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事件番号:平成19年(ワ)第2242号
事件名:定額補修分担金・更新料返還請求事件
裁判年月日:H20.4.30
裁判所名:京都地方裁判所
部:第6民事部
結果:一部認容一部棄却
判示事項の要旨:定額補修分担金特約が消費者契約法10条に該当し無効であ
るとして,同特約に基づき支払われた金員の返還請求が認容さ
れた事例
主文
1被告は,原告に対し,16万円及びこれに対する平成19年8月5日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを10分しその7を被告の,その余を原告の各負担とする。
4この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金22万3000円及びこれに対する平成19年8月
5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要など
1事案の概要
本件は,原告が,被告との間で賃貸マンションの賃貸借契約とともにそれに
付随して定額補修分担金特約(以下「本件補修分担金特約」という。)及び更
新料特約(以下「本件更新料特約」という。)を締結し,同補修分担金特約に
基づいて同特約締結時に定額補修分担金16万円,同更新料特約に基づいて同
契約締結2年経過後の更新時に更新料6万3000円を各支払ったところ,被
告に対し,同各特約は消費者契約法10条などにより無効であるとして,不当
利得返還請求権に基づき22万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌
日である平成19年8月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める事案である。
2前提事実(ただし,文章の末尾に証拠などを掲げた部分は証拠などによって
認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実)
(1)原告は,株式会社長栄の仲介により被告との間で,平成17年3月30
日,京都市a区b町c丁目d所在のe号室(以下,「本件物件」という。)につ
いて以下の内容の賃貸借契約を締結した(以下,「本件賃貸借契約」とい
う。)。
ア賃料月額6万3000円
イ共益費月額6000円
ウ契約期間平成17年3月31日から平成19年3月30日まで
エ更新料前家賃の1か月分
オ定額補修分担金16万円
(2)ア本件賃貸借契約にかかる契約書(以下,「本件賃貸借契約書」とい
う。)には以下の記載がある(甲1。なお,同契約書中「甲」は賃貸人た
る被告のことであり,「乙」は賃借人たる原告のことである。)。
頭書(抜粋)
契約更新料前家賃の1ヶ月分の円
敷金(保証金)(空白)
定額補修分担金金160,000円
家賃金63,000円(月額)
共益費金6,000円(月額)
第1条省略
第2条[契約期間,更新]
①省略
②乙は,契約期間の満了する60日前までに申し出れば,契約更新を
することができる。但し乙に賃料滞納等の契約違反がみられるとき,
甲は契約更新を拒めるものとし,乙は契約の更新を主張できないもの
とする。
③乙は,契約を更新するときは,契約期間満了までに更新書類(覚書,
乙・丙・丁の印鑑証明書等)提出とともに,頭書の更新料の支払いを
済ませなければならない。又,法定更新された場合も同様(乙は更新
料を甲に支払わなければならない)とする。尚,契約更新後の入居期
間に拘わらず更新料の返還(月割り精算等の返還措置)は一切応じな
い。
④乙は甲に対し,法定更新・合意更新を問わず,契約開始日から2年
経過する毎に更新料を支払わなければならない。
第3条[賃料等]
①乙は,頭書の記載に従い賃料等を甲に支払わなければならない。振
込みの場合の振込手数料は,乙の負担とする。
②一ヶ月に満たない期間の賃料は,一ヶ月の実数を日割り計算した額
(円単位は切り上げとする)とする。但し,退去の月については,退
去日が月末以外の日であっても,日割り計算はしないものとする。
③甲は,次の各号のいずれかに該当するとき,賃料を変更することが
できる(第2条の更新時にこのような事情がみられるときも同様とす
る)。この場合,甲から乙に通知することによって,変更の効力を生
ずる。
a土地建物に対する租税その他の負担の増加が生じた場合。
b物価又は土地建物の価格上昇・その他,経済事情の変動により,
家賃が不相当となったとき。
c近隣の建物の家賃に変動が生じた場合。
d建物に改良を施したとき(リフォーム・設備投資等)。
④乙が,頭書の賃料等の支払いを怠ったときは,納付期日の翌日から
一日につき年(365日当たり)14.6%の割合で遅延損害金を甲
に支払わなければならない。
⑤乙は,電気・ガス・水道・その他の専用設備にかかる使用料を負担
するものとする。
第4条省略
第5条[定額補修分担金]
本物件は,快適な住生活を送る上で必要と思われる室内改装をしてお
ります。そのために掛かる費用を分担し(頭書記載の定額補修分担金)
賃借人に負担して頂いております。尚,乙の故意又は重過失による損傷
の補修・改造の場合を除き,退去時に追加費用を頂くことはありません。
①乙は,本契約締結時に本件退去後の賃貸借開始時の新装状態への回
復費用の一部負担金として,頭書に記載する定額補修分担金を甲に支
払うものとする。
②乙は,定額補修分担金は敷金ではないということを理解し,その返
還を求めることができないものとする。
③乙は,定額補修分担金を入居期間の長短に関わらず,返還を求める
ことはできないものとする。
④甲は乙に対して,定額補修分担金以外に本物件の修理・回復費用の
負担を求めることはできないものとする。但し,乙の故意又は重過失
による本物件の損傷・改造は除く。
⑤乙は,定額補修分担金をもって,賃料等の債務を相殺することはで
きない。
第6条ないし第9条省略
第10条[退去時の回復・修繕]
①乙は甲に対し,入居時に頭書の定額補修分担金を支払っているため,
退去時においては次の場合のみ,本物件の回復・修繕をするものとす
る。
a乙または使用者により,本物件または付属設備に造作・加工・模
様替え・その他変更がある場合。
b検査の結果,乙の故意又は重過失(軽過失を除く)により内装設
備の修繕が必要と判断し,甲が乙に通知した時。
②本契約が終了した時は,乙は前項の回復・修繕箇所について甲の検
査を受けるものとする。
③乙が本条第1項・2項に定める原状回復をしないときは,甲が乙に
代わってこれを実施し,その費用は乙の負担とする。この場合,頭書
の敷金(保証金)より精算するものとするが,原状回復費用が敷金
(保証金)より不足する場合には,乙は直ちにその支払いに当たるも
のとする。
第11条ないし第14条省略
第15条[紛争その他]
①本契約に関する紛争に関し訴訟を提起する必要が生じたときは,京
都地方裁判所に提起するものとする。
②以下省略
イ本件賃貸借契約書の第5条は,他の条項と異なり,ゴチック体で印字さ
れており,その下部には「私は,本契約締結にあたり以上の説明を受け,
上記事項を熟読の上,ここに定額補修分担金の支払いを了承し,その支払
いに合意致します。」との記載があり,同記載の下のところに平成17年
3月17日の日付及び原告の署名押印がある(甲1)。
(3)原告は,被告に対し,本件賃貸借契約を締結した際,本件補修分担金特
約に基づいて定額補修分担金16万円を支払った。
(4)原告は,被告に対し,平成19年2月ころ,本件更新料特約に基づき1
か月分の賃料に相当する更新料6万3000円を支払った。
(5)原告は,平成19年4月2日,本件物件を退去した。
(6)本件訴訟にかかる訴状は,平成19年8月4日,被告に送達された(顕
著な事実)。
(7)被告は,原告に対し,平成20年2月6日の本件口頭弁論期日において,
更新料6万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19
年8月5日から同弁論期日までの遅延損害金全額1604円の合計6万46
04円を支払い,原告は同日同金員を受領した(顕著な事実)。
3争点及び争点に対する当事者の主張
(1)本件補修分担金特約は消費者契約法10条に該当して無効か(争点(1))
(原告)
ア(ア)賃借人は,賃借物の使用の対価として賃料の支払をしているところ
(民法601条),賃料の他に通常の使用によって生じる賃借物件の損
耗・経年変化に伴う回復費用を負担する義務がないが,本件補修分担金
特約は同通常の使用によって生じる損耗・経年変化に伴う回復費用を賃
借人に負担させる内容を含んでいる。ところで,同分担金特約による分
担金によって補修の対象とされる部分には形式上は賃借人の過失による
損耗部分の回復費用分も含むものであるが,同分担金の額は従来の敷金
として授受されていた程度の金額が定められているうえ,賃借人の過失
による損耗部分の回復費用が生じる可能性も一般的に多くはなく,また,
賃借人が敷金相当額程度の原状回復義務を負うことは極度に汚く使用し
ない限りありえないことである。したがって,同分担金特約ないし同分
担金は,賃借人に過失損耗部分のみならず通常損耗部分の回復費用を負
担させようとするものである。
同分担金特約は,「敷金」を「定額補修分担金」と言い換えているに
すぎない。
(イ)また,同分担金特約は,賃借人の故意・重過失による損傷の回復費
用について,賃貸人が賃借人に対して同分担金とは別途請求できること
になっており補修費用の二重取りの可能性がある。
(ウ)以上のとおり同分担金特約は,民法の規定の適用による場合に比し
賃借人である原告(消費者)の義務を加重している。
イ本件補修分担金特約は上記アで記載したとおり通常の使用によって生じ
る損耗に伴う回復費用を賃借人に負担させるもので,故意・重過失による
損傷の回復費用について二重取りの可能性もある(不当性)。また,賃貸
人は,事業者であり,コスト計算もできる(情報力の格差)。そして,賃
借人(消費者)は,通常,賃貸借契約の際,同分担金特約の成否について
賃貸人と間で対等の立場で修正削除をめぐって交渉することは期待しがた
い(交渉力の格差)。
以上のとおり本件補修分担金特約は民法第1条第2項に規定する基本原
則に反して消費者の利益を一方的に害するものである。
ウしたがって,本件補修分担金特約は,消費者契約法10条に該当し無効
である。
(被告)
ア賃貸借契約の賃借人は,賃借物件について善管注意義務を負っている
(民法400条)。したがって,賃借人は,軽過失であっても同過失によ
って賃借物件を損傷などした場合には原状回復義務を負担している。
本件補修分担金特約は,いわゆる自然損耗・通常使用の範囲を超える賃
借人の軽過失による汚損・破損について,その原状回復費用を賃借人の負
担とせず,故意・重過失による特に著しい汚損・破損が生じた場合のみ,
賃借人にその費用を負担させる内容となっている。
以上のとおり,同分担金特約は民法の任意規定の適用による場合に比し,
賃借人の義務を軽減しているというべきである。
したがって,本件補修分担金特約は,消費者契約法10条前段に該当し
ない。
イ(ア)本件補修分担金特約は,原状回復費用を賃貸人,賃借人の双方がそ
れぞれ負担することとし,賃貸借契約締結時においては,原状回復費用
が確定していないので賃借人負担部分を定額で確定させ,同額を超えて
原状回復費用が発生しても賃貸人は,賃借人に費用を請求せず,原状回
復費用が同額以下であっても賃借人は賃貸人に異議を述べないこととし
て,双方がリスクと利益を分け合う交換条件的内容を定めたものである。
なお,原告は,賃借人が16万円相当額の原状回復義務を負うことは
極度に汚く使用しない限りあり得ないと主張するが,同主張は経験則に
反する。
また,原告は,故意・重過失による汚損・破損の場合は二重取りとな
る可能性を指摘するが,同分担金特約によれば,故意・重過失による損
耗でも同分担金の額を超えない限り,追加請求をしない内容となってい
る。
(イ)仮に定額補修分担金特約の定めのない賃貸借契約の場合,賃借人は,
退去時において,自らの過失による破損部分について原状回復費用を負
担しなければならないこととなるため,気を遣って居住しなければなら
ない。また,退去時において,賃借人と賃貸人との間でどのような汚損
・破損が自然損耗・通常使用の範囲なのかが争われることも多々ある。
しかし,同分担金特約が,賃貸借契約締結時になされていれば,賃借人
は,退去時における同紛争リスクを回避することがことができるし,ま
た,通常であれば原状回復費用のことを気にかけることなく,安心して
居住することができるなど紛争のリスク減少というメリットを享受でき
る。
(ウ)本件補修分担金特約は,上記のとおり賃借人の義務を民法の原則よ
りも軽減したうえで,賃借人・賃貸人の双方がそれぞれのリスクと利益
を分け合う交換条件的な内容を定めたものである。したがって,本件補
修分担金特約は,消費者の利益を一方的に害するものでもないから,消
費者契約法10条後段にも該当しない。
ウそうすると,本件補修分担金特約は,消費者契約法10条に該当せず有
効である。
(2)本件更新料特約は消費者契約法10条もしくは借地借家法により無効か
(争点(2))
(原告)
ア(ア)更新料が賃料の補充であるとの説明があるが,以下の事情からする
と,そのような説明には合理性がない。
すなわち,賃料補充という考えの合理性を裏付ける事由として不動産
価格の上昇があるが,同前提事実が存在しないこと,1年ないし2年の
賃貸借契約期間中に賃料について不足分が生じるとは考えにくいこと,
賃料増額請求による補充が可能であること。
(イ)更新料が異議権の放棄や異議権行使に伴う紛争回避の対価という説
明があるが,以下の事情からすると,そのような説明にも合理性がない。
賃貸人は,期間満了の6か月前まで異議権を行使しなければならない
(借地借家法26条1項)ところ,通常,更新料は期間満了のころに支
払われており同時期には異議権が発生しないことが確定している。また,
異議権の行使の有無にかかわらず,合意更新時に一律に更新料が支払わ
れている。
(ウ)また,更新料特約が賃借権強化の対価という説明があるが,以下の
事情からすると,そのような説明にも合理性がない。
合意更新がされず法定更新がなされ期間の定めのない賃貸借契約とな
った場合であっても,通常,賃貸人の正当事由に基づく解約が認められ
る場合はほとんどない。さらに,更新期間が1年間もしくは2年間の契
約であれば,更新後6か月間もしくは1年6か月間の間に賃貸人に解約
申入れの正当事由が発生しなければ合意更新した場合と賃貸借継続の期
間の違いが生じないところ,同期間内に同正当事由が発生することは現
実的にはほとんどありえない。また,仮に賃貸人の正当事由に基づく解
約が認められたとしても合意更新した場合と賃貸借継続の期間の違いは
6か月間ないし1年6か月間に過ぎない。以上のとおり,更新期間が1
年ないし2年といった短期の賃貸借契約の場合には,法定更新の場合と
比べ,合意更新によって賃借権を確保するという実質的な意味は認めら
れず,更新料に賃借権強化の対価という性質が含まれると考えることは
契約当事者の合理的意思に反する。
(エ)以上のとおり更新料は,①賃料の補充,②異議権放棄の対価及び③
賃借権強化の対価という複合的な性質を有するものではなく,何ら対価
としての合理性はない。
イ(ア)消費者契約法10条前段の要件は必須要件ではないと解するべきで
ある。仮にそれが必須要件であるとしても,民法上,賃貸借契約におけ
る使用の対価としては賃料のみが予定され(同法601条),権利金,
礼金,更新料については何ら規定していない。そのような法的根拠のな
い名目金員を考慮して賃料額の設定を行うことは,民法上,全く予定し
ていないところで,本件更新料特約は同法601条の賃料支払義務に加
えて賃借人の義務を加重するものである。したがって,同要件に該当す
る。
(イ)①上記のとおり更新料は何ら対価としての合理性を有していない。
更新料は賃借人から賃貸人に対して,単に慣行的に支払われてきた贈
与としか説明できず,現代の住宅事情のもとで賃借人が賃貸人に一方
的に贈与(謝礼)を行う根拠はない。
②また,現在使われている更新料特約は賃借人が賃借物件を選定する
際に主に賃料の額に着目する点を利用して,賃借人に対し,賃料につ
いては割安な印象を与えて契約を誘引し,結局は割高な賃料を取るの
と同じ結果を得ようとする欺瞞的な目的で使用されている。
③そして,更新料はその賃貸借契約の際,賃借人に対してその意味内
容について実質的な説明がなされておらず,賃貸人と賃借人の間には
情報格差が存在し,また,賃貸借契約は一般に賃貸人が準備した個別
の契約条項に従うか否かであって,そこには契約条項の変更を交渉す
るという対等性がなく,交渉力の格差があることが明らかである。
④なお,被告は,借地借家法の制定,改正時に更新料が規制されなか
ったことをもって立法者の意思は更新料については私的自治に委ねる
意思である旨主張する。しかし,借地借家法は更新や賃貸人からの解
約において徹底して賃借人の保護を図っているのであり,また,更新
にあたって賃借人に対価の支払を要求しておらず,さらに,立退料が
明文化されて賃貸人が更新拒絶するためには賃貸人に出捐を求めてい
ることなどからすると,借地借家法の趣旨は更新料の支払については
消極であると解するのが相当である。
⑤以上のとおり本件更新料特約は民法第1条第2項に規定する基本原
則に反して消費者の利益を一方的に害する条項である。
(ウ)したがって,本件更新料特約は消費者契約法10条により無効であ
る。
ウ本件更新料特約は法定更新時にも支払義務があるとされている。借地借
家法は法定更新について事前の更新拒否の通知のないこと(26条1項),
期間満了後の異議がないこと(同条2項),正当事由のないこと(28
条)など,法定更新が認められない場合について厳格な要件を定め,これ
に反する特約で賃借人に不利なものを無効としている(30条)。
法定更新にも更新料支払条項の適用があるとする本件更新料特約は,借
地借家法の法定更新の要件に反して賃借人に不利なものであるから,借地
借家法上無効である。
(被告)
ア(ア)賃貸人は,権利金,礼金,更新料なども含めた全体の収支計算を行
ったうえで,毎月の賃料額を設定しており,その結果生じる設定賃料と
本来受けるべき経済賃料との差額について更新料によって補充すること
は十分合理性を有する。したがって,更新料は賃料の補充としての性質
を有する。
(イ)更新料は,異議権の発生が不確定である時点においてなされるもの
であり,更新料の支払によって画一的に当該契約期間内の異議権行使に
伴う紛争を回避することを目的とするものである。また,近時の裁判例
では不動産の有効利用の必要性がある場合に賃貸人に異議権が認められ
る場合がある。したがって,更新料は異議権放棄の対価としての性質を
有する。
(ウ)また,更新料は賃借権強化の対価としての性質を有する。
(エ)以上のとおり更新料は,①賃料の補充,②異議権放棄の対価及び③
賃借権強化の対価という複合的な性質を有すると解するべきであり,対
価性を有する相当なものである。
イ(ア)更新料は,上記アで記載したとおり①賃料(民法601条)の補充,
②異議権放棄の対価及び③賃借権強化の対価という複合的な性質を有し
ている。
また,更新料併用方式の賃借物件は月払賃料一本方式の物件よりも,
月額賃料が低くなるので,更新前に退去予定の者,更新時には収入が見
込める者,更新料補助を受けることができる者にとっては,メリットが
ある。
したがって,更新料特約は民法の規定に根拠を有し,対価性もあり,
民法の規定の適用による場合に比して消費者の権利の制限又は義務の加
重をするものではなく,消費者契約法10条の前段要件に該当しない。
(イ)①消費者契約法10条後段の要件は当該契約条項によって消費者が
受ける不利益と,その条項を無効とすることによって事業者が受ける
不利益を衡量し,両者が均衡を失していると認められる場合を意味す
ると解される。
また,消費者契約法の立法目的は消費者と事業者との間の情報の質
ならびに交渉力の格差を是正し,消費者の利益を擁護することにある
(同法1条)。そこで,同法10条後段の「民法第1条第2項…消費
者の利益を一方的に害する」場合であるが,事業者の反対利益を考慮
してもなお,消費者と事業者との間の情報格差・交渉力格差の是正を
図ることが必要な場合を意味するとするのが相当である。
②a本件更新料特約が無効となると,被告は,更新料という賃料の補
充部分を失うことになるところ,契約は守られるという合理的期待
に反して計算した収入を得られず,賃貸借の収支関係を覆滅せしめ
られることになり不測かつ重大な不利益を被る。また,被告は,地
震,火災,有害物質,犯罪,自殺,債務不履行などの様々なリスク
を抱えている。
他方,原告は,本件更新料特約を承諾して本件賃貸借契約を締結
し,本件物件を使用したもので,賃料及び更新料の支払と本件物件
の使用との間には対価性がある。原告は,本件更新料特約を有効と
されたとしても,本来支払わなければならない月額賃料の補充部分
を更新料として支払うだけであるため,特段不利益を被ることがな
い。また,更新料が設定されていることにより,月額賃料は月払賃
料一本方式の賃料よりも低く設定されているため,本件更新料特約
が無効とされると,原告は,予期していなかった利益を得ることに
なり不当な利益を得る。そして,原告は,更新料を支払うことによ
り更新後の期間において被告から解約申入れを受けることがない地
位を獲得しており,更新による地位強化のメリットも享受している。
以上のとおり両者の不利益を比較すれば,本件更新料特約は消費
者の利益を一方的に害しているとはいえない。
b賃借人は,インターネットや情報誌により膨大な賃借物件の情報
を入手することができ,同情報をもとに当該賃貸借契約における経
済的負担を勘案して賃借物件を選択し,自ら申込を行っている。
したがって,現在の賃貸借契約市場において消費者と事業者の間
に情報の格差はなく,また,いわゆる借り手市場であるから,消費
者契約法が予定している「交渉力などの格差」の前提が存在しない。
c建物賃貸借契約は一般的な契約であって,借家契約における「更
新料」は約定の契約期間満了後も契約継続する場合にその対価とし
て支払うものであるという意味においては一般に広く理解されてい
る。また,契約締結時の重要事項説明において賃借人に説明されて
いて,本件においても,原告には重要事項説明書が交付され,更新
料の金額について説明を受けたうえで契約締結に至っている。
更新料特約は,消費者の立場からも賃貸借契約の基本的な内容で
あるといえ,その点においても消費者契約法8条及び9条に具体的
に列挙される不利益条項などとは全く性質を異にする。
d借家契約における更新料の授受はこれまで約40年間以上行われ,
更新料の支払を内容とする和解や調停成立が相当数あり,また,生
活保護法14条,33条の住宅扶助が規定されその実施要領により
京都市の場合,平成19年4月1日現在,1世帯6人まで1回あた
り5万5000円,7人以上1回あたり6万6000円の更新料扶
助が支給されている。
以上のとおり更新料特約はわが国における借家契約において長年
慣行として行われてきたものであり,裁判実務,行政においてもそ
の合意の相当性は確認され,広く社会で承認されてきた。
e借地法,借家法の改正の際,更新料の法的規制が問題提起された
が,「借地・借家法改正要綱試案」,平成3年制定の借地借家法,
同法の平成8年改正,同11年改正においても更新料に関する規制
はなされていないことからすれば,立法者の意思としては更新料の
合意そのものが不合理なものであるとして法的規制を及ぼすのでは
なく,専ら私的自治に委ねるべきとの判断が示されていると考える
べきである。
③以上によれば,本件更新料条項は,民法第1条第2項に規定する基
本原則に反して消費者の利益を一方的に害する条項であるとはいえな
い。
(ウ)したがって,本件更新料特約は消費者契約法10条に該当せず有効
である。
ウ更新料は,賃料の補充の性質を有するものであるから,合意更新の場合
だけでなく,法定更新の場合も支払われるべきものである。更新料特約の
文言上,法定更新についても更新料支払義務が明確に規定されている場合,
更新料支払義務が発生する。
したがって,本件更新料特約が借地借家法により無効となることはない。
第3当裁判所の判断
1前提事項
前提事実並びに証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成17
年3月30日,株式会社長栄の宅地建物取引主任者から本件補修分担金特約を
含めた本件賃貸借契約の重要事項について説明を受けたうえで,被告との間で
本件補修分担金特約も含めて本件賃貸借契約を締結したことが認められる。
2本件補修分担金特約が消費者契約法10条により無効となるか(争点(1))
(1)前提事実によれば,原告は,消費者契約法2条1項の「消費者」に,被
告は,同条2項の「事業者」に該当する。
(2)賃貸借契約は賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支
払を内容とするところ,賃借物件が建物の場合,その使用に伴う賃借物件の
損耗は賃貸借契約の中で当然に予定されているものである。そのため,建物
の賃貸借においては賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借
物件の劣化又は価値の減少という投下資本(賃借物件)の通常損耗の回収は
通常,賃貸人が減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませ,そ
の支払を受けることで行われる。
そうすると,賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には賃借物件を原状に
回復して賃貸人に返還する義務を負うものの(民法616条,598条),
原則として,賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせることはで
きないものと解するのが相当である。
もっとも,賃借人は,故意や善管注意義務違反などの過失によって生じた
賃借物件の汚損ないし損耗部分については修繕費相当の損害賠償義務を負う。
そうすると,賃借人は,民法上,原則として,故意過失による同汚損ない
し損耗部分の回復費用を負担すれば足り,通常損耗の回復費用については賃
料以外の負担をすることは要しないといわなければならない。
(3)本件補修分担金特約は,それに基づいて支払われた分担金を上回る回復
費用が生じた場合に故意又は重過失による本件物件の損傷・改造を除き回復
費用の負担を賃借人に求めることができない旨規定しているところ,回復費
用が分担金を下回る場合や,回復費用から通常損耗についての原状回復費用
を控除した金額が分担金を下回る場合に賃借人にその返還をする旨規定して
いないが,同規定していない趣旨からすると,被告も主張するとおりそのよ
うな場合,賃借人は,差額の定額補修分担金の返還を求めることができない
旨を規定しているといわざるをえない。
そうすると,同分担金特約は消費者たる原告が賃料の支払という態様の中
で負担する通常損耗部分の回復費用以外に本来負担しなくてもいい通常損耗
部分の回復費用の負担を強いるものであり,民法が規定する場合に比して消
費者の義務を加重している特約といえる。
(4)ア前記のとおり賃借人が本件補修分担金特約に基づいて賃料と別個に負
担すべき分担金額は一般的に生じる軽過失損耗部分に要する回復費用を踏
まえたうえで算定されるべきところ,賃貸人は,当該物件もしくは同種物
件の修繕経験を有するのが通常であり,その経験の蓄積により通常修繕費
用にどの程度要するかの情報を持ち,計算をすることが可能である。他方,
消費者である賃借人は,通常,自ら賃借物件の修繕をするなどの経験はな
く,したがって,一般的に賃貸人が有するような上記情報を有するとは考
え難い。本件においても,消費者である被告が同情報を有していたと認め
るに足りる証拠はない。
賃借人が負担する同分担金額は賃貸人が有している上記情報を基に設定
するのが一般的であると考えられるところ,賃借人となろうとする者が同
情報を持ち合わせないままで賃貸人との間で分担金額の程度・内容につい
て交渉することは難しく,仮に交渉できたとしてもその実効性が担保され
ているとは考え難い。以上の事実を踏まえると,賃貸人が賃借人に負担さ
せるべき分担金額を一方的に決定しているというべきである。
イ(ア)本件補修分担金特約は軽過失損耗部分の回復費用を定額に設定して
いるところ,形式的に見ると,軽過失損耗部分が同定額を超えた場合に
は賃借人に利益となる余地がある。しかし,実質的に賃借人に利益があ
るというためには結果的に発生した軽過失損耗部分の回復費用が設定額
より多額であったという特段の事情のない限り難しく,少なくとも定め
られた分担金額が一般的に生じる軽過失損耗部分の回復費用額と同額程
度であることが必要である。
(イ)本件補修分担金特約に基づく同分担金額は月額賃料の約2.5倍程
度に定められているところ,賃借人に軽過失があって,軽過失損耗が発
生することは通常それほど多くなく,一般的にその回復費用が月額賃料
の2.5倍であると考えることはできない。そうすると,同分担金特約
に基づく分担金額は一般的に生じる軽過失損耗部分の回復費用と同額程
度とはいえず,また,本件物件について軽過失損耗部分の回復費用が設
定額である16万円を超えたと認めるに足りる証拠もない。
(ウ)以上によれば,本件補修分担金特約は賃借人である原告にとって有
利であるとまではいえず,かえって,賃借人に月額賃料の約2.5倍の
回復費用を一方的に支払わせるもので,しかもその額の妥当性について
消費者である原告に判断する情報がないこと,以上の事実にあわせて通
常損耗にともなう回復費用について賃料とは別個に賃借人に負担させる
ものであることを総合すると,消費者である原告に不利益を負わせるも
のと評価せざるを得ない。
ウそうすると,本件補修分担金特約に基づいて原告に対し,分担金の負担
をさせることは民法第1条第2項に規定する基本原則に反し消費者の利益
を一方的に害するものといえる。
エ(ア)この点,被告は,本件補修分担金特約は原状回復費用が定額に抑え
られていて原告に有利である旨主張する。しかし,上記イ,ウで説示し
たとおり本件補修分担金特約は実質的にみて賃借人である原告に有利と
まではいえない。したがって,被告の同主張は採用できない。
(イ)また,被告は,定額補修分担金特約の定めがある賃借物件では,賃
借人が退去時における原状回復費用をめぐる紛争リスクの減少というメ
リットを享受することができる旨主張する。しかし,かかる紛争リスク
減少のメリットは賃借人だけではなく,賃貸人も同様に享受しているの
であり,賃貸人も享受するメリットを発生させるために賃借人のみが通
常損耗部分の回復費用を含む分担金を負担することは不当であるといわ
ざるをえない。
(ウ)また,被告は,定額補修分担金特約のある賃借物件では賃借人は軽
過失は免責されるので原状回復費用のことを気にかけることなく安心し
て居住することができる旨主張する。しかし,善管注意義務を尽くそう
とする賃借人にとって,同分担金特約の定めをした場合であっても賃借
物件を損壊しないように注意しながら生活をすることになるし,善管注
意義務を尽くそうとしないような賃借人についてはそのような生活態度
からして重過失が認定される蓋然性が高くなり,被告が主張するように
軽過失にすぎないとして免責される余地は少ないことになる。したがっ
て,被告が主張するように同分担金特約の存在によって一般的に賃借人
が安心して居住することになるわけではない。
(5)以上によれば,本件補修分担金特約は民法の任意規定の適用による場合
に比して賃借人の義務を加重するものというべきで,信義則に反して賃借人
の利益を一方的に害するもので,消費者契約法10条に該当し,無効である。
3更新料について(争点(2))
前提事実記載のとおり原告は,本件口頭弁論期日において,被告から更新料
6万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年8月5
日からの遅延損害金全額1604円の合計6万4604円を受領している。そ
うすると,本件更新料特約が消費者契約法10条に該当して無効か否かを判断
するまでもなく,更新料にかかる請求は理由がないことが明らかである。
4結論
以上の次第であるから,原告の本件請求は主文1項の限度で理由があるから
その限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負
担につき民事訴訟法61条,64条を,仮執行宣言につき同法259条をそれ
ぞれ適用して主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官中村哲
裁判官和久田斉
裁判官波多野紀夫

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