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裁判例


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         主    文
     一 原判決を取消す。
     二 被控訴人らは連帯して控訴人に対し金一、〇〇〇万円およびこれに
対する昭和五〇年八月七日からその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を
支払え。
     三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。
     四 この判決第二項は仮に執行することができる。
         事    実
 一 控訴代理人は、主文第一ないし三項同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人
は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め
た。
 二 当事者双方の主張および証拠関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実
摘示のとおり(ただし、原判決三枚目裏七行目に「金二五〇、〇〇〇円に対する」
とあるのを「金二五〇、〇〇〇円とする」と、同四枚目表二行目に「対応」とある
のを「対抗」とそれぞれ訂正する。)であるから、ここにこれを引用する、
 1 控訴人の主張
 (一) 本来借家法が制定された趣旨は、経済的な弱者を保護し、その居住権、
生活権を保障しようとする点にあり、最高裁判所昭和四二年六月二日第二小法廷判
決その他多数の、建物の一部に借家法の適用を認めた判決例は、すべて右の借家法
制定の趣旨に照らし、賃借人を保護する必要がある場合に限つて、借家法の適用範
囲を拡張してきているものである。したがつて右最高裁判所の判決にいう「独占的
排他的支配が可能な構造、規模を有するもの」という基準は、右の観点から解釈さ
れなければならない。
 ところで、原判決は本件建物の屋上を利用上完全に独立した建物の一部と認定
し、これに借家法の法理を適用しているものと解されるが、本件建物の屋上に広告
塔を設置するという本件賃貸借契約は、居住権、生活権とは全く無関係のものであ
り、何ら借家法による保護を必要とするものではなく、民法の一般原則によつて処
理されるべき法律関係にすぎない。それゆえ従来の判例を検討してもビルの屋上の
賃貸借に借家法を適用した事例は全く見当らないのであり、したがつて本件屋上の
賃貸借契約は、本件建物の譲受人には対抗できず、その結果、敷金返還債務も承継
されないと考えるのが正当である。
 (二) 原判決は、「本件屋上の六か所に基脚を取りつけて屋上のほぼ全面をや
ぐらでおおつた広告塔を設置していて、同屋上を占有していた……」と認定してい
るが、事実に反する。すなわち、
 (1) 本件屋上の一角には被控訴人柄雄所有のブレハブ(建坪約五坪)が建て
られており、同被控訴人が使用していた。
 (2) 広告塔の六か所の基脚を順次直線で結んだ線で囲まれた部分は、本件屋
上の約三分の二位に該当するが、その中央部のやぐらで囲まれた空間部分には本件
建物全館を冷房するために、被控訴人A所有のクーリングタワーが設置されてい
た。
 (3) 広告塔の広告表示部分は、本件屋上の全面をおおつているのではなく、
屋上の端から本件建物の北側前面に突出て設置されていた。
 以上の状況からすれば、本件屋上は利用上完全に独立した部分とは推認できな
い。
 2 被控訴人の主張
 控訴人の前記1(一)、(二)の主張については争う。
 3 証拠関係(省略)
         理    由
 一 控訴人が昭和三八年二月七日被控訴人Aから本件建物の屋上を広告塔設置の
ため賃借し、同被控訴人に対しそのころ敷金一、〇〇〇万円を交付したこと、本件
建物の所有権が被控訴人Aから他に移転したことは当事者間に争いがない。そうし
て成立に争いのない甲第一ないし三号証、原本の存在および成立に争いのない乙第
四号証中の供述記載、原審および当審証人B、原審証人Cの各証言、原審における
被控訴人A本人尋問の結果によると、被控訴人Dは右賃貸借契約当日控訴人に対し
被控訴人Aの右契約上の債務につき連帯保証したこと、控訴人は右契約に基づき本
件建物の屋上(本件建物は右契約当時は未完成であり、鉄筋五階建の計画であつた
ため、契約書には鉄筋五階建屋上と表示されたが、実際には鉄筋コンクリート造、
一部木造陸屋根、地下一階付七階建店舗兼居宅として完成したものであるから、契
約の対象物件である五階建屋上は本件建物の屋上に変更されたものとみるべきであ
る。以下「本件屋上」という。)の六か所に基脚を取りつけ、その上に鋼材を組立
てて広告塔を設置し、本件屋上を占有していたこと、被控訴人Aは昭和四二年二月
二五日本件建物を訴外E、同Fに売却し、同月二七日その所有権移転登記を経由し
たことが認められる。ところで本件建物の所有権の移転により本件屋上の賃貸借に
おける賃貸人の地位は当然に本件建物の譲受人である右Eらに移転するものではな
く、たとえ同被控訴人とEらとが賃貸人の地位移転の合意をしたとしても、賃借人
である控訴人においてこれを承諾するかその賃借権をEらに対して主張しないかぎ
り(却つて、控訴人は異議を述べている。)、本件屋上の賃貸借は、目的物を賃借
人に使用収益させる賃貸人の義務の履行不能による契約解除等特段の事情のないか
ぎり、依然として同被控訴人と控訴人との間に存続するものというべきである。し
かしながら同被控訴人は前記のとおり本件建物の所有権をEらに移転し、その結果
控訴人としては、後記三に認定のとおりおそくとも昭和四三年八月以降本件広告塔
を使用できなくなつたものであるから、これを理由として本件屋上の賃貸借契約を
解除できるものというべきところ、控訴人の本訴における右契約が終了した旨の主
張には本訴状で右賃貸借契約を解除する趣旨を含むものと解されるので、右解除に
よつて右契約は終了したものとみるのが相当である。
 二 しかるに被控訴人らは、本件屋上は借家法一条にいう「建物」にあたるか
ら、控訴人の本件屋上の賃貸借は同条により本件建物の譲受人であるEらに対抗で
きるものであり、したがつて右賃貸借関係は、本件敷金返還債務をも含めて、当然
に同人らにおいて承継したと主張するから、この点について検討する。
 <要旨>1 控訴人が被控訴人Aから本件屋上を広告塔建設を目的として賃借した
ことは冒頭判示のとおり当事者間に争いがなく、本件屋上が本件建物の一部
であることは明らかである。ところで、借家法一条にいう「建物」とは土地に定着
し、周壁、屋蓋を有し、住居、営業、物の貯蔵等の用に供することのできる永続性
のある建造物をいうが、その限界は、結局、社会通念、立法の趣旨等に照らして決
められるべきであるとされ、建物の一部であつても、障壁その他によつて他の部分
(他の物)と区画され、独占的排他的支配が可能な構造、規模を有するものは同条
にいう「建物」であると解されている。そこで右の観点に立つて本件屋上が右のよ
うな基準に当てはまる建物の一部であるかどうかについてみるに、前記甲第一号
証、第三号証、昭和五〇年八月ごろ本件広告塔を撮影した写真であることに争いの
ない検乙第一ないし三号証によると、本件屋上は配電室、階段を含めて約一一八・
六八五平方メートル(三六坪)であつて、そのうち広告塔の六か所の基脚の中心点
によつて囲まれた部分は東西に五・七メートル、南北に九・五メートルで約五四・
一五平方メートル(一八坪)であり、その占める割合は屋上全体の約二分の一(配
電室、階段を除外しても約三分の二弱)であつたこと、本件屋上には配電室、階
段、広告塔のほかに、本件建物全体を冷房するための被控訴人A所有のクーリン
グ、タワー(直径約二メートルのもの)、北側二か所の基脚と中央の二か所の基脚
に囲まれた空間部分に同被控訴人が物入れに使用していたブレハブの納屋(床面積
約一六・五平方メートルのもの)が存在していたこと、本件屋上には階段からの出
入口に施錠設備がなされており、その鍵は控訴人と被控訴人Aとが所持していたこ
とが認められ、また、本件屋上の周囲にその構造上危険防止のための何らかの障壁
が設置されていたであろうことは容易に推認されるところである。右認定の事実に
よると、本件屋上はその周囲およびその下方の階下部分とは障壁その他によつて区
画されているとはいえ、その上方の空間部分とは全く区画されていないのであるか
ら、右基準にいう「他の部分」と区画されているといえるかどうか疑問であるばか
りでなく、独占的排他的支配が可能な構造、規模を有するものとはいえても、現実
には控訴人と被控被訴人Aの占有支配が競合していたのであるから、控訴人の本件
屋上の占有をもつて利用上完全に独立した部分の占有とみることはできない。
 2 次に、本来借家法が制定された趣旨は、借地法、小作関係の法律などととも
に経済的な弱者を保護しその居住権、生活権ないしは営業権を保障しようとする点
にあることはいうまでもなく、建物の一部であつても一定の基準を充たすものに限
つて借家法一条にいう「建物」にあたるとして借家法の適用範囲の拡張を認めるべ
きであるとするのは、ひつきょう経済的な弱者である借家人を保護する必要がある
からにほかならない。本件賃貸借は広告塔建設を目的とするものであつて人の住居
ないしは店舗、事務所等とは直接に関係はなく、何ら借家法による保護を必要とす
るものではない。したがつて、本件屋上は本件建物の一部であるが社会通念、立法
の趣旨等に照らし、借家法一条にいう「建物」またはこれに準ずべきものであると
みるべきではないと解するのが相当である。
 3 さらに、屋上の賃貸借については別個の観点から考察する必要がある。すな
わち、元来「屋上」とは「屋根のうえ」を意味し、ビルデイングの屋根はその構造
上平坦であり、その屋根のうえである屋上はもとより建物の一部であるが、同時に
その上の空間部分との接点をなし、屋外(建物外)でもあつて(屋上に建設された
広告塔は屋外広告物法による規制対象とされている。)、その平坦な部分の「平
面」は建物というより土地に類似した特殊な効用を有するものである。ビル屋上は
近年その利用価値がとみに増大し、本件のごとき広告塔のほか、展望台、テレビ
塔、ゴルフ練習場などに利用され、これらの建設、所有を目的とするビル屋上の賃
貸借契約が数多く締結されるに至つており、この場合契約当事者の意思としては、
ビル屋上を建物の一部として貸借するという認識はなく、土地に類似する「平面」
として捉えて、建物所有を目的として屋上を貸借したという観念が濃いものとみる
ことができるであろう。これらのビル屋上の賃貸借契約は建物賃貸借というよりは
むしろ建物所有を目的とする土地賃貸借に近似した関係にあるものであつて、そも
そも借家法の適用のないものと解することができる。しかしながら、本件広告塔は
本件屋上の上の大きな空間部分を利用して本件屋上の六か所に基脚を取りつけて建
設されたものではあるが、屋蓋等を欠き社会通念上、一種の工作物であるとはいえ
ても「建物」であるとはいえないことは明らかであるから、借地法を類推適用する
余地もない。
 4 以上認定のとおり控訴人の本件屋上の賃貸借は、いずれにしても本件建物の
譲受人である前記Eらに対抗できないものであり、したがつて本件屋上の賃貸借関
係は敷金返還債務も含めて同人らに承継されたとみることはできない。被控訴人ら
のこの点の抗弁は採用できない。
 三 次に、被控訴人らは仮に被控訴人Aが敷金返還義務を負うとしても、同被控
訴人は控訴人に対し昭和四七年九月分までの延滞賃料債権を有しているから、これ
を差引くと敷金返還債務は残存しないと主張するから、この点について考察する
に、前記甲第一号証、第三号証、成立に争いのない甲第七号証の一、二、第九号証
の一ないし六、乙第一、二号証の各二、原審における被控訴人A本人尋問の結果に
より成立を認めうる乙第一、二号証の各一、原審証人B、同Cの各証言によると、
本件屋上の賃料は当初は月額金一〇万円であり、その後日時および理由は明らかで
ないが、控訴人と被控訴人Aの合意により金九万三、〇〇〇円に減額されたこと、
控訴人は昭和四一年一〇月ころ同被控訴人から賃料増額の交渉を受け、ついで昭和
四二年四月ころ前記Eから本件建物を譲受けたとして賃料を四倍に増額してほしい
との申入を受け、さらに同被控訴人から訴外大貴不動産株式会社を通じて増額の申
入れを受け、最終的には同被控訴人から賃料額を昭和四一年一〇月分に遡つて月額
金二五万円とし、その差額分を支払うよう請求されたこと、控訴人は同被控訴人と
右Eとの間で本件建物の所有権の帰属をめぐり紛争が生じ、債権者を確知できない
ため同被控訴人および右Eに対し同年一一月分以降昭和四三年七月分まで従前の賃
料額を供託したこと、控訴人はおそくとも同年八月以降本件建物の入口が閉ざされ
ていたため本件広告塔を修理することも、点灯することもできず、その使用ができ
なくなつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。しかしながら、同
被控訴人の代理人前記大貴不動産と控訴人との間で右賃料額を月額金二五万円とす
る旨の合意が成立したとの点については、これに副う前記乙第四号証中の供述記載
および原審における被控訴人A本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、たやすく
措信しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、同被控訴人の
控訴人に対する賃料債権は、同年七月までの分については、前記供託により消滅し
ており、同年八月以降本件賃貸借終了に至るまでの分については、同被控訴人が控
訴人に本件屋上を使用させることができなかつたのであるからこれを有しないもの
というべく、結局のところ同被控訴人には延滞賃料債権は存在しないものというべ
きである。被控訴人らのこの点の抗弁も理由がない。
 四 以上の次第で、被控訴人らは連帯して控訴人に対し本件敷金一、〇〇〇万円
およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年
八月七日からその支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支
払う義務があるものというべく、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は
失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取消すこととし、民訴法三八
六条、九六条、九三条、八九条、第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 田坂友男 裁判官 高山晨)

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