弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 一 上告代理人森川金寿、同尾山宏、同新井章、同雪入益見、同高橋清一、同田
原俊雄、同今永博彬、同内藤功、同四位直毅、同榎本信行、同福田拓、同吉川基道、
同荒井誠一郎、同小林正彦、同大川隆司、同大森典子、同高野範城、同門井節夫、
同江森民夫、同金井清吉、同上野賢太郎、同荒井良一、同渡辺春己、同吉田武男、
同立石則文、同加藤文也、同藤田康幸、同斎藤豊、同栄枝明典、同前田留里、同山
崎泉、同井沢光朗の上告理由第三章第一節について
 1 所論は、要するに、学校教育法二一条一項(昭和四五年法律第四八号による
改正前のもの、以下同じ)、五一条(昭和四九年法律第七〇号による改正前のもの、
以下同じ)、旧教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号、以下「旧検定規
則」という)、旧教科用図書検定基準(昭和三三年文部省告示第八六号、以下「旧
検定基準」という)に基づく高等学校用の教科用図書の検定(以下「本件検定」と
いう)は、国が教育内容に介入するものであるから、憲法二六条、教育基本法一〇
条に違反するというにある。
 2 しかし、憲法二六条は、子どもに対する教育内容を誰がどのように決定する
かについて、直接規定していない。憲法上、親は家庭教育等において子女に対する
教育の自由を有し、教師は、高等学校以下の普通教育の場においても、授業等の具
体的内容及び方法においてある程度の裁量が認められるという意味において、一定
の範囲における教育の自由が認められ、私学教育の自由も限られた範囲において認
められるが、それ以外の領域においては、国は、子ども自身の利益の擁護のため、
又は子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と
認められる範囲において、子どもに対する教育内容を決定する権能を有する。もっ
とも、教育内容への国家的介入はできるだけ抑制的であることが要請され、殊に、
子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような介入、例えば、誤
った知識や一方的な観念を子どもに植え付けるような内容の教育を施すことを強制
することは許されない。また、教育行政機関が法令に基づき教育の内容及び方法に
関して許容される目的のために必要かつ合理的と認められる規制を施すことは、必
ずしも教育基本法一〇条の禁止するところではない。以上は、当裁判所の判例(最
高裁昭和四三年(あ)第一六一四号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五
号六一五頁)の示すところである。
 3 学校教育法二一条一項は、小学校においては文部大臣の検定を経た教科用図
書(以下「教科書」という)等を使用しなければならない旨を規定し、同法四〇条
が中学校に、同法五一条が高等学校にこれを準用している。これを受けて、旧検定
規則一条一項は、右文部大臣の検定は、著作者又は発行者から申請された「図書が
教育基本法及び学校教育法の趣旨に合し、教科用に適することを認めるものとする」
旨を規定している。そして、その審査の具体的な基準は旧検定基準に規定されてい
るが、これによれば、本件の高等学校用日本史の教科書についての審査は、教育基
本法に定める教育の目的及び方針等並びに学校教育法に定める当該学校の目的と一
致していること、学習指導要領に定める当該教科の目標と一致していること、政治
や宗教について立場が公正であることの三項目の「絶対条件」(これに反する申請
図書は絶対的に不適格とされる)と、取扱内容(取扱内容は学習指導要領に定めら
れた当該科目等の内容によっているか)、正確性(誤りや不正確なところはないか、
一面的な見解だけを取り上げている部分はないか)、内容の選択(学習指導要領の
示す教科及び科目等の目標の達成に適切なものが選ばれているか)、内容の程度等
(その学年の児童・生徒の心身の発達段階に適応しているか等)、組織・配列・分
量(組織・配列・分量は学習指導を有効に進め得るように適切に考慮されているか)
等の一〇項目の「必要条件」(これに反する申請図書は欠陥があるとされるが、絶
対的に不適格とはされない)を基準として行われ、他の教科、科目についてもほぼ
同じである。したがって、本件検定による審査は、単なる誤記、誤植等の形式的な
ものにとどまらず、記述の実質的な内容、すなわち教育内容に及ぶものである。
 しかし、普通教育の場においては、児童、生徒の側にはいまだ授業の内容を批判
する十分な能力は備わっていないこと、学校、教師を選択する余地も乏しく教育の
機会均等を図る必要があることなどから、教育内容が正確かつ中立・公正で、地域、
学校のいかんにかかわらず全国的に一定の水準であることが要請されるのであって、
このことは、もとより程度の差はあるが、基本的には高等学校の場合においても小
学校、中学校の場合と異ならないのである。また、このような児童、生徒に対する
教育の内容が、その心身の発達段階に応じたものでなければならないことも明らか
である。そして、本件検定が、右の各要請を実現するために行われるものであるこ
とは、その内容から明らかであり、その審査基準である旧検定基準も、右目的のた
めの必要かつ合理的な範囲を超えているものとはいえず、子どもが自由かつ独立の
人格として成長することを妨げるような内容を含むものでもない。また、右のよう
な検定を経た教科書を使用することが、教師の授業等における前記のような裁量の
余地を奪うものでもない。
   なお、所論は、教育の自由の一環として国民の教科書執筆の自由をいうが、
憲法二六条がこれを規定する趣旨でないことは前記のとおりであり、憲法二一条、
二三条との関係については、後記二、三において判断するとおりである。
   したがって、本件検定は、憲法二六条、教育基本法一〇条の規定に違反する
ものではなく、このことは、前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。これと
同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。
 二 同第三章第二節(憲法二一条違反)について
 1 本件検定において合格とされた図書については、その名称、著作者の氏名及
び発行者の住所氏名等一定の事項が官報に公告され(旧検定規則一二条一項)、文
部大臣が都道府県の教育委員会に送付する教科書の目録にその書目等が登載され、
教育委員会が開催する教科書展示会にその見本を出品することができる(教科書の
発行に関する臨時措置法五条一項、六条一、三項)。そして、前記のとおり、学校
においては、教師、児童、生徒は右出品図書の中から採択された教科書を使用しな
ければならないとされている。他方、不合格とされた図書は、右のような特別な取
扱いを受けることができず、教科書としての発行の道が閉ざされることになるが、
右制約は、普通教育の場において使用義務が課せられている教科書という特殊な形
態に限定されるのであって、不合格図書をそのまま一般図書として発行し、教師、
児童、生徒を含む国民一般にこれを発表すること、すなわち思想の自由市場に登場
させることは、何ら妨げられるところはない(原審の適法に確定した事実関係によ
れば、現に上告人は、昭和三二年四月に検定不合格処分を受けた高等学校用日本史
の教科用の図書とほとんど同じ内容のものを、昭和三四年に一般図書として発行し
ている。なお、上告人がその後も、右検定不合格図書を「検定不合格日本史」の名
の下に、一般図書として発行し、版を重ねていることは、周知のところである)。
また、一般図書として発行済みの図書をそのまま検定申請することももとより可能
である。
 2 憲法二一条二項にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現
物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的とし、対象とされる一定の表
現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるもの
の発表を禁止することを特質として備えるものを指すと解すべきである。本件検定
は、前記のとおり、一般図書としての発行を何ら妨げるものではなく、発表禁止目
的や発表前の審査などの特質がないから、検閲に当たらず、憲法二一条二項前段の
規定に違反するものではない。このことは、当裁判所の判例(最高裁昭和五七年(
行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決・民集三八巻一二号一三〇八頁)
の趣旨に徴して明らかである。
 3 また、憲法二一条一項にいう表現の自由といえども無制限に保障されるもの
ではなく、公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることが
あり、その制限が右のような限度のものとして容認されるかどうかは、制限が必要
とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の
態様及び程度等を較量して決せられるべきものである。これを本件検定についてみ
るのに、(一) 前記のとおり、普通教育の場においては、教育の中立・公正、一定
水準の確保等の要請があり、これを実現するためには、これらの観点に照らして不
適切と認められる図書の教科書としての発行、使用等を禁止する必要があること(
普通教育の場でこのような教科書を使用することは、批判能力の十分でない児童、
生徒に無用の負担を与えるものである)、(二) その制限も、右の観点からして不
適切と認められる内容を含む図書のみを、教科書という特殊な形態において発行を
禁ずるものにすぎないことなどを考慮すると、本件検定による表現の自由の制限は、
合理的で必要やむを得ない限度のものというべきであって、憲法二一条一項の規定
に違反するものではない。このことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四四年(あ)
第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判決・刑集二八巻九号三九三頁、最高裁昭
和五二年(オ)九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁、
最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号
四三七頁)の趣旨に徴して明らかである。
   所論引用の最高裁昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判
決・民集四〇巻四号八七二頁は、発表前の雑誌の印刷、製本、販売、頒布等を禁止
する仮処分、すなわち思想の自由市場への登場を禁止する事前抑制そのものに関す
る事案において、右抑制は厳格かつ明確な要件の下においてのみ許容され得る旨を
判示したものであるが、本件は思想の自由市場への登場自体を禁ずるものではない
から、右判例の妥当する事案ではない。
   所論は、本件検定は、審査の基準が不明確であるから憲法二一条一項の規定
に違反するとも主張する。確かに、旧検定基準の一部には、包括的で、具体的記述
がこれに該当するか否か必ずしも一義的に明確であるといい難いものもある。しか
し、右旧検定基準及びその内容として取り込まれている高等学校学習指導要領(昭
和三五年文部省告示第九四号)の教科の目標並びに科目の目標及び内容の各規定は、
学術的、教育的な観点から系統的に作成されているものであるから、当該教科、科
目の専門知識を有する教科書執筆者がこれらを全体として理解すれば、具体的記述
への当てはめができないほどに不明確であるとはいえない。所論違憲の主張は、前
提を欠き、失当である。
   したがって、本件検定は憲法二一条一項の規定に違反するとはいえず、これ
と同旨の原審の判断は正当である。論旨は採用することができない。
 三 同第三章第三節(憲法二三条違反)について
  教科書は、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、
普通教育の場において使用される児童、生徒用の図書であって(後出四の2参照)、
学術研究の結果の発表を目的とするものではなく、本件検定は、申請図書に記述さ
れた研究結果が、たとい執筆者が正当と信ずるものであったとしても、いまだ学界
において支持を得ていなかったり、あるいは当該学校、当該教科、当該科目、当該
学年の児童、生徒の教育として取り上げるにふさわしい内容と認められないときな
ど旧検定基準の各条件に違反する場合に、教科書の形態における研究結果の発表を
制限するにすぎない。このような本件検定が学問の自由を保障した憲法二三条の規
定に違反しないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和三一年(あ)第二九七三号同
三八年五月二二日大法廷判決・刑集一七巻四号三七〇頁、最高裁昭和三九年(あ)
第三〇五号同四四年一〇月一五日大法廷判決・刑集二三巻一〇号一二三九頁)の趣
旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用す
ることができない。
 四 同第三章第四節のうち、法治主義(憲法一三条、四一条、七三条六号)違反
の点について
 1 学校教育法五一条によって高等学校に準用される同法二一条一項は、文部大
臣が検定権限を有すること、学校においては検定を経た教科書を使用する義務があ
ることを定めたものであり、検定の主体、効果を規定したものとして、本件検定の
根拠規定とみることができる。
 2 また、本件検定の審査の内容及び基準並びに検定の手続は、文部省令、文部
省告示である旧検定規則、旧検定基準に規定されている。しかし、教科書は、小学
校、中学校、高等学校及びこれらに準ずる学校において、教科課程の構成に応じて
組織排列された教科の主たる教材として、授業の用に供せられる児童又は生徒用図
書であり(昭和四五年法律第四八号による改正前の教科書の発行に関する臨時措置
法二条一項)、これらの学校における教育が正確かつ中立・公正でなければならず、
心身の発達段階に応じて定められた当該学校の目的、教育の目標、教科の内容(具
体的には、法律の委任を受けて定められた学習指導要領)等にそって行われるべき
ことは、教育基本法、学校教育法の関係条文から明らかであり、これらによれば、
教科書は、内容が正確かつ中立・公正であり、当該学校の目的、教育目標、教科内
容に適合し、内容の程度が児童、生徒の心身の発達段階に応じたもので、児童、生
徒の使用の便宜に適うものでなければならないことはおのずと明らかである。そし
て、右旧検定規則、旧検定基準は、前記のとおり、右の関係法律から明らかな教科
書の要件を審査の内容及び基準として具体化したものにすぎない。そうだとすると、
文部大臣が、学校教育法八八条の規定(「この法律に規定するもののほか、この法
律施行のため必要な事項で、地方公共団体の機関が処理しなければならないものに
ついては政令で、その他のものについては監督庁が、これを定める」)に基づいて、
右審査の内容及び基準並びに検定の施行細則である検定の手続を定めたことが、法
律の委任を欠くとまではいえない。
 3 したがって、所論違憲の主張は、前提を欠き、失当である。これと同旨の原
審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。
 五 同第三章第四節のうち、手続保障(憲法三一条)違反の点について
 1 所論は、行政手続にも憲法三一条が適用されるところ、(一) 検定の審議手
続が公開されていないこと、(二) 検定不合格の場合は、事前に不合格理由につい
ての告知、弁解、防御の機会が与えられず、事後の告知も理由の一部についてされ
るにすぎないこと、(三) 教科用図書検定調査審議会の人選が不公正であること、
(四) 検定の基準(旧検定基準)の内容が不明確であることなどから、本件検定は
手続保障に違反するものであるというにある(その余の論旨は、原審の専権に属す
る証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法
令違背をいうものにすぎない)。
 2 しかし、右(三)の審議会の人選が不公正であるとの点は原審の認定にそわな
い事実に基づくものであり、右(四)の旧検定基準が不明確とはいえないことも前記
のとおりであるから、右(三)、(四)についての所論違憲の主張は、その前提を欠く。
 3 また、行政処分については、憲法三一条による法定手続の保障が及ぶと解す
べき場合があるにしても、それぞれの行政目的に応じて多種多様であるから、常に
必ず行政処分の相手方に告知、弁解、防御の機会を与えるなどの一定の手続を必要
とするものではない。
   本件検定による制約は、思想の自由市場への登場という表現の自由の本質的
な部分に及ぶものではなく、また、教育の中立・公正、一定水準の確保等の高度の
公益目的のために行われるものである。これらに加え、検定の公正を保つために、
文部大臣の諮問機関として、教育的、学術的な専門家である教育職員、学識経験者
等を委員とする前記審議会が設置され(昭和五八年法律第七八号による改正前の文
部省設置法二七条一項、昭和五九年政令第二二九号による改正前の教科用図書検定
調査審議会令一条、三条一項)、文部大臣の合否の決定は同審議会の答申に基づい
て行われること(旧検定規則二条)、申請者に交付される不合格決定通知書には、
不合格の理由として、主に旧検定基準のどの条件に違反するかが記載されているほ
か、文部大臣の補助機関である教科書調査官が申請者側に口頭で申請原稿の具体的
な欠陥箇所を例示的に摘示しながら補足説明を加え、申請者側の質問に答える運用
がされ、その際には速記、録音機等の使用も許されていること、申請者は右の説明
応答を考慮した上で、不合格図書を同一年度内ないし翌年度に再申請することが可
能であることなどの原審の適法に確定した事実関係を総合勘案すると、前記(一)、
(二)の事情があったとしても、そのことの故をもって直ちに、本件検定が憲法三一
条の法意に反するということはできない。以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和六
一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁)の
趣旨に徴して明らかである(その後、旧検定規則が昭和五二年文部省令第三二号教
科用図書検定規則によって全文改正され、同規則一一条によって、新たに不合格理
由の事前通知及び反論の聴取の制度が設けられたことは、原判決の説示にもみられ
るとおりである)。
 4 したがって、所論の点に関する原審の判断は、本件検定に手続保障違反の違
法がないとした結論において正当として是認することができる。論旨は採用するこ
とができない。
 六 同第四章について(ただし、本判決末尾添付の「個別検定箇所分類表」の×
印が付された箇所に関する部分を除く。右部分は、昭和六三年一一月二四日付け上
告理由補充書をもって上告理由から撤回されている。後記七、八につき同じ)
  所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯す
ることができ、右事実関係の下においては、本件各検定処分において検定関係法令
が憲法又は教育基本法の趣旨に反して適用、運用されたとはいえないとした原審の
判断は、前記各大法廷判決(昭和三八年五月二二日判決、昭和四四年一〇月一五日
判決、昭和四九年一一月六日判決、昭和五一年五月二一日判決、昭和五八年六月二
二日判決、昭和五九年一二月一二日判決、平成四年七月一日判決)の趣旨に徴して、
正当として是認することができ、その過程にも所論判断遺脱等の違法はない。論旨
は採用することができない。
 七 同第五章(第一節第四及び平等原則違反、一貫性原則違反の点を除く)につ
いて
 1 本件検定における教科用図書検定調査審議会の合否の判定は、旧検定基準の
絶対条件については各条件ごとに合否を判定し、必要条件については、各条件ごと
に申請原稿中の欠陥があるとされる箇所を具体的に指摘し(右欠陥箇所の指摘を「
検定意見」と称している)、その欠陥の質及び量に基づき各条件ごとの評点を決し、
右各評点を合計して合否を判定し(必要条件全体に一〇五〇点の評点を配し、八〇
〇点以上を「合」とする)、右絶対条件及び必要条件のいずれについても「合」と
されたものを、合格と判定している。そして、この場合においても、指摘された欠
陥で程度が大きいと認められるものについては、その修正を条件として合格と判定
される(中学校用および高等学校用教科用図書の検定申請新原稿の調査評定および
合否判定に関する内規・昭和三四年一二月一二日審議会決定)。上告人側の申請に
係る本件図書については、昭和三七年度は、申請原稿に三二三箇所の欠陥が指摘さ
れ、絶対条件は「合」とされたが、必要条件の合計評点が七八四点で同条件におい
て「否」とされ、不合格と判定された。また、昭和三八年度は、申請原稿に二九〇
箇所の欠陥が指摘されたが、絶対条件、必要条件(合計評点八四六点)とも「合」
とされ、欠陥修正後の再審査を条件として合格と判定された。右審議会の合否の判
定は、欠陥の指摘(検定意見)とともに文部大臣に答申され、文部大臣は両年度と
も答申どおりの処分をした(なお、昭和三八年度は、再審査の段階で欠陥の追加指
摘がされた)。以上は原審の適法に確定するところである。
 2 本件検定の審査基準等を直接定めた法律はないが、文部大臣の検定権限は、
前記一の2記載の憲法上の要請にこたえ、教育基本法、学校教育法の趣旨に合致す
るように行使されなければならないところ、前記のとおり、検定の具体的内容等を
定めた旧検定規則、旧検定基準は右の要請及び各法条の趣旨を具現したものである
から、右検定権限は、これらの検定関係法規の趣旨にそって行使されるべきである。
そして、これらによる本件検定の審査、判断は、申請図書について、内容が学問的
に正確であるか、中立・公正であるか、教科の目標等を達成する上で適切であるか、
児童、生徒の心身の発達段階に適応しているか、などの様々な観点から多角的に行
われるもので、学術的、教育的な専門技術的判断であるから、事柄の性質上、文部
大臣の合理的な裁量に委ねられるものというべきである。したがって、合否の判定、
条件付合格の条件の付与等についての教科用図書検定調査審議会の判断の過程(検
定意見の付与を含む)に、原稿の記述内容又は欠陥の指摘の根拠となるべき検定当
時の学説状況、教育状況についての認識や、旧検定基準に違反するとの評価等に看
過し難い過誤があって、文部大臣の判断がこれに依拠してされたと認められる場合
には、右判断は、裁量権の範囲を逸脱したものとして、国家賠償法上違法となると
解するのが相当である。
 なお、検定意見は、原稿の個々の記述に対して旧検定基準の各必要条件ごとに具
体的理由を付して欠陥を指摘するものであるから、各検定意見ごとに、その根拠と
なるべき学説状況や教育状況等も異なるものである。例えば、正確性に関する検定
意見は、申請図書の記述の学問的な正確性を問題とするものであって、検定当時の
学界における客観的な学説状況を根拠とすべきものであるが、検定意見には、その
実質において、(一) 原稿記述が誤りであるとして他説による記述を求めるものや、
(二) 原稿記述が一面的、断定的であるとして両説併記等を求めるものなどがある。
そして、検定意見に看過し難い過誤があるか否かについては、右(一)の場合は、検
定意見の根拠となる学説が通説、定説として学界に広く受け入れられており、原稿
記述が誤りと評価し得るかなどの観点から、右(二)の場合は、学界においていまだ
定説とされる学説がなく、原稿記述が一面的であると評価し得るかなどの観点から、
判断すべきである。また、内容の選択や内容の程度等に関する検定意見は、原稿記
述の学問的な正確性ではなく、教育的な相当性を問題とするものであって、取り上
げた内容が学習指導要領に規定する教科の目標等や児童、生徒の心身の発達段階等
に照らして不適切であると評価し得るかなどの観点から判断すべきものである。
 3 原審が裁量権の範囲の逸脱の審査基準として説示するところは、結局のとこ
ろ、以上と同旨をいうものとして是認することができる。
   また、審議会が付した所論の各検定意見(前記「個別検定箇所分類表」の「
固有濫用」欄参照)に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして
首肯することができ、右事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、
その説示の一部において措辞妥当を欠く点がないではないが、右各検定意見に看過
し難い過誤があったとはいえないとする趣旨のものとして、結論において是認し得
ないものではない(右各検定意見の中には、その内容が細部にわたり過ぎるものが
若干含まれているが、いまだ、旧検定基準に違反するとの評価において看過し難い
過誤があるというには当たらない)。
 4 したがって、文部大臣の本件各検定処分に所論の裁量権の範囲の逸脱の違法
があったとはいえず、これと同旨の原審の判断は相当である。論旨は、原審の専権
に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判
決を論難するに帰し、いずれも採用することができない。
 八 同第五章のうち、平等原則違反、一貫性原則違反の点について
  原審の適法に確定した事実関係の下においては、文部大臣の本件各検定処分に
所論平等原則違反、一貫性原則違反の裁量権の範囲の逸脱の違法があったとはいえ
ないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用するこ
とができない。
 九 同第五章第一節第四について
  所論の点に関する原審の判断は、記録に照らして是認することができ、原判決
に所論の違法は認められない。論旨は、原審で主張しなかった事由に基づいて原判
決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
 一〇 結論
  よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、
主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎

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