弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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連日連夜にわたってラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続けるなどして
慢性頭痛症,睡眠障害,耳鳴り症に陥らせた行為が傷害にあたるとされた事例(平成16年4月
9日宣告)
            判     決
 被告人に対する傷害被告事件について,当裁判所は,検察官大竹美穂,弁護人川
﨑祥記(主任),同清王達之(いずれも私選)出席のうえ審理し,次のとおり判決
する。
            主     文
      被告人を懲役1年に処する。
未決勾留日数中50日をその刑に算入する。
      理     由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成14年6月ころから平成15年12月3日ころまでの間,奈良市
a町(以下省略)の自宅から隣家に居住するAらに向けて,同人に精神的ストレス
による障害が生じるかもしれないことを認識しながら,あえて,連日連夜にわたり
ラジオの音声及び目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続ける等して,同人
に精神的ストレスを与え,よって,同人に全治不詳の慢性頭痛症,睡眠障害,耳鳴
り症の傷害を負わせたものである。
(事実認定の補足説明)
 弁護人は,①被告人の行為は暴行罪における暴行にも傷害罪の実行行為にもあた
らず,②被告人には暴行の故意のみならず傷害の故意もない旨主張するので,以下
これらについて検討する。
1 実行行為について
 関係証拠によれば,被告人は,被害者方に向けて,判示のとおり平成14年6月
ころから平成15年12月3日ころまでの間,連日朝から深夜午前1時ころないし
は午前4時ころまでラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を鳴らし続けていた
こと,平成15年10月1日午後1時50分ころから午後2時50分ころまでの間
及び同年11月12日午後5時35分ころから午後6時5分ころまでの間に被告人
方から発せられた騒音を測定したところ,被告人方敷地の境界から約1メートル離
れた被害者方家屋東側軒下において最大値が79.1デシベル及び79.3デシベ
ル,平均値が70.2デシベル及び70デシベル,被告人方の方向に開口部のある
被害者方1階台所において,窓ガラスを開放した状態で,最大値が66.3デシベ
ル及び70.9デシ
ベル,平均値が56.6デシベル及び61.7デシベル,窓ガラスを閉じた状態
で,最大値が59.6デシベル及び63.2デシベル,平均値が51.2デシベル
及び49.7デシベル,同じく被告人方の方向に開口部があり被害者が寝室として
使用している被害者方2階和室において,二重になった窓ガラスを開放した状態で
最大値が61.8デシベル及び72.3デシベル,平均値が57.5デシベル及び
61デシベル,この窓ガラスを閉めた状態でも最大値が51.3デシベル及び4
5.8デシベル,平均値が38.3デシベル及び37.4デシベルあったこと,騒
音は80デシベルで地下鉄や電車の車内に,70デシベルで電話のベル,騒々しい
事務所の中や街頭に,60デシベルでも静かな乗用車や普通の会話に匹敵するもの
であること,正常な風俗
環境の保持を目的とする奈良県風俗営業等の規制及び業務の適性化等に関する条例
では,第1種低層住居専用地域に属する判示の地域において,日出時から午前8時
までが45デシベル,午前8時から日没時までが50デシベル,日没時から午後1
0時までが45デシベル,午後10時から日出時までが40デシベルとされてお
り,また,中央環境審議会答申の屋内指針では,一般地域で昼間については,会話
影響に関する知見を踏まえて45デシベル以下,夜間については,睡眠影響に関す
る知見を踏まえて35デシベル以下とすることが適当と考えられていることが認め
られる。
 ところで,傷害罪の実行行為としての暴行は,暴行罪におけるそれと同義で,人
の身体に対する物理的な有形力の行使であるところ,上記認定事実によっても,被
告人の発する騒音の程度が被害者の身体に物理的な影響を与えるものとまではいえ
ないから,被告人の上記行為は暴行にはあたらないといわざるを得ない。
 しかしながら,傷害罪の実行行為は,人の生理的機能を害する現実的危険性があ
ると社会通念上評価される行為であって,そのような生理的機能を害する手段につ
いては限定がなく,物理的有形力の行使のみならず無形的方法によることも含むと
解されるところ,関係証拠によれば,長時間にわたって過大な音や不快な音を聞か
され続けると精神的ストレスが生じ,過度な精神的ストレスが脳や自律神経に悪影
響を与えて,頭痛や睡眠障害,耳鳴り症といった様々な症状が出現することが認め
られ,このような事実によれば,騒音を発する行為も傷害罪の実行行為たりうると
いうべきである。そして,冒頭で認定の事実,とりわけ,被告人が被害者に向けて
騒音を流し続けた期間が約1年6か月もの長期間にわたっていること,1回の時間
帯も朝から深夜まで
の長時間で,通常人が就寝している深夜にまで及んでいること,騒音の程度も被害
者方敷地はもとより屋内でも窓を開放した状態では,最大値は地下鉄や電車の車内
あるいは騒々しい事務所の中や街頭並み等であり,平均値でも上記条例や指針の基
準を大幅に上回り,窓を閉めた状態でも最大値は静かな乗用車や普通の会話並み等
で上記基準を超えており,平均値でもこの基準を超えるかほぼ同じ程度であること
等に照らすと,被告人の上記行為は,被害者に対して精神的ストレスを生じさせ,
さらには睡眠障害,耳鳴り,頭痛等の症状を生じさせる現実的危険性のある行為と
十分評価できるから,傷害罪の実行行為にあたるというべきである。
 よって,この点についての弁護人の主張は採用できない。
2 故意の有無について
 関係証拠によると,被告人は,被害者方に最も近い位置にある被告人方台所に,
ポータブルラジオをスピーカーが被害者方に向くようにした上,窓を一部開けたま
まにして窓枠に置き,さらに目覚まし時計も台所の流し台横のラックに複数個並べ
て置いて,上記1で認定した期間,時間帯に同認定の程度の騒音を発していたこ
と,被告人は,家族が不快に思い,近所迷惑になると考えてラジオの音量を下げた
り,時計のアラーム音を止めたりしても,家族に暴力を振るう等してこれを止めよ
うとせず,警察官から上記騒音測定の際に,インターホンを通して,あるいはハン
ドマイクを使ってラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を止めるよう警告され
てもこれに応じようとしなかった上,平成15年11月21日には被告人の判示の
行為が被害者に対する
傷害にあたるとの被疑事実で家宅捜索を受けて上記ラジオや目覚まし時計を押収さ
れたのに,新たにラジオカセットレコーダーや複数の目覚まし時計を用意して従前
と同様に騒音を発し続けていたこと,被告人は,被害者の子供がキャッチボール中
被告人の使用する自動車にボールを当ててしまったこと等を契機に,被害者との間
で確執が生じ,平成12年には,被害者の家族を中傷して名誉毀損罪で刑事告訴さ
れて逮捕勾留されたところ,この件で起訴猶予処分になり,釈放された直後からラ
ジオ音声を鳴らすようになり,これをエスカレートさせて判示の行為に及んだこと
が認められ,このような被告人の本件行為の態様,これに対する家族や警察官の警
告等の状況,被告人と被害者との確執の状況等に照らすと,被告人が騒音を発して
被害者を困惑させる
意図のもとに判示の行為に及んだことは明らかである。そして,判示のような騒音
を発する行為は,これを受けた人にとって相当大きな精神的負担となり,これが継
続されれば精神的ストレスにより様々な心身の疾患を生じさせることは社会通念上
顕著であって,これをも併せて考えると,被告人は,少なくとも,判示のとおり被
害者が精神的ストレスを負ってその身体に障害が生じる可能性があることを認識し
つつ,あえて判示行為に及んだと認めるのが相当であり,被告人には被害者に対す
る傷害罪の未必的故意があったものというべきである。これに対して,被告人は,
捜査段階及び公判段階を通じて,被害者に対し嫌がらせのために判示の行為をした
わけではない旨,弁護人の主張に沿う供述をするけれども,上記認定事実に照らし
て,不合理かつ不自
然で,到底信用できない。
 よって,この点に関する弁護人の主張も採用できない。
(法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法204条に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,
その刑期の範囲内で被告人を懲役1年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数
中50日をその刑に算入することとする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,隣人である被害者にラジオの音声や目覚まし時計のアラーム
音を鳴らし続けて,傷害を負わせたという事案である。
 被告人は,約1年半もの長期間にわたって,連日連夜,朝から深夜まで大音量で
ラジオの音声を流したり,目覚まし時計のアラーム音を鳴らすといった騒音を発し
続け,警察から止めるように何度も警告を受け,ラジオや目覚まし時計を押収され
ても犯行を継続していたのであり,その犯行態様は非常に陰湿かつ執拗といわなけ
ればならない。のみならず,被害者は長期間にわたって被告人の発する騒音に思い
悩まされた挙げ句,回復の見込みが不明の慢性頭痛症,睡眠障害,耳鳴り症の傷害
を負うに至っており,本件犯行の結果も重い。そして,被告人は,かねて被害者ら
との間で確執があり,名誉毀損罪で刑事告訴され逮捕勾留されたことから,一方的
に悪感情を抱き,被害者らへの嫌がらせのため本件犯行に及んだもので,その短絡
的かつ身勝手な動機
に酌量の余地は全くない。しかるに,被告人は,不合理極まりない弁解に終始し,
犯意を否認する等して自己の行為を正当化することに汲々とし,反省の態度が全く
認められないのであって,被告人のこのような態度を目の当たりにした被害者が今
なお被告人に対して厳重処罰を望んでいるのも当然というべきである。
 以上の点にかんがみると,犯情は極めて悪く,被告人の刑事責任を軽視すること
はできない。
 そうすると,被告人の夫が,娘らと協力して被告人を監督する旨当公判廷で約束
するとともに,被告人が被害者らと離れて暮らすべく自宅以外に新たにアパートを
借りて,被告人の置かれた環境の改善に努める等し,その更生に家族全体で取り組
む姿勢を示していること,被告人は平成12年に被害者に対する名誉毀損罪で起訴
猶予処分になったことがあるのみで,前科はないこと等被告人のために酌むべき事
情を十分考慮しても,被告人に対して刑の執行を猶予すべきであるとは到底いえ
ず,主文掲記の実刑をもって臨むことは止むを得ない。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑・懲役2年)
 平成16年4月9日
  奈良地方裁判所刑事部
         裁判長裁判官   奥   田   哲   也
            裁判官   御   山   真 理 子
    裁判官 実   本       滋

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