り、成人の知る自由が封殺されていないことを前提にすれば、これを違憲と
断定しえないものと考える。
 二 基準の明確性
 およそ法的規制を行う場合に規制される対象が何かを判断する基準が明確である
ことを求められるが、とくに刑事罰を科するときは、きびしい明確性が必要とされ
る。表現の自由の規制の場合も、不明確な基準であれば、規制範囲が漠然とするた
めいわゆる萎縮的効果を広く及ぼし、不当に表現行為を抑止することになるために、
きびしい基準をみたす明確性が憲法上要求される。本件条例に定める有害図書規制
は、表現の自由とかかわりをもつものであるのみでなく、刑罰を伴う規制でもある
し、とくに包括指定の場合は、そこで有害図書とされるものが個別的に明らかにさ
れないままに、その販売や自販機への収納は、直ちに罰則の適用をうけるのである
から、罪刑法定主義の要請も働き、いっそうその判断基準が明確でなければならな
いと解される。もっとも、すでにふれたように青少年保護を目的とした、青少年を
受け手とする場合に限っての規制であることからみて、一般の表現の自由の規制と
同じに考えることは適当でなく、明確性の要求についても、通常の表現の自由の制
約に比して多少ゆるめられることも指摘しておくべきであろう。
 右の観点にたって本件条例の有害図書指定の基準の明確性について検討する。論
旨は、当裁判所の判例を引用しつつ、合理的判断を加えても本件条例の基準は不明
確にすぎ、憲法二一条一項、三一条に違反すると主張する。本件条例六条一項では
指定の要件は、「著しく性的感情を刺激し、又は著しく残忍性を助長する」とされ、
それのみでは、必ずしも明確性をもつとはいえない面がある。とくに残忍性の助長
という点はあいまいなところがかなり残る。また「猥褻」については当裁判所の多
くの判例によってその内容の明確化がはかられているが(そこでも問題のあること
について最高裁昭和五四年(あ)第一三五八号同五八年三月八日第三小法廷判決・
刑集三七巻二号一五頁における私の補足意見参照。)、本件条例にいう「著しく性
的感情を刺激する」図書とは猥褻図書よりも広いと考えられ、規制の及ぶ範囲も広
範にわたるだけに漠然としている嫌いを免れない。
 しかし、これらについては、岐阜県青少年対策本部次長通達(昭和五二年二月二
五日青少第三五六号)により審査基準がかなり具体的に定められているのであって、
不明確とはいえまい。そして本件で問題とされるのは本件条例六条二項であるが、
ここでは指定有害図書は「特に卑わいな姿態若しくは性行為を被写体とした写真又
はこれらの写真を掲載する紙面が編集紙面の過半を占めると認められる刊行物」と
定義されていて、一項の場合に比して具体化がされているとともに、右の写真の内
容については、法廷意見のあげる施行規則二条さらに告示(昭和五四年七月一日岐
阜県告示第五三九号)を通じて、いっそう明確にされていることが認められる。こ
のように条例そのものでなく、下位の法規範による具体化、明確化をどう評価する
かは一つの問題ではあろう。しかし、本件条例は、その下位の諸規範とあいまって、
具体的な基準を定め、表現の自由の保障にみあうだけの明確性をそなえ、それによ
って、本件条例に一つの限定解釈ともいえるものが示されているのであって、青少
年の保護という社会的利益を考えあわせるとき基準の不明確性を理由に法令として
のそれが違憲であると判断することはできないと思われる。
 三 本件条例と憲法一四条
 条例による有害図書の規制が地方公共団体の間にあって極めて区々に分かれてい
ることは、所論のとおりである。たしかに本件条例は、最もきびしい規制を行う例
に属するものであり、他の地方公共団体において、有害図書規制について、単に業
界の自主規制に委ねるものや罰則のおかれていないものもみられるし、みなし規制
を含め、包括的な指定の方式を有するところは一〇余県で必ずしも多くはなく、自
販機への収納禁止を定めながら罰則のないところもある。このようにみると、青少
年の保護のための有害図書の規制は地方公共団体によつて相当に差異があるといっ
てよいであろう。
 しかし、このように相当区々であることは認められるとしても、それをもって憲
法一四条に違反するものではないことは、法廷意見の説示するとおりである。私は、
青少年条例の定める青少年に対する淫行禁止規定については、その規制が各地方公
共団体の条例の間で余りに差異が大きいことに着目し、それをもって直ちに違憲と
なるものではないが、このような不合理な地域差のあるところから「淫行」の意味
を厳格に解釈することを通じて著しく不合理な差異をできる限り解消する方向を考
えるべきものとした(法廷意見のあげる昭和六〇年一〇月二三日大法廷判決におけ
る私の反対意見参照。)。このような考え方が有害図書規制の面においても妥当し
ないとはいえないが、私見によれば、青少年に対する性行為の規制は、それ自体地
域的特色をもたず、この点での青少年の保護に関する社会通念にほとんど地域差は
認められないのに反して、有害図書の規制については、国全体に共通する面よりも、
むしろ地域社会の状況、住民の意識、そこでの出版活動の全国的な影響力など多く
の事情を勘案した上での政策的判断に委ねられるところが大きく、淫行禁止規定に
比して、むしろ地域差のあることが許容される範囲が広いと考えられる。この観点
にたつときには、本件条例が他の地方公共団体の条例よりもきびしい規制を加える
ものであるとしても、なお地域の事情の差異に基づくものとして是認できるものと
思われる。
 このことと関連して、基本的人権とくに表現の自由のような優越的地位を占める
人権の制約は必要最小限度にとどまるべきであるから、目的を達するために、人権
を制限することの少ない他の選択できる手段があるときはこの方法を採るべきであ
るという基準が問題とされるかもしれない。すなわち、この基準によれば、他の地
方公共団体がゆるやかな手段、例えば業界の自主規制によって有害図書の規制を行
っているにかかわらず、本件条例のようなきびしい規制を行うことは違憲になると
主張される可能性がある。しかし、わが国において有害図書が業界のいわゆるアウ
トサイダーによって出版されているという現状をみるとき、果して自主規制のよう
なゆるやかな手段が適切に機能するかどうかは明らかではないし、すでにみたよう
に、青少年保護の目的での規制は、表現の受け手が青少年である場合に、その知る
自由を制約するものであつても、通常の場合と同じ基準が適用されると考える必要
がないと解されることからみて、本件条例のようなきびしい規制が政策として妥当
かどうかはともかくとして、他に選びうるゆるやかな手段があるという理由で、そ
れを違憲と判断することは相当でないと思われる。
 以上詳しく説示したように、本件条例を憲法に違反するものと判断することはで
きず、これを違憲と主張する所論は、傾聴に値するところがないわけではないが、
いずれも採用することができないというほかはない。
  平成元年九月一九日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己

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