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平成16年11月24日宣告
平成16年(わ)第472号
判 決 要 旨
被告人甲
主     文
被告人を懲役3年に処する。
この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。
理     由
(罪となるべき事実)
 被告人は,A県職員であり,平成7年4月1日から平成9年3月31日までの間,東京都
千代田区a町b丁目c番d号などに所在のA県東京事務所に次長として勤務し,その後,
他の部署に異動したものであるが,同事務所の諸経費等に充てるための現金800万円
を上記異動後も引き続いて業務上預かり保管中,ほしいままに,自己の用途に費消す
る目的で,同年9月16日,東京都中央区e丁目f番g号所在株式会社D銀行F支店にお
いて,同支店の自己名義の普通預金口座にこれを入金し,もって横領したものである。
(争点に対する判断)
1 弁護人は,被告人が保管していた本件800万円を判示日時に自己の預金口座に入
金した事実について認めるとともに,被告人が同口座入金後に同金員を次々と自己
の用途に費消した事実についても格別争っているものでないものの,①被告人が,本
件800万円を自己の契約する貸金庫に入れて保管を開始した平成9年2月ころか,
遅くとも,本件800万円を後任者に引き継ぐことなく,A県東京事務所次長から他の
部署に異動した同年4月1日までに,横領行為を行っていたもので,判示の行為は,
その後の隠匿の形態を変更したものにすぎず,不可罰的事後行為であって,無罪で
ある,②仮に,①の主張が認められないとしても,判示の行為は,預り金の一時流用
にすぎず,被告人は県から本件800万円の返還を請求されれば,いつでも返還する
意思を有しており,常に800万円以上の預金等の資産を保有していたもので,実際
にも,県に800万円と定期預金の利息相当額を返還しているのであるから,可罰的
違法性を欠き,無罪である旨それぞれ主張するので,以下検討する。
2 関係各証拠によれば,以下の事実等が認められる。
(1)被告人は,平成7年4月1日から平成9年3月31日までの間,A県東京事務所に次
長として勤務していたが,そのころ,同事務所では,職員の架空の出張を装って出
張旅費等を県の予算から不正に受け,それらをプールしておいて同事務所の諸経
費に充てていた(以下,その金を「プール金」という。)。プール金の管理は,総務担
当の主幹が行っていたが,次長である被告人も,同主幹から,その支出について
報告を受けたり,決済をするなどして,その管理に関わっていた。
(2)ところで,平成7年ころからA県では公金にかかる不正経理問題がマスコミなどに取
り上げられて社会的に大きな問題となり始め,同事務所でもそのころ800万円余り
にも膨らんでいたプール金の処理について,同事務所総務担当主幹B(以下「B」と
いう。)が被告人に度々相談し,被告人も平成8年3月31日まで同事務所の所長で
あったCに時期ははっきりしないものの相談したことが何回かあった。
(3)平成9年2月ころ,Bから相談を受けた被告人は,プール金800万円を自分が預か
ることとして,同現金をBから受け取るとともに,プール金のうちの残りのわずかな
現金については平成8年度中に支出するようにBに指示し,上記800万円を私的
な用途のために借りていた自己名義のD銀行E支店の貸金庫に預け入れた。
(4)被告人は,Bから本件800万円を受け取った後,当時の同事務所所長Cに対して,
Bがプール金の処理に困っているので被告人が預かっておく旨伝えた。
(5)被告人は,平成9年4月1日付けで同事務所からA県教育委員会に異動となった
が,その際,後任者らに本件800万円及びプール金に関する事務を引き継ぐこと
はしなかった。
(6)被告人は,同年9月15日までに,何回か上記貸金庫を利用することはあったが,本
件800万円には手を付けることはなかった。
(7)被告人は,同月16日の少し前ころ,証券会社の社員から勧められたことなどから,
本件800万円を購入費用に充てて株式を購入しようと考え,同月16日,本件800
万円を上記D銀行F支店の自己名義の預金口座に入金するとともに,上記貸金庫
を解約した。
(8)被告人は,同月20日,同口座から50万円を引き出して,一時的に上記株式購入
代金に充てた預金口座に入金したり,同月24日には,上記D銀行E支店の預金口
座から700万円を引き出して,同銀行F支店において4口の定期預金とし,その
後,これらを解約して証券取引やゴルフクラブ会員権購入の各費用に充てたほか,
友人らとの遊興費等に費消するなどした。
(9)被告人は,平成15年3月ころまでに,A県の財務事務所の職員がプール金を横領
したとして有罪判決を受けたことや,A県がプール金問題について調査をするかも
しれないことを知り,A県から請求があれば返還できるように,自己や妻名義の定
額貯金を解約するなどして現金800万円を用意し,その後,県の調査の様子など
から,その一部は,返還の必要がないと判断して自己名義の預金口座に入金する
などしたものの,結局,800万円全額の返還を求められ,同年9月2日,800万円
に定期預金利息相当額を付した額を県に返還した。
3 ところで,被告人は,捜査段階において取調べを受けた初めのころは,本件800万
円を貸金庫の中に保管していたときはもちろん,その後,自分の預金口座にこれを入
金した後においても,これを領得する意思がなく,かつ,これを費消することなく,県に
返還する目的で保管していた旨の供述をし,捜査段階の途中から公判を通じては,
一転して,Bから本件800万円を受け取った直後からこれを領得する意思があった旨
供述している。
  しかして,本件800万円を自分の預金口座に入金した後においても,これを領得す
る意思がなく,かつ,これを費消することなく,県に返還する意思で保管していた旨の
供述が全くの虚偽であることは,前記(8)の事実に照らして明らかである。また,捜査
段階途中から公判を通じての被告人の供述には,本件800万円を貸金庫で保管中
において,「(これに手を付けることは,)当時東京事務所では官官接待が問題となっ
ていたので,しばらく様子を見ようと思っていた」との,あるいは,「県から言われれば
本件800万円をそっくりそのまま返すつもりであった」との供述もあること,また,Bか
ら800万円を受け取った直後からこれを領得する意思があった旨の供述をする前に
は,平成9年2月や3月の時点で自分の物にするつもりであったなら公訴時効が成立
する可能性がある旨弁護人から説明されていたことを自認していることなどからする
と,捜査段階の途中から公判を通じての上記の供述も直ちに信用し難いところであ
る。
4 弁護人の主張①について
  以上の事実関係等によると,平成9年9月16日以前の,被告人が本件800万円を
貸金庫内で保管していた段階では,被告人は,県の公金である本件800万円を,元
東京事務所次長の職責に基づいて,すなわち委託信任関係が依然として維持されて
いる中で保管している状態にあったのであり,平成9年9月16日に本件800万円を
貸金庫から自己名義の預金口座に預け入れた行為が,同金員の領得行為であると
認められるから,この段階で被告人は本件800万円を横領したと優に認定できる。弁
護人が主張する平成9年2月に被告人が本件800万円を貸金庫に預け入れた段
階,あるいは同年4月の被告人が本件800万円を貸金庫に預け入れたまま自己の
後任者に引き継がなかったというだけの段階では,いまだ領得行為があったと認める
ことはできない。
  なぜなら,前記のとおり,被告人は,Bから本件800万円を受け取った後に,C所長
に対し,プール金を自己が預かる旨伝えているし,平成9年2月から同年9月15日ま
での約7か月間,貸金庫に預け入れた本件800万円を全く費消していなかったもので
あるのに,同月16日に本件800万円を貸金庫から自己の預金口座に入金した直後
から,この金員を様々な自己の用途に費消し始めているもので,明確に領得行為と認
定できるのは,同月16日に本件800万円を貸金庫から自己の預金口座に入金した
行為であり,それとともに,この段階で明確に被告人には不法領得の意思があったと
認められるからである。
  ところで,最高裁判所平成15年4月23日大法廷判決(刑集57巻4号467頁)の趣
旨に照らして案ずると,仮に,弁護人が主張するような段階で横領行為が成立すると
みる余地が存するとしても,上記のとおり,被告人が本件800万円を貸金庫から出し
て預金口座に入金した行為が,既に横領した現金の被告人の手元における単なる移
動ではなく,横領行為であると十分に認定できる本件では,被告人・弁護人におい
て,それに先立つ訴因外の事情をもって横領行為であるとして,公訴事実記載の横
領行為が無罪であると主張するようなことは,そもそも許されないところといわざるを
得ないものでもある。
  以上からすれば,この点に関する弁護人の主張は採用できない。
5 弁護人の主張②について
  前記の事実関係等によると,被告人は,本件800万円のほとんどを費消しているも
のであるが,被告人には,県から返還を求められることがなくとも,自発的に本件80
0万円相当額を返還するという意思はそもそもなかったことが明らかである。
  したがって,被告人に,県から返還を求められた場合に同額の金員を返還するつもり
があったとしても,そして,後に被告人が県からの要求で800万円全額を返還した事
実があったとしても,これをもって被告人の判示行為が,預り金の一時流用であって,
可罰的違法性を欠くなどということができないこともまた明らかである。この点に関す
る弁護人の主張も採用できない。
(法令の適用)
罰       条  刑法253条
刑の執行猶予同法25条1項
(量刑の理由)
 本件は,A県東京事務所の元次長の地位にあった被告人が,正規の予算支出では賄
えない同事務所の諸経費に充てるための保管金,いわゆるプール金800万円を着服
横領した業務上横領の事案である。
 被告人は,部下から当時その存在が問題となっていたプール金の扱いについて相談
され,自らが預かることとして,自己名義で契約していた銀行の貸金庫に保管していた
が,そのうちに株式の購入を勧められたことなどに触発され,その購入資金など自己の
個人的用途に費消しようと思い立って本件犯行に及んだものであり,動機に酌むべき点
はない。犯行態様には巧妙,悪質な面があり,横領した額も800万円と多額である。し
かも,被告人は,捜査段階の当初は虚偽の事実を述べて横領の犯意を全面否認し,そ
の後も,部下から本件800万円を受け取った直後に自分の物にしようと思ったと述べる
一方で,県から請求されればいつでも返還するつもりであったと弁解を繰り返すなど,責
任逃れの態度に終始しており,十分な反省の態度が窺われない。被告人は,A県庁の
幹部職員として,誠実な職務遂行が期待される立場にあったにもかかわらず,プール金
とはいえ,公金を着服して私腹を肥やし,県民の信頼を裏切っているのであって,社会
に与えた影響も大きい。以上の点からすれば,被告人の刑事責任は重い。
 しかしながら,他方で,被告人は,横領した金員と定期預金の利息相当額を県に返還
しており,被害回復がなされていること,本件は県の現職幹部職員によるプール金横領
事件としてマスコミにも大きく取り上げられた上,本件で有罪判決が確定すれば,公務員
の地位を失い,退職金も支給されないなど,すでに社会的制裁を受け,また,これからも
受けることが必至であること,被告人の妻が当公判廷に出廷し,今後も被告人の更生に
助力する旨証言していること,被告人には前科がないことなど,被告人に酌むべき事情
も認められる。
 そこで,以上の事情を総合考慮し,被告人を主文の刑に処した上,今回に限り,その
刑の執行を猶予するのが相当と判断した。
 (求刑 懲役3年6月)
  平成16年11月24日
    静岡地方裁判所刑事第1部
      
  
  
  裁判長裁判官  竹 花 俊 德
       
  裁判官植 村 幹 男
  裁判官多 田 尚 史

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