弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決中、被上告人B1火災海上保険株式会社に関する部分を破棄し、
右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
     上告人の被上告人B2火災海上保険株式会社に対する上告を棄却する。
     前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人池上徹の上告理由について
 第一 被上告人B1火災海上保険株式会社(以下「被上告人B1火災」という。)
関係
 一 原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
  1 訴外Dは、建築中の本件建物を所有していたところ、昭和五四年一一月一
二日、被上告人B1火災との間で、本件建物につき、保険金を三五〇〇万円とし、
保険期間を同日から昭和五五年一一月一二日までとする住宅火災保険契約(以下「
本件保険契約」という。)を締結し、約定保険料二万八〇〇〇円を支払った。なお、
Dは、本件保険契約の締結に先立って、昭和五四年八月三一日、訴外Eから二〇〇
〇万円を借り入れ、この債務を担保するため本件建物及びその敷地に譲渡担保権を
設定していたが、本件保険契約締結当時、右譲渡担保権は実行されていなかった。
  2 上告人は、昭和五五年四月一〇日、Dから本件建物及びその敷地を買い受
け、翌一一日、本件建物及びその敷地につき、上告人を所有者とする所有権移転登
記がされた。
  3 本件建物は、昭和五五年四月一二日に類焼被災した(以下この事故を「本
件火災」という。)。
  4 本件保険契約においては、被上告人B1火災作成の普通保険約款(以下「
本件約款」という。)によるべきこととされているところ、本件約款八条は、一項
において、「保険契約締結後、次の事実が発生した場合には、保険契約者または被
保険者は、事実の発生がその責めに帰すべき事由によるときはあらかじめ、責めに
帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後、遅滞なく、その旨を当
会社に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。ただし、そ
の事実がやんだ後は、この限りでありません。(1) 保険の目的を譲渡すること。
(2) 保険の目的である建物または保険の目的を収容する建物の構造または用途を
変更すること。(3) 保険の目的を他の場所に移転すること。ただし、第一条第一
項の事故を避けるために、他に搬出した場合の五日間については、この限りであり
ません。」と定めている。そして、同条二項は「前項の手続を怠った場合において、
その事実が発生した時または保険契約者もしくは被保険者がその発生を知った時か
ら当会社が承認裏書請求書を受領するまでの間に損害が生じたときは、当会社は、
保険金を支払いません。」と、同条三項は「第一項の事実がある場合には、当会社
は、その事実について承認裏書請求書を受領したと否とを問わず、保険契約を解除
することができます。」と定めている。
  5 Dも上告人も、被上告人B1火災に対し、本件火災前に、本件建物の譲渡
につき、本件約款八条一項に基づく承認裏書請求をしなかった。
 二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断した。
  1 Dは、本件保険契約締結時において、Eに対して本件建物につき譲渡担保
権を設定していたが、譲渡担保の実行手続の完結前であり、本件建物につき所有者
としての被保険利益を有していたから、本件保険契約は有効に成立した。
  2 上告人は、Dから本件建物を買い受けたが、被保険者が保険の目的を譲渡
したときは同時に保険契約によって生じた権利を譲渡したものと推定する旨を規定
する商法六五〇条一項により、上告人は、Dから、本件保険契約上の権利をも譲り
受けたものとみるべきである。なお、同条二項は、保険の目的の譲渡が著しく危険
を変更又は増加したときは保険契約はその効力を失う旨を規定するところ、Dから
上告人に対する本件建物の譲渡が著しく危険を変更又は増加したとの主張立証はな
い。また、上告人が、被上告人B1火災に対し、本件保険契約上の権利の譲受を主
張するためには、民法四六七条に規定する対抗要件を具備することが必要である。
  3 本件約款八条は、三つの限定列挙された事実について保険契約者又は被保
険者に通知義務を課し(一項)、これを怠った者に対しては保険者を免責するとい
う効果を定め(二項)、通知の受領後における保険者の契約解除の自由を留保する
ことを定める(三項)ものであるところ、保険の目的が譲渡された場合に危険の著
しい変更又は増加があるときは契約が当然に失効する旨の商法六五〇条二頃の規定
の適用を排除するとともに、危険の著しい変更又は増加がないときを含めて、保険
契約上の権利移転の対抗要件に関する民法四六七条の規定を包摂・代替しようとす
るものでもあるが、合理的なものであり、有効である。
  4 Dの上告人に対する本件建物の譲渡は、本件約款八条一項の「その責めに
帰すべき事由によるとき」に当たるから、D又は上告人は、同項により、あらかじ
め本件建物譲渡の事実を被上告人B1火災に通知して本件保険証券への承認裏書請
求の手続を採るべきであった。それにもかかわらず、Dも上告人も、右手続を怠っ
たから、被上告人B1火災は、上告人に対し、本件火災によって上告人が被つた損
害をてん補する責任を負わない。
 三 原審の判断のうち、二の1及び2は、いずれも正当というべきであるが、本
件約款八条二項による被上告人B1火災の免責を肯定した原審の判断は、是認する
ことができない。その理由は、次のとおりである。
  1 火災保険は、保険事故発生の危険率に従って保険料が定められ、運営され
る制度であるところ、保険の目的の譲渡は、火災の危険を変更又は増加する可能性
を有する事実であるから、保険者には、保険の目的が譲渡された場合に、譲渡が危
険を変更又は増加したか否か、変更又は増加したときはその程度を調査の上、当該
保険契約につき、従前の内容で継続することとするか、追加保険料を請求して継続
することとするか、保険料のうち残存期間相当部分を返還して解除することとする
か、の検討の機会を留保する正当な利益があるものというべきである。したがって、
保険の目的が譲渡された場合に、保険契約者又は被保険者にその事実の通知義務を
課した本件約款八条一項及び保険者による契約解除権の留保を定める同条三項の各
条項は、有効なものというべきである。
  2 そして、右のように、保険契約者又は被保険者に保険の目的譲渡の事実の
通知義務を課した主要な目的が、保険者において契約解除の機会を留保することに
あることからすれば、右通知義務が履行されないうちに保険事故が発生した場合に
は保険者は損害てん補の責めを免れるという効果を伴って初めてその目的を達する
ことができるものというべく、右通知義務の不履行に対して保険者を免責するとい
う効果を定める本件約款八条二項が不合理なもので効力を有しないものということ
はできない。これは、保険の目的の譲渡によって危険の著しい変更又は増加がある
場合であるか否かとかかわりがない。また、同条一項によって保険契約者又は被保
険者に課される書面による承認裏書請求という手続が、不当に煩わしく過大なもの
ということもできない。
  3 しかし、保険の目的である建物が譲渡された場合において、本件約款八条
一項は、保険契約者又は被保険者に対して譲渡後遅滞なく右譲渡の事実を通知すべ
き義務を課したものと解するのが相当であり、したがって、同条二項は、保険契約
者又は被保険者が保険者に対して譲渡後遅滞なく右通知義務を履行しないでいる間
に保険事故が発生した場合に保険者が免責されることを定めているものと解するの
が相当である。けだし、保険の目的の譲渡とは保険の目的である建物の所有権の移
転をいうものと解すべきところ、一般に、売買等の契約によって建物の所有権が移
転する場合においては、所有権の移転が売買代金の完済や所有権移転登記手続の完
了等の時点まで留保される結果、代金の完済等がされないため約定の期日に所有権
移転の効果が発生しないこともまれではなく、所有権の移転につきあらかじめ通知
することを要求するのは保険契約者又は被保険者に対して困難を強いる結果となる
ので、本件約款八条一項が、保険の目的の譲渡として、建物所有権の移転の効果が
発生する前にあらかじめ通知することを要求するものと解するのは相当でないから
である。
 これを本件についてみるのに、本件火災が発生したのは、Dから上告人に対する
本件建物譲渡の二日後のことであり、本件建物の所有権が移転した後であるとして
も、D又は上告人が被上告人B1火災に対して遅滞なく右通知義務を履行しなかっ
たということはできないことが明らかであり、本件約款八条二項を適用する場合で
はないものというべきである。
  4 そうすると、更に進んで、上告人において本件保険契約上の権利の譲受に
ついて民法四六七条に規定する対抗要件を具備しているか否か、上告人が本件火災
によって被った損害の額などについて審理すべきものであり、本件約款八条二項を
適用して被上告人B1火災の免責を肯定した原審の判断には、同項の解釈を誤った
違法があり、この違法が判決に影響することは明らかであるから、論旨は理由があ
り、原判決は破棄を免れない。
 第二 被上告人B2火災海上保険株式会社(以下「被上告人B2火災」という。)
関係
 Fが被上告人B2火災との間で本件建物につき締結した保険契約は、本件建物の
所有者でない者が締結した住宅火災保険契約であるから、右契約が建設工事保険契
約であることを前提とする上告人の被上告人B2火災に対する請求は理由がない旨
の原審の認定判断は、正当として是認することができる。論旨は、原判決の結論に
影響を及ぼさない部分についてその違法をいうに帰し、採用することはできない。
 第三 結論
 以上の次第で、原判決中、被上告人B1火災に関する部分は、破棄し、第一の三
の4記載の諸点を審理させるために右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、
被上告人B2火災に対する上告は棄却することとする。
 よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁
判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    可   部   恒   雄

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