弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主        文
1被告らは,連帯して,原告Aに対し,3033万8921円及びこれに対する平成14年4
月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,連帯して,原告Bに対し,3033万8921円及びこれに対する平成14年4
月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は被告らの負担とする。
5 この判決は,第1項,第2項に限り,仮に執行することができる。
            事実及び理由
第1 請求
1被告らは,連帯して,原告Aに対し,3127万6567円及びこれに対する平成14年4
月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,連帯して,原告Bに対し,3127万6567円及びこれに対する平成14年4
月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,亡Gの両親である原告らが,小学生のHとIがキャッチボールをしていた際に,
誤ってボールをGの心臓部に当てたためGが死亡したとして,H及びIの各両親である
被告らに対し,民法712条,714条1項(監督者責任)に基づき,損害賠償金(及びそ
の遅延損害金)を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告A及び同Bは,Gの父及び母である。
被告C及び同Dは,Hの共同親権者たる父及び母である。
被告E及び同Fは,Iの共同親権者たる父及び母である。
(2)平成14年4月15日午後4時前ころ,Gは,宮城県柴田郡a町字b町所在のc公園
内で,HとI(以下,この両名を「Hら」という。)がキャッチボールをする付近に立って
いたところ,突然その場に倒れ込み,救急車で病院に搬送されたが,同日午後7時
45分ころ死亡した(以下「本件事故」という。)。
(3) 本件事故当時,Hは9歳10か月,Iは9歳8か月で,いずれも責任無能力者であっ
た。
2 争点
(1) 本件事故の際,Hの投げたボールがGに当たったか
(2) Gの死因
(3) Hらの過失及びGの死亡に対する責任の有無
(4) 原告らの損害額
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件事故の際,Hの投げたボールがGに当たったか)について
(原告らの主張)
 Hがピッチャー,Iがキャッチャーをして,野球のキャッチボールをしていた際,HがIに
向けて投げた野球ボールがそれ,Iの右後方約1.5メートルの地点にいたGの心臓
部に当たって,本件事故となった。
(被告らの主張)
Hの投げたボールがGに当たったことを認める証拠はない。
(2) 争点(2)(Gの死因)について
(原告らの主張)
Hの投げたボールがGの心臓部に当たった結果,Gに心臓振盪が生じて死亡した。
(被告らの主張)
Gの死因は,心臓振盪以外の可能性もあって不明であり,心臓振盪によって死亡し
たことが証明されているとはいえない。
(3) 争点(3)(Hらの過失及びGの死亡に対する責任の有無)について
(原告らの主張)
ア Hらがキャッチボールをしていた際のc公園内の状況からして,投げたボールが付
近にいた子供たちに当たることは十分に予見され,ボールが当たった場合には
その者に傷害や死亡の結果が生じることも予見しえたのであるから,Hらはその
ような危険な場所でのキャッチボールをすべきでなかったのに,これを行った過
失がある。
イ Hら及び被告らに,ボールが人の身体に当たって心臓振盪を生じることの予見可
能性がなかったとしても,ボールが当たって人を死亡させることの予見は可能で
あったから,Gの死亡についても被告らの責任が及ぶ。
(被告らの主張)
ア Hら及び被告らには,小学生の投げたボールが人の身体に当たることによって心
臓振盪を生じさせることは予見不可能であった。
イ そもそも,小学4年生が投げた軟式野球ボール(C球)が約20メートルも離れた人
に当たった場合に死亡すること自体,予見不可能であった。
(4) 争点(4)(原告らの損害額)について
(原告らの主張)
 原告らの損害は次のとおりである。
ア Gの損害
(ア) 逸失利益  3447万1294円
(イ) 慰謝料2200万円
(ウ) 原告らの相続
原告らは,Gの上記計5647万1294円の損害賠償請求権を2分の1ずつ相続し
た(各2823万5647円)。
イ 原告ら固有の損害
(ア) 治療費8万1840円
(イ) 葬儀費用200万円
(ウ) 弁護士費用400万円
(エ) 原告らの各損害
原告らは,上記費用計608万1840円を2分の1ずつ負担した(各304万0920
円)。
(被告らの主張)
原告らの損害額は争う。
第3 争点に対する判断
 1 争点(1)(本件事故の際,Hの投げたボールがGに当たったか)について
(1)前記争いのない事実に,証拠(甲4,19,20,25,28,原告B,被告C各本人)及
び弁論の全趣旨を総合すると,次の各事実が認められる。
 アHらがキャッチボールをしていた際,キャッチャーをしていたIの右後方約1.5メート
ルの地点にGが立っていたところ,Hが投げたボールがGの方向にそれ,その直
後に,Gがうずくまるようにしてその場に倒れ込んだ。 
イ 本件事故の後,事故現場に駆けつけた原告Bに対し,Hが「僕が投げたボールが
当たって倒れた」旨話している。
ウ 原告Bは,本件事故直後に現場に駆けつけたGの友人の祖母からも,「男の子が
『僕が投げたボールが当たった』旨言っていた」と聞いている。
エ Gが搬送された病院内で,被告CもGの祖母に対し,「うちの息子が投げたボール
が当たったそうで」と言っている。
オ 本件事故当日の午後5時から始められた警察官による本件事故現場の実況見分
の際,Hは警察官に対し,「キャッチャーをめがけてボールを投げたところ,間違
って,立っていたGにぶつかった」「Gは両手で胸を押さえ,苦しがりながら倒れ
た」旨の説明をしている(この実況見分の際にはHらの通う学校の先生やIの祖父
も立ち会っている。)。
カ Gの通学していたa町立d小学校長がa町教育委員会教育長に宛てた本件事故の
報告書においても,「H児のI児に向かって投げたボールが左にそれ,近くで遊ん
でいたG児の腹部に当たった」「G児は「痛い」と言ってしゃがみ込み,崩れるよう
にその場に倒れた」旨の記述がされている。
キ 本件事故現場に臨場した救急隊員が搬送先の病院へ,「公園で野球をしていて,
ボールが胸に当たったもの」と連絡している。
ク 本件事故後にGが搬送された病院の診療録にも,「軟球が前胸部/腹部に」と記
載されている。
(2) 上記事実によれば,本件事故の際,Hの投げたボールがGの胸腹部に当たったと
認めるのが相当である。
これに対し,被告らは,ボールがGに当たったことを目撃した者はいないことや,Gの
死体解剖においてボール打撲痕が確認できなかったことなどから,Gにボールが当
たったとはいえない旨主張し,被告Cや同Eの供述及び陳述(乙4,5,14)もこれに
沿うが,被告Cや同Eの供述及び陳述によっても,HやIが「Gにボールが当たらなか
ったのを見た」と述べているわけではないことや,ボールが胸腹部に当たっても明ら
かな打撲痕を残さないことがあること(甲24)などに照らすと,上記認定を覆すこと
はできない。
2 争点(2)(Gの死因)について
(1) 証拠(甲4,11の1,14,16,17の2及び3,19ないし26,28,29,証人J,原
告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
ア Gは,本件事故当日まで,普通の健康な小学生で,学校の健康診断でも特段の問
題が指摘されることはなかった。また,日常生活において失神発作を起こすと
か,動悸を訴えることはなく,死亡につながりうる程度の危険性の高い不整脈の
症状や既往歴はなかった。
イ 本件事故当日も,Gが特に健康状態を悪化させていた事情はなく,Hの投球の打
撃を受けるまでは,いつものように友人らと元気に遊んでいた。
ウ Gは,Hの投球を胸腹部に受けた直後,全身虚脱の状態となり,救急隊が到着し
た時点では既に心肺停止の状態となっていた。
エ 医師JによるGの死体解剖の結果は,次のとおりであった。
    (ア) 胸郭を含めた胸腹部諸臓器や頭蓋内に損傷はなく,外部からの打撲エネルギ
ーが諸臓器の挫滅や挫傷といった明らかな損傷を引き起こした所見はなかっ
た。
    (イ) 諸臓器には急死を引き起こすような器質的疾患の存在は認められなかった。
    (ウ) 不整脈の原因となる器質的なものはなかった。
    (エ) やや高度な肺の炎症はあったものの,それも含めて死因に直接つながる異変
は確認できなかった。
オ 心臓振盪は,心臓上の胸壁に打撃が加わって心臓が停止する状態で,心臓一周
期のうちの限局された時間帯に打撃を受けたときに生じる。打撲痕がない程度の
弱い衝撃でも発生することがあって,下手投げでゆっくり投げた柔らかい野球ボ
ールが6歳の子供のグローブをはねて胸部に当たったことによって心臓振盪が
生じた例も報告されており,胸壁上の打撃が直接心臓に影響を及ぼしやすい若
年者に好発するとされている。
これまでの研究において,心臓振盪の診断基準は,①心肺停止の直前に前胸部に
非穿通性の衝撃を受けたこと,②詳細な発生状況(衝撃の手段や衝撃後の状態
等)が判明していること,③胸骨,肋骨及び心臓に構造的損傷がないこと,④心
血管系に奇形が存しないこと,であるとされている。
(2) Gの死体を解剖したJ医師は,その鑑定書(甲24)において,解剖の結果やGの本
件事故前後の状況をふまえ,Gの死因を原因不明の急性循環不全とした上で,「ボ
ール打撲後の突然死」が引き起こされた可能性があるとし,さらに,同医師は,証人
尋問において,「心臓振盪という判断ができるというのが鑑定書の結論である」旨の
証言をしている。
(3) K医師は,その意見書(甲11の1)において,心臓振盪に関する研究結果や臨床
例を紹介した上で,Gの死因を考察し,Gの本件事故前後の状況をもふまえて,「心
臓振盪が生じた可能性は充分にあり得る」としている。
(4) L医師も,その意見書(甲26)において,上記(1)オの診断基準が妥当であるとし
た上で,この診断基準に基づいてGの死因を検討した結果,心臓振盪と診断するの
が妥当であるとしている。
(5) 他方,被告らは,Gの死因は心臓振盪以外の可能性もあって不明である旨主張
し,被告Eの陳述書(乙14)にも同旨の記載がみられるが,被告らが可能性がある
として指摘する死因はいずれも具体的根拠に乏しく,かえって,被告らが指摘する
肺の炎症,花粉症治療薬の副作用,熱射病については,J医師が,Gの解剖所見
に基づいて,医学的見地から,それらを死因とみることに否定的見解を示している
(甲24,証人J)。
  他に,心臓振盪以外のGの死因を窺わせる証拠はない。
(6) 以上によれば,GはHの投球を胸腹部に受けて心臓振盪を引き起こし,死亡したこ
とが高度の蓋然性をもって証明されたというべきであり,Gの死因を心臓振盪と認
定するのが相当である。
3 争点(3)(Hらの過失及びGの死亡に対する責任の有無)について
(1) 証拠(甲4,5,19,20,乙4,5,原告B,被告C各本人)及び弁論の全趣旨によ
れば,本件事故当日にHらがキャッチボールをしていた状況等について,次の各事
実が認められる。
ア Hらがキャッチボールをしていたc公園は,東西に43.5メートル,南北に51.3メ
ートルの長方形にかたどられた公園で,その南側半分はグラウンドとなっており,
北半分には,通路の東側に砂場,ブランコ,シーソー,滑り台,グローブジャング
ルなどの遊具が設けられ,通路の西側には木製樹木棚等が設けられていた。
イ Hらは,友人のMとともに,c公園内南側のグラウンドで軟式野球ボール(C球)を用
いてキャッチボールをしていたが,同グラウンドで中学生がサッカーを始めたの
で,Hらは同公園内北側に移動してキャッチボールを続けた。
ウ 本件事故が発生した当時は,Hがピッチャーとなり,東方に約17メートル離れたキ
ャッチャーのIを目がけて投球していたが,Iの近くにはグローブジャングル,滑り
台などの遊具があり,Gの妹ほか数名の小学生が滑り台などで遊んでいた。G
は,Iの右後方約1.5メートルの地点に立って妹らの遊ぶ滑り台を見るなどして
いたが,そのとき,Hの投げたボールがそれてGに当たった。
エHは,本件事故当時,スポーツ少年団の軟式野球チームに所属し,本件事故以前
から,友人や父親の被告Cとしばしばキャッチボールをしていた。
(2) 上記認定事実によれば,Hらは,本件事故当時の公園の状況でキャッチボールを
すれば,ボールがそれてGら他人にあたることが十分に予見でき,軟式野球ボール
(C球)が他人に当たった場合に,その打撃部位によっては他人に傷害を与え,さら
には死亡するに至らせることがあることも予見しえたというべきであるから,Hらは,
かかる危険な状況でのキャッチボールを避けるべき注意義務があったのに,漫然と
これを行った過失があるといわざるをえない。
被告らは,心臓振盪による死亡を予見することは不可能であった旨主張するが,心
臓振盪等の具体的死亡経過について予見できなかったとしても,ボールがそれて
他人に当たること,それによって死亡することもあることの予見可能性があった以上
は,死亡の結果に対する責任も免れないというべきである。
また,被告らは,小学4年生が投げた軟式野球ボール(C球)が約20メートルも離れ
た人に当たった場合に死亡すること自体予見不可能であった旨主張するが,小学4
年生といえども,ピッチング練習として力を込めて投げたボールが無防備の人の頭
部や心臓部等の枢要部に当たった場合に,その人が死亡することもありうること
は,一般人にとっても十分に予見でき,その予見可能性がなかったとはいえない。
(3) 被告らは,キャッチボールのボールが当たって他人を死亡させる結果が生じること
は予見しえないから,親として子にこれを指導監督する義務はないとも主張する
が,これが採用しえないことは前記のとおりである。
4 争点(4)(原告らの損害額)について
(1) Gの損害賠償請求権の相続
ア Gの損害
    (ア) 逸失利益   3415万3291円
前記争いのない事実によれば,Gは死亡当時10歳の男子であり,その逸失利益
は次のとおり3415万3291円と認めるのが相当である。
     a 年収額(平成14年度賃金センサス産業計・企業規模計・男子学歴        
   計・全年齢平均)
   555万4600円
b 生活費控除50パーセント
c 中間利息控除
       就労終期(67歳)までのライプニッツ係数 18.7605
就労始期(18歳)までのライプニッツ係数 6.4632
d 計算式
5,554,600×(1-0.5)×(18.7605-6.4632)=34,153,291
(イ) 慰謝料 2100万円
本件に顕れた諸般の事情を勘案すると,Gの死亡慰謝料としては,2100万円が
相当である。
イ 相続 
前記争いのない事実によれば,原告らは,Gの上記計5515万3291円の損害賠
償請求権を2分の1ずつ相続したことが認められる(各2757万6645円)。
(2) 原告ら固有の損害
ア 治療費2万4552円
証拠(甲13)及び弁論の全趣旨によれば,原告らはGの治療費として,2万4552
円を支払ったことが認められる。
イ 葬儀費用150万円
弁論の全趣旨によれば,葬儀費用として150万円の限度で認めるのが相当であ
る。
ウ 弁護士費用400万円
弁論の全趣旨によれば,本件訴訟の弁護士費用として,原告らの請求する範囲で4
00万円を認めるのが相当である。
エ原告らの負担
     弁論の全趣旨によれば,原告らは,上記費用計552万4552円を2分の1ずつ負
担したものと認められる(各276万2276円)。
(3) 合計
上記(1)及び(2)の合計金額は,原告ら各3033万8921円となる。
5 結論
以上によれば,Gは責任無能力者であるHらの共同不法行為によって死亡するに至っ
たことが認められ,被告らに監督義務懈怠がないことが認められない本件において
は,被告らは,民法712条,714条1項に基づき,原告らの上記損害について賠償義
務を負うというべきである。
よって,原告らの請求は,各3033万8921円及びこれに対する不法行為の日である
平成14年4月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める限度で理由があるからこれを認容し(弁護士費用の認容額(請求額)が
認容損害額の1割を大きく下回ることなどに鑑み,その中間利息は控除しない。),そ
の余は理由がないから棄却する。
なお,仮執行免脱宣言の申立ては相当でないから,これを却下する。
仙台地方裁判所第二民事部
裁 判 官田   村   幸   一

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