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平成19年(行ケ)第10056号審決取消請求事件
平成19年10月31日判決言渡,平成19年10月1日口頭弁論終結
判決
原告株式会社Windy
訴訟代理人弁理士鯨田雅信
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人芦原康裕,阿部寛,高木彰,大場義則,
北村英隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006−18490号事件について平成18年12月18日にし
た審決を取り消す。
第2当事者間に争いがない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成18年2月20日,発明の名称を「切り取り線付き薬袋」とする発
明について特許出願(特願2006−41777号)した(甲4の1)が,同年8
月1日付け(発送日)で拒絶査定を受けたので,同月24日,拒絶査定不服審判を
請求し,同日付けで特許請求の範囲等について手続補正(甲5。以下「本件補正」
という。この補正により発明の名称は「切り取り線付き薬袋の使用方法」と変更さ
れた。)をした。
特許庁は,これを不服2006−18490号事件として審理し,平成18年1
2月18日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決をし,その謄本は,平成19年1月15日,原告に送達された。
2各発明の要旨
本件の特許請求の範囲は,出願時は請求項の数が6であり(甲4の2),平成1
8年4月24日付けの手続補正書による補正でも請求項の数は6であった(甲1
0)が,同年8月24日付けの本件補正では請求項の数は結局のところ1になった。
()本件補正により補正された特許請求の範囲(甲5)の請求項1に記載され1
た発明(以下「本願補正発明」という。)の要旨
「【請求項1】調剤薬局側において,薬袋の表面の縦方向の長さがその横方向の
長さの約1.5倍以上となるような縦長の形状に形成されている薬袋であって,薬
袋の底部から薬袋の横方向の長さの約1.5倍以上の距離だけ離れた上方の位置に
形成されている第1の開口部と,前記第1の開口部が形成されている位置から『薬
袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離』だけ薬袋の底部に
近づく位置に,薬袋の表面側及び裏面側の全体に渡って連続的に形成されている切
り取り線部とを備えている薬袋を用意し,(1)前記薬袋の表面側の前記切り取り
線部より上方の上方部分に患者の氏名などの個人情報を印刷すると共に,(2)前
記薬袋の表面側の前記切り取り線部より約1センチメートル以上下方の下方部分に
『薬剤の名称,用法,及び写真などの,前記患者に処方される薬剤に関する情報』
を印刷する工程と,
前記印刷された薬袋の中に,前記患者に処方される薬剤を入れる工程と,
前記薬剤を入れた薬袋を患者側に交付する工程と,
前記交付された薬袋を,患者側において,前記切り取り線部に沿って前記薬袋
の表面側と裏面側の全体を切り取ることにより,前記薬袋の前記患者の個人情報が
印刷されている表面側とそれに対向する裏面側とを含む上方部分を,前記薬袋の前
記薬剤に関する情報が印刷されている表面側とそれに対向する裏面側とを含む下方
部分から分離し,前記第1の開口部が形成されている位置から『前記薬袋の縦方向
の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離』だけ前記薬袋の底部に近づく
位置に,第2の開口部を新たに形成する工程と,
を含むことを特徴とする,切り取り線付き薬袋の使用方法。」
()平成18年4月24日付け手続補正書により補正された,本件補正前の特2
許請求の範囲(甲10)の請求項6に記載された発明(以下「本願発明」とい
う。)の要旨
「【請求項6】袋の表面の縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上と
なるような縦長の形状に形成されている薬袋であって,『薬袋の底部から薬袋の横
方向の長さの約1.5倍以上の距離だけ離れた上方の位置に形成されている第1の
開口部』を備えた薬袋の中に,薬剤を入れる工程と,
前記薬剤を入れた薬袋を患者側に交付する工程と,
前記薬袋の交付を患者側が受けた後,前記薬袋の表面側と裏面側との全体に渡
って連続的に形成されている切り取り線部に沿って前記薬袋の表面側と裏面側の全
体を切り取ることにより,薬袋の前記患者情報表示部が配置された表面側及びそれ
と対向する裏面側を含む上方部分を,薬袋の前記薬剤情報表示部が配置された表面
側及びそれと対向する裏面側を含む下方部分から分離し,前記第1の開口部が形成
されている位置から『薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の
距離』だけ薬袋の底部に近づく位置に,第2の開口部を新たに形成する工程と,
を含むことを特徴とする,薬袋の使用方法。」
3審決の理由
()審決は,別紙審決記載のとおり,本願補正発明は特許法29条1項柱書の1
「発明」に該当せず,また,特開2005−7895号公報(甲1。以下「引用
例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知の事実等
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条
2項の規定により特許出願の際,独立して特許を受けることができないとして,本
件補正を却下した上,本願発明は,引用発明及び周知の事実等に基づいて当業者が
容易に発明をすることができたから,特許法29条2項の規定により特許を受ける
ことができないとした。
()審決が認定した引用発明は,次のとおりである。2
「開口部を有する薬袋を用意し,前記薬袋の表面側の線部より上方の上方部分に
患者の氏名といった個人情報を印刷するとともに,前記線部より下方の下方部分に
『薬剤の名称,用法,及び写真などの,患者に処方される薬剤に関する情報』を印
刷する工程からなる,薬袋の使用方法。」
()審決が認定した,本願補正発明と引用発明の一致点及び相違点は,それぞ3
れ次のとおりである。
ア一致点
「第1の開口部を備えている薬袋を用意し,薬袋の表面側の線部より上方の上方
部分に患者の氏名などの個人情報を印刷する共に,前記薬袋の表面側の前記線部よ
り下方の下方部分に『薬剤の名称,用法,及び写真などの,患者に処方される薬剤
に関する情報』を印刷する工程からなる,薬袋の使用方法。」
イ相違点
(ア)相違点1
「本願補正発明が,『調剤薬局側において』,『印刷された薬袋の中に,前記患
者に処方される薬剤を入れる工程と,前記薬剤を入れた薬袋を患者側に交付する工
程と,前記交付された薬袋を,患者側において,前記切り取り線部に沿って前記薬
袋の表面側と裏面側の全体を切り取ることにより』,『第2の開口部を新たに形成
する工程』を含むのに対し,引用発明がそのような発明特定事項を含まない点。」
(イ)相違点2
「本願補正発明においては,薬袋について,『薬袋の表面の縦方向の長さがその
横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦長の形状に形成されて』おり,第1
の開口部について,『薬袋の底部から薬袋の横方向の長さの約1.5倍以上の距離
だけ離れた上方の位置に形成されて』いるのに対し,引用発明においては,そのよ
うな発明特定事項を備えるか明らかでない点。」
(ウ)相違点3
「線部について,本願補正発明においては,『第1の開口部が形成されている位
置から「薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離」だけ薬
袋の底部に近づく位置に,薬袋の表面側及び裏面側の全体に渡って連続的に形成さ
れている切り取り線部』であるのに対し,引用発明においては,そのような発明特
定事項を備えるか明らかでない点。」
(エ)相違点4
「下方部分について,本願補正発明においては,『切り取り線部より約1センチ
メートル以上下方』にあるのに対して,引用発明においては,そのような発明特定
事項を備えるか明らかでない点。」
第3原告主張の審決取消事由
審決は,手続上の規定に違反して本件補正を却下し(取消事由1),本願補正発
明が発明に該当しないと誤って判断し(取消事由2),本願補正発明と引用発明の
相違点についての判断を誤り(取消事由3ないし6),ひいては,本願発明の要旨
の認定を誤って(取消事由7),その結果,本願発明は,当業者が容易に発明をす
ることができたものであるとの誤った結論を導いたものであるから,取り消される
べきである。
1取消事由1(手続違反)
()審決は,本願補正発明が,特許法29条1項柱書の「発明」に該当しない1
と判断して,本件補正を却下したが,手続上の規定に違反してされたものである。
本願補正発明が,「発明」に該当しないとの拒絶理由は,平成18年4月4日付
け(発送日)の拒絶理由通知(甲6)及び平成18年8月1日付け(発送日)の拒
絶査定(甲7)において,全く示されてなかった。審決において,本願補正発明が
「発明」に該当しないとする判断をするに当たっては,原告に拒絶理由を通知し,
相当の期間を指定して意見を述べる機会を与えなければならなかったのに,そのよ
うな通知がされなかったから,審決は,特許法159条2項(平成18年法律第5
5号による改正前のもの。特許法50条,17条の2,53条及び159条という
とき,以下同じ。)において準用する同法50条に違反してされたものである。
()特許法17条の2第5項の規定によれば,補正後の請求項について独立特2
許要件が必要とされるのは,同法17条の2第4項2号の場合,すなわち「限定的
減縮による補正」がされた場合だけである。そして,審査基準によれば,同号の
「限定する」とは,単なる「特許請求の範囲の減縮」ではなく,「発明を特定する
ための事項の限定」,すなわち「補正前の請求項に係る発明を特定する事項の一つ
以上を概念的により下位の発明を特定するための事項とする補正」であると解して
いて,「限定的減縮」とは,「特許請求の範囲の減縮」をもたらすための限定であ
る「外的付加」と「内的付加」のうち,「内的付加」による限縮のみを指す。
しかし,本件補正前の本願発明の発明特定事項と,本件補正後の本願補正発明の
発明特定事項を比較すると,本件補正は,補正前の請求項の発明特定事項を概念的
により下位のものに補正したものではなく,「限定的減縮による補正」に該当しな
いから,その請求項に独立特許要件が存在しないことを理由として同法53条1項
により本件補正を却下することはできない。したがって,審判において,審査段階
で通知した拒絶理由ではない,発明該当性がないという拒絶理由を原告(出願人)
に通知することなく,その拒絶理由に基づいて審決を行ったことについては,手続
違反の違法が存在する。
この点について,被告は,本願発明の発明特定事項である「薬袋の中に,薬剤を
入れる工程」を本願補正発明では細分化したなどとして,本件補正が限定的減縮に
よる補正に該当する旨主張する。しかし,本願発明の発明特定事項である「薬袋の
中に薬剤を入れる工程」と,本願補正発明の「薬袋を用意する工程」及び「薬袋に
個人情報及び薬剤に関する情報を印刷する工程」とは,互いに全く別個の互いに独
立の概念であり,互いが概念的に上位・下位の関係にあるものではない。すなわち,
「薬袋を用意する工程」及び「薬袋に個人情報及び薬剤に関する情報を印刷する工
程」という構成要件(技術的要素)の付加は,本願発明との関係で,「外的付加」
による特許請求の範囲の減縮に該当するもので,「内的付加」による特許請求の範
囲の減縮に該当するものではない。
()発明に該当しないという拒絶理由は,本件補正により生じた拒絶理由では3
なく,本件補正の前から既に存在していたが見落とされていた拒絶理由であるから,
本件補正について,特許法17条の2第5項が適用されるべきではない。
すなわち,審決は,本件補正による本願補正発明の発明特定事項の中の「第2の
開口部を新たに形成する工程」は人為的な取り決めにすぎず,また各工程を全体的
にみても人為的な取り決めであるとして,本願補正発明の発明該当性を否定した。
しかし,「第2の開口部を新たに形成する工程」は,本件補正前の本願発明におい
ても既に存在していた発明特定事項であるから,発明該当性の欠如という拒絶理由
は,本件補正の前から既に存在していたが審査官により見落されていた拒絶理由で
あった。
特許法53条の「補正が同条第3項から第5項までの規定に違反しているものと
・・・認められたとき」とは,その補正が「その補正により新たに生じた拒絶理
由」又は「その補正前の拒絶理由通知又は拒絶査定において既に指摘されていた拒
絶理由」のいずれかを有していることを理由とする場合のみを意味し,その補正が
「その補正の前から既に存在していたが審査官により見落されていた拒絶理由」を
有していることを理由とする場合は含まれないと解するのが相当である。
特許庁審査基準の「第Ⅸ部4.3.3.2」も同旨といえ,同審査基準は,審査
段階での扱いを定めたものであるが,審査段階で要求される出願人側の手続保障の
レベルは,そのまま審判においても維持されるべきである。また,仮に,原告が審
判請求時に本件補正を行わなかった場合,特許法159条2項が準用する同法50
条による拒絶理由通知を発することなく,いきなり不意打ち的に「発明該当性の欠
如」を理由として拒絶審決を行うことが許されないこととのバランスからも,拒絶
理由通知は必要である。
したがって,発明に該当しないという拒絶理由に基づいて,特許法159条2項
が準用する同法50条による通知をしないで,本件補正を却下したことは,手続上
違法である。
()この取消事由が認められれば,他の取消事由が認められなくとも,審決は4
違法として取り消されるべきである。
仮に,原告に対して特許法159条2項が要求する「発明該当性の欠如」の拒絶
理由の通知がされていたら,その拒絶理由は,本件の審判請求時の補正より前から
存在していたが見落とされていた拒絶理由であるから,その通知は「最初の拒絶理
由通知」と同じ扱いとされることになるべきである。そうすると,原告は,「発明
該当性の欠如」という拒絶理由に対して適切に対応するため,特許請求の範囲の補
正を行うことができたはずであるし,その際,進歩性に関しても,再度検討して,
適切な補正を行うことができた。
2取消事由2(発明該当性判断の誤り)
()審決は,「本願補正発明は,人為的取り決めである個々の使用方法をその1
工程として時系列的に組み合わせたものに過ぎず,発明全体としても自然法則を利
用した技術的思想の創作であるとは認められないので,特許法第29条第1項柱書
に規定する『発明』に該当しない」(4頁第2段落)と判断したが誤りである。
()審決は,本願補正発明が「発明」に該当しない理由として,本願発明の調2
剤薬局側が薬袋に情報を印刷する工程,薬袋の中に薬剤を入れる工程及び薬袋を患
者側に交付する工程において,人間を含むことを挙げている。
しかし,上記各工程を,人間によらずに機械装置により自動的に行うことは,現
代の技術では十分に可能である。また,方法の発明において,方法の発明を構成す
る各工程の具体的内容を機械装置によっても行うことができる場合,各工程を実際
に行うのが,人間か機械装置かは問題にならず,方法の発明においては,各工程を
すべて人間が行ってもよい。特許第2505722号公報(甲15)及び特許第2
564461号公報(甲16)が示すように,方法の発明においては,その中の各
工程は,機械が行うものであるか人間が行うものであるかを区別することなく発明
該当性が認められている。
この点,被告は,平成8年6月26日法律104号「薬事法等の一部を改正する
法律」の25条の2の規定を挙げて,機械による交付を想定し難い旨主張するが,
それは,現時点での法律的な制約を示すものにすぎず,「交付する工程」が機械装
置により行われることは現在でも技術的に可能であり,かつ,将来的には機械装置
で行われることが法律で認められ得ることを否定するものではない。
()審決は,本願補正発明が「発明」に該当しない理由として,本願発明の患3
者側において切り取り線部に沿って薬袋を切り取ることにより第2の開口部を形成
する工程という発明特定事項が,患者(人間)の自由な意思に基づく動作であって,
技術思想としての意義が認められず,人為的取り決めそのものであるから,自然法
則を利用したものではないとするが,本願補正発明の「切り取り線部」の構成と作
用を十分に理解していないものであり,誤りである。
本願補正発明の「切り取り線部」は,「例えばミシン目状に多数の切れ目を形成
することなどにより,患者が他の部分よりも切り取り易くなっている部分」(願書
に添付した明細書〔甲4の3。以下「当初明細書」という。〕の段落【001
2】)を意味する。そして,このような,切り取り線部が存在する結果,本願発明
は,薬袋の上方部分だけを薬袋から容易に切り取って除くことができ,第1の開口
部の下方に新たに第2の開口部を容易に形成することができるという作用・効果を
奏する。この作用・効果は,薬袋の所定位置に切り取り線部を形成するという構成
による技術的作用によるものであり,患者の自由意思とは全く関係がない事項であ
る。
すなわち,本願補正発明の「第2の開口部を新たに形成する工程」は,薬袋に形
成された切り取り線部(ミシン目など)の技術的作用そのものではないが,「第2
の開口部を新たに形成する工程」において第2の開口部を形成することが容易にで
きるようになることは,切り取り線部(ミシン目など)により得られる技術的作用
である。そして,「第2の開口部を新たに成形する工程」は,「患者側が行う工程
そのもの」であって人為的取り決めではない。
()被告は,本願補正発明は,個人情報が保護できるよう患者が薬袋の個人情4
報表示部を切除し,その切除後も内部の薬が不用意に「出ない」ようにするという
作用・効果を奏するものである旨主張し,また,個人情報を保護できるよう患者側
において薬袋の個人情報表示部を切除することを主な作用・効果とする旨主張する
が,誤りである。
本願補正発明は,①患者側において「通常よりも縦長に形成された薬袋」の上方
部分を切り取り線部から切除して第2の開口部を新たに形成することが容易にでき
るようにし,②切り取り線部により第2の開口部を形成して「通常よりも縦長に形
成された薬袋」を「通常の縦長のサイズ・形状の薬袋」に変えることが容易にでき
るようにし,これにより,③上方部分の切除後の薬袋に薬剤の詳細な情報を表示す
るためのスペースを十分に確保させながら,④上方部分の切除後の薬袋の開口部か
ら内部の薬が,はみ出し難くする,又は,不用意に出難くすることができて,上方
部分の切除後の薬袋に袋としての本質的機能を保持させることができ,かつ,⑤患
者が使用する薬袋が必要以上に大きいサイズや縦長の形状となってしまうことを回
避して,薬袋としての使い勝手の良さを確保できるようにするという作用・効果を
奏するものである。本願補正発明と異なり,「通常のサイズ・形状の薬袋」の一部
を切除して第2の開口部を新たに形成する場合は,薬袋の全体のサイズ・形状が通
常よりも縦方向に短いものとなってしまい,中身の薬剤が薬袋の第2の開口部かは
み出したり脱落しやすくなってしまう。
また,本願補正発明は,切り取り線部から上方部分を切除した場合でも第2の開
口部の下方に約1センチメートル以上の余白が存在しているので,その余白を折り
曲げるようにしても,薬剤の用法などの詳細情報を記載した下方部分が折り曲げ部
分により隠されてしまうことがなく,前記第2の開口部から内部の薬品が不用意に
出ないようにするために第2の開口部の近傍部分(余白部分)を折り曲げることが
より容易にできるようになるという作用・効果を奏する。
()被告は,「薬剤を入れる工程」,「交付する工程」は,薬剤師が薬剤を調5
剤し患者に手渡す手順を示したものにすぎず人為的な取り決めである旨主張し,ま
た,個人情報部分を切り取るのは患者側でも調剤薬局側でもよいから,「第2の開
口部を新たに形成する工程」を「患者側において」と特定することは,誰がやるか
という人間同士の約束事を取り決めたものにすぎず人為的な取り決めである旨主張
する。
しかし,「薬剤を入れる工程」,「交付する工程」は,「調剤薬局側が行う工程
そのもの」であり,人為的な取り決めではない。また,個人情報部分を切り取るの
は,患者側でも調剤薬局側でも技術的に可能ではあるが,「第2の開口部を新たに
形成する工程」を「患者側において」と特定することが人為的取り決めだというこ
とにならない。本願補正発明では,個人情報部分を切り取るのは,患者側でも調剤
薬局側でも技術的に可能であることを前提として,「患者側が個人情報部分を切り
取る」という工程を選択・限定しているものである。様々な複数の技術的に可能な
選択肢の中から適切なものを選択・限定して発明を構成することは,特許請求の範
囲を作成する場合に一般に行われていることである。
3取消事由3(相違点2,3のうちの「用意する工程」の有無に係る相違点に
ついての判断の誤り)
()本願補正発明は,調剤薬局側において,薬袋の表面の縦方向の長さがその1
横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦長の形状に形成されている薬袋であ
って,薬袋の底部から薬袋の横方向の長さの約1.5倍以上の距離だけ離れた上方
の位置に形成されている第1の開口部と,第1の開口部が形成されている位置から,
薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離だけ薬袋の底部に
近づく位置に,薬袋の表面側及び裏面側の全体にわたって連続的に形成されている
切り取り線部とを備えている薬袋を用意する工程(以下「用意する工程」とい
う。)を,その必須の構成としているところ,「用意する工程」は,引用発明には
ないので,「用意する工程」の存在は,本願補正発明と引用発明との相違点である。
この「用意する工程」に係る相違は,審決の相違点2及び相違点3に含まれてい
るところ,審決は,「用意する工程」について,それが単なる設計事項にすぎない
から,当業者が容易に想到できたとしたが,誤りである。
()本願補正発明の特許請求の範囲や当初明細書(段落【0012】)の記載2
によれば,本願補正発明においては,①患者側において「通常よりも縦長に形成さ
れた薬袋」の上方部分を,第1の開口部が形成されている位置から「薬袋の縦方向
の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離」だけ薬袋の底部に近づく位置
に薬袋の表面側及び裏面側の全体にわたって連続的に形成されている切り取り線部
から切除し,第2の開口部を新たに形成することが,切り取り線部の技術的作用に
より容易にできるようにし,②切り取り線部により第2の開口部を形成して前記通
常よりも縦長に形成された薬袋を通常のサイズ・形状の薬袋に変えることを容易に
できるようにし,これにより,③上方部分の切除後の薬袋に,「薬剤の詳細な情報
を表示するためのスペース」を十分に確保させながら,④上方部分の切除後の薬袋
に「袋としての本質的機能」を保持させることができ,かつ,⑤患者が使用する薬
袋が必要以上に大きいサイズや縦長の形状となってしまうことを回避して「薬袋と
しての使い勝手の良さ」を確保できるようにするという作用・効果があり,これら
の作用・効果は,従来技術によっては,実現できず,予想もできない有利な作用・
効果である。
そして,上記の③ないし⑤の効果は,上記①及び②の作用により初めて可能にな
るものであり,上記①及び②の作用は,「用意する工程」という構成を採用するこ
とにより初めて可能となる。なぜなら,「通常よりも縦長に形成された薬袋」を用
意せず,「通常のサイズ・形状の薬袋」を使用して,その薬袋の個人情報を表示す
る上方部分を切り取り線部により切除した場合は,切除後の薬袋は「通常のサイズ
・形状の薬袋」ではなく,その縦方向の長さが適切なサイズよりも過小になってし
まう結果,上記の作用・効果が得られることはなく,中身の薬剤が開口部からはみ
出しやすくなったり脱落しやすくなってしまうという,取り返しのつかないデメリ
ットを生じてしまうことが明らかだからである。
そして,ここで,上記「通常よりも縦長に形成された薬袋」は,本願補正発明の
特許請求の範囲の「表面の縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上とな
るような縦長の形状に形成されている薬袋」と同義であり,「通常のサイズ・形状
の薬袋」とは,「通常よりも縦長に形成された薬袋,すなわち表面の縦方向の長さ
がその横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦長の形状に形成されている薬
袋から,第1の開口部が形成されている位置から『薬袋の縦方向の長さの約5分の
1から約3分の1までの間の距離』だけ薬袋の底部に近づく位置に形成された切り
取り線部によりその上方部分を切除した後に得られるようなサイズ・形状の薬袋」
という意味である。
つまり,上記②の作用の実現,すなわち,「通常よりも縦長に形成された薬袋」
を「通常のサイズ・形状の薬袋」に変えることが容易にできるようにするためには,
上記「用意する工程」が不可欠である。上記①及び②の切り取り線部により第2の
開口部を形成して,「通常よりも縦長に形成された薬袋」を「通常のサイズ・形状
の薬袋」に変えることが容易にできるようにするという作用・効果は,「用意する
工程」の構成を採用することにより,初めて可能になるものである。
4取消事由4(相違点3のうちの切り取り線部の有無に係る相違点についての
判断の誤り)
()本願補正発明は,「第1の開口部が形成されている位置から『薬袋の縦方1
向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離』だけ薬袋の底部に近づく位
置に,薬袋の表面側及び裏面側の全体にわたって連続的に形成されている切り取り
線部とを備えている(こと)」を必須構成要件としているところ,この切り取り線
部の構成は,引用発明にはないので,切り取り線部の構成の有無は,本願補正発明
と引用発明の相違点である。
この切り取り線部の有無に係る相違は,審決の相違点3に含まれているところ,
審決は,同相違点に係る本願補正発明の構成について,引用発明と特開2003−
98967号公報(甲2。以下「甲2公報」という。)及び特開2004−317
875号公報(甲3。以下「甲3公報」という。)との組合せにより導くことが可
能であり,かつ,上記組合せは,「個人情報の保護(プライバシー保護)」の動機
付けから,当業者が容易に想到できるとしたが,誤りである。
()引用発明の線部は,患者情報と薬剤情報との間の表示上の区別を明確にす2
るために印刷された表示上の仕切り線にすぎず,薬袋の表側(情報が印刷されてい
る側)に印刷されているだけで,薬袋の裏側(情報が印刷されていない側)には印
刷されていない。
また,甲2公報及び甲3公報は,いずれも,平面状のシート(ラベル,シート)
の中の個人情報部分と他の部分との間にミシン目を形成したという技術を開示して
いるにすぎない。そして,これらの公報に記載された技術が,周知技術であるとし
ても,それは,平面状のシート(ラベル,シート)の中の一部であって,個人情報
が表示された部分と他の部分との間の部分に,平面的な切り取り部分を形成するた
めのミシン目を形成するという技術が周知であるにすぎない。甲2公報や甲3公報
に記載された技術には,あらゆる種類の印刷物(印刷物一般)に,個人情報が表示
された部分と他の部分との間の部分にミシン目を形成するという技術,袋の表側
(個人情報が表示されている側)のシートの中の一部であって,個人情報が表示さ
れた部分と他の部分との間の部分に平面的な切り取り部分を形成するためのミシン
目を形成するという技術,袋の裏側(個人情報が全く表示されていない側)のシー
トの中の一部に平面的な切り取り部分を形成するためのミシン目を形成するという
技術,及び,袋の表側と裏側とを含む全体にわたる立体的な(筒状の)切り取り部
分を形成するためのミシン目を形成するという技術などが含まれていないことが明
らかである。
したがって,仮に,「個人情報の保護」を動機付けとして,引用発明に甲2公報
及び甲3公報記載の技術を適用することが容易だとしても,「薬袋という袋の表側
(個人情報が表示されている側)と裏側(個人情報が表示されていない側)との全
体に渡って連続的に切り取り線部を形成する」という本願補正発明の構成を導くこ
とはできない。個人情報の保護を動機付けとする組合せによっては,引用発明の薬
袋の中の個人情報が表示されている部分(薬袋の表側)だけをミシン目で切り取り
可能に構成すれば,目的は達成できるから,単に,薬袋の表側(個人情報が表示さ
れている側)のシートの中の個人情報表示部分と他の部分との間に,平面的な切り
取り部分を形成するためのミシン目を形成するという構成を導くことができるにと
どまり,それ以上に,「薬袋の裏側(個人情報が表示されていない側)のシートの
中の個人情報表示部分と他の部分との間に切り取り線部を形成する」という構成や,
「薬袋の表側と裏側(個人情報が表示されていない側)の両方に渡って連続的に形
成された切り取り線部であって,立体的な(筒状の)切り取り部分(第2の開口
部)を形成するための切り取り線部を形成する」という構成までを導くことは,到
底できない。
また,そもそも,薬袋という袋の収容機能を果たしている本体部分の一部に,ミ
シン目などによる切り取り部分を形成することは,薬袋の袋としての本質的機能を
喪失又は大きく毀損させる結果になってしまう。すなわち,引用発明と甲2公報及
び甲3公報記載の技術とを組み合わせることは,引用発明の薬袋に対して,袋とし
ての本質的機能を喪失又は大きく毀損させるという取り返しのつかないデメリット
を生じさせることになってしまうのであり,その組合せには,阻害要因が存在し,
当業者が容易に想到することはできない。
5取消事由5(相違点1についての判断の誤り)
()審決は,本願補正発明と引用発明の相違点1について,甲2公報及び甲31
公報から,「印刷物の中の個人情報を記載した部分と他の部分との間をミシン目に
より分離すること」は周知技術であること,及び,引用発明の薬袋の中には個人情
報を印刷した部分があることから,「引用発明に甲第2号証及び甲第3号証を適用
して,薬袋の中の個人情報部分と他の部分との間をミシン目により分離すること」
すなわち「薬袋の表側と裏側との全体に渡って連続する切り取り線部(ミシン目な
ど)により薬袋に第2の開口部を新たに形成すること」は当業者が容易に想起し得
るとしたが,誤りである。
()甲2公報及び甲3公報は,いずれも,平面状のシート(ラベル,シート)2
の中の個人情報部分と他の部分との間をミシン目により分離するという技術を開示
しているにすぎない。
したがって,これらの技術が周知技術であるとしても,それは,平面状のシー
ト」(ラベル,シート)の中に個人情報が表示された部分と他の部分との間を分離
するための平面的な切り取り部分を形成するという技術が周知であるというにとど
まり,あらゆる種類の印刷物(印刷物一般)の中に,個人情報が表示された部分と
他の部分との間を分離するための平面的な切り取り部分を形成するという技術,袋
の表側(個人情報が表示されている側)のシートの中に,個人情報が表示された部
分と他の部分との間を分離するための平面的な切り取り部分を形成するという技術,
袋の裏側(個人情報が表示されていない側)のシートに,平面的な切り取り部分を
形成するためのミシン目を形成するという技術,及び,袋の表側(個人情報が表示
されている側)と裏側(個人情報が表示されていない側)とを含む全体にわたって,
立体的な(筒状の)切り取り部分を形成するという技術は含まれていない。
そして,審決は,引用発明に甲2公報及び甲3公報に記載された技術を組み合わ
せる動機付けを「個人情報の保護(プライバシー保護)」に求めているが,薬袋の
袋としての機能を考慮するならば,薬袋において,袋としての機能を毀損してしま
うような切り取り部分は必要最小限に止めるべきであることは常識であるから,当
業者は,上記目的を達するためには,引用発明の薬袋の中の個人情報が表示されて
いる部分(薬袋の表側)だけを平面的に切り取ればいいから,そのことにより,単
に,薬袋の表側(個人情報が表示されている側)のシートの中に,個人情報表示部
分と他の部分との間を分離するための平面的な切り取り部分を形成するという構成
を導くことができるにとどまり,それ以上に,「薬袋の表側(個人情報が表示され
ている側)と裏側(個人情報が全く表示されていない側)との全体に渡って連続す
る切り取り線部により,立体的な(筒状の)切り取り部分(第2の開口部)を新た
に形成する」という相違点1に係る「第2の開口部を新たに形成する工程」の構成
を導くことは,到底できない。
また,そもそも,薬袋という袋の収容機能を果たしている薬袋の本体部分の一部
に切り取り部分を形成することは,薬袋の袋としての本質的機能を喪失又は大きく
毀損させる結果になってしまう。すなわち,引用発明と甲2公報及び甲3公報記載
の技術を組み合わせることは,引用発明の薬袋に対して,袋としての本質的機能を
喪失又は大きく毀損させるという取り返しのつかないデメリットを生じさせること
になってしまうから,その組合せには,阻害要因が存在し,当業者が容易に想到す
ることはできない。
6取消事由6(相違点4についての判断の誤り)
()審決は,本願補正発明と引用発明の相違点4について,「引用発明の下方1
部分と線部との位置関係を如何にするかは設計事項に過ぎない」(7頁第1段落)
から当業者が容易に想到できたと判断したが,誤りである。
()本願補正発明においては,切り取り線部から上方部分を切除した場合でも,2
第2の開口部の下方に「約1センチメートル以上の余白」が存在しているので,こ
の余白部分を第2の開口部をふさぐための折り曲げ部とすることができるという作
用・効果を奏する。
すなわち,本願補正発明では,余白部分を折り曲げて第2の開口部をふさぐよう
にしても,薬剤の用法などの詳細情報を記載した下方部分の一部がその折り曲げ部
によって隠されてしまうことがないため,中身の薬剤が不用意に出ないように第2
の開口部の近傍部分(余白の部分)を折り曲げても,薬剤情報の一部が折り曲げ部
によって隠されて見えなくなってしまうという不都合が生じることを防ぐことがで
きるようになり,第2の開口部から内部の薬品が不用意に出たりしないようにする
ために開口縁部を折り曲げることが,より容易にできるようになるという作用・効
果を奏する。
このような作用・効果は,本願補正発明を採用することにより初めて可能になる
ものであり,相違点4に係る本願補正発明の構成は,格別の効果を達成するために
必要不可欠な要件であるから,単なる設計事項ではない。
7取消事由7(本願発明の要旨の認定の誤り)
審決は,「本件補正は,上記のとおり却下されたので,本願の請求項6に係る発
明(以下,「本願発明」という。)は,平成18年4月24日付けの手続補正書に
より補正された明細書及び図面の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項6に
記載された事項により特定される,以下のとおりのものと認められる。」(7頁最
終段落)としたが,前記の取消事由記載のとおり,本件補正を却下したことは誤り
であり,審決は,本願発明の要旨の認定を誤った。
第4被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(手続違反)に対して
()原告は,拒絶理由通知をすることなく,本願補正発明が「発明」に該当し1
ないとして本件補正を却下したことが違法である旨主張するが,失当である。
特許法159条2項は「第50条の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理
由と異なる拒絶の理由を発見した場合に運用する。この場合において,第50条た
だし書中『第17条の2第1項第3号に掲げる場合』とあるのは,『第17条の2
第1項第3号又は第4号に掲げる場合(同項第3号に掲げる場合にあつては,拒絶
査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)』と読み替えるものとする。」
と,同法第50条は「審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特
許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する
機会を与えなければならない。ただし,第17条の2第1項第3号に掲げる場合に
おいて,第53条第1項の規定による却下の決定をするときは,この限りでな
い。」と規定する。
これらの規定によれば,拒絶査定不服審判において審判請求時の補正について独
立特許要件を充足しないために補正却下する場合,仮にそれが審査段階で通知した
拒絶理由に基づくものでなかったとしても,新たに拒絶理由を通知することはない
のであるから,審決の手続に違法な点はない。
()原告は,本件補正は,限定的減縮を目的とする補正に該当せず,独立特許2
要件が存在しないことを理由として,特許法53条1項により補正を却下すること
はできない旨主張するが,失当である。
本件補正は,本件補正前の本願発明の発明特定事項である「薬袋の中に,薬剤を
入れる工程」を,「薬袋を用意」する工程,この薬袋に「個人情報を印刷すると共
に」「患者に処方される薬剤に関する情報を印刷する工程」,「患者に処方される
薬剤を入れる工程」に細分化するとともに,これらの工程及び「交付する工程」の
主体を調剤薬局側と限定するとともに,「第2の開口部を新たに形成する工程」の
主体を「患者側」と限定するものであり,かつ,本願発明と本願補正発明の産業上
の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので,特許法17条の2第4項
2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。仮に,本件補正が限定的減
縮を目的とするものに該当しないとしたら,本件補正は,同法36条5項の規定す
るところの補正でないから,補正は却下されるべきものである。
()原告は,発明該当性の欠如という拒絶理由は,本件補正の前から既に存在3
していたが,見落とされていた拒絶理由といえるので,発明該当性の欠如を理由と
して,特許法53条により補正を却下することができない旨主張するが,失当であ
る。
審査基準において,補正却下の手続は,「Ⅸ部の6.2.1(4)」や同「6.
3」によるところ,これらによっても,補正却下は,拒絶理由通知で指摘した理由
ではない新たな拒絶理由によって行うことができることが明らかである。原告が挙
げる審査基準の項目は,補正却下の手続について定めたものではない。
また,審決は,本願発明については,産業上利用することのできる発明に該当す
ると認め,他の特許要件について判断している。審決は,補正により新たに生じた
拒絶理由により,補正却下しているのであり,原告が主張するような,補正の前か
ら既に存在していたが,審査官により見落とされていた拒絶理由により補正を却下
したわけではない。
2取消事由2(発明該当性判断の誤り)に対して
()原告は,本願補正発明が発明に該当しないとした審決の判断を争うが,失1
当である。
()本願補正発明は,「調剤薬局側」による「印刷する工程」,「薬剤を入れ2
る工程」及び「交付する工程」,「患者側」による「第2の開口部を新たに形成す
る工程」からなる方法の発明であり,本件補正後の明細書(甲5,4の3。以下
「補正明細書」という。)の記載(段落【0003】ないし【0005】,【00
12】ないし【0017】)によれば,個人情報が保護できるよう患者が薬袋の個
人情報表示部を切除し,その切除後も内部の薬が不用意に出ないようにするという
作用・効果を奏するものである。しかし,薬が不用意に出ないという作用・効果を
奏するためには,補正明細書の段落【0016】に記載されているように,「第2
の開口部を新たに形成する工程」に引き続き,第2の開口部をふさぐよう「『余白
部を含む部分』を折り曲げ・折り畳む」工程が不可欠となるはずであるが,本願補
正発明にはこのような工程は含まれていない。そうすると,本願補正発明の主な作
用・効果は,個人情報を保護できるよう,患者側において薬袋の個人情報表示部を
切除することにあるといえる。
特許法上の発明であるためには,同法2条に規定された「自然法則を利用した創
作」であることが要件であり,自然法則以外の法則,人為的な取決め,数学上の公
式,人間の精神活動及びそれらのみを利用しているときは,自然法則を利用してい
ないものとして,「発明」に該当しないと判断される。
本願補正発明の使用方法は,「薬袋の表面の縦方向の長さがその横方向の長さの
約1.5倍以上となるような縦長の形状に形成されている薬袋」であって,「『薬
袋の底部から薬袋の横方向の長さの約1.5倍以上の距離だけ離れた上方の位置に
形成されている第1の開口部』」,「表面側と裏面側との全体に渡って連続的に形
成されている切り取り線部」,「患者の氏名などの個人情報」が印刷された「患者
情報表示部が配置された表面側及びそれと対向する裏面側を含む上方部分」,「薬
袋の表面側の切り取り線部より約1センチメートル以上下方」に形成されるととも
に「『薬剤の名称,用法,及び写真などの,患者に処方される薬剤に関する情
報』」が印刷された「薬剤情報表示部が配置された表面側及びそれと対向する裏面
側を含む下方部分」,「第1の開口部が形成されている位置から『薬袋の縦方向の
長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離』だけ薬袋の底部に近づく位置に,
薬袋の表面側及び裏面側の全体に渡って連続的に形成されている切り取り線部」と
を備えた薬袋の存在を前提としている。そして,本願補正発明の「印刷する工程」
については,本願補正発明の薬袋が「個人情報表示部」に個人情報を,「薬剤情報
表示部」に薬剤情報をそれぞれ印刷するものであることから,本願補正発明の薬袋
を作成する上で当然必要となる工程である。また,「薬剤を入れる工程」,「交付
する工程」は,通常,調剤薬局側において薬剤師が行っている工程にすぎず,どの
ような薬袋を用いたとしてもこれらの工程は行われ,本願補正発明の薬袋を用いる
場合であっても同様にこれらの工程は行われる。つまり,これらの工程は,薬剤師
が,薬剤を調剤し患者に手渡す手順を示したものにすぎず,人為的な取り決めであ
る。そして,「薬袋」に「第2の開口部を新たに形成する工程」は,本願補正発明
の薬袋に切り取り線部が形成されていることから導かれる工程である。薬袋の個人
情報を保護するには,個人情報部分を切り取ればそれで充分であり,誰がそれを切
り取るのかということは問題ではない。例えば,調剤薬局側において薬袋の交付と
同時に薬剤師が切り取るようにしてもよい。つまり,個人情報部分を切り取るのが
患者でなければならないという必然性はない。それにもかかわらず,「第2の開口
部を新たに形成する工程」を「患者側において」と特定することは,本願補正発明
の薬袋の有する機能から導かれる使用方法ではなく,単に,誰がやるかという人間
同士の約束事を取り決めたものにすぎず,人為的な取り決めである。
そうすると,本願補正発明は,個人情報を保護できるよう,患者側において薬袋
の個人情報表示部を切除するという主な作用・効果からみて,「第2の開口部を新
たに形成する工程」が,技術的特徴を表す主要な工程であるといえるが,当該工程
は,上記のとおり,人為的な取り決めにすぎず,また,上記各工程を全体的にみて
も人為的な取り決めであるといえるので,自然法則を利用した創作であるとはいえ
ない。
()原告は,本願補正発明のうち,「調剤薬局側」が,「印刷する工程」,3
「薬剤を入れる工程」及び「交付する工程」は,人間によらず機械装置により自動
的に行うことは可能であり,人間にしかできない精神活動であるとはいえないから,
審決が誤りである旨主張するが,失当である。
補正明細書中には,「調剤薬局側」が,「印刷する工程」,「薬剤を入れる工
程」及び「交付する工程」に関し,どのようにして機械装置による方法とするのか
具体的な説明は一切なく,またそれを想定していたことを示す根拠もない。
また,原告は本願補正発明の「患者側」による「第2の開口部を新たに形成する
工程」が,「薬袋」に形成された「切り取り線部」(ミシン目)の技術的作用によ
るものである旨主張するが,失当である。
本願補正発明は,「切り取り線部」が形成された「薬袋」という物の発明ではな
く,方法の発明であり,「患者側」による「第2の開口部を新たに形成する工程」
は,患者が薬袋を切り取り線部(ミシン目)で切り取る工程という以外に解するこ
とはできず,機械装置による方法とも,「薬袋」に形成された「切り取り線部」
(ミシン目)の技術的作用ともいうことはできない。
さらに,平成9年4月1日以降,薬剤の交付の際,薬剤師が患者に対し説明義務
を負うこととなった(平成8年6月26日法律104号「薬事法等の一部を改正す
る法律」25条の2)ことから,本願補正発明の「交付する工程」については,通
常,薬剤師が患者に対して薬剤の説明をしながら手渡すという工程と解さざるを得
ず,機械による方法を想定し難い。
3取消事由3ないし6(相違点についての判断の誤りについて)に対して
()審決は,相違点1ないし4について,設計事項であるなどとして,それら1
の相違点に係る本願補正発明の構成に当業者が容易に想到することができるとした
のに対し,原告は,審決の判断を争う。
()甲2公報の段落【0008】には,「検査用試料を採取時には,識別ラベ2
ル上には,姓名,年齢,性別など容易に各提供者個人を識別できる個人情報が表示
され,・・・個人のプライバシー保護に十分に配慮できる医療機関などの場所から,
外部の検査機関などへ移動,移送又は輸送される場合には,検査試料を収めた容器
から当該個人情報を表示した部分を取り除いて匿名性を確保できる手法を見出して,
本発明を完成した。」と,段落【0024】には,「該ミシン目の右側には,『個
人情報表示エリア』」が配置され,図2(c)と図2(d)を参照しても理解できるよ
うに,必要に応じて,ミシン目を利用して切取り,『匿名化情報表示エリア』及び
『二次元バーコード表示エリア』の着いている検体試料容器から分離できる。」と
の記載があり,また,甲3公報の段落【0017】には,「シート本体11の上段
の左側には請求先の住所・氏名等の宛先を記載した保護情報記載領域(以下「保護
領域」という)15が設けられており,例えばこのシート10が図1の一点鎖線で
示す箇所で三つ折りにして封筒に入れて郵送される場合に,この宛先が記載された
保護領域15を封筒の透明窓(図示なし)から表示させることで,郵送の宛先に利
用可能となっている。」と,段落【0018】には,「本実施形態のシート10で
は,保護領域15の周縁部に分離線16が設けられている。この分離線16はダイ
カットにより切れ目を間欠的に形成されてなるミシン目で,この分離線16を切離
すことにより,保護領域15とシート本体11とを分離可能とする。」との記載が
ある。
そして,甲2公報及び甲3公報の上記記載に基づき,審決は,個人情報を含む印
刷物から個人情報に関する記載がなされた部分を,印刷物に形成されたミシン目に
より分離可能とし,必要に応じて当該部分を分離することは周知技術であるとした
ものであり,その認定に誤りはない。
そして,仮に,本願補正発明の「切り取り線部」がミシン目であったとしても,
上記のとおり,ミシン目により分離することは周知技術であることから,引用発明
の「線部」をミシン目とし,当該線部において個人情報を印刷した部分を分離する
ことは当業者が容易になし得ることであり,この点の審決の判断に誤りはない。
また,書類や物品を収容する封筒や袋には様々な大きさ・形状があることは広く
知られており,収容する書類や物品の形状に応じて,使用者がさらに切断・変形さ
せて用いることも,日常的に行われている。つまり,封筒や袋とは,通常,使用目
途等に応じてその形状・サイズを適宜変更されて用いられるものである。
引用発明の薬袋は,薬袋である以上,個人情報部分が切り取られた後であっても,
薬の出し入れや収納が自在であり,患者にとって必要な表示が見えるようにする程
度のことは,当業者が当然に配慮すべき事項であり,薬袋として本来の機能を充分
に果たすよう,切り取り前の薬袋の形状,切り取り部分の形状,切り取り後の薬袋
の形状等を設計し,それに応じて「切り取り線部」の位置や印刷する「個人情報」
・「薬剤に関する情報」の位置を特定することは,必要に応じて適宜設定するもの
である。
そして,甲2公報及び甲3公報の記載から,印刷物の個人情報部分をミシン目で
分離することは周知技術であり,引用発明の薬袋には個人情報を記載した部分があ
ることから,それをミシン目で切り取れるようにすること,すなわち,引用発明に
甲2公報及び甲3公報に記載された発明を適用することは,当業者であれば想起し
得ることである。
原告は,甲2公報及び甲3公報記載の技術から,切り取り線部を裏面側まで形成
することは導けない旨主張するが,切り取り部分の形状は必要に応じて適宜設定す
るものであり,また,切り取り線部の位置は切り取り部分の形状に応じて設定され
るのが当然であり,例えば,甲3公報に記載されているように平面上の一部を四角
形状に分離するのであれば切り取り線部は四角に設定し,また,筒状の袋において
その切り取り部分を筒状に分離するのであれば,袋の表側だけでなく裏側にまでミ
シン目を形成しておくべきことは,当業者であれば当然想起し得ることである。
そして,本願補正発明の特許請求の範囲には薬袋の通常サイズ・形状についての
記載がなく,薬袋の通常サイズ・形状に関する原告の主張は,特許請求の範囲の記
載に基づかないものである。また,薬袋のサイズ・形状は,薬局によっても異なり,
様々なものが知られているため,その通常サイズ・形状についての一般的な共通概
念が存するともいえず,原告の主張は失当である。
4取消事由7(本願発明の要旨の認定の誤り)に対して
原告は,審決が本件補正を却下したことが誤りであることを前提として,審決に
おける本願発明の要旨の認定は誤りである旨主張するが,審決が本件補正を却下し
たことに誤りはないので,原告の主張は失当である。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(手続違反)について
()審決は,「本願補正発明は,特許法第29条第1項柱書に規定する『発1
明』に該当しないので,特許出願の際独立して特許を受けることができないもので
ある。また,仮に,本願補正発明が特許法第29条第1項柱書に規定する『発明』
に該当するとしても,本願補正発明は,引用発明,上述の周知の事実,及び,上述
の周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特
許法第29条第2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができ
ないものである。したがって,本件補正は,特許法第17条の2第5項において準
用する同法第126条第5項の規定に違反するので,特許法第159条第1項にお
いて読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものであ
る。」(7頁第4段落∼第6段落)としたのに対し,原告は,本願補正発明が,発
明に該当しないとの拒絶理由は,平成18年4月4日付け(発送日)の拒絶理由通
知(甲6)及び同年8月1日付け(発送日)の拒絶査定(甲7)において,全く示
されておらず,審決において,本願補正発明が特許法29条1項柱書の発明に該当
しないとする判断をするに当たっては,原告に拒絶理由を通知し,相当の期間を指
定して意見を述べる機会を与えなければならなかったのに,そのような通知がされ
なかったから,審決は,特許法159条2項において準用する同法50条に違反し
てされたものであるとして,審決が,本件補正を却下したことを誤りである旨主張
する。
()審決は,審判請求時にされた本件補正について,特許法17条の2第5項2
において準用する同法126条5項の規定に違反するので,同法159条1項にお
いて読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきであるとするとこ
ろ,本件補正について,これらの条文を適用することに誤りはないし,かつ,補正
を却下するに当たり,却下の理由を事前に通知することが必要であるとの規定はな
いのであるから,審決に原告主張の違法な点はない。
原告は,審決が,特許法159条2項において準用する同法50条に違反する旨
主張するのであるが,同法159条2項において,同法50条は,「第50条ただ
し書中『第17条の2第1項第3号に掲げる場合』とあるのは,『第17条の2第
1項第3号又は第4号に掲げる場合』」と読み替えて準用され,同法50条は,
「審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒
絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければ
ならない。ただし,第17条の2第1項第3号に掲げる場合において,第53条第
1項の規定による却下の決定をするときは,この限りでない。」とされ,補正の却
下について意見書を提出する機会は与えなくていいとされているのであるから,本
件補正の却下に当たり,補正の却下の理由を事前に通知する必要がないことは明ら
かであり,原告の主張は採用できない。
原告は,特許法17条の2第5項の規定によれば,補正後の請求項について独立
特許要件が必要とされるのは,同法17条の2第4項2号の場合,すなわち「限定
的減縮による補正」がされた場合だけである旨主張する。しかし,「拒絶査定不服
審判を請求する場合において,その審判の請求の日から30日以内にするとき」
(同法17条の2第1項4号)の,特許請求の範囲についてする補正である本件補
正は,同条4項に掲げる事項を目的とするものに限られるとされている。そして,
同条4項に掲げられた事項と本件補正の内容をみれば,原告は,同項2号に掲げる
「特許請求の範囲の減縮」を目的として本件補正をしたと解釈するほかないのであ
って,本件訴訟において,これと異なることをいう原告の主張は採用することがで
きない。
さらに,原告は,発明に該当しないという拒絶理由は,本件補正により生じた拒
絶理由ではなく,本件補正の前から既に存在していたが見落とされていた拒絶理由
であるから,本件補正について,特許法17条の2第5項が適用されるべきではな
い旨主張する。しかし,補正の却下を定めた上記規定において,原告主張を裏付け
るといえる規定はなく,原告の見解は独自のものである。原告は,審判請求時に本
件補正を行わなかった場合,特許法159条2項が準用する同法50条による拒絶
理由通知を発することなく,いきなり不意打ち的に「発明該当性の欠如」を理由と
して拒絶審決を行うことが許されないこととのバランスなどもいう。しかし,上記
各規定に照らしても,出願についての拒絶の査定を維持する審決とその手続におけ
る補正の却下において,出願人に対する事前の理由の通知(拒絶の査定を維持する
審決においては,査定と異なる拒絶の理由の通知)の必要性については,取り扱い
が異なるのであり,また,出願そのものと補正との違いからも,補正を却下する場
合に事前にその理由の通知をしなければ不合理であるとは必ずしも認められず,原
告の主張は採用できない。
()したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。3
2取消事由2(発明該当性判断の誤り)について
()審決は,「本願補正発明は,人為的取り決めである個々の使用方法をその1
工程として時系列的に組み合わせたものに過ぎず,発明全体としても自然法則を利
用した技術的思想の創作であるとは認められないので,特許法第29条第1項柱書
に規定する『発明』に該当しない」(4頁第2段落)としたのに対し,原告は,審
決の判断が誤りである旨主張する。
()特許法において,発明とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のう2
ち高度のもの」(特許法2条1項)とされ,産業上利用できる発明について,特許
を受けることができるとされている(同29条1項)。
したがって,技術的思想には,社会科学等の原理や法則,人為的な取り決めなど
も含まれるが,自然法則を利用していない原理,法則,取り決め等のみを利用した
ものは,それが技術的思想の創作といえるものであっても,発明とされることはな
い。
そして,技術的思想の創作には,自然法則を利用しながらも,自然法則を利用し
ていない原理,法則,取り決め等を一部に含むものもあり,それが発明といえるか
は,その構成や構成から導かれる効果等の技術的意義を検討して,問題となってい
る技術的思想の創作が,全体としてみて,自然法則を利用しているといえるもので
あるかによって決するの相当である。
()補正明細書(甲5,4の3)には,以下の記載がある。3
ア「【技術分野】本明細書により開示される発明は,薬局等から患者に渡
される薬袋の使用方法に関する。」(段落【0001】)
イ「【背景技術】従来より,調剤薬局や医療機関において患者に薬品を入
れた薬袋を渡すとき,その薬袋に,内部の薬品の名称,効能,用法,又は写真など
の薬剤情報を印刷することが提案されている(例えば特許文献1参照)。図7は特
許文献1の中で提案されている薬袋を示す図である。この図7に示す薬袋では,そ
の上方に患者の氏名が,その中央に各薬品の写真,効能,注意事項,用法などの詳
細な薬剤情報が,その下方に薬袋・薬品を提供する調剤薬局や医療機関の名称・住
所・電話番号などが印刷されている。」(段落【0002】)
ウ「【発明の開示】【発明が解決しようとする課題】しかしながら,前述
のように,薬袋の表面に薬剤に関する詳細な情報を患者が読み取れるような大きさ
の文字・画像を使用して印刷・表示するときは,従来の比較的小さな薬袋の表面だ
けでは十分な印刷・表示スペースが取れない,という問題がある。他方,前記の十
分な印刷・表示スペースを取るために薬袋全体のサイズを大きくすることも考えら
れるが,そうすると,薬袋のサイズが大きくなり過ぎて,患者が薬袋を使用すると
きの使い勝手が悪くなってしまう,という問題がある。また,一般に,患者は薬袋
の中の薬品を使用した後は,使用済みの薬袋をゴミとして捨てているが,この捨て
られた薬袋の個人情報及び薬剤情報を他人が見て悪用してしまう恐れがある,とい
う問題がある。本明細書により開示される発明は以上のような従来技術の問題点に
着目してなされたものであって,患者が薬袋を使用するときの使い勝手を悪くする
こと無く(患者が使用するときの薬袋全体のサイズを大きくして薬袋の使い勝手を
悪くすること無く),薬袋の表面に薬剤に関する詳細な情報を患者が読み取れるよ
うな大きさの文字・画像を使用して印刷・表示するための十分な印刷・表示スペー
スが取ることができ,また,患者が使用済みの薬袋を捨てた場合でも他人がその薬
袋の個人情報及び薬剤情報を見て悪用してしまうことを防止することができる,切
り取り線付き薬袋の使用方法を提供することを目的とする。」(段落【0003】
∼【0005】)
エ「【課題を解決するための手段】以上のような課題を解決するための本
明細書により開示される発明(以下「本発明」という)は,調剤薬局側において,
薬袋の表面の縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦長
の形状に形成されている薬袋であって,薬袋の底部から薬袋の横方向の長さの約1.
5倍以上の距離だけ離れた上方の位置に形成されている第1の開口部と,前記第1
の開口部が形成されている位置から『薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分
の1までの間の距離』だけ薬袋の底部に近づく位置に,薬袋の表面側及び裏面側の
全体に渡って連続的に形成されている切り取り線部とを備えている薬袋を用意し,
(1)前記薬袋の表面側の前記切り取り線部より上方部分に患者の氏名などの個人
情報を印刷すると共に,(2)前記薬袋の表面側の前記切り取り線部より下方部分
であって前記切り取り線部より約1センチメートル以上も下方の下方部分に『薬剤
の名称,用法,及び写真などの,前記患者に処方される薬剤に関する情報』を印刷
する工程と,前記印刷された薬袋の中に,前記患者に処方される薬剤を入れる工程
と,前記薬剤を入れた薬袋を患者側に交付する工程と,前記交付された薬袋を,患
者側において,前記切り取り線部に沿って前記薬袋の表面側と裏面側の全体を切り
取ることにより,前記薬袋の前記患者の個人情報が印刷されている表面側とそれに
対向する裏面側とを含む上方部分を,前記薬袋の前記薬剤に関する情報が印刷され
ている表面側とそれに対向する裏面側とを含む下方部分から分離し,前記第1の開
口部が形成されている位置から『前記薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分
の1までの間の距離』だけ前記薬袋の底部に近づく位置に,第2の開口部を新たに
形成する工程と,を含むことを特徴とするものである。また,本発明においては,
前記の患者情報を印刷した患者情報表示部を含む上方部分を含めた薬袋の全体は,
その縦方向の長さがその横方向の長さの約1.6倍以上又は約1.7倍以上(又は,
その縦方向の長さがその横方向の長さの約1.6倍以上又は約1.7倍以上で且つ
約1.9倍以下又は約2.0倍以下)となるような縦長の形状(従来の通常の薬袋
の形状よりもかなり縦長の形状)に形成されている,ことが望ましい。なお,従来
の通常の薬袋の形状は,その縦方向の長さがその横方向の長さの約1.3∼1.4
倍程度の縦長の形状である。また,本発明においては,前記切り取り線は,薬袋の
上端から下方に『薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1まで間の距離』
だけ離れた位置に,形成されていることが望ましい。また,本発明においては,前
記薬袋の前記切り取り線と前記の薬剤情報を印刷した薬剤情報表示部との間に,上
下方向の幅寸法が約1センチメートル以上の余白部(より望ましくは,上下方向の
幅寸法が約1.0cm又は約1.5cmから約2.0cm又は約2.5cmまでの
余白部)を配置することが望ましい。」(段落【0006】∼【0009】)
オ「【発明の効果】(1)本発明においては,『(薬袋の表面に,薬品の
詳細な説明を表示するスペースを十分に確保できるように)薬袋の表面の縦方向の
長さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような,従来の通常の薬袋よりも
縦長の形状の薬袋』に,患者の個人情報と詳細な薬剤情報とを表示しておき,後か
ら,患者が患者の個人情報を表示した患者情報表示部を含む上方部分を切り取り線
で切り取ることによって,前述のような縦長の形状の薬袋を,『従来の通常の薬袋
とほぼ同じような形状の薬袋であって,患者の個人情報は表示されていない薬袋』
とすることができるような切り取り線を,予め形成しておくようにしている。すな
わち,本発明においては,薬袋表面の上方に配置された患者情報表示部と,薬袋表
面の下方に配置された薬剤情報表示部との間に,前記患者情報表示部を含む上方部
分を薬袋から切り取るために使用する略水平方向の切り取り線(例えばミシン目状
に多数の切れ目を形成することなどにより患者が他の部分よりも切り取り易くなっ
ている部分)を薬袋の全体に形成するようにしている。したがって,本発明によれ
ば,患者は,薬局等から薬袋を渡されたら,その患者情報表示部を含む上方部分だ
けを前記切り取り線により薬袋から容易に切り取って除くことができる。よって,
本発明によれば,薬局等は,『通常の薬袋よりもかなり縦長の形状(薬袋の表面の
縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦長の形状)を有
するために,薬剤情報の印刷・表示のための広いスペースを確保できる薬袋』を用
意し,その上方に患者情報表示部を印刷しその下方に詳細な薬剤情報を印刷するこ
とができる。そして,この薬袋を渡された患者が,前記切り取り線で前記患者情報
表示部を含む上方部分を薬袋から切除すると,本発明に使用する『当初は通常の薬
袋よりもかなり縦長の形状の薬袋』が『通常の薬袋と同じ形状(縦寸法と横寸法の
割合が通常の薬袋と略同じ形状)の薬袋』となるので,結局,本発明の薬袋の使用
時における患者の使い勝手が悪くなることは無い(これに対して,もし,薬剤情報
表示部のスペースを大きく確保するために『通常の薬袋よりもかなり縦長の薬袋』
を使用するときは,患者は薬袋から中身の薬品を取り出し難くなり,薬袋の使い勝
手を大きく損なってしまう。また,もし,薬剤情報表示部のスペースを大きく確保
するために『通常の薬袋よりも縦方向も横方向も長さの大きい薬袋』を使用すると
きは,薬袋のサイズが大きいために,患者にとってカバンへの収納や携帯が難しく
なり,薬袋の使い勝手を大きく損なってしまう)。(2)また,本発明によれば,
患者は,薬局等から薬袋を渡されたら,その患者情報表示部を含む上方部分だけを
前記切り取り線により薬袋から容易に切除することができるので,患者が使用済み
の薬袋を捨てたときでも,その使用済みの薬袋には患者の個人情報は表示されてい
ないので,患者の個人情報が他人に悪用されることを防止することができる。
(3)また,特に,本発明において,前記患者情報表示部を含む上方部分を含めた
薬袋の全体を,その縦方向の長さがその横方向の長さの約1.6倍又は約1.7倍
以上(又は,その縦方向の長さがその横方向の長さの約1.6倍又は約1.7倍以
上で約1.9倍又は約2.0倍以下)となるような『従来の通常の薬袋の形状より
もかなり縦長の形状』に形成したときは,その薬袋の表面の上方に患者の個人情報
を表示する患者情報表示部を配置したときでも,その患者情報表示部の下方に,詳
細な薬剤情報を表示するための十分なスペースを取ることができる。なお,『従来
の通常の薬袋』の形状は,その縦方向の長さがその横方向の長さの約1.3∼1.
4倍程度の縦長の形状である。(4)また,特に,本発明において,前記切り取り
線を,薬袋の上端から薬袋の縦方向の長さの約4分の1から約3分の1だけ離れた
下方の位置に形成するようにしたときは,当初の薬袋を『従来の薬袋よりもかなり
縦長の形状』に形成したときでも,前記切り取り線により前記患者情報表示部を含
む上方部分を切除することにより,切除した後の薬袋を,従来の通常の薬袋とほぼ
同じ形状の薬袋(従来の通常の薬袋と同様の,その縦方向の長さがその横方向の長
さの約1.3∼1.4倍程度の縦長の形状)とすることができ,患者の薬袋の使い
勝手を損なわないようにすることができる。(5)また,特に,本発明において,
前記薬袋の前記切り取り線と前記薬剤情報表示部との間に,上下方向の幅寸法が約
1センチメートル以上の余白部を配置するようにしたときは,前記切り取り線によ
り前記患者情報表示部を含む上方部分を切除した後の薬袋の上方の『前記余白部を
含む部分』を折り曲げ・折り畳むことにより,従来の通常の薬袋と同様に,上端の
開口部から内部の薬品が不用意に出ないようにすることができる。」(段落【00
12】∼【0016】)
()上記()によれば,本願補正発明につき,補正明細書において,①薬局等43
は,薬袋の表面の縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような,
通常の薬袋よりもかなり縦長の形状である薬袋を用意することにより,患者情報表
示部を印刷する下方に,薬剤情報の印刷・表示のための広いスペースを確保でき,
②患者は,薬局等から薬袋を渡されたら,その患者情報表示部を含む上方部分だけ
を切り取り線(例えばミシン目状に多数の切れ目を形成することなどにより患者が
他の部分よりも切り取り易くなっている部分)により薬袋から容易に切除すること
ができるので,患者が使用済みの薬袋を捨てたときでも,患者の個人情報が他人に
悪用されることを防止することができ,③切り取り線を,薬袋の上端から薬袋の縦
方向の長さの約4分の1から約3分の1だけ離れた下方の位置に形成するようにし
たときは,薬袋を渡された患者が,上方部分を薬袋から切除したとき,切除後の薬
袋は,縦寸法と横寸法の割合が通常の薬袋と略同じ形状の薬袋となるので,使い勝
手が損なわれず,④切り取り線と薬剤情報表示部との間に,上下方向の幅寸法が約
1センチメートル以上の余白部を配置するようにしたときは,上方部分を切除した
後の薬袋の上方の「前記余白部を含む部分」を折り曲げ・折り畳むことにより,従
来の通常の薬袋と同様に,上端の開口部から内部の薬品が不用意に出ないようにす
ることができると記載されていることが認められる。
()特許請求の範囲の記載に基づけば,本願補正発明は,「切り取り線付き薬5
袋の使用方法」に係る発明であり,「調剤薬局側」における「印刷する工程」,
「薬剤を入れる工程」及び「薬袋を患者側に交付する工程」,並びに,「患者側」
における「第2の開口部を新たに形成する工程」とからなるものである。そして,
それらの工程において使用される薬袋の形状が特定され,薬袋が特定の位置に切り
取り線部を備えるとされ,印刷工程における薬袋に対する印刷内容,印刷場所が特
定されている。また,患者側における工程では,患者側が薬袋の切り取り線部に沿
って切り取るとされている。
このうち,薬袋の切り取り線部に沿って切り取りを行って第2の開口部を新たに
形成する主体について,これを「患者側」とすることは,人為的な取り決めである。
しかし,本願補正発明の「使用方法」に係る発明について,前記()のとおりの4
明細書の記載を参酌して,特許請求の範囲に記載されている構成をみたとき,この
「使用方法」に係る技術的思想の創作は,「第2の開口部を新たに形成する工程」
の主体を誰と決めることについての技術的思想の創作のみではない。
本願補正発明の「使用方法」に係る技術的思想の創作は,使用される薬袋の形状
やそれが切り取り線部を備えることを特定し,印刷工程における印刷内容,印刷場
所を特定することにより,切り取り線部に沿って切り取りを行って開口部を形成す
るという工程を経ると,前記()のような,一定の効果を奏するというものである。4
すなわち,本願補正発明は,その構成や構成から導かれる効果等の技術的意義に照
らせば,物理的に特定の形状,内容の物について,印刷機等の機器により特定の物
理的な操作がされる工程を含むことによって,第2の開口部を形成する工程を経た
とき,薬袋を捨てたときに個人情報の悪用を防止できるなどの効果を奏するのであ
り,切り取り線部の目的は同線部に沿って切り取りを行うことを容易にすることで
あるので,切り取り線部に沿った切り取り等を行い第2の開口部を形成する工程は,
特定の形状,内容の物を利用したことに伴う工程を規定したものとみることができ
ることから,上記の本願補正発明の効果は,結局,印刷機等の機器による特定の物
理的な操作がされる工程によって実現しているということができるものであり,こ
れは自然法則を利用することによってもたらされるものであるから,本願補正発明
は,全体としてみると,自然法則を利用しているといえるものである。
そうすると,本願補正発明は,人為的な取り決めを含む部分もあるが,全体とし
てみて,自然法則を利用した技術的思想の創作といえるものであり,特許法にいう
発明に当たると認められる。
()被告は,本願補正発明の「印刷する工程」は,本願補正発明の薬袋を作成6
する上で当然必要となる工程であり,「薬剤を入れる工程」及び「交付する工程」
は,薬剤師が,薬剤を調剤し患者に手渡す手順を示したものにすぎず,人為的な取
り決めであり,「薬袋」に「第2の開口部を新たに形成する工程」を「患者側にお
いて」と特定することは,本願補正発明の薬袋の有する機能から導かれる使用方法
ではなく,単に,誰がやるかという人間同士の約束事を取り決めたものにすぎず,
人為的な取り決めであるとして,本願補正発明の,個人情報を保護できるよう,患
者側において薬袋の個人情報表示部を切除するという主な作用・効果からみて,
「第2の開口部を新たに形成する工程」が技術的特徴を表す主要な工程であるとい
えるところ,当該工程は,上記のとおり,人為的な取り決めにすぎず,また,上記
各工程を全体的にみても人為的な取り決めであるといえるので,自然法則を利用し
た創作であるとはいえない旨主張する。
確かに,薬袋に第2の開口部を新たに形成する工程を「患者側」においてすると
特定することは人為的な取り決めともいえ,本願補正発明の技術的思想が,上記取
り決めに基づき直接に導かれる効果のみを奏することを目的とするのであれば,そ
れは自然法則を利用した技術的思想の創作ではないといえる。しかし,上記()の5
とおり,本願補正発明の効果は,その印刷工程等を含む全体の構成を考えれば,自
然法則を利用することによってもたらされるといえるのであり,ある技術的思想に
おいて,人為的な取り決めを含むとしても,前記()のとおり,その構成,効果等2
の技術的意義を検討して,問題となっている技術的思想が,全体としてみると,自
然法則を利用しているといえる場合には,発明といえるのであり,被告の主張は,
採用できない。
被告は,他に,「印刷する工程」,「薬剤を入れる工程」及び「交付する工程」
も人為的な取り決めであり,本願補正発明は,全体的にみても人為的な取り決めで
ある旨主張するのであるが,各工程を有すること自体が,自然法則を利用したもの
といえないとしても,本願補正発明は,全体としてみると,自然法則を利用してい
るといえるものであることは,上記()のとおりである。5
()以上によれば,本願補正発明は,特許法が規定する発明に当たるものであ7
り,本願補正発明が発明に該当しないとした審決には,その限りにおいて誤りがあ
る。
しかしながら,審決は,本願補正発明が発明に該当するとした場合でも,本願補
正発明は,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けること
ができないと判断して,本件補正を却下しているところ,以下の取消事由3ないし
6において検討するとおり,審決の上記判断に誤りはないから,本件補正を却下し
た審決の結論に誤りがあるということはできない。
()したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。8
3取消事由3(相違点2,3のうちの「用意する工程」の有無に係る相違点につ
いての判断の誤り)
()原告は,本願補正発明は,調剤薬局側において,薬袋の表面の縦方向の長1
さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦長の形状に形成されている
薬袋であって,薬袋の底部から薬袋の横方向の長さの約1.5倍以上の距離だけ離
れた上方の位置に形成されている第1の開口部と,第1の開口部が形成されている
位置から,薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離だけ薬
袋の底部に近づく位置に,薬袋の表面側及び裏面側の全体に渡って連続的に形成さ
れている切り取り線部とを備えている薬袋を用意するという,「用意する工程」を
備え,「用意する工程」の存在は,本願補正発明と引用発明との相違点であり,審
決の相違点2及び相違点3に含まれている「用意する工程」に係る本願補正発明の
構成について,審決が,単なる設計事項にすぎないとしたのに対し,その判断が誤
りである旨主張する。
()甲2公報には,「【課題を解決するための手段】本発明者等は鋭意研究の2
結果,検査用試料を採取時には,識別ラベル上には,姓名,年齢,性別など容易に
各提供者個人を識別できる個人情報が表示され,提供者が確かに対象とする者であ
ることを確認できる一方で,例えば,個人のプライバシー保護に十分に配慮できる
医療機関などの場所から,外部の検査機関などへ移動,移送又は輸送される場合に
は,検査試料を収めた容器から当該個人情報を表示した部分を取り除いて匿名性を
確保できる手法を見出して,本発明を完成した。」(段落【0008】),「該ミ
シン目の右側には,『個人情報表示エリア』が配置され,図2()と図2()を参cd
照しても理解できるように,必要に応じて,ミシン目を利用して切取り,『匿名化
情報表示エリア』及び『二次元バーコード表示エリア』の着いている検体試料容器
から分離できる。該切り離された『個人情報表示エリア』のラベル部分は,管理帳
票に貼り付けておいて,外部検査機関から検査結果の報告があった場合など,当該
匿名下に得られた結果と個人情報との対応関係を付けるために利用される。図2の
例では,『匿名化情報表示エリア』及び『二次元バーコード表示エリア』が,検体
試料採取容器である採血管をぐるりと一周取り巻くように貼り付けられている(す
なわち,ラベルのサイズが,当該大きさに適合されている)ので,『個人情報表示
エリア』部分は,『匿名化情報表示エリア』部分を覆うようにそして着脱可能に配
置されていることがわかる。」(段落【0024】)との記載がある。
また,甲3公報には,「シート本体11の上段の左側には請求先の住所・氏名等
の宛先を記載した保護情報記載領域(以下「保護領域」という)15が設けられて
おり,例えばこのシート10が図1の一点鎖線で示す箇所で三つ折りにして封筒に
入れて郵送される場合に,この宛先が記載された保護領域15を封筒の透明窓(図
示なし)から表示させることで,郵送の宛先に利用可能となっている。」(段落
【0017】),「さて,本実施形態のシート10では,保護領域15の周縁部に
分離線16が設けられている。この分離線16はダイカットにより切れ目を間欠的
に形成されてなるミシン目で,この分離線16を切離すことにより,保護領域15
とシート本体11とを分離可能とする。」(段落【0018】)との記載がある。
()原告は,「用意する工程」の存在の有無が,本願補正発明と引用発明との3
相違点である旨主張する。ここで,前記()の「用意する工程」のうち,本願補正1
発明が,「線部について,本願補正発明においては,『第1の開口部が形成されて
いる位置から『薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離』
だけ薬袋の底部に近づく位置に,薬袋の表面側及び裏面側の全体に渡って連続的に
形成されている切り取り線部』」を備えている構成(相違点3に係る本願補正発明
の構成)について,検討する。
前記()によれば,各種書面において,ミシン目に沿って,住所,氏名など個人2
に属する情報である個人情報を印刷した部分を切り取り,第三者に個人情報が知ら
れないようにするという手法は,本件出願時において,周知のものであったと認め
られる。
そして,引用発明には,薬袋の表面側の線部より上方の情報部分に患者の氏名と
いった個人情報を印刷するとともに,線部より下方の下方部分に薬剤に関する情報
を印刷する工程からなる薬袋の使用方法が記載されているのであるが,上記のよう
に,書面において,個人情報が印刷された部分を切り取り,第三者に個人情報が知
られないようにするという周知の手法の存在に照らせば,後記4のとおり,引用発
明において,上方部分の患者の氏名といった個人情報を切り取って第三者に個人情
報が知られないようにするため,その線部を切り取り線部とし,また,切り取り線
部を薬袋の表面側及び裏面側の全体にわたって連続的に形成されるとすることは,
当業者が容易に想到することであったといえる。
そして,薬袋において,切り取り線部を設ける場合,切り取りの目的等を考慮し,
切り取り線部をどこに設けるかは,当業者が当然に考える設計事項というべきもの
であり,「第1の開口部が形成されている位置から薬袋の縦方向の長さの約5分の
1から約3分の1までの間の距離」だけ薬袋の底部に近づく位置に個人情報を切り
取るための切り取り線部を設けることも,当業者が容易にすることができたという
べきことである。
()前記()の「用意する工程」のうち,本願補正発明が,薬袋について,41
『薬袋の表面の縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦
長の形状に形成されて』おり,第1の開口部について,『薬袋の底部から薬袋の横
方向の長さの約1.5倍以上の距離だけ離れた上方の位置に形成されて』いるとい
う構成(相違点2に係る本願補正発明の薬袋の構成)について,検討する。
補正明細書には,「なお,『従来の通常の薬袋』の形状は,その縦方向の長さが
その横方向の長さの約1.3∼1.4倍程度の縦長の形状である。」(段落【00
14】),「本発明によれば,薬局等は,『通常の薬袋よりもかなり縦長の形状
(薬袋の表面の縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦
長の形状)を有するために,薬剤情報の印刷・表示のための広いスペースを確保で
きる薬袋』を用意し,その上方に患者情報表示部を印刷しその下方に詳細な薬剤情
報を印刷することができる。そして,この薬袋を渡された患者が,前記切り取り線
で前記患者情報表示部を含む上方部分を薬袋から切除すると,本発明に使用する
『当初は通常の薬袋よりもかなり縦長の形状の薬袋』が『通常の薬袋と同じ形状
(縦寸法と横寸法の割合が通常の薬袋と略同じ形状)の薬袋』となるので,結局,
本発明の薬袋の使用時における患者の使い勝手が悪くなることは無い(これに対し
て,もし,薬剤情報表示部のスペースを大きく確保するために『通常の薬袋よりも
かなり縦長の薬袋』を使用するときは,患者は薬袋から中身の薬品を取り出し難く
なり,薬袋の使い勝手を大きく損なってしまう。また,もし,薬剤情報表示部のス
ペースを大きく確保するために『通常の薬袋よりも縦方向も横方向も長さの大きい
薬袋』を使用するときは,薬袋のサイズが大きいために,患者にとってカバンへの
収納や携帯が難しくなり,薬袋の使い勝手を大きく損なってしまう)。」(段落
【0012】)との記載がある。
補正明細書には,本願補正発明の薬袋の形状については,上方部分の切除後の使
い勝手の向上などの作用・効果との関係が記載されているのであるが,補正明細書
の段落【0012】の記載に照らしても明らかなとおり,使い勝手の向上は,薬袋
のサイズとも関係するし,また,本願補正発明の薬袋は,縦方向の長さが横方向の
長さの約1.5倍以上となるような縦長の形状とのみされているのであるが,縦方
向の長さが横方向の長さよりも非常に長ければ,切り取り前においても切り取り後
においても,使い勝手の向上が図られないのであるから,結局,薬袋の形状は,使
い勝手や機能等との関係で,適宜の設計が行われるものである。そして,引用発明
の薬袋も,縦方向の長さが,横方向の長さよりも長い縦長の形状であり,底部から
横方向の長さより多く離れた上方の位置に開口部が形成されている。また,補正明
細書の記載によれば,通常の薬袋の形状は,その縦方向の長さがその横方向の長さ
の約1.3∼1.4倍程度という比率であるというのであり,本願補正発明の上記
約1.5倍以上という比率は通常の薬袋であるという約1.3∼1.4倍程度とい
う比率と大きく異ならず,本願補正発明の上記比率と通常の薬袋というものの上記
比率との差に照らしても,本願補正発明の上記比率は,使い勝手や機能等を考慮し
た上での,設計的事項の範囲内に入るものと認めることが相当である。
(5)そして,上記(3)及び(4)において検討した各構成を組み合わせた全体とし
てこれをみても,上記(3)及び(4)における薬袋についての個々の構成は,そもそも
薬袋を作成するに当たっての設計的事項といえるものである。また,確かに,切り
取り線部により切り取られることを前提として,本願補正発明の上記構成をみると,
これらの構成が組み合わされて一定の作用・効果を奏する場合があるともいえるが,
薬袋において,その使用目的からも,使い勝手に照らし,適宜の形状がとられるも
のであり,引用発明において,上方部分の患者の氏名といった個人情報を切り取っ
て第三者に個人情報が知られないようにするため,その線部を切り取り線部とし,
また,その切り取り線部を薬袋の表面側及び裏面側の全体にわたって連続的に形成
されるとすることは,当業者が容易に想到することであったといえるとき,切り取
り線部において切り取りが行われた後の薬袋の使い勝手や機能等を考慮すること,
また,それを考慮して,当初の薬袋の形状に適宜の設計を行うことは,当業者が当
然にするようなことであり,本願補正発明の薬袋について規定されたような発明特
定事項について,当業者が当然にする設計内容を超えるようなものが含まれるもの
とは認められない。したがって,原告が「用意する工程」として述べる,上記(3)
及び(4)において検討した構成を組み合わせた発明特定事項全体をみても,当業者
は,それらの構成に容易に想到することができたと認められる。
()原告は,「用意する工程」に係る構成は,従来技術からは得られない有利6
な作用・効果を奏するために必須の構成であるとして,これが,単なる設計事項で
はない旨主張する。
しかし,上記()のとおり,薬袋において,使い勝手や機能等を考慮して適宜の5
形状を考慮することは,当業者が設計事項として当然にするようなことであり,引
用発明において,上方部分の患者の氏名といった個人情報を切り取って第三者に個
人情報が知られないようにするため,その線部を切り取り線部とし,また,その切
り取り線部を薬袋の表面側及び裏面側の全体にわたって連続的に形成されるとする
ことは,当業者が容易に想到することであること,本願補正発明の「用意する工
程」に係る構成は,当業者が設計事項として当然にするようなことを超えるような
内容のものであるとは認められないことから,原告主張は採用できない。
()したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。7
4取消事由4(相違点3のうちの切り取り線部の有無に係る相違点についての
判断の誤り)について
()原告は,本願補正発明は,「第1の開口部が形成されている位置から「薬1
袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離」だけ薬袋の底部に
近づく位置に,薬袋の表面側及び裏面側の全体に渡って連続的に形成されている切
り取り線部とを備えている(こと)」を必須構成要件としているところ,この切り
取り線部の構成は,引用発明にはないので,切り取り線部の構成の有無は,本願補
正発明と引用発明との相違点であり,相違点3に含まれるこの相違点について,審
決が,当業者が容易に想到できるとしたことが誤りである旨主張する。
()引用発明には,薬袋の表面側の線部より上方の情報部分に患者の氏名とい2
った個人情報を印刷するとともに,線部より下方の下方部分に薬剤に関する情報を
印刷する工程からなる薬袋の使用方法が記載されている。そして,前記3()のよ3
うに,書面において,個人情報が印刷された部分を切り取り,第三者に個人情報が
知られないようにするというのが周知の手法であるとき,引用発明において,上方
部分の患者の氏名といった個人情報を切り取り,第三者に個人情報が知られないよ
うに,その線部を切り取り線部とすること,また,袋状の印刷物において簡易な操
作で一度に切り落としができることなどを考え,その切り取り線部を薬袋の表面側
及び裏面側の全体にわたって連続的に形成されるとすることは,当業者が適宜なし
得るといえるものであったと認められる。
()原告は,引用発明の線部は,患者情報と薬剤情報との間の表示上の区別を3
明確にするために印刷された「表示上の仕切り線」にすぎず,「表示上の仕切り
線」は,薬袋の表側(情報が印刷されている側)に印刷されているだけで,薬袋の
裏側(情報が印刷されていない側)には印刷されておらず,甲2公報及び甲3公報
記載の技術を適用することが容易であるとしても,「薬袋という袋の表側(個人情
報が表示されている側)と裏側(個人情報が表示されていない側)との全体に渡っ
て連続的に切り取り線部を形成する」という本願補正発明の構成を導くことができ
ない旨主張する。
しかし,甲2公報及び甲3公報には,個人情報を含む印刷物について,ミシン目
を印刷し,個人情報が記載された部分の切り取りをすることで個人情報を知られな
いようにする手法が記載されているところ,薬袋のような袋状の印刷物において,
個人情報が記載された部分の切り取りをすることで,個人情報を知られないように
するときには,その表面側だけでなく,薬袋の裏面側を含めて,一度に切り取りを
行うことが簡便であるといえるので,そのような切り取りのため,表側と裏側の全
体にわたって切り取り線部を形成することに困難があるとは認められず,甲2公報
等に記載の技術に接した当業者は,引用発明のような薬袋に係る発明において,こ
れを本願補正発明と同様の「薬袋の表面側と裏面側との全体にわたって連続的に切
取線部を形成する」との構成を想到することは,適宜なし得るものといえるのであ
り,原告の主張は採用できない。
また,原告は,「薬袋という袋」の収容機能を果たしている本体部分の一部に,
ミシン目などによる「切り取り部分」を形成することは,「薬袋の袋としての本質
的機能」を喪失又は大きく毀損させる結果になってしまい,「取り返しのつかない
デメリット」を生じさせることになってしまうから,その組合せには,阻害要因が
存在し,当業者が容易に想到することはできない旨主張する。
しかし,一般に,薬袋は,そこに収納される薬品類が丁度入るような大きさのも
のとして作成されたりするものではなく,むしろ薬品類が薬袋の大きさに比して相
当程度に小さいことが少なくないから,薬袋について,そこに切り取り部分を形成
したとしても,薬品類を収納する袋としての機能を果たし得る場合もあり,薬袋に
切り取り部分を形成することが,直ちに薬袋の袋としての本質的機能を喪失させる
ものとは認められない。
()したがって,原告主張の取消事由4は理由がない。4
5取消事由5(相違点1についての判断の誤り)について
()審決は,相違点1として,「本願補正発明が,『調剤薬局側において』,1
『印刷された薬袋の中に,前記患者に処方される薬剤を入れる工程と,前記薬剤を
入れた薬袋を患者側に交付する工程と,前記交付された薬袋を,患者側において,
前記切り取り線部に沿って前記薬袋の表面側と裏面側の全体を切り取ることによ
り』,『第2の開口部を新たに形成する工程』を含むのに対し,引用発明がそのよ
うな発明特定事項を含まない点。」を認定し,当業者は相違点1に係る本願補正発
明の構成に容易に想到し得るとしたところ,原告は,審決の判断が誤りである旨主
張する。
()前記3()のとおり,各種書面において,ミシン目に沿って,住所,氏名23
など個人に属する情報である個人情報を印刷した部分を切り取り,第三者に個人情
報が知られないようにするという手法は,本件出願時において,周知のものであっ
たと認められるところ,引用発明のような薬袋において,薬袋のような袋状の印刷
物において,個人情報が記載された部分の切り取りをすることで,個人情報を知ら
れないようにするときには,袋状になっている表面側だけを切り取るのではなく,
薬袋の裏面側を含めて切り取りを行うことが簡便であることは明らかであるから,
当業者は,相違点1に係る本願補正発明の構成に容易に想到することができたと認
められる。
()原告は,薬袋において,袋としての機能を毀損してしまうような切り取り3
部分を必要最小限にとどめるべきことは常識であるから,当業者は,個人情報を保
護するため,薬袋のうちの個人情報が表示されている表側だけを平面的に切り取る
という構成を採用すればよく,相違点1に係る本願補正発明の構成に想到しない旨
主張する。
しかし,前記のとおり,袋状の印刷物において,個人情報が記載された部分の切
り取りをすることで個人情報を知られないようにするとき,薬袋の裏面側を含めて
切り取りを行うことが簡便であることは明らかであり,当業者は,簡便さなどの点
も考慮し,薬袋の表面側だけを切り取るのではなく,薬袋の裏面側を含めて切り取
りを行うように薬袋の設計を行うことを適宜なし得るといえる。
また,原告は,薬袋の本体部分の一部に切り取り部分を形成することは,薬袋の
袋としての本質的機能を失わせるなど,引用発明と甲2公報等記載の技術を組み合
わせることには阻害要因がある旨主張するが,その組合せに阻害要因があるといえ
るものではないことは,前記4のとおりである。
()したがって,原告主張の取消事由5は理由がない。4
6取消事由6(相違点4についての判断の誤り)について
()審決は,相違点4として,「下方部分について,本願補正発明においては,1
『切り取り線部より約1センチメートル以上下方』にあるのに対して,引用発明に
おいては,そのような発明特定事項を備えるか明らかでない点。」を認定し,当業
者は相違点4に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得るとしたところ,原告は,
審決の判断が誤りである旨主張する。
()線部を有する薬袋において,下方部分を線部からどれくらいのものとする2
かは,当業者が設計事項として当然に考えるようなものであり,本願補正発明にお
ける発明特定事項の内容も,当業者が設計事項としてするようなものである。
また,前記のとおり,引用発明において,上方部分の患者の氏名といった個人情
報を切り取って第三者に個人情報が知られないようにするため,その線部を切り取
り線部とし,また,その切り取り線部を薬袋の表面側及び裏面側の全体にわたって
連続的に形成されるとすることは,当業者が容易に想到することであったといえる
ところ,その切り取り後の薬袋の使い勝手や機能等を考えて,その下方部分を線部
から約1センチメートル以上下方とすることも,当業者が設計事項としてするよう
なものである。
したがって,相違点4についての審決の判断に誤りはない。
()原告は,相違点4に係る発明特定事項が奏する作用・効果を主張する。し3
かし,相違点4に係る発明特定事項が,当業者が設計事項として当然にするような
ものであること,引用発明において,その線部を切り取り線部などとすることは当
業者が容易にすることができ,そのとき,切り取り後の薬袋の使い勝手や機能等を
考えれば,相違点4に係る発明特定事項についても,当業者が設計事項としてする
ようなものであることは,上記()のとおりである。2
()したがって,原告主張の取消事由6は理由がない。4
7取消事由7(本願発明の要旨の認定の誤り)について
審決は,本件補正を却下して,本願発明を平成18年4月24日付けの手続補正
書により補正された特許請求の範囲の請求項6に記載された事項により特定される
としたのに対し,原告は,本件補正を却下したことが誤りであるとして,審決の本
願発明の要旨の認定が誤りである旨主張する。
しかし,審決が本件補正を却下したことに誤りはないから,原告の主張は前提を
欠くものである。
したがって,原告主張の取消事由7は理由がない。
8以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は理
由がないから,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官塚原朋一
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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