弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主     文
       原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
       前項の部分につき,被上告人らの控訴を棄却する。
       控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
            理     由
 上告代理人針間禎男,同道上明,同田中登,同伊藤信二,同永沢徹,同大野澄子
の上告受理申立て理由(同第1の7及び第2の2を除く。)について
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 被上告人B1は原判決別表30の家財(以下「本件家財」という。)を,
被上告人B2は同表31の建物(以下「本件建物」という。)を,それぞれ所有し
,又は占有していた。
 (2) 平成7年1月17日午前5時46分,阪神・淡路大震災が発生した(以下
,この震災に係る地震を「本件地震」という。)。同日午後2時ころ,神戸市a区
b町c丁目d番e号所在の株式会社Dの店舗から出火し,これが延焼,拡大して,
本件建物及び本件家財を含む85棟の建物等が全焼するなどの被害が発生した(以
下,この火災を「本件火災」という。)。
 (3) 被上告人B1は本件家財につき,被上告人B2は本件建物につき,本件地
震の発生以前に,上告人との間で,それぞれ火災保険契約(以下「本件各火災保険
契約」という。)を締結した。本件各火災保険契約に適用される保険約款には,地
震等によって生じた損害(地震等によって発生した火災等が延焼又は拡大して生じ
た損害及び発生原因のいかんを問わず火災等が地震等によって延焼又は拡大して生
じた損害を含む。)に対しては,保険金を支払わない旨の条項(以下「地震免責条
項」という。)がある。
 本件家財及び本件建物が焼失したのは,上記のとおり,株式会社Dの店舗を火元
とする火災が本件地震によって延焼又は拡大したことによるものであり,本件家財
及び本件建物の焼失は,地震免責条項所定の地震等によって生じた損害に該当する
ものである。
 (4) 火災保険契約に適用される保険約款には,上記のように地震免責条項が定
められているのが一般的であり,他方,地震を原因とする火災等により生ずる損害
をてん補するものとして,地震保険に関する法律に基づき,地震保険の制度が設け
られている。
 地震保険契約は,単独では締結することができず,特定の損害保険契約に附帯し
て締結するものとされている(同法2条2項3号)。各保険会社の事業方法書によ
れば,地震保険は,火災保険等の契約者が地震保険を附帯しない旨の申出をしない
限り,火災保険契約等に附帯して引き受けるものとされており,上記申出がない場
合には,保険会社と当該契約者との間で,地震保険の保険金額と保険料についての
合意をした上で地震保険契約が締結されることとなる。そして,火災保険の契約者
が地震保険にも加入するか否かの意思を確認するために,火災保険契約の申込書に
は,一般的に,「地震保険ご確認欄」(地震保険を申し込まない旨の文言が記載さ
れている欄。以下「地震保険不加入意思確認欄」という。)が設けられており,地
震保険の附帯を希望しない契約者は,その欄に押印をすることとされている。
 被上告人らは,いずれも本件各火災保険契約の申込書の「地震保険は申し込みま
せん」との記載のある地震保険不加入意思確認欄に自らの意思に基づき押印をして
おり,上告人と被上告人らとの間で,本件地震が発生する前に地震保険契約が締結
されたとの事実はない。
 上告人は,被上告人らに対し,本件各火災保険契約の締結に当たり,地震保険の
内容(地震免責条項を含む。)及び地震保険不加入意思確認欄への押印をすること
の意味内容に関する事項(以下「本件地震保険に関する事項」という。)について
,特段の情報提供や説明をしなかったが,これらの事項を意図的に秘匿した上で,
同欄への押印を要求したなどという事実はない。
 2 被上告人らは,上告人に対し,(1) 主位的請求として,本件地震後に発生
した本件火災により本件各火災保険契約の目的物が焼失したと主張して,本件各火
災保険契約に基づき,火災保険金の支払を求め,(2) 予備的請求(その1)とし
て,被上告人らは,上告人に対し,本件各火災保険契約の締結に当たって,地震保
険を附帯しない旨の有効な申出をしていないから,上告人と被上告人らとの間で地
震保険契約が締結されたことになるなどと主張して,同契約に基づき,地震保険金
の支払を求め,(3) 予備的請求(その2)として,上告人は,本件各火災保険契
約の締結をする際に,被上告人らに対し,本件地震保険に関する事項について情報
提供や説明をすべき義務があったにもかかわらず,これを怠ったなどと主張して,
保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。なお,同法は,平成7年法
律第105号により廃止された。)11条1項,不法行為,債務不履行又は契約締
結上の過失に基づき,第1次的には,財産上の損害賠償として火災保険金相当額の
支払又は地震保険金相当額から保険料相当額を控除した差額金の支払を,第2次的
には,精神的苦痛に対する慰謝料として地震保険金相当額から保険料相当額を控除
した差額金の支払を,それぞれ求めた。
 3 原審は,被上告人らの主位的請求,予備的請求(その1)及び予備的請求(
その2)のうちの上記第1次的請求(財産上の損害賠償請求)は,いずれも棄却し
たが,予備的請求(その2)のうちの上記第2次的請求(慰謝料請求)については
,次のとおり判断して,被上告人らの請求を一部認容した。
 (1) 本件地震保険に関する事項についての情報は,火災保険契約を締結しよう
とする者が地震災害にどのように対処するかを決定するに当たって不可欠の情報で
あり,募取法16条1項1号所定の「保険契約の契約条項のうち重要な事項」に該
当すると解されること,保険会社と火災保険の契約者との間において地震保険に関
する情報面での格差が著しいことなどからすると,上告人は,被上告人らに対し,
本件各火災保険契約の締結に当たって,本件地震保険に関する事項(地震保険の内
容及び地震保険不加入意思確認欄への押印の意味,すなわち同欄への押印によって
地震保険不附帯の法律効果が生ずること)についての情報提供や説明をすべき信義
則上の義務があるというべきである。
 しかるに,上告人は,被上告人らに対し,上記の義務の履行を怠った。
 (2) 上告人が,被上告人らに対し,上記の義務を履行することによって,被上
告人らが地震保険契約の申込みをした可能性も否定できないのであって,この自己
決定の機会を喪失したことにより被上告人らが被った精神的苦痛は,上告人の上記
の義務の違反と相当因果関係のある損害である。
 (3) そして,被上告人らが被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,地震保
険金相当額から保険料相当額を控除した差額金の10分の1の金額が相当である。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
 原審の上記判断に係る被上告人らの上記予備的請求(その2)のうちの第2次的
請求(慰謝料請求)は,要するに,被上告人らは,上告人側から本件地震保険に関
する事項について適切な情報提供や説明を受けなかったことにより,正確かつ十分
な情報の下に地震保険に加入するか否かについての意思を決定する機会が奪われた
として,上告人に対し,これによって被上告人らが被った精神的損害のてん補とし
ての慰謝料の支払を求めるものである。【要旨1】このような地震保険に加入する
か否かについての意思決定は,生命,身体等の人格的利益に関するものではなく,
財産的利益に関するものであることにかんがみると,この意思決定に関し,仮に保
険会社側からの情報の提供や説明に何らかの不十分,不適切な点があったとしても
,特段の事情が存しない限り,これをもって慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法
行為と評価することはできないものというべきである。
 このような見地に立って,本件をみるに,前記の事実関係等によれば,次のこと
が明らかである。(1) 本件各火災保険契約の申込書には,「地震保険は申し込み
ません」との記載のある地震保険不加入意思確認欄が設けられ,申込者が地震保険
に加入しない場合には,その欄に押印をすることになっている。申込書にこの欄が
設けられていることによって,火災保険契約の申込みをしようとする者に対し,①
火災保険とは別に地震保険が存在すること,②両者は別個の保険であって,前者の
保険に加入したとしても,後者の保険に加入したことにはならないこと,③申込者
がこの欄に押印をした場合には,地震保険に加入しないことになることについての
情報が提供されているものとみるべきであって,申込者である被上告人らは,申込
書に記載されたこれらの情報を基に,上告人に対し,火災保険及び地震保険に関す
る更に詳細な情報(両保険がてん補する範囲,地震免責条項の内容,地震保険に加
入する場合のその保険料等に関する情報)の提供を求め得る十分な機会があった。
(2) 被上告人らは,いずれも,この欄に自らの意思に基づき押印をしたのであっ
て,上告人側から提供された上記①∼③の情報の内容を理解し,この欄に押印をす
ることの意味を理解していたことがうかがわれる。(3) 上告人が,被上告人らに
対し,本件各火災保険契約の締結に当たって,本件地震保険に関する事項について
意図的にこれを秘匿したなどという事実はない。
 【要旨2】これらの諸点に照らすと,本件各火災保険契約の締結に当たり,上告
人側に,被上告人らに対する本件地震保険に関する事項についての情報提供や説明
において,不十分な点があったとしても,前記特段の事情が存するものとはいえな
いから,これをもって慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することは
できないものというべきである。したがって,前記の事実関係の下において,被上
告人らの上告人に対する前記の募取法11条1項,不法行為,債務不履行及び契約
締結上の過失に基づく慰謝料請求が理由のないことは明らかである。
 5 以上によれば,上告人の被上告人らに対する慰謝料の支払義務を肯定した原
審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由
があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところ
によれば,被上告人らの情報提供・説明の義務違反を理由とする損害賠償請求は理
由がなく,これを棄却した第1審判決は結論において正当であるから,上記部分に
対する被上告人らの控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田
豊三)

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