弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人Aに関する部分を破棄する。
     被告人Aを禁錮一〇月に処する。
     但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人中田義正の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、
ここにこれを引用する。
 これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
 所論は、原判決には食品衛生法の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
 そこで検討するに、なるほど食品衛生法第四条の規定は、有毒、有害、腐敗その
他の不衛生食品の販売や、右販売のためにする製造加工その他の準備行為など、不
特定多数人に向けられた衛生上危険な行為を禁止し、また同法第三〇条は、右禁止
の実効性を確保するために、その違反行為に対する刑罰を規定した行政上の取締規
定であるから、その目的とする危害予防の見地からすると、単に故意による違反の
場合だけでなく、過失による違反の場合においても、これを処罰し得るものと解し
なければ、十分にその目的を達し得ないし、殺人傷害等刑法の規定の外に右法条を
設けた意味がないとする原判決の見解も一理なしとしないのである。
 しかしながら、同法第四条にいわゆる有毒、有害な食品等の販売の故意犯が、常
に殺人傷害等刑法の罪に該当する態様において行われるとは断定し難く、有毒、有
害であることは認識してはいても、殺人の認識を欠ぐ場合もあり、或は有毒有害の
認識や傷害の認識はあつても、その物の有毒ないしは有害性の程度や、摂取量の多
少により、現実に傷害の結果を発生しない場合のあることも否定し得ないばかりで
なく、同条は単に販売行為だけではなく、販売の用に供するための採取、製造、輸
入、加工、使用、調理、貯蔵、陳列等の準備的な行為をも禁止し処罰することを明
らかにし、法益の侵害に対し刑法のそれよりは、より間接的で抽象的な危険をも処
罰の対象としているのであるから、同条及び同法第三〇条の処罰規定を故意犯の場
合に限るものと解釈しても、決して右各法条の存在価値を失わせ、或はこれを不当
に減少させるものとはいえないのである。
 <要旨>いうまでもなく刑法第三八条第一項の規定は、刑法所定の刑罰を規定して
いる食品衛生法にも適用せらるべきものであるから、同法第四条違反の過失
行為を、犯罪として処罰するには、刑法第八条や第三八条第一項但書にいわゆる
「特別ノ規定」のあることを要し、またこの「特別ノ規定」があるというために
は、当該法規の中に、刑法総則の適用を排除し、犯罪の成立に故意を必要としない
旨の一般的な明文規定があるか、若しくは個々の犯罪に関する規定の解釈上、故意
を要しない趣旨が確認し得られる場合に限り、ただ法規全体の目的とか、取締の必
要性などという不明確な理由によつて、過失犯の処罰に関する「特別ノ規定」があ
るとなす見解には、罪刑法定主義の立前から俄かに左袒し難いのである。しかるに
食品衛生法のうちには、右のような一般的な明文規定もなく、また同法第四条、第
三〇条の規定の解釈上からも、同犯罪の成立上故意を必要としない趣旨を確認し得
るまでには至らないのである。して見れば営業許可の取消停止など、純然たる行政
上の制裁の前提としては兎に角、すくなくとも刑罰の対象として、同法第四条違反
の過失行為を問題とする余地はないものと考えられるのである。
 原判決が右と異なる見解の下に、被告人の過失による第四条違反の所為を犯罪と
認定し、これに第三〇条の罰則を適用処断したのは、法令の解釈適用を誤つたもの
といわねばならないのである。
 弁護人の論旨は理由がある。
 よつて刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条に従つて原判決を破棄し、同法第四〇
〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。
 原判決の確定した業務上過失致死傷の各事実は、刑法第二一一条前段、罰金等臨
時措置法第三条第一項第一号に各該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に
触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条を適用し、犯情の最も
重いBに対する業務上過失致死の罪の刑に従い、その所定刑中禁錮刑を選択し、そ
の刑期範囲内において被告人を禁錮一〇月に処すべきところ、被害者に対する治療
費の弁償慰藉料の支払、改悛の情その他諸般の情状を斟酌し、刑法第二五条第一項
によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は
刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、主文のとおり被告人の負担とする。
 なお本件公訴事実中、被告人が食品衛生法第四条の禁止に違反して、起訴状記載
の日時場所において、同記載の方法により、有毒なナゴヤフグの真子を食品として
販売したという同法違反の部分については、故意の証明が十分でなく、また前記の
とおり過失犯を処罰する規定もないので、刑事訴訟法第三三六条により無罪となす
べきものであるが、右は前記業務上過失致死傷の罪と、一個の行為にして数個の罪
名に触れる場合であるから、主文においては無罪の言渡をしない。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 村木友市 判事 幸田輝治 判事 熊佐義里)

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