弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 <要旨>本件控訴の趣意は、弁護人虎頭昭夫、同伊達秋雄、同小谷野三郎、同中村
巌、同鳥越溥、同的場徹、同築地伸之共同作成名義の控訴趣意書に記載され
たとおりであり、これに対する答弁は、検察官窪田四郎作成名義の答弁書に記載さ
れたとおりであるから、これらを引用する。
 「公然性」に関する事実誤認及び法令適用の誤りの主張について
 所論は、要するに、原判決が、被告人から静岡県教育委員会委員長ほか二か所に
郵送された、Aの名誉を毀損する投書は、約二〇名という多数人に、その内容を閲
読もしくは聞知されたのみならず、さらに広範囲の者に伝播する可能性があつたか
ら、右投書による名誉毀損は「公然性」を有する旨を認定判示したことに対し、右
判決は、単に「約二〇名」という人数に目を奪われ、被告人の投書の動機、投書先
の公的調査機関としての立場、伝播可能性がなかつたこと等についての事実を誤認
し、ひいて法令の適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすこと
が明らかである、と言うものである。
 そこで、まず、原判決の認定した罪となるべき事実を見ると、その要旨は、被告
人が、静岡県立B学校C担当教諭Aの名誉を段損しようと企て、昭和五四年一〇月
一七日ころ、下田市内の自宅において、B在学中の生徒の父兄を装い、その事実が
ないのに、「CのA先生が市内にあるDの売春事件の時にサウナにいる現場を見つ
かつて書類送検された。先生は免職にならず平気で授業をしている。学校の先生が
売春を目的でそのような場所に行くなんて本当に腹が立ちます。」等と虚偽の事実
を記載した手紙三通を作成し、封書にしたうえで郵便ポストに投函し、そのころ、
これを静岡市内の静岡県教育委員会ほか二か所に配達させて同教育委員会職員ら多
数の者に閲読もしくはその内容を聞知させ、もつてAの名誉を毀損した、というも
のである。
 そこで、原審記録を調査し、右投書に至る経緯、その郵送先における閲読、聞知
の状況等について検討すると、以下の事実を認めることができる。
 (一) 被告人は、Bを卒業した後、父親の経営する株式会社E(雑貨卸商)の
専務取締役として働くとともに、Fと称して、子女に英語及ひ柔道を教え、また、
昭和五一年六月からは、下田市市議会議員の職にあるものであるが、B在学中、同
校G部に所属したことから、同部の先輩部員であつたA(本件当時、BのC担当の
教諭)と知り合い、右市議会議員選挙の折には、その応援を得ている。しかし、そ
の後Aが会長、被告人が副会長となつて結成したBG部のOB会による楽器の購入
等をめぐつて、両者の間は疎遠となり、同五四年七月初旬ころから、被告人は、A
に悪感情さえ抱くようになつていた。
 (二) 同年九月中旬ころ、下田市内の「D」が売春防止法違反容疑で警察の取
締りを受け、同事件は地元紙に報道されたが、他方、Aは、従前Bの同僚あるいは
友人に対し、外国製のポルノ雑誌やブルーフイルムを見せたり、トルコ風呂の体験
談を話したりなどし、同校生徒に対しても、これに類する話をしたことから、同年
九月二〇日ごろ、B三年生男子生徒一一名位に対するCの授業中に、生徒から、右
「D」の取締りとの関連について質問を受けるに至つたが、Aは、これを否定する
ことなく、かえつて、同所で逮捕されたかのような口吻を示し、かつ、今後書類送
検されるのではないかとの趣旨の答えをしたため、これを聞いた生徒らに、Aが、
「D」の取締りの際、客として居合わせ、取調べのうえ書類送検されるのではない
かとの疑いを生じさせることとなつた。
 (三) Aが、右取締りに関連して警察の取調べを受けたことはなかつたにもか
かわらず、右問答は、同人の前示のような日頃の言動と相俟つて、B生徒の間に、
Aが「D」の取締りの際に、客として居合わせ、書類送検されたとの噂(以下本件
噂と言う。)となつて広がり、間もなく、B二年生でG部に所属するH及びIの両
名は、本件噂を、同級生から聞き及ぶに至つた。
 (四) 同年一〇月中旬ころ、被告人は、下田市内の軽C愛好者で結成されてい
るCバンドの練習が、同市須原の公民館において行われた際、同バンドのメンバー
として加わつていた右H及びJから、本件噂を聞き知り、同人らに、その話は本当
かと問い質したところ、Hは、本当らしいよ、三年生が授業中A先生から、「困つ
たことになつた、Dの売春事件で調べられた。」と聞いたと言つているから、との
趣旨を答えた。これを聞いた被告人は、過去にAから聞き及んだトルコ風呂の体験
談等の言動に徴し、本件噂にかかる事実は間違いないと思い込むに至つた。そこ
で、被告人は、この際、右事実をAの監督者的立場にある者に知らせ、同人に対
し、何らかの懲戒、配置換え等の措置をとらせて、かねての怨みを晴らそうと考
え、静岡県教育委員会委員長(以下教育委員長と言う。)、B校長及びBPTA会
長に対して、投書の形で本件噂を知らせることとした。そこで被告人は、同月一七
日ころ、B在学生の母親を仮装してJ(ただし、B校長あての分はJの姓のみ。)
の偽名を用い、Aが前記「D」の取締りに関連して書類送検された旨聞き及んだと
し、暗に同人に対する懲戒ないしは配置換えを望む趣旨の投書(以下本件投書と言
う。)三通を作成し、それぞれの宛名を右三名としたうえ、翌日これを投函して郵
送した(ちなみに、本件投書に及んだほかには、被告人において、本件噂を他に洩
らした形跡はない。)。
 (五) 教育委員長あての本件投書は、同月二二日ころ、静岡県教育委員会に配
達されたが、同委員会企画調整課主幹K1において、これを取り扱うべき所管課を
決定すべく開封し、直ちに同委員会高校教育課に回付した。同課において人事管理
を担当する五名の管理主事(以下人事係と言う。)及び同課人事担当のK2課長補
佐の間で、これを回覧したが、人事係の責任者的立場にあつた主幹兼管理主事K3
は、その内容が真実であれば、何らかの処分を考えざるを得ないところから、K2
課長補佐の指示に基き、事実調査を行なうべく、電話により、LB校長に対し、調
査方を依頼するとともに、人事係のK4管理主事に対し、警察へ問い合わせて事実
の有無を確認するよう命じた。同管理主事は、従前、生徒指導を担当していた関係
上知り合つていた静岡県警察本部監察官M1に対し、情を打ち明けて調査方を依頼
したが、同人から事実無根である旨の回答を得、K3主幹に対し、これを報告し
た。その後、K3主幹は、L校長から、Aに対する事情聴取の結果、同人は、本件
投書にかかる事実を全面的に否定し、投書の差出人に対する告訴も辞さないと言つ
ている等の電話連絡を受け、また、そのころ改めて同校長から、右事実は虚偽であ
るとの報告を受けたことから、同年一一月初旬には、本件投書にかかる事実は虚偽
であると判断し、上司にその旨を報告して、調査を打ち切ることとした。なお、本
件投書は、その間、同課課長K6までは閲覧に供されたが、その他の上司には閲
覧、結果報告等の措置はなされず、その後、K3主幹において、これを保管するこ
ととした。そして、本件投書を閲覧した右各職員は、自らが、地方公務員であるの
みならず、人事を担当する者であることから、人事に関係する本件投書について、
その内容を他に洩らすことは一切しておらず、同人ら及ひ前記M1監察官から、他
にその内容が伝えられた形跡はない。また、右高校教育課には、人事係のほか指導
担当係及び庶務係の職員が同一の部屋に配置されているが、係毎に机をかためて執
務しており、人事係の管理主事らは、前示本件投書の回覧の際には、手渡しでこれ
を行い、処理上協議を必要とするときには別室で行なうなど秘密の保持に配慮して
いる。
 (六) 次に、B校長あての本件投書は、同年一〇月二〇日ころBに到着した
が、これを披見したL校長は、投書にかかる事実が真実であれば、教師として許さ
れないことであり、県教育委員会に対して報告しなければならないが、そのために
は、まず事実を明らかにする必要があると考え、即日、本件投書を同校教頭Nに閲
覧させたうえで、投書の差出人を捜し出すよう命じた。同人は、関係帳簿に当たつ
たが、該当者を見出せず、その旨をL校長に報告した。他方、そのころ同校長は、
同校生徒指導主事(生徒課長とも言う。)Oにも本件投書を閲読させ、事実の有無
を調査するよう命じた。同人は、職掌柄知り合いの間柄である下田警察署のM2防
犯少年課長及びM3警備課長を訪ね、「D」の取締りの件で投書のあつたことを告
げ、その検挙者の中にB関係者がいなかつたか否かを問い質し、両名から、その事
実はない旨の回答を得た。なおO生徒課長は、本件投書についての調査のため、同
投書の存在及び内容に触れることなく、B生徒の父兄のうち親しくしている者三名
に電話をして、最近Bについて変つたことを聞いていないかと尋ねたところ、その
うちの一名の母親から、子供がA先生について悪い噂を聞いているようだとの話を
聞かされた。そこで、O生徒課長は、同月二二、三日ころ、右調査結果を、L校長
に報告した。
 L校長は、右各報告を受けた後、A本人を呼び、投書にかかる事実の有無を確め
たが、同人は、そのような事実はないと強く否定した。しかし、なお念のため、L
校長は、自らM2防犯少年課長に電話をして、A教諭について、本件投書にかかる
事実のないことを改めて確認した。その後、同校長は、前示のとおり、直接K3主
幹に対して右調査結果を報告したが、そのころ、本件噂を聞き知つた、同校のP教
諭及びQ教務主任から、これについて問われた際、本件投書を見せて、その差出人
に心当たりはないかと尋ねている(Q教務主任については、証拠上直接的にはその
経緯が明らかではないが、関係証拠を対比すると、P教諭の場合と同様であると認
めるのが相当である。)。
 (七) BPTA会長のR1は、Bの前身S学校の卒業生であり、下田市内に住
み、自宅隣りに医院を開業して、看護婦六名、事務職員二、三名を使用している医
師であるが、同月二〇日ごろ、同人あてに郵送、されてきた本件投書を披見したと
ころ、その内容に照らして、本件投書は、同人のBPTA会長としての立場にあて
られたものと考えられたことから、後日学校側と事実の有無の調査について打ち合
わせるべく、一応、自宅食堂にある同人用の状差しに入れておいた。そのころ、同
人は、自宅食堂において、同席している同人の母R2、妻R3及び二女R4に本件
投書を見せ、また、同人らがこれを話題にしていた際、かねてR1会長の別荘に無
償で居住し、屡々同会長宅に出入りして懇意にしていたB教諭のTが訪れてきた
が、同会長は、事実の有無を確認すべく、Tに本件投書を閲読させたが、前示のと
おり、本件投書については、学校側と打合せのうえ、処置しようと考えていたこと
や、その内容がBに不名誉なことでもあつたことから、看護婦その他に本件投書を
見せ、あるいはこれに関する話をしたことはない。また、同会長の家族らにおいて
も、同様これを他に洩らした形跡は見受けられない。もつとも、右Tは、その後、
同僚のUに右投書の件を話している(ただし、Uの証人尋問調書によれば、同人
は、Tから、初めてこの話を聞いた旨述へているが、右話の内容は、本件投書の内
容と異なつた、独自のものを含んでおり、他の関係証拠と対比すると、最初には、
他から、流布されているうちに変形した本件噂を聞き及んだのではないかとの疑い
を拭い得ない。)。
 そして、R1会長は、右投書受領後間もなく、自宅を訪ねて来たL校長に対し、
本件投書の件を相談したが、同校長の許にも同種の投書が来ており、既に事実調査
を始めていることを聞いたこともあつて、問題の処理を同校長に任せることとし、
本件投書を手渡した。同校長は、右R1会長宛の本件投書を、自己あての分ととも
に保管しておいた。
 (八) 他方、Aは、前示のとおりL校長から事情聴取を受けた後、B職員室に
おいて、投書が来て迷惑しているなどと同僚にこぼしたこともあつたが、本件投書
の筆跡から差出人を確認しようと考え、その複写方を同校長に懇請して、本件投書
のコピーを入手した。その後、Aは、本件投書のコピーを持つて、被告人との共通
の友人であるVを訪ね、右コピーを見せ、その筆跡が被告人のものであることを確
認させるなどしている。また、そのころ、Aは、B男子生徒一三名位の前で、自ら
本件投書のあつたこと及び投書にかかる事実のないことを明言して、前言を取り消
した。
 (九) なお、BW部の生徒の暴力事件に関連して、同年一〇月末ころ、父兄一
二、三名を集めて会が開かれ、席上、W部監督をしていた前示Tらが、生徒の行動
について注意したところ、父兄の一人から、生徒も生徒だが、Bの先生にもサウナ
に行つて書類送検された者がいるではないか、そのような先生の許では、生徒は良
くなりつこないとの趣旨の発言があり、出席者の殆んどが、笑つて、これに相槌を
打つたことがあつた。
 以上のような事実関係の下で、被告人の本件投書による所為が公然性を有するも
のか否かについて、以下検討する。
 1 およそ名誉毀損罪における公然とは、不特定又は多数の人が認識することが
できる状態を言うのであるから、人の名誉を毀損するに足りる事項を記載した文書
が、直接には、それ自体で多数とは言い得ない特定人に対して郵送された場合にあ
つては、法の趣旨に従い、当該文書の性質、内容、相手方との関連、その他具体的
諸事情を総合して、社会通念により、その記載内容が不特定又は多数の人に伝播す
る虞れが有るか否かを検討し、これが認められないときは、当該所為の公然性はこ
れを否定すべきものである。
 これを本件について見るに、本件投書に及んだ被告人の主観的意図は、投書にか
かる事実を、広く社会的に流布しようとするものではなく、前示のとおり、Aに対
する懲戒ないしは配置換え等の実現を図ることにあつたものであるが、その手段が
投書である以上、公然性を判断するには、投書の内容、名宛人の立場等を総合的に
考察して、他へ伝播する虞れがあつたか否かを決定する必要があるものと言わなけ
ればならない。
 2 そこで、まず、本件投書の内容を、更に仔細に吟味すると、その前半部分
は、本件噂と同一の事実を、投書者の娘が学校で聞いてきた話として取り上げたう
え、Aが免職になつていないのに驚いたなどとの投書者の感想を記し、その後半部
分においては、強く、問題の解決と再発防止策とを求めていることが明らかであ
る。従つて、本件投書は、投書者において、右事実を真実であると信じたことを前
提として、投書者の意見が述へられているが、これを客観的に観察するときには、
当該事実に関し、学校でそのような話があつたとして取り上げたものに過ぎないこ
とが明らかに看取され、読者をして、直ちにはこれを真実と信じさせうる体のもの
ではない(原判示本件投書の内容中、当該事実についての判示は、以上の意味にお
いて、不正確との譲りを免れ難い。)。
 3 そして、本件投書の内容が右のようなものである以上、これが他へ伝播する
虞れがあるか否かは、名宛人の立場いかんとも関連するところであるから、次に、
これについて見ることとする。
 「1」 教育委員長関係
 イ 本件投書中、教育委員長にあてられたものは、前示のとおり、教育委員会事
務局の所管課において処理されているところ、教育委員会は、委員五人によつて組
織される合議体であつて、その権限の中には、所管に属する高等学校教員の任免そ
の他の人事に関する事項の管理及び執行を含み、教育委員会委員長は、委員会を代
表するものであり(地方教育行政の組織及び運営に関する法律三条本文、二三条三
号、一二条三項)、また、教育委員会事務局は、同委員会の権限に属する事務を処
理すべき補助機構である(同法一八条一項)。
 ところで、本件投書は、教員の人事に関するものであり、事実調査等の事務の処
理に際し、秘密保持を必要とすることは、一見して明らかである。従つて、これを
直接取り扱うべき人事担当の事務局職員は勿論、これが処理される過程において、
当該内容を覚知し得た職員もまた、法律上守秘義務を課せられている(同法一九
条、二二条、地方公務員法三四条一項、六〇条二号)ものと言うべきである。して
みれば、前示のとおり、教育委員長あての本件投書が、限定された同事務局職員数
名によつて閲読されても、それは、一個の組織体内部における事務の処理に伴うも
のであつて、守秘義務を有する同職員らから、当該組織体の外へは勿論、内部の関
係のない、他の職員への伝播の虞れを考えるのは相当ではない。
 以上に関連して、原判決は、本件投書の処理を担当した同事務局高校教育課は、
同一の部屋に、人事係のほか、指導担当係及び庶務係が配置され、常時約三〇名の
職員が勤務し、必要に応じて協議しているとして、伝播する可能性があつたと判示
する。しかし、同一の部屋に配置されている職員が、自己の職務との関連上、秘密
とされるべき事項を聞知した場合には、当該職員もまた、その秘密を守るべき義務
があることは当然であつて、これをもつて伝播可能性の論拠とするには由ないとこ
ろであり、また、本件投書は、関係者の間において、手渡しで回覧され、これに関
する協議も別室でなされるなどの配慮がなされたというのであるから、右事実をも
つて伝播可能性の根拠とはなし難い。
 ロ また、右事務処理の過程において、人事係K4管理主事は、当該事実の有無
に関し、静岡県警察本部M1監察官に対して照会しているが、同監察官は、自己の
警察官としての立場上、教育委員会の事務処理に協力したものであつて、その身
分、事柄の性質にかんがみ、これを他に漏洩する虞れはないと考えるのが相当であ
り、従つてまた、右照会をとらえて、当該事実が伝播したとか伝播する虞れがある
とすることはできない。
 「2」 B校長関係
 イ 本件投書を披見したL校長は、前示のとおり、投書にかかる事実の有無を調
査するため、N教頭及びO生徒課長に対し、これを閲読させたうえ、投書者の割出
し及び警察への問合せを命じている。
 ところで、校長が、事務処理上、どのような事項を教育委員会に報告すべきか
は、当該両組織間において定められるところによるべきことは勿論であるが、本件
投書の内容が真実であれば、懲戒その他の措置を取るべき場合である(K2の証人
尋問調書)というのであるから、所属職員を監督すべき校長の立場(学校教育法五
一条、二八条三項)からすれば、本件投書については、当該事実の有無を調査し、
必要に応じて、これを教育委員会に対して報告すべき義務があると言わなければな
らない。
 してみれば、L校長としては、本件投書について、前示同様守秘義務を有する
(地方教育行政の組織及び運営に関する法律三五条、地方公務員法三四条一項、六
〇条二号)のみならず、本件投書の内容自体、Bにとつて不名誉な事柄である以
上、同校長から不特定又は多数人へ伝播する虞れはないと言うべきである。
 現に、同校長は、前示N教頭らに対する以外には、前示のとおり、本件投書にか
かる事実と同一内容の本件噂を知つていたP教諭らから問われて、始めて差出人の
心当りを尋ねるために本件投書を見せ、これに関する話をしているに過ぎないので
ある。
 ロ 他方、N教頭は、教頭として、校長を補佐し、これに事故があるときは、そ
の職務を代理すべき立場にあつたものであり(学校教育法五一条、二八条四項、五
項)、本件投書の処理に関しては、校長と同じく守秘義務を有することなどからす
れば、同様伝播の虞れはない。また、O生徒課長は、内部組織上、生徒指導に関し
て校長を補佐し、右職務の関係から、平素警察との連絡に当たつていたものであ
り、本件において、L校長から警察への間合せを命じられたことは、右職務に密接
に関連した事項と言うことができる。このような場合において、同生徒課長に職務
上の守秘義務があると解すべきかどうかは暫らく措くとしても、事柄の性質上、本
件投書にかかる事実について秘密を保持すべきものであることは当然の筋合いであ
り、同生徒課長としても、十分にこれを理解していたと言うべく、伝播の虞れはな
い。現に、下田警察署の防犯少年課長及び警備課長に対する間合わせの際にさえ、
Aの氏名を挙げず、単に「D」の取締りの際、検挙者の中にB関係者がいなかつた
かどうかを照会したに止まつており、また、事実調査の過程で接触した父兄に対し
ても、本件投書の内容に触れた発言をしてはいないのである。
 以上によれば、L校長は、事実調査につき、N教頭及びO生徒課長に補佐を命じ
たに過ぎず、同人らから他へ伝播する虞れはなかつたと解するのが相当である。
 ハ 原判決は、本件投書は、L校長を通じてN教頭ら三名に閲読され、Pら二名
の教員及びM2ら警察官二名に、その内容が知らされた旨を判示している。右判示
と前示認定事実とを対比すれば、右のうち、N教頭ら三名とは、N教頭及びO生徒
課長のほかA本人を、Pら二名とは、同人のほかQ教務主任をそれぞれ指すものと
解される。なお、警察関係については、O生徒課長において、A教諭の氏名を明ら
かにすることなく照会したに過ぎないことは前示のとおりであり、L校長におい
て、同教諭の氏名を告げて照会したのはM2防犯少年課長のみである。
 そして、N教頭及びO生徒課長による本件投書の閲読は、前示のとおりであつ
て、他へ伝播する虞れはなく、また、L校長のM2防犯少年課長に対する照会につ
いては、前示M1監察官に対する場合と同様に解すべきであるから、これをもつて
伝播し、あるいは伝播する虞れがあるとすることはできない。次に、A教諭は、本
件投書にかかる事実の対象者本人であるから、事情聴取を受けた際における投書内
容の聞知ないしは閲読をもつて伝播性を論ずるのは相当とは言えない。また、P教
諭及びQ教務主任については、いずれも本件噂を聞知したうえ、L校長へ問い合わ
せたところから、本件投書の差出人を知るべく、これを示したものであり、その
際、投書の内容を閲読し、あるいは当該事実に話が及んだにせよ、本件噂を聞知し
ていることを前提としてなされたものである以上、これをもつて伝播性を云々する
ことは相当ではないと言わなければならない。
 原判決は、また、Bの殆んどの教員において、本件噂を内容とする投書が郵送さ
れてきたことを知つていた旨判示する。しかし、Bの大半の教員において聞知して
いたものとして、原判決が力点を置くところが奈辺にあるのか必ずしも明確ではな
いが、一応、「a」本件投書にかかる事実自体を問題とする場合、「b」本件投書
とともに、当該事実を問題とする場合の両者に分けて考察する。まず「a」につい
ては、たしかに、関係証拠によれば、本件投書にかかる事実(本件噂と同一であ
る。)が流布されたことが認められるが、前記認定の(三)、(四)、(六)中父
兄の話及び(九)の各事実を併せ考えると、右は、A教諭自身の言動に起因するも
のと解するのが相当である。また、「b」については、前記(八)に認定、判示し
たとおり、A教諭自身、B職員室において、投書がきて迷惑しているなどと同僚に
こぼした、というのであり、その際には、本件投書の存在、当該事実、これを否定
する同教諭の言辞の三者が話題となつた(原審証人L、同Oの各証言)のであるか
ら、この三者が一体となつた話として流布されたものと解される。してみれば、右
は、本件投書にかかる事実自体とは、似て非なるものであるから、本件投書と間接
的な関係はあるにせよ、これをもつて、本件投書による伝播とすることはできな
い。以上の次第であつて、本件噂と同一内容の、本件投書にかかる事実が流布され
たからといつて、これを投書に起因して伝播したものと言うことはできない。
 「3」 BPTA会長関係
 イ 本件投書の名宛人の一人であるR1は、下田市内に居住する開業医であり、
Bの前身S学校の出身者でもあつて、昭和四九年四月ころから、引き続きBPTA
会長の地位にあつたものである。
 ところで、PTAの目的とするところは、学校の円滑な運営に寄与し得るよう、
これに協力することにあり、教員の人事とは、何らの関係をも有するものではな
い。しかし、本件投書がBPTA会長にあてて郵送されてきたこと、その内容が前
示のとおりであることを併せて、これを客観的に見れば、本件投書は、PTA会長
の事実上の影響力を利用して、同会長から学校側に対し、懲戒その他何らかの措置
を求めさせるべく意図したものと解することができる。
 このような場合において、教員の人事に関与すべき、何らの権限のないPTAの
会長としては、本件投書にかかる事実の真偽の確認及び真実とすれば、これに対す
る善処方を学校側に委ねるため、校長に対して本件投書を手交しようとするのが一
般である。すなわち、二、三の役員の間にせよ、教員の人事に関する権限のないP
TAとして、その対策を相談することは、通常あり得ないところである。また、右
事実自体不確実であるとともに、これが公になれば、Bの名誉を損するものである
ことからすれば、同会長の立場上、これを他へ口外するとも考え難いところであ
る。現に、同会長の行動が、右と同一の経過を辿つていることは、前示のとおりで
ある。
 ロ もつとも、同会長が自己の家族及びT教諭に対して本件投書を閲読させたこ
とは前示認定のとおりであるが、同会長としては、右イに述べたところを併せ考え
ると、相手が自己の家族ないしは家族同然とも言うべき親交のある者であり、同人
らから他へ洩れることはないとの前提の下に、これを閲読させたと解するのが自然
であり(現に、自己の周囲の看護婦らにさえ、これを閲読させたり、あるいはその
内容を口外してはいない。)、他方、家族としては、みだりに他人に口外するとき
は、PTA会長であるR1を、徒に困惑させるのみならず、問題の処理を困難にさ
せる結果を招くべきことを十分認識していたと解すべく、現に、家族から他へ伝わ
つた形跡はない。
 なお、Tも、同会長から、極秘との暗黙の了解の下に本件投書を見せられたと
し、右閲読の際には、同会長及びその家族らに対し、本件投書にかかる事実は虚偽
であり、A教諭に対する中傷である旨力説したと言うのである(原審証人Tの証
言)から、T教諭から、右事実が他へ伝播するとも、直ちには考え難い(同教諭
は、同僚のUに対して、本件投書の件を話したことが認められることは前示のとお
りであるが、先にも述べたとおり、Uの証人尋問調書によれば、Aが取締りから逃
れて云々との同人との供述内容は、特異な内容であり、本件噂の変形したものと、
T教諭から聞知した投書の件とが混同したうえ、その記憶が構成されたのではない
かと考えられる。してみれば、同教諭から本件投書の件を先に聞知したことの証明
のない以上、Uは、変形したものにせよ、本件投書とは関係なく、本件噂を聞き及
んだのが先ではないかとの疑いを前提として考えざるを得ないところである。以上
の次第であるから、結局、Tとしては、本件噂の変形したもの(それ自体、A教諭
の名誉を毀損する類いのものである点において、本件投書にかかる事実と径庭はな
い。)を聞知したUに対し、右投書の件を話したと解するのが相当であり、これを
もつて、伝播の証左とすることはできない。)。
 4 以上の次第であつて、本件投書の郵送先である教育委員長、B校長、同校P
TA会長の三者については、いずれも、名宛人又は同関係者等一部局限された者か
ら、他へ伝播する虞れはなかつたものと言うべく、これを総合的に考慮しても、二
〇名近くの者が本件投書を閲読ないしはその内容を聞知したとはいえ、如上縷説し
た諸事情を併せ考えると、未だもつて「公然」名誉を毀損したと解することはでき
ない。
 なお、原判決は、本件投書三通について、いずれも親展の記載がなく、また内容
上も他の者の閲読を禁ずる旨の記載がなかつたことをもつて、公然性を認める論拠
の一つとしているが、本件投書の内容、各名宛人の立場が前示のとおりである以
上、親展の記載がないこと等から、直ちに、これが転々すると解することはできな
い。
 また検察官は、被告人が、原審において、事を公にしょうと思い、本件投書に及
んだ旨供述しているとし、他方、投書の形式、内容及び名宛人からすれば、事を公
にする目的であつたことが明らかである旨主張する。
 しかし、被告人の言う「公」ないし「公然化」とは、本件投書によつて、当該事
実が闇に葬られることなく、当局において取り上げられ、もつて、A教諭に対して
懲戒その他の措置に至るべき、調査の端緒としようとしたものであつて、これを社
会的に広める意図ではなかつたとする趣旨に過ぎないことが明らかであり、また、
本件投書の形式、内容及ひ名宛人については、前判示のとおりであるから、所論は
採用し難い。
 5 以上の次第であるから、結局、原判決は、公然性の判断の基礎となるべき事
実を誤認するとともに、刑法二三〇条一項の解釈適用を誤つたものと言わざるを得
ず、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである。従つて、原判決は、そ
の余の控訴趣意について判断するまでもなく、破棄を免れず、論旨は理由がある。
 よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、
同法四〇〇条但書により、被告事件につき、さらに次のとおり判決する。
 本件公訴事実の要旨は、先に摘示した、原判決認定の罪となるべき事実の要旨
中、郵送により、本件投書を閲読、聞知させた者について、「同教育委員会職員ら
多数の者」とあるのを、「同教育委員会職員ら不特定多数の者」とするほか、これ
と同じであるところ、前段説示のとおり、被告人による本件投書の郵送には、公然
性を認めることができないから、犯罪の証明があつたとは言えず、同法三三六条に
より、被告人に対し無罪の言渡しをする。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 裁判官 須藤繁)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛