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平成14年(行ケ)第229号 審決取消請求事件(平成14年12月4日口頭弁
論終結)
          判           決
       原      告   A
       訴訟代理人弁理士   広 瀬 文 彦
       被      告   特許庁長官 太 田 信一郎
       指定代理人      西 本 幸 男
       同          藤   正 明
       同          宮 川 久 成
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が不服2001-9873号事件について平成14年3月14日にし
た審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,意匠に係る物品を「そばいなり」,その形態を別添審決謄本別紙第
一「本願の意匠」欄記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)の登録
出願人及び拒絶査定に対する不服審判の請求人であり,その経緯は次のとおりであ
る。
  平成12年3月 3日 意匠登録出願(意願2000-4623号)
  平成13年5月14日 拒絶査定
  同   年6月13日 不服審判請求(不服2001-9873号)
  平成14年3月14日 請求不成立審決
  同   年4月 8日 原告への審決謄本送達
 2 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願意匠は,出願前に当業者が日
本国内において公然知られた形状である別紙公知意匠一覧表記載の各意匠(以下,
同表左欄の記載に従って「公知意匠1~6」と表記し,これらを「本件公知意匠」
と総称する。)に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであるから,
意匠法3条2項に該当するものであり,意匠登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 1 審決は,本願意匠について,本件公知意匠に基づく創作容易性の判断を誤っ
た(取消事由)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 2 取消事由(創作容易性の判断の誤り)
 (1) 本願意匠は,以下の特徴を備える点で今までにない形状を有するものであ
る。
    第一の特徴は,本願意匠では,おいなりさんの口が上方を向いて開いてい
る点にある。これは油揚げの中に入っている具を見せるためである。すなわち,通
常のいなりずしは油揚げの中にご飯を入れて口を閉じてあるが,本願意匠ではそば
を使用しており,これを強調するために中身が見える状態にしたものである。さら
に,本願意匠では,開口部から,そばのほかにそばの上に乗せた薬味が見えるた
め,茶色一色のいなりずしにはない,生姜の黄色と刻んだねぎの緑色及び白色を配
したカラフルな彩りのあるいなりずしを演出することができる点で,創作性が高い
ものである。
    第二の特徴は,本願意匠では,帆立貝のひも(外とう膜)でおいなりさん
全体を結んでいる点にある。上記のとおり,おいなりさんの口を開けて中身が見え
るようにしたため,そのままでは口が広がってしまい,おいなりさんの形を成さな
い。そこで,口が広がるのを防ぐために,おいなりさんの中央を帆立貝のひもで結
んだものである。また,帆立貝のひもの結び目を開口部の横に持ってくることによ
り,帆立貝のひもであることを強調している。さらに,そばの濃い茶色,それより
やや薄い茶色の油揚げの色,肌色の帆立貝のひもの色,帆立貝のひもで分けられた
左右に,黄色い生姜と緑色及び白色の刻んだねぎの色が配され,おいなりさん全体
にアクセントを与える美的な処理が施されている。
 (2) 上記第一の特徴に関し,審決は,公知意匠1~3について「開口部から見
えるご飯および具は特定の位置に配置する等の美的処理がなされていないと解すべ
き根拠はな」い(審決謄本5頁第2段落末尾)として,上記特徴に係る形態の創作
非容易性を否定するが,誤りである。
    本願意匠では,開口部から見える具の配置を考慮して美的な処理がされて
いるのに対して,公知意匠1~3では,特定の位置に具を配する等の処理がされて
いないことは明らかである。
    また,被告の援用する乙3の公知意匠において,美的な処理を意識的にし
たトッピングを備えることは認めるが,そのトッピングの内容において,本願意匠
とは美的処理の態様が異なるのであるから,本願意匠の開口部の具の配置が容易に
創作し得たものとはいえない。乙6の公知意匠では,刻んだ紅生姜がトッピングと
して使用されているが,本願意匠は,すりおろした生姜をトッピングとして使用す
るものであるから,色彩も形状も異なるものである。
 (3) 上記第二の特徴に関し,審決は,「当業者であれば,いなりずしであった
としても,それが,型くずれを起こしそうな場合に,紐状の食品で結ぶということ
に想到することは,前記引例4~5(注,公知意匠4~6)に照らして容易といわ
ざるをえない」(審決謄本6頁第1段落),「型くずれを防止するために捲く紐状
の状食材(注,「食材」の誤記と認める。)には,かんぴょう,海草,総菜等があ
り,帆立貝のひもを選択したことに,格別の創作性が認められ」ない(同頁第3段
落)と判断するが,誤りである。
    公知意匠4~6は,いずれも巻き寿司に関するものである。巻き寿司にあ
っては,巻きが解けることを防止するのは当然の問題であるのに対し,本願意匠の
おいなりさんは袋状の油揚げを使用しているので,ひもで結ぶことが一般的である
とも必然的であるともいえない。おいなりさんをひもで結ぶという点で,すでに独
創性が認められるべきである。また,ひも状の食材の選択に関しても,公知意匠4
~6に表れているのはいずれもかんぴょうであり,それ以外の食材を使用すること
は,むしろ極めてまれであり,被告が本訴で追加した書証(乙4,5)を含め,帆
立貝のひもで結んだものはない。
 (4) また,上記各特徴に共通する色彩の点について,審決は,「本件意匠登録
出願には,色彩は現されておらず,色彩に関する請求人(注,原告)の主張は採用
することができない」(審決謄本6頁第2段落)と判断するが,誤りである。
    本願意匠は,図面代用写真によって出願されたものであり,その写真に白
黒写真が用いられていることは確かであるが,白黒写真で表された物品には色彩が
ないものと確定的に判断されるべきではない。本願意匠が黒色のそばいなりを意図
するものと解するとすれば,常識に反する判断といわざるを得ない。また,白黒写
真においても,その色彩が濃淡をもって表されることは当然である。
 (5) 意匠法3条2項の創作容易性の判断に係る特許庁の意匠審査基準は,同一
の形状を含む公知意匠についての置換,寄せ集め,配置の変更,構成比率の変更等
を創作性のない意匠であるとしているところ,本件では,類似の形状を含むにすぎ
ない6件もの公知意匠に基づいて創作容易性を判断しており,これは上記審査基準
に適合しないというべきである。また,このような多数の公知意匠を挙げなければ
ならないということ自体,本願意匠の創作非容易性を示すというべきであり,多数
の公知意匠を組み合わせれば創作が容易であるとするのは,創作容易性の判断の手
法としては誤りである。
第4 被告の反論
 1 審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
 2 取消事由(創作容易性の判断の誤り)について
 (1) 上部を開口したいなり寿司は,公知意匠1~3で例示したとおり,本件出
願前に公知のものである。そして,その開口部に種々の具をトッピングすることも
普通に行われていることであり(例えば,平成3年10月1日株式会社光文社発行
の「JJジェイジェイ」17巻10号272頁中央左に所載の「遊洛花いなり・い
くら」の意匠〔乙2〕,平成4年6月10日株式会社グラフ社発行の「マイライフ
シリーズ・281,世界で愛される日本食の粋,手作りおすし」34頁中段所載の
「三色いなり」の意匠〔乙3〕,平成8年度きのこ料理コンクール全国大会林野庁
長官賞受賞作品「きのこのきんぴら・そば・いなり」〔乙6〕),本願意匠におい
て開口部に薬味をトッピングしたことが格別のものとはいえない。
 (2) いなり寿司をひもで結ぶことは,本件出願前に公知の意匠にすぎず(例え
ば,昭和45年6月20日図書印刷株式会社発行の「家庭料理全書」275頁所載
の「いなりずし」の意匠〔乙4〕,平成3年10月1日株式会社光文社発行の「J
Jジェイジェイ」17巻10号273頁中央右に所載の「志乃多寿司総本店特製志
乃多」の意匠〔乙5〕),また,巻き寿司の型くずれを防止するためのひもから容
易に転用することができるものでもある。そして,帆立貝のひもを使用したからと
いって,食感や味はともかく,意匠上の創作性に影響を与えるものではない。
 (3) 色彩に関する原告の主張は,本件出願の願書に添付した図面代用写真が色
彩の付されていないものである以上,失当である。なお,明暗調子のコントラスト
について,本願意匠に格別の創作性があるともいえない。
 (4) 意匠審査基準では,同一の形態を有する公知意匠に基づく創作非容易性を
例に挙げているが,その判断に供される公知意匠が同一の形態を有することを要す
るというものではなく,原告の主張は失当である。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(創作容易性の判断の誤り)について
 (1) 原告は,本願意匠の第一の特徴は,いなり寿司の口が上方を向いて開いて
いる点にあるとした上,開口部から見える具の配置を考慮して美的な処理がされて
いる点で,公知意匠1~3とは異なる旨主張する。
    しかし,まず,いなり寿司の口が上方を向いて開いている形態は,公知意
匠1~3(乙1の第二~第四)に見られるとおり,本件出願前に普通に見られるも
のにすぎないというべきところ,これら公知意匠においては,いなり寿司に開口部
を設けたことにより,当該開口部から油揚げに包まれた内容物及び具材を見せると
いう美的効果を奏するものであることは明らかである。加えて,平成3年10月1
日株式会社光文社発行の「JJジェイジェイ」17巻10号272頁中央左に所載
の「遊洛花いなり・いくら」の意匠(乙2),平成4年6月10日株式会社グラフ
社発行の「マイライフシリーズ・281,世界で愛される日本食の粋,手作りおす
し」34頁中段所載の「三色いなり」の意匠(乙3)及び平成8年度きのこ料理コ
ンクール全国大会林野庁長官賞受賞作品「きのこのきんぴら・そば・いなり」(乙
6)においても,上方を向いたいなり寿司の開口部に,明らかに具の配置を考慮し
た美的な処理を行ったトッピングが施されていることが認められ,原告の主張する
上記差異点は,いなり寿司の形態における常とう的な処理にすぎず,当業者にとっ
てありふれた手法というべきである。
    また,原告は,上記乙号各証の意匠に見られるトッピングの内容が本願意
匠と異なる点を主張する。しかし,本願意匠で使用されているおろし生姜と刻みね
ぎが,いわば定番の薬味として,そばを始めとする各種の料理にトッピング等とし
て添えられるものであることは当裁判所に顕著であるから,意匠に係る物品を「そ
ばいなり」とする本願意匠において,開口部に使用するトッピングとしておろし生
姜と刻みねぎを使用したことに当業者にとっての格別の創作性を肯定することはで
きないというべきである。
 (2) 次に,原告は,本願意匠の第二の特徴は,帆立貝のひもでいなり寿司全体
を結んでいる点にあるとした上,いなり寿司をひもで結ぶとともに,ひも状の食材
として帆立貝のひもを選択したことに独創性が認められべきである旨主張する。
    しかし,いなり寿司をひもで結ぶ意匠は,昭和45年6月20日図書印刷
株式会社発行の「家庭料理全書」275頁所載の「いなりずし」の意匠(乙4),
平成3年10月1日株式会社光文社発行の「JJジェイジェイ」17巻10号27
3頁中央右に所載の「志乃多寿司総本店特製志乃多」の意匠(乙5)に見られると
おり,本件出願前において普通に採用されていた常とう的なものにすぎないという
べきであるし,ひも状の食材として帆立貝のひもを選択した点も,食味や食感等の
問題は別として,意匠としての美感という観点からは,かんぴょう等を使用した慣
用的な形態と選ぶところはなく,当業者にとっての格別の創作性を肯定することは
できない。
 (3) また,原告は,本願意匠の色彩に関し,そばの濃い茶色,それよりやや薄
い茶色の油揚げの色,肌色の帆立貝のひもの色,帆立貝のひもで分けられた左右
に,黄色い生姜と緑色及び白色の刻んだねぎの色が配され,おいなりさん全体にア
クセントを与える美的な処理が施されていると主張するが,原告も自認するとお
り,本願意匠は意匠登録を受けようとする意匠を白黒の図面代用写真をもって現わ
して出願されているものであり(甲4),同写真によっては上記主張に係る色彩を
認識することはできないから,失当というべきである。なお,白黒写真であって
も,濃淡が表現され得ることは原告の主張するとおりであるが,本願意匠の図面代
用写真に見られる濃淡の表現において,当業者が本件公知意匠に基づいて意匠の創
作をすることを困難とするような格別の創作性は認められない。
 (4) さらに,原告は,意匠法3条2項の創作容易性の判断に係る特許庁の意匠
審査基準は,同一の形状を含む公知意匠についての置換,寄せ集め,配置の変更,
構成比率の変更等を創作容易性のない意匠であるとしているとの前提で,審決の創
作容易性の判断は特許庁の審査基準に適合しない旨主張する。しかし,意匠審査基
準は,特許庁における意匠登録出願審査事務の便宜と統一のために定められた内規
にすぎず,法規としての効力を有するものではないのみならず,意匠法3条2項に
定める創作容易性の判断において,原告主張の「同一の形状を含む公知意匠」の存
在が前提となると解すべき根拠はないから,上記主張は採用することができない。
    また,原告は,多数の公知意匠を組み合わせれば創作が容易であるとする
のは,創作容易性の判断の手法として誤りである旨主張するが,本件において,本
願意匠の特徴として原告の主張する点が,いずれもいなり寿司における慣用的な形
態にすぎないものであり,かつ,それらの組合せに当業者にとっての格別の創作性
が認められないことは前示のとおりであるから,審決が本件公知意匠として6件の
意匠を引用したこと自体が,本願意匠の創作非容易性を基礎付けるものとはいえな
い。
 2 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がなく,他に審決を取り消す
べき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 長  沢  幸  男
    裁判官 宮  坂  昌  利
別紙
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