弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成28年5月13日判決言渡
平成26年(行ウ)第52号国籍確認等請求事件
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1原告が日本国籍を有することを確認する。
2大阪入国管理局長が平成24年2月2日付けで原告に対してした出入国管理
及び難民認定法49条1項に基づく原告の異議の申出には理由がない旨の裁
決が無効であることを確認する。
3大阪入国管理局主任審査官が平成24年2月8日付けで原告に対してした退
去強制令書発付処分が無効であることを確認する。
第2事案の概要
本件は,ペルー共和国(以下「ペルー」という。)の国籍を有する原告が,
大阪入国管理局(以下「大阪入管」という。)入国審査官から出入国管理及び
難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)の退去強制
事由に該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨の認定を受け,大阪入管
特別審理官から上記認定は誤りがない旨の判定を受けたため,法務大臣に対し
て異議の申出をしたところ,法務大臣から権限の委任を受けた大阪入国管理局
長(以下「大阪入管局長」という。)から上記異議の申出には理由がない旨の
裁決(以下「本件裁決」という。)を受け,大阪入管主任審査官から退去強制
令書発付処分(以下「本件退令発付処分」という。)を受けたことから,原告
はペルー国籍に加え日本国籍をも有しており,この点を看過してされた本件裁
決及び本件退令発付処分がいずれも無効であるなどと主張して,原告が日本国
籍を有することの確認を求めるとともに,本件裁決及び本件退令発付処分の無
効確認を求める事案である。
1法令の定め
(1)入管法
入管法2条2号は,入管法における「外国人」は,日本の国籍を有しない
者をいう旨規定する。
(2)国籍法
ア昭和59年法律第45号(以下「昭和59年改正法」という。)による
改正前の国籍法(以下「旧国籍法」という。)
(ア)旧国籍法2条柱書は,子は,同条各号に掲げる場合には日本国民と
する旨規定し,その各号において,「出生の時に父が日本国民であると
き」(1号),「出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったと
き」(2号),「父が知れない場合又は国籍を有しない場合において,
母が日本国民であるとき」(3号),「日本で生れた場合において,父
母がともに知れないとき,又は国籍を有しないとき」(4号)を掲げて
いる。
(イ)旧国籍法9条は,外国で生まれたことによってその国の国籍を取得
した日本国民は,戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保する意
思を表示しなければ,その出生の時に遡って日本の国籍を失う旨規定す
る。
イ昭和59年改正法による改正後の国籍法(以下「新国籍法」という。)
昭和59年改正法(昭和60年1月1日施行)により,旧国籍法2条3
号が廃止され,新国籍法2条1号は,出生の時に父又は母が日本国民であ
るとき,子は日本国民とする旨の規定に改められた。
ウ昭和59年改正法附則(以下「附則」という。)
附則5条1項は,昭和40年1月1日から昭和59年改正法の施行の日
(昭和60年1月1日)の前日までに生まれた者(日本国民であった者を
除く。)でその出生の時に母が日本国民であったものは,母が現に日本国
民であるとき,又はその死亡の時に日本国民であったときは,施行日から
3年以内に,法務省令で定めるところにより法務大臣に届け出ることによ
って,日本の国籍を取得することができる旨規定する(以下,上記の「日
本国民であった者を除く。」との規定を「本件除外規定」という。)。
(3)戸籍法
ア昭和59年改正法による改正前の戸籍法(以下「旧戸籍法」という。)
(ア)旧戸籍法52条1項は,嫡出子出生の届出は,父又は母がこれをし,
子の出生前に父母が離婚した場合には,母がこれをしなければならない
旨規定する。また,同条2項は,嫡出でない子の出生の届出は,母がこ
れをしなければならない旨規定する。そして,同条3項は,同条1項及
び2項によって届出をすべき者が届出をすることができない場合には,
第1次的に「同居者」が,第2次的に「出産に立ち会った医師,助産婦
又はその他の者」が届出をしなければならない旨規定する。
(イ)旧戸籍法104条1項は,旧国籍法9条の規定によって日本の国籍
を留保する意思を表示しようとするときは,旧戸籍法52条1項又は2
項に規定する出生届出義務者は,出生の日から14日以内に,出生の届
出と共にその旨を届け出なければならない旨規定し,同条2項は,天災
その他同条1項の出生届出義務者の責に帰することのできない事由によ
って出生の日から14日以内に届出をすることができないときは,その
期間は,届出をすることができるに至ったときからこれを起算する旨規
定する。
イ昭和59年改正法による改正後の戸籍法(以下「新戸籍法」という。)
(ア)新戸籍法52条1項から3項までは,出生の届出義務者について旧
国籍法52条1項から3項までと同趣旨を規定し,新戸籍法52条4項
は,同条1項及び2項の規定によって届出をすべき者が届出をすること
ができない場合には,その者以外の法定代理人も届出をすることができ
る旨規定する。
(イ)新戸籍法104条1項は,新国籍法12条(旧国籍法9条とほぼ同
旨の規定)に規定する国籍の留保の意思の表示は,出生の届出をするこ
とができる者(新戸籍法52条3項の規定によって届出をすべき者を除
く。)が出生の日から3か月以内に,日本の国籍を留保する旨を届け出
ることによって,これをしなければならない旨規定し,同条3項は,天
災その他同条1項に規定する者の責めに帰することができない事由によ
って同項の期間内に届出をすることができないときは,その期間は,届
出をすることができるに至った時から14日とする旨規定する。
(4)1965年(昭和40年)当時のペルー憲法(以下「ペルー憲法」とい
う。)
ペルー憲法4条は,ペルーの領土内に出生した者はペルー国民とする旨規
定する。(乙2)
2前提となる事実等
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によ
り容易に認めることができる。
(1)原告の身分事項
ア原告は,1965年(昭和40年)▲月▲日,ペルーで出生したペ
ルー国籍を有する男性である。(乙12)
イ原告は,2001年(平成13年)▲月▲日,ペルーにおいて,a
(1973年▲月▲日生。)と婚姻の届出をしたが,両者の間に子はいな
い。(乙13,26,31)
ウaは,ペルーで出生したペルー国籍を有する外国人女性であり,本件裁
決当時,「定住者」の在留資格で本邦に在留していた。(乙31,42)
(2)原告の国籍取得及び附則5条1項に基づく国籍取得の届出の経緯
ア原告の母であるb(平成21年▲月▲日死亡。以下「原告母」とい
う。)は,1949年(昭和24年)▲月▲日,ペルーで出生したが,
同月▲日,日本国民であるcによりペルーの方式で認知され,国籍法
(明治32年法律第66号。昭和25年7月1日廃止)5条3号に基づき,
日本国籍を取得した。(乙9,26,43)
イ原告は,1965年(昭和40年)▲月▲日,ペルーにおいて,日
本国籍を有する原告母とペルー国籍を有するd(以下「原告父」という。)
との間に生まれたが,原告の出生当時,原告母と原告父はいまだ婚姻して
いなかったため,原告は,旧国籍法2条3号(「父が知れない場合…にお
いて,母が日本国民であるとき」)により日本国籍を取得した。他方,原
告は,ペルーにおいて出生したのでペルー憲法によりペルー国籍も取得し
た。(乙4,26)
ウ原告父と原告母は,1966年(昭和41年)▲月▲日に婚姻の届出
をし,原告のほかに4男5女をもうけたが,うち1男1女は死亡した。
(乙4,26,43)
エ原告の妹であるeは,平成24年5月29日,広島県呉市長に対し,原
告母が日本国民であるcから1949年(昭和24年)3月16日にペル
ーの方式で認知されたとして職権による原告母の戸籍記載の申出を行った
ところ,平成24年7月4日,原告母の新戸籍が編纂された。(甲1,乙
43,49)
オ原告は,同年9月27日,法務大臣に対し,附則5条1項に基づく国籍
取得の届出をしたが,大阪法務局長から,平成26年2月25日,原告は
国籍取得の条件を備えているものとは認められない旨の通知を受けた。
(甲2,乙3)
カ原告の弟2名と妹3名は,平成24年9月又は10月,法務大臣に対し,
附則5条1項に基づく国籍取得の届出をした。(乙44~48)
(3)原告の入国及び在留の状況
ア1回目の入国及び在留の状況
原告は,平成3年10月31日,大阪国際空港に到着し,大阪入管大阪
空港出張所入国審査官から,在留資格を「短期滞在」,在留期間を90日
とする上陸許可を受けて本邦に入国した。原告は,平成4年2月29日,
在留資格を「定住者」,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受け,
平成5年1月16日に本邦から出国した。(乙14,15)
イ2回目の入国の状況
原告は,平成5年10月,大阪国際空港に到着し,大阪入管大阪空港出
張所入国審査官に上陸許可申請をしたが,入管法7条1項1号に規定する
上陸条件に適合しないとして,同月28日,本邦からの退去を命ぜられ,
同月29日,本邦から出国した。(乙14,16)
ウ3回目の入国及び在留の状況
原告は,平成8年8月8日,関西国際空港に到着し,大阪入管関西空
港支局入国審査官から,在留資格を「短期滞在」,在留期間を90日と
する上陸許可を受けて本邦に入国した。原告は,同年12月10日,在
留資格を「定住者」,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受け,
2度の在留期間更新許可を受けた後,平成11年6月20日,本邦から
出国した。(乙14,17)
エ今次の入国及び在留の状況
(ア)原告は,弟であるfを代理人として,平成13年8月16日,自ら
がcの子として出生した原告母の実子であり,平成2年5月24日法務
省告示第132号「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の規
定に基づき同法別表第2の定住者の項の下欄に掲げる地位を定める件」
(平成18年法務省告示第172号による改正前のもの)第3号にいう
「日本人の子として出生した者の実子」に該当するものであるとして在
留資格認定証明書交付申請を行い,同申請に対し,法務大臣から権限の
委任を受けた大阪入管局長は,平成14年3月11日,在留資格「定住
者」の在留資格認定証明書を交付した。(乙14,18,19)
(イ)原告は,同年6月2日,関西国際空港に到着し,大阪入管関西空港
支局入国審査官から,在留資格を「定住者」,在留期間を3年とする上
陸許可を受けて本邦に入国した。(乙14,20)
(ウ)原告は,平成17年8月12日及び平成20年7月11日に在留期
間3年とする在留期間更新許可を受けたが,その後,在留期間の更新又
は在留資格の変更の許可を受けることなく,在留期限である平成23年
6月2日を超えて本邦に不法に残留した。(乙14,20)
(エ)原告は,平成21年▲月▲日,強制わいせつ未遂及び建造物侵
入の被疑事実で逮捕されたが,同年12月4日,不起訴処分(強制わい
せつ未遂については親告罪の告訴の欠如,建造物侵入については嫌疑不
十分による。)となった。(乙14)
(オ)原告は,平成23年▲月▲日午後3時20分頃,○市のアクセサ
リー店においてネックレス等5点を窃取した(以下「本件犯行」とい
う。)。原告は,同年▲月▲日,本件犯行につき窃盗の罪で懲役1
年6月(4年間執行猶予)の判決を受け,同判決は平成24年1月5日
に確定した。(乙14,22,23)
(4)本件裁決及び本件退令発付処分の経緯
ア大阪入管入国警備官は,平成23年6月8日,原告に対し,入管法24
条4号ロ(不法残留)に該当する容疑者として,違反調査を開始し,同年
12月15日,同号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,
大阪入管主任審査官から発付を受けた収容令書を執行して原告を大阪入管
収容場に収容した。(乙24,25)
イ大阪入管入国警備官は,原告に対する違反調査を実施した上,同月16
日,原告を大阪入管入国審査官に引き渡した。(乙26~28)
ウ大阪入管入国審査官は,原告に対する違反審査を実施した上,平成24
年1月11日,原告が入管法24条4号ロに該当し,かつ,出国命令対象
者に該当しない旨を認定し,原告にこれを通知したところ,原告は,同日,
口頭審理を請求した。(乙30,32,33)
エ大阪入管特別審理官は,同月31日,原告に対する口頭審理を実施し,
上記ウの認定に誤りはない旨判定し,原告にこれを通知したところ,原告
は,同日,法務大臣に対し入管法49条1項に基づく異議の申出をした。
(乙34~36)
オ法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長は,同年2月2日,上記
エの原告の異議の申出には理由がない旨の本件裁決を行い,その通知を受
けた大阪入管主任審査官は,同月8日,原告に本件裁決を通知するととも
に本件退令発付処分をした。(乙37~39)
カ大阪入管入国警備官は,同日,本件退令発付処分に係る退去強制令書を
執行して原告を引き続き大阪入管収容場に収容した。(乙39)
キ原告は,同年4月17日,大阪入管から入国者収容所西日本入国管理セ
ンターに移送され,同年10月19日,仮放免を許可されて同センターを
出所した。(乙39,40)
(5)本件訴訟の提起等
原告は,平成26年3月14日,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)
3争点及び当事者の主張
本件の争点は,①原告について旧国籍法9条の国籍留保の意思表示がされた
か,②原告が本件除外規定に該当するか,③本件除外規定が憲法14条に反
するか,④原告に附則5条を適用しないことが憲法14条に反するか,⑤本
件裁決及び本件退令発付処分が無効か(具体的には,原告に在留特別許可を
付与しなかった大阪入管局長の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があ
るか)であり,この点についての当事者の主張は以下のとおりである。
(1)争点①(国籍留保の意思表示の存否)
(原告の主張)
ア原告は,出生によりペルー国籍を取得するとともに日本国籍を取得した
ため,旧国籍法9条により,旧戸籍法104条1項による国籍留保の意思
表示がされなければ日本国籍を喪失する。
イところで,旧戸籍法104条1項は,国籍留保の意思表示は,出生届出
義務者が出生の日から14日以内にすべき旨を規定するが,同条2項及び
新戸籍法104条3項は,出生届出義務者がその責に帰することのできな
い事由によって所定の期間内に届出をすることができないときは,届出を
することができるに至ったときから14日以内に届出をすべき旨を規定し
ており,旧戸籍法及び新戸籍法の各52条3項は,父又は母が出生の届出
をすることができないときは,同居者等がその届出をしなければならない
旨を規定している。これらの各規定を総合すると,外国で出生したことに
よりその国の国籍を取得した日本国民は,出生届出義務者が旧戸籍法10
4条2項及び新戸籍法104条3項の責に帰することのできない事由によ
って出生の日から14日以内に国籍留保の意思表示をすることができなか
った場合には,父又は母の同居者として自ら国籍留保の意思表示を行うこ
とが可能であるというべきである。
そして,①原告母は,1949年(昭和24年)▲月▲日,cによっ
て認知され日本国籍を取得したものの,日本国籍を取得したことを意識す
ることなくペルーに居住し,ペルーにおいて原告を出産したこと,②原告
母について戸籍の記載がされたのは原告母が平成21年▲月▲日に死亡
した後の平成24年7月4日であり,その生前には戸籍に記載されていな
いことなどからすると,原告母が原告について出生の届出とともに国籍留
保の意思表示をすることは期待できない状況にあったから,原告母はその
責に帰することができない事由によって国籍留保の意思表示をすることが
できなかったといえる。したがって,原告母と同居していた原告は,原告
母の同居者として自らの国籍留保の意思表示を行うことができるというべ
きである。
ウ原告は附則5条1項に基づく国籍取得の届出をしているところ,国籍取
得の届出と国籍留保の意思表示は,いずれも当該国籍を取得しようとする
行為であり,国籍取得の届出には国籍留保の意思表示が含まれているとい
うべきである。
エ以上によれば,原告について国籍留保の意思表示がされたということが
できる。
(被告の主張)
ア旧戸籍法104条1項の規定上,旧国籍法9条の国籍留保の意思表示を
する者は,当該出生子の父又は母であることは明らかである。そうすると,
原告について国籍留保の意思表示をする者は,原告母であるところ(旧戸
籍法52条2項),原告母は,2009年(平成21年)▲月▲日,原
告について国籍留保の意思表示をすることなく死亡している。したがって,
原告について国籍留保の意思表示がされたとは認められない。
イまた,原告は,附則5条1項に基づく国籍取得の届出をしているものの,
国籍取得の届出は,新たに日本国籍を取得する意思を表示するものである
のに対し,国籍留保の意思表示は,引き続き日本国籍を保有する意思を表
示するものであって,両者はその趣旨を異にする上,手続や主体も異なる
から,国籍取得の届出に国籍留保の意思表示が含まれているということは
できない。
ウさらに,原告母が戸籍に記載されていないことをもって,旧戸籍法10
4条2項及び新戸籍法104条3項の出生届出義務者の責に帰することが
できない事由があるということはできないし,原告の主張するところによ
っても,原告母が戸籍に記載された平成24年7月4日には,原告におい
て国籍留保の意思表示をすることができたのであるから,原告が国籍取得
の届出をした同年9月27日には,上記各項に定められた14日を経過し
ていることになる。
エ以上によれば,原告について国籍留保の意思表示がされたとはいえない。
(2)争点②(原告の本件除外規定該当性)
(原告の主張)
原告について国籍留保の意思表示がされなかった場合には,旧国籍法9条
により原告は遡って日本国籍を有していなかったことになるから,日本国民
であったということはできず,本件除外規定に該当しないというべきである。
したがって,原告には附則5条1項の適用があり,同項の国籍取得の届出に
より日本国籍を取得したというべきである。
(被告の主張)
前記(1)の(被告の主張)のとおり,原告について国籍留保の意思表示は
されていないから,旧国籍法9条により原告は出生に遡って日本国籍を失う
ことになる。もっとも,旧国籍法9条によって遡及的に日本国籍を失うとさ
れていることは一種の擬制であって,原告が一旦日本国籍を取得した事実は
否定されないから,原告は,日本国民であったということができ,本件除外
規定に該当するというべきである。したがって,原告には附則5条1項は適
用されず,同項により日本国籍を取得することもないというべきである。
(3)争点③(本件除外規定の憲法14条適合性)
(原告の主張)
附則5条の立法目的は,日本国民である母(以下「日本人母」という。)
と日本国民でない父(以下「外国人父」という。)との間に出生した子の国
籍について,昭和59年改正法施行前に出生したために日本国籍を取得しな
かった子と昭和59年改正法施行後に出生して日本国籍を取得する子との実
質的均衡を合理的範囲で図る点にある。
しかし,昭和59年改正法施行前に日本人母と外国人父との間に出生した
子については,その出生時に日本人母と外国人父が婚姻関係になかった場合
には,当該出生子は出生により日本国籍を取得するため(旧国籍法2条3
号),本件除外規定に該当し附則5条は適用されない。これに対して,その
出生時に日本人母と外国人父が婚姻関係にあった場合には,当該出生子は出
生により日本国籍を取得しないため,本件除外規定に該当せず附則5条は適
用されることとなる。このように本件除外規定は,附則5条の適用に関し,
昭和59年改正法施行前に日本人母と外国人父との間に出生した子を父母の
婚姻関係の有無により区別するものであり,このような区別は,立法目的と
の間に合理的関連性はないというべきである。
したがって,本件除外規定を定めた附則5条は,憲法14条に反する。
(被告の主張)
憲法10条は,「日本国民たる要件は,法律でこれを定める。」と規定し
ているところ,同条は,国籍は国家の構成員としての資格であり,国籍の得
喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情,伝統,政
治的,社会的又は経済的環境等,種々の要因を考慮する必要があることから,
これをどのように定めるかについて,立法府の裁量判断に委ねる趣旨のもの
であると解される。しかし,立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮
しても,なお,そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認め
られない場合,又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連
性が認められない場合には,当該区別は,合理的理由のない差別として,憲
法14条に違反すると解される。
これを附則5条についてみると,附則5条の趣旨は,日本人母と外国人父
の間に出生した子が父系血統主義を採用する旧国籍法の下で出生したために
日本国籍を取得し得なかった場合に簡易な方法で日本国籍を取得する機会を
与え,合理的な範囲において昭和59年改正法施行前後に出生した者の間の
実質的均衡を図る政策的配慮によるものであって,このような立法目的には
十分な合理性が認められる。
そして,同じく昭和59年改正法施行前に日本人母と外国人父との間に出
生した子のうち,父系血統主義を採用する旧国籍法の下で日本国籍を取得す
ることができなかった子については,父母両系血統主義を採用した昭和59
年改正法施行後に出生して日本国籍を取得した者との均衡を図る必要がある
のに対し,父系血統主義を採用する旧国籍法の下でも日本国籍を取得したが
その後これを喪失した子については,日本国籍取得の機会が与えられている
以上,昭和59年改正法施行後に出生して日本国籍を取得した者との均衡を
図る必要はないのであって,両者の間で取扱いを異にすることになっても,
そのような区別は,上記立法目的との関係で合理的関連性が十分に認められ
る。したがって,本件除外規定を定めていることが憲法14条に反するとい
うことはできない。
(4)争点④(附則5条不適用の憲法14条適合性)
(原告の主張)
原告母は,cから認知されていたものの,平成24年7月4日まで戸籍に
記載されておらず,原告母が原告の出生時に国籍留保の意思表示をすること
は客観的に不可能であった。そして,原告母が戸籍に記載されたのは,原告
父及び原告母が死亡した後である。そうすると,原告は,出生により日本国
籍を取得したものの,国籍留保の機会を与えられないまま,単に一旦は日本
国籍を取得したという理由により本件除外規定に該当するとして附則5条の
適用を受けられないことになる。このような原告の立場は,昭和59年改正
法施行前に出生した日本人母と外国人父の子で日本国籍を取得しないものと
異なるところはないから,原告が本件除外規定に該当するとして附則5条を
適用しないことは憲法14条に反するというべきである。
(被告の主張)
前記(1)の(被告の主張)のとおり,原告について国籍留保の意思表示が
される機会がなかったとはいえないから,原告について附則5条を適用しな
いことは,憲法14条に違反するとはいえない。
(5)争点⑤(本件裁決及び本件退令発付処分が無効か)について
(原告の主張)
ア前記のとおり,原告は日本国籍を有する者であり入管法2条2号の「外
国人」に当たらないから,本件裁決及び本件退令発付処分は無効である。
イ仮に,原告が日本国籍を有する者とは認められないとしても,以下のと
おり,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断には,裁
量権の範囲の逸脱又はその濫用があるから,本件裁決及び本件退令発付処
分は無効である。
(ア)一旦本邦に入国した外国人が引き続き本邦に在留し続けることがで
きるか否かは当該外国人の重大な利益に直結するから,一旦本邦に入国
した外国人に在留を認めるか否かは国家の自由裁量に委ねられておらず
一定の制限に服するというべきであり,そのような国際慣習法が確立し
ている。そして,原告の在留状況は不良であるとはいえず,他方,原告
は,本邦に生活の本拠を有するaと婚姻している上,本邦には原告の弟
及び妹が生活している。これらの事情を考慮すると,原告に在留特別許
可を付与しなかった大阪入管局長の判断には,裁量権の範囲の逸脱又は
その濫用があるというべきである。
(イ)市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)
及び児童の権利に関する条約は,被告の引用する昭和53年の最高裁判
決にいう「特別の条約」に該当し,外国人の在留に関する法務大臣の裁
量権を拘束するものである。そうであるところ,原告を強制送還するこ
とは,原告,a並びに原告の弟及び妹に対する不当な干渉としてB規約
17条1項及び23条1項に反するし,児童の権利に関する条約3条に
規定する「児童の最善の利益」にも反する。したがって,原告に在留特
別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断には,裁量権の範囲の逸脱
又はその濫用があるというべきである。
(被告の主張)
前記のとおり,原告は日本国籍を有する者ではない。そして,以下のと
おり,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断に裁量権
の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえない。
ア国家は,国際慣習法上,外国人を受け入れる義務を負うものではなく,
特別の条約がない限り,外国人を自国に受け入れるか否か等を自由に決
定することができるものであり,憲法上,外国人は,我が国に入国する
自由を保障されているものではないことはもちろん,在留の権利ないし
引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでも
ない(最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号122
3頁)。上記と異なる国際慣習法が確立したことは認められない上,上
記の「特別の条約」とは,2国間又は多数国間条約を締結して出入国に
関する各国の裁量権を規制し相互に外国人の出入国を保障し合う場合な
どを指すものであって,B規約及び児童の権利に関する条約がこれに当
たるということはできない。
そうすると,在留特別許可を付与するか否かは法務大臣の自由裁量に
委ねられていると解すべきであり,その裁量権の行使が裁量権の範囲を
逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法となるのは,法務大臣がそ
の付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め
得るような特別の事情がある場合等,極めて例外的な場合に限られるも
のというべきである。そして,このことは,入管法69条の2の規定に
基づいて法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長にも妥当するも
のである。
イこれを原告についてみると,原告は,本件犯行により窃盗の罪で懲役
1年6月(4年間執行猶予)の判決を受けるなど,その在留状況は不良で
ある。他方,原告は,「定住者」の在留資格で本邦に在留するaと婚姻関
係にあるものの,「定住者」の在留資格を有する外国人は,日本人はもち
ろん,永住者の在留資格をもって本邦に在留する外国人と比べても,いま
だ本邦との結びつきが弱いものであることなどからすると,原告に在留特
別許可を付与するか否かの判断に当たりaとの婚姻関係を積極的事情とし
て殊更重視すべきであるとはいえない。そして,原告は,ペルーにおいて
出生,成育し,教育を受けて生活してきたものであり,健康状態や稼働能
力に何らの問題もないから,原告がペルーに送還されても原告の生活に支
障はない。
第3当裁判所の判断
1争点①(国籍留保の意思表示の存否)について
(1)原告は,原告母は日本国籍を取得したことを意識することなくペルーに
居住しその生前には戸籍に記載されていなかったから,原告母は,旧戸籍
法104条2項及び新戸籍法104条3項にいう責に帰することができな
い事由によって原告の出生の日から14日以内に国籍留保の意思表示をす
ることができなかったというべきであり,そのような場合には,原告自身
が原告母の同居者として国籍留保の意思表示をすることができるとした上,
原告による附則5条1項に基づく国籍取得の届出(前記前提となる事実(2)
オ)には,国籍留保の意思表示が含まれるなどとして,原告について国籍
留保の意思表示がされたと主張する。
(2)しかし,原告母がいかなる事情の下で原告について国籍留保の意思表示
をしなかったかを確定するに足りる的確な証拠はない。
また,国籍留保の意思表示をすることができるのは父又は母若しくは法定
代理人に限られ,同居者は国籍留保の意思表示をすることができないとされ
ており(旧戸籍法104条,52条1項及び2項,新戸籍法104条,52
条1項,2項及び4項),出生子が父又は母の同居者として自らの国籍留保
の意思表示をすることができるとする法的根拠は見当たらない。
さらに,附則5条1項に基づく国籍取得制度は,昭和59年改正法の施行
に当たり,父系血統主義を採用する旧国籍法の下で出生による国籍を取得す
ることができなかった者について,父母両系血統主義を採用する新国籍法の
下で出生による国籍を取得する者との均衡を図るため,法務大臣への届出に
よりその届出の時から日本の国籍を取得することを認めるものであるのに対
し,旧国籍法9条に基づく国籍留保制度は,出生時に日本国籍を取得すると
ともに外国国籍を取得する子について,形骸化した日本国籍の発生を防止す
るとともに重国籍の発生を回避するため,市町村長又は駐在日本大使等に国
籍留保の意思表示がされたときに限り,出生時に取得した日本国籍を失わな
いとするものである。このように,附則5条1項に基づく国籍取得の届出と
旧国籍法9条に基づく国籍留保の意思表示とは,その趣旨及び手続を異にす
るものであり,前者がされたことにより,後者がされたものと評価すること
はできない。
しかも,原告の主張によれば,原告母が戸籍に記載された平成24年7月
4日に国籍留保の意思表示をすることができるに至ったことになるところ,
原告が附則5条1項に基づく国籍取得の届出をしたのは,同日から14日が
経過した後である平成24年9月27日であるから(前記前提となる事実
(2)オ),原告について旧戸籍法104条2項又は新戸籍法104条3項所
定の期間内に国籍留保の意思表示がされたということはできない。
以上によれば,原告について国籍留保の意思表示がされたということはで
きず,他にこれがされたことを認めるに足りる証拠はない。
2争点②(原告の本件除外規定該当性)について
(1)前記のとおり,原告について国籍留保の意思表示がされていないとする
と,原告が附則5条1項に基づく届出により日本国籍を取得したかが問題
となるところ,原告は,原告について国籍留保の意思表示がされていない
以上,旧国籍法9条により出生時に遡って日本国籍を有していないことに
なるから,「日本国民であった者」ということはできず,本件除外規定に
該当しないと主張する。
(2)確かに,旧国籍法9条が「出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」
と規定していることからすると,同条は,国籍の生来的な取得を制限する
ものであり,国籍留保の意思表示がされなかった場合には出生当初から国
籍を取得しなかったことにする趣旨であると解される。
しかし,国籍留保の意思表示がされないと,法的には出生時から日本国籍
を有しなかったことになるとしても,出生と同時に一旦は日本国籍を取得し
た事実を否定することはできないから,国籍留保の意思表示がされなかった
場合も「日本国民であった者」に該当するということができる。そして,後
記のとおり,附則5条1項が「日本国民であった者」を同項の届出による国
籍取得の対象から除外したのは,同条の趣旨が,父系血統主義を採用する旧
国籍法の下において日本人母から出生したことにより日本国籍を取得しなか
った者に対し簡易な方法での国籍取得の機会を付与する点にあり,旧国籍法
の下で日本国籍を取得した者は,取得した国籍を保持することが可能であっ
た以上,重ねて国籍取得の機会を付与する必要がないことから,このような
者に同条1項の届出による国籍取得の対象とすることは同条の趣旨に反する
からであると解される。そうすると,旧国籍法9条に基づく国籍留保の意思
表示がされなかったために国籍の取得が認められない者についても,旧国籍
法の下で出生により日本国籍を取得し,国籍留保の意思表示によりこれを保
持し得た以上,この者を附則5条1項の届出による国籍取得の対象とするこ
とは附則5条の趣旨に反するといわざるを得ない。
(3)以上によれば,旧国籍法9条に基づく国籍留保の意思表示がされなかっ
たために国籍を取得しなかった原告は本件除外規定に該当するというべき
である。
3争点③(本件除外規定の憲法14条適合性)について
(1)附則5条は,昭和59年改正法施行日前日までに出生した子でその出生
時に母が日本国民であったものについては,一定の条件の下で,届出によ
る国籍取得を認めながら,本件除外規定により,過去に日本国民であった
者をその対象から除外している。原告は,本件除外規定により,昭和59
年改正法施行前に出生した子が婚姻している父母の間に出生した場合には
附則5条が適用されるが,婚姻していない父母の間に出生した場合には附
則5条が適用されないこととなり,父母の婚姻関係の有無によって附則5
条の適用の有無が区別され,この区別は合理的理由のない差別であるから,
憲法14条に反すると主張する。
(2)憲法14条1項適合性の判断基準
憲法10条は,「日本国民たる要件は,法律でこれを定める。」と規定し,
これを受けて,国籍法は,日本国籍の得喪に関する要件を規定している。
憲法10条の規定は,国籍は国家の構成員としての資格であり,国籍の得
喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情,伝統,
政治的,社会的及び経済的環境等,種々の要因を考慮する必要があること
から,これをどのように定めるかについて,立法府の裁量判断に委ねる趣
旨のものであると解される。そして,憲法14条1項が法の下の平等を定
めているのは,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,法
的取扱いにおける区別が合理的な根拠に基づくものである限り,同項に違
反するものではないから,上記のようにして定められた日本国籍の取得に
関する法律の要件によって生じた区別につき,そのような区別をすること
の立法目的に合理的な根拠があり,かつ,その区別の具体的内容が上記の
立法目的との関連において不合理なものではなく,立法府の合理的な裁量
判断の範囲を超えるものではないと認められる場合には,当該区別は,合
理的理由のない差別に当たるとはいえず,憲法14条1項に違反するとい
うことはできないものと解するのが相当である(最高裁平成20年6月4
日大法廷判決・民集62巻6号1367頁,最高裁平成27年3月10日
第三小法廷判決・民集69巻2号265頁参照)。
(3)附則5条の立法目的
旧国籍法は,出生による国籍取得に関し,父系血統主義を採用していたが
(旧国籍法2条1号及び2号),両性の平等の実現を志向する国内外の社会
情勢を背景として,昭和59年改正法により旧国籍法が改正され(新国籍
法),出生による国籍取得に関し,父母両系血統主義が採用されるに至った
(前記第2の1(2))。附則5条は,上記改正の経過的措置として,昭和5
9年改正法施行前に日本人母から出生した子につき届出による国籍取得を認
めるものであり,その目的は,日本人母から出生した子の国籍取得につき,
昭和59年改正法施行前に出生した子と昭和59年改正法施行後に出生した
子との間の実質的均衡を合理的な範囲で図ることにあると解される(乙5~
7)。
そして,日本国籍は,我が国の構成員としての資格であるとともに,我が
国において基本的人権の保障,公的資格の付与,公的給付等を受ける上で意
味を持つ重要な法的地位であり,このような日本国籍の重要性に照らせば,
その取得の有無が出生の時期という偶然の事情により左右されることはでき
る限り回避されるべきであり,附則5条の立法目的は,合理的な根拠がある
ということができる。
(4)本件除外規定による区別と立法目的との合理的関連性
ア上記の附則5条の立法目的と本件除外規定による区別との合理的関連性
について検討するに,本件除外規定による区別は,昭和59年改正法施行
前に日本国籍を取得したか否かによる区別と解される。
この点,原告は,本件除外規定による区別は,昭和59年改正法施行前
に日本人母と外国人父との間に出生した子の国籍取得の可否を父母の婚姻
関係の有無により区別するものであるとして,上記の区別は,附則5条の
立法目的と合理的関連性がないと主張する。
確かに,旧国籍法の下では,日本人母と外国人父との間に子が出生した
場合において,父母が婚姻しているときは当該出生子が出生による国籍を
取得せず,父母が婚姻していないときは出生による国籍を取得することに
なる(旧国籍法2条3号)。しかし,上記の場合に父母が婚姻していなく
ても,父が胎児認知をしていれば当該出生子は出生による国籍を取得しな
いから,本件除外規定に該当することになるし,仮に,父母が婚姻してい
ても当該出生子が出生後に帰化(旧国籍法3条)して日本国籍を取得すれ
ば,本件除外規定に該当することとなる。そうすると,本件除外規定が日
本人母と外国人父との間に出生した子を父母の婚姻関係の有無により区別
するものということはできず,原告の主張は採用することができない。
イ附則5条は,日本人母から出生した子は,父系血統主義を採用する旧国
籍法の下で出生した場合は原則として出生による国籍を取得しないが,父
母両系血統主義を採用する新国籍法の下で出生した場合は当然に出生によ
る国籍を取得することから,両者の均衡を図るため,旧国籍法の下で日本
人母から出生した子に原則として簡易な方法による国籍取得の機会を付与
することとし,旧国籍法の下で日本人母から出生した子が国籍を取得した
場合(旧国籍法2条3号,3条等)には,一旦国籍を取得している以上,
重ねて国籍取得の機会を付与する必要がないことから,本件除外規定によ
り簡易な方法による国籍取得を認めないとしたものと解される。上記のよ
うな本件除外規定は,旧国籍法の下で日本人母から出生した子の国籍取得
に関し,新国籍法の下で出生した場合との均衡が図られるべき範囲を合理
的に画するものということができるのであって,本件除外規定による区別
は,前記の附則5条の立法目的との関連において不合理なものとはいえず,
立法府の合理的な裁量判断の範囲を超えるものということはできない。
ウしたがって,本件除外規定による区別は,合理的理由のない差別に当た
らないというべきであり,本件除外規定が憲法14条に反するということ
はできない。
4争点④(附則5条不適用の憲法14条適合性)について
原告は,国籍留保の意思表示をする機会がないまま旧国籍法9条によりこ
れを喪失したのであるから,このような原告が本件除外規定に該当するとし
て附則5条を適用しないことは憲法14条に反すると主張する。
しかし,前記1(2)で説示したところによれば,原告について国籍留保の意
思表示がされる機会がなかったとは認められないから,原告の主張は,前提
を欠き,採用することができない。
5争点⑤(本件裁決及び本件退令発付処分が無効か)について
(1)原告は,原告が日本国籍を有することを本件裁決及び本件退令発付処分
の無効事由として主張するが,既に説示したとおり,原告は出生により日
本国籍を取得したものの国籍留保の意思表示がされなかったために日本国
籍を喪失するとともに,本件除外規定に該当するため附則5条1項に基づ
く届出による国籍取得も認められないから,原告が日本国籍を有するとは
認められない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
そこで,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断に裁量
権の範囲の逸脱又はその濫用があったかについて検討する。
(2)判断枠組み
ア国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,外
国人を自国内に受け入れるかどうか,またこれを受け入れる場合にいかな
る条件を付するかの判断は,国家固有の権能に属すものであり,特別の条
約等がない限り,当該国家が自由に決定することができるものと考えられ
る。また,我が国の憲法上も,外国人が入国する権利や,引き続き在留す
る権利を保障する規定は存在しないことからすれば,上記国際慣習法とそ
の考えを同じくするものと解される。したがって,外国人は,我が国に入
国する自由を保障されているものでないことはもちろん,在留の権利又は
引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないと
解するのが相当である(最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集3
2巻7号1223頁参照)。
また,法務大臣が在留特別許可を付与するか否かの判断をするに当たっ
ては,外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治
安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定などの国益の
保持の見地に立って,当該外国人の在留中の一切の行状,国内の政治・経
済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲などの諸般の事情を
しんしゃくし,時宜に応じた的確な判断を行う必要があるところ,このよ
うな判断は事柄の性質上,出入国管理の責任を負う法務大臣の裁量に任せ
るのでなければ到底適切な結果を期待することができないものである。
以上に加え,入管法が,在留特別許可を付与するか否かの判断について
法務大臣の判断を拘束するような判断基準を何ら定めていないこと,在留
特別許可の付与は入管法24条に定める退去強制事由に該当し,原則とし
て退去強制されるべき者に対してされる措置であることなどを併せ考慮す
れば,法務大臣は,在留特別許可の付与に関して,広範な裁量権を有する
ものと考えられる。このような法務大臣の裁量権の内容,特質に鑑みれば,
法務大臣の在留特別許可を付与しないとの判断は,それが全く事実の基礎
を欠き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠く等により,社会通念
に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるような場合に限り,裁量
権の範囲を超え又はその濫用があるものとして違法となるというべきであ
る。そして,このことは,法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理
局長による判断の場合も同様である。
イ以上に対し,原告は,一旦入国した外国人に在留を認めるか否かは国
家の自由裁量に委ねられておらず一定の制限に服するという国際慣習法が
成立していると主張するが,そのような国際慣習法の存在を認めるに足り
る証拠はない。
また,原告は,B規約及び児童の権利に関する条約が上記アの「特別の
条約」に当たり法務大臣の裁量権の制約根拠となると主張する。
しかし,B規約及び児童の権利に関する条約に前記アの国際慣習法を否
定する規定は見当たらないし,かえって,B規約13条が外国人に対して
退去強制の手続を行うことを容認しており,児童の権利に関する条約9条
4項が退去強制による父母と児童との分離を予定していることに照らすと,
B規約及び児童の権利に関する条約の各規定は,前記アの国際慣習法上の
原則を当然の前提としているものと解されるから,B規約及び児童の権利
に関する条約が上記「特別の条約」に当たるということはできず,原告の
上記主張は採用することができない。
(3)認定事実
前記前提となる事実,証拠(乙26,27,29,31,32,原告本人)
及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア原告の今次の入国に至るまでの経緯
(ア)原告は,1965年(昭和40年)▲月▲日,ペルー国籍を有
する原告父(2014年死亡)とペルー国籍を有する原告母(2009
年〔平成21年〕▲月▲日死亡)の長男としてペルーで出生した。原
告には3人の弟と4人の妹がおり,弟の1人はペルーに居住しているが,
その他の者は本邦に居住している。(乙43)
(イ)原告は,ペルーの高校を卒業した後,ペルーのプレス工場等で約1
0年間働いていたが,本邦で稼働するため,平成3年10月31日,在
留資格を短期滞在,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に入
国した。入国後,原告は,プレス工場で働き,平成4年2月29日に在
留資格を「定住者」,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受けた
が,平成5年1月16日に出国し,ペルーに帰国した。
(ウ)原告は,ペルーに帰国してから繊維工場で働いていたが,再び,本
邦で稼働するため,平成8年8月8日,在留資格を短期滞在,在留期間
を90日とする上陸許可を受けて本邦に入国した。入国後,原告は,メ
ッキ工場で働き,在留資格を「定住者」,在留期間を1年とする在留資
格変更許可及び2度の在留期間更新許可を受け,平成11年6月20日,
本邦を出国しペルーに帰国した。
(エ)原告は,ペルーに帰国後,aと出会い,2001年(平成13年)
▲月▲日,ペルーにおいてaと結婚した。
イ原告の今次の入国及び在留の状況
(ア)原告及びaは,本邦で稼働するため,平成14年6月2日,在留資
格を「定住者」とする上陸許可を受けて本邦に入国した。入国後,原告
はaと共に大阪府○市のアパートで生活するなどし,原告はプレス工
場等で,aは食品工場等でそれぞれ働いていた。
(イ)原告は,妹の1人から原告母が他界したことを聞き,大きな精神的
ショックを受け,以後,仕事をせずに昼間から飲酒する生活をするよう
になった。原告は,平成22年4月ないし7月頃から,○市に居住する
妹の援助を受けながら○市で求職活動をするようになったものの,同年
末頃からは,再び,原告母を失ったショックから頻繁に飲酒する生活を
するようになった。
(ウ)そして,原告は,平成23年▲月▲日,朝から飲酒し,同日午後
3時20分頃,○市のアクセサリー店においてネックレス等5点を窃取
した(本件犯行)。原告は,同日,本件犯行により逮捕され,同年▲月
▲日,本件犯行につき窃盗の罪で起訴された。(乙14)
原告は,上記起訴に係る公判において窃取の事実を否認し無罪を主張
するなどしたが,平成23年▲月▲日,起訴事実が認められ懲役1
年6月(執行猶予4年間)の判決を受けた。これに対し,原告は控訴せ
ず,同判決は平成24年1月5日に確定した。
(エ)原告は,本件犯行による勾留中に在留期限である平成23年6月2
日を徒過し,本邦に不法残留するに至った。
ウ本件裁決後の事情
(ア)原告は,本件裁決後である平成26年▲月▲日,救急搬送業務に
従事していた消防士の臀部を1回足蹴りする暴行を加えたとする公務執
行妨害の容疑で現行犯逮捕されたが,不起訴(起訴猶予)となった。
(乙59)
(イ)原告は,同年11月25日,フリースパーカ1着を窃取したとする
窃盗の容疑で現行犯逮捕され,同年▲月▲日,上記事実につき窃盗
の罪で起訴された。そして,原告は,上記事実により勾留中であった平
成27年▲月▲日,平成26年▲月▲日に駅員の腰部を1回殴打し
たなどとする暴行の罪で起訴された。(乙62,63)
エその他の事情
原告は,スペイン語を不自由なく使うことができ,健康に特段の問題は
ない。
(4)検討
ア原告の在留状況等について
原告は,在留期限である平成23年6月2日を超えて本邦に不法在留し
ている上(前記(3)イ(エ)),同年▲月▲日,朝から飲酒し,同日午後
3時20分頃,アクセサリー店においてネックレス等5点を窃取し(本件
犯行),本件犯行につき懲役1年6月(執行猶予4年間)の有罪判決を受
けている(前記(3)イ(ウ))。また,原告は,上記判決が確定しているに
もかかわらず,退去強制手続の審査において本件犯行をしていないと述べ
るなどしており(乙29,32等),原告が本件犯行を真摯に反省してい
るとは認め難い。以上のような原告の在留状況は不良というべきであり,
在留特別許可を付与するか否かの判断において消極的事情として考慮され
るべき事情があるといえる。
イ原告とa並びに本邦に在留する弟及び妹との関係について
原告は,平成13年▲月▲日にペルーでaと婚姻の届出をし(前記
(3)ア(エ)),原告及びaは,平成14年6月2日にいずれも「定住者」
の在留資格で本邦に入国し,大阪府○市のアパートで同居していたほか
(前記(3)イ(ア)),原告の弟2人及び妹4人が本邦に居住している(前
記(3)ア(ア))。
しかし,前記(2)で説示した在留特別許可を付与するか否かに関する法
務大臣の裁量権の内容,特質等からすれば,本邦に在留するaとの婚姻関
係及び本邦に居住する弟及び妹の存在は,在留特別許可を付与するか否か
の判断において一事情として考慮され得るにすぎないと解される上,aの
在留資格は「定住者」であって日本との結び付きが強いとはいえず,aと
の婚姻関係が在留特別許可を付与するか否かの判断において殊更重視され
るべき事情とはいえない。これらの点に照らすと,本邦に在留するaとの
婚姻関係及び本邦に居住する弟及び妹の存在をもって直ちに原告に在留特
別許可を付与しなければならないものとはいえない。
ウその他
原告は,ペルーで出生,成育し,ペルーの教育を受けている上(前記
(3)ア(ア)及び(イ)),本邦における稼働状況等に照らすと稼働能力もあ
ると認められ(前記(3)ア(イ)及び(ウ),イ(ア)),健康状態に特段の問
題があるとは認められないこと(前記(3)エ),ペルーには原告の弟が居
住していること(前記(3)ア(ア))などの事情を考慮すれば,原告がペル
ーに帰国した場合に,その生活の基盤を築くことに特段の支障があるとい
うことはできない。
エまとめ
(ア)以上のとおり,原告の在留状況は不良であって,在留特別許可を付
与するか否かの判断において消極的事情として考慮されるべきである一
方,原告が本邦に在留するaと婚姻関係にあり,原告の弟及び妹が本邦
に居住しているという事実は認められるものの,これらの事情は,直ち
に原告に対し在留特別許可を付与すべきものとするほどの事情とは認め
られず,原告をペルーに送還することについて特段の支障もない。そう
すると,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断が,
全く事実の基礎を欠き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこ
と等により社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであると
は認められず,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとは認
められないから,本件裁決が違法であるとは認められない。
(イ)そして,入管法49条6項は,主任審査官は法務大臣から同条1項
の規定による異議の申出に理由がないと裁決した旨の通知を受けたとき
は速やかに退去強制令書を発付しなければならないと規定しており,入
管法第5章の規定する退去強制の手続等に照らしても,主任審査官には,
退去強制令書を発付するか否かについて裁量の余地はないと解すべきと
ころ,上記のとおり,本件裁決が違法であるとは認められないのである
から,本件退令発付処分もまた違法であるとは認められない。
第4結論
以上の次第で,原告が日本国籍を有するとは認められず,本件裁決及び本件
退令発付処分が違法無効であるとも認められない。よって,原告の請求はい
ずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官西田隆裕
裁判官角谷昌毅
裁判官松原平学

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛