弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     第一審判決中被告人に関する部分を破棄する。
     被告人を懲役一〇月に処する。
     訴訟費用中
     第一審証人A1、A2、A3、A4、A5、A6、A7、A8、A9、
A10、A11に支給した分、及び当審において証人A11を除くその余の証人に
支給した分は全部被告人単独の負担とし、第一審証人A12、A13、A14、A
15、A16、A17、A18、A19、A20、A21、に支給した分は被告人
及び第一審相被告人B、Cの連帯負担とし、
     第一審証人A22、A23及び国選弁護人高橋武夫に支給した分は被告
人と第一審相被告人Dの連帯負担とする。
     本件公訴事実中昭和二五年広島市条例第三二号集団行進及び集団示威運
動に関する条例違反の点については、被告人を免訴する。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、記録編綴にかかる被告人E竝びに同被告人の弁護人高橋武
夫、椢原隆一名義の各控訴趣意書、弁護人椢原隆一、原田香留夫、荒木宏連名の控
訴趣意補充書(その一、その二)及び検察官合志喜生名義の控訴趣意書記載のとお
りであるから、ここにこれを引用する。
 これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
 一、 被告人本人及び高橋、椢原両弁護人の各控訴趣意並びに椢原弁護人外二名
連名の控訴趣意補充書中、建造物侵入に関する(事実誤認及び法令適用の誤)論旨
について、
 しかしながら、第一審判決挙示の証拠によれば、被告人は第一審判決記載のよう
に、いわゆる失業対策事業の日雇労務者の組合代表者の一人として、他の代表者十
一、二名の者等と共に、昭和二六年一一月末頃より、日雇労務者の越年資金の要求
等について、広島市当局側代表と数回に亘つて交渉を持ち、一二月四日市側代表よ
り、「失業対策事業の性質上、組合側の要求には応じられないが、なお県とも接衝
の上、一二月七日に回答するから、それまで待たれたい」との回答があり、その後
右回答の期日は一二月五日に繰り上げられたのであるが、被告人等組合側は同五日
午前八時半頃より、続々と広島市役所に詰め掛け、同日正午頃までには一、〇〇〇
名にも達する組合労務者が市役所構内空地、庁舎各階の廊下、屋上等に入り込み、
正午頃からは多数の労務者が右廊下や屋上に座り込んで動かず、同市役所の一般執
務に障害を来すような状勢にまで立ち至つたのである。右のような状況の下で、同
日午後四時頃より、右市役所厚生局長室において、組合対市側の交渉が開かれ、市
側を代表する同市助役A8、厚生局長A7、労政課長A3等より、「一二月一〇日
から同月三〇日まで一日三〇円の賃金の歩増を行い、一二月三〇日これを一括して
支払う」旨、組合側の要求の一部を容れた回答がなされたのであるが、被告人等組
合側はこれを不満として当初の要求を繰返し、市側代表者より右回答以上の要求に
は応じ難いから、交渉はこれで打切ると説得に努めたが、被告人等はなお交渉の継
続を要求して動かず、既に市吏員の退庁時刻を経過しているのに、廊下竝びに屋上
に座り込んでいる多数の組合労務者は、一向に退去の様子がなく、一般市吏員の退
庁後まで、そのままの状態に放置するときは、庁舎管理の責任を全うし得ない危険
も感ぜられたので、市側代表者はついに同日午後五時一五分頃、重ねて交渉の打切
を通告すると同時に、五時二〇分までに全員庁舎外に退去せよとのいわゆる退去命
令を発したこと、しかるに被告人等組合側は右通告によつて却つて昂奮し、新たに
当日同市役所に出動した労務者に対する日当の支払を要求し、市側代表者が右要求
について、内部の協議を遂げた上、拒否の回答をなすと共に重ねて退去の要求をな
すや、被告人等代表者の外、附近廊下に座り込んでいた数十名の労務者(第一審証
人A3は約一〇〇人に達したという)までが、「退去命令を出しても、今日の日当
を出して呉れねば帰られないではないか」「帰つても飯櫃は空であるから帰れな
い。」などと口々に叫びながら、厚生局長室になだれ込み、一部の者は机上にも上
り、身動もできないようなすし詰の状態で市側代表者に詰寄り、他方市側代表者と
しては前記回答を繰返す外は、一切沈黙を守り相手にしない態度を採りながら警察
の来援を求め、午後八時頃に至つたことが認められるのである。
 して見れば右のように、越年資金等本来の要求に対する回答や退去命令の後に、
新たに別の要求が提出されたとしても、市側代表者はその双方について回答をなす
と共に、同日の交渉を打切り、早急に退去を要求する態度を堅持していたもので、
すくなくとも当日の日当の要求を拒絶し、さきの退去命令に基いて重ねて退去を要
求した午後六時頃より以降は、交渉は全く決裂の状態にあつたものと認められ、所
論のように一旦なされた交渉打切の通告や退去命令が撤回せられ、警察力の介入の
あるまで、交渉が再開続行せられていたとは到底認め得ないのである。つぎに所論
は右退去命令は、市庁舎の管理者である市長Fの意思に反して発せられたもので、
その方式にも瑕疵があると主張してその効力を争い、或は右不退去は団体交渉権の
範囲内に属する正当行為であると主張して、その違法性を争うのであるが、第一審
判決挙示の証拠によれば、右退去命令は助役A8等が、当日午前中からの情勢によ
り、本件のような事態に立ち至る虞のあることを懸念し、予め右市長の決裁を受
け、発令の時期情勢に関する判断まで一任せられていたものであることが明らかで
あるから、同命令が市長の意思に基くものであることに疑を容れる余地はなく、し
かもそれが権限ある代理者によつて発せられたものであることが明らかである以
上、その方式の如きは問うところではないのである。しかして本件交渉の前記経
緯、ことに当日市役所に集合した組合側労務者の人数とその動静、とくに交渉の打
切や退去命令の通告せられた前後の、被告人等組合側の言動、その時間場所、失業
対策事業における地方公共団体の立場(施行主体は地方公共団体であつても、事業
費はその全部若しくは一部を国庫の補助に仰ぎ、その自主性につき制約がある)な
どを考え合わすと、右交渉に示した市側の態度には、真にやむを得ない正当な理由
があるものとなし得るに反し、被告人等組合側の態度、ことに越年資金等本来の要
求に対する回答や退去命令が通告せられてから後の状況は、もはや正当な団体交渉
の域を逸脱したもので、前記のとおりすくなくとも午後六時頃より以後は、建造物
侵入の罪を構成するものとなさざるを得ないのである。
 弁護人や被告人は、被告人が右のような不退去の所為に出たのは、当時同所に集
つていた一、〇〇〇名に達する労務者の総意により、やむを得なかつたのであると
して、恰かも期待可能性のない行為であるかのように主張するのであるが、被告人
等組合代表者が組合労務者から、そのような事態に追い込まれていたと認め得る措
信すべき証拠もなく、被告人等が組合員に説得慰撫を試みた形跡も全然ないのであ
る。
 以上要するに原判決には所論のような事実誤認もなく、法令適用の誤もない。論
旨は理由がない。
 二、 前同控訴趣意竝びに控訴趣意補充書中暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の
事実に関する(事実誤認)論旨について、
 しかしながら、原判決拳示の証拠によれば、本件暴行及び毀棄は、被告人が役員
をしているG労働者組合の組合員の一部と、その主義主張を同じうする朝鮮人集団
の合流した一六〇名位の集団が、約二粁余の示威行進の後行つたもので、被告人が
右集団の指揮者の有力な一人であつたことに疑はなく、また右集団が赤旗や両端の
尖つた異様な形のプラカードを持ち、掛声を発し気勢を挙げながら、第一審判決記
載の特審局玄関車寄から道路にかけて、一五、六回に亘つて旋回示威を行ない、そ
の間集団先頭のG労働者組合に属するCやB竝びに朝鮮人集団に属するH等が、プ
ラカードや旗竿等により特審局玄関扉等の硝子を叩き割り、また集団中の他の数名
が右硝子に向つて投石してこれを致したり、A17に向つて投石し、或は硝子の破
壊箇所から、玄関内に催涙液入の瓶を投げ入るなど第一審判決第二記載のような所
為に及んだことが明らかであり、しかも右各証拠によると、右のようにプラヵード
や旗竿や投石による玄関硝子の損壊や暴行は、比較的初期の旋回中に行われ、当時
被告人は集団の列中先頭に近い部分に居り、C、B等と相前後して旋回していたの
であるから、被告人がC等の右損壊行為を知らない筈はない(特審局前道路におい
てこれを見分していた者もその破壊音を聞いている。また被告人が一尺余の捧のよ
うな物で玄関硝子を突き毀していたと証言する者さえいる。)にもかかわらず、被
告人は数回旋回の後列外に出て、その後の一〇余回の旋回を指揮し、かつその間特
審局前道路を通過しようとするオート三輪車の運転手等に対し「ここが通れるもの
なら通つて見よ、通ればどうなるか判らぬぞ」と怒気を含めて叱りつけ、これを阻
止しているばかりでなく、その後右集団をI女学院前道路に導いて行き、集団員全
員に対し「本日のわれわれの行動は成功であつた」云々と激励の挨拶さえしている
のである。以上のような諸状況に照すときは、被告人Eは、すくなくとも現場にお
いて、第一審相被告人C、B、Hその他の前記行為者と、互に意思を相通じ相協力
して本件暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の犯行を行なつたものと認定せざるを得
ないのである。
 原審竝びに当審における証人の供述中右に反する部分は措信し難く、また弁護人
竝びに被告人の所論中、右犯行当時における国際的国内的政治情勢を引用して、第
一審判決を非難する部分は、概ね独自の見解に基くもので、直接本件犯罪の成否に
関係があるとは考えられないので採用の限りでない。
 論旨は理由がない。
 三、 検察官の無許可集団行進等の事実に関する(法令適用の誤)論旨につい
て、
 被告人等が起訴状記載の日時場所において、同記載のような無許可集団示威行進
を行つたことは証拠上疑のないところであり、その処罰法規である昭和二五年広島
市条例第三二号を違憲無効と解釈し、本件集団示威行進を無罪とした第一審判決の
誤であることは、昭和三五年七月二〇日の最高裁判所大法廷判決に照らし、もはや
多言を要しないところである。
 <要旨>ところで職権を以て判断するに、右広島市条例第三二号は、本件差戻後で
ある昭和三六年四月一日、広島市条例第二七号によつて即日廃止せられたの
であるが、右条例第二七号には、単に昭和二五年広島市条例第三二号を廃止する旨
を宣言するに止まり、廃止前の違反行為につき何等の経過規定も設けていないので
ある。しかもこの種集団行進や示威運動に関する条例を、限時法と解する見解に従
い得ないことは、昭和二九年(あ)第三、七二九号事件についてなされた、昭和三
五年七月二〇日の大法廷判決の趣旨から優に窺い得るところであるから、前記条例
第三二号は、昭和三六年四月一日以降、廃止前の行為に関する場合であると否とを
問わず、すべての関係において失効するに至つたものと解せざるを得ないのであ
る。
 しかるに検察官は、前記市条例第三二号の廃止の前日、右市条例と概ね同一内容
の処罰法規を有する、広島県条例が制定公布せられたことを理由として、右市条例
第三二号の処罰法規は、廃止の前日既に、市条例に優先する広島県条例に吸収承継
せられ、広島市にも適用せられるに至つていたものであるから、刑の廃止があつた
場合には当らないと主張するのである。そこで検討するに、なるほど広島県におい
ては、前記市条例第三二号を廃止した、昭和三六年四月一日広島市条例第二七号の
公布の前々日に当る同年三月三〇日、右市条例第三二号とほとんどその内容を同じ
うする広島県条例第一三号を制定公布し、翌四月一日よりこれを施行する旨の附則
を設けているのである。して見れば従来前記市条例第三二号によつて規制せられて
いた広島市地域における集団行進等は、同市条例の廃止と同時に、新たに広島県条
例第一三号によつて規制せられることになり、条例の制定者は異なるとしても、集
団行進等の規制やその処罰に関する法規には、前後全くその隙がないばかりでな
く、都道府県と市町村が、それぞれ独立の地方自治体であつて、各自その行政事務
に関し、条例を制定する権限を有するとしても、両者はやはり国家統治体制の一側
面として、国の法令に違反する条例を制定し得ないのはもちろん、地方自治体相互
の間においても、都道府県は条例を以つて、自ら市町村の行政事務に関して規定を
設ける権限を有し、その限度においてこれに違反する内容の市町村条例は無効とせ
られていること(地方自治法第一四条)などに徴すると、検察官所論のとおり、前
記広島市条例第二七号によつて、形式上廃止された昭和二五年広島市条例第三二号
の処罰法規は、実質上、上位の地方自治体である広島県の条例第一三号に吸い上げ
られて存続し、刑事訴訟法第三三七条第二号にいわゆる刑の廃止の場合には該当し
ないように考えられないこともない。しかしながら他面、広島市と広島県は独立別
個の地方自治体であつて、各自独立の意思主体として条例制定権を有し、国の立
法、司法、行政の各機関が、同一意思主体内の一部門として、与えられた権限に基
き、統一された意思の下で法令の制定改廃を行なう場合とは自からその趣を異にす
ること及び若し条例の制定者において、その意思があるならば、きわめて簡単な字
句を附加することによつて、これを容易に明確になし得るにかかわらず、前記のよ
うに広島市条例第二七号が、同市条例第三二号を廃止しただけで、廃止前の市条例
違反の行為につき、何等の経過規定をも設けていないことなどを考え合わすと、本
件の場合は所論のようにこれを処罰法規の単なる改正ないしは承継とは解し難く、
刑の廃止のあつた一場合として免訴する外ないものと考えられるのである。
 よつてさらに量刑不当に関する論旨につき、判断を示すことはこれを省略し、刑
事訴訟法第三九二条第二項、第三九七条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但
書に従い直ちに当裁判所において判決する。
 第一審判決認定の事実を法律に照すと、同判示第一の点は刑法第六〇条、第一三
条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、同第二の点は暴力行為等処罰ニ関スル法
律第一条第一項(刑法第二〇八条、第二六一条)、罰金等臨時措置法第二条、第三
条に各該当し、いずれも、その所定刑中懲役刑を選択すべきところ、右は刑法第四
五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、犯情の重い第
二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内において、所論の情状の外第一審各被
告人との量刑の均衡その他各般の情状を参酌し被告人を懲役一〇月に処し、第一審
竝びに当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条に
より主文のとおり、被告人において負担すべきものとする。
 昭和二五年広島市条例第三二号違反の公訴事実に関する判断、本件公訴事実中、
無許可集団行進及び集団示威運動の点は、その処罰法規である昭和二五年広島市条
例第三二号が廃止せられたので、刑事訴訟法第三三七条第二号、第四〇四条によ
り、これを免訴すべきものである。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 村木友市 判事 幸田輝治 判事 牛尾守三)

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