弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、上告人敗訴部分を破棄する。
     前項の部分につき、第一審判決を取り消し、被上告人らの請求を棄却す
る。
     訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人饗庭忠男、同小堺堅吾、同山本一道、同井上利之、同大島真人の上告
理由第二点について
 一 本件請求中の論旨に係る部分は、被上告人らが、上告人に対し、上告人の経
営するD病院(以下「上告人病院」という。)眼科のE医師に注意義務違反があり、
そのため被上告人B1(以下「B1」という。)は未熟児網膜症(以下「本症」と
いう。)にり患しながら光凝固法等による治療の機会を奪われ両眼を失明するに至
ったとして、債務不履行又は不法行為に基づいて、その失明によって被上告人らが
被った精神的苦痛に対する慰謝料の支払を求めるものである。
 二 E医師の診察、治療等について原審が適法に確定した事実関係は、次のとお
りである。
 1 B1は、昭和四七年九月七日上告人病院で出生したが、生下時体重一六三〇
グラム、在胎三〇週の未熟児であったため同病院で引き続き保育医療を受け、同年
一一月一〇日退院した。その間、同病院でB1に対する眼科的診療はされなかった。
B1は、同年一一月二八日、同病院の眼科で初診としてE医師の診察を受けた。同
医師は、その際、B1を連れてきたFからB1が未熟児で出生したことを告げられ
たが、眼底検査を実施した結果異常を認めなかったので、その旨Fに告げ、なおも
大丈夫ですかと問いかける同女に対し、心配ならば半年後くらいに来院するように
指示し、カルテにも「半年後に来る」と記載した。
 2 B1は、再び、昭和四八年三月一二日、同病院の眼科で同医師の診察を受け
た。同医師は、その際、細げき灯検査を実施して眼底の所見を得ようとしたが、B
1が動くためこれを行うことができなかったけれども、診察の結果、B1が白内障
にり患しているものと考え、カルテにもその旨の記載をし、B1は白内障にり患し
ているが、将来手術をすれば視力が得られる旨Fに告げ、同症の治療のための点眼
薬を投与した。
 3 ところが、B1は、右の初診時から再診時までの間に本症にり患しており、
その結果失明した。
 4 昭和四七年当時、本症に対する光凝固法はいまだ当該専門領域における追試、
検討の段階にあり、一般臨床眼科医(総合病院の眼科医を含む。)の医療水準とし
て、その治療法としての有効性が確立され、その知見が普及定着してはいなかった。
冷凍凝固法も同様の状態にあったのであり、また本症に適切な他の治療法もなかっ
た。
 5 ただし、E医師は、臨床眼科等の専門雑誌によって本症についての一応の知
識を有し、その発症は生後三、四か月からときには五か月くらいまでの間であるこ
とを認識していたし、数例の臨床経験も有していた。そして、同医師は、B1の来
院受診の趣旨が本症の発症を憂慮し、そのり患の有無の診断にあったことは十分了
知していた。
 三 原判決は、右の事実関係の下で、(一) E医師には、同医師自身光凝固法等
の治療法を施術すべき注意義務が存在しないことはもとより、右有効性の確立を前
提とする説明義務、転医義務、自己研さん義務、調査義務、文献検索義務、照会義
務等の違反も認める余地がないと判断したが、他方、(二) 次のとおりの理由で上
告人の債務不履行による責任ないし民法七一五条による責任を肯認した。
 1 医師と患者との間の医療契約の内容には、単に当時の医療水準によった医療
を施すのみでなく、そもそも医療水準のいかんにかかわらずち密で真しかつ誠実な
医療を尽くすべき約定が内包されているというべきであり、また、医師は本来その
ような注意義務を負うものと解するのが相当であり、医師がその義務に反して著し
く粗雑、ずさんで不誠実な医療をした場合において、疾病によって生じた結果が重
大で患者側に医療に対する心残りやあきらめ切れない感情が残存することが無理か
らぬと思われる事情が認められるときは、医師のその作為・不作為と右結果との間
に相当因果関係が認められなくても、医師は、その不誠実な医療対応自体につき、
これによって患者側に与えた右精神的苦痛の慰謝に任ずる責任があるというべきで
ある。
 2 E医師は、初診時の昭和四七年一一月二八日、被上告人らが本症を心配して
受診したにもかかわらず、六か月後の来院を指示してB1の本症に対する正確な診
断と経過観察の機会を失わしめ、再診時の昭和四八年三月一二日、B1の眼疾を白
内障と誤診するなどしたもので、これは著しくずさんで不誠実な医療行為であり、
そのためB1は、あるいは唯一の可能性であったかもしれない光凝固法受療の機会
をとらえる余地さえ与えられずに無為に過ごさざるを得なかったのであり、被上告
人らそれぞれにあきらめ切れない心残りとしてぬぐい難い痛恨の思いを抱かせて精
神的苦痛を与えた。被上告人らが主張する、光凝固法等による治療の機会を奪われ
て両眼失明に至ったことに対する慰謝料請求の中には、右のあきらめ切れない心残
り等の精神的苦痛に対する慰謝料請求が含まれているものと解すべきである。
 原判決は、右のように判断して、上告人に対し、本件医療契約上の債務不履行な
いし不法行為責任によって、B1に慰謝料として三〇〇万円及びこれに対する昭和
五〇年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被上告人B2、同
B3に慰謝料及び弁護士費用の損害賠償として各一五〇万円及び内各一〇〇万円に
対する右同日から、内各五〇万円に対する昭和五六年六月一九日から、それぞれ支
払済みまで年五分の割合による金員を支払うことを命じた。
 四 しかしながら、原審の右(一)の判断は正当として是認することができるが、
(二)の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
  人の生命及び健康を管理する業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、
危険防止のため必要とされる最善の注意義務を尽くすことを要求されるが(最高裁
昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻二
号二四四頁参照)、右注意義務の基準となるべきものは、一般的には診療当時のい
わゆる臨床医学の実践における医療水準であり(最高裁昭和五四年(オ)第一三八
六号同五七年三月三〇日第三小法廷判決・裁判集民事一三五号五六三頁参照)、医
師は、患者との特別の合意がない限り、右医療水準を超えた医療行為を前提とした
ち密で真しかつ誠実な医療を尽くすべき注意義務まで負うものではなく、その違反
を理由とする債務不履行責任、不法行為責任を負うことはないというべきである。
  これを本件についてみると、本症に対する光凝固法は、当時の医療水準として
その治療法としての有効性が確率され、その知見が普及定着してはいなかったし、
本症には他に有効な治療法もなかったというのであり、また、治療についての特別
な合意をしたとの主張立証もないのであるから、E医師には、本症に対する有効な
治療法の存在を前提とするち密で真しかつ誠実な医療を尽くすべき注意義務はなか
ったというべきであり、被上告人らが前記のようなあきらめ切れない心残り等の感
情を抱くことがあったとしても、E医師に対し、B1に光凝固法等の受療の機会を
与えて失明を防止するための医療行為を期待する余地はなかったのである。
  しかるに、原判決が、同医師が本症に対する正確な診断と経過観察の機会を失
わせたこと、B1の眼症を白内障と誤診したこと等を指摘して、同医師が著しくず
さんで不誠実な医療行為をしたと評価し、唯一の可能性であったかもしれない光凝
固法受療の機会をとらえる余地さえ与えなかったとして、上告人の責任を肯認した
のは、結局、本件医療契約の内容として、同医師に対し、医療水準を超えた医療行
為を前提とした上で、ち密で真しかつ誠実な医療を尽くすべき注意義務を求め、そ
の義務違反による法的責任を肯認したものといわざるを得ない(なお、原判決は同
医師がカルテを改ざんしたことを認定しているが、右事実は、一般人の医師に対す
る信頼を著しく裏切るものであって、強く非難されるべきではあるけれども、本件
請求の原因とされている同医師の医療行為に係る法的責任とは、別個の問題である。)。
したがって、原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきで、右違
法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、
原判決中、上告人敗訴部分は破棄を免れない。
  そして、前記の確定した事実関係の下では、被上告人らの本件医療契約に基づ
く債務不履行又は右契約の存在を前提とした不法行為に基づく本件請求が理由のな
いことは以上の説示に照らして明らかであるから、右請求は棄却すべきものである。
 五 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に
従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    木   崎   良   平

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