弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 被告人A、同B、同C、同D、同Eら五名弁護人木村一郎の上告趣意について。
 所論第一点は、刑法九六条ノ三、二項(以下単に適用法条または右法条という)
にいう「不正ノ利益」の解釈を争う法令違反の主張にすぎず、同第二点ないし第五
点は、いずれも法令違反を含む事実誤認の主張であり、同第六点は事実誤認の主張
を出でないものであつて、すべて刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。そして右
適用法条にいう「不正ノ利益」の解釈として、原審が、はじめから工事を施行する
意思なく、金銭その他の経済上の利益(本件の場合談合金)を得ることのみを目的
として談合した場合はもちろん、はじめは工事施行の意思があつても、後に右のよ
うな利益の提供を受けることによりその工事施行の意思を放棄し、他の業者との協
定(談合)に応じたときも、その利益が社会通念上いわゆる「祝儀」の程度を越え、
不当に高額の場合は、同条にいう「不正ノ利益」と解すべきであるという趣旨を判
示したのは正当である。所論(第一点)は独自の見解であつて採用できない。また
同条にいう「公正ナル価格」とは、入札を離れて客観的に測定されるべき価格をい
うのでなく、その入札において公正な自由競争が行われたならば成立したであろう
ところの価格をいうのであるという趣旨は、当裁判所のすでに判例(昭和二八年(
あ)第一一七一号同年一二月一〇日第一小法廷決定、集七巻一二号二四一八頁参照)
とするところである。この趣旨にもとづいて原審の証拠を検討してみると、原審の
事実認定に誤りはなく、また所論のような法令違反もない。
 被告人F、同G、同H、同I、同J、同K、ら六名弁護人荒川正一の上告趣意に
ついて。
 所論は、原判決は、「談合」そのものを違法行為と見たため、本件適用法条にい
う「公正ナル価格」、「公正ナル価格ヲ害スベキ目的」の解釈を誤り、理由にくい
ちがいを生じ、かつ大審院、高等裁判所判例に違反すると主張する。しかし、右法
条にいう「談合」とは、所定の目的をもつて競売、入札の競争に加わる者がたがい
に通謀し、その中の特定の者を落札者ないし競落者たらしめるため、他の者は一定
の価格以下または以上に入札または付値しないことを協定する趣旨であつて、かか
る目的と全く関係のない単なる談合は、同法条の処罰の対象となるものではないと
解すべきところ、原判決の判示とその引用の証拠を対照してみると、判文の趣旨は、
右解釈に則つたものであること明らかであつて、所論のような誤りに立つものとは
認められない。そして右法条にいう「公正ナル価格」の意義は、木村弁護人の所論
について説示したとおりであり、これを「害スべキ目的」について、原判決が、目
的とは意思と同意義であり、公入札の場合、競争者が公正価格を害することを認識
し、または未必的に認識することと解すべき趣旨の判示は、これにつづくくわしい
説明と合せ解読すれば、所論のように事実の証明をまたず、談合の事実があれば当
然右のような認識があり、また目的要件を充す旨を判示したものと解することはで
きない。されば原判決は、所論引用の各判例に反するものとは認められない。
 被告人I、同D、同Kら三名弁護人高橋隆二の上告趣意第一点について。
 所論(一)は、本件適用法条後段にいう「不正ノ利益ヲ得ル目的」の趣旨につい
て原判決の解釈を争い、判例違反を主張する。しかし右法条後段にいう「不正ノ利
益」とは、木村弁護人の論旨について説示したとおりであつて、これを得る目的を
もつて成立する罪も、右法条前段の場合と同じく入札の公正を害する危険あるがゆ
えに処罰の対象となるのであるが、ただこの場合の危険は抽象的に存すれば足り、
前段の場合のように、公正な価格を害する具体的危険あることを必要としないと解
するを相当とし、従つて前記「不正ノ利益」について示したような態様が存すれば、
当然右抽象的危険が存するものと認めるに充分であるとする趣旨にほかならない。
原判決はこれと同趣旨に出でたものであつて誤りはない。所論引用の東京高等裁判
所判例は、不正の利益について、これを得る行為の態様についてなんら説示せず、
被告人がその利益を得るために当該入札における公正な価格が害せられたか否かに
よつて定むべきものとするのであるが、この趣旨が前示のように抽象的危険の有無
を示したにすぎなければ判例違反の問題を生じないし、またそうでなく具体的な危
険の有無のみによつてその性質を定むべきものとするにあれば、これと相容れない
異なる趣旨の高等裁判所判例も存するところであつて(昭和二九年(う)一四九四
号、一五〇一号同年一一月二五日福岡高裁第三刑事部判決、高裁刑事裁判特報一巻
一一号四九四頁。昭和二九年(う)自九二四号至九二六号同年一一月三〇日福岡高
裁第三刑事部判決、高裁刑事判例集七巻一〇号一六一〇頁)本件判決により、前記
東京高等裁判所判例は、変更せられたものと認むべきものである。
 次に所論(二)は、本件適用法条前段にいう「公正ナル価格ヲ害スル目的ヲ以テ」
の解釈について原判決を非難し、所論引用の東京高等裁判所判例に違反すると主張
する。しかし「公正ナル価格」の意義については、木村弁護人の論旨について説示
したとおりであるほか、所論引用の東京高裁判決が所論摘示のように、当該事案に
おける判示の場合においては、その最後の随意契約により締結された価格を談合に
より形成された価格と認めるべきであるとしたに止まり、一般的にかかる判断を示
したものと認めることはできない。従つて判例違反の主張は当らない。(なお右東
京高裁判例が一般的判断を示したものとすれば、その後において前掲木村弁護人の
論旨に対する説示に引用した当裁判所第一小法廷の判例が、法条前段の目的で競争
者が互いに通謀しある特定の者をして契約者たらしめるため、他の者は一定の価格
以下または以上に入札しないことを協定するだけで足り、それ以上その協定に従つ
て行動したことを必要とするものでないとする判示により、この趣旨と相容れない
限度において判例としての効力を失つたものと解すべきである)。従つて所論は法
令違反の主張たるにすぎず、かつ原判決の判断は右引用当裁判所判例に適合しなん
ら違法ではない。
 同第二点について。
 所論は、事実誤認、法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らな
い。
 被告人Lの弁護人阿部正一の上告趣意について。
 所論は、憲法二八条違反をいうが、その実質は、事実誤認、採証法則または法令
に違反すると主張するにすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして原判
決の挙示する証拠と判示説明とを対照すれば、原審の判断は正当であつて、所論の
ような違法はない。
 被告人Aの弁護人大高三千助の上告趣意第一点第二点について。
 所論は、いずれも単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当
らない。(所論第一点は適用法条前段、同第二点は、同後段の解釈について原判決
を非難するのであるが、その趣旨については、木村弁護人の論旨に対し説示したと
おりであり、原判決の判断は正当であつて所論のような違法はない。)
 その他記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
  昭和三二年一月二二日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    垂   水   克   己

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