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平成15年(行ケ)第12号 特許取消決定取消請求事件
平成16年4月12日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 日本精工株式会社
 訴訟代理人弁理士 森哲也,内藤嘉昭,崔秀 ,廣瀬一
 被 告  特許庁長官 今井康夫
 指定代理人 奥井正樹,綿谷晶廣,一色由美子,林栄二,大橋信彦
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
 以下において,「および」は「及び」と統一して表記した。その他,引用箇所に
おいても公用文の表記に従った箇所がある。
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が異議2000-73430号事件について平成14年11月25日に
した決定を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告が特許権者である本件特許第3018355号「軸受用鋼及び転がり軸受」
の出願は,平成1年10月11日になされ,平成12年1月7日に特許の設定登録
がなされたが,その後,本件特許について特許異議の申立てがあって,取消理由通
知があり,平成13年11月5日に訂正請求がされたところ,平成14年11月2
5日,「訂正を認める。特許第3018355号の請求項1ないし9に係る特許を
取り消す。」との決定があり,同年12月11日,その謄本が原告に送達された。
 2 本件発明の要旨(上記訂正請求に係るもの)
【請求項1】平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体
積(100mm3
)当たり10個以下であることを特徴とする軸受用鋼。
【請求項2】平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体
積(100mm3
)当たり100個以下であることを特徴とする軸受用鋼。 
【請求項3】平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面
積(160mm2
)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸
化物系粒子の構成比率が2%未満であるとともに,平均粒子径15μm以上30μm以
下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり10個以下であることを特徴とする
軸受用鋼。
【請求項4】平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体
積(100mm3
)当たり10個以下であり,かつ,平均粒子径10μm以上15μm以下の酸
化物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり100個以下であることを特徴とする軸受用
鋼。
【請求項5】平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面
積(160mm2
)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸
化物系粒子の構成比率が2%未満であるとともに,平均粒子径10μm以上15μm以
下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり100個以下であることを特徴とする
軸受用鋼。
【請求項6】平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面
積(160mm
)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸
化物系粒子の構成比率が2%未満であるとともに,平均粒子径15μm以上30μm以
下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり10個以下であり,かつ,平均粒子
径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり100個以下で
あることを特徴とする軸受用鋼。
【請求項7】単位体積当たりの酸化物系介在物の個数が前記範囲内にあることを電
子ビーム溶解抽出評価法によって保証したことを特徴とする請求項1ないし6のい
ずれか記載の軸受用鋼。
【請求項8】鋼中酸素含有量が9ppm以下であることを特徴とする請求項1ないし
7のいずれか記載の軸受用鋼。
【請求項9】軌道輪及び転動体の少なくとも一つが前記請求項1ないし8のいずれ
か記載の軸受用鋼で構成されたことを特徴とする転がり軸受。
  以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件第1発明」などと表記
する。
 3 決定の理由の要点
 (1) 訂正請求に係る訂正は,特許法120条の4第2項及び同条3項で準用する
126条2項及び3項の規定に適合するので,当該訂正を認める。
 (2) 特許異議の審理において平成13年8月23日付けで通知した取消理由の
〔理由3〕の一つは,本件請求項1~10に係る発明は,刊行物1に記載された発
明であるというものであり,また,〔理由1〕は,本件請求項1~10に係る発明
は,刊行物1~7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることがで
きたものであるから,本件請求項1~10に係る発明の特許は,特許法29条1項
3号又は2項の規定に違反してなされたものである,というものである。
 (3) 刊行物に記載された発明
 取消理由において引用された刊行物1(EffectofSteelManufacturing
ProcessesontheQualityofBearingSteels,ASTMSTP987,1988,p.149~
165)には,
 「溶解方法,介在物の種類及びサイズと軸受鋼の疲労抵抗との関係」と題し,
 「本報文は,鋼製造プロセスと方法とともに,疲労寿命と非金属介在物の含有量
との関係の観点からみた鋼の性質のみを取り扱う。」
 「図10では,著者らはRBF試験片を用いて別の取り組み方法を採用したもので
ある。RBF試験片は2つの鋼製造プロセスA及びBによって製造されたものであ
る。上段の図は,試験片の横断面で顕微鏡により観察された,酸化物の介在物の直
径の分布の比較である。縦軸の対数目盛からは,プロセスAにおいて5μm以下の
介在物がプロセスBよりも10倍多くあることがわかる。プロセスAにおけるB法
(細かいシリーズ)の指標は2.5であり,一方プロセスBの指標は1である。下段の
図は,割れ目の発端にある酸化物の介在物の直径の分布の比較である。両方とも,
直径は最大断面寸法を意味する。プロセスAは830MPaの疲労限界をもち,一方プロ
セスBは750MPaの疲労限界をもつ。」(157頁13~21行)
と記載されており,
 158頁の図10には,介在物寸法分布の例が示され,図10の上段左側の図を参照する
と,プロセスAの酸化物系介在物のサイズ分布は,1cm2
当たり,3~4μmのもの
6.3個,4~5μmのもの3.6個,5~6μmのもの0.6個,6~7μmのもの0.8個,7~
15μmのもの(7μmを超えるもの)が0.1個未満(表示がない)と読み取ることが
でき,また,
 「図11は,種々の鋼製造方法の疲労限界に関する多くの異なった酸素含有量範囲
を示している。約20ppmの酸素含有量をもつ鋼(LD及びRH)が非常に良好な疲労限界
をもっていることがわかる。さらに,ケイ素カルシウム処理用いることにより,低
酸素含有量の鋼を製造することができるが,そのことによって不十分な疲労限界が
生じる可能性がある。しかし,鋼製造(EF及びRH/Fos)のやり方の中では,その多
くの結果からは酸素含有量と疲労特性の相関関係を求めること可能であることが確
認されるかもしれない。」(158頁7~16行)
と記載されており,
 図11には,EF+RH(Fos),EF+RH(Fos-SiCaTREATED)で10ppm以下(9ppm以
下の場合もある)の鋼中酸素が得られることが示されている。
 同じく引用された刊行物2(「鉄と鋼」63年13号,昭和52年11月1日,282~
293頁)には,
 「プラズマアークによる鋼および超合金の再溶解」と題し,
 「本研究で用いた材料は・・・SUJ3・・・の4鋼種である。・・・これら母
材化学成分は再溶解後の化学成分と合わせてTable4に示す。PPC再溶解の条件
は・・・各鋼種とも再溶解出力を・・・の間にとり,さらに溶解速度も変えて,出
力と溶解速度の条件の組合わせがインゴットの性質,性能にどのように影響するか
調べられるようにした。」(284頁左欄14行~右欄1行)
 「4.1.5酸化物系介在物の形態変化
 酸化物系介在物の形態がその性能に大きく影響するSUJ3について再溶解によ
る形態変化を調べた。
 ・・・
 この結果は,O分析値からもある程度推定できるが,酸化物系介在物を減少する
と同時に,大きさを細かくすることが重要である。すなわち,SUJ3の転動疲労
寿命に対しては大型酸化物系介在物が有害で,ある程度以下のものではそれ程有害
でないといわれている。この臨界寸法がどの程度かについては種々の意見があるが
5~10μ位のものと考えられる。そこで,大きさの変化を調べるため,光学顕微鏡に
より酸化物系介在物の大きさの分布を調べた。その結果をTable6に示す。再溶解に
より酸化物系介在物が細かくなっていることは明らかであり,とくに8μ以上の介在
物が少なくなっている。」(289頁左欄下から17行~右欄下から16行)
と記載されており,
 Table4には,SUJ3について,PPC後の(J-3)のO量は
0.0008%(8ppm)であること,Table6には,酸化物系介在物の大きさの分布は,J
-3(PPC)について,100mm2
(視野150mm2
)当たり,2μを超え4μ以下のものは
36.0個,4μを超え6μ以下のものは12.0個,6μを超え8μ以下のものは3.0個,8μ
を超え10μ以下,10μを超え12μ以下のもの,12μを超え14μ以下のものはいずれ
も0個であることが示されている。
 同じく引用された刊行物4(「鉄と鋼」75第10号,平成1年10月1日,83~90頁)
には,
 「エレクトロンビーム法による鋼中介在物の分離と評価法の開発」と題し,
 「Fig.1に示したように,メタル試料を高真空下の銅製ハース内でEBによりボタ
ン状に溶解するとメタル中の介在物はメタルの上部表面に浮上して集まるので,そ
の量,形態,粒径,組成などを定量化する。」(83頁右欄5行~84頁左欄3行)
 「メタルの表面に浮上した介在物の量,粒径は映像解析装置により測定した。ま
た,介在物の形態と組成は目的に応じてSEMにより分析した。」(84頁左欄下か
ら7~5行)
 「EB法は顕微鏡法と比較しておよそ5倍強能率の向上することがわかる。
 ・・・・・
 EB法は顕微鏡法の数十万以上の測定視野数と同等の情報を得ることになり,デ
ータの信頼性は高いといえる。」(88頁左欄14行~右欄4行)
 「EB法による介在物の粒径や形態を詳細に解析することにより,介在物減少対
策の効果を従来以上に分離できる可能性があり,今後,これらの分野への新たな解
析手段として期待できる。」(89頁右欄9~12行)
と記載されている。
 (4) 本件第1発明についての決定の判断
 刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフを参照すると,粒子径7μmを超え
る粒子の個数は表示されておらず,1cm2
当たり0.1個未満であるから,平均粒子径
15μm以上30μm以下の介在物を合計しても,1cm2
当たり0.1個未満,すなわち,20cm2
当たり2個未満しか存在しない場合があると認められる。
 そこで,本件第1発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると,両者は,
「平均粒子径15μm以上の酸化物系介在物が少ない軸受用鋼。」である点で一致
し,本件第1発明が,「平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位
体積(100mm3
)当たり10個以下である」のに対し,刊行物1に記載された発明は,
平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物が20cm2
当たり2個未満である点で一応相違
する。
 上記相違点について検討する。
 極値統計の考え方により,観測領域を増大させれば最大介在物径が増加すること
も考えられるので,本件請求項1に係る発明の100mm3
の観測領域と刊行物1の図
10の観測視野(20cm2
)との差異について検討する。
 2次元平面の観測領域を立体化する具体的な推定手段については,例えば,村上
敬宜著「金属疲労,微小欠陥と介在物の影響」239~240頁,1993年,養賢堂発行
(参考資料,本訴甲第6号証)に記載され,一般的に平均観察領域は,介在物の平
均的直径相当の厚みを有する立体の観察に相当すると考えられている。
 そこで,刊行物1の図10に示された酸化物系介在物のサイズ分布について,その
被検領域が相当する立体について検討すると,前記図10で観察された粒径の上限は
15μmであり,被検面積は20cm2
であるから,被検領域は,20×102
×0.015=30mm3

なり,本件第1発明の30%に当たり,被検領域に大きな差異はなく,前記のとお
り,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物が20cm2
当たり2個未満の場合があるか
ら,被検領域を100mm3
に拡大したとしても,2×100/30=6.6個未満となり,本件第
1発明における「単位体積(100mm3
)当たり10個以下」と重複する。
 したがって,本件第1発明は,刊行物1に記載された発明である。
 また,刊行物2には「SUJ3の転動疲労寿命に対しては大型酸化物系介在物が
有害で,ある程度以下のものではそれ程有害でないといわれている。この臨界寸法
がどの程度かについては種々の意見があるが5~10μ位のものと考えられる。」と記
載されているように,軸受用鋼の転動疲労寿命の向上のためには,平均粒子径15μ
m以上の介在物はできるだけ少ない方がよいことは明らかであるから,平均粒子径
15μm以上30μm以下の酸化物系介在物を「単位体積(100mm
)当たり10個以下」
とすることは当業者が容易に想到し得るものである。
 したがって,本件第1発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものである。
 (5) 本件第2発明についての決定の判断
 本件第2発明は,軸受用鋼において,「平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化
物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり100個以下」とするものであるが,刊行物1
には,7μm以下の酸化物系介在物のみが示されているから,上記(4)に記載された理
由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び
2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
る。
 (6) 本件第3発明についての決定の判断
 本件第3発明は,本件第1発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μm以上30μ
m以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2
)当たり80個以下であり,かつ,その
内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満である」点を構
成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第10図に示されているから,上
記(4)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,
又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものである。
 (7) 本件第4発明についての決定の判断
 本件第4発明は,本件第1発明の構成要件に,本件第2発明の構成要件を付加し
た発明であるから,上記(4)及び(5)に記載された理由と同様の理由により,刊行物
1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて
当業者が容易に発明をすることができたものである。
 (8) 本件第5発明についての決定の判断
 本件第5発明は,本件第2発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μm以上30μ
m以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2
)当たり80個以下であり,かつ,その
内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満である」点を構
成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第10図に示されているから,上
記(5)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,
又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものである。
 (9) 本件第6発明についての決定の判断
 本件第6発明は,本件第1発明及び本件第2発明の構成要件に加え,「平均粒子
径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2
)当たり80個以下で
あり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未
満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第10図に示さ
れているから,上記(4)及び(5)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に
記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものである。
 (10) 本件第7発明についての決定の判断
 本件第7発明は,本件第1~6発明において,「単位体積当たりの酸化物系介在
物の個数が前記範囲内にあることを電子ビーム溶解抽出評価法によって保証した」
ものであるが,鋼中介在物の量,粒径等を解析する場合に,電子ビーム溶解抽出評
価法を採用することは,刊行物4に記載されているように周知であるから,刊行物
1,2及び4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた
ものである。
 (11) 本件第8発明についての決定の判断
 本件第8発明は,本件第1~7発明において,「鋼中酸素含有量を9ppm以下」に
限定したものであるが,酸素含有量が9ppm以下の軸受用鋼は,刊行物1及び2に記
載されているように周知である(特開昭62-63650号公報,3頁右下欄19行~
4頁左上欄6行の記載も参照)から,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものである。
 (12) 本件第9発明についての決定の判断
 本件第9発明は,転がり軸受において,「軌道輪及び転動体の少なくとも一つ」
を本件第1~8発明の軸受用鋼で構成したものであるが,軌道輪及び転動体が転が
り軸受を構成する部材であることは周知であり,刊行物1に記載された軸受用鋼を
周知の部材に用いたにすぎないから,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて
当業者が容易に発明をすることができたものである。
 (13) 決定のむすび
 以上のとおり,本件第1~9発明は,刊行物1に記載された発明であるか,又
は,刊行物1,2及び4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるから,本件第1~9発明の特許は,特許法29条1項又は2
項の規定に違反してなされたものであり,同法113条2号に該当し,取り消され
るべきものである。
第3 原告主張の決定取消事由
 1 取消事由1(刊行物1の認定の誤り)
 (1) 決定で採用した刊行物1の図10の上段左の認定の誤り
 刊行物1(本訴甲第4号証,乙第4号証)にあっては,鋼の性質を疲労寿命と非
金属介在物の含有量との関係から報告していると認められるものの,刊行物1の図
10の上段左にあっては,本件発明が目的にしている軸受の転がり疲れ寿命(L10
寿命)の向上とは何らその関係が示されていないから,決定で採用した刊行物1の
図10の上段左の認定,つまり決定における新規性又は進歩性の有無の判断の根拠
として「刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフを参照」したことに誤り
がある。
 (2) 刊行物1の図10の上段左の認定の誤り
 決定は,本件第1発明についての項で,
「刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフを参照すると,粒子径7μmを
超える粒子の個数は表示されておらず,1cm2
当たり0.1個未満であるから,平
均粒子径15μm以上30μm以下の介在物を合計しても,1cm2
当たり0.1個
未満,すなわち,20cm2
当たり2個未満しか存在しない場合があると認められ
る」と認定した。
 しかし,図10の上段左においては,棒グラフ1個につき1μm幅に目盛られて
いることから,15~30μmの間に,1μm幅に目盛られるべき幅数は15個と
なり,この各々の幅に1cm2
当たり0.1個未満の介在物が存在することになると
認定できる場合もある。そうすると,結果的に15μm~30μmの介在物範囲に
存在する介在物数は15×0.1個/cm2
未満になる場合も存在することになり,
これを被検領域20cm2
に拡大すれば,20×15×0.1個/cm2
未満,すな
わち20cm2
当たり30個未満であると認められる場合もある。
 以上のように,図10の上段左のグラフでは,横軸が15μm付近までしか目盛
っていないにもかかわらず,決定において,15μm以上30μm以下の介在物径
の範囲へ拡大解釈し,その範囲での介在物の合計数を1cm2
当たり0.1個未満と
認定すること自体に論理の飛躍がある。
 また,1μm幅の目盛数が平均粒子径15μm以上30μm以下の間に15間隔
存在すると考えることもできる図10の上段左の多義的な記載にもかかわらず,決
定が,平均粒子径15μm以上30μm以下の間における1μm幅の目盛数を1個
のみと解し,1cm2
当たりの介在物数を0.1個未満と限定的に解釈したこと,及
び具体的に開示されていない介在物径の範囲へ拡大解釈したことに,妥当性は存在
しない。
 したがって,決定における刊行物1の図10上段左に関する決定の認定は誤りで
ある。
 2 取消事由2(本件第1発明と刊行物1の同一性の認定の誤りと,刊行物1と
刊行物2とを組み合わせることの容易性の認定の誤り)
 (1) 本件第1発明と刊行物1の同一性の認定の誤り
 (1)-1 本件第1発明と刊行物1の一致点についての認定の誤り
 決定は,本件第1発明と刊行物1に記載された発明を対比した場合に,両者は
「平均粒子径15μm以上の酸化物系介在物が少ない軸受用鋼。」である点で一致
すると認定した。
 しかし,原告の計算によれば,15μm~30μmの介在物範囲に存在する介在
物数は20cm2
当たり30個未満であると認められる場合もあることは,上記1
の(2)で述べたとおりである。
 したがって,本件第1発明と刊行物1に記載された発明を対比した場合に,「両
者が「平均粒子径15μm以上の酸化物系介在物が少ない軸受用鋼。」である点で
一致し」という認定は誤りであり,「一致し」ていない。
 (1)-2 本件第1発明と刊行物1の相違点についての認定の誤り
 ① 決定は,「本件第1発明が,「平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化
物系介在物が単位体積(100cm3
)当たり10個以下である」のに対し,刊行物
1に記載された発明は,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物が20cm2
当たり2個未満である点で一応相違する」と認定した。
 しかしながら,刊行物1に記載された発明に関する認定自体が取消事由1の(2)で
述べたように誤りであるから,これを基礎とする上記相違点の認定も誤りである。
ただし,本件第1発明が酸化物系介在物の存在率を単位体積当たりの個数(体積
法)で規定しているのに対し,刊行物1が同存在率を単位面積当たりの個数(面積
法)で規定している点での相違は認める。
 ② 決定は,「上記相違点について検討する。...2次元平面の観測領域を立
体化する具体的な推定手段については,例えば,村上敬宜著「金属疲労,微小欠陥
と介在物の影響」239~240頁,1993年,養賢堂発行(参考資料,本訴甲
第6号証)に記載され,一般的に平均観察領域は,介在物の平均的直径相当の厚み
を有する立体の観察に相当すると考えられている。」と認定した。
 まず,面積法を体積法に換算するに際して用いた参考資料(甲第6号証)は,本
件特許出願日以前に公知となっておらず,これを引用し,当業者の技術常識とする
ことに違法性が存在する。
 仮に引用可能であっても,参考資料(甲第6号証)の239頁第A3章には,二
次元的検査の結果を三次元的検査の結果に置き換えることの困難性を示唆するとと
もに,立体中に含まれる√areamaxの推定方法はあくまで簡便さを目的とした推
定方法であることが,また,刊行物1の157頁25行~158頁3行には,三次
元的検査による介在物検査法が二次元的検査によるものよりも優れている点が,そ
れぞれ述べられている。
 以上より,体積法が面積法よりも優れるとともに,面積法から体積法に換算する
方法はあくまで簡便な推定方法でありその取扱いにも注意を払わなければならない
ことが理解される。
 ③ 決定で判断された「被検領域は,20×102
×0.015=30mm3
とな
り,本件第1発明の30%に当たり,被検領域に大きな差異はなく,」との認定は
誤りである。
 原告が,参考資料で提案されている平面を立体化する考え方に沿って,刊行物1
の図10で観察された酸化物系介在物の,平面を立体化するための仮想的厚さを算
出したところ,同厚さhは,
 h=Σ√areamax,j/n=2611μm未満/4150回=0.63μm未満
となる。
 これは,決定で採用された15μmに対して1/24以下の極めて小さな値とな
る。そして,決定においては,図10で観察された粒径の上限を15μmとして被
検領域を30mm3
と導いたのに対し,同様の考え方を適用すれば,仮想的厚さ0.
63μm未満に対して被検領域は1.26mm3
未満となり,本件第1発明の被検領
域100mm3
に対して1.26%未満となるから,被検領域に大きな差異が存在す
ることになる。
 したがって,決定における「被検領域は,・・・本件第1発明の30%に当たり,被
検領域に大きな差異はなく,」との認定は誤りである。
 ④ 決定は,「被検領域を100mm3
に拡大したとしても,2×100/30=
6.6個未満となり,本件第1発明における「単位体積(100mm3
)当たり10
個以下」と重複する。したがって,本件第1発明は,刊行物1に記載された発明で
ある。」と認定したが,誤りである。
 上記③で述べたように,20cm2
に相当する被検領域1.26mm3
未満は,決
定による被検領域30mm3
に対して大幅に小さく1/24以下である。そして,1
5μm~30μmの介在物範囲に存在する介在物数30個/20cm2
未満を100
mm3
当たりの存在個数に拡大すると,{100mm3
/1.26mm3
}×30個=2
381個/100mm3
未満となり,決定で示された6.6個/100mm3
未満と
比較して桁違いに大きい。
 すなわち,決定は,2381個/100mm3
未満とも示せるところを6.6個/
100mm3
未満と桁違いに小さい値として認定しており,刊行物1の図10上段左
の多義的な記載を一義的に示しているところに誤りがある。
 この認定の誤りは,取消事由1の(2)で述べたように刊行物1の図10の上段左の
介在物分布のグラフの解釈を誤り,その誤りに起因して本件第1発明と刊行物1と
の一致点の認定を誤り,そして,刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフ
が単位面積あたりとなっているものを参考資料を用いて無理に単位体積当たりに変
換して解釈しようとしたことに起因するものである。
 (2) 刊行物1と刊行物2とを組み合わせることの容易性の判断の誤り
 刊行物2(本訴甲第5号証)には,「SUJ3の転動疲労寿命に対しては大型酸
化物系介在物が有害で,ある程度以下のものではそれ程有害ではないといわれてい
る。この臨界寸法がどの程度かについては種々の意見があるが5~10μ位のもの
と考えられる。」とあることから,SUJ3の転動疲労寿命に対する酸化物系介在
物の臨界寸法は5~10μのものと考えられることがわかる。また,「再溶解によ
り,酸化物系介在物が細かくなっていることは明らかであり,とくに8μ以上の介
在物が少なくなっている。8μ以下のものはそれ程変化はなく,試料によって母材
より多くなっているものもある」とあることから,8μの酸化物系介在物が臨界寸
法として取り上げられていることがわかる。
 しかしながら,Table6を参照すると,いずれの試料においても酸化物系介在物の
大きさの分布の上限ランクは12μを超え14μ以下となっていることから,本件
第1発明での15μm以上30μm以下の領域における酸化物系介在物の寸法につ
いての調査は刊行物2においてはなされていない。
 また,刊行物2には,本件第1発明における酸化物系介在物の下限寸法である1
5μm及び上限寸法である30μmの技術的意義について一切開示されていない。
 したがって,決定における「平均粒子径15μm以上の介在物はできるだけ少な
い方がよいことは明らか」との判断には飛躍がある。
 また,本件第1発明のような数値限定発明における進歩性の判断に際しては,公
知技術における当該構成の技術的意義が開示又は示唆されていることが必要である
と解するのが相当であるとされているところ,刊行物1,2の双方に本件第1発明
の特徴である「平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物を「単位体
積(100m3
)当たり10個以下」とすることが開示されていないとともに,刊行
物1,2のいずれにあっても本件第1発明における酸化物系介在物の下限寸法であ
る15μm及び上限寸法である30μmの技術的意義については一切開示されてい
ないので,「本件第1発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものである。」との認定は誤りである。
 3 取消事由3(刊行物1に基づく本件第2~第6発明の新規性,刊行物1,2
に基づく本件第2~第6発明,第8発明及び第9発明の進歩性,刊行物1,2及び
4に基づく本件第7発明の進歩性の認定の誤り)
 (1) 本件第2発明の新規性,進歩性の判断の誤り
 決定は,本件第2発明は,軸受鋼において,「平均粒子径10μm以上15μm
以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり100個以下とするもので
あるが,刊行物1には,7μm以下の酸化物系介在物のみが示されているから,本
件第1発明と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行
物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたも
のである。」と認定した。
 しかしながら,上記認定は以下の理由により誤りである。
 ① 刊行物1の図10の上段左にあっては,本件発明が目的にしている軸受の転
がり疲れ寿命(L10寿命)の向上とは何らその関係が示されていない。
 ② 面積法を体積法に換算するに際して用いた参考資料は,本件特許の出願日よ
りも後に発行されたものであり,本件特許出願日以前に公知になっていない資料を
引用して当業者の技術常識とした点に違法性がある。
 ③ 刊行物1に,軸受用鋼において,「平均粒子径10μm以上15μm以下の
酸化物系介在物が単位体積(100m3
)当たり100個以下」とすることが記載さ
れていない。
 面積法を体積法に換算するに際して,参考資料を用いたことに違法性があるが,
敢えて参考資料を用いて取消事由1,2と同様の手法により,刊行物1の図10上
段左における単位体積(100mm3
)当たりの平均粒子径10μm以上15μm以
下の酸化物系介在物の個数を計算すると,10~15μmの間に1μm幅に目盛ら
れるべき幅数は5個となり,この各々の幅に1cm2
当たり0.1個未満の介在物が
存在することになる。そうすると,結果的に10~15μmの介在物範囲に存在す
る介在物数は5×0.1個/cm2
未満になる場合も存在し,これを図10の上段左
の被検領域である20cm2
に拡大すれば,20×5×0.1個/20cm2
=10
個/20cm2
未満となる。そして,取消事由2で指摘したように,参考資料に基づ
く刊行物1の図10の上段左における,平面を立体化するための仮想的な厚さは
0.63μm未満であり,これを決定と同様の考えを適用して求めた被検領域は
1.26mm3
未満となる。そして20cm2
が被検体積で1.26mm3
未満に相当
するから,100mm3
当たりに換算すると794個/100mm3
未満となり,決
定で示された100個以下と比較して桁違いに大きいこ
とになる。
 したがって,本件第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定は誤りで
ある。
 ④ さらに,刊行物1と2とを組み合わせることの容易性の判断の誤りについて
検討すると,刊行物1及び2の双方に本件第2発明の特徴である「平均粒子径10
μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり100個
以下」とすることが開示されていないとともに,刊行物1及び2のいずれにあって
も本件第2発明における酸化物系介在物の下限寸法である10μm及び上限寸法で
ある15μmの技術的意義については一切開示されていないので,本件第2発明が
刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものであるとの認定は誤りである。
 (2) 本件第3発明の新規性,進歩性の判断の誤り
 決定は,「本件第3発明は,本件第1発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μ
m以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2
)当たり80個以下
であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系介在物粒子の構成比
率が2%未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第
10図に示されているから,上記(4)に記載された理由と同様の理由により,刊行物
1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて
当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
 しかしながら,本件第3発明は,本件第1発明の構成要件を備えており,取消事
由1及び2で指摘したように,本件第1発明が刊行物1に記載された発明であると
の認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるとの認定には誤りが存在するので,決定の上記認定もまた誤
りである。
 (3) 本件第4発明の新規性,進歩性の判断の誤り
 決定は,「本件第4発明は,本件第1発明の構成要件に,本件第2発明の構成要
件を付加した発明であるから,上記(4)及び(5)に記載された理由と同様の理由によ
り,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
 しかしながら,本件第4発明は,本件第1発明及び第2発明の構成要件を備えて
おり,取消事由1及び2,さらには取消事由3の(1)で述べたように,本件第1及び
2発明は,それぞれ刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1及び2
に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると
の認定には誤りが存在するので,決定の上記認定もまた誤りである。
 (4) 本件第5発明の新規性,進歩性の判断の誤り
 決定は,「本件第5発明は,本件第2発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μ
m以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2
)当たり80個以下
であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物粒子の構成比率が2%
未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の図10に示
されているから,上記(5)で記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載さ
れた発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものである。」と認定した。
 しかしながら,本件第5発明にあっては,本件第2発明の構成要件を備えてお
り,取消事由3の(1)で指摘したように,本件第2発明が刊行物1に記載された発明
であるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものであるとの認定には誤りが存在するので,決定の上記認定
もまた,誤りである。
 (5) 本件第6発明の新規性,進歩性の判断の誤り
 決定は,「本件第6発明は,本件第1発明及び本件第2発明の構成要件に加え,
「平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2

当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒
子の構成比率が2%未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊
行物1の第10図に示されているから,上記(4)及び(5)で記載された理由と同様の
理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載さ
れた発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」と認定し
た。
 しかしながら,本件第6発明にあっては,本件第1及び第2発明の構成要件を備
えており,取消事由1,2及び3の(1)で指摘したように,本件第1発明及び第2発
明が刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定には誤りが
存在するので,決定の上記認定もまた,誤りである。
 (6) 本件第7発明の進歩性の判断の誤り
 決定は,「本件第7発明は,本件第1~6発明において,「単位体積当たりの酸
化物系介在物の個数が前記範囲内にあることを電子ビーム溶解抽出評価法によって
保証した」ものであるが,鋼中介在物の量,粒径等を解析する場合に,電子ビーム
溶解抽出法を採用することは,刊行物4に記載されているように周知であるから,
刊行物1,2及び4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものである。」と認定した。
 しかしながら,本件第7発明にあっては,本件第1~6発明のいずれかに従属す
る発明であり,少なくとも本件第1発明の構成要件及び本件第2発明の構成要件の
うちいずれか1つを備えている。そして,上記取消事由1,2及び3の(1)で指摘し
たように,本件第1発明及び第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定
及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることがで
きたものであるとの認定には誤りが存在するので,たとえ本件第7発明の特徴が刊
行物4に記載されていたとしても,本件第7発明が刊行物1,2及び4に記載され
た発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定は誤
りである。
 (7) 本件第8発明の進歩性の判断の誤り
 決定は,「本件第8発明は,本件第1~7発明において,「鋼中酸素含有量を9
ppm以下」に限定したものであるが,酸素含有量が9ppm以下の軸受用鋼は,
刊行物1,2に記載されているように周知であるから,刊行物1,2に記載された
発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」と認定した。
しかしながら,本件第8発明にあっては,本件第1~7発明のいずれかに従属する
発明であり,少なくとも本件第1発明の構成要件及び本件第2発明の構成要件のう
ちいずれか1つを備えている。そして,取消事由1,2及び3の(1)で指摘したよう
に,本件第1発明及び第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊
行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたも
のであるとの認定には誤りが存在するので,たとえ本件第8発明の特徴が刊行物1
及び2に記載されていたとしても,本件第8発明が刊行物1,2に記載された発明
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定は誤りであ
る。
 (8) 本件第9発明の進歩性の判断の誤り
 決定は,「本件第9発明は,転がり軸受において,「軌道輪及び転動体の少なく
とも一つ」を本件第1~8発明の軸受用鋼で構成したものであるが,軌道輪及び転
動体が転がり軸受を構成する部材であることは周知であり,刊行物1に記載された
軸受用鋼を周知の部材に用いたにすぎないから,刊行物1及び2に記載された発明
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
 しかしながら,本件第9発明にあっては,「軌道輪及び転動体の少なくとも一
つ」を本件第1~7発明のいずれかに記載の軸受用鋼で構成したものであり,「起
動輪及び転動体の少なくとも一つ」が少なくとも本件第1発明及び本件第2発明の
軸受用鋼のうちいずれか1つで構成されている。そして,取消事由1,2及び3
の(1)で指摘したように,本件第1発明及び第2発明が刊行物1に記載された発明で
あるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明を
することができたものであるとの認定には誤りが存在するので,たとえ軌道輪及び
転動体が転がり軸受を構成する部材であることは周知であっても,本件第9発明が
刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた
ものであるとの認定は誤りである。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1について
 (1) 決定で採用した刊行物1の図10の上段左の認定の誤りについて
 原告は,「刊行物1の図10の上段左にあっては,本件発明が目的にしている軸
受の転がり疲れ寿命(L10寿命)の向上とは何らその関係が示されていないから,
決定で採用した刊行物1の図10の上段左の認定,つまり決定における新規性又は
進歩性の有無の判断の根拠として「刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラ
フを参照」したことに誤りがある。」と主張する。
 しかしながら,原告も,刊行物1の記載に関して,「種々の製鋼法の違いにもか
かわらず,軸受の転がり疲れ寿命(L10寿命)とRBF試験による疲労限界との間
には相関があり,かつ,完成した軸受を直接試験して転がり疲れ寿命を求めるより
もRBF試験が時間がかからず,低コストであることから,軸受の転がり疲れ寿命
(L10寿命)の評価を,RBF試験による疲労限界の評価に置き換え,軸受の転が
り疲れ寿命をRBF試験によって導かれる疲労限界により間接的に評価している」
(平成15年2月28日付け準備書面3頁)と主張し,また,「図10の上段の図
では,プロセスAは830MPaの疲労限界を持ち,一方プロセスBは750MP
aの疲労限界を持つので,軸受の転がり疲れ寿命(L10寿命)と,RBF試験によ
る疲労限界との間には相関があることを考慮すれば,プロセスAの方がプロセスB
よりも軸受の転がり疲れ寿命が長いと理解される。」(同準備書面4頁)と主張す
るところである。
 そうすると,図10の上段左に図示されたプロセスAは,少なくとも同図右に図
示されたプロセスBよりもL10寿命が長いことが明らかであり,同図上段左のグラ
フが,L10寿命の向上とはその関係が示されていないとする原告の主張は理由がな
く,決定が刊行物1の図10の上段左のグラフを参照した点に誤りはない。
 (2) 刊行物1の図10の上段左の要旨認定の誤りについて
 (2)-1 原告は,被告が決定において,「刊行物1の上段左の介在物分布のグラ
フを参照すると,..平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物を合計して
も,1cm2
当たり0.1個未満,すなわち,20cm2
当たり2個未満しか存在し
ない場合がある」と認定したのは誤りであり,プロセスAの断面の酸化物系介在物
の平均的直径においても,16μmを超える直径の酸化物系介在物は0個であると
断言できず,また,15~16μmの介在物数は,1cm2
当たり0.1個未満とす
ることも妥当ではないので,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物を合計
した場合に1cm2
当たり0.1個未満になるとは限らない旨主張する。
 (2)-2 図10の上段のグラフは,断面の酸化物系介在物の最大断面直径分布の
グラフ,下段のグラフは,割れ目発端の酸化物系介在物の最大断面直径分布のグラ
フを表している。
 そして,上段のグラフは,試験片の任意のポリッシング面を観察した酸化物系介
在物の直径分布を示すのに対し,下段のグラフは転がり疲れ寿命(L10寿命)と相
関のあるRBF試験において破断起点となった断面に存在する破断原因となった酸
化物系介在物の直径分布を示すものとされている。
 そうすると,上段のグラフにおいては,ポリッシング面,すなわち観察面の取り
方によっては,ストレスがかかる部分に存在する最も有害な酸化物系介在物を見落
とすことも充分に考えられるのに対し,下段のグラフにおいては実際に破断起点と
なった断面に存在する酸化物系介在物の最大断面直径分布を表しており,かつ,軸
受鋼では,疲れき裂は,ストレスがかかっている部分に存在する最も有害な介在物
に起因して起こる(被告が主張するところであり,この点について原告も争ってい
ない。)のであるから,下段のグラフは,正に軸受鋼のストレスがかかる部分に含
まれる最も有害な酸化物系介在物の最大直径分布を示していることになる。
 ところで,「材質上軸受寿命に最も悪影響を持つと考えられるのは酸化物系の介
在物で,特に所定粒径(30μm,10μm,8μm)以上の介在物である。」と
の点が周知事項であることについては,被告準備書面の(A-2)として主張され
ているところである。被告がその根拠として挙げる文献(乙第1号証=「改訂3版
金属便覧」(丸善・昭和53年9月20日第4刷発行)471頁,534~540
頁,乙第2号証=「電気製鋼」46巻3号(電気製鋼研究会・昭和50年7月発
行)210~215頁,乙第3号証=特開昭63-62847号公報)において,
ある境界粒径以上の介在物が寿命に最も悪影響を与えるという点では一致してお
り,各文献における境界粒径の相違は,どの程度の寿命を閾値とするかによって,
当然に変動するものであることは当業者であれば容易に理解し得るものであるか
ら,「特に所定粒径以上の介在物が寿命に最も悪影響を持つ」ことも,周知事項で
あると認められる。
 (2)-3 してみれば,図10の下段のグラフにおける最も有害な酸化物系介在物
の最大直径分布は,ストレスがかかる部分に存在する最も大きな酸化物系介在物の
最大直径分布を表していることになる。
 ここで,図10の上段左のグラフと下段左のグラフとは,ともにプロセスAによ
って製造された軸受鋼にかかるものであることから,統計的には同一材質のもので
あり,図10の上段左のグラフにおいては,光顕観察によって見落とされた可能性
のある,ストレスがかかる部分に存在する最も大きな酸化物系介在物についても,
同図下段のグラフにおいては,理論的には見落としなく発見されていることにな
る。そのような図10の下段左のグラフにおいて,16μmを超える介在物が0で
あるということは,そのような寸法の介在物が試験対象の軸受鋼にもともと存在し
なかったことを表しているのであるから,図10の上段左に示された光顕観察にお
いても観察されないことは当然であり,上段左のグラフにおいて16μmを超える
寸法のグラフが表示されていないことは,観察面の取り方等によって見落とされた
結果でも,0.1個未満でもなく,文字どおり0個であったと解釈するのが合理的
である。
 (2)-4 原告は,図10の上下段のグラフは,酸化物系介在物の抽出方法が異な
る条件から導かれたものであるから,両者の比較自体,意味をなさず,また同列に
扱うことはできないと主張するが,上述のとおり,上段左のグラフにおける光顕観
察によって見落とされる可能性のある最も有害な酸化物系介在物について,下段左
のグラフにおいては漏れなく観察されると考えるのが合理的であるから,酸化物系
介在物の抽出方法が異なることことだけから,両者の比較が無意味であるとはいえ
ない。
 このことは,上段のグラフにおいて観察されていない粒径の酸化物系介在物が,
下段のグラフにおいて,割れ目発端の破断原因と考えられる酸化物系介在物として
記録されていることからも,妥当であると考えられ,図10の左側に示されたプロ
セスAのグラフのみならず,同図右側に示されたプロセスBにおいても,上下段の
グラフで,プロセスAと同様の傾向が見て取れることからも明らかである。
 (2)-5 そうすると,本件第1発明が個数限定対象とする15μm以上30μm
以下の酸化物系介在物について,16μm以上30μm以下の部分については,0
個とすることが妥当と考えられる。残る15μm以上16μm以下については,図
10の上段左のグラフの右端部分に相当するが,同グラフにおいて棒グラフ成分の
表示がなく,高々1cm2
当たり0.1個以下であることが明らかであるから,1c
m2
当たりの数を20cm2
当たりに拡大するために20倍して,結局,刊行物1の
図10の上段左のグラフに示されたプロセスAによる軸受鋼は,15μm以上30
μm以下の酸化物系介在物を20cm2
当たり高々2個以下のものを含むものと理解
するのが相当である。
 これと同旨の決定の認定判断に誤りはない。
 2 取消事由2について
 (1) 本件第1発明と刊行物1の同一性の認定の誤りについて
 (1)-1 本件第1発明と刊行物1の一致点についての認定の誤りについて
 決定が,本件第1発明と刊行物1に記載された発明を対比して,両者は「平均粒
子径15μm以上の酸化物系介在物が少ない軸受用鋼」である点で一致するとした
点について,原告は独自の計算によって,15~30μmの介在物範囲に存在する
介在物数は20cm2
当たり30個未満であると認められる場合もあるから,決定に
対してその比が15倍もあるので,決定における「一致し」なる認定は誤りである
と主張している。
 しかしながら,15~30μmの酸化物系介在物数が20cm2
当たり2個以下で
あるとした決定の認定に誤りがないことは,上記1の(2)において説示したとおりで
あるから,原告の上記主張は採用できず,決定における認定に誤りはない。
 (1)-2 本件第1発明と刊行物1の相違点についての認定の誤りについて
 (1)-2-1 決定が,「本件第1発明が,「平均粒子径15μm以上30μm以
下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3
)当たり10個以下である」のに対
し,刊行物1に記載された発明は,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物
が20cm2
当たり2個未満である点で一応相違する。」と認定したことに対し,原
告は,独自の計算法によって,刊行物1に記載された発明における平均粒子径15
μm以上30μm以下の介在物の個数を20cm2
当たり「30個未満」と認定した
結果,決定の認定は誤りである旨主張するが,まず,刊行物1に記載された発明に
関する単位面積当たりの15μm以上30μm以下の介在物数に関する上記原告の
計算法が誤りであり,決定による計算法が正しいことは,上記(1)-1においても繰
り返したとおりである。
 ただし,本件第1発明が酸化物系介在物の存在率を単位体積当たりの個数(体積
法)で規定しているのに対し,刊行物1が同存在率を単位面積当たりの個数(面積
法)で規定している点の相違に関しては,原,被告の間で争いはない。
 (1)-2-2 ここで,決定が引用した参考資料(本訴甲第6号証)は,刊行物1
に記載された所定断面積(被検面積)における介在物分布の二次元的観測がいかな
る体積(被検領域)の三次元的観測に相当するかを算出するための算出方法に関し
て引用したものであって,その算出方法は,それが記載された文献の発行時期によ
って変化しないし,また,その方法が適用される事項の意味内容を変化させるわけ
でもないから,参考資料の発行日が本件特許の出願日より後であることをもって,
決定の認定に誤りがあるということはできない。
 また,この参考資料には,「...推定方法として二次元的介在物検査を基にし
た現実的で簡便な推定方法を提案する」と記載されているのみであって,両検査の
間の優劣や推定方法の取扱いに関する注意などに関して具体的記載や示唆があると
は認められない。
 (1)-2-3 原告は,参考資料で提案されている平面を立体化する考え方に沿っ
て,刊行物1の図10で観察された酸化物系介在物の,平面を立体化するための仮
想的厚さを算出したところ,その厚さhは,0.63μmとなるから,被検領域は
1.26mm3
となり,同厚さを,刊行物1の図10で観察された粒径の上限である
15μm(0.015mm)とし,被検領域を30mm3
と算出,認定した決定は誤
りであると主張する。
 平成15年6月16日付け原告技術説明書に添付された参考資料(甲第6号証の
参考資料と同じ書物)の234~235頁及び240~241頁には,以下の記載
がある。
「以下に極値統計を利用した介在物評価法の手順を示す。
(1)試料から主応力方向に垂直な面を切り出す。...
(2)検査基準面積S0を決める。普通,検査基準面積S0は顕微鏡写真やビデオカ
メラの1視野に取るとよい。検査はS0中で最大の面積を占める介在物を選び,最
大介在物の面積の平方根√areamax(μm)を測定する。この測定を検査部分が
重複しないようにn回繰り返し行う。図A1.1には√areamaxの検査例を示し
ている。
(3)測定したn個の√areamaxを小さいものから順に並べ直し,それぞれ√a
reamax,j(j=1~n)とする。すなわち,式(A1.1)となるように並べ直
す。
√areamax,1≦√areamax,2≦..≦√areamax,n(A1.1)
(以上,234頁)
 図A3.1(a)に示す検査基準面積S0(mm2
)の介在物検査は,平面に厚さ
h(mm)を付けて考えることにより図A3.1(b)に示す検査基準体積V0
(=h・S0)(mm3
)を対象にした三次元的検査と考える。具体的な手順は以下
のとおりである。
(1)平面を立体化するための仮想的な厚さh(mm)としては,測定した√ar
eamax,jの平均値を丸めて使うとよい。ここで,hの単位を(mm)とすることに
注意しなくてはいけない。
       h=Σ√areamax,j/n     (A3.1)
(2)検査基準体積V0(mm3
)を計算する。
       V0=h・S0            (A3.2)
 ここで,S0は2次元検査基準面積(mm2
),hは(1)で計算した厚さであ
る。
(3)予測を行う体積V(mm3
)を計算する。計算方法は第A4章による。
(4)...以下略
(以上,240頁)」
 ここで重要なのは,上記摘記部分における「n」は,被検領域を検査基準面積で
割った検査回数であるとともに,各回検査によって測定した√areamaxの個数で
もあるということである。
 そして,n個の√areamaxの和をnで除算するということは,測定した各√a
reamaxの平均値を計算していることにほかならない。
 一方,原告の主張は,刊行物1の被検面積20cm2
(=2000mm2
)を10
0倍の顕微鏡の1視野面積である0.482mm2
で除算した4150回をnの値と
して採用し,
 h=Σ√areamax,j/n=2611μm未満/4150回
  =0.63μm未満
とするものである。
 しかしながら,上記参考資料記載の手順では,√areamax,jの総和Σをnで除
算して平均値が算出される以上,検査回数と同じ数の介在物データが得られている
ことが前提となっている。
 平成15年2月28日付け原告準備書面29頁に「1.図10の上段左のプロセ
スAのデータ解析」と表題した一覧表があるので,この表の値に従って,1~7μ
mに至る介在物数を合算してみると,
 230+194+128+72+12+14=650個
となる。
 原告主張のとおり,値が図示されない範囲についても0.1個/cm2
まで介在物
が存在するとしても,上記値650に,0.1×20×24=48を足した698
個となるにすぎない。原告の計算は,高々698個の平均値を算出するのに415
0で除算しており,無意味である。
 そもそも,刊行物1の図10の左上のグラフを見ると,同グラフ上で介在物の存
在が図示される介在物の最大断面直径分布の最小値は1~2μmの部分であり,か
つこの部分のグラフが存在数の最大値を示すとともに,2~3μm,3~4μm,
4~5μmの順でグラフが低くなっていることからすると,介在物の最大断面直径
の平均直径は,グラフの存在する1~7μmの間のいずれかの値となるであろうこ
とが自ずと明らかである。
 他方,被告は,測定対象範囲である直径15μm以上30μm以下なる範囲の下
限値15μmをもって,仮想的な厚さとしているが,原告が平成15年6月16日
付け技術説明書において主張するとおり,仮想的な厚さが介在物直径によって変化
し,また,平面的観察においては常に最大直径以下の断面が観察されることからし
て,仮想的厚さを測定対象範囲の直径の下限値とすることにも,合理的理由は見い
だせない。
 そこで,原告が算出した「1.図10の上段左のプロセスAのデータ解析」に記
載された数値に基づいて,上記参考資料に開示された計算方法に則り,改めて√a
reamax,jの総和Σをnで除算して平均値を算出してみると,
 h=2611μm/698=3.74μm
となり,被検領域は,20×102
×0.00374=7.48mm3
となって,本
件第1発明の100mm3
と比較して,その7.48%に相当することになる。
 このことと,上記1の(2)で説示した,「刊行物1の図10の上段左のグラフに示
されたプロセスAによる軸受鋼は,15μm以上30μm以下の酸化物系介在物を
20cm2
当たり高々2個以下含むものである」との判断結果を併せ考察すると,図
10の上段左に示されたプロセスAによる軸受鋼は,15μm以上30μm以下の
介在物を,100mm3
当たり,高々26.7個未満含むということができる。
 この数値は,本件第1発明の,同介在物を単位体積(100mm3
)当たり10個
以下とする数値と比較して,上限値が若干大きい値となってはいるが,オーダーに
おいて等しい上に,10個以下の範囲において重複するものであり,また,図10
の上段左のグラフの読み取りにおいて,図示されていない値,すなわち0とも把握
できる値を,その最大値をとって算出したものであることを勘案すると,両者の間
の数値の違いを有意なものとすることはできない。
 (1)-3 よって,本件第1発明と刊行物1との間の同一性認定についてした決定
の認定判断に,原告主張の誤りはない。
 (2) 刊行物1と刊行物2とを組み合わせることの容易性の認定の誤りについて
 刊行物2(本訴甲第5号証)には,以下の記載がある。
「....酸化物系介在物を減少すると同時に,大きさを細かくすることが重要で
ある。すなわち,SUJ3(判決注:刊行物2の研究で用いた材料鋼種の1種)の
転動疲労寿命に対しては大型酸化物系介在物が有害で,ある程度以下のものではそ
れ程有害ではないといわれている。この臨界寸法がどの程度かについては種々の意
見があるが5~10μ位のものと考えられる。そこで,大きさの変化を調べるた
め,光学顕微鏡により酸化物系介在物の大きさの分布を調べた。その結果をTable6
に示す....一方,組成の変化についても調べた。ただし,本試料中の酸化物系
介在物はほとんど10μ以下であるため,EPMAによる定量分析が困難であり定
性分析のみ行い,....」(289頁)
 そして,Table6には,SUJ3の酸化物系介在物の寸法分布の調査表が示され,
酸化物系介在物の直径は,「2μを超え4μ以下」から「12μを超え14μ以
下」に至る6欄が設けられ,試料J-4の「8μを超え10μ以下」が0であっ
て,同試料の「10μを超え12μ以下」が0.8であるのを唯一の例外として,
100mm2
当たりの酸化物系介在物の個数は,直径が小さいものほど多く,直径区
分が大きくなるに従って個数が減少している傾向が認められ,J-1とJ-2は
「12μを超え14μ以下」の欄が,また,J-3は「8μを超え10μ以下」以
上の3欄が,それぞれ0個となっている。
 以上によれば,大型のものが有害とされている酸化物系介在物について,Table6
に14μを超える直径の酸化物系介在物の調査欄が設けられていない理由は,14
μを超える直径の酸化物系介在物については,調査の結果,いずれの試料について
も0個であったためと解釈するのが,自然である。
 刊行物2には,SUJ3の転動疲労寿命に関して,上記のとおり,「大型酸化物
系介在物が有害で,ある程度以下のものではそれ程有害ではないといわれている。
この臨界寸法がどの程度かについては種々の意見があるが5~10μ位のものと考
えられる。」との記載があるから,その上限である10μを超える15μm以上の
介在物はできるだけ少ない方がよいのは当業者にとって当然の事理であると認めら
れる。「平均粒子径15μm以上の介在物はできるだけ少ない方がよいことは明ら
か」とした決定の判断に誤りはない。
 したがって,「本件第1発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものである。」とした決定の判断の誤りに関
する原告の主張はいずれも理由がなく,決定のこの判断に誤りはない。
 3 取消事由3について
 (1) 本件第2発明の新規性,進歩性の認定の誤りについて
 この点に関する原告の主張は,概ね本件第1発明についてされた取消事由1及び
2と軌を一にするものであるが,本件第2発明は,本件第1発明とで,個数限定す
る酸化物系介在物の平均粒子径範囲が相違しているので,この点について以下判断
する。
 刊行物1の図10の上段左のグラフを参照すると,10~15μmの部分にグラ
フの表示はなく,1cm2
当たりの存在個数は0.1個未満であることが認められ
る。原告の主張を最大限に取り入れて,10~15μmの各1μm幅の部分に0.
1個/cm2
の酸化物系介在物が存在すると仮定しても,20cm2
当たりの酸化物
系介在物は高々合計10個未満となる。そして,前記参考資料により,平面法を立
体法に換算した結果,刊行物1の図10上段左のグラフに示された20cm2
当たり
の検査結果は,7.48mm3
当たりの被検領域に相当することは,前記2(取消事
由2についての判断の項)の(1)-2-3において説示したとおりであるから,10
×100/7.48=133.7個未満/mm3
となる。この数値の上限値は,本件
第2発明の上限値より約1.3倍大きな数値であるが,100個未満の部分におい
て本件第2発明と一致するとともに,算定するに際して,グラフ未表示,すなわち
0とも解釈できるものを,10~15μmのすべての範囲において,0.1個の存
在を仮定したものである点を考慮すると,有意な差異とすることはできない。
 よって,本件第2発明について新規性,進歩性を否定した決定の認定判断に誤り
があるということはできない。
 (2) 本件第3発明の新規性,進歩性の誤りについて
 本件第3発明に関する原告の主張は,本件第1発明に新規性又は進歩性があるこ
とを前提にするものであるが,本件第1発明に新規性及び進歩性がないとした決定
の認定判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2において説示のとおりで
ある。本件第3発明に関する原告の主張は理由がない。
 (3) 本件第4発明の新規性,進歩性の認定の誤りについて
 本件第4発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性
があることを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性
がないとした決定の認定判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並び
に上記(1)に説示のとおりである。本件第4発明に関する原告の主張は理由がない。
 (4) 本件第5発明の新規性,進歩性の認定の誤りについて
 本件第5発明に関する原告の主張は,本件第2発明が,新規性及び進歩性を有す
るものであることを前提にするものであるが,本件第2発明に新規性及び進歩性が
ないとした決定の認定判断に原告主張の誤りのないことは,上記(1)で説示のとおり
である。本件第5発明に関する原告の理由がない。
 (5) 本件第6発明の新規性,進歩性の認定の誤りについて
 本件第6発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明が,新規性及び進歩
性を有するものであることを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新
規性及び進歩性がないとした決定の認定判断に原告主張の誤りがないことは,上記
1及び2,並びに上記(1)に説示のとおりである。本件第6発明に関する原告の主張
は理由がない。
 (6) 本件第7発明の進歩性の認定の誤りについて
 本件第7発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明が進歩性を有するこ
とを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性がないと
した決定の認定判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並びに上記(1)
に説示のとおりである。本件第7発明に関する原告の主張は理由がない。
 (7) 本件第8発明の進歩性の認定の誤りについて
 本件第8発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性
があることを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性
がないとした決定の判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並びに上
記(1)に説示のとおりである。本件第8発明に関する原告の主張は理由がない。
 (8) 本件第9発明の進歩性の認定の誤りについて
 本件第9発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性
があることを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性
がないとした決定の判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並びに上
記(1)に説示のとおりである。本件第9発明に関する原告の主張は理由がない。
第5 結論
 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
         裁判長裁判官塚   原   朋   一
            裁判官塩   月   秀   平
裁判官髙   野   輝   久

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