弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余の部分を取消す、被控訴
人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を
求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、(一)被控訴人は本件係争
地を近く炭礦用地として使用目的を変更する必要があるから自作農創設特別措置法
第五条第五号に該当するも、仮りにそうでなくともその地下は現に石炭を採掘して
いるから陥没の虞れがあり同条第八号後段同法施行令第八条第二号に該当すると主
張し、原判決は右前段の主張については、土地使用目的を変更する必要があつても
所轄町農地委員会或は道農地委員会からその旨の指定をうけたとの主張立証がない
から失当であるとして排斥したが後段主張の点については市町村農地委員会の認定
はその要件とはならないとし本件係争地の一部を除く大部分の土地は陥没の虞れが
あるとして同部分の買収取消を認容した。しかしながら前者の指定も後者の認定も
所謂行政庁の自由裁量に属するものでその間逕庭なく、後者の陥没の虞れの有無は
陥没の程度とこれに基因すろ農地としての使用価値減少の程度、小作者の解放希望
の有無及びその営農形態等諸般の事情を勘案し自由な裁量をもつて決定せらるべき
ものである。本件係争地については所轄町農地委員会は右に従い自作農を創設する
を適当として本件土地の買収を決定したのに拘らず原審が被控訴人の主張を採用し
たのは明かに違法であつて原判決は取消を免れない。(二)仮りに右の点を差し措
いても、本件係争地は陥没の虞がない。すたわち、(1)係争地の西方に(空知川
を越え)ある被控訴会社所有のab番地外c筆のd地約十町歩は昭和十七年頃陥没
の兆候を呈し、次いで水田としての耕作が困難となつたので、右土地内に耕作して
いた訴外A外四名の者に対し被控訴会社が本件係争地の一部すなわちef番地のg
外h筆の土地を代替として貸与昭和二十二年同人等を入地させた。(2)昭和二十
五年十一月頃から本件係争地内に敷地一一、九一一坪、建坪一、七六七坪からなる
a町立高等学校校舎を建築しつつあるが、右建築は赤平同会の議決を経たもので同
町議会議員のうちには被控訴会社従業員四、五名ありその外多数の炭礦関係者が校
舎建設のため敷地選定に参画していること。(3)被控訴会社は本件係争地内に炭
住その他の工作物を設置しようとしていること。(4)本件土地と境を接する北海
道炭礦汽船株式会社の所有地上に炭住を新たに建設していること。以上を綜合すれ
ば被控訴会社は本件係争地を陥没の虞はないもの、又陥没の虞を招くがごとき採掘
をしないものと予定しているばかりでなく、何人も陥没の慮れないものと考えてい
るからである。被控訴会社が陥没の虞を生ずるような事業計画をもつていないこと
は被控訴会社の新企画課長である証人Fの証言中「昭和二十五年四月一日から新た
な五ケ年計画をたて後藤の沢開発の一部変更と番外層開発に着手したが昭和二十五
年八月一日会社機構の変更によりその計画は中止のやむなきに至つた。」と供述し
ている点からみても容易に察せらるるところである。(三)仮りに本件係争地が陥
没するとしても、その影響は軽度で同法施令令第八条第二号にいう陥没に該当した
い。すなわち陥没の意表はあくまでも法律的概念であつてこれを科学的概念によつ
て解決すべきものではない。科学的概念をもつてすれば地盤が例えば一寸二寸とい
うごとく極めて軽微に低下しても陥没といいうるであろうが、法律的概念において
は当該法条の目的等から所謂目的論的解釈を施す必要がある。この見地に立つて同
条に所謂陷沒の意義を検討すれば、まず農地買収除外地の一として同法第五条第八
号は「新開墾地、焼畑、切替畑等収穫の著しく不定な農地その他命令で定める農
地」を予定し同条の委任によつて同法施行令第八条第二号に「鉱山又は炭坑附近の
農地で陥没の虞あるもの」を規定したものであるから、法の目的とするところは要
するに陥没の結果収穫に著しく不足を生ずる虞があり、自作農を創設するに不適当
な農地を買収から除外しているものと解釈しなければならない。右の解釈に従え
ば、本件係争地はたとえ陥没しても本条の陥没に該当したいことは明白である。す
なわち本件係争地は総面積約六十町歩にわたる広大な農地であるが、実地検証の結
果明かなとおり西方の平坦地を除けば概ね丘陵地帯を形成し、而も平坦地内にある
約二町歩の水田を除けば全部畑地として耕作されている。従つて農地が平坦地であ
つたり又は水田として利用されている場合と異り、たとえ石炭採掘の結果陥没を生
ずるとしても依然畑地としての利用は可能であるばかりでなくその収穫にいささか
の影響も生ぜしめるものではない。このことは本件係争地の西方にあるab番地外
c筆約d町歩の陥没地帯をみれば容易に理解できることである。同地は全部平坦地
で嘗て水田として耕作されていたが陷没後は水田としての使用こそ排水その他の措
置を構じなければ困難であるが、畑地として耕作可能であることは陥没後も引続き
最近にいたるまで被控訴会社従業員の菜園として利用した事実に照らしても明かで
ある。(四)本件土地殊に西方の平坦地はa町の重要な野菜供給地帯をなしその耕
作者B外十一名はいずれも専農又は第一種兼業農家である。又本件土地の耕作者は
控訴人側の証言にもあるとおりいずれも熱心に本件土地の解放を希望している。
 左記(二)の主張について。その主張にかかる六筆の畑の地番及び面積並びに右
土地を同項記載のように使用した事実は認める。なお自作農創設特別措置法に基い
て同項記載の土地を買収しながら農耕地を廃して学校用地に供せしむることは右買
収の目的に反する違法の処分であるというが、買収して二、三年後に客観情勢の変
化によつて公共用の建物を設置するための用途にすることは何等違法の処分ではな
い。その余の被控訴人の主張は理由がないと述べ、
 被控訴代理人において、(一)控訴代理人の右(一)の主張に対し、該法条に所
謂「近く土地使用の目的を変更することを相当とするや否や」の認定及び「鉱山又
は炭坑附近の農地で陥没の虞ありや否や」の認定は事既存の権利を剥奪するか否か
に関するものであるから、純然たる自由裁量に属せず法律上覊束されたものである
ことは言を俟たない。従つて農地委員会が本来「使用目的変更を相当」と認定すべ
きに拘らずこれをなさず、又は「買収不相当」と認定すべき場合にこれをなさない
で買収の対象としてこれを取上げたのは違法であり、該買収計画及びその訴願の裁
決という行政処分の取消訴訟において裁判所がその点についての違法を判断せらる
ることは当然のことである。要するに前記法条所定の買収除外農地は客観的に定つ
ているものであつて行政庁の自由裁量によつて左右さるべきものではない。ただ法
第五条第五号の場合は下級農地委員会が買収を除外するためには規則第七条及び第
八条に従い慎重を期するため上級農地委員会の承認又は指定を求むべく同条第八号
後段同法施行令第八条の場合は買収計画を樹立する農地委員会の単独認定に委ねら
れているの差あるに過ぎず、右承認又は指定若くは認定は右法条の規定する買収除
外たるべき不可欠の要件ではない。控訴人主張のごとく所轄農地委員会が諸般の事
情を勘案して自由な裁量をもつて買収すると否とを決定しうるものとすれば、本法
律の目的と精神に背馳する違法な買収であつても救済をうけえられないことに帰着
する次第で到底承服しえないところである。(二)控訪代理人の(二)の(2)の
主張について。控訴人主張のごとく北海道当局はa町をして本件訴訟進行中の昭和
二十五年十一月頃から本件係争地のうち左記地域に敷地一一、九一一坪、建坪一、
七六七坪の町立高等学校校舎を建設せしめた。
    a町字ei番地のj  畑  三反九畝〇六歩
          k番地のl   畑  一反一畝十九歩
          m番地のn   畑    六畝二十四歩
          o番地のp   畑三町六反四畝二十五歩
          q番地     畑    七畝十五歩
          r番地     畑    二畝十四歩
      計              四町三反二畝十三歩
 前記地域はいずれも従来農耕地として使用せられ控訴人は自作農を創設して耕作
者の地位を安定し、土地の農業上の利用を増進して農業生産力の発展を図る目的を
もつて自作農創設特別措置法に基き右土地を買収しながら、農耕地を廃して学校用
地に供せしむることは右買収目的に反する違法の処分であるから、この点からする
も少くとも右地域についての本件買収計画並びに訴願裁決は違法たるを免れない。
(三)以上のほか、控訴代理人の右(一)乃至(四)の主張はいずれも理由がない
と述べたほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
 証処として、被控訴代理人は甲第一号証、第二号の一、二(いずれも写)を提出
し、原審における証人C、D、E、Fの各証言並びに検証及び鑑定人Gの鑑定の各
結果、当審における証人F、Hの各証言並びに検証の結果を援用し、乙第三号証は
不知、その他の乙号各証の成立及び乙第一号証の原本の存在を認めると述べ、控訴
代理人は乙第一号柾(写)、第二、三号証を提出し、原審及び当審における証人
I、J、Kの各証言並びに当審における検証の結果を援用し、甲号各証の原本の存
在及び成立を認めた。
         理    由
 北海道空知郡a町農地委員会が昭和二十二年十月三十日被控訴人所有の原判決別
紙第一目録記載の土地に対して自作農創設特別措置法第三条に基く買収計画を定め
たこと、被控訴人が同年十一月六日a町農地委員会に対して右買収計画につき異議
の申立をなし、同委員会が同年同月二十四日異議申立却下の決定をなしたこと、被
控訴人が同年同月二十四日異議甲立却下決定を不服として控訴人に対して訴願を提
起したところ、控訴人が昭和二十三年七月二十三日訴願棄却の裁決をなしたことは
本件当事者間に争のないところである。
 よつてa町農地委員会が昭和二十二年十月三十日なした前記農地買収計画が違法
であるかどうかの点を判断する。
 まず当審において審判の対象となつている本件係争地(原判決別紙第一目録記載
の上地のうち同第二目録記載の土地を除いた部分)が自作農創設特別措置法第五条
第八号、同法施行令第八条第二号にいわゆる「鉱山又は炭坑附近の農地で陥没の虞
あるもの」に該当するかどうかの点から検討するに、成立に争のない甲第一号証第
二号証の一、二に原審における証人C、D、E、F、当審における証人F、Hの各
証言、原審における鑑定人Gの鑑定の結果、原審及び当審における各検証の結果を
綜合すれば、本件係争地下にはいわゆる上層及び番外の二層の炭層がいずれも走向
は南北、傾斜は東方へ六〇―六五度傾いて殆んど本件係争地下全面にわたつて埋蔵
されていること、上層群は一番から四番まで四枚の炭層をなしその厚さ合計六米、
本件係争地下の埋蔵量は約四百万屯、海面下六百米まで採炭可能、炭質は原料炭と
して優秀であり、また番外層は上層の上方約百米の位置にあつて、炭層は厚さ一米
位のものが三枚あり、本件係争地下の埋蔵量約三百四十万屯、海面下六百米まで採
炭可能、炭質は上層よりも劣ること、右のうち上層の第三、四番層はすでに被控訴
人において採炭中であり、第一番層も採炭の見込でその他の炭層も採炭の計画中で
あること、これらの各層の採炭が行われれば本件係争地の大部分は陷没するものと
認められ、その陥没の程度は上層群においては、海面下深さ二三〇米以上(既採掘
に達すれば最大陥没の程度五〇―七〇%、最大陥没の深さ一、五〇―二、一〇米、
深さ二三〇―四〇〇米に達すれば四〇―五〇%、一、二〇―一、五米、深さ四〇〇
―六〇〇米に達すれば三〇―四〇%、〇、九〇―一、二〇米となり、また番外層群
においては海面下深さ二〇〇米以上に達すれば最大陥没の程度五〇―七〇%最大陥
没の深さ〇、七五―一、〇五米、深さ二〇〇―四〇〇米に達すれば四〇―五〇%、
〇、六〇―〇、七〇米、深さ四〇〇―六〇〇米に達すれば三〇―四〇%、〇、四五
―〇、六〇米となるものと推定され、また上層及び番外の両層を採掘すれば最大
二、五米位、その他一米乃至二米位の陥没が多く、東方地区に至るにつれて陥没は
減少すること、本件係争地附近において地下の石炭採掘のため陥没がおこり地上の
水田を荒廃させたほか、鉄道線路や建築物等にも損傷をもたらした例のあることが
認められる。以上の事実を綜合すれば本件係争地は同法施行令第八条第二号にいわ
ゆる「鉱山又は炭坑附近の農地で陷没の虞あるもの一に該当し、自作農を創設する
に不適当の土地であり、したがつて同法第五条第八号によつて同法第三条の規定に
よろ買収をしない農地と認むべきである。
 なお控訴代理人の主張するように、本件係争地の一部を昭和二十二訴外A外四名
に貸与して耕作させていることや、本件係争地にa町立高等学校校舎を建築しつつ
あること、また炭住その他の工作物を設置しようとしていること、本件係争地に隣
接する北海道炭礦汽船株式会社の所有地上に炭住を建築していることなどは、たと
えそういう事実があるとしてもこれを証拠として前段の認定を覆し本件係争地は陥
没の虞がないと認めるわけにはゆかないし、さらに本件係争地はたとえ陥没を生ず
るとしても畑地としての利用は可能でその収穫にいささかの影響も生ぜしめないと
り主張もこれを認めるに足る証拠がない。その他控訴代理人の主張するところはい
ずれも本件係争地が同法第三条の規定による買収をしない農地であるとの前段認定
を左右するに<要旨>足らない。而して同法第五条第八号同法施行令第八条第二号の
法意は「鉱山又は炭坑附近の農地で陥没の虞あるもの」に該当し、自作農を
創設するに不相当と認められるものについては政府は同法第三条の規定による買収
をしないというにあり、かかる農地に該当するか否かの具体的認定は一応市町村農
地委員会がこれを行うこととしているけれども、同委員会がその認定を誤り買収か
ら除外すべきであるにかかわらずこれをしないでその農地につき買収計画を定める
ヒとは違法といわなければならない。
 そうとすれば、爾余の点についての判断をまつまでもなく、a町農地委員会が昭
和二十二年十月三十日本件係争地に対してなした同法第三条の規定による買収計画
は違法であり、したがつて控訴人が昭和二十三年七月二十七日ほした被控訴人の訴
願を棄却する旨の裁決もまた違法であるから、いずれも取消さるべきものである。
 これと同趣旨にでて被控訴人の請求を認容した原判決は正当であつて本件控訴は
理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用し
て主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 浅野英明 裁判官 臼居直道 裁判官 河野力)

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