弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原決定を取消し、これを原審に差戻す
         理    由
 一 抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状及び抗告理由補充書に記載のとおりであ
る。
 二 当裁判所の判断
 1 本件記録によれば、本件訴訟は、「原告ないしその被相続人らは、いずれも
その疾病の治療の過程において、本件提出命令の申立人である抗告人(被告)田辺
製薬らの製造、販売等にかかるキノホルム剤を服用したため、いわるスモン(亜急
性脊髄視神経症)に罹患したものであるが、それは抗告人らがキノホルム剤の製
造、販売等を行うに際し、同剤の安全性確認に過失があつたことに起因するもので
あるから、被告らには損害賠償責任がある。」とするものであり、抗告人らは、原
告らのキノホルム剤服用並びにそれとスモンとの因果関係、個々の原告患者らの症
度を争い、抗告人は原告ら主張のスモン症状発生当時ないしその後原告らの治療に
当つた医師が作成した診療録を、「原告ら又は原告らの被相続人らの症状の経過、
原告ら又は原告らの被相続人らに対するキノホルム剤投与の有無、キノホルム剤投
与と腹部症状、神経症状との因果関係の存否、合併症の有無と現神経症状に与える
影響の程度。」を立証事項として、民事訴訟法三一二条三号前段により、所持する
医院らに対して提出を求めているものであることが明らかである。
 2 右民事訴訟法三一二条三号前段は、「文書カ挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラ
レ」と規定しているが、右規定の「挙証者」とは証拠の申出人であるから文書提出
命令の申立人をいい、「利益」は同法四七条、六二条の「利益」と同様に、単なる
事実上のものではなく法律上の利益をいい、「為」の字句は「目的」の意味で用い
られているから、右規定は「文書が文書提出命令申立人の法律上の利益を目的とし
て作成せられ」と読替えることができる。したがつて、(1)右文書は文書提出命
令申立人の法律上の利益を明らかにするものであること、(2)その文書が右文書
提出命令申立人の法律上の利益を明らかにする目的で作成されたことが要件とな
る。
 ところで民事訴訟は私人間の権利関係に関する紛争を解決する国家の裁判制度で
あり、裁判の基礎となる当事者間に争いある事実関係を認定するについては証拠に
よるから、当事者は証拠として人証書証を提出せねばならないが、これについては
相手方又は第三者の協力を必要とするので、民事訴訟法は右協力を同法上の義務と
して定め、時には制裁、刑罰をもつて右義務の履行を強制しており、文書提出命令
による文書所持者に対する提出義務も、右義務の一環として設けられたものであ
る。そして裁判において真実発見を図ることは右制度の必須の条件であるから、文
書提出命令における前記(1)(2)の要件もその趣旨にしたがい解釈することが
要請される。したがつて前記法律上の利益を明らかにする文書とは法律上の利益を
直接に明らかにするものに止まらず間接に明らかにするもので足り、また作成の目
的は作成者の主観的意図に止まらず、文書の性質から客観的に認められれば足りる
ものと解するのが相当である。
 3 診療録は医師法二四条により診療した医師に対し作成及び保存を義務づけて
いる文書である。医師の診療行為は国民の生命身体に直接重大なかかわりを持つも
のであるから、国家としては医師の診療行為を適正に行わしめるため、医師法によ
り国家試験合格と厚生大臣の免許を医師の開業の要件とするとともに、その業務を
規整し、その規整の一方法として具体的な診療行為を記載した診療録の作成を義務
づけている。同法施行規則二三条は診療録の記載事項として、「一診察を受けた者
の住所、氏名、性別及び年齢、二病名及び主要症状、三治療方法(処方及び処
置)、四診療の年月日」を定めており、「処方」とは医師が病気に応じて指示する
薬の配合法をいうものである。
 ところで医師の具体的な診療行為が訴訟の対象となつている場合、診療した医師
又は診療を受けた患者にとつて右診療行為を記載した診療録は同人らの法律上の利
益を明らかにする文書であり、また右診療行為により投薬された薬の毒性が訴訟の
対象となつている場合、投薬された患者又は投薬された薬の製造販売業者、右薬の
製造等を許可した国にとつて右処方の記載を含む診療録が同人らの法律上の利益を
明らかにする文書であることはいうまでもない。
 <要旨>そこで右診療録が右患者、又は薬の製造販売業者、国の法律上の利益を目
的として作成されたものであるかについて検討する。診療録は医師によつて
作成されているが、前記のとおり医師の診療行為を適正ならしめるため公法上作成
を義務づけられているものであるから、作成の目的は作成者の主観的意図を離れ、
診療行為の記載自体を目的としているもので右診療行為の主体客体又はこれに準ず
る深い関係を持つ人々の法律上の利益を明らかにすることを目的として作成された
ものということができる。したがつて診療録は診療した医師のみならず診療を受け
た患者の法律上の利益を明らかにすることを目的として作成された文書と解するの
が相当である。また診療行為において投薬は欠くべからざるものであり、前記のと
おり処方は診療録の記載事項とされているから、投薬された患者及び投薬された薬
の製造販売業者、薬の製造等を許可した国の法律上の利益を明らかにすることを目
的として作成された文書と解するのが相当である。
 4 そうすれば、抗告人の申立に係る診療録(看護記録を含む)は抗告人にとつ
て民事訴訟法三一二条三号前段の文書に当ると言うことができる。
 ところで、患者の病名、症状などは通常、患者個人の秘密に属するものとされて
いるから、これを記載した診療録を裁判所に提出することは医師の守秘義務(民事
訴訟法二八一条刑法一三四条に示されている)に触れることになる。しかし本件に
おいては患者である原告らが、損害賠償請求権の発生を基礎づける主張事実の一部
として自らが自己の秘密である病名、症状を開示して被告らに損害賠償を求めてい
るのであるから、守秘義務を理由に医師が本件各診療録の提出を拒むことはできな
い。
 5 以上のとおりであるから、本件において抗告人が提出を求めている文書が民
事訴訟法三一二条三号前段の文書に当らないとして、その申立を却下した原決定は
失当であるから取消すべきである。しかし文書提出命令の申立は書証の申出であつ
て、申立にかかる文書の取調の要否は、原裁判所が事案の内容、事件の具体的進行
状況に則して判断すべき事柄であるから、文書が民事訴訟法三一二条所定の文書に
該当しても、右の点についての原裁判所の判断が残されているのみならず、文書の
存在、所持等につき当該第三者の審尋を必要とし、提出を求める文書を全部につき
認めるか、一部をもつて足るか等具体的に判断を加えねばならず、これら手続は原
審において行うのが適当である。
 よつて民訴法四一四条、三八九条により、主文のとおり決定する。
 (裁判長裁判官 村瀬泰三 裁判官 林義雄 裁判官 高田政彦)

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