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平成17年(行ケ)第10118号 審決取消(特許)請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第526号)
口頭弁論終結日 平成17年9月15日
          判           決
   
       原      告   サミー株式会社
       訴訟代理人弁理士   米山淑幸
       同          竹山宏明
       同          三島広規
       被      告   特許庁長官 中嶋 誠
       指定代理人   鉄 豊郎
       同          二宮千久
       同          高橋泰史
       同          高木 彰
       同          伊藤三男
          主           文
    1 原告の請求を棄却する。
    2 訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が不服2004-13948号事件について平成16年10月13日
にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,原告が特許出願をしたところ特許庁から拒絶査定を受けたためこれ
を不服として拒絶査定不服審判を請求したが,同庁から審判請求不成立の審決を受
けたため,その取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
 1 請求原因
 (1)特許庁における手続の経緯
   原告は,平成5年8月10日に出願した特願平5-198127号の一部
を分割して,平成12年9月8日,発明の名称を「スロットマシン」とする特許出
願(甲7。以下「本件特許出願」という。)をしたが,平成16年5月28日(起
案日)に特許庁から拒絶査定を受けたので,平成16年7月5日,これに対する不
服審判を請求し,特許庁は,この請求を不服2004-13948号事件として審
理したが,その手続の中で原告は,平成16年7月26日付け手続補正書(甲8)
による補正(以下「本件補正」という。)をした。しかし特許庁は,平成16年1
0月13日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平
成16年10月28日原告に送達された。
(2)発明の内容
 ア 本件補正(甲8)により補正された明細書(以下「本件明細書」とい
う。)の特許請求の範囲は,下記のとおりである。

【請求項1】外周に複数種類の図柄の表示された複数の回転リールと,
 各回転リールの回転を個別に停止させるためのストップ信号を出力させ
るストップスイッチと,
 前記ストップスイッチからのストップ信号にもとづいて,各回転リール
の回転を停止させるリール駆動制御手段と,を備えたスロットマシンにおいて,
 上記リール駆動制御手段は,
 ボーナスフラグが発生され,該ボーナスフラグが発生した状態でストッ
プスイッチが操作され,その操作タイミングが所定の許容範囲にある場合に,ボー
ナス図柄を出現させるように各回転リールを停止制御し,該ボーナスフラグが発生
されているにもかかわらず,その操作タイミングが許容範囲を越え,ボーナス図柄
を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとして,特定種類の停止図柄の組み
合わせを出現させるように各回転リールを停止制御し,
 上記スロットマシンは,
 上記リール駆動制御手段の停止制御により出現する特定種類の停止図柄
の組み合わせを予め記憶したリーチ目記憶手段と,
 上記リール駆動制御手段からのリール位置情報に基づいて判別した,停
止制御の結果によって出現した停止図柄の組み合わせが前記リーチ目記憶手段に記
憶された特定種類の停止図柄の組み合わせと一致したことを条件に,リーチ目出現
信号を出力するリーチ目判定手段と,
 前記リーチ目判定手段からのリーチ目出現信号にもとづいて,遊技者に
リーチ目が出現したことを報知するリーチ目報知手段と,
 を備え,
 前記特定種類の図柄の組み合わせには,一つの回転リールを除く他の回
転リールの図柄は,いずれの種類の図柄であってもよい特殊な図柄の組み合わせを
含むことを特徴とするスロットマシン。
【請求項2】リーチ目報知手段は,ボーナスフラグの発生の如何にかかわ
らず,遊技者にリーチ目が出現したことを報知することを特徴とする請求項1記載
のスロットマシン。
 (3)審決の内容
  ア 審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。
   その要旨とするところは,本件特許出願の特許請求の範囲の【請求項
1】に記載された発明(以下「本願発明」という。)は,後記イの引用例1(甲
1)に記載された下記引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることが
できないとしたものである。

・引用発明
「3つの回転リールと,該回転リールに対応した3つのストップスイッチ
を有するスロットマシンにおいて,ビッグボーナスが入ると「MUSASHI」が
揃うリーチ目が,レギュラーボーナスが入ると「単チェリー」のリーチ目が出やす
くなり,前記「単チェリー」のリーチ目は,左列のチェリーの図柄を除く他の列の
図柄は任意の図柄であるスロットマシン。」
 イ 審決の引用した引用例及び周知例
(ア)引用例1:平成3年(1991年)12月25日株式会社綜合図書発行
「パチスロ必勝本漫画ローレンス12月号増刊」100頁の上段9ムサシの説明及
び下段スーパーセブンの説明(甲1)
(イ)引用例2:特開平3-114482号公報(甲2)
(ウ)引用例3:実願平2-81073号(実開平3-29178号)のマイ
クロフィルム(甲3)
(エ)引用例4:特開平3-75078号公報(甲4)
(オ)周知例1:平成2年(1990年)12月21日株式会社双葉社発行
「パチスロ攻略マガジンNO.1 パチンコ攻略マガジン増刊12月21日号」1
4頁~26頁中の18頁~19頁の各種リーチ目によるボーナスフラッグ判断方法
に関する点,及び23頁~25頁の「比較4」(甲5)
(カ)周知例2:平成3年(1991年)3月1日白夜書房発行「パチスロ必
勝ガイド3」第2巻第2号(通巻第4号)59頁~64頁中の特に61頁中段左の
「スベリとは一体,なんですか!?」,及び同頁下段の「目押しは何故必要なの
か?全ては損得が基準である!」(甲6)
  ウ 本願発明と引用発明との一致点及び相違点
    なお,審決は,本願発明と引用発明とを対比し,その一致点と相違点
を,下記のように摘示している。

   <一致点>
    「外周に複数種類の図柄の表示された複数の回転リールと,各回転リー
ルの回転を個別に停止させるためのストップ信号を出力させるストップスイッチ
と,前記ストップスイッチからのストップ信号にもとづいて,各回転リールの回転
を停止させるリール駆動制御手段と,を備えたスロットマシンにおいて,上記リー
ル駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,該ボーナスフラグが発生した状態
でストップスイッチが操作され,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわら
ず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとして,特定種類
の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リールを停止制御し,前記特
定種類の図柄の組み合わせには,一つの回転リールを除く他の回転リールの図柄
は,いずれの種類の図柄であってもよい特殊な図柄の組み合わせを含むスロットマ
シン」である点。
   <相違点1>
    「ボーナスフラグが発生した状態における各回転リールの停止制御が,
本願発明では,ストップスイッチの操作タイミングが所定の許容範囲にある場合
に,ボーナス図柄を出現させ,該許容範囲を越えている場合に,特定種類の図柄の
組み合わせを出現させているのに対し,引用発明では,そのような構成が明らかで
ない点」。
   <相違点2>
    「本願発明は,リール駆動制御手段の停止制御により出現する特定種類
の停止図柄の組み合わせを予め記憶したリーチ目記憶手段と,前記リール駆動制御
手段からのリール位置情報に基づいて判別した,停止制御の結果によって出現した
停止図柄の組み合わせが前記リーチ目記憶手段に記憶された特定種類の停止図柄の
組み合わせと一致したことを条件に,リーチ目出現信号を出力するリーチ目判定手
段と,前記リーチ目判定手段からのリーチ目出現信号にもとづいて,遊技者にリー
チ目が出現したことを報知するリーチ目報知手段とを備えているのに対し,引用発
明は,これらの構成を備えていない点」。
(4)審決の取消事由
   しかしながら,審決は,以下に述べる理由により,違法として取り消され
るべきである。
 ア 取消事由1(一致点の認定の誤り)
(ア)審決は,「引用発明の「3つの回転リールと,該回転リールに対応し
た3つのストップスイッチを有するスロットマシン」は,・・・本願発明の「外周
に複数種類の図柄の表示された複数の回転リールと,各回転リールの回転を個別に
停止させるためのストップ信号を出力させるストップスイッチと,前記ストップス
イッチからのストップ信号にもとづいて,各回転リールの回転を停止させるリール
駆動制御手段と,を備えたスロットマシン」に相当する」(審決5頁下第2段
落),「引用発明の「ビッグボーナスが入ると「MUSASHI」が揃うリーチ目
が,レギュラーボーナスが入ると「単チェリー」のリーチ目が出やすく」なること
と,本願発明の「リール駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,該ボーナス
フラグが発生した状態でストップスイッチが操作され,その操作タイミングが所定
の許容範囲にある場合に,ボーナス図柄を出現させるように各回転リールを停止制
御し,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわらず,その操作タイミングが
許容範囲を越え,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとし
て,特定種類の停止図柄の組み合わせを出現させるように各回転リールを停止制
御」することとは,「リール駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,該ボー
ナスフラグが発生した状態でストップスイッチが操作され,該ボーナスフラグが発
生されているにもかかわらず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組
み合わせとして,特定種類の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リ
ールを停止制御」することで共通する」(審決5頁最終段落~6頁第1段落),
「本願発明と引用発明の両者は「外周に複数種類の図柄の表示された複数の回転リ
ールと,各回転リールの回転を個別に停止させるためのストップ信号を出力させる
ストップスイッチと,前記ストップスイッチからのストップ信号にもとづいて,各
回転リールの回転を停止させるリール駆動制御手段と,を備えたスロットマシンに
おいて,上記リール駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,該ボーナスフラ
グが発生した状態でストップスイッチが操作され,該ボーナスフラグが発生されて
いるにもかかわらず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせ
として,特定種類の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リールを停
止制御し,前記特定種類の図柄の組み合わせには,一つの回転リールを除く他の回
転リールの図柄は,いずれの種類の図柄であってもよい特殊な図柄の組み合わせを
含むスロットマシン」である点で一致」(審決6頁第3段落)すると認定した。
(イ)しかし,引用例1は,雑誌の製品紹介にすぎず,CPU(コンピュー
タの中央処理装置。以下「CPU」という。)の内部的な処理が記載されていな
い。すなわち,引用発明には,ストップスイッチの操作と「MUSASHI」がそ
ろったり,あるいは「単チェリー」が出ることとの間の関連性が全く記載されてい
ない。また,仮にストップスイッチの操作に関連して,「MUSASHI」がそろ
ったり,あるいは「単チェリー」が出ると仮定しても,「MUSASHI」や「単
チェリー」は小役であるので,当該小役が抽選の結果,当選していることが前提と
なる。このため,小役の当選時には,当該小役である「MUSASHI」や「単チ
ェリー」の図柄の引き込み,すなわち当該回転リールの停止制御が行われているも
のと予測することも可能ではあるが,当該予測は引用例1の記載そのものではな
い。このため,引用発明には,本願発明の「リール駆動制御手段」に相当する構成
が記載されているということはできない。
  また,引用発明では,「MUSASHI」や「単チェリー」が出やす
くなることが,「ボーナスフラグが発生されているにもかかわらず,その操作タイ
ミングが許容範囲を越え,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組合せ
として,特定種類の停止図柄の組み合わせを出現させるように回転リールを停止制
御」した結果によって実現されたものであることは全く記載されていない。さら
に,引用発明には,本願発明の「前記ストップスイッチからのストップ信号にもと
づいて,各回転リールの回転を停止させるリール駆動制御手段」及び「上記リール
駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,該ボーナスフラグが発生した状態で
ストップスイッチが操作され,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわら
ず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとして,特定種類
の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リールを停止制御し」の構成
については記載されていない。
 イ 取消事由2(相違点の看過)
 本願発明は,引用発明とは,審決の認定した相違点1,2のほか,相違
点3として「本願発明は,「前記ストップスイッチからのストップ信号にもとづい
て,各回転リールの回転を停止させるリール駆動制御手段と」を備え,「上記リー
ル駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,該ボーナスフラグが発生した状態
でストップスイッチが操作され,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわら
ず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとして,特定種類
の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リールを停止制御し」ている
のに対し,引用発明では,そのような構成が明らかでない点」においても相違す
る。
 しかし,審決には,上記相違点3を看過した誤りがある。
 ウ 取消事由3(本願発明の進歩性の判断の誤り)
  (ア)周知技術の認定の誤り
 審決は,周知例1,2(甲5,6)等に,「ボーナスフラグが発生し
た状態でストップスイッチが操作され,その操作タイミングが所定の許容範囲にあ
る場合に,ボーナス図柄を出現させるように各回転リールを停止制御し,該ボーナ
スフラグが発生されているにもかかわらず,その操作タイミングが許容範囲を越
え,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとして,ボーナス
図柄以外の特定種類の停止図柄の組み合わせ(リーチ目)を出現させ得るように各
回転リールを停止制御すること」(審決7頁第2段落)が記載され,これらは周知
技術であると認定した。
 しかし,周知例1,2は,引用例1(甲1)と同様に雑誌の製品紹介
にすぎず,CPUの内部的な処理が記載されていない。
 また,審決は,周知例1(甲5)等に,「小役とはならないボーナス
図柄を構成する「7」の図柄と「7」の代役図柄との組み合わせによってリーチ目
を構成すること」(審決7頁第3段落)が記載され,これは周知技術であると認定
したが,この認定も誤りである。
(イ)相違点1についての判断の誤り
 審決は,相違点1に係る構成について,周知技術であると認定した
上,その進歩性を否定したが,上記(ア)で述べたとおり,相違点1に係る構成は周知
技術でないから,審決の相違点1についての判断は誤りである。
 また,引用発明に,周知例1,2(甲5,6)に記載の技術的事項を
適用することには阻害要因がある。引用発明の「MUSASHI」や「単チェリ
ー」は,小役であるので,「MUSASHI」や「単チェリー」を出すためには,
当該小役に当選していることが必要であるため,引用発明では,ボーナスフラグが
発生していても,小役に当選した場合には,「MUSASHI」や「単チェリー」
を出そうとする。逆に,周知技術として認定した「ボーナス図柄を出現させるよう
に各回転リールを停止制御」(審決7頁第2段落)する場合には,引用発明では小
役に外れていることが明らかであるから,引用発明では,小役に当選している場合
に「ボーナス図柄を出現させるように各回転リールを停止制御」することはあり得
ない。小役に外れていることが明らかであるので,引用発明では,周知技術として
認定した「該ボーナスフラグが発生されているにもかかわらず,その操作タイミン
グが許容範囲を越え,ボーナス図柄を停止できない場合」(同)でも,小役である
「MUSASHI」や「単チェリー」のリーチ目が出現する可能性は全くあり得な
い。したがって,審決が周知技術として認定した「ボーナスフラグが発生した状態
でストップスイッチが操作され,その操作タイミングが所定の許容範囲にある場合
に,ボーナス図柄を出現させるように各回転リールを停止制御し,該ボーナスフラ
グが発生されているにもかかわらず,その操作タイミングが許容範囲を越え,ボー
ナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとして,ボーナス図柄以外
の特定種類の停止図柄の組み合わせ(リーチ目)を出現させ得るように各回転リー
ルを停止制御すること」(同)を,引用発明に適用できる可能性は全くない。
(ウ)相違点2についての判断の誤り
 審決は,相違点2についての判断に当たって,引用例2,3(甲2,
3)に記載された「スロットマシンにおいて,回転リールで「リーチ」あるいは
「入賞を構成する絵柄の組み合わせの一部」が揃い,入賞の可能性がある場合に,
当該リーチ等の表示を見逃して入賞のチャンスを逸することがないように,リール
が前記リーチ等であることを判定して,遊技者へ報知する」(審決7頁最終段落~
8頁第1段落3)ことが周知技術であると認定したが,当該技術的事項は,引用例
2,3の2件の公報に記載されているにすぎず,周知技術ではない。
 また,審決は,「引用発明において,リールが,特定種類の図柄の組
合せ,すなわち,リーチ目である場合に,当該リーチ目を見落としてボーナス図柄
を出現させるチャンスを逸することがないように,前記周知技術である入賞の可能
性がある所定の図柄でリールが停止したことを報知する報知手段の構成を採用し
て,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,引用発明と前記周知技術とが,
遊技者が入賞のチャンスを見逃す不利益を未然に防止するという課題で共通するの
で,当業者にとって格別困難なことではない」(審決8頁第2段落)と判断した。
確かに,引用発明には,「単チェリー」の「リーチ目」が記載され,引用例2(甲
2)には,「リーチランプ70」(3頁左下欄第2段落,第1図,第2図)が記載
されているから,引用発明と引用例2を組み合わせると,引用発明において,「単
チェリー」の「リーチ目」が出現した場合に,引用例2の「リーチランプ70」を
点灯することとなる。しかし,引用発明に,引用例2,3に記載の技術的事項を適
用することには阻害要因がある。すなわち,引用発明の「リーチ目」である「MU
SASHI」や「単チェリー」は,小役であるので,メダルが払い出され,また,
小役の入賞は,一般的に入賞ランプを点灯あるいは点滅して報知されるため,小役
の入賞を,入賞ランプで報知していたのに,引用例2の「リーチランプ」を点灯さ
せて二重に報知することに技術的意義を見いだすことは困難である。
(エ)本願発明の顕著な作用効果の看過
 本願発明は,請求項2の記載からも明らかなとおり,「ボーナスフラ
グの発生の如何にかかわらず,遊技者にリーチ目が出現したことを報知する」もの
であり,ボーナスフラグが成立した場合を前提とする引用例1~3(甲1~3),
周知例1,2(甲4,5)の構成,作用効果からは予測することができない顕著な
作用効果を奏するものである。すなわち,引用発明のように小役の場合には,メダ
ルが払い出され,また,入賞ランプを点灯あるいは点滅して報知されるので,リー
チ目を報知する必要性がない。引用例2,3の場合には,「リーチ目」でなく,
「リーチ」を報知しているので,「リーチ」は遊技者から一見して分かり,遊技者
の単なる見落としを防止しているにすぎない。「リーチ」は,「2つの回転リール
を止めた時点で,残りのひとつの回転リールの絵柄さえ合えば入賞するというチャ
ンス」(引用例2〔甲2〕の2頁左下欄第1段落)をいうのに対し,「リーチ目」
は,「例えば「7」「7」「チェリー」」(本件明細書〔甲8添付〕の段落【00
24】)のように,「リーチ」を含む概念であるが,「リーチ」を構成する図柄の
組合せ以外の図柄の組合せ,「例えば「7」「チェリー」「チェリー」」(同前)
をも含む概念である。このため,本願発明の場合には,「リーチ」を構成する図柄
の組合せ以外の図柄の組合せを含むので,「リーチ」の場合と異なり,遊技者から
一見して「リーチ目」であることが分かりにくく,遊技者が「リーチ目」を記憶し
ておく必要があり,「比較的遊技経験の浅い「遊技者」」は,「リーチ目」を記憶
していないことが多く,遊技を楽しむことを困難にしていたが,本願発明は,「確
実にリーチ目の出現を報知することで,リーチ目の存在やリーチ目を記憶していな
い,比較的遊技経験の浅い遊技者に対しても,リーチ目を見逃す不利益を未然に防
止する手段として利用できるスロットマシンを提供することができる」(本件明細
書の段落【0032】)という顕著な作用効果を奏するものである。
2 請求原因に対する認否
  請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
 3 被告の反論
   審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
 (1)取消事由1(一致点の認定の誤り)に対し
   原告が主張するように,引用例1(甲1)にはCPUの内部的処理の明示
的記載はない。しかし,審決は,本件特許出願時における技術常識に照らし,引用
例1に記載されている事項から引用発明を認定するとともに,引用発明の各構成
が,本願発明の各構成とどのように対応しているかを検討しているのである。引用
例1には明示的記載がないが,ストップスイッチからのストップ信号に基づいて各
回転リールの回転を停止させるリール駆動制御手段を備え,所定図柄を出現させる
フラグが発生されているにもかかわらず,前記所定図柄を停止できない場合に,前
記所定図柄以外の図柄を出現させるという構成は,スロットマシンにおいて一般的
に行われている内部的な処理である。特開昭59-40883号公報(乙1。以下
「乙1公報」という。),特開昭59-186580号公報(乙2。以下「乙2公
報」という。)に記載されているような一般的なスロットマシンのリールの停止制
御に関する技術からみて,ボーナス図柄等の所定図柄を出現させるフラグが発生し
ている状態でストップスイッチが操作され,該フラグが発生されているにもかかわ
らず,前記所定図柄を停止できない場合に,停止図柄の組合せとして,前記図柄以
外を出現させ得るように停止制御するということが周知技術であるといえる。さら
に,周知例1,2(甲5,6)の記載からみて,ボーナスフラグが発生している状
態でストップスイッチが操作され,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわ
らず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組合せとして,特定種類の
停止図柄の組合せ(リーチ目)を出現させるように,各回転リールを停止制御する
構成とすることは,乙1公報及び乙2公報等に記載されているように,所定の図柄
を出現させるためにリールを停止制御することが技術常識であることを考慮すれ
ば,周知技術であるといえる。引用例1の「リーチ目は単刀直入でわかりやすく,
ビッグボーナスが入ると「MUSASHI」が,レギュラーボーナスが入ると「単
チェリー」が出やすくなる。MUSASHIはどのラインに揃ってもリーチ目だ
が,上段で揃うのは信用度が低いのではずしてある・・・。また,「MUSASH
I」は通常時でも揃うことがあるので,短い間隔で2~3回揃ってはじめて確実な
リーチ目といえる。・・・レギュラーのリーチ目となる単チェリー・・・も通常時
に出ることがあるので,やはり短時間に2~3回揃って確実といえる」(上段9ム
サシの説明)との記載から,当該引用例1には,構成についての具体的な記載はな
いものの,スロットマシンにおいて「リール駆動制御手段は,ボーナスフラグが発
生され,該ボーナスフラグが発生した状態でストップスイッチが操作され,該ボー
ナスフラグが発生されているにもかかわらず,ボーナス図柄を停止できない場合
に,停止図柄の組み合わせとして,特定種類の停止図柄の組み合わせとして,特定
種類の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リールを停止制御」する
技術が開示されているといえる。したがって,リールの停止制御に関する前記周知
技術を踏まえれば,引用発明は,ボーナスフラグが発生した状態でストップスイッ
チを操作して,ボーナス図柄を停止できない場合には,リーチ目を出現させ得るよ
うにしているものであるから,当該リーチ目を出現させるために各回転リールを停
止制御するものであるといえる。そうすると,本願発明も引用発明も,ボーナスフ
ラグが発生され,該ボーナスフラグが発生した状態でストップスイッチが操作さ
れ,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわらず,ボーナス図柄を停止でき
ない場合に,特定種類の停止図柄の組合せとして,特定種類の停止図柄の組合せを
出現させ得るように各回転リールを停止制御することを含むリール駆動制御手段を
有するものであるということができるから,審決の一致点の認定に誤りはない。
 (2)取消事由2(相違点の看過)に対し
 原告のいう相違点3に係る「本願発明は,「前記ストップスイッチからの
ストップ信号にもとづいて,各回転リールの回転を停止させるリール駆動制御手段
と」を備え,「上記リール駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,該ボーナ
スフラグが発生した状態でストップスイッチが操作され,該ボーナスフラグが発生
されているにもかかわらず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み
合わせとして,特定種類の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リー
ルを停止制御し」ているとの構成は,上記(1)で述べたように,本願発明と引用発明
との一致点の構成である。
 したがって,審決が相違点3を認定しなかったことに誤りはない。
 (3)取消事由3(本願発明の進歩性の判断の誤り)に対し
ア 原告の主張(ア)(周知技術の認定の誤り)について
 周知例1,2(甲5,6)には,確かにCPUの内部的な処理の明示的
記載はない。しかし,審決は,引用例1(甲1)と同様,本件特許出願時における
技術常識を参酌して,周知例1,2に記載されている事項が周知技術であると認定
したものである。乙1公報や乙2公報に記載されているような一般的なスロットマ
シンの制御に関する技術を踏まえると,周知例1,2に記載のスロットマシンは,
その外部から観察した現象を実現するために,CPUの内部的な処理により,回転
リールを所定の駆動制御あるいは停止制御を行っているものであるということがで
きる。したがって,周知例1,2には,「ボーナスフラグが発生した状態でストッ
プスイッチが操作され,その操作タイミングが所定の許容範囲にある場合に,ボー
ナス図柄を出現させるように各回転リールを停止制御し,該ボーナスフラグが発生
されているにもかかわらず,その操作タイミングが許容範囲を越え,ボーナス図柄
を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとして,特定種類の停止図柄の組み
合わせを出現させ得るように各回転リールを停止制御すること」が,一般的なスロ
ットマシンにおいて周知技術として記載されているものであり,審決の周知技術の
認定に誤りはない。
イ 原告の主張(イ)(相違点1についての判断の誤り)について
 原告の「「MUSASHI」や「単チェリー」は,小役であるので,
「MUSASHI」や「単チェリー」を出すために,当該小役に当選していること
が必要である」という主張や,「ボーナスフラグが発生していても,小役に当選し
た場合には,「MUSASHI」や「単チェリー」を出そうとする」という主張
は,引用例1(甲1)の記載に基づくものではない。
 仮に,引用発明のスロットマシンが,原告の主張するような仕様となっ
ているとしても,一致点とした,「ボーナスフラグが発生されているにもかかわら
ず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとして,特定種類
の停止図柄の組合せ(被告注;「MUSASHI」や「単チェリー」)を出現させ
得る」ものであることには変わりはない。そして,ボーナスフラグの成立に加え,
小役フラグの成立がリーチ目の出現に関係し,リーチ目を生起させる契機が引用発
明と周知技術とで相互に相違するとしても,ボーナスフラグ発生の可能性を知らせ
るために,リールを停止制御してリーチ目を出現させるという点では両者は変わら
ない。そうすると,周知例1,2(甲5,6)に記載されている周知技術である
「ボーナスフラグが発生した状態でストップスイッチが操作され,その操作タイミ
ングが所定の許容範囲にある場合に,ボーナス図柄を出現させるように各回転リー
ルを停止制御し,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわらず,その操作タ
イミングが許容範囲を越え,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み
合わせとして,ボーナス図柄以外の特定種類の停止図柄の組み合わせ(リーチ目)
を出現させ得るように各回転リールを停止制御する」構成を,引用発明のリーチ目
を出現させる手段として適用することに阻害要因はない。
ウ 原告の主張(ウ)(相違点2についての判断の誤り)について
 リーチ等の入賞の可能性がある場合に報知することは,引用例2,3の
ほかにも,実願昭58-128412号(実開昭60-37379号)のマイクロ
フィルム(乙3。以下「乙3刊行物」という。),特開平4-364872号公報
(乙4。以下「乙4公報」という。)及び実願平3-66501号(実開平5-1
1981号)のCD-ROM(乙5。以下「乙5刊行物」という。)にも記載され
ており,周知技術であるといえる。
 また,小役の入賞は,一般的に入賞ランプを点灯あるいは点滅して報知
されるとの原告の主張は引用例1(甲1)の記載に基づくものではない。仮に,引
用発明のスロットマシンが,原告の主張するような,小役の入賞を報知する入賞ラ
ンプを備える仕様になっているとしても,「MUSASHI」がそろう図柄や「単
チェリー」図柄以外にも小役図柄が存在することが一般的であって,その際には,
小役図柄のうち一部(「MUSASHI」がそろう図柄や「単チェリー」図柄)の
みがリーチ目を兼ねているものとするのが自然である。その場合,小役図柄のうち
リーチ目を兼ねない図柄が出現したときには,入賞の報知のみを行い,小役図柄の
うちリーチ目を兼ねる図柄が出現したときには,入賞の報知とともにリーチ目出現
の報知をも併せて行なうように引用発明を構成することは十分想定される。そうす
ると,小役図柄出現の際に,入賞ランプのみでの報知と,入賞ランプ及びリーチ目
出現ランプの双方での報知とにより,小役図柄の種類を報知することに技術的意義
がないとはいえないから,引用例2,3等に記載されている周知技術を引用発明に
適用することに阻害要因があるとはいえない。また,引用発明は,周知例1,2に
記載されているように数あるリーチ目の種類のうち,その中の一つとして小役であ
るものを単に採用しているにすぎない。すなわち,「リーチ目の出現」という入賞
の可能性に対して,引用例2,3(甲2,3)等に記載の周知技術であるところ
の,入賞の可能性がある所定の図柄でリールが停止したことを報知する報知手段を
適用することは,引用発明も周知例1,2もスロットマシンという同一技術分野に
属するものであり,当該技術分野において,遊技に対する注意力を喚起して入賞を
逸することを防止するという課題は常に存在するものであるので,阻害要因がある
とはいえない。
エ 原告の主張(エ)(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
 引用例2,3(甲2,3),乙3刊行物,乙4公報及び乙5刊行物に記
載の周知技術は,遊技者から一見して分かる「リーチ」を遊技者が単に見落とすこ
とを防止するために,「リーチ」を報知しているものであり,このように,遊技経
験の多少にかかわらず,漫然と長時間にわたって遊技をしていれば,一見して判別
できる「リーチ」でさえも見落とす可能性があり,ましてや「リーチ目」のように
入賞の可能性があることが一見して分かり難いものについては,その出現を報知す
る必要性があることは当業者が当然予測できることである。そうすると,前記周知
技術が,入賞のチャンスである旨を遊技者へ報知して,遊技に対する注意力を喚起
して入賞を逸することがないようにすることを目的としていることを踏まえれば,
引用発明においても,遊技経験の多少,あるいは,「リーチ目」の記憶にかかわら
ず,「リーチ目」出現という入賞のチャンスを逃す不利益を防止するという課題が
存在する蓋然性が高く,当該課題を解決するために,「リーチ目」を報知する構成
とした際に,本願発明の奏する「リーチ目の存在やリーチ目を記憶していない遊技
者に対しても,リーチ目を見逃す不利益を未然に防止する」という作用効果は,比
較的遊技経験の浅い遊技者が遊技したとすれば,引用発明及び周知技術に基づい
て,当業者が当然予測できるものである。
第5 当裁判所の判断
 1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 2 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)原告は,引用例1は,雑誌の製品紹介にすぎず,CPUの内部的な処理が
記載されていないから,本願発明の構成のうち,①「前記ストップスイッチからの
ストップ信号にもとづいて,各回転リールの回転を停止させるリール駆動制御手
段」,及び②「上記リール駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,該ボーナ
スフラグが発生した状態でストップスイッチが操作され,該ボーナスフラグが発生
されているにもかかわらず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み
合わせとして,特定種類の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リー
ルを停止制御し」を備えておらず,審決の一致点の認定は誤りであると主張する。
(2)確かに,引用例1には,上記①,②に係るCPUの内部的処理について明
示的な記載はない。しかし,特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」
は,刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される
発明をいうところ,「記載されているに等しい事項」とは,記載されている事項か
ら当該特許出願時における技術常識(当業者〔その発明の属する技術の分野におけ
る通常の知識を有する者〕に一般的に知られている技術〔周知技術,慣用技術を含
む。〕又は経験則から明らかな事項をいう。)を参酌することにより導き出せるも
のをいうと解されるので,審決の認定した一致点が,本件特許出願時の技術常識に
照らして,引用例1に記載されているに等しい事項から把握することができるか否
かについて検討する。
ア そこで,上記①の点について検討する。
(ア)本件明細書(甲8添付)には,次の記載がある。
  「【従来の技術】従来,この種のスロットマシンにおいては,外周に
複数種類の図柄の表示された回転リールを横3列に並列し,各回転リールを回転す
ることで,その表面に表示された図柄が表示部に移動表示される。そして,ストッ
プスイッチを操作すると各回転リールが停止し,停止した回転リールに表示された
図柄の組み合わせにより,遊技者に所定枚数のメダルを払い出している。また,表
示部に停止表示された図柄の組合せが,予め定めた一定の図柄の組み合わせである
ボーナス図柄であった場合には,遊技者にとって通常遊技よりもさらに有利なボー
ナスゲームを行わせている。そして,このスロットマシンは,ボーナス図柄を平均
して出現させるため,ボーナスフラグを発生したときに,ボーナス図柄が出現する
ように形成されている。そして,このボーナスフラグが発生した場合には,遊技者
によって操作されるストップスイッチの操作タイミングが多少ずれていたとして
も,これが所定の許容範囲内にあるときには,ボーナス図柄を出現させるよう回転
リールを停止制御するものが知られている。」(段落【0002】)
 (イ)また,乙1公報には,次の記載がある。
a「スロットマシンは通常第1図に示すような外観を有しており,ハン
ドル(1)を引き3個のリール(2a),(2b),(2c)を回転せしめ,自動
的または停止ボタン(3a),(3b),(3c)の押圧により3個のリールを順
次停止せしめて絵柄の組合せにより所定の数のメダルを排出する。」(2頁左上欄
最終段落~右上欄第1段落)
b「このようにフリーランの状態のデータが常に入力されているラッチ
(9)に前記タイマ(6)からのハンドル信号が入力すると,ハンドル信号の入力
時のデータに基づく乱数情報(配当テーブルメモリ(13)のアドレス情報)がラ
ッチ(9)からの比較演算部(12)に送られる。比較演算部(12)は,絵柄の
組合せおよびそれに対応する配当のテーブルがストアされている配当テーブルメモ
リ(13)から,乱数情報に基づくアドレスにストアされている絵柄の組合せおよ
び配当を読み取る。」(2頁右上欄最終段落~左下欄第2段落)
c「比較演算部(12)では前記乱数によりランダムに決定された絵柄
の組合せ情報と絵柄位置検出部(20)からの現在位置情報とを比較演算し,リー
ル停止位置情報をリール停止部(24)のダウンカウンタ(25)に出力する。リ
ール停止位置情報は,リールを所定回数回転させたのち絵柄表示位置から所定のコ
マ数以内に目的とする絵柄が入ったときに出力される。」(2頁右下欄最終段落~
3頁左上欄第1段落)
d「ダウンカウンタ(25)では入力されたリール停止位置情報をフォ
トセンサ(15b)でえられる1コマごとのカウンタ信号によりカウントダウンす
る。カウントダウンされた信号はコンパレータ(27)に送られ,コンパレータ
(27)はその内容が零になったときタイマ(28)を介してソレノイド(29)
に停止信号を送り,リールを目的とする絵柄が表示される位置で停止せしめる。」
(3頁左上欄第2段落)
e「また,リールの停止をリール停止ボタン(3a),(3b),(3
c)の押圧によって行なうこともできる。そのばあい,停止ボタンの押圧により生
じた信号を停止信号部(34)での波形成形部(35)で波形を成形したのち比較
演算部(12)に停止信号を送る。停止信号が入力されると比較演算部(12)で
は前記と異なり,停止信号入力時現在の絵柄から所定コマ数内に前記乱数によって
決定された絵柄があるか否かを比較し,もしその絵柄があるならその位置でリール
を停止させるためのリール停止位置情報をダウンカウンタ(25)に出力し,もし
所定コマ数内に目的とする絵柄がないときは所定のリール停止位置情報をダウンカ
ウンタ(25)に出力する。したがって停止ボタンを採用するときは遊戯者の意思
をも加えることができ,さらにゲーム性を高めることができる。」(3頁左下欄第
1段落~第2段落)
 (ウ)また,乙2公報には,次の記載がある。
a「スタートレバーの操作により回転駆動される複数のリールと,これ
らのリールを停止させるリールストップ手段とを有するスロットマシンにおいて,
前記リールの回転駆動後に,順次発生される乱数列から一つの乱数を特定するサン
プリング手段と,前記特定された乱数が確率テーブル中のいかなる群に属するかを
比較照合する手段と,前記比較照合の結果を入賞ランク別のリクエスト信号として
出力するリクエスト発生手段と,前記リクエスト信号を評価し,前記リールのスト
ップ位置を設定すると共に,前記リールストップ手段を制御するリールストップ制
御手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。」(1頁左下欄の「特許請求
の範囲」第1項)
b「前記リールを停止させるべく操作されるストップボタンを設け,前
記リールストップ制御手段がこのストップボタンの操作信号によって起動される特
許請求の範囲第1項に記載のスロットマシン。」(1頁左下欄~右下欄の同第2
項)
c「スタートレバー操作により,3つのリールが回転され,所定時間の
経過後,後述するヒットリクエストの設定(入賞の有無を照合)を行なってリール
ストップのためのストップボタンの操作の有効化およびその表示のためのストップ
ランプ(第1図中27に対応)を点灯させる。・・・ストップボタンに対応したリ
ールが回転中,かつストップボタンが操作された場合に,そのリールをストップさ
せることになる。・・・すべてのリールが停止した判断が得られるとゲーム終了と
なり,・・・入賞判定処理,入賞の場合メダル払い出し処理がなされる。」(3頁
左下欄第2段落~右下欄第1段落)
d「ゲーム開始後例えばスタートレバーの操作後の所定のタイミング信
号(この時点で各リールは定常回転されることが好ましい。)により,その時点で
乱数値RAM80(第8図)に存在する乱数値をそのゲームの乱数値として決定す
る。こうして決定された乱数値は・・・入賞確率テーブルと照合され,大ヒットに
該当する数値であれば大ヒットリクエスト信号の発生,また中ヒットに該当する数
値であれば中ヒットリクエスト信号の発生というように小ヒットまでの判断,処理
がなされいずれかのヒットリクエストが発生されるかあるいはヒットリクエストな
しかがチェックされることになる。」(5頁左上欄最終段落~右上欄第1段落)
e「大,中,小の各ヒットの例としては,大ヒットが15枚のメダル支
払いの後ボーナスゲームができるようになるもの,中ヒットが10~15枚のメダ
ル支払い,小ヒットが2~5枚程度のメダル支払など適宜設定される。ボーナスゲ
ームとしては,例えばメダル1枚の投入毎に1個のリールのみでゲームを実行し,
その1個のリールについてある種のシンボルマークが出ればそのまま15枚のメダ
ル支払いがなされ,このような手順で数回のゲームができるようにすることなどが
考えられる。」(5頁右下欄第2段落)
f「ストップボタンが操作された時点から限られた時間内にリールを停
止させ,しかも可能な限り得られたヒットリクエストに応じたシンボルマークの組
み合わせでリールを停止させるようにするものである。・・・このようにシンボル
マークをチェックして,すでにセットアップされたヒットリクエストに対応するシ
ンボルマークの組み合わせを得るのに必要なシンボルマークがその5個のチェック
範囲内にあればそこでリールを停止させることになる。」(6頁左下欄第2段落~
右下欄)
g「各ラインでのシンボルコードの組み合わせを,入賞のシンボルコー
ドの組み合わせと共にこれに対応した支払メダル数,またボーナスゲームの有無が
メモリされている入賞シンボルテーブルと照合される。・・・さらにRAM5には
得られたヒットに応じたエリア,すなわち大ヒットエリア5a,中ヒットエリア5
b,小ヒットエリア5c,ヒットなしのエリア5dにフラグがセットされる。」
(7頁左下欄~右下欄第1段落)
 (エ)本件明細書の上記(ア)の記載によれば,①ストップスイッチを操作する
と各回転リールが停止し,停止した回転リールに表示された図柄の組合せにより,
遊技者に所定枚数のメダルが払い出されること,②ボーナスフラグを発生したとき
に,ボーナス図柄が出現するように形成されていること,③ボーナスフラグが発生
した場合には,ストップスイッチの操作タイミングが多少ずれていたとしても,こ
れが所定の許容範囲内にあるときには,ボーナス図柄を出現させるよう回転リール
を停止制御すること,というスロットマシンにおける内部的処理は,本件特許出願
前から従来技術として当業者に一般的に知られていたことが認められる。そして,
本件特許出願前の公知刊行物である乙1公報及び乙2公報には,前記のとおり,ス
ロットマシンにおける内部的処理が詳細に記載されているのであるから,一般的な
スロットマシンの上記内部的処理は,本件特許出願時の技術常識であったと認める
ことができ,引用例1(甲1)にその内部的処理についての明示的な記載がなくて
も,本件特許出願時の上記技術常識を参酌すれば,当業者は引用例1のスロットマ
シンにおけるCPUの内部的処理を把握することができたものと認め
ることができる。そして,引用発明について,本件特許出願時の技術常識であるス
ロットマシンにおける内部的処理に照らせば,上記①の「前記ストップスイッチか
らのストップ信号にもとづいて,各回転リールの回転を停止させるリール駆動制御
手段」は,本件明細書の上記記載のほか,上記のとおり(イ)(乙1公報)の上記a,
e及び(ウ)(乙2公報)の上記a,b,c,fにも記載されており,本件特許出願時
の技術常識であったことが明らかである。
イ 次に,上記②の点について検討する。
(ア)周知例1(甲5)には,図面とともに,次の記載がある。
a「今度は,ボーナスフラッグが成立したときについて話そう。 ボー
ナスフラッグが成立しないと,その絵柄はそろわない。これは当たり前。しかし,
ボーナス絵柄は,小役と違って絵柄の数が少ない。だから,ボーナスフラッグが成
立しても,すぐにそろってくれる訳じゃないんだ。そこで活躍するのが,ストップ
ボタンだ。フラッグが成立したボーナス絵柄を,ストップボタンを使って狙うワ
ケ。これが目押しというヤツだ。」(18頁第4段第3段落~最終段落)
b「では早速,ボーナスフラッグを判断する,いくつかの方法について
話をしよう。最も代表的なものが,ボーナス絵柄のテンパイ形である。ユニバーサ
ル系の機種は,特定の有効ラインに7がテンパイ(つまり,2つ並ぶ)すれば,ボ
ーナスフラッグが成立したと判断できる。」(19頁第2段第1段落~第2段落)
c「次に代表的なものが,リーチ目によるフラッグ判断方法である。前
述の「ボーナスフラッグのテンパイ形」も,この仲間といえる。このリーチ目とい
うのは,大きく2種類に分けることができる。 1つはボーナスフラッグが成立し
たことで,特定の小役が頻繁に出てくるもの。・・・もう1つは,7と7の代役絵
柄が,有効ラインに並ぶものである。」(19頁第3段第2段落~4段第2段落)
d「そして,3番目のボーナスフラッグ判断方法は,リールのスベリに
注意することだ。パチスロは機種に関係なく,フラッグが成立した絵柄をそろえた
がるという特徴を持っている。そして,ストップボタンを押した瞬間にリールが止
まらずに,その絵柄を出そうと,リールがすべるのだ。リールのスベリ幅は,最大
で4コマというのも,頭にいれておこう。」(19頁第4段第3段落~最終段落)
e「この機種は,いずれかのボーナスフラッグが成立すると,単チェリ
ーの抽選確率が引き上げられ,高い確率で出現するようになる。 つまり,単チェ
リーがこの機種のリーチ目となるわけだ。・・・チェリーが中段に出てきた場合
は,ほぼ間違いなくどちらかのボーナスフラッグが成立している。」(23頁「比
較4」~24頁第1段第2段落)
f「3番めに考えられるのは,ボーナスフラッグが成立し,左リールに
ボーナス絵柄が出たにもかかわらず,中リールを止めたタイミングが悪く,ボーナ
ス絵柄のテンパイ形ができなかった場合である。⑨~⑮はその代表的な例で,左リ
ール中段のチェリー同様に,高確率のリーチ目となる。」(25頁第3段第1段
落)
 (イ)また,周知例2(甲6)には,図面とともに,次の記載がある。
a「スベリとは一体,何ですか!? スベリとは,機械側が決めた役を
揃いやすくするために,ボタンを押したタイミングのズレを修正してくれる為に発
生する現象だ。とはいっても,最大スベリは約4コマなので,それ以上はスベって
くれない。つまり,早い分には4コマ以内でボタンを押せば揃えてくれるというこ
とだ。反対に機械側が決めていない役が揃わないように,ハズそうとするスベリも
ある。実戦で確かめよう。」(61頁左中欄)
b「フラグが立った状態になって,やっと7を揃えることが可能になり
ました。目押しの主な用途はここから重要になります。左の図にあるように,スト
ップを押してから,リールが止まるまでの時間差(コマの動き)をスベリと呼びま
す。このスベリは最大約4コマの範囲で動き,フラグが立っている時は,その絵柄
を引き込んだり,立っていない時はハズしたりするのです。つまりフラグが立って
いれば,4コマ手前で押しても,スベって揃ってくれます。もしそれより大きな範
囲でボタンを押してしまった場合,前述のリーチ目は出るのですが,なかなか揃わ
ないために,結果的にコインを損する場合が出てくるのです。」(61頁最下欄
「目押しは何故必要なのか?全ては損得が基準である!」の第3段落~最終段落)
 (ウ)以上によれば,特定の機種に限らない一般的なスロットマシンについ
て,フラッグが成立したボーナス絵柄をストップボタンを使ってねらうこと,ボー
ナスフラッグが成立しないと,その絵柄はそろわないこと(前記(ア)のa),ボーナ
スフラッグが成立したことを判断する方法の一例として,特定の小役(リーチ目)
が頻繁に出てくること(前記(ア)のfでは「単チェリー」が出やすくなる)が挙げら
れること(前記(ア)のc),ストップボタンを押した瞬間にリールが止まらずに,フ
ラッグが成立した絵柄を出そうとして,リールがすべること(前記(ア)のf,前記
(イ)のa,b),スベリの範囲(最大約4コマ)より大きな範囲でボタンを押してし
まった場合にリーチ目が出ること(前記(イ)のb)が記載されているものと認められ
る。
   そして,上記記載によれば,一般的なスロットマシンは,ボーナスフ
ラッグが成立した状態でストップボタンを使ってボーナス絵柄をねらうことによ
り,ボーナス絵柄がそろうか,そろわないことになるところ,ボーナス絵柄がそろ
わない場合でも,ボーナスフラッグが成立していれば,特定の小役(リーチ目)が
頻繁に出てくることで,ボーナスフラッグが成立したことを判断することができる
ようになっていること,及び,フラグが立った状態では,スベリの範囲でボタンを
押せば,フラグが立った役をそろえてくれるが,それより大きな範囲でボタンを押
した場合にリーチ目が出るものと認められ,これらの事項は,本件特許出願時の技
術常識であったと認めることができる。
   また,リールの停止制御に関する上記技術常識を踏まえれば,引用発
明は,ボーナスフラグが発生した状態でストップスイッチを操作して,ボーナス図
柄を停止できない場合には,リーチ目を出現させ得るようにしているものであるか
ら,当該リーチ目を出現させるために各回転リールを停止制御するものであるとい
える。そうすると,引用例1の「リーチ目は単刀直入で分かりやすく,ビッグボー
ナスが入ると,「MUSASHI」が,レギュラーボーナスが入ると,「単チェリ
ー」が出やすくなる」との記載に接した当業者は,引用例1の「MUSASHI」
や「単チェリー」というリーチ目が本願発明の「特定種類の停止図柄の組み合わ
せ」に相当することが明らかであるから,本件特許出願時の技術常識であるスロッ
トマシンにおける内部的処理,及び,周知例1,2(甲5,6)に記載の技術常識
に照らして,前記②の「上記リール駆動制御手段は,ボーナスフラグが発生され,
該ボーナスフラグが発生した状態でストップスイッチが操作され,該ボーナスフラ
グが発生されているにもかかわらず,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図
柄の組み合わせとして,特定種類の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各
回転リールを停止制御し」という技術的事項を把握することができるものと認める
ことができる。
ウ 以上検討したように,一般的なスロットマシンの内部的処理である①「前
記ストップスイッチからのストップ信号にもとづいて,各回転リールの回転を停止
させるリール駆動制御手段」,及び②「上記リール駆動制御手段は,・・・該ボー
ナスフラグが発生されているにもかかわらず,ボーナス図柄を停止できない場合
に,・・・特定種類の停止図柄の組み合わせを出現させ得るように各回転リールを
停止制御し」との構成は,いずれも本件特許出願時の技術常識を参酌すれば,引用
例1に記載されているに等しい事項から把握することができるものと認めることが
できるから,審決の一致点の認定に誤りはない。
  したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。
 3 取消事由2(相違点の看過)について
(1)原告は,本願発明は,引用発明とは,相違点3として「本願発明は,「前
記ストップスイッチからのストップ信号にもとづいて,各回転リールの回転を停止
させるリール駆動制御手段と」を備え,「上記リール駆動制御手段は,ボーナスフ
ラグが発生され,該ボーナスフラグが発生した状態でストップスイッチが操作さ
れ,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわらず,ボーナス図柄を停止でき
ない場合に,停止図柄の組み合わせとして,特定種類の停止図柄の組み合わせを出
現させ得るように各回転リールを停止制御し」ているのに対し,引用発明では,そ
のような構成が明らかでない点」においても相違するにもかかわらず,審決はこれ
を看過した誤りがあると主張する。
(2)しかし,原告のいう相違点3に係る構成は,いずれも本件特許出願時の技
術常識を参酌すれば,引用例1に記載されているに等しい事項から把握することが
できるものと認めることができ,この点を本願発明と引用発明の一致点と認定した
審決に誤りがないことは,上記2のとおりである。
  したがって,審決が原告のいう相違点3を認定しなかったことに誤りはな
く,原告の取消事由2の主張は理由がない。
 4 取消事由3(本願発明の進歩性の判断の誤り)について
(1)原告の主張(ア)(周知技術の認定の誤り)について
ア 原告は,周知例1,2は,引用例1(甲1)と同様に雑誌の製品紹介に
すぎず,CPUの内部的な処理が記載されていないことを理由に,審決の周知技術
の認定は誤りであると主張する。
イ 審決は,①「ボーナスフラグが発生した状態でストップスイッチが操作
され,その操作タイミングが所定の許容範囲にある場合に,ボーナス図柄を出現さ
せるように各回転リールを停止制御し,該ボーナスフラグが発生されているにもか
かわらず,その操作タイミングが許容範囲を越え,ボーナス図柄を停止できない場
合に,停止図柄の組み合わせとして,ボーナス図柄以外の特定種類の停止図柄の組
み合わせ(リーチ目)を出現させ得るように各回転リールを停止制御すること」
は,周知例1,2(甲5,6)に記載され,これは周知技術であると認定し(審決
7頁第2段落),また,②「小役とはならないボーナス図柄を構成する「7」の図
柄と「7」の代役図柄との組み合わせによってリーチ目を構成すること」は,周知
例1等に記載され,これも周知技術であると認定した(同頁第3段落)ものであ
る。
  周知例1,2の記載から,一般的なスロットマシンは,ボーナスフラッ
グが成立した状態でストップボタンを使ってボーナス絵柄をねらうことにより,ボ
ーナス絵柄がそろうか,そろわないことになるところ,ボーナス絵柄がそろわない
場合でも,ボーナスフラッグが成立していれば,特定の小役(リーチ目)が頻繁に
出てくることで,ボーナスフラッグが成立したことを判断することができるように
なっていること,及び,フラグが立った状態では,スベリの範囲でボタンを押せ
ば,フラグが立った役をそろえてくれるが,それより大きな範囲でボタンを押した
場合にリーチ目が出るものと認められ,これらの事項は,本件特許出願時の技術常
識であったと認めることができることは,上記2(2)イのとおりである。したがっ
て,周知例1,2にCPUの内部的な処理が記載されていなくても,上記技術常識
を踏まえると,当業者は,周知例1,2は上記①記載の駆動制御あるいは停止制御
を行っているものであることを把握することができるものと認められるから,審決
が周知例1,2に上記①の点が周知技術として記載されていると認定したことに誤
りはない。
  また,周知例1(甲5)には「パチスロの役は,大きく分けて3つあ
る。小役,ボーナス,集中の3つだ。・・・さあ,次はボーナスについてだ。この
ボーナスは3種類に分けられるから,それぞれについて説明しよう。・・・ほとん
どの機種で,7がそろうと権利発生となる」(17頁第1段第2段落~最終段落)
との記載があり,また,7と7の代役絵柄が,有効ラインに並ぶものがリーチ目で
あることが記載されている(上記2(2)イ(ア)c)のであるから,周知例1には,
「小役とはならないボーナス図柄を構成する「7」の図柄と「7」の代役図柄との
組み合わせによってリーチ目を構成すること」が記載されているということがで
き,審決が周知例1を引用して上記②の点を周知技術であると認定したことにも誤
りはない。
  したがって,原告の主張(ア)は理由がない。
(2)原告の主張(イ)(相違点1についての判断の誤り)について
ア 原告は,相違点1に係る構成は周知技術でないから,審決の相違点1に
ついての判断は誤りであると主張する。
  しかし,本願発明の相違点1に係る構成,すなわち,「ボーナスフラグ
が発生した状態における各回転リールの停止制御が,本願発明では,ストップスイ
ッチの操作タイミングが所定の許容範囲にある場合に,ボーナス図柄を出現させ,
該許容範囲を越えている場合に,特定種類の図柄の組み合わせを出現させている」
ことが周知技術であることは,前記(1)イのとおりである。
  したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ また,原告は,ボーナスフラグが発生している場合において,さらに小
役に当選すれば引用発明の「MUSASHI」や「単チェリー」等の小役を出そう
とするので,ボーナス図柄を出すためには,当該小役に当選していない必要がある
ところ,引用発明は,小役に当選することを前提とした発明であるのに対し,周知
例1,2(甲5,6)は,小役に当選していないことを前提としており,引用発明
に,周知例1,2に記載の技術的事項を適用することには阻害要因があると主張す
る。
  しかし,引用例1(甲1)には,「MUSASHI」や「単チェリー」
といったリーチ目の出現が,ボーナスフラグ成立に加えて,小役フラグの成立を条
件としていることの記載がないし,仮に,ボーナスフラグ成立に加えて,小役フラ
グの成立を条件としているとしても,ボーナスフラグ発生の可能性を知らせるため
に,リールを停止制御してリーチ目を出現させるという点では両者は変わるもので
はない。そうすると,周知例1,2に記載されている周知技術である「ボーナスフ
ラグが発生した状態でストップスイッチが操作され,その操作タイミングが所定の
許容範囲にある場合に,ボーナス図柄を出現させるように各回転リールを停止制御
し,該ボーナスフラグが発生されているにもかかわらず,その操作タイミングが許
容範囲を越え,ボーナス図柄を停止できない場合に,停止図柄の組み合わせとし
て,ボーナス図柄以外の特定種類の停止図柄の組み合わせ(リーチ目)を出現させ
得るように各回転リールを停止制御する」構成を,引用発明のリーチ目を出現させ
る手段として適用することに阻害要因があるとは認められない。
  したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 以上検討したところによれば,審決の相違点1についての判断に誤りは
ない。
(3)原告の主張(ウ)(相違点2についての判断の誤り)について
ア 原告は,「スロットマシンにおいて,回転リールで「リーチ」あるいは
「入賞を構成する絵柄の組み合わせの一部」が揃い,入賞の可能性がある場合に,
当該リーチ等の表示を見逃して入賞のチャンスを逸することがないように,リール
が前記リーチ等であることを判定して,遊技者へ報知する」(審決7頁最終段落~
8頁第1段落)との技術的事項は引用例2,3(甲2,3)に記載されているにす
ぎず,周知技術ではないから,審決の相違点2についての判断は誤りであると主張
する。
  しかし,リーチ等の入賞の可能性がある場合に報知することは,引用例
2,3のほかにも,乙3刊行物,乙4公報及び乙5刊行物にも記載されており,こ
れを周知技術であると認定した審決に誤りはない。
イ また,原告は,引用発明の「リーチ目」である「MUSASHI」や
「単チェリー」は,小役であるので,メダルが払い出され,また,小役の入賞は,
一般的に入賞ランプを点灯あるいは点滅して報知されるため,小役の入賞を,入賞
ランプで報知していたのに,引用例2の「リーチランプ」を点灯させて二重に報知
することに技術的意義を見いだすことは困難であるから,引用発明に,引用例2,
3(甲2,3)に記載の技術的事項を適用することには阻害要因があると主張す
る。
  引用例1には,リーチ目として「MUSASHI」と「単チェリー」の
みが記載されていて,当該機種においてこれらの図柄のほかにも小役図柄が存在す
るか否かが不明であるところ,これらの図柄のほかにも小役図柄が存在することが
一般的であり,仮にそうでないとしても他の小役図柄を新たに設定することは当業
者にとって容易に想到し得ることであり,その際には,小役図柄のうち一部(「M
USASHI」がそろう図柄や「単チェリー」図柄)のみがリーチ目を兼ねている
ものとすることができる。その場合,小役図柄のうちリーチ目を兼ねない図柄が出
現したときには,入賞の報知のみを行い,小役図柄のうちリーチ目を兼ねる図柄が
出現したときには,入賞の報知とともにリーチ目出現の報知をも併せて行うように
引用発明を構成することができるから,この2回の報知に技術的意義がないという
ことはできず,引用例2,3等に記載されている周知技術を引用発明に適用するこ
とに原告主張の阻害要因があるとはいえない。むしろ,「リーチ目の出現」という
入賞の可能性に対して,引用例2,3等に記載の周知技術であるところの,入賞の
可能性がある所定の図柄でリールが停止したことを報知する報知手段を適用するこ
とは,引用発明も周知例1,2も共にスロットマシンという同一技術分野に属する
ものであり,当該技術分野において,遊技に対する注意力を喚起して入賞を逸する
ことを防止するという課題は常に存在するものであるので,両者を容易に組み合わ
せることができるものと認められる。
ウ 以上検討したところによれば,審決の相違点2についての判断に誤りは
ない。
(3)原告の主張(エ)(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
ア 原告は,本願発明は,請求項2の記載からも明らかなとおり,「ボーナ
スフラグの発生の如何にかかわらず,遊技者にリーチ目が出現したことを報知す
る」ものであり,ボーナスフラグが成立した場合を前提とする引用例1~3(甲1
~3),周知例1,2(甲4,5)の構成,作用効果からは予測することができな
い「確実にリーチ目の出現を報知することで,リーチ目の存在やリーチ目を記憶し
ていない,比較的遊技経験の浅い遊技者に対しても,リーチ目を見逃す不利益を未
然に防止する手段として利用できるスロットマシンを提供することができる」(本
件明細書の段落【0032】)という顕著な作用効果を奏するものであると主張す
る。
イ しかし,「確実にリーチ目の出現を報知することで,リーチ目の存在や
リーチ目を記憶していない,比較的遊技経験の浅い遊技者に対しても,リーチ目を
見逃す不利益を未然に防止する手段として利用できるスロットマシンを提供するこ
とができる」との作用効果は,引用発明及び周知技術に記載された一般のスロット
マシンにおいて,「リーチ目」を報知すること自体から必然的にもたらされる効果
にすぎず,当業者が当然予測できるものと認められるから,本願発明における作用
効果は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が当然予測できるものと認めら
れるとした審決に誤りはない。
  引用例2,3に記載の周知技術は,遊技者から一見して分かる「リー
チ」を遊技者が単に見落とすことを防止するために,「リーチ」を報知しているも
のであり,このように,遊技経験の多少にかかわらず,漫然と長時間にわたって遊
技をしていれば,一見して判別できる「リーチ」でさえも見落とす可能性があり,
ましてや「リーチ目」のように入賞の可能性があることが一見して分かり難いもの
については,その出現を報知する必要性があることは当業者が当然予測できること
である。そうすると,上記周知技術が,入賞のチャンスである旨を遊技者へ報知し
て,遊技に対する注意力を喚起して入賞を逸することがないようにすることを目的
としていることを踏まえれば,引用発明においても,遊技経験の多少,あるいは,
「リーチ目」の記憶にかかわらず,「リーチ目」出現という入賞のチャンスを逃す
不利益を防止するという課題が存在する蓋然性が高く,当該課題を解決するため
に,「リーチ目」を報知する構成とした際に,本願発明の奏する「リーチ目の存在
やリーチ目を記憶していない遊技者に対しても,リーチ目を見逃す不利益を未然に
防止する」という作用効果は,比較的遊技経験の浅い遊技者が遊技したとすれば,
引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が当然予測できるものと認められる。本
願発明の「リーチ目」は,引用例2,3の「リーチ」を含む概念であり,本願発明
の「リーチ目」報知は,引用例2,3の「リーチ」報知の上位概念である。したが
って,本願発明の奏する作用効果は,引用例2,3が奏する作用効果であるという
ことができ,顕著なものということはできない。
ウ したがって,審決に,本願発明の顕著な作用効果を看過した誤りがある
ということはできない。
(4)以上検討したところによれば,審決に本願発明の進歩性の判断の誤りはな
い。
5 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
     知的財産高等裁判所第2部
         裁判長裁判官 中野哲弘
    裁判官 岡本 岳
    裁判官 上田卓哉

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