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主文
1本件控訴をいずれも棄却する。
2本件附帯控訴及び当審における請求の拡張(なお,被控訴人Aについては,さ
らに請求の減縮)に基づき,原判決主文1項を,次のとおり変更する。
控訴人は,
(1)被控訴人Bに対し,119万0073円及び内金33万7646円に対す
る平成16年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を,
(2)被控訴人Aに対し,131万1053円及び内金37万4886円に対す
る平成16年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を,
(3)被控訴人Cに対し,127万9380円及び内金36万3712円に対す
る平成16年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を,
(4)被控訴人Dに対し,116万7460円及び内金33万1714円に対す
る平成16年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を,
(5)被控訴人Eに対し,116万8917円及び内金33万2135円に対す
る平成16年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を,
(6)被控訴人Fに対し,101万8477円及び内金28万7290円に対す
る平成16年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を,
(7)被控訴人Gに対し,105万6674円及び内金29万8195円に対す
る平成16年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を,
それぞれ支払え。
3控訴費用及び附帯控訴費用はいずれも控訴人の負担とする。
4この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
(控訴の趣旨)
1原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(附帯控訴の趣旨)
主文2項と同旨
第2事案の概要
1本件は,控訴人が運営する知的障害者更生施設αに支援員として雇用されている被
控訴人らにおいて,平成15年4月実施の給与規程改定による特殊業務手当及び調整
手当の全廃に伴う賃金減額は,合理的な理由のない不利益変更であって無効であると
して,控訴人に対し,同月分から平成16年12月分までの上記減額相当分及びこの
うち平成15年中の分に対する遅延損害金の各支払いを求めた事案である。
原審が,上記改定は無効であると判断した上,その場合における上記期間中の各未
払賃金額につき原審係属中に当事者間で争いがないとされた金額の限度で被控訴人ら
の請求をいずれも認容したのに対し,控訴人が控訴した。
被控訴人らは,当審において,上記改定が無効であることを前提として,平成17
年1月分から平成18年1月分までの減額賃金相当分をも請求すべく,附帯控訴を申
し立てた上,当審において上記第1(附帯控訴の趣旨)欄記載のとおり(なお,被控
訴人Aについては,平成18年3月23日付け請求の減縮の申立書による減縮後の金
額である)各請求を拡張した。。
2前提事実(争いのない事実及び証拠等により確実に認定できる事実)
(1)ア控訴人は,平成3年6月に設立された社会福祉法人であり,平成4年4月,
肩書地において,知的障害者更生施設(以下「更生施設」という)であるα。
を開設し,現在までこれを運営している。
,,,平成15年12月当時控訴人は嘱託医師及び業務委託先の従業員を除き
施設長,副施設長,事務長,支援次長,支援課長,支援係長,看護師及び栄養
士兼管理人各1名,事務員3名並びに支援員14名(臨時採用者を含む。以下
同じ)の合計25名の職員で構成されており,このうち,役職者を除く職員。
(支援員,看護師及び栄養士兼管理人)は合計16名であった。
また,上記の当時におけるαの利用者数は,入所者50名,通所者11名,
グループホーム利用者4名であり,平成16年11月現在におけるそれは,入
所者50名,通所者18名,在宅1名であった。
イ被控訴人らは,いずれもαにおいて支援員として勤務する,控訴人の職員で
ある。
また,被控訴人らは,中小企業等の労働者で組織する全国一般労働組合福岡
地方本部筑後支部(以下「本件組合」という)に所属する組合員でもある。。
なお,控訴人に雇用されている職員のうち,本件組合の組合員は被控訴人らの
みであり,控訴人には本件組合のほかに労働組合は組織されていなかった。
(以上につき,争いがない,甲1,2,原審証人H)
(2)控訴人における給与体系は,就業規則により別途給与規程によるものとされて
いるが,本件に至るまでのその変遷等に関する経過は,以下のとおりである(た
だし,本件に関係する内容に限る。。)
アα開設当初(平成4年)の給与体系
(ア)本俸については,国家公務員に準じ,栄養士には医療職俸給表二が,
(。,「」看護婦標記の当時以下においては特に区別することなく看護師
という)には医療職俸給表三が,調理員・介助員等には行政職俸給表。
二が,施設長,事務長及びその他の職員には行政職俸給表一が,それぞ
れ適用された。
(イ)このほか,月単位で,次の各手当が支給された。
①特殊業務手当
指導員(標記の当時。以下においては,特に区別することなく「支
援員」ということがある)に対し本俸に100分の12を,看護師。
に対し本俸に100分の8を,それぞれ乗じた額
②調整手当
常勤の職員に対し,本俸,特殊業務手当,扶養手当及び管理職手当
の合計額に100分の4を乗じた額
③管理職手当
施設長に対し,本俸に100分の10を乗じた額
イ平成10年度実施の給与規程改定
次のとおり各種手当の従前の支給額が改められた(なお,特殊業務手当に
ついては改定されなかった。。)
(ア)調整手当
本俸,特殊業務手当,扶養手当及び管理職手当の合計額の100分の
2を乗じた額
(イ)管理職手当
本俸の100分の15を乗じた額
ウ平成12年度実施の給与規程改定
次のとおり本俸及び特殊業務手当の支給額が改められた(なお,調整手当
及び管理職手当については改定されなかった。。)
(),「」ア指導員の本俸につき国家公務員について新設された福祉職俸給表
を適用する。
(イ)特殊業務手当
指導員及び看護師に対し,いずれも本俸に100分の8を乗じた額
エ平成14年度の給与規程改定に至る経過
控訴人は,平成14年2月19日,平成14年度実施予定の給与規程改定
を発表した。これに対し,本件組合は,控訴人に対し,団体交渉を申し入れ
たが,実現を見なかった。
その後,控訴人は,同年3月7日,朝礼において,職員に対し,給与規程
を平成14年4月から一部改定する旨発表し,後刻回覧される予定の関係書
類への押印を指示した。そして,控訴人は,被控訴人らが押印に応じないの
を見て,同月20日,朝礼においてさらに押印を求めたが,結局,被控訴人
らは,押印を拒否した。一方,本件組合は,同日,控訴人に対し,再度団体
交渉を申し入れたが,控訴人は,本件組合に対し,同月27日,団体交渉を
。,,拒否する旨回答した本件組合はその後も団体交渉を重ねて申し入れたが
控訴人はこれに応じないまま経過した。
オ平成14年度実施の給与規程改定
控訴人は,上記エの経過を経て,次のとおりの改定給与規程を平成14年
4月1日から実施した。
(ア)本俸につき,従前の俸給表適用を廃止し,年齢給及び職能給とする。
(イ)特殊業務手当
支援員及び看護師に対し,本俸(ただし,年齢給及び職能給)に10
0分の8を乗じた額
(ウ)調整手当
本俸(ただし,年齢給及び職能給,管理職手当,役職手当,扶養手)
当及び特殊業務手当の合計額に100分の2を乗じた額
(エ)管理職手当
副施設長を新規に管理職手当の支給対象として月額3万円を支給する
とともに,施設長に対する支給額を月額7万円に改める。
(オ)役職手当
新規に,事務長及び次長に対しそれぞれ月額1万5000円,課長に
対し月額1万円,係長に対し月額7000円の各役職手当を支給する。
(以上につき,争いがない,乙11,31,32,43,45)
(3)ア控訴人は,本件組合に対し,平成15年2月25日,原判決別紙1記載の
とおり給与規程の改定を行いたい旨通知した。
これに対し,本件組合は,同月28日,上記改定をめぐる団体交渉を申し
入れたが,控訴人は,概要「大幅な賃金改正とは考えていない。昨年の賃,
金改定(上記(2)オ)並びに今回の給与規定改定は,本件組合の組合員に
対してだけ行ったものではなく,職員全体に対して行ったものなので団体交
渉の必要性はない」として,本件組合との団体交渉を拒否した。。
そこで,本件組合は,控訴人に対し,同年3月12日,団体交渉拒否へ抗
議するとともに団体交渉の開催を再度申し入れたが,控訴人は,その後も,
これに応じなかった。
イ控訴人は平成15年4月給与規程を原判決別紙1記載のとおり改定以,,(
下「本件改定」という)して,実施した。。
(以上につき,争いがない,甲3,9,10,弁論の全趣旨)
(4)ア本件組合の上部団体である全国一般労働組合福岡地方本部は,福岡県地方
労働委員会に対し,平成15年4月11日,不当労働行為救済の申立てをし
た。その後,数回の調査を経て,同年7月29日,上記地方本部と控訴人と
の間で,①本件組合の組合員の労働条件の変更については,交渉事項を明確
にし,誠実に交渉し,労使合意の上実施すること,②本件改定について団体
交渉を行うこと,③控訴人は,平成14年度の給与規程改定について,その
経緯も含め,団体交渉において誠実に説明すること等を内容とする和解協定
が成立した。
イその後,控訴人は,団体交渉を受け入れ,本件組合は,平成15年7月3
1日,控訴人と団体交渉を行ったが進展を見ず,同年11月10日の4度目
の団体交渉をもって,本件改定等をめぐる団体交渉は打ち切られた。
(以上につき,争いがない,甲15∼18)
(5)本件改定の結果,減額された賃金額(従前,各月に支給されていた特殊業務
手当及び調整手当並びに同各手当を基礎とする一時金の額)は,被控訴人ら各
人ごとに,①平成15年及び平成16年の各年については,原判決別紙3「賃
」「」「」,金カット計算書中施設計算の賃金カット総額欄記載のとおりであり
②平成17年1月分から平成18年1月分までについては,別紙「賃金カット
計算書」中「施設計算」の「賃金カット総額」欄記載のとおりである(争いが
ない。)
(6)アところで,更生施設の運営については,後記イの改正知的障害者福祉法の
施行を見るまでは(精神薄弱者福祉法が施行されていた時期を含む,い。)
わゆる措置費制度が採用されていた。
すなわち,更生施設への入所は,所定の場合に,更生施設への入所依頼に
対する施設長の受諾通知を得た福祉事務所長において,本人を同施設に入所
させてその援護を行うことを委託する旨の行政措置に基づいて行われるもの
であって,本人やその保護者には,入所先の更生施設を選択する余地がなか
った。
そして,本人の福祉を図るための費用は,福祉の措置として上記行政措置
を実施した者から更生施設へ支払われ(これを措置費と呼んでいた,都。)
道府県知事又は市町村長において,入所中に要する費用の全部又は一部につ
き,本人又はその扶養義務者から各負担能力に応じて徴収することができる
こととなっていた。
措置費は,事務費と事業費に大別され,前者は,施設を運営するために必
要な人件費,管理費及び民間施設に対する民間施設給与等改善費の3つから
なっていた。人件費については,基本的には国家公務員に準じた給与支給を
前提に算入されていた。
イところが,平成15年4月施行の改正知的障害者福祉法に基づき,従前の
措置費制度に代わって,いわゆる支援費制度が導入された。
支援費制度は,知的障害者更生施設,同授産施設,同デイサービス,同短
期入所及び同地域生活援助(いわゆるグループホーム)等に適用される制度
である。すなわち,18歳以上の知的障害者は,知的障害者更生施設に入所
するに先立ち,市町村に対し,施設訓練等支援費の受給申請をして支給決定
を得て受給者証の交付を受けた上,更生施設に受給者証を提示して入所申込
みを行い,契約に基づいて施設支援を受けることとされている。そして,知
的障害者が施設支援を受けたときは,当該施設支援に要した費用のうち,負
担能力に応じて定められた利用者負担金については本人又はその扶養義務者
から更生施設に直接支払われ,上記費用から利用者負担金を控除した額につ
いては市町村の審査を経て市町村から更生施設に支払われるものである。
(以上につき,乙3,4)
3本件改定が無効であるとした場合の未払賃金額は前提事実(5)のとおりであるか
,,。,ら当審における争点はもっぱら本件改定の効力の有無ということになるそして
同争点をめぐる当事者の主張の要旨は,次のとおりである。
(控訴人の主張)
(1)措置費制度の下では,行政措置を通じて各施設への入所者が一定程度確保され
る一方,控訴人の収入の98%を措置費が占め,かつ,これが国や地方公共団体
から支払われていたところ,措置費については,一人当たりの単価が決まってい
て,民間施設給与等改善費という名目で,常勤施設職員の勤務年数に応じた加算
金まで加わっていた。このため,控訴人をはじめとする社会福祉法人は,施設入
所者の確保・収入の面において,あげて国や地方公共団体に依存していたといっ
てよく,運営も安定していた。
ところが,支援費制度の導入により,平成15年4月以降,利用者は更生施設
の行うサービスに不満を抱けば,いつでも退所できるし,退所に伴う欠員が常に
補充されるわけでもなくなった。また,支援に要する費用の一部が利用者負担金
として利用者から更生施設に直接支払われることになったため,控訴人において
もその徴収が円滑に行えない事態が生じるようになっているし,市町村から支払
われる支援費の入金時期が措置費と異なり当月末から翌月末に繰り下げられたこ
とから,給与等当座の支払いに充てるべき資金を繰越金として最低でも2000
万円手元に準備しておくなどの必要も生じている。もとより,支援費の単価自体
も減額される傾向にある。
このように,支援費制度の下における控訴人を含む社会福祉法人は,自由競争
にさらされており,採算を考慮に入れた運営をしなければならなくなった。
(2)上記(1)のような制度改革及びそれに伴う経営環境の変化に対処するために
は,本来の入所処遇にとどまらず,通所,グループホーム,在宅福祉(デイサー
ビス)等,多方面の事業に乗り出す必要が生じている。控訴人は,このような観
点から,本件改定当時,既に通所施設等の建設(予算額7791万円)を新たに
行うことを見込んでいたところ,実際に平成17年7月にその竣工を見たが,そ
のために繰越金や新規借入金を充て,当初予算を大きく上回る約9000万円も
の費用を投じる結果となった。
一方,控訴人においては,職務の責任に対する重要度の代償として,管理職手
当等の役職手当を支給していたが,平成17年10月分より管理職手当も全面カ
ットするに至っている。
(3)特殊業務手当は,もともと,入所者の処遇に当たる職員が施設内に寝泊まりし
ていた時代に,同職員に対する処遇の改善を図り,もって,そのなり手を確保す
るために創設された手当であるところ,寝泊まりする必要もなくなった今日にお
いては,事務職員と区別して特殊業務手当を支給すべき合理的意味は失われてい
る。
また,平成15年8月8日付けの人事院勧告においては,調整手当については
廃止を含めた見直しが,特殊勤務手当については廃止がそれぞれ勧告されている
ところ,本件改定は上記勧告の趣旨にも沿うものである。
本件改定による減額幅は,特殊業務手当及び調整手当合わせて1か月当たり1
0%程度であるが,金額的には労働者個人を生活苦に陥れるほどの減額であると
は考えにくい。
(4)控訴人代表者は,平成15年3月20日,本件改定に意見を述べる労働者の代
表を決めるように伝えたところ,職員の中から代表者として選任された看護師1
名が,労働者代表として書面に署名押印して本件改定に同意する旨を表明した。
したがって,本件改定の実施に至る過程にも手続上の問題はない。
(5)以上によれば,本件改定は,やむを得ない事由に基づく合理的な内容であり,
かつ,手続上問題なく実施されているものであるから,有効である。
(被控訴人らの主張)
(1)措置費制度から支援費制度への移行によって控訴人の収入が大きく減少したと
か経営が悪化したなどの事情はない。むしろ,控訴人は,平成14年度には,退
職者の補充を外部への委託や臨時職員の採用でまかなうことで人件費が減少する
一方,通所部の定員枠拡大やショートステイの取扱いの増加等によって,全体と
して増収となっている。また,本件改定の後も,控訴人において,パン工場及び
通所作業棟の建設を含む大規模な工事をし,平成17年1月から常勤管理職であ
る人事労務部長を新規に採用するなどしていることからして,控訴人が財政難,
経営難の状態にあるとは考えられない。
,,,しかも本件改定は既にそれまでにたびたび給与規程の改定を見ていながら
さらに重ねて行われたものであり,無計画かつ不合理である。
(2)他方,被控訴人らは,本件改定により,平均で月額2万4400円余り,率に
して10%余りに達する大幅な減収となった。被控訴人らはいずれも給与収入の
みで生活する労働者であって,本件改定による家計への痛手は深刻かつ甚大であ
る。
また,控訴人の指摘する上記人事院勧告は,特殊勤務手当について,手当ごと
の実態等を精査して特殊性が薄れているものなどについて廃止を含めた見直しを
行うことを勧告したに過ぎないところ,控訴人は,支援員の業務内容の実態を精
査していない。実際,支援員の業務は,障害者福祉制度の多様化,専門化及び入
所利用者の高齢化による障害の重度化に伴い,かえって特殊性が顕著になってい
る。
(3)控訴人は,本件組合から再三申し入れられたにもかかわらず団体交渉を拒否し
続けて本件改定を強行し,その後,不当労働行為救済手続において和解協定が成
立したにもかかわらず,誠実に協議に応じる姿勢を示すことなく従前の主張を繰
り返し,かつ,資料の開示も十分に行わないまま経過した。
(4)以上のような改定内容の不合理性,減収による被控訴人らの被害の甚大さ,改
定手続の経過からすると,本件改定は,合理性及び相当性を欠く違法なものであ
って無効である。
第3当裁判所の判断
1本件改定の効力について
(1)本件改定は,従前支給されていた特殊業務手当及び調整手当を全廃することを
主たる内容とするものであって,これが被控訴人らをはじめとする労働者にとっ
て重要な権利ないし労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更に該
当すること,被控訴人らが本件改定に同意していないことは明白である。
それにもかかわらず,本件改定が被控訴人らに対してもその効力を生ずるとい
うためには,本件改定による不利益を労働者に受忍させることを許容するだけの
内容面及び手続面での合理性・相当性がなければならないというべきである。
(2)そこで,まず,本件改定の内容面における合理性・相当性の有無について検討
するに,本件改定により被控訴人らにもたらされる減収額は前提事実(5)のと
おりであって,本件改定が被控訴人らに与える影響は決して小さくないというべ
きである。したがって,本件改定内容の合理性・相当性というときには,上記の
ような被控訴人らが被る不利益を考慮してもなお,控訴人において本件改定を実
施すべき必要性が肯定されること,換言すれば,控訴人が本件改定に踏み切るこ
とも真にやむを得ないとされるような事情がなければならない。
ア以下,この点を具体的に見るに,平成15年4月に従前のいわゆる措置費制
度に代わり支援費制度が実施されるに至ったことにより,控訴人をはじめとす
る更生施設を運営する社会福祉法人をめぐる環境が大きく変化したことは否定
できない。すなわち,社会福祉法人は,それまで経験しなかった,利用者の獲
得をめぐる施設間の競争にさらされることとなり,また,利用者負担金として
本人及びその扶養義務者から直接支払われることとされた施設支援に要する費
用の一部については,支払遅延ないし回収不能の危険を負うこととなったので
ある(前提事実(6。))
そうであれば,控訴人において,上記の制度改革を踏まえ,福祉サービスの
多角化やそのための設備投資を計画し,実行することは,当然の経営判断であ
るということができる。そして,証拠(乙27(各証,29(各証,30,))
36∼39,54∼60,79,原審証人H)及び弁論の全趣旨によれば,控
訴人は,平成15年には通所利用者の定員につき11名から19名への増員を
,,,,申請し平成16年度にその旨認可を得たこと上記増員に伴い通所作業棟
パン工場,レストラン,グループホーム棟等を新設することとし,平成17年
2月ころ着工し,遅くとも同年8月ころまでにこれを完成させたこと,上記新
,,,設工事に伴い平成17年10月ころまでの間に設計・工事管理業務委託料
工事(付帯工事を含む)請負代金,什器備品の購入費用等として,合計90。
00万円を上回る金員を支払済みであること,上記新設工事に先立ち,平成1
5年8月から平成16年1月にかけて,別途改造工事及び追加工事費用として
合計3916万円余りを支払っていること,平成15年12月には,銀行から
長期運転資金として1000万円を借り入れたこと,以上の事実が認められ,
これらの事情によれば,控訴人が上記環境の変化に対して業態の多角化やそれ
に伴う設備投資の実施など事業運営上の積極的な対応をしていることが認めら
れる。
イしかし,それだからといって,直ちに本件改定実施のやむなきに至らしめる
ほど控訴人の運営状況や財務状態が悪化し,又はその傾向が進行していたとい
うことにはならない。
(ア)現に,施設支援に対する対価としての収入についてみれば,措置費制度
のもと安定した運営が維持されていたとされる平成14年度における措置
費収入及び利用者負担金収入が合計1億9269万6000円であった
(甲20)のに対し,支援費制度に移行した最初の年である平成15年度
における利用料収入は2億1021万3000円にのぼり,当期収支だけ
でみても差引約2395万円余の余剰を得ていることが認められる(甲2
5。)
(イ)一方,控訴人は,平成13年度において1億4597万円余であった人
件費の総額を,平成14年度には1億2920万円余に減少させることに
成功しているのに(乙51,この間,平成14年4月に副施設長に対す)
る管理職手当並びに事務長,次長,課長及び係長に対する役職手当を創設
し(前提事実(2)オ(エ(オ,これにより,管理職手当及び役職),))
手当の月額を,合計7万2465円(平成13年度)から同13万700
0円(平成14年度)に増加させているのである(乙71。しかるに,)
平成15年4月には,上記のとおり増加した管理職手当や役職手当の支出
額について何らの変更も加えられないまま,本件改定だけが実施されたの
である。
ウ以上見たところによれば,本件改定を実施しなければ,控訴人の財務・運営
状況に直ちに深刻な影響が及びかねない状況にあったかといえば重大な疑問を
差し挟まざるを得ない。
なお,控訴人は,当審において,平成17年10月分から管理職手当を全面
カットするに至っているとか(前記第2の3の控訴人の主張(2,平成1))
6年度及び平成17年度における単年度収支は赤字である(平成18年3月2
4日準備書面,乙79)旨主張するけれども,そのような事情があるからとい
って,本件改定が現実に実施された平成15年4月当時において,本件改定を
実施しなければならないほど,財務・運営状況が困窮していたとみるべき筋合
いにはない。控訴人の上記主張は採用することができない。
(3)また,控訴人において,本件改定に際して代償措置その他関連する他の労働条
件の改善とか,本件改定をそのまま実施することによって労働者が被る不利益の
程度を緩和する過渡的な措置などが採られたことを認めるに足りる証拠はない。
(4)しかも,本件改定の手続面を見ても,控訴人において,本件改定の内容を被控
訴人ら職員に開示した後,これを実施するまでの経過は前提事実(3)のとおり
であって,本件改定を行う必要性や内容の合理性をめぐる職員に対する説明や意
見交換が十分に,かつ誠実に行われたとはいい難いし,こうした控訴人の姿勢に
は,本件改定をめぐる不当労働行為救済手続を経て和解協議が成立した後におい
ても,本質的な変化を見出せないのである(前提事実(4。))
(),(,5以上によれば被控訴人らを除く大半の職員が同意しているとか控訴理由書
乙79,控訴人の近隣の同種施設において特殊業務手当や調整手当を廃止した)
社会福祉法人が複数存在する(乙9の1・2)とかの事情があることを考慮して
も,被控訴人らに小さからぬ不利益を被らせる本件改定につき,これに同意しな
い被控訴人らになお受忍させることを許容するだけの合理性は認めがたいという
ほかはない。
したがって,本件改定のうち,特殊業務手当及び調整手当を廃止する部分につ
いては,被控訴人らとの関係では無効であるというべきである。
(6)なお,控訴人は,前記第2の3の控訴人の主張(3)のとおり主張する。
しかし,特殊業務手当は,αが設立された当初から一貫して,施設を利用する知
的障害者の処遇に直接携わる職種(支援員及び看護師)のみを対象に支給されてい
たところ(前提事実(2,その職種にある職員の担当業務の核心部分(特に支))
援員にあっては,入所者の食事・着替え・排泄の各介助や支援(原審における被控
訴人B)は,αの設立時と本件改定時とで何ら異なるところはないことは明らか)
である。むしろ,同部分の実態に限っていえば,入所者の高齢化等によって,転倒
等の事故の危険性が高まるなど,業務の遂行が近時一層困難となっている側面があ
ることが窺えるのであるから(原審における同被控訴人,通勤の利便性が高まっ)
たとか,施設の整備が進んだなど執務環境の向上(乙43)をもって,直ちに,支
援員の業務自体に内在する特殊性・困難性が失われたというには至らないというべ
きである。
また,控訴人は,社会福祉法人であり,かつ,平成14年度の給与規程改定によ
って国家公務員に準じた俸給表の使用を既に自ら廃したというのであるから(前提
事実(2)オ(ア,平成15年4月に実施された特殊業務手当や調整手当を全))
廃することの合理性の有無をめぐって,あえて平成15年8月の人事院勧告(乙2
8)に依拠すべき根拠は乏しいものというべきである。
以上によれば,控訴人の上記主張は,いずれの意味においても採用することがで
きない。
2結論
以上の次第で,被控訴人らには本件改定の効力は及ばないことになるから,控訴人
は,本件改定に基づいて実際に減額された部分(前提事実(5)につき,被控訴人)
らに対する支払義務を免れない。
そうすると,平成15年及び平成16年の各年について,原判決別紙3「賃金カッ
ト計算書」中「施設計算」の「賃金カット総額」欄記載の限度で被控訴人らの各請,
求をいずれも認容した原判決は正当であり,また,当審において請求の拡張(なお,
被控訴人Aについては,さらに請求の減縮)をし,平成17年1月分から平成18年
1月分までについて,別紙「賃金カット計算書」中「施設計算」の「賃金カット総,
額」欄記載のとおり請求する被控訴人らの各請求はいずれも理由があるからこれを認
容すべきである。したがって,控訴人の控訴は理由がないが,被控訴人らの附帯控訴
は理由があることになる。
よって,主文のとおり判決する。
福岡高等裁判所第3民事部
裁判長裁判官西理
裁判官有吉一郎
裁判官吉岡茂之

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