弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 被告人の上告趣意第一点について。
 原判決は昭和二二年勅令九号「売淫をさせた者等の処罰に関する勅令」(以下令
という)二条にいう「婦女に売淫させることを内容とする契約」とは婦女に対価を
得て淫行をなさしめることを内容とする契約を汎称するものであるとし、「婦女の
淫行と婦女えの利益の提供とが切り離すことのできない相対関係にある場合は、た
とえその外に婦女の生活援助の趣旨を含めてその利益が提供せられるときであつて
も、その提供せられる利益の名目如何にかかわらず、婦女に売淫させることを内容
とするものと解して妨げない、さすれば生活資料の援助を受ける前提の下に婦女を
妾(いわゆる二号)とさせる場合、淫行とこれに対する対価の提供との結びつきが
少しでも窺われる以上は婦女をして売淫させるものと認むべきである。」と判示し、
さらに「思うに不特定多数の男性に接し淫行毎に対価を得るのと、又特定の者の妾
となり生活援助金等の名目下に対価を得るのとを問わず、いやしくも婦女の貞操を
対価取引の対象とするがごときは婦女の人権を蔑視し、多かれ少かれその婦女を束
縛し、且つ強制して淫行させる結果を招来し婦女の個人自由の伸長を阻害する虞が
あるから公共の福祉のためこれを取締るのが前示勅令の規定の精神であるとみなけ
ればならない」と判示して、被告人が一審判決判示のごとく、A外二名の婦女と、
援助名目で女の幹旋を申込んだ男を相手に附近旅館等で性的関係を結ばせ、男から
受取る金銭中から、援助斡旋手数料名下に手数料を貰う約束をした事実をもつて令
二条にいう「婦女に売淫させることを内容とする契約」をしたものと判断して、同
条によつて被告人を処罰した一審判決を維持したのである。
 おもうに、妾若しくは二号という概念は今日必ずしも明確ではないのであるが、
通常、「法律上の妻又は事実上の妻でなくして、主として妻帯の男性から経済上の
援助を受けて、これと性的結合関係を継続する女」をいうものと観念してあやまり
ないであろう。わが国において妾をもつ習俗は古くから主として血族維持を根本基
調とする「家」の制度と密接の関係があるものとされ、法制上においてもいわゆる
「妻妾二等親」としてみとめられて来たところである。明治時代になつてからも、
民法(明治三一年法律九号)によつて初めて法律上から抹消されたのであるが、そ
の後も社会の習俗としては広く行われていることは否定し得ないところであり、殊
に、時代の変転にともない性慾的享楽面を主とする関係への転落的傾向が顕著であ
つて、一口に妾又は二号といつても、妻に近い性質を有するものから実質的には売
春婦とみとめられるものまで各種各様の形態のものがあるというのが現実の社会の
実情である。
 原判決は、これら各種の妾、二号について、いやしくも、淫行とこれに対する対
価の提供との結びつきが少しでもある以上、婦女の貞操を対価取引の対象とするも
のであつて売淫をもつて目すべきものと論断しているのであるが、妾、二号といつ
ても、右のようにそれらの者の中には本質的には、売春婦とみとめられるべきもの
があるから、その限りにおいては原判決の右論断は正当である。しかし、原判決の
ように令二条の趣旨を拡充して同条が妾、二号のすべてを売淫としてこれを斡旋し
たものを処罰の対象としているものとすることは解釈の行き過ぎである。けだし、
妾、二号関係がその淫行とこれに対する対価の提供との結びつきがある場合であつ
ても、特定の男女間に関する限り反社会性をもたない当事者間の問題として法律上
放任されているものとみとめなければならないからである。令二条にいう売淫は、
売春防止法(昭和三一年五月二四日法律一一八号)二条が「売春」についていうご
とく「対価を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交する」ことをいうも
のと解釈すべきである。しかし、ここに「不特定」ということは、もとより性交す
るときにおいて不特定であるという意味ではなく、不特定の男子のうちから任意に
相手方を選定し性交の対価に主眼をおいて、相手方の特定性を重視しないというこ
とを意味するのであつて、たとえ、その相手方との関係が相当の期間に及んでいて
も、その相手方との関係が終了すれば更に不特定の男子のうちの任意の一人と同様
の関係を結ぶであろうことが予想される場合においては、なお、相手方は右にいう
意味において不特定であると解するを相当とする。
 そこで問題となるのは、本件において被告人がその結合について斡旋したとせら
れる男女間の関係が右にいわゆる不特定性を帯びたものであつたかどうかである。
原判決の支持した一審判決の挙示する証拠関係をしさいに検討すると、本件の婦女
たちは被告人の経営する「B」の標札をかかげた結婚相談所と称するところに、だ
れか生活の援助をして呉れる、いわゆる「旦那」の斡旋を依頼したものであること
がわかる。もとより特定した男子との結合を依頼したものでなく、専ら、生活の援
助という金銭的価対を目途として不特定の男子の中から、旦那となるべき男子の周
旋を依頼してその旨の申込みをし、被告人もその趣旨を了承して、これも同様の趣
旨で女の斡旋を申込んだ男の中から適当と思われる男を選んで手数料をとつてこれ
ら男女を結合せしめたものである。生活援助というからには相当の期間その関係の
継続すべきことを予定していたことは、うかがわれるけれども、この婦女たちの意
向にも、被告人の意向にも、若し一人の男との関係が切れた場合には、更に新たな
男との結合をめざしているものであることは十分に理解されるところである。この
男女間の結びつき関係は金銭と性交との対価関係がきわめて露骨であつて、その間
に何らの精神的要素をみとむべくもない。その関係の場所も、附近の旅館等がその
都度利用せられて場所的恒定性もなく通常の売淫とその形態が近似している。以上
の見地からみれば、本件男女関係は、妾、二号の名称いかんにかかわらず、「不特
定性」のものといわなければならない。(たまたま、この結合の結果特定の男とそ
の関係が相当長期に亘つて継続した事実があつたとしても被告人が斡旋した当時に
おける相手方の不特定性はこれによつて消殺されるものとみることはできない。)
そして、この斡旋の結果、被告人と契約した婦女にとつて、被告人に対し、多かれ、
少かれ相手方たる男に貞操を提供すべき何らかの拘束を受けることも疑いのない事
実である。
 以上の事実関係を基礎として、原判決を考察すれば、原判決が、一審判決認定の
被告人の所為は、A外二名の婦女との間に令二条にいわゆる「婦女に売淫させるこ
とを内容とする契約をした」ものに該当するものとして、同条により被告人を処断
した一審判決を容認したのは、結局において正当であるといわなければならない。
 論旨は、ひつきよう単なる法令違反の主張を出でず刑訴四〇五条の適法な上告理
由とならないのみならず、原判決に結局、判決に影響を及ぼすべき法令違反のない
こと前説示のとおりである。
 同第二点乃至第六点について。
 論旨は違憲をいう点もあるけれども、実質は単なる法令違反を主張するもので刑
訴四〇五条の適法な上告の理由とならない。
 また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて同四一四条、三九六条により裁判官小谷勝重、同河村大助の少数意見をの
ぞく裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。
 被告人の論旨第一点について、裁判官小谷勝重、裁判官河村大助の少数意見は左
のとおりである。
 原判決は、昭和二二年勅令第九号二条の解釈として「生活資料の援助を受ける前
提の下に婦女を妾(いわゆる二号)とさせる場合、淫行とこれに対する対価の提供
との結びつきが少しでも窺われる以上は婦女をして売淫をさせるものと認むべきで
ある。弁護人は妾契約は貞操義務を生じ生活援助金の支出ある以上他の男性との性
行関係は絶対に許されないからこの点において単純な売淫とは大きな差異がある旨
主張するが妾たる婦女においてその男性一人を守ることが同人から利益の提供があ
るがために因るものと認められるかぎり淫行に対する対価であるとする面において
は淫行の都度対価を得る売淫と本質的に差異があるものということはできない。思
うに不特定多数の男性に接し淫行毎に対価を得るのと、又特定の者の妾となり生活
援助金等の名目下に対価を得るのとを問わず、いやしくも婦女の貞操を対価取引の
対象とするが如きは婦女の人権を蔑視し多かれ少かれその婦女を束縛し且つ強制し
て淫行させる結果を招来し婦女の個人自由の伸長を阻害する虞があるから公共の福
祉のためこれを取締るのが前示勅令の規定の精神であるとみなければなちないので
ある。」となし、特定の者の妾となり、生活援助金等の名目下に対価を得ると、不
特定多数の男性に接し、淫行毎に対価を得るとを問わず、これを取締るのが前記勅
令の規定の精神であるとの趣旨を判示している。そしてその判示を前提として、本
件被告人は、A外二名に売淫をさせることを内容とする契約をしたものに該当する
とした第一審判決を是認したのである。
 しかしながら、前記勅令二条に所謂売淫とは、婦女が対価を得て不特定な男子と
性交する行為をいうのてあつて、即ち対価さえ受ければ、不特定な男子の中から、
だれとでも性交する行為を指すものと解すべきである。けだし、不特定人を相手と
する売淫行為は、必然的に公衆衛生及び風紀維持の面で社会性を伴い、放任すべか
らざる社会悪となるからである。ところで「妾」は通常相手方たる男子から経済的
援助を受けるが、それは男女それぞれ自主的な行動の主体として性関係を続ける二
人間の私生活であつて、不特定人を相手とする売淫のような社会性を欠くものであ
ることは明らかである。勿論妾契約は公の秩序善良の風俗に反するものとして私法
上無効になるにしても、前記勅令二条の「売淫」には当らないことは明確であると
いわなければならない。昭和三一年法律第一一八号売春防止法でも『この法律で「
売春」とは、対価を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをい
う』と定義されており、この定義は売淫又は売春に対する従来の観念を採用したも
のというべきである。おもうに第一審判決及び原審判決はいずれも右売春防止法制
定以前である昭和二九年になされたものであるが勅令九号は一九四六年(昭和二一
年)一月二一日及び同年九月六日の両度にわたる連合軍最高司令官の公娼廃止の指
令に基き制定されたものであるところ、同指令中「又直接間接婦人を束縛又は強制
して娼婦とさせることを目的としている総ての契約と協定を無効ならしめるやう命
ずるものである」とあることにより、第一審及び原審判決は、妾契約は右「直接間
接婦人を束縛するもの」故、妾契約もまた本勅令の対象に当るとの誤解に基因した
結果ではないかとの疑を抱かせるに足るものである。
 しかして、原審は本件各公訴事実を、対価を得て不特定人と性交することを約す
るところの所謂売淫と見たのか、或は特定の者を相手とする所謂妾契約と見たのか
についてはその判示必ずしも明確ではないけれども、本件は所謂妾契約で売淫行為
ではないとの控訴趣意第一点に対し、特定の者の妾となつて、生活援助金の名目の
下に、対価を得る所謂妾契約と雖も、勅令九号二条にいう「売淫」に当るものとし
て判示しているところがら見れば、本件は所謂妾契約をなしたものであるとの事実
を認めこれに対して前記勅令を適用しているものと見るべきである。しかも原審の
認容した第一審判決挙示の証拠によれば、本件三人の女性、なかんづくAについて
は、明確に妾関係の成立とその継続を認めることができるのである。即ち当初Cは、
被告人に対し「一生援助をして貰える人で自分の気持の合ふ者であること、ただ男
女関係の性行丈けを欲する人は困る」旨申出たこと、Cは被告人から援助者である
男を紹介されて、二度程面会してから援助を受けること、即ち妾となつてもよいと
決意し、その旨被告人にも話したこと、その後引続き当該男性と妾関係が継続して、
現在はアパートを借り受けて貰つて住んでいること、現在主人(即ち相手方)と平
穏で幸福な生活をしていること及び感謝の気持で被告人に礼に行つたこと等の趣旨
の供述(記録一三七丁以下)から見ても、純然たる妾関係の成立及び継続がうかが
われるのである。
 多数意見は「この婦女たちの意向にも、被告人の意向にも若し一人の男との関係
が切れた場合には、更に新たな男との結合をめざしているものであることは十分に
理解されるところである。この男女間の結びつき関係は金銭と性交との対価関係が
極めて露骨であつてその間に何らの精神的要素をみとむべくもない。その関係の場
所も、附近の旅館等がその都度利用せられて、場所的恒定性もなく通常の売淫とそ
の形態が近似している。以上の見地からみれば、本件男女関係は、妾、二号の名称
いかんにかかわらず「不特定性」のものといわなければならない」と説示している
が、右のうち当初附近の旅館等が利用されたこと以外は証拠上これを見出すことが
困難である。また仮りに以上多数意見のような事実が認められるとしても、それは
妾としての生活が確立されるまでの過程においてはかかる事実関係の発生は常識上
想像し得るところであつて、之をもつて直ちに売淫又は売春行為におけると同様の
「相手方の不特定性」を認定することは全く行き過ぎであると考える。
 以上の理由により、所謂妾関係を売淫に当るものとの前提に立つてなした原判決
は、前示勅令九号二条の解釈適用を誤つた違法があり、此違法は判決に影響を及ぼ
すこと明らかであつてこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる
から、原判決を破棄するを相当と思料する。
 検察官 安平政吉出席
  昭和三二年九月二七日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

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