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裁判例


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         主    文
     一 原判決を次のとおり変更する。
     1 上告人は、被上告人に対し、一七八万九七九四円及びこれに対する
昭和六一年一月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
     2 被上告人のその余の請求を棄却する。
     二 訴訟の総費用はこれを五分し、その一を上告人の、その余を被上告
人の負担とする。
         理    由
 上告代理人芝康司、同山本寅之助、同森本輝男、同藤井勲、同山本彼一郎、同泉
薫、同矢倉昌子、同阿部清司の上告理由について
 所論は、要するに、被上告人の請求は、上告人に対し、本件事故によって死亡し
たD(以下「D」という。)の相続人(妻)である被上告人が、地方公務員等共済
組合法(昭和六〇年法律第一〇八号による改正前のもの。以下「法」という。)の
規定する退職年金を受給していたDが生存していればその平均余命期間に受給する
ことができた退職年金の現在額などを同人の損害として、その賠償を求めるもので
あるところ、被上告人は、Dの死亡を原因として、法の規定する遺族年金の受給権
を取得したのであるから、Dの平均余命年数を基準に遺族年金の現在額を算定し、
これを被上告人が上告人に対して賠償を求める損害額から控除すべきであると解す
るのが最高裁判所の判例(最高裁昭和四八年(オ)第八一三号同五〇年一〇月二一
日第三小法廷判決・裁判集民事一一六号三〇七頁)であるのに、これと異なり、被
上告人が原審の口頭弁論終結時までに現実に支給を受けた遺族年金の額に限って損
害額から控除すれば足りるとした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法がある、
というのである。
 一1 不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に
評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんし
て、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。
 2 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を
受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利
益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損
益相殺的な調整を図る必要があり、また、被害者が不法行為によって死亡し、その
損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場
合にも、右の損益相殺的な調整を図ることが必要なときがあり得る。このような調
整は、前記の不法行為に基づく損害賠償制度の目的から考えると、被害者又はその
相続人の受ける利益によって被害者に生じた損害が現実に補てんされたということ
ができる範囲に限られるべきである。
 3 ところで、不法行為と同一の原因によって被害者又はその相続人が第三者に
対する債権を取得した場合には、当該債権を取得したということだけから右の損益
相殺的な調整をすることは、原則として許されないものといわなければならない。
けだし、債権には、程度の差こそあれ、履行の不確実性を伴うことが避けられず、
現実に履行されることが常に確実であるということはできない上、特に当該債権が
将来にわたって継続的に履行されることを内容とするもので、その存続自体につい
ても不確実性を伴うものであるような場合には、当該債権を取得したということだ
けでは、これによって被害者に生じた損害が現実に補てんされたものということが
できないからである。
 4 したがって、被害者又はその相続人が取得した債権につき、損益相殺的な調
整を図ることが許されるのは、当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し
得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるもの
というべきである。
 二1 法の規定する退職年金及び遺族年金は、本人及びその退職又は死亡の当時
その者が直接扶養する者のその後における適当な生活の維持を図ることを目的とす
る地方公務員法所定の退職年金に関する制度に基づく給付であって、その目的及び
機能において、両者が同質性を有することは明らかである。そして、給付義務を負
う者が共済組合であることに照らせば、遺族年金については、その履行の不確実性
を問題とすべき余地がないということができる。しかし、法の規定によれば、退職
年金の受給者の相続人が遺族年金の受給権を取得した場合においても、その者の婚
姻あるいは死亡などによって遺族年金の受給権の喪失が予定されているのであるか
ら(法九六条)、既に支給を受けることが確定した遺族年金については、現実に履
行された場合と同視し得る程度にその存続が確実であるということができるけれど
も、支給を受けることがいまだ確定していない遺族年金については、右の程度にそ
の存続が確実であるということはできない。
 2 退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には、相続人は、
加害者に対し、退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給するこ
とができた退職年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることができる。
この場合において、右の相続人のうちに、退職年金の受給者の死亡を原因として、
遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につ
き、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して
賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものであるが、いまだ支給を受けるこ
とが確定していない遺族年金の額についてまで損害額から控除することを要しない
と解するのが相当である。
 3 以上説示するところに従い、所論引用の当裁判所第三小法廷昭和五〇年一〇
月二一日判決及び最高裁昭和五二年(オ)第四二九号同年一二月二二日第一小法廷
判決・裁判集民事一二二号五五九頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は、い
ずれも変更すべきものである。
 三1 これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によれば、
(一) Dは、本件事故前、退職年金を受給していた、(二) Dが本件事故によって
死亡しなければその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額(被上
告人の相続分)は、一〇三五万五六七一円である、(三) 被上告人は、Dが本件事
故によって死亡したため、遺族年金の受給権を取得し、原審の口頭弁論終結時まで
に合計三二一万一一五一円の支給を受けた、というのである。
 2 原審は、右事実関係の下において、被上告人が現実に支給を受けた遺族年金
の額に限って、これを損害の額から控除すべきものとし、Dの得べかりし退職年金
の現在額その他の損害額に過失相殺による減額を加えた額から遺族年金の既払分三
二一万一一五一円及び自動車損害賠償保障法に基づく保険金を控除した残額に弁護
士費用を加え、結局、二一六万二一四四円が上告人の被上告人に対する損害賠償額
であると判断した。
 3 しかし、法七五条一項、四項によれば、年金である給付は、その給付事由が
生じた日の属する月の翌月からその事由のなくなった日の属する月までの分を支給
し、毎年三月、六月、九月及び一二月(なお、昭和六〇年法律第一〇八号により、
毎年二月、五月、八月及び一一月と改正され、改正前の遺族年金にも適用されるこ
とになった。)において、それぞれの前月までの分を支給するものとされており、
被上告人について遺族年金の受給権の喪失事由が発生した旨の主張のない本件にお
いては、原審口頭弁論終結の日である昭和六三年七月八日現在で被上告人が同年七
月分までの遺族年金の支給を受けることが確定していたものである。
 ところで、被上告人が原審最終口頭弁論期日までに支給を受けた最終の分は昭和
六三年五月(原判決の事実摘示欄に同年六月とあるのは誤記と認める。)に支払わ
れた三七万二三五〇円であることは、原判決の記載から認められるところ、右金員
は、前記の法七五条四項の規定によれば、同年二月から四月までの遺族年金である
とみるべきであるから、被上告人の当時の遺族年金の三か月分の金額は三七万二三
五〇円であることが明らかである。
 4 したがって、本件において、前記の損害額から控除すべき遺族年金の額は、
被上告人が既に支給を受けた三二一万一一五一円と原審の口頭弁論終結時において
支給を受けることが確定していた同年五月から七月までの三か月分三七万二三五〇
円との合計額であるというべきである。
 5 そうすると、彼上告人に関する損害賠償として上告人に対し支払を命ずべき
額は、原審の認容額二一六万二一四四円から右の三七万二三五〇円を控除した一七
八万九七九四円ということになるので、これと結論を一部異にする原審の前記判断
には、損害賠償額の算定に関する法令の解釈適用を誤った違法があるといわなけれ
ばならない。論旨は、その限度で理由があり、原判決は、右の三七万二三五〇円を
控除しなかった限度で破棄を免れず、同部分につき、被上告人の請求は棄却すべき
ものである。
 よって、原判決を主文第一項のとおり変更することとし、民訴法四〇八条、三九
六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官藤島昭、同園
部逸夫、同佐藤庄市郎、同木崎良平、同味村治の反対意見があるほか、裁判官全員
一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官藤島昭の反対意見は、次のとおりである。
 一 私は、地方公務員等共済組合法の規定する退職共済年金(昭和六〇年法律第
一〇八号による改正前の同法の規定する退職年金についても同じ。以下「退職年金」
という。)を受給していた者が不法行為によって死亡した場合に、相続人は、加害
者に対し、退職年金の受給者が死亡しなければその平均余命期間に受袷することが
できた退職年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることはできず、し
たがって、右の相続人のうちに、退職年金の受給者の死亡を原因として、同法の規
定する遺族共済年金(前記の改正前の地方公務員等共済組合法の規定する遺族年金
についても同じ。以下「遺族年金」という。)の受給権を取得し、これに基づく支
給を受けている者があるときにも、既に支給を受けた年金額又は将来受給し得る年
金額を右にいう損害額から控除することを要しないと解するのが相当である(そも
そも控除の要否を論ずる前提を欠く。)と考える。その理由は、次のとおりである。
 二 不法行為によって被害者が死亡した場合には、相続人は、加害者に対し、被
害者が死亡しなければその平均余命期間に得べかりし利益(逸失利益)を同人の損
害として、その賠償を求めることができるが、右にいう逸失利益は、原則として、
被害者の稼働能力を基礎として考えるべきものであって、被害者が生前に得ていた
利益を不法行為によって喪失した場合に、その利益の性質のいかんにかかわらず、
これをすべて被害者の逸失利益として算定すべきものではない。換言すれば、不法
行為によって死亡した被害者の損害は、本人が生前に得ていた利益の喪失それ自体
ではなく、本人が死亡によって喪失した稼働能力とみるべきものであって、その逸
失利益の算定に当たって、本人が生前に稼働能力を具現化して賃金その他の収入を
現実に得ていた場合には、その額を基準にして逸失利益が算定されるにすぎないと
解すべきものである。死亡時に賃金その他の収入を現実に得ていない幼児あるいは
主婦などにつき、いわゆる賃金センサス等を基準にして逸失利益が算定されるのも、
被害者が将来的又は潜在的に稼働能力を有することを前提として、これが右の逸失
利益の算定における合理的な計算方法の一つと解されるからである。
 三 これを退職年金を受給していた者が死亡した場合についてみると、退職年金
の受給者が生存していれば受給できた退職年金を同人の逸失利益とみることができ
るか否かは、退職年金が受給者の稼動能力を基礎として支給されるものであるか否
かにかかっている。そこで、以下、退職年金の性質について考える。
 1 地方公務員等共済組合法の規定する退職年金は、地方公務員等の相互救済を
目的とする共済制度に基づく給付であるが、その基礎を地方公務員法四三条三項に
置くもので、本人及びその退職又は死亡の当時その者が直接扶養する者のその後に
おける適当な生活の維持を図ることを目的とする退職年金に関する制度に基づく給
付にほかならない。退職年金の右の目的は、国家公務員等共済組合法の規定する退
職年金(昭和六〇年法律第一〇五号による改正後の同法の規定する退職共済年金を
含む。)のほか、厚生年金保険法の規定する老齢厚生年金、国民年金法の規定する
老齢基礎年金の目的とも共通するものであって、いずれもわが国における社会保障
制度の根幹を占めるものである。
 2 そして、退職年金は、右の目的からしても、また、その機能からしても、本
人及びその家族(本人が直接扶養する家族)が本人の退職後における一定の生活水
準を維持し得るために給付される生活保障と理解すべきものと思われる。本人が掛
金を負担していることは、共済制度が相互救済を目的とし、かつ、健全な保険数理
を基礎として定められるべきことに由来するもので、これを理由に退職年金を生活
保障として理解することが妨げられるものではない。
 3 このように退職年金を本人及びその家族に対する生活保障として理解すべき
ものであれば、本人の稼働能力を表象するものではないから、これを本人の稼働能
力と結び付ける余地はなく、退職年金を受給していた者が死亡した場合にも、生存
していれば受給できた退職年金を基礎として逸失利益を算定することは許されない
というべきである。従来、右の退職年金の現在額を本人の逸失利益として算定し、
その相続人が加害者に損害賠償を求めることができると解するのが判例であつたが、
この点において、従来の当審判例は変更されるべきものである。もっとも、私のよ
うに考えると、従来の判例に比べ、被害者の遺族の保護に欠けるのでないかという
批判も予想されるが、法は、地方公務員等共済組合法の場合にも、国家公務員等共
済組合法の場合にも、本人によって生計を維持していた遺族に対しては、一定の順
位で、遺族年金を支給することとしているのである。遺族年金は、もとより当該年
金の受給権者の稼動能力とは関係のない給付であるから、その目的及び機能は、遺
族に対する生活保障として理解すべきものであるが、このように、退職年金の受給
者の死亡を原因として、遺族に対して遺族年金の支給が制度上予定されているとい
うことは、退職年金も遺族年金も、それぞれの目的及び機能において、本人及びそ
の家族又は遺族に対する生活保障であるため、遺族年金が退職年金の代替的な役割
を果たすことを前提にしているからである。そして、遺族年金の額が原則として退
職年金の額の四分の三(本件当時は二分の一)とされていることも、右の代替的な
役割を裏付けるものであって、その割合からしても、本人によって生計を維持して
いた遺族の保護に欠けるものではないと思われる。
 4 退職年金は、これを今日的にみれば、社会保障制度の一環として理解される
べきもので、これとは別に、不法行為法の領域において、不法行為によって死亡し
た退職年金の受給者が生存していれば受給できた退職年金を本人の逸失利益として
算定する理由も、その必要もない。
 本件のように、退職年金の受給者が事故により死亡した場合の損害賠償としては、
まず、本人の健康状態その他諸般の事情を総合して、本人の稼働能力の有無及びそ
の程度を的確に評価し、稼働能力が存在すると認められる場合には、賃金センサス
等の資料を用いるなどして損害賠償額を算定すべきであり、このような方法によっ
て本人又はその相続人の適正な保護が図られるべきものである(右の賠償額の算定
に関して、被害者が賃金センサスを上回る額の収入を得ていたときは、その収入額
が稼働能力を表象するものとみるべきであり、また、その収入が賃金センサスを下
回る場合でも、それが自らの稼働能力をすべて実現していたとはいえないときには、
賃金センサスを用いて損害賠償額を算定することができよう。)。
 四 この点につき、多数意見は、退職年金の受給者が生存していれば受給できた
退職年金を本人の逸失利益として算定し得るとの前提で、相続人のうちに、遺族年
金の受給権を取得した者がいる場合には、損益相殺的な調整を図る必要があるとす
るが、右の前提において賛同し得ないばかりでなく、事実審の口頭弁論終結の時を
基準にして控除額が定まるため、訴訟の係属期間の長短によって加害者の賠償すべ
き額に変動を生ずるという事態を招く上、特に、本件は、地方公務員等共済組合法
五〇条一項の代位の規定及び同条二項の支給停止の規定が適用されない場合と解さ
れるため、既払分については、加害者の責任が右の範囲で軽減され、将来分につい
ては、被害者の遺族が退職年金と遺族年金とを実質的に二重取りするという、公平
の見地からみて是認し難い結果に至ることなどからして、右の考え方には、難点が
あるように思われる。また、将来分を含めて控除すべきものとする見解は、右の実
質的な二重取りを防ぐという点からみれば公平の原則にかなっているが、存続の不
確実な遺族年金の将来分まで控除することを容認する点において、問題があること
を否定できないように思われる。他方、既払分を含めて控除を不要とする見解は、
その前提とする逸失利益をいかに把握すべきかという点については、私と考え方を
同じくするものであるが、同じ共済制度に基づく長期給付である退職年金と遺族年
金とを目的及び機能を異にする給付として理解する結果、両者の実質的な併給を容
認し、二重取りの結果を招く点において、公平の理念から逸脱しているように思わ
れる。私には、いずれの見解にも納得し難いところがあるが、このことは、そもそ
も不法行為によって死亡した退職年金の受給者が将来生存していれば受給できた退
職年金を本人の逸失利益として算定し得るとする考え方の出発点に無理があるから
ではないかと思われるのである。私が、いずれの見解にも同調せず、退職年金の逸
失利益性それ自体を否定すべきであると考えるゆえんでもある。
 五 私の考え方によれば、原判決には、退職年金を受給していたDが生存してい
れば受給できた退職年金の現在額を本人の逸失利益として計上した上、Dの死亡に
よって遺族年金の受給権を取得した被上告人が既に支給を受けた遺族年金の額を控
除して賠償額を算定した点において、法令の解釈適用を誤った違法があり、その結
果、Dの損害額の算定につき、審理不尽の違法があるといわなければならない。し
たがって、原判決を破棄し、右の点につき、前示の方法に基づいて更に審理を尽く
させる必要があるから、本件を原審に差し戻すべきである。
 裁判官園部逸夫、同佐藤庄市郎、同木崎良平の反対意見は、次のとおりである。
 我々は、退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には、相続
人は、加害者に対し、退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給
することができた退職年金の現在額を基礎として同人の財産上の損害を算定し、そ
の賠償を求めることができるが、この場合において、右の相続人のうちに、退職年
金の受給者の死亡を原因として、遺族年金の受給権を取得し、これに基づく支給を
受けている者があるときにも、既に支給を受けた年金額又は将来受給し得る年金額
の現在額を右の損害額から控除することを要しないと解するのが相当であると考え
る。その理由は、次のとおりである。
 一1 不法行為に基づく損害賠償制度の目的が、被害者に生じた現実の損害を金
銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補
てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることにあることは、多数意
見が説くとおりである。
 2 ところで、退職年金の受給者は、死亡によりその受給権を喪失するに至るが、
この場合の損害は、右受給権の喪失それ自体ではなく、右受給権によって表象され
る受給者の稼働能力の喪失であり、退職年金の額はその稼働能力を金銭的に評価す
る手段にすぎないと考えるべきである。すなわち、退職年金は、一定年数以上公務
員として勤務した後退職した者(以下「退職者」という。)に対し、退職者の退職
時における給与の額を基準として算出された金額を退職者の死亡に至るまで支給す
るものであるが、退職者の退職時における給与の額が基準にされていることなどか
らすれば、退職年金は、退職後死亡までの期間において退職者の有する全稼働能力
を平均して金額的に表象するものと理解すべきものである。したがって、退職者が
不法行為により死亡した場合には、その平均余命期間に受給できたはずの退職年金
の現在額を、喪失した稼働能力の実現により得べかりし利益として、その損害の賠
償を請求することができるというべきである。なお、退職者が現実に経済活動をす
ることにより収入を得ていたときは、その活動が可能であった期間の得べかりし収
入の喪失をも同様に損害として賠償請求をすることができる。けだし、退職年金は、
退職者の最低限の稼働能力を表象するものにすぎないからである。
 なお、このような見解に対しては、(1) 稼働能力は加齢とともに逓減するはず
であるのに、退職年金額は死亡に至るまで一定である(逓減しない)ことと矛盾す
るのではないか、また、(2) 例えば、寝たきりの状態にある受給権者についても、
なお稼働能力を認めることになって、不合理ではないか、という疑問が予想される。
しかし、(1)の点については、確かに稼働能力は加齢により逓減するものであるが、
退職年金は、退職から死亡までの期間に退職者が有する全稼働能力を平均して金額
的に表象するものであるから、加齢によって現実の稼働能力が著しく減少した時点
においても、なお退職者の稼働能力を表象するものである性格を失わないというべ
きであるし、また、(2)の点については、現実の稼働能力が皆無というべき状態に
なった時点においても、同様に考えるべきである。
 二1 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益
を受ける場合には、公平の見地から、その利益の額を加害者に賠償を求める損害の
額から控除することによって、損益相殺的な調整を図る必要があり、また、この場
合、右の利益を受ける者が被害者の損害賠償請求権を取得した相続人であるときも、
同様な損益相殺的な調整を図る必要があり得ることを否定することができない。こ
の点も、多数意見が説くとおりである。
 2 しかし、退職年金の受給者の死亡により、その相続人が遺族年金の受給権を
取得し、現に支給を受け又は将来支給を受ける権利を取得したとしても、これを被
害者ないしその相続人の利益として、損益相殺的な調整をすることは許されない。
けだし、退職年金の受給者の死亡により支給が開始される遺族年金は、主として右
受給者の収入によって「生計を維持していた」遺族だけが支給を受けるものとされ、
相続人であっても当然に支給されるものでない反面、相続人でない事実上婚姻関係
と同様の事情にある者に対しても支給されることがあり(法二条一項二号、三号)、
また、支給を受ける遺族の死亡、一定年齢への到達あるいは婚姻等の事由が発生し
たときには支給されなくなる(法九六条)などの規定があることから考えると、遺
族年金は、退職年金の受給者の死亡を契機に、同人と一定の関係にあった遺族の生
活水準の維持という目的で支給されるものであることが明らかであり、前記のよう
に、退職年金の受給者の死亡による損害を退職年金額を基礎にして算定したとして
も、これを損害発生と同一の原因による利益ということはできず、損益相殺的な調
整をすべき関係にはないからである。今日、遺族年金制度がいわゆる社会保障制度
の一環として組み込まれ、主として扶養者を欠いた被扶養者の生活保障という機能
を果たしている現状にかんがみれば、右のように損益相殺的な調整を否定しても、
被害者に不当な利益を与え、加害者に過当な責任を負わせることにはならず、むし
ろ損失の公平な分担を究極の目的とする損害賠償制度の理念にも沿うものと考えら
れる(なお、我々の見解によれば、遺族年金の給付は、退職年金の受給者の損害の
補てんとは全く関係がないものというべきであるから、本件のような場合において
は、法五〇条の代位等の規定を適用する余地はない。)。
 3 したがって、死亡した退職年金の受給者の相続人が遺族年金の受給権を取得
したとしても、これを損害賠償額の算定に当たって控除することは要しないという
べきである。そして、この見解と異なる当裁判所の判例は、いずれも変更されるべ
きものと考える。
 三 本件において、上告人は、Dの平均余命期間に受給することができる被上告
人の遺族年金の現在額を損害額から控除すべきことを主張するものであるところ、
我々の見解によれば、被上告人の遺族年金については、将来受給すべき分はもとよ
り、既に支袷を受けた分についても損害額から控除することを要しないというべき
であるから、現実に支給を受けた遺族年金の額につき損害額から控除すべきものと
した原審の判断は、誤りであるというべきである。
 しかし、本件においては、被上告人からの上告がないので、不利益変更禁止の原
則により、原審の結論を上告人に不利益に変更することはできないから、これを維
持し、本件上告は棄却すべきものである。
 裁判官味村治の反対意見は、次のとおりである。
 一 多数意見は、法の規定する退職年金を受給していた者が不法行為によって死
亡し、相続人のうちに、右の死亡を原因として法の規定する遺族年金の受給権を取
得した者がある場合には、右の相続人が賠償を求める損害額から、支給を受けるこ
とが確定した遺族年金の額を控除すべきであるが、まだ支給を受けることが確定し
ていない遺族年金の額は控除することを要しないとする。しかし、私は、右の損害
額から控除すべき額は、被害者と同性同年齢の者の平均余命年数の間に、右の相続
人が支給を受けることが確定すべき遺族年金の現在額すなわち被害者の死亡時現在
における価額であると考えるので、以下その理由を述べる。
 二 多数意見が摘示する当裁判所第三小法廷昭和五〇年一〇月二一日判決は、前
記の場合と同じ場合(ただし、退職年金及び遺族年金は、当該事案の当時施行され
ていた地方公務員等共済組合法に基づくもの)について、被害者の平均余命年数の
間は、遺族年金を取得した相続人が相続により被害者の逸失利益として取得した退
職年金と、右の相続人が受けるべき遺族年金とは重複し、右の相続人がその間遺族
年金を受領するのは不当に利得することとなるので、被害者の平均余命年数を基準
として、遺族年金の現在額を算出した上、これを右の相続人が賠償を求める損害額
から控除すべきものとした。私は、基本的な考え方において、この判決に賛成であ
る。
 三 多数意見は、相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合には、
損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、損益相殺的な調整を図る
ことが必要なときがあり得るとし、また、法の規定する退職年金及び遺族年金は、
その目的及び機能において、同質性を有するとしながら、前記のとおり、遺族年金
の受給権を取得した相続人が賠償を求める損害額から控除すべき額は、支給を受け
ることが確定した遺族年金の額に限られるとして、右の判決を変更すべきものとす
る。多数意見が右のような限定をする理由は、要するに、相続人が取得した権利が
将来にわたって継続的に履行されることを内容とする債権で、その存続自体につい
ても不確実性を伴うものであるときは、現実に履行された場合又はこれと同視でき
る程度にその存続が確実である場合に限り右の調整を図ることが許されるところ、
遺族年金の受給権は死亡又は婚姻等により消滅するとされているから、まだ支給を
受けることが確定していない遺族年金は、現実に履行された場合と同視できる程度
に存続が確実とはいえないということにある。その結果、多数意見によると、右の
損害額から控除すべき額は、原審口頭弁論終結の日までに支給を受けることが確定
した遺族年金の額に限られることになる。
 四 しかし、遺族年金の受給権は、受給権者の死亡又は婚姻等までの間定期に遺
族年金の支給を受けることを内容とする基本権で、この基本権に基づき定期に遺族
年金の支給を受ける債権が生ずるのであって、遺族年金の受給権は、右のような基
本権として財産的価値を有することが明らかである。多数意見の指摘するように、
遺族年金の受給権は、その存続が確実とはいえないが、そのことにより、その財産
的価値が否定されるものではなく、その価値の算定に当たりそのような不確実性を
勘案することを必要とするにとどまる。したがって、相続人が不法行為と同一の原
因によって右の受給権を取得した場合に、これを前記の損益相殺的な調整の対象か
ら除外することは、右の受給権が財産的価値を有することを看過して、右の相続人
に不当に利得させるもので、公平に反するというべきである。しかも、退職年金の
受給権者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した相続人が賠償を求める損
害は、被害者が受給することができた退職年金の現在額のうち相続により取得した
額であるが、退職年金も受給権者の死亡まで支給することとされているのであるか
ら(法七八条一項)、受給権者の死亡により消滅するという点で、その存続が確実
であるとはいえない。このように退職年金の受給権も遺族年金の受給権も将来の継
続的な給付を内容とする存続の不確実な債権であるのに、前者を損害として認めな
がら、後者を右の調整の対象となる利益として認めないことは、公平の見地から相
当とは思われない。また、多数意見によれば、遺族年金として支給を受ける額につ
いては、その確定の時期が原審口頭弁論終結の前後のいずれであるかによって右の
調整の対象となるか否かが決せられることとなるが、口頭弁論がいつ終結するかは、
訴訟の進行状況によるもので、当事者間の実体法上の公平とは関係がないから、多
数意見は、この点においても、右の調整が公平の見地から必要とされることに適合
しないと思われる。
 五 したがって、私は、遺族年金の受給権の取得による利益を前記の損益相殺的
な調整の対象とすべきものと考える。この場合、右の調整の対象となるのは、前記
の第三小法廷判決が説示するところとほぼ同様、被害者と同性同年齢の者の平均余
命年数の間に、支給を受けることが確定すべき遺族年金の現在額であるが、右の現
在額の算定については、前述のように、遺族年金の受給権の存続の不確実性を勘案
することを要する。このためには、遺族年金の受給権者が右の期間内に死亡し又は
婚姻等をする蓋然性を合理的に推定することにより、遺族年金の受給権の存続の蓋
然性を推定するほかなく、問題は、その合理的推定の可能性にある。この点につい
ては、私は、次のように考える。すなわち、不法行為による死亡者が男性で、その
死亡により遺族年金の受給権を取得した相続人がその妻であるときは、公表されて
いる生命表等により、統計上一定の年齢の男性の平均余命年数及び一定の年齢の女
性のその年齢後の毎年における死亡率を知ることができるし、同じく公表されてい
る人口動態統計等により、夫と死別した女性の再婚率を知ることができるから、こ
れらにより、夫と死別した女性が被害者と同年齢の男性の平均余命年数の間に死亡
し又は再婚する蓋然性の近似値を求め、これにより右の期間内に遺族年金の受給権
が存続する蓋然性を数値化することは可能であり、この方法はこれらの蓋然性の推
定方法として、合理的なものであると考える。
 六 以上により、私は、本件において、被上告人が上告人に対して賠償を求める
損害額から控除すべき額は、被害者と同年齢の男性の平均余命年数の間に、被上告
人が支給を受けることが確定すべき遺族年金の現在額とすべきものと考える。右の
現在額の算定については、中間利息を控除するほか、生命表等により、被上告人と
同年齢の女性が右の期間内の各年に死亡する率の平均値を求め、次に、人口動態統
計等により、夫と死別した女性の再婚率を求め、これらをそれぞれ被上告人が右の
期間内に死亡し又は再婚する蓋然性の数値とし、これらの数値により遺族年金の受
給権の存続の蓋然性の数値を求めて、これを算定の一要素とすることが相当である
と考える。
 七 前述したところによれば、原判決には、被上告人が既に支袷を受けた遺族年
金の額のみを控除して賠償額を算定した点において、法令の解釈適用を誤った違法
があり、その結果審理不尽の違法があるものというべきである。したがって、原判
決を破棄し、右の点につき、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に
差し戻すべきである。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    草   場   良   八
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    橋   元   四 郎 平
            裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    木   崎   良   平
            裁判官    味   村       治
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    三   好       達

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