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平成24年6月28日判決言渡
平成23年(行コ)第138号各不当労働行為救済命令取消請求控訴事件
主文
1控訴人国の控訴に基づき原判決主文第1項を取り消す。
2被控訴人の請求を棄却する。
3控訴人ユニオンの控訴を棄却する。
4訴訟費用は,原審,差戻前の控訴審,上告審及び当審を通じてこれを2分し,
その1を控訴人ユニオンの,その余を被控訴人の各負担とし,参加に要した費
用は各参加人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1控訴人国(原審第1事件関係)
主文第1,2項同旨
2控訴人ユニオン(原審第2事件関係)
(1)原判決主文第2項を取り消す。
(2)中央労働委員会が中労委平成17年(不再)第41号事件について平成
18年6月7日付けでした再審査申立棄却命令を取り消す。
第2事案の概要
1本件の経緯
(1)A劇場を運営している被控訴人は,その開催するオペラ公演に出演する
合唱団員として,Bとの間で,実演により歌唱技能を審査して選抜するため
の手続(以下「試聴会」という。)を経て,契約メンバーとしての出演基本
契約を締結していたが,平成15年8月から平成16年7月までのシーズン
の契約に関し,試聴会の審査により契約メンバーとしては不合格である旨を
Bに告知した(以下「本件不合格措置」という。)ことから,Bが加入して
いる音楽家等の個人加盟による職能別労働組合である控訴人ユニオンは,B
の上記シーズンの契約についての団体交渉の申入れ(以下「本件団交申入
れ」という。)をしたところ,被控訴人がこれに応じなかったので,東京都
労働委員会に対し,本件不合格措置及び本件団交申入れに対する被控訴人の
対応が不当労働行為に当たるとして救済の申立てをした。
(2)東京都労働委員会は,被控訴人が本件団交申入れに応じなかったことは
不当労働行為に当たるとして,被控訴人に対し,控訴人ユニオンの団体交渉
申入れをBが被控訴人と雇用関係にないとの理由で拒否してはならない旨命
ずるとともに,被控訴人は,控訴人ユニオンに対し,「当財団が,平成15
年3月4日付けで貴ユニオンの申し入れた団体交渉を拒否したことは,不当
労働行為であると東京都労働委員会で認定されました。今後,このような行
為を繰り返さないよう留意します。」と記載した文書を控訴人ユニオンに交
付すること,これを履行したときは,速やかにその旨を同委員会に文書で報
告することを命ずる一方,本件不合格措置は不当労働行為に該当しないとし
て,その余の申立てを棄却した(以下「本件初審命令」という。)ところ,
中央労働委員会に対し,控訴人ユニオンは本件初審命令のうち上記申立棄却
部分について,被控訴人は同命令のうち上記救済を命じた部分について,そ
れぞれ再審査の申立てをしたが(平成17年(不再)第41号,第42号不
当労働行為再審査申立事件),中央労働委員会は,各再審査申立てをいずれ
も棄却した。
(3)そこで,被控訴人は,中央労働委員会がした再審査申立棄却命令のうち
被控訴人に控訴人ユニオンの団体交渉申入れを拒否してはならない旨及びこ
れに関する文書の交付等を命じた部分についての不服申立てを棄却した部分
の取消しを求める訴えを提起し(原審第1事件),他方,控訴人ユニオンは,
同命令のうち本件不合格措置に関する救済命令申立棄却についての不服申立
てを棄却した部分の取消しを求める訴えを提起した(原審第2事件)ところ,
原審は,両事件を併合して審理し,Bは労働組合法(以下「労組法」とい
う。)上の労働者に当たらないとして,第1事件の請求を認容し,第2事件
の請求を棄却した。
(4)控訴人国及び控訴人ユニオンは,それぞれの敗訴部分を不服として控訴
をしたが,差戻前控訴審は,Bが労組法上の労働者に当たらないとの理由に
より,上記各控訴をいずれも棄却した。
(5)これを不服として,控訴人国及び控訴人ユニオンが上告したところ,上
告審は,被控訴人との関係でBは労組法上の労働者に当たるとし,これを前
提に被控訴人が本件不合格措置を採ったこと及び本件団交申入れに応じなか
ったことが不当労働行為に当たるか否かにつき審理を尽くさせるため,本件
を当裁判所に差し戻した。
(6)被控訴人は,当審において,被控訴人との関係でBが労組法上の労働者
と判断される前提となった事実に関し,被控訴人とBの上記関係を否定すべ
き新たな事実の主張をしないから,当審においては,被控訴人との関係にお
いてBが労組法上の労働者であることを前提に被控訴人が本件団交申入れに
応じなかったこと及び本件不合格措置が不当労働行為に当たるか否かを争点
として判断することとする。
2判断の前提となる事実(当事者間に争いがない。)
(1)控訴人ユニオンは,日本で活動する音楽家と音楽関連業務に携わる労働
者の個人加盟による職能別労働組合である。
被控訴人は,平成5年4月,A劇場の施設において現代舞台芸術の公演等
を行うとともに,同施設の管理運営を行うことを目的として設立された財団
法人であり,平成9年2月に同施設が建設された後,平成10年4月以降,
年間を通して多数のオペラ公演を主催している。
(2)被控訴人は,その主催するオペラに出演するA劇場合唱団(以下「本件
合唱団」という。)のメンバーの選抜に関し,毎年,歌唱技能を審査するた
めの機会を設け,平成9年7月に平成10年3月から翌11年6月までのシ
ーズンに関するオーディションを実施した後,平成11年以降は試聴会(た
だし,平成11年度の名称は審査会であった。)を開催し,その選考結果
(契約メンバーの方が登録メンバーよりも選抜基準が高い。)に基づき,合
格者との間で,原則として当年8月から翌年7月までの年間シーズンの全て
の公演に出演可能な契約メンバーと被控訴人がその都度指定する公演に出演
可能な登録メンバーとに分けて出演契約を締結している。もっとも,契約メ
ンバーについても,平成10年3月から平成11年6月までのシーズンは,
公演ごとの個別契約だけであったが,平成11年8月から平成12年7月ま
でのシーズン以降は,毎年,期間を1年とする出演基本契約(当年8月から
翌年7月までのシーズンを契約期間とするものであり,以下,この契約及び
その審査のための試聴会については,期間の始期が属する年度で特定掲記す
る。)が締結された上,公演ごとに個別公演出演契約が締結されている。
(3)Bは,平成9年7月に実施されたオーディションに合格し,平成10年3
月に本件合唱団が発足した当初からその契約メンバーとなり,翌年6月まで
の間に行われた個別公演ごとに出演契約を締結し,その後,平成11年度か
ら平成14年度までの試聴会に合格し(ただし,平成13年度の試聴会では
当初不合格とされたが,後に不合格が撤回され,契約メンバーとなった。),
被控訴人との間で出演基本契約を締結した上,公演ごとに個別公演出演契約
を締結していた。
なお,Bは,A劇場合唱団に入団する前はC合唱団に所属しており,その
頃から控訴人ユニオンの組合員であった。
(4)Dオペラ芸術監督及び当時オペラ芸術参与であったEを審査員として実
施された平成11年度の試聴会(審査会)において,前シーズンの契約メン
バーのうち5名が契約メンバーとして不合格となったが,控訴人ユニオンの
組合員は不合格者の中にはいなかった。
Eオペラ芸術監督,F合唱指揮者(ただし,本件合唱団の指揮者に就任し
たのは平成13年度である。)及びG合唱指揮者(ただし,本件合唱団の指
揮は委託を受けて行っていた。)を審査員として実施された平成12年度の
試聴会においては,前シーズンの契約メンバーは全員合格した。この試聴会
の実施に際しては,「試聴会の実施について」という表題の書面(以下「試
聴会書面」という。)が配布され,同書面には,オペラ芸術監督であるEの
合唱団編成の基本方針は,レパートリー劇場としての経験の蓄積という観点
から,同監督任期中(同年度及び平成13年度のシーズン)できる限り現行
契約メンバーで継続していくというものであり,今回の更新希望者について
は原則として来シーズンの契約を締結する予定であり,その上で,新シーズ
ンに向け,契約メンバーの芸術的水準を確認し,各メンバーの研鑽の機会と
する目的で試聴会を実施するが,契約更新については,今シーズンの実績,
試聴会の結果等により契約を更新し難い特別な理由が認められる場合には見
送ることがある旨記載されていた。
E及びFを審査員として実施された平成13年度の試聴会において,前シ
ーズンの契約メンバーのうちBを含む9名が不合格となった。Bは,契約メ
ンバーとしてではなく,登録メンバーとして契約したい旨の通知を受けたが,
不合格となった契約メンバーのうち唯一の控訴人ユニオンの組合員であった。
控訴人ユニオンは,被控訴人に対し,不合格者の処遇に関する交渉を求め,
上記不合格措置が契約条項に違反していることを指摘したところ,被控訴人
が上記不合格措置を撤回したことから,Bは同年度の契約メンバーとなった。
なお,上記不合格となった者のうち4名が控訴人ユニオンに加入した。
E,F及びGを審査員として実施された平成14年度の試聴会において,
前シーズンの契約メンバーのうち4名が不合格となったが,この4名は前年
度の試聴会後控訴人ユニオンに加入した者であった。
F及びGを審査員として,平成15年2月5日及び6日に実施された平成
15年度の試聴会において,前契約メンバーのうちBを含む11名が不合格
となった。Bは,同月20日,上記不合格であると告知された(本件不合格
措置)。なお,その当時,Fは本件合唱団の合唱指揮者,Gは本件合唱団の
運営に関わっていない外部審査員であった。
(5)控訴人ユニオンは,同年3月4日,被控訴人に対し,「Bの次期シーズ
ンの契約について」と題する文書をもって団体交渉を申し入れた(本件団交
申入れ)。
これに対し,被控訴人は,同月7日,控訴人ユニオンに対し,Bとは雇用
関係にないので,これを前提とする本件団交申入れは受諾できない旨を文書
によって回答した。
3争点及び当事者の主張
(1)本件不合格措置が不当労働行為に当たるか
(控訴人ユニオン)
アBの組合活動について
(ア)Bは,本件合唱団に所属する以前はC合唱団に所属しており,その
頃から控訴人ユニオンの会員として組合活動をしていた。Bは,本件合
唱団の契約メンバーとなった後においても,控訴人ユニオンの活動の一
環として,社団法人H協議会の専門委員会においても活動し,当時A劇
場で働く実演家の雇用の安定や労働条件改善のための活動を行っていた。
そして,しばしば,控訴人ユニオンのオーケストラ協議会の機関誌であ
る「季刊オーケストラ」にA劇場の在り方や同劇場の合唱団員の待遇を
問題とする記事を署名入り,又は,同人が執筆したと判明するようなイ
ニシャルを用いて投稿していた。Bは,本件合唱団発足と同時にソプラ
ノのパートリーダーに抜擢され,合唱団員としてもベテランで,その発
言は他の合唱団員に対して影響があると評価される状況にあり,C時代
には書記長を務めたこともある上,上記のとおりHの専門委員会に所属
していたことから,A劇場の契約形態と出演条件を巡る問題につき重要
な地位に就いて活動するようになった。被控訴人は,Bが控訴人ユニオ
ンの会員であること及びBの上記のような組合活動を熟知していた。
(イ)被控訴人は,A劇場が設立された後,しばらくは同劇場の実演家の
生活の安定と出演条件の向上について積極的な雰囲気であったが,次第
にその姿勢が変化したことから,前記のような活動をしているBは,被
控訴人を批判する対立的な存在となった。
Bは,平成13年1月から同年3月までI歌劇場に留学し,同劇場の
雇用と労働条件の実情を紹介するとともに,本件合唱団の問題点を指摘
する報告書を作成して,被控訴人及び文化庁に提出した。また,同趣旨
の文書を本件合唱団員12名及び同合唱団事務局のJにメールで送信し
た。
Bは,上記報告書を提出した後に臨んだ平成13年度の試聴会におい
て不合格となった。しかし,控訴人ユニオンが被控訴人と交渉し,手続
の不備を指摘したことから,不合格は撤回され,Bは契約メンバーとし
て更新された。
(ウ)控訴人ユニオンは,被控訴人に対し,試聴会についての団交を申
し入れ,被控訴人が話合いに応じるとして設けられた機会に試聴会の
在り方についてBが指摘していたと同様の問題点を指摘していた。
(エ)平成14年度の試聴会において,前年度不合格となったものの,
控訴人ユニオンに加入し,手続の不備を指摘して契約を更新された4
名が不合格となった。Bが不合格とならなかったのは,上記4名と同
時に不合格とすると不当労働行為が隠せなくなるためであり,Bは翌
15年度の試聴会で不合格となった。
イ被控訴人の不当労働行為意思
(ア)被控訴人は,当初,Bが組合活動として行った処遇の改善要求等
を受け入れる姿勢を見せていたが,平成10年頃からは全くBの要求
を受け入れる姿勢を見せなくなった。そして,被控訴人は,控訴人ユ
ニオンの団体交渉の申入れを合唱団員は労組法上の労働者ではないと
の理由で一貫して拒否するようになり,話合いに応ずると回答しなが
ら,事前に文書による意見を求めたため,17通もの文書のやりとり
をし,結局平成15年度の試聴会が終わるまで話合いに入ることはで
きなかった。
(イ)Fは,平成15年度の試聴会の後,合唱団員に対し,試聴会は毎年
行う,ユニオンが突っ突かなければチェックする必要もなかった,今回
のようなチェックはもうしない,さらに,ヨーロッパのオペラ劇場は定
年制や組合などがあって,著しく労働意欲や実力が低下した者でも簡単
には首が切れないなどと発言したが,これは,同人が試聴会の結果を覆
した控訴人ユニオンに対して嫌悪の情を抱いていたからにほかならない。
また,同人が上記のような発言ができたのも,被控訴人が反組合意識を
もっており,これが許容されると思っていたからである。
また,Gは,平成15年度の試聴会後,Bに対し,同人が控訴人ユニ
オンの機関誌等に投稿していることをとらえて,A劇場の上層部はシビ
アだと発言したが,このことからも本件不合格措置がBの歌唱力ではな
く,執筆活動やその他の組合活動にあったことは明らかである。
ウ本件不合格措置の理由の不存在
(ア)出演基本契約書27条は,出演基本契約を再締結する意思がある場
合には出演業務遂行期間満了の日から3か月前までに合唱団員の意思を
確認すると規定しているが,平成13年度の試聴会から,合唱団員は再
契約に先立ち試聴会を行うこと,技能について審査したうえ再契約する
か否か決定する手続を行う旨の規定が追加された。これらの規定から,
出演基本契約は再契約を予定しているということができる。また,試聴
会書面には,現行メンバーで継続し,更新希望者については原則更新す
る予定であり,更新し難い特別の理由が認められる場合には,契約の更
新を見送ることがある旨記載されており,出演基本契約は更新が原則で
あったことを表している。そして,被控訴人のこのような方針は,現在
も継続している。したがって,出演基本契約は,更新し難い特別の理由
が認められない限り更新されるという合意が成立していた。
(イ)試聴会は次期出演基本契約を締結するかどうかを決定する手続であ
り,その審査手続は公平かつ適正であることが求められる。ところが,
本件不合格措置が採られた平成15年度の試聴会では,F及びGが審査
員であり,公平な審査を担保する外部審査員がいなかったし,評価方法
や採点方法が決まっていなかったため,審査員の感覚に任せられること
になり,審査が恣意的に行われる可能性が排除できないものであった。
そして,実際の審査も,Fは,アリアについては10点満点で8.4か
ら9.4の範囲で採点し,合唱曲については○,◎で評価し,その評価
記録が残っていないものもあったし,Gは,5点満点で3-から4+の
範囲で採点し,アリア及び合唱曲について参考として○,△で評価し,
記録のないものもあり,審査が感覚的に行われたことが分かるし,Gの
メモをみるとその審査対象が明瞭でないことが表れている。
以上のとおり,本件不合格措置が採られた試聴会の審査は公正かつ適
正なものではなかった。
エBの合唱団員としての力量
Bは,Cに所属していた頃から通算して20年間オペラの合唱団員とし
て演奏活動を続け,50作品以上のオペラに出演し,C時代には長期間に
わたりソプラノのパートリーダーを務め,本件合唱団においても,入団当
初から3シーズンにわたりソプラノのパートリーダーを務め,平成13年
には被控訴人から所属長推薦を受けてI歌劇場に留学している。これらの
ことから,Bの合唱団員としての力量は平均より上であったことは明らか
であり,契約を更新し難い特別の理由は存在しない。そして,Bの力量を
否定すべき理由は試聴会の結果しかないところ,F及びGの試聴会におけ
る評価においても,合格者の採点とは僅差であり,これも上記特別の理由
とはならない。
オ以上のとおり,Bには出演基本契約を更新し難い特別な理由はなく,そ
れにもかかわらず更新が拒否されたのは,被控訴人がA劇場の出演契約と
出演条件の向上のために組合活動をするBを嫌悪したからである。
したがって,本件不合格措置は,Bが正当な組合活動をしたことの故を
もってされたものであるとともに,控訴人ユニオンの結成・運営を支配・
介入したことに該当するので,労組法7条1号及び同条3号の不当労働行
為に該当する。
(控訴人国)
ア出演基本契約には更新合意の存在を基礎付ける条項はなく,むしろ平成
13年度以降の出演基本契約書には,「試聴会の審査を経て再契約を行う
か否か決定する。」旨明記されたこと,Bが不合格なった平成15年度の
試聴会までに行われた4回の試聴会のうち,前シーズンの契約メンバー全
員が合格したのは平成12年度の試聴会のみであり,その他の試聴会にお
いてはいずれも複数名の不合格者が出ていたことに照らせば,試聴会の審
査結果を踏まえてシーズンごとに再締結されていたとみるほかなく,出演
基本契約について更新合意が含まれていたと認めることはできない。
イ平成15年度の試聴会の審査員であったFらは,合唱団指揮者として優
れた専門家であり,審査員の適格性を有している。平成14年度の試聴会
からは複数審査員制を採り,試聴会参加者が他の参加者の歌唱を聴けるよ
うにするなど,審査方法の改善も図られている。平成15年度の試聴会に
おけるBの審査結果は,2人の審査員間で特段の矛盾はなく,その判断が
不公平とはいえない。
試聴会は,審査員の判断を広く認め,審査方法の統一はされていなかっ
たが,審査結果自体に明らかな矛盾はなく,本件不合格措置が審査員の恣
意により控訴人ユニオンを排除する目的で行われたとは認められないので,
本件試聴会の審査方法等が著しく不公平・不適正で,その結果が裁量の範
囲を逸脱する不法なものであったということはできない。
ウBは,平成13年夏から平成14年秋頃にかけて控訴人ユニオンの機関
誌に本件合唱団で実施されている試聴会を批判する記事を掲載しているが,
平成10年度から平成14年度まで連続して試聴会(初回はオーディショ
ン)に合格し,(ただし,平成13年度の試聴会においては,いったんは
不合格となったが後に撤回され,契約メンバーとして採用された。)契約
メンバーとなっており,また,上記の記事掲載と本件不合格措置とは時間
的に隔たりがあり,関連性はない。なお,控訴人ユニオンは,GがBに対
し,記事掲載について被控訴人の上層部はシビアであると発言したと主張
するが,Bがこれに沿う供述をするのみであって,このような発言をした
こと自体を認めることはできない。
エこれまでの試聴会における不合格者が控訴人ユニオンの会員に偏ってい
るとはいえない。このような試聴会の合否状況を見ても,被控訴人がBの
組合活動を嫌悪し,それによって試聴会での合否判断や契約メンバーとし
ての身分等に不利益を及ぼす行為を行っていたということはできない。
オ被控訴人は,本件不合格措置を採った前後において,控訴人ユニオンと
の団体交渉を拒否する姿勢を執っていたが,平成13年以降,「話合い」
という名目ではあるけれども交渉の場を設け,これが一応労使協議の場と
して一定程度機能していたのであり,被控訴人がこれを団交と認めないの
は,専らBと被控訴人との関係についての法律解釈によるものであるから,
被控訴人の団体交渉に対する姿勢をもって,本件不合格措置について不当
労働行為意思を推認する根拠とはなし得ない。
カFが,合唱団メンバーに対して,ヨーロッパは労働組合が大きな力を持
っているので簡単には首を切れないようになっているなどと発言したとさ
れる点は,平成13年度の試聴会において不合格者が手続上の不備により
合格となったことについて,歌唱技能で要求される水準に達しない者を契
約メンバーにすべきでないことを言い表したと理解されるのであって,他
に控訴人ユニオンの組織やその組合員の活動等を批判し,嫌悪するなどの
意思をもって発言したとうかがわせる事情もないから,上記発言をもって,
Fひいては被控訴人が控訴人ユニオン又はBの組合活動を嫌悪していたと
することはできない。
(被控訴人)
ア基本契約は,シーズンごとの試聴会による厳格な技能審査に合格した
場合に締結されるものであって,更新が予定されているものではない。
被控訴人は,契約メンバーとなった者を定期的に総入替えすることは考
えていないが,終身固定化することも考えていない。被控訴人が,舞台
芸術の発展・振興に寄与するというその設置理念のために,試聴会によ
る審査システムを採用したこと,その審査方法及び審査基準について審
査員の芸術家としての感性に任せることにはいずれも合理性がある。
イFが合唱団メンバーに対してヨーロッパの労働組合等に関する発言を
したのは,平成14年度の試聴会の後であり,平成15年3月ではない。
また,その発言の趣旨は,A劇場合唱団が日本最高峰オペラ劇場の合唱
団員として必要不可欠な能力・芸術性を備えた適正なメンバーによって
構成されなければならないという考えを述べたものである。また,毎年
落ちる実績を作っておかなければ落とすことができなくなるとの点は,
実力を有する者が適正に契約メンバーの構成員になれるシステムが必要
であるという趣旨で発言したにすぎず,さらに,試聴会の実施に関する
点は,平成13年度の試聴会において不合格とされた者が手続上の瑕疵
を原因として合格者とされたことについて,契約メンバーとしての水準
に達しないと判断された者がメンバーとして残ったことの不合理性を指
摘したものであり,Fが控訴人ユニオンを敵視していたことを表してい
るものではない。そうでないとすると,翌14年度の試聴会において,
FがBに対して契約メンバーの水準に達する評点を付けたことが説明で
きない。
ウ平成15年度の試聴会における審査員2人のBに対する評価結果は,い
ずれも明らかな不合格レベルではないが,相対的な評価の中で契約メンバ
ーに残るだけのものを備えていなかったというものであり,齟齬はなかっ
た。
エ上記試聴会における出来映えについては,B自身も,高い音を弱く長
く発音することが上手くできなかったことを認めているのであって,評
価が低くなったのは当然である。
オこれまでの試聴会における合否の結果と控訴人ユニオンのメンバーで
あることとの間には関連性はない。平成13年度の試聴会における不合
格者9名のうち控訴人ユニオンのメンバーはBのみである。また,Bが,
平成14年度試聴会において不合格とはなっておらず,平成15年度に
おいても,契約メンバーとしては不合格となったものの,登録メンバー
として参加する可能性を排除されていないのは,被控訴人がBを嫌悪し
ていないことを表している。
カしたがって,本件不合格措置は,Bが控訴人ユニオンの会員であるこ
とを理由とする不合格措置ではない。
(2)本件団交申入れに応じなかったことが不当労働行為に当たるか
(被控訴人)
アBが労組法上の労働者であり,被控訴人が使用者であるとしても,既に
試聴会が実施されており,Bの不合格は決定し,次期シーズンの処遇は確
定している。被控訴人としては控訴人ユニオンとの交渉により契約の締結
や役務提供の条件等を改めて決定する余地はないから,Bの次期シーズン
の契約に関する本件団交申入れに応ずる義務はない。
試聴会による合否判定は,基本的に被控訴人のオペラ合唱団の編成方針
に基づくものであって,団体交渉によって究極的に解決されるべき事柄で
はないし,団体交渉によって解決し得る事項でもない。しかも,試聴会の
合否判定は,次期シーズンの契約締結のための条件であって,次期契約締
結そのものである。したがって,上記のとおりBの次期における処遇は確
定しているので,Bの合否判定について団交応諾義務はない。
イ控訴人ユニオンが本件団交申入れにおいて交渉事項として提示した「B
の次期シーズンの契約について」の文言からは,事実上,Bの不合格処分
を撤回して合格扱いにすべきであるという趣旨と解するほかなく,到底一
般的な試聴会の在り方や審査方法等を交渉事項とする趣旨を読み取ること
はできない。
(控訴人国)
アBは,被控訴人との関係において労組法上の労働者と認められるから,
控訴人ユニオンが義務的団交事項を議題とする団体交渉を申し入れた場合,
合理的な理由がない限りこれを拒否することはできない。
イ既に行ったBに対する試聴会の合否結果とこれに基づく契約締結につ
いては確定事項であるから,控訴人ユニオンが本件不合格措置の撤回と
次期シーズンの契約締結のみに固執し,これが拒否された場合には譲歩
しないことを明示して団体交渉に臨むような場合には,仮に,被控訴人
が団体交渉に応じたとしても交渉が行き詰まることは明らかであり,被
控訴人が確定事項であり,変更できないとの理由で団体交渉を拒否した
としても合理的理由が認められる。
しかしながら,試聴会の審査方法が公正でなかったことなどを指摘して,
適宜の方法による新たな試聴会の実施を求め,そこでBの合否を再度判定
し,その結果により次期シーズンの契約締結の可否を決めるように求めた
場合は,労働者の処遇に関わる事項であり,確定事項の変更を求めるもの
でもないから義務的団体交渉事項の範疇にある。そして,控訴人ユニオン
が試聴会の改善等を求めるのに対し,被控訴人がBの労働者性を否定して
これに関する協議がほとんど行われなかった経緯等からすると,本件団交
申入れは,Bが試聴会で不合格となったことに付随ないし関連して,試聴
会の在り方,審査方法や合否判定の手法等次期シーズンの契約に関わる手
続的事項に及ぶことは当然予測できるところであり,これらの事項は労働
者の条件に関わる事項であって,義務的団体交渉事項に含まれることは当
然であるから,本件団交申入れに対し,被控訴人は団体交渉応諾義務を負
う。
ウ被控訴人と控訴人ユニオンは,上記のとおり,試聴会の在り方などに関
し協議をしていた経緯があったことに加え,一般に団体交渉は,その進展
状況に応じて,相互に様々な譲歩案,代替案,対案等が提出されるのが常
態であることを考え合わせると,被控訴人において団体交渉事項の具体的
内容を合理的に解釈することは十分可能であり,仮に,団体交渉事項が不
明確であるとするなら釈明を求めて明らかにすることも可能かつ容易であ
ったのであるから,これをしないまま本件団交申入れに係る団体交渉事項
を限定的に解釈し,交渉するに値しないと断定して,団体交渉に応じない
ことには合理的理由はない。
エ試聴会のシステムの採否及び内容の決定,審査方法の決定,合否の決定
などといった事項については,被控訴人の裁量の範囲の広い事項であるこ
とは否定できない。しかし,これらの事項は労働者の処遇ないし条件にも
関わるのであるから,被控訴人が団体交渉応諾義務を負い,団体交渉が実
施されれば誠実交渉義務を尽すべきものであることは明らかである。
そして,使用者に課される誠実交渉義務は,あくまで一定の妥結を目
指し,誠実な態度で組合の主張ないし要求を聞き,適宜の回答や説明を
行う義務であるから,使用者の裁量の範囲の広い事項であっても,使用
者が組合の要求するところを聞き,必要に応じて適宜の説明をすること
などが可能である限り,団交応諾義務を免れることはできない。
(控訴人ユニオン)
アBが労組法上の労働者であることは明らかであり,これを否定して団体
交渉を拒否することには正当な理由はない。
イ被控訴人と控訴人ユニオンは,試聴会の在り方,契約更新の問題につい
て平成13年以降何度も話合いをしており,この経過を踏まえて本件団交
申入れに係る交渉事項を解釈すれば,Bの試聴会における合否についての
異議のみならず,その手続である試聴会の審査方法,合否判定等の手続等
も含まれることは明白であり,被控訴人も容易に認識し得るものであって,
本件団交申入れに係る団体交渉事項が抽象的であり,趣旨が不明であると
いうことはない。
ウBを不合格とした試聴会の結果の撤回を求めることは,労働条件その他
待遇に関する事項であり,被控訴人において決定することができる事項で
あるから,正当な理由がない限り,被控訴人はこれに関しても団体交渉応
諾義務を負う。
エしたがって,被控訴人が本件団交申入れに応じなかったことは,労組法
7条2号の不当労働行為に該当する。
第3当裁判所の判断
1本件不合格措置の不当労働行為該当性について
(1)控訴人ユニオンは,本件不合格措置が不当労働行為に当たる前提として,
被控訴人が契約メンバーと締結する出演基本契約は更新されるのが原則であ
ると主張し,他方,控訴人国及び被控訴人は,いずれもこれを否定するので,
まずこの点について判断する。
前判示第2の2の前提事実に加え,証拠(乙23,28)及び弁論の全趣
旨によれば,個別公演ごとの契約のほかに年間を通じての基本契約が締結さ
れたのは平成11年度からであるが,その際に用いられた出演基本契約書に
おいては,その27条1項で,被控訴人が,次期シーズンにおいても出演基
本契約を再締結する意思がある場合には,出演業務遂行期間満了日の3か月
前までに契約メンバーにその旨を通知してメンバーの意思を確認すると定め
られているだけであり,それ以外に契約の更新に関する定めはないこと,試
聴会が開催されるようになって3年目の平成13年度の出演基本契約書にお
いては,25条1項に,前同様の再契約に関する意思確認の規定が置かれた
上,同条2項で,契約メンバーは,被控訴人が再契約に先立ち試聴会を行い
メンバーの技能について審査して再契約の申し出をするか否かを決定する手
続を行うことに異議を述べないとされており,それ以外に契約の更新に関す
る定めはないこと,以後の出演基本契約においてもこれと同様の契約書が用
いられていること,試聴会が行なわれるようになった平成11年度から本件
不合格措置が採られた平成15年度までの間に,試聴会による審査で不合格
者が出なかったのは平成12年度のみであることが認められる。
これによると,出演基本契約の当事者間において更新が原則であるとの合
意がされたとすることはできない。もっとも,前判示の第2の2(4)のとお
り,平成12年度の試聴会に際して配布された試聴会書面には,オペラ芸術
監督であるEの合唱団編成の基本方針として,同監督任期中(同年度及び平
成13年度のシーズン)はできる限り現行契約メンバーで継続し,平成12
年度の更新希望者については原則として次期シーズンの契約を締結する予定
である旨記載されているけれども,他方,平成12年度の実績,試聴会の結
果等により契約を更新し難い特別な理由が認められる場合には見送ることが
ある旨付記されており,実際にも,翌13年度の試聴会においては,Eが審
査員を務めていたにもかかわらず,当初9名が不合格(後に手続上の不備に
より撤回)とされているのであって,この書面及びその後の運用からは,出
演の実績及び試聴会による技能審査の結果が選抜の重要な要素であるとされ
ていることが看取され,証拠(甲19,20,乙97)によってもそのこと
が裏付けられている。また,被控訴人がその主催するオペラ公演の質を維持
するためには,本件合唱団のメンバーの水準を保っておく必要があり,出演
基本契約の締結に当たり,技能審査が重視されるのは,容易に理解されると
ころであって,試聴会書面をもって,被控訴人の選抜担当者が技能審査の結
果を度外視して更新が原則であると表明したものとみることはできない。そ
して,その後の試聴会による技能審査の運用及び出演基本契約締結の実情に
基づいて考察しても,黙示的に更新が原則であるとの合意がされたとみるこ
ともできない。
もっとも,前判示のとおり,Bは,平成11年度以降,被控訴人との間で
4回の出演基本契約を締結してきており,本件不合格措置は5回目の契約
の締結をしなかったものであるから,これに対する不利益取扱いについて
は労組法7条1号が適用されることもあり得るので,同人に対する選抜の
過程について以下に検討する。
(2)控訴人ユニオンは,試聴会においては,審査の公平及び適正が担保され
ておらず,評価方法及び採点方法も恣意的であると主張する。
ところで,本件合唱団の契約メンバーとしての水準に達する歌唱力を有
しているか,オペラ公演への出演に適するか否かを判断することは,専門
的・技術的な性質を有する事柄であるばかりでなく,芸術的評価を伴うも
のであり,しかも,既に相当の技量を備える者の間で行われる評価である
から,第三者に客観的に認識し得る明確な基準を定立することは困難であ
るというほかない。そして,合否の最終的な判断は,審査員の芸術感や感
性によっても影響を受けるのであるから,おのずと審査員の裁量に委ねら
れることにならざるを得ない。この点は,判断基準ばかりでなく,判断の
ための技能評価の方法についても同様であり,複数の審査員が関与する場
合に,統一的な評価方法を用いるかどうかも,これに当たる専門家の判断
によらざるを得ないのであって,評価方法や採点方法が決まっていないこ
とのみをもって,試聴会の審査結果が不合理であるとするのは相当でない。
また,控訴人ユニオンは,平成15年度に審査員を務めたFとGのBに
対する評価には矛盾があると指摘するところ,前判示第2の2の前提事実
に加え,証拠(甲19,20,乙88の1ないし24,乙89の1ないし
24,乙91,97)及び弁論の全趣旨によれば,平成15年度の試聴会
において,参加者は,オペラ・アリアと合唱曲の2曲を歌唱したこと,F
は,オペラ・アリアを中心に10段階で評価し,合唱曲は○,◎を付して
評価をしたが参考にとどめ,ソプラノパート及びアルトパートの24名に
ついて8.4から9.4までの範囲で評価し,それぞれにコメントを付し,
Bについては8.6と評価し,「ていねいに歌っている,表現は悪くな
い」,「ピアノが詰まっている」,「最高音は嘘の声」,「合唱曲,息が
止まっている」とのコメントを付したこと,Gは,オペラ・アリアと合唱
曲を同等の比重で5段階評価とし,上記各パートの24名について,3の
中で相対的に劣った者を3-,4で相対的に優れた者を4+とする範囲で
評価し,それぞれにコメントを付し,参考として評価点数の上部に○又は
△を付すことがあったこと,Bについては3と評価し,「今後のパートの
内での音色をどう作っていくか」,「自分のペースで歌う曲は良いが,今
後の合唱団レパートリーにどれほどの力になるか」,「音程が不安定(高
音部は良かったが)」とのコメントを付したことが認められる。しかし,
Fは本件合唱団の合唱指揮者,Gは本件合唱団の運営に関わっていない外
部審査員であり,その立場には違いがあるけれども,両名ともオペラに関
する専門家であり,その資質及び専門的知見に関しては,審査員としての
適性に欠けることをうかがわせる事情は見当たらない。そして,評価の方
法が異なることのみをもって不合理とすることができないことは前判示の
とおりであるばかりでなく,上記の審査結果からは,両名の評価に決定的
な違いがあり,これによる選抜が不合理であるとするほどの矛盾があると
することもできない。
なお,控訴人ユニオンは,Bの歌唱の技量が優れており,本件合唱団員
の中での力量は平均以上であったことを強調するが,他方,前判示第2の
2(4)のとおり,Bは,Fのみならず,Eも審査員を務めていた平成13
年度の試聴会において,いったんは不合格とされており,その評価は様々
なものがあると推測されるところであって,同人の実績や自ら述べる技量
のみをもって,平成15年度の審査の当否を論ずることはできない。
そうすると,FとGは,それぞれ芸術家としての自己の判断基準に基づ
き,専門家としての裁量に基づき契約メンバーの技能を評価したものであ
り,その他,Bに対する試聴会における審査方法が社会通念上不相当であ
り,その結果に合理性がないとみるべき事情は認められないから,これに
よる選抜の結果を不合理とすることもできない。
(3)上記の点に関連し,控訴人ユニオンは,Fの本件合唱団員に対する発言
を取り上げて,不当労働行為意思が表れたものであると主張する。
なるほど,証拠(乙51,97,当審証人B)及び弁論の全趣旨によれば,
Fは,平成15年度の試聴会の数日後,本件合唱団員に対し,試聴会は毎年
行う,ユニオンが突っ突かなければチェックする必要もなかった,今回のよ
うなチェックはもうしない,さらに,ヨーロッパのオペラ劇場は定年制や組
合などがあって,著しく労働意欲や実力が低下した者でも簡単には首が切れ
ないなどと発言したことが認められる。
しかしながら,上記Fの発言は,平成13年度の試聴会において7名が不
合格となったものの,手続上の理由により不合格が撤回されたことに関し,
試聴会で歌唱技能が水準に達しないとして不合格となった者が本件合唱団の
構成員となることへの不満を述べるものであり,これに対する不満ないし不
快感が表われた個人的な発言と解されるのであって,このことをもって同人
が控訴人ユニオンやBの組合活動を嫌悪していたと推認するのは困難であり,
本件不合格措置との関連性も明らかでない。
(4)控訴人ユニオンは,被控訴人が同控訴人に対して嫌悪感を持って団体交
渉の申入れを拒否するなどしていたことから,被控訴人を批判するBに対し
ても不当労働行為意思をもって本件不合格措置を採った旨主張する。
しかしながら,弁論の全趣旨によると,被控訴人は,Bを含む本件合唱団
員と被控訴人との間には雇用関係がなく,同団員は労働者ではないとして,
同団員の処遇改善等についての団体交渉には応じられないとの姿勢を示して
いたと認められるけれども,合唱団員の労働者性について司法判断が確定し
ていない状況において,被控訴人が上記のような見解の下に団体交渉を拒否
し,労働者に当たるとして団体交渉を求める控訴人ユニオンと対立したとし
ても,そのことのみから直ちにBに対する本件不合格措置が同控訴人の組合
員であるBを嫌悪してされたものであるとすることは困難であり,この点で
本件不合格措置における不当労働行為意思も認めることはできない。
また,控訴人ユニオンは,A劇場合唱団員等に処遇改善を求める組合活
動をするBを嫌悪し,同人を排除するため本件不合格措置を行ったと主張
する。
しかしながら,本件不合格措置は,試聴会の審査の結果であって,その審
査結果について不合理であるとか,恣意的なものであるとすることができな
いことは前判示のとおりであり,他に被控訴人のBに対する嫌悪感が本件不
合格措置に影響したとの事情も認められないのであるから,この点で不当労
働行為意思があったとすることはできない。
さらに,控訴人ユニオンは,Bの被控訴人に対する批判的な記事の掲載や
報告書の提出との関連を指摘するが,これらは平成13年のことであり,本
件不合格措置とは時間的にも隔たっており,具体的な因果関係を認めるに足
りる証拠はない。
その他,控訴人ユニオンにおいて被控訴人が控訴人ユニオン及びBを嫌悪
していたことを裏付けるとして主張する事情をもってしても,これを認める
ことはできない。
(5)以上によれば,本件不合格措置は,被控訴人が不当労働行為意思をもっ
て行ったものとは認められず,不当労働行為に当たらないから,控訴人ユ
ニオンの請求は理由がない。
2本件団交申入れへの対応の不当労働行為該当性について
(1)A劇場の合唱団の契約メンバーは,被控訴人との関係において労組法上
の労働者に当たるから,被控訴人は,Bが労働者でないことを理由に本件
団交申入れを拒否することはできない。
(2)ところで,本件団交申入れにおいて提示された「Bの次期シーズンの契
約について」との団体交渉事項は,その文言だけに照らして解釈すると,B
の平成15年度の出演基本契約について,同人が試聴会による審査の結果,
本件不合格措置を採られたことを直接に取り上げて交渉したい旨の申入れで
あるようにもみられる。
この点,被控訴人とBとの間の出演基本契約は,過去4回締結されてきた
ものではあるけれども,更新されるのを原則とするものではなく,毎年試聴
会による選抜を経てその合格者と締結されるものであること,平成15年度
の試聴会による選抜の結果被控訴人により採られた本件不合格措置が不当労
働行為に当たらないことは前判示のとおりであるから,被控訴人は,上記契
約の締結につき特別の制限を受けるものではない。したがって,被控訴人に
は本件不合格措置を撤回又は変更する義務はなく,これによって同措置に係
る次期シーズンにおけるBの処遇は確定しており,団体交渉でこれを取り上
げる余地はない。そうすると,被控訴人には本件不合格措置の撤回や変更を
求める団体交渉申入れに応諾する義務はないので,控訴人ユニオンが専ら本
件不合格措置の撤回や変更を求めて団体交渉を求めるのであれば,被控訴人
においてこれを拒否することには正当な理由がある。
しかしながら,前判示第2の2の事実に加え,証拠(甲2,3,乙24,
26,27,30ないし36,40ないし42,52,69,79の1ない
し32,乙96)及び弁論の全趣旨によると,平成13年度の試聴会でBを
含む9名が不合格となったことから,控訴人ユニオンは,被控訴人に対し,
不合格者の処遇に関する交渉を求め,その結果,契約条項違反により,上記
9名に対する不合格が撤回され,全員が次期契約メンバーとして契約を締結
したこと,平成14年1月,被控訴人に対し,試聴会に関すること等を議題
とする団体交渉の申入れを行い,試聴会を毎年行うことの是非について話合
いをし,控訴人ユニオンから試聴会で公正な審査が行われるよう申入れをし
たこと,同年3月,平成14年度の試聴会において4名が不合格となったこ
とから,試聴会における審査の公正性及び女性メンバーの労働条件について
疑義があるとして,文書によって話合いの申入れをしたこと,この申入れに
対し,被控訴人は,疑義の内容を明らかにするように記載した文書をファク
シミリによって控訴人ユニオンに送信し,何度かの文書によるやりとりがあ
った後,同年8月,控訴人ユニオンは,被控訴人に対し,ユニオン会員の出
演料及び試聴会の在り方を議題とする「団体交渉申し入れ書」を提出したこ
と,同書面には,出演料におけるユニオン会員と他のメンバーの差別を是正
すること,現行の試聴会を見直し,適切に評価するシステムを確立すること
が要求事項として記載されていたこと,これに対し,被控訴人は,ユニオン
会員と被控訴人との契約関係を雇用契約とみることについて異論があるので,
団体交渉の申入れを受け入れることはできないが,上記要求事項については
話合いをし,理解を深めることに特に異議はないなどとファクシミリによっ
て回答し,さらに,同年9月,控訴人ユニオンからの雇用関係がないとして
団体交渉を拒否するのは不当労働行為に当たる可能性があるとの文書による
申入れを受け,その後,会合を団体交渉と認めることはできないものの,話
合いの機会を持つこと自体については賛同する旨回答し,これによって,同
月24日,控訴人ユニオンと被控訴人との間で話合いが持たれたこと,しか
し,控訴人ユニオンがその話合いを団体交渉であると主張したのに対し,被
控訴人がこれを団体交渉と性格付けることが前提であれば応じないと主張し
て,議題にまで及ばなかったこと,その後,調整の結果,同年12月9日に
話合いが行われ,被控訴人は,控訴人ユニオンの会員を不利益に扱わないこ
とを約束し,話合いについて記録(録音)を残すことを承諾し,控訴人ユニ
オンに対して出演料の男女差を主張する根拠となる資料及び試聴会の在り方
についての意見を文書によって提出するよう求めたこと,これに対し,控訴
人ユニオンは,同月末,被控訴人に対し,出演料について女性メンバーと男
性メンバーの間で差があること及び試聴会の問題点を指摘した上,試聴会を
廃止すること,契約メンバーの労働者としての基本的権利に十分配慮した契
約の在り方を検討することを提案するとの電子メールを送信したこと,控訴
人ユニオンと被控訴人は,平成15年3月4日,主として,男女の出演料の
差及び試聴会の在り方についての話合いを行い,その際,控訴人ユニオンは,
試聴会によって短期間で合唱団員を入替えしていくことは問題であるなどと
主張し,当日の話合いを終了するに当たって,被控訴人に対し,同年2月2
0日に本件不合格措置があったことから,本件団交申入れを行ったことが認
められる。
以上のとおり,控訴人ユニオンと被控訴人との間では,従前から,試聴会
の在り方を含む契約メンバーの選抜について継続して話合いが持たれている
ところ,前判示のとおり,契約メンバーは労働者であり,毎年試聴会による
選抜を経て契約を締結してきているという実態がある以上,上記の問題は,
労働者の処遇に関する事項に含まれるというべきである。そうすると,本件
団交申入れは,本件不合格措置を契機として行われたものであり,その対象
がBの次期シーズンにおける契約とされているけれども,その契約締結の前
提として選抜方法が問題となる以上,従前と同様に,協議内容が試聴会の在
り方,審査の方法や判定方法等の本件合唱団員の処遇に及ぶことは両者にと
って推測できるところである。そして,その結果が,次期シーズンに向けて
の出演基本契約締結の手続として本件合唱団の処遇に影響することになるか
ら,この問題は,被控訴人にとっても義務的団交事項となるというべきであ
る。したがって,これにつき被控訴人には団体交渉応諾義務があり,上記団
体交渉事項が具体的でないとしてこれを拒否することには正当な理由はない
というべきである。
この点に関し,被控訴人は,試聴会の在り方,審査・判定方法は,被控訴
人による合唱団の編成方針に基づくものであり,団体交渉によって決定・解
決されるべき事項ではないと主張するけれども,前判示のとおり,試聴会の
結果は次期シーズンに向けての契約締結の手続に直接関わることであって,
被控訴人との関係で労働者である本件合唱団員の処遇に関する事項に当たる
から,この主張を採用することはできない。
(3)以上によれば,被控訴人には本件団交申入れにつき,その交渉事項を上
記のとおりとした上で応諾義務があるというべきであるから,被控訴人の請
求は理由がない。
3よって,原審第1事件における被控訴人の請求は理由がないので,これを認
容した原判決は失当であり,控訴人国の控訴は理由があるから,同控訴人の控
訴に基づき原判決主文第1項を取り消した上,被控訴人の請求を棄却し,また,
原審第2事件における控訴人ユニオンの請求は理由がないので,これを棄却し
た原判決は相当であり,同控訴人の控訴は理由がないから,これを棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第21民事部
裁判長裁判官齋藤隆
裁判官飯田恭示
裁判官一木文智

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