弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     当審における未決勾留日数中三〇〇日を本刑に算入する。
         理    由
 被告人本人の上告趣意のうち、捜査手続及び違法収集証拠の採用の各違憲をいう
点は、証拠の証拠能力に関する原判決の判断を論難する実質単なる法令違反、事実
誤認の主張に帰するものであり、憲法三八条一項違反をいう点は、所論の自白調書
の任意性を疑わせる証跡は認められないから前提を欠き、憲法三七年二項違反をい
う点は、実質単なる法令違反の主張であり、その余の点は、単なる法令違反、事実
誤認、量刑不当の主張であつて、すべて適法な上告理由に当たらない。弁護人二瓶
廣志の上告趣意のうち、捜査手続及び違法収集証拠の採用の各違憲をいう点が実質
単なる法令違反、事実誤認の主張であり、憲法三八条違反をいう点が前提を欠くこ
とは、前同様であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、
すべて適法な上告理由に当たらない。
 本件覚せい剤等の証拠物並びに覚せい剤及び尿に関する各鑑定書を違法収集証拠
として排除すべきであるとする所論にかんがみ、以下職権により検討する。
 一 原判決の是認する一審判決の認定によれば、次の経過が認められる。
 (1) 昭和六一年六月一四日午前一時ころ、警視庁第二自動車警ら隊所属のA
巡査部長とB巡査が東京都台東区内の通称浅草国際通りをパトカーで警ら中、暗い
路地から出て来た一見暴力団員風の被告人を発見し、A巡査部長がパトカーを降り
て被告人に近づいて見ると、覚せい剤常用者特有の顔つきをしていたことから、覚
せい剤使用の疑いを抱き、職務質問をすべく声をかけたところ、被告人が返答をせ
ずに反転して逃げ出したため、被告人を停止すべく追跡した。(2) 途中から応
援に駆けつけた付近の交番のC巡査とD巡査らも加わつて追跡し、被告人が自ら転
倒したところに追いつき、B巡査を加えた四名の警察官が、その場で暴れる被告人
を取り押さえ、凶器所持の有無を確かめるべく、着衣の所持品検査を行つたが、凶
器等は発見されなかつた。(3) そのころ、多くの野次馬が集まつてきたため、
A巡査部長は、その場で職務質問を続けるのが適当でないと判断し、取り押さえて
いる被告人に対し、車で二、三分の距離にある最寄りの浅草署へ同行するよう求め
たが、被告人が片手をパトカーの屋根上に、片手をドアガラスの上に置き、突つ張
るような状態で乗車を拒むので、説得したところ、被告人は、渋々ながら手の力を
抜いて後部座席に自ら乗車した。(4) その際、被告人の動静を近くから注視し
ていたA巡査部長は、被告人が紙包みを路上に落とすのを現認し、被告人にこれを
示したが、同人が知らない旨答えたため、中味を見分したところ、覚せい剤様のも
のを発見し、それまでの捜査経験からそれが覚せい剤であると判断して、そのまま
保管した。(5)被告人が乗車後も肩をゆすり、腕を振るなどして暴れるため、警
察官が両側から被告人の手首を握るなどして制止する状態のまま、浅草署に到着し、
両側から抱えるような状態で同署四階の保安係の部屋まで被告人を同行した。(6)
 同室では、被告人の態度も落ち着いてきたため、A巡査部長が職務質問に当たり、
被告人の氏名、生年月日等を尋ねたところ、被告人が着衣のポケツトから自ら身体
障害者手帳等を取り出して机の上に置き、次いで所持品検査を求めると、被告人が
ふてくされた態度で上衣を脱いで投げ出したので、所持品検査についての黙示の承
認があつたものと判断し、A巡査部長が右上衣を調べ、B、Dの両巡査が被告人の
着衣の上から触れるようにして所持品検査をするうち、外部から見て被告人の左足
首付近の靴下の部分が脹らんでいるのを見つけ、そのまま中のものを取り出して確
認したところ、覚せい剤様のもの一包みや注射器、注射針等が発見された。(7)
右(4)及び(6)の覚せい剤様のものの試薬検査を実施したところ、覚せい剤特
有の反応が出たため、同日午前一時二〇分ころ、被告人を覚せい剤所持の現行犯人
として逮捕するとともに、右覚せい剤二包みと注射器等を差し押さえた。(8) 
その後、被告人に排尿とその尿の提出を求めたところ、被告人は当初弁護人の立ち
会いを求めるなどして応じなかつたが、警察官から説得され、納得して任意に尿を
出し提出したため、右尿を領置した。
 二 以上の経過に即して、警察官の捜査活動の適否についてみるに、右(3)及
び(5)の浅草署への被告人の同行は、被告人が渋々ながら手の力を抜いて後部座
席に自ら乗車した点をいかに解しても、その前後の被告人の抵抗状況に徴すれば、
同行について承諾があつたものとは認められない。次に、浅草署での(6)の所持
品検査(以下、「本件所持品検査」という。)についても、被告人がふてくされた
態度で上衣を脱いで投げ出したからといつて、被告人がその意思に反して警察署に
連行されたことなどを考えれば、黙示の承諾があつたものとは認められない。本件
所持品検査は、被告人の承諾なく、かつ、違法な連行の影響下でそれを直接利用し
てなされたものであり、しかもその態様が被告人の左足首付近の靴下の脹らんだ部
分から当該物件を取り出したものであることからすれば、違法な所持品検査といわ
ざるを得ない。次に、(8)の採尿手続自体は、被告人の承諾があつたと認められ
るが、前記一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用して、これに引き
続いて行われたものであるから、違法性を帯びるものと評価せざるを得ない(最高
裁昭和六〇年(あ)第四二七号同六一年四月二五日第二小法廷判決・刑集四〇巻三
号二一五頁参照)。
 三 所持品検査及び採尿手続が違法であると認められる場合であつても、違法手
続によつて得られた証拠の証拠能力が直ちに否定されると解すべきではなく、その
違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、証拠として許容
することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められ
るときに、その証拠能力が否定されるというべきである(最高裁昭和五一年(あ)
第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。
 これを本件についてみると、職務質問の要件が存在し、所持品検査の必要性と緊
急性とが認められること、A巡査部長は、その捜査経験から被告人が落とした紙包
みの中味が覚せい剤であると判断したのであり、被告人のそれまでの行動、態度等
の具体的な状況からすれば、実質的には、この時点で被告人を右覚せい剤所持の現
行犯人として逮捕するか、少なくとも緊急逮捕することが許されたといえるのであ
るから、警察官において、法の執行方法の選択ないし捜査の手順を誤つたものにす
ぎず、法規からの逸脱の程度が実質的に大きいとはいえないこと、警察官らの有形
力の行使には暴力的な点がなく、被告人の抵抗を排するためにやむを得ずとられた
措置であること、警察官において令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があつた
とはいえないこと、採尿手続自体は、何らの強制も加えられることなく、被告人の
自由な意思での応諾に基づいて行われていることなどの事情が認められる。これら
の点に徴すると、本件所持品検査及び採尿手続の違法は、未だ重大であるとはいえ
ず、右手続により得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見
地から相当でないとは認められないから、右証拠の証拠能力を肯定することができ
る。なお、右(4)の被告人が落とした覚せい剤の差押手続には、何ら違法な点は
ないのであるから、その証拠能力を肯定することができる。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条に
より、主文のとおり決定する。
 この決定は、裁判官島谷六郎、同奥野久之の反対意見があるほか、裁判官全員一
致の意見によるものである。
 裁判官島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。
 私は、本件所持品検査及び採尿手続により得られた証拠の証拠能力を肯定する多
数意見には、賛成することができない。
本件は、被告人をその意に反して警察署に連行したうえ、被告人をその支配下に置
いた状況を直接利用して、違法な所持品検査を行い、引き続き一連の行為として違
法と評価される採尿手続により尿を提出させたという事案であつて、最も典型的な
違法捜査というべきものである。特に、警察署への意に反する本件連行は、いかに
被告人が抵抗していたからとはいえ、警察官職務執行法二条三項によつて厳に禁じ
られているところであり、まさに逮捕に類するものというべきであつて、その違法
性はまことに重大である。このように違法な連行に引き続き、かつ、これを直接利
用してなされた本件所持品検査及び採尿手続の違法も重大なものといわなければな
らない。かかる態様の捜査について、単にこれを違法とするだけで、その結果得ら
れた証拠の証拠能力を認めることは、違法な捜査を抑制するという見地からして、
相当ではない。けだし、このような違法捜査は、警察官において職務熱心の余り偶
々なされる類のものであるとしても、なお構造的に再発する危険をはらむ事象であ
るから、警察官職務執行法二条三項は、そのきつかけとなる警察署への意に反する
連行を例外を許さず禁じているのである。したがつて、本件のような違法収集証拠
の証拠能力を否定することが、かかる違法捜査を抑制する上で肝要であるといわざ
るをえない。
 多数意見が証拠能力を肯定する根拠として挙げている点のうち、本件を捜査手順
の誤りとする前提として、(4)の時点において、被告人が落した紙包みの中味が
覚せい剤であり、これを所持する被告人を現行犯逮捕又は緊急逮捕することが許さ
れたとする点については、疑問がある。すなわち、覚せい剤であることの確認につ
いて、もとより必ず予試験の実施が必要である訳ではないが、判例等において、予
試験を経ずに覚せい剤であると確認しうるとされた事案を見れば、例えば、身近に
注射器等が散在するといつたより具体的に覚せい剤の所持た疑わせる客観的状況が
認められる場合であつて、本件程度の状況で現行犯逮捕ないし緊急逮捕が許される
となしうるか疑問が残るといわざるをえない。そうであるからこそ、A巡査部長も
その時点での逮捕に踏み切らなかつたのであつて、これを単なる捜査手順の誤りと
みるのは、相当でない。また、現に捜査実務ではより慎重を期して予試験による結
果を待つて、覚せい剤であることの確認を得て、現行犯逮捕に移つているのが一般
であると思われるから、多数意見のような判断は、この妥当な実務の扱いを弛緩さ
せるおそれがあり、問題である。なお、少なくとも浅草署に到着した時点で、所持
品検査に先立ち、被告人が落した紙包みの中味についての予試験をして、それが覚
せい剤であることを確認しておれば、現行犯逮捕が許されたのであるから、これを
せずに所持品検査を行つた点を捉えて、単なる捜査手順の誤りに過ぎないとする見
方もあるも知れないが、こう解したとしても、それ以前には逮捕が許されなかつた
ことには変わりがないから、それに先立つ連行の違法の重大性を拭い去ることはで
きないというべきである。その他多数意見が挙げる諸点を考慮しても、本件連行と
それに引き続く所持品検査及び採尿手続には令状主義の精神を没却するような重大
な違法があるといわざるをえず、本件証拠を証拠として許容することは、将来にお
ける違法な搜査の抑制の見地から相当でなく、その証拠能力は否定されるべきであ
る。よつて、本件証拠の証拠能力を肯定した原判決は、法会の解釈適用を誤つた違
法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に
反すると認められる。
 裁判官奥野久之は、裁判官島谷六郎の反対意見に同調する。
  昭和六三年九月一六日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    香   川   保   一
            裁判官    奥   野   久   之

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