弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,2935万2848円及び内金8
21万5382円に対する平成16年1月1日から,内金211
3万7466円に対する平成22年8月11日から,各支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人
(1)主文第1項ないし第3項と同旨
(2)仮執行宣言
2被控訴人
(1)控訴人の当審における請求を棄却する。
(2)当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
(3)仮執行の宣言は相当でないが,仮に仮執行宣言を付する場合は,
ア担保を条件とする仮執行免脱宣言
イその執行開始時期を,判決が被控訴人に送達された後14日経過した
ときとすること
を求める。
第2事案の概要
1本件は,控訴人の夫であった防衛省(当時・防衛庁)職員である自衛官の
A(以下「亡A」という。)が,平成▲年▲月▲日,1人で夜勤勤務中にく
も膜下出血ないし脳内出血(以下「本件疾病」という。)を発症し(以下「本
件発症」という。),同日,これにより死亡(満51歳)した(以下「本件
事故」という。)のは,公務に起因すると主張して,控訴人が,被控訴人に
対し,防衛省の職員の給与等に関する法律27条1項により準用される国家
公務員災害補償法(以下「補償法」という。)に基づき,遺族補償年金を受
ける地位を有することの確認を求めた事案である。
原審が控訴人の請求を棄却したところ,控訴人が不服を申し立てた上,当
審において,訴えの交換的変更をし,①本件事故時から平成22年6月支給
分までの遺族補償年金合計2835万2648円及び②葬祭補償給付金10
0万0200円の合計2935万2848円及び内金821万5382円
(①のうち本件事故時から平成15年12月支給分までの721万5182
円と,②の合計額)に対する平成16年1月1日から,内金2113万74
66円(①のうち平成16年2月支給分から平成22年6月支給分までの合
計額)に対する上記変更に係る申立書送達の日の翌日である平成22年8月
11日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める
に至り,被控訴人は,この訴えの変更に同意した。
上記訴えの交換的変更により原判決は当然に失効し,訴え変更後の控訴人
の請求の当否が当審における審判の対象となったが,訴えの変更の前後を通
じて,亡Aの本件発症と亡Aが従事した公務との間に相当因果関係が認めら
れるか否か(公務起因性の有無)が争点となった。そのほかの事案の概要は,
下記2のとおり原判決の訂正等があるほかは,原判決の「事実及び理由」欄
の「第2事案の概要等」に記載のとおりであるから(原判決3頁20行目
から同4頁5行目までを除く。),ここにこれを引用する。
2原判決の訂正等
(1)原判決3頁1行目から同19行目までを次のとおり改める。
「2前提となる事実
なお,書証等を摘示しない事実については,当事者間に争いがない。
(1)亡Aは,平成▲年▲月▲日当時51歳の男性で,陸上自衛隊東北方
面隊東北方面通信群第105基地通信大隊第308基地通信中隊α派
遣隊(以下『α派遣隊』という。)に所属し,仙台駐屯地α分屯地(以
下『α分屯地』という。)に勤務する特別職国家公務員である自衛官
(階級は『一等陸曹』)であり,補償法4条1項にいう当時の平均給
与額は,1万6670円であった。
(2)亡Aは,平成▲年▲月▲日午前2時ころ,α分屯地通信室内におい
て,くも膜下出血ないし脳内出血(本件疾病)を発症し(本件発症),
そのころ,これにより死亡した(本件事故)。
(3)控訴人(当時49歳)は,亡Aの妻,B(当時90歳)は,亡Aの
養母(控訴人の実母)であり,いずれも亡Aの死亡当時その収入によ
って生計を維持していた(弁論の全趣旨)。
(4)本件事故に係る補償事務主任者である仙台駐屯地業務隊長(1等陸
佐C)は,一次判断として,平成15年3月5日,亡Aに発生した本
件発症は,公務上のものでないと判断し,これを控訴人に対し通知し
た(甲7,乙4)。
(5)これを受けて控訴人は,平成15年4月3日,陸上自衛隊東北方面
総監に対し,本件発症は公務上のものである旨の申出を行ったところ,
東北方面総監は,同年7月3日,本件発症は公務上のものでないと認
定し,これを控訴人に対し通知した(甲6,乙5)。
(6)控訴人は,この認定を不服として,平成15年8月26日,防衛庁
長官(当時)に対し,災害補償審査申立てを行ったところ(乙6),
防衛庁から防衛省への組織変更(平成19年1月9日)を経た後,防
衛大臣は,平成19年3月22日,同申立てを棄却した(甲1)。
3争点
本件発症と亡Aが従事した公務との間に相当因果関係が認められるか
(公務起因性の有無)。」
(2)原判決4頁6行目を削除し,同7行目を「(1)控訴人の主張」に改め
る。
(3)原判決4頁8行目から同23行目までを次のとおり改める。
「(ア)公務起因性の判断基準
人事院が定める平成13年12月12日付け『心・血管疾患及び脳血
管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について(通知)』(人事院
事務総局勤務条件局長・勤補-323,乙8)の別紙である『心・血管
疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定指針』(以下『本
件指針』という。)によれば,くも膜下出血や脳内出血(脳出血)等の
脳血管疾患及び心・血管疾患に関し,『公務に起因することの明らかな
疾病』(人事院規則16-0(職員の災害補償)と認定することについ
ては,発症前に,業務に関連してその発生状態を時間的・場所的に明確
にし得る異常な出来事・突発的な事態に遭遇したことにより,又は,通
常の日常の業務(被災職員が占めていた官職に割り当てられた職務のう
ち,正規の勤務時間内に行う日常の業務をいう。)に比較して特に質的
に若しくは量的に過重な業務に従事したことにより,医学経験則上,心
・血管疾患及び脳血管疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)を
加齢,一般生活等によるいわゆる自然的経過を超えて著しく増悪させ,
当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的負荷(過重負
荷)を受けていた場合について公務災害として扱うこととされている。
そして,上記の『通常の日常の業務に比較して特に質的に若しく量的
に過重な業務』とは,通常に割り当てられた業務内容等に比して特に過
重であると客観的に認められるものをいい,その判断に当たっては,業
務量(勤務時間,勤務密度),業務形態(早出・遅出等不規則勤務,深
夜勤務,休日勤務等),業務環境(寒冷,暑熱等)等を評価することが
重要である。例えば,『業務上の必要により,発症前1か月間に正規の
勤務時間を超えて,100時間程度の超過勤務を行った場合であって,
その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であるとき』等が具体例
として規定されている。」
(4)原判決4頁24行目を「(イ)亡Aの本件発症前1か月間の超過勤務時
間」に改める。
(5)原判決5頁7行目から同9行目までを次のとおり改める。
「したがって,亡Aの本件発症前1か月間(平成13年8月21日から同
年9月20日まで。同月▲日は,本件発症時刻が午前0時をまわって間も
なく(午前2時ころ)と推定されることから,ここにいう計算に含めない。)
は,歴日数で31日間であるから,亡Aの正規の勤務時間は,次の計算式
のとおり,約177時間ということになる。
(計算式)31/7×40=177.142」
(6)原判決5頁10行目及び同11行目の各「被災1か月前」をいずれも「本
件発症前1か月間」に改める。
(7)原判決5頁11行目及び同6頁5行目の各「防衛大臣の認定」をいずれ
も「防衛大臣の判定」に改める。
(8)原判決5頁12行目の「正規に」を削除する。
(9)原判決5頁12行目の末尾に「この239時間から前記aにいう正規の
勤務時間となるべき177時間を差し引いた62時間は,あらかじめ割り
振られることによって,被控訴人が亡Aに明示的に命じた超過勤務時間と
いうべきである。」を加える。
(10)原判決5頁13行目の「また,」を「これに加えて,」に改める。
(11)原判決6頁16行目の「休業」を「休養」に改める。
(12)原判決6頁24行目から同26行目までを次のとおり改める。
「c小括
以上の検討によれば,亡Aの本件発症前1か月間の超過勤務時間は,
前記62時間に上記約70時間を加えた約132時間に,前記b(a)記
載の平成13年8月29日午後の勤務や同年9月16日における午前1
0時から午後6時30分までの勤務を加算したものであるから,少なく
とも132時間を優に超える時間となることは明らかである。」
(13)原判決7頁1行目及び同2行目の各「被災前の1か月間」をいずれも
「本件発症前1か月間」に改める。
(14)原判決7頁9行目の「被災前8日間」を「本件発症前9日間」に改め
る。
(15)原判決7頁11行目の「被災日である同月▲日までの間に,」を「本
件発症日である同月▲日までの合計12日間に,」に改める。
(16)原判決9頁8行目の「被災1か月前において,」を「本件発症前1か
月間のうちに,」に改める。
(17)原判決10頁11行目の「本件事故当時」及び同11頁1行目の「被
災当時」をいずれも「本件発症当時」に,同10頁12行目の「夜勤勤務」
を「日・夜勤勤務」にそれぞれ改める。
(18)原判決11頁7行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「(ク)治療機会の喪失
亡Aの死亡原因は,髄液に血液が混入していたことから,くも膜下出
血の可能性が高いと考えられるところ,同疾病の発症の前には頭痛など
の前駆的な症状が高率で起こるとされ(乙7),発症しても治療方法が
あるために,本件発症に対しても,適切な治療をすれば死亡に至らなか
った可能性があったというべきである。しかるに,亡Aは,本件発症当
時,単身での夜勤(宿直)を命じられて,勤務中であったため,治療機
会を喪失して死亡に至ったものである。したがって,本件事故は,単身
での宿直という公務に内在する危険が現実化したものというべきであっ
て,公務と本件事故との相当因果関係を認めるべきである。」
(19)原判決11頁8行目から同10行目までを次のとおり改める。
「(ケ)総括
以上の事情を総合考慮すれば,亡Aが従事した公務と本件発症との間
に相当因果関係が認められることは明らかである。」
(20)原判決13頁17行目から同18行目までを「③本件指針について」
に改める。
(21)原判決15頁10行目の「β派遣隊」を「同じ第308基地通信中隊
に属するβ派遣隊(乙17)における先任業務」に改める。
(22)原判決16頁14行目及び同15行目の各「本件事故前」をいずれも
「本件発症前」に改める。
(23)原判決16頁14行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「自衛官の勤務時間は,防衛大臣(当時・防衛庁長官)の定める日課によ
るものであるが(自衛隊法施行規則43条1項,乙3),亡Aのように通
信業務その他の特殊な業務に従事する自衛官で,通常の日課によることが
適当でないと認められる者については,部隊等の長が別の日課を定めてお
り(乙19,20,21),当該日課により割り振られた勤務時間が当該
本人の所定勤務時間となる。」
(24)原判決17頁10行目から同14行目までを次のとおり改める。
「c本件発症前1か月間の勤務状況
亡Aには,本件発症前1か月間において,6回の日・夜勤及び日課変
更を含めて239時間(仮眠時間及び休憩時間を含む。)の勤務が部隊
等の長が定めた日課により割り振られ,亡Aは,これに従って勤務した。
このほか,勤務終了後事務室に残っていた時間が約70時間存在した(甲
1)。」
(25)原判決18頁16行目から同20行目までを次のとおり改める。
「なお,本件指針にいう正規の勤務時間とは,週40時間に限定されるも
のではなく,本件の場合には,部隊等の長が定めた日課により割り振られ
た勤務時間を指すものと解すべきである。したがって,本件指針にいう超
過勤務時間についても,これを超えた時間について算出すべきである。
仮に,そうでないとしても,その勤務密度が通常業務の勤務密度と比較
すれば明らかに劣る仮眠時間及び昼食・夕食のための休憩時間を勤務時間
に含めることは,本件指針と相容れないものというべきである。したがっ
て,平日における日・夜勤勤務の勤務時間については,仮眠時間6時間(午
前0時から午前6時まで)と休憩時間2時間を差し引いた上で超過勤務時
間を算出すべきである。前記のとおり,本件発症前1か月間に,亡Aに割
り振られた勤務時間は,6回の日・夜勤及び日課変更を含めて239時間
であるところ,これから6回の日・夜勤における仮眠時間6時間と休憩時
間2時間の合計48時間を差し引くと,191時間となり,これを実勤務
時間として,本件指針に当てはめる際の基礎にすべきである。
また,仮に,本件発症前1か月間の超過勤務時間が100時間を超える
ものと判断されたとしても,本件指針は,過重負荷と認められる長時間勤
務の具体例として『業務上の必要により,発症前1か月間に正規の勤務時
間を超えて,100時間程度の超過勤務を行った場合であって,その勤務
密度が通常の業務と比較して同等以上であるとき』を挙げ(乙7),災害
補償研究会監修『国家公務員災害補償実務のてびき平成17年度版』
(乙64)も,これと同様の記載をしている。これによれば,本件指針は,
正規の勤務時間を超えて職場に滞在する時間について,それが公務による
ものであっても,その勤務密度を勘案して過重負荷であると認められる長
時間勤務か否かを判断するものと解される。そして,本件においては,α
派遣隊における夜間勤務中に取り扱う通信量が極めて少ないこと(乙56,
57,66),その他夜間勤務中の勤務態勢(乙65の1・2)に照らし,
仮眠時間や休憩時間は,その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上で
あるとは到底いい難く,勤務時間終了後職場に滞在した約70時間につい
ても同様である。
よって,本件が本件指針に定める『業務上の必要により,発症前1か月
間に正規の勤務時間を超えて,100時間程度の超過勤務を行った場合で
あって,その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であるとき』に該
当しないことは明らかである。」
(26)原判決18頁21行目,同22行目,同19頁3行目及び同13行目
の各「本件事故前」をいずれも「本件発症前」に改める。
(27)原判決19頁24行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「なお,控訴人は,治療機会の喪失を公務起因性を基礎付ける事情として
主張するが,本件発症後すぐに適切な治療をすれば死亡に至らなかったと
いう高度の蓋然性を証明できない以上,条件関係に欠けるというべきであ
るし,本件においては,本件発症時が亡Aの最終電話連絡時刻である平成
▲年▲月▲日午前0時21分から推定死亡時刻である同日午前2時ころま
での間であり,本件発症と死亡までの時間的間隔がほとんどないことから,
本件発症が仮に単身での夜勤中でないときであったとしても,すぐに治療
を受けることが可能であったか疑問である上,それが可能であったとして
も亡Aが死亡しなかったとまでは到底いえないというべきである。したが
って,控訴人の上記主張は,その前提を欠くものというべきである。」
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,被控訴人に対し,2935万2848円及び内金821万5
382円に対する平成16年1月1日から,内金2113万7466円に対
する平成22年8月11日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損
害金の支払を求める控訴人の当審における請求は理由があるから,これを認
容すべきものと判断する。その理由は,下記2のとおり原判決の訂正等を行
った上で,原判決の「事実及び理由」欄の「第3当裁判所の判断」の1(1)
(原判決19頁26行目から同23頁14行目まで)及び2(1)ないし(3)(同
24頁15行目から同48頁23行目まで)をここに引用するほか,下記3
の争点に対する当裁判所の判断のとおりである。
2原判決の訂正等
(1)原判決19頁26行目を「1前提となる法令の定め等」に,同20頁
1行目を「(1)補償法等」にそれぞれ改める。
(2)原判決24頁15行目から同16行目までを「(2)自衛隊法等」に改
める。
(3)原判決27頁18行目から同19行目までを次のとおり改める。
「2本件に関する事実関係
(1)前記前提となる事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,
本件に関する事実関係として,以下の事実を認めることができる。」
(4)原判決28頁4行目から同5行目にかけて及び同11行目から同12
行目にかけての各「第308基地通信中隊α派遣隊」をいずれも「α派遣
隊」に改める。
(5)原判決28頁11行目の「α弾薬支処」を「東北補給処α弾薬支処(以
下『α弾薬支処』という。)」に改める。
(6)原判決28頁16行目の「派遣隊長以下8名(但し,現員は7名)で構
成され,」を「隊長以下定員8名(ただし,本件発症時の現員は亡Aを含
めて7名。)で構成され(甲7,乙4,23),」に改める。
(7)原判決28頁18行目の「α分屯地部隊」を「α分屯地所在部隊」に,
同20行目及び同22行目の各「α分屯地」をいずれも「α分屯地通信所」
にそれぞれ改める。
(8)原判決28頁26行目の「亡Aのほか,」を「本件発症当時,先任陸曹
である亡Aのほか,隊長である」に,同29頁1行目の「訴外D1曹」を
「訴外D1曹(以下『訴外D』という。)」にそれぞれ改める。
(9)原判決29頁15行目から同16行目までを次のとおり改める。
「(ウ)α派遣隊では,隊長である訴外Eを除く全員が交代制勤務者の対象
とされており(乙21),平成13年8月1日の時点では,隊員の全て
が,特定回数深夜勤務要員として指定されていた(乙22)。」
(10)原判決29頁26行目から同30頁1行目の「優遇されていた事実は
窺われない」を「格別軽減される取扱いを受けていた形跡はなく,他方,
先任陸曹として代替者のない職務を担当していた亡Aについても,日・夜
勤の割当て等について格別軽減する措置が講じられていた形跡もない」に
改める。
(11)原判決30頁9行目を次のとおり改める。
「①本件発症前1週間(平成13年9月14日から同月▲日まで)の勤務
状況」
(12)原判決30頁18行目から同26行目までを次のとおり改める。
「亡Aは,同月16日,前日に引き続いて夜勤業務に従事した後,先任業
務のため,引き続き同日午後6時まで勤務した(甲1,4,乙23,34)。
なお,亡Aが同日午後6時ころまで事務室に残っていた点については争
いがないところ,同日の日勤勤務者は訴外Fであり,9.11事件による
警備強化のために増員された日勤勤務者は,亡Aの日記(甲4)の記載か
ら訴外Gであったと考えられることから,亡A自身が,同日,警備強化の
ための日勤勤務者であったとは認定できない。他方,前記のとおり,9.
11事件発生を受けて,土曜日・日曜日の日勤勤務員の増員に伴い,勤務
割りの変更作業を余儀なくされるなど,先任業務も増加したことがうかが
われることでもあり,亡Aが同日午後6時ころまで事務室に残っていたの
は,先任業務に従事していたものと認められる。」
(13)原判決31頁9行目を次のとおり改める。
「②本件発症前1か月間(前記本件発症前1週間を除く平成13年8月2
1日から同年9月13日まで)の勤務状況」
(14)原判決32頁9行目の「同日」を「同年8月27日」に,同16行目
の「同月29日」を「同年8月29日」に,同行目の「変更となった」を
「暗号書現地訓練のため日課変更となった」に,同22行目の「午前7時
30分」を「午前7時25分」にそれぞれ改める。
(15)原判決34頁22行目,同35頁11行目,同12行目,同13行目
及び同23行目の各「本件事故前」をいずれも「本件発症前」に改める。
(16)原判決35頁3行目の「同月16日は」から同5行目の末尾までを次
のとおり改める。
「同月16日は午後6時まで,それぞれ下番後も事務室に残り先任業務等に
従事した(甲1,4,6,7,乙4,5,34,35)。」
(17)原判決35頁13行目,同13行目から同14行目にかけて,同14
行目(2か所)及び同15行目の各「本件事故」をいずれも「本件発症」
に改め,同25行目から同37頁7行目までを削除する。
(18)原判決37頁8行目を「(イ)本件発症の前日から当日にかけての状
況等」に改める。
(19)原判決37頁22行目の「東北補給処α弾薬支処技術科長」を「α弾
薬支処総務科長(乙40)」に改める。
(20)原判決37頁24行目,同26行目及び同38頁3行目の各「α分屯
地」をいずれも「α分屯地通信所」に改める。
(21)原判決38頁3行目及び同8行目の各「仙台通信所」をいずれも「仙
台駐屯地通信所」に,同7行目の「α通信所」を「α分屯地通信所」にそ
れぞれ改める。
(22)原判決38頁13行目の「訴外H」から同15行目の末尾までを次の
とおり改める。
「訴外Hは,亡Aとの電話でのやりとりにおいて,受話器を取った時から最
後まで,亡Aの声が普段より高く,これが印象に残った(乙41の1・2)。
亡Aは,同日午前0時30分ころ,上記回答について,α弾薬支処の訴
外Iに対し,電話で伝えた(乙40)。
なお,上記問合せの対象となった電報は,陸上自衛隊東北方面隊におい
て発せられたテロ関連情報に対応する勤務態勢及び警備態勢についての,
秘密扱いの電報であったと思われる(乙41の2,被控訴人平成20年2
月14日付け第3準備書面7頁)。」
(23)原判決42頁13行目の「16864件」を「1万6864件」に改
める。
(24)原判決46頁13行目を次のとおり改める。
「(2)本件疾病等に関する医学的知見
後掲各証拠によれば,本件疾病及びその発症の機序等に関し,以下の
医学的知見が認められる。」
3争点に対する当裁判所の判断
(1)判断の枠組みについて
ア防衛省の職員の給与等に関する法律27条1項により準用される補償
法15条及び18条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは,職員が
公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,上記負傷又
は疾病と公務との間には相当因果関係のあることが必要であり,その負
傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならな
い,と解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和51年11月12日
判決・集民119号189頁)。
ここに公務に基づく疾病に起因して死亡したというためには,当該疾
病が人事院規則16-0(職員の災害補償)(乙9)2条,別表第1に
掲げる疾病に該当することを要し,当該疾病に公務起因性が認められな
ければならない。
そして,公務災害に対する補償は,国が職員を自己の支配下に置いて
公務を提供させるという公務員関係の特質にかんがみ,公務に内在ない
しは通常随伴する各種の危険が現実化して職員に傷病等を負わせた場
合,その損失について国の過失の有無にかかわらず補償責任を負担させ
るのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものと解される。この
ような特質に照らすと,公務起因性の認定においては,単に当該疾病が
公務遂行中に発生したという条件関係の存在だけでは足りず,当該疾病
が公務に内在ないしは通常随伴する危険の現実化と認められる関係があ
って初めて相当因果関係,換言すれば公務起因性を認めるのが相当であ
る(最高裁判所第三小法廷平成8年1月23日・集民178号83頁,
最高裁判所第三小法廷平成8年3月5日・集民178号621頁)。こ
れを前提に,人事院規則16-0(職員の災害補償)2条,別表第1の
第8号は,「前各号に掲げるもののほか,公務に起因することの明らか
な疾病」を掲げたものと解される。
そこで,本件において,亡Aが発症した本件疾病が,上記「公務に起
因することの明らかな疾病」に該当するか否かについて検討する。
イくも膜下出血や脳内出血等を含む脳・心臓疾患は,基礎疾患である動
脈瘤ないし血管病変等が徐々に進行ないし増悪するという自然的経過を
たどって発症に至る疾病であり,公務に従事していない一般人にも普遍
的に発症する可能性のある疾病である。そして,公務による負荷が,日
常的な通常の負荷の範囲内に止まるといえるときは,基礎疾患の増悪が
あったとしても自然的経過の範囲内のものと考えるのが自然であるが,
他方において,公務による過剰な負荷が加わることによって,基礎疾患
が自然的経過を超えて増悪し,脳・心臓疾患の発症に至る場合があるこ
とも,医学的見地から合理性を有していると考えられる。
そうであれば,基礎疾患が,自然の経過をたどって増悪し,くも膜下
出血や脳内出血を発症させた場合には,公務と発症との相当因果関係を
否定すべきことになるが,他方,基礎疾患が,確たる発症因子がなくて
もその自然の経過によりくも膜下出血や脳内出血を発症させる寸前にま
で増悪していたとは認められない場合において,公務が,基礎疾患をそ
の自然の経過を超えて増悪させる要因となり得るような過重性を有する
ものであったことが認められ,かつ,公務の他に自然的経過を超えて増
悪させる危険因子が認められない場合には,発症と公務との相当因果関
係が肯定されるものというべきである。
そして,補償法の趣旨が危険責任の法理に基づくものであることに照
らすと,公務の過重性は,通常の勤務に就くことが期待されている平均
的な公務員を基準として,当該職員の公務が労働時間や勤務態勢,従事
した公務の性質等において精神的,身体的に過重であったか否かにより
判断するのが相当である。なお,公務の過重性を判断する上で,同僚の
業務等との比較は,考慮されるべき一要素となり得ることは否定し得な
いところではあるが,他の業種と比較して,当該公務自体に強度の負荷
が存すると認められる場合において,同僚と比較すれば強度の負荷がな
いとすることは公平を欠く上,上記のとおり,補償法の趣旨からすれば,
当該疾病が公務に内在ないしは通常随伴する危険性の発現と認められる
限りは補償の対象とすべきであるから,同僚との比較を過大視すること
はできない。
ウこの点に関し,人事院が定める平成13年12月12日付け「心・血
管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定指針」(本件
指針,乙8)は,行政内部の通達ではあるものの,被控訴人所論のとお
り,前記記載の公務起因性の法的判断枠組みを前提としつつ,脳・心臓
疾患の認定基準に関する専門検討会報告書(甲13,乙7)が,最新の
医学的知見に基づいて具体化した評価要因を踏まえて,脳・心臓疾患の
発症が公務上生じたものと認定されるための具体的な基準を定めたもの
であるから,本件発症と公務との相当因果関係の有無についての判断に
際しても,十分に参考とするに値するものである。
本件指針によれば,くも膜下出血や脳内出血(脳出血)等の脳血管疾
患及び心・血管疾患に関し,前記別表第1の第8号にいう「公務に起因
することの明らかな疾病」と認定することについては,発症前に,業務
に関連してその発生状態を時間的・場所的に明確にし得る異常な出来事
・突発的な事態に遭遇したことにより,又は,通常の日常の業務(被災
職員が占めていた官職に割り当てられた職務のうち,正規の勤務時間内
に行う日常の業務をいう。)に比較して特に質的に若しくは量的に過重
な業務に従事したことにより,医学経験則上,心・血管疾患及び脳血管
疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)を加齢,一般生活等によ
るいわゆる自然的経過を超えて著しく増悪させ,当該疾患の発症原因と
するに足る強度の精神的又は肉体的負荷(過重負荷)を受けていた場合
について公務災害として扱うこととされている。そして,上記にいう「通
常の日常の業務に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務」とは,
通常に割り当てられた業務内容等に比して特に過重であると客観的に認
められるものをいい,その判断に当たっては,業務量(勤務時間,勤務
密度),業務形態(早出・遅出当不規則勤務,深夜勤務,休日勤務等),
業務環境(寒冷,暑熱等)等を評価することが重要としているが,これ
をより具体的に,「(ア)業務上の必要により,発症前1か月間に正規
の勤務時間を超えて,100時間程度の超過勤務を行った場合であって,
その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であるとき」,「(イ)業
務上の必要により,発症前2か月以上にわたって正規の勤務時間を超え
て,1か月当たり80時間程度の超過勤務を継続的に行った場合であっ
て,その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であるとき」,「(ウ)
対外折衝等で著しい精神的緊張を伴うと認められる業務に相当程度の期
間従事した場合」,「(エ)制度の創設,改廃,大型プロジェクトの企
画・運営,組織の改廃等で特に困難と認められる業務に相当程度の期間
従事した場合」,「(オ)暴風雨,寒冷,暑熱等の特別な環境の下での
業務を長時間にわたって行っていた場合」,「(カ)特別な事態の発生
により,日常は行わない強度の精神的又は肉体的な負荷を伴う業務の遂
行を余儀なくされた場合」などが挙げられていることが認められる。
(2)本件発症前1か月間の超過勤務時間について
アそこで,前記の認定事実及び上記の判断指針を踏まえ,亡Aの業務の
過重性の有無について検討することとするが,まず,本件発症前1か月
間の勤務時間を算出すると,以下のとおりとなる(甲1,6,7,乙4,
5,23,34,35。いずれも,平成13年を省略する。)。
(ア)日勤80時間
①8月31日(8時間)
②9月3日(8時間)
③9月4日(8時間)
④9月5日(8時間)
⑤9月6日(8時間)
⑥9月7日(8時間)
⑦9月10日(8時間)
⑧9月11日(8時間)
⑨9月18日(8時間)
⑩9月19日(8時間)
(計算式)
8時間×10回=80時間
(イ)日・夜勤136.5時

①8月21日から22日(24時間)
②8月24日から25日(24時間)
③8月27日から28日(24時間)
④9月12日から13日(24時間)
⑤9月15日から16日(24時間)
⑥9月20日から21日(16.5時間)
日課としては▲月▲日午前8時30分まで24時間の勤務である
ところ,亡Aは,同日午前2時ころ(推定),本件発症により死亡
した。本件発症の正確な時刻は不明であるものの,前記認定のとお
り,亡Aは,同日午前0時30分ころ,α弾薬支処の訴外Iに電話
をかけ,訴外Hからの回答を伝えているところから(乙40),少
なくとも同日午前1時ころまでは勤務に従事していたものと認め,
上記勤務時間を合計16.5時間と認める。
(計算式)
24時間×5回+16.5時間=136.5時間
(ウ)日課変更に伴う勤務15時

①8月29日(3.5時間)
この日は日・夜勤翌日の休養日とされていたが,暗号書現地訓練
のために日課変更となり,午前半日の勤務を命じられた。
②9月14日(3.5時間)
この日も日・夜勤翌日の休養日とされていたが,多賀城駐屯地に
おいて体力検定を受検するために日課変更となり,午前半日の勤務
を命じられた。
③9月17日(8時間)
この日も日・夜勤翌日の休養日とされていたが,当日から同月▲
日までの日程で計画された第1回大(中)隊訓練への参加のため日
課変更となり,1日の勤務を命じられた。
(計算式)
3.5時間+3.5時間+8時間=15時間
(エ)特別健康診断及び洗車8.5時

①8月29日(4.5時間)
前記のとおりこの日は休養日とされていたが,前記暗号書現地訓
練終了後,午後5時までの間,自衛隊J病院において特別健康診断
を受診した。
②9月3日(4時間)
この日は中隊射撃検定が行われたため,午前7時に出勤し(早出,
1.5時間),その終了後,午後7時30分までの間,射撃検定に
使用した車両の洗車等を行った(残業,2.5時間)。
(計算式)
4.5時間+4時間=8.5時間
(オ)文書整理,除草作業,残務整理等のため,日課により割り振られ
た勤務時間外に勤務した時間60.5
時間
①8月22日(9.5時間)
この日は日・夜勤明けの休務日とされていたが,亡Aは,下番し
た同日午前8時30分から午後6時までの間,書類整理その他の先
任業務に従事した。
②8月25日(3.5時間)
日・夜勤明けの休務日,午前8時30分から午後0時まで。
③8月28日(10時間)
日・夜勤明けの休務日,午前8時30分から午後6時30分まで。
④8月31日(2.5時間)
午後5時から午後7時30分まで。
⑤9月1日(2時間)
この日は休養日であったが,午前8時40分から午前10時40
分まで,隊舎前の除草作業に従事した。
⑥9月4日(2.5時間)
午後5時から午後7時30分まで。
⑦9月5日(2.5時間)
午後5時から午後7時30分まで。
⑧9月7日(2.5時間)
午後5時から午後7時30分まで。
⑨9月10日(2.5時間)
午後5時から午後7時30分まで。
⑩9月11日(2.5時間)
午後5時から午後7時30分まで。
⑪9月13日(3.5時間)
日・夜勤明けの休務日,午前8時30分から午後0時まで。
⑫9月16日(9.5時間)
日・夜勤明けの休務日,午前8時30分から午後6時まで。
⑬9月17日(2.5時間)
この日は休養日であったが,前記のとおり訓練に参加し,その終
了後午後5時から午後7時30分まで。
⑭9月18日(2.5時間)
午後5時から午後7時30分まで。
⑮9月19日(2.5時間)
午後5時から午後7時30分まで。
(計算式)
9.5時間×2回+3.5時間×2回+10時間+2時間+2.
5時間×9回=60.5時間
上記は,仙台駐屯地業務隊による勤務状況調査により文書整理,除
草作業,残務整理等をしたとされている時間である(乙34,35)
ところ(被控訴人の計算によれば,上記(エ)と(オ)を合計して70.
5時間となる。甲1,被控訴人の平成20年4月24日付け第4準備
書面別紙集計表),通常,上記の各作業を,全く必要性がないにもか
かわらず行うとは考え難く,特に,日・夜勤明けであれば通常は自宅
に戻り休養を取りたいと考えるのが自然であり,あえて必要もないの
に事務室に残り続けることは通常想定し難い。加えて,亡Aは先任陸
曹であったところ,前記認定のとおり,文書整理や除草作業も先任陸
曹の担当業務に含まれていたのであるから,上記の各作業は,公務上
必要とされ,又はこれに随伴するものとして行われたものと認められ
ることから,上記の各作業についても勤務時間と評価すべきである。
(カ)以上(ア)ないし(オ)の合計は,300.5時間となるから,これ
が本件発症前1か月間における亡Aの総勤務時間である。
(計算式)
80時間+136.5時間+15時間+8.5時間+60.5
時間=300.5時間
イそして,交替制勤務に従事する自衛官であっても,公務災害認定上の
勤務時間は,1週間当たり40時間を基本として正規の勤務時間及び超
過勤務時間を算定すべきであるから,控訴人所論のとおり,公務災害認
定上の正規の勤務時間は,177時間(40×4+40×3/7=17
7.142)と認められ,これを超える勤務時間は,公務災害認定上の
超過勤務時間と認められる。この点について,被控訴人は,本件指針に
いう正規の勤務時間は週40時間に限定されるものではなく,本件の場
合には部隊等の長によって定められた日課により割り振られた勤務時間
を指すものと解すべきであるから,本件指針にいう超過勤務時間につい
ても,これを超えた時間について算出すべきであると主張するが,これ
は長時間勤務の健康に対する影響を考慮して公務災害認定の基準を定め
た本件指針の趣旨に照らし,到底採用できない(なお,交替制勤務に従
事する自衛官についても,1週間当たり40時間の勤務時間を基本とし
て日課が課せられており,亡Aの場合でも変わることはない。乙20,
21)。
そうすると,亡Aの本件発症前1か月間における超過勤務時間は,総
勤務時間300.5時間から正規の勤務時間177時間を差し引いた1
23.5時間と認められる。
この点について,被控訴人は,その勤務密度が通常業務の勤務密度と
比較すれば明らかに劣る日夜勤務の際の仮眠時間及び昼食・夕食のため
の休憩時間を勤務時間に含めることは,本件指針と相容れないから,平
日における日・夜勤勤務の勤務時間については,仮眠時間6時間(午前
0時から午前6時まで)と休憩時間2時間を差し引いた上で超過勤務時
間を算出すべきであると主張する。しかし,被控訴人も認めるとおり,
夜間に電報を受診した場合,それが緊急性を有するものであれば即座に
配布先部隊の当直室に連絡することが求められている上,前記認定のと
おり,「秘密」や「取扱いの注意を要する文書」に指定された電報を受
信した場合には,秘密の保全のため速やかに接受保管簿に記録するなど
の措置をとることが定められており,これを長時分放置することは,そ
の性質上許されないものと解されるところから,午前0時から午前6時
までの時間帯といえども,迅速に対応することができる態勢を保持しな
ければならないものであって,単身での夜勤(宿直)に従事している場
合には,これを代替するものがなく常に緊張感から解放されることがな
いと認められる。前記認定事実によれば,東北方面通信群長が定めた管
理規則においては,東北方面管内の各駐屯地通信所等に交替制で勤務す
る自衛官の勤務人員が原則として2人以上でこれを行うことが定められ
ているにもかかわらず,定員及び現員が少ないため,α派遣隊のみが単
身での日・夜勤勤務を行っていたところ(乙21),他の通信所におけ
る日・夜勤勤務の勤務時間等の基準が,拘束時間が午前8時30分から
翌日午前8時30分の合計24時間で,うち勤務が16時間,休憩が7
時間と規定されているのに対し,α派遣隊の単独勤務による日・夜勤勤
務の場合には,拘束時間帯及び時間数が上記と同じであるのにかかわら
ず,勤務が24時間,休憩0時間と明示されているのである(乙21)。
このようなα派遣隊の当時の勤務状況に照らし,午前0時から午前6時
までの6時間が勤務から全く解放される仮眠時間として確保されている
とは到底認められないから,その勤務密度が通常業務の勤務密度と比較
すれば明らかに劣るとも到底認め難い。また,昼食及び夕食を摂取する
ための時間帯についても,その職務の性質から一般の民間企業の場合の
ように休憩時間として勤務から解放される実質を有するものでないばか
りでなく,その勤務密度が通常業務の勤務密度と比較して明らかに劣る
と認めることもできない。そして,被控訴人の上記主張は,長時間勤務
の健康に対する影響を考慮して公務災害認定の基準を定めた本件指針の
趣旨にも添わないものと解されるから,これもまた,採用することがで
きない。
(3)亡Aの業務の過重性について
ア以上の検討によれば,亡Aの本件発症前1か月間における超過勤務時
間は,合計123.5時間となる。これは,本件指針の前記具体的基準
の(ア)のうち,「業務上の必要により,発症前1か月間に正規の勤務時
間を超えて,100時間程度の超過勤務を行った場合」に当たる。そこ
で,上記(ア)の残りの要件である「その勤務密度が通常の業務と比較し
て同等以上であるとき」にも該当するか否かについて,以下に検討する。
イまず,亡Aの担当業務のうち,日・夜勤について検討する。亡Aは,
本件発症前1か月間のうち,平成13年8月21日,同月24日,同月
27日,同年9月12日,同月15日,同月▲日に,それぞれ翌日にか
けての日・夜勤に従事している。日・夜勤業務は,連続して24時間の
業務に従事するものであるから(乙21),その拘束時間だけからして
も,相応の肉体的負担がかかるものといえる。さらに,前記のとおり,
交替制勤務や深夜勤務に従事する場合,日常業務としてスケジュールど
おり実施されている場合に比べ,シフトが変更されたり,不規則なスケ
ジュールにより従事する場合には,生体リズムと生活リズムとの位相の
ずれが生じ,その修正の困難さから疲労が取れにくいとの医学的知見が
あること(乙7)に照らせば,亡Aが不規則に日・夜勤に従事していた
ことが原因で,疲労が蓄積されていったことが推認される。
この点について,被控訴人は,α派遣隊における夜間勤務中に取り扱
う通信量が極めて少ないことその他夜間勤務中の勤務態勢に照らし,仮
眠時間や休憩時間は,その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上で
あるとは到底いい難い旨を主張するが,単身での夜勤(宿直)を余儀な
くされているα派遣隊の当時の勤務状況に照らし,午前0時から午前6
時までの6時間が仮眠時間としてその勤務密度が通常業務の勤務密度と
比較して明らかに劣るものとは到底認めることができないこと,昼食及
び夕食を摂取するための時間帯についても,亡Aの職務の性質からすれ
ば休憩時間として勤務から解放される実質を有するものでないばかりで
なく,その勤務密度が通常業務の勤務密度と比較して明らかに劣ると認
めることもできないことは,前示のとおりである。結局,自衛隊におけ
る通信業務の重要性に照らせば,夜間勤務中や休憩時間中の勤務密度が
通常の業務と比較して,これを下回るものということはできないし,ま
たこれを認めるべき証拠もない。
ウそして,亡Aの夜勤業務以外に従事していた日常の業務は,先任業務
であって,前記認定のとおり多岐にわたる業務内容である上,他の隊員
に支障が生じて勤務が行えない場合の代替・補充をも行わなければなら
ないものであるから,変則的・遊撃的に業務を担当しなければならない
もので(甲2),質的な過重性においても相応の負荷がかかるものであ
ったことが認められる。とりわけ,本件発症当時,亡Aが所属していた
α派遣隊では,定年退官者の補充がなく既に1名の欠員があった上,定
年退官を間近に控え,健康診断等のため勤務から一時離れた者もいたこ
と,同隊には,筋ジストロフィーの症状を有する隊員,高血圧症のため
通院が必要な隊員などを含むことが認められる。他方,訴外D(乙31)
のように亡Aと同じ1等陸曹として相応の経験を有し,また,α派遣隊
への着任が亡Aよりも早いことから(乙27),隊長や先任陸曹を補佐
し,他の隊員の応援・補助に当たるべき立場の者が,これを積極的に行
ったことを認めるに足りる証拠がない(訴外Dの陳述書である乙27に
は,亡Aの業務処理が遅いので,訴外Dらが手分けしてその業務処理を
手伝っていた旨の記載があるが,隊長である訴外Eは,その陳述書(乙
61)で上記事実を否定していること,訴外Dの陳述書には,亡Aのほ
か,隊長も特定回数深夜勤務員として指定を受けていたなど,その記載
内容が他の客観的証拠(乙21等)に照らし符合しない点が認められ,
その信用性に疑問を抱かせるものであること等の事情に照らし,訴外D
の上記記載は信用することができない。)。以上のことから,結局のと
ころ,先任陸曹である亡Aに業務の不十分な点のしわ寄せがまわって来
る状況にあったことが推認される。前記認定のとおり,亡Aが,割り振
られた日課終了後,前記(2)アの(エ)及び(オ)の合計69時間(被控訴人
の計算によれば,70.5時間)にわたって文書整理,除草作業,残務
整理等のため,事務室等に残って勤務した事実も,この状況を裏付けて
いるといえる。亡Aの場合には,前記にいう,仕事の要求度が高く,裁
量性が低く,周囲からの支援が少ない場合に該当したものと認められる
ところ,前記のとおり,このような場合は精神的緊張を生じやすく,脳
・心臓疾患の危険性が高くなると解される。
この点についても,被控訴人は,勤務時間終了後職場に滞在した時間
は,その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であるとは,到底い
い難い旨主張するが,上記認定の先任陸曹としての職責及びその置かれ
ていた状況に照らし,当該時間帯における勤務密度が通常の業務と比較
しても,これを下回るものと認めるべき事情はない。よって,被控訴人
の主張は,この点についてもまた,採用することができない。
エ加えて,亡Aは,本件発症前の▲月▲日から本件発症当日の同月▲日
までの12日間に休日がなかったものである。また,この間の日・夜勤
業務は,3回に及んでいる。このため,蓄積された疲労を回復する時間
が確保できなかったものと認められる。
オ以上の亡Aの勤務状況に照らして考えるならば,本件指針の具体的基
準(ア)にいう「その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であると
き」にも該当するものと認められる。
カ加えて,本件発症が深夜勤務の最中であったところ,その直前の公務
の状況も,本件発症の直接の引き金になった可能性がある。すなわち,
前記認定事実によれば,亡Aは,本件発症当夜,テロ関連情報に対応す
る勤務態勢及び警備態勢についての秘密扱いの電報がα弾薬支処に届い
ていないことを発端として,α弾薬支処の訴外I及び発信元である仙台
駐屯地通信所の訴外Hと電話でやりとりをしている。そして,本件発症
当時,9.11事件という歴史上例をみない大規模同時多発テロ事件が
発生したことにより,α派遣隊においても,ガスマスクの携行が指示さ
れ,土曜日及び日曜日の午前8時30分から午後5時までの勤務員が従
前の1名から2名に増員されるなど警備が強化され,ことに本件発症当
時は,上記大規模同時多発テロ事件発生後▲日を経たにすぎず,同犯行
の詳細な態様,被害状況・死傷者数,犯行動機,犯行の背後関係等が未
だ判明していない段階であって,テロ事件の続発も危惧されていた緊迫
した状況下にあり,自衛隊においても,これに関する即応性のある対応
が迫られていた状況であったことが容易に推認されるのであり,このよ
うな事情に照らせば,テロに関する電報が届いているか否か及びテロ情
報に関する伝達通信手段がスムーズに機能しているかどうかは,自衛隊
員とりわけ通信業務に携わる者にとって重大な関心事であると考えら
れ,前記認定のとおり,これが通信所の維持・運営等の練演を含む大(中)
隊訓練を終了した当夜のことであっただけに,亡Aも,心理的な動揺な
いしは精神的緊張を強いられたことが推認される。訴外Hとの電話での
やりとりにおいて,亡Aの声が普段よりも終始高かったことも,この事
情を裏付けるものといえる。以上の事情に加え,上記電話でのやりとり
の後に,ほどなく本件発症に至ったという時間的経過をも考慮すれば,
本件は,上記(カ)の「特別な事態の発生により,日常は行わない強度の
精神的又は肉体的な負荷を伴う業務の遂行を余儀なくされた場合」に該
当するとも考えられるし,仮に,これに該当しないとしても,本件発症
に至るまでの公務の過重性を十分に補強する事情であると認められる。
キ以上よりすれば,亡Aに対する過重負荷の程度は,平均的労働者を基
準として,脳・心疾患発症の基礎となる血管病変等をその自然的経過を
超えて著しく増悪させる程度のものであった(被控訴人の主張する危険
性の要件)と認めることができる。
(4)亡Aの基礎疾患等について
他方,前記認定事実によれば,亡Aにおいて,素因又は基礎疾患があっ
ても,日常の業務を支障なく遂行できる程度であったものと認められると
ころ,その基礎疾患が,確たる発症因子がなくてもその自然の経過により
くも膜下出血や脳内出血を発症させる寸前にまで増悪していたことを認め
るに足りる的確な証拠はない。
この点について,被控訴人は,本件発症は,相対的にみて,亡Aの私的
リスクファクター等が主因となって発症したとみるべきであると主張す
る。亡Aの既往歴,素因等については,前記認定事実のとおりであるとこ
ろ,亡Aの健康診断結果におけるBMI値,血圧測定結果及び循環器検診
結果等から,直ちに亡Aがくも膜下出血を発症するような基礎疾患,素因
等を有していたと認めることは困難というべきである。これが被控訴人所
論のように亡Aが本件発症前,正常高値血圧から中等症高血圧で推移し,
肥満及びメタボリックシンドロームの状態にあったと考えられるとして
も,一般論はともかくとして,本件において上記指摘の身体状況がリスク
ファクターとなって,本件発症の直接の原因となったとまで断定するだけ
の具体的な根拠についても主張・立証があるわけではなく,本件発症が,
上記症状を基礎疾患として,その自然の経過により,くも膜下出血又は脳
内出血として発症したものであることを認めるに足りる証拠はない。また,
前記認定のとおり,亡Aは,本件発症の約5か月前に当たる平成13年4
月8日に胸が苦しいと訴え,救急扱いで病院を受診した事実が認められる
ものの,その後も同様の症状が継続していたことをうかがわせる証拠はな
い上,同年8月29日の特別健康診断において異常があったことを認める
に足りる証拠もないことを併せ考慮すれば,上記訴えをもって,亡Aの基
礎疾患が自然的経過により脳内出血等を発症させ得る程度に進行していた
ことを推認させる事情ということはできない。そして,このほかには亡A
の基礎疾患が増悪していたことを裏付ける証拠が認められないところか
ら,その基礎疾患は,確たる発症因子がなくてもその自然の経過によりく
も膜下出血や脳内出血を発症させる寸前にまでは増悪していなかったもの
と認められる。
また,本件において,公務の他に本件発症の確たる危険因子が存在した
ことを認めるに足りる証拠もない。
そうすると,亡Aの公務が有力な原因となって,言い換えれば公務に内
在する危険が現実化して(被控訴人のいう現実化の要件),本件発症に至
ったものというべきである。
(5)以上によれば,亡Aの従事していた公務が,基礎疾患をその自然の経過
を超えて増悪させる要因となり得るような過重性を有するものであったこ
とが認められることから,本件疾病が,上記別表第1の第8号に掲げる「前
各号に掲げるもののほか,公務に起因することの明らかな疾病」に該当す
るものと認められ,本件発症と公務との相当因果関係が肯定されるものと
いうべきである。
(6)前記前提となる事実のとおり,控訴人(当時49歳)は,亡Aの妻,B
(当時90歳)は,亡Aの養母(控訴人の実母)であり,いずれも亡Aの
死亡当時その収入によって生計を維持していたことは,弁論の全趣旨によ
って認めることができ,本件請求の対象期間である平成22年5月までの
間に,控訴人又はBが遺族補償年金を受けることができる遺族の地位を失
うべき事情が発生したことはうかがえないし,亡Aの平均給与額が1万6
670円であったことは,当事者間に争いがない。
補償法16条1項,3項によれば,控訴人は,本件事故について,遺族
補償年金を受けるべき地位にあり,その額は,同法17条1項2号により,
1年につき,平均給与額に201を乗じて得た額であって(スライド改定
率等の事情により若干の変動は伴うものの,基本的には年額335万06
70円となる。),補償法17条の9第1項,第3項により,支給すべき
事由が生じた月の翌月である平成13年10月から支給期間が開始し,こ
れを毎年2月,4月,6月,8月,10月,12月の6期に分けそれぞれ
その前月分までが支給されることになる。
また,控訴人が,亡Aの葬祭を行う者であることは,弁論の全趣旨によ
って認めることができるから,補償法18条により,控訴人は,葬祭補償
を受ける地位にあり,その額は,人事院規則16-0(職員の災害補償)
31条により,平均給与額の60日分に相当する金額である100万02
00円となる。
(7)以上によれば,当審における控訴人の①本件事故時から平成22年6月
支給分までの遺族補償年金合計2835万2648円及び②葬祭補償給付
金100万0200円の合計2935万2848円及び内金821万53
82円(①のうち本件事故時から平成15年12月支給分までの721万
5182円と,②の合計額)に対する弁済期日の後である平成16年1月
1日から,内金2113万7466円(①のうち平成16年2月支給分か
ら平成22年6月支給分までの合計額)に対する弁済期日の後である平成
22年8月11日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める本件請求は,いずれも理由がある。
4以上の次第であるから,控訴人の当審における請求は理由があるから,こ
れを認容すべきものと判断する。なお,仮執行宣言を付するのは相当でない
から,これを付さないこととする。また,原判決は,訴えの交換的変更によ
り当然に失効しているが,確認的な意味合いにおいて,原判決を取り消すこ
ととする。
よって,主文のとおり判決する。
仙台高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官小磯武男
裁判官潮見直之
裁判官山口均

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