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平成30年7月12日判決言渡
平成27年(行ウ)第436号怠る事実の違法確認等請求事件(住民訴訟)
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。5
事実及び理由
第1請求
1被告が別紙記載1⑴から⑽までの各相手方に対しそれぞれ同記載の各金額
及びこれに対する平成27年11月20日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員の支払請求を怠ることが違法であることを確認する。10
2被告が別紙記載2⑴及び⑵の各相手方に対しそれぞれ同記載の各金額及び
これに対する平成27年11月20日から支払済みまで年5分の割合による
金員の賠償命令を怠ることが違法であることを確認する。
3被告は別紙記載1⑴から⑽までの各相手方に対しそれぞれ同記載の各金額
及びこれに対する平成27年11月20日から支払済みまで年5分の割合に15
よる金員の支払を請求せよ。
4被告は別紙記載2⑴及び⑵の各相手方に対しそれぞれ同記載の各金額及び
これに対する平成27年11月20日から支払済みまで年5分の割合による
金員の賠償命令をせよ。
第2事案の概要20
本件は,高槻市の住民である原告が,同市交通部芝生営業所及び緑が丘営業所
(以下,併せて「本件各営業所」という。)において,職員の遅刻を有給休暇に振
り替える等の取扱い(以下「本件取扱い」という。)が行われてきたことに関し,
平成22年4月以降,①高槻市自動車運送事業管理者(以下「本件事業管理者」
という。)の職にあったA,B及びC(以下,併せて「歴代管理者」という。),②25
「職員の出勤状況を把握し,出勤表を整理すること」及び「定例的な給与等の支
給並びに所得税その他法令に基づく事務を処理すること」について専決権限を有
する総務課長又は総務企画課長の職にあったD及びE(以下,併せて「歴代課長」
という。)並びに③「所属職員の休暇,早退及び欠勤を許可し,又は承認すること」
について専決権限を有する本件各営業所の所長の職にあったF,G,H,I,J
及びK(以下,併せて「歴代所長」という。)は,高槻市に対し,それぞれ不法行5
為に基づく損害賠償責任又は地方自治法243条の2第1項の賠償責任を負っ
ているなどと主張して,同法242条の2第1項3号及び4号に基づき,前記第
1記載のとおり,被告が歴代管理者,歴代課長及び歴代所長に対し損害賠償請求
又は賠償命令を怠ることが違法であることの確認を求めるとともに,被告に対す
る当該損害賠償請求又は賠償命令の義務付けを求める住民訴訟の事案である(各10
請求における遅延損害金の起算日は被告に対する本件訴状送達の日の翌日であ
る。)。
1関係法令等の定め
⑴地方公営企業法等
ア地方公営企業法8条1項本文は,管理者は,同項各号に掲げる事項を除15
くほか,地方公営企業の業務を執行し,当該業務の執行に関し当該地方公
共団体を代表する旨規定し,同法9条は,管理者は,同法8条の規定に基
づいて,地方公営企業の業務の執行に関し,おおむね同法9条各号に掲げ
る事務を担任する旨規定し,同条2号は,職員の任免,給与,勤務時間そ
の他の勤務条件,懲戒,研修及びその他の身分取扱に関する事項を掌理す20
ることを掲げる。同法10条は,管理者は,法令又は当該地方公共団体の
条例若しくは規則又はその機関の定める規則に違反しない限りにおいて,
業務に関し管理規程(以下「企業管理規程」という。)を制定することが
できる旨規定する。
地方公営企業法38条は,企業職員(管理者の権限に属する事務の執行25
を補助する職員をいう。以下同じ。同法15条1項参照。)の給与は,給
料及び手当とする旨(1項),企業職員の給与は,その職務に必要とされ
る技能,職務遂行の困難度等職務の内容と責任に応ずるものであり,かつ,
職員の発揮した能率が充分に考慮されるものでなければならない旨(2項),
企業職員の給与は,生計費,同一又は類似の職種の国及び地方公共団体の
職員並びに民間事業の従事者の給与,当該地方公営企業の経営の状況その5
他の事情を考慮して定めなければならない旨(3項),企業職員の給与の
種類及び基準は,条例で定める旨(4項)を各規定する。
イ地方公営企業法36条は,企業職員の労働関係については,地方公営企
業等の労働関係に関する法律(以下「地公労法」という。)の定めるとこ
ろによる旨規定する。10
地公労法7条は,職員に関する,賃金その他の給与,労働時間,休憩,
休日及び休暇に関する事項(同条1号)並びに昇職,降職,転職,免職,
休職,先任権及び懲戒の基準に関する事項(同条2号)は,団体交渉の対
象とし,これに関し労働協約を締結することができ,ただし,地方公営企
業等の管理及び運営に関する事項は,団体交渉の対象とすることができな15
い旨規定する。同法8条1項本文は,地方公共団体の長は,地方公営企業
において当該地方公共団体の条例に抵触する内容を有する協定が締結され
たときは,その締結後10日以内に,その協定が条例に抵触しなくなるた
めに必要な条例の改正又は廃止に係る議案を当該地方公共団体の議会に付
議して,その議決を求めなければならない旨規定し,同条4項は,同条120
項の協定は,同項の条例の改正又は廃止がなければ,条例に抵触する限度
において,効力を生じない旨規定する。同法9条は,地方公共団体の長そ
の他の地方公共団体の機関は,地方公営企業において,当該地方公共団体
の長その他の地方公共団体の機関の定める規則その他の規程に抵触する内
容を有する協定が締結されたときは,速やかに,その協定が規則その他の25
規程に抵触しなくなるために必要な規則その他の規程の改正又は廃止のた
めの措置をとらなければならない旨規定する。
なお,地方公務員法は,3章4節(24条から26条の3まで)におい
て,給与,勤務時間その他の勤務条件について規定し,そのうち24条5
項は,職員の給与,勤務時間その他の勤務条件は条例で定める旨規定する
ところ,地方公営企業法39条1項は,企業職員については,上記各規定5
は適用しない旨規定している。
⑵高槻市公営企業職員の給与の種類及び基準に関する条例(昭和41年高槻
市条例第689号。以下「給与条例」という。)
給与条例1条は,同条例は地方公営企業法38条4項の規定に基づき,企
業職員の給与の種類及び基準を定めるものとする旨規定し,同条例2条1項10
は,企業職員で常時勤務を要するもの(臨時に雇用された者及び嘱託を除く。)
及び地方公務員法28条の5第1項に規定する短時間勤務の職を占める職
員(以下,同条例において「職員」という。)の給与の種類は,給料及び手当
とする旨規定し,同条2項は,給料は,正規の勤務時間による勤務に対する
報酬であって,手当を除いた全額とする旨規定し,同条例14条は,勤勉手15
当は,6月及び12月に在職する職員に対して,その勤務成績に応じ,かつ,
その他の事情を考慮して支給する旨規定する。
給与条例16条1項は,職員が正規の勤務日又は勤務時間中に勤務しない
ときは,その勤務しないことにつき管理者の承認があった場合を除くほか,
その勤務しない1時間につき,勤務1時間当たりの給与額をその者に支給す20
べき給与の額から減額する旨規定する。
給与条例19条は,同条例の施行に関し必要な事項は,当該労働組合と協
議して定める旨規定する。
⑶高槻市自動車運送事業職員就業規則(平成2年高交管理規程第10号。以
下,単に「本件就業規則」という。甲6)25
ア本件就業規則10条1項は,職員(地方公営企業法15条の規定に基づ
き,本件事業管理者が高槻市自動車運送事業の一般職の職員として任命し
た者をいう。以下,本件就業規則において同じ。本件就業規則2条。)は疾
病その他の事故により欠勤しようとするときは,事前にその事由及び日数
を所属長に届け出なければならず,ただし,予測し難い事由で欠勤すると
きは,事後速やかに届け出なければならない旨規定する。本件就業規則15
1条は,職員は,遅刻した場合又は勤務時間中に発病その他やむを得ない
事由により早退しようとするときは,所属長に届け,又は承認を受けなけ
ればならない旨規定する。
イ本件就業規則25条1項本文は,年次有給休暇の承認を受けようとする
職員は,あらかじめ本件事業管理者に請求しなければならない旨規定し,10
同条2項は,職員は,同条1項の規定にかかわらず,病気,災害その他や
むを得ない事由により定められた時期までに請求できなかった場合には,
その理由を付して事後において承認を求めることができる旨規定する。
2前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠等により容易に認定するこ
とができる事実。以下,書証番号は特記しない限り各枝番を含む。)15
⑴当事者等
ア原告は,高槻市の住民であり,高槻市議会の議員である。
イ高槻市は高槻市自動車運送事業の設置等に関する条例(昭和41年高槻
市条例第681号。以下「設置条例」という。)により自動車運送事業(地
方公営企業法2条1項4号)を設置しており,被告はその管理者(同法720
条)である。
ウ(ア)Aは平成19年7月12日から平成23年6月19日まで,Bは同月
20日から平成25年5月31日まで,それぞれ本件事業管理者の職に
あった。
Cは,同年6月1日から本件事業管理者の職にあり,本件訴えの提起25
の当時もその職にあった。
(イ)Dは,平成21年4月1日から平成27年7月31日まで総務課長の
職(ただし,平成24年4月1日から平成25年3月31日の間は総務
企画課長の職)にあった。
Eは,平成27年8月1日から総務課長の職にあり,本件訴えの提起
の当時もその職にあった。5
(ウ)Fは,平成22年度及び平成23年度において,芝生営業所の所長の
職にあった。
Gは,平成22年度及び平成23年度において,緑が丘営業所の所長
の職にあり,平成24年度において芝生営業所の所長の職にあった。
Hは,平成24年度において緑が丘営業所の所長の職にあった。10
Iは,平成25年度,平成26年度及び平成27年度において,芝生
営業所の所長の職にあった。
Jは,平成25年度及び平成26年度において,緑が丘営業所の所長
の職にあった。
Kは,平成27年度において,緑が丘営業所の所長の職にあった。15
⑵高槻市自動車運送事業に係る事務処理のための組織等
ア(ア)高槻市には本件事業管理者の権限に属する事務を処理させるため交
通部(以下,単に「交通部」という。)が置かれている(設置条例3条)。
(イ)交通部には総務課及び企画運輸課が置かれている(高槻市自動車運送
事業事務分掌規程(昭和45年高自管理規程第5号。甲2)2条1項)20
が,総務課は,平成24年4月1日から平成25年3月31日までの間,
総務企画課と称されていた(以下,この期間を含め,単に「総務課」と
いう。)。
(ウ)交通部企画運輸課には本件各営業所が置かれている(高槻市交通部営
業所規程(昭和46年高自管理規程第5号。以下,単に「営業所規程」25
という。甲4)1条,2条)。営業所の分掌する事務には,運輸主任,主
任及び乗務員の勤務並びに配車に関すること(同規程3条2号),乗務記
録に関すること(同条5号)が含まれる。
イ(ア)本件事業管理者は,高槻市自動車運送事業事務決裁規程(平成元年高
交管理規程第7号。以下,単に「決裁規程」という。甲3)により,労
働組合との労働協約の締結に関すること(同規程5条4号),企業管理規5
程その他重要な例規の制定,改廃及び令達をすること(同条7号)等に
ついて,自ら決裁を行うこととされている。
(イ)総務課長は,決裁規程により,職員の出勤状況を把握し,出勤表を整
理すること(同規程6条2項,別表第2の1⑷),定例的な給与等の支給
並びに所得税その他法令に基づく事務を処理すること(同項,同別表の10
1⒁)等について,専決することができることとされている。平成24
年4月1日から平成25年3月31日までの間の総務企画課長につい
ても,同様であった(弁論の全趣旨)。
平成24年11月8日,高槻市自動車運送事業職員の賠償責任に関す
る規程(平成24年高交管理規程第12号。乙12)が施行されたことに15
より,総務課長については,同日より,地方公営企業法34条の準用す
る地方自治法243条の2第1項後段に定める賠償命令の対象となる
者(同項後段各号に掲げる行為をする権限を有する職員又はその権限に
属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則又は企業管
理規程で指定したもの)に該当することとなった。20
(ウ)営業所の所長(以下,単に「所長」という。)は,企画運輸課長の命を
受けて営業所の所管事務を掌理し,所属職員を指揮監督する(営業所規
程4条3項)ところ,所属職員の休暇,早退及び欠勤を許可し,又は承
認することは,本件事業管理者の権限に属する事務のうち所長が専決す
ることができる事務とされている(同規程5条4号)。25
⑶本件取扱いの概要
ア交通部においては,平成22年度以前から,①職員による遅刻のうち,
始業から30分未満であるなど一定の条件を満たすものについては,2回
目までは遅刻として取り扱わず,3回目に有給休暇を半日分取得したこと
とする取扱い(3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱い)がされ
ていたほか,②30分を超える遅刻であっても有給休暇を半日分取得した5
こととする取扱い(1回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱い)が
されていた。そして,これらの取扱いがされた場合も,遅刻した職員は,
出勤後にそのままバス乗務等の勤務に従事し,遅刻による減給や処分を受
けることはなかった(弁論の全趣旨)。
イ休暇届表の記載10
(ア)3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いの場合,休暇届表の
裏面の「遅刻・早退」欄に遅刻した時間等が記載され,これが3回目に
なると同表の表面の「半休」欄に3回目に遅刻した日付が記載され,そ
の備考欄に「遅刻3回」等と記載されることとなっていた。また,1回
の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いの場合,休暇届表の表面の15
「半休」欄の備考欄に「遅刻」との記載や遅刻した時間等が記載される
こととなっていた。(以上につき,甲7参照。)
(イ)平成22年4月から平成27年8月までの間の本件各営業所所属の職
員らの休暇届表の記載を取りまとめると別表のとおりとなるところ,同
表によれば,上記の期間に,少なくとも,延べ445名の職員(同表の20
番号1から449までの職員。ただし,18,40,41及び317は
欠番。)が本件取扱いを受けたこととなる(弁論の全趣旨)。
⑷本件訴えの提起までの経緯
ア原告は,平成27年8月10日,高槻市監査委員に対し,本件取扱いに
ついて,「本来認められない有給休暇を承認するなどして,遅刻を欠勤とし25
て扱わず,減給することなく給与を支給してきたことは違法不当であり,
それによって交通部は損害を被ってきた。」などとして,監査請求(以下「本
件監査請求」という。)をした(甲9)。
イ高槻市監査委員は,平成27年10月8日付けで,本件監査請求のうち
平成26年8月10日前に支給された給与に係る部分につき,地方自治法
242条2項本文の監査請求期間を徒過したものとして監査の対象外と5
する一方,上記日以降に支給された給与に係る部分につき,原告の主張す
る給与の支給が違法又は不当な公金の支出に当たるかどうかを監査対象
事項とした上で,「請求人が求める欠勤による給与の減額を行わずに公金
を支出したことについて,市の損害として,関係職員らに不当利得又は損
害賠償の請求を求める措置の必要は認められない」との監査結果を原告に10
通知した(甲10)。
ウ原告は,平成27年11月6日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
3争点
⑴本件監査請求のうち平成26年8月10日前に支給された給与に係る部分
が監査請求期間を徒過した不適法なものか(本案前の争点)(争点①)15
⑵歴代所長の責任
ア歴代所長による本件取扱いの違法性(争点②)
イ歴代所長の故意・過失(争点③)
⑶歴代課長の責任
ア歴代課長による遅刻をした職員に対する給与の支出命令の違法性(争点20
④)
イ歴代課長の故意・過失(賠償命令については重過失)(争点⑤)
⑷歴代管理者の責任
ア歴代管理者による歴代所長及び歴代課長に対する指揮監督上の義務の
懈怠の有無(争点⑥)25
イ歴代管理者の故意・過失(争点⑦)
⑸損害の有無及び額(争点⑧)
4争点に対する当事者の主張
⑴争点①(本件監査請求のうち平成26年8月10日前に支給された給与に
係る部分が監査請求期間を徒過した不適法なものか)について
(原告の主張)5
ア原告の主張する違法な財務会計行為の内容と地方自治法242条2項
の適用の有無について
(ア)歴代所長に係る請求は,歴代所長による本件取扱いが不法行為であり,
当該不法行為に基づく損害賠償請求を怠る事実の違法を主張するもの
である。したがって,歴代所長に係る請求は,地方自治法242条2項10
の適用のない,いわゆる真正怠る事実(以下,単に「真正怠る事実」と
いう。)に係る請求である。
歴代課長に係る請求は,歴代課長による遅刻した職員に対する給与の
支出命令が違法であり,違法な財務会計上の行為をした職員に対する損
害賠償請求又は賠償命令を怠る事実の違法を主張するものである。した15
がって,歴代課長に係る請求は,地方自治法242条2項の適用のある,
いわゆる不真正怠る事実(以下,単に「不真正怠る事実」という。)に係
る請求である。
歴代管理者に係る請求は,歴代管理者が歴代所長に対する指揮監督を
怠ったことが不法行為であり,当該不法行為に基づく損害賠償請求を怠20
る事実の違法を主張するものと,歴代課長による支出命令の本来的権限
者に対する損害賠償請求を怠る事実の違法を主張するものである。した
がって,歴代管理者に係る請求のうち,前者は真正怠る事実に係る請求
であり,後者は不真正怠る事実に係る請求である。
(イ)被告は,歴代所長の行為は,総務課長が行う財務会計上の行為の準備25
行為又は補助行為に当たるとして,歴代所長に係る請求及び歴代管理者
に係る請求のうち歴代所長に対する指揮監督を怠ったことを不法行為
とする部分は不真正怠る事実に係る請求である旨主張するが,所長は所
属職員の休暇,早退及び欠勤を許可し,又は承認する専決権限を独自の
権限として有する以上,所長の行為が給与の支払の準備行為であるとか
補助行為であるとかいうことはできない。5
イ地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由」について
(ア)上記アのとおり,歴代課長に係る請求及び歴代管理者に係る請求のう
ち歴代課長による支出命令の本来的権限者に対する損害賠償請求を怠
る事実の違法を主張する部分は不真正怠る事実に係る請求であるから,
そのうち,平成26年8月10日前に支出された給与に係る部分は,そ10
の前提となる本件監査請求が,地方自治法242条2項本文の定める監
査請求期間を徒過したものであるということとなる。
しかし,本件取扱い及びこれに基づく給与の支出命令は,交通部内部
で行われていたものであり,純粋に内部での問題であることから,一般
住民はもちろん,市議会議員である原告においても,その問題を知るこ15
とはできなかった。そして,原告は,平成27年5月頃,頻繁に遅刻し
ている職員がいるとのうわさを聞いたことから,同月27日,情報公開
請求をしたところ,休暇届表が公開され,同書面の「半休」欄の備考欄
に「遅刻3回」等の記載があることに気付いた。そこで,原告は,交通
部に問い合わせるなどし,最終的に,同年7月16日に市議会における20
被告の答弁により,本件取扱い及びこれに基づく違法な給与の支出につ
いて知ったのである。原告は,その約1か月後である同年8月10日に
本件監査請求をした。
これらの事情に照らせば,上記請求の前提となる本件監査請求につい
て,監査請求期間を徒過したことには,地方自治法242条2項ただし25
書の「正当な理由」があるというべきである。
(イ)被告は,原告が本件監査請求において「正当な理由」について主張せ
ず,監査対象外とされた以上,本訴において「正当な理由」を主張・立
証したとしても遡って本件監査請求が適法になるものではない旨主張
する。しかし,住民監査請求において「正当な理由」について主張した
が監査委員にこれを認められなかった場合と,「正当な理由」について主5
張せずに監査委員が「正当な理由」なしと判断した場合とで,結論が異
なるものではない。また,住民訴訟段階で「正当な理由」の主張を補充
することを禁ずる旨の規定もない。したがって,被告の上記主張は失当
である。
被告は,原告が平成25年にも情報公開請求により休暇届表を取得し10
ていたことを根拠に「正当な理由」がないと主張するところ,当時の休
暇届表に「遅刻3回」との記載があったか否かについて記憶していない。
仮に,そのような記載があったとしても,その記載のみから本件取扱い
の存在及び内容を知ることはできないし,何らかの問題があるのではな
いかとの疑問を持つこともできない。したがって,原告は,平成25年15
当時,本件取扱いについて知らなかったし,知ることもできなかったの
であって,被告の上記主張は失当である。
ウ結論
よって,本件監査請求は,平成26年8月10日前に支給された給与に
係る部分も含め,適法であり,本件訴えは,適法な監査請求を経た適法な20
訴えである(最高裁判所平成10年12月18日第三小法廷判決・民集5
2巻9号2039頁参照)。
(被告の主張)
ア地方自治法242条2項の適用の有無について
原告は,歴代所長に係る請求及び歴代管理者に係る請求のうち歴代所長25
に対する指揮監督を怠ったことを不法行為とする部分は真正怠る事実に係
る請求である旨主張する。
しかし,各職員につき休暇,早退及び欠勤の決裁をした休暇届表を作成
し,それらを含む勤務実績を総務課に報告するという歴代所長の行為は,
財務会計上の行為ではない事実行為であるものの,職員に対する給与の支
払の前提行為であり,後に続く財務会計上の行為たる支出命令と一体のも5
のというべきである。そうすると,歴代所長の上記行為については,総務
課長が行う財務会計上の行為たる支出命令の準備行為又は補助行為に当た
るというべきであるから,上記各請求も,不真正怠る事実に係る請求であ
るというべきである(最高裁判所平成14年10月3日第一小法廷判決・
民集56巻8号1611頁参照)。10
イ地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由」について
(ア)本件監査請求のうち平成26年8月10日前に支給された給与に係る
部分は,不適法なものとして監査の対象外とされていること
原告は,本件監査請求において「正当な理由」について主張しなかっ
たため,本件監査請求のうち平成26年8月10日前に支給された給与15
に係る部分は,監査委員によって,監査の対象外とされている。
監査請求において,請求人が「正当な理由」について疎明したにもか
かわらず,監査委員が判断を誤ってこれを不適法なものとした場合には,
監査請求前置の要件を満たすものとして住民訴訟の審理が行われるべ
きであるが,そもそも,請求人が監査請求において「正当な理由」の主20
張さえしていない場合には,当該監査請求は不適法なものといわざるを
得ないのであって,このような場合にまで住民訴訟の審理を行うことは,
実質的に監査請求を経ずに住民訴訟を許すこととなり,監査請求前置主
義を採用した地方自治法の趣旨に反する。したがって,たとえ本訴にお
いて「正当な理由」の主張・立証がされたとしても,原告が本件監査請25
求において「正当な理由」の主張すらしていなかった以上,本件監査請
求のうち平成26年8月10日前に支給された給与に係る部分は不適
法なものといわざるを得ない。
(イ)本件監査請求について「正当な理由」が認められないこと
原告は,平成25年6月11日,情報公開請求により,平成24年度
の休暇届表を取得しており,その「半休」欄の備考欄に「遅刻3回」の5
記載がされているものもあったのであるから,その頃には,原告は,本
件取扱いがされていることを認識することができた。加えて,原告は,
高槻市議会の議員であるから,休暇届表を取得した時点で,市議会議員
として相当の注意力をもって調査等をすれば,休暇届表の内容及び記載
の趣旨のほか,原告が主張するところの本件取扱いの違法原因等につい10
て容易に知ることができたというべきである。
したがって,原告は,平成25年中には,本件取扱いについて,監査
請求をするに足りる程度にその行為の存在及び内容を知ることができ
たというべきであり,その後,相当期間内に監査請求をしたということ
はできない。したがって,本件監査請求について「正当な理由」は認め15
られない。
ウ小括
よって,本件訴えのうち,平成26年8月10日前に支給された給与
に係る部分は,適法な監査請求を経ていない不適法な訴えとして,却下
されるべきである。20
⑵争点②(歴代所長による本件取扱いの違法性)について
(原告の主張)
ア給与は勤務に対する対価であり,勤務なくして給与を支払うことはでき
ない(ノーワーク・ノーペイの原則)ところ,交通部の職員についても,
上記原則から,職員が勤務しない時間については,本件事業管理者の承認25
があった場合を除き,所定の勤務時間当たりの給与額を減額して給与を支
給しなければならない旨の規定が設けられている(給与条例16条1項)。
本件取扱いの下において,職員は,遅刻した時間の分だけ勤務していない
にもかかわらず,遅刻した時間も勤務したものとして給与が支給されてい
る。しかし,本件取扱いにおいて,上記規定にいう承認が適法にされてい
るとはいえない。5
また,「労働者自身が休暇をとること(すなわち,就労しないこと)によ
って始めて,休暇の付与が実現される」(最高裁判所昭和48年3月2日第
二小法廷判決・民集27巻2号210頁参照)とされているところ,本件
取扱いの下では,職員は実際には遅刻した後に勤務している以上,有給休
暇を取得したことにはならないはずである。本件取扱いは,遅刻による減10
給等の不利益を受けるのが嫌なら半日分の有給休暇を消化したことにせよ
と迫っているに等しく,常習的に遅刻している職員を除けば,本人の自由
意思に基づく休暇取得とはいえない。
以上のとおり,本件取扱いは,ノーワーク・ノーペイの原則に反すると
ともに,有給休暇制度の趣旨を没却する違法なものである。15
イ(ア)被告は,3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いについては,
高槻市交通労働組合(以下,単に「本件組合」という。)との間の労働協
約である,平成7年12月27日付け覚書(以下「本件覚書」という。
乙1)に基づくものであると主張するが,そのような合意がされたとい
うこと自体が疑わしい。20
この点を措くとしても,このような合意は,上記のとおり,ノーワー
ク・ノーペイの原則に反するとともに,有給休暇制度の趣旨を没却する
違法なものであるし,市民感覚に照らしても著しく合理性を欠くもので
あるから,このような労働協約が締結されたとしても,無効なものとい
うほかない。25
(イ)被告は,本件取扱いには必要性があった旨主張するが,乗務員が欠勤
した場合のために待機職員が存在するのであって,待機人数を上回る遅
刻者が日々存在するとは考え難い。また,仮に遅刻してでも出勤しても
らうことにメリットがあるとしても,僅かの時間の遅刻のために有給休
暇半日分に振り替えた上で乗務させる必要まではなく,有給休暇制度の
趣旨を損なうことなく,かつ交通部の特殊性を踏まえた上で,市バスの5
定時運行を可能にする方策はあったはずである。実際,交通部において
も,平成27年には1時間単位での有給休暇の取得が可能となり,本件
覚書による取扱いは廃止されている。
ウ以上によれば,歴代所長による本件取扱いは,違法である。
(被告の主張)10
ア本件取扱いの内容
交通部職員の遅刻を有給休暇に振り替える取扱いの具体的な内容は,以
下のとおりであった。いずれの場合も,遅刻した職員は,出勤後にそのま
まバス乗務等の勤務に従事し,遅刻による減給や処分はしていない。
(ア)3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱い15
交通部においては,本件組合との間で締結された本件覚書に基づき,
交通部職員の遅刻について,次のとおり,取り扱うこととされていた。
a基本的取扱いとして,出勤時刻以降の勤務時間内出勤は,職務命令
違反・部分欠勤に当たり,当該欠勤時間に応じて賃金カット等の対象
とする。20
b職員救済の立場から,本人からの申請と上司の承認を経て,始業か
ら30分未満の遅刻(乗務員については,始業から30分未満で,か
つ,出庫時刻までの遅刻)については,有給休暇との振替措置を行う。
c遅刻3回を有給休暇半日分と振り替えることとし,振替の限度日数
は有給休暇2日分相当までとする。そして,端数(2回以内の遅刻)25
の振替はしない。
(イ)1回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱い
始業から30分を過ぎた遅刻(乗務員については,出庫時刻を過ぎた
遅刻を含む。)については,本件覚書の対象外である。
ただし,このような場合であっても,遅刻した職員から,有給休暇と
して処理してほしいとの申請があれば,本件就業規則25条2項に基づ5
き,遅刻扱いとせず,半日の有給休暇として処理している。
イ3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いの適法性
(ア)上記のとおり,3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いは,
本件覚書に基づくものであるところ,本件覚書は有効に成立した労働協
約である。そして,その内容は,職員の一定の範囲の遅刻について,事10
前かつ包括的に,給与条例16条1項の勤務しないことについての承認
をすることとしたものであるということができるから,地公労法8条1
項の「条例に抵触する内容を有する協定」には該当しない。したがって,
上記取扱いを違法とする理由はない。
(イ)また,交通部では,平日と休日とを併せて300通りにも及ぶ仕業に15
ついて,輪番制により毎日異なる仕業を割り当てられるという勤務形態
の特殊性があり,一定数の乗務員が遅刻をするという事態が生じていた
ところ,市バスの定時運行の確保という公共交通機関としての事業目的
に照らせば,乗務員には出勤時刻に間に合わない場合でも有給休暇を取
得するのではなく,遅刻してでも出勤して業務に就くべきことが要請さ20
れていた。本件覚書は,このような事情の下で,本件組合との交渉の結
果として締結されたものであって,交通部における事業を遂行するため
に極めて合理性のある制度であったというべきであり,この点からも,
上記取扱いは適法であるといえる。
ウ1回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いの適法性25
1回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いは,本件覚書に基づく
ものではなく,本件就業規則25条2項に基づき事後に有給休暇の承認を
しているものであるところ,上記イのとおりの事情の下では,同項にいう
「やむを得ない事由」が認められる。したがって,上記取扱いは適法であ
る。
エ原告の主張に対する反論5
原告は,本件取扱いが著しく合理性を欠くなどと主張するが,交通部に
おける上記事情を理解しない机上の空論にすぎない。
また,原告は,本件取扱いの下では,職員は遅刻した後に勤務している
以上,有給休暇を取得したことにはならないなどと主張するが,有給休暇
の法的効果は,当該稼働日における就労義務が消滅することに尽きるから,10
当該稼働日に業務に従事したからといって,その取扱いが虚偽であるとか
無効であるとかいうことはできない。
⑶争点③(歴代所長の故意・過失)について
(原告の主張)
歴代所長は,本件取扱いの下において違法に休暇の承認をしており,故意15
が認められる。本件覚書は,平成27年6月24日に廃止されたというので
あるから,少なくとも,同廃止後の同年8月13日にされた休暇の承認につ
いては,明らかに故意がある。
仮に,故意が認められないとしても,歴代所長は,本件取扱いが民間企業
等では考え難い措置であり,市民感情に照らしても理解を得難いものである20
こと,また,他に合理的な方策があることも容易に認識することができた。
したがって,本件取扱いにつき,慣習や労使間の合意があったとしても,そ
れが違法・無効であることを容易に認識することができたというべきである
から,歴代所長には過失が認められる。
(被告の主張)25
仮に本件取扱いが違法であったとしても,歴代所長は,本件覚書及び本件
就業規則25条2項に基づき,本件取扱いをしていたのであるから,故意は
ない。
また,本件取扱いは,本件覚書及び本件就業規則25条2項に基づき,継
続的に行われてきたことであり,また,これらの処理が違法であるなどと問
題提起がされたことも全くなかったのであるから,歴代所長に,その違法性5
を認識し得る素地自体がないというべきであり,具体的な予見可能性も結果
回避可能性もなく,過失は認められない。
⑷争点④(歴代課長による遅刻をした職員に対する給与の支出命令の違法性)
について
(原告の主張)10
上記⑵のとおり,本件取扱いは著しく合理性を欠くものであるところ,歴
代課長による遅刻をした職員に対する給与の支出命令は,違法な有給休暇の
承認を前提としたものであって,同様に違法である。
被告は,専決権限を有する所長の判断で有給休暇の承認がされている以上,
総務課長の独自の判断で給与を減額することはできないと主張するが,総務15
課長は,職責上,所長よりもその地位は上であり,職員の出勤状況を把握し,
出勤表を整理することについて専決権限を有している以上,所長が承認した
全ての有給休暇の正確性について判断し,誤りがあれば,これを是正するこ
とができるというべきである。
(被告の主張)20
総務課長は,給与の支出命令をするに当たっては,所長が決裁した休暇や
時間外勤務等を前提として,総務課において計算した給与の金額について決
裁をしているのであり,所長が承認した全ての有給休暇の正確性について判
断することは現実的に不可能である。専決権者である所長の判断で有給休暇
が承認されている以上,これに対して給与を支出することは,本来の権限を25
有する本件事業管理者及び専決権者である総務課長の義務というべきであ
り,独自の判断で減額することはできない。
原告は,本件取扱いが違法であるから,歴代課長による給与の支出命令も
違法である旨主張する。しかし,先行行為の違法により後行行為たる財務会
計上の行為が違法となるのは,先行行為が著しく合理性を欠きそのためこれ
に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合に限られ5
るところ(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9
号2753頁),上記⑵で述べたところからすれば,少なくとも,本件取扱い
が著しく合理性を欠くといえないことは明らかである。
したがって,歴代課長による遅刻をした職員に対する給与の支出命令は,
違法ではない。10
⑸争点⑤(歴代課長の故意・(重)過失)について
(原告の主張)
歴代課長は,違法に遅刻をした職員に対する給与の支出命令をしており,
故意が認められる。本件覚書は,平成27年6月24日に廃止されたという
のであるから,少なくとも,同廃止後の同年8月13日に休暇の承認を受け15
た職員に対する給与の支出命令については,明らかに故意がある。
仮に,故意が認められないとしても,歴代課長は,本件取扱いが民間企業
等では考え難い措置であり,市民感情に照らしても理解を得難いものである
こと,また,他に合理的な方策があることも容易に認識することができた。
したがって,本件取扱いにつき,慣習や労使間の合意があったとしても,そ20
れが違法・無効であることを容易に認識することができたというべきである
から,歴代課長には重過失が認められる。
なお,仮に,歴代課長が,本件取扱いがされていることを知らなかったと
すれば,その職責を全うしていなかったのであり,重過失が認められる。
(被告の主張)25
仮に本件取扱いが違法であったとしても,歴代課長は,歴代所長による休
暇の承認等を前提に支出命令をしたのであるから,故意はない。
また,歴代所長と同様に,過失も認められない。
⑹争点⑥(歴代管理者による歴代所長及び歴代課長に対する指揮監督上の義
務の懈怠の有無)について
(原告の主張)5
歴代管理者は,本件取扱いを廃止し,歴代所長及び歴代課長の違法行為を
阻止すべき指揮監督上の義務があったにもかかわらず,違法にこれを怠った。
(被告の主張)
本件取扱いは違法ではないから,歴代管理者に原告が主張するような指揮
監督上の義務違反はない。10
⑺争点⑦(歴代管理者の故意・過失)について
(原告の主張)
歴代所長による本件取扱い及び歴代課長による給与の支出命令が許され
ないことは明らかであったから,これを阻止する義務を果たさなかった歴代
管理者には故意又は過失が認められる。15
(被告の主張)
歴代管理者に故意・過失はない。
⑻争点⑧(損害の有無及び額)
(原告の主張)
ア損害の発生20
本件取扱いの下では,遅刻をした時間についても給料が支給されている
が,本来遅刻をした時間分は稼働していない以上,給料が支払われてはな
らない。また,遅刻の有無や回数は勤務態度に直結するから期末手当及び
勤勉手当の額も減額されるはずであるが,本件取扱いの下では,これらの
減額はされていない。そうすると,交通部には,それだけの損害が生じた25
ことになる。また,遅刻の有無や回数は,本来,昇進や昇給にも影響する
はずであるが,本件取扱いにより,本来,昇進・昇給させるのが妥当でな
い者が昇進・昇給されていたと考えられ,この点においても,交通部には
損害が生じている。
イ損害額
高槻市自動車運送事業職員給与支給規程(昭和33年高自管理規程第85
号。以下「給与支給規程」という。乙4)等によれば,勤勉手当は欠勤が
ない期間が5か月15日以上6か月未満の場合は5%減額されるところ,
平成28年4月公表の「高槻市の給与・定員管理等について」(甲11)に
よれば,交通部職員の勤勉手当が1.5月分,平均基本給が月額28万7
064円である。そうすると,本件取扱いにより遅刻した職員は勤勉手当10
を5%分減額されるべきであったはずであり,その金額は,平均で2万1
529円となる。
(計算式:28万7064円×1.5×5%≒2万1529円)
したがって,遅刻者一人当たり,少なくとも,年間1万円の損害が生じ
たということができる。15
ウ請求額
前記前提事実⑶イ(イ)のとおり,平成22年4月から平成27年8月ま
での間に延べ445名の職員が本件取扱いにより遅刻を有給休暇に振り替
える取扱いを受けたところ,歴代管理者,歴代課長及び歴代所長は,それ
ぞれ,別紙の各金額及びこれに対する遅延損害金につき,不法行為に基づ20
く損害賠償責任又は地方自治法243条の2第1項の賠償責任を負うこと
となる。
なお,Dは,平成24年度については,同年11月8日までは不法行為
に基づく損害賠償責任を負い,その後は地方自治法243条の2第1項の
賠償責任を負うので,同年度に係る損害金87万円を12分(7か月分と25
5か月分)し,その7を前者の損害とし,その5を後者の損害として計上
した。また,別表の番号7,17及び141の各職員については,Fが所
長であった時の遅刻とGが所長であった時の遅刻とがあるため,いずれも,
損害を5000円ずつに分けて計上した。
(被告の主張)
争う。本件取扱いによって,高槻市に損害は生じていない。5
第3当裁判所の判断
1争点①(本件監査請求のうち平成26年8月10日前に支給された給与に係
る部分が監査請求期間を徒過した不適法なものか)について
⑴歴代所長に係る監査請求について
前記前提事実⑷ア及び弁論の全趣旨によれば,本件監査請求は,本件取扱10
いに関し,歴代所長が,職員の遅刻を欠勤として取り扱わず,有給休暇を半
日分取得したとの取扱いをしたことが不法行為に該当するとし,被告が歴代
所長に対する当該不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠っていると
いう事実を対象に含むものということができる。そして,前記前提事実⑵イ
(ウ)によれば,歴代所長は,その専決権限に基づいて,遅刻した職員につき有15
給休暇の承認等をしていたものであるところ,歴代所長による有給休暇の承
認等の行為自体は財務会計上の行為ではないから,本件監査請求のうち上記
の部分は,真正怠る事実に係る監査請求であるということができる。
これに対し,被告は,歴代所長の上記行為は財務会計上の行為たる給与の
支出命令の準備行為又は補助行為に当たるから,本件監査請求のうち上記の20
部分は,不真正怠る事実に係る監査請求である旨主張する。しかし,所長に
よる有給休暇の承認等の行為は,それ自体が,人事の管理等を目的とする独
立した一つの事務であって,給与の支出命令と一体として捉えられるべきよ
うな性質の行為ではないというべきである。したがって,歴代所長の上記行
為は給与の支出命令の準備行為又は補助行為に当たるということはできず,25
被告の上記主張は採用することができない。
よって,本件監査請求のうち歴代所長に係る部分は,平成26年8月10
日前に支給された給与に係る部分も含め,適法な監査請求である。
⑵歴代課長に係る監査請求に係る「正当な理由」の有無について
ア(ア)前記前提事実⑷ア及び弁論の全趣旨によれば,本件監査請求は,歴代
課長による遅刻をした職員に対する給与の支出命令を対象に含むもの5
ということができるところ,前記前提事実⑷アのとおり,本件監査請求
は平成27年8月10日にされたものであるから,歴代課長に係る監査
請求のうち,平成26年8月10日前にされた給与の支出命令を対象と
する部分は,地方自治法242条2項本文の監査請求期間を経過してお
り,同項ただし書にいう「正当な理由」がない限り,不適法である。10
(イ)この点に関し,被告は,原告が本件監査請求において上記「正当な理
由」について主張すらせず,その結果として,本件監査請求のうち平成
26年8月10日前に支給された給与に係る部分が不適法なものとし
て却下されている以上,たとえ本訴において上記「正当な理由」の主張・
立証がされたとしても,本件監査請求のうち上記部分が不適法であるこ15
とに変わりはなく,このような場合にまで住民訴訟の審理を行うことは
監査請求前置主義を採用した地方自治法の趣旨に反する旨主張する。
しかし,上記「正当な理由」の有無を含め監査請求が適法なものであ
るかどうかは客観的に決せられるべき事柄であって,監査請求期間を徒
過した請求人が,一般的に,上記「正当な理由」についての主張・立証20
の義務を負うとまでいうべき合理的理由は見いだし難い。他方で,地方
自治法上,請求人が上記「正当な理由」について主張しない限り,監査
委員において,これを認めることができないとされているものではなく,
むしろ,監査委員は,請求人の主張の有無にかかわらず,上記の点を含
めて,必要な監査をすべきものと解される。そうすると,監査委員が請25
求人に対して上記「正当な理由」についての主張等を求めたにもかかわ
らず請求人がこれを拒否したために,監査委員においてこの点について
の判断を誤ったなどの特別の事情がある場合は別異に解する余地があ
り得るとしても,単に,監査請求において請求人が上記「正当な理由」
の主張をしなかったからといって,当該監査請求が不適法なものに確定
するなどということはできず,本訴において上記の点についての主張・5
立証をすることが禁じられるものでもないと解するのが相当である。
そうであるところ,証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば,本件
監査請求について上記特別の事情があったことをうかがわせる事情は
見当たらない。
したがって,被告の上記主張は,採用することができない。10
イ(ア)普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても
客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容
を知ることができなかった場合には,地方自治法242条2項ただし書
にいう「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,当該普通地方
公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記15
の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時か
ら相当な期間内に監査請求をしたかどうかにより判断すべきである(最
高裁判所平成14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号148
1頁)。
(イ)もっとも,当該普通地方公共団体の一般住民が相当の注意力をもって20
調査したときに客観的にみて上記の程度に当該行為の存在又は内容を
知ることができなくても,監査請求をした者が上記の程度に当該行為の
存在及び内容を知ることができたと解される場合には,上記正当な理由
の有無は,そのように解される時から相当な期間内に監査請求をしたか
どうかによって判断すべきものである(最高裁判所平成14年10月125
5日第三小法廷判決・集民208号157頁)。
ウ(ア)前記前提事実⑷ア及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件監査請求
において,遅刻が欠勤として取り扱われず本来すべき減額をせずに給与
が支給されてきたことが違法・不当である旨主張していたものであると
ころ,高槻市における有給休暇の承認等に関する取扱いは,専ら同市の
内部的な事務処理上の事項であることなどからすると,遅刻をした職員5
に対し何らの減額もされずに給与が支給されていたことは,同市の一般
住民にとっては通常知り得ない事情であるということができる。そうす
ると,平成26年8月10日前にされた給与の支出命令については,「普
通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観
的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知10
ることができなかった場合」に該当するというべきである。
そうであるところ,前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば,原告は,
平成27年5月頃,頻繁に遅刻している職員がいるとのうわさを聞いた
ことから,同月27日,情報公開請求をしたところ,同年6月26日,
職員らの休暇届表が公開されたこと,原告は,公開された休暇届表の「半15
休」欄の備考欄に「遅刻3回」等の記載があることに気付いたことから,
同記載の意味を議会で質問すべく,交通部に対し質問原稿を送付したと
ころ,同年7月8日から同月10日にかけて,3回の遅刻を有給休暇半
日分に振り替える制度があったことなどを説明する内容の答弁案が送
付されてきたこと,原告は,同年7月16日に市議会において上記記載20
の意味等について質問をしたところ,被告から上記答弁案のとおりの答
弁がされ,これにより遅刻をした職員に対し何らの減額もされずに給与
が支給されていたことを知ったこと,原告は,その後,同年8月10日
に本件監査請求をしたことが認められる。
以上の事実によれば,原告は,情報公開の手続や議会での質問をする25
ことにより遅刻をした職員に対し何らの減額もされずに給与が支給さ
れていたことを知ってから,1か月程度のうちに本件監査請求をしたと
いうのであるから,原告は,監査請求をするに足りる程度に遅刻をした
職員に対する給与の支出命令の内容を知ることができた時から相当な
期間内に監査請求をしたものということができる。
(イ)これに対し,被告は,原告は平成25年6月11日に平成24年度の5
休暇届表を取得しており,これに基づいて本件取扱いがされていること
を知ることができたなどとして,上記相当な期間内に監査請求をしたと
はいえない旨主張するところ,確かに,証拠(乙13)及び弁論の全趣
旨によれば,原告が上記日に公開を受けた職員の休暇届表にも「遅刻3
回」等の記載がされていたことが認められる。しかし,他に特段の情報10
も持ち合わせていないにもかかわらず,公開された休暇届表の上記記載
に注目すること自体が困難であるといえるほか,同記載のみから遅刻を
した職員について違法・不当な事務の取扱いが行われているのではない
かとの疑いを持つことも相当に困難であるといわざるを得ない(なお,
原告自身は,当時,祭祀休暇について問題意識を有して調査していたこ15
とがうかがわれる。)。そうすると,原告が平成25年6月11日に休暇
届表の公開を受けていたからといって,その頃に,原告において遅刻を
した職員に対する給与の支出命令に違法又は不当な点があると考えて
監査請求をするに足りる程度にその内容を知ることができたというこ
とはできない。20
よって,被告の上記主張は,採用することができない。
エ以上によれば,歴代課長に係る監査請求のうち,平成26年8月10日
前にされた給与の支出命令を対象とする部分については,地方自治法24
2条2項ただし書にいう「正当な理由」が認められ,適法な監査請求であ
るということができる。25
⑶歴代管理者に係る監査請求について
ア前記前提事実⑷ア及び弁論の全趣旨によれば,本件監査請求は,歴代管
理者が歴代所長に対する指揮監督を怠ったことが不法行為に該当すると
し,被告が歴代管理者に対する当該不法行為に基づく損害賠償請求権の行
使を怠っているという事実を対象に含むものということができるところ,
上記⑴で述べたところと同様に,本件監査請求のうち上記の部分は,真正5
怠る事実に係る監査請求であるということができる。
したがって,歴代管理者に係る監査請求のうち,上記の部分については,
平成26年8月10日前に支給された給与に係る部分も含め,適法な監査
請求である。
イ前記前提事実⑷ア及び弁論の全趣旨によれば,本件監査請求は,歴代管10
理者が歴代課長に対する指揮監督を怠ったことが不法行為に該当すると
し,被告が歴代管理者に対する当該不法行為に基づく損害賠償請求権の行
使を怠っているという事実を対象に含むものということができるところ,
この点について監査を遂げるためには,監査委員は,歴代課長による遅刻
をした職員に対する給与の支出命令の違法性等について判断をしなけれ15
ばならないから,本件監査請求のうち上記の部分は,不真正怠る事実に係
る監査請求であるというべきである。そうすると,歴代管理者に係る上記
監査請求のうち,平成26年8月10日前にされた給与の支出命令を対象
とする部分は,地方自治法242条2項本文の監査請求期間を経過してい
ることとなるが,上記⑵で述べたところと同様に,同項ただし書にいう「正20
当な理由」が認められるから,結局,上記部分についても,適法な監査請
求であるということができる。
⑷小括
以上によれば,本件監査請求は,平成26年8月10日前に支給された給
与に係る部分も含め,全体として適法な監査請求であるということができる。25
したがって,本件訴えは,適法な監査請求を前置した適法な訴えである。
2争点②(歴代所長による本件取扱いの違法性)について
⑴認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲5~7,10,乙1,8~10,14,証
人G)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア平成7年当時,高槻市本庁舎において,午前8時45分が出勤時刻であ5
るが午前9時までの15分間は休息時間とされ,この休息時間中に出勤す
れば遅刻として取り扱われないこととされていたところ,このような取扱
いには問題があるとされ,午前8時45分以降の出勤は遅刻であるとの観
点から,勤務時間全般の見直しが行われた。
本件事業管理者は,高槻市本庁舎における勤務時間全般の見直しを受け10
て本件組合との間で協議を行った結果,平成7年12月27日付けで本件
覚書を締結した。本件覚書は,労働協約に該当するものであるところ,そ
の具体的内容は,以下のとおりであった(なお,原告はこのような合意が
されたこと自体が疑わしいと主張するが,本件覚書(乙1)が存在してお
り,これが発見された経緯にも不自然な点は見当たらない以上,上記合意15
がされたことについて疑いを差し挟む余地はなく,本件覚書どおりの合意
がされた事実を認定することができる。)。
(ア)基本的取扱いとして,出勤時刻以降の勤務時間内出勤は,職務命令違
反・部分欠勤に当たり,当該欠勤時間に応じて賃金カット等の対象とす
る。20
(イ)しかし,職員救済の立場から,本人からの申請と上司の承認を経て,
始業から30分未満の遅刻(乗務員については,始業から30分未満で,
かつ,出庫時刻までの遅刻。以下同じ。)については,有給休暇との振替
措置を行う。
(ウ)遅刻3回を有給休暇半日分と振り替えることとし,振替の限度日数は25
有給休暇2日分相当までとする。そして,端数(2回以内の遅刻)の振
替はしない。
イまた,交通部では,平成21年度以前から,本件覚書に基づく振替措置
のほか,始業から30分を過ぎた遅刻(乗務員については,出庫時刻を過
ぎた遅刻を含む。以下同じ。)についても,本人からの申請と上司の承認を
経て,有給休暇半日分と振り替える取扱いがされていた。5
ウ上記ア及びイの有給休暇の承認がされた日にも,遅刻した職員は,出勤
後にそのままバス乗務等の勤務に従事し,遅刻による減給や処分を受ける
ことはなかった。
エ歴代所長は,本件取扱いの下で,別表のとおり,遅刻を遅刻として取り
扱わず,又は,上記ア及びイの遅刻の有給休暇半日分への振替措置として10
有給休暇の承認をした。別表記載の遅刻をした職員延べ445名のうち,
1年度の間に有給休暇半日分の承認を複数回受けた者は延べ37名であ
り,4回以上の承認を受けた者は,以下のとおりである。
(ア)別表番号116遅刻1回で有給休暇半日分2回
遅刻3回で有給休暇半日分2回合計4回15
(イ)別表番号134遅刻1回で有給休暇半日分5回合計5回
(ウ)別表番号305遅刻1回で有給休暇半日分4回
遅刻3回で有給休暇半日分1回合計5回
(エ)別表番号270遅刻1回で有給休暇半日分3回
遅刻3回で有給休暇半日分3回合計6回20
オ交通部では,平日1日当たり約2000便のバスを運行しており,これ
に基づき,乗務員の1日の業務内容を定めた仕業を設定しているところ,
この仕業は平日で約200通りに及ぶ。乗務員は,早出勤務,遅出勤務及
び中休勤務(ラッシュ時間帯の勤務)の3勤務体系の中で,輪番制により
毎日異なる仕業が割り当てられ,業務に従事している。なお,職員が遅刻25
をした場合のほか,交通渋滞や交通事故等の不測の事態が発生した場合に
備えて,時間帯毎に1名ないし3名の職員が待機しており,上記のような
場合には,待機職員が代替バスの運転等をすることとされている。
仕業表には,当該仕業に係る出勤時刻及び退勤時刻が定められている。
乗務員は,仕業表に定められた出勤時刻にその日の運行管理者(運輸主任)
による点呼を受けることとされ,点呼の時刻を過ぎると,本来遅刻扱いと5
される。
交通部では,平成22年度から平成26年度までの5年間で,遅刻をし
た乗務員は185人,遅刻回数が1回の者は延べ244人,遅刻回数が2
回以上の者は111人,延べ遅刻回数は581回(1年度当たりでは,遅
刻をした職員は概ね70人前後で,延べ遅刻回数は116回前後)であっ10
たが,遅刻の原因として,割り当てられた仕業を勘違いしたことによるも
のも少なくなかった。
カ本件覚書に基づき3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いは,
本件事業管理者と本件組合との間の平成27年6月22日付け協定書に
より,同月24日をもって廃止された。また,平成27年高交管理規程第15
7号による改正前の本件就業規則21条の2第1項によれば,年次有給休
暇は1日又は半日を単位として与えるものとされていたところ,同改正に
より,同年6月24日より,1時間を単位としても与えることができるこ
ととなった。
⑵判断20
ア企業職員の勤務条件についての本件事業管理者の裁量権について
前記関係法令等の定めのとおり,地方公営企業法は,企業職員について
は,給与,勤務時間その他の勤務条件に関する地方公務員法24条から2
6条の3までの規定の適用を除外した上で(同法39条1項),企業職員の
給与は給料及び手当とし(同法38条1項),その種類及び基準のみ条例25
で定めることとし(同法38条4項),その額や支給方法といった具体的内
容のほか,勤務時間その他の勤務条件については,条例で定めることを要
せず,原則として,労働組合との間の団体交渉等を踏まえ(地公労法7条
から9条まで参照),管理者が定めることとされている(地方公営企業法9
条,10条)。これらの規定を受けて,高槻市においても,給与条例におい
て企業職員の給与の種類及び基準が定められているほか,交通部の職員に5
ついては,本件事業管理者の定める企業管理規程(地方公営企業法10条)
として,給与支給規程及び本件就業規則が定められ,給与支給規程におい
ては給料表等について,本件就業規則においては勤務時間及び休暇等の勤
務条件について,それぞれ定められている。
以上のとおり,企業職員の給与の額や支給方法,勤務時間その他の勤務10
条件について,一般の地方公務員のそれとは異なり,条例で定めることを
要せず,管理者が定めることとされている趣旨は,地方公営企業において,
企業職員が従事する業務は民間企業における類似の業務と共通する性格を
有しており,独立採算の原則の下に経済性を発揮して能率的な経営を行う
ことが求められる(地方公営企業法3条,17条の2,地方財政法6条参15
照)ことから,その特殊性に基づき,当該企業の経営の状況や団体交渉の
経緯等を踏まえ,管理者において,その合理的な裁量に基づいて上記勤務
条件を決定するのが相当であることによるものと解される。
以上を前提に,歴代所長による本件取扱いの違法性について判断する。
イ3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いについて20
(ア)上記認定事実によれば,3回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取
扱いは,労働協約たる本件覚書に基づくものであるところ,上記アで説
示したところからすれば,本件覚書は,その内容が企業職員に対する給
与の根本原則を定める地方公営企業法38条2項や給与条例の規定等
の趣旨に違反するものであるなどの事情がない限り,本件事業管理者が25
その合理的裁量に基づき締結した労働協約として有効なものというべ
きである。そして,労働協約はいわゆる規範的効力を有する(労働組合法
16条参照)から,上記事情のない限り,歴代所長が本件覚書に基づき上
記取扱いをしたことが高槻市との関係で違法であるということはでき
ないものと解される。
(イ)上記取扱いに対しては,1回目及び2回目の遅刻について,勤務時間5
のうちの一定時間を勤務していないにもかかわらず,何らの不利益も受
けず,給料の全額が支給されるという点,3回目の遅刻について,本来,
有給休暇の事後申請が認められる事由(本件就業規則25条2項の「や
むを得ない事由」)が認められないにもかかわらず有給休暇が承認され
る場合がある点において,企業職員に対する過度の優遇措置であるとか,10
不注意で欠勤した者に対する不要の救済措置であるとかいった評価を
する余地もあり得るところである。
この点について,被告は,市バスの定時運行の確保という公共交通機
関としての事業目的に照らせば,乗務員には出勤時刻に間に合わない場
合でも有給休暇を取得するのではなく,遅刻してでも出勤して業務に就15
くべきことが要請されていたのであり,上記取扱いは事業遂行のために
合理性があった旨主張し,証人Gもこれに沿う証言をする。
そこで検討すると,上記認定事実によれば,交通部においては,多数
に及ぶ仕業がある中で,輪番制により毎日異なる仕業を割り当てられる
という特殊な勤務形態のため,現実に一定数の乗務員が勘違い等により20
遅刻をするという事態が生じていたというのであって,その原因を職員
の責めにのみ帰すべきものとはいい難い側面があった。そして,上記の
ような救済措置を設けなければ,遅刻をしそうになった職員から,仮に
職員自身の不注意によるものであるとしても,有給休暇の事後申請がさ
れることが考えられるところ,これについて,所長が,事案毎に,本件25
就業規則25条2項にいう「やむを得ない事由」の有無を的確に判断し,
有給休暇の承認をせずに欠勤として取り扱うという運用を行うことは,
必ずしも容易ではないものと考えられる。そうすると,1時間単位の有
給休暇も認められていなかったという当時の事情の下で,事後申請によ
る半日単位の有給休暇の取得が行われ,乗務員が業務に従事しないこと
となった場合には,市バスの定時運行の確保という上記目的の達成に相5
応の支障が生じるものと考えられ,このような支障を避ける現実的要請
があったことは否定することができない。この点について,原告は,乗
務員が欠勤した場合のために待機職員が存在するなどと主張するが,上
記認定のとおり,待機職員は交通渋滞や交通事故等の不測の事態が発生
した場合にも代替バスの運転をする必要があるのであって,限られた待10
機職員によって職員の急な欠勤に対応するのにも,おのずから限界があ
ったものと考えられる。また,多数に及ぶ仕業がある中で輪番制により
毎日異なる仕業を割り当てられるという特殊な勤務形態のため,現実に
一定数の乗務員が勘違い等により遅刻をするという事態が生じていた
ことは上記のとおりであるところ,このような事態が生じている状況の15
下で,本来の規律に従った厳格な運用を徹底した場合には,職員の勤労
意欲の低下や,職員ないし労働組合からの強い反発を招くことも十分に
想定されるところである。
加えて,3回の遅刻を有給休暇に振り替える上記取扱いにおいて,そ
の対象が始業から30分未満の遅刻という,業務への現実の影響が大き20
くない場合に限られており,また,有給休暇2日分相当まで(遅刻12
回まで)という一定の上限が設けられていたほか,上記取扱いの下にお
いて複数回にわたって遅刻をした職員がいたことが認められるものの,
これが悪用されて事業に支障が生じるなどの現実の問題が生じていた
様子はうかがわれないことも考慮すれば,自動車運送事業の遂行を図る25
ための方法として,本来の規律に従った厳格な運用をするのではなく,
上記取扱いのとおり,一定程度柔軟な対応をしていたとしても,直ちに
不合理であるとはいい難く,少なくとも,企業職員に対する過度の優遇
措置であるとか,不注意で欠勤した者に対する不要の救済措置であると
かいった評価をするのが相当であるとはいえない。
そして,1回目及び2回目の遅刻を欠勤として取り扱わないことにつ5
いては,上記の範囲の遅刻について,事前かつ包括的に,給与条例16
条1項の勤務しないことについての承認をすることとしていたものと
位置付けることができる。
以上に述べたところに照らせば,本件覚書の内容は,交通部における
経営の状況や団体交渉の経緯等を踏まえた一定の合理性を有するもの10
と評価することができるのであって,企業職員に対する給与の根本原則
を定める地方公営企業法38条2項や給与条例の規定等の趣旨に違反
するとまでいうことはできない。
(ウ)したがって,歴代所長による上記取扱いが高槻市との関係で違法であ
るということはできない。15
ウ1回の遅刻を有給休暇半日分に振り替える取扱いについて
上記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,交通部においては,本件覚書
に基づく取扱いがされていることを踏まえ,始業から30分を過ぎた遅刻
についても,本件就業規則25条2項にいう「やむを得ない事由」がある
ものとして有給休暇の承認をする取扱いをしていたものといえるところ,20
有給休暇の事後申請について,所長が,事案毎に,上記「やむを得ない事
由」の有無を的確に判断し,有給休暇の承認をせずに欠勤として取り扱う
という運用を行うことが,必ずしも容易ではないものと考えられること,
1時間単位の有給休暇も認められていなかったという当時の事情の下で,
事後申請による半日単位の有給休暇の取得が行われ,乗務員が業務に従事25
しないこととなった場合に,市バスの定時運行の確保という事業目的の達
成に相応の支障が生じると考えられること等は,上記説示のとおりである。
これらの事情に加え,始業から30分を過ぎた遅刻に係る上記「やむを得
ない事由」について,歴代所長が何らの事情も考慮することなく有給休暇
の承認をしていたとまで認めるに足りる証拠は見当たらず,むしろ,証人
Gの証言及び弁論の全趣旨によれば,個別の事情によっては,所長におい5
て有給休暇を承認せず,遅刻をした職員に対し所定の不利益を課すことも
できないわけではなかったものと考えられる上,上記取扱いが悪用されて
事業に支障が生じるなど現実の問題が生じていた様子や,明らかに上記「や
むを得ない事由」が認められない事例について不相当に有給休暇の事後申
請が承認されていたといった事情もうかがわれないことも併せ考慮すれば,10
始業から30分未満の遅刻について本件覚書に基づく取扱いがされている
ことも踏まえ,30分を過ぎた遅刻についても,ある程度柔軟に上記「や
むを得ない事由」を認めて有給休暇の承認をする取扱いをしていたことを
もって,本件事業管理者に与えられた裁量権の範囲の逸脱又はその濫用と
して違法であったとまでいうのは困難である。15
そうすると,本件事業管理者の権限に属する事務のうち所属職員の休暇,
早退及び欠勤の許可又は承認につき専決権限を有する歴代所長が上記取扱
いをしていたことが,高槻市との関係で違法であるということはできない。
エ原告の主張について
以上に対し,原告は,本件取扱いはノーワーク・ノーペイの原則に反す20
る旨主張するが,同原則は私法上の契約解釈における原則にすぎず,労働
契約においてこれと異なる定めをすることも許容されるものであるところ,
既に説示したとおり,企業職員の給与については,一定の範囲内において,
管理者がその合理的な裁量によって定め得るものであるから,ノーワーク・
ノーペイの原則から,直ちに本件取扱いが違法になるものではない。した25
がって,原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,本件取扱いは有給休暇制度の趣旨を没却する違法なもの
である旨主張するところ,確かに,本件取扱いの下においては,有給休暇
が承認されているにもかかわらず,現実には,遅刻をした職員は,出勤後
にそのままバス乗務等の勤務に従事していたというのであるから,当該職
員との関係においては,有給休暇を与えたことにはならないと解する余地5
がある。しかしながら,そのような有給休暇の承認をしたことが市との関
係において違法になるかは別論であるというべきところ,既に説示したと
ころに照らせば,上記事情をもって高槻市との関係で違法であるとまで評
価することはできないというべきである。したがって,原告の上記主張は,
採用することができない。10
⑶小括
以上によれば,歴代所長による本件取扱いが違法であったということはで
きず,歴代所長が高槻市に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うこと
はないというべきである。
3争点④から⑦まで(歴代課長及び歴代管理者の責任)について15
以上によれば,歴代課長が,遅刻をした職員に対する給与の支出命令が違法
であることを理由として高槻市に対して不法行為に基づく損害賠償責任又は地
方自治法243条の2第1項の賠償責任を負うことはなく,また,歴代管理者
が歴代所長及び歴代課長に対する指導監督上の義務を懈怠したとして同市に対
して不法行為に基づく損害賠償責任を負うこともないというべきである。20
4結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理
由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官松永栄治
裁判官森田亮
裁判官石川舞子
別紙
1⑴A82万円
⑵B174万円
⑶C189万円5
⑷D219万7500円
⑸F79万5000円
⑹G129万5000円
⑺H47万円
⑻I107万円10
⑼J72万円
⑽K10万円
2⑴D224万2500円
⑵E1万円15

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