弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       本件上告を棄却する。
       上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人藤森克美の上告受理申立て理由について
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) D会は,昭和28年にEが提唱した理想社会の思想であるFに共鳴した人
々が集まって結成された社会活動体であり,「F社会」と称される「無所有共用一
体社会」の実現を活動の目的としている。
F社会においては,「所有」は,物が必要な人によって合理的に使用されることを
阻むことになり,その争奪による紛争の原因となるものであること,また,「我執」
は,自分の持っている観念への執着であり,人間が互いに仲良く生活することを妨
げるものであることから,この「所有」と「我執」をなくすこと,すなわち,「無
所有」,「無我執」を実践しなければならないとされている。
 被上告人は,F社会を実践する人々を構成員とする権利能力なき社団であり,国
内39か所,海外7か所のF社会実顕地と称する地域における活動主体である。
 F社会実顕地は,被上告人の構成員がF生活をするための場であり,そこには,
養鶏場,養豚場,牧場,畑などがあって,被上告人の構成員によって農産物やその
加工品等が生産されている。被上告人の構成員は,原則として実顕地で働き,生活
をするものとされ,その生活に要するものは,すべて被上告人から支給される仕組
みとなっている。
 被上告人においては,部外者が被上告人の一員として新たに加入することを「参
画」と呼んでいる。部外者が参画をするためには,被上告人が開催する7泊8日の
F特別講習研さん会(以下「特講」という。)を受講し,さらに,2週間のG研さ
ん学校(以下「研さん学校」という。)に入校してその課程を修了する必要がある。
これらを経た後,被上告人によって参画を認められた者は,上記「無所有」の実践
として,その全財産を被上告人に出えんするものとされている。
 なお,被上告人は,平成3年2月からは,新たに参画をした者がF生活の基本を
身につけるための参画者予備寮を設け,ここで3∼6か月生活した後に一般の実顕
地での生活に入る制度を作り,平成5年からは,参画者予備寮入寮中に参画を取り
やめた者には,出えんした財産をほぼ全額返還するようになった。
 (2) 上告人は,昭和23年生まれの女性で,昭和59年に夫が死亡した後は,
3人の子(長女,長男,次女)と共に暮らしていたが,相続した土地の一部を売却
し,その代金でアパートを建て,その家賃収入で生計を立てていた。
 上告人は,夫の看病中長女が非行に走ったことを,D会の地域会員に相談したと
ころ,同会員から勧められて被上告人が開催する特講を受講し,昭和61年11月
を第1回として,3度にわたって,研さん学校に入校した。
 上告人は,3度目の研さん学校に入校していた時,参画者の明るい人柄と体験談
にひかれ,自分が被上告人に参画をして真剣な生き方をしていることを子供らに見
せることにより子供らも幸せになると考え,被上告人への参画を決意した。そして
,上告人は,平成元年6月15日,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書を提出
して,長男及び次女を連れて被上告人への参画を申し込み,被上告人はこれを応諾
した。出資明細申込書には,「私は終生F生活を希望しますので,下記の通りいっ
さいの人財・雑財を出資いたします。」との記載があり,誓約書には,「私は,此
の度,最も正しくF生活を営むため,本調正機関に参画致します。ついては,左記
物件,有形,無形財,及び権益の一切を,権利証,証書,添付の上,F生活実顕地
調正機関に無条件委任致します。」,「しかる上は,権利主張・返還請求等,一切
申しません。」との記載がある。上告人は,長女も一緒に参画をすることを望んだ
が,長女については非行が進んでいることから,その参画は,被上告人から断られ
た。
 上告人は,平成元年6月末から7月初めにかけて,現金,預金通帳,年金手帳,
年金証書,不動産(自宅及びアパート)の権利証,実印等を被上告人に交付して被
上告人に参画をし,三重県に在る被上告人の豊里実顕地で生活するようになった。
被上告人は,上記不動産を売却するなどして,上告人が交付した財産を金銭に換え
た。
 (3) 上告人が被上告人に参画をする際に出えんした財産の総額は,2億884
5万4052円である。また,参画後,平成元年8月から平成6年12月までの間
に被上告人の指定した銀行口座に入金されて被上告人が取得した上告人の年金は,
合計319万3941円であり,これと上記参画時に出えんした財産総額との合計
は,2億9164万7993円となる。
 (4) 上記の上告人の参画に至る一連の過程に関与した被上告人の担当者に社会
的相当性を欠く行為はなかった。
 また,上告人は,上記参画の時点においては,Fの基本理念に賛同し,終生,被
上告人の下で生活することを前提として,自らの提供する財産が,被上告人や他の
構成員のためにも使用されることを承知の上で,その全財産を出えんしたものであ
る。
 (5) 上告人は,平成3年4月,長女が家庭裁判所において保護観察処分を受け
,保護者と共に生活しなければならなくなったことから,実顕地を離れて,アパー
トで長女と生活するようになった。
 その後も長男と次女は実顕地で生活していたが,長男はいじめを受けたことなど
から,次女は都立高校に合格したことから,長男は平成4年8月に,次女は平成5
年3月に,それぞれ実顕地を出てアパートで上告人と生活するようになった。
 上告人は,他の構成員との関係がうまくいかなくなったことなどから,次第に被
上告人からの脱退を考えるようになり,平成6年12月14日,被上告人に対し,
脱退の申出をし,平成7年初めに上告人は被上告人の同意を得て被上告人から脱退
した。上告人は,脱退時には,無収入の長男,次女と同居していた。
 上告人は,脱退に際して,被上告人に対し,出えんした財産のうち,少なくとも
,長女,長男,次女の分として合計9300万円の返還を受けて脱退したい旨の申
入れをしたが,被上告人からは,長女の分として4030万円が返還されたのみで
あった。
 被上告人は,上告人らが実顕地で生活していた期間の生活費等を負担していたほ
か,上告人が実顕地を出てから脱退するまでのアパートで生活していた期間の家賃
等の生活費を負担していた。
 上告人は,脱退後は,下着の訪問販売によって生計を立てている。
2 本件は,上告人が,被上告人に対し,主位的に,不法行為に基づく損害賠償を
請求し,予備的に,信託契約若しくは消費寄託契約が終了したとして,又は出えん
した全財産相当額が不当利得であるとして,その返還を請求する事案である。
 3 論旨は,上告人の被上告人に対する本件請求につき,不当利得返還請求とし
て,1億円とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度でしか,その請求を認容
しなかった原審の判断を,公序良俗に関する法令の解釈を誤ったものとして論難す
るものである。
 【要旨】前記の事実関係によれば,上告人は,前記のとおり,講習等を受講し,
被上告人の思想,活動の目的,内容等を認識し,理解した上で,参画を決意し,被
上告人との間でその全財産を出えんする旨の約定をし,これに基づきその全財産を
出えんしたものである。上記出えんに係る約定及びこれに基づく上告人の出えん行
為は,F社会において要求される「無所有」の実践として行われたものであり,上
告人が,終生,被上告人の下でFに基づく生活を営むことを目的とし,これを前提
として行われたものであることが明らかである。ところが,本件においては,上告
人は,被上告人への参画をした後,前記のような事情の変更があったことから,被
上告人の同意を得て被上告人から脱退をしたものである。これにより,上記出えん
に係る約定及びこれに基づく上告人の出えん行為の目的又はその前提が消滅したも
のと解するのが相当である。そうすると,上記出えんに係る約定は,上記脱退の時
点において,その基礎を失い,将来に向かってその効力を失ったものというべきで
ある。したがって,上記上告人の出えん行為は,上告人の脱退により,その法律上
の原因を欠くに至ったものであり,上告人は,被上告人に対し,出えんした財産に
つき,不当利得返還請求権を有する。
 次に,上告人が被上告人に対して不当利得として返還を請求し得る範囲について
検討する。上記不当利得返還請求権が上告人の脱退により事後的に法律上の原因を
欠くに至ったことを理由とするものであること,上告人は,脱退するまでの相当期
間,長男及び次女と共に,被上告人の下でFに基づく生活を営んでいたのであり,
その間の生活費等は,すべて被上告人が負担していたこと,また,上告人は,自己
の提供する財産が被上告人や他の構成員のためにも使用されることを承知の上で,
その全財産を出えんしたものであること等の諸点に照らすと,上告人が被上告人に
対して出えんした全財産の返還を請求し得ると解するのは相当ではない。上告人の
不当利得返還請求権は,上告人が出えんした財産の価額の総額,上告人が被上告人
の下で生活をしていた期間,その間に上告人が被上告人から受け取った生活費等の
利得の総額,上告人の年齢,稼働能力等の諸般の事情及び条理に照らし,上告人の
脱退の時点で,上告人への返還を肯認するのが合理的,かつ,相当と認められる範
囲に限られると解するのが相当である。
 なお,上告人と被上告人との間の参画に係る契約には,上告人が出えんした財産
の返還請求等を一切しない旨の約定があるが,このような約定は,その全財産を被
上告人に対して出えんし,被上告人の下を離れて生活をするための資力を全く失っ
ている上告人に対し,事実上,被上告人からの脱退を断念させ,被上告人の下での
生活を強制するものであり,上告人の被上告人からの脱退の自由を著しく制約する
ものであるから,上記の範囲の不当利得返還請求権を制限する約定部分は,公序良
俗に反し,無効というべきである。
 本件において,脱退の時点で上告人が被上告人に対して1億円の不当利得返還請
求権を有するとした原審の判断は,上記の諸般の事情及び条理に照らし,相当とい
うことができるから,原判決は,結論において,是認することができる。論旨は,
採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 滝井繁男 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷
 玄 裁判官 津野 修)

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