弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
請求者の請求を棄却する。
被拘束者を拘束者に引渡す。
本件手続の費用は請求者等の負担とする。
事実
請求者代理人は、被拘束者を釈放するとの判決を求め、その理由として、被拘束
者三〇名は、拘束者の主張する事実に基き、拘束者主張の経過により、拘束者主張
の日時から、拘束者主張の場所において拘束されているが、被拘束者D外二八名は
朝鮮人として、被拘束者Eは台湾人として、いずれも平和条約発行と同時に日本国
籍を喪失し、それぞれ朝鮮、台湾の属する国の国籍を取得したのであるから、平和
条約第一一条に言う「日本国民」に該当することなく、従つて平和条約第一一条に
よる刑の執行及び赦免などに関する法律の適用を受ける理由はないと述べ、拘束者
代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁書に基き、拘束の日時は昭和
二七年四月二八日午後一〇時三〇分、拘束の場所は東京都豊島区西巣鴨一丁目三二
七七番地巣鴨刑務所、拘束の事由は平和条約第一一条及平和条約第一一条による刑
の執行及び赦免等に関する法律(昭和二七年四月二八日法律第一〇三号)第五条以
下の規定によるものであり、被拘束人者等はそれぞれ日本国民として、別表相当欄
記載の連合国の戦争犯罪法廷において、相当欄記載の年月日に、相当欄記載の刑に
処され、その後日本国内に移され、平和条約発行のときまで日本国民として連合軍
最高司令官にスガモプリズンに拘禁されていたのであるが、平和条約発行と同時に
連合国最高司令官により巣鴨刑務所長に残刑の執行のため引渡され、同刑務所に収
、「」。容されたものであつて平和条約第一一条にいう日本国民に該当すると述べた
理由
拘束者は、日本との平和条約一一条及び昭和二七年法律一〇三号の規定に基く適
法な拘束であると主張し、請求者兼被拘束者は、前記平和条約発効と同時に日本国
籍を喪失したものであるから、拘束を受くべき法律上の根拠はないと主張する。
連合国は、戦争犯罪人に対し、極東国際軍事裁判所又は日本国内及び国外の戦争
犯罪法廷において裁判を宣告し、その当然の順序としてこれに応ずる刑を科し来つ
たのであるが、前記平和条約第一一条においては右刑の執行を日本国に委ねること
に関し規定をおいたのである。そして、いかなる要件の下に戦犯者の刑の執行が日
本国に委ねられたかというに(一)極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外、
の他の連合国戦争犯罪法廷において日本国民に裁判が宣告せられ刑が科せられたこ
と(すなわち刑が科せられた当時に日本国民であること、右戦犯日本人が平和条)
約発効の直前までに日本において(日本の刑務所であることを要しない)拘禁され
ていること(すなわち拘禁されている当時において日本国民であること)の二つの
要件の具備することを要するのである。これらの要件の具備する限り、その後にお
いて国籍の喪失又は変更があつたとしても、前記条約による日本国の刑の執行義務
には影響を及ぼさないものと言うべきである。
さて本件における被拘束者等はいずれも日本国民として別表相当欄記載の連合国
の戦争犯罪法廷において、相当欄記載の年月日に、相当欄記載の刑に処せられ、裁
判の後日本国内に移され、平和条約発効の時まで日本国民として連合国最高司令官
によりスガモブリズンに拘禁されていたものが、平和条約発効と同時に連合国最高
司令官より拘束者である巣鴨刑務所長に残刑の執行のため引渡され、同刑務所に収
容されたものである。この事実は当事者間に争がない。従つて本件拘束者の拘束は
法律上正当な手続によつてなされているものといわねばならない。
よつて、請求者の本件請求は理由なく、手続費用について人身保護法第一七条及
び民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
この判決は裁判官栗山茂の意見を除く他の裁判官全員一致の意見によるものであ
る。
裁判官栗山茂の意見は次の通りである。
いわゆる戦争犯罪人の処刑が平和恢復と関係なく、その後においても連合国にお
いてそれを続行せんとする意図にかわりがないので日本国との平和条約(以下平和
条約という)一一条の規定の捜入を見たものであろう。従て同条で日本国で拘禁さ
れている日本国民に同条所載の法廷が課した刑を日本国において執行するものと規
定されたとしても、之によつて日本国において右受刑者に刑を執行する権利が発生
したのではなく、それは依然として平和条約発効前から関係連合国が行使している
建前のものである。されば平和条約発効後において新しい証拠が出て受刑者中無罪
となるべき事由が生じても又前記一一条が日本国民と明示しているところから、こ
れら受刑者中日本の国籍を喪失したため刑の執行を免除さるべき事由が生じたとし
ても、右条項はかかる場合に関し特別の規定を設けていないから、右事由について
は当該連合国が決定すべきところと解すべきであろう。もつとも日本国は刑の執行
の義務を負うているから、前記の事由が発生したため日本国政府に右義務履行につ
いて疑義が生じたり、ひいては日本国政府と関係連合国政府との間に見解が異るこ
とが判明した場合は、外交交渉によつて処理される外はないのである。
日本国が締結した国際条約の条項はすべて条約解釈の名の下に国内裁判所の判断
に適合しているものではない。条約若しくはその条項の性質上国と国との契約関係
だけを定めているものは、たとい国内裁判所の条約の解釈は国内法上の効果しか生
じないとしても、その条項の解釈が直接右契約の内容に関係するものであつてみれ
ば、右解釈は必然的に国の対外関係に影響するものであるから(日本国憲法九八条
二項参照、かかる種類の条約の規定については国内裁判所が独自の判断をするの)
には適していないものであつて、国内裁判所も行政部の解釈を尊重すべきものであ
る。
本件請求人等が平和条約の発効と同時に日本の国籍を喪失したとしても、平和条
約発効後の現在において、日本政府(行政部)は請求人等は依然平和条約一一条の
日本国民中に含まれているとの解釈をとつていて、右解釈については条約当事国の
間に争がないことは当裁判所に顕著であるといえるのである。果して然らば当裁判
所としては日本政府の右解釈を尊重するのを相当とすべきであつて、徒によけいな
文理解釈を試むべきではないと考える。而して日本政府の一機関である本件拘束者
の拘束の理由は、日本政府の解釈によつていると信ずべき充分の理由があるから、
本件請求は理由がないと断ぜざるをえない。
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官田中耕太郎
裁判官沢田竹治郎
裁判官霜山精一
裁判官井上登
裁判官栗山茂
裁判官真野毅
裁判官小谷勝重
裁判官島保
裁判官斎藤悠輔
裁判官藤田八郎
裁判官岩松三郎
裁判官河村又介
裁判官谷村唯一郎
裁判官本村善太郎
<別表は省略>

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