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要旨:86歳の入院患者が医師により投与された抗生物質の副作用により肺炎に罹
患して死亡したとして,医師の責任が認められた事例
平成14年11月27日判決言渡 奈良地方裁判所葛城支部
平成8年(ワ)第113号 損害賠償請求事件
          主          文
  1 被告は原告に対し,2110万円及びこれに対する平成4年11月20日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2 原告のその余の請求を棄却する。
  3 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の
負担とする。
  4 この判決は,原告勝訴の部分に限り,仮に執行することができる。
          事実及び理由
第1 請求
   被告は原告に対し,2360万円及びこれに対する平成4年11月20日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,当時86歳であるAが自転車で走行中に転倒して腰椎圧迫骨折の受
傷をしたため,その治療のために入院中,肺炎に罹患して死亡したことについて,
その子である原告が,病院経営者である被告に対し,不法行為(民法709条,7
15条)又は診療契約上の債務不履行(民法415条)に基づき,損害賠償を請求
した事案である。
 1 争いのない事実等
 (1) 当事者
   原告は,A(明治39年1月16日生)の長女であり,Aの死亡により,同
人の被告に対する損害賠償請求権一切を承継した相続人である。
   被告は,肩書住所地において,B病院(以下「B病院」という。)を経営す
る医師であり,C医師及びD医師は,本件当時,B病院の勤務医であった。
 (前段につき甲1,後段は争いがない。)
 (2) 診療契約の締結及び診療の実施
   A(当時86歳)は,平成4年10月7日,自転車で走行中に転倒して腰部
を打撲して救急車でB病院に搬送され,同病院において,腰椎圧迫骨折と診断され
て引き続き同日から同病院に入院したことにより,同日,Aと被告との間に,Aの
腰椎圧迫骨折について,適切かつ誠実な診療を行うことを内容とする診療契約が締
結され,以後Aが死亡するまでB病院において診療行為がされた。
 (争いがない。)
 (3) Aの死亡
   Aは,B病院入院中の平成4年11月20日に肺炎(以下「本件肺炎」とい
う。)により死亡した。
 (争いがない。)
 2 争点
 (1) 本件肺炎の原因
 ア 原告の主張
   本件肺炎は,次のとおり,被告の投与した薬剤(抗生物質,アジセフ及びメ
イセリン)を原因とする薬剤性間質性肺炎である。
  ① 被告は,Aに対し,アジセフ及びメイセリンを約40日間連続投与してお
り,同薬剤の添付文書(能書)には,これらの薬剤の副作用として間質性肺炎が記
載されている。
  ② アジセフ投与後に好酸球の白血球数に占める割合と絶対数が増加してい
る。
  ③ 急性である。
  ④ 被告自身も平成4年11月19日の時点で薬剤性肺炎を疑っている。
 イ 被告の主張
   本件肺炎の原因としては,真菌性の可能性を無視できず,間質性肺炎と断定
できない。
   すなわち,入院2日後の10月9日には上気道炎の診断をしているが,入院
時の胸部エックス線所見にも肺気腫・慢性気管支炎を示唆する所見があり,骨折や
胸部打撲による呼吸時の疼痛のための換気不全があり,それが肺炎に結びついた可
能性も否定できない。
(2) B病院医師の注意義務違反の有無
 ア 原告の主張
 ① 抗生剤投与における注意義務違反
   医薬品の添付文書(能書)の記載事項は,当該医薬品の危険性(副作用等)
につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が,投与を受ける患
者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する
目的で記載するものであるから,医師が医薬品を使用するに当たって同文書に記載
された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,こ
れに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定
されるものというべきである。
   アジセフの添付文書には,上記の副作用等があり,投与期間は治療上必要な
最小限の期間にとどめること,高齢者に対する投与は慎重にすべきことが記載され
ているところ,被告は,Aに対し,尿路感染症治療のため,アジセフを投与したも
のであるが,11月5日に至るまで尿の細菌学的な検討が行われておらず,起炎菌
の抗生剤への感受性を確認し,その有効性を判断するために必要な検査が施行され
ていないのであって,そもそもアジセフの適応すら明らかではないうえ,10月1
9日よりアレルギー反応を疑われる好酸球数の増加がみられたのであるから,その
時点でアジセフの投与を中止すべきであったにもかかわらず,漫然と投与を続け
た。
   その結果,Aは薬剤性肺炎により死亡した。
 ② バルーンカテーテル留置における注意義務違反
   仮に,本件肺炎が真菌性又は細菌性肺炎であったとしても,被告としては,
バルーンカテーテルはできるだけ短期に中止すべきであるのに長期間留置したた
め,膀胱内に菌を混入させることになり,肺炎を惹起させた。
 ③ 肺炎に対する治療における注意義務違反
   被告は,11月17日に胸部レントゲン写真を撮影したにもかかわらず,そ
の読影を11月19日まで怠ったため,スリガラス状の陰影の確認が遅れ,肺炎に
対する治療も遅れた。
   被告は,11月19日11時32分に血液ガスを測定した際,Aに著しい低
酸素血症が認められたのであり,それまでの鼻カニューレによる酸素投与量では十
分な酸素化が期待できないと判断すべきで,時間をおかずに再度血液ガスを測定
し,治療方針を修正することが必要であるのに,14時20分まで血液ガスの測定
を怠った。
   上記のとおり,酸素投与量が不足していたのであるから,被告としては,早
期に挿管,人工呼吸もしくは高い吸入酸素量を維持できるリザーバーマスク使用な
どにより血中酸素濃度を上げる処置を実施すべきであり,これが困難であるなら
ば,すみやかにこれが可能なより高次の病院に転送すべきであったのに,これを怠
った。
   また上記のとおり,被告は,Aが薬剤性肺炎であることを疑うことができた
のであるから,ステロイドパルス療法を実施すべきであったにもかかわらず,これ
を怠った。
イ 被告の主張
 ① 抗生剤投与における注意義務違反について
   アジセフ等セフェム系抗生物質の添付文書に原告主張の記載があるのは事実
であるが,これは厚生省の指導による一律の記載であって,本件で使用期間の長い
アジセフについては,その副作用報告はない。
   アジセフ等の抗生剤は,尿路閉鎖をもたらした急性前立腺炎の治療,バルー
ンカテーテル留置に伴う尿路感染症の予防,11月9日発症の睾丸炎(11月14
日には睾丸の痛みは消失したが,陰茎亀頭部の疼痛・発赤の炎症症状が続いてい
た。)の治療を目的に投与されたもので,適切である。
 ② バルーンカテーテル留置における注意義務違反について
   尿路閉鎖を放置できないのは当然であり,バルーンカテーテルなしに十分な
排尿が期待できない限り,使用継続はやむを得ない。
 ③ 肺炎に対する治療における注意義務違反について
   臨床的に効果のあった酸素吸入以上の措置が必要であったとは考えられな
い。間質性肺炎には根治法はなく,細菌感染自体には無効・有害なステロイドは,
副作用の危険もあり,対症的薬剤であり,その効果も保証されていない。患者
(A)の検査拒否や酸素療法への拒否的な対応に配慮すれば,気管挿管を避けた被
告の治療は是認できるし,リザーバーマスクについては当時B病院においては備え
られておらず,備えられていないことが臨床医療水準に反する欠陥とはいえない。
さらにリザーバーマスクにも限界があり,患者の不快が強まる以上,患者の自己決
定権を無視してまで使用すべきかは疑問である。
 (3) B病院医師の注意義務違反とAの死亡との因果関係
 ァ 原告の主張
 ① 抗生剤使用における注意義務違反との因果関係
 本件では,そもそも抗生剤に適応がなく,抗生剤の投与をするべきではな
かったのであり,仮に投与していたとしても,感受性を確認し,必要最小限の期間
の投与にとどめていれば,肺炎を起こすことはなかったのであるから,抗生剤投与
とAの死亡との間には因果関係がある。
 ② 肺炎に対する治療における注意義務違反との因果関係
 肺炎に対する治療が適切であれば,救命できた可能性は高い。特に,11
月17日に実施した胸部レントゲン写真を即日読影し,直ちに肺炎に対する治療を
開始していれば,救命の可能性はより一層高かった。
 ィ 被告の主張
 上記のとおり,抗生剤投与と肺炎との間に因果関係はない。また肺炎に対
する治療についても,原告主張の医療行為を施したとしても,金銭賠償に結びつけ
るほどの有意義な延命の可能性を認めるのは困難である。
(4) 原告の損害(原告の主張)
 ア Aの慰謝料
   2000万円
 イ 葬儀費用
   150万円
 ウ 弁護士費用
   210万円
第3 当裁判所の判断
 1 前提事実
上記争いのない事実等及び証拠(甲2,3,5ないし16,乙1ないし5,
6の1・2,7,8の1・2,証人C,同D,同E(但し,書面尋問),同F(但
し,書面尋問),被告本人,鑑定人Eの鑑定結果(以下「E鑑定」という。),鑑
定人Fの鑑定結果(以下「F鑑定」という。))並びに弁論の全趣旨によれば,次
の事実が認められる。
 (1) 診療経過
  ア A(当時86歳)は,平成4年10月7日,自転車にて転倒し,腰部を打
ち,起き上がれなかったため,救急車にてB病院に搬送され,そのまま同病院に入
院した。
    入院時の診断名は,腰椎圧迫骨折と変形性脊椎症であり,主治医は外科の
C医師となった。
    排尿障害もあったため,導尿がされた。
    入院時の胸部X線写真においては,著名な異常はなかった。
  イ 10月8日,なお排尿がないため,尿道バルーンカテーテルが挿入留置さ
れた。バルーンカテーテルは11月16日まで留置された。
    泌尿器科医師の被告院長の診察の結果,前立腺肥大はないが前立腺の圧痛
があるため前立腺炎と診断され,被告の指示により,この日から毎日,抗生物質の
アジセフが10日までは2グラム,11日から26日までは1グラムが投与され
た。なお,抗生物質投与に先立ち,起炎菌の同定は行われていない。
    この間の血液検査の結果は,別表(以下省略)記載のとおりであり,好酸
球のパーセントが上昇し,26日には11パーセントを示した。
  ウ 10月27日,被告の指示により,抗生物質がアジセフからメイセリン1
グラムに変更され,11月8日まで投与された。
    この間の血液検査の結果は,別表記載のとおりであり,11月2日にはC
RPの数値は0.1となり,11月9日には好酸球も1パーセントに低下した。ま
た11月5日には感受性検査がされたが,抗生物質の使用のため,菌は検出されな
かった。
  エ 11月9日,別表記載のとおり,CRP定性の数値が5プラスを示した。
    被告は,Aを診察した結果,睾丸が赤く腫れていたため,再び抗生物質を
アジセフ1グラムに変更して投与した。
    Aは,11月10日,起立練習を開始した。
  オ 11月14日,Aは,睾丸の疼痛は消退したが,バルーンカテーテルのた
めか,亀頭部痛を訴えていた。
  カ 11月16日,C医師が診察したところ,Aは頭痛と咳を訴えていた。
    この日の血液検査の結果は,好酸球のパーセントが12.4パーセントを
示し,CRP定性数値も5プラスを示していた。
    C医師は,パーセリンの副作用を疑って,被告にその必要性を確認すると
共に,ボルタレンの投与を中止した。またAは,バルーンカテーテルのため痛がっ
ていたので,除去できないかも被告に確認した。
  キ 11月17日,バルーンカテーテルが除去された。
    Aは,この日には,歩行器を使用して起立歩行を開始した。
    C医師は,この日,X線写真の撮影を指示したが,その結果は当日見るこ
となく,19日になって見た(なお,18日は,B病院におけるC医師の勤務日で
はなかったため,B病院に来ていない。)。
  ク 11月19日,C医師は,上記の胸部X線写真を見たところ,スリガラス
状の異常な陰影が見つかった。またC医師の診察時にも,Aは,「呼吸が苦しく,
胸がしんどい」と訴えていた。
    C医師は,検査結果やこれまでの経過等から,薬剤性肺炎か好酸球症候群
を伴った肺浸潤を疑い,内科のD医師の受診を指示すると共に,喀痰培養2日間,
この日からアジセフ投与を中止することを指示した。
    さらに,11時32分の血液ガス所見により,動脈血酸素分圧が30.3
㎜Hgと著名な低酸素血症を示しており,2リットル/分の酸素吸入を指示した。
    その後,D医師がAを診察したところ,労作時呼吸困難を訴えており,胸
部の湿性ラ音と眼球角結膜浮腫が認められた。
    さらに,D医師が,14時20分に再び血液ガス検査を指示し,その結
果,5リットル/分の酸素吸入を指示した。
  ケ 11月20日,15時30分,Aは,呼吸停止し,挿管し,心臓マッサー
ジ等を施したが,18時25分に肺炎により死亡した。
 (2) 医学的知見
  ア アジセフ(味の素株式会社中央研究所で合成された新しいセフェム系抗生
物質セフピミゾールナトリウムの静注用製剤)の添付文書(能書,甲2)には,使
用上の注意として,「本剤の使用にあたっては,耐性菌の発現等を防ぐため,原則
として感受性を確認し,疾病の治療上必要な最小限の期間の投与にとどめるこ
と」,「高齢者には,次の点に注意し,用量並びに投与間隔に留意するなど患者の
状態を観察しながら慎重に投与すること,高齢者では生理機能が低下していること
が多く副作用が発現しやすい,高齢者ではビタミンK欠乏による出血傾向があらわ
れることがある」,「副作用として,血液では,ときに好酸球増多,呼吸器では,
他のセフェム系抗生物質でまれに好酸球増多等を伴う間質性肺炎があらわれること
があるのでこのような症状があらわれた場合には投与を中止し,副腎皮質ホルモン
剤の投与等の適切な処置を行うこと」などと記載されている。
  イ メイセリン(明治製菓株式会社で開発された7位側鎖にD-アミノ酸構造
を有する新しいセファマイシン抗生物質セフミノクスナトリウムの注射用製剤)の
添付文書(能書,甲3)には,使用上の注意として,アジセフと同様の記載がされ
ている。
  ウ 「病院の検査がわかる検査の手引き」(著者代表安藤幸夫,小学館刊,甲
5)には,血液一般検査の血液像のうち,好酸球の正常値は,1ないし5パーセン
トとされ,好酸球増加が示す病気として,寄生虫病,じんましん,薬剤アレルギ
ー,気管支ぜんそく,アレルギー性皮膚病などが記載されている。また,CRP
(体内に急性の炎症や組織の損傷があるときに,血清中に増えるたん白の一種)の
正常値は,定性法で陰性(-),定量法で1.0ミリグラム/デシリットル以下と
され,肺炎球菌によっておこる肺炎の患者の血清中に多くみられると記載されてい
る。
  エ 「薬剤性間質性肺炎の診断と治療」(E外著,医薬ジャーナル28巻,8
7頁ないし92頁,甲16)には,「薬剤性肺炎の臨床症状,胸部X線所見,臨床
検査所見は多彩かつ非特異的なものであり,確実な診断をくだすことは困難な場合
が多い。1症例に複数の薬剤が同時使用されることが多く,いったん薬剤性肺炎を
疑わせる症状が認められた場合でも,その原因薬剤の同定は困難な場合が多い。し
たがって,新しい薬剤の副作用情報の知識は以前に増して重要であり,常に薬剤性
臓器障害を念頭におきつつ注意深く症例を観察することは,速やかで適切な対処に
つながる。」,「症状,検査所見として,薬剤性肺障害に特有の臨床症状はなく,
特異的な診断法,検査法は現在のところ知られていない。潜行する発熱,呼吸困
難,咳が初発症状となる患者が多いが,いずれも非特異的な訴えであり,基礎肺疾
患によって臨床症状は多様な修飾を受ける。理学的所見の典型は断続性ラ音の聴取
であるが,連続性ラ音を聴く場合もある。胸部X線所見も多様で特有のものはな
い。」と記載されている。
 2 本件肺炎の原因について
   上記認定事実及び前掲各証拠によれば,アジセフの添付文書には,副作用の
1つとしてセフェム系抗生物質には間質性肺炎を惹起することがあることが記載さ
れていること,抗生物質は一般にアレルギー反応による薬剤性肺炎を起こすことが
多いとされ,好酸球数の増加はアレルギー反応の兆候であること,Aの急性呼吸不
全はアジセフ投与後に起こったこと,アジセフ投与後に好酸球の白血球数に占める
割合と絶対数がともに増加し,アジセフの中止後,メイセリンに変更し好酸球数が
減少し(10月27日),アジセフ再投与(11月9日)後に好酸球数が増加し,
さらにアジセフ再度中止(11月18日)後好酸球の再減少が見られたこと,Aに
はアジセフ以外の様々な薬剤が投与されているが,アジセフ投与中止時に他の薬剤
で投与が中止されたものはなく,11月9日にアジセフが再開されてから新たに追
加された薬剤も特別にないこと,Aの主治医であるB病院のC医師もアジセフによ
る薬剤性肺炎を強く疑っていること,内科医師のG医師は,本件肺炎がアジセフに
よる薬剤性肺炎であると判断していること,D医師は,長期間抗生物質が投与され
ていたことから,細菌性の肺炎の可能性は低いと判断していたこと,
本件肺炎の特徴は,発症前にはほぼ正常のレントゲン像を呈し,その後,急速に進
行し,重篤な酸素化障害を特徴とする急性呼吸不全を伴う肺野縮小傾向を伴うびま
ん性肺疾患であるが,E鑑定は,これらの特徴を満たす疾患は,急性間質性肺炎,
急性呼吸促迫症候群,薬剤性肺炎であると判断しており,しかもアジセフは肺炎の
原因薬剤としての必要条件は満たしているし,アジセフがAに過敏反応を惹起した
可能性を強く示唆するとし,D医師が疑った真菌性の肺炎の可能性は低いと判断し
ていることが認められ,これらを総合すると,Aの本件肺炎は,アジセフが作用し
て惹起したものであると考えるのが自然かつ合理的である。したがって,アジセフ
の投与と本件肺炎の発症との間には因果関係があると認めるのが相当である。
   これに対しては,E鑑定は,本件肺炎につき様々な観点から検討を加え,ア
レルギーによる薬剤性肺炎の典型例は斑状の陰影をとり,薬剤中止によって可逆的
な経過をとり,肺の収縮傾向は強くない場合が多いが,これらは本件肺炎の臨床像
と異なることなどから,本件肺炎の原因は特定できない,薬剤性肺炎と仮定した場
合,提示された資料から原因薬剤を特定することはできないとしており,F鑑定も
結論において同旨と考えられる。
   しかしながら,上記認定事実及び前掲各証拠によれば,薬剤性肺炎の胸部X
線写真も多様で特有でないこと,薬剤性肺炎と肺の収縮傾向の関係を明確に論じた
医学文献も見あたらないこと,アジセフ投与を中止した時点で本件肺炎は重症化し
ていたのであるから,投与中止により可逆的な経過をとらなかったとしても必ずし
も矛盾はないことが認められ,これらの事実によれば,E鑑定が指摘している点も
本件肺炎が薬剤性肺炎であることを否定する根拠になりうるものでないことは明ら
かである。そして,訴訟上の立証は,高度の蓋然性を証明することであり,その判
定は「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るもの」であれば
足りるのであり,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないのである。この
ような見地に立って考えると,上記の事実関係から,アジセフの投与と本件肺炎と
の因果関係の立証はされていると認めるのが相当であり,E鑑定やF鑑定は,医学
研究と同じ姿勢で対応しているものであり,このような判断は民事責任の確定の見
地からは相当とはいえない。
 3 B病院医師の注意義務違反の有無について
(1)抗生剤投与における注意義務違反について
   前掲各証拠によれば,抗生物質投与による各種感染症の治療にあたっては,
血液,喀痰等の培養による細菌学的検査によって起炎菌を決定したうえ,同起炎菌
に対する薬剤感受性試験を実施し,その測定結果に基づいて投与抗生物質を選択す
るのが原則であること,本件においては,起炎菌の同定や感受性試験は行われてい
ないこと,被告は細菌感染による慢性前立腺炎の急性増悪を想定し,アジセフを投
与したものであるが,上記のとおり,起炎菌の同定や感受性試験が行われていない
ため,前立腺炎には適応が取れていなかったことが認められ,これらの事実によれ
ば,本件のアジセフ投与方法は最善とは言い難いものの,他方,前掲各証拠によれ
ば,上記のとおり,被告が前立腺炎を疑ったこと自体は適切であること,Aは高齢
であり,尿閉のためバルーンカテーテルが留置されていたことから,尿路感染症の
合併頻度は高かったこと,アジセフは,慢性尿路感染症で分離頻度の高い大腸菌,
緑膿菌,肺炎桿菌に感受性があることが認められるから,これらの事実によれば,
被告が当初アジセフを投与したこと自体は,不適切とまで言い切れず,医師の診療
行為としてその裁量の範囲内にあるというべきである。
   しかしながら,上記認定事実及び前掲各証拠によれば,アジセフの添付文書
には,使用上の注意として,必要最小限度の投与,間質性肺炎等の副作用惹起の可
能性,高齢者の場合は,副作用が発現しやすいので患者の状態を観察しながら,慎
重に投与することが必要である旨明記されていること,Aは,非常に高齢であるこ
と,それにもかかわらず,被告は,起炎菌の同定や感受性試験を行うことなく,投
与量は途中で減らしてはいるものの,漫然と19日間も投与を続け,10月27日
にはメイセリンに変更しているが,その変更の必然性も不明であること,投与途中
の血液検査の結果で,アジセフ投与と共に好酸球数が上昇して異常な数値を示し,
アジセフからメイセリンに変更後は好酸球数も正常値に戻るなどの顕著な検査所見
があるにもかかわらず,これを全く顧慮せず,単に睾丸に炎症が認められたという
だけで,今度も起炎菌の同定や感受性試験を行わず,11月9日から再びアジセフ
を投与していること,そもそもAが尿路感染症に罹患していたとの根拠も必ずしも
明らかではないことが認められ,これらの事実によれば,被告のアジセフの投与方
法は,およそアジセフの添付文書の記載を全く無視したものといわざ
るを得ず,少なくとも,血液検査の結果,薬剤アレルギーを疑うべき結果の出た後
である,11月9日からのアジセフの再投与は,医療上の過失と評価するのが相当
である。
   これに対し,被告本人尋問の結果及びE鑑定の中には,添付文書と異なる医
療慣行があるかのような供述・記載がある(もっともE鑑定によれば,メイセリン
変更への妥当性については検討されているが,その後のアジセフ再投与の当否につ
いては積極的に検討されているとは言い難い。)が,添付文書に記載された注意事
項に従わなかった場合は,医師の過失が推定されるのであり,医師が医薬品を使用
するに当たって医薬品添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによ
って医療事故が発生した場合には,仮に,一般開業医が添付文書に記載された注意
事項を守らず,これと異なる使用方法によるのを常識とし,実践していたとして
も,それは平均的医師が現に行っていた当時の医療慣行であるというにすぎないも
のであるから,これに従った医療行為を行ったというだけでは,医療水準に基づい
た注意義務を尽くしたことにはならないのである。
(2)バルーンカテーテル留置における注意義務違反について
   上記認定事実及び前掲各証拠によれば,Aには,入院時に排尿障害が認めら
れたこと,Aは,閉塞性尿路疾患罹患の可能性がある高齢者であったこと,Aの腰
痛がなかなか引かず,1か月経過しても座位が保てなかったことが認められ,これ
らの事実によれば,バルーンカテーテルの留置は不可欠であり,また留置期間が不
適切に長いとは認められないものというべきである。
   したがって,バルーンカテーテル留置について,B病院医師の過失は認めら
れない。
 (3)肺炎に対する治療における注意義務違反について
   上記認定事実及び前掲各証拠によれば,C医師は,11月17日に胸部X線
写真の撮影を指示しながら,11月19日に初めてその読影をしたことが認めら
れ,上記のアジセフの再度投与の危険性や慎重投与の必要性からすると,すみやか
に読影して対応するべきであったといえ,上記の診療経過からしても,読影してい
れば,より迅速に肺炎治療を行うことが可能であったものであるから,この点はB
病院医師の過失というべきである。
   また,上記認定事実及び前掲各証拠によれば,11月19日の11時32分
の血液ガス検査でAは著しい低酸素血症の状況であったこと,主治医のC医師もこ
れまでの経過から薬剤性肺炎を強く疑っていたこと,薬剤性肺炎の治療には一般的
にステロイド投与が有効であることが認められ,これらの事実によれば,B病院医
師としては,時間を置かずに再度血液ガス検査を行い,早期にリザーバーマスクに
より血中酸素濃度の上昇あるいは挿管による人工呼吸を検討すると共に(B病院に
おいてこれらの対応が困難であれば,当然のことながら,より高次の病院への転送
をするべきである。),ステロイドパルス療法を試みるべき注意義務が存したもの
というべきである。
   ところが,現実には,上記のとおり,C医師は2リットル/分の酸素投与を
指示しただけで,D医師に引き継ぎ,同医師も14時20分まで血液ガス検査を行
わず,その結果十分な酸素投与ができず,ステロイドパルス療法も試みなかったと
いうのであるから,この点においてB病院医師の過失があるものといわなければな
らない。
 (4) まとめ
   以上によれば,B病院医師らは,Aに対する抗生物質の投与方法を誤り,そ
の結果,Aを薬剤性肺炎に罹患させ(Aの肺炎発症の正確な時期は不明であるが,
死亡診断書(乙2)によれば,発病は11月18日頃とされていることからして
も,上記の血液検査の結果からしても,再度のアジセフ投与により肺炎が発症した
ものというべきであるから,B病院医師の注意義務違反とAの死亡との間に因果関
係があるのは明らかである。),これにより引き続いて急速な呼吸不全の状態にな
ったAに対しても,適切な治療の時期・方法を失したため,Aをして死に至らしめ
たものというべきであるから,同医師らの診療行為は,上記認定の診療契約上の債
務の本旨に従った履行ではなく,もしくは,その診療行為には過失があるものとい
うほかなく,被告は,自ら,あるいはその履行補助者ないしは被用者である同医師
らの債務不履行もしくは不法行為の結果原告の被った損害につきその賠償をするべ
き義務がある。
 4 原告の損害について
 (1) Aの慰謝料
   上記認定の本件医療過誤の態様,Aの年齢,家族構成その他一切の事情を考
慮すると,本件医療過誤によりAが被った精神的苦痛に対する慰謝料としては18
00万円を相当と認める。
 (2) 葬儀費用
   弁論の全趣旨によれば,Aの葬儀費用は原告が支出したものと認められるか
ら,同葬儀費用も原告の被った損害として,被告にその賠償の義務があるところ,
葬儀費用としては,120万円をもって本件医療過誤と相当因果関係のある損害と
認める。
 (3) 弁護士費用
   本件訴訟の内容・経過,請求認容額等諸般の事情を斟酌すると,同弁護士費
用については,190万円をもって本件医療過誤と相当因果関係のある損害と認め
る。
 5 結論
   以上によれば,原告の請求は,損害金合計2110万円及びこれに対する不
法行為の後の日で,Aの死亡日である平成4年11月20日から支払済みまで民法
所定年5分の遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
   よって,主文のとおり判決する。
       奈良地方裁判所葛城支部
             裁 判 官  神 山 隆 一

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