弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人は無罪。
理由の要旨
第1公訴事実
本件公訴事実は,「被告人は,平成26年9月4日午後11時56分頃から同
月5日午前零時29分頃までの間,横浜市内の路上において,被告人が酒気を帯
びて普通自動二輪車を運転するおそれがあると認めた神奈川県警察第一交通機
動隊司法警察員巡査部長Aらから,身体に保有しているアルコールの程度につい
て調査するため,政令で定める方法で行う呼気の検査に応ずるよう求められたの
に,これを拒んだものである。」というものである。
第2事実経過の概要と争点
1関係証拠によれば,被告人が現行犯逮捕されるまでの事実経過は,大要,次の
とおりであると認められる。
⑴警察官であるA巡査部長(以下「A」という。)とB巡査(以下「B」とい
う。)は,平成26年9月4日午後10時頃から,本件公訴事実の場所付近の
路上において,飲酒検問を実施していた。
⑵被告人は,普通自動二輪車(以下「バイク」という。)を運転して同所に差
し掛かったところ,上記飲酒検問に気が付いたため,バイクを反転させ,一方
通行の交通規制が敷かれている同所を逆走し始めた。
⑶Bは,逆走する被告人を走って追いかけ,停止させようとしたところ,被告
人はバイクごと転倒した(なお,転倒の原因については争いがある。)。そし
て,被告人の口から酒臭がしたため,Bと被告人との間で言葉のやり取りが交
わされた(その詳細については後に検討する。)。
Aは,それから10秒と経たずに,Bと被告人がいる場に合流し(以下,単
に「合流」というときは,これを指す。),その後は主にAが被告人に対応し
た(その詳細については後に検討する。)。Aが合流した時刻は同日午後11
時56分頃である。
被告人は,被告人とB,Aとのやり取りの状況を記録するため,同月5日午
前零時4分頃に,携帯電話で動画撮影を開始し,同日午前零時21分頃にこれ
を終えた(以下,この動画を「本件動画」という。)。
A及びBは,同日午前零時29分頃,被告人を呼気検査拒否を理由として現
行犯逮捕した。
2検察官は,被告人が転倒してから本件動画の撮影が開始されるまでの間,まず
Bが2回にわたり呼気検査を求め,次いでAが二,三回にわたり呼気検査のため
にパトカーへの任意同行を求めるなどしたにもかかわらず,被告人は「関係な
い。」などと言ったり,任意同行を求めるAの手を振り払ったりして呼気検査を
拒否したと主張し,B及びAもこれに沿う証言をしている。
これに対して,弁護人は,被告人が逮捕されるまでの間にA及びBが被告人に
呼気検査を求めたことはなく,したがって,呼気検査を拒否したこともないと主
張し,被告人もこれに沿う供述をしている。
本件の争点は,A及びBが被告人に呼気検査を求めたか否か,被告人が「政令
で定める方法で行う呼気の検査に応ずるよう求められたのに,これを拒んだ」か
否か(「検査を拒み」〔道路交通法118条の2〕への該当性)である。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,本件において,B及びAが被告人に対し明確に呼気検査を求めた
とまでは認定できず,したがって被告人の呼気検査拒否の意思が客観的に明らか
になったとはいえないから,被告人には呼気検査拒否罪は成立しないと判断した。
2以下,その理由を説明する。
呼気検査を求めるBの言動について
アBは,当公判廷において,「転倒した被告人に対して,『なんで逃げるん
だ。』と声をかけると,被告人は,『転んだじゃねえか,怪我をしたじゃね
えか,事故の証明を出せ。』と言った。この際,被告人からかなりの酒臭が
したので,被告人に『お酒の量を測るから,飲酒検知するからな。』と言っ
たが,被告人は,『関係ない。』の一点張りであったため,『関係なくはな
い,お酒の量を測るからな。』ともう一度伝えた。」と証言している。
イしかしながら,Bが証言するような事実があったとしても,Bは,「お酒
の量を測るから,飲酒検知するからな。」と言ったにとどまり,その場に呼
気検査器具があって被告人にこれを使用することを求めたわけではなく,ま
た,呼気検査器具が置いてあるパトカーのところに被告人を連れて行こうと
したわけではないのであるから,このBの発言は,将来の呼気検査の予告に
とどまり,被告人に呼気検査に応じるかどうかについて明確な回答を求める
ような発言となっていないと言うべきである。
しかもBと被告人のやり取りは,Aが合流するまでの10秒足らずのうち
に行われたものであり,被告人が,Bによりバイクごと転倒させられ,怪我
をしたと考えて「転んだじゃねえか,怪我をしたじゃねえか,事故の証明を
出せ。」などと述べて相当の興奮状態にあったと認められることを考えると,
このような状況において被告人が「関係ない。」と発言したとしても,それ
をもって,Bから直ちに呼気検査に応じるよう求められていると認識した上
で,これに対する拒否の意思を明らかにしたものと見ることもできない。
ウしたがって,Bが証言する被告人に呼気検査を求めた状況を前提としても,
この段階では,被告人の言動が,「検査を拒み」に該当するということはで
きない。
呼気検査を求めるAの言動について
アAは,当公判廷において,「Bに続いて,走って被告人を追いかけた。
合流すると,Bが『お酒飲んでる。』などと言っているのを聞いた。被告人
の側に寄ると,酒臭を感じたので,『飲酒検知をします。』と言い,『どん
なお酒飲んだのか,いつ頃飲んだのか。』ということを聞いたり,『飲酒検
知をするので,パトカーの方に来てください。』ということを言って,手で
被告人の肩や腰に触れながらパトカーの方へ誘導しようとしたりしたが,
被告人は,『関係ない。』と言って私の手を振り払い,あるいは,『弁護
士を通して話す。』と言って質問には一切答えなかった。このようなやり
取りを少なくとも二,三回はした。」と証言している。
イこのA証言のうち,「『飲酒検知をするので,パトカーの方に来てくだ
さい。』ということを言って,手で被告人の肩や腰に触れながらパトカー
の方へ誘導しようとしたりしたが,被告人は,『関係ない。』と言って
私の手を振り払い,あるいは,『弁護士を通して話す。』と言って質問
には一切答えなかった。」との部分は,警察官による呼気検査の要求と
被告人による拒否が具体的に証言されている内容となっている。さらに,
本件動画中に,Aが,「こっちだって血液とるしかないよ。悪いけど。血液
とるよ。」と発言している部分があり,Aがこのような発言をした前提とし
て,これより前の段階で呼気検査に関する何らかのやり取りが行われていた
可能性は十分にあると認められる。
しかしながら,以下の点を考慮すると,Aが前記証言部分にいうほど明
確に呼気検査の要求を行ったということには疑問が残ると言わざるを得な
い。
①まず,本件動画によれば,Aの合流後しばらくして被告人とAのやり取
りの撮影が開始された後,これが終了するまでの約17分間,Aは一度も
被告人に対して呼気検査を求める発言を行っておらず,専ら被告人の人定
に関するやり取りなどに終始している。
②また,本件動画撮影終了後,逮捕に至るまでの約8分の間に,Aらが被
告人に対して呼気検査を求めたとの事実も認めることはできない(B証言,
A証言)。
③次に,Bの証言及び本件動画によれば,被告人とAがやり取りをしてい
る最中,Bにおいて「中隊長に連絡します。」とAに伝え,Bが交通機動
隊所属の警部である中隊長と相談する中で,被告人を最終的に呼気検査拒
否罪により逮捕することが決まったようであるが,それまでBは被告人を
呼気検査拒否罪によって逮捕することは全く考えておらず,本件動画中の
発言内容を検討してもAにおいて呼気検査拒否罪により逮捕することを前
提とした発言をしたこともうかがえないから,少なくとも本件動画撮影終
了までの時点でAらが呼気検査拒否罪による逮捕を前提として行動したと
は認められない。
④さらに,Aは,当公判廷において,「極力逮捕しないで応じてもらおう
と説得に努めていた,逮捕の直前に改めて風船を膨らませないと逮捕され
るとの警告は行っていない,お酒の関係で検知することは相手に伝わって
いるものだと思ったのであとは人定の確認に重点を置いて質問してしまっ
た。」と証言をしているところ(A証言),このような発言内容からする
と,Aが被告人に対して自らの指示に任意に従うよう説得することに集中
するあまり,呼気検査の明確な要求と明確な拒否の意思を確認するという
呼気検査拒否罪による逮捕の前提となる基本的な事実の確認を怠ってしま
った可能性が否定できない。
⑤そして,Bが中隊長から電話で呼気検査拒否により逮捕しろとの指示を
受けた際,Bは被告人が呼気検査を拒否している具体的な状況について中
隊長に報告していなかったとのことであるから(B証言),本件は,中隊
長において,被告人による呼気検査拒否の具体的状況を確認しないまま呼
気検査拒否による逮捕の指示を出し,これまで呼気検査拒否によって逮捕
することを明確に意識しないまま被告人に対応していたAらが,中隊長か
らの指示を受け,被告人に対して呼気検査拒否に関する最終の意思確認を
しないまま逮捕に至ってしまったものと考えられる。
⑥被告人は,当公判廷において,「逮捕後に呼気検査を拒否したことはあ
るものの逮捕前に呼気検査を拒否したことはない。」旨供述しているが,
被告人は,逮捕後の検察官による弁解録取の際にも「事実は,そのとおり
間違いありませんが,私が呼気検査を拒否したのは,運転免許証を見せな
かったことで手錠をかけられた後でした。」と供述しており,この供述は,
被告人の公判供述を裏付け,被告人の公判供述の信用性を高めている(な
お,被告人は,別の場面で検察官に対し,「Uターンして逃げようとした
ところを警察官に止められ,アルコールを検知するための呼気検査を求め
られましたが,それを拒否したことは間違いありません。」と供述してい
るが,被告人は当公判廷において,「この部分は拒否した時点を明確にす
るかどうかについて検察官とやり取りをして三度くらい書き直した結果
このような内容になった。」旨供述しているところ,確かに上記供述調書
の文言も拒否の時点を明確にしていない曖昧な表現ぶりとなっており,こ
の点も被告人の供述を裏付けていると言うべきである。)。
ウ確かに,運転者に対して職務質問を行った際に,もし運転者から酒臭がす
れば,警察官としては,呼気検査を求めるのが当然であり,本件当日もこれ
に関したやり取りが行われた可能性は十分に高いと認められる。しかしなが
ら,呼気検査拒否罪により被告人を有罪とするためには,警察官による呼気
検査の要求を前提として,被告人の拒否の意思が客観的に明らかとなったこ
とを認定する必要がある。そして,前記イ①ないし⑥の点を考慮した場合,
Aの本件動画撮影開始前の呼気検査の要求が一連の職務質問の中で相当曖昧
な形で行われた可能性を否定できず,Aが前記イで引用したほど具体的な言
動で呼気検査を要求し,被告人がAによる呼気検査の要求を意識した上でこ
れを拒絶する意思を明確にしたと認定することは困難である。そして,これ
以外に,Aらによる明確な呼気検査要求を認めるに足りる証拠はない。
第4結論
以上の次第で,被告人の呼気検査拒否の事実があったと認めるには,合理的な
疑いが残ると言わざるを得ず,結局,本件公訴事実については犯罪の証明がない
ことに帰するから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し,無罪の言渡しを
する。
(求刑-罰金35万円)
裁判長裁判官鬼澤友直,裁判官並河浩二,裁判官関口恒

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