弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を松江地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告理由は別紙のとおりである。
 上告理由第一点について。
 原判決の確定した事実はつぎのとおりである。すなわち、
 『上告人は、昭和二七年二月一三日に、A(昭和八年六月一日生)所有の本件山
林一町三反一畝二〇歩を、同人の法定代理人であるBから、右A、B両名所有の他
の不動産とともに、代金四五、〇〇〇円を支払つて買受けたが、その所有権取得登
記を経由していなかつたこと、被上告人は、昭和三〇年一〇月上旬頃のタ方、右A
方を訪ね、同人、前記B、Aの内縁の夫Cに対し、かつてAに貸与した約一、〇〇
〇円の返済を求めたが、同人等においてこれが猶予を乞うたところ、同人等が本件
山林は上告人に売渡ずみで二重売買になるからと断つたのに、上告人がすでにこれ
を買受けていたことを知りながら登記のないのに乗じ、前記A等に「本件山林を譲
渡してくれ、貸金も返さず譲渡もしてくれないならば願うつもりだ上告人の登記が
ないから二重売買にならない、受け取つた金は戻せばよい、後の責任は全部自分が
引き受けるから心配はない。」等と強く申し向け、同日夜本件山林を代金一一、〇
〇〇円と定めて売買契約をなし、作成日付を昭和二五年三月一五日に遡らせた売渡
証書を作成したうえ、同日付売買を原因として、昭和三〇年一〇月一〇日に所有権
取得登記を経由し、売買代金は右登記の際一、〇〇〇円、その後約三、〇〇〇円が
支払われているにすぎない。』というのである。
 <要旨>おもうに、不動産の二重売買において、売主の行為が一般に横領罪にあた
ることは疑がなく、そして相手方たる買主についてはたんに二重売買の認識
があるだけでは、取引自由の原則に照らし横領の共犯たりえないものであるが、原
判決確定の前記事実関係によると、被上告人は、二重売買の事実を認識したうえ、
買受の申込をなし、前示A等において、二重売買となることを理由として一たん承
諾を拒絶したのに、さきの売買は未登記故二重売買にならない、責任は自分が引き
受ける等と強く申し向けてA等をして上告人に本件山林を売渡すことを承諾させ、
よつて売買契約を締結したもので、たんに二重売買であることを認識したのにとど
まらないで、売主をして二重売買を決意せしむべく積極的に働きかけたものと目さ
れるから、被上告人の右働きかけとAの承諾の意思表示との間に因果関係がないこ
と、あるいは右二重売買が第一の買主たる上告人に財産上の損害を与えないもので
あること等の特段の事情が認められないかぎり、右は、もはや正常な取引の範囲を
逸脱するものとして、取引自由の原則による法の保護に価せず、買主たる被上告人
についても前示横領の教唆もしくは共同正犯として犯罪を構成するものであるとの
嫌疑が多分に存する以上、公序良俗違反の法律行為として、民法第九〇条によりそ
の民事上の効力を否定するのが相当である。
 ところで、原判決は単に被上告人の強迫、詐欺により右売買契約が締結されたる
に至つたと認定するにたらず、また右売買契約につき、被上告人に対し刑事責任を
問うにたる違法性を認めえないとして、上告人の公序良俗違反による無効の主張を
排斥したものであるが、右が前示横領の共犯として犯罪行為にあたらないとするに
は、前記説明にかかる特段の事情にあたるべき犯罪不成立違法性阻却等の事実を具
体的に挙示すべきにかかわらず、なんら首肯するにたるべき理由を示さないもので
あるから、その判断には、法令の解釈に誤りがあるか、理由不備ないし審理不尽の
違法があるものといわざるをえない。
 そして、上告人は、前示のとおり所有権取得登記を経由していないが、右二重売
買が以上の理由により違法、無効であるとすれば、被上告人は右不動産につき有効
な取引関係にたつ第三者といいえないから、上告人は、被上告人に対し登記なくし
てその所有権を主張しうるものと解すべきであり、したがつて、上告人は売主Aに
代位して被上告人に対し、前記所有権取得登記の抹消登記手続を求めうるものとい
わねばならない。しからば、右二重売買の効力についての判断の違法は判決に影響
を及ぼすことが明白であるから論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を
免れない。
 よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、原判決を破棄し、これを原審に差
し戻すべく、民事訴訟法第四〇七条第一項にしたがい主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 松本冬樹 裁判官 胡田勲 裁判官 長谷川茂治)

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