弁護士法人ITJ法律事務所

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平成29年(ラ)第63号伊方原発3号機運転差止仮処分命令申立(第1事件,第
2事件)却下決定に対する即時抗告事件(原審・広島地方裁判所平成28年(ヨ)
第38号,同)第109号)
主文
1原決定を次のとおり変更する。
⑴相手方は,平成30年9月30日まで,愛媛県西宇和郡伊方町九町字
コチワキ3番耕地40番地の3において,伊方発電所3号機の原子炉を
運転してはならない。
⑵抗告人らのその余の申立てをいずれも却下する。
2手続費用は,原審及び当審を通じ,各自の負担とする。
理由
第1申立
1抗告人ら
⑴原決定を取り消す。
⑵相手方は,愛媛県西宇和郡伊方町九町字コチワキ3番耕地40番地の3に
おいて,伊方発電所3号機の原子炉を運転してはならない。
⑶手続費用は,原審及び当審を通じ,相手方の負担とする。
2相手方
⑴本件抗告を棄却する。
⑵抗告費用は抗告人らの負担とする。
第2事案の概要
1申立ての要旨等
本件は,抗告人らにおいて,相手方が設置運転している発電用原子炉施設で
ある伊方発電所(以下「本件発電所」という。)3号炉(以下「本件原子炉」
という。)及びその附属施設(本件原子炉とまとめて以下「本件原子炉施設」
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という。)は,地震,火山の噴火,津波等に対する安全性が十分でないために,
これらに起因する過酷事故を生じる可能性が高く,そのような事故が起これば
外部に大量の放射性物質が放出されて抗告人らの生命,身体,精神及び生活の
平穏等に重大かつ深刻な被害が発生するおそれがあるとして,相手方に対し,
人格権に基づく妨害予防請求権に基づき,本件原子炉の運転の差止めを命じる
仮処分を申し立てた事案である。
原審は,上記事象によって,本件原子炉施設から放射性物質が外部に放出さ
れる事故が発生し,抗告人らの生命,身体に危険が生じるおそれがあるとは認
められないとして,抗告人らの本件仮処分命令の申立てをいずれも却下したと
ころ,抗告人らが即時抗告した。
2前提事実(争いのない事実又は疎明資料等により容易に認定できる事実(特
に認定根拠を掲記しないものは,争いがないか,審尋の全趣旨により容易に認
定できる事実である)。また,略称されている文献の表題等は,原決定別紙文
献等目録(添付省略)のほか,別紙文献等目録(当審追加分)のとおりである。)
⑴当事者
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2⑴記載のとおりであるから,
これを引用する。
⑵本件発電所の概要等
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2⑵記載のとおりであるから,
これを引用する。
⑶原子力発電所の仕組み
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2⑶記載のとおりであるから,
これを引用する。
⑷本件原子炉施設の基本構成
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2⑷記載のとおりであるから,
これを引用する。
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⑸本件原子炉における耐震設計(2011年東北地方太平洋沖地震まで)
ア従来,原子力安全委員会は,発電用原子炉施設の耐震設計に関する安全
審査を行うに当たり,昭和53年11月8日付け決定に基づき,同年9月
29日に原子力委員会が安全審査の経験をふまえ,地震学,地質学等の知
見を工学的に判断して策定した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査
指針」を用いてきた。
そして,原子力安全委員会は,昭和56年6月12日付けで原子炉安全
基準専門部会から提出のあった報告書の内容を検討した結果,その当時に
おける新たな知見として建築基準法に取り入れられた静的地震力(時間と
ともに変化する地震力〔動的な力〕を時間的に変化しない力〔静的な力〕
に置き換えて耐震設計を行う際に用いる地震力)の算定法等について見直
しを行うこととし,同年7月20日付けで,上記指針に代わるものとして,
「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針について」(乙19。ただ
し,平成18年に改訂される前のもの。以下「旧耐震指針」という。)に
よるべき旨を決定した。旧耐震指針は,平成13年3月に一部改訂された。
旧耐震指針においては,「発電用原子炉施設は想定されるいかなる地震
力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有し
ていなければならない」とされ,過去の地震から見て原子炉施設の敷地に
影響を与えるおそれのある地震及び近い将来敷地に影響を与えるおそれの
ある活動度の高い活断層による地震のうち,最も影響の大きいものを,工
学的見地から起こることを予期することが適当と考えられる地震として「設
計用最強地震(S1)」を設定すること,また,敷地周辺の活断層の性質,
地震地体構造及び直下地震を考慮し,設計用最強地震を超える地震の発生
が地震学的見地から否定できない場合には,これを「設計用限界地震(S
2)」として設定することが求められていた。そして,「基準地震動S2
には直下地震によるものもこれに含む」と規定され,その直下地震の規模
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(気象庁マグニチュード〔以下「M」と表記する。〕=6.5)が規定さ
れていた。
相手方は,本件原子炉を新設するに当たり,旧耐震指針に基づいて耐震
設計を行い,設計用最強地震によってもたらされる地震動を基準地震動S
1(最大加速度221ガル〔加速度の単位で,1ガル=1秒当たり1㎝/
秒の速度変化〕)とし,設計用限界地震によってもたらされる地震動を基準
地震動S2(最大加速度473ガル)と策定した。
イその後,平成7年兵庫県南部地震の検証を通じて,断層の活動様式,地
震動特性,構造物の耐震性等に係る更なる知見が得られたことを踏まえ,
原子力安全委員会は,平成13年7月に耐震指針検討分科会を設置し,5
年以上の調査審議を経て,平成18年9月19日,旧耐震指針の策定以降
の地震学及び地震工学に関する新たな知見の蓄積並びに発電用軽水炉施設
の耐震設計技術の改良及び進歩を反映し,旧耐震指針を全面的に見直した
結果として,「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(乙21。
以下「改訂耐震指針」という。)によるべき旨を決定した。
改訂耐震指針においては,基準地震動を基準地震動Ssに一本化するこ
ととし,これが「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能
性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切
な地震動」と定義された(旧耐震指針の基本方針である「想定されるいか
なる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震
性を有していなければならない」との規定が耐震設計に求めていたものと
同等の考え方であるとされている。)。
そして,①詳細な調査を適切に実施することを前提とした「敷地ごとに
震源を特定して策定する地震動」を策定すること(敷地に大きな影響を与
えると予想される地震を複数選定し,それぞれの地震ごとに「応答スペク
トルに基づく地震動評価」及び「断層モデルを用いた手法による地震動評
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価」を実施して,耐震設計の基準として用いる地震動を策定すること)を
規定した上で,②敷地近傍の地震に対する備えに万全を期すとの観点から,
ⅰ「震源を特定せず策定する地震動」を別途策定すること(震源と活断層
を関連付けることが困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源
近傍における観測記録を収集し,これらを基に敷地の地盤物性を加味して
地震動を設定すること)を規定し,ⅱ旧耐震指針の「直下地震M6.5」
という地震規模による設定を廃止した。
なお,上記「応答スペクトル」「応答スペクトルに基づく地震動評価」
「断層モデルを用いた手法による地震動評価」の意義は,以下のとおりで
ある。
「応答スペクトル」とは,様々な周期(振動が1往復する時間)の揺れ
を含む地震動が,色々な固有周期(構造物毎の揺れの周期であり,構造物
は固有周期に等しい周期の地震動を受けると揺れが著しく増大する〔共振〕)
を持つ構造物にどれだけの揺れ(応答)をもたらすかを示すために,評価
地点における地震動の周期毎の変位の最大応答値を算出し,横軸に周期を,
縦軸に最大応答値を取ってグラフ化したものであり(トリパタイトグラフ),
応答値としては,加速度,速度,変位があるが,強震動予測においては加
速度の応答スペクトルを指すことが多い。
「応答スペクトルに基づく地震動評価」とは,地震のマグニチュードと
震源又は震源断層からの距離の関係で地震動特性を評価する手法であり,
「地震のマグニチュード」や「震源からの距離」などを距離減衰式に入力
すると,震源からの距離に応じて,「地震の揺れ」や「震度」を計算する
ことができる。距離減衰式は,地震の揺れの強さと震源からの距離との関
係を式に表したもので,過去の多くの地震データの統計的処理によって得
られるものであり(後記の耐専式もその一つ),距離は,断層最短距離や
等価震源距離などが用いられる。これにより地震基盤(①)における応答
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スペクトルを求め,解放基盤表面(②)までの地盤特性を考慮した補正(増
幅や卓越周期〔揺れの周期の特性〕)をすることで解放基盤表面での応答
スペクトルが求められる。なお,①地震基盤とは,S波(地盤中を伝わる
2種類の弾性波のうち波の進行方向と振動方向が直角をなす波で,横波,
せん断波とも呼ばれる。これに対し,波の進行方向と振動方向が同じ波を
P波といい,縦波,疎密波とも呼ばれる。)速度Vsが3㎞/秒程度以上
の層で,地震波が地盤の影響を大きく受けない基盤をいい,②解放基盤表
面とは,基準地震動を策定するために,基盤面上の表層及び構造物が無い
ものとして仮想的に設定する自由表面であって,著しい高低差がなく,ほ
ぼ水平で相当な拡がりを持って想定される基盤(おおむねVs=700m
/秒以上の硬質地盤であって,著しい風化を受けていないもの。)の表面
をいう。
「断層モデルを用いた手法による地震動評価」とは,震源断層面を設定
し,その震源断層面にアスペリティ(断層面上で通常は強く固着していて,
ある時に急激にすべって地震波を出す領域のうち,周囲に比べて特にすべ
り量が大きく強い地震波を出す領域であり,強震動生成域〔SMGA,Strong
MotionGenerationAreaの略〕とほぼ一致する。)を配置し,ある一点の
破壊開始点から,これが次第に破壊し,揺れが伝わっていく様子を解析す
ることにより地震動を計算する評価手法である。伝播特性を評価するに当
たっては,グリーン関数(物理の分野において,震源に単位の力が作用し
たときの観測点での応答であり,地下構造の影響がすべて含まれている。)
が用いられる。これにより,評価地点における地盤の揺れを表す時刻歴波
形(地震波の到達によって起こされた評価地点での地震動が時間の経過と
ともに生じる変化を表したもので,変化の指標として,加速度,速度,変
位があるが,強震動予測においては,加速度の時間変化を指すことが多い。)
や応答スペクトルなどを求めることができる。
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ウ原子力安全・保安院は,平成18年9月20日,原子力事業者に対し,
稼働中又は建設中の発電用原子炉施設等につき,改訂耐震指針に照らした
耐震安全性評価(以下「耐震バックチェック」という。)の実施と,その
ための実施計画の作成を求めた(甲C10)。これを受けて,相手方は,
改訂耐震指針に基づき,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動のうち,
応答スペクトルに基づく地震動評価において求めた検討対象地震による地
震動の応答スペクトルを包絡させるなどして設定した設計用応答スペクト
ルを基に基準地震動Ss-1(最大加速度570ガル)を策定し,断層モ
デルを用いた地震動評価の結果,基準地震動Ss-1の応答スペクトルを
一部の周期で超えた地震動を基準地震動Ss-2(最大加速度413ガル)
として策定した。なお,相手方は,震源を特定せず策定する地震動につい
ては,全ての周期において基準地震動Ss-1の応答スペクトルに包絡さ
れるとして,基準地震動として設定しなかった。
エ基準地震動の超過事例
一般に,地震による地盤の揺れ(地震動)は,①震源においてどのよう
な破壊が起こったか(震源特性),②生じた地震波がどのように伝わって
きたか(伝播特性),③対象地点近傍の地盤構造によって地震波がどのよ
うな影響を受けたか(増幅特性ないしサイト特性)という3つの特性によ
って決定されると考えられている。すなわち,①震源特性は,どの程度の
大きさの震源がどのように破壊したかといった時間的・空間的な特徴が要
因となり,放射される地震波に大きな影響を与える。次に,②震源から放
射された地震波は,硬い地殻の中を様々な経路をたどって対象地点の近傍
に到来し,たどった経路に固有の特性が伝播特性として地震動に反映され
る。そして,③対象地点近傍で地震波が柔らかい地層に入射すると,地震
波は一般には増幅されて大きな地震動となるが,この増幅特性は,地盤の
構成や構造によって異なるとされている。これらの特性は,全国一律なも
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のではなく,発電用原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤等によって異な
るものであることから,地質調査,地震観測及び地震探査等により,地域
的な特性についても十分調査する必要がある。
ところで,上記耐震指針改訂頃から,後記東北地方太平洋沖地震までの
間に,以下のとおり基準地震動を超過する地震が発生した(以下「超過事
例①」などという。)が,その要因については,以下のとおり分析されて
いる。
①平成17年8月16日に発生した宮城県沖地震(宮城県沖で発生した
M7.2のプレート間地震)では,東北電力株式会社(以下「東北電力」
という。)女川原子力発電所(以下「女川原発」という。)において,
はぎとり波(地震による岩盤中の解析記録から上部地盤の影響を取り除
いた開放基盤表面における地震動)の応答スペクトルが,一部の周期で
基準地震動S2(375ガル)を超えていることが確認された。東北電
力は,その要因について,短周期成分の卓越が顕著であるという,宮城
県沖近海のプレート境界に発生する地震の地域的な特性(震源特性)に
よるのであるとしている(乙24)。
②平成19年3月25日に発生した能登半島地震(M6.9の内陸地殻
内地震)では,北陸電力株式会社志賀原子力発電所において,はぎとり
波の応答スペクトルが一部の周期で基準地震動S2(490ガル)を超
えている(観測記録のピークは周期0.6秒付近)ことが確認された。
北陸電力株式会社は,その要因について,敷地地盤の増幅特性によるも
のであるとしている(乙26)。
③平成19年7月16日に発生した新潟県中越沖地震(M6.8の内陸
地殻内地震)では,東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)柏
崎刈羽原子力発電所(以下「柏崎刈羽原発」という。)において,応答
スペクトルが基準地震動S2(450ガル)を大きく超えていることが
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確認された。その要因については,ⅰ同じ地震規模の地震に比して短周
期レベルが1.5倍と大きかったこと(震源特性),ⅱ地下深部地盤の
不整形性の影響で地震動が増幅したこと(伝播特性),ⅲ発電所地下に
ある古い褶曲構造のために地震動が増幅したこと(増幅特性)によるも
のであるとされている(甲D306,甲F97,乙25)。
④平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震(日本海溝で発生した
M9.0のプレート間地震,震源特性は①と同じ)では,東京電力福島
第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所(以下「福島第一原発」「福
島第二原発」という。)において,応答スペクトルが基準地震動SS(6
00ガル)を超えていることが確認された。
⑤平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震(日本海溝で発生した
M9.0のプレート間地震,震源特性は①と同じ)では,東北電力女川
原発において,はぎとり波の応答スペクトルが一部の周期で基準地震動
SS(580ガル)を超えていることが確認された(乙28,30)。
⑹2011年東北地方太平洋沖地震及び東京電力福島第一原発における事故
平成23年3月11日,2011年東北地方太平洋沖地震(以下「東北地
方太平洋沖地震」という。)が発生した。同地震は,三陸沖の太平洋海底を
震源とする海溝型のプレート間地震(モーメントマグニチュード〔以下「M
w」と表記する。〕9.0)であった。
その当時,東京電力福島第一原発には,いずれも沸騰水型軽水炉である発
電用原子炉1号機ないし6号機が設置されていた。当時運転中であった福島
第一原発1~3号機は,原子炉が正常に自動停止したが,地震による送電鉄
塔の倒壊などにより外部電源喪失状態となった。そして,福島第一原発1~
5号機においては,非常用ディーゼル発電機,配電盤,蓄電池等の電気設備
の多くが,海に近いタービン建屋等の1階及び地下階に設置されていたため,
地震随伴事象として発生した津波という共通要因により,建屋の浸水とほと
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んど同時に機能を喪失した。これにより,全交流動力電源喪失(SBO,Station
Blackoutの略)となり,交流電源を駆動電源として作動するポンプ等の注水・
冷却設備が使用できない状態となった。直流電源が残った3号機においても,
最終的にはバッテリーが枯渇したため,非常用ディーゼル発電機が水没を免
れ,かつ,接続先の非常用電源盤も健全であった6号機から電力の融通が出
来た5号機を除く,1~4号機において完全電源喪失の状態となった。また,
海側に設置されていた冷却用のポンプ類も津波により全て機能喪失したため
に,原子炉内の残留熱や機器の使用により発生する熱を海水へ逃がす,最終
ヒートシンク(UHS,UltimateHeatSinkの略。発電用原子炉施設におい
て発生した熱を最終的に除去するために必要な熱の逃がし場)への熱の移送
手段が喪失した。
その結果,運転中であった1~3号機においては,冷却機能を失った原子
炉の水位が低下し,炉心の露出から最終的には炉心溶融に至った。その過程
で,燃料被覆管のジルコニウムと水が反応することなどにより大量の水素が
発生し,格納容器を経て原子炉建屋に漏えいし,1・3号機の原子炉建屋で
水素爆発が発生した。また,3号機で発生した水素が4号機の原子炉建屋に
流入し,4号機の原子炉建屋においても水素爆発が発生した。また,2号機
においては,ブローアウトパネル(原子炉建屋内の圧力が急上昇した場合に
開放し,圧力を下げるためのパネル)が偶然開いたことから水素爆発には至
らなかったものの,放射性物質が放出され,周辺の汚染を引き起こした。(福
島第一原発において上記のとおり生じた一連の事象をまとめて以下「福島第
一原発事故」という。甲C10,乙250)
国際原子力機関(以下「IAEA」という。)は,「福島第一原子力発電
所事故事務局長報告書」(平成27年8月,乙321)において,事故の
原因等につき,「2011年3月11日の地震は,発電所の構造物,系統及
び機器を揺り動かす地盤の振動を生じた。地震後に一連の津波が発生し,そ
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の一波によってサイトが浸水した。記録された地盤の振動と津波の高さは,
いずれも発電所が当初設計された時になされたハザードの仮定を大幅に上回
った。」「(しかし)発電所の主要な安全施設が2011年3月11日の地
震によって引き起こされた地盤振動の影響を受けたことを示す兆候はない。
これは,日本における原子力発電所の耐震設計と建設に対する保守的なアプ
ローチにより,発電所が十分な安全裕度を備えていたためであった。しかし,
当初の設計上の考慮は,津波のような極端な外部洪水事象に対しては同等の
安全裕度を設けていなかった。」と地震が事故の原因となったことを否定し
た上で,事故の経緯につき,安全を確保するために重要な3つの基本安全機
能は,①核燃料の反応度の制御,②炉心と使用済燃料プールからの熱の除去,
③放射性物質の閉じ込めであるところ,①は,「(地震の後)福島第一原子
力発電所の6基全てで達成された」が,②は,「交流及び直流の電源系統の
ほとんどを喪失した結果,運転員が1,2及び3号機の原子炉と使用済燃料
プールに対するほとんど全ての制御手段を奪われたため,維持することがで
きなかった。第2の基本安全機能の喪失は,ひとつには原子炉圧力容器の減
圧の遅れのために代替注水が実施できなかったことが原因であった。冷却の
喪失が原子炉内の燃料の過熱と溶融につながった」ものであり,③について
も,「交流及び直流電源の喪失により,冷却系が使用できなくなり,運転員
が格納容器ベント系を使用することが困難となった結果として失われた。格
納容器のベントは,圧力を緩和し格納容器の破損を防ぐために必要であった。
運転員は,1号機と3号機のベントを行って原子炉格納容器の圧力を下げる
ことができた。しかしこれは,環境への放射性物質の放出をもたらした。1
号機と3号機の格納容器ベントは開いたが,1号機と3号機の原子炉格納容
器は結局は破損した。2号機の格納容器のベントは成功せず,格納容器が破
損し,放射性物質の放出をもたらした。」とまとめ,これを前提に,対策と
して,②につき,「設計基準状態及び設計基準を超える状態の双方で機能で
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きる,頑強で信頼できる冷却系を残留熱の除去のために設ける必要」を,③
につき,「環境への放射性物質の大規模放出を防ぐため,設計基準を超える
事故に対する信頼できる閉じ込め機能を確保する必要」を提言し,後記新規
制基準については,「地震及び津波等の外部事象の影響の再評価を含め,共
通原因による全ての安全機能の同時喪失を防止するための対策を強化した。
炉心損傷,格納容器損傷及び放射性物質の拡散に対する新たなシビアアクシ
デント対策も導入された。」と評価した上で,今後のさらなる課題として,
「発電所が該当する設計基準を超える事故に耐える能力を確認し,発電所の
設計の頑強性に高度の信頼を与えるため,包括的な確率論的及び決定論的安
全解析が実施される必要がある。」「アクシデントマネジメント規定は,包
括的で十分に計画され,最新のものである必要がある。同規定は,起因事象
と発電所の状態の包括的な組合せを基に導かれる必要があり,複数ユニット
の発電所では複数のユニットに影響する事故にも備える必要がある。」「訓
練,演習及び実地訓練は,運転員が可能な限り十分な備えができるよう,想
定されるシビアアクシデント状態を含める必要がある。これらの訓練は,シ
ビアアクシデントマネジメントにおいて配備されるであろう実際の設備の模
擬使用を含む必要がある。」と提言した。
福島第一原発事故の結果,避難区域指定は福島県内の12市町村に及び,
避難した人数は,平成23年8月29日の時点において,警戒区域(福島第
一原発から半径20㎞圏)で約7万8000人,計画的避難区域(20㎞以
遠で年間積算線量20m㏜〔実効線量[放射線の人体に与える影響の度合いを
定量的に定義したもの]の単位〕に達するおそれがある地域)で約1万10人,
緊急時避難準備区域(半径20〜30㎞圏で計画的避難区域及び屋内避難指
示が解除された地域を除く地域)で約5万8510人,合計約14万652
0人に達した(甲C10・331頁)。また,東京電力福島原子力発電所事故調
査委員会法に基づいて設置された東京電力福島原子力発電所事故調査委員会
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(以下「国会事故調査会」という。)の調査によれば,福島第一原発を中心
とする半径20㎞圏内にある7つの病院には,事故当時,合計約850人の
患者が入院しており,うち約400人が人工透析や痰の吸引を定期的に必要
とするなどの重篤な症状を持つ,又はいわゆる寝たきりの状態にある患者で
あったところ,事故によって避難指示が発令された際,これらの病院の入院
患者は近隣の住民や自治体から取り残され,それぞれの病院が独力で避難手
段や受け入れ先の確保を行わなくてはならなかった。その結果,同年3月末
までに死亡した者は,これらの病院及び介護老人保健施設の合計で少なくと
も60人に上った(甲C10・357〜358頁)。
⑺ストレステストの実施
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2⑺記載のとおりであるから,
これを引用する。
⑻福島第一原発事故を受けた規制の強化
ア原子力安全委員会及び原子力安全・保安院は,福島第一原発事故の発生
を受け,以下のとおり,安全規制についての検討を行った(乙125,2
50)。
事故防止対策
a原子力安全委員会における検討
原子力安全委員会においては,「原子力安全基準・指針専門部会」
の下に設置された「安全設計審査指針等検討小委員会」において,安
全規制に関する検討が行われた。
当該小委員会は,平成23年7月15日から平成24年3月15日
にかけて計13回にわたり開催され,その中で,福島第一原発が東北
地方太平洋沖地震とその後の津波により全交流動力電源を喪失したこ
とで,上述のような深刻な事態が生じたことから,福島第一原発事故
から得られた教訓のうち,安全設計審査指針及び関連指針類に反映さ
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せるべき事項として,全交流動力電源喪失対策及び最終的な熱の逃が
し場である最終ヒートシンク喪失(LUHS,LossofUltimateHeat
Sinkの略。)対策を中心に検討が行われた。検討に当たっては,深層
防護の考え方を安全確保の基本と位置づけ,IAEAやアメリカの規
制動向及び諸外国における事例が参照された。
上記深層防護とは,一般に,安全に対する脅威から人を守ることを
目的として,ある目標を持った幾つかの障壁(防護レベル)を用意し
て,各々の障壁が独立して有効に機能することを求めるものである。
IAEAの安全基準の一つである「原子力発電所の安全:設計」(S
SR-2/1(Rev.1),甲E11)では,深層防護の考え方を原
子力発電所の設計に適用し,5つの異なる防護レベルにより構築して
いる。
第1の防護レベルは,通常運転状態からの逸脱と安全上重要な機器
等の故障を防止することを目的として,品質管理及び適切で実証され
た工学的手法に従って,発電所が健全でかつ保守的に立地,設計,建
設,保守及び運転されることを要求するものである。
第2の防護レベルは,発電所で運転期間中に予期される事象(設計
上考慮することが適切な,原子炉施設の運転寿命までの間に,少なく
とも一度は発生することが予想される,通常の運転状態から逸脱した
操作手順が発生する事象で,安全上重要な機器に重大な損傷を引き起
こしたり,事故に至ったりするおそれがないもの。設置許可基準規則
では「運転時の異常な過渡変化」と定義している。)が事故状態に拡
大することを防止するために,通常運転状態からの逸脱を検知し,管
理することを目的として,設計で特定の系統と仕組みを備えること,
それらの有効性を安全解析により確認すること,さらに運転期間中に
予期される事象を発生させる起因事象を防止するか,さもなければそ
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の影響を最小に留め,発電所を安全な状態に戻す運転手順の確立を要
求するものである。
第3の防護レベルは,運転期間中に予期される事象又は想定起因事
象が拡大して前段のレベルで制御できず,また,設計基準事故に進展
した場合において,固有の安全性及び工学的な安全の仕組み又はその
一方並びに手順により,事故を超える状態に拡大することを防止する
とともに発電所を安全な状態に戻すことができることを要求するもの
である。
第4の防護レベルは,第3の防護レベルでの対策が失敗した場合を
想定し,事故の拡大を防止し,重大事故の影響を緩和することを要求
するものである。重大事故等に対する安全上の目的は,時間的にも適
用範囲においても限られた防護措置のみで対処可能とするとともに,
敷地外の汚染を回避又は最小化することである。また,早期の放射性
物質の放出又は大量の放射性物質の放出を引き起こす事故シーケンス
の発生の可能性を十分に低くすることによって実質的に排除できるこ
とを要求するものである。
第5の防護レベルは,重大事故に起因して発生しうる放射性物質の
放出による影響を緩和することを目的として,十分な装備を備えた緊
急時対応施設の整備と,所内と所外の緊急事態の対応に関する緊急時
計画と緊急時手順の整備が必要であるというものである。
b原子力安全・保安院における検討
原子力安全・保安院は,事故の発生及び事故の進展について,当時
までに判明している事実関係を基に,工学的な観点から,出来る限り
深く整理・分析することにより,技術的知見を体系的に抽出し,主に
設備・手順に係る必要な対策の方向性について検討することとした。
そして,原子力安全・保安院は,福島第一原発事故の技術的知見に関
-16-
する意見聴取会を設置し,平成23年10月24日から平成24年2
月8日まで計8回にわたり開催され,原子力安全・保安院の分析や考
え方に対する専門家の意見を聴きながら,検討を進めた。
その結果,「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的
知見について(平成24年3月原子力安全・保安院)」として,事故
の発生及び進展に関し,当時分かる範囲の事実関係を基に,今後の規
制に反映すべきと考えられる事項として,30項目が取りまとめられ
た。
重大事故等対策
a原子力安全委員会等における検討
重大事故等対策については,平成4年5月に原子力安全委員会にお
いて決定した「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント
(設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定
された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態で
あり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象。)対策としてのアク
シデントマネージメントについて」では,原子炉設置者が効果的なア
クシデントマネージメント(AM)の自主的整備と万一の場合にこれ
を的確に実施できるようにすることが強く奨励されていた(深層防護
の第4の防護レベル)。
しかしながら,東北地方太平洋沖地震及びそれに伴って発生した津
波により,福島第一原発で炉心損傷,原子炉格納容器の破損等に至っ
たことを受け,政府の作成した平成23年6月の「原子力安全に関す
るIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書」では,AM対策を
原子炉設置者による自主的な取組とすることを改め,これを法規制上
の要求にするとともに,設計要求事項の見直しを行うことなど,シビ
アアクシデント対策に関する教訓が取りまとめられた。
-17-
原子力安全委員会では,同年10月に「発電用軽水型原子炉施設に
おけるシビアアクシデント対策について」を決定し,上記の平成4年
5月の原子力安全委員会決定を廃止するとともに,シビアアクシデン
トの発生防止,影響緩和に対して,規制上の要求や確認対象の範囲を
拡大することを含めて安全確保策を強化すべきとした。同決定では,
シビアアクシデント対策の具体的な方策及び施策について,原子力安
全・保安院において検討するよう求めた。
b原子力安全・保安院における検討
原子力安全・保安院では,平成24年3月の報告書「東京電力株式
会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について」において,シ
ビアアクシデント対策については,福島第一原発事故で発生しなかっ
た事象も広く包含する体系的な検討を整理する必要があることを指摘
したほか,今後の規制に反映すべき視点として,深層防護の考え方の
徹底,シビアアクシデント対策の多様性・柔軟性・操作性,内的事象・
外的事象を広く包含したシビアアクシデント対策の必要性,安全規制
の国際的整合性の向上と安全性の継続的改善の重要性が掲げられた。
また,原子力安全・保安院では,平成24年2月から8月にかけて,
シビアアクシデント対策規制の基本的考え方に関する整理を行った。
その過程において,「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシ
デント対策規制の基本的考え方に係る意見聴取会」を7回開催し,専
門家や原子炉設置者からの意見を聴取した。また,基本的考え方に関
する整理に当たっては,まず,原子力安全・保安院及び関係機関がこ
れまでに検討していたシビアアクシデントに関する知見,海外の規制
情報,福島第一原発事故の技術的知見などを踏まえて,技術面でのシ
ビアアクシデント対策の基本的考え方を検討・整理し,「発電用軽水
型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策規制の基本的考え方に
-18-
ついて(現時点での検討状況)」を報告書として取りまとめた。
もっとも,上記報告書は検討過程としての側面を有しており,用語
や概念の厳密な整理にはまだ完全ではない点が残っていたため,シビ
アアクシデント対策規制については,今後,新たに設置される原子力
規制委員会において検討が進められることとなった。その際,上記報
告書が原子力規制委員会での検討に当たって参考にされることが期待
された。
地震及び津波
a原子力安全委員会における検討
福島第一原発事故以前においては,原子力安全委員会は,平成18
年に耐震指針を改訂しており,同改訂耐震指針は,当時の地質学,地
形学,地震学,地盤工学,建築工学及び機械工学等の専門家らにより
検討されたものであった。
その後,平成23年3月に東北地方太平洋沖地震が発生し,福島第
一原発においては,地震とその後の津波を原因とした事故が発生した。
そこで,原子力安全委員会は,改訂耐震指針策定後に蓄積された知
見,平成23年3月11日以降に発生した地震及び津波に係る知見並
びに上述した福島第一原発事故の教訓を踏まえ,地震及び津波に対す
る発電用原子炉施設の安全確保策について検討することとした。そし
て,専門的な審議を行うため,原子力安全基準・指針専門部会に地震・
津波関連指針等検討小委員会が設置された。同小委員会は,改訂耐震
指針の検討時よりも津波に関する専門家を増員し,平成23年7月1
2日から平成24年2月29日までの間,計14回の会合が開催され
た。
同小委員会において,改訂耐震指針及び関連指針類を対象とした検
討が行われた。
-19-
具体的には,同小委員会は,東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う
津波の分析に加えて,女川原発,福島第一原発,福島第二原発及び日
本原子力発電株式会社東海第二発電所(以下「東海第二発電所」とい
う。)で観測された地震や津波の観測記録等の分析を行うとともに,
東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波に係る知見並びに福島第一
原発事故の教訓を整理したほか,改訂耐震指針の策定後に実施された
耐震バックチェックによって得られた経験及び知見を整理した。さら
に,同小委員会は,地震調査研究推進本部(文部科学省),中央防災
会議(内閣府),国土交通省等の他機関における東北地方太平洋沖地
震及びこれに伴う津波についての検討結果に加えて,土木学会におけ
る検討状況,世界の津波の事例及びIAEAやアメリカの原子力規制
委員会等の規制状況,福島第一原発事故に関連した調査報告書も踏ま
えて検討を行った。
以上の検討を踏まえ,同小委員会は,平成24年3月14日付「発
電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針及び関連の指針類に反映さ
せるべき事項について(とりまとめ)」を取りまとめ,福島第一原発
事故においては,津波による海水ポンプ,非常用電源設備等の機能喪
失を防止するため,ドライサイトコンセプト(津波からの防護として,
敷地高さの設定や津波に対する防御施設の設置等により,まず防護対
象施設が設置される敷地に津波を到達・流入させないことを基本とす
るという考え方。漏水対策等と相まって,より一層信頼性の高い津波
対策となる。)を基本とする津波防護設計の基本的な考え方や津波対
策を検討する基礎となる基準津波の策定を義務付けるべき旨を取りま
とめた。
b原子力安全・保安院における検討
原子力安全委員会は,平成23年4月,東北地方太平洋沖地震等の
-20-
知見を反映して,原子力安全・保安院に対し,耐震安全性に影響を与
える地震に関して評価を行うよう意見を述べた。
原子力安全・保安院は,平成23年9月,事業者より報告された東
北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波による原子力発電所への影響
などの評価結果について,学識経験者の意見を踏まえた検討を行うこ
となどにより,地震・津波による原子力発電所への影響に関して的確
な評価を行うため,「地震・津波の解析結果の評価に関する意見聴取
会」(第2回より「地震・津波に関する意見聴取会」と改称)及び「建
築物・構造に関する意見聴取会」を設置し,審議を行った。
地震・津波の解析結果の評価に関する意見聴取会においては,東北
地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波について,福島第一原発,福島
第二原発,女川原発及び東海第二発電所における地震動及び津波の解
析・評価を行い,これに基づく同地震に関する新たな科学的・技術的
知見について,耐震安全性評価に対する反映方針が検討された。
建築物・構造に関する意見聴取会においては,上記の各原子力発電
所における建物・構築物,機器・配管系の地震応答解析の評価,津波
による原子力施設の被害状況を踏まえた影響評価を行い,これに基づ
く東北地方太平洋沖地震に関する新たな科学的・技術的知見について,
耐震安全性評価に対する反映方針が検討された。
これらの意見聴取会において,それぞれ報告書が取りまとめられ,
平成24年2月,原子力安全委員会に報告された。
イ平成24年6月27日,原子力規制委員会設置法(平成24年法律第4
7号。以下「設置法」という。)が新たに施行された。
設置法附則に基づき,原子力基本法及び原子炉等規制法がそれぞれ次
のとおり改正された(以下「本件改正」という。)。
a原子力基本法
-21-
同法の基本方針として,原子力利用は「安全の確保を旨として」行
われることがもともと規定されていたところ(同法2条1項),その
安全確保については,「確立された国際的な基準を踏まえ,国民の生
命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資す
ることを目的として,行うものとする」との規定が追加された(同条
2項)。
b原子炉等規制法
同法の目的として,「原子炉の設置及び運転等」に関し,「大規模
な自然災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な
規制」を行うこと,「もって国民の生命,健康及び財産の保護,環境
の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」ことが追
加され(同法1条),原子力規制委員会が設置許可基準に係る規則を
定めること(同法43条の3の6第1項4号),保安措置に重大事故
対策を含めること(同法43条の3の22第1項等),発電用原子炉
の設置者は,発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術
上の基準に適合するよう維持しなければならず(同法43条の3の1
4),原子力規制委員会は,発電用原子炉施設が当該基準に適合して
いないと認めるときは,発電用原子炉の設置者に対して,使用停止等
の処分を行うことができること(同法43条の3の23第1項)(い
わゆるバックフィット),発電用原子炉40年の運転期間の制限の原
則を設けること(同法43条の3の32)などが新たに定められた。
設置法は,福島第一原発事故を契機に明らかとなった原子力の研究,
開発及び利用(以下「原子力利用」という。)に関する政策に係る縦割
り行政の弊害を除去し,並びに一の行政組織が原子力利用の推進及び規
制の両方の機能を担うことにより生ずる問題を解消するため,原子力利
用における事故の発生を常に想定し,その防止に最善かつ最大の努力を
-22-
しなければならないという認識に立って,確立された国際的な基準を踏
まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し,
又は実施する事務を一元的につかさどるとともに,その委員長及び委員
が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力
規制委員会を設置し,もって国民の生命,健康及び財産の保護,環境の
保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とするものである(同
法1条)。
原子力規制委員会は,設置法に基づいて設置された機関であって,国
家行政組織法3条2項の規定に基づく環境省の外局として位置づけられ
る(設置法2条)。そして,原子力規制委員会は,国民の生命,健康及
び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため,原子
力利用における安全の確保を図ることを任務とし(同法3条),同任務
を達成するために原子力利用における安全の確保に関することなどの事
務をつかさどる(同法4条)。その組織は,委員長及び委員4人からな
り(同法6条1項),独立してその職権を行うこととされているところ
(同法5条),委員長及び委員は,人格が高潔であって,原子力利用に
おける安全の確保に関して専門的知識及び経験並びに高い識見を有する
者のうちから,両議院の同意を得て,内閣総理大臣が任命するが,原子
力事業者等及びその団体の役員・従業者等である者は委員長又は委員と
なることができないものとされている(同法7条1項,7項3号4号)。
また,原子力規制委員会は,その所掌事務について,法律若しくは政令
を実施するため,又は法律若しくは政令の特別の委任に基づいて,原子
力規制委員会規則を制定することができるものとされている(同法26
条)。
原子力規制委員会には,その事務を処理させるため,事務局として原
子力規制庁が置かれ,原子力規制庁長官は,原子力規制委員会委員長の
-23-
命を受けて庁務を掌理する(同法27条)。なお,原子力規制庁の職員
は,幹部職員のみならず,それ以外の職員についても,原子力利用の推
進に係る事務を所掌する行政組織への配置転換を認めないこととされる
(いわゆる「ノーリターンルール」。同法附則6条2項)。
ウ原子力規制委員会の発足(平成24年9月)に伴い,原子力安全委員会
は廃止された。
このため,原子力安全委員会が策定した原子炉設置変更許可における基
準等を原子力規制委員会規則等として定めることが必要となった(原子炉
等規制法43条の3の6第1項4号参照)ことから,平成24年6月27
日法律第47号により改正された原子炉等規制法は,原則として,公布の
日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日から施行す
るとされ(同法附則1条本文),政令により同年9月19日から施行され
ることになったものの,原子炉等規制法43条の3の6第1項4号等につ
いては,同法施行日から起算して10月を超えない範囲内において政令で
定める日から施行するものとされた(同法附則1条ただし書)。
そして,原子力規制委員会は,同委員会の下に「発電用軽水型原子炉の
新安全基準に関する検討チーム」(その後,「発電用軽水型原子炉の新規
制基準に関する検討チーム」と改称。以下「原子炉施設等基準検討チーム」
という。),「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計
基準に関する検討チーム」(以下「地震等基準検討チーム」という。)等
を置き,検討を行った。その経緯は,以下のとおりである(乙124~1
27,250)。
原子炉施設等基準検討チーム
原子炉施設等基準検討チームにおいては,平成24年10月25日か
ら平成25年6月3日までの間,原子炉施設の新規制基準(地震及び津
波対策を除く。)策定のため,学識経験者らの参加の下,計23回の会
-24-
合が開催された。
同会合では,福島第一原発事故から得られた地震の随伴事象として生
じた津波という共通要因によって複数の安全機能が同時に喪失した等の
教訓による設計基準を超える事象への対応に加え,設計基準事象に対応
するための対策の強化を図る視点で,新規制基準のうち事故防止対策に
係る規制については,原子力安全委員会が策定した安全設計審査指針等
の内容を基に,見直した上で規則化等を検討することとされ,検討に当
たっては,IAEA安全基準や欧米の規制状況等の海外の知見も勘案さ
れた。
また,上記改正後の原子炉等規制法が重大事故等対策を新たに規制対
象としたことから,原子炉施設等基準検討チームにおいては,新たに規
制の対象になった重大事故等対策について重点的な検討を行うこととし,
福島第一原発事故の教訓及び海外における規制等を勘案し,仮に,上記
の事故防止対策を講じたにもかかわらず複数の安全機能の喪失などの事
象が万一発生したとしても,炉心損傷に至らないための対策として,重
大事故の発生防止対策,さらに重大事故が発生した場合の拡大防止対策
など,重大事故等対策に関する設備に係る要求事項及び重大事故等対策
の有効性評価の考え方等について検討された。
地震等基準検討チーム
地震等基準検討チームにおいては,平成24年11月19日から平成
25年6月6日までの間,発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わ
る新規制基準策定のため,学識経験者らの参加の下,計13回の会合が
開催された。
同会合では,原子力安全委員会の下で地震等検討小委員会が取りまと
めた耐震指針等の改訂案のうち,地震及び津波に関わる安全設計方針と
して求められている各要件については,新たに策定する基準においても
-25-
重要な構成要素となるものと評価するとともに,基準の骨子案を策定す
るにあたっては,上記改訂案の安全設計方針の各要件について改めて分
類・整理し,必要な見直しを行った上で基準の骨子案の構成要素とする
方針を示した。
そして,地震等基準検討チームは,この検討方針に基づき,地震及び
津波について,IAEA安全基準,アメリカ,フランス及びドイツの各
規制内容のほか,福島第一原発事故を踏まえた国会及び政府等の事故調
査委員会の主な指摘事項のうち耐震関係基準の内容に関するものを整理
し,これらと改訂耐震指針とを比較した上で,国や地域等の特性に配慮
しつつ,我が国の規制として適切な内容を検討した。また,地震等基準
検討チームは,発電用原子炉施設における安全対策への取組の実態を確
認するため,電気事業者に対するヒアリングを実施するとともに,東北
地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波を受けた女川原発の現地調査を実
施し,これらの結果も踏まえ,安全審査の高度化を図るべき事項につい
ての検討を進めた。
エ原子力規制委員会は,上記検討に先立ち,平成24年10月,電気事業
者等に対する原子力安全規制等に関する決定を行うに当たり,その参考と
して,外部有識者から意見を聴く場合において検討会等の中立性を適切に
確保することを目的として,利益相反に関連する可能性のある情報として,
外部有識者の電気事業者等との関係に関する情報の公開を行うための運用
等を定め,上記各検討チームを構成する外部有識者についても,上記運用
に従って電気事業者等との関係について自己申告させるとともに,その申
告内容を同委員会のウェブサイト上で公開した。また,原子力規制委員会
は,上記各検討チームが開いた会合については,当該会合に供された資料
及び議事録も同様の方法により公開した(乙75,124~126,13
1,132)。
-26-
オ原子力規制委員会は,上記検討の過程で,平成25年4月から同年5月
にかけ,原子力規制委員会規則等に加え,同委員会における審査基準に関
する内規等について,意見公募手続(この種の手続を以下「パブリックコ
メント」ということがある。)に付した。地震等基準検討チームは同年6
月6日に開いた第13回会合において地震に関する審査基準を定めた内規
について,原子炉施設等基準検討チームは同月3日に開いた第23回会合
において地震を除く各種審査基準を定めた内規や原子力規制委員会規則等
について,それぞれ同手続で募った意見を踏まえて各々その検討を遂げた。
その結果,そのころ,後記カの一連の規制基準をめぐる法令が整備され
るとともに(以下「新規制基準」という。),それを受けた内規である同
の各審査基準の策定に至った。その趣旨は,原子力規制委員会の「実用
発電用原子炉に係る新規制基準の考え方について」(乙250,以下「考
え方」という。)のとおりである。
以上の経緯を経て,原子炉等規制法のうち同法43条の3の6第1項4
号等及び設置許可基準規則等は,同年7月8日に施行された。
カ発電用原子炉を設置しようとする者は,政令で定めるところにより,
原子力規制委員会の許可(原子炉設置許可)を受けなければならず(原
子炉等規制法43条の3の5第1項),原子力規制委員会は,上記許可
の申請があった場合においては,その申請が同法43条の3の6第1項
各号所定の基準に適合していると認めるときでなければ,上記許可をし
てはならない(同法43条の3の6第1項)。そして,原子炉設置許可
を受けた者が,使用の目的,発電用原子炉の型式,熱出力及び基数,発
電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備等の事項(同法43
条の3の5第2項2ないし5号又は8ないし10号に掲げる事項)を変
更しようとするときは,政令で定めるところにより,原子力規制委員会
の許可(原子炉設置変更許可)を受けなければならないが(同法43条
-27-
の3の8第1項),この場合にも同法43条の3の6第1項が準用され
る(同法43条の3の8第2項)。
ところで,原子炉等規制法43条の3の6第1項4号は,上記原子炉
設置許可又は原子炉設置変更許可(以下「原子炉設置(変更)許可」と
いう。)の基準の一つとして,「発電用原子炉施設の位置,構造及び設
備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原
子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で
定める基準に適合するものであること」(以下「4号要件」という。)
と規定しているが,同号にいう原子力規制委員会規則が「実用発電用原
子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則(平成
25年6月28日原子力規制委員会規則第5号。以下「設置許可基準規
則」という。)である。
そして,設置許可基準規則の解釈を示したものが「実用発電用原子炉
及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(原
規技発第1306193号(平成25年6月19日原子力規制委員会決
定)。以下「設置許可基準規則解釈」という。乙68)であり,さらに,
4号要件の適合性の審査に活用するため,「基準地震動及び耐震設計方
針に係る審査ガイド」(以下「地震ガイド」という。乙39),「基準
津波及び耐津波設計方針に係る審査ガイド」(以下「津波ガイド」とい
う。乙156)及び「原子力発電所の火山影響評価ガイド」(以下「火
山ガイド」という。乙147)等の内規が策定された。
また,原子炉等規制法43条の3の6第1項は,4号要件以外の原子
炉設置(変更)許可基準として,「発電用原子炉が平和の目的以外に利
用されるおそれがないこと」(以下「1号要件」という。),「その者
に発電用原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があ
ること」(以下「2号要件」という。),「その者に重大事故(括弧内
-28-
省略)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術
的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能
力があること」(以下「3号要件」という。)を規定している。
そして,2号要件の適合性の判断のために「原子力事業者の技術的能
力に関する審査指針」が,3号要件の適合性の判断のために「実用発電
用原子炉に係る発電用原子炉設置者の重大事故の発生及び拡大の防止に
必要な措置を実施するために必要な技術的能力に係る審査基準」(以下
「技術的能力基準」という。)がそれぞれ用いられている。
設置許可基準規則は,深層防護の考え方を踏まえ,設計基準対象施設
(第2章)と重大事故等対処施設(第3章)を区別し,第2章に「設計
基準対象施設」として第1から第3の防護レベルに相当する事項を,第
3章に「重大事故等対処施設」として主に第4の防護レベルに相当する
事項をそれぞれ規定している。
加えて,3号要件の審査基準である技術的能力基準も,原子力事業者
に対し,第4の防護レベルに相当する事項として,重大事故等対策にお
ける要求事項(2.1)に加え,大規模な自然災害又は故意による大型
航空機の衝突その他のテロリズムによる発電用原子炉施設の大規模な損
壊への対応(手順書の整備,当該手順に従って活動を行うための体制及
び資機材の整備)を要求している(2.1)。
もっとも,重大事故等対処施設のうちの特定重大事故等対処施設(設
置許可基準規則42条)及び所内常設直流電源設備(同57条2項)(以
下「特定重大事故等対処施設等」という。)については,発電用原子炉
施設について本体施設等(特定重大事故等対処施設等以外の施設及び設
備)によって重大事故等対策に必要な機能を満たした上で,その信頼性向
上のためのバックアップ対策として位置づけられているとして,新規制
基準施行当時現に設置されている発電所用原子炉施設については,経過
-29-
措置により,設置許可基準規則施行日(平成25年7月8日)以後最初
に行われる工事計画認可の日から起算して5年を経過するまでの間,同
42条は適用されないものとして,その設置を猶予している(同42条,
附則2項)(甲E29・119,137頁,甲E43,44)。
以上に対し,設置許可基準規則では,所内及び所外の緊急事態への対
応に関する緊急時計画等の整備(深層防護の第5の防護レベル)等は原
子力事業者に対する要求事項とされておらず,避難計画に関する事項は,
原子炉の設置(変更)許可に際して設置許可基準規則等における事業者
規制の内容に含まれていない。
⑼本件原子炉の運転再開
次のとおり付加するほか,原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2
⑼記載のとおりであるから,これを引用する。
ア原決定20頁18行目の次に改行して次のとおり加える。
「許可処分の内容は,以下のとおりである(乙138)。
①1号要件
本件申請については,
・発電用原子炉の使用の目的(商業発電用)を変更するものではない
こと
・使用済燃料については,法に基づく指定を受けた国内再処理事業者
において再処理を行うことを原則とすることとし,再処理されるまで
の間,適切に貯蔵・管理するという方針であること
・海外において再処理を行う場合は,我が国が原子力の平和利用に関
する協力のための協定を締結している国の再処理事業者に委託する,
これによって得られるプルトニウムは国内に持ち帰る,再処理によっ
て得られるプルトニウムを海外に移転しようとするときは,政府の承
認を受けるという方針に変更はないこと
-30-
から,発電用原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないものと
認められる。
②2号要件
(経理的基礎に係る部分)
申請者は,本件申請に係る重大事故等対処設備他設置工事に要する資
金については,自己資金,社債及び借入金により調達する計画としてい
る。
申請者における総工事資金の調達実績,その調達に係る自己資金及び
外部資金の状況,調達計画等から,工事に要する資金の調達は可能と判
断した。このことから,申請者には本件申請に係る発電用原子炉施設を
設置変更するために必要な経理的基礎があると認められる。
(技術的能力に係る部分)
申請者には,本件申請に係る発電用原子炉施設を設置変更するために
必要な技術的能力があると認められる。
③3号要件
申請者には,重大事故の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施する
ために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行する
に足りる技術的能力があると認められる。
④4号要件
本件申請に係る発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質
若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害
の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適
合するものであると認められる。」
イ原決定20頁24行目の次に改行して次のとおり加える。
「ただし,特定重大事故等対処施設等は,
猶予されているため,平成29年9月時点で未だ設置されていない(完成
-31-
予定は平成32年度)(甲E72)。
また,上記手続の過程において,本件原子炉の基準地震動Ss-1は,
570ガルから650ガルに引き上げられた(後記⑽)ところ,相手方は,
前記ストレステスト終了後から平成27年頃までの間に耐震性向上工事を
行った(乙57,433)ものの,前記基準地震動引き上げ後はストレス
テストを実施していないため,現時点での本件原子炉施設のクリフエッジ
は不明である。」
⑽本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後-基準地震動)
ア新規制基準等の内容
設置許可基準規則4条3項は,「耐震重要施設(設計基準対象施設のう
ち,地震の発生によって生ずるおそれがあるその安全機能の喪失に起因す
る放射線による公衆への影響の程度が特に大きいもの。設置許可基準規則
3条)は,その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれが
ある地震による加速度によって作用する地震力(以下「基準地震動による
地震力」という。)に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでな
ければならない」と定めている。
そして,同解釈別記2の5は,基準地震動は,最新の科学的・技術的知
見を踏まえ,敷地及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活
動性等の地震学及び地震工学的見地から想定することが適切なものとし,
次の方針により策定することと定めている。
基準地震動は,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」及び「震
源を特定せず策定する地震動」について,解放基盤表面における水平方
向及び鉛直方向の地震動としてそれぞれ策定すること。
「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」は,①内陸地殻内地震(陸
のプレートの上部地殻地震発生層に生じる地震をいい,海岸のやや沖合
で起こるものを含む。),②プレート間地震(相接する2つのプレート
-32-
の境界面で発生する地震),③海洋プレート内地震(海洋プレート内部
で発生する地震をいい,海溝軸付近又はそのやや沖合で発生する「沈み
込む海洋プレート内の地震」と海溝軸付近から陸側で発生する「沈み込
んだ海洋プレート内の地震(スラブ内地震)」の2種類に分けられる。)
について,敷地に大きな影響を与えると予想される地震(以下「検討用
地震」という。)を複数選定し,選定した検討用地震ごとに,不確かさ
を考慮して応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを用いた
手法による地震動評価を,解放基盤表面までの地震波の伝播特性を反映
して策定すること。なお,上記の「敷地ごとに震源を特定して策定する
地震動」については,次に示す方針により策定すること。
a①内陸地殻内地震,②プレート間地震,③海洋プレート内地震につ
いて,活断層の性質や地震発生状況を精査し,中・小・微小地震の分
布,応力場(地層にどのような力が加わっているかを示すもので,水
平方向を基準にして押されていれば圧縮応力場,引っ張られていれば
引張応力場という。),地震発生様式(プレートの形状・運動・相互
作用を含む。)に関する既往の研究成果等を総合的に検討し,検討用
地震を複数選定すること。
b①内陸地殻内地震に関しては,次に示す事項を考慮すること。
⒜震源として考慮する活断層の評価に当たっては,調査地域の地形・
地質条件に応じ,既存文献の調査,変動地形学的調査,地質調査,
地球物理学的調査等の特性を活かし,これらを適切に組み合わせた
調査を実施した上で,その結果を総合的に評価し活断層の位置・形
状・活動性等を明らかにすること。
⒝震源モデルの形状及び震源特性パラメータ等の評価に当たっては,
孤立した短い活断層の扱いに留意するとともに,複数の活断層の連
動を考慮すること。
-33-
c②プレート間地震,③海洋プレート内地震に関しては,国内のみな
らず世界で起きた大規模な地震を踏まえ,地震の発生機構及びテクト
ニクス的背景の類似性を考慮した上で震源領域の設定を行うこと。
d上記aで選定した検討用地震ごとに,後記⒜の応答スペクトルに基
づく地震動評価及び後記⒝の断層モデルを用いた手法による地震動評
価を実施して策定すること。なお,地震動評価に当たっては,敷地に
おける地震観測記録を踏まえて,地震発生様式及び地震波の伝播経路
等に応じた諸特性(その地域における特性を含む。)を十分に考慮す
ること。
⒜応答スペクトルに基づく地震動評価
検討用地震ごとに,適切な手法を用いて応答スペクトルを評価の
うえ,それらを基に設計用応答スペクトルを設定し,これに対して,
地震の規模及び震源距離等に基づき地震動の継続時間及び振幅包絡
線の経時的変化等の地震動特性を適切に考慮して地震動評価を行う
こと
⒝断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価
検討用地震ごとに,適切な手法を用いて震源特性パラメータを設
定し,地震動評価を行うこと。
e上記dの基準地震動の策定過程に伴う各種の不確かさ(震源断層の
長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角,アスペリティ
の位置・大きさ,応力降下量(断層破壊〔地震〕が発生すると,周囲
に蓄えられていた歪みエネルギーが解放され,断層面上の応力〔物体
が外力を受けたときにそれに応じて内部に現れる抵抗力〕が降下する
が,このときの破壊前の応力と破壊後の応力の差),破壊開始点等の
不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)
については,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えら
-34-
れる支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不確か
さを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること。
f内陸地殻内地震について選定した検討用地震のうち,震源が敷地に
極めて近い場合は,地表に変位を伴う断層全体を考慮した上で,震源
モデルの形状及び位置の妥当性,敷地及びそこに設置する施設との位
置関係,並びに震源特性パラメータの設定の妥当性について詳細に検
討するとともに,これらの検討結果を踏まえた評価手法の適用性に留
意の上,上記eの各種の不確かさが地震動評価に与える影響をより詳
細に評価し,震源の極近傍での地震動の特徴に係る最新の科学的・技
術的知見を踏まえた上で,さらに十分な余裕を考慮して基準地震動を
策定すること。
g検討用地震の選定や基準地震動の策定に当たって行う調査や評価は,
最新の科学的・技術的知見を踏まえること。また,既往の資料等につ
いて,それらの充足度及び精度に対する十分な考慮を行い,参照する
こと。なお,既往の資料と異なる見解を採用した場合及び既往の評価
と異なる結果を得た場合には,その根拠を明示すること。
h施設の構造に免震構造を採用する等,やや長周期の地震応答が卓越
する施設等がある場合は,その周波数特性に着目して地震動評価を実
施し,必要に応じて他の施設とは別に基準地震動を策定すること。
「震源を特定せず策定する地震動」は,震源と活断層を関連付けるこ
とが困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源近傍における
観測記録を収集し,これらを基に,各種の不確かさを考慮して敷地の地
盤物性に応じた応答スペクトルを設定して策定すること。なお,上記の
「震源を特定せず策定する地震動」については,次に示す方針により策
定すること。
a解放基盤表面までの地震波の伝播特性を必要に応じて応答スペクト
-35-
ルの設定に反映するとともに,設定された応答スペクトルに対して,
地震動の継続時間及び振幅包絡線の経時的変化等の地震動特性を適切
に考慮すること。
b上記の「震源を特定せず策定する地震動」として策定された基準地震
動の妥当性については,申請時における最新の科学的・技術的知見を
踏まえて個別に確認すること。その際には,地表に明瞭な痕跡を示さ
ない震源断層に起因する震源近傍の地震動について,確率論的な評価
等,各種の不確かさを考慮した評価を参考とすること。
基準地震動の策定に当たっての調査については,目的に応じた調査手
法を選定するとともに,調査手法の適用条件及び精度等に配慮すること
によって,調査結果の信頼性と精度を確保すること。また,上記の「敷
地ごとに震源を特定して策定する地震動」及び「震源を特定せず策定す
る地震動」の地震動評価においては,適用する評価手法に必要となる特
性データに留意の上,地震波の伝播特性に係る次に示す事項を考慮する
こと。なお,上記の「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」及び
「震源を特定せず策定する地震動」については,それぞれが対応する超
過確率を参照し,それぞれ策定された地震動の応答スペクトルがどの程
度の超過確率に相当するかを把握すること。
a敷地及び敷地周辺の地下構造(深部・浅部地盤構造)が地震波の伝
播特性に与える影響を検討するため,敷地及び敷地周辺における地層
の傾斜,断層及び褶曲構造等の地質構造を評価するとともに,地震基
盤の位置及び形状,岩相・岩質の不均一性並びに地震波速度構造等の
地下構造及び地盤の減衰特性を評価すること。なお,評価の過程にお
いて,地下構造が成層かつ均質と認められる場合を除き,三次元的な
地下構造により検討すること。
b上記aの評価の実施に当たって必要な敷地及び敷地周辺の調査につ
-36-
いては,地域特性及び既往文献の調査,既存データの収集・分析,地
震観測記録の分析,地質調査,ボーリング調査並びに二次元又は三次
元の物理探査等を適切な手順と組合せで実施すること。
イ地震ガイド等
基準地震動の妥当性を厳格に確認するため,設置許可基準規則及び同解
釈をさらに敷衍した内容の地震ガイドが定められ,地震ガイドは,断層モ
デルを用いた手法に基づく地震動評価について,地震調査研究推進本部(以
下「地震本部」という。)地震調査委員会作成の「震源断層を特定した地
震の強震動予測手法」(以下「レシピ」という。)等の最新の研究成果を考
慮して震源断層のパラメータを設定すべきと定めている。
地震本部は,平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を受け,
地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達さ
れ活用される体制になっていなかったという課題意識の下,行政施策に直
結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし,これを政府とし
て一元的に推進するため,地震防災対策特別措置法に基づき文部科学省に
設置された政府の特別の機関であって,文部科学大臣を本部長として,政
策委員会と地震調査委員会とで構成されており(地震防災対策特別措置法
7条,8条1項,9条1項,10条1項),このうち,地震調査委員会は,
「地震に関する観測,測量,調査又は研究を行う関係行政機関,大学等の
調査結果等を収集し,整理し,及び分析し,並びにこれに基づき総合的な
評価を行」うことを目的としており(同法10条1項,7条2項4号),
複数の大学教授などの地震学者が地震調査委員会委員に任命されている(同
法10条3項参照)(甲D296~298,乙251)。
レシピは,地震本部地震調査委員会において実施してきた強震動評価に
関する検討結果から,強震動予測手法の構成要素となる震源特性,地下構
造モデル,強震動計算,予測結果の検証の現状における手法や震源特性パ
-37-
ラメータの設定に当たっての考え方について,震源断層を特定した地震を
想定した場合の強震動を高精度に予測するための,「誰がやっても同じ答
えが得られる標準的な方法論」を確立することを目指しており,今後も強
震動評価における検討により,修正を加え,改訂されていくことを前提と
しているとされている(乙38,173,298,354)。
本件原子炉施設の適合性審査が行われた平成25年から平成27年の時
点では,①平成21年改訂のレシピが策定されていたが(乙38),その
後,②平成28年6月に改訂され(乙173),③同年12月に②が修正
され(乙298),④平成29年4月に改訂された(乙354)(以下,
①を「平成21年改訂レシピ」と,②を「平成28年6月改訂レシピ」と,
③を「平成28年12月修正レシピ」と,④を「平成29年改訂レシピ」
という。ただし,③と④は,内容面での実質的な変更はない。)。
ウ相手方による基準地震動の策定
相手方は,次のとおりの調査,検討に基づき,基準地震動を策定した(乙
11,13,31,35,40,42)。
敷地ごとに震源を特定して策定する地震動
a検討用地震の候補とする地震の選定
⒜被害地震の調査
相手方は,本件原子炉施設の敷地(以下「本件敷地」ということ
がある。)周辺の被害地震について,地震史料及び明治以降の地震
観測記録を基に,地震の震央位置,規模等をまとめた地震カタログ
(宇佐美(2003)等)による調査を行った。この調査によって抽出し
た地震について,規模及び位置等に関する最新の知見をもとに本件
敷地に影響を及ぼす地震として,本件敷地の震度が5弱(1996
年以前は旧気象庁震度階級でⅤ)程度以上であったと推定される地
震を以下のとおり選定した(乙11-6-5-13〜16,53〜56,乙
-38-
31・7〜10)。
・土佐その他南海・東海・西海諸道の地震(684年,M81/4)
・日向灘の地震(1498年,M71/4)
・安芸・伊予の地震(1649年,M6.9)
・宝永地震(1707年,M8.6)
・安政南海地震(1854年,M8.4)
・伊予西部の地震(1854年,M7.0)
・豊後水道の地震(1968年,M6.6)
⒝国の機関等による知見
地震本部は,長期的な観点から,南海トラフ(西南日本の南側の
海底にある帯状の深みであり,同トラフで海側のフィリピン海プレ
ートが陸側のユーラシアプレートの下に沈み込むことによりプレー
ト境界の広い範囲で圧縮の力がかかり,規模の大きなプレート間地
震が繰り返されている。なお,同トラフの北端は駿河トラフに,南
端は琉球海溝に続いている。)沿いの地震について,四国沖から浜
名湖沖までの領域を震源域とする地震を想定し,その評価のとりま
とめを行っているところ,平成13年に,南海トラフ沿いの地震の
発生位置(領域)及び震源域の形態について,既往の調査結果から
総合的に判断して一定のモデルを提案し(想定南海地震(地震本部,
M8.4)),平成17年に,日向灘のプレート間地震についても,
1968年日向灘地震及び1662年の日向灘の地震に係る強震動
評価を実施して断層モデルを示した(日向灘の地震(地震本部,M
7.6))(日向灘長期評価(2004),乙11-6-5-9〜10,
乙31-9)。
中央防災会議は,平成15年,「東南海・南海地震等に関する専
門調査会」を設置し,東南海・南海地震などの過去の地震発生例を
-39-
参考にして,東海地震,東南海地震及び南海地震をさまざまに組み
合わせたケースを想定した検討を行い,想定南海地震として一定の
モデルを設定した(想定南海地震(中央防災会議,M8.6))(乙
11-6-5-10〜12,乙31-9)。
内閣府の「南海トラフの巨大地震モデル検討会」(以下「内閣府
検討会」という。)は,南海トラフの巨大地震を対象として,過去
に南海トラフで発生した地震の特徴やフィリピン海プレートの構造
等に関する特徴などの現時点の科学的知見に基づきあらゆる可能性
を考慮した最大クラスの巨大な地震として,駿河湾から日向灘まで
を震源断層域とするM9クラスを想定した検討を行った。そして,
南海トラフの巨大地震として4ケースのモデルを設定している(内
閣府(2012b))。本件敷地に最も影響があると考えられるのは,
強震動生成域が最も敷地の近傍に配置されている「陸側ケース」で
ある(乙11-6-5-12〜13,乙31-9,乙259,261)。
⒞本件敷地周辺の地震発生様式及び地震発生状況
本件敷地周辺の地震活動は,太平洋側沖合の南海トラフから陸側
へ沈み込む海洋プレートと陸域プレートとの境界付近で発生するプ
レート間地震,海洋プレート内で発生する地震,陸域及び沿岸で発
生する内陸地殻内地震の3つに大きく分けることができる。気象庁
一元化震源のうち本件敷地周辺で発生したM5未満の地震(微小地
震)の分布状況の調査,本件敷地周辺で発生した過去の地震に関す
る知見等を踏まえると,本件敷地周辺で発生する地震の主な特徴は
概ね次のとおりであった(乙11-6-5-1〜7)。
①プレート間地震
南海トラフ沿いでM8程度の大地震が約100年から150
年の間隔で発生し,日向灘周辺ではM7程度の地震が十数年か
-40-
ら数十年に一度の割合で発生していること
②海洋プレート内地震
安芸灘や伊予灘など瀬戸内海の西部から豊後水道付近のやや
深いところ(約30~70㎞の深さ)でM7程度の地震が発生
しており,過去に本件敷地周辺の沿岸地域に被害をもたらした
地震が知られていること
③内陸地殻内地震
本件敷地近傍ではほとんど発生しておらず,発生が認められ
るものもM2未満のものである一方,大分県別府付近でM7程
度の地震が発生していること
⒟活断層の分布状況
ⅰ相手方は,本件敷地周辺の活断層の分布を把握するため,文献
調査,地形調査,地表地質調査,海域地質調査,地球物理学的調
査等の調査を行った。この結果,本件敷地の北方には敷地前面海
域の断層群(42㎞),伊予セグメント(23㎞),川上セグメ
ント(36㎞)などから構成される中央構造線断層帯が四国陸域
から佐田岬半島西端部の北方まで分布し,本件敷地の沖合約8㎞
を通過すること,さらにその西方には,別府湾-日出生断層帯(7
6㎞)が豊予海峡から別府市西方まで分布すること,これら以外
にも,伊予灘北方には上関断層(F-15),上関断層(F-1
6)等の活断層が,本件敷地の南方には,八幡浜の五反田断層(2
㎞),宇和海のF-21断層(22㎞)が,それぞれ分布するこ
とが分かった(乙11-6-5-7〜9)。
このうち,中央構造線断層帯は,地震本部の中央構造線長期評
価(2011)によれば,近畿地方の金剛山地の東縁から淡路島南部
の海域を経て四国北部を東西に横断して伊予灘に達する,全体の
-41-
長さ約360㎞の断層帯であり,過去の活動時期の違いなどから,
①金剛山地東縁(長さ約17㎞,幅20〜60㎞,ずれの量2〜
5m),②和泉山脈南縁(長さ約44~52㎞,幅20〜60㎞,
ずれの量4m),③紀淡海峡-鳴門海峡(長さ約43~51㎞,
幅20〜60㎞,ずれの量3〜4m),④讃岐山脈南縁-石鎚山
脈北縁東部(長さ約130㎞,幅20〜30㎞,ずれの量6〜7
m),⑤石鎚山脈北縁(長さ約30㎞,幅20〜30㎞〔④の数
値と同じと仮定〕,ずれの量6m),⑥石鎚山脈北縁西部-伊予
灘(長さ約130㎞,幅20〜30㎞〔④の数値と同じと仮定〕,
ずれの量2〜7m〔最大値は④の数値と同じと仮定〕,断層面の
傾斜角は北傾斜高角度)の6つの区間に区分されている。そして,
地震本部では,中央構造線断層帯の将来の活動について,上記6
つの区間が個別に活動する可能性,複数の区間が同時に活動する
可能性,これら6つの区間とは異なる範囲が活動する可能性,さ
らには,断層帯全体が同時に活動する可能性も否定できないとし,
⑥(長さ130㎞)が単独で活動した場合の地震規模をMw7.
4-8.0と,①ないし⑥の全体(長さ約360㎞)が同時に活
動した場合の地震規模をMw7.9-8.4とそれぞれ想定した。
この想定は,上記の断層長さ(単位は㎞,以下「L」と表記す
る。),断層幅(単位はm,以下「W」と表記する。),平均す
べり量(単位はm,以下「D」と表記する。なお,以下において
は,単にすべり量というときは,特にことわらない限り,平均す
べり量を指す。)と剛性率(以下「μ」と表記する。)の積から
地震モーメントMo(断層運動としての地震の規模を表すもの,
単位はN・m,以下「Mo」と表記する。)を求め,MoとMw
の経験式(Mw=〔logMo-9.1〕/1.5)を適用して,
-42-
Mwを算定したものであるが,Mwの算出にあたっては,各区間
が単独で活動する場合も他の区間と連動する場合も,変位量はそ
れぞれの区間で常に一定であり,かつ,変位量は地表変位量と同
じであると仮定したもので,地下の断層面における変位量と同じ
ではない可能性があることに留意する必要があるとされている。
そして,このうちの①ないし⑥の全体(長さ約360㎞)が同
時に活動した場合の地震規模は,①~⑥のMwを求めるにあたり,
各区間それぞれにおいて推定したずれの量をもとに算出したMo
の総和から求めたケース(Mw7.9-8.3)と,最大の想定
として,ずれの量をすべての区間で7m(区間③の最大値)と仮
定して算出したMoの総和から求めたケース(Mw8.1-8.
4)の2つのケースから推定したものである。
もっとも,地震本部の予測地図(2014)では,上記長期評価と
は異なり,上記⑥の断層が単独で活動した場合の地震規模につき,
断層長さを130㎞,断層面の幅を14㎞,断層面の傾斜角を9
0度とした上で,Mw7.4と想定している。
また,中央構造線断層帯の西方に位置する別府-万年山断層帯
は,ほぼ東西方向の多数の正断層から構成されているが,断層の
走向や変位の向きから,別府湾-日出生断層帯(長さ76㎞),
大分平野-由布院断層帯(長さ40㎞)等に区分されている(別
府-万年山断層帯の長期評価について〔平成17年3月9日地震
本部〕,乙34)。本件敷地に最も近い別府湾-日出生断層帯は,
東部と西部で最新活動時期が異なり,それぞれが単独で活動する
と推定されているが,全体が同時に活動する可能性,さらには,
その東端が中央構造線断層帯に連続している可能性があると指摘
されている(乙34)。
-43-
ⅱ相手方は,本件敷地周辺において地質調査を実施し,断層の分
布形態,活動様式等の性状を特定した結果,中央構造線断層帯を
構成する活断層として,北東方向から南西方向へ順に,①川上断
層(断層の長さ約36㎞),②伊予断層(同約23㎞),③敷地
前面海域の断層群(断層群の長さ約42㎞,本件敷地の沖合約8
㎞に分布),④豊予海峡断層(同約23㎞)が存在すること,さ
らに上記各断層間には,断層破壊の末端(ジョグ)を示唆する地
質構造が分布すること(上記①と②の断層の間には重信引張性ジ
ョグ(長さ約12㎞),同②と③の断層の間には串沖引張性ジョ
グ(同約13㎞),同③と④の断層の間には三崎沖引張性ジョグ
(同約13㎞)が存在すること)が確認されたとしている(乙1
1-6-3-43〜66)。
⒠地震の分類
相手方は,以上で示した地震について,地震発生様式ごとに整理・
分類し,検討用地震の候補とする地震を選定した。
ⅰ内陸地殻内地震
上記⒟で示した活断層の分布状況に基づき,本件敷地周辺にお
いて考慮すべき活断層による内陸地殻内地震として,以下のとお
り選定した(乙11-6-5-16〜17)。
・中央構造線断層帯による地震
敷地前面海域の断層群(54㎞。両端のジョグのそれぞれ中
間まで延伸したもの)
伊予断層(33㎞。上記と同じ)
金剛山地東縁-伊予灘(360㎞)
石鎚山脈北縁西部-伊予灘(130㎞)
・別府湾-日出生断層帯による地震
-44-
・F-21断層による地震(敷地の南方。八幡浜の分布)
・五反田断層による地震(15㎞。長さが短く,孤立した断層
であることから,地表で認められる活断層の長さが必ずしも震
源断層の長さを示さない可能性を考慮したもの)
・上関断層(伊予灘北方に分布)
ⅱプレート間地震
上記⒜及び⒝を考慮し,南海トラフ沿いの地震及び日向灘にお
ける地震として以下の地震を選定した(乙6-5-19〜20)。
・土佐その他の南海・東海・西海諸道の地震(684年,M8
1/4)
・宝永地震(1707年,M8.6)
・安政南海地震(1854年,M8.4)
・想定南海地震(地震本部,M8.4)
・想定南海地震(中央防災会議,M8.6)
・南海トラフの巨大地震(陸側ケース)(Mw9.0)(内閣
府(2012b))
・日向灘の地震(1498年,M71/4)
・日向灘の地震(地震調査委員会,M7.6)
ⅲ海洋プレート内地震
南海トラフから安芸灘~伊予灘~豊後水道海域へ西北西の方向
に沈み込むフィリピン海プレートで発生する海洋プレート内地震
について,上記⒜及び⒝の検討結果を踏まえ,以下の地震を選定
した(乙11-6-5-18〜19)。
・安芸・伊予の地震(1649年,M6.9)
・伊予西部の地震(1854年,M7.0)
・豊後水道の地震(1968年,M6.6)
-45-
・九州の深い地震(M7.3)
・日向灘の浅い地震(M7.4)
・アウターライズ地震(M7.4)
b検討用地震の選定
相手方は,上記a⒠のとおり選定した地震から,本件敷地に特に大
きな影響を与えると予想される地震を地震発生様式の分類ごとに検討
用地震として選定することとし,検討用地震の選定にあたっては,応
答スペクトルに基づく地震動評価を行い,以下のとおり検討用地震を
選定した。
⒜内陸地殻内地震(乙11-6-5-29〜30)
中央構造線断層帯による地震は,敷地前面海域の断層群を含む区
間として複数の断層長さを考慮するケースを検討用地震の候補とし
て選定しているが,検討用地震の選定にあたっては,敷地前面海域
の断層群(54㎞)で代表させて検討を行った。その結果,候補と
なる各地震(上記a⒠ⅰ)のうち,本件敷地への影響が最も大きい
と考えられる地震は,敷地前面海域の断層群による地震となった。
なお,敷地前面海域の断層群は,中央構造線断層帯の一部であり,
地震本部において中央構造線断層帯の敷地前面海域の断層群を含む
複数区間の連動の可能性及び中央構造線断層帯と別府-万年山断層
帯との連動の可能性が言及されていることを踏まえ,検討用地震と
しては,これらの連動を含む区間を考慮した断層群による地震を選
定した。
⒝プレート間地震(乙11-6-5-30〜31)
候補となる各地震(上記a⒠ⅱ)のうち,応答スペクトルによる
地震動評価の結果,本件敷地への影響が最も大きいと考えられる地
震は,内閣府(2012b)の南海トラフの巨大地震(陸側ケース)(M
-46-
w9.0)となったことから,これを検討用地震として選定した。
なお,応答スペクトルに基づく地震動評価の手法は巨大地震に対
して適用できるように作成されたものではないものの,内閣府(2012
b)は,東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)についてMw8.3
と仮定して応答スペクトルに基づく地震動評価を行うことで震度分
布がよく説明されたとして,南海トラフの巨大地震(Mw9.0)
の応答スペクトルに基づく地震動評価のパラメータとしてMw8.
3を採用していることから,Mw8.3を採用して評価を行った(断
層モデルを用いた地震動評価においては,Mw9.0を設定して評
価を行った。)。
⒞海洋プレート内地震(乙11-6-5-30)
候補となる各地震(上記a⒠ⅲ)のうち,応答スペクトルによる
地震動評価の結果,本件敷地への影響が最も大きいと考えられる地
震は,1649年安芸・伊予の地震(M6.9)となったことから,
これを検討用地震として選定した。
c地震動評価のための敷地地盤の評価
相手方は,本件敷地地盤の増幅特性の有無を把握すべく次のとおり
の地下構造評価を実施した。
⒜地震観測記録を用いた評価(乙11-6-5-21〜23,145〜148)
相手方は,本件敷地地盤において,昭和50年から地震観測(強
震及び微小地震)を実施しているところ,これまでに観測された比
較的振幅の大きな地震は,全て海洋プレート内地震であり,内陸地
殻内地震,プレート間地震について振幅の大きな記録は得られてい
ない。相手方は,本件発電所で観測した地震のうち,距離減衰式の
一つであるNodaet.al(2002)(以下「耐専式」という。)との比較
が可能な比較的規模の大きい内陸地殻内地震(乙6-5-65)を用
-47-
いて,観測記録の応答スペクトルと耐専式により推定した応答スペ
クトルの比をとって増幅特性の検討を行った。その結果,本件敷地
の岩盤が耐専式の想定する地盤よりも硬いこと,どれも遠方の地震
であり観測記録の振幅が小さいことなどから,どの地震についても
短周期側では観測値が予測値よりも小さい傾向を示しており,特に
顕著な増幅特性を示す地震はなかった(乙11-6-5-146)。
次に,相手方は,対象とする地震の規模をM2程度にまで広げて,
地震波の到来方向によって特異性が見られないかの検討を行ったが,
到来方向によって増幅特性が異なるような傾向はなかった。
⒝深部ボーリング等による評価
相手方は,本件発電所建設当時,最深深度500mのボーリング
調査を実施済みであったが,平成22年から深部ボーリング調査を
実施し,本件敷地のさらに地下深部までの地質及び地盤物性を把握
するとともに,深部の地下構造に起因する地震動の増幅特性がない
ことを確認した。深部ボーリング調査は,本件敷地の南西部(荷揚
岸壁付近)において,深度2000m,500m,160m,5m
の4孔のボーリング孔を掘削するもので,深度2000mまでの連
続したボーリングコアを採取し,これを観察して地質柱状図(地質
断面図の一種で,地層の堆積した順序,厚さ,地層区分などを模様
や記号によって縦に細長い柱状で表したもの。)を作成するととも
に,深部ボーリング孔内において物理検層(ボーリング孔内に各種
測定器〔検層器〕を降下させ,検層器から得られる物理量〔S波速
度,密度,温度等〕を用いて地層中の地質情報を連続的に計測する
手法)やオフセットVSP探査(地表に震源を設置して地震波を人
工的に発生させ,地下の地層境界面〔反射面〕で反射した地震波を
ボーリング孔内の受振器で観測することにより,ボーリング孔周辺
-48-
の地下構造を調査する手法を「VSP探査」といい,特に震源をボ
ーリング孔から離れた地点に設置する方法を「オフセットVSP探
査」という。)を実施した。そして,従来のボーリング調査の結果
と合わせて地下構造の検証を行った。また,地下深部における地震
動を観測し,地表で観測した地震動との比較を行うことにより実際
に地震動が増幅しないことを検証することなどを目的に,各ボーリ
ング孔底部に地震計を設置し,地震観測を開始した。深部ボーリン
グ調査の結果は次のとおりであり,本件敷地の地盤は速度構造的に
特異性を有する地盤ではないことを確認した(乙11-6-5-20
〜21,乙35-21〜23,30,47〜53)。
ⅰ地質構造(乙35-25〜36)
深部ボーリング調査の調査地点では,地表付近に埋立土や風化
岩が薄く分布するものの深度約50mで新鮮な岩盤となり,深度
約50mから深度約2000mまで堅硬かつ緻密な結晶片岩(岩
石が地下深部において長い間圧力や温度等の作用〔変成作用〕を
受けた場合に鉱物が再結晶し鉱物の配列に方向性が生じるが,こ
の方向性を有する組織を「片理」といい,片理ある広域変成岩を
「結晶片岩」という。なお,片理の発達のよい黒色片岩は,片理
面に沿って剥離しやすくなる性質があるとされている。甲B1別
冊用語解説・用語30)が連続する。本件敷地の地盤を構成する緑
色片岩の下位に三波川変成岩類のうち主に泥質片岩が分布し,緑
色片岩,珪質片岩及び砂質片岩の薄層を挟む。地表部の緑色片岩
を主体とする地層とその下位の泥質片岩を主体とする地層の境界
面は緩く北へ傾斜していると推定され,本件原子炉の炉心位置で
は深度約350m以深が泥質片岩主体となっている。
ⅱ速度構造(乙35-38〜45,55〜58)
-49-
深部ボーリング孔内での物理検層の結果によると,P波速度及
びS波速度は地下深部に至るにつれて漸増し,地盤の密度は岩種
に応じてやや変化するものの,深度方向への大きな増減傾向は認
められない。
また,オフセットVSP探査の結果によると,地下深部までほ
ぼ水平な反射面が連続し(オフセットVSP探査による反射面と
反射法探査による反射面とを比較しても連続性に問題はない。),
大規模な断層を示唆する不連続,地震動の特異な増幅の要因とな
る低速度域及び褶曲構造は認められず,本件敷地地盤の速度構造
(地震波の速度分布)は,乱れがなく,均質である。
⒞解放基盤表面の設定(乙11-6-5-23)
相手方は,以上のような本件敷地地盤に係る状況を総合的に判断
し,原子炉建屋及びその周りの地盤は,約2600m/秒のS波速
度を持つ堅固な岩盤が十分な広がりと深さを持っていることが確認
されていることを踏まえ,敷地高さと同じ標高10mを解放基盤表
面として設定した。
d地震動評価
⒜内陸地殻内地震(別表1参照)
ⅰ基本震源モデル
相手方が内陸地殻内地震の検討用地震として選定したのは敷地
前面海域の断層群(中央構造線断層帯)の地震であった。相手方
は,その基本震源モデルを設定するに当たり,断層長さにつき,
中央構造線断層帯と九州側の別府-万年山断層帯が全区間(48
0㎞)において連動するケース(以下「480㎞ケース」という。)
と設定する一方,上記区間の中で部分破壊による地震が起こるこ
とを想定することとし,四国西部のセグメント(130㎞)が連
-50-
動するケース(以下「130㎞ケース」という。)及び敷地前面
海域セグメント(54㎞)が単独で活動するケース(以下「54
㎞ケース」という。)をも設定し,それぞれ不確かさを考慮した
解析を行うこととした(乙11-6-5-31,乙31-36〜37)。
また,断層モデルを用いた手法による地震動評価において必要
なパラメータ(断層の長さ,断層の幅,断層面積〔単位は㎢,以
下「S」と表記する。〕,地震モーメント,平均すべり量,短周
期レベル〔強震動予測に直接影響を与える短周期領域における加
速度震源スペクトルのレベル,単位はN・m/s2
,以下「A」と
表記する。〕,平均応力降下量〔単位はM㎩,以下「⊿σ」と表
記する。〕,アスペリティ総面積〔単位は㎢,以下「Sa」と表
記する。〕,アスペリティ応力降下量〔単位はM㎩,以下「⊿σ
a」と表記する。)等を設定する上で用いる経験式については,
壇ほか(2011)を基本として採用した(乙31-25〜27)。さらに,
480㎞ケース及び130㎞ケースではFujiiandMatsu’ura
(2000)の経験式を,54㎞ケースでは入倉・三宅(2001)によって
算出される地震モーメントにFujiiandMatsu’ura(2000)の平
均応力降下量を組み合わせて用いる手法(以下「入倉・三宅の手
法」という。)をそれぞれ基本震源モデルに織り込むこととした。
相手方が,480㎞ケース及び130㎞ケースにつきFujiiand
Matsu’ura(2000)を採用したのは,現在提案されている主要な経
験式のうち,同手法が壇ほか(2011)と並び長大断層を含んだデー
タに基づいて開発された手法の一つであり,平成21年改訂レシ
ピにおいても長大断層の知見としてこの手法による平均応力降下
量を用いる手法が提案されていることを踏まえたもの,54㎞ケ
ースにつき入倉・三宅の手法を採用したのは,同レシピにおいて
-51-
これを用いる手法が提案されていることを踏まえたものであった。
また,相手方は,断層の幅については,ボーリング調査等の結果
に基づき,断層上端を深さ2㎞と,断層下端を深さ15㎞とそれ
ぞれ想定した上で,54㎞及び130㎞ケースの鉛直モデルでは
13㎞と,480㎞ケースの鉛直モデルでは12.7㎞と想定し
た(乙31-23,40,42,44,54)。
ⅱ不確かさの考慮
相手方は,応答スペクトルに基づく地震動評価において,48
0㎞,130㎞及び54㎞の3ケースそれぞれについて,不確か
さの考慮として,断層傾斜角が鉛直のモデルと北傾斜のモデルを
考慮することとした。さらに,相手方は,応答スペクトルに基づ
く地震動評価の過程で,断層長さを69㎞とするケース(以下「6
9㎞ケース」という。)を設定し,これについても,不確かさの
考慮として断層傾斜角が鉛直のモデルと北傾斜のモデルとをそれ
ぞれ評価し,基準地震動Ssの策定において考慮することとした。
断層長さを69㎞とするケースは,敷地前面海域の断層群(54
㎞)の両端にあるジョグのさらに両端まで連動することを想定す
るものである。なお,相手方は,ジョグは,断層の破壊が停止し,
乗り移る領域のため,変位量は低減するはずであって,ジョグの
変位量を大きく想定する断層長さ69㎞のモデルは科学的には考
え難い連動ケースであると考えていたことから,新規制基準が定
められる以前の地震動評価においては不確かさの一つとして考慮
し,新規制基準実施後においては,69㎞ケースを包含する48
0㎞ケース及び130㎞ケースを基本震源モデルとして設定する
ことにより,69㎞ケースの評価はそれに含まれるものと理解し
ていた(乙31-33〜34)が,平成26年9月12日の原子力規
-52-
制委員会の審査会合において,69㎞ケースの地震動評価につい
ても応答スペクトル法での評価を求められたことから,同年11
月7日付けコメント回答においてその評価を示すことにしたもの
であった(乙31-95)。
また,相手方は,断層モデルを用いた地震動評価における不確
かさの考慮にあたり,①破壊開始点につき,地震動評価への影響
が大きくなるように断層東下端,中央下端及び西下端の3か所又
は5か所に設定し,②アスペリティ深さにつき,上記①と同様の
趣旨で断層上端にアスペリティを配置した上,③断層長さにつき,
480㎞ケースに加え,130㎞ケース,54㎞ケースでも評価
することとし,上記①ないし③の不確かさを,いずれも基本震源
モデルに織り込むこととする一方,④アスペリティ応力降下量,
⑤断層傾斜角(北傾斜),⑥断層傾斜角(南傾斜),⑦破壊伝播
速度,⑧アスペリティの平面位置については,いずれも基本震源
モデルに織り込まず,基本震源モデルの不確かさに重畳させる,
独立した不確かさとして,次のとおり考慮することとした(乙1
1-6-5-31〜33,70〜75)。
・アスペリティ応力降下量
新潟県中越沖地震(超過事例③)の震源特性として,短周期
レベルが平均的な値の1.5倍程度大きかったところ,これは,
ひずみ集中帯に位置する逆断層タイプの地震という地域性によ
ると考えたため,本来ならば,過去の地震観測記録に基づいて
本件原子炉施設周辺で発生する地震の震源特性の分析を行うべ
きところであるが,本件原子炉施設周辺では規模の大きい内陸
地殻内地震は発生していないことを踏まえ,新潟県中越沖地震
の知見を反映し,短周期レベルと相関関係のあるアスペリティ
-53-
の応力降下量を基本震源モデルの1.5倍又は20M㎩とした
場合の評価を行う。
・断層傾斜角(北傾斜)
敷地前面海域の断層群の震源断層は横ずれ断層と推定される
ため傾斜角が高角度である可能性が高いと考えたが,活断層と
しての中央構造線が北へ傾斜する地質境界と一致する可能性を
完全には否定できないことから,横ずれ断層については,傾斜
角90度の場合(以下「鉛直モデル」という。)のみならず,
北に30度傾斜させた場合(以下「北傾斜モデル」という。)
の評価を行う。
・断層傾斜角(南傾斜)
断層傾斜角のばらつきを踏まえ,敷地側に傾斜する場合を考
慮し,横ずれ断層について南に80度傾斜させた場合(以下「南
傾斜モデル」という。)の評価を行う。
・破壊伝播速度
海外の長大な活断層の破壊伝播速度がS波速度を超える事例
があるとの知見を踏まえ,480㎞及び130㎞の各ケースに
ついてはVr(破壊伝播速度)=Vs(地震発生層のS波速度)
の場合の評価を行い,54㎞ケースについては,平均的な破壊
伝播速度の不確かさに関する知見を踏まえ破壊伝播速度Vr=
0.87Vsの場合の評価を行う。
・アスペリティの平面位置
基本的にはジョグにアスペリティは想定されないと考えたも
のの,完全には否定できないとして,敷地正面のジョグにアス
ペリティを配置する場合の評価を行う。
なお,FujiiandMatsu’ura(2000)を用いた480㎞及び13
-54-
0㎞の各ケースでは,壇ほか(2011)による検討結果から,影響が
比較的大きかった①のアスペリティ応力降下量と⑦の破壊伝播速
度を考慮することとした(乙31-40,42)。
ちなみに,各基本震源モデルを解析したところ,断層長さの基本
となる480㎞から断層長さを変えても地震動レベルはほぼ変わ
らない結果が得られた。したがって,130㎞及び54㎞の各不
確かさケースの地震動レベルについても,断層長さ480㎞にお
ける各不確かさケースの地震動レベルとほぼ等しいと推定される
(乙31-180,183,186)。このため,54㎞ケースで入倉・三
宅の手法を用いる場合の各不確かさケースと,54㎞ケースで壇
ほか(2011)を用いる場合における破壊伝播速度の不確かさケース
(480㎞の不確かさケースとは設定値が異なる。)とを除き,
130㎞及び54㎞の各不確かさケースの評価結果については,
480㎞の各不確かさケースの評価結果で代表させることとした
(乙11-6-5-42,乙31-45)。
ⅲ応答スペクトルに基づく地震動評価
応答スペクトルに基づく地震動評価においては,480㎞,1
30㎞及び54㎞の3ケースに加え,敷地前面海域の断層群(4
2㎞)の両端にあるジョグ(各13㎞)のさらに両端まで連動す
ることを想定した69㎞ケースのそれぞれについて,断層傾斜角
が鉛直のモデルと北傾斜のモデルを考慮した。
適用する距離減衰式については,耐専式(等価震源距離を使用)
を基本とするものの,130㎞ケース,69㎞ケース及び54㎞
ケースの各鉛直モデルについては,断層との等価震源距離が耐専
式の適用下限(極近距離)を下回り,かつ,内陸補正(耐専式の
データの多くが内陸地殻内地震に比して地震動の大きい海溝型地
-55-
震によるものであることを考慮し,内陸地殻内地震への適用に際
して地震動を低減する補正を行う〔周期0.02秒〜0.6秒の
地震動につき0.6を乗じる〕こと。乙269-71)をしても耐
専式の評価結果が耐専式以外の複数の距離減衰式(いずれも断層
最短距離を使用)の評価結果と比較して過大となるとして,耐専
式以外の複数の距離減衰式を用いた評価を行い,上記3ケースを
除くケースについては,耐専式を含む複数の距離減衰式によって
評価を行った(乙11-6-5-36〜39,97,乙31-94〜131)。
一方,地震規模(気象庁マグニチュードM)については,断層
長さLに基づいて,松田(1975)で紹介されているLとMの経験式
(M=〔logL+2.9〕/0.6〔乙354・5頁〕,以下
「松田式」という。)により設定することとしたが,130㎞,
480㎞の各ケースについては,松田式の適用範囲が断層長さ8
0㎞以下のものに限られるとの見解を前提に,①断層長さが約8
0㎞以下になるように断層を区分し(以下,区分された断層を「セ
グメント」という。),②各セグメントの断層毎に松田式を適用
して各セグメント毎のMを求め,③これに武村(1990)で紹介さ
れているMと地震モーメントMoとの経験式(logMo=1.
17・M+10.72〔乙354・5頁〕,以下「武村式」とい
う。)を適用して各セグメント毎のMoを求め,④各セグメント
毎のMoを合算して各セグメントが同時に動いた場合のMoを求
め,⑤このようにして算定されたMoに武村式を適用して各セグ
メントが同時に動いた場合のMを求めた(乙178)。
ⅳ断層モデルを用いた手法による地震動評価
断層モデルを用いた手法による地震動評価を行うにあたっては,
まず,中央構造線断層帯及び別府-万年山断層帯の連動を考慮し
-56-
た480㎞の基本震源モデルについて,統計的グリーン関数法及
び経験的グリーン関数法により評価し,両者を比較した。なお,
経験的グリーン関数法に用いる要素地震は,2001年芸予地震
(以下「芸予地震」という。)の余震である安芸灘の地震(M5.
2)の本件敷地における観測記録を用いた。適用にあたっては,
当該地震がスラブ内地震である(乙391・5頁)ため,内陸地
殻内地震の評価に用いることができるよう,距離及びパラメータ
(地震モーメント,応力降下量等)を補正した。上記比較の結果,
統計的グリーン関数法及び経験的グリーン関数法のいずれによっ
た場合も整合的であることが確認されたものの,原子炉施設に影
響の大きい短周期(周期0.1秒付近)の地震動については経験
的グリーン関数法の結果の方が厳しい結果を与えるものであった
ことから,断層モデルを用いた手法による地震動評価においては,
経験的グリーン関数法を採用した(乙11-6-5-41〜42,202
〜220,221〜223,乙31-152〜155)。
上記経験的グリーン関数法及び統計的グリーン関数法の意義は,
以下のとおりである(乙354)。
経験的グリーン関数法と統計的グリーン関数法は,いずれも既
存の小地震の波形から大地震の波形を合成する方法で,半経験的
手法である。
経験的グリーン関数法は,想定する断層の震源域で発生した中
小地震の波形を要素波(グリーン関数)として,想定する断層の
破壊過程に応じて足し合わせる方法であり,時刻歴波形を予測で
き,破壊過程の影響やアスペリティの影響を考慮できるが,予め
評価地点で適当な観測波形が入手されている必要がある。
統計的グリーン関数法は,多数の観測記録の平均的特性をもつ
-57-
波形を要素波とする方法であり,評価地点で適当な観測波形を入
手する必要はないが,評価地点固有の特性に応じた震動特性が反
映されにくいとされる。
⒝プレート間地震
ⅰ基本震源モデル
基本震源モデルとしては,検討用地震として選定した,内閣府
(2012b)の南海トラフの巨大地震(陸側ケース)(Mw9.0)
を採用することとした。
ⅱ不確かさの考慮
南海トラフの巨大地震(陸側ケース)(Mw9.0)に設定さ
れた強震動生成域に加え,断層モデルを用いた手法による地震動
評価において,本件敷地直下にも強震動生成域を追加配置する不
確かさの考慮を行った。
ⅲ応答スペクトルに基づく地震動評価
地震規模は,内閣府(2012b)に従いMw8.3とした。
距離減衰式は,耐専式を用いて評価を行った。
(乙11-6-5-39,200)
ⅳ断層モデルを用いた手法による地震動評価
地震規模は,内閣府(2012b)に従いMw9.0とした。
グリーン関数は,プレート間地震について適切な要素地震が得
られていないことや,内閣府(2012b)が統計的グリーン関数法
を用いていることを踏まえ,統計的グリーン関数法及びハイブリ
ッド合成法により評価を行った(乙11-6-5-43,229)。
上記ハイブリッド合成法は,震源断層における現象のうち長周
期領域を理論的手法,破壊のランダム現象が卓越する短周期領域
を半経験的手法でそれぞれ計算し,両者を合成する方法であり,
-58-
時刻歴波形を予測でき,破壊の影響やアスペリティの影響を考慮
でき,広帯域の評価が可能とされる。
上記理論的手法は,地震波の伝播特性と表層地盤の増幅特性を
弾性波動論により計算する方法であり,時刻歴波形を予測でき,
破壊過程の影響やアスペリティの影響を考慮できるが,震源断層
の不均質特性の影響を受けにくい長周期領域については評価し得
るものの,短周期地震動の生成に関係する破壊過程および地下構
造の推定の困難さのため,短周期領域についての評価は困難とな
るとされる(乙354)。
⒞海洋プレート内地震
ⅰ基本震源モデル
1649年安芸・伊予の地震(M6.9)を検討用地震として
選定したが,基本震源モデルの設定にあたっては,地震発生位置
と規模の不確かさをあらかじめ織り込むこととし,本件敷地下方
に既往最大規模(1854年伊予西部地震のM7.0)の地震を
仮定するなどし,「想定スラブ内地震」として地震動評価を行っ
た。
ⅱ不確かさの考慮
不確かさの考慮においては,1649年安芸・伊予の地震(M
6.9)を再現したモデルをM7に較正したケース,本件敷地の
真下に想定する地震規模をM7.2としたケース,アスペリティ
の位置を断層上端に配置したケース,本件敷地東方の領域に水平
に近い断層面を考慮したケース(M7.4)を設定した。
ⅲ応答スペクトルに基づく地震動評価
距離減衰式として耐専式を用いて評価を行った(乙11-6-
5-39,198〜199)。
-59-
ⅳ断層モデルを用いた手法による地震動評価
本件敷地で得られた2001年芸予地震の余震である安芸灘の
地震の観測記録を要素地震とした経験的グリーン関数法により評
価を行った(乙11-6-5-42〜43,224〜228)。
震源を特定せず策定する地震動
相手方は,震源を特定せず策定する地震動について,次のとおり評価
した。
a加藤ほか(2004)の知見
震源を特定せず策定する地震動に関する代表的な知見として,加藤
ほか(2004)があり,改訂耐震指針の震源を特定せず策定する地震動も
同知見に基づくものであるところ,新規制基準の震源を特定せず策定
する地震動についての考え方は,改訂耐震指針で規定されていたもの
と基本的な違いはないため,従来同様に,加藤ほか(2004)が提案する
「地震基盤における地震動」を震源を特定せず策定する地震動として
考慮することとした。
加藤ほか(2004)は,内陸地殻内で発生する地震を対象として,既存
の活断層図等の文献による調査・空中写真判読によるリニアメント調
査・現地における地表踏査等の詳細な地質学的調査によっても震源位
置と地震規模を前もって特定できない地震を「震源を事前に特定でき
ない地震」と定義し,震源を事前に特定できない地震の規模及び位置
は前もって想定できないことから,「マグニチュードや震源距離を規
定する方法(旧耐震指針の「直下地震M6.5」という地震規模によ
る設定等)」はとらず,「震源近傍の強震観測記録に基づいて地震動
レベルを直接設定する方針」によるとした上で,日本及びカリフォル
ニアで発生した計41の内陸地殻内地震のうち,9地震12地点の計
15記録(30水平成分)の強震記録を,震源を事前に特定できない
-60-
地震の上限レベルの検討に用いたところ,Vs=700m/秒相当の
岩盤上における水平方向の地震動の上限レベルとして,最大加速度値
450ガル,加速度応答値1200ガル,速度応答値100cm/秒
が得られたというものである。
b震源近傍の観測記録の収集・検討
⒜相手方が観測記録の収集対象として検討した地震は,地震ガイド
が例示する次の16地震である。
No.12008年岩手・宮城内陸地震Mw6.9
No.22000年鳥取県西部地震Mw6.6
No.32011年長野県北部地震Mw6.2
No.41997年3月鹿児島県北西部地震Mw6.1
No.52003年宮城県北部地震Mw6.1
No.61996年宮城県北部(鬼首)地震Mw6
No.71997年5月鹿児島県北西部地震Mw6
No.81998年岩手県内陸北部地震Mw5.9
No.92011年静岡県東部地震Mw5.9
No.101997年山口県北部地震Mw5.8
No.112011年茨城県北部地震Mw5.8
No.122013年栃木県北部地震Mw5.8
No.132004年北海道留萌支庁南部地震Mw5.7
No.142005年福岡県西方沖地震の最大余震Mw5.4
No.152012年茨城県北部地震Mw5.2
No.162011年和歌山県北部地震Mw5
⒝地震ガイドの「地表地震断層が出現しない可能性がある地震」は,
断層破壊領域が地震発生層の内部に留まり,国内においてどこでも
発生すると考えられる地震で,震源の位置も規模もわからない地震
-61-
として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震(震源の位置も
規模も推定できない地震〔Mw6.5未満の地震〕)であり,震源
近傍において強震動が観測された上記No.3ないし16が対象と
なる。
そこで,相手方は,これらの地震の観測記録を収集したところ,
No.13の2004年北海道留萌支庁南部地震(以下「留萌支庁
南部地震」という。)では信頼性の高い観測記録が得られたものの,
その他の観測記録は,加藤ほか(2004)による応答スペクトルを下回
るものであったり,観測記録が観測地点の地盤の影響を受けた信頼
性の低いものであったりしたとして,考慮の対象から除外した(乙
40-70〜124)。
留萌支庁南部地震は,震源近傍の観測点において1127ガルと
いう大きな加速度を観測したものである。当初,観測記録は,地表
のものしか得られず,既存の地盤情報も十分ではなかったが,観測
地点の地盤についてボーリング調査等が行われ,佐藤ほか(2013)に
よって信頼性の高い地盤モデルが得られたものである。佐藤ほか
(2013)は,S波速度が938m/秒となる深さ41mを基盤層に設
定した上で解析評価を行い,基盤地震動の最大加速度は585ガル
で地表観測記録の約1/2となる(観測記録の加速度は地盤の影響
によって増幅している)ことを明らかにした。また,佐藤ほか(2013)
以降の追加調査によって得られた試験データを用いて解析を行った
ところ,基盤地震動の最大加速度は561ガルとなり,佐藤ほか
(2013)よりもやや小さめに評価された。本件敷地地盤のS波速度が
2600m/秒である(より硬い地盤である)ことを考慮すれば,
この観測記録を本件原子炉の地震動評価に用いればさらに小さい評
価となるところ,不確かさを保守的に考慮した結果として,留萌支
-62-
庁南部地震の基盤地震動を620ガルに引き上げた地震動を震源を
特定せず策定する地震動として考慮した(乙40-125〜153)。
⒞一方,地震ガイドの「事前に活断層の存在が指摘されていなかっ
た地域において発生し,地表付近に一部の痕跡が確認された地震」
は,震源断層がほぼ地震発生層の厚さ全体に広がっているものの,
地表地震断層としてその全容を表すまでには至っていない地震(震
源の規模が推定できない地震〔Mw6.5以上の地震〕)であり,
上記No.1の2008年岩手・宮城内陸地震(以下「岩手・宮城
内陸地震」という。)及びNo.2の2000年鳥取県西部地震(以
下「鳥取県西部地震」という。)が対象となるが,活断層や地表地
震断層の出現要因の可能性として,地域によって活断層の成熟度が
異なること,上部に軟岩や火山岩,堆積層が厚く分布する場合や地
質体の違い等の地域差があることが考えられるとされている。
そこで,相手方は,本件原子炉の立地地点と岩手・宮城内陸地震
及び鳥取県西部地震の震源域との地域差等について検討を行った。
その結果,岩手・宮城内陸地震の震源域については,地形,第四紀
火山との位置関係,地質,応力場,微小地震の発生状況等において,
本件原子炉施設の立地地点とは特徴が大きく異なっており,特に,
新第三紀以降の火山岩,堆積岩が厚く分布しているのに対し,本件
原子炉施設の立地地点には堅硬かつ緻密な結晶片岩が少なくとも地
下2㎞まで連続している点で地域差が顕著であり,鳥取県西部地震
の震源域については,地震テクトニクス(応力場等の地震発生環境)
が異なり,活断層の成熟度及びこれに寄与する歪み蓄積速度や地下
の均質性において地域差が認められること,両地震の震源域と本件
原子炉の立地地点では地震地体構造が異なっていることから,地震
の起こり方も異なるとして,両地震のいずれも検討対象地震として
-63-
選定する必要はないと考えた(乙40-4〜6)。
さらに,相手方は,鳥取県西部地震については,大局的には本件
原子炉の立地地点と同じく西南日本の東西圧縮横ずれの応力場にあ
ることから,地震が発生する地下深部の構造について検討を加え,
その結果,深部地下構造に違いがあって,本件原子炉の立地地点と
鳥取県西部地震の震源域とでは地震ガイドにいう「活断層の成熟度」
に地域差が認められ(乙42-73〜87),やはり,鳥取県西部地震
を震源を特定せず策定する地震動の評価において考慮する必然性は
ないと考えたものの,大局的にはいずれも西南日本の東西圧縮横ず
れの応力場であることを踏まえ,保守的に,鳥取県西部地震の観測
記録を震源を特定せず策定する地震動として考慮することとした(乙
42-89)。
鳥取県西部地震については,鳥取県にある賀祥ダムの監査廊(以
下「賀祥ダム」という。)に設置された地震計による信頼性の高い
観測記録が得られており,国立研究開発法人防災科学技術研究所の
強震観測網によっても信頼性の高い観測記録が得られているが,賀
祥ダムの観測記録がこれを概ね上回ることなどから,震源を特定せ
ず策定する地震動による基準地震動Ssの検討においては賀祥ダム
の観測記録で代表させることとした(乙42-91)。
基準地震動Ssの策定
a敷地ごとに震源を特定して策定する地震動
敷地ごとに震源を特定して策定する地震動のうち,応答スペクトル
に基づく手法による地震動評価において求めた応答スペクトル及び基
準地震動S2(本件原子炉建設時の基準地震動)の応答スペクトルを
包絡するように,設計用応答スペクトルを設定し,水平方向の基準地
震動Ss-1Hを設定するとともに,鉛直方向については,Ss-1
-64-
Hに対して,耐専式の鉛直方向の地盤増幅率を乗じて基準地震動Ss
-1Vを設定した(乙11-6-5-48,乙31-221〜228)。
また,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動のうち,断層モデ
ルを用いた手法による地震動評価の結果(乙31-230),本件原子炉
の施設に与える影響が大きいケースとして,内陸地殻内地震(中央構
造線断層帯による地震)における検討ケースのうち,①断層長さ48
0㎞で壇ほか(2011)のスケーリング則を用いてアスペリティ応力降下
量の不確かさを考慮したケース,②断層長さ480㎞でFujiiand
Matsu’ura(2000)のスケーリング則を用いてアスペリティ応力降下量
の不確かさを考慮したケース,③断層長さ54㎞で入倉・三宅の手法
を用いて応力降下量の不確かさを考慮したケースを選定し,経験的グ
リーン関数法と理論的手法によるハイブリッド合成を行った。その結
果,上記の基準地震動Ss-1を一部の周期帯において超えた7ケー
スを基準地震動Ss-2-1ないしSs-2-7とした(乙11-6
-5-48〜49,乙31-231)。
また,相手方は,中央構造線断層帯に係る経験的グリーン関数を用
いた評価では,東西方向の地震動の周期0.2~0.3秒で基準地震
動Ss-1を超過する結果が得られているが,仮に,要素地震の南北
方向の地震動が東西方向の地震動と同程度のレベルであったとすれば,
南北方向でも基準地震動Ss-1を超過する可能性も否定できないと
して,東西方向の周期0.2~0.3秒で基準地震動Ss-1を超過
するケースのうち,基準地震動Ss-1を超過する度合いが大きく,
かつスケーリング則として基本に考えている壇ほか(2011)に基づいて
評価した断層長さ480㎞でアスペリティ応力降下量の不確かさ(2
0M㎩)を考慮したケースについて,東西方向と南北方向の地震波を
入れ替えたケースを仮想してSs-2-8として設定した(乙11-
-65-
6-5-49〜50,乙31-232)。
なお,プレート間地震及び海洋プレート内地震ではSs-1を下回
ることから,いずれの地震も基準地震動Ss-2としては設定しなか
った(乙13-19〜20,乙31-237,239)。
もっとも,プレート間地震(南海トラフ巨大地震)の地震動に対す
る応答スペクトルは,長周期側で弾性設計用地震動Sd-1(基準地
震動Ssに0.5を下回らない係数を乗じて設定する地震動であり,
耐震重要度分類Sクラスの施設は,弾性設計用地震動又は静的地震力
のいずれか大きい方の地震力に対しておおむね弾性状態〔変形しても
元どおりに戻る状態〕に留まる範囲で耐えることを要する。設置許可
基準規則解釈別記2の3一,4一)を超えていたが,相手方は,短周
期側でSd-1を下回っており,かつ,弾性設計用地震動に対して施
設全体として概ね弾性範囲に留まるなどとして,上記の扱いをしたも
のである(乙94,相手方の原審準備書面⑸の補充書⑵・54〜55頁)。
b震源を特定せず策定する地震動
震源を特定せず策定する地震動のうち,加藤ほか(2004)は基準地震
動Ss-1に包絡されることから,Ss-1を一部の周期帯で超える
留萌支庁南部地震の基盤地震動及び鳥取県西部地震の際の賀祥ダムの
観測記録を基準地震動Ss-3として選定することとした(乙11-
6-5-50,乙42-94)。
c基準地震動Ssの最大加速度
以上の結果,基準地震動Ssとして基準地震動Ss-1では1ケー
ス,基準地震動Ss-2は8ケース,基準地震動Ss-3は2ケース
をそれぞれ設定した。これらの最大加速度の一覧は,別表2のとおり
である(なお,単位はガル。また,「H」は水平動,「V」は鉛直動,
「NS」は水平動NS成分,「EW」は水平動EW成分,「UD」は
-66-
鉛直動UD成分を示す。)。
基準地震動Ssの年超過確率(乙11-6-5-51〜52,252〜260,
審尋の全趣旨〔「伊方発電所3号機地震動評価(超過確率の参照)(耐
震性能)平成24年2月4日四国電力株式会社」〕)
a年超過確率の算定方法
年超過確率の算定は,一般社団法人日本原子力学会(以下「日本
原子力学会」という。)が定めた「原子力発電所の地震を起因とし
た確率論的安全評価実施基準:2007」(以下「原子力学会(2007)」
という。乙193)に基づき,「特定震源モデルに基づく評価」及
び「領域震源モデルに基づく評価」を実施した。
その策定手順は,以下のとおりである。
ⅰ伊方発電所から概ね百数十㎞程度内の震源を対象とし,①ひと
つの地震に対して,震源の位置,規模及び発生頻度を特定して扱
う「特定震源モデル」,②ある拡がりを持った領域の中で発生す
る地震群として取扱う「領域震源モデル」に分類する。
ⅱ①特定震源モデルについては,各々の地震について,基準地震
動の策定の際,設定したモデルや地震動評価手法を参照し,②領
域震源モデルについては,ある程度均質であると考えられる領域
内での地震特性を踏まえ,それぞれ可能性のある不確かさ要因の
組合せをツリー状に表現し,可能性の度合いに応じて重みを設定
した震源モデル(ロジックツリー)の設定を行う。
ⅲ策定した震源モデル(ロジックツリー)の全分岐について地震
動評価を行い,ある任意地点において将来の一定期間中に襲来す
るであろう任意の地震動強さと,その強さを超過する確率との関
係を示した地震ハザード曲線を策定する。
ⅳ策定した複数の周期の地震ハザード曲線に基づいて,同一の超
-67-
過確率となる応答値を周期を横軸にしてつなぎ,一様ハザードス
ペクトルを策定する。
「特定震源モデルに基づく評価」は,一つの地震に対して,震源
の位置,規模及び発生頻度を特定して扱うモデルで,「敷地ごとに
震源を特定して策定する地震動」に対応する。相手方は,敷地前面
海域の断層群(中央構造線断層帯)による地震,その他の活断層で
発生する地震及び南海地震を考慮した。
「領域震源モデルに基づく評価」は,ある拡がりを持った領域の
中で発生する地震群として取り扱うモデルで,「震源を特定せず策
定する地震動」に対応する。相手方は,活断層の存在が知られてい
ないところで発生し得る内陸地殻内地震,南海地震以外のフィリピ
ン海プレートで発生する地震(プレート間地震及び海洋プレート内
地震)を考慮した。
そして,両モデルにおける年超過確率を足し合わせて,全体とし
ての年超過確率を算定した。
b年超過確率の算定結果
相手方は,上記aにより年超過確率を算定した結果として,基準地
震動Ss-1の年超過確率は,10-4
~10-6
/年(1万年~100
万年に1回)程度であり,基準地震動Ss-2及び基準地震動Ss-
3の年超過確率も同程度であるとした。
エ原子力規制委員会の審査結果
原子力規制委員会による相手方の基準地震動策定の審査の結果は次のと
おりである(乙13-10〜20)。
敷地ごとに震源を特定して策定する地震動
原子力規制委員会は,審査の過程において,①敷地前面海域の断層群
(中央構造線断層帯)による地震動評価に当たっては,当該断層群が長
-68-
大であるため,部分破壊も考慮するとともに,スケーリング則の適用性
を検討すること,②破壊伝播速度につき,敷地前面海域の断層群(中央
構造線断層帯)が長大な横ずれ断層であることを考慮し,最新の知見を
考慮して検討することを求めた。
この点に関して相手方がした上記地震動評価は,原子力規制委員会に
よる上記求めに応じて補正された結果である。
震源を特定せず策定する地震動
原子力規制委員会は,審査の過程において,①震源を特定せず策定す
る地震動の評価で収集対象となる内陸地殻内の地震の例として地震ガイ
ドに示している全ての地震について観測記録等を収集し,検討すること
を求め,このうち鳥取県西部地震については,鳥取県西部地震震源域と
本件原子炉立地地点との間に地質学的背景に大きな地域差が認められな
い旨指摘し,②留萌支庁南部地震については,その地震観測記録につい
て,既往の知見である微動探査等に基づく地盤モデルによるはぎとり解
析のみならず,適切な地質調査データに基づく地盤モデルによるはぎと
り解析等を求めた。
この点について相手方がした上記地震動評価は,原子力規制委員会に
よる上記求め又は指摘を踏まえた結果である。
原子力規制委員会は,上記及びを経た上で,相手方が策定した基
準地震動が設置許可基準規則解釈別記2の規定に適合しているとした。
⑾本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後-地すべり)
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2⑾記載のとおりであるから,
これを引用する。
⑿本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後-液状化)
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2⑿記載のとおりであるから,
これを引用する。
-69-
⒀本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後-津波)
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2⒀記載のとおりであるから,
これを引用する。
⒁本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後-火山現象)
ア新規制基準等の内容
設置許可基準規則によれば,安全施設は,想定される自然現象(地震
及び津波を除く。)が発生した場合においても安全機能を損なわないも
のでなければならないとされ(同6条1項),「想定される自然現象」
とは,敷地の自然環境を基に,洪水,風(台風),竜巻,凍結,降水,
積雪,落雷,地滑り,火山の影響,生物学的事象又は森林火災等から適
用されるものをいうものとされている(同解釈6条1項)。
また,重要安全施設は,当該重要安全施設に大きな影響を及ぼすおそ
れがあると想定される自然現象により当該重要安全施設に作用する衝撃
及び設計基準事故時に生ずる応力を適切に考慮したものでなければなら
ないとされ(設置許可基準規則6条2項),「大きな影響を及ぼすおそ
れがあると想定される自然現象」とは,対象となる自然現象に対応して,
最新の科学的技術的知見を踏まえて適切に予想されるものをいい,過去
の記録,現地調査の結果及び最新知見等を参考にして,必要のある場合
には,異種の自然現象を重畳させるものとされている(同解釈6条2項)。
火山ガイド(乙147)は,新規制基準を受け,上記各自然現象のう
ち「火山の影響」について,原子力発電所への火山影響を適切に評価す
るため,立地評価と影響評価の2段階で行うこととしている(その趣旨
につき「考え方」。用語の定義につき火山ガイド1.4)。
立地評価とは,評価対象場所周辺の火山事象の影響を考慮して原子力
発電所を建設するサイト(敷地)としての適性を評価することを言い,主
として,火山活動の将来の活動可能性を検討しながら,設計対応不可能,
-70-
つまり,施設や設備で対応が不可能な火山事象(火砕物密度流,溶岩流,
岩屑なだれ,地滑り及び斜面崩壊,新しい火口の開口並びに地殻変動)
の当該サイトへの到達の可能性を評価するものである。
影響評価とは,立地評価の結果,立地が不適とされないサイトにおい
て,運用期間中に生じうる火山事象に対し,その影響を評価することを
言い,具体的には,設計対応可能,つまり,施設や設備で対応が可能な
火山事象(降下火砕物,火山性土石流・火山泥流及び洪水,火山から発
生する飛来物(噴石),火山ガス,津波及び静振,大気現象,火山性地
震とこれに関連する事象並びに熱水系及び地下水の異常)の影響を評価
し,これに対する事業者の設計方針について評価を行うものである。
このように,①設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間
中に到達する可能性を評価することで,原子力発電所の立地として不適
切なものを排除し(立地評価),その上で,②設計対応可能な火山事象
に対する施設や設備の安全機能の確保を評価している(影響評価)。
イ立地評価に関する火山ガイドの定め
地理的領域内の火山の抽出
火山影響評価が実施される原子力発電所周辺の領域(原子力発電所か
ら半径160㎞の範囲の領域。以下「地理的領域」という。)に対して,
文献調査等で第四紀(約258万年前以降)に活動した火山(以下「第
四紀火山」という。)を抽出する。
160㎞の範囲を地理的領域とするのは,国内の最大規模の噴火であ
る阿蘇4噴火(約9万年前)において火砕物密度流が到達した距離が1
60㎞であると考えられているからである。
また,第四紀火山を対象とするのは,日本には,258万年間の休止
期間を経た後に火山活動を再開させた火山は存在しておらず,258万
年前までに活動を終えた日本の火山が火山活動を再開させる蓋然性は極
-71-
めて低いと考えられているからである(日本には5つの火山弧〔千島,
東北日本,伊豆-小笠原,西南日本,琉球〕があり,火山弧の活動は,
日本において1億年以上継続していると考えられているが,現在のテク
トニクス場〔主に岩石圏の動きによる地殻の応力場〕が成立した時期は,
概ね鮮新世〔約500万年前から258万年前まで〕から第四紀更新世
〔約258万年前から約1万年前まで〕の間であると考えられ,地殻変
動の傾向や火山活動の場は数十万年から数百万年にわたって変化がない
と考えられている。)。
地理的領域内に第四紀火山がない場合には,立地不適にはならない。
完新世の活動の有無
地理的領域内に第四紀火山がある場合には,完新世(約1万年前まで)
に当該火山の活動があったか否かを評価する(気象庁が概ね1万年以内
に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山を活火山としている
ことに対応)。
完新世に活動があった火山は,将来の活動可能性があることを示すも
のとして広く受け入れられていることから,完新世に活動していること
が認められれば直ちにこれを将来の活動可能性のある火山とする。
完新世に活動していない火山については,文献調査並びに地形・地質
調査及び火山学的調査の調査結果を基に,当該火山の噴火時期,噴火規
模,活動の休止期間を示す階段ダイヤグラム(縦軸に噴出量を設定し,
横軸に噴出年代を設定し,それを分析することで,将来の火山活動の規
模や時期について評価するもの)を作成し,前記文献調査及び調査結果
等から得られた知見と併せて,完新世よりも古い時期まで遡り,活動状
況を踏まえて将来の火山活動を評価する。これらの評価の結果,火山活
動が終息する傾向(噴火様式や噴出物の特性等)が顕著であり,最後の
活動終了から現在までの期間が,過去の最大休止期間より長い等過去の
-72-
火山活動の調査結果を総合的に考慮し,将来の活動可能性が無いと判断
できる場合は,当該火山の火山活動に関する個別評価を行う必要は無い。
完新世に活動があった場合や,完新世に活動がなかったものの,将来
の活動可能性が否定できない場合には,原子力発電所に影響を及ぼし得
る火山として,火山活動に関する個別評価を行う。
火山活動に関する個別評価
a運用期間中の火山の活動可能性の評価
火山活動に関する個別評価を行うのは,原子力発電所に影響を及ぼ
し得る火山として抽出された火山である。
①将来の活動可能性を評価する際に用いた調査結果と必要に応じて
実施する②地球物理学的及び③地球化学的調査の結果を基に,原子力
発電所の運用期間中における検討対象火山の活動可能性を総合的に評
価する。
①将来の活動可能性を評価する際に用いた階段ダイヤグラムや地質
調査等は,対象とする火山の過去から現在までの火山活動に焦点を当
てた調査方法であるが,②地球物理的及び③地球化学的調査は,対象
とする火山の現在の火山活動に焦点を当てた調査方法である。②地球
物理学的調査とは,例えば,現在,地下にマグマ溜まりがあるのか,
火山性地震は発生しているのか等を調査する方法である。③地球化学
的調査とは,火山ガスの観測,地下水に含まれるマグマ起源のガス分
析等である。これらの②地球物理学的調査や③地球化学的評価によっ
て,現在の火山の状態を分析し,現在の活動状況を確認して評価を行
う。
b設計対応不可能な火山事象の到達可能性の評価
検討対象火山の活動の可能性が十分小さいと判断できない場合は,
火山活動の規模と設計対応不可能な火山事象の到達可能性を評価する。
-73-
検討対象火山の調査結果から原子力発電所運転期間中に発生する噴
火規模を推定する。
調査結果から原子力発電所運用期間中に発生する噴火の規模を推定
できない場合は,検討対象火山の過去最大の噴火規模とする。
次に設定した噴火規模における設計対応不可能な火山事象が原子力
発電所に到達する可能性が十分小さいかどうかを評価する。評価では,
①検討対象火山の調査から噴火規模を設定した場合には,その噴火規
模での影響範囲を推定する。推定する際には,類似の火山における設
計対応不可能な火山事象の影響範囲を参考とすることができる。②過
去最大の噴火規模から設定した場合には,検討対象火山での設計対応
不可能な火山事象の痕跡等から影響範囲を判断する。③いずれの方法
によっても影響範囲を判断できない場合には,設計対応不可能な火山
事象の国内既往最大到達距離を影響範囲とする。
なお,火山噴火の規模を表す一つの指標として,火山爆発指数(V
EI,VolcanicExplosivityIndexの略)があり,噴出した火砕物(火
山灰,火砕流等)の量で評価される(VEI4は0.1㎦以上1㎦未
満,VEI5は1㎦以上10㎦未満,VEI6は10㎦以上100㎦未
満,VEI7は100㎦以上1000㎦未満)。
これらの評価の結果,設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に
到達する可能性が十分小さいと評価できる場合には,立地は不適とは
ならない。
これに対し,設計対応不可能な火山事象が原子力発電所運用期間中
に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されない火山がある場合は,
原子力発電所の立地は不適となり,この場合,当該敷地に原子力発電
所を立地することは認められない。
火山活動のモニタリング
-74-
a目的
事業者は,立地評価において,当該原子力発電所の運用期間中,検
討対象火山の将来の活動可能性が十分小さいと評価できる場合及び設
計対応不可能な火山事象が影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価で
きる場合であっても,評価の根拠が継続していることを確認するため,
検討対象火山の状態の変化を検知するためのモニタリングを行う(モ
ニタリングによって噴火の時期や規模を予測することを目的とするも
のではない。)。
b方法及びその結果の評価方法
監視対象火山は,過去の最大規模の噴火により設計対応不可能な火
山事象が原子力発電所に到達したと考えられる火山であり,仮に,過
去の最大規模の噴火を考慮しても,設計対応不可能な火山事象が原子
力発電所に到達しないと判断できる火山については監視対象火山とは
ならない。
火山活動の監視項目としては一般的に,地震活動の観測(火山性地
震の観測),地殻変動の観測(GPS等を利用し地殻変動を観測),
火山ガスの観測(放出される二酸化硫黄や二酸化炭素量などの観測)
などが考えられる。事業者は,適切な方法により監視するが,公的機
関が火山活動を監視している場合においては,そのモニタリング結果
を活用してもよい。
そして,事業者は,抽出したモニタリング結果を第三者の助言を得
るなどして定期的に評価する必要がある。
c火山活動の兆候を把握した場合の対処方針の策定
事業者は,火山活動の兆候を把握した場合の対処方針として,①対
処を講じるために把握すべき火山活動の兆候と,その兆候を把握した
場合に対処を講じるための判断条件,②火山活動のモニタリングによ
-75-
り把握された兆候に基づき,火山活動の監視を実施する公的機関の火
山の活動情報を参考にして対処を実施する方針,③火山活動の兆候を
把握した場合の対処として,原子炉の停止,適切な核燃料の搬出等が
実施される方針を定める。
これは,想定を超える事象に対して備えをすることで,対処方針が
全くない場合と比較して,適切な対処を比較的容易にできるようにす
るためである。
ウ影響評価をめぐる火山ガイドの定め
影響評価では,設計対応が可能な火山事象による影響を評価する。設
計対応可能な火山事象は降下火砕物などが該当し,構造物や設備等によ
り,原子力発電所に影響を及ぼす各火山事象に対してその影響を十分に
小さくする必要がある。
a地理的領域外の火山による降下火砕物の影響評価
地理的領域外の火山による影響評価は,降下火砕物の影響評価を行
う。降下火砕物は主に火山灰である。降下火砕物以外の火山事象は地
理的領域外に影響を及ぼすとは認められず,他方で,降下火砕物は地
理的領域外にも影響を及ぼすと認められるため,地理的領域外につい
ては,降下火砕物の影響評価が必要となる。降下火砕物の堆積量(厚
さ)の設定は,原子力発電所又はその周辺で確認された降下火砕物の
最大堆積量(厚さ)を基に評価する。
b地理的領域内の火山による火山事象の影響評価
地理的領域内で将来の活動可能性があると評価された火山について
は,地理的領域外の火山による降下火砕物の影響評価に加え,設計対
応可能な火山事象による影響を評価する。
各影響を評価するに当たっては,事業者において,原子力発電所が
存在する立地周辺の地質調査や文献,数値シミュレーション等から,
-76-
設計対応可能な火山事象の影響の程度を認定し,その各事象に対する
設計対応や運転対応を定め,原子力規制委員会において,その妥当性
を審査する。
影響評価は,立地評価時の地質調査や文献等から,設計対応可能な
火山事象の原子力発電所の運用期間中における当該サイトへの影響の
程度を評価することが求められるのであり,理由なく過去の当該サイ
トへの影響実績を超えた火山事象に対する設計を求めるものではない。
影響評価のうち降下火砕物についての火山ガイドの定め
⑴降下火砕物の影響
直接的影響
降下火砕物は,最も広範囲に及ぶ火山事象で,ごくわずかな火山灰
の堆積でも,原子力発電所の通常運転を妨げる可能性がある。降下火
砕物により,原子力発電所の構造物への静的負荷,粒子の衝突,水循
環系の閉塞及びその内部における磨耗,換気系,電気系及び計装制御
系に対する機械的及び化学的影響,並びに原子力発電所周辺の大気
汚染等の影響が挙げられる。
降雨・降雪などの自然現象は,火山灰等堆積物の静的負荷を著しく
増大させる可能性がある。火山灰粒子には,化学的腐食や給水の汚染
を引き起こす成分(塩素イオン,フッ素イオン,硫化物イオン等)が
含まれている。
間接的影響
降下火砕物は広範囲に及ぶことから,原子力発電所周辺の社会イン
フラに影響を及ぼす。この中には,広範囲な送電網の損傷による長期
の外部電源喪失や原子力発電所へのアクセス制限事象が発生しうる
ことも考慮する必要がある。
⑵降下火砕物による原子力発電所への影響評価
-77-
降下火砕物の影響評価では,降下火砕物の堆積物量,堆積速度,堆積
期間及び火山灰等の特性などの設定,並びに降雨等の同時期に想定され
る気象条件が火山灰等特性に及ぼす影響を考慮し,それらの原子炉施設
又はその付属設備への影響を評価し,必要な場合には対策がとられ,求
められている安全機能が担保されることを評価する。
⑶確認事項
直接的影響の確認事項
①降下火砕物堆積荷重に対して,安全機能を有する構築物,系統及
び機器の健全性が維持されること。
②降下火砕物により,取水設備,原子炉補機冷却海水系統,格納容
器ベント設備等の安全上重要な設備が閉塞等によりその機能を喪
失しないこと。
③外気取入口からの火山灰の侵入により,換気空調系統のフィルタ
の目詰まり,非常用ディーゼル発電機の損傷等による系統・機器の
機能喪失がなく,加えて中央制御室における居住環境を維持するこ
と。
④必要に応じて,原子力発電所内の構築物,系統及び機器における
降下火砕物の除去等の対応が取れること。
間接的影響の確認事項
原子力発電所外での影響(長期間の外部電源の喪失及び交通の途
絶)を考慮し,燃料油等の備蓄又は外部からの支援等により,原子炉
及び使用済燃料プールの安全性を損なわないように対応が取れるこ
と。
エ本件発電所の立地評価
相手方は,次のとおり,本件発電所の立地評価をした。
本件発電所に影響を及ぼし得る火山の抽出
-78-
本件発電所は,四国北西部に細長く延びる佐田岬半島の付け根付近の
瀬戸内海側に位置する。山口県の内陸部から大分県の国東半島,別府湾
沿岸へと火山フロント(帯状の火山分布の海溝〔陸のプレートに海のプ
レートが沈み込む部分〕側の境界を結ぶ線)が連なるが,本件敷地は,
火山フロントから南東に大きく離れており,本件敷地を中心とする半径
50㎞内に第四紀火山や第四紀火山岩類は分布しない。本件敷地の地理
的領域内には42の第四紀火山が分布し,これらのうち完新世に活動を
行った火山は,本件敷地との距離が近いものから順に,a鶴見岳(本件
敷地との距離85㎞),b由布岳(同89㎞),c九重山(同108㎞),
d阿蘇(阿蘇カルデラ,阿蘇山,根子岳及び先阿蘇,同130㎞),e阿
武火山群(同130㎞)である。これらの5火山は本件発電所に影響を
及ぼし得る火山であることから,本件発電所の運用期間中の活動可能性
を考慮することとした。
また,完新世に活動を行っていない火山については,文献調査結果を
基に,当該火山の第四紀の噴火時期,噴火規模及び活動の休止期間を示
す階段ダイヤグラムを作成し,将来の活動可能性の有無を評価した。完
新世に活動を行っていない火山のうち,f姫島(本件敷地との距離65
㎞),g高平火山群(同89㎞)は活火山ではないものの,火山活動が
終息する傾向が明確ではなく,将来の火山活動の可能性が否定できない
ため,本件発電所に影響を及ぼし得る火山として抽出した。残りの35
火山は,いずれも活動年代が古く,最新活動からの経過期間が過去の最
大休止期間より長いことなどから,将来の活動可能性はないものと評価
し,個別評価の対象外とした。
(乙11-6-8-4〜11)
抽出された火山の火山活動に関する個別評価
a鶴見岳
-79-
鶴見岳は大分県の別府湾西岸に位置する標高1375mの成層火山
(同一の火口から噴火を繰り返すことにより,火口の周囲に溶岩と火
山破屑物とが交互に積み重なり,それが層をなして火山体を形成する
火山)であり,約9万年前以前から活動を開始し,現在も噴気活動が
認められる。南北5㎞にわたり連なる溶岩ドーム(噴火によって溶岩
が火口から地表に出て固まり,丘状に盛り上がったもの。)の最南端
に位置する鶴見岳は厚い溶岩流の累積からなり,北端の伽藍岳には強
い噴気活動がある。完新世で最大規模の噴火は1万0600~730
0年前の鶴見岳山頂溶岩噴火(溶岩主体の噴火と推定される。)で噴
出量は0.15㎦とされている。鶴見岳を起源とする大規模火砕流は
知られておらず,本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。
(乙11-6-8-4〜5)
b由布岳
由布岳は大分県の鶴見岳西方に位置する標高1583mの成層火山
であり,約9万年前より古い時代から活動を開始し,最新噴火は20
00~1900年前とされている。由布岳は数個の溶岩ドーム及び山
頂溶岩(山頂部の火口から地表に流れ出た溶岩が冷えて固まったもの。)
からなり,約2000年前に規模の大きな噴火活動(以下「2ka噴
火」という。)が発生したが,その後有史から現在に至るまで噴火活
動は起きていない。完新世以前の噴火規模についての報告はなく,完
新世で最大規模の噴火は2ka噴火で噴出量は0.207㎦とされて
いる。由布岳の山麓には2ka噴火に伴う火砕流堆積物が分布するが,
由布岳を起源とする大規模火砕流は知られておらず,本件発電所に影
響を及ぼす可能性はない。また,2ka噴火に伴う火山灰(以下「由
布岳1火山灰」という。)は,厚さ数㎝で別府湾に降下・堆積してお
り,その体積は0.05㎦とされている。
-80-
(乙11-6-8-5〜6)
c九重山
九重山は由布岳と阿蘇山の間の大分県西部に東西15㎞にわたって
分布する20以上の火山の集合であり,最高峰は中岳(標高1791
m)である。約20万年前以降に活動し,最新噴火は1996年であ
る。火山の多くは急峻な溶岩ドームで山体の周囲を主に火砕流から成
る緩傾斜の裾野が取り巻く。九重山を起源とする最大規模の火砕流は,
約8~7万年前に噴出したと推定される飯田火砕流であり,その堆積
物は,大分県から熊本県にかけての地域に分布し,最大層厚約200
m,推定分布面積約150㎢,推定体積は約5㎦と見積もられている。
これらの火砕流堆積物の分布は九州内陸部に限られ,本件発電所に影
響を及ぼす可能性はない。また,九重山は,完新世にも頻繁にマグマ
を噴出しており,マグマを出した最後の活動として約1700年前に
溶岩ドームが形成されているが,本件敷地から遠く離れており,本件
発電所に影響を及ぼす可能性はない。
(乙6-8-6〜7)
d阿蘇
阿蘇カルデラは熊本県東部で東西約17㎞,南北約25㎞のカルデ
ラである。阿蘇カルデラ周辺の火山としては,カルデラの中央部に阿
蘇山が,東側に根子岳が位置し,縁辺部に先阿蘇(カルデラの形成が
始まる以前〔約30万年前〕に現在の外輪山などを形成した火山群)
の火山岩類が分布する。阿蘇山は,高岳(標高1592m),中岳(標
高1506m)等の東西方向に連なる成層火山からなる火山群であり,
根子岳(標高1433m)は,開析(侵食作用によって地表が削られ
る現象)の進んだ成層火山である。
阿蘇カルデラでは,①約27万~約25万年前(噴出体積50㎦,
-81-
VEI6),②約14万年前(噴出体積50㎦,VEI6),③約1
2万年前(噴出体積150㎦,VEI7),④約9万年前~約8.5
万年前(噴出体積600㎦,VEI7)にそれぞれ火砕流及び降下火
砕物を噴出した噴火が認められる(古いものから順に,以下「阿蘇1
噴火」「阿蘇2噴火」「阿蘇3噴火」「阿蘇4噴火」という。)。現
在の阿蘇カルデラは,阿蘇1噴火から阿蘇4噴火までの4回の大噴火
によって形成されたものとされている。阿蘇1ないし4噴火のうちで
は,阿蘇4噴火の噴火規模が突出して大きい。
阿蘇1噴火及び阿蘇2噴火による火砕流堆積物は,大分県西部並び
に熊本県北部及び中部の広い範囲に,阿蘇3噴火による火砕流堆積物
は,大分県西部及び中部並びに熊本県北部及び中部の広い範囲に,阿
蘇4噴火による火砕流堆積物は,九州北部及び中部並びに山口県南部
の広い範囲に分布する。
ところで,日本第四紀学会編「日本第四紀地図」(1987)及び町田・
新井(2011)は,阿蘇4噴火による火砕流堆積物の到達範囲を推定し,
本件敷地の位置する佐田岬半島まで到達した可能性を示唆しているが,
その分布(実際に堆積物が確認される範囲)は方向によって偏りがあ
り,佐田岬半島において阿蘇4噴火による火砕流堆積物を確認したと
の知見はない。
佐田岬半島では,段丘面(海岸や湖岸あるいは川岸に沿って平坦面
と急崖が階段状あるいは台地状を成す地形を段丘といい,平坦面を段
丘面,急崖を段丘崖という。)の発達が全般的に悪いものの,狭小な
海成段丘(過去の海岸部の平野が相対的に隆起して形成された段丘地
形)が沿岸部に点在しているところ,地表踏査結果によると,佐田岬
半島に点在するM面(中位段丘面,約13〜6万年前に海や川の作用
によって形成された段丘面)の段丘堆積物を覆う風成層(風の作用に
-82-
よって,岩石の細片,砂,粘土,火山灰などが陸上に堆積してできた
地層)は,阿蘇4噴火によるテフラ(火山灰,軽石,スコリア〔塊状
で多孔質のもののうち暗色のもの〕,火砕流堆積物,火砕サージ堆積
物等の総称)が混在するものの,阿蘇4噴火による火砕流堆積物は確
認されず,中位段丘に阿蘇4噴火による火砕流堆積物が保存されてい
る山口県とは状況を異にする。また,佐田岬半島西端部の阿弥陀池,
佐田岬半島中央部の伊方町高茂,佐田岬半島付け根部の八幡浜市川之
石港は,堆積条件のよい低地あるいは盆地であって,阿蘇4噴火によ
る火砕流堆積物が保存されやすいと考えられるのに,上記各地でのボ
ーリング調査によっても,阿蘇4噴火による火砕流堆積物は確認され
ない。
相手方が,本件審査の過程で,阿蘇カルデラから東方(本件敷地方
向)への火砕流のシミュレーション評価(解析ソフト「TITAN2
D」を使用)を実施し,本件敷地への影響を検討したところ,阿蘇4
噴火による火砕流堆積物の想定体積200㎦を上回る320㎦を本件
発電所に近いカルデラ東縁のみに配置したシミュレーションの結果に
おいても,火砕流堆積物が四国までは到達しないとの結果が得られて
いる。
本件発電所と阿蘇カルデラの距離(約130㎞),その間の地形的
障害(佐賀関半島,佐田岬半島)により,阿蘇4噴火による火砕流は
本件敷地まで到達していないものと考えられる。また,各種文献によ
る現在のマグマ溜まりや噴火活動の状況は巨大噴火直前の状態ではな
いことなどから,阿蘇において本件発電所の運用期間中に阿蘇4噴火
のような巨大噴火が発生することはないと考えられる。したがって,
阿蘇の巨大噴火が本件発電所の運用期間中に本件発電所に影響を及ぼ
すことはない。
-83-
巨大噴火の最短の活動間隔(阿蘇2噴火と阿蘇3噴火の間の約2万
年)は,最新の巨大噴火である阿蘇4噴火からの経過時間(約9万年
前~約8.5万年前)よりも短い。
阿蘇4噴火以降の活動としては,約9万年前以降に阿蘇山が噴火活
動を開始し,溶岩や火砕物を噴出する小規模噴火の繰り返しにより形
成された火山体とともに,降下軽石を主体とする噴火が複数回認めら
れ,現在の阿蘇山の活動は,多様な噴火様式の小規模噴火を繰り返し
ていることから,後カルデラ火山噴火ステージと判断される。
また,阿蘇カルデラの地下構造に関する知見から考えられる現在の
マグマ溜まりは,巨大噴火直前の状態のものとは認められない。
以上のことから,本件発電所運用期間中の噴火規模としては,後カ
ルデラ火山噴火ステージである阿蘇山での既往最大噴火規模を考慮す
るが,阿蘇山での既往最大噴火は阿蘇草千里が浜噴火(約3.1万年
前)であり,その噴出物量は約2.39㎦であって,阿蘇山起源の火
砕流堆積物の分布は阿蘇カルデラ内に限られ,本件発電所に影響を及
ぼす可能性はない。
なお,先阿蘇は約80万年前~約40万年前の間に,根子岳は約1
4万~約12万年前の間に活動が認められるが,活動年代が古いこと
等から,いずれの火山も本件発電所に影響を及ぼすことはない。
(乙11-6-8-7〜10,乙146,290)
e阿武火山群
阿武火山群は山口県の日本海側に位置する約40の小火山体から構
成される火山群である。約80万年前~約1万年前まで活動し,最新
噴火は8800年前であり,190万年前~150万年前には先阿武
火山活動があったとされる。
阿武火山群における約80万年前以降の火山活動の噴出量は約2.
-84-
9㎦,噴火規模(溶岩の体積)は0.001~0.75㎦とされてい
るところ,阿武火山群は小規模な溶岩噴出を主体とし,阿武火山群を
起源とする大規模火砕流や広域火山灰は知られていないし,本件敷地
から遠く離れていることもあって,本件発電所に影響を及ぼす可能性
はない。
(乙11-6-8-10〜11)
f姫島
姫島は,大分県北東部国東半島の北方約4㎞沖の周防灘に位置する
東西約7㎞,南北約3㎞の細長い島であり,標高267mの矢筈岳を
最高峰とする火山群である。姫島を起源とする大規模火砕流は知られ
ておらず,本件原子炉施設に影響を及ぼすことはない。
また,姫島の活動時期は約30万年前~10万年前とされている。
全活動期間の約20万年間に7回以上の活動があり,平均活動間隔は
数万年程度であるのに対して,最新活動から約10万年が経過してい
ることなどを踏まえれば,本件発電所の運用期間中に噴火する可能性
はない。
(乙11-6-8-11〜12)
g高平火山群
高平火山群は鶴見岳と同じ位置にある古い火山群であり,新しい鶴
見岳によって覆われている。少なくとも約9万年前以降は鶴見岳が活
動している。したがって,その活動は鶴見岳に包含されているものと
評価する。
(乙11-6-8-5)
立地評価
火砕物密度流については,個々の火山における過去の火砕流堆積物の
分布が九州又は山口県の内陸部に限定されていることから,本件発電所
-85-
に影響を及ぼす可能性はない。溶岩流,岩屑なだれ,地滑り及び斜面崩
壊については,いずれの火山も本件敷地から50㎞以遠に位置すること,
新しい火口の開口及び地殻変動については,本件敷地は山口県から別府
湾に至る火山フロントから十分な離隔があることから,いずれも問題と
なるものではない(乙11-6-8-12)。
したがって,本件原子炉施設に影響を及ぼし得る火山による設計対応
不可能な火山事象は,本件敷地への到達はないから,その立地に問題は
ない。
オ本件発電所の影響評価
相手方は,鶴見岳,由布岳,九重山,阿蘇及び阿武火山群の5つの火山
について,これらの火山が噴火した場合,原子力発電所に影響を与える可
能性のある火山事象ごとに影響評価をした。
そして,①降下火砕物,②火山性土石流,火山泥流及び洪水,③火山か
ら発生する飛来物(噴石),④火山ガス,⑤津波及び静振,⑥大気現象,
⑦火山性地震とこれに関連する事象,⑧熱水系及び地下水の異常につき,
文献調査,地質調査等の結果から,いずれも原子力発電所への影響はないと
評価した(乙11-6-8-1〜19)。
このうち,相手方がした降下火砕物の影響評価の内容は,概ね次のとお
りである。
降下火砕物の最大層厚
降下火砕物については,上記エで抽出した5火山(a〜e)の発電所
運用期間中の活動可能性を考慮し,発電所の安全性に影響を与える可能
性について検討することとしたが,その際,地理的領域外の火山も含め
て検討することとした。
本件敷地付近では,地理的領域内にある阿蘇カルデラを起源とする降
下火砕物のほか,地理的領域外にある南九州のカルデラ火山(加久藤カ
-86-
ルデラ,姶良カルデラ,阿多カルデラ及び鬼界カルデラ)を各起源とす
る降下火砕物も降下したとされている。もっとも,本件敷地南東にある
宇和盆地中心部におけるボーリング調査の結果,厚さ5㎝を超える降下
火山灰は,いずれも九州のカルデラ火山(阿蘇,加久藤,姶良,阿多,
鬼界)を起源とする広域火山灰であるところ,地下構造に関する文献調
査によると,現在の九州のカルデラ火山のマグマだまりは巨大噴火直前
の状態にはないため,発電所運用期間中に同規模の噴火の可能性は十分
低く,これらを起源とする降下火砕物が本件敷地に影響を及ぼす可能性
は十分に小さい。
一方,地理的領域内にある火山による降下火山灰の等層厚線図として
は,九重山を給源とする九重第一軽石(約5万年前)と阿蘇山を給源と
する草千里ヶ浜軽石(約3.1万年前)が示されているところ,前者に
ついては,東南東方向に広い分布を示し,火山灰の堆積物が四国南西端
の高知県宿毛市で確認されているのに対し,後者については,阿蘇山を
中心とする同心円状の分布を示し,四国における堆積の報告は見られな
い。
そして,①九重第一軽石の四国における堆積をめぐる文献調査による
と,宿毛市における地質調査の結果,厚さ20㎝の九重第一軽石を確認で
きるが,水流による再堆積層と判断でき,九重第一軽石そのものの層厚は
10㎝であり,その噴出量は2.03㎦と見積もられることが示されて
いること,②上記ボーリング調査の結果,宇和盆地中心部には,Kkt
火山灰(約33万年前の加久藤カルデラの噴火による火山灰)以降の主
要な広域火山灰(阿蘇1ないし4,姶良,阿多等)が全て含まれている
のに,九重第一軽石と対応する火山灰層が認められないこと,③九重第
一軽石の分布の長軸は四国南西端方向であることなどから,本件敷地に
おける九重第一軽石の火山灰の降下厚さはほぼ0㎝と評価される。
-87-
また,九重第一軽石と同等の噴火(噴出量を上記のとおり2.03㎦
とする。)が起こったときに,現在の気象条件を考慮して本件敷地にど
のような降灰が想定されるかを降下火山灰シミュレーションにおいても
検討したところ,偏西風がほぼ真西で安定する季節は本件敷地における
降下厚さはほぼ0㎝と評価され,風向きによっては本件敷地において降
下火山灰が想定されるものの,その厚さは数㎝にとどまる。
もっとも,相手方は,審査の過程において,原子力規制委員会から,
シミュレーションによる降下火砕物の厚さと既往文献による火山灰等層
厚線図との整合性を検討して評価することを求められたことから,噴出
量の想定を6.2㎦に変更して改めてシミュレーションを行った。その
結果,偏西風がほぼ真西で安定する季節は降下厚さは0㎝~数㎝と評価
されるものの,風向きによっては降下厚さが最大14㎝となった。
以上のことから,相手方は,影響評価の前提となる降下火砕物の層厚
を15㎝と想定することとした。
相手方は,火山ガイドを踏まえた評価とは別に,平成20年頃より四
国北西部における降下火山灰の厚さに関する研究を独自に進めており,
その一環である降下火山灰厚さの確率論的評価に係る研究結果(乙14
9)を踏まえても,本件原子炉施設で想定する降下火砕物の厚さは妥当
であることを確認した。すなわち,相手方は,平成20年に本件敷地か
ら南東方向約15㎞に位置する愛媛県宇和盆地において実施したボーリ
ング調査により,長さ120mのコアを取得して,過去約70~80万
年間に堆積した地層中に,九州地方の火山を起源とする主要な広域火山
灰を含む60枚以上の火山灰層を確認した。また,このボーリングコア
には,四国西部に降下したとされるKkt火山灰以降の主要な広域火山
灰層12枚が全て含まれており,Kkt火山灰以降に40枚の火山灰層
が含まれることから,独自の研究によって把握したこれまで知られてい
-88-
ない多数の火山灰層を含めても四国北西部への火山灰の降下頻度が1.
2枚/万年と低頻度であることを確認した上で,VEI6クラスやVE
I7クラスの噴火による降下火山灰を含めた解析を行い,ある層厚以上
の火山灰が今後1年間に降下する確率(年超過確率)を算出した結果,
宇和盆地において,年超過確率10-4
に相当する火山灰層厚は2㎝以上
であり,本件発電所において考慮する降下火砕物の厚さ15㎝の年超過
確率は10-4
~10-5
であるが,これは,原子力規制委員会によって設
計基準事故の定義が10-3
/年~10-4
/年程度の発生頻度の状態との
考えが示されていること(乙150)を踏まえれば,設計上考慮すべき
火山事象として妥当な水準であることを確認した。
(乙11-6-8-13〜17,乙31-65〜66)
降下火砕物の大気中濃度
相手方は,アイスランド共和国南部のエイヤヒャトラ氷河で平成22
年4月に発生した火山噴火地点から約40㎞離れたヘイマランド地区に
おける大気中の降下火砕物濃度(24時間観測ピーク値)の観測値(以
下「ヘイマランド観測値」という。)3241㎍/㎥を大気中濃度とし
て想定した。これは,当該試算に用いる降下火砕物の大気中濃度につい
ては,①噴火の規模がある程度大きいこと,②火口から観測点までの距
離が本件原子炉施設と評価対象となる九重山との距離(約108㎞)と
比較的似ていること,③地表レベルで観測されていることなどが条件と
して考えられるところ,上記観測値は,①VEI4以上の大規模噴火で
あること,②噴火口より約40㎞程度離れたヘイマランド地区での観測
値であり,本件原子炉施設と評価対象となる九重山との距離に比べると
近くなるため,保守的な値として用いることが可能であること,③地表
レベルで観測された大気中濃度であることから,これらの条件に照らし
て適切であると評価した。
-89-
降下火砕物に対する安全性の確保
相手方は,降下火砕物の特徴等を踏まえ,降下火砕物による直接的影
響と間接的影響を考慮し,本件原子炉施設の安全性が損なわれないよう
安全対策を講じた(乙11-8-1-344〜358,乙13-67〜68)。
このうち,直接的影響については,次の対策を講じている。
a降下火砕物の荷重に対しては,降下堆積物が堆積し難い設計又は施
設の許容荷重が降下火砕物による荷重に対して安全裕度を有すること
により,構造健全性を失わず安全機能を損なわない設計としているこ

b降下火砕物による化学的影響(腐食),水循環系の閉塞,内部にお
ける摩耗等により安全機能を損なわない設計としていること
c外気取入口からの降下火砕物の侵入による機械的影響(閉塞)を考
慮して,非常用ディーゼル発電機及び換気空調設備の外気取入口につ
いては,開口部を下向きの構造にするとともに,フィルタを設置して
降下火砕物が内部に侵入しにくい設計とすること
d降下火砕物を含む空気の流路となる配管や弁については形状等によ
り降下火砕物が流路に侵入しにくい設計とし,また,侵入した場合で
も閉塞しにくい設計としていること
一方,間接的影響については,降下火砕物が送電設備の絶縁低下を生
じさせることによる広範囲にわたる送電網の損傷による外部電源喪失及
び発電所外での交通の途絶によるアクセス制限に対し,原子炉の停止並
びに停止後の原子炉及び使用済燃料ピットの冷却に係る機能を担うため
に必要となる電源の供給が非常用ディーゼル発電機により継続できる設
計とすることにより,安全機能を損なわない設計としている。
非常用ディーゼル発電機への影響
a非常用ディーゼル発電機の外気取入口(吸気消音器)には吸気フィ
-90-
ルタ(粒径120㎛以上において約90%捕獲)を設置し,下方向か
ら吸気する構造であることから,降下火砕物により容易に吸気フィル
タが閉塞するとは考えられないが,万が一,閉塞した場合には,フィ
ルタ交換・清掃を行う必要がある。
この吸気フィルタの閉塞までに要する時間を,ヘイマランド観測値
3241㎍(=3.241㎎=0.003241g)/㎥を用いて試
算した結果,約19.8時間となった。
①フィルター容量(g/㎡)1,000
②フィルター表面積(㎡)3.27
③フィルター捕集量(①×②,g)3,270
④降下火砕物大気中濃度(g/㎥)0.003241
⑤ディーゼル吸気量(㎥/h)51,000
⑥フィルター閉塞時間(③÷(④×⑤),h)19.78329129
この吸気フィルタの交換は複雑な作業は必要でないことから,相手
方は,要員3〜5名で約1時間程度の作業を見込んでいる上,非常用
ディーゼル発電機は2系統設置しているから,必要に応じて片方の系
統を停止してフィルタ交換を行うことが可能である。
bまた,吸気フィルタに捕集されなかった粒径の小さな降下火砕物が
非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入する可能性があるが,吸気フ
ィルタを通過した降下火砕物は,過給機(内燃機関に圧縮空気を送り,
より多くの酸素を取り込むことでより高い燃焼エネルギーを得るため
の補助装置),空気冷却器(過給機の圧縮により温度が上がった空気
を冷却する熱交換器)に侵入するものの,機器の間隙は非常用ディー
ゼル発電機の機関内に侵入する降下火砕物の粒度(十数㎛程度)に比
べて十分大きい(過給機の狭隘部は0.37㎜=370㎛,空気冷却
器の狭隘部は2.36㎜=2360㎛)ことから,これらの機器が閉
塞する可能性はない。そして,吸入された降下火砕物は,空気ととも
にシリンダ内へ送られ,大半は排気ガスとともに外気に排出される。
シリンダライナとピストンリングとの間隙(数㎛〜十数㎛)は非常に
-91-
狭いため,ここに降下火砕物が入り込むことはほとんどなく,仮にこ
の間隙に入り込んでもピストンリングとシリンダライナとの接触によ
り破砕され,ピストンリングとシリンダライナとの間に流れている潤
滑油(運転中の抵抗を低減するために,常にピストンリングとシリン
ダライナの間隙に注入している。)ととともにクランクケース(クラ
ンクシャフト〔ピストンの往復運動を回転力に変えるための軸〕が納
められる箱状の部品)内へ降下する。
降下火砕物は,破砕しやすく硬度が小さい(モース硬度〔鉱物の硬
さを表す尺度の一つで,予め設定した基準鉱物と当該物質を引きかき
合わせ,傷がつく方を柔らかく,硬度が小であるとするもの〕で5程
度)のに対し,シリンダライナ及びピストンリングは,ブリネル硬さ
〔超硬合金球を圧子として当該物質に押し付け,生じた窪みの表面積
で荷重を割った量で当該物質の硬さを求めるもの〕230程度の耐摩
耗性を有する鋳鉄材であることなどから,降下火砕物に摩耗が生じる
可能性は小さく,容易に運転へ影響を及ぼすことはない。
カ原子力規制委員会による審査結果
本件発電所の立地評価
原子力規制委員会は,相手方が実施した本件発電所に影響を及ぼし得
る火山の抽出は,階段ダイヤグラムの作成等により過去の火山活動履歴
を評価して行われていることから,火山ガイドを踏まえていること,相
手方が実施した本件発電所の運用期間における火山活動に関する個別評
価は,活動履歴の把握,地球物理学的手法によるマグマ溜まりの存在や
規模等に関する知見に基づいており,火山ガイドを踏まえていることを
確認するとともに,相手方が本件発電所の運用期間に設計対応不可能な
火山事象が本発電所に影響を及ぼす可能性は十分に小さいと評価してい
ることは妥当であると判断した。
-92-
本件発電所の影響評価
原子力規制委員会は,審査の過程において,九重山を対象とした降下
火山灰シミュレーションによる降下火砕物の厚さと既往文献による火山
灰等層厚線図との整合性を検討して評価するよう求め,これに応じた相
手方から,噴出量を6.2㎦とするケースで行った降下火山灰シミュレ
ーションに基づく影響評価を受けた。その結果,原子力規制委員会は,
相手方が実施した設計対応不可能な火山事象以外の火山事象の影響評価
につき,文献調査,地質調査等により,本件発電所への影響を評価する
とともに,数値シミュレーションによる降下火砕物の検討も行っており,
火山ガイドを踏まえているとした。
(乙13-63〜71)
3争点
⑴司法審査の在り方(争点1)
⑵新規制基準の合理性に関する総論(争点2)
⑶新規制基準の合理性に関する各論(争点3)
ア基準地震動策定の合理性(争点3の⑴)
イ耐震設計における重要度分類の合理性(争点3の⑵)
ウ使用済燃料ピット等に係る安全性(争点3の⑶)
エ地すべりと液状化現象による危険性(争点3の⑷)
オ制御棒挿入に係る危険性(争点3の⑸)
カ基準津波策定の合理性(争点3の⑹)
キ火山事象の影響による危険性(争点3の⑺)
クシビアアクシデント対策の合理性(争点3の⑻)
ケテロリズム対策の合理性(争点3の⑼)
⑷保全の必要性(争点4)
⑸担保金の額(争点5)
-93-
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(司法審査の在り方)
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の1記載のとおりであるから,これを引用する。
(抗告人ら)
相手方が疎明すべき原発の安全性につき,原決定は,原子炉等規制法は,「最
新の科学的技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害を想定し
た発電用原子炉施設の安全性の確保を求めるもの」としており,原発の安全性
については,「最新の科学的技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の
自然災害に対して事故が起こらないようにするという程度の安全性」と考えて
いることが読み取れる。
しかし,このような考え方は,科学の不確実性を十分に踏まえたものとは言
い難い。福島第一原発事故で明らかになったのは,地震や津波をはじめとする
自然科学については,不確実性が大きく,常に「想定外」の巨大な災害が起こ
り得るということだったはずである。このような国だからこそ,設置法で「事
故の発生を常に想定し」(同法1条)との文言が用いられ,原子炉等規制法1
条で「原子炉の設置及び運転等に関し,大規模な自然災害
、、、、、、、、
…(略)…の発生も
想定した必要な規制を行」うことが明記されたのである。
以上の福島第一原発事故の発生,これを受けた法改正及び福島第一原発事故
事故後の社会通念の変化に鑑みると,原子炉等規制法1条の「大規模な自然災
害」及び4号要件の「災害の防止上支障がない」とは,「どのような異常事態
が生じても,発電用原子炉施設内の放射性物質が外部の環境に放出されること
は絶対ない」という絶対的安全性までは要しないとしても,社会科学的見地か
ら,「福島第一原発事故のような深刻な事故が2度と起こらない」と通常人が
考える程度の安全性を備えていることを要すると解すべきである。
この「万が一にも起こらない」「2度と起こらない」という文言は,論理的,
-94-
科学的意味での絶対性,すなわち確率論として100%発生しないということ
を意味するものではなく,あくまでも社会科学的意味合いとしての「万が一」
性であり,社会科学的見地を踏まえた通常人をして,「ここまで対策をしてい
れば万が一にも災害は起こらないだろう」と思わしめる程度の安全性を求める
ものである。これは,ドイツの原発訴訟において福島第一原発事故以前から採
用されていた「残余リスク」の考え方と類似したものといえる。「残余リスク」
とは,人間の認識能力の限界からして,それ以上は排除することができないよ
うな危険性をいい,残余リスクを認めるということは,この程度のリスクであ
れば社会として受容せざるを得ないという考え方である。
以上を深層防護の観点からみれば,東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原
発事故の反省を踏まえて「大規模な自然災害」の発生も想定した必要な規制
を義務付ける原子炉等規制法の趣旨は,「合理的に予測される範囲を超える
大規模な自然災害」についても深層防護の第3層までで想定し,これへの対
処を可能な限り確実なものとして,「合理的に予測される範囲を超える大規
模な自然災害」による原発事故のリスクを可及的に回避することを要求する
ものというべきである。
「考え方」は,「絶対的安全性」とは「絶対的に災害発生の危険がない」と
いう意味であるとした上で,このような意味での絶対的安全性が達成・要求不
可能であることだけを根拠として,相対的安全性,とりわけ,従来の裁判例で
用いられてきたような程度の低い安全性を許容するかのように述べている点で,
論理に飛躍がある。
(相手方)
「現時点における我が国の社会が容認する原子炉施設の安全性の水準」は,
科学技術の利用における発電用原子炉施設について,最新の科学的,専門技術
的知見を踏まえ,社会が容認できる程度に,深刻な災害が発生する可能性を極
めて低くするように管理されていると認められる水準であり,こうした安全性
-95-
の考え方と「考え方」に示される「相対的安全性」の考え方と同趣旨のもので
あると考えられる。これを「地震」を含む自然災害についていえば,福島第一
原発事故を踏まえて改訂された原子炉等規制法の目的及び趣旨からすれば,原
子炉等規制法は,「最新の科学的,専門技術的知見を踏まえて合理的に予測さ
れる規模の自然災害」を想定した安全性の確保を求めるものと解される。
この「合理的に予測される」とは,原子力発電所の自然的立地条件に照らし
て科学的,技術的見地から十分に保守的な想定がなされ,これを超えるような
事象は合理的には考え難いレベルのものであり,これを具体的に想定したもの
が基準地震動や基準津波である。一方,科学的,技術的見地からは発生する可
能性が極めて小さいような自然災害や自然的立地条件の異なる地点で発生した
自然災害は,合理的に予測し得る自然災害とはいえない。
2争点2(新規制基準の合理性に関する総論)
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の2記載のとおりであるから,これを引用する。
(抗告人ら)
⑴新規制基準の手続的問題点
ア原子力規制委員会の独立性の欠如
原決定は,設置法7条7項3号4号の各欠格事由は,現に原子力事業者
の役員や従業者にあることを指すとし,原子力規制委員会の委員長又は委
員において,かつて原子力事業者の役員や従業者であったという経歴を有
するからといって,直ちに中立公正な立場で独立して職権を行使すること
が類型的に期待できないとは限らないと判示する。
しかし,原子炉等規制法の制定後に策定されたガイドライン(甲E7)
は,「法律上の欠格要件に加えて欠格要件とする事項」として,「就任前
直近3年間に,原子力事業者等及びその団体の役員,従業者等であった者」
を挙げているところ,①更田豊志(平成24年9月就任。)は,委員候補者
-96-
となった当時,独立行政法人日本原子力研究開発機構(高速増殖炉もんじ
ゅを設置し,東海再処理工場を保有する原子力事業者)の副部門長の職に
あり,②中村佳代子(平成24年9月就任,平成27年9月退任)は,公
益社団法人日本アイソトープ協会(研究系・医療系の放射性物質の集荷・
貯蔵・処理を行っている。)のプロジェクト主査であり,委員5名中2名に
欠格事由があることから,原子力推進機関ないし原発関連事業からの独立
性が確保されていると言えないことは明らかであり,そのような規制委員
会が策定した新規制基準には,策定手続上の瑕疵があるというほかない。
イ福島第一原発事故の原因究明が途上にあること
原決定は,新規制基準検討チーム,地震津波基準検討チーム等において,
①国会,②政府,③民間,④東京電力の4つの事故調査委員会がそれぞれ
原因究明等を行って取りまとめた事故調査報告書を踏まえた検討がなされ
た上で制定されたものであると判示する。
しかし,①「国会事故調報告書」(甲C10・30頁)は,「本事故の直接
的原因は,地震及び地震に誘発された津波という自然現象である」として,
事故原因は地震にもあることを指摘し,②「政府事故調報告書」(甲E8)
は,地震が直接的な原因であることを否定しつつ,地震による損傷が事故
のきっかけとなった可能性を否定しておらず,③民間事故調報告書(『福島
原発事故独立検証委員会』),④東京電力事故調報告書(東京電力『福島原
子力事故調査報告書』),いずれも津波が原因であったとするが,地震が直
接の原因となった可能性あるいは地震を契機として事故が起きた可能性を
排除する合理的な説明はなされていないのであり,基本的事象が解明され
たとはいえない。
真に福島第一原発事故の教訓を踏まえた安全な規制基準を策定するので
あれば,事故原因を究明し,基本的事象を明らかにした上で,新規制基準
を策定しなければならない。
-97-
ウ新規制基準が欧米先進各国の基準と比べて緩やかであること
原子力規制委員会は,IAEAの安全基準SSG-9(甲D96)のう
ち,最大潜在マグニチュードの評価については一切採り上げていない。ま
た,米国原子力規制委員会(NRC)の規制指針(RG4.7)には「長
さ1000フィート(300m)以上の地表断層が5マイル(8㎞)以内
にあるような敷地は原子力発電所としては適さない」と明記されている(甲
D370・564頁)が,日本ではそのような規制はない。
このように日本における活断層に関する規制基準は,IAEAの安全基
準の規定する考慮要素を考慮せず,米国の基準よりはるかに緩やかである。
仮に原決定の考慮する事項,すなわち「原子力発電所が立地する地域の
自然条件,当該自然条件の解析を含む最新の科学的技術的知見及びどの程
度の安全性が確保されれば容認するかという社会通念等は国によって様々
である」によっても,地震大国である日本における活断層に関する規制が,
日本よりはるかに地震の少ない欧米における活断層に関する規制よりも緩
やかでよい理由はない。
新規制基準の実体的問題点
ア立地審査指針違反
原決定は,「新規制基準は,立地審査指針による審査に代えて,重大事故
等の拡大の防止等の措置が取られているかどうかを審査の対象とする方針
に改めたものと解するのが相当である。そして,そのような審査の方針の
変更は,福島第一原発事故における放射性物質の拡散による被害が立地審
査指針の想定よりも遥かに広範囲に及んでしまった事実を踏まえると,一
応合理的であると認められる。」と判示する。
しかし,この判示は,第1(あるいは第5)の防護階層の要件である立
地審査を,第4の防護階層である重大事故等の拡大の防止等の措置の審査
で代用することが一応合理的とするものであり,深層防護の不可欠な要素
-98-
である各防護階層の独立性に明らかに反する。
福島第一原発事故を教訓とすれば,まず,旧立地審査指針を見直し,福
島第一原発事故規模の事故を想定した厳格な指針を策定すること及び規制
庁による厳密な運用が必要である。
イ防災審査の不存在
法の要請
原決定は,「原子力災害への対策は,原子炉等規制法のみならず,他の
法律との連関があって初めて成り立つものであるというべきであるから,
原子炉等規制法に基づく審査の基準である新規制基準に原子力災害への
対策まで盛り込むことが予定されているとは解されない。」と判示する。
これは,避難計画の実施可能性・実効性(深層防護の第5の防護レベル)
が確保されないままに原子炉設置(変更)許可が出されても構わない,
つまり,原発事故が起きた場合に人々が避難できなくても構わないとす
るものである。
しかし,国内法の要求としても,IAEA安全基準の要求としても,
避難計画の実施可能性・実効性を審査対象とすることは求められている
のであり,原決定のような解釈は許されない。
抗告人らの人格権侵害との関係
抗告人らの住所地(本件原子炉施設からの距離は約60〜約100㎞)
について,原子力災害を想定した避難計画は策定されておらず,防災審
査も行われていない。
これは,避難計画の指針となる原子力災害対策指針(乙409)が,
IAEA安全基準を参考に原発から概ね30㎞圏を緊急時防護措置を準
備する区域(UPZ)と定め,避難計画の策定が義務付けられる範囲は
その範囲に限定されるからである。
しかし,IAEA安全基準がUPZを原発から30㎞圏と規定したこ
-99-
とに根拠はなく(甲E45,46),30㎞圏外の人々の生命健康を守
るためには不十分なものであり,避難計画を策定すべき・防災審査をす
べき範囲は,公衆被曝限度年1m㏜を超える汚染が生じる範囲とすべき
である。なぜなら,実用発電用原子炉の設置,運転等に関する規則(以
下「実用炉規則」という。)に基づき原子力規制委員会が定めた核原料
物質又は核燃料物質の製錬の事業に関する規則等の規定に基づく線量限
度等を定める告示(以下「許容線量告示」という。)」2条1項1号は,
「周辺監視区域」(人の居住が禁止され,業務上立ち入る者以外の者の
立ち入りが制限される区域)の外側において,実効線量が年間1m㏜を
超えないことを求めているからである。
そして,公衆被曝限度年1m㏜を超える汚染範囲について,福島第一
原発事故をみると,原発から250㎞(群馬県)の地点にまで「0.2
-0.5」(単位はμ㏜/h。なお,環境省によると0.23μ㏜/h
が年間1m㏜である。)の汚染が存在する(甲E47)から,避難計画
を策定すべき範囲・防災審査をすべき範囲は,少なくとも原発から25
0㎞圏内であり,抗告人ら住所地はこれに含まれる。
よって,防災審査の不存在は,抗告人らの人格権侵害の具体的危険を
事実上推定するものである。
ウ放射性廃棄物処理方法審査の不存在
法の要請
原決定は,放射性廃棄物の問題について,1号要件(「平和の目的以
外に利用されるおそれがないこと」)で審査することが予定されている
と判示する。
しかし,福島第一原発事故後の法改正により環境基本法が放射性物質
による環境汚染に適用されるようになり,環境基本法4条は環境の保全
につき「環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に
-100-
発展することができる社会が構築されることを旨とし,及び科学的知見
の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として,行
わなければならない。」と規定していることからすると,法は,現在はも
とより将来の国民の生命,健康及び財産の保護のみならず,生態系全体
への長期的な影響をも考えて,必要な規制を行うことを原子力規制委員
会に要請していると考えられる。
ところが,新規制基準には,高レベル放射性廃棄物(使用済燃料の再
処理にともない再利用できないものとして残る放射能レベルが高い廃棄
物)についての規定は存在しない。
このように使用済燃料その他の放射性廃棄物が将来にわたって環境に
影響を与えないための方策について新規制基準を策定せず,審査を行わ
ないまま再稼働を許可し新たな放射性廃棄物を生み出すことを認めるこ
とは,「国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全」(1条)を目的
とする原子炉等規制法の趣旨に反する。
抗告人らの人格権侵害との関係
放射性廃棄物処理方法審査の不存在の主張は,本件発電所を稼働する
ことによって社会にもたらされる不利益の大きさや,本件発電所を稼働
させる前に整備する必要のある法制度が未整備である実態を指摘するも
のであり,本件発電所が社会的に許容されない施設であることを主張する
ものである。
つまり,これらの主張は,司法審査において本件発電所に高い安全性
が求められることを根拠づける主張であり,抗告人らの人格権侵害の具
体的危険が事実上推定されることを主張するものではない。
エ環境基準等の設定欠如
法の要請
原決定は,原子炉等規制法43条の3の6第1項の規定からすれば,
-101-
抗告人らが指摘する原子力発電所の平常運転に伴って周辺の一般公衆が
受ける放射線量に関する規制が存在せず自主的対応に任されていること
をもって,新規制基準が原子炉等規制法に反するということはできない
旨判示する。
しかし,そもそも,抗告人らの主張は,「環境保全のためにどの程度の
放射性物質の放出が許容されるのかは未だ定まっていない」ことを問題
とするものであって,「平常運転に伴って周辺の一般公衆が受ける放射線
量」を取り上げるものではない。この点において,原決定は,抗告人ら
の主張を取り違えている。
福島第一原発事故を受けて,原子炉等規制法は,「環境の保全」(1条)
を目的とすることを明示し,設置法によって放射性物質による汚染を規
制しないとする環境基本法13条が削除され,これを受けて,「放射性物
質による環境の汚染の防止のための関係法律の整備に関する法律」によ
って,放射性物質による,大気や水質汚染を規制しないとする規定(大
気汚染防止法27条1項,水質汚濁防止法23条1項)が削除された。
これらの法改正に照らすと,原子炉等規制法は,「環境の保全」のため
に,平常時の運転で放出される放射性物質によって環境が汚染されるこ
とも防止することを求めているといえるから,新規制基準は,「環境保全
のためにどの程度の放射性物質の放出が許容されるのか」を規定してい
ない点で,原子炉等規制法に反する。
抗告人らの人格権侵害との関係
環境基準等の設定欠如の主張は,放射性廃棄物処理方法審査の不存在
の主張と同様に,本件発電所が社会的に許容されない施設であることを主
張するものであり,抗告人らの人格権侵害の具体的危険が事実上推定さ
れることを主張するものではない。
(相手方)
-102-
新規制基準及び適合性審査の手続的問題点
ア原子力規制委員会の独立性の欠如等の主張
抗告人らが指摘するガイドラインは,当時の政府が,原子力規制委員会
の委員長及び委員候補を選任するにあたり,法律上の欠格要件に加え,原
子力規制委員会の委員長及び委員に中立公正及び透明性を確保することを
目的とした要件を追加する運用を行うために策定したものであるところ,
ガイドラインで欠格要件とされる「就任前直近3年間に,原子力事業者等
及びその団体の役員,従業者等であった者」における「原子力事業者等」
については,当時の政府によって,電力会社及びその子会社等の経済的に
強いつながりが認められる者を指し,独立行政法人及び公益社団法人は含
まれていないとの解釈が示されている(乙318)から,更田豊志及び中
村佳代子は,ガイドラインが定める原子力規制委員会の委員の欠格事由に
は該当しない。
イ福島第一原発事故の原因究明が途上であるとの主張
抗告人らの主張のうち,国会事故調報告書が福島第一原発1号機におい
て地震による配管損傷が発生した可能性を指摘し,この可能性は現在も否
定されていないとする点については,原子力規制委員会において詳細な検
討の上で,その可能性が否定されている(乙73,84)。
また,政府事故調報告書において地震による損傷があった可能性まで否
定するものではないとされているのは「閉じ込め機能を喪失するような損
傷に至らないような軽微な亀裂,ひび割れ等」(甲E8・29頁脚注27等),
すなわち,事故に至らないような軽微な損傷のことであり,これをもって
「事故のきっかけになった可能性を否定しない」とするのは理解を誤って
いる。
抗告人らは,4つの調査報告書で統一的な見解はないとするが,少なく
とも事故の直接的原因について,国会事故調報告書以外は津波である(地
-103-
震ではない)という見解で一致するし,IAEAが,42の加盟国及び幾
つかの国際機関からの約180名の専門家からなる5つの作業部会を含む
広範な国際的協力の下,平成27年8月に取りまとめた「福島第一原子力
発電所事故事務局長報告書」においても,「発電所の主要な安全施設が
2011年3月11日の地震によって引き起こされた地盤振動の影響を受
けたことを示す兆候はない。これは,日本における原子力発電所の耐震設
計と建設に対する保守的なアプローチにより,発電所が十分な安全裕度を
備えていたためであった。しかし,当初の設計上の考慮は,津波のような
極端な外部洪水事象に対しては同等の安全裕度を設けていなかった」と評
価している(乙321・44頁)ことからも明らかなとおり,津波による全
交流電源の喪失が福島第一原発事故の原因であるというのが国際的な評価
である。そうであれば,事故の直接的原因が津波である(地震ではない)
という見解については,すでにコンセンサスが得られていると考えるのが
妥当である。
そして,福島第一原発事故の原因については,4つの調査報告書に加え,
原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書がまと
められたほか,原子力安全・保安院(当時)においても,「東京電力株式
会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について(平成24年3月原
子力安全・保安院)」として,検討結果が取りまとめられている。
以上を踏まえれば,福島第一原発事故の発生及び進展に関する基本的な
事象はすでに明らかにされている。
ウ新規制基準が欧米先進各国の基準と比べて緩やかである等の主張
我が国において「IAEAの安全基準SSG-9(甲D96)のうち,
最大潜在マグニチュードの評価については一切採り上げていない」とする
抗告人らの主張は,新規制基準に則って地震を想定した場合,IAEAの
安全基準SSG-9で示される「最大潜在マグニチュード」に比して地震
-104-
規模が過小評価になるというものであると解されるところ,なぜ新規制基
準に則った場合に過小評価になるのかについて,抗告人らは何ら説明をし
ていない。
また,抗告人ら指摘の,NRCの規制指針(RG4.7)の「長さ10
00フィート(300m)以上の地表断層が5マイル(8㎞)以内にある
ような敷地は原子力発電所としては適さない」との記載については,福島
第一原発事故後の2014年に改訂され,改訂後の指針には,5マイル(8
㎞)や1000フィート(300m)といった数値は明示されておらず,
「NRCは,地表の断層や褶曲,断層クリープ,沈降や陥没といった永久
的な地盤の変位を生じさせる現象による影響を軽減することが不確実であ
り,困難であることから,敷地に地盤の永久変位が生じる可能性がある場
合には,他に候補地を求めるのが賢明であると考える。」と記載されてい
る(乙322・15頁)ところ,設置許可基準規則は,耐震重要施設を設け
る地盤について,①基準地震動による地震力が作用した場合においても施
設を十分に支持することができ,②変形した場合においても安全機能が損
なわれるおそれがなく,③変位が生ずるおそれがないことをそれぞれ求め
ており(同3条,同解釈別記1),こうした要求事項は,NRCの上記指
針に比して実質的に遜色のない程度のものであるといえる。
新規制基準の実体的問題点
ア立地審査指針違反
原子力安全委員会が策定した立地審査指針が求める立地審査の内容につ
いては,福島第一原発事故を踏まえて見直しが必要と考えられる事項も含
め,新規制基準において考慮され,安全審査において適切に考慮・判断が
なされていることから,新規制基準では,立地審査指針による審査を求め
ていないのであり,抗告人らの主張は理由がない。
イ防災審査の不存在
-105-
法の要請
現行の法体系においては,避難計画等の妥当性については,国,地方
公共団体等で構成される地域原子力防災協議会において,具体的かつ合
理的なものであることを確認した上で,同協議会における確認結果を原
子力防災会議に報告し,了承を得る構造となっており,原子力規制委員
会による審査の対象とはなっていないものの,十分にチェック機能は確
保されており,不合理な点はない。IAEAの深層防護の考え方におい
ても,深層防護の第1層から第5層に係る全ての対応を設置許可基準規
則等の原子力事業者に対する規制に規定することは求められていない。
抗告人らの人格権侵害との関係
原子力災害対策指針が参考にしたIAEAの範囲は,放射線被ばくに
よる影響が及ぶ蓋然性,限られた時間内での対応の実効性等を総合的に
考慮して,各国から集まった専門家の判断によって提案された合理的な
ものであり(乙408),UPZの範囲外であっても,必要性に応じて
運用上の介入レベル(OIL)に基づいた防護措置が行われる(乙40
9・59,66〜68頁)から,現行のUPZが30㎞圏外の人々の生命健康
を守るためには不十分なものとはいえない。
また,①許容線量告示2条2項は,管理区域の周辺の区域における放
射線量について,原子力規制委員会が認めた場合は,同条1項にかかわ
らず,1年間につき5m㏜とすることができると定め,②設置許可基準
規則解釈13条で審査基準とされている「発電用軽水型原子炉施設の安
全評価に関する審査指針」(平成2年8月30日原子力安全委員会決定。
以下「安全評価指針」という。)(乙414)は,設計基準事故時の安
全性の判断基準として「周辺の公衆に対し,著しい放射線被ばくのリス
クを与えないこと。」を挙げ(Ⅱ.4.2⑸),この判断基準について,
「周辺公衆の実効線量の評価値が発生事故当たり5m㏜を超えなければ,
-106-
「リスク」は小さいと判断する。」と解説されている(解説3)のであ
り,これらによれば,我が国の法令は線量限度を実効線量で年間1m㏜
を超えないことを要求しているともいえない。
ウ放射性廃棄物処理方法審査の不存在
原子炉等規制法においては,規制対象を,製錬,加工,原子炉の設置運
転,再処理,廃棄などの事業に分け,分野別に規制項目が定められ,審査
されているところ,使用済燃料の再処理や放射性廃棄物の廃棄に係る事業
については,原子炉の設置運転についての設置許可基準規則とは別に,審
査基準が定められ(例えば,使用済燃料再処理施設につき「再処理施設の
位置,構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(平成25年11月27
日・原子力規制委員会決定),廃棄物管理施設につき「廃棄物管理施設の
位置,構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(平成25年11月27
日・原子力規制委員会決定)等),その審査も原子炉の設置運転に係る審
査とは別途に行われる。抗告人らの主張は,原子炉等規制法の理解を誤っ
たもので,失当である。
なお,高レベル放射性廃棄物の処分については,国が前面に立って最終
処分に向けた取組みを進めることとしており,本件原子炉施設の安全審査
の対象となり得ない。
3争点3⑴(新規制基準の合理性に関する各論〜基準地震動策定の合理性)
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の3記載のとおりであるから,これを引用する。
(抗告人ら)
⑴新規制基準の合理性
ア真摯に東北地方太平洋沖地震等の教訓を踏まえていない
原決定は,新規制基準が「東北地方太平洋沖地震及び福島第一原発事故
の教訓等を踏まえ,これらの原因を分析するなどして,その成果を取り込
-107-
んだ」と判示するものの,東日本大震災等の「教訓等」や分析された「原
因」,取り込まれた「成果」とは具体的に何なのかを,原決定は全く明ら
かにしていない。
改訂耐震指針の策定過程について詳細な検討を加えた国会事故調査会に
おいては,「国会による継続監視が必要な事項」の第2項として「指針類
の抜本的見直し」を掲げ,「今回の事故により,原子力安全を担保してい
るはずの立地,設計,安全評価に関する審査指針など(以下「指針類」と
いう。)が不完全で,実効的でなかったことが明らかになった。現行の関
係法令との関連性も含め,指針類の体系,決定手続き,その後の運用を適
正化するために,これらの直ちに抜本的に見直す必要がある。」(甲C1
0・547頁)としたが,新規制基準は,抜本的な見直しを経ておらず,この
国会事故調査会の指摘についてまったく応えていない。
イ外部事象のリスク評価が足りない
新規制基準ではシビアアクシデント対策が新たに設けられるに至ったが,
可搬式設備による人的対応を中心とした弥縫的なものが要求されているに
過ぎず,その実効性は不確実・不透明なものと言わざるを得ない。
殊に,基準地震動を超えるような地震動が襲うような場合,制御棒の挿
入失敗,敷地裏の斜面の地すべり,敷地地盤の液状化・不動沈下,余震・
誘発地震,津波,火山の噴火等,様々なリスクが同時発生的に表面化する
ことが考えられるが,新規性基準は総合的なリスク評価を踏まえたシビア
アクシデント対策を要求していないため,そういった複合的なリスクに対
する備えは極めて不十分である。
ウ具体的・定量的な基準が出来ていない
原決定は,基準地震動について「当該発電用原子炉施設の敷地において
発生することが合理的に予測される最大の地震動」であるとしているが,
設置許可基準規則にも,同解釈にも,地震ガイドにも「合理的に予測され
-108-
る最大の地震動」といった文言は一切存在しない。
福島第一原発事故を経て,原子力の事業者,原子力規制機関及びその関
係する専門家に対する国民の信頼が著しく損なわれた現在においては,従
前のように事業者や規制機関の裁量次第となるような性善説的発想に基づ
く曖昧な基準は,もはや社会的に許容されない。具体的で定量的な基準が
求められるというべきであるが,基準地震動に関係する規制基準について
その点は極めて不十分である。
⑵敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(内陸地殻内地震)
ア応答スペクトルに基づく地震動評価
すべり量の飽和
本件原子炉施設は中央構造線断層帯という日本最大の活断層の近傍に
位置しているが,そのように長大な活断層が活動した際の過去の地震記
録は存在しない。敷地前面海域断層を含む広い範囲が連動して活動した
場合,もしすべり量が飽和しなければ,本件原子炉施設に甚大な被害が
及び得ることは容易に想像がつくことからすれば,現段階ではすべり量
は飽和しないものと仮定し,すべり量が飽和しないことを前提とする経
験式を採用する(応答スペクトルに基づく地震動評価では,80㎞を超
える長さの断層についてもセグメント分けをせずに松田式を適用して地
震規模を算定する)ことこそが合理的な最大の想定である。
松田式が内包する不確かさの考慮
原決定は,「地震ガイドにおいて経験式自体が内包する不確かさを考
慮する手法について具体的に明示されているわけではない」と判示する
が,地震ガイドⅠ.3.2.3⑵に「震源モデルの長さ又は面積,ある
いは単位変異量と地震規模を関連付ける経験式を用いて地震規模を設定
する場合」において「平均値としての地震規模を与えるものであること
から,不確かさも考慮されている必要がある」としているのは,松田式
-109-
のような地震規模を推定するための経験式の適用において,それのみの
不確かさ(ばらつき,偶然的不確定性)の考慮を要請する規定である。
また,原決定は,松田式の不確かさが耐専式で内陸補正をしない(内
陸補正をした場合に比して基準地震動が約1.5倍となる)ことによっ
て事実上補われる可能性を指摘するが,耐専式で内陸補正をしないのは,
耐専式自体が有している不確かさを考慮するものに他ならないから,内
陸補正をしないことで,松田式の内包する不確かさまで考慮されたとは
いえない。
断層長さの認識論的不確定性
相手方が想定した54㎞,69㎞,130㎞及び480㎞という各ケ
ースは,モデルとしては成り立ちえても,実際に敷地前面海域活断層が
活動した際にはこれら4つの断層長のうちのいずれかに当てはまるとは
必ずしも言えず,69㎞ケースよりも130㎞ケースや480㎞ケース
の方が結論として小さな地震動評価を導いている現在の評価手法を前提
とすれば,69㎞ケースと130㎞ケースとの中間にもっとも地震動を
大きくし得るケースが存在するはずであり,そこまで突き詰めて最大の
地震動を検討するのが本来のあるべき基準地震動の策定手法である。
中央構造線長期評価(2011)との比較
原決定は,室谷ほか(2010)に拠ってモーメントマグニチュードMwを
算出することに「それはそれで一応の合理性」程度しか認めていない一
方で,それより大きな地震規模の想定をしている上記長期評価について
「格別不合理な点は見当たらない」にもかかわらず,何ゆえ後者を排斥
し前者を採用すれば足りると言えるのかについては,ほとんど何の論証
もしていない。上記長期評価におけるMwの想定に合理性を認めるので
あれば,仮に室谷ほか(2010)の合理性を認めるとしても,より大きな地
震規模を想定する上記長期評価における最大の数値を採用するのが然る
-110-
べき「合理的に予測される最大の地震動」の策定手続であって,原決定
は誤りである。
なお,130㎞ケース(上記長期評価の石鎚山脈北縁西部-伊予灘)
につき,相手方の想定(乙31,下記①〜⑤)と上記長期評価の想定(下
記⑥)をMwで比較した結果は,以下のとおりであり,相手方の過小評
価は明らかである(480㎞も同様である。)。
①応答スペクトル7.5
②壇・基本7.4
③壇・北傾斜7.8
④壇・南傾斜7.4
⑤F&M7.5
⑥長期評価7.4-8.0
54㎞,69㎞及び130㎞の各鉛直モデルへの耐専式の適用を排除
したこと
本件では,54㎞,69㎞,130㎞の各鉛直モデルでは耐専式の適
用結果が大きな地震動を示しているところ,相手方は,他の距離減衰式
の適用結果等と比較し,これらのモデルでは耐専式の適用範囲を外れる
ため,過大評価になっているとして,他の距離減衰式を適用したが,も
し万が一にでも耐専式の適用結果の方が適切な評価だった場合,本件発
電所に基準地震動を大きく超えるような地震動が襲来して深刻な事故に
つながる可能性が高い。
しかるに,耐専式の極近距離は暫定的な1つの目安に過ぎず,震源近
傍を対象として耐専式による評価と断層モデルによる評価を行いそれを
比較したところ,M7.3,等価震源距離7.9㎞という,明らかに「極
近距離」を下回るケースにおいても,耐専式による評価は断層モデルに
よる評価と「短周期領域においておおむね調和的である」との知見もあ
る(甲F4・6頁)。
また,相手方は数多の距離減衰式の中でも,本件とまったく整合しな
いデータベースの距離減衰式やデータベースからして適用がかなり苦し
-111-
い距離減衰式,海外の偏ったデータを元にした距離減衰式を選定してお
り(甲F77〜83),「その他距離減衰式」による評価との乖離は,
耐専式による大きな地震動評価を排除するために恣意的に作出された多
数決であると疑わざるを得ない。相手方は,他の電力会社が採用してい
る大野ほか(2001)も採用していないが,54㎞鉛直モデルに大野ほか
(2001)を適用すれば,耐専式を適用した結果と整合し,耐専式排除が
見直される可能性は十分にある。
耐専式が内包する不確かさ
原決定は,松田式の不確かさと同様,耐専式を適用したケースで内陸
補正をしていないことで不確かさを考慮し尽くされている可能性も否定
できないという見解のようであるが,観測結果が内陸補正をしない場合
の耐専式の評価を超えた過去のデータは相当数存在するのであり(乙1
71),内陸補正をしないだけでは不確かさの考慮がし尽くされていな
い可能性があることは明らかである。
相手方が南傾斜モデルを想定しなかったこと
原決定は,相手方が南傾斜モデルを想定しなかったことにつき疑問を
抱きつつも,説得力に欠ける根拠を指摘して相手方の手法を是認してお
り,不当である。
応答スペクトルに基づく地震動評価における入倉・三宅(2001)の適

応答スペクトルに基づく地震動評価において,必ずしも松田式を適用
しなければならないわけではなく,断層の傾斜によっては,入倉・三宅
(2001)によって地震規模を算定する方法(断層面積Sに入倉・三宅(2001)
を適用して地震モーメントMoを算定し,これに武村式を適用して気象
庁マグニチュードMを求める方法)も併せて考慮すべきである。
イ断層モデルを用いた手法による地震動評価
-112-
壇ほか(2011)とFujiiandMatsu’ura(2000)
相手方が断層モデルを用いた地震動評価に採用した壇ほか(2011)と
FujiiandMatsu’ura(2000)は,レシピに採用されていない手法である
上,実際の強震記録によって検証されてもいない。
特に平均応力降下量⊿σ及びアスペリティ応力降下量⊿σaについて
は,壇ほか(2011)(⊿σ=3.4M㎩,⊿σa=12.2M㎩)及びFujii
andMatsu’ura(2000)(⊿σ=3.1M㎩,⊿σa=14.4M㎩)の
いずれも,日本の長大断層の平均値として過小評価である可能性は相当
高い(入江(2014),宮腰ほか(2015))。
上記観測事実を踏まえた知見からすれば,アスペリティ面積比Sa/
Sは地震規模に拠らず一定というモデルが支持されるべきであり,平均
応力降下量⊿σが地震モーメントMoと正の相関がある(レシピに従い
入倉・三宅(2001)と円形破壊の式を適用すると,⊿σはS1/2
(Mo1
/4
)に比例して増大する〔甲F18・35頁〕。その他甲F106,10
7)との前提を置くのであれば,アスペリティ応力降下量⊿σaも地震
モーメントMoと正の相関があると考えるのが相当である。
長大断層における入倉・三宅(2001)の適用
長大断層の地震規模の最大値を推定する方法として,入倉・三宅(2001)
を適用する知見(松島ほか(2010))が存在するところ,原決定は,松島
ほか(2010)が著された後にレシピが改訂されて平成28年6月改訂レシ
ピにMurotanietal.(2015)の適用が掲げられたことをもって,480
㎞ケースが入倉・三宅(2001)の適用になじまないとしているが,レシ
ピは最もあり得る地震と強震動を評価するためのものであって,特に現
象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には,その点に十分留意し
て計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定すべきであ
り,原決定は不当である。
-113-
54㎞ケースでの入倉・三宅(2001)による過小評価
レシピは,活断層で発生する地震の特性化震源モデルの巨視的震源特
性のうちの震源断層モデルの位置・構造につき,過去の地震記録や調
査結果などの諸知見を吟味・判断して震源断層モデルを設定する場合(以
という。)と,長期評価された地表の活断層長さ等か
ら地震規模を設定し震源断層モデルを設定する場合
という。)を挙げているところ,
討するのみならず,入倉・三宅(2001)による過小評価の可能性を考慮に
入れ,
明白であり(甲F8,10),そうすれば基準地震動は有意に大きくな
る可能性が高い(54㎞基本ケースにつき甲D326,甲F18〔以下,
これらを併せ「長沢意見書」という。〕。また,同意見書の平均応力降
下量⊿σ=5.0M㎩,アスペリティ応力降下量⊿σa=22.5M㎩
の設定の相当性につき甲F19,31,48,84)。
不確かさの考慮の不十分さ
aアスペリティ応力降下量
アスペリティ応力降下量⊿σaは,短周期レベルAとともに,地震
動評価にもっとも影響を与えるパラメータであり(甲F18・27頁),
新潟県中越沖地震(超過事例③)では,震源特性として,Aが平均よ
り約1.5倍大きかったことが判明しているところ,相手方は,⊿σ
aの不確かさ考慮について,1.5倍又は20MPaのいずれか大きい
方という基準を用いている。
しかし,近時の地震では,⊿σaが20MPaを超える例は珍しくな
い(宮腰ほか(2015))から,不確かさの考慮としては,少なくとも1.
5倍又は25MPaのいずれか大きい方という基準を用いるべきである
(甲F23ないし25,49,86)。
-114-
相手方は,新潟県中越沖地震(超過事例③)は逆断層型であるが,
中央構造線断層帯は横ずれ断層型であって,横ずれ断層型の短周期レ
ベルが逆断層型よりも有意に小さいと主張するが,そのような見解は,
専門家の間でコンセンサスの得られた知見ではない。
b南傾斜モデル
横ずれ断層については,震源断層面はほぼ鉛直であると考えるのが
一般的であるが,「ほぼ鉛直」と言う場合,80度程度の傾斜は通常
含まれるのであり,横ずれ断層であるからといって南傾斜の可能性が
有意に小さいと考える理由にはならない。
原子力安全・保安院が伊方原発前面海域で行った海上音波探査の結
果からすれば,起震断層と直接関係していることが考えられるもっと
も北側の地表付近の断層は,80度程度南に傾斜していることが認め
られ,地下の震源断層は70度ないしはそれ以上傾斜していることも
否定できず(甲F14・42頁),敷地前活断層より南側の地形が隆起
していることや,本件発電所周辺のテクトニクスが圧縮場になってい
ることからしても,南傾斜の可能性はむしろ有意に高いと考えられ,
60度程度傾斜している可能性も否定できない(甲D542,610,
甲F27)。
c破壊伝播速度
破壊伝播速度Vr=0.72Vs(地震発生層のS波速度)という
のは,相対的には通用性のある知見とは言い得ても未だ確立した知見
とは言い難いのであり,特に長大断層については係数が1を超えると
する事例報告も存在する。
dアスペリティ平面位置
原決定は,伊方沖引張性ジョグを認めているが,地震本部の中央構
造線長期評価(2011)を含む他の多くの見解は,そのようなジョグの
-115-
存在を認めていない。また,ジョグにアスペリティが想定し難いとい
うのは確立した知見ではない。
本件敷地の正面にアスペリティを配置することを基本モデルに織り
込むべきである(甲F84,100〜104,109)。
eまとめ
以上によれば,上記aについては,相手方の不確かさの考慮がそも
そも過小であり,また,上記aないしdの不確かさが有意に小さいと
考えることもできないから,基本震源モデルに織り込んだ上で,それ
ぞれの不確かさを他の不確かさと重畳考慮すべきである。
⑶敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(プレート間地震)
ア南海トラフから琉球海溝までの連動を想定すべきこと
原決定は,琉球海溝まで連動しても震源断層は本件敷地から乖離するの
で地震動の距離減衰により影響は小さいとしているが,それは内閣府(2012
b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.0)ですべり量が飽和するという仮
定が成立する場合にのみ採り得る見解である。プレート間地震ですべり量
が飽和するのか,仮に飽和するとしてどの程度の地震から飽和するのかと
いうことについては,内陸地殻内地震以上に目途が立っていないのであり,
原決定は希望的観測にすがって危険性に目をつぶっているに過ぎない。
また,原決定は,内閣府(2012b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.0)
は巨大地震の中でも最大級のものであることが確認されたとするが,それ
はあくまで一般防災の観点からの最大級であり,原発のような重要施設の
場合には当てはまらない(甲D142,143)。
イ応答スペクトルに基づく地震動評価における地震規模の想定及び耐専式
を適用したことの不合理性
原決定は,相手方が検討用地震として選定した内閣府(2012b)の南海
トラフ巨大地震(Mw9.0)は,内閣府検討会において,数次に渡って
-116-
検討を重ねた成果物であるとするが,応答スペクトルに基づく地震動評価
において地震規模をMw8.3に切り下げて良い理由については何ら示せ
ていない。
また,内閣府(2012b)では,応答スペクトルに基づく地震動評価にお
いてMw8.3の地震に適用される距離減衰式については言及がないとこ
ろ,奥村ほか(2012)では,耐専式を適用して東北地方太平洋沖地震の際に
観測された地中観測記録を再現するに当たり,M8.4に耐専式を適用し
たのでは過小評価となり,M9.0に耐専式を適用した方がはるかに良好
に再現できたことが示されており,Mw8.3に耐専式を適用することの
不合理性が推認されるというべきである。
ウSPGAモデルを適用すべきことについて
南海トラフ地震は近い将来における発生がかなり高い確率で想定されて
いることからしても,万が一の事態を想定しなければならない原子力発電
所の基準地震動の設定においては,SPGAモデルのような保守的な評価
につながるモデルは当然に適用されるべきである(甲F28)。
⑷敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(海洋プレート内地震)
日向灘長期評価(2004)では,本件発電所敷地を含む「安芸灘~伊予灘~
豊後水道」の想定される地震規模は「M6.7~M7.4」とし,予測地図
(2014)でも,「最大M8.0」とされており,相手方が検討用地震として
設定した1854年豊予海峡地震(M7.0)が「合理的な最大」といえな
いことは明らかである。
また,上記長期評価では1854年豊予海峡地震は,相手方が設定したM
7.0を上回るM7.4とされており,その根拠は,代表的な歴史地震のカ
タログである宇佐美(2003)(M7.3〜7.5)によるものであるところ,
宇佐美(2003)は平成25年9月に改訂されて宇佐美ほか(2013)として出版さ
れているが,宇佐美ほか(2013)も,前記地震規模は宇佐美(2003)と同一であ
-117-
り,このことからも,相手方が検討用地震として設定した1854年豊予海
峡地震(M7.0)が「合理的な最大」といえないことは明らかである。
⑸震源を特定せず策定する地震動
現在の科学技術では,本件発電所の直下ないし近傍に事前に把握できない
震源断層が潜んでいる可能性は否定できず,これが活動した場合,相手方の
想定を上回るような強い揺れが本件発電所を襲う可能性があることもまた否
定できないのであり,地震ガイドのようにどこかで偶々観測された地震動を
ほぼそのまま採用するような手法は,決して安全性を考慮したものではない。
⑹年超過確率
現在の地震学の水準では,起きた後の地震のことは詳細な調査によってあ
る程度分かるが,起きる前の予測の段階では限界がある。そうであるからこ
そ,「想定外」の事象が起こる確率を真摯に突き詰めて定量的に評価するのが
本来の超過確率の算定手法であるべきである。ところが現在の超過確率は,
ほとんど距離減衰式のばらつきを考えるだけになってしまっており,実現象を
踏まえたものになっていない。
(相手方)
⑴新規制基準の合理性
ア真摯に東北地方太平洋沖地震等の教訓を踏まえていないとの点
設置許可基準規則は,福島第一原発事故の教訓を踏まえ,海外知見も参
考にしつつ,地震及び津波の分野については,原子力規制委員会の発足前
後を通じて,各専門分野の学識経験者等の専門技術的知見に基づく意見等
を集約し,中立性が担保された学識経験者の関与の下,公開の議論を経て,
新規制基準の骨子案及び規制案等に対する意見公募手続等の適正な手続き
を経て策定されたものであり(「考え方」),新規制基準における基準地
震動の策定手法及びその考え方が福島第一原発事故の教訓及び最新の知見
を踏まえた合理的なものであることは明らかである。
-118-
そして,新規制基準における基準地震動の策定方針に係る基本的な考え
方は,結果的に改訂耐震指針における基準地震動の策定方法と同一である
が,基準地震動の策定過程で考慮される項目については,東北地方太平洋
沖地震及びそれに付随して発生した津波に関する検証を通じて得られたプ
レート間地震及び海洋プレート内地震の震源域の連動に係る考え方のほか,
改訂耐震指針に基づく既設原子炉施設の耐震安全性評価(いわゆる「バッ
クチェック」)において得られた経験,新潟県中越沖地震(超過事例③)
から得られた教訓等を踏まえ,より詳細な検討が求められることとなった。
例えば,改訂耐震指針(乙21)においては,敷地ごとに震源を特定して
策定する地震動について,「基準地震動Ssの策定過程に伴う不確かさ(ば
らつき)」の考慮にあたって,「基準地震動Ssの策定に及ぼす影響が大
きいと考えられる不確かさ(ばらつき)の要因及びその大きさの程度を十
分踏まえつつ,適切な手法を用いることとする」とされていた(指針5⑵
④,同解説Ⅱ⑶④)ところ,設置許可基準規則解釈においては,「震源断
層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角,アスペリティ
の位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点等の不確かさ,並びにそれらに
係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ」として具体的に示され,これ
らのパラメータのうち,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると
考えられる支配的なパラメータを分析し,必要に応じて不確かさを組み合
わせるなどの評価を行うべきとされている(同別記2の5二⑤)。また,
敷地及び敷地周辺の地下構造が地震波の伝播特性に影響を与えることから,
この地下構造に関して,地層の傾斜,断層及び褶曲構造等の地質構造や地
震波速度構造等の地下構造等の詳細な評価を行うことなどが新たに要求さ
れている(同別記2の5四)。
イ外部事象のリスク評価が足りないとの点
新規制基準は,政府事故調報告書の指摘(自然環境特性に応じた総合的
-119-
なリスク評価を踏まえたシビアアクシデント対策の必要性)を踏まえ,「共
通要因故障をもたらす自然現象等に係る想定の大幅な引き上げとそれに対
する防護対策を強化」することを要求している(乙353・1,7頁)。
具体的には,設置許可基準規則6条1項で地震及び津波以外の自然現象に
対しても安全施設は安全機能を損なわないものでなければならないことを
要求し,同解釈6条3項において,これらの自然現象の組合せについても
考慮することが求められている。
また,新規制基準は,抗告人ら指摘の,基準地震動を超えるような地震
動が発生した場合に想定される様々なリスクが同時発生的に表面化するこ
事態も考慮している。
ウ具体的・定量的な基準が出来ていないとの点
現在の科学的水準からすれば,基準地震動や基準津波策定等を含む新規
制基準のあらゆる面において,一義的に客観的な基準を設けることが不可
能であること,そして,4号要件が発電用原子炉施設の位置,構造及び設
備が災害の防止上支障がないものであることを審査するための基準を原子
力規制委員会規則で定めることとしているのは原子力規制委員会に科学的,
専門技術的知見に基づく合理的な判断に委ね,科学技術的な事項について
一定の裁量を認めたものと解されることは,原決定のとおりである。
⑵敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(内陸地殻内地震)
ア応答スペクトルに基づく地震動評価
すべり量の飽和
松田式は,日本の内陸部に発生した主に断層長さ約20kmから約80
kmまでの14地震のデータから得られた経験式であり,M8の地震では
L=80km,M7ではL=20kmとして決めたものであるから,松田式
が適用できる範囲は原則として約20km~約80km(地震本部の活断層
長期評価手法(2010)を踏まえても約100km以下〔乙151・6,2
-120-
6頁〕)の断層であるといえる。
そうすると,すべり量が飽和するか否かにかかわらず,130㎞ケー
スや480㎞ケースについてセグメント分けをせずに松田式を適用する
のは不適切である。
もっとも,長大断層においてすべり量が飽和するか否かについては,
松田式の適用性以外でも,地震動評価に強く関係してくる論点であるが,
平成28年6月改訂レシピ,同年12月修正レシピ及び平成29年改訂
レシピは,地震モーメントMoの算定において,①地震規模が小さい領
域においては,Moが断層長さLと断層幅Wとすべり量Dに比例する
Somervilleetal.(1999)に従い,②ある程度地震規模が大きくなり,W
の上端から下端まで破壊が達した(Wが飽和した)後は,地震規模がL
とDに比例する入倉・三宅(2001)に従い,③W及びDがともに飽和する
ような長大断層の領域については,MoがLのみに比例するMurotaniet
al.(2015)に従うという,いわゆる「3stagescalingmodel」を採用し
ており,長大断層においてすべり量が飽和するとの知見が地震学者の間
の通説であることは明らかである。抗告人らにおいてすべり量が飽和し
ないとの知見であると主張し,原決定が検討材料とした地震学者らの発
言等については,抽象的可能性を指摘したもの,又は,そもそもすべり
量が飽和しない可能性を指摘するものではないものであり,当該発言等
をもって,長大断層においてすべり量が飽和するか否かについて,専門
家の間で見解が分かれていると理解するのは誤りである。
松田式が内包する不確かさの考慮
a地震ガイドⅠ.3.2.3⑵の「経験式の適用範囲が十分に検討さ
れていることを確認する」ことの意味
経験式は,その基となるデータの回帰分析(2変数x,yのデータ
があり,ある一方の変数xが他方の変数yを決定するという関係にあ
-121-
るときに,独立変数xと従属変数yとの定量的な関係を求めること。)
により得られるものであることから,基本的には,その基となるデー
タの範囲(適用範囲)において使用されることによって信頼性が担保
されるので,当該経験式を適用範囲から外れるような震源断層に使用
する(外挿)のは適切ではない。したがって,経験式を適切に使用す
るためには,経験式を適用する震源断層が当該経験式の適用範囲に含
まれているかについて十分に検討する必要があり,これが「経験式の
適用範囲が十分に検討されていることを確認する」ことの意味である。
b地震ガイドⅠ.3.2.3⑵の「経験式が有するばらつき」の意味
経験式とは,一般に,ある事象(関係性)を最も確からしく表すた
めに策定されたものであり,実際に発生した事象の各データを基に,
最小二乗法によって求められる(最小二乗法とは,上記独立変数xと
上記従属変数yとの間に関係式y=bx+aを想定した上,観測記録
のデータや実験値等の現実の値(xi,yi)と関係式から求められる(x,
y=bx+a)の各点の隔たりの二乗和を最小にするa,bの関係を
求める方法であり,隔たりを最小にして2変数の関係に最もよくあて
はまる関係式を得ることができる。)。
このような経験式は,その基とされた各データのいわば平均像を示
すものであることから,経験式とその基となった各データとの間には
乖離が存在する。この乖離が経験式における「ばらつき」といわれる
ものである。
このことは,地震動評価に用いる経験式でも同様であり,経験式と
その基となる各データとの間には必ず乖離,すなわち,「ばらつき」が
生じる。そして,経験式はその基となる各データの平均像を示すもの
であること,経験式の基となるそれぞれのデータ(地震)には当該地
震が発生した地域の地域特性(震源特性,伝播特性,増幅特性)が反
-122-
映されていることから,経験式とその基となる各データとの乖離(ば
らつき)は,当該データ(地震)の地域特性そのものを示すものとな
っている。
そこで,地震動評価において経験式を用いるにあたっては,経験式
には上記のような「ばらつき」が存在することを踏まえ,評価対象地
域における地震の地域特性を十分に考慮した上で評価する必要があり,
これが「経験式が有するばらつき」を考慮するということである。
c地震ガイドⅠ.3.2.3⑵で求められていることの意味
上記a及びbを踏まえると,経験式を適切に使用するためには,経
験式を適用する震源断層が当該経験式の適用範囲に含まれているかに
ついて十分に検討する必要があり,その際には,評価対象地域におけ
る地震の地域特性を十分に考慮した上で評価する必要があるというの
が,地震ガイドⅠ.3.2.3⑵における「その際・・・経験式が有
するばらつきも考慮されている必要がある」の意味するところである。
抗告人ら主張の,「経験式のばらつき」として,経験式の基となっ
たデータのうち,ばらつきが最大となるもの(ないし標準偏差分を平
均値に上乗せした値)を考慮すべきだという考え方は,評価対象地域
とは異なった地域の特性が反映されたデータを基準とすることとなる
ばかりでなく,要するにデータの最大値(ないし平均値から乖離した
値)を用いることになるので,そもそも経験式を求める意味を失わせ
ることになる。
d相手方は地震ガイドⅠ.3.2.3⑵を踏まえて適切に「経験式が
有するばらつき」を考慮していること
以上を踏まえ,相手方が策定した基準地震動の策定過程について見
てみると,相手方は,本件発電所の地震動評価において,詳細な調査
等に基づいて敷地周辺の地域特性を把握し,その上で保守的なパラメ
-123-
ータを設定し,さらに不確かさを考慮して地震動評価を行っている。
例えば,松田式を用いて敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)
の地震の規模を求める際には,松田式がレシピ等でも用いられ,多く
の場面で実用されている信頼できる手法であること,震源断層の長さ
を用いるのに適した経験式であること,その基となるデータからは適
用範囲が20km~80kmであること,その適用範囲を超える長大な断
層については,地震本部の活断層長期評価手法(2010)で提案されて
いる手法(断層長さが断層面の幅の4倍を超える場合には長さが4倍
を超えないように区分した区間が連動するモデルを設定して地震規模
を算出する手法)が示されていることを確認した。そして,相手方は,
詳細な調査等に基づき,本件発電所の敷地前面海域の断層群(中央構
造線断層帯)の性状を把握するとともに,地震本部の中央構造線長期
評価(2011)等を踏まえ,断層長さ約480kmとなる最大限の連動を
考慮し,さらに,敷地前面海域の断層群(中央構造線断層帯)が複数
の活動区間(セグメント)に区分されていることを踏まえ,部分的な
活動も考慮することとし,詳細な調査等から得られたデータを基に,
断層長さ約54km及び約130kmとなるケースも想定するなど,その
地域特性を十分に考慮した。
そして,松田式の適用範囲及び敷地前面海域の断層群(中央構造線
断層帯)による地震についての地域特性を考慮して,断層長さ約54
kmのケースでは松田式をそのまま適用し,約130km及び約480km
のケースでは,上記活断層長期評価手法が提案する方法を採用し,長
さが80km以下になるようセグメント区分を行い,区分したセグメン
トごとに算出した地震規模を合計して断層全体の地震規模を求めた。
このように,相手方は「経験式が有するばらつき」の考慮を地震ガ
イドに則って適切に行っている。
-124-
断層長さの認識論的不確定性
相手方は,応答スペクトルに基づく地震動評価を行う際,耐専式に等
価震源距離を用いることによる特性があることを考慮し,断層長さ約5
4km,約130km及び約480kmの各ケースの評価に加え,約54kmの
ケースで伊予灘セグメント(敷地前面海域の断層群)の両端のジョグの
端部にまで断層破壊が及ぶと仮定して断層長さ約69kmのケースについ
ても念のため評価を行ったところ,結果的に断層長さ約69kmのケース
で保守的な(約130kmや約480kmのケースを若干上回る)評価が得
られたことから,保守性を考慮し,応答スペクトルに基づく地震動評価
を基にした基準地震動Ss-1を設定する際に考慮はしたものの,実際
には断層長さ約69kmとなる断層破壊は考え難いことも踏まえれば,本
来であれば,基準地震動の策定において考慮する必要はないというべき
である。
仮に,103kmや90kmという断層長さを用いることによって,約1
30kmや約480kmのケースよりも大きな地震動が評価されたとして
も,それは約69kmのケースと同じく耐専式の特性によるものに過ぎず,
そのような地震動を考慮する必然性もなければ,あえて,そのような地
震動が求まることを期待して103kmや90kmというケースで評価する
必要性はない。
中央構造線長期評価(2011)との比較
130㎞ケースにつき,相手方の想定と上記長期評価の想定が異なる
のは,断層のすべり量について,相手方が室谷ほか(2009)及び室谷ほか
(2010)と整合するように設定しているのに対し,上記長期評価におけ
る地震規模は,地表変位量(7m)が断層の平均すべり量と同じという
仮定や,一部区間の断層の幅や平均すべり量が全長(約360km又は約
130km)にわたって同一であるという仮定のもと算出されたものであ
-125-
ることによるものであり,相手方が依拠した知見が相当である。
なお,予測地図(2014)では,130㎞ケースのモーメントマグニチュー
ドMwは,上記長期評価を下回る7.4とされたところ,これは,相手方が
壇ほか(2011)を用いて設定した7.4と同じであり,Fujiiand
Matsu’ura(2000)を用いて設定した7.5を下回る。このように上記長期評
価と予測地図(2014)のMwが異なるのは,長期評価が平均すべり量に地表
変位量を用いたのに対し,予測地図(2014)ではレシピに従って,震源断層
のモデル化を行ったためである。
したがって,相手方が設定したMwが過小であるとはいえない。
54㎞,69㎞及び130㎞の各鉛直モデルに耐専式の適用を排除し
たこと
耐専式も,経験式である以上,その適用範囲を無視することはできな
いところ,基データを超える範囲であっても十分な検証によって,運用
上,実際の観測記録を再現することが可能と判断された範囲において適
用が可能であるとされ,この一定の範囲の目安として,遠距離,中距離,
近距離,極近距離が示されている。しかし,極近距離を下回る範囲にお
いては,未だ十分な検証がなされているとはいえないので,原則的には
耐専式の適用範囲外であり,適用する場合であっても,適用できるかど
うかについては個別に十分な吟味が必要とされるものである。抗告人ら
が指摘するように一部の観測記録に極近距離を下回る場合であっても耐
専式を適用することが可能と考えられるものがあることは否定しないが,
だからといって,他の地震にまで適用できるというまでの十分な検証が
なされたとはいえない。
また,抗告人ら指摘の大野ほか(2001)は,相手方が用いた他の距離
減衰式よりも古い知見である上,その適用結果も相手方採用の距離減衰
式と概ね整合的であり,相手方の基準地震動の策定に影響を及ぼすもの
-126-
ではない。
耐専式が内包する不確かさ
抗告人らの主張は,経験式における基データのばらつき,すなわち,
他の観測記録の地域特性を,そのまま本件発電所における地震動評価に
用いるよう求めるものであり,そのような主張が失当であることは,上
記とおりである。
相手方が南傾斜モデルを想定しなかったこと
仮に,断層長さ約480kmについて南傾斜モデルを想定して耐専式を
適用したとしても,等価震源距離は,鉛直モデルより多少短くなるもの
の,相当に長い(地震波の減衰が大きい)から,地震動評価に与える影
響は小さく,他のケースを大きく上回るような結果になることはない。
イ断層モデルを用いた手法による地震動評価
壇ほか(2011)とFujiiandMatsu’ura(2000)
壇ほか(2011)(平均応力降下量⊿σ=3.4M㎩,アスペリティ応力
降下量⊿σa=12.2M㎩)は,レシピには採用されてはいないもの
の,壇ほか(2012),藤堂ほか(2012)及び壇ほか(2016)により,観
測結果と整合することが確認されており,FujiiandMatsu’ura(2000)
(⊿σ=3.1M㎩)も,レシピにおいて,長大断層に適用するとされ
ており,いずれも信頼性のある手法である。
長大断層における入倉・三宅式の適用
松島ほか(2010)は,その論文の中で,「長大断層に関しては,解析事
例が少なく」,「今後はデータの蓄積とともにメカニズムの違いの影響
やアスペリティに関する微視的断層パラメータの関係式などについて検
討する必要がある」と記している。そして,Murotanietal.(2015)の著
者は,松島ほか(2010)の著者と同一である(甲F5の1)ところ,室谷ら
は,入倉・三宅(2001)の長大断層への適用性について検証し,長大断層には
-127-
入倉・三宅(2001)ではなく,Murotanietal.(2015)を適用すべきという新
しい知見を提案したものである。これらのことからすれば,そもそも入倉・
三宅(2001)の長大断層への適用について,Murotanietal.(2015)の最新
の知見を用いず,松島ほか(2010)を根拠とする抗告人らの主張は,松島ほ
か(2010)の考え方を正解しておらず,理由がない。
54㎞ケースでの入倉・三宅(2001)による過小評価
相手方は,入倉・三宅(2001)を,54kmケースの評価に用いているが,
併せて入倉・三宅(2001)よりも大きな地震モーメントMoを算出する壇
ほか(2011)を用いた評価も行っているから,最終的に策定した基準地震
動が過小評価となることはない。
不確かさの考慮の不十分さ
aアスペリティ応力降下量
相手方が,アスペリティ応力降下量⊿σaの1.5倍を考慮したの
は新潟県中越沖地震(超過事例③)における知見を踏まえたものであ
り,相手方が,⊿σaを1.5倍しても20M㎩を下回る場合には,
20M㎩を不確かさとして考慮する(つまり,20M㎩を下限値とし
て不確かさを考慮する)こととしたのは,新潟県中越沖地震の震源断
層のうち,最も大きな⊿σaが23.7MPa(宮腰ほか(2015)・
147頁表4)であり,同地震が逆断層であることを踏まえれば,敷地前
面海域の断層群で想定される応力降下量はそれよりも小さくなるもの
と考えられる(佐藤(2010),佐藤(2012),佐藤(2016))ことから,⊿σ
aの不確かさについては20M㎩を下限値として考慮することが妥当
であると考えたためである(新規制基準策定前の原子力規制委員会発
足前の原子力安全・保安院の会合でも同旨の見解が述べられている。
乙367〜369)。
b南傾斜モデル
-128-
相手方が基本震源モデルの断層傾斜角を鉛直としたのは,変動地形
学的観点,地震学的観点及び地球物理学的観点から,各種調査結果を
総合的に評価するとともに,過去に発生した他の横ずれ断層に係る知
見を踏まえた結果であり,高い信頼性を有している。
抗告人らは,甲F14・42頁の図を基に,本件発電所の敷地前面海
域で行った海上音波探査の結果からすれば,もっとも北側の地表付近
の断層が80度程度南に傾斜し,地下の震源断層は70度ないしはそ
れ以上傾斜している旨主張するところ,同図によると,抗告人らが南
傾斜を指摘しているのは,敷地前面海域の海底下浅部に見える最も外
側(北端)の断層,すなわち,当審答弁書(地震動関係)・107頁図17
(相手方が乙371-10を基に作成)のf1断層(本件発電所の敷地
前面海域の海底下浅部の数条の活断層のうち北端にあり,海底面に明
瞭な窪みをもたらしている断層)を指摘しているものと思われる。し
かし,①f1断層と同図f2断層(f1断層より南側に位置し,海底
面に明瞭な窪みをもたらしている断層)との間は地溝を形成し,変形
の累積が特に顕著であること(当審答弁書(地震動関係)・108頁図18,
109頁図19,乙192-10,17),②本件発電所から沖合約8㎞の海底
下約2㎞には三波川
質境界としての中央構造線)が確認できるところ,f1断層とf2断
層は,上記会合地点へ収斂するように地下に延びており,かつ,f1
断層より北側の反射面は緩く南側に,f2断層より南側の傾斜面は緩
く北側にそれぞれ傾斜していること(同111頁・図20,乙192-48)
等からすると,南傾斜のf1断層と北傾斜のf2断層との間の地下深
部に震源断層が想定される(同111頁・図20)から,f1断層の傾斜と
震源断層の傾斜を同視する抗告人らの主張は誤りである(同112頁・図
21)。
-129-
また,抗告人らが指摘する,甲F27の「南向きに約50度の角度
で傾斜する逆断層」(乙387のFigure2⒝のLine2〔平面図〕,Figure
7⒝のF1及びF2〔断面図〕,大野ほか(2005)の図2のB〔平面
図〕)についても,中央構造線断層帯を構成する伊予断層の末端領域
に形成されたスプレー断層(震源断層から分岐して形成された断層で,
分岐断層ともいう。)の一部であり(大野ほか(2005)),震源断層
と同一の傾斜を表すものではない(その余の主張に対する反論は,相
手方原審準備書面⑸の補充書⑷第2の3・32頁以下,同補充書⑸第2
の2⑵・35頁以下のとおり。)。
なお,南傾斜80度の不確かさを考慮した地震動評価の結果につい
て,鉛直の基本ケースと比較したところ,断層傾斜角を南傾斜80度
としたケースの地震動は,一部周期帯で基本ケースを上回るものの,
全体としてはほぼ同じレベルの地震動の強さとなっているから,仮に
南傾斜80度を基本震源モデルに織り込んで他の不確かさと重畳させ
たとしても,地震動の評価結果はほぼ同じであることが予想できる。
c破壊伝播速度
破壊伝播速度Vr=0.72Vs(地震発生層のS波速度)という
のは,レシピにも示されている信頼性の高い知見であり,広く実用に
用いられている。
dアスペリティ平面位置
抗告人ら主張のうち,中央構造線長期評価(2011)が伊方沖の引張
性ジョグの存在を認めていないとの点については,上記長期評価は主
に過去の活動時期の違いから活動区間を6つに区切っているのであり
(乙33・1頁),伊方沖のジョグを認めていないわけではなく,吉岡
ほか(2005)は,中央構造線断層帯の活動セグメントについて,伊方沖で
食い違う形で「伊予長浜沖活動セグメント」と「三机沖活動セグメン
-130-
ト」とを区分しており(乙372・1,84頁),本件発電所の敷地正面
の海域にジョグが存在することを示している。
抗告人ら主張のうち,ジョグにアスペリティが想定し難いというの
は確立した知見ではないとの点についても,ジョグが断層破壊の停止
域になるということは,すなわち,ジョグの変位量が小さいことにほか
ならず,すべり量が小さな場所にアスペリティは通常存在しないこと
と,岩城ほか(2006)の指摘から示唆される「変位量の大きいところにア
スペリティが分布する」こととを踏まえると,ジョグにはアスペリティ
が存在しないと考えられる(乙373-11)。
⑶敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(プレート間地震)
ア南海トラフから琉球海溝までの連動
抗告人ら主張のとおり南海トラフから琉球海溝まで連動するとしても,
震源域は本件発電所の敷地から遠ざかる方向に延びることになるので,地
震動は減衰し,本件発電所の敷地に与える影響は小さいことは容易に予想
されることであり,そうであれば,本件発電所の敷地に大きな影響を与え
ると予想される地震として選定されるべき検討用地震としないことが不合
理ではない。そして,南海トラフから琉球海溝まで連動した場合にすべり
量が飽和するか否かは措くとしても,内閣府(2012b)で設定された南海
トラフ巨大地震モデル(Mw9.0)は,「科学的知見に基づく調査を行
い,あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」が設定さ
れたものであり(乙261・5頁),すべり量についても最大級の値が設
定されていると解釈できるから,琉球海溝との連動を考慮したとしても妥
当するものであると考えられる。
イ応答スペクトルに基づく地震動評価における地震規模の想定及び耐専式
の適用
奥村ほか(2012)の知見は,高レベル放射性廃棄物の地層処分施設のよう
-131-
に,地下深部に建設される施設の耐震性を検討する際に地震動をどのよう
に設定するかという観点から,地下深部での補正係数を算定した上で,こ
れを用いて東北地方太平洋沖地震の応答スペクトルの再現を試みた成果を
報告するものであり,本件にそのまま当てはめることは相当でない上,M
8.5の地震が適用上限とされている耐専式(乙168)をM9.0の東
北地方太平洋沖地震に適用することが妥当であるかどうかについても何ら
検証されていない。
また,相手方は,南海トラフの巨大地震について,断層モデルを用いた
手法による地震動評価も行っている(Mwは9.0と設定)上,南海トラ
フの巨大地震による地震動は相手方が策定した基準地震動と比較して相当
に小さい地震動レベルである(乙11-6-5-233)から,仮に,南海ト
ラフの巨大地震について,応答スペクトルに基づく地震動評価の方法に不
確かな点があったとしても,本件発電所の基準地震動の妥当性が直ちに失
われるものではない。
ウSPGAモデルの適用
SPGAモデルについては,観測記録を再現する上では優れた手法であ
ったとしても,強震動を事前に予測するという観点からは未だ研究途上で
あり(乙374・3頁),SPGAモデルを用いていないからといって,
本件発電所における地震動評価が合理性に欠けることにはならない。
⑷敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(海洋プレート内地震)
敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の評価では震源を特定すること
が必須であり,特に断層モデルを用いた手法による地震動評価では,詳細な
パラメータ設定が必須であることから,想定される断層モデルは現実的に設
定可能でなければならないところ,予測地図(2014)は,「プレート内地震は
プレート内に水平の断層面を設定する。」とし,そのうち,敷地周辺のフィ
リピン海プレートにM8.0の海洋プレート内地震を想定するにあたっては,
-132-
「安芸灘~伊予灘~豊後水道のM7.6~8.0の地震については80km×
80kmの矩形断層面」(乙263・113,126頁)を想定しているが,敷地周
辺のフィリピン海プレートの厚さは30~35km程度である(乙375)か
ら,九州下方に斜めに沈み込むフィリピン海プレートに対して,このように
大きな水平矩形断層面を設定することは,プレートを突き抜ける断層面を設
定することになり,現実的な断層モデルの設定は不可能である。仮にプレー
ト内に収めるために,斜めに沈み込むプレートと並行な断層面を仮定すると
しても,薄いプレートをさらに薄く裂くような破壊を想定せざるを得ず,力
学的には想定し難いものがある。
また,スラブ内で発生するマグニチュード7前後の大地震の場合,プレー
ト間地震や内陸地殻内地震に比べて短周期地震波の励起が大きい(地震動が
強くなり,震度が大きくなりやすい)ことが知られており,歴史地震を評価
するにあたり一般的に用いられている手法によって,大規模なスラブ内地震
を評価すると,他の地震タイプと比べてある程度の震度以上の領域面積が大
きくなるので,結果的に地震規模を過大に評価するおそれがあることから,
相手方は,神田ほか(2008)及び髙橋ほか(2008)等の知見を踏まえ,海洋プレ
ート内地震の地震規模を設定したのであり(乙391・5~13頁),その評
価内容に不合理な点はない。
なお,相手方は,不確かさの考慮においてはM7.4を設定している(乙
11-6-5-33,34,94)。
⑸年超過確率
基準地震動は決定論的な考え方に基づき策定するものであるのに対し,年
超過確率はこれとは異なる観点,すなわち,確率論的な観点から評価し,参
照するものであることから,抗告人らの指摘は基準地震動の合理性を左右す
るものではない。
4争点3⑵(新規制基準の合理性に関する各論〜耐震設計における重要度分類
-133-
の合理性)
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の4記載のとおりであるから,これを引用する。
(抗告人ら)
⑴外部電源が耐震重要度分類Cクラスであること
原決定は,①外部電源は,全交流電源喪失を免れるために必要な設備であ
るとはいえるけれども,外部電源の全てについてSクラスやBクラスに分類
してしまうと,相当な人的物的資源が割かれることになってしまい,社会通
念上も現実的でない,②新規制基準は,外部電源の機能喪失に備えて非常用
電源設備の設置を要求し(設置許可基準規則33条7項),外部電源及び非
常用電源設備の機能喪失に備えて代替電源設備の設置を要求し(同57条),
いずれも基準地震動に対する耐震安全性を要求することによって,可及的に
電源供給面における耐震安全性を確保しようとしているなどとして,外部電
源を耐震重要度分類Cクラスとする新規制基準の定めは,合理的であると判
示する。
しかし,福島第一原発事故の教訓を踏まえ,耐震設計審査指針類に反映さ
せるべき事項について検討を行うことを目的として設置された原子力安全委
員会の地震・津波関連指針等検討小委員会が,「(福島第一原発事故におい
て)外部電源喪失が重要な要因となっていることから外部電源受電施設等の
耐震安全性に関する抜本的対策が不可欠であ」り,「耐震設計上の重要度分
類指針の見直しの必要がある」ととりまとめていること(甲E23・8頁),
などによれば,非常用電源に過度に期待せず,外部電源の耐震性を高めるこ
とが福島第一原発事故の重要な教訓であることは間違いなく,規制機関もこ
れを認めていたものであるから,外部電源を耐震重要度分類Cクラスとする
新規制基準の定めは,福島第一原発事故の教訓を踏まえておらず,合理的と
は認められない。
-134-
⑵重大事故等対処施設及び重大事故等対処設備が基準地震動を超える地震動
に対する耐震安全性を確保していないこと
新規制基準は,基準地震動を超える地震動が発生した際に重大事故等対処
施設の地盤がこれを支持できることを求めておらず(設置許可基準規則38
条),基準地震動を超える地震動が発生した際に重大事故等対処施設が必要な
機能を喪失しないことを求めておらず(同39条),重大事故等対処設備自体
ないしその設置場所,アクセスルート(道路及び通路)について基準地震動
に対する耐震性の確保さえ求めておらず(同43条),地震を明示的に想定し
たものとしては常設と可搬型とで保管場所を変えるべきことを規定している
に過ぎない(同条3項5号)。
原決定は,新規制基準は,重大事故等対処設備である代替電源設備につい
て位置的分散等の適切な措置を講じることを求めているから,基準地震動を
超える地震動に対する耐震安全性を確保していなくても,その評価が適切に
行われる限りは,非常用ディーゼル発電機やその他代替電源設備が同時に機
能を喪失するおそれを社会通念上無視し得る程度に低減することができると
判示する。
しかし,設置許可基準規則は,第2章において,想定すべき外部事象を選
定し,当該外部事象による損傷が事故の誘因とならないよう施設の損傷防止
を求め,もって,設計基準対象施設について,設計に当たって想定すべき外
部事象による損傷を原因とした故障(共通要因などにより安全機能が失われ
る状況)が発生しないようにした上で,それでもなお共通要因に起因する設
備の故障が発生したことを想定し,第3章において,重大事故等対策を求め
ている。
このように重大事故等対策は,想定外の外部事象を原因とする共通要因故
障に対応するための対策であり,また,原決定指摘の位置的分散は基準地震
動を超える地震を想定した対策ではない(甲E24)から,重大事故等対処
-135-
設備について基準地震動を超える地震動に対する耐震安全性を要求していな
い新規制基準は,合理的とは認められない。
⑶非常用取水設備の耐震重要度分類が無視されていること
原決定は,非常用取水設備のうち,①海水ピット堰は耐震重要度分類Sク
ラスに,②海水取水口,③海水取水路,④海水ピットスクリーン室,⑤海水
ピットポンプ室はいずれもCクラスに分類されているものの,②ないし⑤は,
耐震重要度分類Cクラスとはいえ,いずれも常設重大事故緩和設備として位
置付けられ,基準地震動に対する耐震安全性が確保されている(設置許可基
準規則39条1項3号)から,非常用取水設備の耐震重要度分類は合理的で
あると判示する。
しかし,耐震重要度分類Cクラスでも,結果的にSクラスと同等の耐震性
を有していたから問題ないと言うのは,耐震重要度分類に従って設備を設計
して安全性確保を図る耐震設計の思想を否定するものであり,原決定は不当
である。
(相手方)
⑴外部電源の耐震重要度分類
抗告人らの主張は,外部電源に過度な要求を行うもので,安全対策に係る
バランスを欠いており,グレーデッドアプローチの考え方も無視するもので
あり,失当である。
仮に外部電源をSクラスに設定したとしても,多大な人的,物的資源を投
入し,結果的に全ての設備において高い信頼性を確保することは不可能であ
るし,一方で他に安全確保が必要な設備の維持・管理が行えなくなり,却っ
て原子力発電所の安全性を損なうことも考えられる。また,外部電源には不
確定な要素が多々あり,たとえ耐震重要度分類でSクラスに設定したとして
も,非常用の電源には適していない。
この点,相手方は,本件3号機が発電を停止し,かつ,外部電源が喪失し
-136-
た場合に備えて,1台で必要な容量を有する非常用ディーゼル発電機を2台
設置しているが,新規制基準を踏まえ,それぞれが7日間にわたって必要な
電力を供給することができるだけの燃料を備蓄して信頼性の向上を図るとと
もに,外部電源や非常用ディーゼル発電機の機能が失われたことにより重大
事故等が発生した場合においても,炉心の著しい損傷,原子炉格納容器の破
損等の防止のために必要な電力を確保するとの観点から,代替の非常用電源
として,空冷式非常用発電装置,電源車,蓄電池,可搬型直流電源装置等を
配備しており,これらの非常用電源については,共通要因によって外部電源
や非常用ディーゼル発電機と同時に機能を喪失しないよう,独立した電線路
により接続するとともに,外部電源や非常用ディーゼル発電機との位置的分
散を考慮して設置するなどしている(乙11-8-1-686~692,乙13-
376~384)。また,これらの非常用電源については,重大事故等に対処する
ための設備としてSクラスと同じく基準地震動に対する耐震安全性を確保し
ている(乙59,乙114~117)。
⑵重大事故等対処施設及び重大事故等対処設備の耐震安全性
仮に基準地震動を超える地震動が発生したとしても,原子力発電所の安全
上重要な設備は,耐震安全上の余裕を有しており,基準地震動を超える地震
動によっても直ちに安全機能が損なわれるわけではないし,可搬型設備は,
常設設備に比べると経験則的に耐震上優れた特性が認められ,本件3号機の
可搬型重大事故等対処設備も,高い耐震性を確保している(乙59,60,
117)。こうした点を踏まえると,常設重大事故等対処設備及び可搬型重
大事故等対処設備である代替電源設備(空冷式非常用発電装置,電源車,蓄
電池,可搬型直流電源装置等)について,外部電源や非常用ディーゼル発電
機と同時に共通要因によって機能が損なわれるおそれがないよう位置的分散
を考慮して異なる保管場所に保管するなどの適切な措置を講じることを求め
る新規制基準の規定は合理的であり,そうした対策によって,代替電源設備
-137-
が外部電源や非常用ディーゼル発電機と同時に共通要因によって機能が損な
われるおそれを社会通念上無視し得る程度に低減することができる。なお,
代替電源設備の位置的分散は,津波のみを想定したもの(甲E24の会合に
おける原子力規制庁の事務局からの説明)ではなく,「いろいろな共通原因」
に対する対策として位置付けるべきであることが指摘されており(同会合に
おける原子力安全基盤機構の関係者の指摘,乙324),「いろいろな共通
原因」には,当然ながら地震動も含まれる。
また,新規制基準では,基準地震動を超える地震動も踏まえた要求がなさ
れている。例えば,①重大事故等対策では,上記のとおり経験則的に耐震上
優れた特性が認められる可搬型設備(可搬型重大事故等対処設備)による対
策を基本とし,常設の設備も組み合わせることで多様性を持たせて,信頼性
を向上させ(設置許可基準規則47条,同解釈47条1項⑴a)及び同b)
等),②重大事故防止設備は,地震等の共通要因によって設計基準事故対処
設備の安全機能と同時にその機能が損なわれるおそれがないよう,可能な限
り多様性を考慮して,適切な措置を講じることが求められ(同43条2項3
号,同条3項7号,同解釈43条4項),③可搬型重大事故等対処設備につ
いては,地震,津波等の条件を考慮した上で,常設重大事故等対処設備とは
異なる保管場所に保管することが求められている(同43条3項5号)。
さらに,合理的に予測される範囲を大幅に超える大規模な自然災害が発生
した場合には,発電用原子炉施設の大規模な損壊に至る可能性もあるが,新
規制基準では,そのような場合に備え,3号要件として,原子力発電所を設
置する者が重大事故等対策に係る技術的能力を有することを求め,大規模な
自然災害又は故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムによって原子
炉施設の大規模な損壊が生じた場合における体制の整備に関し,手順書の整
備,当該手順に従って活動を行うための体制及び資機材の整備を要求してい
る(技術的能力基準2.1)。
-138-
⑶非常用取水設備の耐震重要度分類
耐震重要度分類においてSクラス,Bクラス及びCクラスという分類は,
設計基準対象施設としての役割に着目した分類であって,重大事故等対処設
備(常設耐震重要重大事故防止設備,常設耐震重要重大事故防止設備以外の
常設重大事故防止設備,常設重大事故緩和設備等)としての役割に着目した
分類には用いられない(設置許可基準規則解釈別記2の2)。
常設重大事故緩和設備だからといって設計基準対象施設としての相対的重
要度を無視してSクラスに分類することには何ら意味がないし,重要度を恣
意的に変更することは,グレーデッドアプローチの考え方を無視するもので,
却って安全性を損なう可能性もある。抗告人らの主張は,耐震設計重要度分
類の目的も意義も理解しないものであり,失当である。
5争点3⑶(新規制基準の合理性に関する各論〜使用済燃料ピット等に係る安
全性)
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の5記載のとおりであるから,これを引用する。
(抗告人ら)
⑴堅固な施設で囲い込まれていないこと
ア竜巻による衝突
原決定は,竜巻については,飛来物の衝突による施設の貫通及び裏面剥
離を想定するなどしても安全機能が損なわれないことが確認されているの
で,外部からの不測の事態に対する防御という点において,使用済燃料ピ
ットの安全性に欠けるところはないと判示する。
しかし,竜巻により飛来物が使用済燃料ピットに侵入することを許容す
る設計となっていること自体を具体的危険性と捉えるべきであるし,竜巻
により複数の飛来物が使用済燃料ピットに侵入し,使用済燃料ピットや使
用済燃料に衝突したとしても安全機能は損なわれないことの疎明はなされ
-139-
ていない。
イ冠水状態の維持
原決定は,使用済燃料が冠水状態で貯蔵されている限り,放射性物質を
含む高温高圧の水蒸気が瞬時に発生流出するような事態が生じる可能性は
見出し難く,使用済燃料ピットと原子炉とは,想定される放射性物質の漏
出のおそれに差があるから,使用済燃料ピットが原子炉ほどの「堅固な施
設」による囲い込みまでは要しないとすることは,社会通念に照らして不
合理でないと判示する。
しかし,使用済燃料が無条件に「冠水状態で貯蔵されている限り」とい
う前提を置いている点で判断を誤っている。福島第一原発事故において,
4号機の使用済燃料ピットの冷却機能が喪失したにもかかわらず冠水状態
が維持されたのは,偶然に偶然が重なって,隣接する原子炉ウェルから水
が流れ込んだためであること(甲D289)などからすれば,使用済燃料
の冠水状態を維持できない事態が生じることを想定していない新規制基準
は,福島第一原発事故の教訓を踏まえておらず,合理的とは認められない。
⑵稠密化された使用済燃料ピットの危険性
原決定は,使用済燃料ピットにおける使用済燃料の配置について,米国原
子力規制委員会から市松模様にして配置する運用が各事業者に指示されてい
るという状況にあることはいえても,そのような配置方法が国際基準として
確立されていることが窺える資料も見当たらないと判示する。
しかし,福島第一原発事故を受けて改正された原子力基本法1条2項が原
子力利用の安全確保について,「確立された国際的な基準を踏まえ」ることと
したのは,少なくとも
.....
確立された国際的な基準を踏まえなければならない(基
準が国際的に確立されていることが基準遵守の十分条件となる)としたもの
であり,確立された国際的な基準でなければ踏まえなくても良い(基準が国
際的に確立されていることが基準遵守の必要条件となる)としたものではな
-140-
い。使用済燃料の市松模様状の配置については,使用済燃料ピットが危機的
状況に陥った福島第一原発事故の教訓を踏まえ,国会事故調査会もその導入
を提言していること(甲C10・120頁),新たに設備を設置することもなく
容易に実行可能な対策であることなどからすれば,使用済燃料の市松模様状
の配置を要求していない新規制基準は,合理的とは認められない。
(相手方)
⑴堅固な施設で囲い込まれていないこと
ア竜巻による衝突
相手方は,竜巻により複数の飛来物が使用済燃料ピットに侵入して使用
済燃料ピットや使用済燃料に衝突したとしても安全機能は損なわれないよ
う設計を行っている(乙11-8-1-320~343,472,乙13・58~63)。
また,相手方は,竜巻により飛来物となり得る車両や資機材について,
固縛,固定又は竜巻防護施設との離隔を適切に行い,かつ,完全な固縛管
理が困難な乗用車等の車両については,周辺防護区域又は立入制限区域に
該当する本件3号機の原子炉建屋(使用済燃料ピットを設置する燃料取扱
棟を含む。)及び原子炉補助建屋周辺で車両の立入りを制限し(実用炉規
則91条2項6号),竜巻防護施設のある海水ピット周辺及び重油タンク
周辺でも駐車禁止エリアを定め,作業のための資機材運搬車両等以外の運
転者が長時間離れるような車両の駐車を原則禁止するなどの飛来物発生防
止対策を講じることで,竜巻による飛来物の発生数を極力少なくしており
(乙325-6条(竜巻)-別添1-資料5-34~35,資料10-1~27),
竜巻防護施設に影響を及ぼす複数の飛来物が同一の竜巻防護施設に衝突す
る可能性は極めて小さいことが原子力規制委員会の審査で確認されている
(乙326・14頁)。
イ冠水状態の維持
新規制基準は,使用済燃料を冠水状態で冷却できるよう対策を求めた上
-141-
で(設置許可基準規則16条,同54条1項,同解釈54条2項),それ
でも使用済燃料ピットの水位が異常に低下し,使用済燃料の冠水状態が保
てなくなることも想定し,使用済燃料ピット内の使用済燃料の著しい損傷
の進行を緩和するとともに,燃料が損傷した場合であっても,できる限り
環境への放射性物質の放出を低減するための設備を整備するよう求めてい
る(同54条2項,同解釈54条3項)ところであり,新規制基準が「冠
水状態を維持できない事態が生じることを想定していない」との抗告人ら
の批判は誤りである。
そして,相手方は,設置許可基準規則54条2項,同解釈54条3項を
踏まえ,中型ポンプ車及び加圧ポンプ車を用いて小型放水砲による使用済
燃料ピットへのスプレイが可能となるよう設備を設けるとともに,大型ポ
ンプ車(泡混合機能付)又は大型ポンプ車を用いた大型放水砲による燃料
取扱棟への放水が可能となるよう設備を設けるなどの対策を講じている(乙
11-8-1-671~674)。
⑵稠密化された使用済燃料ピットの危険性
相手方が本件3号機の使用済燃料ピットに貯蔵した使用済燃料については,
市松模様状の配置を行うまでもなく安全性を確保している。仮に,市松模様
状に配置することが使用済燃料ピットに保管する使用済燃料の安全性をより
向上させるための一つの選択肢を提案するものだとしても,これを採用して
いないからといって本件3号機の使用済燃料ピットに保管する使用済燃料が
安全性に欠けるわけではないし,これを要求していないからといって新規制
基準が合理性に欠けることにはならない。
6争点3⑷(新規制基準の合理性に関する各論〜地すべりと液状化現象による
危険性)
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の6記載のとおりであるから,これを引用する。
-142-
(抗告人ら)
⑴地すべり
ア重油タンクの周辺斜面の解析モデルの不存在
原決定は,東側斜面の高さと,東側斜面の法尻と重油タンクの距離,地
すべりの移動距離は斜面の高さの概ね1.4倍,2倍であるという各知見
を理由に,相手方が解析モデルを作成しないことは不合理とはいえないと
判示する。
しかし,相手方及び原判決が依拠する斜面と高さに関する各知見は,「概
ね」の数値を示すものに過ぎない。例えば,東北地方太平洋沖地震により,
高さ50m程,斜面勾配15度程度の山で,移動距離約120mの地すべ
りが発生し,これにより,10戸が全壊し,13人が死亡した事例がある
(甲C77,78)。この事例では,地すべりは,斜面の高さの2倍を優に
超えて移動している。結局,地すべり現象は,自然的誘因や斜面勾配等の
地形的要因,さらには地質時代や岩相などの地質的要因が複雑に関係して
おり,未だ完全なメカニズムの解明には至っていないのであるから,斜面
の高さにどれ程の離隔距離があれば,地すべりにより崩れてきた土塊が到
達しないかなどということは不明と言わざるを得ないのであり,本件では
少なくとも解析モデルを作成して安全性を確認することは不可欠であり,
解析モデルすら作成しないのは不合理である。
イ本件発電所が三波川帯にあること
原決定は,「安定性評価の対象となる周辺斜面は,基礎地盤と同様に,表
土や風化した岩盤を削り取るなどの対策を講じた後の,いわゆる堅硬な斜
面について行われており,佐田岬半島が一般に著しい片理が発達するなど
有数の地すべり地帯であるとの指摘が,佐田岬半島において上記と同様の
対策を講じた後の堅硬な斜面について一般的に妥当することを窺わせる資
料は見当たらない。」と判示する。
-143-
しかし,原決定のこの判示は,「佐田岬半島が一般に著しい片理が発達す
るなど有数の地すべり地帯である」との抗告人らの主張を認めておきなが
ら,地すべりの危険性が残ることの立証責任を,抗告人ら側に課したもの
であり,原決定説示の司法審査の一般論(事業者の側において具体的危険
が存在しないことを主張立証する必要がある。)と矛盾している。
ウ生越鑑定書の信用性
原決定は,生越鑑定書(甲C196)について,「昭和51年12月30
日に作成されたもの」であり,「依拠した各種知見や調査結果の精度が現時
点でも科学的技術的に見て,今なお当然に耐えうるとは限らない」などと
判示する。しかし,生越鑑定書は,裁判所が選任した鑑定人である生越和
光大学教授が,二度にわたり現地調査を行った上で作成した鑑定書であり,
現地調査の際には,広島大学理学部地質鉱物学教室の小島教授(結晶片岩
研究の権威)が鑑定補助者として参加したものであり,その学術的価値,
証拠価値は十分に認められる。また,生越鑑定書が作成された当時,国及
び相手方は,中央構造線が活断層であることを否定していたが,生越鑑定
書は中央構造線の活動性を明言していた。現時点においては,中央構造線
が活動性を有する活断層であることは国及び相手方とも否定し得ない事実
であり,その当時の国及び相手方の主張と,生越鑑定書の主張のどちらが
正しかったかは,歴史的に明らかである。
エ相手方の深部ボーリング調査は本件原発の安全性を保証しないこと
原決定は,小松意見書(甲C324)に基づく抗告人らの主張について,
「深部ボーリング調査により,少なくとも深度約2000mまで続く結晶
片岩の層が堅硬かつ緻密であること」などを理由に排斥している。
しかし,相手方が2000mの深部ボーリングを実施した地点は,本件
原発敷地の南西端の場所であり(乙269・30頁),本件原子炉の炉心か
ら約900m離れているところ,新潟県中越沖地震(超過事例③)では,
-144-
柏崎刈羽原発の同一の敷地内の約890m離れた4号機と7号機で地震動
が約2.4倍も異なっている(甲C115)から,相手方の実施した深部
ボーリング調査では,本件発電所の安全性を保証することはできない。
⑵液状化
ア液状化の危険性
原決定は,本件敷地の高さはT.P.+10mであるところ,相手方に
よる調査の結果,本件敷地の埋立部における地下水の平均は,海面の高さ
と同等のT.P.+0mであること等を理由に,抗告人らの主張は採用で
きないと判示する。
しかし,平常時の水位が地表面を下回ることにより液状化が起こり得な
いかのような判示は,事実誤認である。現に,新潟県中越沖地震(超過事
例③)では,柏崎刈羽原発敷地内において多数の液状化現象が生じたが,
当然のことながら平常時の地下水の水位が地表面を上回っているわけでは
なかった。
また,原決定は,①海水ポンプエリアから津波による海水流入の可能性
があること,②本件発電所の安全確保に必要な施設のうち,ⅰ海水ポンプ
エリアに繋がる配管,ⅱ緊急時に海水ポンプエリアで事故対策を行うため
の取付道路,ⅲ可搬設備の設置場所等の関連施設等がT.P.+10mよ
り低い位置にある可能性があること(伊方原発2号炉のストレステストに
関し,相手方が平成24年8月23日にプレスリリースした資料には,ⅲ
の可搬型消防ポンプの配置場所がEL〔標高〕5mであり,消防自動車配
置場所がEL10m以下の高さであることが明記されている。甲E25)
等について検討した形跡がなく,審理不尽である。
イ液状化の影響
原決定は,仮に埋立部において液状化が発生したとしても主要構内道路
の通行性が確保できるよう,埋立部を通らずに通行できるアクセスルート
-145-
を確保する等の対策を講じているから,不等沈下によって通行に支障が生
じシビアアクシデント対策を実施することが不可能となるとまでいうこと
はできないと判示する。
しかし,地震による液状化の影響は,事前には予測できないものであり,
液状化の際にその他の現象である,配管やマンホール等の地中埋設物の浮
き上がる可能性や,泥水が噴出して道路が冠水する可能性,噴砂の可能性
等が検討されておらず,これによる通行障害等の影響等も疎明されていな
いのであり,原決定の判示は余りに楽観的である。
(相手方)
⑴地すべり
ア重油タンクの周辺斜面の解析モデルの不存在
抗告人らが指摘する東北地方太平洋沖地震の際の事例(地すべりの移動
距離が斜面の高さの約2.4倍)は,相手方が依拠した約2倍という知見
と矛盾が生じる程度の結果ではないし,本件3号機の重油タンクとその東
側斜面の法尻との距離が東側斜面の高さの約3倍であることを踏まえると,
2倍を超える可能性があったとしても,十分に余裕があると考えられる。
イ本件発電所が三波川帯にあること
抗告人ら指摘の原決定の説示は,相手方が,佐田岬半島が三波川帯に属
する地すべり地帯であるとの抗告人らの指摘に対し,本件発電所の敷地に
おいて斜面の安定性評価の対象となるのは,表土や風化した岩盤を削り取
るなどの対策を講じた後の堅硬な斜面であり,当該斜面において地すべり
は生じないとの解析結果を示すなどして必要な主張,疎明を尽くしており,
その一方,抗告人らが相手方の主張,疎明に対する立証活動に失敗してい
ることを述べたものであるから,原決定が示した司法審査の在り方と何ら
矛盾するものではない。
ウ生越鑑定書の信用性
-146-
生越鑑定書は,鑑定事項のうち,岩石の強度,地すべりの規模・頻度等に
係る定量的な鑑定が求められていると思われる事項についても,抽象的で定
性的な見解を述べるばかりで,具体的に岩石の強度などを試験により明らか
にした形跡はなく,観察内容を述べるにしても,当該観察地点が具体的にど
こなのか,添付されている写真がどの地点で撮影されたものなのかも全く明
らかにしていない。このような鑑定書に,学術的価値も証拠価値もないこと
は明らかである。
エ相手方の深部ボーリング調査
抗告人らの主張は,深部ボーリングからは鉛直方向の地盤情報しか得ら
れないということを前提にしており,誤りである。
抗告人は,オフセットVSP探査を実施し,本件発電所の敷地(本件3
号機の炉心位置も含む。)の水平方向の深部地盤構造の調査を行い,柏崎
刈羽原子力発電所のような特異な地下構造が本件発電所の敷地の地下深く
に存在しないことを確認した。すなわち,オフセットVSP探査の結果,
本件発電所の敷地には,大規模な断層を示す不連続,地震動の特異な増幅
の要因となる低速度域及び褶曲構造は認められず,その速度構造(地震波
の速度分布)は乱れがなく均質である(乙11-6-3-83,302~303,
乙35-38~45,55~58,乙192-34~36)。
⑵液状化
ア液状化の危険性
抗告人ら指摘の,新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原発で発生した液状
化は,東京電力のその後の調査により地下水位が地表面付近にある地点(主
に海側の地下水が飽和した地盤)で発生していることが分かっている(乙
328-8~17)のに対し,本件発電所の敷地における地下水位が地表面
に対して十分に低い。
また,①海水ポンプエリアから津波による海水流入の可能性については,
-147-
相手方は,海水ポンプエリアからの津波の流入を防止するための対策,すな
わち,海水ポンプエリアへの水密扉,水密ハッチ等の設置,貫通部の止水処
置の実施等,適切な対策を講じていることから,海水ポンプエリアから海水
が流入するおそれはなく(乙11-8-1-194~198,乙13-45),②本
件発電所の安全確保に必要な施設のうち,ⅰ海水ピット並びにこれに接続す
る海水取水路,海水取水口及び海水管ダクトについては,いずれも堅硬な岩
盤に支持させているので,液状化により損傷することはなく(乙13-33,
269),ⅱⅲの可搬型重大事故等対処設備の保管場所並びに保管場所から使用
場所まで運搬するための経路及びその他の設備の被害状況を把握するための
経路(アクセスルート)については,いずれも標高(EL.)10m以上の
地点に位置し,液状化等によって必要な機能を喪失しないことを確認してい
る(乙329)。
抗告人らは,甲E25を示してⅲの可搬型設備の一部(消防自動車)がE
L.10mより低い地点に配置されていることも指摘するが,甲E25は,本
件3号機に係る資料ではない上,新規制基準制定以前の状況を示した資料で
あり,現在は,新規制基準の制定を踏まえ,可搬型設備の配置位置も当時か
らは大きく変更されており,現在は,EL.10mより低い位置には配置され
ていない(乙329-資6別添1-14)。
イ液状化の影響
本件発電所の敷地の埋立部において液状化は生じないと判断されるが,
相手方は,保守的に液状化及び揺すり込みによる不等沈下が発生すること
をあえて想定するとともに,地下構造物の損壊による陥没の発生なども考
慮し,アクセスルートにおける影響評価を実施し,アクセスルートの通行
性に支障がないことを確認している。具体的には,不等沈下に対する評価
結果は,埋立部で発生する勾配は最大2%,段差量は最大で5cmとなり,
緊急車両が徐行により登坂可能な勾配(約15%)及び走行可能な段差量
-148-
(15cm)をいずれも下回っており,また,地下構造物の損壊に対する評
価結果は,埋立部の地下構造物については鋼板設置等の事前対策を行って
いること,地下構造物の損壊に伴って地表面上に発生する陥没を想定して
も,仮復旧作業を行うことで比較的短時間で通行性を確保することが可能
であってアクセスルートへの影響はないことを確認している(乙329-
資6別添1-26以下)。
7争点3⑸(新規制基準の合理性に関する各論〜制御棒挿入に係る危険性)
原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者の主張」の7記載のとおり
であるから,これを引用する。
8争点3⑹(新規制基準の合理性に関する各論〜基準津波策定の合理性)
原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者の主張」の8記載のとおり
であるから,これを引用する。
9争点3⑺(新規制基準の合理性に関する各論〜火山事象の影響による危険性)
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の9記載のとおりであるから,これを引用する。
(抗告人ら)
⑴立地評価
原決定は,まず,「立地評価に関する火山ガイドの定めは,少なくとも地
球物理学的及び地球化学的調査等によって検討対象火山の噴火の時期及び規
模が相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点において,そ
の内容が不合理である」と,火山ガイドが不合理であることを認めながら,
「VEI7以上の規模のいわゆる破局的噴火については,その発生の可能性
が相応の根拠をもって示されない限り,発電用原子炉施設の安全性確保の上
で自然災害として想定しなくても,当該発電用原子炉施設が客観的に見て安
全性に欠けるところがあるということはできないし,そのように解しても,
本件改正後の原子炉等規制法の趣旨に反するということもできない」とする。
-149-
しかし,立地評価に関する火山ガイドが不合理であるということは,本件
発電所の適合性審査において用いられた具体的審査基準が不合理であるとい
うことにほかならず,原決定が定立した規範に照らせば,人格権侵害の具体
的危険が存在することが事実上推定される。このような場合にどのような判
断がなされるべきかについて,原決定が終始引用する福岡高裁宮崎支部決定
によれば,相手方において人格権侵害の具体的危険が存在しないことを立証
しなければならないという結論になるはずである。
そうであるにもかかわらず,原決定は,福岡高裁宮崎支部決定と同様に,
(抗告人らによって)破局的噴火の可能性が相応の根拠をもって示されない
限り人格権侵害の具体的危険が存在するとは認められない旨の,自らが定立
した規範に真正面から抵触するような判断を行っているのであり,不当とし
か言いようがない。
原決定は,噴火の時期及び規模を相当前の時点で的確に予測することは現
在の火山学の水準では不可能であるとしているのであるから,抗告人らにお
いて破局的噴火の可能性の存否を立証することなど不可能であり,結局のと
ころ,VEI7クラスの破局的噴火については,事業者も原子力規制委員会
も,何ら考慮しなくてよいといっているに等しい。
しかし,現在の火山学の科学技術水準がVEI7クラスの破局的噴火を的
確に予測できないのであれば,的確に予測できないことを前提として,万が
一に備え,破局的噴火が発生したとしても原発の安全性に支障がないような
対策を講じる(設計対応不可能な火山事象に対しては「離隔」する)という
のが,「安全の確保を旨」(原子力基本法2条1項)とした本来の規制の在
り方のはずである。
この点につき,原決定が引用する福岡高裁宮崎支部決定は,VEI7クラ
スの破局的噴火を考慮しなくてよい根拠として,「少なくとも今日の我が国
においては,このようにその影響が著しく重大かつ深刻なものではあるが極

-150-
めて低頻度で少なくとも歴史時代において経験したことがないような規模及
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
び態様の自然災害
、、、、、、、、
の危険性(リスク)については,その発生の可能性が相応
の根拠をもって示されない限り,建築規制を始めとして安全性確保の上で考
慮されていないのが実情であり,このことは,この種の危険性(リスク)に
ついては無視し得るものとして容認するという社会通念の反映とみることが
できる」と判示するが,①原発の安全性を一般建築規制と同様のレベルでと
らえている点,②確立された国際的な基準にも我が国の原発規制の中にもど
こにも定めのない「歴史時代において経験しているか否か」という,独自か
つ極めて緩やかな基準を持ち出して,破局的噴火を「極めて低頻度」と認定
している点で誤っている。
なお,原決定は,阿蘇カルデラの噴火可能性の判断の中で,「破局的噴火
の直前にはプリニー式等の爆発的噴火が先行することが多く,このことはカ
ルデラ噴火の機序からも説明できる」として,Nagaoka(1998)の噴火ステー
ジ論を前提として破局的噴火の可能性を否定しているようであるが,上記噴
火ステージ論については,長岡信治の指導担当教授であった町田洋・東京都
立大学名誉教授が「噴火ステージのサイクルは,テフラ整理のための一つの
考え方に過ぎず,これによって破局的噴火までの時間的猶予を予測できる理
論的根拠にはなりません」と明確に述べており(甲D343),原決定は誤
りである。原決定が依拠する福岡高裁宮崎支部決定も,破局的噴火が開始し
てからカルデラ崩壊が始まるまでの期間(数日から数週間)にプリニー式
噴火が発生したことを示す小林ほか(2010)や前野(2014)を挙げて「多くの
巨大噴火がプリニー式噴火に始まる」としているだけであり,仮に近年阿
蘇でプリニー式噴火が起きていないからといって,破局的噴火までの時間
的猶予が数十年以上あるということにはならない。
⑵降下火砕物の最大層厚の想定
アVEI7クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚
-151-
原決定は,南九州地域に存在する複数のカルデラの1つでVEI7クラ
スの破局的噴火が発生した場合には少なくとも15㎝以上(最大で50㎝
程度)の降灰があり得るという抗告人らの主張に対して,立地評価におけ
る判示と同様,本件発電所の運用期間中に阿蘇4噴火のような噴火が発生
する可能性が相応の根拠をもって示されているとはいえないから,そのよ
うな破局的噴火に伴う降下火砕物の影響を考慮の外に置いたとしても,本
件発電所が客観的にみて安全性に欠けるところがあるということはできな
いと判示するが,この判示が不当であることは,前記⑴のとおりである。
イVEI6クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚
原決定は,①阿蘇におけるマグマ溜まりの現状に関する最新の知見がな
いこと,②噴火ステージ論を根拠として,少なくとも阿蘇に関する限り,
VEI6クラスの巨大噴火の発生を考慮しないことが社会通念上不合理で
あるとまでいうことはできないと判示し,③阿蘇以外の南九州のカルデラ
については検討していない。
しかし,①については,須藤ほか(2006)によれば,「草千里南部には,
その直下にマグマ溜まりと考えられる地震波低速度領域の存在が指摘され
て」おり,その大きさは,「直径3~4㎞程度の領域が考えられる」とい
うのである(なお,降下火砕物の噴出体積についての相手方の主張が誤り
であることにつき甲G13ないし15)。このような知見が存在するにも
かかわらず,相手方は,VEI6クラスの噴火が起こらないことの疎明を
していない。
また,②についても,噴火ステージ論が根拠とならないことは,前記⑴
のとおりであり,マグマの性質についての相手方の主張も誤りである(甲
G16)。
さらに,③についても,姶良カルデラは,VEI7クラスの噴火では手
方の想定をはるかに超える約50㎝の降下火砕物が到達していることが確
-152-
認されており,VEI6クラスの噴火で15㎝を超える降下火砕物が到達
しないのか,十分保守的な検証がされなければならないはずである(甲G
21〜23,26)。
以上によれば,原決定が誤りであることは明らかである。
ウ阿蘇におけるVEI5クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚
抗告人らは,阿蘇カルデラにおいて,VEI5クラスの中でも最大の噴
火(噴出物量10㎦)が発生する可能性をも指摘していた。これに対し,
原決定は,抗告人らの主張をすり替え,阿蘇におけるVEI5クラスの噴
火の検討ではなく,九重山における
、、、、、、、
10㎦の噴火の可能性がないことを指
摘して抗告人らの主張を退けている。
このような主張のすり替えが許されないことは言を俟たない。
⑶降下火砕物の大気中濃度の想定及び吸気フィルタの閉塞
アセントヘレンズ観測値を用いることの不合理性
原決定は,大気中火山灰濃度として,セントヘレンズ観測値(33.4
㎎/㎥)を用いて安全性が確保されているか否かを評価するのが相当と判
示する。
しかし,ヤキマ地区における層厚がわずか8㎜程度しかなく,15㎝の
火山灰を想定している本件においてそのまま用いる根拠は何ら示されてい
ないし(仮に最大層厚に比例して大気中濃度が大きくなるとシミュレート
した場合,8㎜で33.4㎎/㎥だとすると,15㎝では33.4㎎/㎥
×150㎜÷8㎜=626.25㎎/㎥となる。),噴火の規模からして
も,セントヘレンズの噴火(VEI4)よりも,相手方が14㎝の層厚と
なることを想定している九重山の九重第一軽石噴火(VEI5)の方が大
きく,原決定は誤りである。
イ電力中央研究所の「数値シミュレーションによる降下火山灰の輸送・堆
積特性評価法の開発(その2)‐気象条件の選定法およびその関東地方で
-153-
の堆積量・気中濃度に対する影響評価」(以下「電中研報告」という。)
に関する判断の不合理性
原決定は,電中研報告について,計算機コード(FALL3D)にバグ
の存在が確認されるなどの諸問題が指摘されていることなどを根拠として,
現時点で原子力規制委員会が電中研報告を前提とした影響評価を相当とす
るに至っていないと認定した上,電中研報告の内容をそのまま
、、、、
降下火砕物
の影響評価に用いることが相当でないことは明白であると判示する。
しかし,電中研報告で紹介された大気中火山灰濃度は,火口から85㎞
ほど離れた横浜(層厚約16㎝)で1000㎎/㎥近い数値が得られたと
いうのであって,噴出率について一桁程度過大になっているという指摘が
事実だとしても,未だ100㎎/㎥という濃度はあり得ることとなり,相
手方のフィルタ交換が間に合う限界ライン66㎎/㎥(後記ウ)を上回る
こと,FALL3Dのバグはその後修正され,諸外国では既にある程度実
用化されていること(甲G3,4)に照らすと,原決定は誤りである。
ウ吸気フィルタの閉塞
原決定は,非常用ディーゼル発電機の吸気消音器のフィルタが閉塞して,
非常用ディーゼル発電機が機能喪失する可能性に関して,セントヘレンズ
観測値(33.4㎎/㎥)を前提とした場合に降下火砕物によってフィル
タが閉塞するまでの時間はおよそ2時間弱であると試算されるところ,フ
ィルタ交換に要する時間は1時間程度であり,フィルタの形状,構造,取
付手順等に照らすと,フィルタ交換の所要所間の見込みは一応合理的
、、、、、
であ
ると判示する。
しかし,前記判示を前提としても,相手方のフィルタ交換が間に合う限
界ラインはセントヘレンズ観測値の約2倍である66㎎/㎥であるところ,
降下火砕物の大気中濃度がこれを上回る可能性があり(前記イ),また,
相手方は,抗告人らが指摘したフィルタ交換作業の困難性について何らの
-154-
疎明をしていないので,原決定は誤りである。
エ原決定後の原子力規制委員会の見解の変遷
原決定後の平成29年5月15日に開催された原子力規制委員会にお
ける降下火砕物の影響評価に関する検討チーム第2回会合では,規制庁
より,堆積量15㎝となる場合,降灰継続時間を仮定して堆積量(実測
値)から推定する手法を用いた場合には,降下火砕物大気中平均濃度は,
3~7g/m3
(降灰継続時間12時間)ないし2~4g/m3
(降灰継続
時間24時間)となる計算結果や,数値シミュレーションを用いると気
中濃度は1~2日程度数g/m3
となるという計算結果が示された(甲G
9・7~15頁)。この後者の計算結果について,規制庁の説明担当は,1
~2日程度数g/㎥という濃度が継続するというのは「常識的な範囲の想
定」であることを明言している(乙345・25頁)。
そして,相手方従業員2名も出席していた同年6月22日の同検討チ
ーム第3回会合では,電気事業連合会より,本件発電所につき,参考濃
度(前記と同様の手法に基づいた試算値)は約3.1g(=3100㎎)
/m3
となる一方,現状の限界濃度は0.7g(=700㎎,セントヘレ
ンズ観測値の約23倍)/m3
という数値が示されている(乙344・2
頁)。つまり,「常識的な範囲の想定」である参考濃度の4分の1程度
の濃度でも,本件原発の現状設備では対応できないことを電気事業連合
会も認めざるを得なくなったということである。
以上からすれば,少なくとも現時点での本件発電所は,想定される自
然現象である降下火砕物に対し,安全施設たる非常用ディーゼル発電機
が安全機能を損わないとは言えないものになっており,設置許可基準規
則6条1項に違反するものと言わざるを得ず(規制庁によるバックフィ
ット〔原子炉等規制法43条の3の14,同法43条の3の23〕が予想
されることにつき,甲G10ないし12),そうでないことの相手方の
-155-
疎明はないから,具体的危険の存在が推認されるというべきである。
なお,相手方は,万が一,降下火砕物の大気中濃度が高い環境下にお
いて全交流電源喪失になったとしても,蒸気で稼働するタービン動補助
給水ポンプを用いた冷却方法があると主張するが,15㎝もの火山灰の
降灰が観測されるようなことは,我が国では産業化を遂げて以降ほとん
ど経験がなく,実際に原子力発電所のような複雑な構造物に大量の降灰
がある場合,予め想定されなかった事態が同時多発的に発生し少なから
ぬ混乱が生じることは容易に想像でき,そのような状況下で全交流電源
喪失となった場合,果たして本件原発の作業員が想定通り可搬型ホース
を施設できるのか,極めて疑問である。
⑷降下火砕物の非常用ディーゼル発電機機関内侵入による影響
ア摩耗に対する影響
原決定は,摩耗に対する影響について,三菱重工意見書(乙196)を
全面的に採用し,降下火砕物が黄砂よりも脆弱であって,間隙に入り込ん
だとしても,「接触により破砕され,燃焼に伴う排気ガスとともに排出さ
れる」か,「潤滑油とともにクランクケース内へ降下することになる」た
め,摩耗は生じないと認定する。
しかし,火山灰はシリンダライナ及びピストンリングの材料である鋳鉄
と比較して破砕されにくく(硬度は火山灰が鋳鉄より硬い。),また,火
山灰と黄砂の大気中濃度の違い,ひいては,機関内に侵入する粒子の量の
違いを無視している点で,原決定は不当である。さらに,粒径の小さい火
山灰の侵入(粒径120㎛より小さい降下火砕物はフィルタで捕集される
ことなく機関内に侵入する)に対してどのように対処するのかについても,
相手方は何ら疎明できていない。
イ焼付に対する影響
原決定は,焼付に対する影響についても,三菱重工意見書(乙196)
-156-
を全面的に信用して,仮に膨張行程でシリンダ内の温度が1000℃を超
えて非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入した降下火砕物の溶融が生じ
たとしても,極めて短時間の局所的な現象であり,シリンダ内の温度はす
ぐに降下火砕物の融点より低い温度にとどまり,降下火砕物は再び固化す
ると考えられるとして,焼付は生じないと断じている。
しかし,機関内に侵入した火山灰は,0.075秒(相手方主張の,吸
入→圧縮→膨張→排気の4行程1サイクルのうちの膨張のような1行程の
所要時間)ごとに2000℃の温度(甲D357)で加熱されることにな
るところ,たとえ2000℃になるのが一瞬であったとしても,それがこ
れほど短時間に連続して起これば,火山灰も相応の高温になり得るのであ
って,これを無視した原決定には,審理不尽の違法がある。
(相手方)
⑴立地評価
原決定は,立地評価に係る火山ガイドの記載について,少なくとも検討対
象火山の噴火の時期及び規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提
としている点においてその内容が不合理であると判示している。
しかし,火山ガイドの,将来の活動可能性が否定できない火山に対して行
う設計対応不可能な火山事象が原子力発電所運用期間中に影響を及ぼす可能
性が十分小さいかどうかの評価は,あくまで当該原子力発電所の運用期間中
に限定し,①設計対応不可能な火山事象の到達可能性及び②原子力発電所の
運用期間中の活動可能性を通じて,検討対象火山の原子力発電所に対する影
響を評価するものであって,噴火の時期及び規模を的確に予測しようとする
ものではない。
したがって,設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間中に原
子力発電所に到達する可能性の大小をもって立地の適不適の判断基準とする
ものであるという点において火山ガイドが不合理であるとはいえない。
-157-
そして,相手方は,VEI7クラスの噴火である阿蘇4噴火を考慮して立
地評価を行い本件発電所の安全性に影響を及ぼさないことを確認している。
すなわち,①阿蘇4火砕流が到達したのであれば当該堆積物が残されている
可能性が高いと考えられる佐田岬半島の地点を選定して地表踏査又はボーリ
ング調査を行った結果,阿蘇4噴火による火砕流堆積物は確認されなかった
こと,本件発電所の敷地と阿蘇カルデラの間には約130㎞の距離があり地
形的障害も認められることなどを総合的に検討し,阿蘇4火砕流は本件発電
所の敷地まで達していない(設計対応不可能な火山事象の到達可能性はない)
と判断し,②各種文献による現在のマグマ溜まりや噴火活動の状況から,本
件発電所の運用期間中に,少なくとも阿蘇4噴火のような巨大噴火が発生し
て本件発電所に影響を及ぼすことはない(本件発電所の運用期間中の活動可
能性はない)と判断した。
なお,抗告人らは,原決定が,VEI7クラスの破局的噴火の可能性に係
る判断にあたって,Nagaoka(1988)の噴火ステージ論を根拠にVEI7クラ
スの噴火の直前にはプリニー式噴火(大量の軽石や降下火砕物が火口から空
高く噴出されて主として大規模な降下火砕物として風下に降下するような噴
火活動)等の爆発的噴火が先行することが多いと認定したことを批判するが,
VEI7クラスの噴火の直前にプリニー式噴火等の爆発的噴火が先行するこ
とが多いことは,Nagaoka(1988)のほか,小林ほか(2010)及び前野(2014)
によっても裏付けられており,抗告人らの主張は誤っている。
⑵降下火砕物の最大層厚の想定
アVEI7クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚
原決定の,VEI7クラスの直前にプリニー式噴火等の爆発的噴火が先
行することが多いとした認定が妥当であることは,前記⑴のとおりである。
イVEI6クラスの噴火による降下火砕物の最大層厚
抗告人らが引用する須藤ほか(2006)が述べるマグマ溜まりは,Sudoand
-158-
Kong(2001)に示されているマグマ溜まりと同一のものであり,相手方
が小規模と判断しているものである(乙11-6-8-10)。
その理由は,以下のとおりである。
まず,須藤ほか(2006)が述べるマグマ溜まりについては,須藤ほか(2006)
において得られた地震波低速度領域(地震波の速度がその周辺の部分に
比べて遅い領域であり,液体等が存在すると地震波は遅くなることから,
マグマ溜まりと推定される。)の形状から,ほぼ球形と想定できる(甲
G2・302頁)ところ,須藤ほか(2006)では,この直径を3~4㎞と見込
んでいることから,その体積は,球の体積の公式(4/3×π×r3
)に
より15㎦〜30㎦程度と見積もることができる。
次に,須藤ほか(2006)は,このマグマ溜まりについて,数パーセン
ト以上の溶融状態であれば説明できるとしている。この溶融状態の見積
もりは室内実験の結果と比較して領域全体の平均的な値として推定した
ものであって,溶融状態にあるマグマの存在形態を特定できるものでは
ないが,例えばマグマ溜まりが3%程度の溶融状態にあるとしたときに,
仮に溶融状態にある液相と固相がはっきりと分離していて液相の全量が
噴出可能な状態であると想定すれば,そのままの状態で噴出できるマグ
マの体積は0.5~1㎦程度と見積もることができる。
そして,マグマは,火山灰,軽石等の降下火砕物や火砕流等として噴
出する際には,地上付近では減圧,発泡して空隙を含むから,降下火砕
物の噴出体積としてはこのマグマの体積の2.5倍(乙339,378)
である1.25~2.5㎦に相当し,相手方が阿蘇の噴火規模として想
定している草千里ヶ浜軽石(阿蘇山において約3.1万年前に起きた噴
火による噴出物)を噴出した噴火の噴出体積(約2.39㎦)と齟齬す
るものではない(もっとも,須藤ほか(2006)で用いられた地震波によ
る解析では溶融したマグマがどのような形で存在するのか特定すること
-159-
は困難である。すなわち,数パーセントの溶融状態の存在形態について
は,溶融状態にある液相〔液体部分〕と固相〔結晶,岩石部分〕がはっ
きりと分離して存在しているとの想定がある一方,液相が固相に浸み込
んでマグマ溜まりに一様に存在して固相と共存しているとの想定もあり
える。前者の場合,溶融状態にあるマグマの全てがそのままの状態で噴
出可能な状態となる一方,後者の場合,マグマ溜まり全域において固相
が占める割合が50%を超えるために噴出できないことになってしまう。
前者の液相と固相が全く混合していない状態は不自然であるし,後者は
現に阿蘇山中岳が活動していることと矛盾し,このような極端に偏った
存在形態はいずれも考え難いが,地震波による解析では,両者の中間で
どのような存在形態をとるのか特定することは困難である。したがって,
相手方の主張は,具体的な噴出量を正確に算定して草千里ヶ浜軽石の噴
出体積と大小の比較をするものではなく,あくまで全体的なスケール感
として齟齬するものではないとの趣旨である。)。
また,VEI6クラスの噴火は,プリニー式噴火もしくはウルトラプ
リニー式噴火を典型とする大規模な噴火であり(乙339),主に安山
岩質~珪長質マグマがそのような大規模な噴火を起こす(マグマの性質
は,二酸化ケイ素〔シリカ,SiO2〕の重量あたりの成分量によって異
なり,概ね,①52%以下を玄武岩質と,②52~63%を安山岩質と,
③63~70%をデイサイト質と,④70%以上を流紋岩質と,③④を
珪長質といい,二酸化ケイ素含有量が多いほど噴火の仕方は爆発的とな
る。乙340)ところ,阿蘇のマグマ溜まりに関連するとされる中岳か
ら現在噴出しているマグマは,プリニー式噴火を起こしにくい①玄武岩
質~②安山岩質が主体である(乙341)。
よって,須藤ほか(2006)が示すマグマ溜まりは,阿蘇山においてVEI
6クラスの噴火が起こる危険性があるとの抗告人らの主張を裏付けるも
-160-
のではない。
ちなみに,相手方は,阿蘇の噴火について,草千里ヶ浜軽石を噴出し
た噴火(約3.1万年前,噴出量約2.39㎦)を考慮したが,本件発
電所への影響は,阿蘇山よりもより近距離に位置する九重山において相
手方が想定する噴火(約5万年前,噴出量約2.03㎦,ただし審査過
程のシミュレーションでは噴出量を6.2㎦と想定)の影響の方が大き
い。
南九州のカルデラについては,抗告人ら指摘の姶良カルデラにおける
既往最大の噴火(約9万年前に起きた福山降下軽石を噴出した噴火。噴
出量は40㎦以上。VEI6)を踏まえても,①本件発電所の南東方向
約15㎞に位置する宇和盆地において福山降下軽石の堆積層が確認でき
ないこと(乙290-90〜92),②降下火砕物の堆積分布は,偏西風の
影響を大きく受ける(乙378・8頁)ところ,本件発電所の敷地は,
南九州のカルデラ火山からみて北北東の方角に位置しており,偏西風の
風下から大きく外れること,③福山降下軽石堆積物の分布についての長
岡ほか(2001)の知見(相手方の即時抗告理由書(火山)に対する答弁
書・20頁,相手方の裁判所の釈明事項に対する釈明書・25頁)等に照ら
すと,姶良カルデラにおけるVEI6クラスの噴火による降下火砕物の
層厚が,相手方が九重山の噴火で想定した降下火砕物の層厚(15㎝)
を超えることは考え難く,後者の方が本件発電所に及ぼす影響は大きい。
⑶降下火砕物の大気中濃度の想定及び吸気フィルタの閉塞
アセントヘレンズ観測値
現時点において降下火砕物の大気中濃度に係る数値シミュレーション手
法が確立されていない中,セントへレンズ観測値は,既往の観測記録とし
ては最大のものであるところ,相手方がセントへレンズ観測値を用いて行
った非常用ディーゼル発電機の吸気消音器の吸気フィルタの閉塞時間の試
-161-
算は,種々のパラメータをフィルタがより早く閉塞する方向で単純化した
より保守的な想定に基づくものであり,安全サイドに余裕をもって評価し
ているものであって,仮にこの観測記録を超える大気中濃度になったとし
ても安全が損なわれるものではない。
すなわち,相手方は,本件3号機において,多重性を有する外部電源(3
ルート6回線)を有しており,降下火砕物によって直ちにこれらの外部電
源が全て機能を喪失するものではないが,万が一,外部電源を喪失した場
合に備えて,2台の非常用ディーゼル発電機を設置し,さらには空冷式非
常用発電装置や号機間連絡ケーブル等の電源を設置して,多重性又は多様
性及び独立性を備えた電源を確保している(乙11-8-1-565~569,
686~692)。
このうち,非常用ディーゼル発電機については,吸気消音器を下方向か
ら吸気する構造とし,加えて吸気消音器の入口に吸気フィルタを取り付け
ることで,降下火砕物が非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入すること
を防止している。また,吸気フィルタは,下方向から吸気する構造として
いることから,そもそも降下火砕物によって容易に閉塞するものではない
が,相手方は,仮に吸気フィルタが閉塞した場合でも吸気フィルタを交換
することで運用可能な時間的余裕があることを評価し確認している。具体
的には,降下火砕物の大気中濃度について,既往の観測記録を参考値とし
て用いた上で,下方向から吸気することにより降下火砕物を吸い込みにく
い構造としていることを考慮せず,大気中濃度のまま全て吸い込まれて吸
気フィルタに捕集されることを前提とするなど,保守的に評価して,吸気
フィルタの交換に時間的な余裕があることを確認している。
イ電中研報告
抗告人らは,FALL3Dによる数値シミュレーションはある程度信頼
できる段階にあると主張する。
-162-
しかし,ブエノスアイレスのVAACで運用しているFALL3Dのシ
ステムは,試験的にシミュレーションしているものであって検証もされて
いないものであり(乙347),抗告人らの主張は理由がない。
ウ吸気フィルタの閉塞
相手方のフィルタ交換が間に合う限界ラインは,抗告人らの主張よりは
余裕がある(前記ア)。
また,①吸気フィルタの交換作業自体は容易であること,②吸気消音器
の設置場所の足場は,グレーチング(鋼材を格子状に組んだ溝蓋)であり,
格子の間は吹き抜けになっているため,降下火砕物がグレーチングの上に
堆積することはないこと,③吸気フィルタの交換作業のために作業員が建
屋間を移動する必要はなく,また,吸気フィルタは人力で運べるものであ
ることから,作業が降灰による通行止めの影響を受けることもないこと等
に照らすと,抗告人ら指摘のフィルタ交換作業の困難性は理由がない。
エ原決定後の規制委員会の見解
降下火砕物による影響評価に係る参考濃度に係る規制要求については,
平成29年7月19日の原子力規制委員会において基本的考え方が付議
され,今後,改めて原子力規制委員会に対して具体的な基準の改正案が
示される予定とされた(甲G10・12頁)。
そして,同年9月20日開催の原子力規制委員会において,規則等の
改正案が示され,非常用ディーゼル発電機については,火山現象による
影響が発生又は発生するおそれがある場合に,機能を維持するための対
策,体制の整備を求め,これを保安規定に記載することを求める実用炉
規則等の改正案が示された。また,火山ガイドについて,非常用ディー
ゼル発電機の降下火砕物の大気中濃度に係る影響評価において用いるべ
き「原子力発電所の火山影響評価ガイドに示す手法を用いて求めた気中
降下火砕物濃度」(従前の降下火砕物の影響評価に関する検討チーム等
-163-
において議論された「参考濃度」に概ね相当するもの。以下「気中降下
火砕物濃度」という。)の設定方法を規定する改正案が示された。この
火山ガイドの改正案において示された気中降下火砕物濃度の設定方法は,
これまでの原子力規制委員会,降下火砕物の影響評価に関する検討チー
ムにおいて議論された降灰継続時間を仮定して堆積量から推定する手法
及び数値シミュレーションにより推定する手法(甲G11)を踏襲して,
いずれかの手法を用いて設定するとしたものであり,理論的手法による
降下火砕物の大気中濃度の設定は,現時点においては非常に不確かさが
大きく困難なところ,総合的判断として,降下火砕物の粒径の大小に関
わらず同時に降灰が起こると仮定するなどした,実際の降灰現象と比較
して非常に保守的な値となる手法とされている(乙434)。これらの
規則等の改正案については,同日の原子力規制委員会において了承され
たうえ(乙435),同月21日から同年10月20日までの間パブリ
ックコメントに付されている。また,今後の予定として,同年11月頃
の原子力規制委員会において,パブリックコメントで示された意見に対
する考え方を示すとともに,規則等の最終的な改正案を示す方針が示さ
れている(乙434)。なお,改正後の規制等の実施にあたっては,経
過措置として,施行から約1年後までは適用しないこととされている(乙
434)。
抗告人ら指摘の現状の限界濃度は,吸気消音器が下方向から吸気する
構造であることを考慮せず,大気中濃度のまま全て吸い込んで吸気フィ
ルタに捕集されることを前提としているため(乙343・4頁),実際
にはさらに余裕があると考えられるが,相手方は,今後,下方向から吸
気する構造であることの効果についても試験を行って余裕を確認し,あ
るいは除灰システムの導入等について検討を行うなどして,さらなる安
全性の向上に取り組むこととしている(乙344)。
-164-
具体的には,①カートリッジ式フィルタの採用による交換作業の容易
化(フィルタ交換時間の短縮),②運転継続中のカートリッジ式フィル
タの順次取換え,③フィルタ表面積の拡大(閉塞に対する時間的余裕)
の3つの要素が相まって,気中降下火砕物濃度として想定されるような
数g/㎥オーダーの濃度で降下火砕物を大気中濃度のまま全量吸い込ん
でフィルタに捕集されると仮定したとしても,非常用ディーゼル発電機
の機能を十分維持できるよう基本設計を行ったものであり(乙436),
現在,作業上の効率性と閉塞に対する時間的余裕の増大をバランス良く
実現できる最適な組み合わせについて,詳細設計を行っているところで
ある。詳細設計の確定後,火山灰フィルタの製作を行い,平成29年1
2月末頃までに設置が完了する予定である。
また,相手方は,降下火砕物の影響によって全交流電源を喪失した場
合であっても,長期間にわたって原子炉の冷却を継続し,本件3号機の
安全を確保することができることを確認している。具体的には,本件3
号機には,電力供給を必要としない原子炉の冷却手段として,蒸気発生
器で発生する蒸気で稼働するタービン動補助給水ポンプを用いた冷却方
法があるところ,タービン動補助給水ポンプを稼働させるためには,水
源からタービン動補助給水ポンプに給水を行う必要があるが,本件3号
機においては,動力源がなくともタービン動補助給水ポンプに給水が可
能な水源(電動あるいは内燃機関等の動力の介在を必要とせず,高低差
を利用した水流によって給水が可能な水源)によって約17.1日間に
わたって原子炉の冷却が可能であり,給水に動力源が必要な水源も含め
れば約20.2日間にわたって原子炉の冷却が可能である。加えて,本
件3号機の水源のみならず本件1号機及び本件2号機に係る水源を活用
すれば,動力源がなくとも給水が可能な水源を用いて合計約24.4日
にわたって,給水に動力源が必要な水源も含めて用いれば合計約65.
-165-
5日間にわたって本件3号機の原子炉を冷却し,安全を確保することが
できる(乙343・18頁)。したがって,本件3号機においては,万が
一,降下火砕物の大気中濃度が高い環境下において全交流電源を喪失す
るような事態が発生した場合を想定しても,放射性物質が環境に大量に
放出されるような事態に至る具体的危険性はない。
⑷降下火砕物の非常用ディーゼル発電機機関内侵入による影響
ア摩耗に対する影響
抗告人らは,硬度は火山灰が鋳鉄より硬いので火山灰はシリンダライナ
及びピストンリングの材料である鋳鉄と比較して破砕されにくいと主張す
る。
しかし,破砕のしやすさは,強度(じん性)(物体が外力を受けた場合
に破壊に対して示す抵抗力〔粘り強さ〕。じん性が大きいためには,亀裂
の進展が遅く,高い極限強さとともに塑性・延性がなければならない。)
の問題であり,硬度の問題ではない(例えば,木よりもガラスの方が硬度
が高いにもかかわらず,木製バットで窓ガラスを簡単に破砕することがで
きることを考えれば,破砕しやすさが硬度の問題ではないことは明らかで
ある。)。三菱重工意見書(乙196)においても,降下火砕物の性質に
ついて,硬度とは関係なく,一般的に降下火砕物に含まれる火山ガラスを
主成分とするシラスの例から,石英を主成分とする川砂等に比べて破砕さ
れやすい性質がある(じん性が小さい)と述べ,破砕しやすさの観点では,
降下火砕物よりも黄砂の方が非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入した
場合に部材を摩耗せさせる可能性が高いと考えられるとし(上記意見書・
2,4頁),原決定はこれを採用しているのである。
また,抗告人らは,想定される降下火砕物の濃度は黄砂の濃度より格段
に高いとも主張する。
しかし,本件3号機の非常用ディーゼル発電機の吸気消音器は下方向か
-166-
ら吸気する構造となっており,吸気フィルタが取り付けられていることか
ら,降下火砕物の本件3号機の非常用ディーゼル発電機の機関内への侵入
は概ね防止されるし(乙345),機関内に侵入した降下火砕物も,その
大半は,シリンダとピストンの間に侵入することなく,重油等の燃焼によ
り発生する煤同様に排気ガスとともに外気へ放出されると考えられる(上
記意見書・2頁)。
さらに,降下火砕物の大気中濃度が高い状況では,比較的大きなサイズ
の粒子が主体となる(乙348,349)から,粒径の小さい火山灰が大
量に機関内に侵入することはない。
イ焼付に対する影響
抗告人らは,2級舶用機関整備士指導書(乙350)に「瞬間最高約2
000℃」と記載されていることを根拠として,瞬間最高温度の2000℃
が短時間に連続して起これば降下火砕物もそれなりの高温になると主張す
る。
確かに,抗告人ら指摘の上記指導書においてピストン本体の材質として
挙げられているアルミニウム材料は,300℃程度で大幅に強度が低下す
る(乙351)が,非常用ディーゼル発電機や舶用機関に用いられるよう
な往復動内燃機関(ピストン運動を用いた内燃機関)において,燃焼ガス
が高温になるにも関わらず部材等の高温による破壊等が防止されているの
は,燃料が燃焼して燃焼ガスが高温になるとはいっても,燃焼は間欠的で
あるために常に高温にさらされるわけではないし,部材等の高温による破
壊を防止するための冷却が行われることによるものである(乙352)。
三菱重工意見書も,同様の仕組みを指して,仮に膨張行程でシリンダ内
の温度が1000℃を超えたとしても極めて短時間の局所的な現象であり,
シリンダ外側を循環するシリンダ冷却水によって常時冷却していることか
ら1000℃を上回るような高温状態が継続することは考え難く,シリン
-167-
ダ内の温度はすぐに降下火砕物の融点より低い温度にとどまるとしている
(乙196・5頁)のである。
10争点3⑻(新規制基準の合理性に関する各論〜シビアアクシデント対策の合
理性)
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の10記載のとおりであるから,これを引用する。
(抗告人ら)
⑴水素爆発対策(設置許可基準規則37条2項,52条,53条)
原決定は,①全炉心内のジルコニウム量の75%が水と反応するという想
定について,原子力規制庁の職員の発言のみをもって相当保守的な数値であ
ると認定し,また,②相手方の解析によって反応割合が30%と評価されて
いると認定し,解析コードMAAPにはMCCIの進行を過小評価する傾向
があること等を踏まえて,100%のジルコニウムが水と反応することを仮
定しなくても,相手方の評価に不合理な点はないと判示する。
しかし,①については,原決定は,解析コードMAAPにはMCCIの進
行を過小評価する傾向があることについて,何ら検討を行うことなく,原子
力規制庁の職員の発言のみをもって相当保守的な数値であると認定しており,
事実認定に誤りがあり,②については,相手方は,ジルコニウムの反応割合
が30%となると評価する解析の具体的な内容について,疎明を行っていな
い。
⑵水蒸気爆発対策(設置許可基準規則37条2項)
原決定は,水蒸気爆発対策の合理性について,実機で炉心溶融が発生した
場合に大量の溶融物が水蒸気爆発の外乱となるおそれを相手方がどのように
評価したのかは明らかでなく,また,実機における大量の溶融物が外乱とな
る可能性まで直ちに否定されるものとまではいえないとしながら,相手方が
水蒸気爆発の危険性が極めて小さいと評価したことは一応合理的であるとい
-168-
え,水蒸気爆発の危険性を除外することを認めた原子力規制委員会の判断も
不合理ではないと判示する。
しかし,実機における大量の溶融物が外乱となる可能性が否定できない(甲
E53)以上,本件原発の水蒸気爆発対策に係る原子力規制委員会の判断が
合理的であるとは認められない。
⑶緊急時対策所(設置許可基準規則34条,61条)
原決定は,緊急時対策所が免震機能を備えていないとしても,免震機能と
同等の高い耐震安全性を備え,緊急時対策所の機能が緊急時にも維持される
ことが確保されているのであれば,重大事故等の対策として何ら問題はない
と考えられるから,必ずしも免震機能を要求しない新規制基準の内容は不合
理でないと認められると判示する。
しかし,原決定は,本件原発の緊急時対策所が「免震機能と同等の高い耐
震安全性を備え,緊急時対策所の機能が緊急時にも維持されることが確保さ
れている」か否かについて,何ら検討を行っておらず,審理不尽がある。
⑷特定重大事故等対処施設(設置許可基準規則42条)
原決定は,特定重大事故等対処施設の設置をめぐる経過措置を含む新規制
基準は合理的であり,相手方が策定した重大事故全般に第一次的に対処する
ための方針に不合理な点は見当たらないから,特定重大事故等対処施設が設
置されていないからといって直ちにその措置が不合理であるとはいえないと
判示する。
しかし,可搬式設備には接続作業等の人的対応が必要となるデメリットが
あることからすれば,このデメリットを部分的にではあるがカバーし得る常
設設備である特定重大事故等対処施設の設置を猶予することに安全性の観点
から合理性を見出すことはできない。
(相手方)
⑴水素爆発対策(設置許可基準規則37条2項,52条,53条)
-169-
相手方の解析評価においては,全炉心内のジルコニウムのうち,水と反応
する割合は約30%であるところ,これの2倍以上の反応割合(75%)に
補正して水素濃度を求め,さらに,不確かさの考慮として,MCCIによる
ジルコニウムの反応割合が全炉心内の約6%であることを踏まえ,基本ケー
スに加算して81%として評価を行っている(乙11-10-7-2-138~
141,乙13-205)ことからも,相当保守的な数値といえる(ジルコニウム
の反応割合が全炉心内の30%となると評価する解析の具体的な内容につい
ては,乙11-10-7-2-128~135,252)。
⑵水蒸気爆発対策(設置許可基準規則37条2項)
本件3号機においては,溶融炉心が原子炉下部キャビティに落下する際,
原子炉下部キャビティは準静的(物質系の変化が,常に熱平衡状態〔物体間
の熱の移動がなく,相の変化,例えば水から水蒸気への変化もない状態〕に
十分近い状態であること)であり,実験で付加したような膜沸騰状態を不安
定化させる外乱は発生しないと考えられ,大規模な水蒸気爆発に至る可能性
は極めて低いと考えられる(乙379〜381)。
⑶緊急時対策所(設置許可基準規則34条,61条)
本件3号機の緊急時対策所が新規制基準の要求に適合していることは,原
子力規制委員会の審査結果が示すとおりである(乙13-409~417)。
⑷特定重大事故等対処施設(設置許可基準規則42条)について
可搬式設備については,抗告人ら指摘のデメリットがあるとしても,想定
していた配管が使えなくなった場合でも他の配管への接続を試みることがで
きる,接続に要する時間も接続手法の改善で短縮が見込める,作業環境も接
続場所の分散などによって選択肢を広げる等の対策が可能となるなど対応の
柔軟性があるとともに,耐震性上優れた特性があるというメリットの方が大
きいことは,原決定が判示するとおりである。
11争点3⑼(新規制基準の合理性に関する各論〜テロリズム対策の合理性)
-170-
次のとおり補足するほか,原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者
の主張」の11記載のとおりであるから,これを引用する。
(抗告人ら)
⑴本件発電所がテロリズム及びミサイル攻撃の標的となる具体的危険性
原決定は,争点を「テロリズム対策の合理性」と整理し,結論として,テ
ロリズム対策に関する新規制基準の内容や相手方が取った措置又は方針を合
理的であるとした原子力規制委員会の判断やそれへ至る過程に不合理な点は
ないと判示する。
しかし,本件は,本件発電所の運転によって抗告人らの人格権を侵害する
具体的危険性の有無を判断する民事訴訟を本案とする保全事件であり,テロ
リズム対策に関する新規制基準の内容や相手方が取った措置又は方針を合理
的であるとした原子力規制委員会の判断やそれへ至る過程の合理性を判断す
ること自体を否定するものではないが,テロリズムやミサイル攻撃によって
本件発電所から大量の放射性物質が環境に放出され,抗告人らの人格権が侵
害される具体的危険性の有無について判断を行っていない原決定には,審理
不尽がある。
そして,①福島第一原発事故を受けて改正された原子炉等規制法が1条(目
的)において「テロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制を
行う」ことを明記したことからすれば,少なくとも福島第一原発事故発生後
においては,原発がテロリズムの標的となる具体的危険性があることが立法
事実として認められること,②外務省が1984年に作成した「原子力施設
に対する攻撃の影響に関する一考察」と題する報告書には,1981年のイ
スラエルによるイラクの原子炉施設の爆撃を踏まえ,「わが国の場合は,す
でに二十数基の発電用原子炉と,いくつかの関連施設を有しており,かつそ
の数は今後とも増大するので,この種の施設に対する攻撃の危険性に対して
は重大な関心を払わざるをえない」との記載があること(甲C257,甲D
-171-
185),③平成13年9月11日に発生した米国同時多発テロ事件を機に,
原発がテロリズムの標的になる危険性が再認識されたが,原発やそれに準ず
る関連施設に対するテロリズムや侵入事件は,同事件以前にも多数発生して
いること(甲D187・53~55頁),④平成28年3月22日に発生したベル
ギー同時多発テロ事件では,容疑者グループが原子力研究施設技術者の行動
を10時間近く隠し撮りした映像が押収されていること(甲E26),⑤北朝
鮮は,平成29年3月6日,4発の弾道ミサイルを発射し,このうち3発が
日本の排他的経済水域内に落下しており,日本を射程に収める中距離弾道ミ
サイルを実戦配備していること,⑥イスラム国(IS)は,ISと戦う周辺
国を支援するとした日本を敵視し,平成27年2月1日に日本人フリージャ
ーナリストを殺害した際のビデオで,日本に対するテロリズム予告を行って
いること等の諸点に鑑みると,本件発電所がテロリズム及びミサイル攻撃の
標的になる具体的危険性があると認められる。
⑵侵入者対策
原決定指摘の一般国民が武器を所持できないという事情は,あくまで日本
国内の事情であり,テロリストがかかる日本国内の事情を斟酌するはずもな
いことは言をまたないところであり,かかる原決定の判断は誤りである。
⑶内部脅威対策
本件の争点は,テロリズム発生により本件発電所から大量の放射性物質が
環境に放出される具体的危険性の有無であり,原決定指摘の作業員等のプラ
イバシーの保護等が判断に影響する余地はない。米国国家安全保障会議で核
テロなどの担当者が「内部協力者が関わる核テロへの対処は,極めて難しい
問題だ」と述べていること(甲E26)などからしても,少なくとも確立さ
れた国際的な基準である作業員等の信頼性確認制度が導入されていないとき
は,具体的危険性を否定することはできない。
⑷ミサイル対策
-172-
本件の争点は,テロリズム発生時に本件発電所から大量の放射性物質が環
境に放出される具体的危険性の有無であり,原決定指摘のミサイル攻撃の対
策を誰が採るべきかが問題となる余地はない。
本件発電所がテロリズムの標的となる具体的危険性が認められることから,
本件発電所がミサイル攻撃の標的となっても大量の放射性物質が環境に放出
されるおそれがないことが疎明されていない以上,具体的危険性を否定する
ことはできない。
(相手方)
⑴原発がテロリズム及びミサイル攻撃の標的となる具体的危険性
設置許可基準規則は,①設計基準として,事故の誘因を排除する目的で想
定すべき自然現象を含む外部事象による損傷の防止を要求することに加え,
事故防止対策を講じることを要求し,さらに,②深層防護の観点から,重大
事故等対策として,原子炉施設について,炉心の著しい損傷の防止や格納容
器の破損の防止及び工場外への放射性物質の異常な水準の放出の防止を要求
しており,事故防止対策及び重大事故等対策に関する要求は十分に高い水準
になっている。そして,抗告人らが指摘するテロリズムのように想定を大幅
に上回る外部事象が発生した場合には,原子炉施設の一定の範囲が著しく損
壊すると考えられることから,そのような大規模な損壊が発生することを前
提に,施設や設備を柔軟に用いることができるよう手順等を準備するととも
に,工場等外への放射性物質の放出を低減するために有効な設備が一切機能
しないことにならないよう要求している(同43条3項5号等)。
これに対し,テロリズムを含む犯罪の予防及び鎮圧は,我が国の法制上,
警察の責務とされており(警察法2条1項),原子力災害対策特別措置法も,
原子力災害の発生の防止に関し事業者に万全の措置を講ずる責務を課す(同
法3条)一方で,「国は,大規模な自然災害及びテロリズムその他の犯罪行
為による原子力災害の発生も想定し,これに伴う被害の最小化を図る観点か
-173-
ら,警備体制の強化,原子力事業者における深層防護の徹底,被害の状況に
応じた対応策の整備その他原子力災害の防止に関し万全の措置を講ずる責務
を有する。」と規定している(同法4条の2)。
このような原子力利用に関する法令の規定からすれば,原子力発電所を含
む原子炉施設のテロリズムその他の犯罪行為に対する安全性の確保について
は,国の責務であることを基本としつつ,施設の構造及び設備並びに重大事
故等対策の観点からの規制を通じて事業者にも一定の責務を課しているもの
と考えられ,設置許可基準規則等の定めはこれが具体化されたものであると
いえる。そして,このような原子力利用に関する法令の在り方には,テロリ
ズムに対する原子力発電所の安全性について,どの程度の水準のものであれ
ば容認できるかという社会通念が反映しているといえる。
したがって,本件3号機に対するテロリズムが発生する個別具体的な事由
があれば格別,抗告人らが示すテロリズムの標的になる危険性はいずれも抽
象的危険性を指摘するにすぎないことから,上記法令の規定を踏まえ,国,
地方公共団体及び原子力事業者が適切な対応を講じている限り,テロリズム
によって本件3号機から大量の放射性物質が環境に放出され,抗告人らの人
格権が侵害される具体的危険性はないといえるのであって,原決定に審理不
尽は認められない。
⑵侵入者対策
抗告人らは,テロリストが一般国民が武器を所持できないという日本国内
の事情を斟酌するはずもないとして,原決定の判断に誤りがある旨主張する
が,事業者自らが警備を行う代わりに武装した警察及び海上保安庁が監視警
戒にあたるので,何ら安全性が劣るものではない。
⑶内部脅威対策
抗告人らは,プライバシー保護は理由にならないとして,信頼性確認制度
が導入されていないときは,具体的危険性が否定できない旨主張するが,原
-174-
決定は,安全確保のために枢要な設備を含む区域では2人以上の者が同時に
作業又は巡視を行う「ツーマンルール」を遵守することとしている点を踏ま
えて上記のとおり判断したものであり,抗告人らの主張は失当である。
ところで,信頼性確認制度については,原子力規制委員会における議論を
経て,平成28年9月21日,実用炉規則が改正されて信頼性確認制度に係
る規定(実用炉規則91条2項28号)が設けられるとともに,原子力規制
委員会の内規として関連法規の解釈,判断基準等を示した,原子力施設にお
ける個人の信頼性確認の実施に係る運用ガイドが制定されるなど,関連する
規定が整備された(乙332~334)。そして,既存の原子力事業者につ
いては,信頼性確認の措置について,核物質防護規定(原子炉等規制法43
条の3の27及び実用炉規則96条に基づき,事業者が発電所ごとに定めて
いるもので,核物質及び原子炉施設の防護に係る管理方法などを記載してお
り,制定・変更時には原子力規制委員会の認可を受ける必要がある。)の変
更認可申請を平成29年3月31日までに行うこととされた(実用炉規則附
則2条1項)ことから,相手方は,同日に上記を踏まえた核物質防護規定の
変更認可申請を行っており(乙335),現在,原子力規制委員会において
審査が行われている。相手方は,同申請に係る核物質防護規定の変更が認可
される日の翌日から本件発電所において信頼性確認制度の運用を開始する予
定である。
⑷ミサイル対策
ミサイル攻撃も上記⑴で述べたテロリズムと同様である。
12争点4(保全の必要性)
原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者の主張」の12記載のとお
りであるから,これを引用する。
13争点5(担保金の額)
原決定の「理由」中「第3争点に関する当事者の主張」の13記載のとお
-175-
りであるから,これを引用する。
第4当裁判所の判断
1司法審査の在り方(争点1)
⑴人格権に基づく差止請求の要件,主張立証責任
ア本件は,人格権(生命,身体)に基づく妨害予防請求として発電用原子
炉の運転等の差止めを求める権利を被保全権利とする保全申立てである。
そして,生命,身体の保護法益としての重大性に鑑みると,違法に生命,
身体が侵害される具体的な危険がある者は,人格権(生命,身体)に基づ
く妨害予防請求として,当該侵害行為の差止めを求めることができると解
される。
これを発電用原子炉についてみると,発電用原子炉施設は,発電の用に
供する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,その運転により内部
に多量の人体に有害な放射性物質を発生させる(原子炉を緊急停止した場
合においても,原子炉内の燃料には運転中に生成蓄積された核分裂生成物
等が存在し,崩壊熱が発生し続けるため,その除去〔冷却〕を続ける必要
がある)ものであって,発電用原子炉施設の安全性が確保されないときは,
当該発電用原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危
害を及ぼし,周辺環境を放射能によって汚染するなど,深刻な災害を引き
起こすおそれがある。上記安全確保は,①異常を早期に検知し,緊急を要
する異常を検知した場合には全ての制御棒を原子炉内に自動的に挿入し,
原子炉を緊急停止(核分裂連鎖反応を止める)できる設計とし(「止める」),
②万一,事故に発展した場合においてもその影響を緩和するため,燃料を
冷却し(「冷やす」),③さらに,放射性物質の異常な放出を防止できる
設計とする(「閉じ込める」)ことで果されるとされている(発電用原子
炉施設の3つの基本的安全機能)。福島第一原発事故では,①は機能した
ものの,②③が機能しなかったため,原子炉圧力容器内で炉心溶融が生じ,
-176-
燃料被覆管のジルコニウムと水が反応することなどにより大量の水素が発
生し,原子炉建屋で水素爆発が生じるなどして,大量の放射線が原子炉建
屋外に排出される事態が生じ,甚大な被害が発生したものである。
以上の点に鑑みると,人格権(生命,身体)に基づく妨害予防請求とし
て発電用原子炉の運転等の差止めを求める訴訟においては,原告は,「当
該発電用原子炉施設が客観的にみて安全性に欠けるところがあり,その運
転等によって放射性物質が周辺環境に放出され,その放射線被曝によりそ
の生命,身体に直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在すること」
(以下「具体的危険の存在」という。)についての主張立証責任を負う(そ
の保全処分としての発電用原子炉の運転等の差止めを求める仮処分におい
ては,申立人らが,被保全権利としての具体的危険の存在についての主張
疎明責任を負う)と解される。
イもっとも,福島第一原発事故を受けて改正された原子炉等規制法は,発
電用原子炉の設置(変更)許可の4号要件として,「発電用原子炉施設の
位置,構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された
物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制
委員会規則で定める基準に適合するものであること」と規定し,当該要件
の存否につき原子力規制委員会の審査を経る仕組みが取られているから,
発電用原子炉を設置する事業者は,原子炉施設に関する上記審査を経るこ
とを義務付けられた者としてその安全性についての十分な知見を有してい
るはずである。このことと,前記の原発事故の特質に鑑みると,当該訴訟
の原告が当該発電用原子炉施設の安全性の欠如に起因して生じる放射性物
質が周辺の環境に放出されるような事故によってその生命,身体に直接的
かつ重大な被害を受けるものと想定される地域に居住等する者である場合
には,当該発電用原子炉施設の設置運転の主体である被告事業者の側にお
いて,まず,「当該発電用原子炉施設の設置運転によって放射性物質が周
-177-
辺環境に放出され,その放射線被曝により当該施設の周辺に居住等する者
がその生命,身体に直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在しな
いこと」(以下「具体的危険の不存在①」という。)について,相当の根
拠資料に基づき主張立証する必要があり,被告事業者がこの主張立証を尽
くさない場合には,具体的危険の存在が事実上推定される(保全処分の申
立てにあっては,相手方事業者において具体的危険の不存在①の主張疎明
をする必要があり,相手方事業者がこの主張疎明を尽くさない場合には,
具体的危険の存在が事実上推定される)と解すべきである。
ウまた,原子力規制委員会が行う上記イの安全性の審査は,当該発電用原
子炉施設そのものの工学的安全性や運転開始後の平常時における従業員,
周辺住民及び周辺環境への放射線の影響及び事故時における周辺住民及び
周辺環境への放射線の影響等を,当該発電用原子炉施設の地形,地質,気
象等の自然的条件等との関連において,多角的,総合的見地から検討する
ものであり,審査の対象には,将来の予測に係る事項も含まれていること
から,審査の基礎となる基準の策定及びその基準への適合性の審査におい
ては,原子力工学はもとより,多方面にわたる極めて高度な最新の科学的,
専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされる。4号要件が,発電用
原子炉施設の位置,構造及び設備が災害の防止上支障がないものであるこ
とを審査するための基準を原子力規制委員会規則で定めることとしている
のは,前記のような発電用原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮
し,同号の基準の策定について,原子力利用における安全の確保に関する
各専門分野の学識経験者等を擁する原子力規制委員会の科学的,専門技術
的知見に基づく合理的な判断に委ねる趣旨と解される。
以上の点に鑑みると,被告事業者は,被告事業者の設置運転する発電用
原子炉施設が原子炉等規制法に基づく設置(変更)許可を通じて原子力規
制委員会において用いられている具体的な審査基準に適合する旨の判断が
-178-
原子力規制委員会により示されている場合には,具体的危険の不存在①の
主張立証に代え,「当該具体的審査基準に不合理な点のないこと及び当該
発電用原子炉施設が当該具体的審査基準に適合するとした原子力規制委員
会の判断に不合理な点がないことないしその調査審議及び判断の過程に看
過し難い過誤欠落がないこと」(以下「基準の合理性及び基準適合判断の
合理性」という。)を相当の根拠資料に基づき主張立証(保全処分の申立
てでは主張疎明)すれば足りると解すべきである。
これに対し,原告は,被告事業者の上記の主張立証を妨げる主張立証(保
全処分の申立てでは主張疎明,いわゆる反証)を行うことができ,被告事
業者が基準の合理性及び基準適合判断の合理性について自ら必要な主張立
証を尽くさず,又は原告の上記の主張立証(いわゆる反証)の結果として
被告事業者の基準の合理性及び基準適合判断の合理性の主張立証が尽くさ
れない場合は,「原子力規制委員会において用いられている具体的審査基
準に不合理な点があり,又は当該発電用原子炉施設が当該具体的審査基準
に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点があることないし
その調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤欠落があること」(以下「基
準の不合理性又は基準適合判断の不合理性」という。)が事実上推定され
るものというべきである。
そして,基準の不合理性又は基準適合判断の不合理性が事実上推定され
る場合には,被告事業者は,それにもかかわらず,当該発電用原子炉施設
の運転等によって放射性物質が周辺環境に放出され,その放射線被曝によ
り当該原告の生命,身体に直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存
在しないこと(以下「具体的危険の不存在②」という。)を主張立証(保
全処分の申立てでは主張疎明)しなければならないと解すべきである。
エ以上を本件についてみると,抗告人ら住所地と本件原子炉施設との距離
(広島市居住者につき約100㎞,松山市居住者につき約60㎞)に照ら
-179-
すと,抗告人らのうちの松山市居住者1名は本件原子炉施設の安全性の欠
如に起因して生じる放射性物質が周辺の環境に放出されるような事故によ
ってその生命,身体に直接的かつ重大な被害を受ける地域に居住する者に
当たるといってよく,他の抗告人ら3名(広島市居住者)についても上記
放射性物質の放出によりその生命,身体に直接的かつ重大な被害の及ぶ蓋
然性が想定できる地域に居住する者といえる(ただし,抗告人ら住所地に
ついて避難計画を策定する必要まであるかどうかについては,後記2で検
討する。)から,相手方において,具体的危険の不存在①について,相当
の根拠資料に基づき,主張疎明する必要があるといえる。
もっとも,相手方は,原子力規制委員会から,本件原子炉施設につき,
平成27年7月15日に発電用原子炉設置(変更)許可を受けているから,
具体的危険の不存在①の主張疎明に代え,基準の合理性及び基準適合判断
の合理性を主張疎明することができ,また,相手方は,本件でその主張疎
明責任を果たすべく訴訟活動を行っている。
したがって,本件においては,抗告人らの主張疎明(反証)を考慮に入
れた上で,相手方が基準の合理性及び基準適合判断の合理性の主張疎明に
奏功したといえるか否か(及び相手方がこの点の主張疎明に失敗した場合
に具体的危険の不存在の主張疎明に奏功しているか否か)について判断す
ることとする。
付言するに,本件の争点は,以上のとおり,本件原子炉の運転により抗
告人らの生命,身体等の人格権が侵害される具体的な危険があるかどうか
であり,その危険がある場合には,相手方が本件原子炉の運転を継続する
ことは違法であって,原子力発電の必要性や公益性が高いことを理由とし
て,本件原子炉の運転を継続することは許されないというべきである。な
お,原子力発電の必要性や公益性の程度が原子力発電の安全性確保に関す
る社会通念に影響を及ぼすことはあったとしても,これらが低いことが本
-180-
件原子炉の稼働を妨げる要因となる(極論すると,原子力発電の必要性や
公益性が認められない場合にはそのことのみで運転の差止めが認められる)
とはいえない。
⑵原子力発電所に求められる安全性の程度
一般に,科学技術の分野においては,絶対的に災害発生の危険がないとい
った「絶対的な安全性」というものは,達成することも要求することもでき
ないものであり,科学技術を利用する点において他の科学技術と異なるとこ
ろのない発電用原子炉施設についても,別異に解する理由はなく,原子力発
電所であるとの理由でゼロリスクまで求めることはできない(このことは,
抗告人らも争っていない。)。
その上で,抗告人らは,原子炉等規制法1条の「大規模な自然災害」及び
4号要件の「災害」とは,「合理的に予測される範囲を超える大規模な自然
災害」と解するのが相当であると主張するのに対し,相手方は,「最新の
科学的,専門技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害」と
解すべきと主張する。
この両者の見解の相違が実際の事案へのあてはめにおいて結論に相違を生
じるかどうかについては疑問もある(福島第一原発事故の原因となった自然
災害が最新の科学的,専門的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然
災害であることについては,抗告人らと相手方との間で事実上争いがないと
いえる。)が,この点については,原子炉等規制法の規定から以下のとおり
解するのが相当である。
改正原子炉等規制法は,福島第一原発事故を踏まえ,原子炉施設が災害の
防止上支障がないものとして設置許可基準規則その他の基準に適合するもの
であることを原子炉設置(変更)許可要件(4号要件)とし,設置許可基準
規則は,①第2章において,深層防護の第1ないし第3の防護レベルとして,
設置基準対象施設(同2条2項7号)に対し,地震や津波等の自然的条件に
-181-
おいて安全機能が損なわれるおそれがないこと(外部事象を原因とした故障,
すなわち共通要因に起因する設備の故障が発生しないこと)を要求し(同3
条ないし9条),②第3章において,深層防護の第4の防護レベルとして,
重大事故(炉心の著しい損傷又は使用済燃料の著しい損傷,3号要件)を想
定した上でその発生を防止するため,ⅰ重大事故の発生防止のために炉心等
の損傷を防止するための対策を講じること(同44条ないし49条1項,5
4条),ⅱ(万一重大事故が発生した場合に)重大事故の拡大防止のために
原子炉格納容器の破損等を防止するための対策を講じること(同49条2項,
50条ないし53条),ⅲ格納容器が破損した場合に放射性物質の拡散を抑
制すること(同55条)を新たに要求することとしたほか,ⅳ重大事故等対
処施設(同2条2項11号)に対し,外部事象等への頑健性の観点から,地
震や津波等の自然的条件等によって重大事故等対処施設の機能が損なわれる
おそれがないことを要求し(同38条ないし42条),ⅴ重大事故等対処設
備(同2条2項14号)について,共通する一般的要求事項を定める(同4
3条)とともに,個別の設備との関係で,考慮すべき重大事故等を踏まえて
必要な個別の要求事項を定めている(同44条ないし62条)。
これを自然現象についてみると,①については,設置基準対象施設のうち
耐震重要施設(同3条1項)は,ⅰ「基準地震動による地震力」に対して安
全機能が損なわれるおそれがないものでなければならず(同4条3項),ⅱ
「安全機能が損なわれるおそれがないものでなければなら」ないことを満た
すために,設計に当たって,「常時作用している荷重及び運転時に作用する
荷重と基準地震動による地震力との組み合わせに対して,当該建物・構築物
が構造物全体としての変形能力(終局耐力時の変形)について十分な余裕を
有し,建物・構築物の終局耐力に対し妥当な安全余裕を有していること」を
求め(同解釈別記2の6一),②については,ⅰ重大事故等対処施設につい
て,その種類に応じて,基準地震動による地震力が作用した場合においても,
-182-
建物等の支持機能に重大な影響が生じることにより重大事故等に対処するた
めに必要な機能が損なわれることがないように,当該重大事故等対処施設を
十分に支持することができる地盤に設けること(設置許可基準規則38条)
及び基準地震動による地震力により,必要な機能が損なわれるおそれがない
こと(同39条)を要求し,ⅱ常設重大事故防止設備については,共通要因
によって設計基準事故対処設備の安全機能と同時にその機能が損なわれるお
それがないよう,適切な措置を講じたものであることを要求し(同43条2
項3号),さらに,ⅲ設置許可基準規則で想定する自然現象を超える大規模
に自然災害により発電用原子炉施設の大規模な損壊が発生した場合を想定し,
そのような場合でも炉心の著しい損傷や格納容器の破損などの影響を緩和す
るための対策をとること,具体的には,可搬型重大事故等対処設備の分散配
置(同43条3項5号)を要求している(3号要件の審査基準である技術的
能力基準2.1の大規模損壊に対する手順,体制及び資機材の整備も,ⅲの
対策として位置づけられる。)。
そして,①②の基準地震動は,最新の科学的・技術的知見を踏まえ,敷地
及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動性等の地震学及び
地震工学的見地から想定することが適切なものとして策定される(規則の解
釈別記2の5)が,原子力規制委員会は,基準地震動の妥当性を厳格に確認
するために活用することを目的として,地震ガイドを策定し,同ガイドでは,
断層モデルを用いた手法による地震動評価震源断層のパラメータは,地震本
部のレシピ等の最新の研究成果を考慮し設定されていることを確認するとし
ている(3.3.2⑷①)。
以上の法改正や設置許可基準規則の概要を踏まえると,4号要件の「災害」
とは,相手方が主張するとおり「最新の科学的,技術的知見を踏まえて合理
的に予測される規模の自然災害」と解するのが相当であり,想定外の事象が
発生して発電用原子炉施設の健全性が損なわれる事態が生じたとしても,放
-183-
射性物質が周辺環境に放出されるような事態が生じないようにするため,重
大事故対策の強化がなされたことにより,「最新の科学的,専門技術的知見
を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害」を超える規模の自然災害に
よって生じるリスクは社会通念上無視しうる程度に軽減されるというのが改
正後の原子炉等規制法及びこれを踏まえた新規制基準の趣旨と解される(な
お,重大事故等対処施設及び重大事故等対処設備が基準地震動を超える地震
動に対する耐震安全性を確保していないとの点で新規制基準が不合理といえ
ないことは,後記3⑵のとおりであり,特定重大事故等対処施設の設置が経
過措置で猶予されたことをもって新規制基準が不合理といえないことは,後
記3⑻のとおりである。)。
これに対し,原子炉等規制法1条の「大規模な自然災害」については,実
用炉規則86条(発電用原子炉設置者は,発電用原子炉施設を設置した工場
又は事業所において,大規模な自然災害又は故意による大型航空機の衝突そ
の他のテロリズムによる発電用原子炉施設の大規模な損壊(以下「大規模損
壊」という。)が発生した場合における発電用原子炉施設の保全のための活
動を行う体制の整備に関し,次に掲げる措置を講じなければならない。)及
び技術的能力基準2.1(発電用原子炉設置者において,大規模な自然災害
又は故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムによる発電用原子炉施
設の大規模な損壊(以下「大規模損壊」という。)が発生した場合における
体制の整備に関し,以下の項目についての手順書が適切に整備されているか,
又は整備される方針が適切に示されていること。)の各「大規模な自然災害」
が「設置許可基準で想定する自然現象を超える大規模な自然災害」と解され
ていること(「考え方」・159頁)に照らし,これらと同様に「設置許可基準
で想定する自然現象を超える大規模な自然災害」と解するのが相当である。
しかし,4号要件の「災害」の意義は上記のとおり「最新の科学的,専門技
術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害」と解されるのであ
-184-
り,設置許可基準規則4条の「基準地震動」,同5条の「基準津波」,同6
条の「想定される自然現象」は,いずれも「最新の科学的,専門技術的知見
を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害」に該当するかどうかという
観点から想定されるべきであるから,原子炉等規制法1条の「大規模な自然
災害」が「設置許可基準で想定する自然現象を超える大規模な自然災害」と
解されることは,以下の争点の判断には影響しない。
よって,この点についての抗告人らの主張は,上記に反する限度で採用で
きない。
2新規制基準の合理性に関する総論(争点2)
⑴新規制基準の手続的問題点
ア原子力規制委員会の専門性,独立性の欠如等の主張について(原決定第
3の2⑴抗告人らの主張欄アイ)
原子力規制委員会の委員長又は委員の欠格事由については,設置法7条
7項3号は「原子力に係る製錬,加工,貯蔵,再処理若しくは廃棄の事業
を行う者,原子炉を設置する者,外国原子力船を本邦の水域に立ち入らせ
る者若しくは核原料物質若しくは核燃料物質の使用を行う者又はこれらの
者が法人であるときはその役員(いかなる名称によるかを問わず,これと
同等以上の職権又は支配力を有する者を含む。)若しくはこれらの者の使
用人その他の従業者」と,同項4号は「前号に掲げる者の団体の役員(い
かなる名称によるかを問わず,これと同等以上の職権又は支配力を有する
者を含む。)又は使用人その他の従業者」とそれぞれ定めており,これに
よれば,設置法7条7項3号4号の欠格事由は,現に原子力事業者の役員
や従業者である者を指し,過去にそのような立場にあった者を指すもので
はないと解されるから,抗告人ら指摘の更田豊志及び中村佳代子の任命が
設置法7条7項3号4号に反しないことは明らかである。
また,原子炉等規制法の制定後に策定されたガイドライン(甲E7)は,
-185-
「法律上の欠格要件に加えて欠格要件とする事項」として,「就任前直近
3年間に,原子力事業者等及びその団体の役員,従業者等であった者」を
挙げているが,①抗告人ら指摘の更田豊志及び中村佳代子を含む委員の任
命につき平成24年7月30日に両議院の同意がなされているところ,そ
の附帯決議で,委員全員につき上記ガイドラインの違反がないことが確認
されていること(乙129),②同年8月9日の大臣記者会見において,
更田豊志についてはシビアアクシデント対策の専門家との理由で,中村佳
代子については放射線防護の専門家であるとの理由で人選の合理性が強調
されていること(乙128),③同年9月14日の総理大臣答弁において,
ガイドラインの「原子力事業者等」とは,電力会社及びその子会社等の経
済的に強いつながりが認められる者を指し,独立行政法人及び公益社団法
人は含まれない旨を明らかにしていること(乙318)等が認められ,こ
れよれば,ガイドラインの欠格事由は,過去に電力会社及びその子会社等
の経済的に強いつながりが認められる者の役員や従業者であった者を指し,
過去に独立行政法人及び公益社団法人の役員や従業者であった者を指すも
のではないと解されるから,上記両名の任命がガイドラインに反しないこ
とも明らかである。
さらに,抗告人らは,①原子力規制委員会を構成する委員の人数が少な
すぎる,②原子力規制庁の職員はかつて原子力推進に係る官庁出身の職員
であるとの事実を指摘して,原子力規制委員会の専門性,独立性が欠けて
いるとも主張する。
しかし,①については,原子力規制委員会における委員長及び委員の数
は法定され(設置法6条1項),原子力規制委員会の委員が備えるべき資
質は前提事実⑻イのとおりであるから,委員の多寡が原子力規制委員会
としての事務処理能力を左右するものとは考え難く,②についても,原子
力規制庁は,原子力規制委員会の事務局として庁務を担う立場に過ぎない
-186-
し,同庁の職員には,幹部職員に至るまで,いわゆる「ノーリターンルー
ル」が適用される(前提事実⑻イ)から,同庁における職員の出身官庁
の如何によって原子力規制委員会の専門性,独立性が直ちに欠けることに
なるわけでもない。
よって,抗告人らの主張はいずれも採用できない。
イ福島第一原発事故の原因究明が途上である等の主張について(原決定第
3の2⑴抗告人らの主張欄ウ)
福島第一原発事故の原因究明
福島第一原発事故の原因につき,国会事故調報告書(平成24年9月
30日付け,甲C10・30頁)では,「本事故の直接的原因は,地震及び
地震に誘発された津波という自然現象である」とし,津波到達前に(地
震により)配管損傷による小規模なLOCA及び非常用交流電源喪失が
生じていた可能性が指摘されているが,平成26年10月の原子力規制
委員会の検討結果では,詳細な検討の結果,前記の可能性は否定され,
いずれも津波が原因であるとされている(乙73,84)。
また,政府事故調報告書(平成24年7月23日付け,甲E8・32頁)
では,「2号機の圧力容器又はその周辺部には,地震発生直後から津波到
達までの間,その閉じ込め機能が損なわれるような損傷が生じた可能性
は否定される」とされる一方,「地震発生後,津波到達までの間,圧力容
器又はその周辺部に,閉じ込め機能を喪失するような損傷に至らないよ
うな軽微な亀裂,ひび割れ等が生じた可能性まで否定するものではない。
また,仮にこのような軽微な損傷が生じたと仮定して,その後に高温,
高圧状態下にさらされるなどして当該損傷が拡大し,結果として閉じ込
め機能を喪失するに至ったかどうかは不明である。」とされているが,こ
れを前提としても,抗告人ら主張のように地震による損傷が事故のきっ
かけになった可能性まで示唆するものとは認め難いし,地震により配管
-187-
が損傷して小規模なLOCAが生じていた可能性が原子力規制委員会の
検討結果で否定されたことは前記のとおりである。
加えて,IAEAの前記「福島第一原子力発電所事故事務局長報告
書」は,前記第2の2⑹のとおり地震が事故の原因となったことを否定
しており,この報告書は,「42の加盟国(原子力発電計画を有する国
及び有しない国)及び幾つかの国際機関からの約180名の専門家から
なる5つの作業部会を含む,広範な国際的協力の結果である。これによ
り幅広い経験と知見が代表されることを確保することができた」とされ
ているものであり,事故原因の分析及び今後の対策についての提言とも
的確であると評価できる。
確かに,政府事故調報告書(甲E8・429頁)では,「原子炉建屋内に
立ち入った現地調査ができないことや時間的制約等のために,福島第一
原発の主要施設の損傷が生じた箇所,その程度,時間的経緯を始めとす
る被害状況の詳細,放射性物質の漏出経緯,原子炉建屋爆発の原因等に
ついて,いまだに解明できでいない点も多々存在する」として,引き続
き事故原因の解明が必要であるとされており,原子力規制委員会も,事
故が発生した原子炉施設の内部については線量が高く,内部の状況に関
する調査は限られた部分でしかできていないため,格納容器の具体的な
損傷箇所が不明であり,また,非常用発電機の故障の原因が最終的にど
の部品によるものであるか等が未解明であることは認めている(「考え
方」)が,前記のIAEAの報告書のとおり,事故に至る基本的経緯は
解明され,それを踏まえて新規制基準が策定されているのであり,前記
の一部の点が未解明なまま新規制基準が策定されたことをもって,手続
的な瑕疵があるということはできない。
検討期間が短い等との主張について(原決定第3の2⑴抗告人らの主
張欄エオ)
-188-
原子力規制委員会は平成24年9月19日に発足し,それから約10
か月後の平成25年7月8日から新規制基準が施行されており,また,
パブリックコメントの実施期間は,同年4月から同年5月までの期間に
とどまっている。
しかし,原子力規制委員会発足に先立ち,原子力安全委員会では平成
23年7月から,原子力安全保安院では同年10月から,福島第一原発
事故の調査・検討の結果を踏まえ,安全規制に関する検討を行い,平成
24年8月に「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対
策規制の基本的考え方について(現時点での検討状況)」が報告書とし
て取り纏められたものであり(前提事実⑻),原子力規制委員会は,上
記の検討結果を踏まえ,これを継承して,新規制基準策定作業を行った
と考えられるから,原子力規制委員会の発足から新規制基準施行までの
期間やパブリックコメントの実施期間を取り上げて,検討が不十分であ
ると認めることはできない。
ウ新規制基準が欧米先進各国の基準と比べて緩やかである等の主張につい
て(原決定第3の2⑴抗告人らの主張欄カ)
IAEAと新規制基準との関係
IAEA安全基準は,IAEA安全憲章に基づき,IAEA自身の活
動及びIAEAによって支援された活動に係る加盟国を拘束するものと
されているが,そうでない場合には,加盟各国が施設や活動に対するそ
れぞれの国家規制のための参照点として利用するものであり,加盟国を
法的に拘束するものではない(甲D96・19頁)。
そして,原子力発電所が立地する地域の自然条件,当該自然条件の解
析を含む最新の科学的技術的知見及びどの程度の安全性が確保されれば
容認するかという社会通念等は国によって様々であるから,IAEA等
の国際機関の定める安全基準を含む欧米先進各国の安全基準が常に絶対
-189-
の安全基準として採用されなければならないわけではないと解される。
特に,原子力施設の安全性評価の方法については,大別して,決定論的
安全評価(ある事故は起きるものと仮定して,その時のプラントや環境
に対する影響を定量評価し,それがある一定基準以下であれば,その事
故に対して安全性が確保されていると判断する方法)と確率論的安全評
価(発生する可能性のあるさまざまな事象に対して,その発生の確率を
考慮して安全性を評価する方法)があるところ,海外では確率論的評価
が主流であるのに対し,我が国では,シビアアクシデント対策等で一部
確率論的安全評価が取り入れられているものの(設置許可基準規則解釈
37条),決定論的安全評価が主流である(基準地震動は,決定論的安
全評価によって策定され,超過確率は,策定された地震動の応答スペク
トルがどの程度の超過確率に相当するかを確認するにとどまるとされて
いる〔地震ガイド〕。)。これは,地震についていえば,我が国では活
断層や地震の情報が豊富であることから,活断層を特定した地震動評価
(決定論的手法)になじむのに対し,海外では原子力発電施設の立地地
域の地震活動度が低いため,同様の地震動評価が困難であるという,主
に発電用原子炉施設の立地する地域の特性の相違によるものと考えられ
る。原子力基本法2条2項が,安全の確保につき「確立された国際的な
基準を踏まえ」ることを求めるにとどまるのも,我が国の実情に応じた
規制を許容する趣旨であると解するのが相当である。そうであれば,新
規制基準が,あらゆる面において,IAEA等の国際機関の定める安全
基準を含む欧米先進各国の安全基準と同等又はそれ以上に厳格な内容で
ない限り原子炉等規制法に反するとか,社会通念上許容されないという
ことはできない。
IAEA安全基準SSG-9にある「最大潜在マグニチュード」の評

-190-
上記「最大潜在マグニチュード」とは,「地震ハザード解析で使われ
る参照値で,ある地震源から地震が発生する可能性を特徴づけるもので
ある。これを計算する方法は対象とする地震源の種類と地震ハザード解
析で使う手法とに依存する。」と定義される(甲D96・83頁)。これ
は,確率論的地震ハザード評価及び決定論的地震ハザード解析の双方で
活用されるが,このうち決定論的地震ハザード解析の方法は,①サイト
のある広域の地震構造評価,②それぞれの地震源に対して最大潜在マグ
ニチュードの評価,③サイトのある広域における距離減衰式の選択と震
源マグニチュードおよび地震源とサイトの距離の関数として地震動の平
均およびばらつきの評価,④ハザード計算の方法,⑤評価の各段階にお
いて偶然的不確定性と認識論的不確定性の両方を適切に取り扱うこと,
⑥サイト応答の取り込み(サイトの条件に適合した地震動減衰式の使用
等)というものである(甲D96・58〜59,64頁)。
これによれば,IAEA安全基準SSG-9の決定論的地震ハザード
解析の方法は,新規制基準の地震動算定の手法と概ね整合するものと認
められ,新規制基準がIAEAの安全基準との比較において緩やかであ
るとは認められない。
NRCの規制指針(RG4.7)の評価
1974年9月のNRCの規制指針(RG4.7)には,「長さ100
0フィート(300m)以上の地表断層が5マイル(8㎞)以内にある
ような敷地は原子力発電所としては適さない」と明記されていた(甲D
370・564頁)が,2014年3月改訂版では,5マイル(8㎞)や1
000フィート(300m)といった数値は明示されておらず,「NR
Cは,地表の断層や褶曲,断層クリープ,沈降や陥没といった永久的な
地盤の変位を生じさせる現象による影響を軽減することが不確実であり,
困難であることから,敷地に地盤の永久変位が生じる可能性がある場合
-191-
には,他に候補地を求めるのが賢明であると考える。」と記載されてい
る(乙322)。
一方,設置許可基準規則3条及び同解釈別記1は,設計基準対象施設
の地盤につき,②設計基準対象施設は,設置許可基準規則4条2項の規
定により算定する地震力(耐震重要施設では,同条3項に規定する基準
地震動による地震力を含む。)が作用した場合においても当該設計基準
対象施設を十分に支持することができる地盤に設けなければならないこ
と,②耐震重要施設は,変形(地震発生に伴う地殻変動によって生じる
支持地盤の傾斜及び撓み並びに地震発生に伴う建物・構築物間の不等沈
下,液状化及び揺すり込み沈下等の周辺地盤の変状)した場合において
もその安全機能が損なわれるおそれがない地盤に設けなければならない
こと,③耐震重要施設は,変位が生ずるおそれがない地盤に設けなけれ
ばならないこと(耐震重要施設が将来活動する可能性のある断層等の露
頭がある地盤に設置された場合,その断層等の活動によって安全機能に
重大な影響を与えるおそれがあるため,当該施設を将来活動する可能性
のある断層等の露頭が無いことを確認した地盤に設置すること)を規定
している。
これによれば,設計基準対象施設の地盤についての新規制基準の定め
は,NRCの上記指針に比して実質的に遜色のない程度の厳しさを有す
るものであると認められ,新規制基準がNRCの基準との比較において
緩やかであるとは認められない。
⑵新規制基準の実体的問題点
ア基準の不明確性(原決定第3の2⑵抗告人らの主張欄ア)
抗告人ら指摘の確率論的安全評価が盛り込まれていないとの点は,前記
発電用原子炉施設の立地する地域
の特性の相違に起因するものであり,新規制基準が不合理であることの根
-192-
拠とはならない。
また,抗告人ら指摘の曖昧な概念が多用されているとの点についても,
現在の科学技術的水準からすれば,基準地震動策定や基準津波策定等を含
む新規制基準のあらゆる面において,一義的に客観的な基準を設けること
は不可能であるといわざるを得ない。また,4号要件が,発電用原子炉施
設の位置,構造及び設備が災害の防止上支障がないものであることを審査
するための基準を原子力規制委員会規則で定めることとしているのは,審
査の基礎となる基準の策定及びその適合性審査において,多方面にわたる
極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく判断が必要とされる
ことに鑑み,原子力利用における安全の確保に関する各専門分野の学識経
験者等を擁する原子力規制委員会に,科学的,専門技術的知見に基づく合
理的な判断に委ね,科学技術的な事項について一定の裁量を認めたものと
解される(前記1⑴ウ)から,新規制基準が,その内容に抗告人らが指摘
するような文言を含んでいるからといって,基準として不明確であって,
原子炉等規制法に反するとか,社会通念上許容できないなどということは
できない。
イ立地審査指針違反(原決定第3の2⑵抗告人らの主張欄イ)
立地審査指針と設置許可基準規則
立地審査指針(「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめ
やすについて」)は,平成24年に改正する前の原子炉等規制法24条
1項4号の「災害の防止上支障がないものであること」(現4号要件に
相当する。)の基準を具体的に記載した指針の一つで,「陸上に定置す
る原子炉の設置に先立って行う安全審査の際,万一の事故に関連して,
その立地条件の適否を判断するためのもの」であった。
これに対し,平成24年改正原子炉等規制法の4号要件は,同号の要
件の審査基準を原子力規制委員会が定める規則に委任したが,同号の委
-193-
任を受けて原子力規制委員会が策定した設置許可基準規則においては立
地審査指針は採用されず,また,同規則の解釈においても立地審査指針
は引用されていない。
抗告人らは,立地審査指針が現在も有効であると主張するが,上記に
照らし,採用できない。
また,抗告人らは,設計許可基準規則において立地審査指針が採用さ
れていないことが,深層防護の理念,IEAE基準及び原子力基本法2
条2項に反すると主張するが,この主張も採用できない。
その理由は,以下のとおりである(「考え方」・282頁以下)。
立地審査指針の内容
a原則的立地条件
原則的立地条件は,万一の事故に備え公衆の安全を確保するために
必要な,以下の①から③の条件を規定している(以下「原則的立地条
件①」などという。)。
①大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったこと
はもちろんであるが,将来においても考えられないこと。また,災
害を拡大するような事象も少ないこと。
②原子炉は,その安全防護施設との関連において十分に公衆から離
れていること。
③原子炉の敷地は,その周辺も含めて,必要に応じ公衆に対して適
切な措置を講じうる環境にあること。
b基本的目標
基本的目標は,原則的立地条件を踏まえて達成すべき目標として,
下記の3つを示している。
敷地周辺の事象,原子炉の特性,安全防護施設等を考慮し,技術
的見地からみて,最悪の場合には起るかもしれないと考えられる重
-194-
大な事故(以下「(旧)重大事故」という。)の発生を仮定しても,
周辺の公衆に放射線障害を与えないこと。
(旧)重大事故を超えるような技術的見地から起るとは考えられ
ない事故(以下「(旧)仮想事故」という。)(例えば,(旧)重
大事故を想定する際には効果を期待した安全防護施設のうちいくつ
かが動作しないと仮想し,それに相当する放射性物質の放散を仮想
するもの)の発生を仮想しても,周辺の公衆に著しい放射線災害を
与えないこと。
(旧)仮想事故の場合には,集団線量に対する影響が十分に小さ
いこと。
c立地審査の指針
立地審査の指針は,基本的目標を達成するため,少なくとも以下の
3つの条件が満たされていることを確認しなければならないと定めて
いる(以下「立地審査の指針。
,いわゆる「公衆との離隔」を要求する原則的立
地条件②と関係している。立地審査の指針においては,基本的目標
,少なくとも「原子炉の周辺は,原子炉からある
距離の範囲内は非居住区域であること」の条件が充たされることを
要求している。
ここでいう「ある距離の範囲」としては,(旧)重大事故の場合,
もし,その距離だけ離れた地点に人がいつづけるならば,その人に
放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲をと
るものとし,「非居住区域」とは,公衆が原則として居住しない区
域をいうものとするとしている。
この「ある距離の範囲」の判断のめやすとしては,甲状腺(小児)
に対し,1.5㏜,全身に対して0.25㏜としている。
-195-
,必要に応じ防災活動を講じうる環境にある地帯
を要求する原則的立地条件③と関係している。立地審査の指針にお
いては,基本的目標を達成するため,少なくとも「原子炉からあ
る距離の範囲内であって,非居住区域の外側の地帯は,低人口地帯
であること」の条件が充たされていることを要求している。
ここにいう「ある距離の範囲」としては,(旧)仮想事故の場合,
何らの措置を講じなければ,範囲内にいる公衆に著しい放射線災害
を与えるかもしれないと判断される範囲をとるものとし,「低人口
地帯」とは,著しい放射線災害を与えないために,適切な措置を講
じうる環境にある地帯(例えば,人口密度の低い地帯)をいうもの
とするとしている。
この「ある距離の範囲」の判断のめやすとしては,甲状腺(成人)
に対し3㏜,全身に対して0.25㏜としている。
,集団線量の見地から社会的影響を低減すること
を要求する原則的立地条件③と関係している。立地審査の指針にお
いては,基本的目標を達成するため,少なくとも「原子炉敷地は,
人口密集地帯からある距離だけ離れていること」の条件が充たされ
ていることを要求している。
ここでいう「ある距離」としては,(旧)仮想事故の場合,全身
線量の積算値が,集団線量の見地から十分受け入れられる程度に小
さい値になるような距離をとるものとするとしている。
この「ある距離」の判断のめやすとしては,外国の例(例えば2
万人㏜)を参考とすることとしている。
立地審査指針と深層防護
改正前原子炉等規制法においては,深層防護の第4の防護レベルであ
るシビアアクシデント対策については,法的要求事項とされておらず,
-196-
事業者の自主的な対応という位置付けに留まっていた。
これについて,立地審査の指針は,(旧)重大事故を想定した上で,
人に対するめやす線量を設定し,その条件を満たす離隔距離を確保する
ことで,放射線リスクの抑制という目標を達成することにより,深層防
護の第4の防護レベルのシビアアクシデント対策が法的要求事項とされ
ていないなかで,一定の役割を担ってきた。
また,立地審査の指針において要求している低人口地帯は,急性障
害を避けるための非居住区域と異なり,避難など
適切な措置を講じることにより放射線による影響を低減することが想定
されている地域であり,そのような地域において防災を考える際の,避
難のしやすさを考慮したものである。これは,深層防護の第5の防護レ
ベルそのものではないものの,深層防護の第5の防護レベルの領域であ
る防災活動を容易にする効果を意図するものであった。
立地審査指針の適用結果
立地審査の指針
(旧)重大事故の発生を仮定した上で,めやす線量(甲状腺(小人)
に対して1.5㏜,全身に対して0.25㏜)を超える区域,すなわ
ち敷地周辺の公衆に放射線による確定的影響を与えないための区域で
ある「非居住区域」は,発電所敷地内におさまっていたため,敷地外
において「非居住区域」の設定はされず,敷地境界ではめやす線量未
満となっていた。
立地審査の指針
(旧)仮想事故の発生を仮想した上で,めやす線量(甲状腺(成人)
に対して3㏜,全身に対して0.25㏜)を超える地帯,すなわち適
切な措置を講じうる環境にある地帯である「低人口地帯」は,発電所
敷地内におさまっていたため,敷地外は「低人口地帯」である必要は
-197-
なく,敷地境界ではめやす線量未満となっていた。
(旧)仮想事故の発生を仮想した上で,めやす線量(全身線量の人
口積算値は2万人㏜)を超えるような人口密集地帯に近接した立地地
点は,日本国内に存在しなかった。なお,大都市である東京や大阪が
含まれる方位に放射性物質が流れるという想定をする場合が,全身線
量の人口積算値が最大となることが多いが,その場合においてもめや
す線量未満となっていた(「人口密集地帯からある距離だけ離れてい
ること」の評価において,実際には,大人口地帯である東京や大阪と
いった大都市の方向が評価対象となってしまい,極めて低線量〔数十
μ㏜程度〕と非常に大きな人口数の積算により定まっていた。)。
原子力規制委員会が立地審査指針を採用しなかった理由
①原則的立地条件①
原則的立地条件①は,設置許可基準規則において,原子炉施設の敷
地及び周辺の外部事象に関する審査事項として,地盤(同3条),地
震(同4条),津波(同5条)及びその他火山,洪水,台風,竜巻な
どの外部事象(同6条)などによる損傷防止の観点で,個別具体的に
要求されている。例えば,耐震重要施設を断層の露頭の存する地盤に
設置しようとする場合や火砕物密度流が到達する恐れがある場所等は,
立地不適と評価する(同3条3項,同解釈別記1の3,火山ガイド6.
2)。また,これらの外部事象により安全機能が損なわれると評価さ
れる場合には,許可されないことにより,立地が制限される。
したがって,原則的立地条件①は,設置許可基準規則において,地
盤の安定性や地震等による損傷防止など,自然的条件ないし社会的条
件に係る個別的な規定との関係で考慮されている。
②原則的立地条件②
-198-
原則的立地条件②は,設置許可基準規則においては採用されていな
い(第1章・第2章)。
新規制基準策定以前については,原子炉施設を構成する安全上重要
な構築物・系統・機器は,安全設計審査指針によりその信頼性が担保
されており,かつ,原子炉施設全体としての安全設計は発電用軽水型
原子炉施設の安全評価に関する審査指針(安全評価指針)により安全
評価を行うことで,その適切性が担保されていた。さらにその上で,
設計基準事故より厳しい解析条件を(旧)重大事故の想定において設
定して立地評価を実施していた。
しかし,福島第一原発事故を契機に,深層防護の考え方をより厳格
に適用することとされ,改正原子炉等規制法の4号要件によって,従
前,自主的対策として強く推奨されていた原子炉施設の重大事故等対
策が新たに設置(変更)許可にかかる規制要求事項として追加され,
同号の委任を受けた設置許可基準規則は,重大事故等対処施設(第3
章)についての要求事項を定めた。
このように,改正原子炉等規制法により重大事故等対策が法的な要
求事項として追加されたことから,従前,立地審査指針及び安全評価
指針を用いて設計基準事故を超える事象の想定をしていた内容が再検
討されたところ,原則的立地条件②については,無条件に原子炉格納
容器が健全であることを前提に評価しているとの批判もあり,他方,
福島第一原発事故を踏まえて重大事故等対策を法的要求事項としたこ
とから,そのような前提による評価よりも,炉心の著しい損傷や原子
炉格納容器破損に至りかねない事象を具体的に想定した上で重大事故
等対策自体の有効性を評価することが,より適切に,「災害の防止上
支障がないこと」(4号要件)について判断できると評価した。
そして,設置許可基準規則においては,原則的立地条件②を基準と
-199-
して採用しなかった。
③原則的立地条件③
改正原子炉等規制法は,深層防護の第4の防護レベルに相当する重
大事故等対策を法的要求事項とし,設置許可基準規則は,重大事故等
対策について規定した。また,原子力災害対策特別措置法等により,
我が国の法体系は,深層防護の考え方の第5の防護レベルにも対応し
ている。
立地審査の指針により要求していた,(旧)仮想事故の発生を仮
想した上で,めやす線量(甲状腺(成人)に対して3㏜,全身に対し
て0.25㏜)を超える地帯,すなわち適切な措置を講じうる環境に
ある地帯である「低人口地帯」は,既許可の原子炉施設では発電所敷
地内におさまっていた。また,立地審査指針策定時には制定されてい
なかった原子力災害対策特別措置法等により原子力災害防止対策の強
化がなされていることなどから,(原則的立
地条件③のために低人口地帯を設定すること)はその役割を終えたと
判断した。
また,立地審査の指針が,社会的影響の観点から,集団線量を考
慮して「原子炉敷地は,人口密集地帯からある距離だけ離れているこ
と」を要求することについても,国際放射線防護委員会の2007年
勧告で,大集団に対する微量の被ばくがもたらす集団実効線量に基づ
くがん死亡数を計算するのは合理的ではないなどと指摘されていたこ
とから,合理的ではないと判断し,福島第一原発事故を踏まえ,半減
期の長い放射性物質の総放出量という観点から規制を行う(セシウム
137の放出量が100テラベクレルを下回っていることを確認する)
こととした(設置許可基準規則37条2項,同解釈2-3,実用発
電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効
-200-
性評価に関する審査ガイド3.2.1⑹)。
したがって,現在の原子炉等規制法において,原則的立地条件③は
採用していない。
抗告人らの主張について
aIAEA安全基準(原子力発電所の安全:設計)(甲E11)
上記安全基準は,深層防護につき,「第1の防護階層の目的は,・・・
発電所が健全でかつ保守的に立地,設計,建設,保守及び運転される
という要件を導き出す」と規定する。
しかし,発電所の健全かつ保守的な立地については,及び
のとおり,設置許可基準規則において,原子炉施設の敷地につ
いて規制がされているほか(同3条),地震,津波その他の外部事象
との関係で審査対象となっている(同4条ないし6条)から,新規制
基準が上記安全基準に反するとはいえない。
bIAEA安全基準(原子炉等施設の立地評価)(甲E16)
上記安全基準につき,抗告人らは,①地震などの外部事象に対する
影響評価の要件,②避難計画の実行可能性・実効性に関する評価の要
件を定めたものと主張する。
このうち①地震などの外部事象に対する影響評価については,上記
のとおり,設置許可基準規則でも考慮されているから,
新規制基準が上記安全基準に反するとはいえない。
これに対し,②避難計画の実行可能性・実効性に関する評価(深層
防護の第5の防護レベル)については,前提事実⑻のとおり,設置許
可基準規則では考慮されていない(周辺区域の避難計画の有無や実効
性は原子炉設置(変更)許可の審査対象とはならない。)。
しかし,後記ウで判断するとおり,抗告人らの住所地は原子力災害
対策指針で定める避難計画区域の範囲外に位置しており,かつ,原子
-201-
力災害対策指針で定める避難計画区域の範囲の設定は合理的と認めら
れるから,周辺区域の避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)
許可の審査対象とならないことは,抗告人らの人格権侵害の具体的危
険を事実上推定するものではなく,周辺区域の避難計画の有無や実効
性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことの是非は,本
件の判断に影響を与えない。
cNRC(緊急時計画)(甲E17)
上記基準は,放射線緊急事態が発生した場合に適切な防護措置を講
ずることができるとの合理的な補償があるとNRCが判断した場合を
除き,原子炉の初期運転許可証は発行されないと規定するところ,そ
の趣旨につき,抗告人らは,州と地方の策定した避難計画の適切性及
び実行可能性が合理的に保障されているか否かを判断するものと主張
している。
しかし,この点についても,上記bで説示したとおり,周辺区域の
避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象となら
ないことの是非は,本件の判断に影響を与えない。
ウ防災審査の不存在(原決定第3の2⑵抗告人らの主張欄ウ)
抗告人らの住所地(本件原子炉施設からの距離は約60〜約100㎞)
は,原子力災害対策指針で定める避難計画区域(本件原子炉施設から約3
0㎞)の範囲外に位置しているため,原子力災害を想定した避難計画は策
定されていない。
この点につき,抗告人らは,避難計画を策定すべき区域は,(抗告人ら
住所地を含む)本件原子炉施設から約250㎞とすべきであり,防災審査
の不存在(避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象
とされないこと)は,抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定す
るものと主張するが,抗告人らの主張は採用できない。
-202-
その理由は,以下のとおりである。
緊急事態における放射線防護の基本的な考え方
a放射線の人体への影響
放射線による人体への影響は,その影響の現れ方によって,確定的
影響と確率的影響とに分けることができる。
確定的影響は,一定量の放射線を短時間に受けると必ず現れる影響
をいい,受けた放射線の量が多くなるほど,その影響度(障害)も大
きくなる。確定的影響が現れる放射線の量は,影響を受ける組織(身
体の部位)等によっても異なるが,100m㏜程度ではいずれの症状
も現れないとされる(乙2・45~47頁)。
確率的影響は,一定量の放射線を受けたとしても,必ずしも影響が
現れるわけではなく,放射線を受ける量が多くなるほど影響が現れる
確率が高まる現象をいう。国際放射線防護委員会は,放射線防護の観
点上相応しいものとして,「約100m㏜を下回る線量においては,
ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺
伝性影響の確立の増加を生じるであろうという仮定」(直線しきい値
なしモデル)を前提として,線量限度量を設定している(乙202・
17頁)。
確定的影響に対しては,放射線を受ける量を一定量(しきい値)以
下に抑えることで回避することができることから,しきい値以下に抑
えることが放射線防護の基本となる。一方,確率的影響は,放射線を
受ける量を有意なリスクの増加があるとされる約100m㏜以下に抑
えるとともに,約100m㏜以下の放射線量に対しても,直線しきい
値なしモデルの仮定のもと,合理的に達成可能な限り被ばく線量を低
く抑えることが放射線防護の基本となる。
bIAEA
-203-
IAEAは,緊急事態における防護対策に係る戦略として,①緊急
時においても迅速かつ的確に防護対策の要否を判断するため,即座に
判断が可能な基準として,原子力施設の状況,あるいは,放射線の人
体への影響の判断基準となる実効線量等を基に,放射線モニタリング
などによる測定値と直接比較できる空間線量率等に予め置き換え設定
した値を用いること,②防護措置にもリスクが伴うことも踏まえて,
確定的影響を確実に回避し確率的影響のリスクを最小限に抑えつつ過
剰な防護対策を防止するため,原子力施設からの距離に応じて被ばく
による影響のリスクは異なることなどを勘案して,確定的影響を回避
するために予防的に避難が必要な地域,迅速な防護措置が必要となる
可能性もあるものの状況に応じて防護措置の発動を判断すべき地域な
どに区分して防護対策を講じることを提案している(乙408・10~
17頁)。
c原子力規制委員会
原子力規制委員会は,緊急事態の特に初期段階においては,情報が
限られた中で,確定的影響を回避するとともに,確率的影響のリスク
を最小限に抑えるため,迅速な防護措置等の対応を行う必要がある一
方,避難行動には危険も伴うことから,場合によっては,避難行動に
よって避けられる放射線の影響と比較しても無視できない影響をもた
らす可能性もあり,特に高齢者や傷病者等の要配慮者にもたらす影響
は,福島第一原発事故の教訓でもあるとの見解を表明している(乙4
07)。
原子力災害対策指針(乙409)
原子力災害対策について定める原子力災害対策特別措置法は,原子力
災害対策として実施すべき措置に関する基本的事項や,原子力災害対策
を重点的に実施すべき区域の設定に関する事項を定める原子力災害対策
-204-
指針の制定を原子力規制委員会に対して要求している(同法6条の2)。
そして,原子力規制委員会が定める原子力災害対策指針は,IAEA
の緊急時における放射線防護の考え方を参照し,福島第一原発事故の経
験も踏まえて,原子力施設の状況に応じ防護措置の実施を判断する基準
(緊急時活動レベル,EAL〔EmergencyActionLevel〕),放射線モ
ニタリングなどで計測された値に応じ防護措置の実施を判断する基準(運
用上の介入レベル,OIL〔OperationalInterventionLevel〕)及び
講じる対策に応じた地域区分(原子力災害対策重点区域)を定め,これ
に基づく防護措置によって確定的影響の回避と確率的影響の低減を図る
ものとなっている。
a緊急時活動レベル(EAL)
緊急事態の初期対応段階では,情報収集により事態を把握し,原子
力施設の状況や当該施設からの距離等に応じて,防護措置の準備やそ
の実施を適切に進めることが重要となる。このような対応を実現する
ため,原子力災害対策指針は,原子力施設の状況に応じて,緊急事態
を「警戒事態」,「施設敷地緊急事態」及び「全面緊急事態」の3つ
に区分している。そして,これらの緊急事態区分に該当する状況であ
るか否かを判断するための基準として,原子力施設の状態等に基づき
緊急時活動レベル(EAL)が設定されている(乙409・6頁)。
警戒事態
警戒事態とは,その時点では公衆への放射線による影響やそのお
それが緊急のものではないが,原子力施設における異常事象の発生
又はそのおそれがあるため,情報収集や,緊急時モニタリングの準
備,施設敷地緊急事態要避難者の避難等の防護措置の準備を開始す
る必要がある段階のことをいう(乙409・6~7頁)。
施設敷地緊急事態
-205-
施設敷地緊急事態とは,原子力施設において公衆に放射線による
影響をもたらす可能性のある事象が生じたため,原子力施設周辺に
おいて緊急時に備えた避難等の主な防護措置の準備を開始する必要
がある段階のことをいう(乙409・7頁)。
全面緊急事態
全面緊急事態とは,原子力施設において公衆に放射線による影響
をもたらす可能性が高い事象が生じたため,放射線被ばくによる確
定的影響を回避し,確率的影響のリスクを低減する観点から,迅速
な防護措置を実施する必要がある段階のことをいう(乙409・7
~8頁)。
b運用上の介入レベル(OIL)
上記の緊急事態区分のうち「全面緊急事態」に至った場合には,住
民等への被ばくの影響を回避する観点から,放射性物質放出前の避難
等の防護措置を講じることが重要となる。また,放射性物質放出後は,
その拡散により比較的広い範囲に空間放射線量率の高い地点が発生す
る可能性があることから,このような事態に備え,緊急時モニタリン
グ等を迅速に行い,その測定結果を一定の基準に照らして,必要な措
置の判断を行い,それを実施することが必要となる。そのような防護
措置の実施を判断する基準として,実効線量(被ばく量)に代えて即
座に測定値と比較できる空間放射線量率等に基づき設定されたものが,
運用上の介入レベル(OIL)である(乙409・8頁)。
c原子力災害対策重点区域(PAZ及びUPZ)
住民等に対する被ばく防護措置を短期間で効率的に行うためには,
あらかじめ異常事態の発生を仮定し,その影響の及ぶ可能性がある区
域を定めた上で,重点的に原子力災害に特有な対策を講じておくこと
が必要である。そのような対策が講じられる区域を「原子力災害対策
-206-
重点区域」といい,その類型として次のようなものがある。
予防的防護措置を準備する区域(PAZ)
PAZ(PrecautionaryActionZone)とは,急速に進展する事故
において放射線被曝による確定的影響を回避するため,放射性物質
の環境への放出前の段階から予防的に防護措置を準備する区域のこ
とであり,原子力施設から概ね半径5㎞を目安とする(乙409・
51頁)。
緊急時防護措置を準備する区域(UPZ)
UPZ(UrgentProtectiveactionplanningZone)とは,放射
線被曝による確率的影響のリスクを最小限に抑えるため,前記のE
AL,OILに基づき緊急時防護措置を準備する区域であり,原子
力施設から概ね半径30㎞を目安とする(乙409・51頁)。
dIAEA基準との関係
原子力災害対策指針におけるPAZ及びUPZの範囲の設定は,I
AEAの基準を踏まえて設定されたものであるが,IAEAの基準は,
放射線被曝による影響が及ぶ蓋然性,限られた時間内での対応の実行
性等を総合的に考慮(例えば,UPZであれば,放出の濃度(惹いて
はリスク)に係るPAZとの差,平均的な気象条件において推定され
る個人への実効線量,数時間内にモニタリングを行い防護措置を行う
実用上の限界等を考慮)して,各国から集まった専門家の判断によっ
て提案されたものであり(甲E46・1頁),その内容は,以下のと
おりである(乙408・42頁)。
PAZ
ⅰ目的確定的影響の防止又は低減
ⅱ実施時期放出前又は放出直後
ⅲ対策屋内退避,避難
-207-
ⅳ半径0.5~5㎞
ⅴ範囲の根拠
・放出前又は放出直後にこの範囲内で講じる緊急防護措置によ
り早期致死を超える線量を回避でき,また,一般的介入レベル
(GIL)を超える線量を防止。
・チェルノブイリ事故ではこのような距離で数時間以内に死亡
するおそれのある線量率が測定された。
・PAZの最大半径は,次の理由により5㎞と仮定する。
最も重大な緊急事態を除いて早期致死が想定される距離の限
界である。
オンサイトでの線量に比べて1/10に低減する。
この距離を超えた場所では緊急防護活動が正当化されること
は,まず,ありえない。
放出前又は放出直後に屋内退避や避難が速やかに行える実用
上限界の距離と考えられる。
これよりも大きな半径で予備的な緊急事態措置を実施すると,
サイト近傍の人々への緊急防護活動の有効性が減少すると考え
られる。
UPZ
ⅰ目的線量の回避
ⅱ実施時期放出後数時間以内
ⅲ対策環境モニタリング,避難所の設置
ⅳ半径5~30㎞
ⅴ範囲の根拠
・原子力発電所を想定した最も重大な緊急事態の場合に早期死
亡のリスクを大きく低減するため,数日間又は数日以内にホッ
-208-
トスポットを特定し,避難するためモニタリングを行う必要の
ある半径。
・このような半径では,放出による濃度はPAZ境界での濃度
に比べておおよそ1/10に低減する。
・この距離は,対策拡大のための十分な基盤となる。
・5~30㎞の距離は,数時間以内にモニタリングを実施して
適切な緊急防護活動を行う実用上の限界と考えられる。
・平均的気象条件でこの半径を超える場所では,ほとんどの重
大な緊急事態に対して,個人の総実効線量が避難のための緊急
防護措置のGILを超えることはない。
e原子力災害対策重点区域外における対応
原子力災害対策指針では,第3⑵の「異常事態の把握及び緊急事態
応急対策」において,「原子力事業者からの緊急事態の通報等を踏ま
え,国,地方公共団体等は,・・・・以下の流れに沿って,緊急事態
応急対策を講じなければならない」と定めた上で,対策の具体的項目
として,「原子力事業者から全面緊急事態に至った旨の通報を受けた
場合には,原則としてPAZと,プラントの状況に応じてUPZの一
部の範囲において,住民等に対して避難等の予防的防護措置を行う」,
「原子力施設から著しく異常な水準で放射性物質が放出され,又はそ
のおそれがある場合には,施設の状況や放射性物質の放出状況を踏ま
え,必要に応じて予防的防護措置を実施した範囲以外においても屋内
退避を実施する」,「その後,緊急時モニタリングの結果等を踏まえ
て,予防的防護措置を実施した範囲以外においても,避難や一時移転,
飲食物摂取制限等の防護措置を行う」と定め(乙409・66頁),続
く第3⑸①の「避難及び一時移転」において,「住民等が一定量以上
の被ばくを受ける可能性がある場合に採るべき防護措置」として,「U
-209-
PZ外においては,放射性物質の放出後についてはUPZにおける対
応と同様,OIL1及びOIL2(OIL1は,住民等を数時間内に
避難や屋内退避等させるための,OIL2は,住民等を1週間程度内
に一時移転させるための基準)を超える地域を特定し,避難や一時移
転を実施しなければならない」と定めている(乙409・69頁)。
具体的には,基本的には放射線被ばくによる影響が及ぶ蓋然性の低
いUPZ外における放射性物質に関する対策については,どの程度の
規模の漏洩が,どのタイミングで発生するかを予め限定するのは合理
的でないことから,実際にそのような事態が生じた場合には,専門的
知見を有する原子力規制委員会が,原子力発電所の状況や放射性物質
の放出状況等を踏まえてUPZ外へ屋内退避エリアを拡張する範囲を
判断し,その判断を踏まえ,原子力災害対策本部や地方公共団体が緊
急時における実効性を考慮して,屋内退避を実施するよう住民等に指
示することとされている(乙410・別紙2-5~6)。
そして,防護措置については,仮に福島第一原発事故に匹敵する規
模の重大事故を想定したとしても,UPZ外においては,屋内退避の
実施によって放射性物質通過時の影響が低減されると考えられること
から,予防的に屋内退避を実施することが基本とされており,一時移
転等の更なる防護措置については,放射性物質の通過後の緊急時モニ
タリング結果を踏まえた上で検討するとの見解が示されている(乙4
10・別紙2-6)。
平常時の放射線量についての法規制
許容線量告示2条1項1号は,「周辺監視区域」(人の居住が禁止さ
れ,業務上立ち入る者以外の者の立ち入りが制限される区域)の外側に
おいて,実効線量が年間1m㏜を超えないことを求めているが,原子力
規制委員会が認めた場合は,同条1項にかかわらず,1年間につき5m
-210-
㏜とすることができると定め,設置許可基準規則解釈13条で審査基準
とされている安全評価指針(乙414)は,設計基準事故時の安全性の
判断基準として「周辺の公衆に対し,著しい放射線被ばくのリスクを与
えないこと。」を挙げ(Ⅱ.4.2⑸),この判断基準について,「周
辺公衆の実効線量の評価値が発生事故当たり5m㏜を超えなければ,「リ
スク」は小さいと判断する。」と解説されている(解説3)。
検討
上記によれば,原子力災害対策指針のPAZ及びUPZの範囲の
設定は,放射線被ばくのリスクと防護措置に伴うリスクとを比較衡量し
て決定された合理的なものと認められ,福島第一原発事故の緊急時避難
準備区域が半径20㎞〜30㎞圏と設定されたこと(前提事実⑹)とも
整合するということができる。
また,上記によれば,避難計画を策定すべき・防災審査をすべき
範囲を公衆被曝限度年1m㏜を超える汚染が生じる範囲とすべき合理的
な根拠があるとは認められない。
以上によれば,原子力災害対策指針のPAZ及びUPZの範囲の設定
は合理的であり,抗告人らの住所地(本件原子炉施設からの距離は約6
0〜約100㎞)は,避難計画を策定すべき範囲の対象外であるから,
周辺区域の避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対
象とならないことは,新規制基準の不合理性を疎明したことにならない
から,抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定するものではな
く,周辺区域の避難計画の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審
査対象とならないことの是非は,本件の判断に影響を与えない。
エ放射性廃棄物処理方法審査の不存在(原決定第3の2⑵抗告人らの主張
欄エ)
前提事実⑼によれば,使用済燃料の再処理については,原子炉設置(変
-211-
更)許可に際し,1号要件を満たしているかどうかの観点から再処理業者
の属性等につき審査対象とされていることが認められるが,抗告人らが指
摘するとおり,高レベル放射性廃棄物(使用済燃料の再処理にともない再
利用できないものとして残る放射能レベルが高い廃棄物)についての規定
は,設置許可基準規則には存在せず,使用済燃料その他の放射性廃棄物が
将来にわたって環境に影響を与えないための方策の有無や実効性は,原子
炉の設置(変更)許可に際し,1号要件ないし4号要件のいずれにおいて
も,審査対象とはなっていない。
しかし,使用済燃料その他の放射性廃棄物が将来にわたって環境に影響
を与えないための方策の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対
象とならないことは,抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定す
るものではない(このことは抗告人らも認めている。)から,使用済燃料
その他の放射性廃棄物が将来にわたって環境に影響を与えないための方策
の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことの是
非は,本件の判断に影響を与えない。
この点につき,抗告人らは,上記主張につき,本件発電所を稼働させる
ことによって社会にもたらされる不利益の大きさや,本件発電所を稼働さ
せる前に整備する必要のある法制度が未整備である実態を指摘するもので
あり,本件発電所が社会的に許容されない施設であることから,司法審査
において本件発電所に高い安全性が求められることを根拠づけるものと主
張するが,本件の争点は,本件原子炉の運転により抗告人らの生命,身体
等の人格権が侵害される具体的な危険があるかどうかであり,原子力発電
が可能性として有する社会に対する不利益の有無から要求される社会的安
全性でないから,上記主張は採用できない。
オ環境基準等の設定欠如(原決定第3の2⑵抗告人らの主張欄オ)
平常運転に伴って周辺の一般公衆が受ける放射線量については,原子炉
-212-
の設置(変更)許可に際し4号要件の審査対象とされている(設置許可基
準規則13条)ほか,線量告示によって規制されている(上記ウ)が,抗
告人らが指摘するとおり,「環境保全のためにどの程度の放射性物質の放出
が許容されるのか」についての規定は,設置許可基準規則には存在せず,
放射性物質が環境に影響を与えないための方策の有無や実効性は,原子炉
の設置(変更)許可に際し,1号要件ないし4号要件のいずれにおいても,
審査対象とはなっていない。
しかし,抗告人らが自認するとおり,放射性物質が環境に影響を与えな
いための方策の有無や実効性が原子炉設置(変更)許可の審査対象となら
ないことは,抗告人らの人格権侵害の具体的危険を事実上推定するもので
はないから,放射性物質が環境に影響を与えないための方策の有無や実効
性が原子炉設置(変更)許可の審査対象とならないことの是非は,本件の
判断に影響を与えない。
抗告人らは,上記エと同様に,司法審査において本件原発には高い安全
性が求められることを根拠づけるものと主張するが,上記エで説示したの
と同様の理由により採用できない。
⑶まとめ
以上によれば,新規制基準には,手続上も実体上も,その合理性を失わせ
る瑕疵は見当たらない。
3新規制基準の合理性に関する各論〜基準地震動策定の合理性(争点3⑴)
⑴新規制基準の合理性
ア真摯に東北地方太平洋沖地震等の教訓を踏まえていないとの主張(上記
第3の3抗告人ら主張欄⑴ア)
新規制基準は,平成18年の耐震指針改訂後に蓄積された知見(耐震バ
ックチェック,超過事例①ないし⑤)や福島第一原発事故の教訓(AM対
策を原子炉設置者による自主的な取組とすることを改め,これを法規制上
-213-
の要求にするとともに,設計要求事項の見直しを行うことなど)を踏まえ,
各種の検討を経て策定されたものである(前提事実⑻)。
そして,新規制基準の基準地震動の策定方針に係る基本的な考え方は,
「震源を特定して策定する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」
を敷地における解放基盤表面において水平方向及び鉛直方向の地震動とし
てそれぞれ策定するというものであって(設置許可基準規則解釈別記2の
5一),改訂耐震指針(乙21)における基準地震動の策定方針(指針5)
と同一であるが,「震源を特定して策定する地震動」の不確かさの考慮に
つき,改訂耐震指針では,「基準地震動Ssの策定過程に伴う不確かさ(ば
らつき)については,適切な手法を用いて考慮することとする(基準地震
動Ssの策定に及ぼす影響が大きいと考えられる不確かさ(ばらつき)の
要因及びその大きさの程度を十分踏まえつつ,適切な手法を用いることと
する。)」(指針5⑵④,同解説Ⅱ⑶④)とされていたにとどまるのに対
し,新規制基準では,「震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深
さ,断層傾斜角,アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点
等の不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ」
として具体的に示され,これらのパラメータのうち,敷地における地震動
評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータを分析し,必
要に応じて不確かさを組み合わせるなどの評価を行うべきとされ(設置許
可基準規則解釈別記2の5二⑤),敷地及び敷地周辺の地下構造が地震波
の伝播特性に与える影響を検討するため,敷地及び敷地周辺における地層
の傾斜,断層及び褶曲構造等の地質構造や地震波速度構造等の地下構造等
の評価を行うことなどが新たに要求されている(同解釈別記2の5四)(こ
れらは,超過事例①ないし⑤,特に③の新潟県中越沖地震で得られた知見
が反映されたものと認められる〔地震ガイド3.3.2⑷①2)〕。)。
もっとも,上記の点を除くと,新規制基準は,その内容面において改訂
-214-
耐震指針と大きく異なるものではないが,①改訂耐震指針は,旧耐震指針
の策定以降の地震学及び地震工学に関する新たな知見の蓄積(特に平成7
年兵庫県南部地震の検証により得られた断層の活動様式,地震動特性,構
造物の耐震性等に係る知見)を踏まえ,原子力安全委員会の耐震指針検討
分科会における5年以上の調査審議を経て策定されたものであること(前
提事実⑸),②福島第一原発の主要な安全施設は,地震に対しては十分な
安全裕度を備えていたため,福島第一原発事故の地震動によっても事故の
原因となる損傷は生じなかったこと(前記第2の2⑹中のIAEA検討報
告書)等に照らすと,新規制基準と改訂耐震指針の相違が上記の程度にと
どまることをもって,新規制基準が東北地方太平洋沖地震等の教訓を踏ま
えていないものと認めることはできない。
イ外部事象のリスク評価が足りないとの主張(上記第3の3抗告人ら主張
欄⑴イ)
抗告人らは,新規制基準は,基準地震動を超えるような地震動が襲うよ
うな場合を想定したシビアアクシデント対策が不十分であると主張する。
しかし,重大事故等対処施設及び重大事故等対処設備が基準地震動を超
える地震動に対する耐震安全性を確保していないとの点で新規制基準が不
合理といえないことは,後記3⑵のとおりであり,特定重大事故等対処施
設の設置が経過措置で猶予されたことをもって新規制基準が不合理といえ
ないことは,後記3⑻のとおりであるから,抗告人らの主張は採用できな
い。
ウ具体的・定量的な基準が出来ていないとの点(上記第3の3抗告人ら主
張欄⑴ウ)
抗告人らの主張は,前記2⑵アのとおり採用できない。
⑵敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(内陸地殻内地震)の想定の相
当性
-215-
ア応答スペクトルに基づく地震動評価
松田式の適用方法(原決定第3の3⑴抗告人らの主張欄アa)
抗告人らは,基準地震動評価に際しては,広い範囲の断層が連動する
ことを想定し,(長大断層においても)すべり量は飽和しないものと仮
定し,すべり量の飽和を前提としない経験式を採用する(応答スペクト
ルに基づく地震動評価では,80㎞を超える長さの断層についてもセグ
メント分けをせずに松田式を適用して地震規模を算定する)のが相当で
あると主張するが,採用できない。
その理由は,以下のとおりである。
a長大断層におけるすべり量の飽和の有無
地震モーメントMoは,断層の剛性率μ(断層毎に一定),断層
長さL,断層幅W,すべり量Dの積により算定されるが,WはLに
比例して増大し(レシピではL<Wmax→L=W),DもLに比例し
て増大するので,Moは,Lの3乗(断層面積Sの3/2乗)に比
例して増大する(以下「ステージ1」という。)。
しかし,Lが長くなると,Wが地震発生層下限(レシピでは20
㎞)に達するため,Wは一定となり(Wが飽和)(レシピではL≧
Wmax→W=Wmax,Wmaxの上限は断層傾斜角が鉛直のときは20
㎞),DのみがLに比例して増大するので,Moは,Lの2乗(S
の2乗)に比例して増大する(以下「ステージ2」という。)。
そして,平成21年改訂レシピでは,過去の地震記録などに基づ
き震源断層を推定する場合MoとSの経験式
について,①ステージ1では,Somervilleetal.(1999)(Mo=
(S/2.23×1015
)3/2
×10-7
)を,ステージ2では,Wellsand
Coppersmith(1994)などのデータに基づく入倉・三宅(2001)(Mo
=(S/4.24×1011
)2
×10-7
)をそれぞれ用いること,②入
-216-
倉・三宅(2001)を適用するのはMo=7.5×1018
(Mw=6.
5相当)以上とするが,③原理的にはWが飽和しているかどうかで
スケーリング則が変わるため,Wが飽和していない場合はSomerville
etal.(1999)を,Wが飽和している場合は入倉・三宅(2001)を適
用するのが合理的であるとされた。
一方,長大断層でDが飽和するかどうかについては,入倉(2004)
で「Lが10Wmax(Wmax=20㎞→断層長さ200㎞)より大き
くなるような巨大内陸地震(Mo=1.0×1021
以上)の場合,
Dも一定となる(Dが飽和)ので,Moは,L(S)のみに比例し
て増大する。」(以下「ステージ3」という。)という外国の見解
が紹介されていたが,平成21年当時においては,このような見解
は,「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論」(レシピ)
として確立されてはいなかったため,平成21年改訂レシピでは,
上記のとおりDの飽和を前提としないSomervilleetal.(1999)の
経験式と入倉・三宅(2001)の経験式みが採用され,Dの飽和を前
提とする経験式は採用されず,入倉・三宅(2001)の適用上限がM
o=1.0×1021
(S=4240㎢となる。)とされるにとどま
った。
そのような中で,平成21年頃以降,長大断層におけるすべり量
の飽和につき,これを肯定する以下の研究が発表された。
まず,室谷ほか(2009)は,概ね断層長さLが80㎞を超える長大
断層に係る震源断層のモデル化に当たって行った長大断層に関する
スケーリング則の検討に関する経過報告を目的とするものであり,
その中で,「震源断層の断層面積と地震モーメントから平均すべり
量が求められるので,地表での最大変位量(Dsurf)と震源断層での
平均すべり量(Dsub_ave)の関係をみると,(中略)DsurfはDsub_ave
-217-
の概ね1~3倍の間に収まっていることがわかる。長大断層に限る
と,Dsub_aveとDsurfは2~3倍の関係となる」としている。もっと
も,「長大断層に関しては,観測事例が少なく日本国内では1例の
みである。今後はデータの蓄積とともにメカニズムの違いの影響や
アスペリティに関する微視的断層パラメータの関係式などについて
検討する必要がある」ことや,当該国内での1例は濃尾地震である
ところ,「日本国内では,長さ80㎞を超えるような長大断層での
地震に対して,地震波形記録を用いて断層面上のパラメータを推定
した結果は濃尾地震のみ(中略)であるが,古い地震記録のためデ
ータの精度等の注意が必要である」などと指摘している。また,室
谷ほか(2009)の元データでは,1999年集集地震(Chichi)で地
表最大変位量が10m超となっているほか,Stirlingetal.(2002)
の元データの中には平均すべり量が6m超となるものが見受けられ
る。
次に,室谷ほか(2010)は,室谷ほか(2009)を受け,地表地震断層
で観測されたパラメータと震源断層で推定されたパラメータの関係
を示し,断層面積Sと地震モーメントMoに関するスケーリングに
ついて検討した結果を報告するものであり,その中で,「震源断層
長さと地表地震断層長さがほぼ1:1となっており,さらに地表で
観測された最大変位量(Dsurf)と震源断層での平均すべり量
(Dsub_ave)の関係をみると,長大断層に限ればDsurfはDsub_aveの
概ね2~3倍に収まり,震源断層での最大すべり量(Dsub_max)と
はほぼ1:1の比例関係になることが分かった。次に,震源断層長
さとDsurfの関係は,(中略)断層長さがほぼ100㎞でDsurfが約
10mに飽和することが分かる。・・・・ここで,長大断層におい
て断層幅も地震発生層深さで飽和すると考えると,震源断層面積は
-218-
地震モーメントMo1/1
に比例するという入倉(2004)の3-stage
modelの3段階目にあたる関係を導くことができる。地震本部の強震
動予測レシピ(平成21年改訂レシピと認められる。)で採用して
いる平均断層幅W=18㎞を与えると,震源断層面積S(㎢)と地
震モーメントMo(Nm)関するスケーリング則はS=1.0×1
0-17
Moとなる(Mo=S×1017
→すべり量が飽和し始めると
きの地震モーメントは,L=100㎞・W=18㎞〔S=1800
㎢〕として,Mo=1.8×1020
)。ただし,断層長さが500
㎞を超える地震のデータがないため,この式の上限には注意が必要
である。」などと指摘している。
さらに,壇ほか(2011)は,断層長さLが80㎞ですべり量Dが約
3mで飽和するという知見を明らかにしている。同論文は,「内陸
地震のうち,特に横ずれ断層に起因する地震を想定する場合は,例
えば中央構造線のように,その全長がきわめて長いとき,『強震動
予測のためのレシピ』(平成21年改訂レシピと認められる。)だ
とアスペリティの面積が断層面積の50%を超え背景領域のすべり
量が負となって,断層モデルが設定できないことがあり,課題とな
っている・・・本論文の方法によれば,平均すべり量Dは,震源断
層長さLが約80㎞を超えるとほぼ300㎝で一定となることがわ
かる。したがって,本論文でいう長大断層とは約80㎞より長い断
層であるといえよう。この結果は,従来から指摘されているように,
平均すべり量Dは,小地震では震源断層の長さLに比例し,大地震
になるにつれて震源断層の長さLにかかわらず一定になると考えら
れること(中略)と整合する結果である・・・従来から課題となっ
ていた長大断層のパラメータが設定できるようになったが,本論文
で用いた短周期レベルのデータは5地震と少なかった。したがって,
-219-
今後,強震動予測の精度をさらに向上させるには,マグニチュード
8クラスの地震データを含む数多くの内陸地震の短周期レベルの蓄
積を行う必要がある」などとしている。なお,壇ほか(2011)の元デ
ータでは,国内では最も断層の長い濃尾地震ですらLは約80㎞で
ある。
の長大断層におけるすべり量の飽和を肯定する見解に対し
ては,以下のとおり,否定的な見解もあった。
例えば,国立研究開発法人防災科学技術研究所社会防災システム
研究部門長兼レジリエント防災・減災研究センター長・藤原広行(以
下「藤原部門長」という。)は,平成24年6月19日の原子力安
全・保安院の「第5回地震・津波に関する意見聴取会(地震動関
係)」において,室谷ほか(2010)が強震動の専門家の間でどのぐら
い受け入れられているのか質問されたのに対し,「1つの仮説とし
ての検討結果が学会で発表されたというレベルである。」と述べた
(甲D550の1)。
しかし,室谷ほか(2010)(及びこれを踏まえた同人らの知見)は,
平成28年頃までに「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方
法論」(レシピ)として確立され,平成28年6月改訂レシピにお
いて,地震モーメントMoと断層面積Sの経験式として採用される
に至った。
すなわち,同レシピでは,MoとSの経験式として,①ステージ
1では,Somervilleetal.(1999)を,ステージ2では,入倉・三
宅(2001)を,ステージ3ではMurotanietal.(2015)(Mo=S
×1017
)をそれぞれ用いること,②入倉・三宅(2001)を適用す
るのはMo=7.5×1018
(Mw=6.5相当)以上Mo=1.
8×1020
(Mw7.4相当)(S=1800㎢)以下とし,Murotani
-220-
etal.(2015)を適用するのはMo=1.8×1020
(S=1800
㎢)を上回る地震とする(ただし,この式の基になったデータ分布
の上限値Mo=1.1×1021
〔S=1万1000㎢〕に留意する
必要がある。)が,③原理的には断層幅Wやすべり量Dが飽和して
いるかどうかでスケーリング則が変わるため,①Wが飽和していな
い場合はSomervilleetal.(1999)を,②Wが飽和している場合は
入倉・三宅(2001)を適用するのが合理的であり,③WとDの両方
が飽和している場合はMurotanietal.(2015)を適用するのが望まし
いとされた(平成28年12月修正レシピ及び平成29年改訂レシ
ピも同じ。)。
b(断層の)複数のセグメントが連動した場合における個々のセグメ
ントの受けもつ地震モーメント及び変位量の増大の有無
栗山(2008)によれば,(断層の)複数のセグメントが連動した場
合に個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大す
るかどうかについては,大別して,total−Lmodel(t−Lmodel,ス
ケーリングモデル),segment−Lmedel(s−Lmode1,カスケードモ
デル)の2つの考え方がある。
t−Lmodel(スケーリングモデル)は,連動するセグメントの数が
多くなり総断層面積が大きくなるほど,各セグメントの受けもつ地震
モーメント及び変位量は大きくなるという考え方に基づく。この考え
方では,断層面積と地震モーメントに関するスケーリング則を震源断
層の総面積に適用して総地震モーメントを算出し,個々のセグメント
に総地震モーメントを配分する。
s−Lmode1(カスケードモデル)は,複数のセグメン
トが連動する地震であっても,個々のセグメントで認められる変位量
は単独で破壊される場合の変位量と同じであり,連動するセグメント
-221-
の組み合わせが異なった場合にも各セグメントの変位量は一定である
ので,各セグメントの受け持つ地震モーメントは変化しない(W.G.C.E.P
(1995))という考え方に基づく。この考え方では,断層面積と地震
モーメントに関するスケーリング則を各セグメント毎の断層面積に適
用して各セグメント毎の地震モーメントを算出し,それらの単純和で
総地震モーメントを得る。
この点につき,レシピは,平成21年改訂レシピから平成29年改
訂レシピt−Lmodel(スケーリングモデル)の
考え方(複数のセグメントが連動した場合には個々のセグメントの受
けもつ地震モーメント及び変位量が増大する。)を採用している。
すなわち,平成21年改訂レシピは,セグメントごとの地震モーメ
ントにつき,複数のセグメントが同時に動く場合は,セグメントの面
積の総和を震源断層の面積とし,これにSomervilleetal.(1999)又
は入倉・三宅(2001)の経験式を適用して全体の地震モーメントを算
出し,個々のセグメントへ地震モーメントを配分するものとし,その
解説において「最近発生した複数のセグメントの破壊を伴う大地震の
データの解析からは,セグメントが連動して地震を起こしても個々の
セグメントの変位量は一定とするカスケード地震モデルの適合が良い
との報告もある・・・。特に長大な活断層帯の評価の際には,長期評
価と併せてこうした考え方を参照することもある。ただし,セグメン
ト分けを行った場合のスケーリング則や特性化震源モデルの設定方法
については,現時点で研究段階にある。」としている。
そして,このようなレシピの手法は,平成28年6月改訂レシピで
経験式にすべり量の飽和を前提とするMurotanietal.(2015)が採用さ
れた後も,セグメントの面積の総和から全体の地震モーメントを算出
するための経験式としてMurotanietal.(2015)が追加された以外,変
-222-
更はなされていない(平成29年改訂レシピ⑼式)。
c松田式の適用範囲
松田式は,①地震は地殻に蓄えられた歪みエネルギーの急激な解放
である,②その歪みエネルギーの大小は歪み領域の大小による,③歪
み領域の大小は断層のディメンジョン(大きさ)の大小に反映してい
るという考え方に基づき,日本の内陸部で発生した断層長さLが約2
0㎞から約80㎞までの14の地震のデータから得られた,Lと地震
の気象庁マグニチュードMとの関係を表す経験式(M=〔logL+
2.9〕/0.6。L=80㎞でM8,L=20㎞でM7として決め
たもの。)であり,応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデ
ルを用いた手法による〔長期評価さ
れた地表の活断層の長さ等から地震規模を設定し震源断層モデルを設
定する場合〕における地震規模の算定に用いられている。
しかし,上記基データの範囲から,松田式の適用範囲については,
長大断層ですべり量が飽和するかどうか,また,(断層の)複数
のセグメントが連動した場合において個々のセグメントの受けもつ地
震モーメント及び変位量が増大するかどうかにかかわらず,Lが80
㎞ないし100㎞の断層を適用の上限とし,これを超える長さの断層
にはそのまま適用することはできないというのが一般的な見解である。
このことは,平成22年ないし平成23年当時においては,長大
断層におけるすべり量の飽和の有無について,地震本部のレシピ(平
成21年改訂レシピ)では,すべり量の飽和を前提とするMurotaniet
al.(2015)の経験式は採用されておらず,すべり量が飽和しないことを
前提とするSomervilleetal.(1999)及び入倉・三宅(2001)の経験
式のみが採用されており,
場合において個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量
-223-
が増大するかどうかの点についても,前記レシピでは,連動により個々
のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大するとの見
解t−Lmodel,スケーリングモデル)が採用されていたに
もかかわらず,①地震本部の活断層長期評価手法(2010)では,「長
さが100㎞を超えるような長大な活断層については,活動時のずれ
の量が飽和する可能性(中略)が指摘されているため,複数の断層が
連動して地震を発生させると考えるカスケードモデルの採用について
検討した。しかし,ずれの量の算出方法については今後も検討する必
要があることから,新手法においては,W.G.C.E.P(1995)の定義によ
るカスケードモデルを採用することは見合わせ,長さが断層面の幅の
4倍に満たない場合には松田(1975)のL-M式に基づき地震規模を
想定し,それを超える場合には長さが4倍を超えないように区分した
区間が連動するモデルを設定した。地震規模の算出には,モーメント
マグニチュードを使用し,後に気象庁マグニチュードへ変換する」と
し,②地震本部の中央構造線長期評価(2011)でも,「四国全域や断
層帯全域が同時に活動する可能性も考慮すると,その長さはそれぞれ
200㎞,300㎞となり,松田(1975)による経験式の適用範囲外と
なる。この経験式によると,長さ80㎞の断層でマグニチュード8.
0となる。このため,このような断層長さが非常に長い区間について,
ここではマグニチュード8.0もしくはそれ以上と評価することとし
た」として,松田式の適用範囲についてLが80㎞ないし100㎞を
上限とすることを前提として,地震規模が推定されていることから明
らかである。
d検討
上記aないしcによれば,①松田式の適用範囲と,長大断層にお
けるすべり量の飽和の有無(断層の)複数のセグメントが連
-224-
動した場合における個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び
変位量の増大の有無とは,次元を異にする問題であって,仮に長大
断層ですべり量が飽和せず,かつ,複数のセグメントが連動した場
合には個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大
するとの見解に立脚したとしても,断層長さが80㎞を超える断層に
ついてセグメント分けをせずに松田式を適用して地震規模を算定する
ことは不適切であり(上記c),②長大断層におけるすべり量の飽和
の有無については,現時点の内陸地殻内地震についての地震学の知見
(「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論」)を前提とす
る限り,長大断層ですべり量は飽和するという見解に立脚して地震規
模を算定するのが合理的であり(上記a),③複数のセグメントが連
動した場合における個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び
変位量の増大の有無については,現時点の内陸地殻内地震についての
地震学の知見を前提とする限り,複数のセグメントが連動した場合に
は個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大する
(スケーリングモデル)との見解に立脚して地震規模を算定するのが
合理的であるが,この見解と長大断層ですべり量が飽和するという見
解は両立する(上記b)ので,抗告人らの主張は採用できない。
e抗告人ら指摘の見解
愛媛新聞のインタビューにおける纐纈教授の発言(平成27年3
月21日付け紙面で報道されたもの。甲C199)
「印象だが,中央構造線断層帯があれだけ近いのに,この程度で
済むのかなという気はする。滑り量(断層がずれる長さ)は,断層
の連動が長くなれば大きくなるという考え方と,断層が連動しても
滑り量は変わらないという考え方がある。中央構造線断層帯がどち
らかは分からないが,54キロ(四電の従来想定)から480キロ
-225-
に延ばして,これだけ(基準地震動が570ガルから最大650ガ
ル)しか変わらないのは違和感がある。(基準地震動が)もう少し
大きくなってもいい気はする」というものである。
これは,上記aの長大断層におけるすべり量の飽和について消極
の意見を述べたものではなく,上記bの(断層の)複数のセグメン
トが連動した場合における個々のセグメントの受けもつ地震モーメ
ント及び変位量の増大の有無について述べたと解する余地もあり,
仮に上記aの長大断層におけるすべり量の飽和について消極の意見
を述べたものとしても,上記発言の後にレシピが改訂されて,すべ
り量の飽和を前提とするMurotanietal.(2015)の経験式が採用さ
れたこと(平成28年6月改訂レシピ)に照らし,上記判断を左右
しない。
文部科学省の原子力基礎基盤研究委託事業による委託業務として
東京大学が実施した「原子力施設の地震・津波リスクおよび放射線
の健康リスクに関する専門家と市民のための熟議の社会実験研究」
に基づき,専門家の出席を得て平成25年12月21日に「原子力
発電所に影響を及ぼす断層とそれによる揺れ・変位はどう推定され
ているのか?」とのテーマで開かれた「第2回専門家フォーラム」
(甲D302,304)における出席者の発言
「カスケードモデルとスケーリングモデルっていうのは,簡単に
言うと,断層の長さが2倍になった場合,モーメントが2倍になる
のがカスケードモデルで,この場合はマグニチュードは0.2変わ
るだけです。この時の仮定は断層の長さが変っても,断層の幅もす
べり量は変わらないということです。一方,スケーリング則(スケ
ーリングモデル?)では断層の幅もすべり量も断層の長さに比例す
るので,モーメントは断層の長さの3乗で効いてきますので,マグ
-226-
ニチュードの変化はその0.3倍(3倍?)の0.6になります。
つまり,M8.0の地震を起こす断層の長さが2倍になったときM
8.6になるっていうのがスケーリング則(スケーリングモデル?)
で,M8.2になるのがカスケードモデルです。それのどっちをと
るかというと,これがまだ議論があります。でも,おそらく非常に
大きな地震は,多分カスケード的であろうというように我々も考え
ています。・・・プレート境界に関しては,どの辺で飽和するのか,
どの辺でカスケード的になるのかっていうことに関して,まだ議論
があるのだと思います。」というものである。
これは,抗告人らの主張とは異なり,長大断層から発生する内陸
地殻内地震についてはすべり量が飽和するとの見解に賛同する趣旨
の発言と解されるのであり,上記判断を左右しない。
松田名誉教授自身が中央構造線四国断層帯(断層長さ180㎞)
に松田式を適用していること(甲C34)
この文献は,主に活断層の長さに基づいて最大地震規模を推定し,
それによる地震分布帯図を作成して報告したものであるところ,「各
地帯において,同地帯内の他の起震断層に比して例外的に大きな断
層長さL・・・を持つ断層が存在する場合には,その断層を「特定
断層」とよぶ。そのように長い断層は,一つの地震でその全部分が
活動するとはかぎらず,分割して地震を起こす可能性がとくに高い。
そのため,そのような断層は別途考慮することとして,ここでは,
当該地帯の最大地震規模を決める際には一応考慮外とした。」とい
うものであって,この記載からは,抗告人らの主張とは異なり,断
層長さの如何を問わず松田式を適用することまで肯定しているとは
いえない。
WellsandCoppersmith(1994)はすべり量が飽和する見解を採用
-227-
していないとの点(甲D552)
上記知見は,入倉・三宅(2001)の知見の前提となった見解であ
るところ,平成28年6月改訂レシピによって,長大断層への入倉・
三宅(2001)への適用が否定され,代わりにMurotanietal.(2015)
の経験式が採用されたことに照らし,上記判断を左右しない。
松田式が内包する不確かさの考慮(原決定第3の3⑴抗告人らの主張
欄ア
地震ガイドは,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動につき,⑴
策定方針(3.1⑴)において,「地震動評価に当たっては,敷地にお
ける地震観測記録を踏まえて,地震発生様式,地震波の伝播経路等に応
じた諸特性(その地域における特性を含む。)が十分に考慮されている
必要がある。」とし,⑵震源特性パラメータの設定(3.2.3⑵)で
は,震源モデルの長さ又は面積,あるいは単位変位量(1回の活動によ
る変位量)と地震規模を関連付ける経験式を用いて地震規模を設定する
場合には,①「経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認す
る。」,②「その際,経験式は平均値としての地震規模を与えるもので
あることから,その不確かさも考慮されている必要がある。」とされて
いるが,それ以上に経験式自体が内包する不確かさを考慮する手法につ
いては具体的に明示されていない。
しかるところ,抗告人らは,松田式はばらつきのある経験式であり(基
となるデータをみると,同じ断層長さでもマグニチュードに大きな差が
ある,松田(1975)・270頁の図),このばらつきを定量的に予測結果に
上乗せする必要があると主張する。
しかし,経験式は,ある変数が他の変数と相関関係にあるときに,複
数のデータ(変数の組み合わせ)を回帰分析(ある変数が他の変数とど
のような相関関係にあるのかを推定する統計学的手法)して得られた変
-228-
数相互間の関係式であり,回帰分析に際しては,最小二乗法(誤差を伴
う測定値の処理において,その誤差の二乗の和を最小にすることで,最
も確からしい関係式を求める方法)が用いられるのが一般的であるから,
経験式によって得られる数値は平均値であり,基になったデータの数値
との間には当然のことながら乖離が生じることになる。上記⑵②の「経
験式は平均値としての地震規模を与えるものである」とは,このことを
指していると解される。
そして,地震動は,各地震の震源特性,伝播特性及び増幅特性等の地
域特性によって相違が生じるから,経験式によって得られた数値と基に
なったデータの数値との乖離には,前記の地域特性の相違が反映されて
いると考えられ,経験式に基づき地震動を予測する場合には,経験式の
適用範囲を踏まえてその適用範囲を逸脱(外挿)しないように注意する
(上記⑵①の「経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認す
る。」とはこのことを指していると解される。)とともに,地域特性を
十分に把握する必要がある(上記⑴の「地震発生様式,地震波の伝播経
路等に応じた諸特性(その地域における特性を含む。)が十分に考慮さ
れている必要がある。」とはこのことを指していると解される。)。
もっとも,地震動の予測に際しては,地震が破壊現象であることに伴
う偶然的不確定性及び地中の状態を事前には完全に知りえないことに伴
う認識論的不確定性を排除することができないから,上記⑵①のとおり
経験式の適用範囲に注意し,かつ,上記⑴のとおり地域特性を十分に把
握するための努力をしたとしても,事前予測を超える地震動が生じるリ
スクは避けられない(超過事例①ないし⑤)。このようなリスクをでき
るだけ軽減するためには,各経験式の変数(パラメータ)の設定に際し,
上記の偶然的不確定性及び認識論的不確定性を考慮に入れ,地域特性を
踏まえた幅のある設定をする(松田式についていえば,断層長さについ
-229-
て幅のある設定をする)ことが必要であり,上記⑵②の「経験式は平均
値としての地震規模を与えるものであることから,その不確かさも考慮
されている必要がある。」とはこのことを指すと解される。
そして,相手方は,本件原子炉施設近傍の複数の断層が連動して活動
することを考慮し,断層長さについて,中央構造線長期評価(2011)等
に基づき,54㎞ケース,69㎞ケース,130㎞ケース,480㎞ケ
ースを設定し,それぞれについて松田式を適用して地震規模を求めてい
るから,地域特性を踏まえた幅のある設定をすることで,不確かさを適
切に考慮しているということができる(130㎞ケース及び480㎞ケ
ースは,松田式の適用範囲を考慮してセグメント分けをしているが,こ

抗告人らの主張の,データのばらつきを定量的に予測結果(経験式の
適用結果)に上乗せする手法は,経験式の意義を失わせるばかりでなく,
上記⑴の地域特性の相違の軽視につながるものであって,採用できない。
なお,上記セグメント分けに際し,相手方は,ⅰ松田式を適用してセ
グメント毎の気象庁マグニチュードMを算定し,ⅱ武村式を適用してセ
グメント毎のMをモーメントマグニチュードMwに変換し,ⅲ変換した
Mwを合算し,ⅳ合算したMwに武村式を再度適用してをMに変換して
いるところ,抗告人らは,武村式のばらつきも考慮されるべきと主張す
るが,このばらつきについても,相手方がセグメントを複数設定したこ
とにより,不確かさが適切に考慮されたといえるので,採用できない。
断層長さの認識論的不確定性(原決定第3の3⑴抗告人らの主張欄ア
b⒝)
抗告人らは,相手方が設定した69㎞ケースと130㎞ケースとの中
間に最も地震動を大きくし得るケースが存在するはずであると主張する。
しかし,相手方は,断層長さについて,最大規模を想定するとの観点
-230-
から,中央構造線断層帯と九州側の別府-万年山断層帯とが全区間にお
いて連動する480kmケースを基本としつつ,四国西部の区間(石鎚山
北縁西部-伊予灘)で連動する130kmケース及び敷地前面海域の断層
群(伊予灘セグメント)単独で活動する54kmケースを設定し(乙11
-6-5-31,36~37),さらに,54kmのケースで伊予灘セグメントの
両端のジョグの端部にまで断層破壊が及ぶと仮定して断層長さが69km
のケースを設定した(乙31-95)ものであって,中央構造線長期評価
(2011)等に照らし,適切に断層長さの設定がされたと認められる一方,
69㎞ケースと130㎞ケースとの中間に断層を想定すべき合理的根拠
は見当たらないから,仮に69㎞ケースと130㎞ケースとの中間に最
も地震動を大きくし得る断層長さの断層を想定しうるとしても,相手方
の設定した断層長さの断層に基づく地震動評価を不合理ならしめるもの
ではなく,抗告人らの主張は採用できない。
中央構造線長期評価(2011)との比較(原決定第3の3⑴抗告人らの
主張欄アc)
中央構造線長期評価(2011)は,断層長さL,断層幅W,すべり量D
を前提事実a⒟ⅰ①ないし⑥のとおり設定し,剛性μ,L,W,
Dの積から地震モーメントMoとモーメントマグニチュードMwを算定
したものであるところ,130㎞ケースにつき,相手方の想定と上記長
期評価の想定をMwで比較すると,抗告人ら指摘の相違があることが認
められる(480㎞ケースは上記評価の対象外であり,相手方の想定と
の比較はできない。)。
しかし,上記長期評価のWとDの設定には,以下のような問題があり,
抗告人ら指摘の相違があることから,相手方のMwの想定が不合理であ
るとはいうことはできない。
aすべり量
-231-
上記長期評価は,変位量が地表変位量と同じであるとの仮定に基づ
き,すべり量Dを2〜7mと設定しているところ,室谷(2010)によ
れば,地表最大変位量は断層長さLがほぼ100㎞で約10mに飽和
し,かつ,地表最大変位量はDの概ね2~3倍に収まるというのであ
り,これによれば,130㎞ケースのDは3〜5mとなる。また,壇
ほか(2011)では,Lが80㎞でDが約3mで飽和するというのであ
り,これによれば,130㎞ケースのDは3mとなる。そして,上記
長期評価がなされた当時は,地震本部のレシピではDが飽和しないこ
とを前提とするSomervilleetal.(1999)及び入倉・三宅(2001)経
験式のみが採用されていたものの,その後,平成28年改訂レシピで
Dが飽和することを前提とするMurotanietal.(2015)の経験式(上
記室谷(2010)と同旨)が採用されたことに鑑みると,上記長期評価
のDの想定は過大であり,これにより長期評価のMoとMwも過大に
なっていると認められる。
b断層幅
上記長期評価は,130㎞ケースの断層幅Wを20〜30㎞と想定
しているのに対し,相手方は,Wを12.7〜13㎞と想定しており
(別表1),かなりの相違がある。
そこで,相手方のWの想定の相当性について検討すると,以下の事
実が認められる。
相手方は,地震発生層上端深さについて,①気象庁一元化震源をも
とにした本件敷地を中心に半径約100㎞の範囲内において50㎞以
浅で発生した内陸地殻内地震の震源深さ(2~12㎞),②本件敷地
周辺及びその近傍において平成9年10月から平成23年12月まで
の間に発生した深さ25㎞以浅の地震を対象とする累積度数10%の
評価(5~6㎞),③深部ボーリングにおけるPS検層(ダウンホー
-232-
ル法)によって求めた地盤のP波速度Vp,本件敷地周辺における屈
折法地震探査結果によって本件敷地及びその前面海域の地下1.5~
2㎞を下端として広がる三波川変成岩類について求めたP波速度(V
p=6㎞/秒となる層上面は得られなかったこと)及び中央構造線断
層帯周辺(ただし,四国東部)のVp=6㎞/秒相当層の深さに関す
る知見(5㎞程度),④本件敷地付近における中央構造線断層帯を三
波川変成岩類と領家花こう岩類の会合部と捉えた場合における上記屈
折法地震探査結果に基づくその上端深さ(2㎞程度),以上の諸点を
比較検討し,内陸地殻内地震の地震動評価で用いる地震発生層上端深
さを2㎞と設定した(乙11-6-5-24〜25)。
一方,地震発生層下限深さについて,①上記気象庁一元化震源をも
とにした検証,②地震波トモグラフィ解析の結果得られた,地震発生
層の下限深さとなる高温領域の存在を示唆する高Vp/Vs比領域(V
sはS波速度)の上端(すなわち,低Vp/Vs比領域の下限)深さ
(15㎞),③本件敷地周辺のキュリー点深度(岩石が磁性を失う温
度に達する深度)に関する知見(約11㎞)及び断層面下端深度とキ
ュリー点深度との相関関係に関する知見による仮説(16.5㎞),
④本件敷地周辺におけるキュリー点深度との比から算出した地殻熱流
量や深部ボーリングの掘削で得られたデータを用いて算出された地殻
熱流量の値を基に推定される累積度数90%の深度(15㎞程度),
⑤中央構造線の長期評価が示す中央構造線断層帯の地震発生層の下限
深さ(概ね15㎞),以上の諸点を比較検討し,内陸地殻内地震の地
震動評価で用いる地震発生層下限深さを15㎞と設定した(乙11-
6-5-25〜28)。
以上によれば,相手方は,地震発生層の上端及び下端のいずれにつ
いても,複数の観点から実測値,知見に基づく仮説を総合して設定し
-233-
たものといってよいし,その設定結果も保守的であるといって差し支
えないから,相手方が設定した地震発生層の厚さ,すなわち,鉛直モ
デルにおける15㎞-2㎞=13㎞という断層幅Wの設定も,一応合
理的であるといえる。
以上認定した事実を前提とすると,上記長期評価のWの想定は過大
であり,これにより長期評価の地震モーメントMoとモーメントマグ
ニチュードMwも過大になっていると認められる。
54㎞,69㎞及び130㎞の各鉛直モデルへの耐専式の適用を排除
したこと(原決定第3の3⑴抗告人らの主張欄a)
耐専式は,気象庁マグニチュードMと等価震源距離(面的な広がりを
持つ震源断層から受けるエネルギーと同じエネルギーを放つ仮想の点震
源までの距離,以下「Xeq」と表記する。)等をパラメータとして応
答スペクトルを得る距離減衰式であって,過去に発生した実際の地震の
データ(データの範囲はM=5.5〜7.0,Xeq=28㎞〜202
㎞)を回帰分析し,地震動の応答スペクトルの平均的な値を経験的に算
出するものである(M>8.0については,理論的手法によって外挿し,
M=8.5までの地震の地震動評価に供するようにしている。)(原子
力発電所耐震設計技術指針〔平成28年3月30日発行〕,乙168)。
耐専式は,断層最短距離を用いる他の距離減衰式に比べ,震源断層の
持つエネルギーの強さを評価に反映することができ,①解放基盤表面の
強震動として評価できること,②水平方向及び鉛直方向の強震動が評価
できること,③震源の拡がりを考慮できること,④敷地における強震観
測記録を用いて地域特性等が考慮できることといった長所が指摘されて
いる(甲D112,乙31)。
耐専式では,マグニチュードと等価震源距離が与えられると,周期0.
02秒から5秒までの特定の8つの周期に対する応答値が決まり,8つ
-234-
の周期とその周期に対する応答値を,横軸を周期,縦軸を応答速度とし
たグラフ上にプロットし,それら8つの点を結ぶことにより,地震基盤
における応答スペクトルが得られる。この8つの周期に対する応答値(グ
ラフの座標点)はコントロールポイントと呼ばれ,各コントロールポイ
ントは,4段階のマグニチュード(M6,M7,M8,M8.5)につ
いて,それぞれ「遠距離」「中距離」「近距離」「極近距離」の4種類の等
価震源距離が設定されており,設定されていない任意のマグニチュード
と等価震源距離に対するコントロールポイントの値についても,表で得
られた応答値を基にマグニチュードと等価震源距離とで補正して求める
ことができる。しかし,コントロールポイントが設定された極近距離(M
8.5:Xeq=40㎞,M8:Xeq=25㎞,M7:Xeq=12
㎞,M6:Xeq=6㎞)より近傍の地震については,そもそもコント
ロールポイントが設定されておらず,現時点ではそのような近傍で発生
した地震への適用は予定されていない(乙168)。
耐専式による評価では,①敷地前面の短い断層のみを想定した場合に
は,地震規模は小さくなるが,等価震源距離は近くなるの対し,②長い
断層を想定した場合には地震規模は大きくなるが,等価震源距離は遠く
なるため,短い断層の地震動①より長い断層の地震動②が小さくなる可
能性があり,また,断層最短距離が同じであっても,断層傾斜が離れる
場合は,等価震源距離が遠くなるため,地震動は小さくなり,断層傾斜
が近づく場合は,等価震源距離が近くなるため,地震動は大きくなる。
そして,相手方は,①54㎞ケース,②69㎞ケース,③130㎞ケ
ース,④480㎞ケースにつき,それぞれ断層の傾斜角を鉛直とする場
合(鉛直モデル)及び北傾斜とする場合(北傾斜モデル)をそれぞれ想
定して評価し(別表1),断層最短距離を用いる他の距離減衰式によっ
た場合と比較したこと,その結果,ⅰ④の鉛直モデル及び北傾斜モデル
-235-
は,想定される地震規模に応当する等価震源距離が極近距離よりも大き
くなり,耐専式の適用可能な範囲に収まり,ⅱ①ないし③の各北傾斜モ
デルは,想定される地震規模に応当する等価震源距離が極近距離よりも
小さくなったものの,震源近傍における適用性を検証したデータが既に
存在する範囲にある上に,内陸補正を適用することによって他の距離減
衰式による評価と整合的であったが,ⅲ①ないし③の各鉛直モデルにつ
いては,想定される地震規模に応当する等価震源距離が極近距離よりも
小さいのみならず,内陸補正を施しても,なお他の距離減衰式による評
価と重なるところがほとんどなく,大きく乖離する結果となったため,
耐専式の適用が相当でないと判断したものであり(乙31-122〜130),
これによれば,相手方が①ないし③の各鉛直モデルに耐専式を適用しな
かったことは合理的であると認められる。
抗告人らが指摘するとおり,国内の地震記録中には,例えば,鳥取県
西部地震における賀祥ダム(M7.3,Xeq=6㎞)や兵庫県南部地
震における神戸大(M7.3,Xeq=16㎞)にあっては,内陸補正
を施すことによって乖離がほぼ解消される結果となった事例がある(甲
D112)ものの,上記地震後の平成21年に開催された原子力安全委
員会の会合においても,等価震源距離が極近距離を下回るケースに耐専
式を適用する場合は十分な吟味を要するとされていること(乙170,
172),上記のコントロールポイントの見直し作業は平成29年3月
時点でも未了である(甲F・18頁)ことに照らすと,抗告人ら指摘の上
記各地震の例のみでは,相手方が①ないし③の各鉛直モデルへの耐専式
の適用を排除したことの合理性を左右するに足りない。
また,抗告人らは,相手方が上記各ケースについて適用した耐専式以
外の複数の距離減衰式に大野ほか(2001)が含まれていないことや一部
の距離減衰式の適用が外挿になるなどとして,相手方の距離減衰式の適
-236-
用の合理性を争う(甲F77〜83)が,相手方は,これら複数の距離
減衰式の適用結果を相互に比較し,かつ,①と③については断層モデル
を用いた手法で算定した地震動とも比較して(②については断層モデル
が設定されていない。別表1),基準地震動を算定したものであり(乙
31-122〜130),①の54㎞鉛直モデルに大野ほか(2001)を適用し
た結果が耐専式を適用した結果と整合するかどうかも明らかでなく,抗
告人らが上記で指摘する点も,上記の判断を左右しない。
耐専式の不確かさの考慮(原決定第3の3⑴抗告人らの主張欄
り,経験式の変数(パラメータ)の設定に際し,上記の偶然的不確定性
及び認識論的不確定性を考慮に入れ,地域特性を踏まえた幅のある設定
をする(耐専式については,地震規模及び等価震源距離について幅のあ
る設定をする)ことを要すると解される。
そして,相手方は,後記のとおり断層長さLにつき①54㎞ケース,
②69㎞ケース,③130㎞ケース,④480㎞ケースを想定して,そ
れぞれの地震規模を算定し,断層傾斜角についても,鉛直である可能性
が高い(後記)ものの,それぞれのケースにつき鉛直モデルのほ
かに北傾斜モデルを設定し,その結果,①ないし③の各北傾斜モデルに
耐専式の適用が可能となったものであって,相手方は,地域特性を踏ま
えた幅のある設定をすることで,不確かさを適切に考慮しているという
ことができる。
抗告人らの主張の,データのばらつきを定量的に予測結果(経験式の
加えて,相手方は,耐専式を適用したケース(①ないし③の各北傾斜
モデル,④の鉛直及び北傾斜モデル)で内陸補正をしていない(別表1)
-237-
ところ,内陸補正は,耐専式が海洋プレート内地震やプレート間地震か
ら得られたデータベースに多くを依拠していることに鑑み,応答スペク
トルによる地震動評価に耐専式を適用する際,内陸地殻内地震について
耐専式をそのまま適用した場合よりも全体的に小さい地震動評価を得て,
もって,適正な地震動評価を行うために施される処理である(乙269)
から,相手方は,内陸補正をしなかった上記ケースについては,保守的
に地震動評価を行ったということができる。
この点につき,抗告人らは,上記主張において,耐専式の適用に当た
って内陸補正を施さないのは,新潟県中越沖地震(超過事例③)を踏ま
えて短周期レベルを1.5倍する必要がある旨地震ガイドにおいて求め
られていることを受けたものに過ぎず,単に内陸補正を施さないだけで
は不確かさの考慮として十分でない旨主張するが,地震ガイドが新潟県
中越沖地震(超過事例③)を前提とした不確かさとして考慮を求めてい
るのは,断層モデルを用いた手法による地震動評価において震源モデル
を設定する際のアスペリティの応力降下量に関する指摘であって(地震
ガイド3.3.2⑷①2)),応答スペクトルに基づく地震動評価を行
う場合の指摘ではないと解されるから,この主張も採用できない。
相手方が南傾斜モデルを想定しなかったこと(原決定第3の3⑴抗告
人らの主張欄
相手方は,①54㎞ケース,②69㎞ケース,③130㎞ケース,④
480㎞ケースにつき南傾斜モデルを想定しない一方,断層モデルによ
る手法では,①③④につき南傾斜モデルを不確かさの考慮として想定し
ている(別表1)。
しかし,①ないし③は,鉛直モデルでさえ耐専式の極近距離を下回る
から,これによりさらに等価震源距離が短くなる南傾斜モデルに耐専式
を適用できないことは明らかであり,その余の複数の距離減衰式は,い
-238-
ずれも断層最短距離を使用するものであるから,鉛直モデルでも南傾斜
モデルでも地震動評価は変わらない。
一方,④では,等価震源距離が長いため,南傾斜モデルでも耐専式は
適用可能であり,その場合には,鉛直モデルよりも地震動が大きくなる
ことになるが,もともと等価震源距離が長いことや,応答スペクトルに
基づく地震動評価が最も大きかったことに照らすと,④で南傾斜モデル
を想定しなかったことも,地震動評価には影響しないと考えられる。
よって,抗告人らの主張は採用できない。
応答スペクトルに基づく地震動評価における入倉・三宅(2001)の適

抗告人らは,応答スペクトルに基づく地震動評価において,入倉・三
宅(2001)によって地震規模を算定する方法(断層面積Sに入倉・三宅
(2001)を適用して地震モーメントMoを算定し,これに武村式を適用
して気象庁マグニチュードMを求める方法)を併せて考慮すべきと主張
する。
しかし,応答スペクトルに基づく地震動評価における地震規模の算定
は,断層長さLに松田式を適用してMを求める方法が確立されており(抗
告人らの上記主張に沿う知見は,本件で証拠として提出されていない。),
また,Sに入倉・三宅(2001)等のS-Mo経験式を適用してMoを算
定する方法は,断層モデルを用いた地震動評価として,応答スペクトル
に基づく地震動評価と相補的に考慮した上で基準地震動を算定すること
が予定されている(地震ガイド)から,抗告人らの主張は採用できない。
イ断層モデルを用いた手法による地震動評価
地震動評価の手法
a地震ガイド(乙39)
地震ガイドは,3.3.2断層モデルを用いた手法による地震動評
-239-
価⑷①1)において,震源断層のパラメータは,活断層調査結果等に
基づき,地震調査研究推進本部による「震源断層を特定した地震の強震
動予測手法」等の最新の研究成果を考慮し設定されていることを確認す
るとする一方,末尾の附則では,本ガイドに記載されている手法等以
外の手法等であっても,その妥当性が適切に示された場合には,その
手法等を用いることは妨げないとしている。
b平成29年改訂レシピ(乙354,入倉・三宅(2001),入倉(2004),
入倉(2009))
総論
従来の強震動予測は,起震断層の長さや代表的変位量から地震マグ
ニチュード(気象庁マグニチュード)を推定し(松田式),地震動
に関するマグニチュード-距離の関係式(距離減衰式)から対象地域
の最大加速度,最大速度,あるいは震度などを推定するものであった
(応答スペクトルに基づく地震動評価)。しかし,地震動を生成す
る主要な断層運動は地下にある断層面での動きで,地表に現れる断
層変位は地下にある断層の運動の結果に過ぎないから,地表断層の
動きのみから断層運動全体を特性化することは困難であり,強震動
を予測する上で重要なのは断層運動と強震動の関係にある。このよ
うな問題意識に基づき,震源断層に適当なすべり分布と破壊伝播を
想定して求められる強震動と観測記録を比較することにより大地震
の破壊過程を推定する研究が開始され,強震動記録や遠地地震記録
を用いて断層面でのすべり分布を波形インバージョンにより求める
研究へ発展した。
そして,強震動記録を用いた断層破壊過程推定のための波形イン
バージョンの結果から,大地震のときの断層運動は一様ではなく震
源断層面上のすべり分布は不均質なこと及び地震災害に関係する強
-240-
震動の生成は断層運動の不均質性によること(特定の活断層に起因
する地震によって生じる強震動では,従来知られていた断層面積や平
均すべり量のみならず,すべり分布の不均質性が重要な役割を果たし
ていること)が明らかになるとともに,震源断層パラメータが地震
モーメントに関して2つのスケーリング則によって支配されている
ことも明らかになってきた。スケーリング則の1つは震源断層の全
破壊域の面積と地震モーメントの関係を与えるもので,これらのパ
ラメータを巨視的断層パラメータと呼ぶ。もう1つは震源断層内の
アスペリティの総面積を地震モーメントの関数として与えるもので,
この関係から震源断層内のアスペリティの分布およびそこでの応力
降下(あるいは実効応力)が与えられ,これらのパラメータを微視
的震源パラメータと呼ぶ。これらの2つのスケーリング則に基づい
て,強震動の計算に必要とされる震源断層の面積,地震モーメント,
さらに震源断層内の不均質な応力やすべり分布のモデル化が可能と
なる(断層モデルを用いた手法による地震動評価)。
レシピは,以上の考え方に基づき,地震調査委員会において実施
してきた強震動評価に関する検討結果から,強震動予測手法の構成
要素となる震源特性,地下構造モデル,強震動計算,予測結果の検
証の現状における手法や震源特性パラメータの設定にあたっての考
え方について取りまとめたものである。
レシピは,震源断層を特定した地震を想定した場合の強震動を高
精度に予測するための,「誰がやっても同じ答えが得られる標準的
な方法論」を確立することを目指しており,今後も強震動評価にお
ける検討により,修正を加え,改訂されていくことを前提としてい
る。
ここに示すのは,最新の知見に基づき最もあり得る地震と強震動
-241-
を評価するための方法論であるが,断層とそこで将来生じる地震お
よびそれによってもたらされる強震動に関して得られた知見は未だ
十分とは言えないことから,特に現象のばらつきや不確定性の考慮
が必要な場合には,その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟
味・判断した上で震源断層を設定することが望ましい。
特性化震源モデルの設定では,断層全体の形状や規模を示す巨視
的震源特性,主として震源断層の不均質性を示す微視的震源特性,
破壊過程を示すその他の震源特性,という3つの震源特性を考慮し
て,震源特性パラメータを設定する。
このうち,内陸地殻内地震の巨視的震源特性及び微視的震源特性
は,以下のとおりである。
巨視的震源特性
ⅰ震源断層モデルの大きさ及び地震規模の設定については,過去
の地震記録や調査結果などの諸知見を吟味・判断して震源断層モ
の手法)がある。
ⅱ断層長さLと断層幅Wから断層面積Sを求め,
次いで,地震モーメントMoとSの経験的関係からMoを算出す
る。具体的には,①ステージ1では,Somervilleetal.(1999)
を,ステージ2では,入倉・三宅(2001)を,ステージ3ではMurotani
etal.(2015)をそれぞれ用いること,②入倉・三宅(2001)を適
用するのはMo=7.5×1018
(Mw=6.5相当)以上Mo
=1.8×1020
(Mw7.4相当)(S=1800㎢となる。)
以下とし,Murotanietal.(2015)を適用するのはMo=1.8×
1020
を上回る地震とする(ただし,この式の基になったデータ
-242-
分布の上限値Mo=1.1×1021
〔S=1万1000㎢となる。〕
に留意する必要がある。)が,③原理的にはWや平均すべり量D
が飽和しているかどうかでスケーリング則が変わるため,Wが飽
和していない場合はSomervilleetal.(1999)を,Wが飽和して
いる場合は入倉・三宅(2001)を適用するのが合理的であり,W
とDの両方が飽和している場合はMurotanietal.(2015)を適用
するのが望ましい。
そして,このように算出されたMoとSに基づき,後記の微視
的震源特性のパラメータを設定する。
ⅲ長期評価で評価された地表の活断層長さLから
推定される地震規模から,地震規模に見合うように震源断層の断
層モデルの面積を経験的関係により推定する。具体的には,Lに
松田式を適用して地震規模(気象庁マグニチュードM)を求め,
Mに武村式を適用してモーメントマグニチュードMwを求める。
ただし,Lがおおむね80㎞を超える場合は,松田式の基になっ
たデータの分布より,松田式の適用範囲を逸脱するおそれがある
ため,例えば,の方法や活断層長期評価手法(2010)記載の方
法(セグメント分けをして各セグメントの地震モーメントMoを
合算する方法)など,過去の地震の例を参考にしながら,適宜適
切な方法でM及びMoを算定する必要がある。次に,このように
求められたMoにつき,地震規模に応じて,ステージ1では
Somervilleetal.(1999)を,ステージ2では入倉・三宅(2001)
を,ステージ3ではMurotanietal.(2015)を各適用して断層面
積Sを算出する。次に,このように求められたSをLで除して断
層幅Wを求める。仮にこのWが広く,地震発生層の下端深さを大
きく越えてしまうような場合には,Wを地震発生層を越える一定
-243-
限度までで止め,この一定限度を超えた部分については,Sに合
うようにLを仮想的に延長する(一定限度を越えた部分を震源断
層の長さ方向に付加する)ことにより調整し,震源断層モデルを
設定する。その結果,震源断層長さとして,当初得られた地表の
活断層とは異なる数値が設定され,断層幅も地震発生層の下端を
越えて,広く(深く)設定される(このような整形作業により設
定される仮想的L,仮想的W,それらの積によって算出される仮
想的Sを,「Lmodel」「Wmodel」「Smodel」という。)。
そして,このように算出されたMoとSmodelに基づき,後記
の微視的震源特性のパラメータを設定する。
微視的震源特性
ⅰアスペリティの位置
アスペリティの位置については,起震断層の変位量分布を詳細
に調査した最近の研究では,震源断層浅部の変位量分布と起震断
層の変位量分布とがよく対応することが明らかにされている。こ
れにより,震源断層モデルのアスペリティの位置は,活断層調査
から得られた1回の地震イベントによる変位量分布,もしくは平
均変位速度(平均的なずれの速度)の分布より設定する。しかし,
この推定方法は,震源断層深部のアスペリティの位置が推定され
ないなど,不確定性が高い一方,アスペリティの位置の違いは,
強震動予測結果に大きく影響することがこれまでの強震動評価結
果から明らかになっているので,アスペリティの位置に対する強
震動予測結果のばらつきの大きさを把握するため,複数のケース
を設定しておくことが,防災上の観点からも望ましい。
ⅱ短周期レベル(A)とアスペリティの総面積Sa
アスペリティの総面積Saは,強震動予測に直接影響を与える
-244-
短周期領域における加速度震源スペクトルのレベル(A)と密接
な関係があり,A=2.46×1010
×(Mo×107
)1/3
の経
験式が用いられている(⑿式,以下「壇ほか(2001)」という。)。
そして,震源断層を半径Rの,アスペリティを半径rの円形と
それぞれ仮定(円形破壊面を仮定)した場合(S=πR2
,Sa=
πr2
),「S,Mo,A」と「R,r,⊿σ,Sa,⊿σa」と
の間には,⑿〜⒂式,(21-1)(21-2)(22-2)式のとおりの経
験的関係があり,これにより平均応力降下量⊿σ,アスペリティ
面積Sa,アスペリティ応力降下量⊿σaを求めることができる。
一方,最近の研究成果から,内陸地震によるSaの占める割合
(アスペリティ面積比,Sa/S)は,平均22%(Somerville
etal.(1999)),15%~27%(国内の知見)であり,拘束条
件にはならないが,こうした値も参照しておく必要がある。
断層長さLが断層幅Wに比べて十分に大きい長大な断層に対し
て,円形破壊面を仮定することは必ずしも適当ではないことが指
摘されている。レシピでは,巨視的震源特性であるMoを,円形
破壊面を仮定しない入倉・三宅(2001)及びMurotanietal.(2015)
から推定しているが,微視的震源特性であるSaの推定には,円
形破壊面を仮定したスケーリング則から導出される⑿~⒂式を適
用している。このような方法では,結果的にSが大きくなるほど,
既往の調査・研究成果と比較してSaが過大評価となる傾向にあ
るため,微視的震源特性についても円形破壊面を仮定しないスケ
ーリング則を適用する必要がある。しかし,長大な断層のアスペ
リティに関するスケーリング則については,そのデータも少ない
ことから,未解決の研究課題となっている。そこで,このような場
合には,⑿~⒂式を用いず,Somervilleetal.(1999)のアスペ
-245-
リティ面積比Sa/Sについての知見(約22%)からSaを推
定する方法がある。ただし,この場合には,アスペリティ応力降
下量⊿σaの算出方法にも注意する必要がある。
ⅲアスペリティ・背景領域の平均すべり量
アスペリティの平均すべり量Dは,震源断層全体のDの2倍と
する(⒃式,アスペリティの地震モーメントMo,背景領域のM
o及び背景領域のDの算定は,⒄〜⒆式)。
ⅳ震源断層全体及びアスペリティの静的応力降下量と実効応力及
び背景領域の実効応力
アスペリティ応力降下量⊿σaは,
⊿σa=(S/Sa)・⊿σ(21-1)式
により求められる(⊿σaは,アスペリティ面積比Sa/Sに反
比例して増大する。)。
また,⊿σaは,円形破壊面を仮定できる規模の震源断層では,
(21-1)式と等価な式として,⒁式を変形した
⊿σa=(7/16)・Mo/(r2
・R)(21-2)式
によっても算出できる。
一方,長大な断層に関しては円形破壊面を仮定して導かれた⒀
式を用いたアスペリティの等価半径rを算出する方法には問題が
あるため,(21-2)式を用いることができない。この場合には,
(21-1)式から⊿σaを求める。Sa/Sは,Somervilleetal.
(1999)に基づき約22%とする。なお,平均応力降下量⊿σにつ
いては,FujiiandMatsu'ura(2000)の研究成果があり,⊿σ=
3.1M㎩を導出している。例えば,⊿σとしてこの3.1M㎩
を用いると,(21-1)式から⊿σaは約14.4M㎩となり(S
a/S=21.5%として計算),既往の調査・研究成果とおお
-246-
よそ対応する数値となる。ただし,FujiiandMatsu'ura(2000)
の上記3.1M㎩は横ずれ断層を対象とし,いくつかの条件下で
導出された値であり,その適用範囲等については今後十分に検討
していく必要があるが,長大断層の⊿σに関する新たな知見が得
られるまでは暫定値としては⊿σ=3.1M㎩を与えることとする。
円形破壊面を仮定せずアスペリティ面積比を22%,静的応力
降下量を3.1M㎩とする取扱いは,暫定的に,以下のいずれか
の断層の地震を対象とする。
ⅰ断層幅と平均すべり量とが飽和する目安となるMo=1.8
×1020
(S=1800㎢)を上回る断層。
ⅱMo=1.8×1020
(S=1800㎢)を上回らない場合
でも,アスペリティ面積比が大きくなったり背景領域の応力降
下量が負になるなど,非現実的なパラメータ設定になり,円形
クラックの式を用いてアスペリティの大きさを決めることが困
難な断層等。
なお,断層幅のみが飽和するような規模の地震に対する設定方
法に関しては,今後の研究成果に応じて改良される可能性がある
(以下,円形破壊面を仮定して平均応力降下量⊿σ,アスペリテ
ィ面積比Sa/S,アスペリティ応力降下量⊿σaを設定する方
法を「原則的方法」と,円形破壊面を仮定せず⊿σ=3.1M㎩,
Sa/S=22%(21.5%),⊿σa=14.4M㎩に固定
する方法を「例外的方法」という。)。
c壇ほか(2011)(入江(2014))
壇ほか(2011)は,
①ⅰ現行の強震動予測手法では,地中震源断層は地震発生層の中
にあるとされ,それよりも浅い部分は被害に直結する強震動を
-247-
放出しないとして断層面積には算入されていない(断層モデル
を用いた手法による地震動評価)のに対し,地質学分野では,
活断層の長さを与条件とした経験的関係式から地中震源断層を
考慮することなく地震規模や地表地震断層の変位量などが予測
されている(応答スペクトルに基づく地震動評価)が,本来は
地震動も地表変位も地中震源断層が破壊したことによる結果で
あるのに現在まで両者を物理的に関係づける震源断層モデルが
提案された例はなく,また,震源近傍では強震動とともに地盤
変動による被害も予想されることから,地表地震断層による地
盤変動と地中震源断層による地震動が同時に予測できる断層モ
デルを構築することが地震被害を低減する上で非常に重要であ
る,
ⅱ内陸地震のうち,特に横ずれ断層に起因する地震を想定する
と,中央構造線のようにその全長が極めて長いとき(面積の大
きい震源断層を設定するとき),標準的な強震動予測手法(レ
シピの原則的方法)では,アスペリティの面積が断層面積の5
0%を超えて背景領域のすべり量が負となる(アスペリティと
背景領域が逆方向にすべるという不自然な挙動が生じてしまう)
場合があるが,この問題の根本的な原因は,平均応力降下量の
算定に円形クラック式(⊿σ=(7/16)・Mo/R3
,平成
29年改訂レシピ(22-2)式)を適用していることにあり,円
形クラック式に代わる応力降下量算定式を求め,長大断層にも
適用できる合理的な断層パラメータの算定法を確立することが
現在の強震動予測において早急に解決しなければならない重要
な課題である,
との問題意識に基づき,
-248-
②長大断層にまで適用可能な平均動的応力降下量の算定式として,
Irieetal.(2010)の(強震動の生成と地表地震断層のすべり量の
両方を物理的に説明できる)動力学的断層破壊シミュレーション
から導かれた以下の関係式
⊿σ=c・Mo/(SWmax)
c=0.5+2e−L/Wmax
(eは自然対数の底であり,係数cは断層のアスペクト比〔L/
Wmax〕が増大すると減少し,下限の0.5に接近する。)
を,国内9地震,海外13地震(震源断層の断層長さL及び断層
幅Wは,17㎞≦L≦432㎞,10㎞≦W≦30㎞)のデータ
に当てはめ(ただし,前記経験式の適用に際してはWmax=15㎞
と仮定),これら22の地震の平均動的応力降下量の幾何平均値
を3.4M㎩と,アスペリティ動的応力降下量の幾何平均値を1
2.2M㎩とそれぞれ算出し(ただし,アスペリティ動的応力降
下量の幾何平均値12.2M㎩は,前記各地震のうち短周期レベ
ルAの判明している国内3地震,海外2地震のみの平均),
③上記②の⊿σ=3.4M㎩と⊿σa=12.2M㎩を既定値と
して断層モデルを設定し,これにより,上記①ⅰの地表地震断層
と地中震源断層を物理的に繋ぐ断層パラメータ算定手法と,上記
①ⅱの従来の手法では設定できなかった長大断層にまで適用でき
る合理的な断層パラメータの算定手法の双方を確立すること,
を提唱するものである。
そして,壇ほか(2012)では,壇ほか(2011)が提案した方法に従
って,活断層の長さLが25㎞,50㎞,100㎞,200㎞,4
00㎞の5つの場合のアスペリティモデルのパラメータを算定した
うえで,Lが50㎞,100㎞,400㎞の3つの場合の強震動を
-249-
統計的グリーン関数法により試算し,2000年鳥取県西部地震の
記録,2002年アラスカDenali地震の記録,司・翠川(1999)の
距離減衰式と比較したところ,整合する結果が得られたとされてい
る。
また,藤堂ほか(2012)では,壇ほか(2011)が提案した方法に従
って,Lが360㎞の中央構造線の断層モデルを設定し,統計的グ
リーン関数法によって強震動を試算したところ,司・翠川(1999)
の距離減衰式による推定値及び2002年アラスカDenali地震の記
録と整合する結果が得られたとされる。
さらに,壇ほか(2016)では,壇ほか(2011)が海外の地震に適用
できるかを検証するために,1999年トルコKocaeli地震
を対象とした震源モデルを作成し,統計的グリーン関数法による地
震動評価結果と観測記録との比較を行ったところ,整合する結果が
得られたなどとされている。
しかし,この見解は,レシピでは未だに採用されていない(上記
のとおり,壇ほか(2011)が既定値として用いることを提唱して
いるアスペリティ動的応力降下量の幾何平均値12.2M㎩は,上
各地震のうち短周期レベルAの判明している国内3地震,
海外2地震のみの平均であり,抗告人らが指摘するとおり,既定値
として用いるにしては基データが少ないという難点があることは否
定できない。島﨑元委員長代理も,平成26年9月12日の原子力
規制委員会の会合において,壇ほか(2011)について,「この壇さん
のやつは,アスペリティと,それから全体のStressdrop(応力降下
量)を決めて,それが一定という形で,ある意味非常にすっきりし
て,いろんなところで使えるという意味では便利なんですけれども。
壇さんも書かれているように,データが少ないですね。特に・・・
-250-
短周期レベルAについてですが。・・・データが五つしかない。」
などと発言している〔甲F86・89頁〕。)。
dFujiiandMatsu’ura(2000)(乙354)
FujiiandMatsu’ura(2000)は,長大断層に対する地震モーメント
Moと断層形状(断層幅Wと断層長さL)との関係式として,以下の
関係式を提案している(a,bは構造依存のパラメータ)。
Mo={WL2
/(aL+b)}・⊿σ
そして,内陸の長大な横ずれ断層に対する関係式としては,W=1
5㎞,a=1.4×10-2
,b=1.0を仮定した上で,収集した観
測データに基づく回帰計算により,平均応力降下量⊿σ=3.1M㎩
を導出している。
この見解は,レシピでは,上記bのとおり,円形破壊面を仮定した
方法でアスペリティ面積比Sa/Sが過大になる場合の⊿σの(暫定
的な)既定値として部分的に採用されているが,Mo算出のためのS
-Mo経験式としては採用されていない。
e検討
上記c,dのとおり,断層モデルを用いた手法による地震動評価に
おいて相手方が用いた手法のうち,壇ほか(2011)はレシピでは採用さ
れておらず,FujiiandMatsu’ura(2000)もレシピで部分的に採用さ
れているにとどまるところ,抗告人らは,本件で壇ほか(2011)及びFujii
andMatsu’ura(2000)を用いることは基準地震動の過小評価につなが
ると主張しているので,上記aの地震ガイドの記載に照らし,壇ほか
(2011)及びFujiiandMatsu’ura(2000)を用いることについて「その
妥当性が適切に示され」ているかどうかを検証する必要がある。
そこで,以下においては,個別の争点の判断に先立って,①54㎞
(基本モデル),②130㎞(基本モデル),③480㎞(基本モデ
-251-
ル)を取り上げ,地震動に与える影響の大きいパラメータ(地震モー
メントMo,平均応力降下量⊿σ,アスペリティ応力降下量⊿σa)
につき,相手方の設定とレシピを適用した場合の結果を比較検討して
おくこととする(なお,相手方は,上記①では,レシピの入倉・三宅
(2001)の経験式を壇ほか(2011)の経験式と併用している(別表1)
が,抗告人らは,相手方の用いた〔断層長さLと断層幅Wの
積により断層面積S算出→Sに入倉・三宅(2001)を適用してMo算
出→MoとSから微視的震源特性のパラメータ設定〕
手法〔Lに松田式を適用して気象庁マグニチュードM算出→Mに武村
式を適用してMo算出→Moに入倉・三宅(2001)を適用してS算出
→SをLで除してW算出→断層の整形作業をしてLmodelとWmodel
の積によりSmodel算出→MoとSmodelから微視的震源特性のパラ
メータ設定〕によるべきであり,⊿σ及び⊿σaの設定も過小である
と主張しているので,①についても検討する必要がある。)。
①54㎞(基本モデル,S=702㎢,別表1)
ⅰ相手方の設定(乙31-54)
入倉・三宅(2001),例外的方法)
Mo=2.74×1019
⊿σ=3.1M㎩
⊿σa=14.4M㎩
壇ほか(2011)
Mo=5.84×1019
⊿σ=3.4M㎩
⊿σa=12.2M㎩
ⅱ検討
上記入倉・三宅(2001
-252-
例外的方法によったものであるが,原則的方法によった場合の設
定は,当審長沢意見書によれば,以下のとおりとなる(甲F18・
21頁)。
入倉・三宅(2001原則的方法)
Mo=2.74×1019
⊿σ=3.6M㎩
⊿σa=13.4M㎩
これによれば,入倉・三宅(2001
方法よりも,相手方の用いた例外的方法の方が,⊿σaが大きく
保守的といえる。
一方,入倉・三宅(2001った場合の設定は,
長沢意見書によれば,以下のとおりとなる(甲D326・16〜17
頁,甲F18・21頁)。
入倉・三宅(2001)(の手法,Smodel=885㎢)
Mo=5.36×1019
⊿σ=5.0M㎩
⊿σa=22.5M㎩
しかし,長沢意見書は,⊿σについては,原則的方法で5.0
M㎩と設定する一方,Sa/Sについては,原則的方法によると
41.1%と過大になるとして,例外的方法によりSa/S=約
22%と設定し,これを前提に⊿σa=22.5M㎩(≒5.0
M㎩÷0.22)と設定しており,このように原則的方法と例外
的方法を混在させる方法は,レシピに照らし相当ではない。
抗告人らは,このような方法も許容されると主張し,甲F31,
48,84を提出する。
しかし,甲F31は,原則的方法により「パラメータ設定が不
-253-
安定になる場合には,・・・平均応力降下量をFujiiand
Matsu’ura(2000)による3.1M㎩,アスペリティ面積比(Sa
/S)をSomervilleetal.(1999)による約22%に固定する手
法が採用されている。これを「暫定的に」適用するのも一案であ
る。ただし,この場合,震源モデル全体の短周期レベルが壇・他
(2001)の関係よりも小さくなることから,平均応力降下量また
は面積比のどちらかのみを一定とするモデル化手法も考えられる。」
としているのであって,原則的方法と例外的方法を混在させる方
法は,2次的な試案として提言されているにすぎないから,上記
の判断を左右しない。甲F48は,「Sa/S=22%,平均応
力降下量を3.1M㎩を仮定する方法は,長大断層のパラメータ
設定に関する新たな知見が得られるまでの当面の暫定的な扱いと
考えており,特段「推奨」とまで言えるものではないと考えてお
ります。」というものであって,例外的方法の適用範囲について
述べた趣旨と解され,抗告人ら主張のように原則的方法と例外的
方法を混在させる方法を許容する趣旨とまでは解されない。甲F
84は,平成26年2月12日の原子力規制委員会の審査会合に
おいて,相手方担当者が「引き続きまして,21ページから,ア
スペリティの応力降下量の不確かさについてでございます。22
ページですけれども,コメントの内容というのはどういうものだ
ったかと申しますと,アスペリティの応力降下量の不確かさケー
スにおいて,アスペリティの面積比にこだわらず保守的に評価す
ることということで,1.5倍のケースの検討でございます。2
3ページに,もうちょっと詳しく書いていますけども,応力降下
量の不確かさ,1.5倍の検討において想定したケースというの
は,アスペリティの応力降下量として,壇・他(2011)から算定さ
-254-
れる値を1.5倍した18.3M㎩というのをアスペリティのほ
うに置いてございました。ですけども,これをもうちょっとアス
ペリティの面積を調整するとして,保守的な値を設定したらどう
かというコメントをいただいたものでございます。それに鑑みま
して,今回,短周期地震動において支配的である敷地前面海域の
セグメントにつきまして,これを保守的に20M㎩としてモデル
を考慮いたしました。」と説明したのに対し,島﨑元委員長代理
が「いろんな不確定性の中でどこを変えるか。例えば,今の場合
ですと,アスペリティの面積は変えずに,逆に言うと,アスペリ
ティの全体の断層面積に対する割合は一定として,それで応力降
下量を変えろとか,そういうふうにもう少しスペシフィックに言
ったほうがいいんだろうと思いますけれども。そういう意味で,
多分こちら側のコメントとそちら側が,それの解釈とが少し食い
違っていたのだろうというふうに思います。どちらにせよ,いろ
んな不確かさがあって,かつ,そこにありますMurotaniさんにし
ろ,壇さんにしろ,日本で起きたことのない地震を想定するため
に,一生懸命外国のデータを使ってスケーリングをつくっている
という状況ですので,本当にこのとおりに中央構造線が動くかど
うかというのは,ある意味,神のみぞ知るわけで,それをある程
度,保守的にどこまで考えるかという議論が今行われているとい
うふうに私は思っています。」と発言したものであって,アスペ
リティ応力降下量の不確かさをどの程度考慮すべきかの議論であ
ることが明らかであり,不確かさを考慮する前の基本モデルの設
定において原則的方法と例外的方法を混在させる方法を許容する
ことの根拠とはならない(甲19〔別件大飯原発訴訟控訴審にお
ける島﨑
-255-
りである。)。
また,抗告人らはアスペリティ面積比Sa/Sは,地震規模に
拠らず一定というモデルが支持されるべきであり,平均応力降下
量⊿σが地震モーメントMoと正の相関がある(ステージ2でレ
シピに従い入倉・三宅(2001)と円形破壊の式を適用すると,⊿
σはS1/2
(Mo1/4
)に比例して増大する。甲F18・35頁)と
の前提を置くのであれば,アスペリティ応力降下量⊿σaも地震
モーメントMoと正の相関があると考えるのが相当であるとも主
張する。
しかし,⊿σaがMoと正の相関があるとの上記主張に沿う知
見は,本件で証拠として提出されておらず,上記主張も採用でき
ない。
よって,例外的方法により長沢意見書を修正すると,以下のと
おりとなる。
入倉・三宅(2001model=885㎢,例外的
方法)
Mo=5.36×1019
⊿σ=3.1M㎩
⊿σa=14.4M㎩
この設定を相手方の設定と比較すると,入倉・三宅(2001
の手法,例外的方法)との比較では,Moが約2倍と大きく,保
守的であるが,壇ほか(2011)との比較では,Moはほぼ同じで,
⊿σaで2.2M㎩大きい点で幾分保守的であるものの,相手方
の手法の合理性を否定するまでの差とは評価できない。
②130㎞(基本モデル,S=1638㎢,別表1)
ⅰ相手方の設定(乙31-54)
-256-
壇ほか(2011)
Mo=1.45×1020
⊿σ=3.4M㎩
⊿σa=12.2M㎩
FujiiandMatsu’ura(2000)
Mo=2.31×1020
⊿σ=3.1M㎩
⊿σa=14.4M㎩
ⅱ検討
レシピを適用する場合,130㎞(基本モデル)は,断層長さ
L(126㎞,別表1)からは,断層幅W及びすべり量Dとも飽
和するステージ3(L≧100㎞)だが,断層面積Sからは,W
のみが飽和するステージ2(S≦1800㎢)であるところ,ス
テージ3のMurotanietal.(2015)よりも,ステージ2の入倉・三
宅(2001)を適用する方が地震モーメントMoがより保守的な評
価となるので,保守的に入倉・三宅(2001例外的
方法)を適用することとする。130㎞(基
本モデル)が松田式の適用範囲を超えるところ,このような場合
の方法や活断層長期評価手法(2010)
記載の方法など,過去の地震の例を参考にしながら,適宜適切な
方法で気象庁マグニチュードM及びMoを算定する必要があると
合についての証拠も提出されていないので,検討しない。また,
原則的方法についても,Sが上記①のSmodel=885㎢よりも
大きく,アスペリティ面積比Sa/Sが過大になる(アスペリテ
ィ応力降下量⊿σaが過小になる)ことが明らかで(上記長沢意
-257-
見書),例外的方法によることがレシピに照らして許容されるの
で,検討しない。
入倉・三宅(2001
Mo=1.49×1020
(当裁判所で計算)
⊿σ=3.1M㎩
⊿σa=14.4M㎩
この設定を相手方の設定と比較すると,壇ほか(2011)との比較
では,Moはほぼ同じで,⊿σaが2.2M㎩保守的であるが,
FujiiandMatsu’ura(2000)と比較では,⊿σaは同じで,Mo
は大幅に非保守的であり,相手方の設定は,レシピに照らしても,
合理的といえる。
③480㎞(基本モデル,S=6124㎞,別表1)
ⅰ相手方の設定(乙31-54)
壇ほか(2011)
Mo=5.30×1020
⊿σ=3.4M㎩
⊿σa=12.2M㎩
FujiiandMatsu’ura(2000)
Mo=1.18×1021
⊿σ=3.1M㎩
⊿σa=14.4M㎩
ⅱ検討
レシピを適用する場合,480㎞(基本モデル)は,断層長さ
L(481㎞,別表1)からも,断層面積Sからも,断層幅W及
びすべり量Dとも飽和するステージ3であり(L≧100㎞,S
≧1800㎢),Murotanietal.(2015)
-258-
については,上記②と同様の理由に
より,検討しない。原則的方法も,上記②と同様の理由により,
検討しない。
Murotanietal.(2015)
Mo=6.12×1020
(当裁判所で計算)
⊿σ=3.1M㎩
⊿σa=14.4M㎩
この設定と相手方の設定を比較すると,壇ほか(2011)と比較で
はMoがやや保守的で,⊿σaも2.2M㎩保守的であるが,Fujii
andMatsu’ura(2000)と比較では,⊿σaは同じで,Moは大幅
に非保守的であり,相手方の設定は,レシピに照らしても,合理
的といえる。
gまとめ
以上によれば,基本モデルに関する限り,相手方の手法は,上記a
の地震ガイドの記載に照らしても,「その妥当性が適切に示され」て
いるといえる。
抗告人らは,平成28年6月改訂レシピによる見直しの必要性を主
張する(原決定a)が,抗告人ら指
摘の平成28年6月改訂レシピは,同年12月修正レシピに再度改訂
されているところ,これと同内容の平成29年改訂レシピでは,54
㎞(基本モデル)については,入倉・三宅(2001)の原則的方法によ
ることも可能ではあるものの,例外的方法による方が⊿σaの点で保
守的であること,130㎞(基本モデル)については,保守的に入倉・
三宅(2001)を適用したとしても,例外的方法によることはレシピに
照らして許容されており,かつ,これと相手方の設定を比較すると,
相手方の設定の方が保守的であることは上記のとおりであり,抗告人
-259-
らの主張は採用できない。
また,壇ほか(2011)とFujiiandMatsu’ura(2000)は,実際の強震
記録によって検証されておらず,日本の長大断層の平均値として過小
評価である可能性は相当高い(入江(2014),宮腰ほか(2015))と
の抗告人らの主張に対する判断は,後記
長大な断層に用いる手法が未検証であること(原決定第3の3⑴抗告

a壇ほか(2011)とFujiiandMatsu’ura(2000)が仮説にすぎないとの

壇ほか(2011)については,レシピでは未だに採用されていないもの
,壇ほか(2011)発表後の検証で観測データと整合
することが確認されている。
また,FujiiandMatsu’ura(2000)
平均応力降下量⊿σ=3.1M㎩とする部分は,レシピにおいて既往
の調査・研究結果とおおよそ対応する数値となることが確認されてい
る。確かに平成29年改訂レシピの記載によっても,長大断層につい
ては観測記録が不十分なため,上記知見は現時点での暫定的なもので,
今後の知見の進展や長大断層の地震の観測記録の集積により変動する
余地が大きいことは認められるが,この点は,後記の不確かさの考慮
において留意すべきものであって,壇ほか(2011)とFujiiand
Matsu’ura(2000)の適用がそれ自体として不合理とはいえない。
また,抗告人ら指摘の入江(2014)(壇ほか(2011)の共同研究者)
には,「本来,日本で発生する地震の断層パラメータを想定するには,
日本の地震データのみを用いるべきである」としつつ,続けて,「日
本の地震データでは1891年濃尾地震(地震モーメント1.5×1
020
Nm)が最大であり,長大断層の規模のデータがやや不足してい
-260-
るため,本研究では,日本以外の地震も含めた動的応力降下量(平均
動的応力降下量3.4M㎩,アスペリティの動的応力降下量12.2
M㎩)を後述で提案する断層パラメータの算定に用いる」としている
のであり(甲D327・4-66頁),海外の地震の知見を強震動予測
に用いることはレシピでも許容されているから,抗告人らのこの点に
関する指摘も上記の判断を左右しない。
また,宮腰ほか(2015)についても,①検討対象の内陸地殻内地震
(Mw5.4~6.9,平成7年から平成25年までの間に国内で発生
した18地震)の震源インバージョン結果から抽出された震源パラメー
タでは,アスペリティ応力降下量⊿σaの平均は13.2M㎩(乙2
56・145頁表3)であり,②上記地震のEGF(経験的グリーン関数
法)フォーワード・モデリングによるSMGA面積および応力降下量
では,アスペリティ応力降下量⊿σaの平均は13.6M㎩(同147頁
表4)である。
このうち①の震源インバージョンは,震源インバージョン解析で得
られた断層面上での不均質すべり分布に基づいて断層破壊領域,アス
ペリティ領域等を抽出する方法(観測記録からある程度自動的に断層
モデルが導かれる。)であり,②のフォワードモデリングは,経験的
グリーン関数法を用いた強震動評価によって推定された強震動生成領
域から設定する方法(断層面,アスペリティの位置,面積等を設定し
た断層モデルの作成とその断層モデルから解析的に得られる計算波形
が観測記録と整合するかどうかの確認とを繰り返し,これらが整合す
るまで試行錯誤的に断層モデルを設定し直す作業を行う。)であるが,
いずれの算定結果も,FujiiandMatsu’ura(2000)の⊿σa=14.
4M㎩及び壇ほか(2011)の⊿σa=12.2M㎩と概ね整合してお
り,上記の判断を左右しない(なお,これらの地震のうち表4の新潟
-261-
県中越沖地震〔超過事例③〕のSMGA1及びSMGA1の23.7
M㎩の意義については,後記不確かさの考慮で検討する。)。
bすべり量が飽和しない可能性を考慮すべきとの点
長大断層におけるすべり量の飽和の有無については,現時点の内陸
地殻内地震についての地震学の知見(「誰がやっても同じ答えが得ら
れる標準的な方法論」)を前提とする限り,長大断層ですべり量は飽
和するという見解に立脚して地震規模を算定するのが合理的である(上
記a)。そして,複数のセグメントが連動した場合における個々
のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量の増大の有無につ
いては,現時点の内陸地殻内地震についての地震学の知見を前提とす
る限り,複数のセグメントが連動した場合には個々のセグメントの受
けもつ地震モーメント及び変位量が増大するという見解に立脚して地
震規模を算定するのが合理的であるものの,この見解と長大断層です
べり量は飽和するという見解は両立する(同b)。
よって,抗告人らの主張は採用できない。
c断層幅と応力降下量の設定が不合理であるとの点
壇ほか(2011)は,Irieetal.(2010)を国内9地震,海外13地震の
データに当てはめ,その幾何平均として平均応力降下量⊿σを3.4
M㎩と,アスペリティ応力降下量⊿σaを12.2M㎩と各算出する
に際し,断層幅をWmax=15㎞と仮定しているところ,
Irieetal.(2010)の経験式では⊿σはWmaxに反比例して増大するの
で,Wが15㎞より小さい本件54㎞ケース(W=13㎞),130
㎞ケース(W=13㎞),480㎞ケース(W=12.7㎞)で⊿σ
=3.4M㎩を用いると,⊿σが過小評価になる(その結果⊿σaも
過小評価となる)との疑いが生じないではない。しかし,壇ほか(2011)
は,長大な横ずれ断層における断層パラメータの
-262-
設定を可能にするために⊿σと⊿σaを先験的に定めることを目的と
しているのであり,上記各既定値(⊿σ=3.4M㎩,⊿σa=12.
2M㎩)は,個々の断層モデルの設定に当たり,当該断層のWに応じ
た引き直しをすることをそもそも予定していない数値といえる。
また,壇ほか(2011)が検討に用いた国内外の合計22の地震の中に
は,⊿σや⊿σaが壇ほか(2011)が提唱する⊿σ=3.4M㎩や⊿σ
a=12.2M㎩を上回るものが複数あること(甲D132,322),
上記地震以外にも,国内の地震のうちには⊿σaが12.2M㎩を上
回るものの存在が指摘されていること(甲D133,134)が窺え
る。しかし,壇ほか(2011)が長大な横ずれ断層における断層パラメー
タの設定を可能にするために⊿σと⊿σaを先験的に定めることを目
的としていることは上記のとおりであって,これらの数値は平均値で
あるから,実際の地震の中にその数値を下回るものや上回るものが存
在するのは当然であり,上記の宮腰ほか(2015)を併せると,上記指
摘に係るデータが存在することのみでは,壇ほか(2011)が提唱する⊿
σや⊿σaが過小に定められているということにはならない(なお,
抗告人ら指摘の1995年兵庫県南部地震,2000年鳥取県西部地
震,2005年福岡県西方沖地震は,いずれも宮腰ほか(2015)が検
討対象とした地震に含まれている。)。
さらに,相手方は,原子力規制委員会から,Wmax=15㎞を想定し
ている壇ほか(2011)が異なる断層幅に対しても適用できるのか説明を
求められたことを受け,「伊方発電所地震動評価震源を特定して策
定する地震動(中央構造線断層帯地震動評価)と基準地震動の策定添
付資料」を作成しているところ(乙179),それによれば,①Wに
ついては,基データは10㎞〜30㎞に分布し,平均値は16.4㎞
であるところ,これに中央構造線断層帯の設定値を表示すると,基本
-263-
モデルのW〔54㎞ケース=13㎞,130㎞ケース=13㎞,48
0㎞ケース=12.7㎞,別表1〕はほぼ平均的な値であり,北傾斜
モデルのW〔54㎞ケース=26㎞,130㎞ケース=26㎞,48
0㎞ケース=20.2㎞,別表1〕は,やや大きめであるが,ばらつ
きの上限付近にある,②S〜Mo関係については,基本ケースは,W
max=15㎞を仮定した壇ほか(2011)の回帰曲線の付近にあって平均
的といえ,北傾斜ケースのうち480㎞と130㎞はMoがやや大き
めではあるが,データのばらつきの範囲内にあるので,Moの設定値
は適切なレベルにあり,壇ほか(2011)の⊿σ〜Mo関係式の適用は可
能と判断する,③⊿σ〜Mo関係式の係数cについては,54㎞ケー
スや130㎞ケースの一部でやや大きくなるものの,地震動にはほと
んど影響を及ぼさないなどというのであり,この見解は,原子力規制
委員会で是認されている(乙180)。
以上によれば,抗告人らの主張は採用できない。
相手方が480㎞ケース及び130㎞ケースに入倉・三宅(2001)を適
用しなかったこと(原決定)
a130㎞ケースについては,130㎞(基本モデル,S=1638
㎢)について,レシピに従い,かつ,保守的に(Murotanietal.(2015)
ではなく)入倉・三宅(2001)を適用したとしても,相手
方がFujiiandMatsu’ura(2000)を適用した結果の方が保守的であ
のとおりである断層長さL
が松田式の適用範囲を超えるので,検討する必要はない。)。
また,130㎞(北傾斜モデル,S=3276㎢,別表1)は,レ
シピの入倉・三宅(2001)の適用上限(S=1800㎢)を超えるから,
入倉・三宅(2001)を適用することはできない。
さらに,130㎞(南傾斜モデル,S=1663㎢,別表1)は,
-264-
レシピに従い,かつ,保守的に(Murotanietal.(2015)ではなく)入
倉・三宅(2001)を適用したとしても,Mo=1.54×
1020
となる(当裁判所で計算)が,これは,130㎞(基本モデル)
にFujiiandMatsu’ura(2000)を適用した結果(Mo=2.31×
1020
)を下回り,やはり,相手方の手法の方が保守的である
手法の適用を検討する必要がないことは,130㎞(北傾斜モデル)
と同様である。)。
b480㎞ケースについては,基本モデルですらS=6124㎢であ
り,レシピの入倉・三宅(2001)適用上限(S=1800㎢)を大幅に
超えるから,入倉・三宅(2001)を適用する余地はない。
抗告人らは,長大な断層の最大の地震規模を推定する方法として松
島ほか(2010)を指摘するところ,同研究は,概ね断層長さLが約8
0㎞を超える国内外の9つの地震のパラメータを整理したところ,断
層面積Sと地震モーメントMoの関係は,既存の関係式である
Somervilleetal.(1999)と入倉・三宅(2001)の間に収まり(甲D1
24・121頁の図),スケーリング則が成り立つことがわかったという
ものであるが,同研究発表当時の平成21年改訂レシピでは,SとM
oの経験式としてはすべり量の飽和を前提としないSomervilleetal.
(1999)と入倉・三宅(2001)のみが採用され,かつ,入倉・三宅(2001)
の適用上限がMo=1.0×1021
(S=4240㎢)とされていた
ところ,その後にレシピが改訂されて入倉・三宅(2001)の適用上限が
S=1800㎢に引き下げられ,Sがこれを超える断層についてはす
べり量の飽和を前提とするMurotanietal.(2015)を適用することと
されたから,現時点においては,松島ほか(2010)に基づいて480
㎞ケースに入倉・三宅(2001)を適用してMoを算出することは合理性
がなく,抗告人らの主張は採用できない。
-265-
54㎞ケースでの入倉・三宅(2001)による過小評価の可能性(原決定
d)

したとしても,相手方が壇ほか(2011)で検討した結果とほぼ同等の結
のとおりである。
また,54㎞(北傾斜モデル,S=1404㎢,別表1)について
は,入倉・三宅(2001),例外的方法)を適用すると,Mo
=1.1×1020
となる(乙31-92)ところ,相手方の手法である
壇ほか(2011)ではMo=1.65×1020
となり(乙31-86),⊿
σaについては,入倉・三宅(2001)の方が2.2M㎩保守的であるも
のの,Moについては,相手方の手法の方が保守的である
を適用した場合の結果については,証拠がなく,不明である。)。
さらに,54㎞(南傾斜モデル,S=712㎢,別表1)について
は,入倉・三宅(2001),例外的方法)を適用すると,Mo
=2.83×1019
となる(乙31-92)ところ,相手方の手法であ
る壇ほか(2011)ではMo=6.00×1019
となり(乙31-86),
⊿σaについては,入倉・三宅(2001)の方が2.2M㎩保守的である
ものの,やはりMoについては,相手方の手法の方が保守的である
の手法を適用した場合の結果については,証拠がなく,不明である。)。
以上によれば,仮に入倉・三宅(2001)に抗告人ら指摘の過小評価の
おそれがあるとしても,これが相手方の地震動評価に与える影響はな
いと考えられるので,この争点について更に論じる必要はないと考え
る。
bもっとも,本件では,原審及び当審で上記の点が争点となったほか,
抗告人らは,アスペリティ応力降下量⊿σaの設定に際してレシピの
原則的方法と例外的方法を混在させる方法(平均応力降下量⊿σは原
-266-
則的方法で算定し,アスペリティ面積比Sa/Sは例外的方法の22%
を用いる方法)が許容されることの根拠として,別件大飯原発訴訟控
訴審における島﨑元委員長代理の証言(甲F19)を引用しているの
で,当裁判所の見解を以下に示しておくこととする。
入倉・三宅(2001)による過小評価についての島﨑元委員長代理の
問題提起は,提出された証拠を総合すると,以下のことをいうもの
と解される。
①入倉・三宅(2001)は,地震発生後に,強震動記録の震源インバ
ージョン解析により事後的に判明した(後方視的に得られた知見
に基づく)断層面積Sと地震モーメントMoの経験式であり,後
方視的SとMoの経験式としては妥当である,
②しかし,地震発生前に,事前に得られている断層長さLや断層
幅Wについての知見から前方視的にSを設定する場合には,前方
視的Sは後方視的Sに比して過小に設定されるため,前方視的S
に後方視的SとMoの経験式である入倉・三宅(2001)を適用する
と,Moを過小評価するおそれがある,
③,の手
法を適用してSを大きめに設定する(Sに代えてSmodelを用い
る)とともに断層長さLと気象庁マグニチュ
ードMの経験式(ないしL-Mo経験式)として,レシピで採用
されている松田式のほかにレシピで採用されていない武村(1998)
や山中・島﨑(1990)の適用も検討すべきである。
このうち③については,
ⅰ本件130㎞ケースや480㎞ケースのように
める松田式の適用範囲を超える場合をどのように扱うのか,
ⅱ(ないしL-Mo経験式)とし
-267-
てレシピで採用されていない武村(1998)や山中・島﨑(1990)
を適用することが妥当なのか,
ⅲでSを大きめに設定する(Sに代えてSmodelを用い
る)と,アスペリティ面積比Sa/Sが過大になって非現実的な
震源モデルになる事例が増大するのではないか,
等の疑問がある。
このⅲの点につき,島﨑元委員長代理は,別件大飯原発訴訟控訴
審における証人尋問において,代理人の「規制庁が,自らの試算結
果の妥当性を否定した根拠の一つは,武村式を使って,あとはレシ
ピと同じ方法を使うと,アスペリティ面積が震源断層よりも大きく
なってしまうというものでしたが(甲F20・49頁),レシピの通
常の手順に従うと,アスペリティ面積が大きくなりすぎるというの
は,規制庁の試算結果の妥当性を否定する根拠になるのでしょうか。」
との問いに対し,①「なりません。レシピ自体は,入倉・三宅式に
基づいて作られたものです。それで,武村式にしろ何にしろ,それ
よりも大きいずれの量に実際になってると思われますので,それを
どこかで調整しないといけないわけですね。ですから,ずれの量が
大きいということは,アスペリティの応力降下量が大きいか,アス
ペリティの面積が大きくなるか,そういうことになるわけです。し
かし,これを計算されたかたは非常に,忠実にレシピに則って,ま
ず,レシピの中では,アスペリティの面積は22パーセントにして
もいいことになっていますので,それを使っています。ですから,
それは実は関西電力もやっぱり,22パーセントにアスペリティ面
積をしてます。ですから,アスペリティが大きくなってしまうとい
うことではなくてレシピをちゃんと忠実に守って22パーセントに
している。問題は何もありません。」と答え,代理人の「規制委員
-268-
会が最終的に試算結果の妥当性を否定した根拠は,背景領域の応力
降下量が大きくなりすぎるというものでしたが(甲F20・50頁),
背景領域の応力降下量7.6(M㎩)は大きすぎて試算結果は妥当
性がないのでしょうか。」との問いに対し,②「いいえ。これも設
定されたのはよく考えられていて,強震動っていうのはアスペリテ
ィで正に発生するんです。ここはずれの量が大きいので,ここで強
震動が出るわけですね。そこはなるべくレシピに沿っているってい
うことで,まずはアスペリティの面積を22パーセントということ
でレシピに沿って,かつ次に応力降下量ですね。応力降下量もモー
メントから短周期レベルを設定して,そこから応力降下量を出すと
いうレシピに従った形で求めています。すなわち強震動に最も関係
のあるアスペリティの面積とアスペリティの応力降下量,これはレ
シピに従ってます。しかし,全体としてずれの量が大きいわけです
から,全部レシピに従うわけにはいかないわけで,最後の帳尻合わ
せに背景応力のところにずれを残したわけです。それで,この背景
領域というのは強震動には余り関わらない。普通の場合は,ここを
省略してもいいぐらいなものです。・・・非常に巧妙に強震動のレ
シピを守りつつ,一番影響のないところにそのずれを持っていった
ということで,大変いい推定だと思います。」と答えている(甲F
19の1・26〜27頁)。
しかし,島﨑証言①については,レシピは,アスペリティが震源
断層の一部であることを前提にしているから,レシピの前提とする
知見(断層の不均質性を考慮してアスペリティにおける強震動の生
成を想定するアスペリティモデル)に整合しない(乙254)。
また,島﨑証言②についても,レシピにおいてアスペリティ応力
降下量⊿σa算定の経験式として採用されている以下の式
-269-
⊿σa=(S/Sa)・⊿σ(21-1)式
⊿σa=(7/16)・Mo/(r2
・R)(21-2)式
は,円形破壊面を仮定して背景領域の応力降下量をゼロと仮定して
導かれたものであること(入倉(2004)),地震本部の「全国地震
動予測地図」(2009)の特定化震源モデルで背景領域の応力降下量
の平均値は2.7M㎩とされていること(甲F20・50頁)等に照
らすと,レシピ及び上記特定化震源モデルの前提とする前記知見と
整合しない(乙254)。
これに対し,については,その指摘のとおりと考えられ
るものの,この指摘自体は,抗告人らが主張する原則的方法と例外
的方法を混在させる根拠とはならない。
また,の過小評価のおそれを指摘する部分についても,
その指摘のとおりと考えられる。
このことは,入倉・三宅(2001)の共同研究者の1人である入倉孝
次郎が,島﨑元委員長代理の上記問題提起に対する平成28年6月
24日付けコメント(乙362)において,島﨑元委員長代理に反
論しながらも,
ⅰ「島﨑先生が発表で指摘されたように測地データから求めた均
質な震源断層は過小評価となってしまう,という問題はあります。」,
ⅱ「宮腰・他(2015)でも指摘されていますが,地表で観測でき
る地表断層のずれの長さ(Lsurf)と震源インバージョンから決まる
震源断層の長さ(Lsub)は,必ずしも一致しない場合(例えば,
1995年兵庫県南部地震)があり,それらを一致させるために
活断層調査をどうするか,という問題は,重要です。」,
ⅲ「今回の熊本地震を例としても,事前に認定されていた活断層
の長さ,地震後の認定された地表地震断層の長さ,地震後に累積
-270-
地形の情報などの追加情報で活断層と認定できる長さ,さらに震
源インバージョンからの震源断層長さ等が必ずしも一致していな
いという問題は残されています。また,断層幅についても,事前
にどのように推定するかについて,経験的関係の検討が必要で
す。・・・入倉・三宅(2001)式あるいはMurotanietal.(2015)式
は,将来の地震の規模や必要な断層パラメータを推定する上で,
基礎となる式ではありますが,それですべてのパラメータが決め
られるわけではなく,個別の活断層を想定して強震動を予測する
ために,技術的にどのようにしたらいいか,別途の検討が必要と
考えます。」,
ⅳ「実際,2016年熊本地震の地表地震断層の調査で,地表に
ずれの現れた長さは産総技術総合研究研により約34㎞とされて
いますが,強震動記録のインバージョンから推定される震源断層
の長さは40-56㎞となっています。このような食い違いは以
前からも,問題になっており,活断層の調査手法として,地表の
変動地形だけでなく,反射法探査や重力探査など地球物理学的手
法も取り入れるなど検討する必要があると考えます。」,
ⅴ「入倉・三宅式は,破壊域面積と地震モーメントの関係を与え
るものですから,いかに信頼性ある断層面積を推定できるかが予
測問題として極めて重要な課題です。そのための調査データの収
集が必要不可欠と考えます。」,
ⅵ「入倉・三宅式を強震動予測や津波予測に使う場合に,過小評
価にならないためにどうすれば良いかに関しては,島﨑先生の主
張をすべて否定しようとは思っていません。」,
などと述べていることからも明らかである。
しかし,②は,強震動予測に不可避の認識論的不確定性及
-271-
びこれに伴う地震動過小評価のおそれをどのように低減させるべき
かという一般的な問題であり,現時点での地震学の知見を前提とす
る限り,②のようなおそれを考慮しつつ,詳細な地盤調査を
行って震源モデルを保守的に設定するとともに,断層の連動の可能
性がある場合には,その可能性を考慮に入れて複数の震源モデルを
設定し,さらに,後記の不確かさの考慮を適切に行うという方法を
採用することで,強震動予測に不可避の認識論的不確定性及びこれ
に伴う地震動過小評価のおそれをできる限り低減させるしかないと
考えられる。
これを本件についてみると,中央構造線については,地震本部の
活断層長期評価手法(2010),中央構造線長期評価(2011),予測
地図(2014)等により,中央構造線の各断層の断層長さL,断層幅
W,断層傾斜角等について知見が蓄積され,相手方は,これらの知
見と自らの測量結果を踏まえて震源モデルを複数設定し,これに基
づき強震動予測を行っているのであり(なお,相手方の不確かさの
考慮が十分かどうかについては後に検討する。),島﨑元委員長代
理の上記問題提起のみでは,相手方の地震動評価を不合理ならしめ
るものとはいえないというべきである。
経験式のばらつき(原決定)
相手方は,
複数の断層モデルを設定し,かつ,複数の経験式を併用しているから,
抗告人らの主張は採用できない。
グリーン関数法の適用(原決定)
相手方が経験的グリーン関数法による評価に当たり要素地震としたの
は芸予地震の余震である安芸灘の地震(M5.2)であったこと,同地
震は海洋プレート内地震であったこと,相手方は,要素地震とした上記
-272-
地震が敷地前面海域の断層群から外れた場所を震源としていることから
距離補正を,上記地震が海洋プレート内地震であったことから内陸地殻
内の媒質(地震モーメント,応力降下量等)への補正をそれぞれ行った
上,経験的グリーン関数法を適用していること,グリーン関数法による
評価を行うに先立って,経験的グリーン関数法と統計的グリーン関数法
とによる評価をそれぞれ実施して両者の比較を行った結果,原子炉容器,
蒸気発生器等の主要な設備の固有周期と重なる周期0.1秒付近以下に
着目すると経験的グリーン関数法による評価の方が厳しい評価となった
ため,経験的グリーン関数法を評価に用いるとしたこと,以上について
は,⒜ⅳのとおりであり,抗告人らが指摘する南北方
向の周期0.3秒以上については,基準地震動Ss-1によってカバー
されている(乙11-6-5-238・NS方向の図)。
そうであれば,相手方がグリーン関数法を用いて行った地震動評価は,
重要施設の耐震安全性を確保するという観点から合理的であり,抗告人
らの主張は採用できない。
不確かさの考慮(原決定)
設置許可基準規則の解釈別記2の5二⑤は,「基準地震動の策定過程
に伴う各種の不確かさ(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端
深さ,断層傾斜角,アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開
始点等の不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不
確かさ)については,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると
考えられる支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不
確かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること」としてい
る。
また,地震ガイド(3.3.3不確かさの考慮⑵②)は,「1)地震
動評価に伴う不確かさについては,必要に応じて不確かさを組み合わせ
-273-
るなど適切な手法で考慮されていることを確認する。」「2)地震動評
価においては,震源特性(震源モデル),伝播特性(地殻・上部マント
ル構造),サイト特性(深部・浅部地下構造)における各種の不確かさ
が含まれるため,これらの不確実さ要因を偶然的不確実さと認識論的不
確実さに分類して,分析が適切になされていることを確認する。」とし
ている。
これを相手方の手法についてみると,相手方は,断層モデルを用いた
手法による地震動評価において考慮した不確かさのうち,①(アスペリ
ティ)応力降下量(短周期レベル)を1.5倍又は20M㎩とすること,
②北傾斜モデル,③南傾斜モデル,④破壊伝播速度を1.0Vsとする
こと,⑤アスペリティ平面位置を敷地正面のジョグに配置すること,以
上5点については,基本モデルに織り込まず,独立した不確かさとして
考慮するにとどめており,その結果,①ないし⑤の不確かさを相互に重
畳させることはしていない(乙11)。
これに対し上記5点以外の不確かさ,すなわち,⑥地震発生層の上端
深さ・下端深さについては,いずれも複数の観点からする計測結果や知
見を組み合わせた上,そもそも保守的に考慮した数値をあらゆる震源モ
デルについて共通で使うことによって,⑦断層長さ,アスペリティ深さ,
破壊開始点,スケーリング則については,基本モデルに織り込むことに
よって,⑧地震動評価手法については経験的グリーン関数法に加えて統
計的グリーン関数法も用いて両者の結果を比較することによって,⑥な
いし⑧の不確かさを相互に重畳的に考慮している(乙11,31)。
そして,相手方の上記区分は,下記の平成24年6月19日付け原子
力安全・保安院「活断層による地震動評価の不確かさの考慮に係る考え
方の整理(案)」を参考にしたものと認められる(乙367,審尋の全
趣旨)。
-274-

「1経緯
検討用地震による地震動の評価における震源モデルの不確かさの考慮
については,平成20年9月4日付けの原子力安全・保安院長指示「新
潟県中越沖地震を踏まえた原子力発電所等の耐震安全性評価に反映すべ
き事項について」において,その取り扱いをとりまとめたところ,今回,
特に内陸地殻内地震に関して,地震動を評価する基本震源モデルのパラ
メータの不確かさの考慮の考え方を改めて整理した。
2考慮すべき不確かさ
・地質学的に最も適切なパラメータを基本モデルとして設定する。
・内陸地殻内地震の地震動を評価する際に,基本モデルだけでは検討
が不十分と考えられる場合は,次の①~⑥について不確かさを考慮す
る。
①断層長さ(断層の連動も含む。)
②アスペリティの位置
③上端深さ
④断層傾斜角
⑤応力降下量について1.5倍又は○○Mpa※の大きい方
⑥破壊開始点の位置(複数設定)
※断層のずれのタイプや地域特性等を考慮した検討が必要。
3要因による不確かさの種類
・上記①~⑥の不確かさは,以下のとおり分けられる。
【認識論的な不確実性】
地質・地質構造に係る調査の不確かさによるもので,結果に与える
影響は大きいが,新たな技術による追加調査等によって,不確かさが
小さくなるもの。→①が該当
-275-
【自然が持っている不確実性】
自然現象(断層活動による地震)であることから,完全に把握でき
ないパラメータであり,結果に与える影響は十分考慮する必要はある
ものの,認識論的な不確実性に比べて影響が大きくないもの。→②~
⑥が該当
4不確かさを考慮する場合の留意点
・必要に応じて【認識論的な不確実性】を考慮した上で,【自然が持
っている不確実性】のうち②~⑤について,基本モデルで不確かさを
排除できないものを考慮すること。⑥の破壊開始点については,どこ
が厳しい評価となるか地震動評価結果からでしか判らないもので,全
てのケースで複数設定することが必要。
・【自然が持っている不確実性】のうち②~⑤については,基本モデ
ルが十分適切なものであるならば重畳の必要はないが,各種調査を踏
まえ,必要が有れば重畳の検討も行う。」
上記の考え方は,大筋では合理的と認められ,以下,このような観点
から,相手方の不確かさの考慮が合理的といえるか検討する。
a(アスペリティ)応力降下量(短周期レベル)
地震ガイド,相手方の設定
地震ガイド(3.3.2断層モデルを用いた地震動評価⑷①2))
は,「アスペリティの応力降下量(短周期レベル)については,新
潟県中越沖地震を踏まえて設定されていることを確認する」と定め
ているところ,新潟県中越沖地震(超過事例③)にあっては,観測
された地震動を再現する震源断層モデルを仮定し,震源における地
震動モデルを推定し,経験的に得られている地震規模と地震動の大
きさの関係を比較したところ,短周期レベルが通常の地震(新潟県
中越沖地震の地震モーメントMoに短周期レベルAとMoの経験式
-276-
〔壇ほか(2001),レシピ⑿式〕を適用して得られるAの数値)の
1.5倍であった旨の知見が得られており(乙25),これによれ
ば,震源特性についての認識論的不確定性を考慮して,応力降下量
の不確かさを考慮に入れるべきことを求めたものと解される。
そして,相手方は,アスペリティ応力降下量⊿σaにつき,基本
モデルでは,12.2M㎩(壇ほか(2011))又は14.4M㎩(入
倉・三宅(2001),FujiiandMatsu'ura(2000))としつつ,不確
かさの考慮では,基本モデルの1.5倍又は20M㎩を設定してい
るので,不確かさを考慮に入れた設定は,⊿σa=20M㎩(壇ほ
か(2011)を適用した場合)又は21.6M㎩(入倉・三宅(2001)
及びFujiiandMatsu'ura(2000)を適用した場合)となる。
原子力安全・保安院での議論
原子力安全・保安院では,平成24年6月19日付け原子力安全・
保安院「活断層による地震動評価の不確かさの考慮に係る考え方の
整理(案)」の作成に引き続き,成案作成のための作業を続け,同
年8月17日の会合では,事務局から,従前の議論を踏まえ,上記
案では具体的数値が空欄になっていたアスペリティ応力降下量⊿σ
aにつき,「1.5倍又は20M㎩」とする案が示された。これに
対し,出席した委員から「応力降下量の話ですけれども,1.5倍
というのはある種の不確かさを考えた上積みというので理解できま
すが,20M㎩という数字が出てきたというのが私はちょっと根拠
が見えなかった。それで,多分2ページの下の方に書いてあること
だと思うんですが,もう少しこの具体的な数値が出てきた根拠を書
かれた方がよろしいのではないかと思います。」との発言があり,
これを受けた事務局担当者からは「分かりました。根拠らしきもの
を20か25かというようなことでいろいろ議論したんですけれど
-277-
も,その辺,できるだけ根拠について書けるようにしたいと思いま
す。」との回答があった(甲F25,乙369)。しかし,原子力
安全・保安院からは,上記回答の根拠が書かれた成案が作成提示さ
れることはなく,会合後に作成された地震ガイドでも,上記のとお
り「アスペリティの応力降下量(短周期レベル)については,新潟
県中越沖地震を踏まえて設定されていることを確認する」と定めて
いるだけで,定量的な基準は示されていない。
もっとも,上記会合の委員であった釜江克宏は,平成26年10
月の研究会において,「新規制基準で求められる基準地震動Ss-
地震動における不確かさとその評価-」と題する発表を行い,その
中で,考慮すべき不確かさの1つとして,会合の結果を引用する形
で「応力降下量については平均値の1.5倍又は20M㎩の大きい
方(短周期レベルの不確かさ)」を挙げている(乙418)。
震源特性の相違
相手方は,新潟県中越沖地震(超過事例③)は逆断層の地震であ
るのに対し,中央構造線断層帯は横ずれ断層であるところ,逆断層
の地震は横ずれ断層の地震に比して短周期レベルAが大きい傾向が
あると主張し,主張に沿う知見として佐藤(2010)ほかを挙げてい
る。
しかし,上記知見の発表から約7年が経過した後に作成された平
成29年改訂レシピにおいても,短周期レベルAと地震モーメント
Moの経験式としては,佐藤(2010)が発表された当時の平成21
年改訂レシピと同様に,壇ほか(2001)の経験式が採用されており
(⑿式),⑿式の解説をみても,断層の相違によってAの数値が変
動することを窺わせる記載はない。
宮腰ほか(2015)
-278-
宮腰ほか(2015)は,国内の18の内陸地殻内地震を対象に震源
インバージョン結果を収集・整理し,震源断層の巨視的・微視的パ
ラメータの推定を行ったものであるが,これらの地震のうちの新潟
県中越沖地震(超過事例③)のアスペリティ応力降下量⊿σaにつ
いて,①震源インバージョンから抽出された震源パラメータでは,
19.5M㎩とし(乙256・145頁表3),②EGFフォワード・
モデリングによるSAGA面積及び応力降下量では,SMGA(ア
スペリティ)を3か所設定し,それぞれの⊿σaを,ⅰ倉橋ほか(2008)
に準拠した場合につき,23.7M㎩,23.7M㎩,19.8M
㎩と,ⅱ山本・竹中(2009)に準拠した場合につき,19.5M㎩,
14.8M㎩,19.5M㎩とし,ⅰⅱの平均値を19.9M㎩と
している(同147頁表4)。
検討
アスペリティ応力降下量⊿σaの不確かさの考慮として,相手方
が基本モデルの1.5倍としたことについては,上記新潟県中
越沖地震(超過事例③)の観測記録を踏まえたものであることや,
上記の原子力安全保安院の議論でも概ね異論がなかったことが窺
えること(甲F25,乙369)に照らし,合理性を肯定できる。
これに対し,相手方が⊿σaを20M㎩としたこと(壇ほか(2011)
を適用した場合は20M㎩が,入倉・三宅(2001)及びFujiiand
Matsu'ura(2000)を適用した場合は21.6M㎩が各上限となる。)
については,上記
べきとの意見も出され,事務局も20M㎩で足りることの根拠を明
らかにできなかったもので(甲F25,乙369),釜江克宏の見
解についても地震学会の多数見解かどうかは明らかでないこと,上
記藤(2010)
-279-
は平成29年改訂レシピでも採用されておらず,地震学会の多数見
解とは認め難いこと,上記宮腰ほか(2015)で,新潟県中越沖
地震(超過事例③)の⊿σaにつき,相手方による⊿σaの設定上
限(21.6M㎩)を上回る23.7M㎩であったとする知見が示
されていることを併せると,相手方の設定は,保守性に欠けるので
はないかとの疑念が生じないではない。
しかし,上記宮腰ほか(2015)は,新潟県中越沖地震の⊿σ
aにつき,①震源インバージョンの手法と,②EGFフォワード・
モデリングの手法を使用し,かつ,②については,ⅰ倉橋ほか(2008)
に準拠した場合とⅱ山本・竹中(2009)に準拠した場合の2とおり
の知見を示しているところ,これらの知見のうち相手方による⊿σ
aの設定上限(21.6M㎩)を上回る知見は,②でⅰ倉橋ほか(2008)
に準拠した場合の知見に限られ,①の場合の知見及び②でⅱ山本・
竹中(2009)に準拠した場合の知見は,いずれも20M㎩を下回っ
ており,②の平均値も同様である。
以上の点に鑑みると,相手方が⊿σaの不確かさの考慮として基
本モデルの1.5倍又は20M㎩としたことについては,合理性を
肯定できるというべきである(甲F49,86は,この判断を左右
しない。)。
また,事前の調査で地震動を増大させる要素が見当たらなかった
相手方において震源特性
による地震動の増大の可能性を相対的に低く見積もったことは相当
であるから,相手方が上記不確かさを基本モデルに織り込まずに独
立した不確かさとして考慮するにとどめたことについても,合理性
を肯定することができる。
b北傾斜モデル,南傾斜モデル
-280-
認定事実
相手方は,断層の傾斜角についても調査・評価したが,その経緯
は,以下のとおりである。
敷地前面海域には,地下2㎞よりも浅い比較的やわらかい堆積層
に活断層が分布している。これらの活断層は,地下深部に向かうに
敷地の沖合約8㎞の地点)へ収斂しており,この会合部の下に敷地
前面海域の断層群の活断層本体(震源断層)が存在すると推定され
る。
変動地形学的には,敷地前面海域の断層群の分布において,更新
世(約260万年前から約1万年前の地質時代)の地層面上には南
北方向で顕著な高低差は認められず,横ずれ断層変位に伴って形成
された地溝(ほぼ平行に発達する断層群によって形成された狭長な
地形的凹地帯)やバルジ(断層運動によって地表〔海底面の地表を
含む。〕によって生じた凸型のふくらみ)が交互に並び,その長軸
方向が非常に直線的な配列を示すことから,少なくとも地下浅部に
おける活断層はほぼ鉛直であり,震源断層もほぼ鉛直である可能性
が考えられる。
また,地震学的には,実証的に近年国内で発生した横ずれ断層に
よる主な地震では震源断層はいずれもほぼ鉛直であることが明らか
にされているとともに,理論的にも緩く傾斜する断層面を横ずれさ
せるように応力場は考えにくく,一般的に,横ずれ断層の震源断層
面はほぼ鉛直であると考えられる。したがって,横ずれ断層の卓越
する断層と推定される敷地前面海域の断層群の震源断層は,ほぼ鉛
直と考えられる。
さらに,地球物理学的には,エアガンを用いた海上音波探査(海
-281-
面付近の水中から海底に向けて音波を発し,海底・堆積層・基盤岩
等の地層からの反射音波を観測して,海底下の地質構造を調査する
探査方法)結果から,幅を持って雁行配列する活断層はいずれも堆
積層ないで高角度(鉛直に近い)である。また,エアガン海上音波
探査による探査断面を対象にアトリビュート解析(地震探査データ
からアトリビュート〔地震波形の振幅,卓越周波数など地震波形に
対して何らかの数学的な変換を適用して得られる数値〕を用いて地
中の物性などを推定する解析)による断層傾斜角の検討を実施した
結果,堆積層中にみられる高角度の活断層の下方で,北傾斜する地
質境界断層が高角度の活断層によって変位を受けている(地質境界
断層が高角度の活断層によって切られており,地質境界断層よりも
深い部分でも,傾斜角が高角度の断層面が続いている)可能性が示
唆された。
相手方は,以上の変動地形学的な観点,地震学的な観点,アトリ
ビュート解析結果も含めて地球物理学的な観点から総合的に評価し
た結果,敷地前面海域の断層群の震源断層面の傾斜角を鉛直と評価
した。
(乙11-6-3-59〜66,205〜209,211〜229,260〜276)
もっとも,相手方は,中央構造線断層帯の特徴として断層面が3
0度ないし40度北傾斜している可能性を示唆する複数の知見や,
実際に敷地前面海域の地質境界断層としての中央構造線の断層面が
北に傾斜している可能性を示すデータ等が存在することに基づき,
北傾斜モデルを不確かさとして考慮することにした(乙11,31)。
また,相手方は,平成21年10月15日に原子力安全委員会が
開いた地震・地震動評価委員会及び施設健全性評価委員会第34回
ワーキング・グループ3において,出席した委員から佐田岬の隆起
-282-
や中央構造線を境にして数m表面で段差が見られるなどの指摘を受
け,南傾斜モデルの検討を提案された経緯(甲D541)を踏まえ,
南傾斜モデルを不確かさとして考慮することにした(乙11,31)。
検討
敷地前面海域の断層群を含む中央構造線断層帯は,横ずれ断層を
主体としているところ(中央構造線長期評価(2011)),そのよう
な場合,変動地形学的な観点,地震学的な観点,実際に発生した地
震の解析結果によれば,震源断層面はほぼ鉛直であると考えるのが
一般的であるとされている(乙11,平成29年改訂レシピ・4頁)。
このことは,①中央構造線長期評価(2011)において,断層面の傾
斜につき,「石鎚山脈北縁-愛媛北西部」が「高角度」と,「伊予
灘」が「高角度北傾斜」と指摘されていること,②予測地図(2014)
において,「石鎚山脈北縁西部-伊予灘」につき「90度」と指摘
されていることとも整合する。
これに対し,抗告人らは,①原子力安全・保安院が伊方原発前面
海域で行った海上音波探査の結果からすれば,起震断層と直接関係
していることが考えられるもっとも北側の地表付近の断層は,80
度程度南に傾斜していること,②敷地前活断層より南側の地形が隆
起していること,③本件発電所周辺のテクトニクスが圧縮場になっ
ていること等からしても,南傾斜の可能性はむしろ有意に高い(甲
D542,610,甲F14,27)と主張する。
しかし,抗告人らの主張①の甲F14・42頁は,敷地前面海域の
海底下浅部に見える最も外側(北端)の断層,すなわち相手方当審
答弁書(地震動関係)・107頁図17(相手方が乙371・10頁を基に
作成)のf1断層(本件発電所の敷地前面海域の海底下浅部の数条
の活断層のうち北端にあり,海底面に明瞭な窪みをもたらしている
-283-
断層)を指摘しているものと思われるところ,f1断層と同図f
2断層(f1断層より南側に位置し,海底面に明瞭な窪みをもたら
している断層)との間は地溝を形成し,変形の累積が特に顕著であ
ること(当審答弁書(地震動関係)・108頁図18,109頁図19,乙1
92-10,17),
ての中央構造線)が確認できるところ,f1断層とf2断層は,上
記会合地点へ収斂するように地下に延びており,かつ,f1断層よ
り北側の反射面は緩く南側に,f2断層より南側の傾斜面は緩く北
側にそれぞれ傾斜していること(同111頁・図20,乙192-48)等
からすると,南傾斜のf1断層と北傾斜のf2断層との中間の地下
深部に中央構造線断層帯の震源断層が存在しており(同111頁・図20),
f1断層は震源断層そのものではないと認められる(同112頁・図21)
から,抗告人らの上記主張は採用できない。
また,抗告人らの主張②についても,甲F27の「南向きに約5
0度の角度で傾斜する逆断層」(乙387のFigure2⒝のLine2〔平
面図〕,Figure7⒝のF1及びF2〔断面図〕,大野ほか(2005)
の図2のB〔平面図〕)は,中央構造線断層帯を構成する伊予断層
の末端領域に形成された「スプレー断層(震源断層から分岐して形
成された断層で,分岐断層ともいう。)の一部」であり(大野ほか
(2005)),震源断層と同一の傾斜を表すものとは認められないか
ら,抗告人らの上記主張は採用できない。
さらに,抗告人らの主張③についても,中央構造線断層帯沿いの
応力状態は,四国東部は圧縮場(逆断層成分を含む領域)であるが,
中央構造線断層帯南側の前弧スリバー(西南日本外帯を構成する地
質構造)が反時計回りの回転運動をすることにより,四国東部から
-284-
四国西部及び九州に向かって断層面上の法線応力(断層面に対して
垂直に働く力)が低下し,四国中部から九州にかけて伸張場(正断
層成分を含む領域)に遷移する(乙192-21〜22)ところ,本件
発電所周辺は圧縮場から伸張場への遷移域に位置し,横ずれの卓越
する地域に属すると考えられること(乙40-31)等に照らし,抗
告人らの上記主張は採用できない。
以上によれば,相手方において断層が北傾斜ないし南傾斜である
可能性を相対的に小さく見積もったことは相当であるから,相手方
が上記不確かさを基本モデルに織り込まずに独立した不確かさとし
て考慮するにとどめたことについて,合理性を肯定することができ
る。
c破壊伝播速度
平成29年改訂レシピは,地震動を評価する際の平均破壊伝播速度
Vrについては,特にその震源域の詳しい情報がない限り,S波速度
Vsとの関係式であるVr=0.72Vsで推定することと
しつつ,近年の研究において上記係数0.72よりも大き目の値(0.
8)が得られていることを示唆しているところ,相手方は,事前の調
ものの,長大断層における破壊伝播速度に関する複数の知見(長大断
層でVrがVsを超える事例報告がある)を踏まえ,レシピ中に示さ
れた係数0.72を基本に据えつつ,断層長さに応じた不確かさとし
て上記係数0.72よりも大きい係数を考慮した(480㎞と130
㎞については,波が重なって厳しいと考えられる1.0Vsを,54
㎞については,過去の知見による1σ〔標準偏差〕を考慮した0.8
7Vsを想定する)と認められる(乙31-24,乙269-64)。
以上によれば,相手方において破壊伝播速度が0.72Vsを超え
-285-
る可能性を相対的に小さく見積もったことは相当であるから,相手方
が上記不確かさを基本モデルに織り込まずに独立した不確かさとして
考慮するにとどめたことについて,合理性を肯定することができる。
dアスペリティ平面位置
⒜認定事実
相手方は,文献調査,音響測深,海上音波探査(反射法音波探査),
屈折法地震探査等の結果から,敷地前面海域の断層群中,本件敷地
のほぼ正面に当たる部分に,重信引張性ジョグ,串沖引張性ジョグ,
三崎沖引張性ジョグ(前提事実⑽ウa⒟ⅱ)とは別に,これらに
準じる構造を持つジョグ(以下「伊方沖引張性ジョグ」という。)
が存在すると判断した(乙11)。
その上で,相手方は,ジョグは,通常,変位量が低減する区域で
あるとされており(乙31),この部分にアスペリティが存在する
ことは想定し難い旨の指摘があること(乙11)から,本件敷地の
正面にアスペリティを配置することを基本モデルには織り込まず,
独立した不確かさとして考慮するにとどめることとした(乙11,
31)。
⒝本件敷地沖合の地形についての知見
吉岡(2005)は,中央構造線断層帯の活動セグメントについて,
伊方沖で食い違う形で「伊予長浜沖活動セグメント」(番号183-13,
愛媛県西部沿岸の伊予灘を東北東-西南西方向に延びる右横ずれ断
層,長さ36㎞)と「三机沖活動セグメント」(番号183-14,愛媛
県西部沿岸の伊予灘を東北東-西南西方向に延びる右横ずれ断層,
長さ38㎞)とを区分しており,これらのセグメントが重なる部分
は,本件敷地のほぼ正面沖合に位置している(乙372・1,84頁)。
なお,これらのセグメントのステップ幅(後記⒞ⅱⅲ)は,(ジ
-286-
ョグ両側の活断層トレース間の距離をステップ幅として計測すると)
約1㎞である(乙373-6)。
⒞ジョグの意義,アスペリティとの関係等についての知見
ⅰジョグの意義
「活断層(厳密にはそのトレース)は,多くの場合,屈曲,分
岐,雁行(ステップ及びオーバーステップ)などの,形状の上で
の非単調な構造を伴う。このような非単調な構造は,ジョグある
いは幾何学的バリアと呼ばれている。」「異なる岩体を断層が切
断していくとき,岩体の内部摩擦角の相違や,地下構造の相違な
どによって,地表での断層の露頭線は屈曲することになる。この
ような構造が,屈曲あるいはジョグである。」などの知見が存在
する(乙373-1)。
ⅱジョグと断層破壊の伝播
「ジョグのステップ幅が約4㎞を超えると,地震発生時の断層
破壊はジョグを越えて伝播していない。」「ジョグのステップ幅
が5㎞以上になると地震発生時の断層破壊はジョグを越えて伝播
していない。」などの知見がある(乙373-4〜5)。
ⅲジョグと地表の横ずれ変位量の変化
「ジョグのステップ幅が大きいと地表の横ずれ変位量がゆっく
りと減少し,ステップ幅が小さいと横ずれ変位量が急激に減少す
る傾向がある。」などの知見がある(乙373-8)。
ⅳ地表変位量とアスペリティ分布
「深部起震断層のすべり量分布は,地表地震断層の変位量分布
とは独立して求められているにも関わらず,アスペリティ分布と
地表で変位量が大きかった範囲がよく一致しており,両者には密
接な関係があることが示唆される。」「破壊の終息域あるいは一
-287-
時停止域となるジョグの手前に,他より大きくすべる領域,即ち
アスペリティが出現する。」などの知見がある(乙373-9〜
10)。
検討
平成29年改訂レシピでは,アスペリティを変位量分布によって
設定するとしている(1.1.2⒜)ところ,上記⒝及び⒞ⅰによ
れば,相手方において本件敷地のほぼ正面沖合にジョグが存在する
と想定したことについては相応の理由があり,また,上記⒞ⅱ〜ⅳ
と上記レシピの見解を併せると,相手方において本件敷地のほぼ正
面沖合に位置する上記ジョグは地表変位量が小さいのでアスペリテ
ィとはならないと考えたことについても相応の理由があるといえる。
抗告人ら指摘のジョグとアスペリティの関係についての知見のう
ち甲D540・62頁には,「ジョグがアスペリティにならない,な
どというのは「たわごと」である。」との記載があるが,同証拠も,
大局的には表層変位量の大きいところとアスペリティが一致するこ
とは認めており(同67頁),甲D567の1・11頁も,「アスペリ
ティという意味は強震動を出すところという意味で使われていると
思うんですけれども,地質学的に何が分かるかというと大きく断層
沿いでも変位量が大きそうなところという意味になると思うんです
ね。ただ,最近は大きく滑ったところが強震動生成期(強震動生成
域?)とは限らないという話もありますし,むしろ,その周辺の方
で強震動が出ているんだというような研究も結構報告されていると
思いますので,だから,これで,そもそも地質学的に強震動生成期
(強震動生成域?)と決められるかどうかということが私は疑問だ
と思います。だから,それで,合理的に決められればばらつきの一
つとして扱えるかもしれないですけれども,決められないとなると,
-288-
やはり敷地近くに置いておくようなことを考えないといけないのか
という気がします。」というものであって,相手方の主張に沿う知
見を否定したものでなく,アスペリティの位置の設定の困難性及び
不確かさの考慮の重要性を指摘したにとどまるものと解されるので
あり,上記判断を左右しない。
以上のほか,相手方は,アスペリティの位置については,基本モ
デルにおいて保守的に(敷地に近くなるよう)断層上端に配置して
いること(乙269-50,53)を併せると,相手方が本件敷地の正
面にアスペリティを配置することを基本モデルには織り込まずに独
立した不確かさとして考慮するにとどめたことについて,合理性を
肯定することができる(甲F84,100〜104,109は,こ
の判断を左右しない。)。
⑶敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(プレート間地震)の想定の相
当性
ア南海トラフから琉球海溝までの連動を想定する必要性(原決定第3の3
⑵抗告人らの主張欄ア)
内閣府(2012b)の提唱した南海トラフの巨大地震(Mw9.0,陸
側ケース)は,東京大学名誉教授・阿部勝征を座長とし,高知大学大学
院総合人間自然科学研究科教授・岡村眞,独立行政法人産業技術総合研
究所活断層・地震研究センター長・岡村行信,島﨑元委員長代理ら専門
家において構成される内閣府検討会において,次に発生する可能性の高
い強震断層モデルを検討したものではなく,南海トラフで発生し得る巨
大地震の強震断層モデルを構築した結果であって,巨大地震の中でも最
大級のものであることが確認されたことが認められる(内閣府(2011),
後記イウ)から,相手方が検討用地震として内閣府(2012b)の提唱す
る南海トラフの巨大地震(Mw9.0,陸側ケース)を選定したことは,
-289-
合理的であるといえる。
抗告人らが指摘するとおり,南海トラフから琉球海溝までが連動する
プレート間地震の発生可能性を示唆したり,相手方が検討用地震として
選定した内閣府(2012b)が提唱した南海トラフの巨大地震(Mw9.
0,陸側ケース)は考え得る最大の地震とはいえない旨指摘したりする
後記の見解がみられ,また,津波ガイドには,「プレート間地震に起因
する津波の波源設定の対象領域の例示」の下に,プレート間地震に起因
する津波波源の設定は,3つの領域が対象となる旨指摘した上,その3
つの領域の一つとして,「南海トラフから南西諸島海溝沿いの領域(最
大Mw9.6程度)」が挙がっている(乙156)。
しかし,相手方が内閣府(2012b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.
0,陸側ケース)を検討用地震として選定したのは,その候補となる地
震のそれぞれについて応答スペクトルの方法による地震動評価を比較検
討した結果であって(前提事実⑽ウ),その過程に不合理な点は
見当たらない。また,津波ガイドの上記指摘は,あくまでも津波波源の
設定対象となる領域及び当該領域を津波波源とした場合に想定される地
震規模の参考値を例示したものに過ぎず,その指摘をもって直ちに強震
断層モデルの断層パラメータを設定しなければならないとは限らないと
いうべきである(乙156)。さらに,上記南海トラフ巨大地震(Mw
9.0,陸側ケース)で想定されている震源断層と,南海トラフから琉
球海溝までが連動した場合の震源断層を比較すると,後者の範囲は前者
の範囲を本件敷地からさらに離隔する方向へ延長したものであることが
明白であり(内閣府(2012b)),そうであれば,プレート間地震では
すべり量が飽和しないとの仮定に立脚したとしても(プレート間地震で
は,内陸地殻内地震と異なり,すべり量が長大断層で飽和するかどうか
は不明とされている。),震源断層までの距離が離隔することによって
-290-
本件敷地に影響する地震動の大きさは減衰するものと見込まれるから,
抗告人ら指摘の点は,相手方の基準地震動算定を不合理ならしめるもの
ではない。
抗告人らの主張に沿う知見
a甲D142
これは,内閣府検討会での議論に参加した専門家が,その経験に基
づき,①地震発生予測には限界がある,②「南海トラフの最大クラス
の地震」の科学的妥当性は不確定であり,また,地震科学コミュニテ
ィの議論も不足している,③地震科学は「社会的妥当性」に「科学的
妥当性」を合せて来た歴史がある,④専門家として政府の政策決定に
参加するにあたって,正当性に疑念があるという問題意識に基づき,
今後地震科学コミュニティとして成すべきこととして,⑤誤りを排除
することを優先する,⑥政府の施策に関して,広範なピアレビュー,
⑦開かれた意思決定のシステムの導入を提案するものである。
この見解は,地震動予測の困難性を踏まえた地震科学コミュニティ
のあり方についての提言であり,内閣府(2012b)の南海トラフ巨大
地震(Mw9.0,陸側ケース)に基づき基準地震動を設定すること
の合理性まで否定するものではないというべきである。
b甲D143
これは,内閣府(2012a)の報道発表資料であり,「今回の推計は,
東日本大震災の教訓を踏まえた,新たな考え方,すなわち,津波地震
や広域破壊メカニズムなど,あらゆる可能性を考慮した最大クラスの
ものとして想定したものである。・・・今回の推計は,現時点の最新
の科学的知見に基づき,最大クラスの地震・津波を想定したものであ
って,南海トラフ沿いにおいて次に起こる地震・津波を予測したもの
でもなく,また何年に何%という発生確率を念頭に地震・津波を想定
-291-
したものでもない。・・・地震・津波は自然現象であり不確実性を伴
うものであることから,今回推計した震度分布・津波高はある程度幅
を持ったものであり,それらを超えることもあり得ることに注意する
必要がある。したがって,今回の検討は,一般的な防災対策を検討す
るための最大クラスの地震・津波を検討したものであり,より安全性
に配慮する必要のある個別施設については,個別の設計基準等に基づ
いた地震・津波の推計が改めて必要である。」というものである。
この見解は,基準地震動の決定について決定論的手法によることを
前提とし,かつ,上記1のとおり,現時点での最新の科学的知見に基
づき合理的に予測される規模の自然災害を想定する場合には,内閣府
(2012a)の想定(内閣府(2012b)と同一と認められる。乙259・
2頁)がこれに当たるが,自然現象の不確実性によりこれを上回る規
模の自然災害が起きる可能性があることに鑑み,原子力発電所施設の
ような「より安全性に配慮する必要のある個別施設」については,こ
れを上回る規模の自然災害が起きる可能性を想定した対策を講じるこ
とを求めるものと解される。そこで,これにつき考えるに,上記1の
とおり,新規制基準は,基準地震動を超える地震が発生した場合をも
想定して重大事故対策を講じることを事業者に求めており,後記4⑶
で認定するとおり,事業者において,基準地震動を適切に設定し,か
つ,新規制基準に従った重大事故対策を講じたことにより,基準地震
動を超える地震によって生じるリスクは軽減されるといえるから,上
記見解は,内閣府(2012b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.0,陸
側ケース)に基づき基準地震動を設定することの合理性まで否定する
ものではないというべきである。
c甲D148
これは,内閣府(2012a)についての専門家の見解であり,「この
-292-
震源モデルを完璧に科学的な最大モデルとするのは明らかに間違いで
あろう。・・・この最大モデルを考慮すれば100%大丈夫と考える
のは適切でない。」というものである。
しかし,上記bによれば,内閣府(2012a)は,内閣府(2012a)
の南海トラフ巨大地震(Mw9.0,陸側ケース)を超える自然災害
が生じる可能性を否定していないのであって,「この震源モデルを完
璧に科学的な最大モデルと」しているものではなく,「この最大モデ
ルを考慮すれば100%大丈夫と考え」ているものでもないことは明
らかであるから,この見解も,上記bで説示したのと同様の理由によ
り,内閣府(2012b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.0,陸側ケー
ス)に基づき基準地震動を設定することの合理性まで否定するもので
はないというべきである。
以上によれば,抗告人らの主張は採用できない。
イ応答スペクトルに基づく地震動評価
地震規模をMw8.3と設定したことの合理性(原決定第3の3⑵抗

a内閣府(2012b)の南海トラフ巨大地震(Mw9.0,陸側ケース)
は,上記アで指摘した専門家らで構成され,各種検討の結果,内閣府
(2011),内閣府(2012a),内閣府(2012b)において提唱されて
いる強震断層モデルのうち,強震動生成域を可能性がある範囲で最も
陸域側の場所に設定したケースであることが,それぞれ認められる。
そうであれば,相手方が検討用地震として選定した地震は,内閣府検
討会において,数次にわたって経過を報告しつつ検討を重ねた末に到
達した成果物であるといってよい。
そうであるところ,内閣府検討会は,内閣府(2012b)において,
経験的手法(応答スペクトルに基づく地震動評価)のパラメータであ
-293-
るMwにつき,中央防災会議(2003)における東海・東南海・南海地震
を検討した際のMw,経験的手法のパラメータであるMw,震度分布
の関係,東北地方太平洋沖地震の震度分布に適用されている経験式の
パラメータであるMwの値を参照した上,①中央防災会議(2003)に
よると,経験的手法はMw8より大きな地震に対して適用できるよう
に作成されたものではないが,過去のMw8を超える地震の震度分布
と比較すると,全体的には距離減衰の関係は成立していると考えられ,
検討した東海・東南海・南海地震はMw8.7の地震であったが,経
験的手法のパラメータMw8.0を仮定するとその震度分布をよく説
明したこと,②Mw9.0の東北地方太平洋沖地震の震度分布に適用
されている経験式のパラメータMwは8.2~8.3であることなど
から,南海トラフの巨大地震の検討における経験的手法のパラメータ
をMw8.3と設定したこと,上記の経過を経て検討された南海トラ
フの巨大地震の強震断層モデルは,巨大地震の中でも最大級のもので
あることが確認されたばかりか,震源断層全体の地震モーメントやす
べり量等を定め,次にSMGAの応力降下量等を設定する方式であり,
設定するパラメータの設定に幅があり,想定より大きな強震断層モデ
ルとなっている可能性も否定できないこと,以上の事実も認められる。
そうであれば,応答スペクトルに基づく地震動評価に当たり,南海
トラフの巨大地震(Mw9.0,陸側ケース)についてMwを8.3
と設定することは,内閣府検討会の度重なる検討の結果に沿うもので
あるのみならず,そのようにして得られた強震断層モデルは想定され
る最大規模の地震であるとみてよいことになる。そのことは,東北地
方太平洋沖地震がMw9.0の地震であるにも関わらず経験的手法に
よる震度分布の比較で観測された震度分布はMw8.2~8.3相当
のものとなる理由の解明が今後の課題として残されているからといっ
-294-
て,現時点で直ちに左右されるものとはいい難い。
b抗告人らは,東北地方太平洋沖地震の地震観測記録を耐専式で再現
する場合,M9.0も想定しなければならないと主張し,これに沿う
証拠として,奥村ほか(2012)を提出する。
しかし,奥村ほか(2012)は,高レベル放射性廃棄物の地層処分施設
のように,地下深部に建設される施設の耐震性を検討する際に地震動
をどのように設定するかという課題(原子力発電所施設に対しては,
解放基盤表面で地震動を設定した上で,建屋に入力する地震動を解析
により評価するのが一般的であるのに対し,地中施設の場合には,地
表付近の解放基盤表面あるいは地下深部での地震基盤で設定した地震
動から解析により地中施設位置での地震動を評価する,地中の施設位
置での地震動を評価するなどの方法が考えられる。)に応えるべく,
距離減衰式を用いた地中地震動の直接評価の適用可能性を検討するた
めに,耐専式に対する地下深部での補正係数を算定した上で,地震の
マグニチュードを変位マグニチュード(8.4)とモーメントマグニ
チュード(9.0)の2通りとし,東北地方太平洋沖地震の応答スペ
クトルの再現を試みたところ,短周期成分はM8.4とM9.0の中
間的な値,長周期成分(周期1〜5秒)はM8.4のものに近いこと
がわかり,地中観測記録と耐専式の比率を補正係数として考慮するこ
とにより,地中地震動の応答スペクトルが比較的良好に再現できたの
で,当該地点で地中観測記録がある場合の耐震性設計用地震動の設定
方法の一つとして有効と考えられるなどというものである。
これによれば,M9.0の地震に耐専式を適用することが耐専式の
適用範囲(前記⑵ア)
を超えるのではないかとの疑問があることを措くとしても,本件原子
炉のように地表に建設される施設の耐震性を検討する際の基準地震動
-295-
の設定に際して考慮すべき性質のものとは考えられないから,奥村ほ
か(2012)の知見から,本件の基準地震動の算定に際してM9.0を考
慮すべきであるということはできない。
耐専式のばらつき等(原決定)
相手方は,応答スペクトルによる地震動評価に当たり,その地震規模
を内閣府(2012b)に従いMw8.3と設定しているところ,耐専式は,
M8.5までの規模の地震に適用することができる距離減衰式であるか
ら,耐専式が上記地震動評価に不適であるということにはならない。
また,耐専式は,断層最短距離を用いる他の距離減衰式に比して,①
解放基盤表面の地震動として評価できること,②水平方向及び鉛直方向
の地震動が評価できること,③震源の広がりを考慮できること,④敷地
における地震観測記録を用いて地域特性等が考慮できる点が長所である
とされているから,相手方が上記地震動評価に当たり耐
専式を適用したことは合理的であり,抗告人ら指摘の等価震源距離が大
きいため地震動が小さくなるとの点は,耐専式が等価震源距離を用いる
ことによって生じるものであって,そのような結果が生じるからといっ
て,上記の利点のある耐専式に代えて断層最短距離を用いる他の距離減
衰式を適用すべきであることにはならない(「等価震源距離が大きいと
きは断層最短距離を用いる他の距離減衰式を適用し,等価震源距離が小
さいときは等価震源距離を用いる耐専式を適用する。」というのは恣意
的な手法というほかない。)。
さらに,耐専式のばらつきや不確かさの考慮をいう点についても,上
記地震動評価の対象に選定された南海トラフの巨大地震(Mw9.0,
陸側ケース)については,その強震断層モデルが巨大地震の中でも最大
級のものであることが内閣府検討会(2012b)において確認されただけ
でなく,想定より大きな強震断層モデルとなっている可能性も否定でき
-296-
ないというのであるから,これにより,耐専式のばらつきや不確かさも
考慮されているということができる。
よって,抗告人らの主張は採用できない。
ウ断層モデルを用いた手法による地震動評価
ばらつき,不確かさの考慮(原決定)
相手方がプレート間地震の地震動評価のための検討用地震として選定
した内閣府(2012b)の南海トラフの巨大地震(Mw9.0,陸側ケー
ス)の強震断層モデルは,①平均応力降下量⊿σ=4.0M㎩とした上
で,地震モーメントMo=α・⊿σ・S3/2
,α=16/7π3/2
(平成
29年改訂Moを推定しているが,⊿
σが4.0M㎩よりも大きくなる確率は10%にとどまるとされ,この
点から見る限り,上記南海トラフの巨大地震における強震断層モデルは,
巨大地震の中でも最大クラスの強震断層モデルであるといえること,②
フィリピン海プレートの沈み込むベクトルのすべり角については,乱数
を用いて,すべり角に対し±30度のゆらぎを与え,強震波形の計算結
果が極端なものとならないよう対処されていること,③基本ケースの強
震動生成域を,可能性がある範囲で最も陸域側(プレート境界面の深い
側)に設定したものであること,以上の事実が認められる。そうであれ
ば,南海トラフの巨大地震(Mw9.0,陸側ケース)は,強震断層モ
デルの断層パラメータの設定において本件敷地との関係で相当程度の不
確かさが既に織り込まれているものといってよい。
しかも,相手方は,上記強震断層モデルを前提とした上,さらに,本
件敷地近傍にも強震動生成域を追加配置することを不確かさとして考慮
したことが認められる(乙11)。
してみると,相手方の不確かさの考慮は合理的であり,相手方が本件
敷地近傍における強震動生成域の追加配置以外の不確かさを独立して考
-297-
慮しなかったからといって,直ちに合理性を欠くとはいえない。
強震動パルスの生成を意識した震源モデルの考慮(原決定第3の3⑵

近年,野津チームリーダーらにおいて東北地方太平洋沖地震等で実際
に観測されている強震動パルスを説明するためには強震動生成域内部に
よりコンパクトな領域を考える必要があるとして,「強震動パルス生成
域(SPGA)」という概念が提唱されていること(野津ほか(2012)),
その上で,野津チームリーダーは,福島第一原発周辺の強震動とSPG
Aとの関係を検討した結果として,原子力発電所の耐震設計においては
SPGAを考慮すべきであり(甲D59,D480),かつ,SPGA
を考慮した強震動評価は可能である旨(甲D336)指摘していること,
現に,東京港と川崎港では,SPGAモデルを用いた地震動評価の結果
に基づいて耐震性能の向上が図られる予定であること(甲D338),
以上の事実が認められる。これらの事実による限り,本件敷地に係るプ
レート間地震の地震動評価に当たっても,SPGAモデルを用いること
が可能であり,かつ,より保守的な評価が可能になるように見える。
しかし,野津ほか(2012)は,「2011年東北地方太平洋沖地震の
際,震源断層に比較的近い宮城県から茨城県にかけての多くの地点で観
測された0.2-1Hzの帯域の速度波形は明瞭なパルスによって特徴
付けられている。これらの強震動パルスは,構造物に対して影響を及ぼ
しやすい周波数帯域に現れているという点で,内陸地殻内地震による強
震動パルスと共通の特徴を有していると言える。海溝型巨大地震がもた
らす強震動パルスも構造物に大きな影響を及ぼす可能性があり,今後,
海溝型巨大地震に対する強震動予測,特に耐震設計を目的とする強震動
予測を行う場合には,強震動パルスの生成を意識した震源のモデル化を
行うことが重要と考えられる。・・・,多くの高層建物の固有周波数が
-298-
0.2-1Hzの範囲に存在することを考えると,0.2-1Hzの周
波数帯域は,工学上極めて重要性の高い周波数帯域であると言える。従
って,本研究では主にこの周波数帯域における強震動の特性に着目した
検討を行う。この帯域ではカバーできないような工学上重要な施設も存
在するが,本研究の主眼は上記の帯域にある。」というものである。
これによれば,野津ほか(2012)のSPGAモデルは,0.2-1H
zの周波数帯域(固有周期が1秒から5秒の長周期)の建物の耐震設計
のための地震動予測を主眼することが明らかであるところ,本件原子炉
施設の主な施設の固有周期は0.02秒から0.5秒の短周期であり(甲
D497・2頁),野津ほか(2012)が検討の対象とした周波数帯域(固
有周期が1秒から5秒の長周期)ではカバーできないような工学上重要
な施設に当たるから,少なくとも,本件原子炉施設の基準地震動の算定
に際しては,SPGAモデルがレシピで採用されると否とにかかわらず,
基準地震動の評価に影響を与える内容のものとは認められない。
この点につき,野津(2017)には,「本稿で議論してきた時間幅l~
2秒のパルス波が,原子力発電所に多く見られる固有周期の短い構造物
の耐震安全性とは関係がないと考えるのは誤りである。・・・たとえ線
形時の固有周期の短い構造物であっても,大きな加速度を受ければ塑性
化する可能性があり,いったん塑性化すれば線形時の固有周期は意味を
なさなくなる。そして,いったん塑性化した構造物に大きな損傷が生じ
るかどうかは速度の振幅と関係している。したがって大きな加速度と速
度を同時にもたらす時間幅l~2秒のパルス波は大被害に結びつきやす
い。・・・したがって,たとえ塑性化を許容しない構造物であっても,
パルス波に対して塑性化が生じないか検証する必要があり,また,ある
程度の塑性化を許容する構造物では,パルス波に対する塑性化の程度を
評価する必要がある。」との部分がある(甲D480。なお,甲D48
-299-
4も同旨)。しかし,設置許可基準規則は,耐震重要施設について,そ
の供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震に
よる加速度によって作用する地震力(基準地震動による地震力)に対し
て安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならないと定め(同
4条3項),「安全機能が損なわれるおそれがないものでなければなら
ない」ことを満たすために,基準地震動に対する設計基準対象施設の設
計に当たって,「建築・構築物については,常時作用している荷重及び
運転時に作用する荷重と基準地震動による地震力との組み合わせに対し
て,当該建物・構築物が構造物全体としての変形能力(終局耐力時の変
形)について十分な余裕を有し,建物・構築物の終局耐力に対し妥当な
安全余裕を有していることを求めている(同解釈別記2の6一)から,
本件原子炉施設は野津(2017)の「塑性化を許容しない構造物」であり,
かつ,耐震設計審査により「パルス波に対して塑性化が生じないか」の
検証もされているといえるので,この知見も前記の判断を
左右するものではない。
エその他の抗告人らの主張
揺れの継続時間(原決定第3の3⑵抗告人らの主張欄エ)
抗告人ら指摘の知見(甲D151)は,「東北地方太平洋沖地震で観
測された長周期地震動の特性と,過去の昭和東南海・南海地震の強震観
測記録を比較から,想定される東海・東南海・南海地震の連動とその時
間差発生(時間差連動)を考えた地震動シミュレーションに基づき,想
定される南海トラフ巨大地震の長周期地震動の評価を行った。・・・東
北地方太平洋沖地震では,M9地震の500㎞*200㎞にもわたる広
大な震源域が,3分近い時間をかけて大きくズレ動いたことに加え,海
溝寄りの浅部プレート境界において50mを越える大きなズレ動きが発
生した特徴がある。こうした巨大地震の複雑な断層運動により放射され
-300-
た地震動は,短周期~長周期の広い帯域で大きなエネルギーを持ち,か
つ揺れの継続時間が非常に長かった。・・・南海トラフでは,近年の地
震発生履歴や南海トラフの沈み込み帯構造の水平変動から,東海,東南
海,南海地震の3つの地震セグメントを分けて活動を議論することが多
い。南海トラフ地震の連動発生の影響評価では,3つの地震セグメント
が同時にズレ動く場合に加え,数分から数十分の時間差で順番にズレ動
く時間差連動についても検討が必要であろう。特に,名古屋や大阪など,
3つの地震セグメントからほぼ等しい距離にある平野では,時間差連動
による2.3回の大揺れと,強い揺れの継続時間が2~3倍長くなる危
険性がある。」というものである。
しかし,上記知見は,東北地方太平洋沖地震で観測された長周期地震
動の特性と,過去の昭和東南海・南海地震の強震観測記録の比較から,
想定される東海・東南海・南海地震の連動とその時間差発生(時間差連
動)を考えた地震動シミュレーションに基づき,想定される南海トラフ
の巨大地震の長周期地震動の評価を試みたものであり,短周期地震動の
評価にそのまま当てはまるか疑問の余地がある(本件原子炉施設の主な
施設の固有周期が0.02秒から0.5秒の短周期であることは前記ウ
。また,上記知見によれば,特に,名古屋や大阪
など,東海・東南海・南海の3つの地震セグメントからほぼ等しい距離
にある平野を対象として,上記3つの地震セグメントが数分の時間差で
連動発生した場合を想定してみたというのであって,上記3つの地震セ
グメントからほぼ等しい距離にないことが明白な本件敷地についても同
様のことがいえるかどうかについては何らの示唆も言及もない。
よって,上記知見は,相手方による揺れの継続時間の設定の合理性を
左右するものではなく,抗告人らの主張は採用できない。
基準地震動以外の事象(原決定)
-301-
抗告人らが主張する南海トラフの巨大地震によって誘発されるべき他
の事象は,いずれも抽象的な可能性を指摘するものにすぎず,それらの
事象が南海トラフの巨大地震を契機に重畳的に発生することまで想定す
ることが要求されているものとは考え難い。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
繰返しの揺れ(原決定)
南海トラフの巨大地震による地震動の応答スペクトルは,弾性設計用
地震動Sd-1(基準地震動に対する施設の安全機能の保持をより高い
精度で確認するためのものとして,基準地震動との応答スペクトルの比
率の値が,目安として0.5を下回らないような値で,工学的判断に基
づいて設定することなどが求められる〔設置許可基準規則4条2項,同
解釈別記2の4一〕。)を若干超える周期帯があることが認められるけ
れども,そのような周期帯は,本件原子炉施設のうち大半の安全上重要
な施設に係る固有周期に比して長周期側に偏っており,短周期帯ではむ
しろ大きくSd-1を下回っている(乙94)。
上記検討結果による限り,本件原子炉施設のうち安全上重要な施設に
ついては,南海トラフの巨大地震による地震動に対して弾性範囲内で挙
動し,塑性変形に至るとは考え難い()。
よって,上記の点は,相手方の評価の合理性を左右するものではなく,
抗告人らの上記主張は採用できない。
⑷敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(海洋プレート内地震)の想定
の相当性
ア基本震源モデルの地震規模をM8.0に設定していないこと(原決定第
3の3⑶抗告人らの主張欄ア)
平成29年改訂レシピは,スラブ内地震のパラメータ設定(1.3.
1)のうち,震源断層の地震規模(地震モーメントMo)については,
-302-
「長期評価が行われた場合には,その評価を利用することが望ましい。」
「当面は過去の地震や確率論的地震動予測地図の地震活動モデルに基づ
いて設定されることが想定される。」とされ,ス
ラブ内地震は内陸地殻内地震に比して短周期成分の励起が大きいことか
ら,内陸地殻内地震の2001))の4倍
(フィリピン海プレート地震では2倍)とするとされている。
そこで,地震本部の長期評価の推移をみると,①日向灘長期評価(2004)
は,「安芸灘~伊予灘~豊後水道」においては,震源域は特定できない
ものの,フィリピン海プレート内部(深さ40~60㎞程度)でM6.
7~M7.4の大地震が発生する可能性があるとしていたが,②地震動
ハザード評価(2013)では,「安芸灘~伊予灘~豊後水道」のプレート
内地震につき,「1911.06.15奄美大島近海と同程度の地震が
発生しうると仮定」したことを根拠として,地震動が最大M6.6から
最大M8.0に変更され,③予測地図(2014)でも,(②と同様に)「安
芸灘~伊予灘~豊後水道」のプレート内地震の最大マグニチュードMは
8.0に設定され,④予測地図(2017)では,「安芸灘~伊予灘~豊後
水道」のプレート内地震につき(①と同様に)M6.7~M7.4とさ
れている(③と④で地震規模が異なる理由は明らかでない。)。
これによれば,レシピに従う限り,本件敷地における海洋プレート内
地震の地震動評価に当たっては,(③と④で地震規模が異なる理由は明
らかでないものの)②③により地震規模をM8.0とする地震を基本震
源モデルとするのがより保守的かつ妥当であるように見える。
しかし,②の地震動ハザード評価(2013)の地震動評価変更の根拠と
なった1911年6月15日奄美大島近海を震源域とする地震(M8.
0。震源深さ100㎞。以下「明治喜界島地震」という。)については,
震中央付近でのプレート境界の深さは10㎞程度であり,深さ100㎞
-303-
でプレート内地震が起きることは現在の地震学の常識では考えにくいと
して,プレート間地震であるとする知見がある(乙182,428)ほ
か,仮にプレート内地震であったとしても,明治喜界島地震の震源付近
と伊予灘周辺プレート内地震の震源付近とでは,発震機構,テクトニク
ス及びプレート構造に違いがあるとの知見があり(乙182),これに
よれば,伊予灘周辺プレート内地震の最大地震規模が明治喜界島地震の
それと同程度には至らない可能性があるから,②の地震動ハザード評価
(2013)の最大マグニチュードM8.0の想定の信用性については,疑
いを入れる余地がある。
また,上記②の地震動ハザード評価(2013)及び上記③の予測地図(2014)
は,「安芸灘~伊予灘~豊後水道」のプレート内地震につき80㎞×8
0㎞の短形断層面を想定している(乙181・55頁,予測地図(2014)・
113頁)が,この点について,予測地図(2014)・384頁は,「東北地方
太平洋沖地震後の長期評価の改訂がまだ行われていない海溝型地震の発
生領域においては,震源断層をあらかじめ特定しにくい地震の最大規模
は,領域区分ごとに領域の面積に比例した値を設定するにとどまってお
り,現時点ではあくまで暫定値が設定されている状況である。・・・今
後,地下構造(プレート構造)に関する知見をはじめとした,最新の科
学的知見を踏まえた長期評価を踏まえて,震源断層をあらがじめ特定し
にくい地震の際最大規模の設定を行うことが必要である。」などとして
いるところ,沈み込むフィリピン海スラブの厚さは,30〜35㎞であ
るとの知見があり(乙375),これを前提とすると,九州下方に斜め
に沈み込むフィリピン海プレートに対して,②③のような大きな水平矩
形断層面を設定することは,プレートを突き抜ける断層面を設定するこ
とになり,現実的な断層モデルの設定は不可能であること等の問題があ
るから,予測地図(2014)の最大マグニチュードM8.0の想定の信用
-304-
性についても,疑いを入れる余地がある。
次に,相手方が本件敷地下方に仮定した既往最大規模の地震(185
4年伊予西部地震のM7.0)の想定の合理性について検討する。
日向灘長期評価(2004)は,上記伊予西部地震の地震規模をM7.4
としている。これは,宇佐美(2003)のM7.4〜7.5を参考にした
ものである(日向灘長期評価(2004)・20頁)ところ,宇佐美(2003)
は宇佐美(2013)に改訂されたが,M7.4〜7.5の評価に変更はな
い。これらによれば,相手方のM7.0は,長期評価に比して過少であ
るとの疑いがないではない。
しかし,神田ほか(2008)は,伊予灘から豊後水道近傍で発生したマ
グニチュード7前後の歴史地のスラブ内地震の特性を
考慮して地震規模を評価する必要があるとの問題意識に基づき,上記伊
予西部地震の地震規模を再度検討したところ,M=7.0の結果が得ら
れたとしており,髙橋ほか(2008)も,同様の問題意識から17世紀以降
1905年まで芸予地域に発生したM=7.0以上の地震規模を再度検
討したところ,M=6.7〜6.9の結果が得られたとしており(相手
方は,これらの知見に基づき,上記伊予西部地震の地震規模をM=7.
0としたものである。乙391),これらの知見によれば,上記伊予西
部地震の地震規模についての日向灘長期評価(2004)並びにその根拠と
なった宇佐美(2003)及び宇佐美(2013)の知見については,その信用
性に疑いを入れる余地がある。
以上によれば,相手方が基本震源モデルの地震規模をM7.0とした
ことについては,相応の理由があり,相手方が不確かさの考慮において
本件敷地の真下に想定する地震規模をM7.2としたケースや本件敷地
東方の領域に水平に近い断層面を考慮したケース(M7.4)を想定し
ていることを併せると,相手方の地震動評価について,合理性を肯定す
-305-
ることができる。
イ耐専式を適用したこと(原決定第3の3⑶抗告人らの主張欄イ)
耐専式はM8.5の規模の地震まで適用可能であるとされているところ,
相手方は,補正係数についても,敷地周辺における比較的規模の大きい観
測記録があることを踏まえ,これら観測記録を基に算出しているから(乙
11),相手方が海洋プレート内地震の地震動評価に当たって耐専式を適
用したこと自体は合理的であると認められる。
また,耐専式のばらつきや不確かさの考慮をいう点については,経験式
そのものが内包する不確かさをそのまま当該敷地における地震動評価に当
たって考慮しないからといって,そのような地震動評価が直ちに合理性を
欠くとまでいえないことは,上記⑵アで説示したとおりであるから,相
手方において,1649年安芸・伊予の地震を再現したモデルをM7.0
に較正したケースに加え,敷地の真下に想定する地震規模をM7.2とし
たケース,アスペリティの位置を断層上端に配置したケース,敷地東方の
領域に水平に近い断層面を考慮したケース(M7.4)を設定し,一定程
度の不確かさを想定したことは合理的である。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑸震源を特定せず策定する地震動の想定の相当性
ア観測記録から合理的に導かれる最大の応答スペクトルを考慮すべきこと
について
不確かさの考慮(原決定)
「震源を特定せず策定する地震動」の策定に当たり「各種の不確かさ」
を考慮すべきことは,新規制基準の策定過程において藤原部門長がその
必要性を主張したことから盛り込まれた経緯が窺えるけれども(甲D8
4),そうだからといって,考慮すべき「各種の不確かさ」の具体的な
内容いかんが,直ちに藤原部門長の上記主張に拘束される筋合いはない
-306-
し,実際に策定された新規制基準及び地震ガイドを見ても,考慮すべき
「各種不確かさ」が具体的に列挙されているわけでもない。したがって,
「震源を特定せず策定する地震動」の評価に当たり,藤原部門長の上記
主張に係る事情を常にあまねく考慮しなければならないものとは解され
ない。
そして,相手方は,地震ガイドに震源を特定せず策定する地震動の評
価において収集対象となる内陸地殻内の地震の例として例示された16
の地震のうち,「地表地震断層が出現しない可能性がある地震」として
留萌支庁南部地震を選定した上,留萌支庁南部地震のK-NET港町観
測点の記録について,はぎとり解析の過程における不確かさを考慮して
推計される地震動に,原子力発電所の耐震性に求められる保守性をも勘
案することによって余裕を持たせた620ガルをもって震源を特定せず
策定する地震動として採用している(乙40)。
そうであれば,相手方は,上記の過程において,K-NET港町観測
点での観測記録に含まれる地盤の増幅特性を考慮して同観測点における
解放基盤波を策定した上,減衰定数の不確かさに加えて推計した地震動
にさらに余裕を持たせるなどの考慮を施しているものと認められる。
しかも,本件発電所の解放基盤表面のS波速度は,K-NET港町観
測点における基盤層のそれよりも大きく,したがって,本件発電所の地
盤がより固いこと,相手方は,留萌支庁南部地震に加え,「事前に活断
層の存在が指摘されていなかった地域において発生し,地表付近に一部
の痕跡が確認された地震」として鳥取県西部地震も併せて選定し,その
観測記録も用いて「震源を特定せず策定する地震動」の評価を行ったこ
と(⒝,乙11,42,187),以上の諸点も指摘
することができる。
してみると,相手方は,「震源を特定せず策定する地震動」の評価に
-307-
当たり,はぎとり解析の過程における不確かさに加え,結果として推計
された地震動にさらに余裕を持たせたり,別の観測記録をも用いて地震
動の評価をしたりするなどの考慮を施しているのであるから,相手方に
よる「震源を特定せず策定する地震動」の策定過程が新規制基準及び地
震ガイドの趣旨に反するとか,結果として相手方が策定した「震源を特
定せず策定する地震動」の評価が過小になっているなどというには至ら
ない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
財団法人地域地盤環境研究所等の解析結果等(原決定第3の3⑷抗告
人らの主張欄ア)
①財団法人地域地盤環境研究所が平成23年3月付けで作成した「震
源を特定せず策定する地震動計算業務報告書」(甲C162),②JN
ESが平成21年3月付けで作成した「震源を特定せず策定する地震動
の設定に係る検討に関する報告書」(甲C162)は,いずれも抗告人
らの上記主張に沿う知見である。
しかし,①は,「耐震指針では,「震源を特定せず策定する地震動」
の評価を求めており,当該評価結果についての妥当性を検討する必要が
ある。特に敷地・敷地近傍に耐震設計上考慮する活断層が認定されてい
ない場合には,地域性を考慮した適切な規模の震源断層を敷地直下に想
定し,その地震動レベルの妥当性を個別に検証する必要がある。」とい
うものであり,②も,「新耐震設計指針では震源を特定せず策定する地
震動は観測記録に基づき評価すると規定されている。しかし,観測記録
が不足するため,それを補うために断層モデルにより種々の条件を設定
して震源近傍の地震基盤位置の地震動を評価した。」というものであっ
て,いずれも断層モデルを設定し,これをもとに留萌支庁南部地震の地
震動を予測した結果であることが明らかであるから,加藤ほか(2004),
-308-
この知見に基づく改訂耐震指針,これを継承した新規制基準及び地震ガ
イドにおける「震源を特定せず策定する地震動」の定めの趣旨や内容(震
源を事前に特定できない地震の規模及び位置は前もって想定できないこ
とから,マグニチュードや震源距離を規定する方法〔旧耐震指針の「直
下地震M6.5」という地震規模による設定等〕はとらず,震源近傍の
強震観測記録に基づいて地震動レベルを直接設定する)に照らすと,抗
告人らの主張に沿う上記各知見によっては,相手方がした「震源を特定
せず策定する地震動」の評価の合理性は左右されない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
IAEA基準違反(原決定)
少なくともMw6.5の規模の地震の震源をサイトの直下又はその近
傍の特定の場所に設定して「震源を特定せず策定すべき地震動」を評価
すべきであるとする点は,その手法において,上記説示した新規制基準
及び地震ガイドの趣旨や内容とは相容れない。そして,新規制基準及び
地震ガイドがいう「震源を特定せず策定する地震動」の評価は,震源と
活断層を関連付けることが困難な過去の内陸地殻内地震であって震源近
傍において強震動が得られたものの観測記録を何らの考慮もしないで用
いるわけではないし,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」を
適切に策定し,これと相補的に考慮することが予定されているのであっ
て,その限りにおいて新規制基準及び地震ガイドが合理性のない手法を
採用しているとはいえない。
また,IAEAが平成28年5月付けで作成した原子力施設の立地評
価のための震源を特定せず策定する地震動における地震動評価手法に関
する安全報告(乙191)は,上記新規制基準の基になった加藤ほか(2004)
について,「日本は地震活動が最も活発な地域の一つであるため,震源
を特定できない地震の観測記録の最大値から,設計用応答スペクトルの
-309-
最低限のレベルを定めている。このような観測記録に基づく設計用応答
スペクトルは,震源を特定せず策定する地震動に対するミニマムリクワ
イアメントとして用いることができる。・・・この手法は,距離減衰式
のように,モデルを設定して地震動レベルが直接的に推定でき,予想さ
れる中央値やランダムなばらつきが含まれる手法とは異なるものであ
る。・・・一方で,安定した大陸で地震が少ない地域や地震活動が活発
な地域であっても断層に近い地域のように,観測データが少ない場合に
は,距離減衰式による手法では不確実さが大きくなる可能性がある。こ
のような場合においては,加藤の手法は,・・・世界で観測された応答
スペクトルの分析に基づいて得られたものという点で有利であると考え
られる。(加藤の手法の)主な課題としては,地震動の想定において不
確実さを評価する明確な方法が無いということである。」などと一定の
評価を与えており,このことからしても,新規制基準及び地震ガイドが
IAEA基準に反するとは認められない。
以上によれば,この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
イ相手方による観測記録の収集
地震ガイドに震源を特定せず策定する地震動の評価において収集対象
となる内陸地殻内の地震として例示されている地震が16であること自
体が過小であること等(原決定第3の3⑷抗告人らの主張欄イ柱書,同
)。
新規制基準や地震ガイドの策定に当たった地震等基準検討チームの構
成や検討・審議の過程に関する上記認定事実に照らし,上記例示に係る
地震が16であったからといって,そのこと自体が過小であるというこ
とはできない。
また,能登半島地震や新潟県中越沖地震(超過事例③)が上記例示に
含まれていないのは,地震等基準検討チームによる新規制基準や地震ガ
-310-
イドの策定過程において,能登半島地震については地震前の音波探査で
も活断層を確認された旨,新潟県中越沖地震については全体像が把握で
きなかっただけで活断層の存在自体は知られていた旨指摘され,了承さ
れたからであることが窺えるし(乙186),これと同旨の知見の存在
が認められるから(乙188),地震ガイド上,「震源を特定せず策定
する地震動」の評価に当たり観測記録収集用地震として例示された地震
の中に上記各地震が含まれていないことには合理性があるものというべ
きである。
この点に関する抗告人らの主張はいずれも採用できない。
鳥取県西部地震(日野)等の排除(原決定第3の3⑷抗告人らの主張
欄イ)
地震ガイドで例示されている16地震中,「事前に活断層の存在が指
摘されていなかった地域において発生し,地表付近に一部の痕跡が確認
された地震」(Mw6.5以上の地震)とされる2つの地震のうち,鳥
取県西部地震のKiK-net日野観測点,「地表地震断層が出現しな
い可能性がある地震」(Mw6.5未満の地震)とされる14の地震の
うち,2011年長野県北部地震のK-Net津南観測点,2013年
栃木県北部地震のKiK-net栗山西観測点の各応答スペクトルは,
加藤ほか(2004)のスペクトルを一部の周期帯で上回っている(乙40,
42)。
しかし,地震ガイドにおいては,「震源を特定せず策定する地震動」
は,①策定方針として,敷地の地盤物性に応じた応答スペクトルを設定
して策定されている必要があること(4.1⑴),応答スペクトルの設
定においては,解放基盤表面までの地震波の伝播特性が反映され,敷地
及び敷地周辺の地下構造(深部・浅部地盤構造)が地震波の伝播特性に
与える影響が適切に評価されている必要があること(4.1⑵),以上
-311-
2点が求められ,②応答スペクトル(地震動レベル)の設定と妥当性確
認として,震源を特定せず策定する地震動の応答スペクトル(地震動レ
ベル)は,解放基盤表面までの地震波の伝播特性が反映され,敷地の地
盤物性が加味されるとともに,個々の観測記録の特徴(周期特性)を踏
まえるなど,適切に設定されていることを確認することが求められてい
る(4.2.2⑴)。
そうであれば,地震ガイドの求めに応じて「震源を特定せず策定する
地震動」の評価に当たって用いるべき観測記録は,確かな地盤情報が得
られており,はぎとり解析による解放基盤波の算定に耐えるものである
必要があるといわねばならない。
しかるに,相手方の検討では,①鳥取県西部地震のKik-net日
野観測点については,KiK-netの地盤データと観測記録(伝達関
数)が整合せず,既存の知見によって観測記録を1次元波動論では説明
できないなどの問題があって,精度の良い解放基盤波の推定が困難であ
ること,②K-NET津南観測点については,そもそも地盤情報が乏し
いため,はぎとり解析による解放基盤波の算定そのものが困難な状況で
あること,③KiK-net栗山西観測点については,観測記録に基づ
く地盤同定を実施し,はぎとり解析によって解放基盤波を算定したもの
の,上記同定に係る地盤モデルは,同観測点における地盤情報(ボーリ
ングデータ)と整合しないし,既往の知見で指摘されている増幅特性の
影響度合いや,その他の影響要因の有無が判断できず,はぎとり解析手
法の適用性が判断できないことが判明したこと,以上のとおりであった
というのであって(乙40,187),その検討の過程に不合理な点は
見当たらない。
また,確かな地盤情報が足りなければ,事業者(本件では相手方)が
自ら地盤を調査すべきであるかのような指摘(甲D342)とか,断層
-312-
モデルを用いた手法を用いて当該観測点の解放基盤における地震動を推
定する方法を併用する旨の提案(乙189)の存在が窺えるけれども,
上記①ないし③の各観測点に関する限り,加藤ほか(2004)のスペクトル
を上回っているのが一部の周期帯に限定されていること,上記①ないし
③の各観測点でなくとも,留萌支庁南部地震のK-NET港町観測点及
び鳥取県西部地震の賀祥ダムの各観測記録に基づき,地震動評価に耐え
得る解放基盤波が得られていることに照らすと,上記①ないし③の各観
測点について,相手方において地盤調査をしなかったとか,断層モデル
に用いた推定を試みなかったからといって,相手方がした「震源を特定
せず策定する地震動」の評価の合理性は左右されない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
岩手・宮城内陸地震の排除(原決定第3の3⑷抗告人らの主張欄イ)
地震ガイドは,「震源を特定せず策定する地震動」の評価に当たり,
検討対象地震として,⑴「地表地震断層が出現しない可能性がある地震」
を適切に選定することを求める一方,⑵「事前に活断層の存在が指摘さ
れていなかった地域において発生し,地表付近に一部の痕跡が確認され
た地震」についても,検討対象地震の選定に当たって検討を加え,必要
に応じて選定することを求めている(4.2.1)。
そして,⑵は,震源断層がほぼ地震発生層の厚さ全体に広がっている
ものの,地表地震断層としてその全容を表すまでには至っていない地震
(Mw6.5以上の地震)であり,孤立した長さの短い活断層による地
震が相当するけれども,活断層や地表地震断層の出現要因の可能性とし
て,地域によって活断層の成熟度が異なること,上部に軟岩や火山岩,
堆積層が厚く分布する場合や地質体の違い等の地域差があることが考え
られるとされている(4.2.1〔解説〕⑵)。
そうであれば,「事前に活断層の存在が指摘されていなかった地域に
-313-
おいて発生し,地表付近に一部の痕跡が確認された地震」を観測記録収
集用の地震として選定するに当たっては,上記の観点からする地域差に
ついて検討を加えることが地震ガイドにおいてそもそも求められている
ものというべく,地域差をめぐる検討の結果として,当該地震を観測記
録収集用の地震として選定しないことは,もとより地震ガイドが予定し
ていることといわねばならない。また,逆に,地震ガイドは,その文言
を見る限り,「事前に活断層の存在が指摘されていなかった地域におい
て発生し,地表付近に一部の痕跡が確認された地震」(Mw6.5以上
の地震)を観測記録収集用地震として選定するかどうかの検討に当たり,
上記の観点からする地域差を除くその他の事情(例えば,当該検討の俎
上に上っている地震の個別具体的な観測記録の内容とか,同地震と同程
度の規模の地震が当該発電用原子炉施設の敷地の直下又はその近傍にお
いて発生する可能性の程度等)まで考慮すべき旨を求めているわけでも
ない。
そうであるところ,相手方は,地震ガイドに収集対象となる内陸地殻
内の地震として例示されている16の地震のうち,「事前に活断層の存
在が指摘されていなかった地域において発生し,地表付近に一部の痕跡
が確認された地震」(Mw6.5以上の地震)とされる2つの地震(岩
手・宮城内陸地震,鳥取県西部地震)のそれぞれについて,上記観点か
らする地域差を検討したこと,本件発電所立地地点と岩手・宮城内陸地
震の震源域では,微小地震の発生状況(前者は極めて低調で,深さ12
㎞以浅で発生し,後者は非常に活発で,深さ約20㎞以浅で発生する),
地形・地質(前者は変位地形・リニアメントなしで,堅硬かつ緻密な結
晶片岩が少なくとも地下2㎞まで連続し,後者は孤立した長さの短い活
断層があり,新第三紀以降の火山岩,堆積岩が厚く分布する),第四紀
火山との位置関係(前者は火山と離隔があり,後者は火山と近接する),
-314-
地震地体構造区分(前者は西南日本弧外帯(北縁),後者は東北日本弧
外帯と内帯の境界)など,活断層の成熟度,軟岩や火山岩及び堆積層の
上部厚さの分布並びに地質体等の面で地域差が認められること,一方,
本件発電所立地地点と鳥取県西部地震の震源域では,活断層の成熟度及
びこれに寄与する歪み蓄積速度や地下の均質性,地震地体構造には差が
見られるものの,重力異常に有意な違いは認められない上,大局的には
いずれも西南日本の東西圧縮横ずれの応力場であるといった共通点があ
ること,以上の事実が認められる(乙40,42)。
そうであれば,岩手・宮城内陸地震と本件発電所の立地地点とでは,
地震ガイドが指摘する地域差が顕著に認められる上に,地域差の点をひ
とまず措くとしても,鳥取県西部地震と本件発電所の立地地点との比較
において指摘したような,大局的に見た場合における何らかの共通点が
見出せるわけでもないものというべきである。
してみると,相手方は,岩手・宮城内陸地震と鳥取県西部地震の双方
について,地震ガイドの求めに応じた地域差の検討を遂げ,その結果と
して前者については観測記録収集用地震として選定しなかったのであっ
て,そのことは相手方が鳥取県西部地震を観測記録収集用地震として選
定するに至った経緯との比較においても不自然ではないものというべき
である。
したがって,相手方が岩手・宮城内陸地震を観測記録収集用地震とし
て選定しなかったからといって,相手方がした「震源を特定せず策定す
る地震動」の評価の合理性は左右されない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑹年超過確率
ア相手方が最新の知見を踏まえていないこと等(原決定第3の3⑸抗告人
らの主張欄ア)
-315-
地震ガイドは,超過確率の評価方針として,⑴「敷地ごとに震源を特定
して策定する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」について,
それぞれ策定された地震動の応答スペクトルがどの程度の超過確率に相当
するかを確認すること,⑵超過確率を参照する際には,基準地震動の応答
スペクトルと地震ハザード解析による一様ハザードスペクトルを比較する
とともに,当該結果の妥当性を確認することを求めている(6.1⑴⑵)
が,地震ハザード解析による一様ハザードスペクトルの算定においては,
例えば,原子力学会(2007)や地震本部による「確率論的地震動予測地図」,
原子力安全基盤機構による「震源を特定しにくい地震による地震動:2005」,
「震源を特定せず策定する地震動:2009」等に示される手法を適宜参考に
して評価するものとされているにとどまる(6.1〔解説〕⑴)から,仮
に,相手方が原子力学会(2015)を参考にしなかったとしても,相手方の想
定した超過確率が不合理であるということにはならない。
また,超過事例①ないし⑤(前提事実⑸エ)のうち,①②は,旧耐震指
針にいうS2超過したものであって,改訂耐震指針のSsを超過したもの
ではないこと,①④⑤の超過原因は震源特性の,②の超過原因は増幅特性
の,③の超過原因は震源特性,伝播特性及び増幅特性の事前の把握が十分
でなかったことによるものであること,地震ガイドは,アスペリティの応
力降下量(短周期レベル)について③を踏まえて設定するよう求めている
こと(3.3.2⑷①2))に照らすと,超過事例①ないし⑤が存在する
からといって,現在の超過確率が実現象を踏まえたものになっていないと
認めることはできないし,相手方が算出した年超過確率の評価の合理性を
左右するものでもない。
さらに,基準地震動は,決定論的手法によって設定される(地震ガイド)
から,仮に相手方の超過確率の設定に誤りがあったとしても,そのことか
ら直ちに相手方の基準地震動の設定の合理性が否定されることにはならな
-316-
い。
以上によれば,抗告人らの主張は採用できない。
イ相手方作成のロジックツリーにおける不確かさの考慮(原決定第3の3
⑸抗告人らの主張欄イ)
地震ガイドは,ロジックツリーの作成につき,⑴不確実さ要因の分析結
果に基づき,地震ハザードに大きな影響を及ぼす認識論的不確実さ(知識
及び認識の不足による不確実さ)を選定してロジックツリーを作成し,ロ
ジックツリーの分岐として考慮すべき項目が適切に設定されていること及
びロジックツリーにおける各分岐で設定した重みの設定根拠を確認するこ
と,⑵選定した要因を対象として技術的な難易度を判断し,作業手順の異
なる3段階の専門家活用水準のいずれかを選択し明示されていること及び
それぞれの専門家活用水準における作成手順に従いロジックツリーが作成
されていることを確認することを求めている(6.2.4⑴⑵)。
そして,相手方は,前提事実⑽ウの策定手順でロジックツリーを
策定したものであり,基準地震動策定の際にした各種不確かさやばらつき
の考慮のありようが合理性を有することは上記⑵ないし⑸の中で説示した
とおりであるから,相手方のロジックツリーの作成は合理的と認められる。
この点に関する抗告人らの主張も採用できない。
⑺まとめ
以上によれば,基準地震動の策定について,新規制基準及びこれを具体化
した地震ガイドの定めが不合理であるということはできないし,相手方によ
る基準地震動の策定が新規制基準及び地震ガイドに適合するとした原子力規
制委員会の判断や,それへ至る過程に不合理な点はない。
4新規制基準の合理性に関する各論〜耐震設計における重要度分類の合理性(争
点3⑵)
⑴新規制基準における耐震重要度分類
-317-
ア設置許可基準規則は,第2章において,設計基準対象施設(発電用原子
炉施設のうち,運転時の異常な過渡変化又は設計基準事故の発生を防止し,
又はこれらの拡大を防止するために必要となるもの)について,①地震力
に十分に耐えることができるものでなければならないこと(同4条1項),
②地震力は,地震の発生によって生ずるおそれがある設計基準対象施設の
安全機能の喪失に起因する放射線による公衆への影響の程度に応じて算定
しなければならないこと(同条2項)を求めている。
イそして,運転時の異常な過渡変化又は設計基準事故の発生を防止し,地
震により発生するおそれがある設計基準対象施設の安全機能の喪失(地震
に伴って発生するおそれがある津波及び周辺斜面の崩壊等による安全機能
の喪失を含む。)及びそれに続く放射線による公衆への影響を防止する観
点から,各施設の安全機能が喪失した場合の影響の相対的な程度(以下「耐
震重要度」という。)に応じて,Sクラス,Bクラス及びCクラスにそれ
ぞれ分類している(以下「耐震重要度分類」という。)(設置許可基準規
則別記2の2)。
Sクラスに分類される施設は,地震により発生するおそれがある事象
に対して,原子炉を停止し,炉心を冷却するために必要な機能を持つ施
設,自ら放射性物質を内蔵している施設,当該施設に直接関係しており
その機能喪失により放射性物質を外部に拡散する可能性のある施設,こ
れらの施設の機能喪失により事故に至った場合の影響を緩和し,放射線
による公衆への影響を軽減するために必要な機能を持つ施設及びこれら
の重要な安全機能を支援するために必要となる施設,並びに地震に伴っ
て発生するおそれがある津波による安全機能の喪失を防止するために必
要となる施設であって,その影響が大きいものをいい,少なくとも次の
施設をSクラスとすることが要求されている。
・原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する機器・配管系
-318-
・使用済燃料を貯蔵するための施設
・原子炉の緊急停止のために急激に負の反応度を付加するための施設,
及び原子炉の停止状態を維持するための施設
・原子炉停止後,炉心から崩壊熱を除去するための施設
・原子炉冷却材圧力バウンダリ破損事故後,炉心から崩壊熱を除去す
るための施設
・原子炉冷却材圧力バウンダリ破損事故の際に,圧力障壁となり放射
性物質の放散を直接防ぐための施設
・放射性物質の放出を伴うような事故の際に,その外部放散を抑制す
るための施設であり,上記の「放射性物質の放散を直接防ぐための施
設」以外の施設
・津波防護機能を有する設備(以下「津波防護施設」という。)及び
浸水防止機能を有する設備(以下「浸水防止設備」という。)
・敷地における津波監視機能を有する施設(以下「津波監視設備」と
いう。)
Bクラスに分類される施設は,安全機能を有する施設のうち,機能喪
失した場合の影響がSクラス施設と比べ小さい施設をいい,次の施設が
例示されている。
・原子炉冷却材圧力バウンダリに直接接続されていて,一次冷却材を
内蔵しているか又は内蔵し得る施設
・放射性廃棄物を内蔵している施設(ただし,内蔵量が少ない又は貯
蔵方式により,その破損により公衆に与える放射線の影響が実用発電
用原子炉の設置,運転等に関する規則(昭和53年通商産業省令第7
7号)第2条第2項第6号に規定する「周辺監視区域」外における年
間の線量限度に比べ十分小さいものは除く。)
・放射性廃棄物以外の放射性物質に関連した施設で,その破損により,
-319-
公衆及び従事者に過大な放射線被曝を与える可能性のある施設
・使用済燃料を冷却するための施設
・放射性物質の放出を伴うような場合に,その外部放散を抑制するた
めの施設で,Sクラスに属さない施設
Cクラスに分類される施設は,Sクラスに属する施設及びBクラスに
属する施設以外の一般産業施設又は公共施設と同等の安全性が要求され
る施設をいう。
ウまた,地震力に十分に耐えることを満たすために,耐震重要度分類の各
クラスに属する設計基準対象施設の耐震設計に当たっては,次の方針によ
ることとされている。(設置許可基準規則解釈別記2の3)
Sクラス(津波防護施設,浸水防止設備及び津波監視設備を除く。)
・弾性設計用地震動による地震力又は静的地震力のいずれか大きい方
の地震力に対しておおむね弾性状態に留まる範囲で耐えること。
・建物・構築物については,常時作用している荷重及び運転時に作用
する荷重と,弾性設計用地震動による地震力又は静的地震力を組み合
わせ,その結果発生する応力に対して,建築基準法等の安全上適切と
認められる規格及び基準による許容応力度を許容限界とすること。
・機器・配管系については,通常運転時,運転時の異常な過渡変化時
及び事故時に生じるそれぞれの荷重と,弾性設計用地震動による地震
力又は静的地震力を組み合わせた荷重条件に対して,応答が全体的に
おおむね弾性状態に留まること。なお,「運転時の異常な過渡変化時
及び事故時に生じるそれぞれの荷重」については,地震によって引き
起こされるおそれのある事象によって作用する荷重及び地震によって
引き起こされるおそれのない事象であっても,いったん事故が発生し
た場合,長時間継続する事象による荷重は,その事故事象の発生確率,
継続時間及び地震動の超過確率の関係を踏まえ,適切な地震力と組み
-320-
合わせて考慮すること。
Bクラス
・静的地震力に対しておおむね弾性状態に留まる範囲で耐えること。
また,共振のおそれのある施設については,その影響についての検討
を行うこと。その場合,検討に用いる地震動は,弾性設計用地震動に
2分の1を乗じたものとすること。
・建物・構築物については,常時作用している荷重及び運転時に作用
する荷重と静的地震力を組み合わせ,その結果発生する応力に対して,
建築基準法等の安全上適切と認められる規格及び基準による許容応力
度を許容限界とすること。
・機器・配管系については,通常運転時,運転時の異常な過渡変化時
の荷重と静的地震力を組み合わせ,その結果発生する応力に対して,
応答が全体的におおむね弾性状態に留まること。
Cクラス
・静的地震力に対しておおむね弾性状態に留まる範囲で耐えること。
・建物・構築物については,常時作用している荷重及び運転時に作用
する荷重と静的地震力を組み合わせ,その結果発生する応力に対して,
建築基準法等の安全上適切と認められる規格及び基準による許容応力
度を許容限界とすること。
・機器・配管系については,通常運転時,運転時の異常な過渡変化時
の荷重と静的地震力を組み合わせ,その結果発生する応力に対して,
応答が全体的におおむね弾性状態に留まること。
エさらに,設置許可基準規則は,第3章において,重大事故等対処施設(重
大事故等に対処するための機能を有する施設)について,自然現象による
損傷を防止するため,第2章の当該施設の耐震重要度分類の如何にかかわ
らず,①常設耐震重要重大事故防止設備が設置される重大事故等対処施設
-321-
に対しては,基準地震動による地震力に対して重大事故に至るおそれがあ
る事故に対処するために必要な機能が損なわれるおそれがないものである
ことを,②常設耐震重要重大事故防止設備以外の常設重大事故防止設備が
設置される重大事故等対処施設に対しては,前記アの地震力に十分に耐え
ることができるものであることを,③常設重大事故緩和設備が設置される
重大事故等対処施設(特定重大事故等対処施設を除く。)に対しては,基
準地震動による地震力に対して重大事故に対処するために必要な機能が損
なわれるおそれがないものであることを求めている(同39条1項1号な
いし3号)。
オなお,設置許可基準規則は,第2章において,安全施設(設計基準対象
施設のうち安全機能を有するもの)について,その安全機能の重要度に応
じて安全機能が確保されたものでなければならないと定め(同12条),
安全重要度分類については原子力安全委員会が策定した「発電用軽水型原
子炉施設の安全機能の重要度分類に関する審査指針」(以下「重要度分類
指針」という。)によるとしている(同解釈12条1項)。
上記の安全重要度分類とは,発電用軽水原子炉施設の安全性を確保する
ために必要な各種の機能について,安全上の見地からそれらの相対的重要
度を定め,これらの機能を果たすべき構築物,系統及び機器(SSC,
Structure,SystemandComponentの略)の設計に対して,適切な要求を行
うために定められたものである。
そして,重要度分類指針は,⑴安全機能の分類については,それが果た
す安全機能の性質に応じて,①その機能の喪失により,原子炉施設を異常
状態に陥れ,もって一般公衆ないし従事者に過度の放射線被ばくを及ぼす
おそれのあるもの(異常発生防止系。PreventionSystem。以下「PS」と
いう。)と,②原子炉施設の異常状態において,この拡大を防止し,又は
これを速やかに収束せしめ,もって一般公衆ないし従事者に及ぼすおそれ
-322-
のある過度の放射線被ばくを防止し,又は緩和する機能を有するもの(異
常影響緩和系。Mitigationsystem。以下「MS」という。)に分類し,⑵
重要度の分類については,PS及びMSのそれぞれのSSCを,その有す
る安全機能の重要度に応じ,最も重要度の高いクラス1からクラス3まで
の3つに分類している。
重要度分類指針については,平成24年3月14日,原子力安全委員会
の地震・津波関連指針等検討小委員会が,「(福島第一原発事故において)
外部電源喪失が重要な要因となっていることから外部電源受電施設等の耐
震安全性に関する抜本的対策が不可欠であ」り,「耐震設計上の重要度分
類指針の見直しの必要がある」とのとりまとめをした(甲E23・8頁)
が,同提言に係る見直しはなされないまま,設置許可基準が策定されて,
4号要件の審査に重要度分類指針が用いられており,現在まで重要度分類
指針の見直しはなされていない。
カ上記アないしウによれば,新規制基準は,地震により発生する可能性の
ある環境への放射線による影響の観点から,建物・構築物及び機器・配管
系の耐震重要度分類を行っていることが認められるところ,これは人的物
的資源が有限であることを前提として,安全性を適切に確保するために,
上記分類に応じて耐震設計を行うことで有限である人的物的資源を効率的
に分配し設備を維持・管理していくこととされたものと考えられる。そし
て,IAEAの「基本安全原則」(乙43)も,「原則5:防護の最適化」
として,「合理的に達成できる最高レベルの安全を実現するよう防護を最
適化しなければならない」とし,「許認可取得者が安全のために投入する
資源及び規制の範囲と厳格さ並びにその適用性は,放射線リスクの程度及
びそれらの実用的な管理のしやすさに見合ったものでなければならない」
と規定して,同様の発想に立って防護の最適化を図るよう求めているもの
と解するのが相当である。
-323-
そうすると,上記のような新規制基準における耐震重要度分類の在り方
には,合理性があると認められる。
なお,上記オの安全重要度分類は,上記のとおり耐震重要度分類とは規
制の対象を異にするとともに,耐震重要度分類とは異なる観点から,安全
施設の評価及び分類を行うものであるから,安全重要度分類について福島
第一原発事故後に見直しがされていないことは,新規制基準における耐震
重要度分類を不合理ならしめるものではない。
⑵外部電源の耐震重要度分類(原決定第3の4抗告人らの主張欄⑴)
ア上記⑴イによれば,外部電源は耐震重要度分類においてCクラスとされ
ていることが認められる。
外部電源は,全交流電源喪失を免れるために必要な設備であるとはいえ
るけれども,さればといって,外部電源の全てについてSクラスやBクラ
スに分類してしまうと,外部の変電所に加えて,当該変電所に電源を供給
する発電所,送電線等に至るまで全ての施設・設備を上記各クラスに分類
し,各クラスに見合った内容の耐震設計をしなければならないことになり,
そうなれば,そこに相当の人的物的資源が割かれることになってしまい,
社会通念上も現実的でないものといわなければならない。
また,設置許可基準規則は,①第2章において,外部電源には非常時に
おける原子炉施設の安全を確保するための電源供給の役割を担わせるもの
ではないことを前提に,発電用原子炉施設に非常用電源設備を設置するこ
と(同33条2項)及び非常用電源設備について「多重性又は多様性を確
保し,及び独立性を確保し,その系統を構成する機械又は器具の単一故障
が発生した場合であっても,運転時の異常な過渡変化時又は設計基準事故
時において工学的安全施設及び設計基準事故に対処するための設備がその
機能を確保するために十分な容量を有する」こと(同33条7項。なお「十
分な容量」とは,「7日間の外部電源喪失を仮定しても,非常用ディーゼ
-324-
ル発電機等の連続運転により必要とする電力を供給できること」をいう。
同解釈33条7項)を要求し,外部電源が機能喪失した場合にも,非常用
電源設備によって設計基準事故等に対処できるようにし,②第3章におい
て,設計基準事故対処設備の電源が喪失したことにより重大事故等が発生
した場合に備えて,発電用原子炉施設に「炉心の著しい損傷,原子炉格納
容器の破損,貯蔵槽内燃料体等の著しい損傷及び運転停止中原子炉内燃料
体の著しい損傷を防止するために必要な電力を確保するために必要な設備」
として代替電源設備を設置することを要求している(同57条1項,同解
釈57条1項)。
そして,設置許可基準規則は,第3章において,上記代替電源設備のう
ち常設のものに対しては,常設耐震重要重大事故防止設備が設置される重
大事故等対処施設及び常設重大事故緩和設備が設置される重大事故等対処
施設として,基準地震動に対する耐震安全性を要求し(同39条1項1,
3号),これらにより電源供給面における耐震安全性を確保している。
してみると,外部電源を耐震重要度分類Cクラスとする新規制基準の定
めは,合理的であると認められる。
イそして,相手方は,発電機が停止し,かつ,外部電源が喪失した場合に
備えて,Sクラスの耐震安全性を有する非常用ディーゼル発電機を設置し
(なお,本件発電所においては,1台で必要な容量を有するものを2台各々
建屋内の別の部屋に備え,それぞれ7日間にわたって必要な電力を供給す
ることができるだけの燃料を備蓄するなどして信頼性を確保している。),
さらに,外部電源や非常用ディーゼル発電機の機能が失われたことにより
重大事故等が発生した場合において,炉心の著しい損傷,原子炉格納容器
の破損等の防止のために必要な電力を確保するための代替の電源として,
重大事故等対処設備として耐震安全性を有する空冷式非常用発電装置,電
源車,蓄電池,可搬型直流電源装置,代替電気設備受電盤等を配備し,こ
-325-
れらの電源については,共通要因によって外部電源や非常用ディーゼル発
電機と同時に機能を喪失しないよう,空冷式非常用発電装置,電源車,蓄
電池等について,独立した伝線路により接続するとともに,外部電源や非
常用ディーゼル発電機との位置的分散を考慮して設置している(乙11-
8-1-686~692,乙13-376~384,乙59,114~117)から,
電源供給面における安全性に不合理な点はないと認められる。
ウ外部電源が耐震重要度分類Cクラスに位置付けられているのは,その耐
震重要度が上記アで見たとおりだからであって,単に経済性を優先させた
ことに基づくものとはいえないし,地震のリスクの抽象的な大小のみによ
って耐震重要度分類を定めることが合理的であるともいい難い。また,相
手方の取った措置が上記イのとおりだからといって,直ちにそれが抗告人
らの主張する「綱渡りの安全論」であるということもできない。
エなお,重要度分類指針では,外部電源系のうち発電所内にある開閉所等
の設備は,非常用ではない電源供給機能を有する安全施設として,PS-
3(異常状態の起因事象となるものであって,PS-1及びPS-2以外
の構築物,系統及び機器)に分類し,外部電源系のうち発電所外にある電
線路等は,重要度分類の対象外であるが,上記説示と同様の理由で,基準
は合理的と認められる。
オよって,抗告人らの主張は採用できない。
⑶重大事故等対処施設及び重大事故等対処設備の耐震安全性(上記第3の4
抗告人らの主張欄⑵)
ア上記⑴エのとおり,設置許可基準規則は,第3章において,自然現象に
よる損傷を防止するため,重大事故等対処施設について,①常設耐震重要
重大事故防止設備が設置される重大事故等対処施設に対しては,基準地震
動による地震力に対して重大事故に至るおそれがある事故に対処するため
に必要な機能が損なわれるおそれがないものであることを,②常設耐震重
-326-
要重大事故防止設備以外の常設重大事故防止設備が設置される重大事故等
対処施設に対しては,前記⑴アの地震力に十分に耐えることができるもの
であることを,③常設重大事故緩和設備が設置される重大事故等対処施設
に対しては,基準地震動による地震力に対して重大事故に対処するために
必要な機能が損なわれるおそれがないものであることを求めている(同3
9条1項1号ないし3号)が,それ以上に,基準地震動を超える地震動が
発生した際に重大事故等対処施設が必要な機能を喪失しないことまで求め
ていないことは,抗告人ら主張のとおりである。
また,設置許可基準規則は,第3章において,①重大事故等対処設備に
対しては,「想定される重大事故等が発生した場合における温度,放射線,
荷重その他の使用条件において,重大事故等に対処するために必要な機能
を有効に発揮するものであること。」等を(同43条1項1号),②(①の
うち)常設重大事故防止設備に対しては,「共通要因によって設計基準事故
対処設備の安全機能と同時にその機能が損なわれるおそれがないよう適切
な措置を講じたものであること」等を(同43条2項3号),③(①のうち)
可搬型重大事故防止設備に対しては,「地震,津波その他の自然現象又は故
意による大型航空機の衝突その他のテロリズムによる影響,設計基準事故
対処設備及び重大事故等対処設備の配置その他の条件を考慮した上で常設
重大事故等対処設備と異なる保管場所に保管すること」「共通要因によって,
設計基準事故対処設備の安全機能,使用済燃料貯蔵槽の冷却機能若しくは
注水機能又は常設重大事故防止設備の重大事故に至るおそれがある事故に
対処するために必要な機能と同時にその機能が損なわれるおそれがないよ
う,適切な措置を講じたものであること」等を(同43条3項5号7号),
それぞれ求めているが,それ以上に,重大事故等対処設備自体ないしその
設置場所,アクセスルート(道路及び通路)について基準地震動に対する
耐震性の確保まで求めていないことも,抗告人ら主張のとおりである。
-327-
イしかし,設置許可基準規則は,設置基準対象施設のうち耐震重要施設(同
3条1項)は,ⅰ「基準地震動による地震力」に対して安全機能が損なわ
れるおそれがないものでなければならず(同4条3項),ⅱ「安全機能が
損なわれるおそれがないものでなければなら」ないことを満たすために,
設計に当たって,「常時作用している荷重及び運転時に作用する荷重と基
準地震動による地震力との組み合わせに対して,当該建物・構築物が構造
物全体としての変形能力(終局耐力時の変形)について十分な余裕を有し,
建物・構築物の終局耐力に対し妥当な安全余裕を有していること」を求め
ている(同解釈別記2の6一)から,耐震重要施設に基準地震動による地
震力よりも大きな地震力が荷重として加わったとしても,終局耐力よりも
相応の余裕をもって設計や規制が行われ,また,設計上や規制上の終局耐
力を超えたとしても実際の終局耐力に収まっていれば,基準地震動を超過
しても,即座に耐震重要施設が損傷するということにはならない。
また,仮に,基準地震動の超過により耐震重要施設が損傷したとしても,
設置許可基準規則は,①重大事故等対処施設及び重大事故等防止設備につ
き,上記アのとおりの要求をしているほか,②前記⑵アのとおり,第3章
において,設計基準事故対処設備の電源が喪失したことにより重大事故等
が発生した場合に備えて,発電用原子炉施設に「炉心の著しい損傷,原子
炉格納容器の破損,貯蔵槽内燃料体等の著しい損傷及び運転停止中原子炉
内燃料体の著しい損傷を防止するために必要な電力を確保するために必要
な設備」として代替電源設備を設置することを要求し(同57条1項,同
解釈57条1項),さらに,③「発電用原子炉施設には,原子炉冷却材圧
力バウンダリが高圧の状態であって,設計基準事故対処設備が有する発電
用原子炉の冷却機能が喪失した場合においても炉心の著しい損傷を防止す
るため,発電用原子炉を冷却するために必要な設備を設けなければならな
い。」と定め,「発電用原子炉を冷却するために必要な設備」として,全
-328-
交流動力電源喪失・常設直流電源系統喪失を想定し,原子炉隔離時冷却系
(RCIC)又はタービン動補助給水ポンプにより発電用原子炉を冷却す
るため,現場での人力による弁の操作により,前記RCIC等の起動及び
十分な期間の運転継続を行うために必要な設備を整備することを求め(同
45条,同解釈45条1⑴b)),電力に頼らない冷却の仕組みを整備し
ている。
以上の点に加え,④新規制基準では,合理的に予測される範囲を大幅に
超える大規模な自然災害が発生した場合に備え,3号要件として,原子力
発電所を設置する者が重大事故等対策に係る技術的能力を有することを求
め,大規模な自然災害又は故意による大型航空機の衝突その他のテロリズ
ムによって原子炉施設の大規模な損壊が生じた場合における体制の整備に
関し,手順書の整備,当該手順に従って活動を行うための体制及び資機材
の整備を要求していること(技術的能力基準2.1),⑤後記3⑻のとお
り,可搬型設備は常設設備に比べ経験則的に耐震上優れた特性があること
を併せると,前記①ないし④の一連の規制により,基準地震動を超える地
震が起きた場合に「止める」「冷やす」「閉じ込める」機能の喪失に至る
おそれを一般人にとって感じさせない程度に軽減できると解することがで
きる。
抗告人らは,代替電源設備の位置的分散が基準地震動を超える地震を想
定した対策ではないと主張するが,地震が設置許可基準規則43条2項3
号及び同条3項7号の「共通要因」に含まれることは明らかであり(同2
条2項18号,同解釈2条3項),抗告人ら指摘の甲E24が地震対策と
しての位置的分散の有効性を否定する趣旨のものとすれば採用できない(乙
324)。
ウ以上によれば,抗告人らの主張は採用できない。
⑷計測制御系統設備の誤表示のおそれ(原決定第3の4抗告人らの主張欄⑵)
-329-
ア設置許可基準規則は,第2章において,炉心の中性子束,中性子束分布,
原子炉推移,原子炉冷却材系の圧力,温度及び流量,原子炉冷却材の水質
並びに原子炉格納容器内の圧力,温度及びガス濃度等のパラメータを,通
常運転時及び運転時の異常な過渡変化時においても想定される範囲内で制
御,監視し,また,設計基準事故が発生した場合においても,状況を把握
し,対策を講じるために必要なパラメータとして,原子炉格納容器内の圧
力,温度,水素ガス濃度及び放射性物質濃度等を十分な測定範囲及び期間
にわたり監視することなどができる計測制御系統施設の設置が求めている
(同23条,同解釈23条1項ないし5項)。
また,設置許可基準規則は,第3章において,重大事故等が発生し,計
測機器の故障により当該重大事故等に対処するために監視することが必要
なパラメータを計測することが困難となった場合において当該パラメータ
を推定するために有効な情報を把握できる計装設備の設置を要求している
(同58条,同解釈58条1項)。
そうすると,これらの規定に従って適切に計測機器が設置されている限
りは,仮に重大事故等が発生して原子炉の温度,圧力が上昇するなどして
も,上記計装設備によって,原子炉圧力容器内の温度,圧力及び水位を推
定することが可能となるのであるから,新規制基準は,合理的であると認
められる。
イそして,相手方は,①本件原子炉の計測設備について,通常運転時及び
異常な過渡変化時においては,炉心中性子束,中性子束分布,原子炉水位,
原子炉冷却材圧力,温度及び流量,原子炉格納容器内圧力及び温度等の重
要なパラメータを監視できるようにしていること,②設計基準事故が発生
した場合においては,状況を把握して対策を講じるために必要な原子炉格
納容器内の圧力,温度等のパラメータについて,設計基準事故時に想定さ
れる環境下において十分な測定範囲及び期間にわたり連続して監視,記録
-330-
できるようにしていること,③重大事故等発生時において原子炉の状態を
把握するために特に監視することが重要となる「重要監視パラメータ」(原
子炉容器圧力・温度・水位,原子炉格納容器内圧力・温度・水位等)を選
定し,本来これらを監視するための計測設備が故障等した場合にも原子炉
施設の状況を把握することができるよう,重要監視パラメータを推定する
ための「重要代替監視パラメータ」を計測する設備を重大事故等対処設備
(常設耐震重要重大事故防止設備又は常設重大事故緩和設備)と位置付け
て整備するとともに,可搬型計測器,電源(空冷式非常用発電装置)等も
新たに整備している(乙11,13)。
上記①ないし③の措置は,上記アに照らし,合理的であると認められる。
ウ抗告人ら主張の水位計の誤表示等については,新規制基準において,そ
のような場合に備えて当該パラメータを推定するために有効な情報を把握
できる計装設備の設置を求め,相手方においてこれに応えて上記イ③のよ
うな設備を整備しているというのであるから,抗告人らの主張に係る懸念
は,一応拭われているものということができる。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑸非常用取水設備の耐震重要度分類(原決定第3の4抗告人らの主張欄⑶)
本件原子炉施設における非常用取水設備は,海水取水口,海水取水路,海
水ピット(海水ピットスクリーン室,海水ピットポンプ室及び海水ピット堰)
から構成される設備であって,設計基準事故及び重大事故等の収束に必要と
なる原子炉補機冷却海水系の冷却用の海水を確保する機能を有していること,
上記一群の設備のうち,海水ピット堰は耐震重要度分類Sクラスに,その他
の設備はいずれもCクラスに分類されている。
しかし,前記⑴エのとおり,設置許可基準規則は,第3章において,常設
重大事故緩和設備が設置される重大事故等対処施設に対しては,第2章の当
該施設の耐震重要度分類の如何にかかわらず,基準地震動による地震力に対
-331-
して重大事故に対処するために必要な機能が損なわれるおそれがないもので
あることを求めている(同39条1項3号)ところ,上記海水ピット堰を除
くその余の施設は,いずれも上記海水ピット堰とともに常設重大事故緩和設
備として位置付けられているため,基準地震動に対する耐震安全性を確保す
る必要があり,かつ,上記施設は,基準地震動に対する耐震安全性が確保さ
れていると認められる(乙11,119~123)。
以上によれば,上記海水ピット堰を除くその余の施設が耐震重要度分類C
クラスとされているからといって,非常用取水設備の耐震重要度分類が無視
されていることにはならないから,抗告人らの主張は理由がない。
⑹まとめ
以上によれば,耐震重要度分類について,新規制基準の定めが不合理であ
るということはできないし,本件原子炉施設における上記各種施設又は設備
に係る耐震重要度分類やそれに基づく相手方の措置につき,新規制基準に適
合するとした原子力規制委員会の判断や,それへ至る過程に不合理な点はな
い。
5新規制基準の合理性に関する各論〜使用済燃料ピット等に係る安全性(争点
3⑶)
⑴使用済燃料ピット等についての新規制基準の定め
ア使用済燃料は,原子炉の運転中に消費されなかった核分裂性物質を含む
ので,臨界に達することがないように臨界管理が必要であり,また,核分
裂生成物等による崩壊熱及び放射線が発生していることから,使用済燃料
を保管する施設は,使用済燃料の臨界を防止する設計であること,使用済
燃料からの放射線を遮蔽する設計であること,使用済燃料の損傷を防止す
るために崩壊熱を除去する設計であることが求められる。
イまず,設置許可基準規則の第2章の定めは,以下のとおりである。
設置許可基準規則は,発電用原子炉施設に使用済燃料の貯蔵施設を設
-332-
けることを求め,その具体的な設計につき,使用済燃料が臨界に達する
おそれがないものとすること(同16条2項1号ハ),使用済燃料から
の放射線に対して適切な遮蔽能力を有するものとすること(同条2項2
号イ),貯蔵された使用済燃料が崩壊熱により溶融しないものであって,
最終ヒートシンクへ熱を輸送できる設備及びその浄化系を有するものと
すること(同条2項2号ロ)などを要求している。
また,使用済燃料貯蔵施設等は,設計基準対象施設(設置許可基準規
則2条2項7号)であり,地震による損傷の防止(同4条),津波によ
る損傷の防止(同5条),外部からの衝撃による損傷の防止(同6条)
が求められる。前記施設のうち①使用済燃料貯蔵槽は,自ら放射性物質
を内蔵している施設であり,「使用済燃料を貯蔵するための設備」とし
て,Sクラスに分類され,②補給水設備も,使用済燃料貯蔵槽の安全機
能を維持するために必要な「使用済燃料を貯蔵するための設備」の補助
③使用済燃料貯蔵施設の冷却系は,「使用済燃料を冷却するための施設」
,④使用済燃料ピット計測設備は,
「Sクラスに属する施設及びBクラスに属する施設以外の一般産業施設
又は公共施設と同等の安全性が要求される施設」として,Cクラスに分
165頁)。
③の使用済燃料貯蔵施設の冷却系がBクラスに分類される理由は,冷
却系の機能を喪失したとしても使用済燃料貯蔵槽に上記の補給水設備に
より水が補給できれば崩壊熱の除去及び放射線の遮蔽等が可能である(補
給水設備により機能を代替できる)ため,その影響がSクラス施設と比
べ小さい施設にあたるとの原子力規制委員会の見解によるものである(「考
え方」)。
さらに,使用済燃料貯蔵施設等は,安全施設(設置許可基準規則2条
-333-
2項8号)であり,同12条1項の解釈で引用する重要度分類指針にお
いて,①使用済燃料の貯蔵施設は,原子炉冷却材圧力バウンダリに直接
接続されていないものであって,放射性物質を貯蔵する機能を有する安
全施設であり,その損傷又は故障により発生する事象によって,炉心の
著しい損傷又は燃料の大量の破損を直ちに引き起こすおそれはないが,
敷地外への過度の放射性物質放出のおそれのある構築物,系統及び機器
としてPS-2に分類され,②補給水設備は,燃料プール水の補給機能
を有する安全施設であり,PS-2の構築物,系統及び機器の損傷又は
故障により敷地周辺公衆に与える放射線の影響を十分小さくするように
する構築物,系統及び機器としてMS-2に分類されている。
その理由は,使用済燃料は,大気圧の下で崩壊熱を除去するために常
温程度以下に保たれた使用済燃料貯蔵槽内の水により冠水状態で貯蔵す
るものであり,また,その崩壊熱は原子炉の停止後は時間とともに減少
するところ,使用済燃料を炉心から取り出して使用済燃料の貯蔵施設へ
移動する段階では原子炉の停止から数日経過しているため,崩壊熱はか
なり小さくなっており,冠水さえしていれば崩壊熱は十分除去されるの
で,使用済燃料の貯蔵施設が故障又は損傷しても,直ちに臨界状態にな
ることや水がなくなり放射線が遮蔽できなくなることはないとの原子力
規制委員会の見解によるものである(「考え方」)。
ウ次に,設置許可基準規則の第3章の定めは,以下のとおりである。
設置許可基準規則は,福島第一原発事故の教訓の一つとして,使用済燃
料の貯蔵施設の補給水系が損傷した場合の代替手段が用意されていなかっ
たことを踏まえ,①重大事故に至るおそれがある事故が発生した場合にお
いて,使用済燃料貯蔵槽内の燃料体又は使用済燃料(以下「貯蔵槽内燃料
体等」という。)の著しい損傷を防止するために必要な措置を講じたもの
でなければならないこと(同37条3項),②使用済燃料貯蔵槽の冷却機
-334-
能若しくは注水機能が喪失し,又は使用済燃料貯蔵槽からの水の漏えいそ
の他の要因により当該使用済燃料貯蔵槽の水位が低下した場合において,
貯蔵槽内燃料体等を冷却し,放射線を遮蔽し,及び臨界を防止するための
代替注水設備を設けること(同54条1項,同解釈54条2項),③使用
済燃料貯蔵槽の損壊による水の喪失など,大量の水の漏えいその他の要因
により当該使用済燃料貯蔵槽の水位が異常に低下した場合において(ポン
プ車,スプレイヘッダ等の可搬型スプレイ設備を配備し,放水することに
より)貯蔵槽内燃料体等の著しい損傷の進行を緩和すること(同54条2
項,同解釈54条3項)を求めている。
エ設置許可基準規則は,使用済燃料貯蔵施設等につき,原子炉格納容器の
ような耐圧性を有する施設として設計すること(同32条1項2項)まで
は要求していない。
その理由は,上記イのとおり,使用済燃料は,放射性物質を閉じ込め
る役割を果たす燃料被覆管の健全性を維持するために使用済燃料の冠水状
態の維持を行い,崩壊熱を除去すれば,放射性物質が放出されるような事
態は考えられないとの原子力規制委員会の見解によるものである(「考え
方」)。
⑵堅固な施設による囲い込みの要否(原決定第3の5抗告人らの主張欄⑴)
ア抗告人らの主張は,①外部からの不測の事態により使用済燃料ピットの
冠水状態が維持できなくなるような事態が生じないようにするため,及び
②使用済燃料ピットの冠水状態が維持できなくなった場合に放射性物質の
放出を防止するため,使用済燃料ピットが堅固な施設で囲い込まれていな
ければならないのに,本件原子炉施設における使用済燃料ピットの構造は
上記要請を満たさないというものである。
イ上記①の点について
外部からの不測の事態に対する防御という点について,設置許可基準規
-335-
則は,第2章において,想定される自然事象(洪水,台風,竜巻,落雷,
地すべりなど)及び人為事象(故意によるものを除く。航空機落下等の飛
来物,爆発,船舶の衝突等)に対して,安全施設が安全機能を損なわない
ことを求めており(前記⑴イ),これらの評価が適切に行われる限りは,
使用済燃料ピットが堅固な施設で囲い込まれていなくても,社会通念上求
められる安全性に欠けるところはないものというべく,このような新規制
基準の内容は合理的であるというべきである。
抗告人らは,その主張に沿う資料として,英国,フランス,フィンラン
ドにおける原子炉格納容器の設計例を指摘するが(甲D392),上記資
料からは,むしろ米国,英国,フランス,フィンランド等の国々において,
航空機衝突対策として使用済燃料ピットを堅固な施設で囲い込む方法は採
用されていないことが窺われるから,上記資料があるからといって,本件
原子炉施設において使用済燃料ピットが堅固な施設で囲い込まれていない
ことについて合理性を欠くわけではないというべきである。
また,抗告人らは,「外部からの不測の事態」として,竜巻による鋼製
材の飛来物や航空機衝突を例示する。しかし,相手方は,竜巻(設置許可
基準規則6条1項,同解釈6条2項)については,原子力発電所の竜巻影
響評価ガイドを踏まえ,①使用済燃料ピットを含む原子炉建屋等を設計基
対象施設について,飛来物の衝突による施設の貫通及び裏面剥離を想定す
るなどしても安全機能が損なわれないような設計を行う(乙11-8-1
-320~343,472,乙13・58~63)とともに,②竜巻により飛来物となり
得る車両や資機材について,固縛,固定又は竜巻防護施設との離隔を適切
に行い,かつ,完全な固縛管理が困難な乗用車等の車両については,周辺
防護区域又は立入制限区域に該当する本件3号機の原子炉建屋(使用済燃
料ピットを設置する燃料取扱棟を含む。)及び原子炉補助建屋周辺で車両
の立入りを制限し(実用炉規則91条2項6号),竜巻防護施設のある海
-336-
水ピット周辺及び重油タンク周辺でも駐車禁止エリアを定め,作業のため
の資機材運搬車両等以外の運転者が長時間離れるような車両の駐車を原則
禁止するなどの飛来物発生防止対策を講じることで,竜巻による飛来物の
発生数を極力少なくしており(乙325-6条(竜巻)-別添1-資料5
-34~35,資料10-1~27),竜巻防護施設に影響を及ぼす複数の飛来
物が同一の竜巻防護施設に衝突する可能性は極めて小さいことが原子力規
制委員会の審査で確認されている(乙326・14頁)。さらに,原子力規
制委員会の審査で,故意によるものでない航空機落下についても,航空機
落下確率が小さいため人為事象として想定する必要はないと評価されてい
る(なお,この評価が不合理でないことは後記3⑻のとおりである。)。
これらからすると,使用済燃料ピットが堅固な施設で囲い込まれていない
ことをもって,新規制基準の定めが合理性に欠けるともいえず,また,原
子力規制委員会の判断に不合理な点はない。
さらに,故意による航空機衝突との関係では,新規制基準においてこれ
を安全施設の設計上考慮すべき旨求められていることを窺うことはできず,
せいぜい,航空機衝突により事故が発生した場合に備えて,重大事故等対
処設備や特定重大事故等対処設備を設置することが求められているにすぎ
ない(ただし,前提事実⑻のとおり特定重大事故等対処施設については設
置が猶予されている。)ところ,このような新規制基準が不合理でないこ
とは,後記10(争点3⑻)のとおりである。
してみると,外部からの不測の事態に対する防御という点において,本
件原子炉施設(使用済燃料ピット)の安全性に欠けるところはないという
べきである。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
ウ上記②の点について
確かに,本件原子炉施設における原子炉,原子炉格納容器と使用済燃料
-337-
ピットの各構造を単純に比較すると,前提事実⑷アオカで見たような差が
あることは明らかである。
しかし,炉心に燃料集合体が装荷された加圧水型原子炉は,高温(約3
00℃),高圧(大気圧の約150倍)の原子炉冷却材(一次冷却材,水)
で満たされており(「考え方」),仮にLOCAが発生した場合には,原
子炉冷却材が,高温,高圧の水蒸気となって瞬時に流出するとともに,放
射性物質を閉じ込める役割を果たす燃料被覆管の一部が損傷するなどして,
放射性物質が放出されるおそれがあることから,そのような放射性物質を
含む高温,高圧の水蒸気の周辺環境への放出を万が一にも防止するため,
耐圧性能を有する原子炉格納容器のような「堅固な施設」による閉じ込め
が必要となるのに対し,使用済燃料は,大気圧の下,約40℃以下に保た
れた使用済燃料ピット水により冠水状態で貯蔵されており(前提事実⑷カ),
そのような状態が維持される限り,LOCAの際に見られるような放射性
物質を含む高温,高圧の水蒸気が瞬時に発生,流出するような事態が生じ
る可能性は見出し難い。
また,設置許可基準規則は,第3章において,①重大事故に至るおそれ
がある事故が発生した場合において,貯蔵槽内燃料体等の著しい損傷を防
止するために必要な措置を講じたものでなければならないこと,②使用済
燃料貯蔵槽の冷却機能若しくは注水機能が喪失し,又は使用済燃料貯蔵槽
からの水の漏えいその他の要因により当該使用済燃料貯蔵槽の水位が低下
した場合において,貯蔵槽内燃料体等を冷却し,放射線を遮蔽し,及び臨
界を防止するための代替注水設備を設けること,③使用済燃料貯蔵槽の損
壊による水の喪失など,大量の水の漏えいその他の要因により当該使用済
燃料貯蔵槽の水位が異常に低下した場合において貯蔵槽内燃料体等の著し
い損傷の進行を緩和することを求めている(上記⑴ウ)。
そうであれば,使用済燃料ピットと,原子炉や原子炉格納容器とは,想
-338-
定される放射能物質の漏出のおそれにそもそも差があるものというべく,
前者が後二者ほどの「堅固な施設」による囲い込みまでは要しないとする
原子力規制委員会の見解(上記⑴エ)は,合理的といえる。
抗告人らは,その主張に沿う知見として,日本原子力学会の「福島第一
原子力発電所事故からの教訓」(平成23年5月9日)の指摘(甲D14)
を挙げている。しかし,同指摘は,①使用済み燃料貯蔵プール冷却に対す
る教訓として,a使用済み燃料貯蔵プールの冷却に失敗したこと(全電源
喪失後,使用済み燃料貯蔵プールの水位が低下し,使用済み燃料の除熱が
不十分となり,燃料破損に至るまでには最低数日間の時間的余裕がある。
使用済み燃料の崩壊熱によりプールの水が沸騰,被覆管が酸化し水素が発
生した可能性がある。使用済み燃料の発熱量はわかっていたため,時間的
余裕を見誤ったか,他号機の事故対応に手一杯で対応できなかった可能性
がある。なお,4号機原子炉建屋破壊の原因は,現状ではまだ特定されて
いない。),b建屋が破損した後の使用済み燃料の閉じ込めに課題がある
こと(水素爆発で建屋が破損し,使用済み燃料が万一破損した場合,放射
性物質が大気に直接放出される。この場合,水位を確保することが重要と
なる。)を挙げ,②短期的な提言(1年程度の短期に行うべき対策の例)
として,ⅰ使用済み燃料貯蔵プールに対するAMを見直すこと(具体的に
は,電源喪失直後に,消防車による注水ができるように準備する,プール
のある運転床にある消火栓から注水ができるように準備する,あらかじめ
フレキシブルホースなどを設置して地上からの注水が容易になるようにし
ておくことなどが考えられる。),ⅱ電源喪失しても予備電源などで燃料
プール温度及び漏洩監視モニターを監視できるように電源を準備すること
を,③中期的な提言(2,3年をかけてじっくり改革すべき中期対策の例)
として,ⅲ使用済み燃料貯蔵プールの自然循環冷却システムを導入するこ
と(電源が無くても崩壊熱除去が可能となる。),ⅳ空冷の中間貯蔵設備
-339-
を導入すること,ⅴシミュレーションによって事故挙動を評価し,4号機
建屋破損の原因を調査・特定し,また,ファイバースコープなどを用いて,
使用済み燃料貯蔵プールの状況を調査することをそれぞれ求めている。
この見解からは,使用済燃料ピットを原子炉格納容器並みの「堅固な施
設」によって囲い込む必要性まで挙げていることは窺えず,むしろ,上記
①bは,使用済燃料の冠水状態の維持の重要性を指摘する点において新規
制基準と同様の考え方に立つものであり,また,上記②ⅰの使用済み燃料
貯蔵プールに対するAMの見直しは,設置許可基準規則54条に反映され
ている(上記⑴ウ)から,上記の知見があるからといって,使用済燃料ピ
ットを堅固な施設で囲い込むべきであるとまでいうことはできない。
してみると,内部からの放射性物質の放出の防止という点において,使
用済燃料ピットに関し新規制基準が定める具体的基準に合理性を欠くとこ
ろはないというべきである。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑶使用済燃料ピット水冷却設備及び使用済燃料ピット計測設備の耐震安全性
(原決定第3の5抗告人らの主張欄⑵)
使用済燃料ピット水冷却設備が耐震重要度分類Bクラスに,使用済燃料ピ
ット計測設備が耐震重要度分類Cクラスにそれぞれ分類される設備であるこ
とは,上記⑴イのとおりである。
しかし,相手方は,①使用済燃料ピット水冷却設備のうち,通常時におい
て使用済燃料ピット水の冷却に用いる使用済燃料ピット冷却器,使用済燃料
ピットポンプ及び配管については,使用済燃料ピット水冷却設備が上位クラ
ス施設である原子炉補機冷却水設備配管に接続されており,損傷や転倒時に
原子炉補機冷却水設備配管の冷却機能等に対して波及的影響を及ぼすおそれ
があるとの観点から,耐震評価を行い,基準地震動に対する耐震安全性を有
している旨を確認し(乙100,101),②使用済燃料ピットの状態を確
-340-
認するための計測設備(水位計,温度計及び監視カメラ)や可搬式の水位計
については,重大事故等対処施設に設置される常設耐震重要重大事故防止設
備以外の常設重大事故防止設備及び常設重大事故緩和設備に分類される(設
置許可基準規則39条1項2号3号)ため,耐震評価を行い,基準地震動に
対する耐震安全性を有している旨確認している(乙102~105)。
このことと,使用済燃料ラック,使用済燃料ピット及び燃料取替用水タン
クがいずれも耐震重要度分類Sクラスとされ,それに見合う強度を有してい
ること(乙96〜98)を併せると,基準地震動を前提としても使用済燃料
の冠水状態は確保することができるものといってよい。
以上によれば,使用済燃料ピット水冷却設備及び使用済燃料ピット計測設
備がいずれも耐震重要度分類Sクラスに分類されていないからといって,相
手方が現実に取った措置が合理性を欠くことにはならない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑷稠密化された使用済燃料ピットの危険性(原決定第3の5抗告人らの主張
欄⑶)
ア本件原子炉施設の使用済燃料ピットにおける使用済燃料の保管について
は,①全炉心燃料及び1回の燃料取替えに必要とする燃料集合体数等を考
慮して,それに十分に余裕を持たせた設備容量が確保されていること,②
仮に,設備容量一杯まで燃料を貯蔵し,かつ,純水(ホウ酸水でない普通
の水)で満たされるというより厳しい条件を想定しても,使用済燃料ピッ
トの未臨界性を確保できること,以上2点が確認されている(乙11-8
-4-2〜4)。このことと,使用済燃料ピットにおける使用済燃料の保
管方法(前提事実⑷カ)に鑑みると,相手方がその設定に係る設備容量を
有する使用済燃料ピット内において使用済燃料を冠水させる方法でこれを
保管することには合理性が認められる。
イ抗告人ら指摘の使用済燃料の乾式貯蔵は,2,3年をかけて改革すべき
-341-
中期対策として提案されている段階に過ぎず(上記⑵ウの日本原子力学会
の「福島第一原子力発電所事故からの教訓」③ⅳ),世界的に見ても,各
国の規制当局が乾式貯蔵へ向けた行動に着手しない旨批判されている状況
にあり(甲D13),乾式貯蔵が国際基準として確立されたとまではいい
難い。抗告人ら指摘の使用済燃料ピット内における使用済燃料の配置のあ
りようについても,米国原子力規制委員会から市松模様にして配置する運
用が各事業者に指示されているとされているという状況にあることはいえ
ても(甲C10),そのような配置方法が国際基準として確立されたとま
では言い難い。
ウそして,上記⑴の使用済燃料ピットについての設置許可基準規則の定め
に照らすと,設置許可基準規則が乾式貯蔵や市松模様にして配置すること
を要求していないことをもって,新規制基準が不合理とは認められないし,
上記アの相手方の使用済燃料ピットにおける使用済燃料の保管方法に照ら
すと,相手方が乾式貯蔵や市松模様にして配置することをしていないから
といって,相手方の保管方法が新規制基準に適合する旨の原子力規制委員
会の判断が不合理であるとも認められない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑸重量物落下による危険性(原決定第3の5抗告人らの主張欄⑷)
相手方は,落下時に使用済燃料ピットの機能に影響を及ぼす重量物として,
①燃料取扱棟の構造物,②使用済燃料ピットクレーン,③燃料取扱棟クレー
ンを抽出し,①の燃料取扱棟の構造物については基準地震動により使用済燃
料ピット内へ落下することがないように,②の使用済燃料ピットクレーンに
ついては基準地震動による地震力によってクレーン本体,転倒防止金具及び
走行レールに発生する荷重が許容応力以下となる(すなわち,基準地震動に
より転倒,破損等して使用済燃料ピット内へ落下することがない)ように,
③の燃料取扱棟クレーンについてはその走行レールを使用済燃料ピットの上
-342-
空にかからないように敷設し,もって,仮に走行レールから脱線しても,建
屋の構造上,クレーン本体及び吊荷が使用済燃料ピットに落下しないように,
それぞれ対策を講じている(乙11-8-1-514〜519,13-109〜110)。
そうであれば,使用済燃料ピット内の重量物を設置する態様は合理的である
というべきである。
抗告人らの主張は,基準地震動を前提としない抽象的な危険を前提とし,
要するに,最新の科学的技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自
然災害を想定した発電用原子炉施設の安全性を超える安全性の確保を求める
ものであって,上記1の説示に照らし,採用できない。
⑹まとめ
以上によれば,使用済燃料ピットの安全性に関する新規制基準の内容及び
使用済燃料ピットに係る相手方の設計や設置が新規制基準に適合するとした
原子力規制委員会の判断は合理的である。
6新規制基準の合理性に関する各論〜地すべりと液状化現象による危険性(争
点3⑷)
⑴新規制基準の合理性
前提事実⑾アによれば,耐震重要施設の斜面についての設置許可基準規則
は,基準地震動を用いた解析により,発電用原子炉施設の周辺斜面の崩壊の
おそれがないことを確認させるとともに,そうでない場合には当該部分の除
去や斜面の保持等の措置を取らせることにより,周辺斜面の崩壊による影響
を耐震重要施設に及ぼさないようにすることを求めているものといえ,その
内容に不合理な点は見当たらない。
また,前提事実⑿アによれば,耐震重要施設の地盤についての設置許可基
準規則も,上記と同様に,地盤に係る安全性の確保を求めるものであって,
その内容に不合理な点は何ら見当たらない。
⑵地すべりによる危険性
-343-
ア重油タンクの周辺斜面(原決定第3の6抗告人らの主張欄⑴ア)。
本件原子炉施設の重油タンクとその東側斜面の法尻との距離は約90m,
東側斜面の高さは約30mであるところ(前提事実⑾イ),斜面の高さ
と地すべり土塊の到達距離との関係について,地すべり土塊の到達距離は
斜面の高さの概ね1.4倍(50m未満の場合は50m)に収まるとする
知見(乙238)及び土砂災害による被害影響範囲として急傾斜地(傾斜
30度以上のがけ)の高さの2倍(概ね50mを限度)とする知見(乙2
39)に照らすと,重油タンクと東側斜面の法尻との距離及び東側斜面の
高さとの関係は,十分に余裕があると考えられる。
抗告人ら指摘の東北地方太平洋沖地震の事例は,高さ50m程の山で,
移動距離約120m(高さの2.4倍)の地すべりが発生したというもの
であり,重油タンクとその東側斜面の法尻との距離が斜面の高さの3倍あ
る本件原子炉の安全性を左右するものとは解されないから,相手方が重油
タンクの周辺斜面について解析モデルを作成しないこととした点は不合理
とはいえないというべきである。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
イ本件原子炉施設が三波川帯にあること(原決定第3の6抗告人らの主張
欄⑴イ)
前提事実⑾によれば,本件原子炉施設の周辺斜面の傾斜等については,
その安定性評価の過程で考慮済みである。また,上記安定性評価の対象と
なる周辺斜面は,基礎地盤と同様に,表土や風化した岩盤を削り取るなど
の対策を講じた後の,いわゆる堅硬な斜面について行われており(乙11
-6-3-324〜325),これによれば,相手方において具体的危険の不存
在①の立証(疎明)がなされているというべきところ,佐田岬半島が一般
に著しい片理が発達するなど有数の地すべり発生地帯である旨の指摘が,
佐田岬半島において上記と同様の対策を講じた後の堅硬な斜面について一
-344-
般的に妥当すること(抗告人らの反証)を窺わせる資料は見当たらない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
ウ生越鑑定書(原決定第3の6抗告人らの主張欄⑴ウ)
抗告人らは,上記の主張に沿う資料として,別件鑑定に係る昭和51年
12月30日付け生越鑑定書(甲C196)を提出するところ,同鑑定書
には,本件敷地の地盤は,いわゆる三波川結晶片岩から構成されるところ,
①同結晶片岩は,大部分がいわゆる緑色片岩で占められ,新鮮な小岩片に
ついてみると,堅硬・均質な岩質を有するが,部分によっては結晶片岩の
特性であり片理がいちじるしく発達し,また,②節理や断層で切られ,さ
らに,低角度のすべり面によって大小のレンズ状岩体に破断されていると
ころが少なくないため,巨視的にみるときには,新鮮で堅硬・均質ないわ
ゆる一枚岩的岩質を有するものとはいいがたいなどの記載がある。
しかし,上記鑑定書の作成年月日に照らすと,上記鑑定書が依拠した各
種知見や調査結果の精度が現時点でも科学的技術的に見て,今なお当然に
適用に耐え得るとは限らない上,相手方がした本件原子炉施設の地盤調査
や周辺斜面の安定性評価(前提事実⑽ウc⒝,同⑾イ)は,その内容に
照らし,上記鑑定書が依拠した昭和51年当時の現地調査(2日半)や知
見に比して各段に充実したものであったと推認できるのであり,上記鑑定
書の信用性については疑いを入れる余地がある。
また,上記の点をひとまず措くとしても,上記鑑定書の①については,
上記イのとおり,本件原子炉施設の安定性評価の対象となる周辺斜面は,
基礎地盤と同様に,表土や風化した岩盤を削り取るなどの対策を講じた後
の,いわゆる堅硬な斜面について行われていること,上記鑑定書の②につ
いても,前提事実⑾イのとおり,相手方が安定性の評価において岩盤の強
度特性に応じた分類を行うとともに,後記エのとおり,本件原子炉施設南
側のCM級部分にすべり面を想定していること等に照らすと,上記鑑定書
-345-
から,本件敷地について地すべりの危険があるとは認められない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
エ小松意見書(原決定第3の6抗告人らの主張欄⑴エ)
抗告人らは,上記の主張に沿う資料として,小松意見書(甲C324)
を提出するところ,同意見書には,①長期間の変成作用により緑色片岩層
の内部に脆弱面(すべり面)が生じるので,ボーリング・コアの詳細な観
察や解析により,緑色片岩層の脆弱面(特に本件原子炉施設南側のCM級
部分)がどう連続し変化するかを確認する必要があるのに,相手方は,そ
のような確認をしていない,②地盤の下部には,物性の異なる緑色片岩層
と泥質片岩層との境界及び泥質片岩層中の無数の脆弱層が存在するのに,
相手方は,これについて検討を行っていない,③原発敷地周辺には,南北
圧縮による緩やかな背斜構造に伴う軸面破断及び東西伸長による破断面が
存在しており,これらの破断面(節理面ないし軸面壁開及び断層)は,水の
浸透を促進し,緑色片岩層の脆弱層へ水を運ぶことによって風化を促進す
る可能性があるのに,相手方は,節理周辺の岩相変化(変質)などの観察を
していないなどの記載がある。
しかし,①については,上記小松意見書によってもどの程度の期間が経
過により脆弱面が生じるかは明らかでない上,相手方は,本件原子炉施設
南側のCM級部分についてすべり面を想定しており(乙11-6-3-172),
②については,相手方は,深部ボーリング調査により,少なくとも深度約
2000mまで続く結晶片岩の層が堅硬かつ緻密であることを確認してお
り,乙11-6-3-77),③については,相手方
は,本件敷地の試掘坑内で,地質・地質構造を直接観察して試掘抗展開図
を作成するなどした結果,節理につき,その長さが一般に短く,卓越した
走向・傾斜が見られないことを確認している(乙11-6-3-84〜85,
94,363〜379,381)。そうすると,上記小松意見書は,その前提において
-346-
相当でないものといわざるを得ない。
抗告人らは,相手方)につ
き,深部ボーリングを実施した地点が本件原発敷地の南西端の場所であっ
て本件原子炉の炉心から約900m離れているとして,その信用性を争う
が,相手方は,オフセットVSP探査の結果,本件発電所の敷地に大規模
な断層を示す不連続,地震動の特異な増幅の要因となる低速度域及び褶曲
構造は認められず,その速度構造(地震波の速度分布)は乱れがなく均質
であることを確認している(乙11-6-3-83,302~303,乙35-38
~45,55~58,乙192-34~36)から,抗告人ら指摘の点は,上記の判
断を左右しない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑶液状化現象による危険性
ア液状化の危険性(原決定第3の6抗告人らの主張欄⑵ア)
審尋の全趣旨によると,①地下水位については,本件敷地の高さはT.
P.+10mであるところ,相手方による調査の結果,本件敷地の埋立部
における地下水位の平均は,海面の高さと同等のT.P.+0m程度であ
ることが判明していること,②土の粒度分布については,本件原子炉の
埋立部の土層におけるボーリング調査結果を基に作成した粒径加積曲線
からすれば,本件原子炉の埋立部の土は,粒径10㎜以上の礫を多く含
み,かつ,粒径が比較的ばらついた砂(粒径0.075~2㎜の土粒子)
からなっているといえること,③S波速度については,相手方による道
路における表面波探査の結果,埋立部のS波速度が工学的基盤面相当の
300m/秒以上であったこと,以上の事実が認められる。
上記事実によれば,地下水位は本件敷地の表面下10mの深さにある
ものというべく,その状態をもって地下水による飽和が生じているとは
いい難いし,本件原子炉の埋立部の土全体は,粒が大きいものから小さ
-347-
いものまで幅広い土粒子で構成されているものというべく,液状化しや
すい状態であるともいえない。しかも,道路における表面波探査の結果
(審尋の全趣旨)によれば,その部分もよく締まった地盤であるものと
いってよい。
してみると,抗告人らの主張は,その前提において当を得ないものと
いうべく,採用できない。
抗告人らは,新潟県中越沖地震(超過事例③)の際柏崎刈羽原発の液
状化の例を挙げ,平常時の地下水の水位が地表面を上回っていない場合
でも液状化が起こり得ると指摘する。
しかし,上記液状化は,東京電力のその後の調査により,地下水位が
地表面付近にある地点(主に海側の地下水が飽和した地盤)で発生して
いることが分かっている(乙328-8~17)のに対し,本件発電所の
敷地における地下水位地表面に対して十分に低い。
よって,抗告人ら指摘の点は,上記判断を左右しない。
また,抗告人らは,①海水ポンプエリアから津波による海水流入の可
能性があること,②本件発電所の安全確保に必要な施設のうち,海水ポ
ンプエリアに繋がる配管,緊急時に海水ポンプエリアで事故対策を行う
ための取付道路,可搬設備の設置場所等の関連施設等がT.P.+10
mより低い位置にある可能性があることを指摘する。
しかし,①の海水ポンプエリアから津波による海水流入の可能性につ
いては,相手方は,海水ポンプエリアからの津波の流入を防止するため
の対策,すなわち,海水ポンプエリアへの水密扉,水密ハッチ等の設置,
貫通部の止水処置の実施等,適切な対策を講じていることから,海水ポ
ンプエリアから海水が流入するおそれはなく(乙11-8-1-194~198,
乙13-45),②の本件発電所の安全確保に必要な施設のうち,ⅰの海
水ポンプエリアに繋がる配管等については,海水ピット並びにこれに接
-348-
続する海水取水路,海水取水口及び海水管ダクトをいずれも堅硬な岩盤
に支持させているので,液状化により損傷することはなく(乙13-33,
269),ⅱⅲの可搬型重大事故等対処設備の保管場所並びに保管場所から
使用場所まで運搬するための経路及びその他の設備の被害状況を把握す
るための経路(アクセスルート)については,いずれも標高(EL.)
10m以上の地点に位置し,液状化等によって必要な機能を喪失しない
ことが確認されている(乙329,なお,可搬型設備の一部〔消防自動
車〕がEL.10mより低い地点に配置されている旨の平成24年8月2
3日付け報道発表資料〔甲E25〕については,新規制基準の制定を踏
まえ,可搬型設備の配置位置が同報道発表当時から大きく変更されてお
り,現在は,EL.10mより低い位置には配置されていない〔乙329
-資6別添1-14〕。)。
よって,抗告人ら指摘の点は,上記判断を左右しない。
イ液状化の影響(原決定第3の6抗告人らの主張欄⑵イ)
相手方は,新潟県中越沖地震(超過事例③)の際に柏崎刈羽原発におい
て液状化現象が発生し,構内道路にも変状が生じたことを踏まえ,災害時
におけるアクセスルートを確保する観点から,仮に埋立部において液状化
現象が発生したとしても,主要構内道路の通行性が確保できるよう,埋立
部を通らずに通行できるアクセスルートを確保する,大型埋設物が地中を
横断する箇所について,ジオテキスタイル補強工法による耐震性向上工事
を実施するなど,種々の対策を行う(乙111,112)とともに,地下
構造物の損壊に伴って地表面上に発生する陥没を想定しても,仮復旧作業
を行うことで比較的短時間で通行性を確保することが可能であってアクセ
スルートへの影響はないことを確認しており(乙329-資6別添1-26
以下),これらの事実によれば,本件原子炉施設構内の主要道路について,
不等沈下によって通行に支障が生じシビアアクシデント対策を実施するこ
-349-
とが不可能となるとまでいうことはできない。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑷まとめ
以上によれば,地盤の危険性に関する新規制基準の内容に不合理な点はな
いし,本件原子炉施設における地盤の危険性(地すべり及び液状化)に関す
る相手方の評価が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断や,
それへ至る過程に不合理な点はない。
7新規制基準の合理性に関する各論〜制御棒挿入に係る危険性(争点3⑸)
原決定の「理由」中「第4当裁判所の判断」の7記載のとおりであるから,
これを引用する。
改める。
8新規制基準の合理性に関する各論〜基準津波策定の合理性(争点3⑹)
原決定の「理由」中「第4当裁判所の判断」の8記載のとおりであるから,
これを引用する。
ただし,原決定326頁22行目の「主張欄⑵イ後段」を「
段」と改める。
9新規制基準の合理性に関する各論〜火山事象の影響による危険性(争点3⑺)
⑴新規制基準の合理性
設置許可基準規則は,安全施設が想定すべき自然現象として火山の影響を
挙げ(同6条1項,同解釈6条1項),自然現象について,過去の記録,現
地調査の結果及び最新知見等を参考にし(同解釈6条2項),最新の科学的
技術的知見を踏まえて適切に予想すべきことを求めており,上記設置許可基
準規則及び同解釈の具体的内容を定めた火山ガイドも,完新世(約1万年前
まで)に活動した火山を将来の活動可能性を否定できない火山とする点,立
地評価及び影響評価を行うという判断枠組み,設計対応不可能な火山事象の
-350-
選定等において国際基準とも合致しており(「考え方」),後記⑵の問題を
除き,その内容について合理性を肯定することができる。
⑵立地評価(原決定第3の9抗告人らの主張欄⑴及び⑵)
ア地理的領域内の火山の抽出,完新世の活動の有無
相手方は,地理的領域(本件発電所から半径160㎞の範囲の領域)に
あり,本件発電所に影響を及ぼし得る火山について,完新世に活動を行っ
た火山として,a鶴見岳(本件敷地との距離85㎞),b由布岳(同89
㎞),c九重山(同108㎞),d阿蘇(同130㎞),e阿武火山群(同
130㎞)を,完新世に活動を行っていないものの,将来の火山活動の可
能性が否定できない火山として,f姫島(本件敷地との距離65㎞),g
高平火山群(同89㎞)を抽出している(前提事実⒁)ところ,その
抽出の過程に格別不合理な点は見当たらない。
イ火山活動に関する個別評価
運用期間中の火山の活動可能性の評価
火山ガイドは,原子力発電所に影響を及ぼし得る火山として抽出され
た火山について,①将来の活動可能性を評価する際に用いた調査結果と
必要に応じて実施する②地球物理学的及び③地球化学的調査の結果を基
に,原子力発電所の運用期間(原則として40年,原子炉等規制法43
条の3の32)中における検討対象火山の活動可能性を総合的に評価し,
検討対象火山の活動の可能性が十分小さいかどうかを判断すべきものと
している。
しかし,現時点の火山学の知見を前提とした場合に,上記①ないし③
の調査により原子力発電所の上記運用期間中における検討対象火山の活
動可能性が十分小さいかどうかを判断できると認めるに足りる証拠はな
い。
この点につき,相手方は,阿蘇の火山活動に関する個別評価につき,
-351-
破局的噴火は,ⅰプリニー式噴火ステージ(破局的噴火に先行してプリ
ニー式噴火が間欠的に発生),ⅱ破局的噴火ステージ(破局的噴火が発
生),ⅲ中規模火砕流噴火ステージ(破局的噴火時の残存マグマによる
火砕流が発生),ⅳ後カルデラ噴火ステージ(多様な噴火様式の小規模
噴火が発生)の順をたどる(Nagaoka(1988)で記されている噴火ステージ
のサイクル)ところ,阿蘇については,現在のマグマ溜まりは破局的噴火
直前の状態(ⅰのプリニー式噴火ステージ)ではなく,今後も現在の噴火
ステージ(ⅳの後カルデラ噴火ステージ)が継続するものと判断してい

しかし,相手方の主張によっても,ⅰのプリニー式噴火ステージ(破
局的噴火に先行してプリニー式噴火が間欠的に発生)からⅱの破局的噴
火ステージ(破局的噴火が発生)に移行するまでの時間的間隔は不明で
あり,相手方指摘の小林ほか(2010)及び前野(2014)も,VEI7ク
ラスの破局的噴火の直前にプリニー式噴火等の爆発的噴火が先行するこ
とが多いことを指摘するにとどまるから,上記主張や証拠を前提として
も,現時点が破局的噴火直前の状態でないことが認められるにとどまり,
本件発電所の運用期間中における活動可能性が十分小さいとまで判断す
ることはできない。
かえって,後記証拠によれば,現時点での噴火予測についての火山学
の一般的な知見は,以下のようなものであると認められる。
a火山学者緊急アンケート(甲D234)
綿密な機器観測網の下で大規模なマグマ上昇があった場合に限って,
数日~数十日前に噴火を予知できる場合もあるというのが,火山学の
偽らざる現状です。機器観測によって数十年以上前に噴火を予測でき
た例は皆無です。いっぽう巨大噴火直前の噴出物の特徴を調べること
によって,後知恵的に経験則を見つけようとする研究も進行中ですが,
-352-
まだわずかな事例を積み重ねているだけで一般化には至っていません。
カルデラ火山の巨大噴火の予測技術の実用化は,おそらく今後いくつ
かの巨大噴火を実際に経験し,噴火前後の過程の一部始終を調査・観
測してからでないと達成できないでしょう。こうした現状を考えれば,
「少なくとも数十年以上前に(破局的噴火の)兆候を検知できる」と
いう九州電力の主張は荒唐無稽であり,学問への冒瀆と感じます。・・・
過去の噴火履歴の検討により,日本のどこかでカルデラ火山の巨大噴
火(VEI7程度)が起きる確率はおおよそ1万年に1回程度である
ことがわかっています(最新のものは鬼界カルデラの7300年前の
巨大噴火)。したがって,今後1万年間に日本列島のどこかでカルデ
ラ火山の巨大噴火が起きる確率は,ほぼ100%とみてよいでしょう。
今後100年間では1%程度ということになります。こうした巨大噴
火を起こすカルデラ火山は日本列島に10個程度あり,その半数が九
州(阿蘇以南)とその近海に位置しています。・・・特定地域の平均
的噴火発生期間から噴火の頻度を求めること自体には問題があるわけ
ではない。しかし,・・・平均噴火発生間隔の数値を用いて次期カル
デラ噴火の切迫度を見積もるには適切な噴火発生モデルを想定する必
要がある・・・適切な噴火発生モデルを提示できない段階で切迫度を
検討するとしたら,平均発生間隔に依拠することなく,カルデラ噴火
が複数回発生した阿蘇山では最短間隔が2万年であることを考慮すべ
きである。すなわち,最終噴火から2万年を経過したカルデラ火山は
既に再噴火の可能性がある時期に到達したと考えるべきであろう。・・・
多くの場合,モニタリングによって火山活動の異常を捉えることは可
能であるが,その異常が破局噴火につながるのか,通常の噴火なのか,
それとも噴火未遂に終わるのかなどを判定することは困難である。い
ずれにせよ,モニタリングによって把握された異常から,数十年先に
-353-
起こる事象を正しく予測することは不可能である。
b町田洋陳述書(甲D343)
四国電力は,阿蘇カルデラを含む九州のカルデラ火山が現在,破局
的噴火直前の状態ではないということも言っていますが,カルデラの
地下でいま何が起こっていて,どんなことが破局的噴火の前兆現象な
のか,だれもわからない状況です。したがって近い将来噴火が起こる
確率は0に近い,とは断言し難いのです。噴火間隔がいくらかは,年
代値に大きな幅があり,また阿蘇カルデラの場合過去4回の大噴火の
時間間隔は一定ではありません。それから,四国電力が使っている
Nagaoka(1988)で記されている噴火ステージのサイクルは,テフラ整理
のための一つの考え方に過ぎず,これによって破局的噴火までの時間
的猶予を予測できる理論的根拠にはなりません。
c須藤靖明陳述書(甲G13)
まずお分かりいただきたいのは,現在の科学研究では,火山につい
ての噴火の時期も規模も形態様式もまた推移や継続時間も,予測する
ことは出来ないというのが,大多数の火山研究者の共通認識だという
ことです。地下のマグマ溜まりの規模や性状を把握し,その火山にお
ける噴火の潜在能力を評価しようというのは,噴火の中長期の予測を
可能にする方法として,大きな方向性としては間違っていないと思わ
れます。ですが,現状の火山についての科学研究では,それでその火
山の今後数十年間における最大規模の噴火を評価することは出来ませ
ん。
四国電力は,阿蘇カルデラ内に小規模な低速度領域しかない,大規
模なマグマはないと決めつけていますが,まず,地下のマグマ溜まり
の体積を地下構造探査によって精度良く求めることは出来ません。近
時の通説的見解では,マグマ溜まりはその周辺の母岩(地殻)と比較
-354-
的明瞭な壁のようなもので仕切られているのではなく,マグマ溜まり
の大部分はマッシュ状(半固結状態)でほとんど流動できない状態に
あり,その外縁は周辺の母岩と明瞭な区別はできないと考えられてい
ます。・・・実際,安部祐希氏の論文では,草千里南部のマグマ溜ま
りの下には,体積500㎦の巨大な低速度領域があることが検知され
ています。こういった低速度領域がマグマ溜まりであり,近い将来に
VEI7級の噴火を引き起こす可能性も,決して否定はできないので
す。
四国電力は,草千里南部のマグマ溜まりについて,最近の噴出物か
らすれば,玄武岩質〜玄武岩質安山岩だと決めつけているようですが,
一般に地下構造は複雑であるため,噴出物から地下のマグマ溜まりの
性質を精度をよく推定することはできません。・・・
現段階では,阿蘇カルデラにおいて,近い将来にカルデラ噴火を引
き起こすようなマグマ溜まりは,あるとも,ないとも確定的な判断は
できません。・・・
四国電力が阿蘇については約3万年前の草千里軽石噴火(VEI5)
相当の噴火を考慮しそれ以上の噴火を考慮していないのは,元々,阿
蘇カルデラ地下のマグマ溜まりの体積を評価したからではなく,これ
が・・・(Nagaoka(1988)の)「後カルデラ火山噴火ステージ」の既往
最大の噴火だからです。しかし,この長岡論文における噴火ステージ
とは,テフラ層序について整理するための作業仮説に過ぎず,将来の
噴火の予測のためにはまったく使えない概念です。一般的に阿蘇は現
在「後カルデラ火山活動期」などと言われることはありますが,・・・
近い将来阿蘇5が起き,「先カルデラ期」や「カルデラ形成期」など
と評価し直される可能性は,火山学的にはまったく否定できないので
す。・・・・阿蘇については,約26万年前以降,VEI7級の噴火
-355-
を4回繰り返しています。いずれVEI7級の阿蘇5はあると見るの
が,常識的で科学的な評価です。ただ,現在の火山学では,それが数
年後なのか,数万年後なのかは分からない,それだけの話です。・・・
確かに,VEI7級の噴火は低頻度の現象です。・・・VEI7とほ
ぼ同視できる,M7以上の噴火は,日本全体でも1万年に1回程度,
すなわち100年に1%程度の確率でしか起きません。同様の考え方
をすれば,阿蘇だけなら6万年に1回程度,九州全体なら2〜3万年
程度と見ることは出来るでしょう。
d原子力施設における火山活動のモニタリングに関する検討チーム提
言とりまとめ(甲G18)
国内の通常の火山活動については,気象庁が防災の観点から110
の活火山について「噴火警報・予報」を発表することになっているが,
噴火がいつ・どのような規模で起きるかといった的確な予測は困難な
状況にある。このような状況を踏まえ,気象庁の監視観測ではVEI6
を超えるような,未経験の巨大噴火は想定していない。
VEI6以上の巨大噴火に関しては発生が低頻度であり,モニタリ
ング観測例がほとんど無く,中・長期的な噴火予測の手法は確立して
いない。しかし,巨大噴火には何らかの短期的前駆現象が発生するこ
とが予想され,モニタリングによって異常現象として捉えられる可能
性は高い。ただし,モニタリングで異常が認められたとしても,どの
程度の規模の噴火にいたるのか或いは定常状態からの「ゆらぎ」の範
囲なのか識別できないおそれがある。
このような状況を受け,また原子力施設における対応には期間を要
するものもあることも踏まえれば,原子力規制委員会の対応としては,
予測の困難性や前駆現象を広めにとらえる必要性があることから,何
らかの異常が検知された場合には,モニタリングによる検知の限界も
-356-
考慮して,“空振りも覚悟のうえ”で巨大噴火に発展する可能性を考
慮した処置を講ずることも必要である。また,その判断は,原子力規
制委員会・原子力規制庁が責任を持って行うべきである。
e藤井(2016)
地下のマグマの動きを捉え,噴火発生時期を特定できるようになる
ことに主眼を置いてきた火山噴火予知研究の中では,比較的最近まで
長期予測手法の研究が注目されることはなかった。予知計画の進行の
過程で地質学的手法が導入され,噴火履歴の解明がうたわれたものの,
火山噴火の長期予測については明確な手法は確立していない。
長期予測については階段ダイアグラムの活用が指摘される。原子力
発電所の火山影響評価ガイド(原子力規制庁,2013)においても,発
電所に影響を及ぼすような噴火が発生する可能性が充分低いかどうか
を階段ダイアグラムなどの使用により検討することが推奨されている。
現実に九州電力は川内原発の再稼働に関して,階段ダイアグラムな
どを使って,カルデラ噴火が原子力発電所の稼働期間内には生じない
と主張し,規制委員会も結果としてそれを承認したことになっている。
しかし,階段ダイアグラムを活用して噴火時期を予測するには,マグ
マ供給率もしくは噴火噴出物放出率が一定であることが必要条件であ
るが,これが長期的にわたって成立する保証はない。特に数千年から
数万年という長期間においてはこのような前提が成立することは確か
められていない。・・・
さらに,階段ダイアグラムのもとになる噴出物量の推定そのものに
大きな誤差が含まれていること,また噴火年代についても大きな誤差
があることから,数万年レベルの噴火履歴から原子力発電所の稼働期
間である数十年単位の噴火可能性を階段ダイアグラムで議論すること
自体に無理がある。火山噴火の長期予測に関しては,その切迫度を測
-357-
る有効な手法は開発されていない。・・・
わが国において,数十㎦以上の噴出物を放出するような超巨大噴火
が6千年から1万年に1度程度の頻度で発生してきたことはよく知ら
れている(例えば,町田・新井,2003)。このような規模の爆発的噴
火を過去に頻繁に繰り返してきた南九州でカルデラ噴火が発生した場
合,周辺100㎞程度が火砕流のために壊滅状態になり,更に国土の
大半を10cm以上の火山灰で覆うことが予測されている(Tatsumiand
Suzuki,2014)。この種の噴火の最終活動は鬼界カルデラ噴火であり,
既に7,300年が経過している(町田・新井,2003)。このような
国家としての存亡に関わる火山現象であるが,火山噴火予知や火山防
災という観点からの調査研究は行われていない。2013年5月に内
閣府から公表された「大規模火山災害対策への提言」において,この
ようなカルデラ噴火がわが国においては発生しうることを国民に周知
すること,またカルデラ噴火の実態を理解するための研究体制を早急
に確立することが述べられたが,現時点では実現していない。カルデ
ラ噴火は原子力発電所の再稼働問題で社会的に注目を集めたが,科学
的な切迫度を求める手法は存在しない。原子力発電所の稼働期間中に
カルデラ噴火の影響をこうむる可能性が高いか低いかという判定その
ものが不可能なはずである。このような判定を原子力発電所設置のガ
イドラインに含むこと自体が問題であろう。カルデラ噴火は原子力発
電所問題だけでなく,国土保全にもかかわる問題であることから,低
頻度大規模噴火の研究が火山噴火予知・火山防災の観点から行われる
べきである。2014年から開始された「災害の軽減に貢献するため
の地震火山観測研究計画」においては,低頻度大規模噴火の研究が,
噴火としての規模は小さいが突然発生するために発災の危険性が高い
水蒸気噴火の研究とともに主要テーマとして掲げられており,その成
-358-
果に期待したいが,少ない研究計画予算の中でどこまで解明できるか
楽観はできない。
f科学Vol.85,No2(甲G20)
長岡(Nagaoka(1988))は,南九州のカルデラ火山が4つの「噴火ス
テージ」,すなわちプリニー式噴火(成層圏に達する高い噴煙柱から
大量の降下軽石を引き起こす噴火)ステージ→大規模火砕流をともな
う破局的噴火ステージ→中規模火砕流噴火ステージ→後カルデラ火山
噴火ステージをたどり,再びプリニー式噴火ステージに戻るサイクル
をくり返していると推定した。川内原発の審査書は,この噴火ステー
ジ説にもとづく評価によって,川内原発の160㎞圏内にある各カル
デラ火山がVEI7以上の噴火の直前の状態ではない(阿多カルデラ
のみがプリニー式噴火ステージの初期で,残りは後カルデラ火山ステ
ージ)と判断した。しかしながら,噴火ステージ説は噴火史上のパタ
ーン認識にもとづいた仮説であり,実際のマグマだまり内で生じる物
理・化学過程にもとづいた立証がなされているわけではない。・・・
実際にVEI7以上の噴火を機器観測した例は世界の歴史上にない。
つまり,現代火山学は,どのような観測事実があれば大規模カルデラ
噴火を予測できるか(あるいは未遂に終わるか)についての知見をほ
とんど持ちあわせていない。(川内原発の)審査書は,モニタリング
による予知可能性の根拠のひとつとしてギリシアのサントリーニ火山
のミノア噴火に先立つマグマ供給率推定結果を挙げているが,こうし
た研究は事例収集の初期段階に過ぎず,今後他のカルデラでの検討結
果が異なってくることも十分考えられる。個々の火山や噴火には固有
の癖があり,その癖の原因がほとんど解明できていないことは,火山
学の共通理解である。
設計対応不可能な火山事象の到達可能性の評価
-359-
本件では,検討対象火山の活動の可能性が十分小さ
いと判断できないから,火山活動の規模と設計対応不可能な火山事象の
到達可能性を評価することになる。そして,検討対象火山の調査結果か
らは原子力発電所運転期間中に発生する噴火規模もまた推定することは
できないから,結局,検討対象火山の過去最大の噴火規模(本件では阿
蘇4噴火)を想定し,これにより設計対応不可能な火山事象が原子力発
電所に到達する可能性が十分小さいかどうかを評価する必要がある。
この点につき,相手方は,阿蘇4火砕流堆積物は九州北部及び中部並
びに山口県南部の広い範囲に分布するところ,①阿蘇4火砕流堆積物が
敷地の位置する佐田岬半島まで到達した可能性を示唆している文献はあ
るものの,その分布は方向によって偏りがあり,佐田岬半島において阿
蘇4火砕流堆積物を確認したとの報告はないこと,②敷地周辺における
M段丘の地表踏査,敷地周辺の堆積条件がよい低地におけるボーリング
調査,敷地近傍における地表踏査,敷地におけるボーリング調査におい
て,阿蘇4火砕流堆積物は確認されないこと,③解析ソフト「TITA
N2D」を使用した火砕流のシミュレーション評価で火砕流堆積物が四
国までは到達しないとの結果が得られていること等から,敷地と阿蘇の
距離は約130㎞であり,その間には佐賀関半島や佐田岬半島などの地
形的障害も認められるので,阿蘇4火砕流は敷地まで達していないと判
断している(前。
しかし,火山ガイドにおいて160㎞の範囲が地理的領域とされるの
は,国内の最大規模の噴火である阿蘇4噴火において火砕物密度流が到
達した距離が160㎞であると考えられているためである(前提事実⒁
阿蘇において阿蘇4噴火と同規模の噴火が起きた場合に阿
蘇から約130㎞の距離にある本件敷地に火砕流が到達する可能性が十
分小さいと評価するためには,相当程度に確かな立証(疎明)が必要で
-360-
あると考えられる。
これを本件についてみると,火砕流の到達範囲の確定にはその性質上
困難を伴うこと(甲D343の「火砕流の堆積物とみなされるのは,高
速で移動する噴煙の重力流のうち高密度の部分が堆積したものです。こ
の噴煙流には浮いた状態の多量の細粒固形物があって,それは重さに応
じて地表に降下していきます。これが火砕流堆積物分布域の外側の広大
な地域で見い出される火砕流と同時の降下火山灰層です。火砕流堆積物
の特徴をもつものから火山灰層への変化は遷移的ですので,火砕流の範
囲は厳密には決め難いのです。」との記載),阿蘇4噴火から現在まで
約9万年が経過していること(甲D343の「伊方原発敷地周辺には阿
蘇4火砕流堆積物は,普通には残存していないでしょう。それは,佐多
岬半島が急斜面からなる山地の続きですので,テフラ(火砕流堆積物や
降下火山灰)は残り難く,積もっても,海水や風雨ですぐ浸食される地
形だからです。また,温暖な地域ほど,テフラとして識別される火山ガ
ラスや斑晶鉱物は粘土化し易いものです。・・・四国電力は佐多岬半島
のいくつかの地点のボーリングコアの中のテフラを調べているようです
が,ほとんどボーリングが短く,約9万年前の阿蘇4テフラに達してい
ません。」との記載)からすると,相手方主張の根拠①②からは,本件
敷地に火砕流が到達していないと判断することは困難である。
また,相手方主張の根拠③についても,以下のような問題がある。
火砕流の発生様式は,ⅰ噴煙柱崩壊型(プリニー式噴火では,固体破
片とガスの混合物からなる大規模な噴煙柱が形成されるが,その混合物
密度が空気よりも大きくなると,噴出物が上昇し続けられなくなり,噴
煙柱は重力崩落し激走する。),ⅱ噴煙柱を伴わないがマグマの継続的
な供給によって生じるもの(流紋岩-デイサイト質マグマは粘性が高い
ため,ガスが抜けにくく,マグマが地表近くまで上昇し減圧した時点で
-361-
爆発的に発泡しやすい。このとき,液体-固体は粉砕されてガスと混合
し,マグマの量が多ければ大量の火砕流となって火口から高速で流れ出
す。地下のマグマだまりから大量のマグマが噴出するため,マグマだま
り跡の空洞が陥没してカルデラを形成することも多い。阿蘇4噴火のよ
うなカルデラ噴火がその例である。),ⅲ溶岩ドーム崩壊型(マグマの
粘性が高く,かつガスが効率的に抜けると,爆発的な噴火を起こさずマ
グマがゆっくりと押し出されて溶岩ドームを形成するが,ガスは完全に
抜けきったわけではなく溶岩の中に気泡として残っているので,ドーム
の一部が押し出されるなどして崩壊すると爆発的に解放されたガスとそ
れによって形成された破片が混合して小規模〔一般に0.01㎦以下〕
な火砕流となる。)などに分類されている(甲D347,395)。
一方,相手方が火砕流シミュレーションに用いたTITAN2Dは,
火砕流を粒子の集合体からなる連続体とみなし,その流動に関して重力
を駆動力とする運動方程式を解くことによるシミュレーション(火口位
置に仮想的な円柱〔パイル〕を置き,このパイルを崩して火砕流を発生
させるもの)である(甲D345,397)ことから,その適用範囲に
ついては,ⅲの溶岩ドーム崩壊型のように密集した(密度の大きい)火
砕粒子流のようなケースのシミュレーションを行うのに限られるべきで
あり,ⅰの噴煙柱崩壊型やⅱの噴煙柱を伴わないがマグマの継続的な供
給によって生じるもの(阿蘇4噴火)の火砕流には適用できないとの指
摘がされており(甲D398),これによれば,そもそも,阿蘇4噴火
は,TITAN2Dの適用範囲外ではないかとの疑問がある。
また,この点を措くとしても,相手方は,TITAN2Dを用いるに
際し,前記のパイルの高さを6000mとしている(乙290-49)が,
相手方の主張によっても,噴煙柱の高さは数十㎞というのである(相手
方原審準備書面⑾の補充書⑴・11頁。なお,九重第一軽石噴火及び草千
-362-
里ヶ浜噴火の噴火規模はVEI5であるが,噴煙柱高さは20〜35㎞
と推定されている〔甲D346〕。)から,上記シミュレーションは実
際の阿蘇4噴火の火砕流とは異なる前提で行われたことになる。
以上によれば,相手方主張の根拠①ないし③からは,本件敷地に火砕
流が到達していないと判断することはできない。
ウ検討
前記イによれば,本件は,地理的領域内に「設計対応不可能な火山事象
が原子力発電所運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価され
ない火山がある場合」に当たり,立地不適ということになる。
これに対し,原決定は,「少なくともVEI7以上の規模のいわゆる破
局的噴火については,その発生の可能性が相応の根拠をもって示されない
限り,発電用原子炉施設の安全性確保の上で自然災害として想定しなくて
も,当該発電用原子炉施設が客観的にみて安全性に欠けるところがあると
いうことはできないし,そのように解しても,本件改正後の原子炉等規制
法の趣旨に反するということもできないものというべきであって,これを
火山の影響に係る立地評価の基準についていえば,過去の最大規模の噴火
がVEI7以上の破局的噴火であってこれにより火砕物密度流等の設計対
応不可能な火山事象が当該発電用原子炉施設に到達したと考えられる火山
が当該発電用原子炉施設の地理的領域に存在する場合であっても,当該発
電用原子炉施設の運用期間中にそのような噴火が発生する可能性が相応の
根拠をもって示されない限り,立地不適としなくても,原子炉等規制法の
趣旨に反するということはできず,また,原子炉等規制法の委任を受けて
制定された設置許可基準規則6条1項の趣旨にも反しないというべきであ
る」と判示する(原決定の引用する福岡高裁宮崎支部決定も同旨)。
確かに,仮に阿蘇において阿蘇4噴火と同程度の破局的噴火(VEI7
以上)が起きた場合には,「九州の中部以北は火砕流の直撃でほぼ全滅し,
-363-
死者は1000万人を超え,北海道を含む日本列島全体が15㎝以上の厚
い火山灰で覆われて,家屋の倒壊が相次ぎ,また,ライフラインが機能停
止するともに食料生産も不可能となって,かろうじて生き残った人々も火
山灰に覆われた日本列島から海外への避難・移住が必要となる」(乙28
7),「周辺100㎞程度が火砕流のために壊滅状態になり,更に国土の
大半を10㎝以上の火山灰で覆うことが予測されている」(藤井(2016))
などとされているところ,わが国においては,このようにひとたび起きる
と破局的被害(福島第一原発事故の被害を遥かに超えた国家存亡の危機)
をもたらす一方で,発生頻度が著しく小さい(VEI7の発生頻度は日本
の火山全体で1万年に1回程度,阿蘇では6万年に1回程度,上記
c,甲G17,藤井(2016))自然災害については,火山ガイドを除きそ
のような自然災害を想定した法規制は行われておらず,国もそのような自
然災害を想定した対策は(火山活動のモニタリング以外は)策定しておら
ず,にもかかわらず,これに対する目立った国民の不安や疑問も呈されて
いない現状を見れば,上記のような発生頻度が著しく小さくしかも破局的
被害をもたらす噴火によって生じるリスクは無視し得るものとして容認す
るというのが我が国の社会通念ではないかとの疑いがないではなく(原決
定の引用する福岡高裁宮崎支部決定も同旨),このような観点からすると,
火山ガイドが立地評価にいう設計対応不可能な火山事象に,何らの限定を
付すことなく破局的噴火(VEI7以上)による火砕流を含めていると解
することには,少なからぬ疑問がないではない。
しかし,上記1⑴ウで判示したとおり,原子力規制委員会が行う安全性
の審査は,当該発電用原子炉施設そのものの工学的安全性や運転開始後の
平常時における従業員,周辺住民及び周辺環境への放射線の影響及び事故
時における周辺住民及び周辺環境への放射線の影響等を,当該発電用原子
炉施設の地形,地質,気象等の自然的条件等との関連において,多角的,
-364-
総合的見地から検討するもので,審査の対象には,将来の予測に係る事項
も含まれていることから,審査の基礎となる基準の策定及びその基準への
適合性の審査においては,原子力工学はもとより,多方面にわたる極めて
高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされる
のであり,4号要件が,発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が災害の
防止上支障がないものであることを審査するための基準を原子力規制委員
会規則で定めることとしているのは,前記のような発電用原子炉施設の安
全性に関する審査の特質を考慮し,同号の基準の策定について,原子力利
用における安全の確保に関する各専門分野の学識経験者等を擁する原子力
規制委員会の科学的,専門技術的知見に基づく合理的な判断に委ねる趣旨
と解される。さらに,原子力規制委員会は,「考え方」(乙250)にお
いて,科学技術分野における一般的な安全性の考え方として,「科学技術
を利用した各種の機械,装置等は,絶対に安全というものではなく,常に
何らかの程度の事故発生等の危険を伴っているものであるが,その危険性
が社会通念上容認できる水準以下であると考えられる場合に,又はその危
険性の程度と科学技術の利用により得られる利益の大きさとの比較衡量上
で,これを一応安全なものであるとして利用しているのであり,このよう
な相対的安全性の考え方が従来から行われてきた安全性についての一般的
な考え方であるといってよく,発電用原子炉施設についても,このような
相対的安全性の考え方が当てはまる。」との前提の下に,「この安全性を
具体的な水準として捉えようとするならば,原子力規制委員会が,時々の
最新の科学技術水準に従い,かつ,社会がどの程度の危険までを容認する
かなどの事情をも見定めて,専門技術的裁量により選び取るほかなく,原
子炉等規制法は,設置許可に係る審査につき原子力規制委員会に専門技術
的裁量を付与するにあたり,この選択を委ねたものと解すべきである。」
との見解を自ら公表している。
-365-
以上の点からすると,当裁判所としては,当裁判所の考える上記社会通
念に関する評価と,最新の科学的,技術的知見に基づき社会がどの程度の
危険までを容認するかなどの事情を見定めて専門技術的裁量により策定し
た火山ガイドの立地評価の方法・考え方の一部との間に乖離があることを
もって,原決定(及び原決定の引用する福岡高裁宮崎支部決定)のように,
火山ガイドが考慮すべきと定めた自然災害について原決定判示のような限
定解釈をして判断基準の枠組みを変更することは,上記の原子炉等規制法
及びその原子炉等規制法の委任を受けて制定された設置許可基準規則6条
1項の趣旨に反し,許されないと考える。
エ以上によれば,立地評価について,相手方による基準適合判断の合理性
の疎明がされたということはできないから,原子力規制委員会の基準適合
判断の不合理性が事実上推定されるところ,本件全疎明資料によっても,
相手方による具体的危険の不存在②の主張疎明がなされたとは認め難いか
ら,この点についての相手方の主張は理由がない。
⑶影響評価
上記⑵によれば,本件発電所は立地不適であるから,火山ガイドに従う限
り,影響評価について判断する必要はないことになるが,阿蘇において阿蘇
4噴火と同規模の噴火が生じた場合に火砕流が本件敷地に到達する可能性が
十分小さいと評価できるかどうかの点については,上記⑵とは異なり,これ
を肯定して,立地不適とはならないとの見解もあり得るので,念のため,影
響評価についても,検討しておく。
相手方は,降下火砕物の影響評価に当たり,地理的領域内の火山による降
下火山灰の等層厚線図として,九重第一軽石(約5万年前)と草千里ヶ浜軽
石(約3.1万年前)が示されていることから,これらを検討対象とした上,
火山灰の堆積物の知見(前者については火山灰の堆積物が四国南西端の高知
県宿毛市で確認されているのに対し,後者については四国における堆積の報
-366-
告は見られない。)から影響のより大きいと認められた九重第一軽石の噴出
量を2.03㎦として本件敷地付近における火山灰の降下厚さをシミュレー
ションし,当初は,ボーリング調査の結果で宇和盆地中心部に九重第一軽石
と対応する火山灰層が認められないこと等に鑑み,ほぼ0㎝と評価していた
が,原子力規制委員会の指摘を踏まえて,九重第一軽石の噴出量を6.2㎦
(長岡ほか(2014)で示された量〔乙11-6-8-15〕。噴出量がこれを
超えるとの知見はない。)と想定した上で改めてシミュレーションしたとこ
ろ,偏西風がほぼ真西で安定する季節における降下厚さは0㎝~数㎝と評価
されるものの,風向きによっては火山灰の降下厚さが最大14㎝となったた
め,降下火砕物の層厚を15㎝と想定することにしたものである(前提事実

そして,原子力規制委員会は,降下火砕物の大気中濃度について,①本件
申請(平成25年7月8日)から許可処分時(平成27年7月15日)まで
は,既往最大の考え方に基づき,ヘイマランド観測値(0.003241g
/㎥)を設計基準(設置許可基準規則6条)として4号要件の審査を行って
いたところ,②平成28年4月の電中研報告などを踏まえ,理論的評価の考
え方に基づく設計基準の策定について検討を始めたが,理論的評価にも種々
の難点があることから,同年10月,既往最大の考え方は維持しつつ,ヘイ
マランド観測値に代えて,より保守的な観測値であるセントヘレンズ観測値
(0.0334g/㎥)を設計基準とすることとし,相手方を含む事業者に
ついて影響評価を行うよう求め,同年11月,同観測値を基準とした場合の
相手方を含む事業者の影響評価を是認したが,③その後も,理論的評価に基
づく設計基準の策定について検討を続けた結果,平成29年9月20日,既
往最大に基づき策定されたセントヘレンズ観測値に代え,理論的評価に基づ
き策定された機能維持評価用参考濃度(参考濃度)(本件発電所については
約3.1g/㎥)を設計基準とすることを決定し,これを規則として制定す
-367-
るための作業が現在進行中であると認められる(甲D349~351,53
7,538,甲G10〜12,乙305〜309,311〜313,342
〜344,346,434)が,①ないし③の大気中濃度は,いずれも降下
火砕物の層厚が上記の15㎝であることを前提とするものである。
しかし,阿蘇カルデラの地下には,少なくとも体積15㎦〜30㎦のマグ
マ溜まりが存在する(相手方も争っていない)ところ,上記⑵のとおり,現
在の火山学の知見を前提とすると,長岡の噴火ステージ論や現在判明してい
る上記マグマ溜まりの状態からは,本件発電所の運用期間中に阿蘇において
VEI6(噴出体積10㎦以上)以上の噴火が生じる可能性が十分に小さい
と評価することはできない。
そして,VEI6の噴火の最小の噴火規模を前提としても,噴出量は,相
手方が想定した九重第一軽石の噴出量(6.2㎦)の約2倍近くになるから,
本件発電所からみて阿蘇カルデラ(本件発電所から約130㎞)が九重山(本
件発電所から約108㎞)よりやや遠方に位置していることを考慮しても,
相手方による降下火砕物の層厚の想定(15㎝)は過少であり,これを前提
として算定された大気中濃度の想定(上記③の約3.1g/㎥)も過小であ
ると認められる。
そうすると,上記③の大気中濃度に相手方が今後対応可能かどうかにかか
わらず,影響評価について,相手方による基準適合判断の合理性の疎明がさ
れたということはできないから,原子力規制委員会の基準適合判断の不合理
性が事実上推定されるところ,本件全疎明資料によっても,相手方による具
体的危険の不存在②の主張疎明がなされたとは認め難いから,この点につい
ての相手方の主張も理由がない。
10新規制基準の合理性に関する各論〜シビアアクシデント対策の合理性(争点
3⑻)
⑴シビアアクシデント対策についての新規制基準の定め
-368-
設置許可基準規則は,深層防護の考え方を踏まえ,設計基準対象施設(第
2章)と重大事故等対処施設(第3章)を区別し,第3章に「重大事故等対
処施設」として主に第4の防護レベルに相当する事項をそれぞれ規定してい
る。
具体的には,①第2章(設計基準対象施設)における対策をとった上でも
なお重大事故に至るおそれがある事故が発生した場合を想定し,重大事故の
発生防止対策として,炉心,燃料体若しくは使用済燃料,及び運転停止中の
原子炉内燃料体の著しい損傷を防止するための対策を講じることを求め(同
44条から49条1項及び54条等),②さらに,万一重大事故が発生した
場合においても,重大事故の拡大防止対策として,原子炉格納容器の破損及
び工場等外への放射性物質の異常な水準の放出を防止する対策を講じること
を求め(同49条2項,50条から53条等),③それでも,敢えて格納容
器が破損した場合も想定し,放射性物質の拡散を抑制することを求めている
(同55条)。
加えて,3号要件の審査基準である技術的能力基準も,原子力事業者に対
し,第4の防護レベルに相当する事項として,重大事故等対策における要求
事項に加え,大規模な自然災害又は故意による大型航空機の衝突その他のテ
ロリズムによる発電用原子炉施設の大規模な損壊への対応(手順書の整備,
当該手順に従って活動を行うための体制及び資機材の整備)を要求している
(2.1)。
もっとも,重大事故等対処施設のうちの特定重大事故等対処施設等(設置
許可基準規則42条,57条2項)については,発電用原子炉施設について
本体施設等によって重大事故等対策に必要な機能を満たした上で,その信頼性
向上のためのバックアップ対策として位置づけられているとして,現に設置
されている発電所用原子炉施設については,経過措置により,設置許可基準
規則施行日(平成25年7月8日)以後最初に行われる工事計画認可の日か
-369-
ら起算して5年を経過するまでの間,同42条は適用されないこととして,
その設置を猶予している(同42条,附則2項)。
⑵可搬式設備での対応等(原決定第3の10抗告人らの主張欄⑴)
ア気象条件等により作業が困難となるなど不確実な可搬式設備での対応を
基本としているとの点
常設設備を設置する際には必ず設計上の想定を定めなければならないこ
とから,設計上の想定を超えた場合の効果が限定される結果として,常設
設備による対策に依存しすぎると,想定を超えた事象に対処することが困
難になる可能性があるというデメリットがある。
設置許可基準規則においては,このような常設設備のデメリットを踏ま
え,可搬型設備は,接続作業等の人的対応が必要となるデメリットはある
としても,想定していた配管が使えなくなった場合でも他の配管への接続
を試みることができるなど柔軟性があり,接続に要する時間も接続手法の
改善で短縮が見込める上,作業環境も接続場所の分散などによって選択肢
を広げる等の対策が可能となるとともに,経験則的に耐震性上優れた特性
がある(審査では,配備しようとする可搬型設備につき加振試験などによ
る耐震評価が行われる。)というメリットの方が大きいことから,可搬式
設備での対応が基本とされたものであり(同解釈45条〜48条,54条,
57条),また,事故発生の早い段階で機能することが必要と考えられる
原子炉冷却材圧力バウンダリ低圧時の冷却設備や電源設備については,常
設代替設備も要求することとされたものである(乙93)。
以上によれば,新規制基準は合理的と認められる。
そして,相手方は,重大事故等が発生した場合の対応について,手順書
や体制,設備等を整備し,事故時の混乱の中でも可搬式設備を用いるなど
して迅速かつ適切に対応できるよう,様々な訓練を繰り返し行っている(乙
11-10-5-11〜35)から,相手方の対応も合理的と認められる。
-370-
イ福島第一原発事故の十分な分析をせずに策定されたものであるとの点
上記主張が失当であることは,上記2⑴イのとおりである。
ウ原子炉水位計等の計器がシビアアクシデント条件下での作動することの
確認がされていないとの点
設置許可基準規則は,計測設備の故障により重大事故等に対処するため
に必要なパラメータを監視することが困難となる状況を考慮して,設計基
準事故時の環境を上回る環境においても事態の収束に必要なパラメータを
推定できるよう対策を講じることが求めている(同58条)から,新規制
基準は合理的と認められる。
そして,相手方は,重大事故等発生時において原子炉の状態を把握する
ために特に監視することが重要となる「重要監視パラメータ」(原子炉容
器圧力・温度・水位,原子炉格納容器内圧力・温度・水位等)を選定し,
本来これらを監視するための計測設備が故障等した場合にも原子炉施設の
状況を把握することができるよう,重要監視パラメータを推定するための
「重要代替監視パラメータ」を計測する設備を重大事故等対処設備と位置
付けて整備するとともに,可搬型計測器,電源(空冷式非常用発電装置)
等も新たに整備している(乙11-8-1-693〜695,789,792,乙13
-384〜394)から,相手方の対応も合理的と認められる。
エ基準地震動を超える地震等の外部事象を想定した対策がなされていない
との点
相手方による基準地震動策定が不合理でないと認められることは,上記
3のとおりであり,そうであれば,基準地震動を上回る地震動によるリス
クは無視し得る程度のものであるということができる(上記1)から,基
準地震動を上回る地震動に対する耐震安全性が要求されるとは考え難いし,
火山事象を除き,相手方の想定は不合理でないと認められる上,このよう
な極めて発生確率の低い自然事象やテロリズム等の人為事象を重ね合わせ
-371-
て想定することが社会通念上要求されているとも考え難い。また,設置許
可基準規則においては,それでもなお基準地震動を上回る地震動が発生す
るなどにより重大事故が発生した場合を想定して,重大事故等対処設備が,
環境条件,地震,津波その他の自然現象等の外部事象による共通要因によ
って,設計基準事故対処設備の安全機能等と同時にその機能が損なわれるこ
とのないよう,可能な限り,多様性,独立性及び位置的分散を考慮して適
切な措置を講じることを要求している(同43条2項3号,同条3項5号
7号,同解釈43条4項,同条7項)から,新規制基準は合理的と認めら
れる。
そして,相手方は,屋外に保管するポンプ車や電源車は,少なくとも2
セットは原子炉建屋から100m以上の離隔距離を確保して保管するとと
もに,代替する設計基準事故対処設備が屋外設置の場合には当該設備から
100m以上の離隔を確保している(乙11-8-1-21〜24,乙13-
274〜278)から,相手方の対応も合理的と認められる。
オ以上によれば,抗告人らの主張はいずれも採用できない。
⑶水素爆発対策(原決定第3の10抗告人らの主張欄⑵)
ア判断の基礎となる事実
新規制基準の内容
設置許可基準規則は,発電用原子炉施設につき,重大事故が発生した
場合において,原子炉格納容器の破損及び工場等外への放射性物質の異
常な水準の放出を防止するために必要な措置を講じたものでなければな
らないこと(同37条2項),炉心の著しい損傷が発生した場合におい
て原子炉格納容器内における水素爆発による破損ないし原子炉建屋等の
水素爆発による損傷を防止する必要がある場合には,水素爆発による原
子炉格納容器の破損ないし当該原子炉建屋等の損傷を防止するために必
要な設備を設けなければならないこと(同52条,53条),同37条
-372-
2項に規定する「重大事故が発生した場合」において想定する格納容器
破損モードとして,①原子炉圧力容器外の溶融燃料-冷却材相互作用,
②水素燃焼,③溶融炉心・コンクリート相互作用等を想定し,同項の「有
効性があることを確認する」ための要件のひとつとして,原子炉格納容
器が破損する可能性のある水素の爆轟を防止するため,原子炉格納容器
内の水素濃度がドライ条件に換算して13vol%以下であること等を求め
ている()。
相手方による評価
相手方は,炉心の著しい損傷が発生した場合においても水素爆発によ
る原子炉格納容器の破損を防止する観点から,静的触媒式水素再結合装
置(触媒〔白金,パラジウム〕により,水素と酸素を反応させ水にする
ことで,格納容器内の水素濃度を低減する装置)及びイグナイタ(電気
ヒータを加熱させ水素を燃焼させることで,格納容器内の水素濃度を低
減する装置)を用いて水素濃度を低減させることにより水素爆発による
原子炉格納容器の破損を防止する手段を整備するとともに,原子炉格納
容器内の水素濃度を監視するために格納容器内水素濃度計測装置等を設
置している(乙11-8-1-664〜666,乙13-344〜351,乙330)。
また,相手方は,ジルコニウム-水反応,溶融炉心・コンクリート相
互作用(MCCI),水の放射線分解等によって水素が発生し,発生し
た水素と原子炉格納容器内の酸素が反応することにより激しい燃焼が生
じ,原子炉格納容器の破損に至ることを特徴とする格納容器破損モード
として,大破断LOCA時に低圧及び高圧注入機能が喪失する事故を評
価事故シーケンスとして選定した上,外部電源についてはあるものとす
る(外部電源がある場合,格納容器スプレイが早期に起動し,水蒸気が
凝縮されることにより,水素濃度の観点で厳しい設定となる。),イグ
ナイタは12基設置するが水素濃度の観点で厳しくなるように機能する
-373-
ことを期待しない,原子炉圧力容器内の全ジルコニウムのうち水と反応
する割合は,解析から得られる反応割合は約30%であるところ,これ
の2倍以上の反応割合(75%)に補正して水素濃度を求め,さらに,
不確かさの考慮として,MCCIによるジルコニウムの反応割合が全炉
心内の約6%であることを踏まえ,基本ケースに加算して全ジルコニウ
ムのうち水と反応する割合を81%として,解析コードMAAPにより
解析を行ったところ,MCCIによる水素発生を考慮しても,ドライ条
件に換算した原子炉格納容器内水素濃度は最大約12.1vol%となって,
「水素濃度がドライ条件に換算して13vol%以下であること」という基
準を満たすと評価した(乙11-10-7-2-121〜149,252)。
原子力規制委員会の審査について
原子力規制委員会は,格納容器破損モード「水素燃焼」に対して,相
手方が格納容器破損防止対策として計画している水素濃度の低減が事象
進展の特徴を捉えた対策であるなどとして,同対策は有効なものである
と判断した(乙13-202〜208)。
イ抗告人らが指摘するとおり,相手方が見込んだイグナイタの効果の具体
的な内容は判然としないし,イグナイタは,もともと放射線分解で発生し
た少量の水素を取り除くためのものであって,事故などで大量に発生した
水素を除去する装置ではない旨,イグナイタの効果には限界があるかのよ
うに指摘する見解があること(甲C198)に照らすと,仮に全ジルコニ
ウムが水と反応することを想定した場合に,イグナイタによって水素濃度
を13vol%未満に抑えて水素爆発を防ぐことができるかといえば,疑問の
余地なしとしない。
ウしかし,相手方は,「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格
納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド」に,「原子炉圧力
容器の下部が破損するまでに,全炉心内のジルコニウム量の75%が水と
-374-
反応する」ことを想定するよう定められていることを踏まえ,解析から得
られる反応割合は75%を大きく下回るもの(約30%)であった(解析
の具体的内容につき乙11-10-7-2-128~135,252)が,これを多
めに補正して全炉心内のジルコニウム量の75%が水と反応することとし
た上で,さらに不確かさの考慮として,MCCIに伴う水素の発生も合わ
せて考慮した評価を行ったとしても,原子炉格納容器内の水素濃度を13
vol%未満に抑えることが可能であり,本件原子炉において水素爆発が発生
することはないことを確認している。この75%という数値自体,山形原
子力規制部安全規制管理官が,平成27年2月12日の原子力規制委員会
の会合において,「水素発生量の評価においては,審査ガイドに従いまし
て,原子炉圧力容器内の全ジルコニウムの75パーセントは水と反応する,
そういう保守的な条件で評価を行っておりまして,さらにドライ条件,水
蒸気がないという条件であるという,さらに保守的なもので11.7パー
セントを下回ることを確認しております。」(乙140)と述べていると
おり,相当保守的な数値であるとも考えられるし,相手方の解析によれば,
そもそも反応割合は30%と評価されていたのであり,相手方の上記評価
で相当の裕度を確保できていると考えられるから,解析コードMAAPに
はMCCIの進行を過小評価する傾向があること等を踏まえて,100%
のジルコニウムが水と反応することを仮定しなくても,相手方の評価に不
合理な点はないというべきである。
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑷水蒸気爆発対策(原決定第3の10抗告人らの主張欄⑶)
ア判断の基礎となる事実
相手方による評価
相手方は,水蒸気爆発に関し,①実機において想定される溶融物(二
酸化ウラン(燃料ペレット)とジルコニウム(燃料被覆管)の混合溶融
-375-
物)を用いた実験として,これまでに財団法人原子力発電技術機構がカ
ザフスタン国立原子力センターにおいて行った実験(COTELS),
欧州JRCがイスプラ研究所において行った実験(FARO),欧州J
RCがイスプラ研究所において行った実験(KROTOS)がそれぞれ
行われており,延べ30回に及ぶ溶融物の水プールへの落下実験が実施
されているところ,ⅰこれらの落下実験のうち,KROTOSの実験で
は,溶融物が水プールに落下中に容器の底から圧縮ガスを供給して膜沸
騰状態(液体への熱伝達において伝熱体の伝熱面の全面を沸騰した蒸気
が膜となって覆い,その蒸気膜と液体との接触面から直接に沸騰する状
態)を強制的に不安定化させる(外乱を与える)などの条件において3
回の水蒸気爆発が発生したものの,それ以外は水蒸気爆発は発生してお
らず(韓国原子力研究所〔TROI〕による実験のうち,自発的な水蒸
気爆発が生じた実験については,溶融物に対して融点を大きく上回る加
熱を実施するなど,実機の条件とは異なった条件の下に実施されたもの
であり,TROIにおいて溶融物の温度を現実的な条件として上で実験
を行った「OECDSERENA計画」では,水蒸気爆発が生じない
ことが確認されている。乙283),これによれば,膜沸騰状態を不安
定化させる外乱がない場合には水蒸気爆発が発生することはなく(外乱
は水蒸気爆発の必要条件),ⅱKROTOSの実験では,外乱を与えた
場合でも水蒸気爆発に至らなかったケースが5回あり,外乱を与えた場
合でも常に水蒸気爆発が発生するわけではない(外乱は水蒸気爆発の十
分条件ではない)と確認されていること,②本件原子炉においては,溶
融炉心が原子炉下部キャビティに落下する際,原子炉下部キャビティは
準静的(物質系の変化が,常に熱平衡状態〔物体間の熱の移動がなく,
相の変化,例えば水から水蒸気への変化もない状態〕に十分近い状態で
あること)であり,実験で付加したような膜沸騰状態を不安定化させる
-376-
外乱は発生しないことから,本件原子炉において水蒸気爆発が発生する
可能性は極めて小さいと評価した(乙11-追補2.Ⅲ「第3部MAA
Pコード」3.2-9〜12,乙379〜381)。
原子力規制委員会の審査
原子力規制委員会は,相手方から,実機において想定される溶融物(二
酸化ウランとジルコニウムの混合溶融物)を用いた大規模実験として,
COTELS,FARO及びKROTOSを挙げ,これらのうち,KR
OTOSの一部実験においてのみ水蒸気爆発が発生していることを示さ
れるなどした上で,原子炉圧力容器外のFCI(原子炉圧力容器外の溶
融燃料-冷却材相互作用)で生じる事象として,水蒸気爆発は除外し圧
力スパイクを考慮すべきであることを確認した(乙13-201〜202)。
イこれに対し,高島武雄・後藤政志「原子炉格納容器内の水蒸気爆発の危
険性」(甲C261)には,「実機が炉心溶融を起こすと,核燃料と溶け
た金属が混ざって,数百トンの溶融物が生じる。このうちどれだけの溶融
物が粗混合過程に寄与するかは不確かであるが,少なくとも数百㎏ないし
百トン程度まで考えておく必要がある。これに対して実験は2㎏から約1
80㎏程度の溶融物で実施されている。これらの実験では,実機とのスケ
ールの比を溶融物の質量の規模で少なくとも百倍から数万倍近い外挿をし
ていることになる」(COTELSでは約60㎏,KROTOSでは約3
㎏,TROIでは10~20㎏の試料が用いられている。)し,「過酷事
物を囲い込んだりする可能性がある。これらの場合は囲い込まれた水が急
蒸発して,水蒸気泡が急膨張することで,水蒸気爆発のトリガーとなる可
能性がある。また,外部から流入する水流の発生や水温の急変(水温低下)
や水素爆発による圧力パルスなどもトリガーになり得る」との記載があり,
-377-
高島武雄の意見書(甲E53)にも,「事故時には,燃料の酸化ウランだ
けでなく種々の金属が様々な割合で含まれることになるほか,溶融炉心の
温度や重量,水プールの水温や水深,落下速度や状態,粘性ほか様々な物
理量,格納容器圧力などが関係してくる。水蒸気爆発が起こるか起こらな
いかという判断を決定するだけの科学的な根拠は十分ではない。・・・原
子炉容器の溶融破損状態や高圧におけるジェット流,キャビティ底部との
接触,水中に落下した後の流動,事故に伴う構造物の落下と衝突,層状系
での水蒸気爆発の発生など不確定な現象を含み,特に狭い原子炉キャビテ
ィ内での水素爆発などトリガリングはいくらでもありうる。」などの記載
がある。
ウしかし,高島らが指摘するような大量の溶融物が水蒸気爆発の外部トリ
ガーとなる可能性がどの程度あるのか明らかではないし,そもそも炉心溶
融が発生したとして高島らが想定するような大量の溶融物が落下する可能
性がどの程度であるのかも明らかでない。これに対して,「OECDS
ERENA計画」も踏まえると,COTELS,FARO,KROTOS
及びTROIのいずれの実験においても,現実的な温度設定とするなどし
た場合には,数十㎏程度の溶融物が落下したとしても水蒸気爆発が発生し
ないことが確認されているといえる。
そうすると,相手方が水蒸気爆発の危険性が極めて小さいと評価したこ
とは合理的であり,水蒸気爆発の危険性を除外することを認めた原子力規
制委員会の判断も合理的と考えられる。
⑸緊急時対策所(原決定第3の10抗告人らの主張欄⑷)
ア設置許可基準規則は,①第2章において,工場等には,一次冷却系統に
係る発電用原子炉施設の損壊その他の異常が発生した場合に適切な措置を
とるため,緊急時対策所を原子炉制御室以外の場所に設けなければならな
いと定め(同34条1項),②第3章において,緊急時対策所につき,重
-378-
大事故等が発生した場合においても当該重大事故等に対処するための適切
な措置が講じられるよう,ⅰ重大事故等に対処するために必要な指示を行
う対策要員がとどまることができる適切な措置を講じること,ⅱ必要な指
示ができるよう,重大事故等に対処するために必要な情報を把握できる設
備を設けること,ⅲ発電所内外の通信連絡をする必要のある場所と通信連
絡を行うために必要な設備を設けること,ⅳ重大事故等に対処するために
必要な数の対策要員を収容できること及びこれらの手順等を整備すること
を求め(同61条1項2項),かつ,「基準地震動による地震力に対し,
免震機能等により,緊急時対策所の機能を喪失しないようにするとともに,
基準津波の影響を受けないこと」を求めている(同解釈61条1項a))。
前記の文言上は,設置許可基準規則は,必ずしも緊急時対策所に免震機
能を要求していないところ,免震機能を備えていないとしても,免震機能
と同等の高い耐震安全性を備え,緊急時対策所の機能が緊急時にも維持さ
れることが確保されているのであれば,重大事故等の対策として何ら問題
はないと考えられるから,必ずしも免震機能を要求しない新規制基準の内
容は不合理でないと認められる。
イ本件発電所においては,新潟県中越沖地震(超過事例③)による東京電
力柏崎刈羽原発の被災状況を踏まえ,自主的な耐震性向上対策の一環とし
て平成22年4月に免震重要棟の建設に着手し,平成23年11月に完成
した(乙142)。そして,相手方は,新規制基準の制定を踏まえ,当該
免震重要棟を本件3号機の緊急時対策所として位置づけることとしていた
ものの,基準地震動引き上げにより耐震上の問題が生じたため,新たに別
に剛構造の緊急時対策所を設置した。
そして,相手方は,剛構造の緊急時対策所について,基準地震動に対し
て機能を喪失しないことを確認した(乙58)。また,相手方は,重大事
故等が発生した場合において当該事故等に対処するために必要な数の要員
-379-
がとどまることができよう,重大事故等に対処するために必要な数の要員
を収容できる容量を確保した上で,放射線の遮へい措置等を講じるととも
に,重大事故等に対処するために必要な情報を把握するための設備及び発
電所内外と通信連絡を行うために必要な措置を設置又は保管している(乙
11-8-1-703〜708)。
原子力規制委員会は,上記緊急時対策所(EL.32m)について,基準
地震動に対する地震力に対し,耐震構造とすることにより機能を喪失しな
いようにするとともに,基準津波の影響を受けない位置に設置されている
こと及びその他の上記要件を満たしていることを確認した(乙13-409〜
407)。
以上によれば,原子力規制委員会の基準適合性判断は,合理的なものと
認められる。
ウ以上によれば,この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑹特定重大事故等対処施設(原決定第3の10抗告人らの主張欄⑸)
ア原子力基本法は,原子力利用における安全確保につき,国民の生命,
健康及び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資すること
を目的として行うものとし(同法2条2項),原子炉等規制法は,原子
力施設において重大な事故が生じた場合に放射性物質が異常な水準で当
該原子力施設を設置する工場又は事業所(以下「工場等」という。)の
外へ放出されることその他の災害を防止等し,公共の安全を図るために,
原子炉の設置及び運転等に関し,大規模な自然災害及びテロリズムその
他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制等を行い,国民の生命,健康
及び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目
的とする(同法1条)。このうち,原子力利用における安全確保の目的
に「我が国の安全保障に資すること」が規定され(原子力基本法2条2
項),上記目的のための「テロリズムその他の犯罪行為の発生をも想定
-380-
した必要な規制」の求めは(原子炉等規制法1条),本件改正において
新たに定められたものである。
これを受け,設置許可基準規則は,重大事故等に対処するための機能
を有する施設を「重大事故等対処施設」とし(設置許可基準規則2条2
項11号),それが備えるべき要件等を規定する(第3章)。
そして,重大事故等対処施設のうち,故意による大型航空機の衝突そ
の他のテロリズムにより炉心の著しい損傷が発生するおそれがある場合
又は炉心の著しい損傷が発生した場合において,原子炉格納容器の破損
による工場等外への放射性物質の異常な水準の放出を抑制するための施
設を「特定重大事故等対処施設」とし(同2条2項12号),工場等に
は,次に掲げるところにより,特定重大事故等対処施設を設けなければ
ならないこととしている(同42条,もっとも,設置許可基準規則が施
行された平成25年7月8日の時点で現に設置されている発電用原子炉
施設については,同日以後最初に行われる工事計画認可の日から起算し
て5年を経過する日までの間は,設置が猶予されることは上記⑴のとお
りである。)。
①原子炉建屋への故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムに
対してその重大事故等に対処するために必要な機能が損なわれるおそ
れがないものであること,
②原子炉格納容器の破損を防止するために必要な設備を有するもので
あること,
③原子炉建屋への故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムの
発生後,発電用原子炉施設の外からの支援が受けられるまでの間,使
用できるものであること,
また,重大事故等に対処するための機能を有する設備を「重大事故等
対処設備」とし(同2条2項14号),このうち,可搬型重大事故等対
-381-
処設備に関しては,例えば,地震,津波その他の自然現象又は故意によ
る大型航空機の衝突その他のテロリズムによる影響等その他の条件を考
慮した上で常設重大事故等対処設備と異なる保管場所に保管することを
要求し(同43条3項5号),配置については故意による大型航空機の
衝突も考慮することとされる(同解釈43条7項)など,分散配置によ
り,想定を大幅に超える自然現象や故意による大型航空機の衝突(大規
模損壊)があったとしても,同時に故障することがないような措置が求
められている。
そして,以上の可搬型重大事故等対処設備の分散配置を前提として,
大規模損壊対策として,炉心注水活動や航空機燃料火災の消火活動(同
解釈55条1項b))といった対処のほか,想定を大幅に超える自然災
害により,道路等のアクセスルートが損壊した場合には,分散配置され
ている重機でアクセスルートの復旧を行うこと(設置許可基準規則43
条3項6号,技術的能力基準1.0),航空機の衝突により原子炉建屋
の片側に大規模損壊が発生し,その周辺にある設備や炉心注水のための
接続口等が損壊した場合に備え,分散配置されている給水ポンプや電源
車などの可搬型設備を損壊している部分の反対側の健全な接続口等から
接続できるようにすること(設置許可基準規則43条3項3号)などを
想定している。
さらに,3号要件の審査に際し,技術的能力基準は,故意による大型
航空機衝突等によりプラントが大規模に損壊した状況における消火活動
を求めて
いる(2.1)。
イ新規制基準をめぐる上記諸法令の定めによれば,新規制基準においては,
一般的に,重大事故等への対処は,重大事故等対処施設や重大事故等対処
設備をもってこれを行うものとしつつ,原子力基本法や原子炉等規制法の
-382-
改正点を踏まえ,重大事故のうち,故意による大型航空機の衝突その他の
テロリズムによる炉心の著しい損傷又はそのおそれに対処するバックアッ
プを目的とした一群の施設である特定重大事故等対処施設の設置を新たに
求めることにしたものと解するのが相当である。
確かに,特定重大事故等対処施設の設置を求めることにしたのが原子力
基本法や原子炉等規制法の上記改正を受けたものであるとなれば,特定重
大事故等対処施設が設置されて初めて故意による大型航空機の衝突等に対
する関係での当該発電用原子炉施設の安全性が上記各法律の要請に応える
ものとなることはいうまでもないし,故意による大型航空機の衝突やその
他テロリズムによる影響に対応するべく可搬型重大事故等対処設備の配置
等が求められているとはいえ,その扱いに時間がかかるのではないかとの
懸念も指摘されている(新規制基準策定前の平成24年12月20日に開
催された原子力規制委員会の会合では,一部の出席者が,「可搬式という
のは,やはり5時間とか,それ以上かかりますよね,つなぐまでには,少
なくとも。」「可搬では早い時点に関して対処し切れない部分というのが
あるというのはおっしゃるとおりです。」などと発言している。甲D51
3)。
しかし,上記のとおり,特定重大事故等対処施設の位置付けは,重大事
故等のうちの一部の類型のものに対処するバックアップという点にあると
解されるのであるから,例えば,可搬型重大事故等対処設備の設置や手順
書の整備,可搬型の資器材の配備等,第一次的な役割を担うべき施設や設
備等が整備されている限りにおいて,特定重大事故等対処施設の設置が猶
予されている期間中であっても,当該発電用原子炉施設につき社会通念上
求められる安全性に欠けるところはないといって差し支えないものという
べきである。
したがって,設置許可基準規則が施行された時点で設置されていた発電
-383-
用原子炉施設について,その後に初めて得られた本体施設等に係る工事計
画認可の日から起算して5年を経過する日までの間,同規則42条は適用
されない旨の経過措置の定め(附則2項)は合理的であると認められる。
ウそして,前提事実⑼によれば,本件原子炉施設については,設置許可基
準規則が施行された平成25年7月8日よりも後に初めて工事計画認可処
分が得られた日から5年は経過していないから,設置許可基準規則42条
は適用されないことになる。
エそして,相手方は,大規模な自然災害又は故意による大型航空機の衝突
その他のテロリズムによる原子炉施設の大規模な損壊(以下「大規模損壊」
という。)が発生した場合における体制の整備に関し,大規模損壊が発生
した場合の手順書の整備,大規模損壊発生時の体制の整備(大規模損壊へ
の対応のための発電所災害対策要員等への教育及び訓練,大規模損壊発生
時の人的体制・活動拠点・発電所外部からの支援体制),設備及び資機材
の整備(可搬型重大事故等対処設備の配備,大規模損壊発生時の対応に必
要な資機材の配備)について,それぞれ整備方針を策定し,原子力規制委
員会から技術的能力基準に適合している旨判断されたことが認められる(乙
11-10-5-36〜102,乙13-422〜427)。
オ以上によれば,特定重大事故等対処施設の設置をめぐる上記経過措置を
含む新規制基準は合理的であり,相手方は,そもそも現時点で特定重大事
故等対処施設の設置を猶予されている段階にあるけれども,故意による大
型航空機の衝突その他のテロリズムによる炉心の著しい損傷又はそのおそ
れを含む重大事故全般に第一次的に対処するための方針が策定され,原子
力規制委員会から上記審査基準に適合している旨判断されており,一件記
録を精査しても,上記策定内容に不合理な点は見当たらないから,特定重
大事故等対処施設が設置されていないからといって直ちにその措置が不合
理であるとはいえない。
-384-
この点に関する抗告人らの主張は採用できない。
⑺航空機落下(原決定第3の10抗告人らの主張欄⑹)
ア判断の基礎となる事実
新規制基準等の内容
設置許可基準規則6条3項は,「安全施設は,工場等内又はその周辺
において想定される発電用原子炉施設の安全性を損なわせる原因となる
おそれがある事象であって人為によるもの(故意によるものを除く。)
に対して安全機能を損なわないものでなければならない」と定め,同解
釈6条8項は,ここにいう人為事象には航空機落下等の飛来物が含まれ,
航空機落下については,航空機落下確率評価基準(乙265)等に基づ
き,航空機落下確率が10-7
回/炉・年を上回るか否かを基準として,
防護設計の要否について確認すると定めている。
相手方による評価
相手方は,過去の日本国内における航空機落下事故の実績を基に,落
下事故をいくつかのカテゴリに分類し,そのカテゴリごとに落下確率を
求めることとし,具体的には,①計器飛行方式民間航空機の落下事故と
して,ⅰ飛行場での離着陸時における落下事故,ⅱ航空路を巡行中の落
下事故,②有視界飛行方式民間航空機の落下事故,③自衛隊機又は米軍
機の落下事故として,ⅰ訓練空域内で訓練中及び訓練空域外を飛行中の
落下事故,ⅱ基地―訓練空域間往復時の落下事故をそれぞれ選定した上,
各航空機落下事故が発生する確率を航空機落下事故確率評価基準に定め
られた手法に従って算定した。
その結果,①ⅰは,本件発電所が滑走路方向に対して±60°の扇形
区域から外れるとの理由で,評価対象外とし(航空機落下事故確率評価
基準は,「最大離着陸地点までの直線距離を半径とする範囲内に原子炉
施設が存在する場合であっても,飛行場の滑走路端から滑走路方向に対
-385-
して±60°の扇形区域から外れる場合」には,離着陸時の航空機落下
の発生確率評価を行う必要はないものとすると定めている。),①ⅱは,
9.41×10-10
,②は1.45×10-8
,③ⅰは2.43×10-8

③ⅱは2.43×10-8
の合計約6.5×10-8
回/炉・年となり,こ
れは防護設計の要否判断の基準である10-7
回/炉・年を超えない確率
であることから,相手方は,本件原子炉において航空機落下に対する防
護は設計上考慮する必要がないと評価した(乙11-8-1-479)。
なお,①民間航空機については,原子力発電所の上空をできる限り避
けるよう国から関係各所に通達がなされるとともに,原子力関係施設の
上空については航空法81条に基づく最低安全高度以下の高度での飛行
に係る国土交通大臣の許可が与えられないことになっている(乙266)
が,相手方は,上記の落下確率の算定にあたっては,上記①の事情を考
慮していない。
また,②自衛隊機については,訓練空域が原子炉施設の上空に存在す
る場合に飛行規制が取られており,③米軍機についても,原子炉施設上
空の飛行規制に係る協力要請を行い「安全かつ実際的な形で回避」する
旨の回答を得ている(乙277)が,相手方は,上記の落下確率の算定
にあたっては,上記②③の事情も考慮していない。
原子力規制委員会の審査
原子力規制委員会は,相手方が,飛来物(航空機落下等)に対しては,
最新の航路,飛行実績等の情報を踏まえて航空機落下確率を評価し,防
護設計の要否判断の基準である10-7
回/炉・年を超えていないとし
て,設計上考慮する必要はないとしていることは合理性があると判断し
た(乙13-80〜81)。
イ抗告人らが,上記主張において「ひたすら確率を下げる仕組み」として
挙げる内容は,いずれも相手方が原子力発電所における航空機落下確率を
-386-
算定する上で合理的と考えられる限定を行ったものに過ぎないとも考えら
れる。また,抗告人らは,民間航空機,自衛隊機及び米軍機の落下事故の
全国平均値を用いることについても落下確率を下げる要因となるかのよう
に主張するが,飛行規制等がなされた原子力発電所に航空機が落下する可
能性は他の地域に比べて十分低いと考えられるため,むしろ,全国平均値
を用いることによって安全側の評価(落下確率を実際よりも高く算定する
評価)となると考えられる。
したがって,相手方が航空機落下を設計上考慮する必要はないとしてい
ることは合理性があると確認した原子力規制委員会の判断に不合理な点は
ないものというべきであり,この点に関する抗告人らの主張は採用できな
い。
⑻まとめ
以上によれば,シビアアクシデント対策に関する新規制基準の内容や相手
方の評価を合理的であるとした原子力規制委員会の判断や,それへ至る過程
に不合理な点はない。
11新規制基準の合理性に関する各論〜テロリズム対策の合理性(争点3⑼)
⑴判断の基礎となる事実
ア新規制基準等の内容
原子力基本法は,原子力利用における安全確保につき,国民の生命,健
康及び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目
的として行うものとし(同法2条2項),原子炉等規制法は,原子力施設
において重大な事故が生じた場合に放射性物質が異常な水準で工場等の外
へ放出されることその他の災害を防止等し,公共の安全を図るために,原
子炉の設置及び運転等に関し,大規模な自然災害及びテロリズムその他の
犯罪行為の発生も想定した必要な規制等を行い,国民の生命,健康及び財
産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする
-387-
(同法1条)。
これを受けて,設置許可基準規則は,①第2章において,発電用原子炉
施設への人の不法な侵入等及び不正アクセス行為の防止(工場等内の人に
よる核物質の不法な移動又は妨害破壊行為,郵便物等による工場等外から
の爆破物又は有害物質の持ち込み及びサイバーテロへの対策を含む。)の
ための設備を設置すること(同7条,同解釈7条1項),②第3章におい
て,ⅰ特定重大事故等対処施設を設置すること(同42条。ただし,本件
原子炉施設に対してはその適用が猶予されていることは前提事実⑻及び上
記10のとおりである。),ⅱ可搬型重大事故等対処設備について,故意
による大型航空機の衝突その他のテロリズムによる影響を考慮した上で常
設重大事故等対処設備と異なる保管場所に保管すること(例えば,原子炉
建屋から100m以上離隔をとり原子炉建屋と同時に影響を受けないこと
又は故意による大型航空機の衝突に対して頑健性を有すること)(同43
条3項5号,同解釈43条7項)をそれぞれ求めている。
また,技術的能力基準は,大規模な自然災害又は故意による大型航空機
の衝突その他のテロリズムによる発電用原子炉施設の大規模な損壊への対
応(手順書の整備,当該手順に従って活動を行うための体制及び資機材の
整備)を要求している(2.1)。
さらに,発電用原子炉設置者は,発電用原子炉施設を設置した工場又は
事業所において特定核燃料物質を取り扱う場合で政令で定める場合には,
原子力規制委員会規則で定めるところにより,防護措置を講じなければな
らず(原子炉等規制法43条の3の22第2項),原子力規制委員会は,
防護措置が原子力規制委員会規則の規定に違反していると認めるときは,
発電用原子炉設置者に対し,是正措置等を命ずることができ(同法43条
の3の23第2項),具体的な防護措置は,実用炉規則91条で定められ
ている(後記のツーマンルールや信頼確認制度等)。
-388-
イ相手方の対策等
相手方は,上記アの新規制基準に基づき,次のとおり対策を取るものと
した。
設置許可基準規則関係
相手方は,安全上重要な設備を含む区域を設定し,その区域を人の容
易な侵入を防止するための柵,鉄筋コンクリート造の壁等の障壁によっ
て防護した上で,巡視,監視等を行うことにより,接近管理及び出入管
理を適切に行うとともに,探知施設を設け,警報,映像等を集中監視し
ている。防護された区域の内部においても,施錠管理により,原子炉施
設等の防護のために必要な設備又は装置の操作に係る情報システムへの
不法な接近を防止している。本件原子炉に不正に爆発性又は易燃性を有
する物件その他人に危害を与え,又は他の物件を損傷する恐れがある物
件を持ち込むこと(郵便物等による発電所外からの爆破物及び有害物質
の持込みを含む。)を防止するため,持込み点検を実施するとともに,
サイバーテロを含む不正アクセス行為を防止するため,原子炉施設等の
防護のために必要な設備又は装置の操作に係る情報システムが,電気通
信回線を通じた不正アクセス行為を受けることがないよう,当該情報シ
ステムに対する外部からのアクセスを遮断している。
また,相手方は,地震,津波その他の自然現象又は故意による大型航
空機の衝突その他のテロリズムによる影響を考慮し,屋内の可搬型重大
事故等対処設備について,可能な限り常設重大事故防止設備と位置的分
散を図り複数箇所に分散して保管している。屋外に保管する可搬型重大
事故等対処設備のうち水又は電力を供給するための注水設備及び電源設
備は必要となる容量等を賄うことができる設備(2セット)について,
それ以外のものは必要となる容量等を賄うことができる設備(1セット)
について,いずれも原子炉建屋及び原子炉補助建屋から100mの離隔
-389-
距離を確保するとともに,当該可搬型重大事故等対処設備がその機能を
代替する屋外の設計基準事故対処設備等から100mの離隔距離を確保
した上で,複数箇所に分散して保管している。加えて,当該可搬型重大
事故等対処設備がその機能を代替する屋外の常設重大事故等対処設備か
らも,少なくとも1セットは100mの離隔距離を確保して保管してい
る。
(乙11-8-1-484〜485,595〜598)
技術的能力基準
a手順書の整備
大規模な自然災害又は故意による大型航空機の衝突その他のテロリ
ズムによる大規模損壊の発生時には,施設の損壊状況等の迅速な把握
を試みるとともに断片的に得られる情報,確保できる人員及び使用可
能な設備により,環境への放射性物質の放出低減を最優先に考えた対
応を行うこととし,重大事故等対策において整備する手順等に加えて,
可搬型重大事故等対処設備による対応を中心とした多様性及び柔軟性
を持たせた手順等を整備している。
b教育,訓練の実施
大規模損壊への対応のための発電所災害対策要員(協力会社含む。)
への教育及び訓練については,重大事故等対策にて実施する教育及び
訓練に加え,大規模損壊時に対応する手順及び事故対応用の資機材等
の取扱い等を習得するための教育及び訓練を実施している。具体的に
は,大規模損壊発生時に通常の指揮命令系統が機能しない場合を想定
して原子力防災管理者及び連絡責任者への個別の教育及び訓練を実施
するとともに,発電所災害対策要員が,それぞれに割り当てられた役
割に応じた対応だけでなく,本来の役割とは異なる作業等についても
流動性をもって対応できるよう,発電所災害対策要員に対する教育及
-390-
び訓練の充実を図っている。
c体制の整備
大規模損壊発生時の体制については,通常の原子力防災体制を基本
としつつ,通常とは異なる対応が必要となる場合にも流動性を持って
大規模損壊発生時の対応手順に従った活動を行うことができるよう,
夜間・休日の人員確保や本件発電所1,2号炉に係る各発電用原子炉
施設の運転員による応援態勢を考慮して体制を整備している。発電所
災害対策本部要員等が活動を行うにあたっての拠点は,剛構造の緊急
時対策所を基本としつつ,発電所災害対策要員に対し必要な指揮命令
ができる通信連絡設備を配備している総合事務所棟(免震構造)も状
況に応じて活用することとしている。
また,大規模損壊発生時における発電所外部からの支援体制として,
災害対策本部(松山,高松)が速やかに確立できるよう体制を整備す
るとともに,他の原子力事業者及び原子力緊急事態支援組織へ応援要
請し,技術的な支援が受けられるよう体制を整備している。さらに,
協力会社から現場作業や資機材輸送等に係る要員の派遣を要請できる
体制,プラントメーカーによる技術的支援を受けられる体制も構築し
ている。
d設備及び資機材の整備
大規模損壊発生時の対応手順に従って活動を行うために必要な可搬
型重大事故等対処設備は,共通要因による損傷を防止することができ
るよう,同等の機能を有する設計基準事故対処設備及び常設重大事故
等対処設備と同時に外部事象の影響を受けにくい場所に保管するとと
もに,同時に複数の可搬型重大事故等対処設備が機能喪失しないよう,
可搬型重大事故等対処設備同士の距離を十分に離して,複数箇所に分
散して配置している。
-391-
また,大規模な自然災害又は故意による大型航空機の衝突その他の
テロリズム発生時の対応に必要な資機材は,原子炉建屋及び原子炉補
助建屋から100m以上離隔距離を確保した場所に分散して配備する
こととし,①消火活動を実施するために着用する防護具,消火薬剤,
可搬型泡放水砲等,②高線量の環境下において事故対応を行うための
高線量対応防護服等,③指揮者と現場間,発電所外等との連絡のため
の多様な通信機器等を配備している。
(乙11-10-5-36〜102)
ウ原子力規制委員会の審査
設置許可基準規則関係
原子力規制委員会は,相手方の設計が,核物質防護対策として,原子
炉施設への人の不法な侵入を防止するため,安全施設を含む区域を設定
し,その区域を人の侵入を防止できる障壁等により防護し,人の接近管
理及び出入管理が行える設計とする,原子炉施設に不正に爆発性又は易
燃性を有する物件等の持込み(郵便物等による発電所外からの爆破物及
び有害物質の持込みを含む。)を防止するため,持込み点検が可能な設
計とする,原子炉施設及び特定核燃料物質の防護のために必要な設備又
は装置の操作に係る情報システムが,電気通信回線を通じた不正アクセ
ス行為(サイバーテロを含む。)を受けることがないように,当該情報
システムに対する外部からのアクセスを遮断する設計とすることを確認
したことから,設置許可基準規則に適合するものと判断した。
また,原子力規制委員会は,可搬型重大事故等対処設備の設備共通の
設計方針について,原子炉建屋及び原子炉補助建屋から100mの離隔
距離を確保した場所に複数箇所に分散して保管するなど,設置許可基準
規則43条第3項及び同項の解釈を踏まえた設計方針としていることか
ら,適切なものであると判断した。
-392-
(乙13-82〜83,276〜278)
技術的能力基準関係
原子力規制委員会は,相手方の計画が,技術的能力基準2.1及び同
項の解釈を踏まえて必要な検討を加えた上で策定されており,大規模損
壊が発生した場合における体制の整備に関して必要な手順書,体制及び
資機材等が適切に整備される方針であることを確認したことから,技術
的能力基準2.1に適合しているものと判断した。
(乙13-422〜427)
⑵テロリズム等との関係における本件原子炉施設の安全性
犯罪行為の予防及び鎮圧は警察の責務とされているところ(警察法2条1
項),事の大小を問わずテロリズムが「犯罪行為」に含まれることは明らか
である。また,原子力災害対策特別措置法も,原子力災害の発生の防止に関
し事業者に万全の措置を講ずる責務を課す(同法3条)一方で,国は,テロ
リズムその他の犯罪行為による原子力災害の発生も想定し,これに伴う被害
の最小化を図る観点から,警備体制の強化,原子力事業所における深層防護
の徹底,被害の状況に応じた対応策の整備その他原子力災害の防止に関し万
全の措置を講ずる責務を有すると規定している(同法4条の2)。
これらの法令の定めによれば,発電用原子炉施設のテロリズムその他の犯
罪行為に対する安全性の確保については,国の責務であることを基本としつ
つ,施設の構造及び設備並びに重大事故等対策の観点からの規制を通じて事
業者にも一定の責務を課しているものということができるのであって,設置
許可基準規則の上記のような定めは,以上のような法の趣旨を具体化したも
のということができるから,合理的と認められる。
そして,上記⑴の事実によれば,相手方は,新規制基準の定めに応じた措
置として一定の対策を講じることとし,その点について原子力規制委員会か
ら新規制基準に適合する旨の判断を得たというのであるから,その旨の原子
-393-
力規制委員会の判断も合理的であると認められる。
そうすると,相手方が上記対策を講じたにもかかわらず,なおテロリズム
等の発生の具体的危険があるなどの特段の事情が認められない限り(この特
段の事情が認められれば,相手方が主張疎明すべき基準の合理性が失われる
と解されるので,相手方の基準の合理性及び基準適合判断の合理性の主張疎
明に対し,抗告人らが主張疎明すべき反証と位置付けられると解される。),
本件原子炉施設に安全性に欠けるところがあるとして,事業者である相手方
による抗告人らの人格権(生命,身体に係る権利)に対する違法な侵害行為
のおそれがあるということはできない(本件で,上記特段の事情が認められ
るかどうかは,後記⑻で検討する。)。
⑶侵入者対策(原決定第3の11抗告人らの主張欄⑴)
原子力基本法2条2項は,「安全の確保については,確立された国際的な
基準を踏まえ,国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに我が国
の安全保障に資することを目的として,行うものとする」と定めているとこ
ろ,抗告人らの指摘する米国における侵入者対策が,確立した国際的な基準
であることを示す具体的な主張,疎明はない。
また,仮に米国における侵入者対策が確立された国際的な基準であるとい
うことができるとしても,原子力基本法の上記規定は,必ずしも米国等のテ
ロリズム対策と同様の対策を講じることを要求するものではなく,確立され
た国際的な基準を踏まえつつ,我が国の法制度やテロリズムをめぐる状況を
勘案した上で,我が国において最も適切なテロリズム対策を講じ,原子力発
電所の安全性を確保することを求めているものと考えられるところ,本件原
子炉施設においては,一般国民が武器を所持できない我が国では,米国のよ
うに事業者自らが武装警備を行うことが法制度上不可能であることを踏まえ,
警察,海上保安庁及び自衛隊が連携するなどして侵入者を想定した訓練を繰
り返し行っており,さらに,①武装した警察機動隊が本件発電所に常駐して
-394-
警備を実施し,②海上保安庁の巡視船艇を周辺海域に常時配置するなどして
監視警戒を実施しているのであるから,新規制基準や本件原子炉施設をめぐ
る侵入者対策に不合理な点があるということはできない。
この点につき,抗告人らは,一般国民が武器を所持できないという事情は,
あくまで日本国内の事情であり,テロリストがかかる日本国内の事情を斟酌
するはずもないと主張するが,上記①②の措置は,抗告人ら指摘の米国にお
ける事業者自らの武装警備と同等の抑止力を有すると推認できるから,抗告
人らの主張は採用できない。
⑷内部脅威対策(原決定第3の11抗告人らの主張欄⑵)
原子力発電所の作業員等の信頼性確認制度の導入にあたっては,プライバ
シーの保護等にかかわる問題があり,慎重な制度設計が必要となるとして,
新規制基準では採用されず,新規制基準施行の前後を通じ,原子力規制委員
会の下に設けられた「個人の信頼性確認制度に関するワーキンググループ」
において,同制度の導入に向けた議論が慎重に進められていた。そして,相
手方は,制度導入が決せられるまでの間の過渡的な対策として,作業員等の
内部者によるテロリズム行為を防止する観点から,作業員の出入管理,持込
み点検等を適切に行うこととした上,安全確保のために枢要な設備を含む区
域では,二人以上の者が同時に作業又は巡視を行う「ツーマンルール」を遵
守することとしている(実用炉規則91条2項15号,16号)。この「ツ
ーマンルール」については,原子力委員会原子力防護専門部会が平成24年
3月21日付けで作成した「我が国の核セキュリティ対策の強化について」
と題する書面(甲D189)において,「内部脅威対策としての信頼性確認
制度の検討・導入には制度設計等に係る議論を深める必要があるため,この
制度が導入されるには一定の時間を要するので,この間は,暫定的な代替措
置である二人ルール等の措置の徹底・強化が必要であると評価」されている。
そして,信頼性確認制度については,原子力規制委員会における議論を経
-395-
て,平成28年9月21日,実用炉規則が改正されて信頼性確認制度に係る
規定(実用炉規則91条2項28号)が設けられるとともに,原子力規制委
員会の内規として関連法規の解釈,判断基準等を示した,原子力施設におけ
る個人の信頼性確認の実施に係る運用ガイドが制定されるなど,関連する規
定が整備された(乙332~334)。そして,既存の原子力事業者につい
ては,信頼性確認の措置について,核物質防護規定(原子炉等規制法43条
の3の27及び実用炉規則96条に基づき,事業者が発電所ごとに定めてい
るもので,核物質及び原子炉施設の防護に係る管理方法などを記載しており,
制定・変更時には原子力規制委員会の認可を受ける必要がある。)の変更認
可申請を平成29年3月31日までに行うこととされた(実用炉規則附則第
2条1項)ことから,相手方は,同日に上記を踏まえた核物質防護規定の変
更認可申請を行っており(乙335),現在,原子力規制委員会において審
査が行われている。
この点につき,抗告人らは,本件の争点は,テロリズム発生により本件発
電所から大量の放射性物質が環境に放出される具体的危険性の有無であり,
作業員等のプライバシーの保護等が判断に影響する余地はなく,確立された
国際的な基準である作業員等の信頼性確認制度が導入されていないときは,
具体的危険性を否定することはできないと主張する。しかし,相手方が実施
しているツーマンルールは,上記のとおり信頼確認制度が導入されるまでの
暫定的な代替措置として評価されているのであり,信頼性確認制度が国際的
な基準として確立されているとしても(上記「我が国の核セキュリティ対策
の強化について」では,「国際的には,主要な原子力利用国の中で我が国の
みが原子力施設における信頼性確認制度を導入していない状況にある」など
と指摘されている。),現時点で信頼性確認制度が導入されていないことを
もって,相手方のテロリズム対策が不十分であり,テロリズム発生により本
件発電所から大量の放射性物質が環境に放出される具体的危険性があると認
-396-
めることはできない。
⑸航空機衝突対策(原決定第3の11抗告人らの主張欄⑶)
設置許可基準規則は,故意による大型航空機の衝突に起因する炉心の損傷
等の事態に対処することを目的として特定重大事故等対処施設を設けるよう
求めているが(設置許可基準規則42条),既存の発電用原子炉施設につい
ては,平成25年7月8日以降,本来施設に係る最初の工事計画認可処分が
行われた後5年間は同条が適用されない旨の経過規定があること,そのよう
な経過規定を含む新規制基準が合理的であること,本件原子炉施設は,現時
点において,上記経過規定の適用を受けることは,前提事実⑻及び上記10
のとおりである。
一方,相手方は,上記事態に対処するために,可搬型重大事故等対処設備
を中心とした設備及び資機材が確保されており,その性能や確保の状況,保
管の実情等については,原子力規制委員会から,重大事故等防止技術的能力
基準に適合している旨判断されている(上記⑴イ,ウ)。そうであれば,
現時点で相手方が本件原子炉施設のための特定重大事故等対処施設を設置し
ていないからといって,そのことのゆえに,直ちにテロリズム対策としての
航空機衝突事故対策が十分でないとまでいうことはできない。
⑹ミサイル対策(原決定第3の11抗告人らの主張欄⑷)
ミサイル攻撃等の武力攻撃に対しては,それがテロリズムであれ,他国か
らの武力攻撃であれ,武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関
する法律に基づき,基本的には国が対処すべきものと考えられ(同法3条1
項),国民は,自発的な意思に基づく必要な協力をするよう努めるものとさ
れているに過ぎない(同法4条1,2項)。そして,相手方を含む事業者の
対応としては,原子力防災管理者の内閣総理大臣及び原子力規制委員会等に
対する通報義務,原子力災害対策特別措置法25条1項の準用による武力攻
撃原子力災害の発生又は拡大の防止のために必要な応急措置を行わせる義務
-397-
等が規定されているにすぎない(武力攻撃事態等における国民の保護のため
の措置に関する法律105条ないし107条)。
以上の法令の定めによれば,相手方が独自にミサイル攻撃等に対する具体
的な対策を採っていなかったとしても,そのことのみをもって本件原子炉施
設に違法な人格権侵害の危険性があるということはできない。
この点につき,抗告人らは,本件の争点は,テロリズム発生時に本件発電
所から大量の放射性物質が環境に放出される具体的危険性の有無であり,ミ
サイル攻撃の対策を誰が採るべきかが問題となる余地はないと主張するが,
この点についての判断は,後記⑻のとおりである。
⑺サイバーテロ対策(原決定第3の11抗告人らの主張欄⑸)
相手方は,サイバーテロを含む不正アクセス行為を防止するため,原子炉
施設等の防護のために必要な設備又は装置の操作に係る情報システムが,電
気通信回線を通じた不正アクセス行為を受けることがないよう,当該情報シ
ステムに対する外部からのアクセスを遮断しており,USBを介したウイル
ス感染の防止対策として,事前に承認され,かつ,ウイルスチェックを受け
たUSBでなければ使用できないよう管理体制を構築しており(乙113),
その措置内容は合理的であるというべきである。
⑻本件発電所がテロリズム及びミサイル攻撃の標的となる具体的危険性
上記⑵⑹のとおり,我が国では,法制度上,テロリズム及びミサイル攻撃
は第一次的には国が対処すべきものであることを前提に,施設の構造及び設
備並びに重大事故等対策の観点からの規制を通じて事業者に一定の責務を課
しているものであり,原子炉設置(変更)許可の3号要件及び4号要件の審
査でも,上記⑴アの措置を講じることを事業者に求めているにとどまり,事
業者のみでテロリズム及びミサイル攻撃を抑止することまでは求められてい
ない。
しかし,抗告人らが指摘するとおり,本件は,抗告人らの人格権侵害に基
-398-
づく民事訴訟であるから,テロリズム及びミサイル攻撃の具体的な危険が現
に生じており,かつ,国による上記の抑止と相手方による上記⑴アの措置の
みによっては放射性物質が環境に放出される具体的危険を軽減できないなど
の特段の事情が認められる場合(上記⑵の抗告人らの反証が成功した場合)
には,本件原子炉の運転差止が認められるべきことになる。
そこで,本件原子炉にそのような具体的危険があるかどうかについて検討
すると,抗告人らが上記第3の11抗告人ら主張欄⑴で指摘する①ないし⑥
の事実のうち,⑤の北朝鮮のミサイル発射を除くその余の事実は,その内容
に照らし,本件原子炉施設を対象とするテロリズムの具体的な危険が現に生
じていることの根拠とは認め難い。
また,⑤の北朝鮮のミサイル発射については,現時点でもなお不穏な情勢
が続いている(公知の事実)ものの,本件原子炉施設がミサイル攻撃の標的
となっているとまでは認められず,やはり本件原子炉施設を対象とするミサ
イル攻撃の具体的に危険が生じていることの根拠とは認め難い。
以上によれば,本件で,前記の特段の事情があると認めることはできない。
⑼まとめ
以上によれば,抗告人らの主張はいずれも採用できない。
12被保全権利についてのまとめ
以上検討してきたところによれば,基準地震動の策定,耐震設計における重
要度分類,使用済燃料ピット等の安全対策,地すべりと液状化現象による危険
性の評価,制御棒挿入に係る危険性の評価,基準津波の策定,シビアアクシデ
ント対策,テロリズム対策のそれぞれにつき,新規制基準の定めは合理的であ
り,本件原子炉施設が上記の各点につき新規制基準に適合するとした原子力規
制委員会の判断も合理的であるといえる。
これに対し,火山事象の影響による危険性の評価については,本件原子炉施
設が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断は不合理であり,相
-399-
手方において,本件原子炉施設の運転等によって放射性物質が周辺環境に放出
され,その放射線被曝により抗告人ら(本件原子炉施設の安全性の欠如に起因
して生じる放射性物質が周辺の環境に放出されるような事故によってその生命,
身体に直接的かつ重大な被害を受ける地域に居住する者及び上記放射性物質の
放出によりその生命,身体に直接的かつ重大な被害の及ぶ蓋然性が想定できる
地域に居住する者)がその生命,身体に直接的かつ重大な被害を受ける具体的
危険が存在しないことについて,主張,疎明を尽くしたとは認められない。
そうすると,抗告人らの申立ては,火山事象の影響による危険性の評価につ
いて,被保全権利の疎明がなされたというべきである。
13保全の必要性及び担保金の額(争点4及び5)
本件原子炉は,前提事実⑼のとおり現在稼働中であるから,保全の必要性が
認められる。
もっとも,本件は,証拠調べの手続に制約のある仮処分であり,火山事象の
影響による危険性の評価について,現在係属中の本案訴訟(広島地方裁判所平
において,証拠調べの結果,本案裁判所
が当裁判所と異なる判断をする可能性もあること等の事情を考慮し,相手方に
運転停止を命じる期間は,平成30年9月30日までと定めるのが相当である。
また,担保金の額については,事案の性質に鑑み,担保を付さないこととす
る。
14結論
よって,以上と異なる原決定は相当でないからこれを変更し,主文のとおり
決定する。
平成29年12月13日
広島高等裁判所第2部
-400-
裁判長裁判官野々上友之
裁判官太田雅也
裁判官山本正道
-401-
(別紙)
文献等目録(当審追加分)
【地震】
・入江(2014):「動力学的断層破壊シミュレーションを用いた内陸横ずれ断層の
強震動予測のための震源特性に関する研究」(甲D327)
・入倉(2004):「強震動予測レシピ-大地震による強震動の予測手法-」(甲F
88)
・入倉(2009):「地震動予測研究の到達点と次世代型への脱皮」(甲D121)
・宇佐美(2003):「最新版日本被害地震総覧416-2001」(乙390)
・宇佐美ほか(2013):「日本被害地震総覧599-2012」(甲F29,乙394)
・大野ほか(2001):「カリフォルニア強震記録に基づく水平動・上下動の距離減衰
式と日本の内陸地震への適用」(甲F22)
・大野ほか(2005):「物理探査による松山平野(重信地域)の地下構造」(乙3
88)
・奥村ほか(2012):「距離減衰式に基づく地下深部の地震動評価手法に関する検討」
(甲D334)
・活断層長期評価手法(2010):「「活断層の長期評価手法」報告書平成22年
11月25日地震本部地震調査委員会」(乙151)
・神田ほか(2008):「豊後水道近傍で発生した歴史的被害地震の地震規模」(甲D
163,乙389)
・倉橋ほか(2008):「経験的グリーン関数法を用いた2007年新潟県中越沖地
震の震源モデルの構築(南東傾斜モデル)」(乙420)
・佐藤(2010):「逆断層と横ずれ断層の違いを考慮した日本の地殻内地震の短周期
レベルのスケーリング則」(乙260)
・佐藤(2012):「経験的グリーン関数法に基づく2011年東北地方太平洋沖地震
-402-
の震源モデル-プレート境界地震の短周期レベルに着目して-」(乙87)
・佐藤(2016):「経験的グリーン関数法に基づく熊本地震の強震動生成域の推定」
(乙384)
・髙橋ほか(2008):「17世紀以降に芸予地域に発生した被害地震の地震規模」(乙
392)
・中央構造線長期評価(2011):「中央構造線断層帯(金剛山地東縁-伊予灘)の
長期評価(一部改訂)について平成23年2月18日地震本部地震調査委員会」
(乙33)
・内閣府(2011):「南海トラフの巨大地震モデル検討会中間とりまとめ」平成2
3年12月27日(乙261,272)
・内閣府(2012a):「南海トラフの巨大地震による震度分布・津波高について(第
一次報告)」平成24年3月31日(乙273)
・内閣府(2012b):「南海トラフの巨大地震モデル検討会(第二次報告)強震断
層モデル編-強震断層モデルと震度分布について-」平成24年8月29日(乙2
59)
・野津ほか(2012):「海溝型巨大地震における強震動パルスの生成とその生成域
のスケーリング」(甲D154)
・野津(2017):「原子力発電所の基準地震動策定のために東北地方太平洋沖地震
から何を学ぶべきか」(甲F28)
・日向灘長期評価(2004):「日向灘および南西諸島海溝周辺の地震活動の長期評
価平成16年2月27日」(甲D161,乙183)
・宮腰ほか(2015):「強震動記録を用いた震源インバージョンに基づく国内の内陸地
殻内地震の震源パラメータのスケーリング則の再検討」(乙256)
・山本・竹中(2009):「経験的グリーン関数法を用いた2007年新潟県中越沖
地震の震源モデル化」(乙422)
・吉岡ほか(2005):「全国主要活断層活動確率地図」(乙372)
-403-
・地震動ハザード評価(2013):「今後の地震動ハザード評価に関する検討〜20
13年における検討結果〜」(乙181)
・予測地図(2014):「全国地震動予測地図2014年版~全国の地震動ハザードを
概観して~平成26年12月地震本部地震調査委員会」(甲D92,甲F99,
乙263,355,429)
・予測地図(2017):「全国地震動予測地図手引・解説編2017年版平成2
9年4月地震本部地震調査委員会」(乙430)
【火山】
・小林ほか(2010):「大規模カルデラ噴火の前兆現象―鬼界カルデラと姶良カルデ
ラ―」小林哲夫・奥野充・長岡信治・宮縁育夫・井口正人・味喜大介,京都大学防
災研究所年報,第53号,B,269-275,2010.(乙336)
・SudoandKong(2001):Three-dimentionalseismicvelocitystructurebeneathAso
Volcano,Kyushu,Japan:Sudo,Y.andL.S.L.Kong(2001),Bull.Volcanol.,63,326-344
・須藤ほか(2006):「阿蘇火山の地盤変動とマグマ溜まり‐長期間の変動と圧力
減の位置‐(火山第51巻第5号291-309頁。2006)」(甲G2)
・Nagaoka(1998):「ThelateQuaternarytephralayersfromthecalderavolcanoesin
andaroundKagoshimabay,southernKyushu,Japan.:Nagaoka,S.(1988),GeographicalReports
ofTokyoMetropolitanUniversity,23,49-122.」
・長岡ほか(2001):「10万~3万年前の姶良カルデラ火山のテフラ層序と噴火
史」
・長岡ほか(2014):「九重火山のテフラ層序」
・藤井(2016):「わが国における火山噴火予知の現状と課題」(甲G19)
・前野(2014):「カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に」前野深,科学,84,0058-
0063,2014.(乙337)

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