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平成17年(行ケ)第10136号 特許取消決定取消請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成17年(行ケ)第16号)
口頭弁論終結日 平成17年9月20日
          判           決
   
       原      告   シマダヤ株式会社
       訴訟代理人弁理士   廣田雅紀
同          小澤誠次
同          大 高 とし子
同          高津一也
       被      告   特許庁長官 中嶋 誠
       指定代理人   田中久直
       同          長井啓子
       同          一 色 由美子
       同          伊藤三男
          主           文
    1 原告の請求を棄却する。
    2 訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が異議2003-72458号事件について平成16年12月1日に
した決定を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,原告の有する後記特許についてA株式会社から特許異議の申立てが
なされ,特許庁が平成16年12月1日に本件特許を取り消す決定をしたところか
ら,原告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
 1 請求の原因
 (1)特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「風味調味液が添付された蒸煮麺」として平成12
年9月1日に特許出願をし,平成15年3月20日に設定登録を受けて特許第34
11013号の特許権者となった(以下「本件特許」という。)。
ところが本件特許について,平成15年10月3日にA株式会社から特許
異議の申立てがなされ,特許庁は,異議2003-72458号事件として審理し
た。同事件係属中の平成16年8月30日,原告は本件特許の訂正を請求した(甲
2,以下「本件訂正請求」という。)。
特許庁は,平成16年12月1日,「訂正を認める。特許第341101
3号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」と
いう。)をし,その謄本は平成16年12月20日原告に送達された。
(2)発明の内容
  本件訂正請求(甲2)により訂正された明細書(以下「本件明細書」とい
う。)の特許請求の範囲の記載は,下記のとおりである(以下「本件発明1」~
「本件発明4」という。)。なお,この訂正請求は,請求項1の下線部を付加した
ものである。

【請求項1】加熱調理せずに喫食する蒸煮麺と,該蒸煮麺にかけてほぐすた
めの風味調味液と,該風味調味液をかけてほぐした蒸煮麺をつけて喫食するつゆと
を備え,前記風味調味液が食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得られる,蒸
煮麺をほぐすとともにおいしさを引き立たせるものであることを特徴とする風味調
味液が添付された蒸煮麺。
【請求項2】蒸煮麺に,澱粉加水分解物の水溶液が被覆されていることを特
徴とする請求項1記載の風味調味液が添付された蒸煮麺。
【請求項3】蒸煮麺,風味調味液及びつゆが,包装又は容器に充填されてい
ることを特徴とする請求項1又は2記載の風味調味液が添付された蒸煮麺。
【請求項4】風味調味液が袋に充填されていることを特徴とする請求項1~
3のいずれか記載の風味調味液が添付された蒸煮麺。
  (3)本件決定の内容
  ア 本件決定の詳細は,別添異議の決定写し記載のとおりである。
    その要旨とするところは,本件発明1は下記の刊行物1発明及び周知の
事項に基づいて,本件発明2は刊行物1発明及び刊行物2発明並びに周知の事項に
基づいて,本件発明3,4は,刊行物1発明及び周知の事項に基づいて,いずれも
当業者が容易に発明をすることができたもので,特許法29条2項の規定に違反し
てなされたものであるから,本件特許は取り消されるべきである等というものであ
る。

・特開平11-130041号公報(甲3。以下「刊行物1」といい,こ
れに記載された発明を「刊行物1発明」という。)
・特開平9-75022号公報(甲7。以下「刊行物2」といい,これに
記載された発明を「刊行物2発明」という。)
  イ 本件発明1と刊行物1発明との一致点及び相違点についての認定
    本件決定は,本件発明1(前者)と刊行物1発明(後者)とを対比し,
その一致点と相違点を,下記のように摘示している。

   <一致点>
   「加熱調理せずに喫食する蒸煮麺と,該蒸煮麺にかけてほぐすための風味
調味液と,該風味調味液をかけてほぐした蒸煮麺をつけて喫食するつゆとを備え,
前記風味調味液が,蒸煮麺をほぐすとともにおいしさを引き立たせるものであるこ
とを特徴とする風味調味液が添付された蒸煮麺」
   <相違点>
   「蒸煮麺にかけてほぐすための風味調味液が,前者では,「食材又はその
加工品を熱湯で調理加熱して得られるもの」であるのに対し,後者では,「調味料
を加えた水」である点」
  (4)本件決定の取消事由
   本件決定は,以下に述べる理由により,違法として取り消されるべきであ
る。
ア 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)
 本件決定は,刊行物1(甲3)について,「上記記載によると,ゆがき
麺は喫食する間際に加熱調理されておらず,また,「ゆがき麺」とは「蒸煮麺」と
同義であることは明らかであり,刊行物1において,蒸煮麺にかけてほぐすための
水に調味料を加えるということは,おいしさを引き立たせることに他ならないか
ら,刊行物1には,加熱調理せずに喫食する蒸煮麺と,蒸煮麺にかけてほぐすとと
もにおいしさを引き立たせるための調味料を加えた水と,該水をかけてほぐした蒸
煮麺をつけて喫食するつゆとを備えたものが記載されているといえる」(決定4頁
第2段落)とした上,本件発明1と刊行物1発明との一致点を上記(3)イのとおり認
定したが,「前記風味調味液が,蒸煮麺をほぐすとともにおいしさを引き立たせる
ものであることを特徴とする風味調味液が添付された蒸煮麺」である点を一致点と
して認定したのであるから,刊行物1に「風味調味液」が記載されていると認定し
たものというべきである。
 しかし,刊行物1には,「ほぐし液」として「水W」を収納した「麺類
の包装容器」が示され,この「ほぐし液」として用いる「水W」に「調味料,アル
コール等の添加物を加えておいてもよい」(段落【0016】)と記載されている
だけで,「風味調味液」については記載も示唆もないから,本件決定の刊行物1に
係る上記認定は誤りである。
イ 取消事由2(一致点の認定の誤り)
 上記のとおり,刊行物1には「風味調味液」については記載も示唆もな
いから,本件決定が本件発明1と刊行物1発明との一致点として「前記風味調味液
が,蒸煮麺をほぐすとともにおいしさを引き立たせるものであることを特徴とする
風味調味液が添付された蒸煮麺」である点を認定したことは誤りである。
ウ 取消事由3(相違点の判断の誤り)
(ア)本件決定は,本件発明1と刊行物1発明の相違点について,「本件発
明1に係る風味調味液は,食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得られるもの
であるところ,これは,一般的な料理法である「ダシ」の調製法と変わるところは
ない。しかるに,「ダシ」の調製法としては,この他に,水に調味料を添加するこ
とにより得ることも簡便な方法として周知であるから,水に調味料を添加した刊行
物1に記載の風味調味料に代えて,食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得ら
れる風味調味料を用いることは,当業者にとって格別困難なことではない」(決定
4頁下第3段落)と判断したが,誤りである。
(イ)本件発明1は,「風味調味液」を,単に「調味液」として用いること
を構成要件としているのではなく,「つけ麺」における「ほぐし液」として用いる
ことにより,「つけ麺」において蒸煮麺をほぐすとともに,効果的な「風味付け」
を行い,「おいしさを引き立たせた」麺の喫食を可能とすることを構成要件とする
ものであるから,本件発明1に係る風味調味液が「ダシ」の調製法により得られる
ものであったとしても,そのことから本件発明1の上記構成・効果が容易に想到し
得るものではない。
エ 取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果の看過)
(ア)本件決定は,①「そばの「つけつゆ」は,かつお節風味のものが望ま
しいことは周知であるから,昆布の旨味成分であるグルタミン酸ソーダを主体とし
たものを使用している「調味料入りの水」よりも,かつお抽出だしを使用している
本件発明1に係る「風味調味料」の方が「食味」で優れているのは当然のことであ
る」(決定4頁最終段落~5頁第1段落),②「本件発明1に係る「風味調味料」
が,「外観・食感」の点で刊行物1に記載の発明に比べて,顕著な効果を奏すると
はいえない」(同5頁第2段落),③「実験報告書(判決注;甲4。以下「実験報
告書」という。)の「5-3結果」によると,「風味調味料」及び「調味料入り
水」をそれぞれ麺にかけてほぐした直後のほぐれ性については,各試験区とも特に
差はなかったのであるから,ほぐれ性の点で本件発明1に係る「蒸煮麺」が格別優
れているということはできない。・・・「表1-1」の結果をもって,直ちに本件
発明1に係る「蒸煮麺」が格別に優れているということはできない」(同頁第3段
落~第4段落)としたが,次に述べるとおり,本件発明1の顕著な作用効果を看過
した誤りがある。
(イ)本件発明1における「風味調味液」は,麺の「つけつゆ」として用い
るものではなく,「つけ麺」における「ほぐし液」として用いて,その「風味付
け」により優れた「食味」を呈するものであるから,上記(ア)の①は誤りである。
(ウ)「かつおエキス」及び「粉末かつおだしの素」は,実験報告書(甲
4)においては本件発明1の実施例に相当するものとして提示されているのに,本
件決定は,対照例として扱い,これと比較して,本件発明1に係わる「風味調味
料」が「外観・食感」の点で顕著な効果を奏するとはいえない(上記②)とした誤
りがある。
(エ)本件発明1の「ほぐし液」は,「ほぐしてから8分放置」しても「ほ
ぐれ持続性」がある顕著な作用効果を有するものであるから,上記③も誤りであ
る。
オ 取消事由5(本件発明2~4についての進歩性の判断の誤り)
 本件発明1に係る本件決定の認定判断が誤りであることは上記のとおり
であるから,本件発明1に従属する本件発明2~4についての本件決定の進歩性の
判断も誤りである。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
 3 被告の反論
  本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
(1)取消事由1について
  刊行物1(甲3)には,「ほぐし液」について「さらに,図6に示すよう
な,平袋に水Wを20~40cc程度を封入した小袋Bも収納しておく。この小袋
Bは,蓋(図示せず)に設けた凹所に収納しておいてもよい。また,水Wに調味
料,アルコール等の添加物を加えておいてもよい」(段落【0016】)と記載さ
れているが,調味料とは素材のおいしさを引き立たせるためのものであることは当
業者の技術常識であるから,上記「また,水Wに調味料,・・・を加えておいても
よい」が,「水Wに調味料を加えておけばより一層蒸煮麺のおいしさを引き立たせ
ることができる」との意味であることは,当業者が直ちに理解できることである。
したがって,刊行物1には,「ほぐし液」として「蒸煮麺のおいしさを引き立たせ
るための調味料を加えた水」を用いることが実質的に記載されているといえるので
あり,刊行物1に記載の発明を「刊行物1において,蒸煮麺にかけてほぐすための
水に調味料を加えるということは,おいしさを引き立たせることに他ならないか
ら,刊行物1には,・・・蒸煮麺にかけてほぐすとともにおいしさを引き立たせる
ための調味料を加えた水と・・・を備えたものが記載されているといえる」(決定
4頁第2段落)と認定した点に誤りはない。
(2)取消事由2について
  本件決定は,刊行物1(甲3)に記載の発明を上記のとおり認定した上
で,「おいしさを引き立たせるための調味料を加えた水」は,本件発明1に係わる
「おいしさを引き立たせるための風味調味液」に該当すると判断し,「(ii)対比・
判断」において,両者は,「加熱調理せずに喫食する蒸煮麺と,該蒸煮麺にかけて
ほぐすための風味調味液と,該風味調味液をかけてほぐした蒸煮麺をつけて喫食す
るつゆとを備え,前記風味調味液が,蒸煮麺をほぐすとともにおいしさを引き立た
せるものであることを特徴とする風味調味液が添付された蒸煮麺」である点で一致
(決定4頁第3段落)すると認定し,また,「ただ,蒸煮麺にかけてほぐすための
風味調味液が,前者では,「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得られるも
の」であるのに対し,後者では,「調味料を加えた水」である点で相違する」
(同)と認定したのであり,上記一致点及び相違点の認定に誤りはない。刊行物1
に「風味調味料」という用語を用いた記載がなくても,調味料とは素材のおいしさ
を引き立たせるためのものであることは当業者の技術常識であるから,刊行物1に
記載の「調味料」が「おいしさを引き立たせるためのもの」,すなわち「風味調味
料」であることは,刊行物1の記載から当業者が直ちに読み取ることができ,「風
味調味液」という用語を用いて上記のとおり一致点及び相違点を認定したことに誤
りはない。
(3)取消事由3について
  原告の主張は,本件発明1では「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱し
て得られる風味調味液」を「調味液」及び「ほぐし液」として用いているにもかか
わらず,本件決定における相違点の判断では,風味調味液を「ほぐし液」として用
いることの容易性について言及しておらず,相違点についての判断は誤りであると
の趣旨に解されるが,かかる主張は,本件決定における相違点の判断の論理構成か
ら離れた主張であり,失当である。すなわち,本件決定では,「風味調味液が,蒸
煮麺をほぐすとともにおいしさを引き立たせるものである」ことを両者の一致点と
して認定しているのであるから,本件発明1において,風味調味液をつけ麺におけ
る「ほぐし液」として用いる構成は,刊行物1に記載の発明との相違点とはなり得
ず,本件決定で認定した相違点について,「上記相違点について検討する
と,・・・,水に調味料を添加した刊行物1に記載の風味調味料に代えて,食材又
はその加工品を熱湯で調理加熱して得られる風味調味料を用いることは,当業者に
とって格別困難なことではない」(決定4頁下第3段落)と判断したことに誤りは
ない。
(4)取消事由4について
(ア)原告主張(イ)について
 「めんつゆ」に麺の一部をつけて喫食する,いわゆる「つけ麺」におい
ては,「めんつゆ」に麺の一部をつけることで「めんつゆ」中の風味成分を麺に付
着させ,これによって蒸煮麺の「風味付け」がなされるが,「ほぐし液」において
も,「ほぐし液」中の風味成分が蒸煮麺に付着することにより「風味付け」がなさ
れるのであるから,「めんつゆ」に適した「風味成分」が「ほぐし液」による「風
味付け」にもそのまま適用できることは自明であり,また,「ほぐし液」を用いて
「風味付け」を行うとき,「めんつゆ」に適さない「風味成分」を用いるよりも
「めんつゆ」に適した「風味成分」を用いた方がより効果的に蒸煮麺の「風味付
け」を行えることも自明であるから,本件決定では,本件発明1の「風味調味液」
を「ほぐし液」として用いたときの「風味付け」の効果について,「そばの「つけ
つゆ」は,かつお節風味のものが望ましいことは周知である」(決定書4頁最終段
落)ことを根拠にして,「昆布の旨味成分であるグルタミン酸ソーダを主体とした
ものを使用している「調味料入りの水」よりも,かつお抽出だしを使用している本
件発明1に係る「風味調味料」の方が「食味」で優れているのは当然のことであ
る」(同4頁最終段落~5頁1行)と判断したのであり,かかる判断に誤りはな
い。
(イ)原告主張(ウ)について
 実験報告書(甲4)において用いた「かつおエキス」及び「粉末かつお
だしの素」は,本件発明1の「風味調味液」として本件明細書の実施例1に具体的
に示されている「かつお節抽出液」(実験報告書における「かつお抽出だし」に相
当する。)というよりも,当業者において周知の即席だしの素(乙1,2)そのも
のというべきものである。他方,刊行物1(甲3)には,「おいしさを引き立たせ
るための調味料」が実質的に記載され,かかる調味料の代表例として即席だしの素
を挙げることができる。以上の点を踏まえて,本件決定において,「「かつおエキ
ス」及び「粉末かつおだしの素」は,本件発明1に係る「風味調味料」というより
も,刊行物1に係る「調味料」の範疇に入るものと解される」(決定5頁第2段
落)と判断したのであり,かかる判断に誤りはない。そして,実験報告書の記載に
よれば,「かつおエキス」及び「粉末かつおだしの素」と,「かつお抽出だし」と
の間で「外観・食感」の点で格別の差異はなく,この事実から,本件発明1は,調
味料として即席だしの素を用いることが実質的に開示されているといえる刊行物1
に係る発明に比べて,「外観・食感」の点で格別の効果を奏するものではないとい
えるから,本件決定において「本件発明1に係る「風味調味料」が,「外観・食
感」の点で刊行物1に記載の発明に比べて,顕著な効果を奏するとはいえない」
(決定5頁第2段落)と判断したのであり,かかる判断に誤りはない。
(ウ)原告主張(エ)について
 本件発明1に係る「蒸煮麺」は,容器に収容された弁当タイプの調理麺
として流通,販売されるもの(本件明細書の段落【0002】)であり,このよう
な弁当タイプの蒸煮麺を食べるときは,「風味調味液」を麺にかけて麺をほぐすと
時間を置かずにすぐに食べるのが通常である。麺をほぐしてすぐに食べる通常の食
べ方においては,「風味調味液」を麺にかけてほぐした直後の「ほぐれ性」を問題
にすべきであり,本件決定において,「本件発明1に係る「蒸煮麺」にあっては,
麺をほぐして時間を置かずに食べるのが普通であるから,・・・・・,ほぐれ性の
点で本件発明1に係る「蒸煮麺」が格別優れているということはできない」(決定
5頁第3段落)と判断したことに誤りはない。本件発明1の「風味調味液」が麺を
ほぐしてから8分放置しても「ほぐれ持続性」があるとしても,ほぐしてから8分
の時間が経過するまでの間に食べ終わり,又はほとんど食べ終わっている通常の食
べ方では,8分放置したときの「ほぐれ持続性」は無意味となることは明らかであ
り,このことを,本件決定において「上記したようにほぐしてから8分間放置して
から喫食することは通常の喫食とはいえないから,「ほぐれ持続性」に関する「表
1-1」の結果をもって,直ちに本件発明1に係る「蒸煮麺」が格別に優れている
ということはできない」(決定5頁第4段落)と判断したのであり,かかる判断に
誤りはない。
(5)取消事由5について
  本件発明2~4は,本件発明1に更に発明を特定するための事項を付加し
たものであるが,原告の取消事由5は,本件発明1についての本件決定の誤りのみ
を根拠とするものである。しかし,上記のとおり,本件発明1についての本件決定
の認定判断に誤りはなく,原告の取消事由5の主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
 1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(本
件決定の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 2 取消事由1について
 (1)まず原告は,刊行物1(甲3)には,「ほぐし液」として「水W」を収納
した「麺類の包装容器」が示され,この「ほぐし液」として用いる「水W」に「調
味料,アルコール等の添加物を加えておいてもよい」(段落【0016】)と記載
されているだけで,「風味調味液」については記載も示唆もないから,刊行物1に
「風味調味液」が記載されていると認定したものというべき本件決定は誤りである
と主張する。
 (2)しかし,本件決定は,刊行物1(甲3)について,「隔壁によって分離さ
れた麺収納凹所とつけ汁収納凹所を有する容器において,前記麺収納凹所の底壁に
上げ底部を形成し,この上げ底部に縦横の溝を連通して設け,この溝内に多数のデ
ィンプルを設けたことを特徴とする麺類の包装容器」(【特許請求の範囲】の【請
求項1】),「めん類の収納部,つけ汁の収納部,薬味類の収納部を分離して設け
た合成樹脂成形容器に,それぞれゆがいた麺,つけ汁,薬味類を収納して包装した
即席冷しそばや冷しうどんなどが販売されている。このような即席麺は,ゆがいた
後流通している間に,互いに表面が付着してからまったまま塊状に集合してしまう
ため,箸でほぐすのがほとんど不可能になって非常に扱い難く,食するのに不便で
あるばかりか,・・・問題がある」(段落【0002】~【0003】),「上記
のような容器10を使用する場合には,図5に示すように,ゆがき麺Aを好ましく
は1口大から2口大に小分けして,麺収納凹所11のリブ11hによって区別され
た区画に収納し,凹所12にはつけ汁,凹所13と14には海苔,ごま,わさび,
刻みねぎ等の適当な薬味類を収納する。これらのつけ汁及び薬味類は小袋に包装し
た状態で収納してもよい。さらに,図6に示すような,平袋に水Wを20~40c
c程度を封入した小袋Bも収納しておく。この小袋Bは,蓋・・・に設けた凹所に
収納してもよい。また,水Wに調味料,アルコール等の添加物を加えておいてもよ
い。そして蓋を容器10に嵌合するか,容器10を収納袋やラップフィルムで被覆
して販売する。食卓に供する場合には,小袋Bを開封して水Wを麺Aにふりかけ
る。そして箸で麺Aを凹所11の底壁に押し付けながら麺Aをさばく。・・・麺A
をさばいた後,薬味をつけ汁に混ぜる・・・。・・・刻みねぎのような薬味を凹所
14からつけ汁収納凹所12に箸で押し出すだけでつゆ汁に混入することができ
る」(段落【0016】~【0018】),及び「この発明によれば,以上のよう
に,・・・麺にわずかの水をふりかけて箸で麺を揺するだけで容易に麺がほぐ
れ,」(段落【0019】)との記載を引用した上,「刊行物1において,蒸煮麺
にかけてほぐすための水に調味料を加えるということは,おいしさを引き立たせる
ことに他ならないから,刊行物1には,加熱調理せずに喫食する蒸煮麺と,蒸煮麺
にかけてほぐすとともにおいしさを引き立たせるための調味料を加えた水と,該水
をかけてほぐした蒸煮面をつけて喫食するつゆとを備えたものが記載されていると
いえる」(決定4頁第2段落)と認定しているのである。すなわち,刊行物1の
「水W」に「調味料を加えたもの」,すなわち「調味料を加えた水」について,
「蒸煮麺にかけてほぐす」とともに「おいしさを引き立たせる」ための「調味料を
加えた水」であると認定している。そして,上記のとおり刊行物1には「水Wを麺
Aにふりかけ・・・箸で・・・麺Aをさばく」,「麺にわずかの水をふりかけて箸
で麺を揺するだけで容易に麺がほぐれ」と記載されていることからみて,「調味料
を加えた水」を「蒸煮麺にかけてほぐす」ものであると認定したことに誤りはな
く,また,調味料は,そもそも,調味すなわち味を調える目的で使われるものであ
るから,上記「調味料を加えた水」を「おいしさを引き立たせる」ものであると認
定したことにも誤りはない。
 (3)また原告は,本件決定は,「前記風味調味液が,蒸煮麺をほぐすとともに
おいしさを引き立たせるものであることを特徴とする風味調味液が添付された蒸煮
麺」である点を本件発明1と刊行物1発明との一致点として認定したのであるか
ら,刊行物1に「風味調味液」が記載されていると認定したものというべきである
と主張し,本件決定の上記一致点の認定が不正確であることは後記3(取消事由2
について)のとおりであるが,これが本件決定の結論に影響を及ぼさないことは,
次の取消事由2についての判断において説示するとおりである。
 (4)したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2について
(1)原告は,刊行物1には「風味調味液」については記載も示唆もないから,
本件決定が本件発明1と刊行物1発明との一致点として「前記風味調味液が,蒸煮
麺をほぐすとともにおいしさを引き立たせるものであることを特徴とする風味調味
液が添付された蒸煮麺」である点を認定したことは誤りであると主張する。
(2)本件決定は,本件発明1と刊行物1記載の発明とを対比し,「両者は,
「加熱調理せずに喫食する蒸煮麺と,該蒸煮麺にかけてほぐすための風味調味液
と,該風味調味液をかけてほぐした蒸煮麺をつけて喫食するつゆとを備え,前記風
味調味液が,蒸煮麺をほぐすとともにおいしさを引き立たせるものであることを特
徴とする風味調味液が添付された蒸煮麺」である点で一致し,ただ,蒸煮麺にかけ
てほぐすための風味調味液が,前者では,「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱
して得られるもの」であるのに対し,後者では,「調味料を加えた水」である点で
相違する」(決定4頁第3段落)と認定しているから,「前記風味調味液が,蒸煮
麺をほぐすとともにおいしさを引き立たせるものであることを特徴とする風味調味
液が添付された蒸煮麺」である点を両者の一致点と認定したものである。すなわ
ち,本件決定は,刊行物1発明の認定においては,「調味料を加えた水」について
「蒸煮麺にかけてほぐす」とともに「おいしさを引き立たせる」ための「調味料を
加えた水」であると認定し,この認定に誤りがないことは上記2(2)のとおりである
が,本件発明1と刊行物1発明とを対比するに当たっては,「蒸煮麺をほぐす」と
ともに「おいしさを引き立たせる」ものを,「調味料を加えた水」の語を「風味調
味液」と言い換えて,一致点として認定したものである。
  ところで,昭和50年3月25日農林省告示第310号「風味調味料の日
本農林規格」(甲10。以下「甲10告示」という。)によれば,「風味調味料」
の用語は「調味料(アミノ酸等)及び風味原料に糖類,食塩等(香辛料を除く。)
を加え,乾燥し,粉末状,か粒状等にしたものであって,調理の際風味原料の香り
及び味を付与するものをいう」(第2条)と定義され,また,平成10年3月25
日丸善発行「丸善食品総合図鑑」924頁~925頁(乙1。以下「乙1文献」と
いう。)及び平成3年4月20日真珠書院発行「調味料」200頁~201頁(乙
2。以下「乙2文献」という。)によれば,調味料の技術分野においては,「風味
調味料」という一群の調味料があり,一般に「だしの素」といわれ,一般消費者に
も周知のものであることが認められる。そうすると,「風味調味料を加えた水」を
「風味調味液」ということは差し支えないとしても,刊行物1発明の「調味料を加
えた水」は,「調味液」とはいえても,それだけで「風味調味液」ということは,
上記「風味調味料」の定義からは不正確であるといわざるを得ない。しかし,本件
決定は,上記一致点の認定に続けて,相違点として,「蒸煮麺にかけてほぐすため
の風味調味液が,前者では,「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得られる
もの」であるのに対し,後者では,「調味料を加えた水」である点で相違する」と
認定し,本件発明1の進歩性の判断に当たっては,上記認定の相違点について検討
している。すなわち,「風味調味液」を両者の一致点として認定しながら,他方,
相違点として,「風味調味液」の点を,本件発明1では「食材又はその加工品を熱
湯で調理加熱して得られるもの」すなわち「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱
して得られる風味調味液」であり,刊行物1発明では「調味料を加えた水」である
と各認定し,これを相違点として判断をしていることが,その説示から明らかであ
る。したがって,本件決定の上記一致点の認定は正確性を欠くといわざるを得ない
ものの,刊行物1発明の「調味料を加えた水」が「風味調味液」と相違する点は,
相違点についての判断において判断しているということができ,判断の遺脱はない
のであるから,上記一致点の認定が不正確であることは,本件決定の結論に影響を
及ぼさないから,この点は,本件決定を取り消すべき誤りであるとまではいえな
い。
 (3)したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 取消事由3について
(1)原告は,本件発明1は,「風味調味液」を,単に「調味液」として用いる
ことを構成要件としているのではなく,「つけ麺」における「ほぐし液」として用
いることにより,「つけ麺」において蒸煮麺をほぐすとともに,効果的な「風味付
け」を行い,「おいしさを引き立たせた」麺の喫食を可能とすることを構成要件と
するものであるから,本件発明1に係る風味調味液が「ダシ」の調製法により得ら
れるものであったとしても,そのことから本件発明1の上記構成・効果が容易に想
到し得るものではないと主張する。
(2)本件決定は,本件発明1と刊行物1に記載の発明との相違点について,
「本件発明1に係る風味調味液は,食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得ら
れるものであるところ,これは,一般的な料理法である「ダシ」の調製法と変わる
ところはない。しかるに,「ダシ」の調製法としては,この他に,水に調味料を添
加することにより得ることも簡便な方法として周知であるから,水に調味料を添加
した刊行物1に記載の風味調味液(「風味調味料」とあるのは誤記と認める。)に
代えて,食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得られる風味調味液(「風味調
味料」は誤記と認める。)を用いることは,当業者にとって格別困難なことではな
い」(決定4頁下第3段落)と判断した。すなわち,相違点の「調味料を加えた
水」を「水に調味料を添加した刊行物1に記載の風味調味液」と言い換えて,これ
に代えて「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得られる風味調味液」を用い
ることは容易であると判断したものであり,その根拠として,「ダシ」の調製法
に,一般的な料理法と,水に調味料を添加することによる簡便な方法があり,その
置換に困難性がないことを挙げている。
  そこで,まず,本件発明1の「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して
得られる風味調味液」について検討する。本件明細書(甲2添付)には,以下の記
載が認められる。
ア「風味調味液とは,食材である魚介類,海藻,畜肉,卵,骨,野菜,果
実,穀類,豆類,酵母,きのこ等又はこれらの加工品を,調理加熱,抽出等するこ
とで取り出したエキス類,天然調味料類等の風味成分を含むものであり,蒸煮麺を
ほぐすとともにおいしさを引き立たせるものである。エキス類としては,肉,骨,
魚介等の動物性,又はたまねぎ,にんにく,椎茸等の植物性が,天然調味料類とし
ては,脱脂大豆等の蛋白質を加水分解して得られた植物蛋白分解物,又は魚肉,畜
肉,鳥肉や骨,皮等を酸や酵素で加水分解して得られた動物蛋白分解物等が,主な
風味成分となるが食材又はこれらの加工品由来であればいずれも使用できる。風味
調味液は,食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得るが,この際に上記の風味
成分を添加・配合することも可能である。」(段落【0007】)
イ「【実施例1】枯宗田鰹厚削り(以下節)120gを2Lの沸騰湯中に投
入し35分間抽出後,節を引きあげた。冷水にて速やかに冷却後,20mlをポリ
エチレン製袋に充填して本発明に係る風味調味液を得た。」(段落【0010】)
ウ「【実施例2】そば粉200gを2Lの沸騰湯中で10分間加熱処理後,
そば粉をろ過してから20mlをポリエチレン製袋に充填して本発明に係る風味調
味液を得た。」(段落【0012】)
エ「【実施例3】鍋に豚もも挽肉250gと同量の水を入れ馴染ませた後,
水2Lを入れ長葱2本,生姜3片,グルタミン酸ナトリウム20g,イノシン酸ナ
トリウム1gを加え40分間煮込んだ。布を用いて漉したものから20mlを取り
出し冷却後ポリエチレン製袋に充填し本発明に係る風味調味液を得た。」(段落
【0013】)
オ「【実施例4】すりおろしたにんにく20gを1Lの湯(90℃)中に投
入し攪拌後,25mlをポリエチレン製袋に充填して本発明に係る風味調味液を得
た。」(段落【0015】)
 一般に,「食材」とは,料理の材料のことであり,加工されていない材料
(野菜,魚など)ばかりでなく,様々に加工された材料(缶詰,乾物,豆腐など)
も,料理の材料であれば「食材」というところ,上記記載アからみて,本件発明1
の「食材又はその加工品」は「食材である魚介類,海藻,畜肉,卵,骨,野菜,果
実,穀類,豆類,酵母,きのこ等又はこれら食材の加工品」であるとして,「食
材」を「加工品」と対置し,「魚介類,海藻,畜肉,卵,骨,野菜,果実,穀類,
豆類,酵母,きのこ等」の加工されていない材料について「食材」の用語を使用し
ている。しかし,本件発明1の「食材又はその加工品」の用語からは,本件明細書
の用法によっても一般的に「食材」とされている上記の加工された材料もすべて包
含されることになるから,本件発明1の「食材」の用法が一般の用法と異なること
は何ら問題を生じるものではない。また,記載アによれば,「食材又はその加工
品」には,食材における一般的な加工がされたもののほか,天然調味料類を得るた
めに食材の蛋白質を加水分解して蛋白加水分解物とするような,食材の原形がなく
なるような加工をしたものも該当すると認められる。
 次に,上記記載イ~オからみて,具体的には,上記「食材又はその加工
品」とは,例えば,かつお節の削り節の一種である枯宗田鰹厚削り,そば粉,豚
肉,長葱,生姜,にんにくであり,上記「熱湯で調理加熱」とは,上記の食材又は
その加工品を,沸騰湯中に所定時間置いたり,熱湯で煮たり,90℃の湯に混ぜる
ことであり,上記「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得られる風味調味
液」とは,例えば,枯宗田鰹厚削り(かつお節の削り節)の沸騰湯抽出液,そば粉
の沸騰湯抽出液,豚肉と長葱と生姜の化学調味料入りのスープ,すりおろしたにん
にくを90℃の湯に混ぜたものであることが認められ,このうち,かつお節の削り
節の沸騰湯抽出液は,いわゆるかつお節のだし汁であると認められる。そして,か
つお節のだし汁の簡便な代替品として,「風味調味料」いわゆる「だしの素」を熱
水に溶かした即席のだし汁が周知であるので,これが,本件発明1の「食材又はそ
の加工品を熱湯で調理加熱して得られる風味調味液」に相当するかどうかを検討す
る。
 甲10告示には,上記3(2)の記載に加えて,用語「風味原料」の定義とし
て「かつおぶし,煮干魚類,こんぶ,貝柱,乾しいたけ等の粉末又は抽出濃縮物を
いう」と記載されている。また,乙1文献には,「風味調味料 だしの素ともい
う.即席のだし汁調製用に市販されているうま味調味料.風味調味料にはJAS
(日本農林規格)があり,また非JAS品については品質表示基準が定められて
いる.それらのなかで風味調味料は「調味料(アミノ酸等)及び風味原料に糖類,
食塩(香辛料を除く)を加え,乾燥し,粉末状,顆粒状等にしたものであって,調
理の際風味原料の香り及び味を付与するものをいう」と定義されている.熱水ある
いは水に溶かすだけでだし汁が得られる.風味原料はJAS品ではかつお節(そう
だ節を含む),さば節,かつお(そうだかつおを含む)の抽出濃縮物ならびにこん
ぶ,貝柱および干ししいたけの粉末または抽出濃縮物に限定されているが,非JA
S品ではその制限はない.しかしながら,だし汁の素材として従来よりかつお節が
もっとも広く用いられてきたことに対応して,風味調味料においても,かつお節を
主たる風味原料とするものが大部分を占めている.みそ汁などの汁もの,野菜の煮
物,めんつゆをはじめとし和風料理全般に使用される.昭和40年前後に流通するよ
うになったが,手軽に,安価に,だしの風味を楽しむことができるという簡便性,
経済性,本格性が食生活意識にマッチして急進にその市場を広げた.世帯普及率は
87%に達しており,まさに,みそ,しょうゆに匹敵する基本調味料としての位置
づけを確立して現在に至っている」(924頁)と記載され,乙2文献には,「風
味調味料 うま味調味料についで商品化されているものに風味調味料(JASで規
格化)がある。これはうま味調味料に不足している天然ダシの風味をプラスしたも
ので,粉末のカツオ節,コンブ,干しシイタケを加えたり,天然ダシの濃縮エキス
分を配合したものである。粉末状と顆粒状がある。添加した天然物が二〇%を超え
るものでは「風味調味料(カツオ)」などと表示されている。一般にはダシの素と
呼ばれるものである。食塩や糖類を配合したものが多いので,料理の調味には使用
量に注意する必要がある」(200頁~201頁)と記載されている。
 これらの記載からみて,即席のだし汁に用いる「風味調味料」いわゆる
「だしの素」は,風味原料にかつお節の抽出濃縮物や粉末を用いたもので,これら
の風味原料は「食材又はその加工品」に該当し,即席のだし汁にするために熱水に
溶かすことは,「熱湯で調理加熱」に相当するので,結局,「風味調味料」を熱水
に溶かした即席のだし汁は,本件発明1の「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱
して得られる風味調味液」に相当する。
 以上をまとめると,本件発明1の「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱
して得られる風味調味液」は,「食材である魚介類,海藻,畜肉,卵,骨,野菜,
果実,穀類,豆類,酵母,きのこ等又はこれらの加工品を熱湯で調理加熱して得ら
れる風味調味液」であり,その具体例には,かつお節のだし汁や風味調味料を熱水
に溶かした即席のだし汁が含まれることが認められる。
 そこで,まず,「水に調味料を添加した刊行物1に記載の風味調味液」と
言い換えられた刊行物1発明の「調味料を加えた水」を,本件発明1の「食材又は
その加工品を熱湯で調理加熱して得られる風味調味液」に該当する「風味調味料を
熱水に溶かした即席のだし汁」に置換することが容易であるかどうかを検討する。
刊行物1(甲3)には,「調味料を加えた水」の「調味料」として,具体的にどの
ような調味料を用いるのかは記載されていないが,「調味料を加えた水」は,麺に
ふりかけて麺をほぐすもので,このほぐされた麺をつけ汁につけて食するものであ
るから,麺やつけ汁の風味と調和するものでなければならないことは明らかであ
り,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,各
種調味料の中から適当な調味料を選択するものと認められる。 そして,刊行物1
(甲3)には,「そばやうどん等の麺類」(段落【0001】),「海苔,ごま,
わさび,刻みねぎ等の適当な薬味類」(段落【0016】),「薬味をつけ汁に混
ぜる」(段落【0018】)と記載されていることから,刊行物1発明における
「麺」とは,ざるそばやざるうどんの系統のもので,「つけ汁」は,この種の麺で
通常用いられる,だし汁,醤油,砂糖などをベースとしたものと認められる。一
方,「調味料」には,砂糖・味噌・醤油・塩・酢などの古くから用いられているも
ののほか,風味調味料(いわゆる「だしの素」),固形スープの素などがあり,い
ずれも広く用いられているところ,風味調味料はだしの風味を付与するものである
(乙1文献,乙2文献)から,刊行物1に記載された麺やつけ汁の風味と調和する
ものであることが明らかである。したがって,「調味料を加えた水」の「調味料」
として風味調味料を選択することは,当業者が容易に想到し得ることであり,その
際,風味調味料を熱水あるいは水に溶かしてだし汁とすることは風味調味料の通常
の使い方であることから,風味調味料をまず熱水に加えて溶かし,得られた即席の
だし汁を「風味調味料を加えた水」とすることは,当業者が普通に採用することで
あると認められる。原告は,平成7年12月1日小学館発行「大辞泉」1743頁
(甲9)の「【調味料】①調味に使う材料。砂糖・味噌・醤油・塩・酢など。②→
化学調味料」の記載を引用し,「調味料」から「風味調味料」を直ちに読み取るこ
とができないし,さらに,本件発明の作用効果を奏するような「風味調味料」を導
き出すことも容易にできるものでもないと主張するが,甲9の上記記載が「調味
料」の用語が「砂糖・味噌・醤油・塩・酢」と化学調味料に限定される趣旨をいう
ものと解することはできず,風味調味料は,調味料として一般的なものであり,こ
れを選択することが当業者に容易なことは上記のとおりである。
 次に,「水に調味料を添加した刊行物1に記載の風味調味液」と言い換え
られた刊行物1発明の「調味料を加えた水」を,本件発明1の「食材又はその加工
品を熱湯で調理加熱して得られる風味調味液」に該当する「かつお節のだし汁」に
置換することが容易であるかどうかを検討すると,「風味調味料を熱水に溶かした
即席のだし汁」は,かつお節のだし汁の簡便な代替品であることが周知であり,一
般に,本物とその簡便な代替品は,相互に置換可能なものと認識されるから,当業
者は,刊行物1発明の「調味料を加えた水」として,「風味調味料を熱水に溶かし
た即席のだし汁」を容易に想到できる以上,このような代替品のだし汁のかわり
に,本物のかつお節のだし汁を用いてみることも,容易に想到し得ることであり,
「かつお節のだし汁」は,本件決定の「一般的な料理法である「ダシ」の調製法に
よる風味調味液」に相当するものである。
(3)以上のとおりであるから,相違点の判断について,「調味料を加えた水」
に代えて,「食材又はその加工品を熱湯で調理加熱して得られる風味調味液」に該
当する「一般的な料理法である「ダシ」の調製法による風味調味液」を用いること
は容易であるとした,本件決定の判断に誤りはない。
 (4)したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。
5 取消事由4について
(1)原告は,実験報告書(甲4)を引用し,本件決定は本件発明1の顕著な作
用効果を看過した誤りがあると主張し,その理由として,第3の1(4)エ(イ)~(エ)の
理由を挙げるので,以下検討する。
(2)実験報告書(甲4)には,以下の記載がある。
・「4.実験の目的 本実験は,蒸煮によって糊化され時間の経過とともに
塊となってほぐれが悪くなった麺を,加熱調理せずに「風味調味液」をかけてほぐ
し,つけタイプで食べることを可能にした本発明の効果,すなわち,喫食時に麺に
「風味調味液」をかけて麺をほぐした後つゆにつけて喫食した時の効果と,「風味
調味液」を「調味料入りの水」に換えて同様に喫食した時の効果の差異を明らかに
するために実施されたものである。」(本文1枚目第4段落)
・「5.実験及び評価 5-1実験・評価方法 5-1-1「風味調味液」
の作成
①かつお抽出だし(4%)
 かつお節厚削り40gを1000mlの90℃の熱水中に投入し,30
分間抽出後,濾布にて濾過し,急速に冷却し,25mlをポリエチレン製袋に充填
して風味調味液を得た。(25ml中に含まれる食塩相当量は0.03g程
度)・・・
②かつお抽出だし(8%)
 かつお節厚削り80gを1000mlの90℃の熱水中に投入し,30
分間抽出後,濾布にて濾過し,急速に冷却し,25mlをポリエチレン製袋に充填
して風味調味液を得た。(25ml中に含まれる食塩相当量は0.06g程
度)・・・
③かつおエキス
 焼津水産化学工業社製かつおエキス「YSKアロマスター華(鰹節)」
(かつおだし,糖類,食塩,酵母エキスからなる)2.0gを100mlの熱湯で
溶解後,急速に冷却し,25mlをポリエチレン製袋に充填して風味調味液を得
た。(25ml中に含まれる食塩相当量は0.03g程度)・・・
④粉末かつおだしの素
 理研ビタミン社製粉末だしの素「無添加本かつおだし」(鰹節エキス,
鰹節,昆布,椎茸エキス,澱粉,酵母エキスからなる)2.32gを100mlの
熱湯で溶解後,急速に冷却し,25mlをポリエチレン製袋に充填して調味料入り
の水を得た。(25ml中に含まれる食塩相当量は0.03g程度)・・・
5-1-2「調味料入りの水」の作成
⑤化学調味料
 グルタミン酸ソーダ0.39g,イノシン酸ナトリウム0.02g,食
塩0.12gを100mlの熱湯で溶解後,急速に冷却し,25mlをポリエチレ
ン製袋に充填して調味料入りの水を得た。(25ml中に含まれる食塩相当量は
0.03g程度)・・・
⑥アルコール
 エチルアルコール(95%)1mlを100mlの水で溶解し,25m
lをポリエチレン製袋に充填して調味料入りの水を得た。(25ml中に含まれる
食塩相当量は0g)」(本文1枚目第5段落~2枚目だい4)
また,「5-2喫食方法・評価方法」の項に試験の方法が,「5-3結
果」の項に「ほぐれ持続性」と題する【表1-1】,「食味(つけつゆとの相乗効
果)」と題する【表1-2】,「つけつゆとの相性」と題する【表1-3】及び
「外観・食感」と題する【表1-4】が記載され,これらの表には「風味調味液」
①~④と「調味料入りの水」⑤,⑥のそれぞれをサンプルとした試験結果が記載さ
れている。「ほぐれ持続性」についての【表1-1】では,「「風味調味液」「調
味料入りの水」を麺にかけてほぐした直後のほぐれ性については,各試験区とも特
に差はなかったが,ほぐしてから8分放置後,ほぐれ持続性を比較したところ,表
1-1の結果となった」として,①~③は「やや麺のくっつき感があったが,箸で
一口分を取り上げることができた」,④は「①~③よりさらに多少ほぐれやすい状
態だった」,⑤と⑥は「箸で持ち上げると一塊になっており,麺がくっついた状態
になっていた」と記載されている。「食味」についての【表1-2】では,評点
は,①と②が5段階評価の4点台(良好),次いで④,③が3点台(普通),次い
で⑤,⑥が1点台(非常に悪い)ないし2点台(悪い)の順となっている。
「外観・食感」についての【表1-4】では,評点は,①と②が良く,次いで④,
③,⑤,⑥の順で,「外観コメント」は,①,②は「麺につやがあり,最もよかっ
た」,③,④は「よかった」,⑤,⑥は「麺のつやの消失が早く麺が白くふやけ気
味だった」,「食感コメント」は,①~③は「問題なかった」,④は「粉砕化した
原料由来のざらざらした食感が口に残った」,⑤と⑥は「麺のふやけ感があり喉越
しが悪い傾向があった」と記載されている。これらの記載からみて,実験報告書に
は,蒸煮麺にかけてほぐすための液として,「風味調味液」①~④のサンプルと
「調味料入りの水」⑤,⑥のサンプルを用意し,「ほぐれ持続性」,「食味(つけ
つゆとの相乗効果)」,「外観・食感」等を比較試験したこと,ここで,①,②は
かつお節のだし汁,③はかつおエキスを溶かした即席のだし汁,④は粉末かつおだ
しの素を溶かした即席のだし汁にそれぞれ相当するもので,⑤は化学調味料を溶か
した水,⑥はエチルアルコールを溶かした水であること,試験の結果は,①,②が
よく,③,④がそれに次ぎ,⑤,⑥はこれらより劣ることが,記載されていると認
められる。
 ア 原告の主張(イ)ついて
 原告は,本件発明1における「風味調味液」は,麺の「つけつゆ」とし
て用いるものではなく,「つけ麺」における「ほぐし液」として用いて,その「風
味付け」により優れた「食味」を呈するものであるから,「そばの「つけつゆ」
は,かつお節風味のものが望ましいことは周知であるから,昆布の旨味成分である
グルタミン酸ソーダを主体としたものを使用している「調味料入りの水」よりも,
かつお抽出だしを使用している本件発明1に係る「風味調味料」の方が「食味」で
優れているのは当然のことである」(決定4頁最終段落~5頁第1段落)とした本
件決定の判断は誤りであると主張する。
 しかし,ほぐし液として調味料を入れた水を用いること,すなわち調味
液をほぐし液に用いることは,刊行物1(甲3)に開示されていることは上記2(2)
のとおりであり,ほぐし液に風味調味液を用いることによる本件発明の効果が,予
測し得ないものというることはできない。「食味」について,実験報告書(甲4)
には,かつお節のだし汁に相当する①,②のサンプルが良好,即席のだし汁に相当
する③,④のサンプルが普通でそれに次ぎ,化学調味料を溶かした水⑤のサンプル
及びアルコールを溶かした水⑥のサンプルは悪いないし非常に悪いという結果が示
されているが,①~④のサンプルをほぐし液としたものが,⑤,⑥のサンプルをほ
ぐし液としたものより食味がよいことは,①~④のサンプルの味や風味の特性か
ら,これらが麺やつけ汁の風味と調和するものであることが明らかなので,当業者
が予測し得る結果であるといえる。
 したがって,原告の主張(イ)は採用できない。
イ 原告の主張(ウ)について
 「外観・食感」についての実験報告書(甲4)の記載は前記のとおりで
あるが,このような,麺がふやけずに外観・食感がよいという効果は,本件明細書
(甲2添付)に記載がなく,明細書の記載に基づかない主張であるから,失当とい
うほかない。また,麺がふやけるかどうかは,「ほぐし液」のみならず,「麺」が
どのようなものであるかに依存するから,本件発明1の発明特定事項構成に基づく
効果とも認められない。
 したがって,原告の主張(ウ)は採用できない。
ウ 原告の主張(エ)について
 「ほぐれ持続性」について,実験報告書(甲4)には,ほぐしてから8
分放置後について,化学調味料を溶かした水⑤のサンプル及びアルコールを溶かし
た水⑥のサンプルは「箸で持ち上げると一塊になっており,麺がくっついた状態に
なっていた」のに対し,かつお節のだし汁に相当する①,②のサンプル及び即席の
だし汁に相当する③,④のサンプルは,「箸で一口分を取り上げることができた」
という結果が示された。しかし,このような,ほぐしてから8分放置後に麺がくっ
つく程度が小さく麺を箸で取り上げることができるという効果は,本件明細書に記
載がなく,明細書の記載に基づかない主張であるから,失当というほかない。ま
た,8分放置後に麺がほぐしやすいか,くっついているかは,麺のふやけやすさ
や,ふやけたときの粘着性にも関係し,「ほぐし液」のみならず,「麺」がどのよ
うなものであるかに依存するから,本件発明1の発明特定事項に基づく効果とも認
められない。
 したがって,原告の主張(エ)も採用できない。
エ 以上のとおりであるから,本件決定に本件発明1の顕著な作用効果を看
過した誤りがあると認めることはできず,原告の取消事由4の主張は理由がない。
 (3)したがって,原告主張の取消事由4は理由がない。
6 取消事由5について
 原告は,取消事由1ないし4を引用し,本件発明1に係る本件決定の認定判
断が誤りであるから,本件発明1に従属する本件発明2~4についての本件決定の
進歩性の判断も誤りであると主張する。
 しかし,取消事由1ないし4に理由がないことは既に判示したとおりである
から,原告の取消事由5の主張も理由がないことは明らかである。
7 結論
 以上検討したところによれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
   よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文
のとおり判決する。
     知的財産高等裁判所第2部
         裁判長裁判官 中野哲弘
    裁判官 岡本 岳
    裁判官 上田卓哉

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修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

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履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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