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平成23年5月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10286号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年5月19日
判決
原告ノマディックス・
インコーポレイテッド
同訴訟代理人弁理士奥山尚一
有原幸一
松島鉄男
河村英文
吉田尚美
中村綾子
深川英里
森本聡二
角田恭子
広瀬幹規
田中祐
徳本浩一
渡辺篤司
奥山尚男
被告特許庁長官
同指定代理人宮田繁仁
石井研一
廣瀬文雄
板谷玲子
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのた
めの付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2008-11490号事件について平成22年4月28日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記
2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成
り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとお
り)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)出願手続(甲5)及び拒絶査定
ノマディックス・リミテッド・ライアビリティ・カンパニーは,平成10年3月
12日,発明の名称を「ノーマッド変換器またはルータ」とする特許を出願した
(特願平10-539771。パリ条約による優先権主張:平成9年(1997
年)3月12日,アメリカ合衆国)。
原告は,同社から特許を受ける権利の譲渡を受け,平成15年5月15日,特許
庁長官に対し,その旨の名義人変更を届け出た。
原告は,平成20年1月23日付けで拒絶査定を受け(甲10),同年5月7日,
これに対する不服の審判を請求した。
(2)審判手続及び本件審決
特許庁は,これを不服2008-11490号事件として審理し,平成22年4
月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その審決謄
本は,同年5月11日,原告に送達された。
2本願発明の要旨
本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおり
である。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所である。以下,特許請求の範囲の
請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲9,
図面につき甲5)を「本願明細書」という。
基地装置に接続される端末を通信システムに接続する変換器であって,/端末に
接続するための第1インターフェースと,/前記システムに接続するための第2イ
ンターフェースと,/前記第1及び第2のインターフェースに接続されたプロセッ
サとを備え,/前記プロセッサは,前記システムの設定を決定するため前記端末か
ら伝送されたデータを,前記第1インターフェースを介して,インターセプトし,
/前記プロセッサは,前記端末と前記システムの設定から,前記端末から伝送され
たデータが,前記データが前記システムに通信されるために,変換を必要とするか
否かを決定し,前記システムと通信されるために変換を要求する前記データの一部
を変換し,変換された前記データを前記第2インターフェースを介して前記システ
ムに伝送する/変換器
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記引用例に記載された発明
に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29
条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
引用例:佐藤豊「多目的プロキシ・サーバDeleGateの機能詳細-アク
セス/経路制御とプロトコル変換」インターフェース21巻9号(平成7年9月1
日CQ出版株式会社発行)130-146頁
(2)本件審決は,その判断の前提として,引用例に記載された発明(以下「引
用発明」という。),本願発明と引用発明との一致点及び相違点を,以下のとおり
認定した。
ア引用発明:内部サーバを外部のクライアントが属するインターネットに公開
するプロキシ・サーバ(DeleGate)を備えたファイアウォール・マシンで
あって,前記内部サーバから伝送された応答メッセージを,受信し,前記内部サー
バから伝送された応答メッセージが,前記応答メッセージが前記インターネットに
通信されるために,書換えを必要とするか否かを決定し,前記インターネットと通
信されるために書換えを要求する前記応答メッセージの一部を書き換え,書き換え
された前記応答メッセージを前記インターネットに中継するプロキシ・サーバ(D
eleGate)を備えたファイアウォール・マシン
イ一致点:通信装置を通信システムに接続する変換器であって,前記通信装置
から伝送されたデータを,受信し,前記通信装置から伝送されたデータが,前記デ
ータが前記システムに通信されるために,変換を必要とするか否かを決定し,前記
システムと通信されるために変換を要求する前記データの一部を変換し,変換され
た前記データを前記システムに伝送する変換器
ウ相違点1:「通信装置」に関し,本願発明は「端末」であるのに対し,引用
発明は「内部サーバ」である点及びこれに関連して,本願発明の「端末」は「基地
装置に接続される」のに対し,引用発明の「内部サーバ」はこのような要件がない

エ相違点2:「変換器」の構成要素に関し,本願発明の「変換器」は「端末に
接続するための第1インターフェースと,前記システムに接続するための第2イン
ターフェースと,前記第1及び第2のインターフェースに接続されたプロセッサ」
とを備えるのに対し,引用発明の「ファイアウォール・マシン」はこれら構成要素
の明記がない点
オ相違点3:「受信」動作に関し,本願発明は「前記プロセッサは,前記シス
テムの設定を決定するため」前記端末から伝送されたデータを,「前記第1インタ
ーフェースを介してインターセプト」するのに対し,引用発明の受信動作において
はこれらの要件を欠く点
カ相違点4:「変換」,「伝送」動作に関し,本願発明は,「前記プロセッサ
は,前記端末と前記システムの設定から」データ変換の必要性を決定し,変換され
たデータを「前記第2インターフェースを介して」伝送するのに対し,引用発明の
「書き換え」,「中継」動作においてはこれらの要件を欠く点
4取消事由
容易想到性の判断の誤り
(1)引用発明の認定及び一致点の認定の誤り(取消事由1)
(2)相違点1についての判断の誤り(取消事由2)
(3)相違点3,4についての判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1(引用発明の認定及び一致点の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)技術分野の相違に基づく認定の誤りについて
引用発明と本願発明とは,広くは電子通信の分野に属するものであるが,具体的
に見ると,引用発明が一般に固定されたLANシステムの運用に関するプロキシ・
サーバの分野に属するものであり,本願発明が持ち運びできる端末(コンピュー
タ)の通信環境設定の自動化のための変換器(ルータ)の分野に属するという,そ
れぞれ全く異なる分野に属するものである。引用発明と本願発明との技術分野の同
一性あるいは類似性を前提としている本件審決は,誤りである。
なお,発明は,目的,構成,効果等の側面からとらえられるべきものであって,
目的と効果が全く違うものを一律に同一技術分野にあるとはいわない。また,本願
発明は,ファイアウォール機能だけでなく,様々な機能を有している。
(2)引用発明の認定の誤りについて
引用例における動作は,単に表を利用してあるアドレスをあらかじめ決めた対応
関係にある別のアドレスに変換しているにすぎないのであるから,「決定」と呼べ
るような判断あるいは能動的な動作は,引用例に記載の動作段階では全く行ってい
ない。それにもかかわらず,本件審決は,それがあるように認定しており,誤りで
ある。
具体的には,引用発明を「書換えを必要とするか否かを決定し」と認定している
のは,引用例記載の「ファイアウォール・マシン」が何らの決定もしないことに鑑
みて,誤りである。
(3)一致点の認定の誤りについて
ア「応答メッセージ」と「データ」について
本件審決は,引用発明の「応答メッセージ」とあるのを「データ」と読み替えよ
うとしているが,それは,技術の内容を無視したもので,誤りである。
「応答メッセージ」は「データ」の範疇に入るが,「データ」が必ずしも「応答
メッセージ」あるいは何らかのアクションがあってそれに応答するデータであろう
はずもなく,このような上位概念化は誤りである。
イ「インターセプト」と「受信」について
本件審決は,本願発明の「インターセプト」を「受信」と読み替えようとしてい
るが,技術の内容を無視したものである。「インターセプト」は,「(通信文・送
信などを)盗み見る,盗聴(傍受)する。」意味であって(甲12,13),意図
された届け先とは無関係に受信することであり,それを「受信」と同一視すること
は,技術の内容を無視しており,明らかな誤りである。
ウ「中継」と「伝送」について
同様に,あるデータを受けてそのまま送ること,つまり中間で受け継ぐという意
味のある「中継」と,データの中継ぎも含むが新たに生み出されたあるいは変換さ
れたデータを伝え送ることも含み得る「伝送」とを同一視することも,無謀という
ほかはない。
エよって,「通信装置から伝送されたデータを,受信し」及び「変換された前
記データを前記システムに伝送する」を一致点とした本件審決の認定は,誤りであ
る。
また,上記(2)のとおり,引用発明においては「ファイアウォール・マシン」に
よる「決定」がされていないのであるから,一致点とはなり得ない。
〔被告の主張〕
(1)技術分野の相違に基づく認定の誤りについて
原告は,本願発明が持ち運びできる端末(コンピュータ)の通信環境設定の自動
化のための変換器(ルータ)の分野に属する旨主張するが,そもそも「持ち運びで
きる」とか「通信環境設定の自動化」などという構成要件は,請求項に記載されて
いないから,請求項の記載に基づかない原告の主張は,失当である。
また,引用発明は「ファイアウォール・マシン」であるが,ファイアウォール・
マシンがルータの一種であること,あるいはファイアウォール機能を備えたルータ
は,技術常識あるいは周知技術であって(乙1~3),本願発明の変換器(ルー
タ)が,引用発明と同一あるいは類似の技術分野に属するものであることは明白で
ある。
(2)引用発明の認定の誤りについて
原告は,引用例は「決定」と呼べるような判断・動作を行っていない旨主張する
が,引用例の手順は,ファイアウォール・マシン上で動作するソフトウェアとして
のプロキシ・サーバ(DeleGate)の動作手順に関する記述であるから,ソ
フトウェアを実行するファイアウォール・マシンのプロセッサがプログラム命令と
してのソフトウェアの記述に従って実行する手順である。
したがって,手順(3)の「サーバAからの応答メッセージに,内部サーバBへ
のポインタhttp://B/b1が含まれている」か否かの判断,手順(4)の「マウン
ト・テーブル」に対応する書換え規則があるか否かの判断,及び書換えを行うか否
かの「決定」が,プロセッサにより能動的な動作として行われるから,引用発明が
「書換えを必要とするか否かを決定」するとした本件審決の認定に誤りはない。
なお,引用例記載の「ファイアウォール・マシン」も,例えばファイアウォール
として,中継の許可と不許可を制御するアクセス制御機能により外部からの不正な
パケットの侵入を防ぐなどの動作を行うために,当然に不正なパケットの侵入か否
かの判断・決定を行っている。
(3)一致点の認定の誤りについて
ア「応答メッセージ」と「データ」について
引用発明の「応答メッセージ」が「データ」の範疇に入ることは原告も認めると
ころであるが,本件審決の一致点の認定では,本願発明と引用発明の対応する構成
要件を,それぞれに対比判断したものにすぎず,引用発明の「応答メッセージ」が
本願発明の「データ」に対応する構成要件であることも明らかであるから,一致点
の認定に誤りはない。
なお,原告は,「データ」が必ずしも「応答メッセージ」あるいは何らかのアク
ションがあってそれに応答するデータではないとも主張するが,本件審決は,「デ
ータ」が「応答メッセージ」であると認定しているのではなく,「応答メッセー
ジ」が「データ」であると認定しているのであり,原告の上記主張は,本件審決を
正解しないものである。
イ「インターセプト」と「受信」について
本願発明の「インターセプト」は,引用発明の「受信」に対応する構成要件であ
り,「傍受する」との解釈も含まれるが,「傍受」とは「受信」の一種であるか
ら,本件審決が,本願発明の「インターセプト」と引用発明の「受信」が「受信」
の点で一致するとした認定に,誤りはない。
ウ「中継」と「伝送」について
本願発明の「伝送」に「データの中継ぎ」が含まれるのであれば,引用発明の
「中継」が「伝送」であるとした本件審決の認定に論理矛盾はないから,原告の主
張は当を得ない。
また,仮に,本願発明の「伝送」を原告主張のとおり解釈しても,引用発明にお
いても,受信したメッセージ(データ)の一部を「書換え」(変換)して中継する
のであり,受信したデータを変換して送信するという意味において,本願発明と実
質的な動作に変わりはない。
2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)「変換」について
引用例の「マウント機能」は,アプリケーションレベルにおけるパケットを操作
するのみであり,表面的に情報資源の識別名を書き換えるのにすぎないのに対し,
本願発明の「変換器」は,プロトコルスタックのリンク層,ネットワーク層,移送
層,アプリケーション層における変換を行うものであり,本件審決は,引用発明を
拡大解釈した誤りがある。
(2)「端末」について
本願発明の「端末」は,接続される基地装置に対応したコンフィギュレーション
がされている,あるいは,基地装置に接続された状態に適合するようにコンフィギ
ュアされた端末であるところ,本件審決は,この点を無視した誤りがある。
(3)よって,相違点1は格別のものではないとした本件審決の判断は,誤りで
ある。
〔被告の主張〕
(1)「変換」について
そもそも,本願発明は,「データの一部を変換」するのみであって,原告主張の
ように,「プロトコルスタックのリンク層,ネットワーク層,移送層,アプリケー
ション層における変換を行う」という構成要件は,請求項に記載がないから,原告
の主張は,請求項の記載に基づかないものであって,失当である。
仮に,本願発明のデータ「変換」が,原告主張のとおりであったとしても,本願
発明はデータの「一部」を変換するのみであって,「アプリケーション層における
変換」のみの場合をも含むものであり,引用発明の「マウント機能」におけるアプ
リケーションレベルのパケット操作と大差のないものであるから,この点を引用発
明から容易に想到できるとした本件審決の判断に誤りはない。
さらに,仮に,本願発明のデータ「変換」が,プロトコルスタックの複数の層に
おける「変換」をも含むものであったとしても,引用発明は「プロキシ・サーバ
(DeleGate)を備えたファイアウォール・マシン」であるから,本願明細
書の図7Eと図7Fの構成を兼ね備えたものである。そうすると,引用発明もプロ
トコルスタックの複数の層における「変換」を行うものであるから,引用発明につ
いて特段の拡大解釈はなく,またこの解釈における本願発明との実質的な相違もな
い。
(2)「端末」について
本願発明には,「端末」に関して「接続される基地装置に対応したコンフィギュ
レーションがされている」,あるいは,「基地装置に接続された状態に適合するよ
うにコンフィギュアされた」などの構成要件は記載されておらず,原告の主張は請
求項の記載に基づかないものであって,失当である。
仮に,原告主張の「コンフィギュレーション」,「コンフィギュア」が,本願発
明の「設定」ないし「システムの設定」に相当する事項であるとしても,本願発明
は(変換器に備えられた)プロセッサが,「システムの設定を決定するため前記端
末から伝送されたデータを,前記第1インターフェースを介して,インターセプ
ト」し,「前記端末と前記システムの設定から,前記端末から伝送されたデータ
が,前記データが前記システムに通信されるために,変換を必要とするか否かを決
定」するのであるから,端末が「設定」(コンフィギュア)されているとの解釈は
生ずるものではない。したがって,この点においても,原告の主張は請求項の記載
に基づかないものである。
さらに,この「システムの設定」に関して,本件審決では,相違点3を認定し,
判断しているから,原告の主張は,本件審決を正解しないものである。
3取消事由3(相違点3,4についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)インターセプトと「変換」,「伝送」及び「プロセッサ」について
本件審決は,引用発明における「受信」も,「インターセプト」といえ,これら
の「インターセプト」と「変換」及び「伝送」の動作がプロセッサによりされるこ
と,並びにその際にデータが「前記第1インターフェースを介して」インターセプ
トされ,「前記第2インターフェースを介して」伝送されることも,自明な帰結に
すぎないと判断した。
しかし,「インターセプト」と「受信」とを同一視するのが誤りであることは前
記1のとおりであり,インターセプトを「変換」,「伝送」及び「プロセッサ」と
組み合わせることが自明であるとした点は,特許法29条2項が出願日あるいは優
先日を基準に判断して,本願発明の存在を前提とした事後分析的な解釈を禁じたこ
とに違反している。すなわち,何らの根拠も前提も示すことなく,本願発明の文脈
で,プロセッサがインターセプトし,変換し,伝送することが出願日あるいは優先
日において自明であったといっているのにほかならず,誤った判断である。
(2)「設定のためのデータが送られる」について
本件審決は,設定のためのデータが送られるのは当然のことにすぎないと認定し
たが,インターセプトされるデータを用いることは,そのデータの元々の目的とさ
れる対象以外による使用を意味するのであるから,「設定のためのデータが送られ
る」ということ自体に事実の誤認がある。
(3)「変換」の必要性について
本件審決は,変換の必要性も格別のことではないと判断したが,あらかじめ定め
て記憶したテーブルに基づいて変換することは,プロセッサが変換の必要性を判断
するのとは全く異なる動作というべきである。
本願発明における変換は,請求項1において特定したように「前記データが前記
システムに送信されるために」変換するものであり,プロトコルスタックのリンク
層,ネットワーク層,移送層,アプリケーション層における変換を行うものであっ
て,そのより詳しい内容は,本願明細書の「パケット変換」の項に記載されている。
これに対し,引用例のプロキシ・サーバは,クライアントとインターネットの間
に接続され,プロキシ・サーバが受信したデータを,プロキシ・サーバが有するマ
ウント・テーブルに基づいて,その目的先の識別情報を変換して送信する。しかし,
引用例におけるデータはクライアントが送信した時点ですでにインターネット用に
コンフィギュアあるいは設定されているものであって,インターネットという通信
システムでの送信を前提にしており,通信システムへの送信を目的にして変換する
ものではない。つまり,引用例においては,目的先の識別情報の変換しか開示して
おらず,本願発明のような広範な変換の可能性は開示も示唆もしていないし,本願
の請求項1に特定したように「前記システムに通信される」ための変換を行うもの
ではない。
(4)本願発明における「インターセプト」と「変換」について
本願発明における「インターセプト」と「変換」について付言すると,本願発明
は,本願発明の端末のコンフィギュレーションに関する学習を行うためにデータを
インターセプトするものであり,通信システムについて学習した上でパケット変換
を行うものであって,本件審決は,総体として引用発明の恣意的な拡大解釈あるい
は上位概念化と本願発明の矮小化をした誤りがある。
(5)進歩性について
本願発明において,通常,端末は,その端末が通常接続される基地装置と通信す
るように設定(コンフィギュア)されており,本願発明は,端末が移動などの理由
により別の装置(ルータ等)に接続された場合に,端末の設定の変更が必要になる
という問題を解決するための変換器を提供するものである。
本願発明の重要な特徴を要約すると,①端末から伝送されたデータをインターセ
プトし,②通信システムの設定を決定し,③端末と通信システムの設定から,端末
から伝送されたデータが,通信システムに通信されるために変換が必要か否かを決
定し,④変換を要求するデータの一部を変換して,変換されたデータを通信システ
ムに伝送するものであり,いずれの構成要件も引用例に記載はなく,特許法29条
2項に該当しない。
〔被告の主張〕
(1)インターセプトと「変換」,「伝送」及び「プロセッサ」について
ア本件審決は,相違点3の判断において,引用発明の「受信」も,中継にお
ける受信であるから,「インターセプト」といえるとした。補足すれば,中継とは
最終的な目的地,宛先があって行うことであり,最終的な宛先を意識する送信元か
ら見れば,その中間における受信は,これをいったん横取り,傍受するに類するこ
とであるから,この中継における受信をインターセプト(intercept)とみること
は容易に想到できると判断したものである。したがって,引用発明における「受
信」も,中継における受信であるから,これを「インターセプト」といえるとした
本件審決の判断に誤りはない。
イ本件審決は,変換器の構成要素としての「プロセッサ」に関しては,相違
点2の判断において周知例として本願出願日前の公知文献を複数示し,2つの「イ
ンターフェース」の存在とともに,上記周知例は,いずれも,データの変換処理を
行うため2つのインターフェースに接続された変換手段をも開示するものであっ
て,この変換手段を「プロセッサ」(processor:データ処理装置)として実現す
ることも適宜の慣用手段であるから,「前記第1及び第2のインターフェースに接
続されたプロセッサ」を備える点も格別のことではないと判断したが,この点は原
告も争いのないところである。
そして,本件審決の相違点3の判断では,このような「プロセッサ」と2つの
「インターフェース」の存在をもとに,「プロセッサ」の変換機能及び2つの「イ
ンターフェース」と「プロセッサ」の接続関係より自明な帰結であるとして,「変
換」及び「伝送」の点についても判断したものであり,本願出願日前の証拠に基づ
く根拠,前提を明示した判断である。
(2)「設定のためのデータが送られる」について
請求項1の記載によれば,本願発明について「システムの設定を決定するため」
のデータが端末から伝送されると解釈した本件審決の認定・判断には,何ら誤認・
矛盾のないものである。
仮に,例えば,本願発明を「システムの設定を決定するため」(プロセッサが,
前記端末から伝送されたデータを,前記第1インターフェースを介して)「インタ
ーセプトし」と解釈したとしても,結果的に「端末から伝送されたデータ」が「シ
ステムの設定を決定するため」に用いられるのであり,そのデータは「設定のため
のデータ」といい得るものであるから,本件審決の認定・判断に誤りはない。
(3)「変換」の必要性について
ア引用例のマウント・テーブルの書換え規則に基づく書換えの判断・決定は,
プロセッサにより能動的な動作として行われるのであるから,本願発明のようにプ
ロセッサが変換の必要性を判断するといえ,ともに同様な動作である。
イ本願発明には「データの一部を変換」するとあるのみであって,原告主張の
ような「プロトコルスタックのリンク層,ネットワーク層,移送層,アプリケーシ
ョン層における(広範な)変換」をうかがわせるような記載は,請求項にない。原
告の主張は,請求項の記載に基づかないものであって,失当である。
また,仮に,本願発明が原告主張のような広範な「変換」を含意するものであっ
たとしても,この点を引用発明から容易に想到できるとした本件審決の判断の結論
に誤りはない。
(4)本願発明における「インターセプト」と「変換」について
原告の主張する,端末のコンフィギュレーションに関する学習を行うためにデー
タをインターセプトする通信システムについて,学習した上でパケット変換を行う
等の構成要件は,請求項に記載がない。
仮に,本願発明がインターセプトしたデータに基づいて学習する構成を含意する
としても,ネットワーク間においてデータの中継・転送を行う中継機器・ブリッジ
装置が,自分宛ではないデータに基づいて(すなわち,データをインターセプトし
て)学習を行うことは慣用の周知技術であるから(乙4,5),これを引用発明に
適用して本願発明に至ることは,容易なことにすぎない。
また,仮に,原告の主張における「端末のコンフィギュレーション」を本願発明
の「システムの設定」と解するとしても,端末の設定は,データを送り出す端末側
から見れば,通信の相手先を含むネットワーク,すなわちシステムの設定であるコ
ンフィギュレーションともいえるものであるから,コンフィギュレーションに関す
る学習の点も周知技術の適用に相当するものであり,本件審決の結論に誤りはな
い。
(5)進歩性について
原告が主張する要件は,請求項には記載のないものであるし,仮にこれらの問
題,課題を本願発明の前提として認めたとしても,固定の通信網からいわゆるモバ
イルな移動体通信への流れは本願出願前既に一般的なものであって,携帯電話機の
端末が基地局のエリアをまたいで移動する際に現在所属する基地局との通信が可能
なように常時設定を変更,更新するものであることも,同様に本願出願前周知のこ
とである。
よって,本願発明は引用例等の記載から容易に発明し得たものであって,本願発
明が特許法29条2項に該当するとした本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1本願発明について
本願明細書(甲9)には,以下の記載がある。
(1)本願発明は,「ノーマッド変換器又はルータ」(以下「変換器」とい
う。)によって,端末が接続される通信システムが変更された場合に,端末の設定
を変更することなく自動的に変更された通信システムと通信できるようにすること
を課題とした発明である。
(2)この課題を解決するために,本願発明の「変換器」は,特許請求の範囲の
請求項1に記載されたとおり,それぞれ第1インターフェース及び第2インターフ
ェースを介して端末及び通信システムに接続されたプロセッサを備え,「システム
の設定を決定するため」,端末から送信されたデータを「インターセプト」し,端
末と通信システムの設定に基づいて,端末からのデータを通信システムに送信する
ために変換が必要か否かを決定し,変換が必要な場合はデータの一部を変換して通
信システムに伝送する構成としたものである。
上記変換器による「変換」に関し,端末は永久アドレスを,また,変換器はルー
タアドレスを有し,端末から通信システムに送信される出力データに含まれる端末
のソースアドレス(永久アドレス)を変換器のアドレスに置き換えて,出力データ
を通信システムに中継し,一方,変換器のアドレスを宛先アドレスとする入力デー
タを通信システムから受信すると,宛先アドレスを変換器のアドレスから永久アド
レスに置き換えて,入力データを端末に中継する。
2取消事由1(引用発明の認定及び一致点の認定の誤り)について
(1)引用例について
引用例(甲1)には,以下の記載がある。
ア引用例(甲1)には,「DeleGate」と呼ばれるプロキシ・サーバに
ついて記載されており,「DeleGate」は,インターネット・プロトコル上
の各種アプリケーション・プロトコルをアプリケーション層で中継するシステムで
あること,ファイアウォールにおけるアクセス制御だけでなく,「マウント機能」
を含む多様な付加価値機能を提供する多目的の中継サーバであることが記載されて
いる。
イ引用例において,「マウント機能」は,サーバ/クライアント間の双方向の
通信に含まれる情報資源の識別名(URL)を書き換えて中継する機能であり,フ
ァイアウォール内部にあるサーバA,Bを外部に公開したい場合,書換え規則を
「http://X/a/*←→http://A/*」「http://X/b/*←→http://B/*」(*は,任
意の文字列を表す。)とする「マウント・テーブル」に定義し,クライアントから
内部のサーバへのアクセスは,以下のような手順で中継される(図8)。
「(1)クライアントが,特定のURL(http://X/a/a1)の指す資源を要求
すること。
(2)「DeleGate」は,マウント・テーブルを見て,要求中のURL
(http://X/a/a1)をテーブルに定義されたURL(http://A/a1)に書き換え,
その結果サーバAに接続して取得要求を送ること。
(3)サーバAからの応答メッセージに内部サーバBへのポインタ(http://
B/b1)が含まれていること。
(4)「DeleGate」は,マウント・テーブルにより,ポインタ
(http://B/b1)をポインタ(http://X/b/b1)に書き換えて,クライアントに中
継すること。」
このとき,内部サーバAからの応答メッセージに含まれる,ファイアウォール外
部にあるサーバYへのポインタ(http://Y/y1)については,マウント・テーブル
に含まれていないため,書き換えることなくクライアントに中継されている。
(2)引用発明の認定
ア上記(1)の記載によると,引用発明は,内部サーバを外部のクライアントが
属するインターネットに公開するプロキシ・サーバ(DeleGate)を備えた
ファイアウォール・マシンである。そして,引用例に記載された「DeleGat
e」は,「マウント機能」,すなわち,「内部サーバから伝送された応答メッセー
ジを受信し,当該メッセージが,インターネット(クライアント)に通信されるた
めに書換えを必要とするか否かを決定し,インターネット(クライアント)と通信
されるために必要な応答メッセージの一部を書き換え,書き換えされた応答メッセ
ージをインターネット(クライアント)に中継する機能」を備えたものということ
ができる。
イ原告は,引用発明の「ファイアウォール・マシン」は,表を利用してアドレ
スを変換しているにすぎず,能動的な「決定」は行っていないから,「書換えを必
要とするか否かを決定し」との認定は誤りであると主張する。
しかしながら,引用発明の「ファイアウォール・マシン」が,ソフトウェアによ
り動作するコンピュータシステムであることは,その記載から明らかであり,「マ
ウント機能」がマウント・テーブルを利用しているからといって,能動的な「決
定」を行っていないということはできない。すなわち,引用発明は,上記のとおり,
サーバAからの応答メッセージに含まれている内部サーバBへのポインタがマウン
ト・テーブルに定義されている場合は,ポインタを書き換えてクライアントに中継
し,一方,マウント・テーブルに定義されていないポインタについては,書き換え
ることなくクライアントに中継していることから,マウント・テーブルに基づいて,
書換えを必要とするか否かを決定しているということができる。
ウよって,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。
(3)一致点の認定
ア「通信装置から伝送されたデータを,受信し」及び「変換された前記データ
を前記システムに伝送する」について
原告は,まず,本件審決が「通信装置から伝送されたデータを,受信し」及び
「変換された前記データを前記システムに伝送する」を一致点としたことが誤りで
あると主張する。
(ア)「応答メッセージ」と「データ」について
前記(2)認定の引用発明における「応答メッセージ」は,コンピュータであるこ
とが明らかな内部サーバから伝送されるものであり,本願発明における端末から伝
送される「データ」と同様,「データ」といえることは,技術常識である。なお,
原告も「応答メッセージ」が「データ」の範疇に含まれることは自認するところで
ある。
(イ)「インターセプト」と「受信」について
引用発明は,「内部サーバから伝送された応答メッセージを受信」するものであ
り,他方,本願発明は,「端末から伝送されたデータを…インターセプト」するも
のであるから,引用発明と本願発明とは,いずれもデータを「受信」している点で
共通する。
原告は,「インターセプト」に傍受するという意味も含まれ(甲12,13),
傍受とは意図された届け先と無関係に受信することであって,「受信」とは異なる
と主張するが,原告も自認するとおり,「インターセプト」がデータの「受信」を
前提としていることは明らかである。
なお,本件審決は,本願発明の「インターセプト」と引用発明の「受信」とが,
「受信」の点で一致するとした上で,両者の相違を,相違点3として認定し,判断
している。
よって,引用発明における「内部サーバから伝送された応答メッセージを,受信
し」と,本願発明における「端末から伝送されたデータを…インターセプトし」と
を対比し,「通信装置から伝送されたデータを,受信し」を一致点とした本件審決
の認定に誤りはない。
(ウ)「中継」と「伝送」について
引用発明は,「書換えされた応答メッセージをインターネットに中継する」もの
であるところ,「中継」は「伝送」の一態様である。
よって,引用発明の「中継」が「伝送」であるとした上で,引用発明における
「書換えされた前記応答メッセージを前記インターネットに中継する」と,本願発
明における「変換された前記データを前記第2インターフェースを介して前記シス
テムに伝送する」とを対比し,「変換された前記データを前記システムに伝送す
る」を一致点とした本件審決の認定に誤りはない。
イ「決定」について
前記(2)のとおり,引用発明の「ファイアウォール・マシン」は,「書換えを必
要とするか否かを決定」しているということができるから,「変換を必要とするか
否かを決定」を引用発明と本願発明との一致点とした本件審決の認定に誤りはない。
ウ以上のとおり,本件審決の一致点の認定に誤りはない。
(4)原告の主張について
ア原告は,引用発明は,固定されたLANシステムの運用に関するプロキシ・
サーバの分野に属するものであるのに対し,本願発明は,持ち運びできる端末(コ
ンピュータ)の通信環境設定の自動化のための変換器(ルータ)の分野に属するも
のであり,また,ファイアウォール機能だけでなく,様々な機能を有しており,そ
の目的,機能が異なることからも,同一技術分野に属するとはいえないと主張する。
イしかしながら,引用発明の「ファイアウォール・マシン」は,インターネッ
ト・プロトコル上の各種アプリケーション・プロトコルをアプリケーション層で中
継するシステム,すなわち,コンピュータが通信システムを介して通信するための
装置である。そして,上記のとおり,「内部サーバから伝送された応答メッセージ
を受信し,内部サーバから伝送された応答メッセージが,インターネット(クライ
アント)に通信されるために書換えを必要とするか否かを決定し,インターネット
(クライアント)と通信されるために書換えが必要な応答メッセージの一部を書き
換え,書き換えされた応答メッセージをインターネット(クライアント)に中継す
る」マウント機能を備えている。
他方,本願明細書には,本願発明の「変換器」の機能として,コンピュータがネ
ットワーク(インターネット)を介して通信するために,端末から通信システムに
送信される出力データに含まれる端末のソースアドレス(永久アドレス)を変換器
のアドレスに置き換えて,出力データを通信システムに中継し,一方,変換器のア
ドレスを宛先アドレスとする入力データを通信システムから受信すると,宛先アド
レスを変換器のアドレスから永久アドレスに置き換えて,入力データを端末に中継
することが記載されている。
そうすると,引用発明と本願発明とは,いずれも,コンピュータが通信システム
(ネットワーク)を介して通信するための装置であって,コンピュータと通信シス
テムとの間で通信されるデータの一部を,書き換え又は置き換えて中継するもので
あり,その用途,目的及び機能において共通するものであり,両者は,同一技術分
野に属するということができる。なお,本願発明の請求項に特定された機能は,端
末から通信システムに送信されるデータを変換する機能のみであるから,仮に本願
発明が持ち運びできる端末の通信環境設定の自動化に関するものであるため,引用
発明に対し,その自動化に係る「変換器」が様々な機能を有しているとしても,引
用発明と技術分野が異なる理由とはならないことはいうまでもない。
ウまた,引用発明の「ファイアウォール・マシン」をルータの一種ということ
ができ,引用発明と「ノーマッド変換器またはルータ」である本願発明とが同一の
「ルータ」の技術分野に属するものであることは,本件出願前の刊行物(乙1~
3)の記載からも,裏付けられる。
(5)小括
以上のとおり,取消事由1は理由がない。
3取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
(1)相違点1の容易想到性について
ア相違点1は,「通信装置」に関し,本願発明は「端末」であるのに対し,引
用発明は「内部サーバ」である点及びこれに関連して,本願発明の「端末」は「基
地装置に接続される」のに対し,引用発明の「内部サーバ」はこのような要件がな
い点である。
イ本願発明の「端末」は,「変換器」を介して通信システムの「基地装置」に
接続されるものであり,「変換器」は,端末から送信されたデータの一部を変換し
て,通信システムに伝送する構成としたものである。なお,「基地装置」とは,そ
の端末が標準的に接続され,基地インターネット又はIPアドレスに対応するネッ
トワーク,ゲートウェイ又は他の通信システムである(甲9)。
他方,引用発明の「内部サーバ」は,プロキシ・サーバ「DeleGate」を
備えた「ファイアウォール・マシン」を介してインターネット(通信システム)に
接続されるものであるところ,「DeleGate」は,「内部サーバ」から伝送
された応答メッセージの一部であるURLを書き換え,インターネットに中継(伝
送)する「マウント機能」を備えている。インターネット通信システムの技術分野
において,サーバを「端末」とし,インターネットに接続されたルータ等の「基地
装置」に接続することにより,インターネットを介して通信を行うことが常套手段
であることに鑑みれば,引用発明は,「端末」としての「内部サーバ」が,「ファ
イアウォール・マシン」のプロキシ・サーバ「DeleGate」を介して,イン
ターネット通信システムの「基地装置」に接続され,端末から送信された応答メッ
セージ(データ)の一部を変換してインターネットに伝送する構成を,当然に含む
ものと認められる。
ウよって,相違点1は格別のものではないとした本件審決の判断に誤りはな
い。
(2)原告の主張について
ア「変換」について
原告は,本願発明の「変換器」は,プロトコルスタックのリンク層,ネットワー
ク層,移送層,アプリケーション層における変換を行うものであり,引用発明と機
能が異なると主張する。
しかしながら,本願発明における「変換器」による「変換」について,プロトコ
ルスタックのリンク層,ネットワーク層,移送層,アプリケーション層における変
換を行うものであることは,請求項に特定されておらず,原告の主張は,請求項の
記載に基づかないものである。
また,本願発明は,請求項1において,「変換器」による「変換」について,
「システムと通信されるために変換を要求する前記データの一部を変換し」と特定
されている。また,本願明細書には,「変換」に関し,コンピュータがネットワー
ク(インターネット)を介して通信するために,端末から通信システムに送信され
る出力データに含まれる端末のソースアドレス(永久アドレス)を変換器のアドレ
スに置き換えて,出力データを通信システムに中継し,一方,変換器のアドレスを
宛先アドレスとする入力データを通信システムから受信すると,宛先アドレスを変
換器のアドレスから永久アドレスに置き換えて,入力データを端末に中継するもの
であることが記載されている(甲9)。よって,「変換」は,データの一部である
「アドレス」の変換を含むものであると解される。
そうすると,本願発明の「変換器」による「変換」と,引用発明における,内部
サーバから伝送された応答メッセージの一部を書き換えインターネットに中継(伝
送)する「マウント機能」とは,「データの一部を変換」している点で一致する。
よって,本願発明の「変換器」と引用発明の「ファイアウォール・マシン」と
は,「変換」機能において差異はなく,原告の主張は理由がない。
イ「端末」について
原告は,本願発明の「端末」は,接続される基地装置に対応したコンフィギュレ
ーションがされている,あるいは,基地装置に接続された状態に適合するようにコ
ンフィギュアされた端末であると主張する。
しかしながら,本願発明の請求項には,「基地装置に接続される端末を通信シス
テムに接続する変換器」と特定されているところ,「基地装置に接続される端末」
にどのような設定がされているかについては,特に記載がない。
一方,引用発明の「内部サーバ」も,上記(1)のとおり,少なくとも「ファイア
ウォール・マシン」と通信可能に接続されている以上,接続される「ファイアウォ
ール・マシン」に対応した設定(コンフィギュレーション)がされていることは明
らかである。
したがって,引用発明の「内部サーバ」と本願発明の「端末」との実質的な差異
はなく,引用発明の「内部サーバ」を「端末」に置換することが容易に想到できる
とした本件審決の判断に誤りはない。
(3)小括
以上のとおり,取消事由2は理由がない。
4取消事由3(相違点3,4についての判断の誤り)について
(1)相違点3の容易想到性について
ア相違点3は,「受信」動作に関し,本願発明は,「システムの設定を決定す
るため」端末から伝送されたデータを「インターセプト」するのに対し,引用発明
の受信動作においては,これらの要件を欠く点である。
イまず,本願発明の「インターセプト」と引用発明の「受信」とが,端末又は
内部サーバから送信されたデータを「受信」している点で共通することは,前記2
のとおりである。
ウ本願発明は,「前記プロセッサは,前記システムの設定を決定するため前記
端末から伝送されたデータを,前記第1インターフェースを介して,インターセプ
トし」と特定されている。本願明細書には,「インターセプト」について,変換器
が端末(ホストコンピュータ)から送信されたデータ(パケット)の内容を見るこ
と,すなわち「インターセプト」することにより,端末がどのように設定されてい
るかについて学習すること(ホスト学習)は記載されているものの,端末から送信
されたデータにより「システムの設定を決定」することまでは記載されていない。
そうすると,上記発明特定事項について,変換器のプロセッサが端末から伝送され
たシステムの設定に係るデータ一般を「インターセプト」し受信することと解釈す
るのが自然である。
引用発明は,内部サーバからのデータを受信し,インターネットに中継するプロ
キシ・サーバを備えたファイアウォール・マシンである。一般に,端末から通信シ
ステムの設定に係るデータを送信することは常套手段であり,また,データを中継
するに当たり,データをその宛先にかかわらずいったん受信する,すなわち「イン
ターセプト」する必要があることは技術常識であることに鑑みれば,引用発明にお
いて,プロキシ・サーバが,内部サーバから伝送された通信システムの設定に係る
データを「インターセプト」して中継することは,当業者が容易に想到し得たもの
である。
エよって,相違点3は,当業者が容易に想到することができる。
(2)相違点4の容易想到性について
ア相違点4は,「変換」,「伝送」動作に関し,本願発明は,「端末とシステ
ムの設定から」データ変換の必要性を決定し,変換されたデータを伝送するのに対
し,引用発明の「書き換え」,「中継」動作においては,これらの要件を欠く点で
ある。
イしかしながら,引用発明は,前記2のとおり,サーバAからの応答メッセー
ジに含まれている内部サーバBへのポインタがマウント・テーブルに定義されてい
る場合は,ポインタを書き換えてクライアントに中継し,一方,マウント・テーブ
ルに定義されていないポインタについては,書き換えることなくクライアントに中
継する「マウント機能」を備えるから,マウント・テーブルに基づいて,書き換え
(変換)を必要とするか否かを決定しているということができる。
また,引用例の「マウント機能」の項の記載及び図8を参照すると,マウント・
テーブルは,「端末」である「内部サーバ」の設定(A,B)や,「通信システ
ム」における「クライアント」から見たプロキシ・サーバ「DeleGate」の
URLに基づいて定義されたものであるから,「端末と通信システムの設定」とい
うことができる。
そうすると,引用発明は,「端末と通信システムの設定」から,データ変換を必
要とするか否かを決定し,変換されたデータを伝送しているということができる。
よって,「変換」及び「伝送」動作において,本願発明との実質的な差異はない。
ウ以上のとおり,相違点4は格別のものではない。
(3)原告の主張について
ア原告は,本件審決は,設定のためのデータが送られるのは当然のことにすぎ
ないと認定したが,インターセプトされるデータを用いることは,そのデータの元
々の目的とされる対象以外による使用を意味するのであるから,「設定のためのデ
ータが送られる」ということ自体に事実の誤認があると主張する。
しかしながら,本願発明の発明特定事項は,上記(1)のとおり,変換器のプロセ
ッサが,端末から伝送されたシステムの設定に係るデータ一般をインターセプトし
受信することと解釈するのが自然であり,発明特定事項には,インターセプトされ
たデータを使用する目的や対象については特定されていないから,本件審決の認定
に誤りがあるということはできない。
なお,仮に「インターセプト」が,データの元々の目的とされる対象以外によっ
て使用されることを意味すると解釈しても,通信システム(ネットワーク)におい
て,ネットワークを流れるデータを,中継機器又はブリッジ装置,すなわちデータ
の元々の目的とされる対象以外の装置が受信し,ネットワークに接続されたノード
又は端末装置の設定を学習することは,本願の優先権主張日前において周知技術で
あったと認められるから(乙4,5),引用発明における「マウント・テーブル」
の設定にあたり,当該周知技術を適用することは,当業者が容易に想到し得たこと
ということができる。
イ原告は,本願発明は,端末の設定に関する学習を行うためにデータをインタ
ーセプトするものであり,通信システムについて学習した上でパケット変換を行う
ものであると主張する。
確かに,本願明細書には,「変換器」が,端末から送信されてきたパケットをイ
ンターセプトし,その内容を見ることによって,端末がどのように設定されている
のかについて学習できること(ホスト学習)が記載されているものの,本願発明の
請求項1には,本願発明の「変換器」が,端末から送信されたデータを学習するこ
とにより,端末や通信システムの設定を決定することは,特定されていない。
なお,仮に,本願発明が,データをインターセプトすることにより,端末や通信
システムについて学習した上でデータの変換(パケット変換)を行うものであると
しても,上記のとおり,ネットワークを流れるデータを,中継機器又はブリッジ装
置がインターセプトし,ネットワークに接続されたノード又は端末装置の設定を学
習することが,周知技術であったことに鑑みれば(乙4,5),本件審決の判断は,
結論において誤りはない。
ウ原告は,本願発明は,基地装置に対して標準的に接続される端末が別の装
置(ルータ等)に接続された場合,端末の設定の変更が必要になるという問題を解
決するための変換器を提供するものであり,本願発明の「変換器」(ノーマッドル
ータ)は,端末からの出力データが基地装置を宛先とするものであって,その変換
器を宛先とするものでなくても,インターセプトすることができる点で,従来のプ
ロキシ・サーバやゲートウェイとは異なると主張する。
しかしながら,前記3のとおり,本願発明の請求項1には,原告が主張する課題
に係る構成は特定されていないし,原告が主張する「インターセプト」の意義につ
いても,本願発明として特定されているということはできない。
そして,上記ア,イのとおり,通信システム(ネットワーク)において,ネット
ワークを流れるデータを,中継機器又はブリッジ装置,すなわちデータの元々の目
的とされる対象以外の装置が受信し,ネットワークに接続されたノード又は端末装
置の設定を学習することが周知技術であったことに照らすと,本願発明の「変換
器」が,従来のプロキシ・サーバやゲートウェイと格別異なるということはできな
い。
(4)小括
以上のとおり,取消事由3は,理由がない。
5結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求
は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官髙部眞規子
裁判官齋藤巌

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