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平成19年11月8日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成18年(ワ)第9352号特許権侵害に基づく差止等請求事件
口頭弁論終結の日平成19年8月30日
判決
原告井前工業株式会社
訴訟代理人弁護士村林隆一
同井上裕史
被告有限会社三洋商会
訴訟代理人弁護士石井義人
同石田大輔
同安藤誠一郎
同林健太郎
同村上知子
訴訟代理人弁理士内山邦彦
補佐人弁理士杉本勝徳
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録記載1,2の各製品の製造,販売若しくは販売の申出を
してはならない。
2被告は,別紙物件目録記載1,2の各製品を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,198万円及びこれに対する訴状送達の日(平成18年
9月21日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告は,原告に対し,3850万円及びこれに対する平成18年9月1日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,圧延油中に含まれる異物を除去するためのフィルタモジュールに関す
る特許権を有する原告が,原告の特許の出願公開後に被告が製造販売する濾過フ
ィルターは,原告の特許権に係る特許発明の技術的範囲に属するとして,被告に
対し,①濾過フィルターの製造販売等の差止め及び廃棄,②平成16年6月17
日(出願公開後の原告が特許を受ける権利の移転を受けた日)から平成17年3
月17日(特許権の設定登録日の前日)までの濾過フィルターの製造販売につい
て,特許法65条1項により補償金の支払(遅延損害金は特許権の設定登録日よ
り後である平成18年9月21日(訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による。),③平成17年3月18日(特許権の設定登録日)から
平成18年8月31日までの濾過フィルターの製造販売について,民法709条
により,特許権侵害による損害賠償金の支払(遅延損害金は不法行為の日以後で
ある平成18年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による。)を
それぞれ求めた事案である。
第3前提となる事実(次の事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により
認めることができる。)
1特許権
原告は,次の特許の特許権者である(以下,この特許を「本件特許」,その特
許権を「本件特許権」,その特許出願の願書に添付された明細書を「本件明細
書」という。)。
発明の名称フィルタモジュール
出願日平成11年7月14日(特願平11−200085)
公開日平成13年1月30日(特開2001−25621)
登録日平成17年3月18日
特許を受ける
権利の移転日平成16年6月17日
特許番号特許第3657466号
特許請求の範囲別紙特許公報のとおり
2構成要件の分説
本件特許の特許請求の範囲の請求項1(以下「本件特許発明」という。)は,
次のとおり分説することができる。(以下,その記号に従って「構成要件A」な
どという。)
A圧延油が流れる円筒状の筒体の周壁に多数の貫通孔を形成し,前記円筒状
の筒体の外周に複数個の円環状のグラスウールのブロックを装着すると共に,
前記筒体の両端部に設けた一対の圧縮プレートの間で前記グラスウールのブ
ロックを前記筒体の軸方向に圧縮した状態で前記筒体に固定して,前記グラ
スウールのブロックの外周面で濾過された圧延油が前記貫通孔を通過して前
記筒体内に流れ込むようにしたフィルタモジュールであって,
B前記グラスウールを構成する繊維の平均径を5μm以上12μm以下,
C前記グラスウールの嵩密度を250kg/m以上420kg/m以下に設33
定すると共に,
D下記(10)式で定義されるグラスウールの捕捉孔の仮想孔径φを15μmか
ら30μmに設定したことを特徴とする
φ=D・(2500−M)/M…(10)22
M:不織布の嵩密度(kg/m)D:繊維の平均径(μm)3
Eフィルタモジュール。
3被告の行為
被告は,別紙物件目録記載1,2の各製品(以下,それぞれ「イ号製品」「ロ
号製品」といい,これらを併せて「被告製品」という。)を製造販売し又はして
いた(製造販売開始時期については,後記のとおり争いがあるが,平成16年6
月1日以降に製造販売し又はしていたことについては争いがない。)。
4被告製品の本件特許発明の技術的範囲の属否
被告製品は,いずれも本件特許発明の技術的範囲に属する。
第4争点
1出願前の公知ないし公然実施による本件特許権の無効事由(新規性の欠如)の
有無(争点1)
2先使用による被告の通常実施権の有無(争点2)
3本件特許権による補償金請求権及び本件特許権侵害による損害賠償請求権の各
存否並びに各数額(争点3)
第5争点に対する当事者の主張
1出願前の公知ないし公然実施による本件特許権の無効事由の有無(争点1)に
ついて
(1)被告の主張
アユニオン化学機械株式会社(以下「ユニオン」という。)等による実施
(ア)経緯
三共理化学株式会社(以下「三共理化学」という。)は,平成元年2月
ころ,日本金属工業株式会社(以下「日金工」という。)から,同社の相
模原工場(以下「日金工相模原工場」という。)及び衣浦工場(以下「日
金工衣浦工場」という。)で使用しているユニオン製濾過フィルター数本
(以下「ユニオン製サンプル」という。)をサンプルとして借り受け,調
査,分析を行った。
当時,日金工が使用していた濾過フィルターはすべてユニオン製であり,
三共理化学技術部の従業員Q(以下「Q」という。)の調査によれば,当
時,ユニオン以外に濾過フィルターを製造販売している業者はなかった。
分析の結果は次のとおりであった。
①その形状は,すべて本件明細書の図2と同型であった。
②フィルター部分のグラスウール繊維の直径は,電子顕微鏡での測定の
結果,すべて11.2μmであった。
③フィルター部分のグラスウールの重量は,サンプルごとにばらつきが
あり,日金工相模原工場のものは概ね約319g/本であったが,日金
工衣浦工場のものはロットの違い等によりばらつきが大きく,250な
いし290g/本,355g/本とさまざまであった。
④フィルター部分のグラスウール嵩密度(グラスウールの重量をグラス
ウール部分の体積で割ったもの)は,日金工相模原工場のものは概ね4
00kg/m,日金工衣浦工場のものは,重量のばらつきが影響して,3
313kg/m(250g/本のもの),363kg/m(290g/本33
のもの),445kg/m(355g/本のもの)であった。3
(イ)ユニオン製サンプルの構成
ユニオン製サンプルの構成は次のとおりである。
a1圧延油が流れる円筒状の筒体の周壁に多数の貫通孔を形成し,前記円
筒状の筒体の外周に複数個の円環状のグラスウールのブロックを装着す
ると共に,前記筒体の両端部に設けた一対の圧縮プレートの間で前記グ
ラスウールのブロックを前記筒体の軸方向に圧縮した状態で前記筒体に
固定して,前記グラスウールのブロックの外周面で濾過された圧延油が
前記貫通孔を通過して前記筒体内に流れ込むようにしたフィルタモジュ
ールであって,
b1前記グラスウールを構成する繊維の平均径を11.2μm,
c1前記グラスウールの嵩密度を313kg/m,363kg/m,4033
0kg/mに設定すると共に,3
d1下記式で定義されるグラスウールの捕捉孔の仮想孔径φを25.66
μm,29.61μm,27.17μmに設定した
φ=D・(2500−M)/M22
M:不織布の嵩密度(kg/m)D:繊維の平均径(μm)3
【日金工相模原工場のサンプル】
φ=125.44×(2500−400)/400=658.562
φ=25.66
【日金工衣浦工場のサンプル】
φ=125.44×(2500−313)/313=876.482
φ=29.61
φ=125.44×(2500−363)/363=738.472
φ=27.17
e1フィルタモジュール。
(ウ)原告の主張について
Ⅰ原告は,日金工が当時ユニオン製の濾過フィルターを使用していたと
いう立証がないと主張する。
仮に,ユニオン製サンプルがユニオン製造に係るものではなかったと
しても,当時,日金工は,ユニオン以外の業者が製造した濾過フィルタ
ーを使用し,同濾過フィルターは本件特許発明の技術的範囲に属するの
で,本件特許発明が,ユニオン以外の者により公然実施されていたこと
になる。
Ⅱ原告は,乙4ないし乙6は,ユニオン製濾過フィルターとは無関係で
あると主張するが,すべてユニオン製濾過フィルターに関するものであ
る。
すなわち,乙4は,ユニオン製サンプル,日本無機株式会社(以下
「日本無機」という。)及び旭ファイバーグラス株式会社(以下「旭フ
ァイバー」という。)製のガラスウールの各サンプルについて,各ガラ
スウールの繊維径を測定し比較したものである。
乙5は,日金工衣浦工場に販売する三共理化学製フィルターの仕様及
び見積りを記載したものであり,日金工衣浦工場におけるユニオン製サ
ンプルの数値のばらつきが大きいことを伝えて後日のクレームを防止す
るため,ユニオン製サンプルの数値が記載されている。
乙6の上段は,Qが平成元年7月下旬に,日金工への納入の代理店で
あるステート工業のP2氏と連絡をとった際のメモであり,中段は同年
8月1日に,下段は同月11日に,それぞれQが作成したメモである。
(エ)まとめ
ユニオン製サンプルの構成は,本件特許発明の構成要件をすべて充足す
るので,本件特許発明の技術的範囲に属する。よって,本件特許発明は,
その特許出願前である平成元年2月ころに,ユニオン若しくはユニオン以
外の第三者によって公然実施されていた。
イ三共理化学による実施
(ア)経緯
三共理化学は,平成元年6月,製造販売するフィルター(以下「三共理
化学製フィルター」という。)の基本仕様を決定し,同社桶川工場(以下
「三共理化学桶川工場」という。)に,鉄鋼会社に研磨布紙を販売してい
る営業所の営業担当者を集め,新製品の濾過フィルターの説明会(以下
「本件新製品説明会」という。)を行った。
本件新製品説明会における資料として配布された「スパミック・フィル
ター(ガラスウール・フィルター)の概要」という文書(乙7)において,
三共理化学製フィルターの形状,仕様等が詳細に記載されていたが,形状
は,本件明細書の図2と同型であり,ガラスウールの繊維径を11μm,
ガラスウールの充填密度を0.376g/cm(376kg/m)とする33
ものであった。
三共理化学の営業担当者は,本件新製品説明会の後,各鉄鋼会社に対し,
濾過フィルターの営業を行い,三共理化学は,遅くとも平成元年7月24
日,その製造販売を開始した。
(イ)三共理化学製フィルターの構成
三共理化学製フィルターの構成は次のとおりである。
a2圧延油が流れる円筒状の筒体の周壁に多数の貫通孔を形成し,前記円
筒状の筒体の外周に複数個の円環状のグラスウールのブロックを装着す
ると共に,前記筒体の両端部に設けた一対の圧縮プレートの間で前記グ
ラスウールのブロックを前記筒体の軸方向に圧縮した状態で前記筒体に
固定して,前記グラスウールのブロックの外周面で濾過された圧延油が
前記貫通孔を通過して前記筒体内に流れ込むようにしたフィルタモジュ
ールであって,
b2前記グラスウールを構成する繊維の平均径を11μm,
c2前記グラスウールの嵩密度を376kg/mに設定すると共に,3
d2下記式で定義されるグラスウールの捕捉孔の仮想孔径φを26.14
μmに設定した
φ=D・(2500−M)/M22
M:不織布の嵩密度(kg/m)D:繊維の平均径(μm)3
φ=121×(2500−376)/376=683.522
φ=26.14
e2フィルタモジュール。
(ウ)原告の主張について
原告は,乙7ないし乙9の信用性を争っている。
しかし,乙7が簡素な資料であることが,本件新製品説明会で配布され
た資料ではないことにはならない。
また,乙5と乙7に記載された各見積価格が異なるのは,乙7は,Qと
当時三共理化学の技術部長P3が,技術者の立場で原価や利益率を考慮し
て設定した価格であり,実際に販売する段階において,営業的観点から,
販売先や販売量,競合品の価格に応じて値引きすることは当然のことであ
る。
乙8の「ZRフィルター」「フィルター」については,平成元年当時,
三共理化学が扱っていた商品で上記の名称の商品は濾過フィルター以外に
存在しなかったし,濾過フィルターを預かった目的が「巻替」とされてい
ることからも明らかなとおり,当時,巻替目的で濾過フィルターを預かる
ことは巻替販売以外にはなかった。
乙9は,川崎製鉄株式会社(以下「川鉄」という。)が使用する濾過フ
ィルターを分析した結果と三共理化学のサンプル品を比較したもので,川
鉄への営業のために作成されたものであり,乙9の三共理化学のサンプル
の繊維径は乙7の繊維径より0.9μm小さいが,当時の繊維径の測定方
法は,繊維の一部を電子顕微鏡で拡大して直径を測り,係数で計算して平
均を出すもので誤差が生じやすく,上記の程度の違いは通常生じる誤差の
範囲内である。
(エ)まとめ
三共理化学製フィルターの構成は,本件特許発明の構成要件をすべて充
足するので,本件特許発明の技術的範囲に属する。よって,本件特許発明
は,その特許出願前である平成元年7月24日,三共理化学によって公然
実施されていた。
ウ被告による実施
(ア)経緯
Ⅰ三共理化学の製造停止
三共理化学は,平成6年ころ,濾過フィルターの製造を停止すること
となったが,従来の顧客に対して納品するために,他社で同種商品を製
造させて仕入れる必要があった。被告代表者は,当時,三共理化学の大
阪営業所の営業次長であったが,不織布に精通していた本件特許発明の
発明者であるP4(以下「P4」という。)に,濾過フィルターの仕入
先について相談するようになり,三共理化学は,P4が勤めていた株式
会社ティアンドティ(以下「ティアンドティ」という。)から濾過フィ
ルターを購入するようになった。
Ⅱ被告による濾過フィルターの開発
被告代表者は,平成8年3月,三共理化学を退職し,同年5月8日,
被告を設立したが,平成10年8月ころ,P4から,当時ティアンドテ
ィが製造販売していた円環状のグラスウールを積層して圧縮するタイプ
の濾過フィルター(以下「ティアンドティ製フィルター」という。)を
川鉄に販売してほしいとの依頼を受け,株式会社岡尾商会(以下「岡尾
商会」という。)を通じて,川鉄西宮工場に対し,ティアンドティ製フ
ィルター2352本を販売した。
被告代表者は,平成10年10月ころ,岡尾商会から,同様の濾過フ
ィルターを安価で製造できないかとの要請があり,開発に着手した。
Ⅲ濾過フィルターの製造装置の設置
被告代表者は,同年12月8日,濾過フィルターの製造装置について
有限会社関西空機設備(以下「関西空機」という。)との打合せを開始
し,同装置は,平成11年1月29日,被告の工場に設置された。
Ⅳ濾過フィルターの原材料の納入
被告は,平成11年3月12日,濾過フィルター製造に必要な円環状
グラスウール(外径55φ,内径22φ)を河久商事株式会社(以下
「河久商事」という。)に発注し,河久商事は,株式会社マグ(以下
「マグ」という。)製のグラスウールボード(嵩密度64kg/m,繊3
維径7μm,厚さ25mm,商品名「MAGBL6425」)に加工
を加えて円環状グラスウールを作成し,同月21日及び4月2日に被告
に6万個ずつ納品した。
Ⅴ被告による濾過フィルターの製造販売
被告は,平成11年3月15日,岡尾商会を通じて,川鉄西宮工場か
ら濾過フィルター1680本の巻き替えの注文を受け,被告は,代金2
18万4000円で巻替作業をし,同年4月21日,川鉄西宮工場に濾
過フィルターを送付した。
被告は,同年5月13日,高林商事株式会社(以下「高林商事」とい
う。)を通じて,日立金属株式会社(以下「日立金属」という。)安来
工場に濾過フィルター350本を代金77万円で販売した。
被告は,テラダ産業株式会社(以下「テラダ産業」という。)からの
紹介で,同月28日,日新製鋼株式会社(以下「日新製鋼」という。)
大阪支社に対し,濾過機の補助タンクのフィルター35本の交換を代金
5万6000円で受注できる目処が立ち,同年7月14日,交換した濾
過フィルターをテラダ産業に納品した。
Ⅵ被告が製造販売した濾過フィルター
被告が,川鉄,日立金属,日新製鋼に販売した被告製の濾過フィルタ
ー(以下「被告製フィルター」という。)のグラスウールの仕様は,前
記のとおり,嵩密度64kg/m,繊維径7μm,厚さ25mmで,完3
成した被告製フィルター1本の重量は550g(うち金属軸部分は32
5g),円環状グラスウール約70個を全長40cmの長さの部分に装
填したもので,円環状グラスウールは1個3.19gであった。
(イ)被告製フィルターの構成
被告製フィルターの構成は次のとおりである。
a3圧延油が流れる円筒状の筒体の周壁に多数の貫通孔を形成し,前記円
筒状の筒体の外周に複数個の円環状のグラスウールのブロックを装着す
ると共に,前記筒体の両端部に設けた一対の圧縮プレートの間で前記グ
ラスウールのブロックを前記筒体の軸方向に圧縮した状態で前記筒体に
固定して,前記グラスウールのブロックの外周面で濾過された圧延油が
前記貫通孔を通過して前記筒体内に流れ込むようにしたフィルタモジュ
ールであって,
b3前記グラスウールを構成する繊維の平均径を7μm,
c3前記グラスウールの嵩密度を280kg/m(70個の場合)又は23
84kg/m(71個の場合)に設定すると共に,3
d3下記式で定義されるグラスウールの捕捉孔の仮想孔径φを19.71
μm(70個の場合),19.55μm(71個の場合)に設定した
φ=D・(2500−M)/M22
M:不織布の嵩密度(kg/m)D:繊維の平均径(μm)3
【70個の場合】
φ=49×(2500−280)/280=388.502
φ=19.71
【71個の場合】
φ=49×(2500−284)/284=382.342
φ=19.55
e3フィルタモジュール。
(ウ)原告の主張について
Ⅰ乙13の信用性について
原告が指摘する平成10年12月8日の関西空機との打合せは,濾過
フィルター製造装置に関するものではないが,同月から濾過フィルター
の製造装置に関する打合せは行っていた。
乙13の77ページの記載は,被告が当時製造していた濾過フィルタ
ーを被告代表者が計量してその数値を記載したものである。
原告は,濾過フィルターの仕様は顧客の要望により変動するので,実
際に納品された濾過フィルターの仕様は乙13に記載されたものかどう
か不明であると主張するが,被告は,川鉄への販売前に同社にサンプル
を持参して,同サンプルの仕様での販売に合意しているので,川鉄に販
売した濾過フィルターの仕様は乙13に記載のものである。
Ⅱ構成要件Cの充足について
原告は,グラスウールのみの重量は165gであり,これを前提とす
ると,構成要件Cを充足しないと主張する。
しかし,原告の計算は誤りであり,乙13の77ページには,「1
シャフトのみ(1set)重量325g」と記載されており,「(1se
t)」とあることから,シャフト部分のセット,すなわちステンレスパ
イプ部分,ナット,フランヂを含めた重量という意味で記載されたもの
であり,濾過フィルター1本のグラスウールのみの重量は225gであ
る。このことは,濾過フィルターに充填された円環状のグラスウールの
数が70個又は71個であり,その1個の重量が3.19gであること
からも明らかである。この数値を前提とすれば,前記のとおり,構成要
件Cは充足する。
(エ)まとめ
被告製フィルターの構成は,本件特許発明の構成要件をすべて充足する
ので,本件特許発明の技術的範囲に属する。よって,本件特許発明は,そ
の特許出願前である平成11年4月から,被告により,川鉄,日立金属,
日新製鋼に販売されて公然実施されていた。
なお,イ号製品は,原告が,被告に対し,平成11年4月当時の被告製
フィルターを再現して貸与してほしいと依頼し,被告が当時の仕様で製造
したものである。
エ小括
以上のとおり,ユニオン,三共理化学,被告は,本件特許発明の技術的範
囲に属する濾過フィルターを本件特許の特許出願前に製造販売しており,本
件特許発明は,特許出願前に日本国内において公然知られ,公然実施されて
いた発明である。よって,本件特許は新規性を欠き無効とされるべき発明で
あるから,原告は,本件特許権を行使することはできない。
仮に,本件特許に上記の無効事由が認められない場合であっても,本件特
許発明は,その特許出願前に,ユニオン,三共理化学,被告等が製造販売し
ていた圧延油の濾過フィルターに基づいて,当該発明の技術の分野における
通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであり,進歩性が
ないから,特許無効審判により無効とされるべきものである。
(2)原告の主張
アユニオンによる実施について
本件特許の特許出願前のユニオンによる本件特許発明の実施は否認する。
(ア)ユニオンの行動の不自然さ
ユニオンは,本件特許の後願となる特許出願(特願平11−31428
7号,甲10,16。以下「ユニオン特許出願」という。)をしているが,
その特許請求の範囲は,本件特許発明よりも広範囲であって,昭和39年
から同様の製品を製造販売していた者が記載するはずがない内容である。
また,被告が主張するように,ユニオンが昭和40年代に本件特許発明
を実施していれば,同時期に平成11年の特許出願と同一の特許出願をし
たはずであるし,ユニオン特許出願に際して本件特許出願に接しているの
で,本件特許発明の新規性を争っているはずである。
(イ)ユニオンのフィルター製造能力の欠如
ユニオンは,平成13年に,特許庁に対し,本件特許発明のような高い
嵩密度の製品を製造することはできないと述べている。
すなわち,ユニオンが,ユニオン特許出願について特許庁より拒絶理由
通知書を送付された後に提出した意見書において「引例2明細書【0022】
において,グラスウールのブロック(3)は圧縮プレート41,42の間でネジ
力により圧縮されるとあるが,この記載は自然法則に反している」,密度
96kg/mのグラスウールを圧縮し,その嵩密度を240kg/mとし33
た場合の実験結果として「グラス密度96kg/mの実験では,濾過材の3
内部に割れや変形等が見られた」と述べている。
乙2の1に記載された濾過フィルターの嵩密度は445kg/mという3
極めて大きな値であり,上記のユニオンの実験結果と比較しても信憑性が
ない。
(ウ)書証の信用性の欠如
被告の主張する事実は,その根拠とする証拠に信用性がなく立証がない。
Ⅰ乙4ないし乙6は,ユニオン製の濾過フィルターである旨の記載がな
い。乙4は,ユニオン以外の複数のメーカーが製造したガラスファイバ
ーの分析であり,ユニオン製の濾過フィルターとは無関係である。乙5
は,三共理化学の「ガラスウールフィルターの再見積」であって,ユニ
オン製の濾過フィルターとは無関係である。乙6は,作成者,作成時期
が不明であり,証拠としての価値がない。
Ⅱユニオン製サンプルの構成が乙2に記載のものであったとしても,構
成要件Cを充足しない。
Ⅲ同一の工業製品において,嵩密度が313kg/m(乙6),4453
kg/m(乙2)等と広範囲にばらついていることはありえないから,3
両者は異なる製品である。
Ⅳその他の証拠も,Qの個人的なメモ書きばかりであり,信用できない。
(エ)交渉経過の不自然性
原告の本件訴訟提起前の警告書の送付に対し,被告は,被告の公然実施
のみを主張し,ユニオンの公然実施の主張をしていないところ,被告の実
施を裏付ける証拠は,被告代表者のメモと陳述書のみであることからすれ
ば,まずユニオンの製造販売を主張するのが自然であり,これをまったく
しなかった交渉経過は甚だ不自然である。
イ三共理化学による実施について
本件特許の特許出願前の三共理化学による本件特許発明の実施は否認する。
(ア)書証の信用性の欠如
被告の提出する書証は信用性がなく,被告主張の事実は立証がない。
Ⅰ乙7の信用性
乙7に記載された使用目的,使用方法,ガラスフィルターの使用状況
は,同様の製品を扱っている営業担当者に説明するような内容ではない。
外形もラフな図面だけであり,外観写真もなく,営業上重要な「本品
の利点」も非常に簡素な記載で,社名すら入っていない白紙の用紙にタ
イプされており,平成元年6月14日に作成されたという根拠もない。
全社的に配布される書類でありながら,当時の技術部長の承認印すらな
く,社内書類として正式に作成されたものとは考えられない。
乙7に記載された見積価格は,使用済みのガラスウールの取出しを含
めた場合で2150円/本,詰替えのみの場合で2000円/本であるの
に対し,その直後に送信されたというファックス送信案内(乙5)の見
積価格は,シャフトのみ支給の場合1750円/本,使用済みガラスウ
ール抜きを含む場合1870円/本であり,乙5と乙7は,見積価格と
いう営業上根本的な部分で矛盾している。
被告は,無効審判請求において,乙7と類似の書類(甲8の15)に
つき,Qが平成元年7月26日に三共理化学営業本部のP5課長宛に送
付した資料であると異なった説明をするが,仮に,本件新商品説明会を
同年6月14日に行って,製造販売の開始を宣言したのであれば,その
後に営業本部の課長に書類を送付することはない。
甲8の15と乙7は,作成日付及び記載内容が同一であるが,表題が
異なる上に,甲8の15では新商品であるにもかかわらず「従来名」の
記載がある点で不自然である。
三共理化学が弁理士からユニオン製濾過フィルターが公知であるとの
報告を受けたのは,乙7が配布されたとする平成元年6月14日のまさ
に当日であるが,本件新商品説明会を実施するには数週間の準備が必要
と考えられることから,同日に本件新商品説明会を実施したという被告
の主張は信用できない。
三共理化学は,平成元年9月27日まで,新商品である三共理化学製
フィルターの耐薬品性試験(甲8の18)を完了しておらず,同製品を
顧客に出荷できる状況にはなかった。そして,各種データやサンプルが
ないまま,納入先の企業が価格のみで製品の購入を決定することは考え
にくい。
よって,乙7が新製品の発売に際して,営業担当者に配布された資料
であることは信用できない。
Ⅱ乙8の信用性
乙8は,いずれも三共理化学が日金工から「ZRフィルター」又は
「フィルター」を預かったことを示す「預かり証控」であり,三共理化
学がどのような製品を販売したかを証するものではない。また,「フィ
ルター」とあるだけで,その仕様は不明である。
Ⅲ乙9の信用性
乙9は,作成目的が不明であり,乙9に記載されたガラスウール原布
の繊維径,樹脂含浸量,価格は乙7と異なり,矛盾する。
(イ)三共理化学が製造を中止する際の事情の不自然さ
三共理化学が平成6年ころ濾過フィルター製造を中止し,第三者から供
給を受けることになった際,技術的交渉をするのであれば,技術部に行わ
せるはずであり,一営業にすぎなかった被告代表者にさせるはずはないし,
三共理化学製フィルターに関する情報をQから入手すればよいのであって,
知識を有している人を探す必要性はない。
ティアンドティ製の巻付型フィルターは,特願平8−156287号の
実施品で,嵩密度は175∼225kg/mであり,本件特許発明と同一3
の構成ではないし,仮に三共理化学製フィルターが本件特許発明と同一の
構成であるとしても,これに劣るティアンドティ製濾過フィルターを三共
理化学が継続して販売するはずはない。
(ウ)知的財産の取得がないことの不自然さ
三共理化学は,濾過フィルター開発にあたり,当時の公知技術を調査し
て,誰も特許等の知的財産権を有していないことを知っていたにもかかわ
らず,知的財産の取得をしなかったことは不自然である。
(エ)被告の主張内容の不自然さ
被告の主張によれば,被告製品の製造販売は本件出願直前であり,被告
製品の構成を裏付ける証拠が被告代表者作成のメモ(乙13)と陳述しか
なく,被告製品自体が三共理化学製フィルターをコピーしたと主張してい
る状況からすれば,本件訴訟においては,まず三共理化学の製造販売をま
ず主張するのが自然であるにもかかわらず,原告による警告書送付の段階
では,被告は,そのような主張を全くしなかったという交渉経緯は甚だ不
自然である。
ウ被告による実施について
本件特許の特許出願前の被告による本件特許発明の実施は否認する。
(ア)P6(以下「P6」という。)の供述(甲19)との矛盾
P6は,本件特許の無効審判の証人尋問において,被告製フィルターの
製造の際に,円環状グラスウールをシャフトに20個,ガイドに50個取
り付けたと述べるが,430mmの長さしかないシャフトに,1個25m
mの厚さのグラスウール20個を取り付けることは不可能であるから,被
告の主張は全体として信用できない。
(イ)書証及び供述の信用性の欠如
被告製フィルターの構成を示す証拠は,被告代表者のメモ(乙13)と
供述のみであるが,いずれも信用できない。
Ⅰ乙13について
被告代表者が作成した平成10年12月8日の打合せメモ(乙13の
2ページ)によれば,被告代表者が関西空機と打ち合わせた内容は,い
ずれも研磨装置など他の設備に関するものであり,濾過フィルターとは
無関係である。
被告は,当時,濾過フィルターの他にも多数の製品を製造販売してい
たのであり,乙13の記載がそもそも濾過フィルターに関するものかど
うか不明である。
仮に,乙13が濾過フィルターに関する記載であったとしても,乙1
7(注文書)の製品が乙13で記載された製品であるとの立証はない。
濾過フィルターの仕様は,顧客の要望により変動するのであり,乙13
のメモ書きは,必ずしも実際に顧客に納品された製品の仕様であるとい
う根拠にはならない。仕様が納品から2か月後に記録されていることや,
川鉄という大手メーカーに納入する製品の仕様が代表者のメモにしか記
載されていないのは不自然である。
Ⅱ被告代表者の供述について
被告代表者は,1人で川鉄向けの巻替作業を行ったと供述していたが,
P6は,被告代表者の息子2名と共に巻替作業をしたと述べ,実際にも
1人で作業をすることは不可能である。
川鉄への納入がわずか10日で決定するのは不自然である。
川鉄従業員のP7(以下「P7」という。)は,本件特許の無効審判
の証人尋問において,川鉄の3ZRのチャンバーの形状は角形であると
明言しているが,被告代表者は円形であると供述し,食い違っている。
P7は,川鉄が被告に送付した交換実績(甲8の9)は,被告の納入
実績を示したものかどうか不明であるとも述べている。
(ウ)被告製フィルターの構成要件Cの非充足
仮に,乙13が濾過フィルターに関する記載であり,それが乙17によ
り販売されたとしても,その嵩密度は206kg/mであり,構成要件C3
を充足しない。すなわち,乙13には「シャフトのみ重量325g」
「ナット45g」「フランヂ15g」「製品550g」と記載されて
いる。とすれば,乙13のグラスウールの重量は,製品(550g)から,
シャフト(325g),ナット(45g),フランヂ(15g)の各重量
を引いたものであるから,165gであり,これを前提に嵩密度を求める
と206kg/mとなる。3
被告は,「シャフトのみ」は,シャフトにナットとフランヂの重量を加
えたものであると主張するが,同主張は「シャフトのみ」の記載に明らか
に齟齬する。
エその他
被告は,本件特許に関して無効審判請求をしており,特許庁において無効
審判請求に対する審決がされる本件においては,訴訟経済等の観点からは,
公然実施の主張に対する判断は無効審判においてされるべきであり,本件侵
害訴訟においてされるべきではない。
2先使用による被告の通常実施権の有無(争点2)について
(1)被告の主張
ア平成11年4月ころから8月までの製造販売
被告は,前記のとおり,本件特許発明の技術的範囲に属する被告製フィル
ターを,本件特許発明の内容を知らずに,平成11年1月ころから開発,製
造し,同年4月ころから販売している。
イ平成11年8月以降の製造販売
被告は,平成11年8月24日,円環状グラスウール1個の嵩密度を80
kg/mに変更する改良を行った(以下「改良後被告製フィルター」とい3
う。)。改良後被告製フィルターは,嵩密度80kg/mのグラスウールを3
65個使用して製造されている。
ウ改良後被告製フィルターの構成
改良後被告製フィルターの構成は次のとおりである。
a4圧延油が流れる円筒状の筒体の周壁に多数の貫通孔を形成し,前記円
筒状の筒体の外周に複数個の円環状のグラスウールのブロックを装着す
ると共に,前記筒体の両端部に設けた一対の圧縮プレートの間で前記グ
ラスウールのブロックを前記筒体の軸方向に圧縮した状態で前記筒体に
固定して,前記グラスウールのブロックの外周面で濾過された圧延油が
前記貫通孔を通過して前記筒体内に流れ込むようにしたフィルタモジュ
ールであって,
b4前記グラスウールを構成する繊維の平均径を7μm,
c4前記グラスウールの嵩密度を325kg/mに設定すると共に,3
d4下記式で定義されるグラスウールの捕捉孔の仮想孔径φを18.11
μmに設定した
φ=D・(2500−M)/M22
M:不織布の嵩密度(kg/m)D:繊維の平均径(μm)3
φ=49×(2500−325)/325=327.922
φ=18.11
e4フィルタモジュール。
エ被告の先使用権に基づく通常実施権
以上のとおり,改良後被告製フィルターも本件特許発明の技術的範囲に属
するのであり,被告は,本件特許出願前から現在に至るまで,本件特許発明
の技術的範囲に属する発明の実施である事業を行っているので,先使用に基
づく通常実施権を有する。
(2)原告の主張
被告の本件特許発明の先使用の事実は否認する。
被告は,先使用権の成立の要件である「特許出願に係る発明の内容を知らな
いで」という要件を主張立証していない。
また,被告代表者は,不織布やフィルターに関する知識がなく,P4に相談
したり試作品作製を依頼しており,嵩密度や濾過性能について技術的に理解し
た上で試行錯誤を繰り返したのではなく,単に手触りの感覚だけで製品の構成
を決定したと述べている。したがって,被告は,自ら発明したり,別個に発明
した者から知得したという事実はない。
3本件特許権による補償金請求権及び本件特許権侵害による損害賠償請求権等の
各存否並びに各数額(争点3)について
(1)原告の主張
ア故意又は過失
被告は,本件特許の出願公開日(平成13年1月30日)より後に,被告
製品が本件特許の出願に係る発明であることを知って,被告製品を製造販売
した。また,被告は,本件特許が登録された平成17年3月18日以降,故
意又は過失により,本件特許権を侵害した。
イ補償金
被告は,平成16年6月17日から平成17年3月17日まで,合計20
00本の被告製品を合計1800万円で販売した。
原告が,本件特許発明の実施に対して受けるべき金銭の額は,販売金額の
10パーセントが相当である。よって,原告が受けるべき補償金は,180
万円である。
ウ本件特許権侵害による損害(逸失利益)
被告は,平成17年3月18日から平成18年8月31日まで,合計93
00本の被告製品を合計1億2100万円で販売し,これにより3500万
円の利益を得た。原告は,本件特許発明の実施品である圧延設備研磨潤滑油
ろ過フィルターを製造販売している。
したがって,原告の損害額は,特許法102条2項により,3500万円
と推定される。
エ弁護士費用
原告は,本件訴訟を提起するにあたり,原告代理人弁護士に依頼し,着手
金及び報酬金を支払うことを約したが,本件に関する弁護士費用は,補償金
請求につき18万円,特許権侵害に基づく差止等請求につき350万円が相
当である。
オまとめ
よって,原告は,被告に対し,補償金として198万円(遅延損害金の起
算日は訴状送達の日),本件特許権侵害による損害賠償金として3850万
円(遅延損害金の起算日は平成18年9月1日)を請求することができる。
(2)被告の主張
否認ないし争う。
第6当裁判所の判断
1出願前の公知ないし公然実施による本件特許権の無効事由の有無(争点1)に
ついて
(1)ユニオンによる実施について
ア前記第3の前提となる事実,証拠(各事実の末尾に記載した。なお,名前
の後のページ数は尋問調書のページである。)及び弁論の全趣旨によれば,
次の事実が認められる(本項目において特に年の記載がない日付の年はすべ
て平成元年である。)。
(ア)日金工から三共理化学への依頼
三共理化学名古屋営業所のP8営業課長(以下「P8」という。)は,
平成元年初めころ,担当の営業先である日金工衣浦工場の担当者から,当
時,日金工がユニオンから購入し,巻替作業を依頼していた濾過フィルタ
ーについて,同種のものの安価での製造,巻替えの可否について相談を受
けた(Q2,4ページ,乙33)。
そこで,P8課長は,三共理化学桶川工場のP3技術部長(以下「P
3」という。)に対し,圧延油の濾過フィルターの製造販売の可否につい
て相談し,P3は,Qに対し,濾過フィルターの製造の可否について検討
するよう指示した(Q3ページ,乙33)。
(イ)三共理化学におけるQの調査
Qは,濾過フィルターの現状を調査し,文献を収集すると共に(Q4な
いし6,45ページ,乙35,36),日金工衣浦工場及び日金工相模原
工場に納入されているユニオン製の濾過フィルターをサンプルとして入手
し,分析した(Q4,5,7,33ページ,乙33)。当時,日金工衣浦
工場及び日金工相模原工場が使用していた濾過フィルターはすべてユニオ
ン製であり,Qの調査によれば,当時,同様な形状の濾過フィルターを製
造しているメーカーはユニオンだけであった(被告代表者18ページ,Q
5ページ,乙33)。
(ウ)Qの分析によるユニオン製サンプルの形状
Qは,2月22日,ユニオン製サンプルについて,2種類の硬度計によ
る硬度,サイズ,重量を計測し,同月28日,ガラスウールの分析を市川
毛織株式会社(以下「市川毛織」という。)に依頼した(Q8,9ページ,
乙2の1・2,33)
ユニオン製サンプルの形状は,ドーナツ状のガラスウールをそのドーナ
ツの穴をステンレスパイプが通るようにして,ステンレスパイプの通る方
向に圧縮してステンレスパイプに充填し,その両端をフランジで止めてあ
るもので,ステンレス製のパイプには多数の孔があって,濾過される圧延
油がグラスウールを通過し,ステンレスパイプの穴を通過してステンレス
パイプの管内に流入することができるようになっていた。1つのドーナツ
状ガラスウールの厚さは20mm,直径は55mm,ステンレスパイプ管
の外径が21.7mm,長さが400mm,使用されているガラスウール
の重量は,1回目に日金工衣浦工場から支供されたもので355g/本で
あった(Q11,34,46ページ,乙2の1,7,33)。
グラスウール充填量は,サンプルによってばらつきがあり,2回目,3
回目に日金工衣浦工場から支供されたサンプルは,それぞれ290g/本,
255g/本であった(Q8,11,23,48,49ページ,甲8の1
7,乙5,33)。Qが,7月20日に日金工相模原工場から入手したユ
ニオン製サンプルは319g/本であった(Q22,24,25ページ,
乙31)。
市川毛織は,3月15日,三共理化学技術部に対し,濾過フィルターの
分析結果について,繊維の種類はガラス繊維,繊維の織度は2デニール,
長さは測定不可という内容の結果を送付した(Q9ページ,乙3)。
(エ)グラスウールの繊維径の測定
市川毛織では,ガラス繊維は扱っていないとのことであったため,Qは,
ガラスウールの仕入先を探すこととし,建物の断熱材として使用する板状
のガラスウールを使用することを考えたところ,三共理化学内には日本無
機と旭ファイバーの断熱材の板状ガラスウールのサンプルがあったため,
日本無機にユニオン製サンプルのうち濾過フィルターから抜き取ったドー
ナツ状のガラスウール1個を渡し,サンプルの提供を依頼した(乙33)。
Qは,4月10日,①ユニオン製サンプル,②日本無機から届いたサン
プル,③三共理化学内にあった旭ファイバーのサンプルを電子顕微鏡を使
用して拡大写真を撮り,各繊維の繊維径を測定し,平均値を計算した(Q
10ページ,乙4,33)。
その結果,各ガラスウールの繊維の平均径は,①ユニオン製サンプルが
11.2μm,②日本無機のサンプルが10.9μm,③旭ファイバーの
サンプルが12.7μmであった(乙4)。各サンプルについて,ガラス
ウールの平均径に大差はなかったので,Qは,日本無機から仕入れること
とした(Q10,11ページ,乙33)。
(オ)通気抵抗の測定
濾過フィルターの能力は,その通気抵抗を測定することにより知ること
ができるので,Qは,7月18日,同月20日,ユニオン製サンプルにつ
いて通気抵抗の実験をした(Q12ページ,乙31,33)。このときの
ユニオン製サンプルのグラスウールの充填量は290g/本と319g/本
であった(甲8の19,乙31,33)。なお,Qは,平成2年4月18
日にも,日金工相模原工場に納入する濾過フィルターについての通気抵抗
試験を行っている(甲8の20)。
(カ)川鉄において使用されていたユニオン製フィルターの分析
川鉄に営業を行っていた当時の三共理化学大阪営業所のP9営業課長
(現在は被告代表者。以下「P9」という。)は,川鉄に営業した結果,
ユニオンより価格が安く品質的に問題なく互換性があれば三共理化学から
の購入も検討するとのことだったので,品質を分析するため,川鉄からサ
ンプルを入手し,Qに送付した(被告代表者18,19ページ,乙9)。
Qは,9月27日,P9に依頼されて,川鉄から提供を受けた濾過フィ
ルターを分析し,三共理化学のサンプルと比較したところ,川鉄のサンプ
ル(ユニオン製)は,繊維径11.8μm,フィルターサイズ22mm×
55mm×400mm,充填重量340g/本であり,三共理化学のもの
は繊維径10.1μm,充填重量300g/本であった。(Q27,28
ページ,甲8の18,乙9,33)
なお,当時の繊維径の計測方法は,電子顕微鏡で繊維の一部の拡大写真
を撮り,その写真の繊維を測定して平均値を出すという方法であったため,
測定時の誤差が生じることがあった(Q28ページ,乙33,34)。
(キ)被告代表者の所持していたグラスウールの分析
被告代表者は,平成10年12月ころ,被告において濾過フィルターを
開発するにあたり,被告代表者が三共理化学に勤務していた当時,川鉄か
ら入手したユニオン製の濾過フィルターのグラスウールを数個所持してい
たので,グラスウールメーカーのマグにその分析を依頼した。マグの分析
結果は,旭ファイバー製で,密度が32kg/mというものであった。3
(被告代表者2,3ページ)
イユニオンによる実施の有無
(ア)ユニオンが製造販売していた濾過フィルターの仕様等
上記アで認定した事実からすれば,平成元年当時,日金工衣浦工場,日
金工相模原工場,川鉄は,ユニオン製の濾過フィルターを使用しており,
その形状は,いずれも全体として直径55mm×長さ400mmの円筒形
で,内部に直径約22mmの金属管が入っており,金属管には多数の孔が
あって,濾過される圧延油が金属管の孔を通過して金属管内に流入するこ
とができるようになっていること,ガラスウール部分は,ドーナツ状のガ
ラスウールをドーナツの穴に上記の金属管が通るようにして金属管と平行
な方向に圧縮する形で金属管に充填されたもので,その両端がフランジで
止めてあるものであったことが認められる。
また,各濾過フィルターのガラスウール部分の重量は,日金工衣浦工場
から3回にわたって入手したサンプルについては,①355g/本,②2
90g/本,③255g/本,④平成元年7月20日に日金工相模原工場か
ら入手したサンプルについては319g/本,⑤平成元年9月ころに川鉄
から入手したサンプルについては340g/本であったこと,ガラスウー
ルの繊維径は,日金工衣浦工場から入手したもの(上記①②③)が11.
2μmであり,川鉄から入手したもの(上記⑤)が11.8μmであった
ことが認められる。
そして,各濾過フィルターの形状により計算されるガラスウール部分の
体積は797.87cmであるから(計算式:(2.75×2.75-1.1×1.1)3
×3.14×40.0=797.87…),各濾過フィルターの嵩密度は,①重量35
5g/本のものが444.93kg/m,②重量290g/本のものが363
3.47kg/m,③重量255g/本のものが319.60kg/m,33
④重量319g/本のものが399.81kg/m,⑤重量340g/本の3
ものが426.13kg/mであると計算される(計算式:①355÷797.3
87=0.44493…,②290÷797.87=0.36347…,③255÷797.87=0.31960…,
④319÷797.87=0.39981…,⑤340÷797.87=0.42613…)。
(イ)ユニオン製濾過フィルターの構成の分説
以上を前提に,ユニオン製濾過フィルターの構成を分説すると,次のと
おりとなる。
a1*圧延油が流れる円筒状の筒体の周壁に多数の貫通孔を形成し,前記
円筒状の筒体の外周に複数個の円環状のグラスウールのブロックを装着
すると共に,前記筒体の両端部に設けた一対の圧縮プレートの間で前記
グラスウールのブロックを前記筒体の軸方向に圧縮した状態で前記筒体
に固定して,前記グラスウールのブロックの外周面で濾過された圧延油
が前記貫通孔を通過して前記筒体内に流れ込むようにしたフィルタモジ
ュールであって,
b1*前記グラスウールを構成する繊維の平均径を11.2μm(上記①
②③について。なお,④は不明),11.8μm(上記⑤について),
c1*前記グラスウールの嵩密度を①444.93kg/m,②363.3
47kg/m,③319.60kg/m,④399.81kg/m,⑤333
426.13kg/mに設定すると共に,3
d1*下記式で定義されるグラスウールの捕捉孔の仮想孔径φを②27.
15μm,③29.25μm,④25.67μm(①⑤は記載を省略)
に設定した
φ=D・(2500−M)/M22
M:不織布の嵩密度(kg/m)D:繊維の平均径(μm)3
【②363.47kg/m】3
φ=11.2×11.2×(2500−363.47)/363.472
=737.35
φ=27.15
【③319.60kg/m】3
φ=11.2×11.2×(2500−319.60)/319.602
=855.79
φ=29.25
【④399.81kg/m】3
ただし,繊維の平均径が日金工衣浦工場と同じ11.2μmの場合。
φ=11.2×11.2×(2500−399.81)/399.812
=658.93
φ=25.67
【①⑤は記載を省略】
e1*フィルタモジュール。
(ウ)各濾過フィルターの構成要件の充足
上記①⑤の各構成c1*は,いずれも,少なくとも構成要件Cを充足して
いないので,本件特許発明の技術的範囲にはない。
上記②ないし③の各構成a1*ないしe1*は,いずれも構成要件Aないし
Eを充足しており,本件特許発明の技術的範囲に属する。
上記④は,繊維の平均径が日金工衣浦工場と同じ11.2μmの場合の
場合は,各構成要件を充足することとなるが,証拠上,繊維の平均径が不
明であるから,本件特許発明の技術的範囲にあるとはいえない。
(エ)まとめ
以上からすれば,ユニオンは,平成元年当時,本件特許発明の技術的範
囲に属する濾過フィルター(上記②③)を製造して,少なくとも日金工衣
浦工場に販売していたことが認められるので,本件特許発明は,平成元年
当時,ユニオンにより,公然実施されていた発明であると認められる。
ウ原告の主張について
(ア)ユニオン特許出願について
Ⅰ原告は,ユニオン特許出願の特許請求の範囲は,本件特許発明よりも
広範囲で,本件特許発明を実施している者が記載するはずのない内容で
ある,ユニオン特許出願についての拒絶理由通知書に対する意見書の記
載から,ユニオンは,本件特許発明を実施する能力がなかったことを認
めていると主張する。
Ⅱユニオン特許出願についての拒絶理由通知書(甲11)は,本件特許
発明に係る出願の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下,まと
めて「本件当初明細書」という。)に記載された発明と同一であるとし
て,特許法29条の2を根拠に,ユニオン特許出願に係る発明は,特許
を受けることができないとするものであり,原告が指摘するユニオンの
意見書(甲12)は,上記の拒絶理由通知書に対するものである。
Ⅲ本件明細書【0022】には次の記載があり,本件当初明細書の記載も同
様であったものと推認される。
「前記パイプ2の周壁には多数の貫通孔21が穿設されている。前記パ
イプ2の片方の端面には,前記第2圧縮プレート42が溶着されており,
該パイプ2の一端は閉塞されている。一方,前記パイプ2の他方の端部
は開放端22とされており,この開放端22には雄ネジ20が螺設されて
いる。該パイプ2の他方の端部には第1圧縮プレート41が装着されて
いる。前記パイプ2の雄ネジ20にはナット40が螺合しており,該ナッ
ト40のネジ力によって一対の圧縮プレート41,42の間でグラスウール
のブロック3がパイプ2の軸方向Sに圧縮された状態に保たれていると
共に,パイプ2に固定されている。」
Ⅳユニオンの意見書(甲12。6,8ページ)には次の記載がある。
「本件発明は「濾材として,JISK-2276規定の試験方法で93%以上
の夾雑物除去率を有する様に予め積層方向に圧縮されたグラスウール又
は不織布の積層体を用い」るに対し,引例2(判決注:本件当初明細書
を指す。)技術は引例明細書【0022】第8行目乃至第11行目に「該ナ
ット40のネジ力によって一対の圧縮プレート41,42の間でグラスウー
ルのブロック3がパイプ2の軸方向Sに圧縮されている…(後略)。」
とあり濾材の圧縮方法,圧縮力及び圧縮程度が全く異なる技術である。
引例2技術は引例1技術同様濾過材はネジ力で圧縮されているに過ぎ
ず,後述の如く係る圧縮方法では本件発明で必要な,JISK-2276規定の
試験方法で93%以上の夾雑物除去率をもつ嵩密度は得られないことに
加え,繊維間の摩擦力が逆洗時の圧縮空気による剥離力よりも強力とな
るまで圧縮することはできない。
本件発明は,パイプ上で濾過材をネジ力で圧縮するのでは無く,「濾
過材を予め積層方向に」しかも「JISK-2276規定の試験方法で93%以
上の夾雑物除去率を有する」程度に「圧縮したグラスウール又は不織布
の積層体を用い」るのである。
この構成特に,濾材としてグラスウールを使用した場合,グラスウー
ルの如き硬質素材を本件発明の如く予め圧縮せずに,引用例のような単
なるナット締めによって,繊維間の摩擦力が逆洗時の圧縮空気による剥
離力よりも強力となるまで強く圧縮することは到底不可能である。後記,
実験例で明確にする。」(以上6ページ)
「三,実験例引例2明細書【0022】において,グラスウールのブロ
ック(3)は圧縮プレート41,42の間でネジ力により圧縮されるとあるが,
この記載は自然法則に反している。
現在市販されるグラスウールの最も嵩密度の大きい物は,96kg/
mで,本発明者らが使用しているものは64kg/mである。33
この二つを使って実験した。
その結果は,次の通りでこのような低密度では,逆洗時に繊維のぬけ
が生じることは明らかである。…
グラス枚数40枚(φ55mm/φ22mm×25mm)を400m
m長さのパイプに挿入してネジ力でのみ圧縮充填した上記グラスの嵩密
度を計算した。…
尚,グラス密度96kg/mの実験では,濾過材の内部に割れや変形3
が見られた。」(以上8ページ)
Ⅴ以上からすれば,ユニオンは,本件当初明細書で開示されている技術
が,円環状のグラスウールをあらかじめ圧縮せずに圧縮プレートの間に
入れ,その後でナット締めによるネジ力のみによって圧縮したものであ
ると理解していたものと認められる(ただし,上記はユニオンの理解で
あって,それが正しいかどうかは別の問題である。)。そして,ユニオ
ンの意見書は,この理解を前提として,ユニオン特許出願は予め積層方
向に圧縮されたグラスウール等を用いるから,その点で,本件当初明細
書に開示された技術とは異なることを説明し,かつ,本件当初明細書に
記載された250kg/m以上という嵩密度は,ネジ力のみによって作3
出することはできないと主張して,そのことを実験によって明らかにし
ようとしたものであると読みとることができる。
したがって,ユニオンの意見書は,ユニオンが本件特許発明を実施す
る能力がなかったことを示すものであるという原告の主張は採用できな
い。
また,ユニオン特許出願に係る特許請求の範囲が,同出願当初には本
件特許発明よりも広範囲であるとしても,ユニオンは,ユニオン製フィ
ルターが三共理化学に分析され,同様の製品を製造されていたことを知
らなかった可能性もあり(後記認定のとおり,日金工は,三共理化学に
対し,日金工にフィルターの納入実績があることを口外しないでほしい
と依頼し,三共理化学製フィルターの存在を秘している。),以前より
実施していた発明を後に特許出願しないとは限らないから,ユニオン特
許出願をもって,ユニオンが平成元年ころに本件特許発明の実施に当た
る行為をしていなかったことの証左とすることはできない。のみならず,
ユニオン特許出願は,最終的には,実施例を根拠として,「JISK-2276
規定の試験方法で93%以上の夾雑物除去率を有する様に予め積層方向
に圧縮されたグラスウール又は不織布の積層体を用いた」として,上記
下線部分の限定を付加した特許請求の範囲で特許査定されており(甲1
0,16),上記特許請求の範囲に係る発明は本件当初明細書記載の発
明と同一とはいえないと判断されたものと認められる。したがって,ユ
ニオンは,本件特許発明と同一ではない技術を実施例として特許出願し
ながら,より広範な権利を取得しようとして出願当初の特許請求の範囲
では過去に実施していた発明(本件特許発明の技術的範囲に属する発
明)まで含まれるような広範囲の記載を試みたにすぎない可能性も考え
られるから,ユニオン特許出願の出願当初の特許請求の範囲が,本件特
許発明の実施行為をしていた者が記載するはずのない内容であるという
ことはできない。
なお,上記のとおりユニオン特許出願は特許査定されており,ユニオ
ンにおいて本件特許発明の新規性を争う必要がある場面がこれまでにあ
ったとは認められない。
(イ)その他の主張について
原告は,乙4ないし乙6の書証の信用性を争う。しかし,乙4の一番上
の電子顕微鏡写真の横には「日本金属工業サンプルパイプより取りハ
ズシ」との記載があり,日金工から提供されたもの,すなわちユニオン製
のものであることが注記されている。また,Qの証言によれば,乙4ない
し6は,いずれもQがそこに記載されている日付(乙6には,「'89.
8.1」,「'89.8.11」として平成元年8月と解される日付が記
載されている。)のころに三共理化学の業務に伴って作成したものである
ことが認められ,証拠として採用することができるところである。
また,ユニオン製サンプルのうち,乙2に記載されたものは構成要件C
を充足しないけれども,前記のとおり,日金工衣浦工場に納入されたガラ
スウール部分の重量が②290g/本,③255g/本のものについては,
本件特許発明の技術的範囲に属している以上,技術的範囲外のものが存在
したとしても,公然実施を認定する妨げとなるものではない。
また,被告は,ユニオン製サンプルの嵩密度のばらつきが広範囲に及ぶ
ことから,乙2と乙6は異なる製品であると主張する。しかし,乙5,6
にも,日金工から入手したユニオン製サンプルには重量(ひいては嵩密
度)にばらつきがあることが記載されており,ユニオンの製品にはばらつ
きがあった可能性があるから,乙2,6に各記載された製品の嵩密度にば
らつきがあることをもって,直ちに両者が異なる用途に用いられる製品で
あるとすることはできない。
(2)三共理化学による実施について
ア前記第3の前提となる事実,証拠(各事実の末尾に記載した。)及び弁論
の全趣旨によれば,次の事実が認められる(本項目において特に年の記載が
ない日付の年はすべて平成元年である。)。
(ア)三共理化学における仕様の決定
5月下旬から6月上旬ころ,三共理化学における濾過フィルター製造の
目処が立ち,形状は,ユニオン製のものと同じで,穴の開いているステン
レスパイプに,ドーナツ状のガラス繊維をそのドーナツの穴にステンレス
パイプが通るようにしてステンレスパイプと平行な方向に圧縮して充填し,
ガラス繊維の両端をフランジで止め,片方のフランジは固定フランジとし,
他方のフランジはナットで押さえたもので,濾過される圧延油がガラス繊
維を通過し,ステンレスパイプの穴を通過してステンレスパイプ管内に流
入することができるようになっているもの,仕様は,グラスウール充填量
300g/本,繊維径11μm,充填密度376kg/m,サイズ(内径3
×外径×長さ)22mm×55mm×400mmと決定した(Q12,1
3,49ページ,乙5,7,33)。なお,三共理化学では,グラスウー
ルを圧縮するために,空気圧のプレスの機械を準備した(Q36,42ペ
ージ)。
(イ)知的財産権関係の調査
Qは,ユニオンの知的財産権の出願の有無について,P10弁理士(以
下「P10弁理士」という。)に調査を依頼した(Q4,13,1,38,
39,51,52ページ,乙33)。
P10弁理士は,6月5日,昭和62年から平成元年3月分までで公開
されているユニオンを出願人とする出願の中に濾過フィルターの出願はな
く,粘度測定装置に関する実用新案が1件あったのみであるとの回答をし
た(Q14ページ,乙22,33)。
また,P10弁理士は,6月14日,特公昭49−27014号公報
(「各種鋼板製造工程中における水,油,薬液等の絞取ローラー」)等の
発明を指摘し,ユニオン製サンプルは,積層の部分も含めて公知技術であ
って,仮に出願しても許可されないとの見解を示した(Q15ページ,乙
23,33)。Qは,P10弁理士に,本件新商品説明会で使用した資料
(乙7)から作成した三共理化学製フィルターの仕様についての資料(乙
38)を送付した(Q15ページ)。
さらに,P10弁理士は,同月21日,「圧延機における圧延油再生用
フィルターの洗浄方法及びその装置」等の発明を指摘し,ユニオン製フィ
ルターにより近い発明がある旨の報告をし(乙24,33),同月23日,
昭和55年から平成元年4月15日までの間で濾過フィルターに関するユ
ニオンの出願はない旨の調査結果を示した(Q15ページ,乙25,3
3)。
(ウ)日金工衣浦工場に対する最初の見積り
6月上旬ころ,日金工衣浦工場から,濾過フィルターの見積りをしてほ
しいとの依頼があり,Qは,同月8日,シャフトを受領して充填のみ行う
場合は100本単位で2380円/本,4000本単位で1850円/本,
フィルター部分の抜取後充填する場合は100本単位で2530円/本,
4000本単位で2000円/本という見積りをP8に連絡した(Q17
ページ,甲8の16,乙27,33)。
(エ)本件新商品説明会
Qは,P3から,濾過フィルターの販売を開始するにあたって,6月に
開催される営業会議の後で,説明会を開催するよう指示を受け,同月14
日,本件新商品説明会が三共理化学桶川工場において開催された(Q37
ページ,乙33,34)。
本件新商品説明会においては,Qは,「スパミック・フィルター(ガラ
スウール・フィルター)の概要」と題する資料(乙7)を配布し,本商品
が,セイジマーミルという圧延装置の圧延油を濾過するフィルターである
こと,「繊維径11μm,充填密度376kg/m,サイズ(内径×外径3
×長さ)22mm×55mm×400mm」で,充填量は300g/本と
いう仕様であること,本商品は汚濁オイルの中に入れて,本商品の開口部
より吸引すると,オイルはガラス繊維の積層外側からガラス繊維を通過し,
ステンレスパイプに設けられた孔を通過して吸引されるという仕組みでフ
ィルター槽が8本あり,各2000本のフィルターがセットされ,8本の
フィルター槽を順次使用していくという使用方法について,実物のサンプ
ルを示しながら説明した(被告代表者18ページ,Q13,16,37,
38,49ないし52ページ,甲8の15,乙7,33,34)。
見積価格については,当初の見積りより下げてほしいと名古屋営業所か
ら話があったため,P3は,使用済みガラスウールの取出しを含める場合
は,「100本以上の単位で2150円/本,詰替えのみの場合は,10
0本以上の単位で2000円/本である」と説明した(Q17,18ペー
ジ,乙7,33)。
Qは,説明会後,希望する営業所に,濾過フィルターの現物を送付した
(被告代表者18ページ,Q49ないし51ページ,乙33,34)。な
お,カタログは作成されなかった(Q32ページ)。
(オ)日金工衣浦工場に対する再見積り
P8が,ユニオンより安価でなければ参入は困難であると指摘したので,
Qは,6月28日,P8に対し,「シャフトのみの支給の場合,1000
本単位で1750円/本,使用済みグラスウール抜きを含める場合,10
00本単位で1870円/本」という再見積りを送付した(Q18ページ,
甲8の17,乙5,33)。
なお,上記の再見積りを記載した書面(甲8の17,乙5)には,グラ
スウール充填量が1本あたり300gであること,ユニオン製サンプルは,
290g/本,255g/本とばらつきがあったことが記載されている(Q
8,11ページ,甲8の17,乙5,33)。
(カ)日金工衣浦工場の濾過フィルターの巻替え
その後,日金工衣浦工場に納入する濾過フィルターについては,上記
(オ)の再見積内容の価格で,前記の三共理化学の仕様(300g/本)の
濾過フィルターの巻替えの契約が成立し,7月5日,日金工衣浦工場から
三共理化学に対し,巻替えのため濾過フィルター用鉄芯150本が送付さ
れた(Q19ないし22ページ,乙28ないし30,33)。
(キ)日金工相模原工場の濾過フィルターの巻替え
三共理化学は,7月25日,日金工相模原工場から,濾過フィルター2
650本を,8月23日に更に1箱を巻替えのために受領し(Q26ペー
ジ,乙8の1・2,33),9月7日に「ガラスフィルター」の名称で出
荷した(Q19,27ページ,乙32の1・2,33)。
ユニオン製サンプルは,日金工相模原工場のものが充填量319g/本,
日金工衣浦工場のものが充填量250ないし290g/本とばらつきがあ
ったため,日金工相模原工場に納品するにあたり,再度,同工場から現状
品のサンプルを入手しようとしたが,同工場は夏期休暇中でサンプルの入
手ができなかったため,出荷分は充填量300g/本で充填した(Q24
ないし26ページ,乙6)。
日金工相模原工場からは,ユニオンとの関係上,三共理化学が他社に対
して営業する際に,日金工で実績があることを口外しないでほしいと依頼
された(Q7,8ページ,乙37)。
(ク)三共理化学製の濾過フィルターの名称
三共理化学製フィルターは,種類としては1種類であったが,三共理化
学においては「ガラスフィルター」「ガラスウール・フィルター」などと
呼ばれ,ユーザーにおいては「ゼンジマーフィルター」「ZRフィルタ
ー」などと呼ばれていた(Q1,2,39,40ページ)。
(ケ)川鉄に対する見積り
前記のとおり,川鉄に営業を行っていた当時の三共理化学大阪営業所の
P9は,川鉄に営業した結果,ユニオンより価格が安く品質的に問題なく
互換性があれば三共理化学からの購入も検討するとのことだったので,品
質を分析するため,川鉄からサンプルを入手してQに送付し,Qは,川鉄
が使用していたユニオン製フィルターのサンプルの分析をした(被告代表
者18,19ページ,乙9)。
その後,Qは,見積価格として,1000本以上で,使用済みの抜きあ
りの場合2050円/本,詰め替えのみの場合1850円/本と伝えた。
(Q27,28ページ,甲8の18,乙9,33)
結局,三共理化学は,川鉄に,三共理化学製フィルターを販売すること
ができた(被告代表者19ページ,甲18,乙45)。
(コ)日立金属安来工場への販売
P9は,高林商事を通じて,日立金属安来工場で使用している濾過フィ
ルターの製造元の調査を依頼したところ,ユニオン製であり,巻替価格は
2700円/本ないし3000円/本程度であるとの報告があり,同時に三
共理化学で製造販売する濾過フィルターの仕様や価格を尋ねられたので,
9月28日,2200円/本で巻替をすることを伝えた。その後,三共理
化学から日立金属安来工場へ前記の三共理化学の仕様(300g/本)の
濾過フィルターの納入が決定し,三共理化学は,日立金属に対し,その後
も継続的に濾過フィルターを販売した。(被告代表者19,20ページ,
乙34)
(サ)三共理化学における濾過フィルターの製造工程
平成3年3月当時,三共理化学における濾過フィルターの製造工程は,
①入荷した使用後のシャフトからガラスフェルト部分を外す,②シャフト
のナットを外し,管内のスラッジを除去し,溶剤等で洗浄する,③450
mm×920mmのガラスウールボードを治具を使用して円環状に打ち抜
く,④洗浄済みシャフトをガイドシャフトにつないで,円環状ガラスウー
ルを所定量充填し,フランジを入れる,⑤④をシャフトのネジ部分が現れ
るまでプレスする,⑥ガイドシャフトから外して,ナットをセットし,ガ
ラスダストを除去する,というものであった。(Q29ページ,乙39)
(シ)仕様の変更(日金工相模原工場及び日立金属安来工場)
円環状ガラスウールの充填量は,三共理化学が製造販売を開始した平成
元年は,いずれの納入先についても前記の三共理化学の仕様(300g/
本)であったが,その後,客先によって変更があった。
日金工相模原工場向けのものは,平成3年3月当時,変更されて305
g/本(充填する長さは400mm),平成5年5月当時は更に変更され
て,290ないし295g/本であった。
日立金属安来工場向けのものは,平成4年度は,変更されて295g/
本,平成5年6月には更に変更されて305ないし310g/本(乙39
には「310g/m」と記載されているが,「310g/本」の記載誤り2
と思われる。)であった。(被告代表者20ページ,Q29ページ,乙3
9)
(ス)三共理化学の濾過フィルターの製造中止
三共理化学では,平成6年ころから製造コストが上昇し,販売価格を維
持することができなくなったため,濾過フィルターの製造の中止を決定し
た。(被告代表者21ページ,Q30,32ページ,乙34)
イ三共理化学による実施の有無
(ア)三共理化学が製造販売していた濾過フィルターの仕様等
上記アで認定した事実からすれば,三共理化学は,平成元年7月ころか
ら平成6年ころまで,日金工衣浦工場,日金工相模原工場,川鉄,日立金
属安来工場に自社製の濾過フィルターを販売していたこと,その形状は,
ステンレスパイプの周囲にガラス繊維を積層させた円筒状のもので,ステ
ンレスパイプには複数の孔があって,濾過されるオイルはガラス繊維及び
ステンレスパイプの孔を通過してステンレスパイプの管内に流入すること
ができるもので,ガラス繊維はドーナツ状のものをステンレスパイプに通
してステンレスパイプと平行な方向に圧縮したもので,ガラス繊維はその
両端をフランジで固定されており,全体のサイズは内径×外径×長さ=2
2mm×55mm×400mmであって,ガラス繊維の充填量は300g
/本,ガラス繊維の1本の繊維径は11μm,ガラス繊維の充填の嵩密度
は0.376g/cmすなわち376kg/mであったことが認められる。33
そして,計算上も,上記のサイズ(ガラス繊維の体積),ガラス繊維の充
填量(重量),嵩密度は合致する(計算式:300÷797.87=0.3760…)。
(イ)三共理化学製濾過フィルターの構成の分説
以上を前提に,三共理化学製濾過フィルターの構成を分説すると,次の
とおりとなる。
a2*圧延油が流れる円筒状の筒体の周壁に多数の貫通孔を形成し,前記
円筒状の筒体の外周に複数個の円環状のグラスウールのブロックを装着
すると共に,前記筒体の両端部に設けた一対の圧縮プレートの間で前記
グラスウールのブロックを前記筒体の軸方向に圧縮した状態で前記筒体
に固定して,前記グラスウールのブロックの外周面で濾過された圧延油
が前記貫通孔を通過して前記筒体内に流れ込むようにしたフィルタモジ
ュールであって,
b2*前記グラスウールを構成する繊維の平均径を11μm,
c2*前記グラスウールの嵩密度を376kg/mに設定すると共に,3
d2*下記式で定義されるグラスウールの捕捉孔の仮想孔径φを26.1
4μmに設定した
φ=D・(2500−M)/M22
M:不織布の嵩密度(kg/m)D:繊維の平均径(μm)3
φ=11×11×(2500−376)/376=683.522
φ=26.14
e2*フィルタモジュール。
(ウ)三共理化学製濾過フィルターの構成要件の充足
上記の構成a2*ないしe2*は,いずれも構成要件AないしEを充足して
おり,本件特許発明の技術的範囲に属する。
(エ)まとめ
以上からすれば,三共理化学は,平成元年7月ころから平成6年ころま
で,本件特許発明の技術的範囲に属する濾過フィルターを製造して,日金
工衣浦工場,日金工相模原工場,川鉄,日立金属安来工場に販売していた
ことが認められるので,本件特許発明は,平成元年7月ころから平成6年
ころまで,三共理化学により公然実施されていた発明であると認められる。
ウ原告の主張について
(ア)書証の信用性について
原告は,乙7ないし9の信用性を争うが,原告指摘の事実は,次のとお
り,いずれも前記認定を覆すに足りるものではない。
すなわち,書類により異なる複数の見積価格が存在したとしても,見積
価格自体は,時期,取引相手によって異なることは当然であるし,タイト
ルが多少異なる類似の書類が存在する点についても,同内容の資料を用途
によって多少修正することはあり得ることである。
また,知的財産に関する調査の時期と本件新商品説明会の開催時期との
関係についても,本件新商品説明会の開催より約10日前の平成元年6月
5日の段階で,直近2年余に公開された分では,ユニオンの濾過フィルタ
ーに関する知的財産権の出願はないとの弁理士からの回答を受けているか
ら,これを前提とした見込みに基づき,同月14日に本件新商品説明会を
開催したとしても,企業の行動として不自然というほどのものではない。
さらに,試験等の実施時期が販売開始後であったことについては,まっ
たくの新商品を開発販売する場合と異なり,ユニオン製フィルターという
既存の製品があり,これとまったく同じ仕様の製品を製造することが目的
であったという三共理化学の場合,同じ仕様の製品を製造するのに必要最
低限の情報を入手し,その情報に基づいて同じ仕様の製品を製造すること
が可能となれば,企業としては少しでも早く販売したいと考えるのが通常
であり,より詳細な試験等が販売開始後になったとしても,必ずしも不自
然であるということはできない。
(イ)その他の主張について
原告は,三共理化学が濾過フィルターの製造を中止する際に,営業担当
の被告代表者に技術交渉をさせるのは不自然であると主張する。後記認定
のとおり,営業担当のP9が三共理化学に代わって濾過フィルターを製造
する業者を探すよう指示されているところ,三共理化学は,濾過フィルタ
ーを供給してくれるメーカーを探す必要があったのであるから,技術担当
者ではなく営業担当者に探させることは不自然ではない。
また,原告は,本件特許発明より劣る内容のティアンドティ製の巻付型
フィルターを三共理化学が継続して販売するはずがないと主張する。しか
し,ティアンドティ製の巻付型フィルターが三共理化学製のフィルターよ
り劣っていたという証拠はないし(ティアンドティ製の巻き付け型フィル
ターが三共理化学製のフィルターより嵩密度が低いとしても,フィルター
の性能は嵩密度のみで決まるものではない。),仮に性能に多少の相違が
あるとしても,前記認定のとおり,三共理化学は販売価格を維持すること
ができなくなって製造中止を決定したのであるから,このように値上げを
することなく従来の製品を販売することができないという状況からすれば,
値上げをしないでコストがより安い別の代替品を販売することは不自然と
もいいきれない。
さらに,原告は,三共理化学が知的財産権を取得していないのは不自然
であると主張する。しかし,三共理化学は,ユニオン製フィルターと同様
の製品を製造したと認識していたところ,ユニオン製フィルターは積層の
部分も含めて公知技術であるとの見解をP10弁理士から示されていたの
であるから,知的財産権の取得をしようとしないことは不自然ではない。
原告は,本件訴訟提起前の警告書の送付に対し,三共理化学の製造販売
を主張しなかったのは不自然である等とも主張する。しかし,三共理化学
の公然実施を主張するには,同社から資料の提供を受ける等の協力を得て,
その製品の構成(グラスウールの繊維の平均径や嵩密度)を証明すること
が必要であるから(被告は,乙1の鑑定書を作成依頼するに当たり,鑑定
人弁理士に対し被告のフィルターに関する資料を提示している。),その
準備ができない段階では主張しなかったという可能性もないとはいえず,
不自然ともいい難い。
結局,いずれの主張も,前記に認定した事実を覆すに足りる根拠となる
ものではない。
(3)被告による実施について
ア前記第3の前提となる事実,証拠(各事実の末尾に記載した。)及び弁論
の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア)三共理化学の濾過フィルターの製造中止
三共理化学では,平成6年ころ,濾過フィルターの製造の中止を決定し
た。(被告代表者21ページ,Q30,32ページ,乙34)
これに伴い,P9は,三共理化学に代わって濾過フィルターを製造する
業者を探すよう指示された。(被告代表者21ページ,乙34)
(イ)三共理化学のティアンドティからのフィルターの仕入れ
P9は,不織布やフィルターに関する詳細な知識を有していなかったの
で,P11から,精研株式会社大阪営業所のP4が不織布について詳しい
と聞き,三共理化学が製造していた濾過フィルターと同様のものを安価に
製造する方法について相談した。(被告代表者1ページ,乙34)
P4は,濾過材には,耐熱性の観点からグラスウールを使用する必要が
あること,日本無機が製造しているグラスウールをパイプに巻き付けるこ
とでフィルターユニットを製造できるかもしれないことを教示した。P9
は,日本無機に対し,日本無機製のグラスウールをバームクーヘン状にパ
イプに巻き付ける方法でのフィルターユニットの製造(以下「バームクー
ヘン型」という。)の可否を相談したところ,可能であるとの回答を得た。
(被告代表者1,21ページ,乙34)
そこで,P9は,P4に,バームクーヘン型濾過フィルターの試作を依
頼し,P4が平成7年ころに再就職したティアンドティに製造を依頼した。
以上の経緯を経て,三共理化学は,日本無機からグラスウールを購入して
ティアンドティに販売し,ティアンドティはバームクーヘン型濾過フィル
ターを製造し,これを三共理化学が購入して,鉄鋼会社に販売していた。
(被告代表者1,21ページ,乙34)
(ウ)被告による製造販売の開始
P9は,平成8年3月,三共理化学を退職し,同年5月,被告を設立し
た(被告代表者21ページ,乙34)。
P4は,被告代表者に対し,三共理化学時代の人脈を利用して,川鉄に
対し,ティアンドティ製の濾過フィルターを販売してほしいと依頼した
(被告代表者1ページ,乙34)。
ティアンドティで製造する濾過フィルターは,遅くとも平成10年8月
ころまでには,バームクーヘン型から円環状ないしドーナツ状のグラスウ
ールを積層して圧縮するタイプ(以下「ドーナツ型」という。)に変更さ
れていた(乙34)。
被告は,平成10年8月26日,岡尾商会を通じて,ティアンドティ製
の濾過フィルター2352本(チャンバー付き,サイズ22mm×55m
m×400mm)を川鉄西宮工場に販売した(被告代表者2,26ページ,
甲8の21・22,乙10,11,34)。
その後,被告は,岡尾商会から,販売価格の値下げを要請され,P4に
尋ねたところ,P4は承諾しなかった。すると,岡尾商会は,被告に対し,
被告において同様の濾過フィルターを安価に製造してはどうかと打診して
きた。被告代表者は,三共理化学時代は営業を担当し,技術職ではなかっ
たが,濾過フィルターを約5年間販売し,その形状,機能等は熟知してい
たので,被告において製造することを決意した(被告代表者2,27ペー
ジ,乙34)。
(エ)被告における濾過フィルター製造装置の設置
三共理化学製濾過フィルターは,積層した円環状のグラスウールを圧縮
し,ナットで固定するドーナツ型のものだったので,P9は,まず,グラ
スウールを圧縮する装置の制作を依頼することとし,平成10年12月こ
ろから,関西空機との打合せを開始し,平成11年1月下旬に上記装置は
完成し,被告は,関西空機に代金を支払った(被告代表者5ページ,甲8
の12,乙1の資料5,乙12,13の25,40ページ,乙14,3
4)。
(オ)被告におけるグラスウールの仕入れ
被告代表者は,被告製濾過フィルターの仕様を決定するにあたり,形状,
機能,手触りのみによって圧縮の程度等を把握していた。
被告代表者は,平成10年12月ころ,グラスウールの仕入先を探し,
グラスウールメーカーでトップシェアであると聞いていたマグに相談し,
前記のとおり,川鉄から入手して所持していたユニオン製の濾過フィルタ
ーのグラスウールの分析の結果を前提に,マグ製の嵩密度48kg/mと3
64kg/mの2種類のグラスウールをサンプルとして入手した。3
次いで,被告代表者は,これらの2種類の嵩密度のグラスウールを金属
パイプに通して圧縮する円環状グラスウールの個数を変更しながら濾過フ
ィルターを試作し,完成した試作品の手触りの感覚と三共理化学時代に扱
っていた三共理化学製フィルターの手触りの感覚とを比較して試行錯誤し
た。その結果,平成11年2月ころ,64kg/mの円環状グラスウール3
を70個詰めて圧縮したものが,その手触りとしては三共理化学時代に扱
っていたものに一番近いことが判明したので,マグ製の繊維径7μm,嵩
密度64kg/m,厚さ25mmのグラスウールボードを充填するグラス3
ウールとして使用することとした。(被告代表者3,4,28ないし30
ページ,甲8の14,乙1の資料6,乙13の8,11ページ,乙16,
34,48)
ドーナツ状のグラスウールの製造については,平成11年3月,被告は,
河久商事にボード状のグラスウールを円環状に打ち抜いてもらい,河久商
事から打抜後の円環状グラスウール(外径55φ,内径22φ,厚さ25
mm)を購入することとした(甲8の4,乙1の資料7,乙13の11,
24ページ,乙15,34)。
(カ)被告による川鉄への販売
被告は,平成11年2月16日,岡尾商会の仲介により,川鉄の担当者
に対し,被告製フィルターのサンプルを持参して商品説明をしたところ,
同月26日には,被告が川鉄のフィルター交換(巻替え)を行うことが確
実になったので,同年3月12日,円環状グラスウール12万個を河久商
事に発注し,円環状ガラスウールは,同月20日及び同年4月2日に,6
万個ずつ納入された(被告代表者5ないし7ページ,甲8の2,乙1の資
料7,乙13の27,33,38,39,53ページ,乙15,34)。
川鉄西宮工場は,同年3月15日,被告に対し,岡尾商会を通じて濾過
フィルター1680本を発注し,巻替えをする使用済み濾過フィルターを
送付した(被告代表者8ページ,甲8の1・3・5ないし9,甲18,乙
1の資料1ないし4,乙13の45,48,51ページ,乙17,18,
34,45)。
被告は,同年4月21日,川鉄へ納品する濾過フィルター1680本の
巻替えを完成させて川鉄に納品し,岡尾商会を通じて代金の支払を受けた
(被告代表者9,26ページ,乙1の資料3,4,乙19,34)。同年
8月ころにも巻替えの注文を受け,納品した(乙13の94,101ペー
ジ)。
(キ)被告による日立金属安来工場への販売
被告代表者は,三共理化学時代の人脈を利用して,平成11年3月5日,
日立金属に営業を行い,日立金属は,高林商事を通じて被告から被告製濾
過フィルターを,巻替だけではなくシャフト部分も含めて新品のものを購
入することとなった。そこで,被告は,同年4月22日,シャフト部分4
00本の作成を関西空機に依頼し(被告代表者11,31ページ,乙1の
資料5,乙40),新品のシャフトを用意した。被告は,河久商事にグラ
スウール約2万5000個を注文し(被告代表者10ページ),同年5月
13日,日立金属安来工場に納品する濾過フィルター350本を完成させ
て納品し,高林商事を通じて代金の支払を受けた(被告代表者9,11,
12ページ,乙13の43,44,67,74ページ,乙20の1・2,
34,41)。
(ク)日新製鋼への販売
被告は,テラダ産業からの紹介で,平成11年5月19日,日新製鋼を
訪れてサンプルを用いて濾過フィルターの営業を行い,同月28日には日
新製鋼から補助タンクの濾過フィルター35本の巻替えを受注できる目処
が立ち,同年7月2日,巻替えをする濾過フィルター35本を引き取り,
河久商事にグラスウール2520個を注文して納品を受け,同月14日,
巻替えを完了した濾過フィルター35本をテラダ産業を通じて日新製鋼に
納品し,代金の支払を受けた(被告代表者12,13,15ページ,乙1
3の76,79,81,82,87,109,110ページ,乙21の1
・2,34,42,43)。
(ケ)被告製濾過フィルターの仕様
被告製濾過フィルターは,形状も仕様も,三共理化学製フィルターとほ
ぼ同じものとなるよう設計したものであり,形状は,外径55mm×内径
22mm×長さ400mmの円筒形で,中心に金属管が通してあり,その
金属管には多数の孔が開いていて,濾過された圧延油が金属管の孔を通過
して金属管内に流入することができるようになっており,金属管の周囲に
は,金属管と平行な方向に圧縮されたドーナツ状のガラスウールがそのド
ーナツの穴に金属管が通るようにして充填され,ガラスウールの両端はフ
ランジで止めてあるものであった。
仕様は,前記のとおり,具体的に充填されたガラスウールの嵩密度を測
定,計算等して仕様を決定したものではなく,手触りの感覚で,三共理化
学製濾過フィルターの手触りと同じになるようにして決定したものである
が,製造開始から平成11年8月24日までは嵩密度64kg/m,厚さ3
25mmの円環状グラスウール70個を400mmの長さのパイプに通し
て圧縮して1本の濾過フィルターを制作することとしていたのであり,充
填されたガラスウールの嵩密度は280kg/m(被告代表者4,5,13
6ページ,甲19,乙1の資料8,乙13の89ページ,乙34,46),
シャフトも含めた1本の重さは550g,シャフト(325g)を除いた
重量は225g/本であった(乙1の資料9,乙13の77ページ)。
平成11年8月24日以降は,嵩密度80kg/mの円環状グラスウー3
ル65個を同じく400mmの長さのパイプに通して圧縮して1本の濾過
フィルターを制作している(乙34,48)。
なお,被告代表者がテラダ産業を通じて入手した平成11年当時のユニ
オン製の濾過フィルターは,嵩密度48kg/m,厚さ25mmのグラス3
ウールを94個を400mmの長さに積層したもので嵩密度は282kg
/m,ティアンドティの濾過フィルターは,嵩密度80kg/m,厚さ233
5mmのグラスウールを62ないし65個を400mmの長さに積層した
もので嵩密度は325kg/mないし310kg/mであった(被告代表33
者4ページ,乙13の89ページ)。
(コ)被告から原告への濾過フィルターの貸与
被告は,原告から,平成11年4月当時及び現在販売している被告製の
濾過フィルターのサンプルを貸与してほしいといわれ,平成18年6月1
日,株式会社トクヤマエムテックに嵩密度64kg/mと80kg/mの33
グラスウールを発注し,平成11年4月に販売開始した被告製フィルター
と平成18年6月当時の改良後被告製フィルターのサンプルを作成し,原
告に渡した。(被告代表者16,17ページ,甲5,乙44)
イ被告による実施の有無
(ア)被告が製造販売していた濾過フィルターの仕様等
上記アで認定した事実からすれば,被告は,平成11年3月ころから同
年7月14日までに,川鉄西宮工場,日立金属安来工場,日新製鋼に対し,
圧延油の洗浄のための濾過フィルターを製造,販売したこと,その形状は,
直径55mm×長さ400mmの円筒形で,内部は直径22mmの金属製
のパイプがあり,パイプには圧延油を吸引するための孔が複数開けられ,
濾過された圧延油はパイプの孔を通過してパイプ内に流入できるようにな
っており,金属製パイプの周囲には円環状のグラスウールが積層し金属パ
イプと平行な方向に圧縮して充填され,その両端はフランジで止められて
おり,グラスウールは,嵩密度64kg/m,厚さ25mmのグラスウー3
ルを70個使用したもので,グラスウールの1本の繊維径は7μmであっ
たことが認められる。そして,充填されたグラスウールの嵩密度は280
kg/mであると計算される(計算式:64×70×25÷400=280)。3
(イ)被告製濾過フィルターの構成の分説
以上を前提に,被告製濾過フィルターの構成を分説すると,次のとおり
となる。
a3*圧延油が流れる円筒状の筒体の周壁に多数の貫通孔を形成し,前記
円筒状の筒体の外周に複数個の円環状のグラスウールのブロックを装着
すると共に,前記筒体の両端部に設けた一対の圧縮プレートの間で前記
グラスウールのブロックを前記筒体の軸方向に圧縮した状態で前記筒体
に固定して,前記グラスウールのブロックの外周面で濾過された圧延油
が前記貫通孔を通過して前記筒体内に流れ込むようにしたフィルタモジ
ュールであって,
b3*前記グラスウールを構成する繊維の平均径を7μm,
c3*前記グラスウールの嵩密度を280kg/mに設定すると共に,3
d3*下記式で定義されるグラスウールの捕捉孔の仮想孔径φを19.7
1μmに設定した
φ=D・(2500−M)/M22
M:不織布の嵩密度(kg/m)D:繊維の平均径(μm)3
φ=7×7×(2500−280)/280=338.502
φ=19.71
e3*フィルタモジュール。
(ウ)被告製濾過フィルターの構成要件の充足
上記の構成a3*ないしe3*は,いずれも構成要件AないしEを充足して
おり,本件特許発明の技術的範囲に属する。
(エ)まとめ
以上からすれば,被告は,平成11年3月ころから本件特許の特許出願
日である同年7月14日までの間に,本件特許発明の技術的範囲に属する
濾過フィルターを製造して,川鉄西宮工場,日立金属安来工場,日新製鋼
に販売していたことが認められるので,本件特許発明は,平成11年3月
ころから本件特許の特許出願の前までに,被告により公然実施されていた
発明であると認められる。
ウ原告の主張について
(ア)P6の供述との矛盾
原告は,被告において濾過フィルターの製造に携わったP6が,円環状
のグラスウールをシャフトに20個詰めると述べたことについて,430
mmの長さしかないシャフトに25mmの厚さのグラスウール20個を付
けることはできないから,被告の主張は全体として信用できないと主張す
る。
しかし,シャフトにグラスウールを20個詰めるというのは,必ずしも,
最初から全く圧縮しないまま20個を並べることを意味するとは限らない。
430mmのシャフトに厚さ25mmのグラスウールを20個詰めるため
には,グラスウールの厚さが八十数パーセントに減少すれば足りるのであ
るから,P6が押すなどして少しずつ圧縮しながら詰めていったとか,2
0個より少ない数を詰めていったん少し圧縮し,更に追加して詰めて最終
的にシャフト側に合計20個詰めたということも考えられるのであって,
必ずしもP6の供述内容が被告の主張内容と矛盾するものではない。
(イ)書証及び供述の信用性について
原告は,被告代表者のメモ(乙13)及び供述は信用できないと主張す
るが,原告が指摘する点は,上記メモ(乙13)はメモであるため簡潔な
記載に止まっているものの,他の証拠を照らし合わせれば前記認定をする
ことができるものか,記載や供述が不自然とはいえないものか,又は供述
の時点の記憶の些細な齟齬と考えられるものにすぎず,いずれも前記認定
を覆すに足りるものではない。
(ウ)その他の主張について
原告は,乙13には「シャフトのみ重量325g」「ナット45g」
「フランヂ15g」「製品550g」と記載されていることから,グラ
スウールの重量は,製品の重量550gからシャフト325g,ナット4
5g,フランヂ15gの各重量を引いたもので,そうすると被告製濾過フ
ィルターは構成要件Cを充足しなくなると主張する。
しかし,被告製濾過フィルターに用いられているドーナツ状ガラスウー
ルの1個の重さは3.19gであり(計算式:(27.5×27.5-11×11)×
3.14×25×0.000064=3.191496),70個の重量は223.3gである
こと(計算式:3.19×70=223.3)から,計算上,グラスウールの重量は
製品全体の重量550gからシャフトの重量を控除した225gであった
と理解すべきであるし(計算式:550-325=225),前記認定のとおり,他
の関係証拠を併せても,やはり,上記のメモの記載のうち「シャフトのみ
重量」は[グラスウール部分を除いた金属製品部分のみの重量]という趣
旨であって,ナットやフランヂを含むものとして記載されていると読むべ
きであるから,原告の主張は理由がない。
(4)小括
以上のとおり,本件特許発明は,本件特許の特許出願日である平成11年7
月14日より前に,ユニオン(平成元年ころ),三共理化学(平成元年7月こ
ろから平成6年ころ),被告(平成11年3月ころ以降)により,公然実施さ
れていた発明であるから,特許法29条1項2号に該当し,同法123条1項
2号の無効事由を有するので,本件特許は,特許無効審判により無効とされる
べきものと認められるから,同法104条の3第1項により,原告は,被告に
対し,本件特許に基づく権利を行使することができない。
2よって,本件請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由
がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田知司
裁判官高松宏之
裁判官村上誠子
(別紙)
物件目録
1製品名グラスウールフィルターGW6425
構成グラスウールを構成する繊維の平均径7μm

グラスウールの嵩密度280kg/m
2製品名グラスウールフィルターGW8025
構成グラスウールを構成する繊維の平均径7μm

グラスウールの嵩密度325kg/m

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