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平成22年6月29日判決言渡
平成21年(ネ)第10066号特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成20年(ワ)第2387号)
口頭弁論終結日平成22年4月27日
判決
控訴人株式会社日立プラントテクノロジー
訴訟代理人弁護士高橋元弘
同末吉亙
補佐人弁理士橘昭成
同武顕次郎
同市村裕宏
被控訴人芝浦メカトロニクス株式会社
訴訟代理人弁護士高橋雄一郎
訴訟代理人弁理士林佳輔
同望月尚子
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,別紙物件目録記載のシール塗布装置を製造し,譲渡し,輸出し,
又は譲渡の申出をしてはならない。
3被控訴人は,その占有に係る別紙物件目録記載のシール塗布装置を廃棄せよ。
4被控訴人は,控訴人に対し,金3億9600万円及びこれに対する平成20
年2月8日から支払済みに至るまで,年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要及び争点に関する当事者の主張
1原審の経緯等
控訴人(1審原告。以下「原告」という。以下,略語は,特に明記しない限
り,原判決と同一のものを用いる。)は,発明の名称を「ペースト塗布機」と
する本件特許(特許第2519358号,平成3年7月12日出願,平成8年
5月17日設定登録)の特許権者である。控訴人は,被控訴人(1審被告。以
下「被告」という。)による別紙物件目録記載のシール塗布装置(被告製品)
の製造,譲渡,輸出又は譲渡の申出行為が,本件特許権の侵害に当たる旨主張
して,被告に対し,特許法100条1項,2項に基づき,被告製品の製造,譲
渡,輸出等の差止め及び廃棄を求めるとともに,民法709条,特許法102
条2項,3項に基づき,損害賠償金3億9600万円及びこれに対する不法行
為の後の日である平成20年2月8日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済
みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
原審は,本件発明の相違点1ないし3に係る構成は,乙4記載発明及び乙1
3記載の技術に基づいて容易に想到することができたものであって,本件特許
には,特許法29条2項に違反する無効事由(同法123条1項2号)があり,
特許無効審判により無効とされるべきものであるから,原告は,同法104条
の3第1項の規定により,被告に対し本件特許権を行使することができない,
と認定判断して,原告の請求を棄却した。
原告は,上記原判決を不服として本件控訴を提起した。
2当事者間に争いがない事実,争点及びこれに関する当事者の主張
後記3及び4(当審における原,被告の各主張)を付加するほか,原判決の
「事実及び理由」欄の第2,2及び3並びに第3(原判決2頁13行目から4
6頁14行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3当審における原告の主張(原審主張の補足)
(1)乙4及び乙13の記載内容について
ア乙4の記載
乙4記載装置において曲線部分と直線部分とで塗布速度がほぼ同じであ
るとの記載は存在しない。すなわち,乙4記載装置には,直線部分と曲線
部分との描画速度を等しくなるようにするとの記載もなければ,示唆もな
い。乙4記載の「同一条件」とは,その記載の直前のXYテーブルに関す
る記載のように,「膜厚演算部13は,描画速度(XYテーブル16の速
度)と膜厚の関係のデータを持ち,XYテーブル制御装置17を介して描
画速度を変化させ,膜厚を制御することができる」(乙4,3頁右下欄下
から2行目∼4頁左上欄3行目)ことを指しており,線の種類(直線・曲
線など)にかかわらず,ベクトル速度を用いて速度を変化させることを記
載したものであるから,本件発明のように描画速度を曲線部分と直線部分
とでほぼ等しくすることと,相反する技術を記載したものである。
イ乙13の記載
(ア)乙13の描画装置は,曲率半径に応じて曲線部分を塗布していな
い。すなわち,本件発明の対象であるペースト塗布機に対応する乙13
記載装置は,別紙「乙13の図2(b)」における描画装置外観に記載
の描画装置(更に含まれるとしても,描画装置コントローラまで)であ
って,デジタイザを含まない。そして,その乙13記載の描画装置には,
パターンの曲線部分の線上のXY座標データが入力され,曲率半径のデ
ータが入力されていないから,デジタイザにより入力されたXY座標値
と,当該描画装置の描画条件設定画面において設定された速度等のデー
タを用いて直線を塗布しているにすぎない。
(イ)乙13のデジタイザは,曲率半径に応じた塗布速度を実現するた
めの曲線部分のパターンデータを作成できない。すなわち,本件特許出
願当時,液晶基板用シール剤のコーナー部における曲率半径(コーナR)
は,0.5∼1.0mmである(甲44)。他方,デジタイザによって
作成されるパターンファイルは,デジタイザにおいて読み取り可能な範
囲で円の線上のXY座標値をプロットして作成されているにすぎず,乙
13の記事が発表された当時のデジタイザの読み取り精度は,±0.3
∼0.5mm程度であるから(甲45,5頁,8頁),0.6∼1.0
四方のマス目の各交差点(別紙「原告主張補足図面」【図2】における
十字マーク部分)の範囲でしかXY座標をデータ化することができない。
そうすると,液晶基板用シール剤における曲率半径(コーナR)0.5
∼1.0mmのコーナー部の曲線上の各点のXY座標を読み取るとして
も,別紙「原告主張補足図面」【図2】(曲率半径1.0mmの場合),
【図3】(曲率半径0.5mmの場合)及び【図4】(曲率半径2.0
mmの場合)のとおり,曲線状にはならず,いわゆる「面取り」に近い
形状となる。このように,乙13記載のデジタイザを用いたとしても,
コーナー部を曲線状に塗布することはできない。
(ウ)乙13には曲率半径に応じて曲線部分の塗布速度を制御するとの
記載は一切存在しない。すなわち,乙13には,その描画装置において,
曲線部分の描画条件をどのように設定するかについての記載がなく,デ
ジタイザにおいて入力された半径の値が,「ハイブリッドICパターン
直描装置」にどのように取り込まれ,かつ,どのように曲線部分の塗布
時における基板の移動速度,すなわち塗布速度を制御しているのかにつ
いて,全く開示も示唆もされていない。
(2)相違点3に係る容易想到性の欠如について
以下のとおり,乙4記載発明及び乙13記載装置に係る技術は,本件発明
とその課題,技術分野,機能(作用)において相違するから,乙4記載発明
に乙13記載の技術を適用して本件発明の相違点3に係る構成に容易に想到
することができたとはいえない。
ア課題の相違
本件発明は,ガラス基板上にループ状にペーストを塗布する際のコーナ
ー部,具体的には直線→曲線→直線と連続してガラス基板上にペーストを
塗布した場合に,(i)塗布量に差が生じて狭幅の曲線部になる(別紙「本件
明細書図面」【図5】),(ii)ペーストが引っ張られて曲線状とならず,
斜傾した直線部になる(同別紙【図6】)などの課題を発見し(甲2,段
落【0004】ないし【0008】),この課題を解決するために,(a)
直線部分と曲線部分の双方について,ノズル先端と基板との間隔,ペース
ト吐出量,ノズルに対する基板の単位時間当たりの移動量を同時に制御し,
いずれも一定に保つこと,さらには,(b)曲線部分の塗布速度を曲率半
径に応じて制御し,直線部分の塗布速度とほぼ同じにすることによって,
直線部分であっても曲線部分であっても所望の形状のペーストパターンを
正確かつ確実に得ることができるようにする発明である。
これに対し,乙4及び乙13には,このような課題が記載されていない
ばかりか,コーナー部を曲線で描画することも記載されていない。むしろ
乙13の「図3デジタイザのメニューシート」には,曲線ではなく,直
線でコーナー部を描画することが記載されている(別紙「原告主張補足図
面」【図5】参照)。また,乙4には,乙4記載装置の解決しようとする
課題として,膜厚不良の発見までのロスタイム,剛性不足,検出台の精度
などの課題が記載されている。しかし,この課題は,本件発明の課題と共
通性がない。さらに,乙4記載発明は,厚膜回路の厚さを一定にする発明
であるのに対し,乙13記載装置は,「描画線幅均一性」,つまり厚膜回
路における幅を均一にする装置であるから,両発明における課題は異なっ
ており,乙4記載発明に乙13記載の技術を組み合わせる動機づけがない。
そうすると,当業者が,本件特許出願日当時,乙4又は乙13を見て,
本件発明の課題を認識することはできないし,乙4と乙13を組み合わせ
ることの動機づけもない。本件発明の課題を解決するために,乙4記載装
置に乙13記載の技術を適用して,曲線部分の塗布速度を曲率半径に応じ
て制御し,直線部分の塗布速度とほぼ同じにするという,相違点3に係る
本件発明の構成に想到することは容易ではない。
イ技術分野の相違
乙4記載装置及び乙13記載装置ともに厚膜ペーストの塗布装置であ
り,主に液晶基板用ペーストの塗布装置である本件発明とは,技術分野が
一致しない。液晶基板用シール剤は,コーナー部に斜傾部が形成されると,
ガラスに設けた透明電極や薄膜トランジスタアレイなどの一部がシ−ル剤
の外側に位置するようになる場合もあり,正常な表示が得られなくなると
いう問題があり(甲2,段落【0006】),コーナー部が傾斜状になる
ことは許されない。他方,厚膜回路については,現在もスクリーン印刷法
(形成すべきパターンの原画が予め形成されたスクリーン〔マスク〕を用
い,目止めされていない部分のペーストを基板上に付着させる方法)が主
流であり,直接描画法(ディスペンサ法)は,対応メーカーが少ない(甲
36,37)。直接描画法(ディスペンサ法)を用いる場合でも,ローエ
ンド試作品用(甲37)や多少品種少量用(乙13,92頁)であって,
かつ,本件特許出願以前では,品質が低いものであった(甲28)。また,
厚膜回路は,電流の通り道を作るものであって,ループ状に厚膜ペースト
を塗布する必要性がなく,コーナー部についても,必ずしも曲線にする必
要はなく,技術的に困難性のある曲線塗布とするよりは,乙13のように
面取りをすることによってコーナー部を形成することとなる(別紙「原告
主張補足図面」【図5】参照)。したがって,膜厚回路形成用のディスペ
ンサ法を,液晶基板用のシール剤のディスペンサ法に転用しようとする動
機づけはない。
ウ機能の相違
(ア)本件発明は,直線部分及び曲線部分において,吐出量,ノズルと
基板の間隔,XYテーブルの移動速度をいずれも一定とするとともに,
曲線部分のXYテーブルの移動速度を曲率半径に応じて制御することに
より直線部分とほぼ同じ移動速度とすることにより,曲線状のペースト
塗布部でも所望の塗布形状が得られるようにしたペースト塗布機に係る
発明である。
(イ)他方,乙4記載装置は,吐出量,ノズルと基板の間隔,XYテー
ブルの移動速度をいずれも一定とする記載がない。のみならず,乙4に
は,「吐出量を増減させる吐出量制御装置」,「ノズルと基板との間隔
を増減させるために,ノズルを支持しているヘッドの高さを増減させる
ヘッド高さ制御装置」,「基板を固定しているXYテーブルの移動速度
を増減させるXYテーブル制御装置」という,本件発明の構成とは逆の
制御装置が記載されている。また,乙4には,乙4記載装置の曲線部分
の厚膜ペーストの塗布に関しても,「曲線」の形状や具体的な描画方法
についての記載がない。特に,乙4の図1等の記載をみると,乙4記載
装置の基板高さ測定器3と膜厚測定器5がノズル1を挟んで対向して設
けられており,それぞれプリズム12で90°曲げられた基板上での光
路の位置(測定点)が測定されている。このように乙4記載装置は,ノ
ズル1を中心として描画前の基板高さを測る基板高さ測定器3の値と,
描画直後の膜厚ペーストの高さを測る膜厚測定器5の値の差を計算し,
設定膜厚と比較しながら描画する発明であるため,曲線のペーストパタ
ーンを描画する場合には,別紙「原告主張補足図面」【図7】記載のと
おり,曲線部分の中心線上にノズル1を配置し曲線部の描画前の基板高
さを測定しながら描画すると,ノズル1の後方に配置された膜厚測定器
の測定点は,対向配置のため曲線部分の中心線上からはみ出して,描画
直後の膜厚ペーストの高さを測ることができない。そうすると,当業者
は,乙4記載装置において,描画できる曲線がいかなる形状であるかを
理解することができない。
(ウ)乙13には,具体的に曲線部分のペースト塗布のための機能や作
用に係る記載が存在しない。さらに,乙13記載のデジタイザは,図形
の線上のXY座標値のデータを作成するにすぎず,「速度」や「加速度」
のような描画装置を制御するための技術は記載されていないから,デジ
タイザによって描画装置の速度を制御することはできない。加えて,乙
13の描画装置では,個別パターンを繰り返し描画した結果において,
はじめて連続した図形になるものであって,本件発明のように直線→曲
線→直線というような,一度の塗布で連続した形状となるものではない。
乙13のデジタイザでは,デジタイズインで作成したパターンファイル
をラインかブロックかで選択し,ラインなら重ね塗りのピッチを決め,
ブロックであればピッチと枠有無を決め(別紙「原告主張補足図面」【図
8】図6,図7,図8参照),その個別パターンを繰り返した結果にお
いて,はじめて連続した図形になる。
(3)相違点1に係る容易想到性の欠如
以下のとおり,乙4記載装置から,相違点1に係る本件発明の構成(構成
要件C)に容易に想到することができたとはいえない。すなわち,乙4には,
ノズル1の基板2からの高さを一定に保つことは記載されているが,このノ
ズル1と基板2の高さをこの基板2上に塗布されるペーストの厚さにほぼ等
しくなるようにすることの記載はない。むしろ「ノズル1先端と基板2との
ギャップ量と膜厚との関係のデータも持ち,ヘッド高さ制御装置15を介し
てノズル1の高さを変化させ,ギャップの大小により膜厚を制御することが
できる」(乙4,3頁右下欄15行∼同欄19行)との記載によれば,乙4
記載装置は,ノズル1と基板2との間隔を一定にするものではなく,例えば,
吐出圧力や描画速度の変化によって膜厚が変化した場合,ノズル1と基板2
の間隔を変動させることとなるのであって,本件発明の構成要件Cとは,異
なった態様となる。
したがって,乙4記載発明から,相違点1に係る本件発明の構成(構成要
件C)に容易に想到することができたとはいえない。
(4)相違点2に係る容易想到性の欠如
乙4記載発明から,相違点2に係る本件発明の構成(構成要件D)を採用
することを容易に想到することはできない。すなわち,乙4記載装置におい
て,吐出圧力の値が描画中に変動した場合,厚膜ペーストの膜厚が変化する
ものであり,このような場合,吐出圧力やノズル高さ,描画速度を制御して,
この膜厚の変化をなくすようにするものであって,特に,ノズル高さ,描画
速度を制御して膜厚の変化をなくすようにする場合には,吐出圧力,つまり
吐出量は変化したままとなる。また,ノズル高さや描画速度が変動した場合
も,ペーストの膜厚が変化するものであるが,この場合,吐出圧力を制御し
て膜厚の変化をなくす場合には,吐出圧力は変化することなる。さらに,吐
出圧力やノズル高さ,描画速度の制御に優先順位を設け(乙4,4頁左上欄
16行),例えば,ノズル高さを最優先順位とした場合,吐出圧力が変化し
て膜厚が変化した場合には,ノズル高さの制御によって膜厚の変化をなくす
ことになり,吐出圧力,つまり吐出量は変化したままとなる。このように,
乙4記載装置では,吐出量を一定にするといった技術思想はなく,また,吐
出量を一定にすると,乙4記載装置は成り立たない。したがって,乙4記載
発明から,相違点2に係る本件発明の構成(構成要件D)に想到することが
容易であるとはいえない。
(5)相違点1ないし3の組合せに係る容易想到性の欠如
本件発明は,相違点1から3に係る特徴点を組み合わせて,直線部分と曲
線部分とで所望の形状のペーストパターンを得ることを特徴とするものであ
るから,これらの3つの特徴点を同時に組み合わせることについても,当業
者が容易に想到できたものでなければ,本件発明の進歩性を否定できない。
しかるに,乙4,13には,上記相違点1から3に係る特徴点を同時に機能
させるという本件発明の技術的思想についての記載又は示唆はない。よって,
乙4記載装置や乙13記載の技術をもってしても,本件発明の相違点1ない
し3に係る構成に容易に想到することができたとはいえない。
4当審における被告の主張(原審主張の補充)
(1)乙4及び乙13の記載内容の主張に対し
ア乙4について
原告は,乙4記載装置において曲線部分と直線部分とで塗布速度がほぼ
同じである旨の記載はないと主張する。しかし,原告の主張は,失当であ
る。すなわち,乙4記載装置においては,描画中に①吐出圧力,②ノズル
の高さ及び③XYテーブルの移動速度を,フィードバック制御することに
よって一定値に保つことが記載されているが,このすべてを併用して動作
させなければならないものではなく,XYテーブルの移動速度をフィード
バック制御してもよいことが記載されている。同記載は,XYテーブルを
常に「同一描画速度」となるように制御することを示している。
乙4において「膜厚演算部13は,描画速度(XYテーブル16の速度)
と膜厚の関係のデータも持ち,XYテーブル制御装置17を介して描画速
度を変化させ,膜厚を制御することができる」(乙4,3頁右下欄下から
2行目∼4頁左上欄3行目)との原告指摘部分は,フィードバック制御に
伴う過渡応答期間における必然的な変動を説明したものにすぎず,乙4が
そのフィードバック制御の前提とする基本的な技術思想,すなわち,吐出
量,基板の移動速度及びノズル高さをいずれも一定の値に制御することに
よって一定の膜厚のペーストパターンを形成するという技術的思想を有す
ることと矛盾するものではない。
イ乙13について
(ア)原告は,乙13の描画装置は曲率半径に応じて曲線部分を塗布し
ていないと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
すなわち,原告は,乙13の装置から曲率半径を入力する部分(デジ
タイザ等)を除外した部分を「描画装置」と定義した上で,「描画装置」
には曲率半径のデータは入力されていないとする。しかし,本件発明は
曲率半径に応じてペーストを塗布する「ペースト塗布機」に関係するも
のであるから,乙13の装置から,曲率半径を入力する部分(デジタイ
ザ等)を,ことさら除外する合理性はない。乙13にも,「デジタイザ
は,標準でA3が付属している。」(乙13,87頁左欄下から7行)
と記載されている。
また,乙13記載装置のデジタイザの開発者(T)は,平成22年1月
14日,被告担当者(H)に対し,乙13記載装置においては,「半径の
値をシステムコントローラから描画装置コントローラへ供給していまし
た。これはCADやプロッタの技術分野においては,一般常識です。描
画装置コントローラが半径の値を受け取っていることは間違いありませ
ん。」と述べている(乙21)。CADデータは,直線を表すときには
始点と終点を,円を表すときには始点と終点と半径を用いるのが技術常
識であり,CADデータにおける直線や曲線を連続した点の列のみで表
すという原告の主張は技術常識に反する。
さらに,①乙13においてパターンの変更が可能であるとされている
こと(乙13,89頁左欄27行∼29行),②乙13の解説書ともい
える乙20にも「半径r」の入力を示す記載があること(乙20,10
6頁右欄下から5行,4行),③乙13による描画例である写真にはき
れいな曲線が描かれていること(乙20,108頁「写真2描画例」)
に照らすと,乙13記載の描画装置には曲率半径のデータが入力されて
いるといえる。
(イ)原告は,乙13のデジタイザは曲率半径に応じた塗布速度を実現
するための曲線部分のパターンデータを作成できないと主張する。しか
し,原告の主張は,以下のとおり失当である。
①本件発明の構成要件Eには,「該曲線部分の曲率半径に応じて該基
板の移動速度を制御する」と規定されているのみで,他の限定はない
ことに照らすと,曲率半径に「応じて」制御を行いさえすれば足り,
その精度を問うものではないから,デジタイザが精度を実現すること
はない旨の原告の主張は,その主張自体が失当である。
②原告の主張は,デジタイザの読み取り精度がそのまま描画精度に反
映することを前提にしている点で,失当である。すなわち,デジタイ
ザからはXY座標が入力され,キーボードからは半径rが入力され,
読み取られたXY座標や入力された半径rからは,オブジェクトとプ
ロパティとからなるCADデータ(パターンファイル)が形成される
が,このパターンファイルはソフトウェア上で修正可能なものである。
なお,現実の乙13記載装置においては,拡大したパターン図を用い,
これをデジタイザでトレースしてデータを取り込み(その取り込み方
法は,直線ならば始点と終点,曲線ならば始点と終点をデジタイザで
取り込み,曲率半径はキーボードで入力するというものである。),
縮小投影されたパターンが厚膜上に描画されている。
③本件明細書の記載によれば,本件発明は液晶シール剤塗布装置のみ
には限定されず,抵抗ペーストを吐出させて抵抗パターンを描画する
厚膜回路の形成装置をも包含するものである(原審において,原告はこ
の点を争わないと述べていた。)。また,本件明細書には,曲率半径を
0.5mmとして塗布できることが必要であるとの記載及び示唆はな
い。したがって,本件発明が液晶シール剤塗布装置に限定されること
を前提として曲率半径を0.5mmとして塗布できることが必要であ
るとする原告の主張は,根拠を欠く。
④原告は,乙13のデジタイザの読み取り精度は,±0.1mmであ
り,0.2mmステップでしかXY座標を指示できないと主張する。
しかし,その根拠となる甲45は,乙13よりも4年も前の文献であ
り,かつその内容はパソコン用の「タブレット/デジタイザーの使い
方」に関するものであるから,乙13のデジタイザの読み取り精度が
±0.1mm(0.2mmステップ)であることを何ら根拠づけるも
のではない。
⑤原告は,別紙「原告主張補足図面」【図2】ないし【図4】と【図
6】を対比させて,乙13の装置は本件発明のような曲線を描画する
ことができないと主張する。しかし,原告の主張は,理由がない。す
なわち,原告は,別紙「原告主張補足図面」【図6】の図を描くにあ
たって,ΔX,ΔYの刻み幅が極めて小さいことを暗黙の前提として
いるが,ΔX,ΔYの刻み幅を例えば±0.1mm(したがって,0.
2mmステップ)と大きくすれば,本件発明においてもその描画パタ
ーンは,別紙「被告主張補足図面」【図1】のとおり曲線状ではなく,
折れ線状になる。また,逆に,乙13の装置においても,描画装置の
刻み幅を0.01mm程度と小さくすれば,別紙「被告主張補足図面」
【図2】のように曲線状になる。本件特許の実施例においても,「パ
ターンの曲線部分b−cのような曲線は移動量ΔX,ΔYの直線状の
移動区間が連なったものであり,従って,曲線は折線で表される。」
(甲2,段落【0024】。但し,下線を付した。)と記載されてい
る。よって,本件発明と乙13記載装置の曲線は同じである。
⑥また,原告は,乙13の表1における「コーナーR」に対応する図
3のメニューシートの図(アイコン)が傾斜状(面取り形状)で表現
されていること(別紙「原告主張補足図面」【図5】参照)をもって,
乙13記載装置の描画精度が低いと主張する。しかし,乙13記載装
置のデジタイザ部分の開発者であるTは,表1には「コーナーR」と
「面取り」の2つの項目があるのに,メニューシートに同じ「面取り」
が2つあるのは不自然であるから,当時のCADの技術者であれば,
「一方が円弧状のコーナーの描画のはずであり,他方が直線上の面取
りの描画であることはすぐに理解できたはずです。」と述べている(乙
21)。
(ウ)原告は,乙13には曲率半径に応じて曲線部分の塗布速度を制御
するとの記載はないと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり
失当である。すなわち,本件発明の構成要件Eにおいては,「該曲線部
分の曲率半径に応じて該基板の移動速度を制御する」としか規定されて
いないから,「半径」に「応じて」制御がされれば足り,曲率半径から
XY座標の変換に特定の数式(段落【0023】記載の式)を用いなけ
ればならないものではない。よって,乙13記載装置において「半径」
のデータがどのように利用されるものか不明であるとの原告の主張は,
特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。
(2)相違点3に係る容易想到性の欠如の主張に対し
ア課題の相違に対し
原告は,本件発明の「課題」は,「ガラス基板上にループ状にペースト
を塗布する際のコーナー部,具体的には直線→曲線→直線と連続してガラ
ス基板上にペーストを塗布した場合に,所望の塗布形状が得られないとい
う課題」であると主張する。しかし,原告の主張は誤りである。すなわち,
発明における解決課題は,特許請求の範囲,明細書から導き出されるもの
であることを要する。そうすると,本件発明の解決課題は,「曲線状のペ
ースト塗布部でも所望の塗布形状が得られるようにしたペ−スト塗布機を
提供すること」(所望の形状のペーストパターンを得るよう精度を向上さ
せる技術を提供すること)であるといえる(段落【0007】,【000
8】,【0027】参照)。そして,乙13と乙4は,所望の形状のペー
ストパターンを得るよう精度を向上させる技術を提供するという点におい
て課題が共通する。
原告が課題として主張する「直線→曲線→直線と連続してガラス基板上
にペーストを塗布した場合に,所望の塗布形状が得られないという課題」
は,特許請求の範囲及び明細書等から導き出すことができないものである
から,その主張自体失当である。
イ技術分野の相違に対し
原告は,本件発明は「主にガラス基板上にループ状にシール剤のパター
ンを塗布する機械である」と主張し,「乙4及び乙13ともに厚膜ペース
トの塗布装置」である点で技術分野が一致しないと主張する。
しかし,原告の主張は,特許請求の範囲及び明細書の文言から導き出せ
ないような技術分野を問題とするものであり,失当である。乙4及び乙1
3が共に「厚膜ペーストの塗布装置」であるとしても,本件発明の特許請
求の範囲が対象とする,「ペースト塗布装置」という点において,同一の
技術分野に属する。
ウ機能の相違に対し
(ア)原告は,乙4では,膜厚をリアルタイムに測定すると共に,その
測定結果を各アクチュエータの動きにフィードバックし,吐出量,基板
の移動速度,ノズル高さを変化させているから,本件発明と機能におい
て相違すると主張する。
しかし,原告の主張は理由がない。すなわち,乙4において,吐出量,
基板の移動速度,ノズル高さを変化させることは,フィードバック制御
における過渡応答にすぎないのであって,そのような技術が含まれたか
らといって,吐出量,基板の移動速度及びノズル高さをいずれも一定の
値に制御することによって一定の膜厚のペーストパターンを形成すると
の乙4における機能,目的と矛盾するものではない。
(イ)原告は,乙4には,その描画装置において具体的にどのように曲
線部分のペーストを塗布するのかについての記載がなく,したがって,
曲線部分のXYステージの移動速度について「一定」であるとの記載も
ないと主張する。
しかし,原告の主張は,理由がない。すなわち,原告は,乙4及び1
3に,「曲線部分のペースト塗布のための機能や作用」において相違す
る旨主張するが,前記のとおり,本件発明の特許請求の範囲及び明細書
に記載されていない事項に基づく主張であり,その主張自体失当である。
なお,「直線部分とほぼ同じ移動速度とすることにより,曲線状のペー
スト塗布部でも所望の塗布形状が得られるようにしたペースト塗布機で
ある」点については,本件発明も乙4も乙13もその機能において共通
する。
(ウ)原告は,乙4記載の装置は,別紙「原告主張補足図面」【図7】
記載のとおり,曲線部分の中心線上にノズル1を配置し曲線部の描画前
の基板高さを測定しながら描画すると,ノズル1の後方に配置された膜
厚測定器の測定点は,対向配置のため曲線部分の中心線上よりはみ出し
て,描画直後の膜厚ペーストの高さを測れないから,乙4記載装置にお
いて,描画できる曲線がいかなる形状であるのか,当業者は理解するこ
とができないと主張する。
しかし,原告の主張は,膜厚測定の誤差に基づく主張であり,採用の
限りでない。乙4においては,「線の種類(直線・曲線など)にかかわ
らず,同一条件で描画できる」(乙4,4頁左上欄13行,14行)と
明示されているから,曲線を描画できることに疑いがない。
以上のとおり,当業者は乙4記載の発明に乙13記載の技術を適用して
相違点3に係る本件発明の構成に容易に想到することができたものである
といえる。
(3)相違点1に係る容易想到性の欠如の主張に対し
原告は,乙4には,ノズル1と基板2の高さを基板2上に塗布されるペー
ストの厚さにほぼ等しくなるようにすることが記載されていないから,相違
点1に係る本件発明の構成を容易に想到することができないと主張する。
しかし,原告の主張は,侵害論における主張と矛盾し,理由がない。すな
わち,原告は,侵害論においては,「構成要件Cの『該ノズルの高さ位置を
設定する第1の手段』は,ペースト塗布装置を使用する者が予めペーストの
厚みとほぼ等しくなるようにノズル先端と基板との間隔を数値で入力してノ
ズルの高さ位置を定めることができる手段であれば,これに当たる。」と主
張している以上,原告の主張は失当である。
(4)相違点2に係る容易想到性の欠如の主張に対し
原告は,乙4記載装置では,吐出量を一定にするという技術思想はなく,
また,吐出量を一定にすると乙4記載装置を構成しなくなるから,乙4記載
装置では,相違点2に係る本件発明の構成に容易に想到することができない
と主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,乙4記載装
置における吐出圧力の変動は,過渡応答期間中のものであり,フィードバッ
ク制御においては,吐出圧力はいずれ一定の値に収束する。
(5)相違点1ないし3の組合せに係る容易想到性欠如の主張に対し
原告は,相違点1から3の3つの特徴点を同時に組み合わせることについ
ても,当業者が容易に想到できたものではないから,本件発明の進歩性を否
定できないと主張する。
しかし,相違点1,2及び3のいずれも容易想到であれば,その組み合わ
せについても容易想到であるから,原告の主張は,理由がない。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,本件発明の相違点1ないし3に係る構成は,乙4記載発明及び
乙13記載の技術に基づいて容易に想到することができたものであって,本件
特許には,特許法29条2項に違反する無効事由(同法123条1項2号)が
あり,特許無効審判により無効とされるべきものであるから,原告は,同法1
04条の3第1項の規定により,被告に対し本件特許権を行使することができ
ないものと判断する。
その理由は,後記2(当審における原告の主張に対する判断)を付加するほ
か,原判決の「事実及び理由」欄の「第4当裁判所の判断」の1「争点2(本
件特許権に基づく権利行使の制限の成否)について」(原判決46頁18行目
から75頁22行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
2当審における原告の主張に対する判断
(1)乙4及び乙13の記載内容について
ア乙4の記載について
原告は,乙4記載装置において曲線部分と直線部分とで塗布速度がほぼ
同じであるとの記載はないと主張する。すなわち,原告は,本件発明は,
描画速度を曲線部分と直線部分とでほぼ等しくするものであるのに対し,
乙4記載の「同一条件」とは,線の種類(直線・曲線など)にかかわらず,
ベクトル速度を用いて速度を変化させるものであるから,乙4記載装置に
「曲線部分と直線部分とで塗布速度がほぼ同じである」との記載はないと
主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,乙4の記
載装置は,吐出量,ノズル高さ及び基板の移動速度をいずれも一定の値に
制御することによって一定の膜厚のペーストパターンを形成することを目
的とし,何らかの事情でその膜厚が変化したときにこれを認識して,もと
の膜厚に戻す目的で,フィードバック制御をするために,吐出量,ノズル
高さ又は基板の移動速度を適宜変化させるという高精度な膜厚制御装置を
開示している。したがって,フィードバック制御のために移動速度に変化
がある技術部分のみを捉えて,描画速度を曲線部分と直線部分とがほぼ等
しい本件発明の技術思想が開示されていないとする原告の主張は,失当で
ある。
イ乙13の記載について
(ア)原告は,乙13記載の描画装置は,デジタイザが含まれておらず
(別紙「乙13の図2(b)」参照),曲率半径のデータも入力されて
いないから,同装置は,デジタイザで入力されたXY座標値と,設定速
度等で直線を塗布したものであり,曲率半径に応じて曲線部分を塗布す
るものではないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,乙13
記載装置には,標準装備としてデジタイザが付属しており(乙13,8
7頁左欄下から7行),本件発明のペースト塗布機と対比するときに乙
13記載装置(別紙「乙13の図2(b)」参照)からデジタイザを除
くべき理由はない。
また,乙13(「ハイブリッドICパターン直描装置」1989年5
月1日発行)と同一の著者が同一の役職(開発室室長)名にて同じ時期
に同じ直描方式の厚膜ペースト塗布機について解説した「ハイブリッド
IC回路パターン直接描画システム」(電子技術1988年12月別冊
号。乙20)には,円,円弧を描く際に「半径r」を入力することが明
記されていること(乙20,106頁右欄下から5行,4行),及び乙
21の記載に照らすならば,通常のCAD(コンピュータ支援設計シス
テム)上のデータは,直線を表すときには始点と終点を,円を表すとき
には始点と終点と半径を用いるものといえる。このような技術常識に基
づけば,乙13記載装置にも曲率半径のデータが入力され,その半径に
応じて曲線部分が塗布されるものであると認められる。そうすると,乙
13の装置がCADデータにおける直線や曲線を連続した点(デジタイ
ザで入力されたXY座標値の点)の列で直線のみを表すものであるとす
る原告の主張は,採用の限りでない。
(イ)原告は,乙13のデジタイザは,曲率半径に応じた塗布速度を実
現するための曲線部分のパターンデータを作成することはできないと主
張する。
しかし,原告の主張は,次のとおり理由がない。
①乙13記載装置においては,拡大されたパターンから取り込まれた
CADデータ(パターンファイル)が,縮小されて厚膜回路として描
画される。したがって,データ縮小前のデジタイザの精度がそのまま
厚膜回路に反映されることを前提としてデジタイザの精度が悪いから
厚膜回路を曲線状に描くことができないとする原告の主張は,前提を
欠き,採用の限りでない。
②原告は,別紙「原告主張補足図面」【図2】ないし【図4】と【図
6】を対比させて,乙13記載装置は本件発明のような綺麗な曲線を
描画することができないとも主張する。
しかし,原告の主張は理由がない。すなわち,本件明細書(甲2)
の段落【0024】には,「曲線は移動量ΔX,ΔYの直線状の移動
区間が連なったものであり,従って,曲線は折線で表される。そこで,
描かれる曲線をより曲線状に綺麗にみせるためには,上記のノズル1
と基板7との単位時間当りの相対的移動量M1,M2を小さくして移
動量ΔX,ΔYの移動区間を小さくすればよい。このことは,パター
ンの曲線部分b−cでの移動量ΔX,ΔYの移動区間での終点Bと中
心点Pとを結ぶ線とX軸とのなす角度θ1を小刻みに変化させること
によって達成できる。」と記載されているから,本件発明においても,
仮に,移動量ΔX,ΔYの移動区間を大きくするならば,きれいな曲
線にはならず,折線となる。このように,本件発明に係る別紙「原告
主張補足図面」【図6】についても,ΔX,ΔYの刻み幅を例えば±
0.1mm(したがって,0.2mmステップ)と大きくすれば,別
紙「被告主張補足図面【図1】のとおり曲線状ではなく,折れ線状と
なる。逆に,乙13記載装置においても,描画装置の刻み幅を0.0
1mm程度と小さくすれば,別紙「被告主張補足図面」【図2】のよ
うに曲線形状になり得るものであるといえる(弁論の全趣旨)。そう
すると,結局,曲線部分の精度はΔX,ΔYの刻み幅をどの程度細か
く設定するかに依存するものといえるから,本件発明と乙13記載装
置の各曲線部分の精度において変わるところはない。乙13記載装置
が本件発明のような曲線を描画することができないとした原告の前記
主張は,理由がない。
なお,乙13の描画例であると推認される乙20の写真には,きれ
いな曲線が描かれているから(乙20,108頁「写真2描画例」),
乙13記載装置においてもきれいな曲線を描くことができるものと認
められる。
③原告は,乙13の表1における「コーナーR」に対応する図3のメ
ニューシートの図(アイコン)が傾斜状(面取り形状)で表現されて
いること(別紙「原告主張補足図面」【図5】参照)をもって,乙1
3記載装置は曲線を描くことができないと主張する。
しかし,原告の主張は理由がない。すなわち,乙13の表1には「コ
ーナーR」と「面取り」の2つの項目があるのに,メニューシートに
同じ「面取り」が2つあるのは不自然であるから,当業者であれば,
その記載のうち一方は誤記であり,いずれか一方が円弧状のコーナー
の描画であると理解するのが自然であると認められる(乙21)。よ
って,原告の上記主張は採用の限りでない。
(ウ)原告は,乙13記載のデジタイザで入力された「半径」のデータ
が,描画装置の塗布速度の制御において,どのように利用されているの
か記載されていないと主張する。
しかし,原告の主張は採用の限りでない。すなわち,本件発明の構成
要件Eには,「該曲線部分の曲率半径に応じて該基板の移動速度を制御
する」としか記載されていないから,「曲率半径」に「応じて」制御が
されれば足りるものであり,曲率半径の用途及び目的が限定されるもの
ではない。よって,乙13記載装置において「曲率半径」のデータがど
のように利用されるものか不明であるとの原告の前記主張は,特許請求
の範囲の記載に基づかないものであって,採用の限りでない。
(2)相違点3に係る容易想到性を欠くとの主張について
原告は,本件発明と,乙4記載装置及び乙13記載装置とでは,その課題,
技術分野,機能や作用において共通性がないから,乙4記載発明に乙13記
載の技術を適用して相違点3に係る本件発明の構成に容易に想到することが
できないと主張する。
しかし,原告の主張は,次のとおり,理由がない。
ア課題の相違について
原告は,本件発明の課題について,ガラス基板上にループ状にペースト
を塗布する際のコーナー部,具体的には直線→曲線→直線と連続してガラ
ス基板上にペーストを塗布した場合に,直線部分であっても曲線部分であ
っても所望の形状のペーストパターンを正確かつ確実に得ることを解決課
題としているのに対し,乙4及び乙13は,そのような解決課題が記載さ
れていないと主張する。
しかし,本件発明の課題に係る原告の主張は,採用の限りでない。すな
わち,まず,本件発明の特許請求の範囲には,ペースト塗布の対象につい
て,ガラス基板を有する液晶パネルに限定する記載はない。また,本件明
細書の記載によれば,本件発明の課題は,シール剤をガラス基板に塗布す
る液晶表示パネルのみならず,抵抗ペーストを基板上に塗布する厚膜回路
をも対象にした「ペースト塗布機」一般において,「曲線状のペースト塗
布部でも所望の塗布形状が得られるようにしたペ−スト塗布機を提供する
こと」であると認められる(甲2,段落【0003】,【0026】)。
他方,乙13と乙4は,所望の形状のペーストパターンを得るよう精度
を向上させる技術を提供するという点で課題が共通する。
そうすると,本件発明の課題と,乙4記載装置及び乙13記載装置の各
課題は共通するといえる。
イ技術分野の相違について
原告は,乙4記載装置及び乙13記載装置ともに厚膜ペーストの塗布装
置であり,主に液晶基板用ペーストの塗布装置である本件発明とは,技術
分野が一致せず,乙4及び乙13には,膜厚回路形成用のディスペンサ法
(直接描画法)を,液晶基板用のシール剤のディスペンサ法に転用しよう
とする動機づけの記載がないと主張する。
しかし,前記説示のとおり,本件発明は,液晶基板用ペーストのみなら
ず,膜厚回路の抵抗ペーストをも塗布する装置に係るものであるから,同
一の技術分野に属するといえる。よって,原告の主張は理由がない。
ウ機能の相違について
(ア)原告は,本件発明の相違点3に係る機能について,乙4記載装置
及び乙13記載装置には曲線部分のペースト塗布についてどのような機
能及び作用を有するのかについての記載がなく,本件発明のように,直
線→曲線→直線という,一度の塗布で連続した形状となるものではない
から,本件発明と機能等の共通性を欠くと主張する。
しかし,原告の主張は採用の限りでない。すなわち,容易想到性の判
断に際して本件発明と引用発明の各機能の共通性を比較検討するに当た
っては,本件発明の特許請求の範囲及び明細書の記載から導かれる事項
を前提として比較検討すべきである。これを本件発明についてみるに,
本件発明の相違点3に対応する特許請求の範囲の記載においては「曲線
部分の曲率半径に応じて該基板の移動速度を制御する」ことによって,
直線部分の塗布時と曲線部分の塗布時における「ノズルに対する基板の
単位時間当り移動量をほぼ等しくする」と記載されていることに照らせ
ば,本件発明の相違点3に係る構成から導かれる機能としては,①入力
された曲折半径に応じて,②直線部分と曲線部分とで同一の描画速度で
描画されるように移動速度を制御する点にあると解され,これを超えて
一度の塗布で連続した「直線→曲線→直線」という形状となるという機
能は,本件発明に基づいた機能又は作用とはいえない。また,本件明細
書によるも,このように解釈できる記載はない。そうすると,乙4記載
装置及び乙13の描画装置に,本件発明の上記のような機能に係る記載
がないことを根拠として容易想到性がないとする原告の主張は,採用の
限りでない。
(イ)また,原告は,乙4では,吐出量,基板の移動速度,ノズル高さ
を変化させ,「一定」であるとの記載がないことを理由に,機能の共通
性を欠くとする。
しかし,原告の主張は採用の限りでない。すなわち,前記説示のとお
り,乙4記載装置は,高精度なフィードバック制御を目的として,その
過渡的な過程において,吐出量,ノズル高さ又は基板の移動速度を変化
させるものにすぎず,その目的は,吐出量,ノズル高又は基板の移動速
度を一定にして制御し得ることを基本としている。したがって,乙4記
載装置における過渡的な変化の部分のみを捉えて,乙4には,描画速度
を曲線部分と直線部分とでほぼ等しくする本件発明との機能と矛盾する
記載がされているとする原告の主張は採用の限りでない。
(ウ)また,原告は,乙4記載装置は,別紙「原告主張補足図面」【図
7】記載のとおり,曲線部分の中心線上にノズル1を配置し曲線部の描
画前の基板高さを測定しながら描画すると,ノズル1の後方に配置され
た膜厚測定器の測定点は,対向配置のため曲線部分の中心線上よりはみ
出して,描画直後の膜厚ペーストの高さを測れないから,乙4記載装置
において,描画できる曲線がいかなる形状であるのか,当業者は理解す
ることができないと主張する。
しかし,原告主張の点は,膜厚測定に誤差が生じ得るとの指摘にすぎ
ず,膜厚測定器の配置の仕方を工夫することにより対応が可能であり,
また,乙4には,「線の種類(直線・曲線など)にかかわらず,同一条
件で描画できる」(乙4,4頁左上欄13行,14行)と明記されてい
ることに照らすならば,当業者であれば,乙4記載装置は曲線を描画で
きるものであると理解するといえる。
(エ)そうすると,本件においては,「直線部分とほぼ同じ移動速度と
することにより,曲線状のペースト塗布部でも所望の塗布形状が得られ
るようにしたペースト塗布機である」点については,本件発明と乙4及
び乙13は,その機能において相違しない。
(オ)なお,仮に,乙13記載装置が,原告の主張するように,別紙「原
告主張補足図面」【図8】の図8記載のとおり,直線を繰り返し描画し
て曲線を描くものであるため,一度の塗布で直線→曲線→直線という形
状が描けず,また曲線部分と直線部分の移動速度をほぼ同じとすること
ができないとしても,乙4記載装置は,XYテーブル上の基板にペース
トを塗布する機構であるから,直線→曲線→直線という塗布が可能であ
り,また曲線部分と直線部分の移動速度はほぼ同じであると認められる。
そして,本件発明の特許請求の範囲の記載においては,「該曲線部分
の曲率半径に応じて該基板の移動速度を制御する」としか記載されてお
らず,乙13には,曲率半径を制御に用いることが記載されており,単
にこれを乙4記載装置に適用することにより相違点3に係る本件発明の
構成に容易に想到することができるというべきであって,乙13におけ
るこの点の機能の相違が適用における阻害事由となるものではない。
エ以上のとおりであり,本件発明の相違点3に係る構成は,乙4記載の発
明に乙13記載の技術を適用して容易に想到することができた。
(3)相違点1及び2に係る容易想到性を欠くとの主張について
原告は,乙4記載装置は,ノズル1と基板2との間隔を一定にするもので
はなく,例えば,吐出圧力や描画速度の変化によって膜厚が変化した場合,
ノズル1と基板2の間隔を変動させることとなること,又は乙4記載装置で
は,吐出量を一定にするといった技術思想はなく,また,吐出量を一定にす
ると,乙4記載装置を構成しなくなることを理由として,乙4記載の発明か
ら,相違点1又は2に係る本件発明の構成に容易に想到することができたと
はいえないと主張する。
しかし,前記(1)ア及び(2)ウ(イ)で説示したと同様の理由により,
原告の主張は採用の限りでない。
(4)相違点1ないし3の組合せに係る容易想到性を欠くとの主張について
原告は,乙4,13には,相違点1ないし3に係る特徴点を同時に機能さ
せるという本件発明の技術的思想についての記載も示唆もないから,乙4記
載の発明に乙13記載の技術を適用しても,本件発明の相違点1ないし3に
係る構成に容易に想到することができたとはいえないと主張する。
しかし,前記のとおり当業者が乙4記載の発明に乙13記載の技術を適用
して相違点1,2又は3に係る本件発明の構成に容易に想到することができ
るのであれば,これらを同時に組み合わせることについても容易に想到する
ことができたものといえるから,原告の主張は,理由がない。
3結論
以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
齊木教朗
裁判官
武宮英子
(別紙)
物件目録
下記のモデル番号のシール塗布装置

CSD−1100
CSD−1200
CSD−3000
CSD−6000S
CSD−6200
CSD−6300
CSD−6400
CSD−6600
CSD−6061
(別紙)「本件明細書図面」
(別紙)「乙13の図2(b)」
描画装置
(別紙)「原告主張補足図面」
【図1】
【図2】【図3】
1.0
1.0
00.2
0.2
0.4
0.40.60.8
0.8
0.6
X方向
単位
mm
Y方向
曲率半径=
1.0mm
0.400.2
0.2
0.4
X方向
単位
mm
Y方向
曲率半径=
0.5mm
0.6
0.6
ガラス基板
シール剤
塗布方向
【図4】【図5】
【図6】
0.5
0.5
曲率半径=
0.5mm
0.1
0.1
0.20.3
0.4
0.2
X方向
Y方向
単位
mm
0.3
0.4
曲率半径=
2.0mm
0.4
0.4
0.8
0.81.21.6
1.6
1.2
X方向
Y方向
単位
mm
2.0
2.0
【図7】
【図8】
図6:重ね塗りとピッチ図7:ピッチと枠の有無
図8
X
Y
ペーストパターンの中心線
基板高さ測定器の
測定点
定点
曲線の中心線上よ
りはみ出す
膜厚測定器の測
(別紙)「被告主張補足図面」
【図1】
【図2】

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