弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨及びその理由は,別紙「抗告状」及び「理由書」記載のとお
りである。
第2事案の概要等
1一件記録によれば,以下の事実が認められる。
(1)相手方(原審申立人)は,平成18年10月2日付けで,高崎市長あて
に市街化調整区域に位置する原決定別紙物件目録記載1ないし4の土地本,(
件土地)に係る開発行為につき,都市計画法(法)29条1項に基づき,予
定建築物等の用途を休憩所ドライブインとする開発行為許可申請以「()」(
下「本件開発許可申請」という)をし,高崎市長から,同月20日付け許。
可第○号により,本件土地に係る開発行為につき,法29条1項に基づき,
予定建築物等の用途を「休憩所(ドライブイン」とする開発許可(本件開)
発許可)を受けた。
(2)相手方は,本件土地上に建築確認を受けて原決定別紙物件目録記載5の
(),,,建物本件建物を建築し平成19年5月17日から本件建物において
「Aα店」との名称で,飲食物を提供するほか,農産物等の物品販売を行う
などの営業を開始した。
本件建物の床面積は2994.69mであり,事務所及び倉庫等を除く2
営業面積が約2670mであるところ,このうち飲食店及び飲食スペース2
は約1670m,物品販売スペースは約1000mである。22
(3)高崎市長は,予定建築物の用途をドライブインとする開発許可について
は,ドライブイン内の販売コーナーの面積を50m以内とするものに限っ2
て認めるとの運用をしていたため,本件建物が本件開発許可により開発行為
を許可した予定建築物の用途と異なり,法42条に違反しているとして,相
手方に対し,平成19年7月20日付け,同年9月11日付け及び平成20
年4月14日付け各指示書により,開発行為を許可した予定建築物(ドライ
ブイン)以外の用途での使用を停止し,是正するよう指示をし,さらに,同
年5月8日付け警告書により,同月22日までに開発許可を受けた使用形態
に復帰しない場合は,法81条の規定に基づき開発許可により建築した建築
物の使用停止等の措置を行うことを警告し,かつ,同年8月29日付け催告
書により,同年9月12日までに開発許可を受けた使用形態にするよう催告
した。これに対し,相手方が上記の指示や警告の趣旨に沿った是正を行わな
かったため,高崎市長は,相手方に対し,同月17日付け命令書により,相
手方の本件土地における開発行為が法42条に違反しているとして,法81
条1項の規定に基づき,本件建物の使用を停止することを命じた。
(4)高崎市長は,相手方に対し,平成21年7月28日付け命令書により,
本件土地に係る開発行為について,相手方が予定建築物の用途を偽った開発
行為をし,法29条1項に違反しているとして,法81条1項の規定に基づ
き,本件開発許可を取り消すとともに,同命令到達の日から90日以内に本
件建物を除却することを命じた(本件除却命令。)
(5)相手方は,平成21年9月1日,前橋地方裁判所に,本件除却命令の取
消しを求める本案訴訟(基本事件・同裁判所平成21年(行ウ)第16号)
を提起するとともに,本件執行停止を申し立てた。
相手方は,本件除却命令について,法34条9号,法施行令29条の7第
1号の解釈,適用(休憩所の意義,該当性)を誤った違法があること,上記
の休憩所(ドライブイン)につき,販売コーナーの面積を50m以内とす2
るものに限って認めるとの運用は,法的根拠を欠く違法,違憲なものである
こと,高崎市長が同様の事例で何らの処分をしていないのは公平性の原則を
欠くものであることなどを主張している。
2原審は,本件除却命令の執行により相手方に生ずる損害は,損害の回復の困
難の程度を考慮し,さらに,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質を
勘案すると,行政事件訴訟法25条2項本文が規定する重大な損害に該当し,
その重大な損害を避けるため,本件除却命令の執行を停止すべき緊急の必要が
あるというべきであるとし,本案の理由の有無については,相手方は,本件除
却命令について法34条9号法施行令29条の7第1号の解釈適用を誤っ,,,
た違法があるなどの主張をしているところ,その主張について,本案の審理を
待つまでもなく明らかに理由がないとはいえないのであって,行政事件訴訟法
25条4項にいう「本案について理由がないとみえるとき」には当てはまらな
いというべきであるとして,本件申立てを認容した。
これを不服として,抗告人(原審相手方)が本件抗告をした。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,処分行政庁(高崎市長)の相手方に対する本件除却命令の執行
は,本案事件の判決確定に至るまでこれを停止すべきものと判断するが,その
理由は,3で当審における当事者の主張に対する判断を付加するほかは,原決
「」「」,定の事実及び理由中第2当裁判所の判断に記載のとおりであるから
これを引用する。
2当審における当事者の主張
(抗告人)
(1)ア相手方は,予定建築物の用途を偽った虚偽申請をしたものである。相
手方は審査基準乙516を知っており法34条9号の休憩所ド,(,),(
ライブイン等)の審査基準では販売コーナーが50m以下でなければ認2
められないことを了解して,本件開発許可申請をした。
イ本件開発許可申請書及び添付図面(乙18∼20)には「みやげコー,
ナー50.00m」と記載があり,相手方は,審査基準を知りながら,2
本件開発許可申請をして,本件開発許可を受けた。相手方の本件開発許可
申請は外形上審査基準を満たしていたために,高崎市長は,本件開発許可
をした。
ウ相手方は,平成19年5月17日から本件建物において営業を開始した
が,物品販売スペースは約1000mであるから予定建築物とは異なる2
建物を建てたことになり,本件建物に係る開発行為,開発許可を受けてい
ないと解さざるを得ない。
エ(ア)相手方が抗告人に提出した建物利用現況図(乙6)は,飲食スペー
ス932mとしているが,純然たる飲食店の用途として使われている2
部分は738mにすぎないもので,飲食スペース932mについて22
も,農業資材等を販売部分として利用することを意図していたことが窺
える。
(イ)相手方の食品衛生法に係る許可申請書及び添付図面では,本件建物
全体を販売施設として,計画していたことが分かり,その他設備工事業
者が作成した施工図,建物現況図も同様である。
(2)ア法1条,7条1項によれば,市街化調整区域では,1000mもの2
物販施設は容認できない。
イ本件建物は,線引き(法の目的及び無秩序な市街化を防止し,計画的な
市街化を図るために定める地域区分)及び開発許可制度に反する。市街化
調整区域における開発行為は原則禁止されており,法34条1∼14号で
,,規定されている開発行為のみ許可の対象となり許容されるものであるが
1000mもの物販施設は想定されておらず,許容されない。2
(3)本件除却命令の根拠
法81条1項は,市長等に除却その他違反を是正する措置を命ずることが
。,,,できるとしている本件建物における相手方の開発行為は同項1号3号
4号に反する。
(4)抗告人の審査基準
ア開発許可制度質疑応答集(以下「質疑応答集」という)は審査基準で。
ある。法34条9号の休憩所(ドライブイン等)における販売コーナーの
面積を50m以下とする根拠は,抗告人の運用ではなく審査基準である2
(乙61。)
イ審査基準は各地方自治体が独自に定めている。開発許可の基準について
は,国土交通省から開発許可制度運用指針(乙62)により,地域の実情
に応じた運用を行うことが必要と示されているように,各地方自治体が地
域の特性に応じて定めている。
ウ審査基準と本件除却命令の関係について,相手方は,法34条9号の審
査基準,質疑応答集は,法規範性がないと主張するが,物品販売スペース
は約1000mであるから予定建築物とは異なる建物を建てたもので2
あって,本件建物は許可を受けていないことになり「開発行為をしよう,
とする者は,あらかじめ,市長等の許可を受けなければならない」と定め
た法29条1項に違反するので,本件除却命令の適否は,法34条9号の
解釈に影響を受けない。
(5)本件建物以外の違反建築物への影響
本件建物の除却命令の執行停止が認められるのであれば,法を軽視する風
潮が広がり,違反建築物が増加し市民生活に影響を及ぼすことに帰着する。
(6)原審の判断に対する意見
ア原審は,重大な損害を避けるための緊急の必要性について,本件建物の
工事費用が3億円を上回るとしているが,その根拠が判然としない。相手
方は,もともと本件建物が存する市街化調整区域においては,大規模な販
売施設ができないことを承知していたのであり,抗告人により取り壊され
るリスクを予見していたはずであるから,本件建物の工事費用は重大な損
害に当たらない。
イ相手方の得べかりし営業利益,従業員や生産者の損害,信用の毀損など
は,重大な損害に当たらない。
ウ本件除却命令の執行により,相手方に回復困難な損害が生じるとはいえ
ない。
エ原審は,執行停止により,関係者に著しい影響を与えないとするが,本
件建物による違法営業は,現時点において,利害関係者,とりわけ本件建
物と同様に物品販売を営む事業主に多大な影響を与えており,到底認める
ことはできない。
オ原審は,執行停止により公益が大きく損なわれるといった事情はうかが
えないと判断しているが,違反建築物が存在すること自体,既に大きく公
益が損なわれているものである。
カ原審は,事後的に同様の効果を得ることが困難になるという事情も見当
たらないと判断しているが,相手方は,執行停止により違反建築物である
本件建物の存在そのものが既成事実化,既得権化を図ろうとしている姿勢
が顕著である。そうなれば,本件建物の規模等から,最終的には法律違反
を是認せざるを得ない状況が生じることもあり得るので,本件除却命令の
速やかな執行が望まれる。したがって,執行停止により事後的に同様の効
果を得ることが困難になる事情が生じる可能性も否定できないのであり,
原審の判断は不当である。
キ原審は,相手方が,法34条9号,法施行令29条の7第1号の解釈,
適用を誤った違法があると主張し,その主張は本案の審理を待つまでもな
く明らかに理由がないとはいえないと判断している。しかしながら,本件
除却命令の根拠となる本件建物の違反は法29条1項の開発許可の申請及
び許可を取得していない,つまり必要となる法的手続を行っていないとい
うことであるから,法34条9号,法施行令29条の7第1号に左右され
ないというべきである。相手方の主張は失当であり,行政事件訴訟法25
条4項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するのは明らか
である。
(相手方の反論)
(1)ア相手方は,抗告人から質疑応答集を示されたことはあるが,高崎市建
,,築部建築指導課のものかどうかは定かでなく相手方が所持していたのは
群馬県などが作成したもの(甲11)で,公示されていなかった。本件開
発許可申請時,相手方は,抗告人から「法律で50mという基準があ,2
るからそれに従うように」との強い指示を受けたものの,その後,相手方
は抗告人と6回協議を重ねたが,50mの基準の話しは全くなく「ド,2
。」()。ライブイン申請なら食の駅を許可する旨告げられたのである甲23
そのため,相手方は,休憩所における物販は50m以下でなければ許可2
されないという抗告人の審査基準は,単なる手続上の問題と確信した。
イ相手方の提出した図面(乙19,20)には「みやげコーナー50.,
00m」の付近に広い何も書いていない空間を設けているが,この部分2
を相手方は,物販部分として予定していたものであり,専門家が見れば,
物販スペースが存在することが一目瞭然なのである。
ウ本件建物の利用が社会通念上のドライブインに該当することは疑う余地
もない。相手方は,高崎市長から本件開発許可を受けた上で,適法に営業
を行っているのである。相手方は,予定建築物を休憩所(ドライブイン)
として開発許可を受け,実際にドライブインを建築し,本件建物をドライ
ブインとして使用しているのである。
エ相手方の本件建物の使用形態は,あくまで休憩所(ドライブイン)なの
,,。であるから開発許可に沿った使用形態であり相手方に何ら違法はない
しかも,相手方は,従たる用途として物販を予定していたので,申請理由
書(甲30)において「農業資材の販売,農産物の直売」と明記し,抗,
告人に申告しており,その上,各種の付属書類(甲31)等で「店舗,
ドライブイン」と併記しているから,高崎市長がこれを知らずに許可した
ということはあり得ない。
,,,,(2)抗告人は法34条9号政令29条の7の解釈運用を歪曲しており
本件除却命令は違法である。
(3)抗告人は,本件建物における相手方の開発行為は,法81条1項1号,
3号,4号に反すると主張するが,争う。
(4)運用基準(甲10)と質疑応答集(乙5)とは,別のもので,質疑応答
集は法規範性がない上,法令の根拠に基づくものではなく,公示もされてい
なことからすると,行政指導を行うための内部基準である。そのような内部
基準を根拠として,相手方に一定の義務を課するとすれば,明らかに違法な
公権力の行使である(最高裁平成5年2月18日第一小法廷判決・民集47
巻2号574頁参照。)
財産権などの基本的人権の侵害を伴う場合は,少なくとも条例などの民主
的な立法で規制すべきであり,行政権に委ねられるのは,技術的なものや基
本的人権の侵害を伴わない場合などに限られる。
(5)原審が本件建物の工事費用が3億円を上回ると認定したのは,設備投資
額の合計4億9189万4118円(甲4)から土地取得費6471万97
38円及び土地の造成費を差し引いた額を根拠としているものと考えられ
る。相手方は,違法に販売施設を建築する意図はなく,だからこそ,抗告人
の各課などと必要にして十分な事前協議を行ったのである(甲23。した)
がって,相手方は,本件建物を取り壊されるリスク及びこれに伴う金銭的な
損失についてまで予見・準備しているものではない。
抗告人は,相手方が,本件土地につき法29条1項の開発許可を取得して
いないと主張するが,この主張は,本件抗告審において初めてするものであ
り,原審でも本案訴訟でもこの主張はしていない。したがって,抗告人の主
張は失当であり,本案について,理由がないとみえるときに該当するとはい
えない。
3当審における主張に対する判断
(1)基本事件についての判決を待つまでもなく行政事件訴訟法25条4項の
「本案について理由がないとみえるとき」に当たると直ちに判断することが
できないことは,双方の主張及び証拠から明らかであって,原審の判断に違
法はなく,当審における抗告人の主張のうち(1)∼(4)は,これをいうものと
しては,採用の限りでない。
本件においては,同条2項の「重大な損害を避けるため緊急の必要がある
とき」に当たるかどうか,その判断に当たって,同条3項の「損害の回復の
困難の程度を考慮する」ことと「損害の性質及び程度並びに処分の内容及び
性質をも勘案する」ことが,中心的な問題点である。そこで,この点に関す
る抗告人の主張(6)について検討する。なお,同(1)∼(5)も,上記の「処分
の内容及び性質」にかかわる限りにおいて,検討対象となる。また,同(5)
及び(6)エ∼カの主張は,明示されていないが,同条4項の「公共の福祉に
」,重大な影響を及ぼすおそれがあるときに当たるという趣旨の主張としても
検討する。
(2)本件除却命令の執行により相手方が受ける不利益は,建築済の本件建物
を取り壊し,本件建物を利用しての営業活動を休止し,基本事件に勝訴した
際には建物を再築して営業再開をしなければならなくなることであり,それ
,,らに要したあるいは要することになる費用営業休止に伴う信用の毀損等が
相手方の受ける損害ということになる。その具体的内容に関する原審の認定
判断は,証拠に基づいて適切にされており,これらの事実に基づいて,本件
除却命令の内容及び性質を勘案し,現時の経済状況をも併せ考慮すれば,相
手方が相当程度の営業規模を有する企業であることを考慮しても,相手方の
受ける損害は重大であり,事後的な賠償のみでは回復し得ないおそれがある
(,,と認められるなお相手方がリスクを予見していたという抗告人の主張は
仮にそれが認められるとしても,損害の重大性等の判断に直ちに影響するも
のではない。。)
(3)基本事件の本案判決確定まで現状が固定されることが,著しい公益上の
不都合を生ずることになるかどうかについても,引用に係る原決定の判示す
るとおりである。確かに,本件建物が違反建築であるとすれば,市街化調整
区域内にこれが存続することには,公益上問題があることは否定し得ないと
ころである。しかしながら,抗告人が挙げるような問題は,基本事件の判決
確定まで放置し得ないほどに公共の福祉が著しく害されるとまではいえない
ものである。抗告人は,本件除却命令の執行が停止されるならば,法を軽視
する風潮が広がり,違反建築物が増加すると主張するが,本件建物が現状の
まま存続するとしても,開発許可等の審査が適正に行われる限り,違反建築
物が増加することは考えにくく,本件建物が違反建築物であるとする抗告人
の主張は広く伝達されているものと認められる(乙67の1∼5等)から,
法を軽視する風潮が広がるおそれがあるとはいえない。また,基本事件にお
いて抗告人が勝訴すれば,本件建物は除却され,相手方の本件建物における
営業も行うことができなくなるのであるから,執行停止をすることが本件建
物の存在の既成事実化や相手方の営業の既得権化を招くことはあり得ない。
(4)以上によれば,本件除却命令の執行により相手方は重大な損害を受ける
おそれがあって,これを避けるために本件除却命令の執行を停止すべき緊急
の必要があるというべきであり「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ,
があるとき」にも「本案について理由がないとみえるとき」にも当たらない
というのが相当である。
4よって,原決定は相当であり,本件抗告は理由がないからこれを棄却するこ
ととして,主文のとおり決定する。
平成21年12月24日
東京高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官大橋寛明
裁判官辻次郎
裁判官佐久間政和

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