弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原決定を取り消す。
     京都地方検察庁検察官が昭和六一年一二月一九日京都府に対し梵鐘一口
(延暦寺西寶幢院            
 鐘、天安二年八月九日鑄在銘)を還付した処分を取り消す。
         理    由
 (抗告趣意に対する判断)
 本件抗告の趣意は、憲法二九条一項、三一条、三二条、四一条違反をいうが、い
ずれもその実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法四三三条の抗告理由に当
たらない。
 (職権による判断)
 原決定の認定によれば、申立会社は、宗教法人A寺所有の国宝梵鐘(B寺西寶幢
院鐘、天安二年八月九日鑄在銘。原決定に「西寳幢院」とあるのは「西寶幢院」、
「天安一一年」とあるのは「天安二年」のそれぞれ誤記と認める。以下「本件梵鐘」
という。)を同寺から譲り受けたとして、昭和六〇年一〇月一日、これを所在場所
から搬出してC寺旧霊宝殿に保管し、本件梵鐘が行方不明になったとして新聞紙上
等で騒がれるようになってから、D寺、次いでE寺内F美術館に預けていたが、同
年一一月二九日、文化庁長官が、本件梵鐘の保管に関し、所有者が明らかでなく、
また、所有者又は管理責任者による管理が著しく困難又は不適当であると明らかに
認められるとして、文化財保護法三二条の二第一項の規定により京都府を管理団体
に指定し、一方、京都市民有志からの告発に基づき同法一〇七条違反(文化財隠匿
罪)被疑事件の捜査を開始した京都府警察下鴨警察署の司法警察員は、同年一二月
二日、F美術館長Gが保管中の本件梵鐘を右被疑事件の証拠物件として差し押さえ、
同日、これを管理団体である京都府に仮還付し、その後申立会社代表取締役である
Hほか四名に対する前記被疑事件の送致を受けた京都地方検察庁検察官は、昭和六
一年一二月一九日、被疑者五名を不起訴処分にするとともに、管理団体である京都
府に対し本件梵鐘を仮還付のまま本還付したというのである。
 原決定は、捜査機関による還付処分の還付先は、原則として被押収者とすべきで
あるが、被押収者以外にもその押収物について支配管理の権限を有する者があり、
かつ、両者の利害を総合的に彼此較量したとき、後者に押収物の占有を得させた方
が明らかにその物に関する法益の保護にかなうとみられるような特段の事由が存在
する場合には、例外的に被押収者以外の権利者に還付処分を行うことも許されると
解した上、本件においては、申立会社が本件梵鐘の所有者であることを確定的に認
定することはできず、本件梵鐘を申立会社の管理下に戻した場合、申立会社が果た
して文化財保護法所定の各種の制約を遵守し、国宝にふさわしい保存管理を行うか
どうか疑念が残り、不当に転売するなどして流出、散逸させるおそれがあるのに対
し、京都府は、文化財保護法に基づく管理団体であり、仮還付を受けた後疎漏なく
管理を続けていることなどを総合すると、本件の還付処分に違法はないとした。
 しかしながら、刑訴法二二二条の準用する同法一二三条一項にいう還付は、押収
物について留置の必要がなくなった場合に、押収を解いて原状を回復することをい
うから、被押収者が還付請求権を放棄するなどして原状を回復する必要がない場合
又は被押収者に還付することができない場合のほかは、被押収者に対してすべきで
あると解するのが相当である。そうすると、本件は右の例外に当たる場合ではない
ので、被押収者でない京都府に対し還付した処分は違法であって、右処分を適法と
した原決定には決定に影響を及ぼすべき法令の違反があり、これらを取り消さなけ
れば著しく正義に反するものと認められる。
 よって、刑訴法四一一条一号を準用し、同法四三四条、四二六条二項により、裁
判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
  平成二年四月二〇日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎

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