弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     上告人Aの上告を棄却する。
     上告人Bの上告中同上告人の訴外Cに対する一審判決添付別紙目録
(一)記載の山林についての所有権移転債務不存在確認を求める部分および同上告
人の被上告人に対する原判決添付別紙図面表示の八二六・四四平方メートル(二五
〇坪)についての所有権移転登記の抹消登記義務不存在確認を求める部分に関する
部分を棄却する。
     同上告人のその余の上告を却下する。
     上告費用は、上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人臼杵敦の上告理由について
 上告人らは、昭和四〇年二月二六日死亡したDの相続人であり、被上告人は、昭
和四七年六月三〇日Dの遺言執行者に選任されたものである。Dは、昭和三九年三
月三〇日付自筆証書によつて遺言をしたが、その遺言書には、Cに対する遺贈とし
て、「神戸市a区b字cdノe地目現在山林実測坪三〇八坪三合七勺、これを分筆
して内二五〇坪をCに分与するものとする、右現今の対価金六五〇万円也と見積
る。右現金にして支払いするも可なり」との記載がある。しかるに、上告人Bは、
右約三〇八坪の山林(一審判決添付別紙目録(二)記載の山林、以下「本件山林」
という。)について、神戸地方法務局須磨出張所昭和四〇年四月二三日受付第一〇
二四六号をもつて、相続を原因とする所有権移転登記を経由した。しかし、その後
本件山林についての右所有権移転登記のうち原判決添付別紙図面表示の八二六・四
四平方メートル(二五〇坪)の部分(以下「本件山林部分」という。)につき、同
上告人の被上告人に対する抹消登記手続義務が存することが判決によつて確定され
た(第一審・神戸簡易裁判所昭和四〇年(ハ)第三九四号、控訴審・神戸地方裁判
所昭和四一年(レ)第七五号、上告審・大阪高等裁判所昭和四三年(ツ)第九二
号)。そして上告人らは、その後、昭和四八年三月一六日到達の内容証明郵便で、
Cおよび被上告人に対し、本件山林のうち二五〇坪に代えて六五〇万円を支払う旨
の意思表示をし、ついで、昭和五〇年一〇月一八日神戸地方法務局に被上告人にあ
てて六五〇万円の弁済供託をした。
 原審は、以上の事実を適法に確定したうえ(なお、原審はその判文に照らすと、
本件遺言は、本件山林部分の特定遺贈を定めたものと認定している趣旨と解され
る。)、かりに右遺贈がいわゆる任意債権を定めたものであり、かつその代用権が
遺贈義務者に属すると解するとしても、本件においては遺言執行者が選任されてい
るところ、このように遺言執行者が選任されている場合には、右代用権を行使して
本来給付から代用給付に変更せしめる行為もまた遺言執行の範囲に含まれるものと
解すべきであるから、右代用権の行使は遺言執行者においてなすべきものであつ
て、相続人はこれを行使し得ないものといわなければならないとして、上告人らに
おいて代用権を行使し得ることを前提として、上告人らが被上告人を相手として求
めた(一)上告人らのCに対する本件山林中二五〇坪部分についての所有権移転債
務に関する不存在確認請求、および、(二)上告人Bの被上告人に対する本件山林
についての所有権移転登記抹消登記義務に関する不存在確認請求中本件山林部分に
ついての請求を、いずれも棄却すべきものとしたのである。
 思うに、原審が確定した右の事実によると、本件遺言は、要するに、本来的には
本件山林部分をCに取得させることを目的とする特定遺贈を定めているが、遺言者
において遺言書作成当時ないしは相続開始当時の時価と目した六五〇万円を遺贈義
務者(本件では相続人である。)においてCに支払うことにより、本件山林部分の
特定遺贈に代えることができる旨を定めたものということができるから、、他に特
段の事情のあることが確定されていない本件においては、右遺言の趣旨とするとこ
ろは、本件山林部分の移転(引渡および所有権移転登記)を本来給付とし、、六五
〇万円の支払を代用給付とし、代用権者を遺贈義務者である相続人とするいわゆる
任意債権を定めたものであつて、代用給付が本来給付の価値より少なくないか、こ
れに近似していることを当然の前提とし、かつ、相続人において、代用権行使によ
り本来給付の義務を免れたとするためには、受遺者に対し相続人が金銭債務を負担
するだけでは足りず、現実にその履行がされるか、受遺者の承諾による代物弁済等
その履行がされたのと等しい効果が生じることを必要としているものと解する<要
旨>のが相当である。そして、相続人による代用権の行使は、遺言執行者がある場合
でも妨げられるものではないと解すべきである。けだし、遺言執行者がある
場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることが
できず(民法一〇一三条)、遺言執行者が、相続人に代わつて、相続財産の管理そ
の他遺言の執行に必要な一切の処分をする権利義務を有することになる(民法一〇
一二条一項)が、本件における代用権の行使は、遺言で定められた本来給付をしな
いで、代用給付をするものと特定する一面をもつところ、このこと自体は、むし
ろ、遺言の内容を確定する行為とみることができるのであつて、なんら遺言執行者
による遺言の執行を妨げる行為ということができないし、また、相続人において本
来給付を免れるためには、上記のとおり受遺者に対し金員の支払、代物弁済等がさ
れる必要があり、この金員支払等の行為自体は、遺言の執行と関係がないわけでは
ないが、相続人自らが、その固有財産または相続人において処分権能を失つていな
い相続財産の中から、任意右の支払等をしたからといつて、なんら遺言執行者によ
る遺言の執行を妨げるものではないからである。したがつて、これと異なる原審の
判断には、法令解釈の誤りがあるというべきである。
 ところで、上記のとおり、本件において相続人が本来給付を免れるためには、受
遺者に対し現実に代用給付の履行がされる必要があるところ、原審の適法に確定し
た事実関係によると、上告人らは、受遺者であるCおよび遺言執行者である被上告
人に対し、代用権を行使する旨の意思表示をし、ついで、被上告人あてに六五〇万
円を弁済供託したというのであるが、遺言執行者は受遺者の代理人ではないから、
上告人が被上告人あてに右の供託をしたからといつて当然にCに対する支払の効果
が生じるものではない。したがつて、右供託時において、かりに六五〇万円が本来
給付の価値より少なくないか、これに近似したものであつたとしても本件において
上告人らによる適法な代用権の行使がされているということはできない。すると、
適法な代用権の行使があつたことを前提とする上告人らの叙上請求は、すでにこの
点において失当として棄却を免れないから、原判決の一上記法令解釈の誤りは、そ
の結論に影響を及ぼさないということができる。他に原判決に所論の違法はないか
ら、論旨は採用することができない。
 なお、原審が、上告人Bの被上告人に対する本件山林についての所有権移転登記
抹消登記義務に関する不存在確認請求のうち本件山林部分を除いた部分についての
同上告人の訴を却下した部分につき、同上告人は上告理由を記載した書面を提出し
ないから、この部分に関する同上告人の上告は不適法として却下を免れない。
 よつて、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、三九九条、三九八条、九五条、八九
条、九三条に従い、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 朝田孝 判事 藪田康雄 判事 川口冨男)

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