弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人の控訴の趣旨
(1) 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
(2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
2 被控訴人らの本訴請求の趣旨
 控訴人は,被控訴人ら各自に対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成1
3年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 本件事案の概要及び争点に関する当事者双方の主張
 本件は,宗教団体・アレフの信者である被控訴人らが,杉並区長に対して提出し
ようとした転入届が不受理とされたことについて,この不受理処分が住民基本台帳
法に違反し,さらに,被控訴人らの生存権や参政権などの基本的人権を侵害する違
法なものであるとして,控訴人に対し,国家賠償法1条に基づき損害賠償を求めた
事案である。
 なお,被控訴人らは,杉並区長に対する上記不受理処分の取消しの訴えに併合し
て本件損害賠償の訴えを提起したものであるが,いずれも,原審の口頭弁論終結後
に上記転入届に係る住所地から転出したため,当審において,杉並区長に対する上
記取消しの訴えを取り下げたものである。
1 争いのない事実
(1) 被控訴人らは,いずれも,宗教団体・アレフ(改称前の名称はオウム真理
教,以下「アレフ」という。)の信者である。
(2) 被控訴人らは,いずれも,平成13年8月15日,杉並区役所において,
新住所欄に「東京都杉並区α12番7号」(以下「本件住所地」という。)と記載
した「異動届出書」を転出証明書とともに区民課窓口に提示し,転入届をしようと
したが,杉並区長は,上記各転入届をいずれも受理しなかった(以下「本件不受理
処分」という。)。
(3) 被控訴人らは,いずれも,同年12月3日ころ,本件住所地から退去し
た。
2 被控訴人らの主張
(1) 杉並区長による本件不受理処分の違法性について
 住民基本台帳制度は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)において,住民の居
住関係の公証,選挙人名簿の登録等の住民に関する事務の処理とともに,住民の住
所に関する届出等の簡素化を図り,併せて住民の利便の増進,国及び地方公共団体
の行政の合理化に資することを目的とするものであり(住民基本台帳法(以下
「法」ともいう。)1条),市町村長は,常に住民基本台帳を整備して住民に関す
る正確な記録を行い,またその正確な記録を確保するために必要な措置を講じなけ
ればならない(法3条1項,14条1項)。
 そして,市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)は,法の規定による届出
があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査した上,住民票の記
載,消除又は記載の修正(以下「記載等」という。)を行わなければならない(住
民基本台帳法施行令(以下「施行令」という。)11条)。
 これらの法及び施行令の文理,目的及び趣旨からすれば,市町村長は,当該市町
村の区域内に居住の事実を有する者から転入(あらたに市町村の区域内に住所を定
めることをいい,出生による場合を除く。以下同じ。)の届出がされた場合には,
これを受理して住民票に記載して調製し,住民基本台帳に記録すべき義務を負って
おり,居住の実態があるにもかかわらずこれを拒否することは,住民基本台帳に要
求される住民に関する記録の正確性を損なうものとして許されない。すなわち,住
民基本台帳に記録されるべきか否かは,当該住民の住所が当該市町村の区域内にあ
るかどうかという事実及び住民基本台帳に登録して管理すべき者であるかどうかの
みを基準として判断されるべきものである。
 地方自治法10条1項は,「住民」の意義について,市町村の区域内に住所を有
する者は,当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする旨定めており,同
法11条ないし13条において,日本国民たる普通地方公共団体の住民が有する権
利(選挙権,条例の制定改廃請求権,地方議会の解散請求権等)を定め,同法13
条の2において,市町村は,別に法律の定めるところにより,その住民につき,住
民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならないと定め,同条
を受けて定められた住民基本台帳法は,その4条において,住民の住所に関する法
令の規定は,地方自治法10条1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定
めるものと解釈してはならないと定めている。
 そうすると,住民基本台帳法において定める「住民」の意義については,「市町
村の区域内に住所を有する者」との解釈以外にはあり得ない。
 以上によれば,転入届を受けた市町村長が,転入届に係る住民の居住の有無を超
えて,その転入届の目的,思想信条,所属団体の内容等を審査して,転入届の不受
理処分を行うことを認めるという解釈は,地方自治法10条1項の「住民」の意義
に新たな要件(市町村長が,地域の秩序を破壊し,住民の生命や身体の安全を害す
る危険が高度に認められるといった特別の事情が存在しないと判断した者等の要
件)を加えるものであって,許されないものであることは明白である。
 したがって,日本国籍を有する者であって,当該市町村の区域内に居住の事実が
あり,居住の意思も認められる者,すなわち,当該市町村に住所を有する者は,そ
の市町村長に対し転入の届出をする法的義務を負い(法22条),かつ,市町村
は,法に基づき,その者の住民たる地位に関する正確な記録として住民基本台帳を
整備する法的義務を負っているのであるから(地方自治法13条の2),市町村長
には,当該市町村に住所を有する者の転入届を受理せず,その住民登録を拒否し得
る裁量権が認められる法的な根拠はない。
 後記のとおり,本件不受理処分は,被控訴人らの憲法上の権利を侵害するもので
あるところ,控訴人は,アレフの危険性を強調して,本件不受理処分が適法である
と主張する。しかし,仮に,本件において被控訴人らの権利を規制する必要性があ
るとしても,侵害される人権の重要性にかんがみ,その規制は必要最小限度のもの
でなければならないが,本件不受理処分は,被控訴人らの選挙権,生存権といった
諸権利を全面的に排除する結果をもたらすものである一方,本件不受理処分によっ
て被控訴人らの居住自体を排除することができるものではなく,本件不受理処分は
規制の目的を達成する手段としては意味がないのであるから,このような規制が必
要最小限の規制であるとは到底いうことができない。また,そもそも,現在におい
ては,アレフに危険性は存在しない。
 そうすると,杉並区長のした本件不受理処分は,法に違反する違法な処分である
ことは明らかである。
(2) 本件不受理処分に係る控訴人の責任及びこれにより被控訴人らが被った損
害について
ア 被控訴人らは,本件不受理処分により,次のような憲法上の諸権利を侵害され
た。
① 居住移転の自由(憲法22条)
 被控訴人らは,自己が求める場所に移転し,居住しても,そのことにより何ら不
利益を受けないという居住移転の自由が憲法上保障されているが,本件不受理処分
はこの居住移転の自由を侵害する。
② 選挙権(憲法15条)
 法15条1項は,選挙人名簿の登録は住民基本台帳に記録されている者で選挙権
を有するものについて行うと規定し,公職選挙法21条1項も,選挙人名簿の登録
は,住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記
録されている者について行うと規定しており,選挙人名簿に登録されていない者は
原則として投票することができない(同法42条1項)から,住民票が作成されな
い以上,選挙権の行使が不可能となる。したがって,本件不受理処分は,被控訴人
らの選挙権の剥奪につながるものである。
③ 生存権(憲法25条)
 国民健康保険法は,市町村の区域内に住所を有する者を国民健康保険の被保険者
と定め(同法5条),法28条及び国民健康保険法9条10項により,法に基づく
届出と国民健康保険法に基づく届出とを関連させている。
 その結果,法に基づく届出がされないと国民健康保険法上の届出もされない結果
となり,国民健康保険の被保険者資格も得られないこととなる。
 したがって,本件不受理処分は,被控訴人らが国民健康保険を利用することを不
可能にするものであり,被控訴人らの生存権を侵害するものである。
④ 思想の自由(憲法19条)及び法の下の平等(同法14条)
 本件不受理処分は,被控訴人らがアレフの信者であることを理由とする差別的取
扱いであり,思想の自由を侵害するとともに,思想を理由とする差別的取扱いとし
て,法の下の平等にも反する。
イ 上記のとおり,被控訴人らについて住民票が作成されず,住民基本台帳への記
録がされないことによって,被控訴人らは,生存権や参政権などの様々な基本的人
権が侵害されたほか,印鑑登録証明書やパスポートも取得できず,図書館等の公共
施設の利用が不可能となり,身分証明書がないため各種契約の締結に支障を来すな
ど日常生活上の不便を被り,多大な精神的苦痛を被り不安を募らせている。このよ
うな被控訴人らが被った精神的苦痛や不安を金銭をもって慰謝するならば,その額
は,少なくとも各自金100万円を下らない。
ウ 上記イの損害は,杉並区長がその職務を行うにつき公権力の行使を誤った結果
として被控訴人らに与えた損害であるから,控訴人は,国家賠償法1条により,被
控訴人らに対して上記損害を賠償すべき義務がある。
3 控訴人の主張
(1) 本件不受理処分の適法性について
ア 住民基本台帳法の解釈
 個人の住民票を編成して作成される住民基本台帳は,住民の居住関係を公証する
とともに,選挙人名簿の登録その他の住民に関する各種の行政事務処理の基礎とす
ることを目的としている。個々の行政事務の処理のために利用される事項として,
選挙人名簿の登録,国民健康保険や国民年金の被保険者の資格及び児童手当の受給
資格等が住民票に記載されるほか,学齢簿の編成,作成も住民基本台帳に記録され
た者を対象として行われ,その他市町村独自の住民に対する各種の行政サービスあ
るいは住民への連絡事務にも利用されている。
 このように,住民登録及び住民基本台帳は,単に形式的に住所の登録と公証だけ
にとどまらず,住民基本台帳に記録して住民に関する事務の処理の基礎とする必要
があると認められるもの,すなわち,そこに住民として記録し当該市町村の事務を
管理,執行する必要がある者を制度の対象にしていると考えられる。それゆえ,施
行令7条1項において,「新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者が
あるときは」住民票を作成しなければならないものと規定し,同8条において「そ
の者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由が生じたときは」
住民票を消除しなければならないと規定しているところである。また,法8条の規
定によれば,住民票の記載等は届出を基礎として行われるが,その記載等をするこ
と自体はあくまで市町村長の職権により行われるものであって,施行令11条及び
12条もこれと同趣旨のものと解される。したがって,その住所が区域内にある者
の届出であればおよそ例外なく市町村長は住民登録をすべく羈束されているとは解
し難く,住民基本台帳に記録しないこと,その届出を受け付けないことなど住民登
録を拒否することが許容される場合もあり得るものというべきである。すなわち,
当該地方公共団体において住民として受け入れ,各種の行政サービス等を提供する
ことを否定すべき特別の事情が存在する場合にまで,市町村長が住民票を調整し住
民基本台帳に記録しなければならない義務を負っているものとは解し難いのであ
る。
 そして,地方公共団体は,住民の福祉の増進を図ることを基本として,地域にお
ける行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担っており,その一環として,
地方公共の秩序を維持し,住民及び滞在者の安全,健康及び福祉を保持することも
重大かつ基本的な役割であり,地方公共団体の長は,当該地方公共団体を代表して
その責めに任ずるものであるが,後記イのとおり危険性の高い団体であるアレフ及
びその信者が控訴人の区域内に極めて多数転入し,アレフの拠点施設等に居住し
て,アレフの活動に深く関わるという事態は,杉並区長が負っている上記責務を著
しく阻害するものであるから,被控訴人らを住民として受け入れられない特別の事
情があるというべきである。
 しかも,住民基本台帳に関する事務は,法定受託事務ではなく,当該地方公共団
体における自治事務に属するが,地方公共団体に関する法令の規定は,地方自治の
本旨に基づいて,かつ,国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて,これを
解釈し,及び運用するようにしなければならないとされている(地方自治法2条1
2項)ことからすれば,地方公共団体の役割の遂行における自主性,自立性が尊重
されるように,法の解釈,運用が行われるべきである。
 そうすると,被控訴人らの転入を受け入れて住民登録を行うことができない特別
の事情がある場合には,法に明文の規定がないとしても,これが許されるものと法
を解釈し,運用することは,必ずしも違法なことであるとはいえない。
イ 被控訴人らの転入届を受理できない特別の事情
(ア) アレフの危険性
 アレフ及びその信者は,「日本シャンバラ化計画」を実現するためには政治力が
不可欠であるとし,その実現が不奏効に終わると,武力による祭政一致の専制国家
体制の樹立が必要であるとして,その実現のため,教団の活動の障害となる者は内
外を問わず死に至らしめ,地域住民を敵視して危害を加え,無差別大量殺人行為に
及ぶなど,これらの犯罪行為を組織の活動として行った。これらの行為は,多くの
国民に極めて甚大な被害をもたらすと同時に,社会的な不安を極めて大きなものと
した。そして,「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」31条の
規定に基づいて平成13年4月に行われた報告では,アレフの現状は,その体質な
どについて,上記のような犯罪行為に及んだ当時のそれと大きな変化はないとされ
ている。
(イ) 杉並区民の恐怖,不安
 アレフは,平成2年2月に行われた衆議院議員選挙において,杉並区βに事務所
を構えるなど,早くから杉並区内に進出を開始し,地下鉄サリン事件が発生した平
成7年3月当時,杉並区内には道場や「アジト」などの教団施設が複数存在するな
ど,都内有数の活動拠点となっており,地下鉄サリン事件では,地下鉄丸の内線を
利用していた杉並区民多数が被害を受けた。そして,杉並区内の上記各教団施設
は,信者らによる一連の非合法活動の拠点として使用されていたことが明らかにな
るとともに,杉並区内の各教団施設などに出入りしていた信者が多数検挙,逮捕さ
れるに至った。さらに,その後も,杉並区内に教団施設が相次いで進出し,同区内
においてその活動を活発化させるアレフ及びその信者に対する区民の恐怖や不安は
極めて大きなものとなり,多数の区民が控訴人に対してアレフの解散や退去の措置
をとるよう申し立てていた。そして,「γ地域オウム真理教対策協議会」や「δ地
域オウム真理教対策協議会」などを中心とした杉並区民が,教団施設の撤去及びそ
の信者の退去を求めて懸命な活動を続けた結果,平成11年11月ころには杉並区
内からアレフの施設はなくなった。ところが,平成12年10月2日には,アレフ
の信者が同年9月以降本件住所地に所在する建物を占拠し,活動を始めていること
が明らかとなるなど,アレフが杉並区内でその活動を本格化させたことで,杉並区
民の恐怖や不安は増大した。そこで,杉並区オウム真理教対策協議会及び控訴人
は,教団施設を含むアレフ信者らの,杉並区内からの即時退去及び杉並区への転入
を断固拒否する旨の決議を行うなどの活動を展開している。アレフが杉並区民に及
ぼす強い恐怖や不安は,現実に顕著,切実なものであり,控訴人は,杉並区民がこ
のような恐怖,不安を抱いているという事実を無視することはできない。
(ウ) 本件不受理処分に至る事情
 杉並区長は,これ以上杉並区内にアレフ信者が集中し,アレフの拠点施設が構
築,形成されることを到底許容することはできないとの立場にたって,アレフ信者
の集中等を可能なかぎり阻止するための実効的な方法の一つとして,アレフ信者で
ある被控訴人らの本件住所地への住民登録の拒否を決定したのであり,これは,正
当な措置として社会的に是認され得るものである。
ウ 結論
 以上のとおり,被控訴人らの転入届を受理できない特別の事情があると認められ
たため,杉並区長は本件不受理処分を行ったものであり,本件不受理処分に違法性
はない。
(2) 過失の有無について
 無差別大量殺人を行い,危険な団体として,国家が認定するような教団が出現
し,その構成員が集団で転入するという事態は,法律が明文をもって予定するもの
ではない。内戦ともいうべき活動を行い,現在においてもその具体的な危険性が認
められるアレフの信者がその活動拠点に集団転入を行ったという事案において,住
民基本台帳制度による措置の是非が問題となった裁判例は見当たらない。
 そして,杉並区長は,無差別大量殺人行為を行い,いまなおその危険性があると
される団体の構成員であるアレフ信者が集団で居住したことにより,現実に地域住
民に強い不安や混乱が生じ,その平穏な生活が脅かされている実態を見過ごすこと
はできないため,住民基本台帳制度の解釈により,本件不受理処分を行うことが可
能であるとの見解にたって,住民のためにやむなく本件不受理処分に及んだもので
ある。
 したがって,本件不受理処分には相当な根拠が認められるものと解すべきである
から,杉並区長に過失はない。
(3) 損害について
 被控訴人らが主張する損害のうち,選挙権や被選挙権が行使できないとの点につ
いては,被控訴人らが届出をしたとする日以降,選挙が行われた事実はなかったの
であるから,この点に関する損害はない。
 被控訴人らが主張するその他の権利侵害についても,転入届を受理することを直
接の法律上の要件としているものではないから,本件不受理処分に起因する損害は
何ら生じていない。
第3 当裁判所の判断
1 本件不受理処分が国家賠償法上違法であるかどうかについて
(1) 住民基本台帳制度は,市町村において,住民の居住関係の公証,選挙人名
簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関す
る届出等の簡素化を図り,併せて住民に関する記録の適正な管理を図るため,住民
に関する記録を正確かつ統一的に行うものとして設けられた制度であって,これに
より住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資する
ことを目的とするものである(法1条)。
 そして,市町村長は,常に住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行
われるように努めるとともに,住民に関する記録の管理が適正に行われるように必
要な措置を講ずるよう努めなければならず(法3条1項,14条1項),その住民
につき,氏名,出生の年月日,男女の別等法7条所定の事項を記録する住民票を世
帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成する義務を負っている(法5条,6条1
項)。
 他方,住民は,常に住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努
めなければならず,虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為
をしてはならないとされ(法3条3項),出生以外の事由で新たに市町村の区域内
に住所を定めて転入をした者は,転入をした日から14日以内に,氏名,住所,転
入をした年月日等所定の事項を市町村長に届け出ることが義務付けられており(法
22条1項),正当な理由がなくこれに違反した場合には,5万円以下の過料に処
せられることとされている(法51条2項)。
 そして,住民票の記載等は,政令で定めるところにより,法の規定による届出に
基づき,又は職権で行うこととされ(法8条),これを受けて施行令では,市町村
長に対し,転入をした者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき
者があるときは,その者の住民票を作成することを義務付け(施行令7条),届出
があったときには,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記
載等を行い(同11条),届出がないときには,当該記載等をすべき事実を確認し
て,職権で,住民票の記載等をしなければならない(同12条)と定めている。
(2) 一方,公職選挙法によれば,選挙人名簿に登録されるためには,その者に
係る住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記
録されていることを要し(同法21条1項),選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登
録されていない者は原則として投票することができないこととされている(同法4
2条1項)。
 また,国民健康保険法は,市町村の区域内に住所を有する者を当該市町村が行う
国民健康保険の被保険者とすると定め(同法5条),国民健康保険の被保険者の属
する世帯の世帯主に対し,その世帯に属する被保険者の資格の取得及び喪失に関す
る事項等を市町村に届け出ることを義務付けているが(同法9条1項),法22条
から25条までの規定による届出(転入届,転居届,転出届又は世帯変更届)に国
民健康保険の被保険者であることを証する事項で施行令27条1号に定める事項を
付記すれば,国民健康保険法9条1項に規定する市町村に対する届出があったもの
とみなされる(同法9条10項,法28条)。
 したがって,転入届が受理されないと,別途届出をしない限り,国民健康保険の
被保険者として事実上取り扱われないこととなる。
(3) 以上の法の目的及び関係法令の規定からすれば,転入をした者について市
町村長が住民票を作成し,住民基本台帳に記録する行為は,あくまでその者が新た
に市町村の区域内に住所を定めたという事実が存在する場合に,その居住関係を公
証するとともに,選挙人名簿への登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とし
各種行政事務の結合を強化すること,併せて住民に関する記録の適正な管理を図る
という目的から行われるものであって,転入者についての住民票の作成や住民基本
台帳への記録自体によって,当該市町村への転入,居住が許容されるなどの権利義
務が形成され,又はその範囲が確定されるという法的効果を生じるものでないこと
は明らかである。そして,転入をした者が届け出なければならない事項は,氏名の
ほかは住所,転入年月日及び従前の住所等の居住関係に関するものに限られ(法2
2条1項),市町村長は当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して住民票の
記載を行うものとされていて(施行令11条),それ以外の事項を住民票の作成及
び住民基本台帳に記録するための要件とすることを定めた規定がないこと等を考え
合わせると,転入の届出があった場合に市町村長が住民票の作成及び住民基本台帳
に記録するに当たって審査すべき事項は,転入届に係る居住関係が事実であるかど
うかに限られると解するのが相当である。
 したがって,市町村長は,転入の届出があった場合,当該届出に係る居住関係が
事実である限り,その内容に従ってその者の住民票を作成し,住民基本台帳に記録
しなければならない義務を負っているものというべきである。
(4) そして,関係証拠(甲1ないし19,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,
被控訴人らは,いずれも平成13年4月5日から同年12月3日ころまで本件住所
地に居住していたことを認めることができるから,杉並区長が行った本件不受理処
分は,法に反する違法なものであるというべきである。その上,本件不受理処分
は,被控訴人らをして選挙権の行使ができない状態及び国民健康保険の受給も事実
上受けられない状態においたものであり,また,関係証拠(甲4ないし6)及び弁
論の全趣旨によれば,本件不受理処分は,アレフの信者が多数居住している本件住
所地にその信者である被控訴人らが転入したことを理由とした法律上の根拠のない
差別的な取扱いであることが認められるから,国家賠償法上も被控訴人らに対する
関係で違法な行為であるというべきである。
(5) 控訴人は,アレフが危険性を有する団体であり,その構成員が集団で転入
することによって地域住民が恐怖,不安を感じており,住民の安全と地方公共の秩
序を維持するため,アレフの構成員の大量転入とアレフの拠点化を防ぐという特別
の事情が認められたため,本件不受理処分を行ったのであって,違法性はないと主
張する。
 しかし,前記のとおり,住民基本台帳制度は,住民の居住関係の公証や住民に関
する記録の適正な管理を目的とする制度であって,地域の秩序維持や住民の安全確
保を目的とするものではなく,しかも,市町村長が転入届を受理せずに住民票の作
成及び住民基本台帳への記録を拒否したからといって,当該転入届をした者の当該
市町村における居住が禁止される等の法的効果が生じるものでもなく,その者が当
該市町村の区域内に居住すること自体は可能であるから,当該転入届を不受理とす
ることによって住民の安全を確保するという目的を達することができるというもの
でもない。そうすると,住民基本台帳法が,控訴人の主張するような事情を考慮し
て,適法に行われた転入届を不受理とし,住民票の作成を拒否する権限を与えてい
ると解する余地はないといわざるを得ない。
 また,地域の秩序を維持し,住民の安全,健康及び福祉を保持することが地方公
共団体及びその長の基本的かつ重要な責務であるからといって,そのための行政の
作用が,法律又は条例を基礎とする何らかの立法の定めもなしに,国民の権利利益
を侵害することは,現行法上許容されるものではない。
 ところで,上記の法令の定めのように,選挙人名簿に登録されていない限り原則
として投票することができず,選挙人名簿に登録されるためには住民基本台帳に記
録されていることが必須とされていて,最も重要な基本的人権の一つである選挙権
の行使は住民票の作成及び住民基本台帳への記録にかからしめられていることが明
白であるところ,居住の事実があるにもかかわらず法の規定しない事由で転入届を
不受理とすることは,選挙権の行使を妨げる結果となるので,法律上の根拠なくし
ては許されないというべきである。
 したがって,控訴人が主張するような事情をもって本件不受理処分を正当化する
ことは是認できない。
2 本件不受理処分について杉並区長に過失があるかどうかについて
 控訴人は,杉並区長において本件不受理処分が適法なものと解釈したことに過失
はないと主張する。
 しかし,関係証拠(甲25,56)及び弁論の全趣旨によれば,本件不受理処分
に先立つ平成12年12月15日,当時の森喜朗内閣総理大臣は,信者の転入届の
不受理等に関する国会議員の質問主意書に対し,「市町村長は,転入届があったと
きは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載を行わなけ
ればならないこととされており,自治省においては,その趣旨について地方公共団
体へ助言を行ってきたところである。」旨の答弁書を衆議院議長に送付しており,
また平成13年6月14日には,住民票の消除処分の効力の執行停止を求める裁判
の特別抗告事件(最高裁判所平成12年(行ク)第111号)において,最高裁判
所は,市町村長が法に基づき住民票を調製するに際し,地域の秩序が破壊され住民
の生命や身体の安全が害される危険性が高度に求められるような特別の事情の存否
について審査権限を有するとは必ずしも即断し難いとして,上記執行停止の申立て
を却下した原決定を破棄し,上記申立てを認める旨の判断をしていることが認めら
れ,さらに,法が定める住民基本台帳制度の目的,転入届に関する規定の各文言に
照らしても,同区長がそのような解釈を採ったことについて相当の根拠があったと
いうことはできない。したがって,違法な本件不受理処分を行ったことについて,
杉並区長には過失があるというべきである。
3 被控訴人らが被った損害について
 以上によれば,控訴人は,国家賠償法1条に基づき,杉並区長による公権力の行
使たる本件不受理処分により被控訴人らが被った損害を賠償すべき義務があるとこ
ろ,上記のとおり,本件不受理処分により,被控訴人らは,選挙権を行使できない
状態におかれ,また,国民健康保険の被保険者として事実上取り扱われない状態に
もおかれたほか,関係証拠(甲4ないし6)によれば,印鑑登録証明書の交付を受
けられないなど,日常生活にも支障を来したことが認められ,これらの事実によれ
ば,被控訴人らが少なからざる精神的苦痛を受け,心理的不安を抱いたものと推認
される。
 もっとも,本件不受理処分後被控訴人らが本件住所地から転出した平成13年1
2月3日ころまでの間に公職選挙法に基づく選挙は実施されていない(公知の事
実)ので,被控訴人らが現実に選挙権を行使することができなかったという事情は
なく,国民健康保険の被保険者として取り扱われなかったことによって被控訴人ら
が高額の医療費の支出を余儀なくされたという事情も見受けられない。
 以上の諸事情を総合考慮すれば,被控訴人らが被った精神的苦痛等に対する慰謝
料としては,被控訴人ら各自についてそれぞれ30万円を認めるのが相当である。
第4 結論
 したがって,控訴人は,被控訴人ら各自に対し,損害賠償として,それぞれ30
万円及びこれに対する不法行為の日である平成13年8月15日から支払済みまで
民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり,これと同旨の
原判決は相当であるから,本件各控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり
判決する。
東京高等裁判所第15民事部
裁判長裁判官 赤塚信雄
裁判官 宇田川基
裁判官 加藤正男

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