弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一、 原決定中、原決定添付別紙(一)4記載の文書の標目のうち
(1)昭和四五年一月一日から同年九月末日までのa町bで測定した風向、風速の
測定記録、および(2)同(一)5記載の測定記録を、各インプツトした磁気テー
プおよびこれより各データを取出すのに必要不可欠な資料の提出を命じた部分を取
消し、右(1)部分につき相手方の文書提出命令の申立を却下する。
     二、 抗告人のその余の抗告を棄却する。
         理    由
 一、 抗告の趣旨と理由
 別紙記載のとおり。
 二、 当裁判所の判断
 (一) 抗告理由補充(その二)一について
 抗告人は本件文書提出命令申立書には証すべき事案の記載がなされていない趣旨
の主張をしているので判断する。
 文書提出命令の申立には証すべき事実を明らかにすることを要するところ、相手
方らの文書提出命令申立書には証すべき事実として「被告(抗告人)第一火力から
排出された汚染物質によつてa町及びその周辺の大気環境が汚染された事実」と記
載されているにすぎず大気汚染の測定結果たる数値等につき具体的記載がないこと
は抗告人主張のとおりである。しかしながら、過去長期間にわたり企業工場から排
出される汚染物質により、多数の周辺居住住民がその健康を侵されたとして、本件
のようにこれによる損害の賠償を求め、あるいは企業活動の差止等を求める訴訟を
提起する場合において、右住民らが過去長期間にわたり排出された汚染物質による
大気汚染の数値を、訴提起前に蒐集することは事実上不可能であり、従つて、その
測定記録を所持する企業に対し、具体的な大気汚染の数値を示して右記録の提出命
令を求める申出を行なうべきことを要求することは不可能を強いるか、若しくはず
さんな根拠なき数値を主張させる結果を招来するおそれが生ずるのであるから、こ
のような場合においては、大気汚染の具体的数値を立証事実に掲げず、前示のとお
り抽象的事項を掲げるに過ぎないときにおいても、このような証拠申出をもつて直
ちに不備違法であるというべきではなくこのように解することが公平の原理にも適
うものというべきである。よつて右抗告理由は採用することができない。
 (二) 抗告理由一、三、抗告理由補充(その一)二ないし四、同(その二)
二、三について民訴法三一二条にいう文書とは、文字その他の記号を使用して人間
の思想、判断、認識、感情等の思想的意味を可視的状態に表示した有形物をいうと
ころ、一般的にみて磁気テープ(電磁的記録)自体は通常<要旨第一>の文字による
文書とはいいえない。しかし、磁気テープの内容は、それがプリントアウトされれ
ば紙面の上に可視的状態に移しかえられるのであるから、磁気テープは
同条にいう文書に準ずるものと解すべく、本件測定資料(原決定添付別紙(一)記
載のうち同(二)記載の資料を除く資料)中の測定記録をインプツトした磁気テー
プは、多数の情報を電気信号に転換しこれを電磁的に記録した有形物であつて、そ
れをプリント・アウトすれば可視的状態になしうるから、準文書というべきであつ
て、磁気テープがその内容を直接視読できないこと、あるいは直接視読による証拠
調の困難なことをもつて、その準文書性を否定することができない。即ち、磁気テ
ープにインプツトされた情報・記録(本件においては単なる情報ではなく記録であ
る)の内容を、人間の認識に供するためには、専門家により、知ろうとする情報・
記録の内容形態に応じたプログラムを作成し、当該磁気テープに適合したコンピユ
ーター装置を用いて、プログラムの指示した形式に従い、数字、アルフアベツト、
カタカナによりプリントアウトする等の方法によるほかなく、この限りにおいて、
磁気テープそれ自体は、紙面等に文字を記載して作成された通常の文書のように、
その物自体において文書としての内容形態を視読しうるものとは異なることはいう
までもない。しかしながら、種々の情報ないし記録を磁気テープにインプツトして
保存する方法は、近年急速に発達した技術の所産であり、大企業等においてこの方
法が急速に採用されているのは、膨大な情報・記録を極度に圧縮して収録しうる利
点にあると考えられるところ、このような方法を採用して情報・記録を磁気テープ
にインプツトした者としでは、その当初から、インプツトした情報・記録を将来利
用する必要が生じたときは、これに要するプログラムを作成(記録の選択、配列、
演算等、専門家の意思に基づいた指定を行うこと)し、このプログラムを使用し、
磁気テープに適合したコンピユーター装置を用いてアウトプツトすることを当然の
こととして予定し(抗告人も従来から必要に応じこのような使用をしていること
は、抗告理由の記載からみて明白である)、このようにしてプリントアウトされた
ときにおいて、それは通常の文書として顕出<要旨第二>されるに至るのであつて、
ここに磁気テープ利用の本来の効果が生ずるのである。情報ないし記録を磁気 旨第二>テープにインプツトするのは、将来必要となつた場合にこれを見読可能なも
のとして紙面等に顕出することを目的としているものであつて、インプツトした情
報・記録等を見読不能の状態で保存することのみを目的としているものではないか
ら、これをインプツトした者は、将来訴訟上相手方との間において、その者の要求
により磁気テープにインプツトされている情報・記録を相手方に示す必要が生じ、
裁判所からその提出を命じられた場合には、単に磁気テープを提出するのみでは足
りず、少くともその内容を紙面等にアウトプツトするに必要なプログラムを作成し
てこれを併せて提出すべき義務を負つているものというべきである(提出された磁
気テープおよびプログラムの保管、その証拠調べについては、当該裁判所の訴訟指
揮に委ねられるべきものであるが、保管については提出者をしてこれを行なわせる
ことも可能であり又証拠調べについては鑑定人をして鑑定させるのも一方法である
と考えられる。この場合の鑑定費用ないしアウトプツトした結果を記載した書面
(写し)の作成提出に要する費用は、書証として提出する者が負担すべきであろ
う。)。
 ところで、民訴法三一二条三号後段にいう挙証者と所持者との法律関係につき作
成された文書とは、両者間に成立する法律関係それ自体を記載した文書だけでな
く、その法律関係の形成過程において作成された文書やその法律関係に関連のある
事項を記載した文書も含むと解すべきところ、本件における相手方ら大部分の主張
は抗告人の不法行為等による抗告人第二火力発電所の運転差止を求め、一部の者が
抗告人第一火力発電所から排出された大気汚染物質により慢性気管支炎等に罹患し
たとして不法行為による損害賠償を請求するものである(抗告人はこれを争わな
い)から右主張がなされていることを前提として、本件資料が同条三号後段の法律
関係文書にあたるかどうかについて考えてみるに、本件資料中の番号1・5は大気
汚染と、番号3は悪臭ないし大気汚染と、番号2・4は大気汚染の有無・程度と関
係をもつものであり、以上いずれも公害による不法行為の法律関係と関係をもつも
の、いいかえると、大汚気染とこれによる付近居住々民たる相手方からの損害発生
という法律関係に関係をもつものと解せられるから、本件資料は同条三号後段の法
律関係文書に準ずるものとして、文書提出命令の対象になるものということができ
る。なお、本件資料のうちの一部は同条一号の文書にも準ずるものと判断しうるこ
とは、原決定理由第二の三の説示と同じであるから、これをここに引用する。
 文書提出者において、文書を提出すればその間当該文書を使用できなくなり、業
務の遂行に支障をうけることもありうるが、具体的に特定し理由を挙げて立証しな
いで、たんに抽象的に業務の遂行に支障を生じうるとの理由をもつて、当然に文書
提出命令を拒否することは許されない。また、本件磁気テープ中には抗告人の内部
関係において秘密扱としているものが含まれていることも考えられないではない
が、文書提出命令の制度の趣旨とくに公益性との比較均衡において考量するとき
は、抗告人において秘密部分を特定し、理由を明示する等して提出命令を妨げる特
段の事情を立証しない限り、たんに磁気テープの中に抗告人が企業の内部において
秘密扱にしているものが含まれていることをもつて、当然にその提出を拒む理由と
することができない。のみならず、抗告人は前示プログラムを作成するにあたり、
右秘密扱部分をアウトプツトしえないものを作成することも可能であるから、いず
れにしても右抗告理由は採用することができない。
 (三) 抗告理由二、抗告理由補充(その一)一について。
 抗告人は、原決定添付別紙目録(一)4の記載の地点のうちa町bで風向、風速
の測定を開始したのは昭和四五年一〇月であつて、それ以前の昭和四五年一月一日
から同年九月末日までの同所での各測定記録をインプツトした磁気テープを所持し
ていない旨主張し、これを所持していることを認めるに足る証拠がない。したがつ
て、本件提出命令中、右部分の磁気テープおよびこれより各データを取出すのに必
要不可欠な資料の提出を命じた部分は、その余の点について判断するまでもなく失
当であるから、その限度において抗告は理由がある。
 次に、抗告人は、同目録(一)5記載の測定記録について、これをインプツトし
た磁気テープを所持していない旨主張し、本件記録によれば相手方からも右磁気テ
ープの提出命令を求めていない(相手方は同測定記録の提出を求めているにすぎな
い)から、本件提出命令中、右磁気テープおよびこれより各データを取出すのに必
要不可欠な資料の提出を命じた部分は、その余の点について判断するまでもなく失
当であるから、その限度において抗告は理由がある(なお、右測定記録の提出を求
めた点については、原審はなんら判断をしていないというべきである)。
 なお、抗告人は原決定が毎月の記録の提出を命じたのは失当である旨主張する
が、原決定はこのような記録の提出を命ぜず、原記録たる磁気テープの提出を命じ
ているにすぎないから、この点に関する抗告理由は、理由がない。
 (四) そうすると、相手方らの文書提出命令の申立を一部認容した本件文書提
出命令は、右(三)の説示の限度において失当であるから、原決定を右の限度にお
いて取消し、右取消部分の一部につき相手方らの文書提出命令の申立を棄却し、な
おその余の抗告は失当であるからこれを棄却することとして、主文のとおり決定す
る。
 (裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博已 裁判官 尾方滋)
(別 紙)
<記載内容は末尾1添付>

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