弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

   主    文
被告人を懲役1年6月に処する。
未決勾留日数中160日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
   理    由
(罪となるべき事実)
 被告人は,3級海技士免状(航海)を有し,作業船兼引き船兼押船A丸(総トン数176
トン,以下「A丸」という。)の船長として同船の操船運航の業務に従事するものである
が,平成12年12月20日午前10時39分ころ,作業台船B号(以下「B号」という。)と連
結して同船を押しているA丸を操船して,静岡県榛原郡a町ab番地a灯台から真方位26
6度,距離8.8海里付近海域を,真針路282度,速力約6.35ノットで航行するに当た
り,同海域は小型漁船が漁を行う海域であり,かつ,B号積載のクレーン等により前方
の視界及びレーダー映像が著しく制限されていたのであるから,自船針路を変化させる
などの措置を講じて死角を解消した上,目視及びレーダーによる見張りを厳に行い,他
船の有無及び動静を確実に把握し,他船との衝突を未然に防止すべき業務上の注意
義務があるのにこれを怠り,自船の進路前方に船舶はないものと軽信し,前方注視を欠
いたまま漫然前記速力で航行した過失により,自船前方で漁ろう中の漁船C丸(総トン
数6.4トン)に全く気づかず,同船右舷側に接近し,B号船首前方に発生する波によりC
丸を同船左舷側に傾斜させた上,その船底部にB号船首部を衝突させ,C丸を中央で
分断して破壊するとともに,同衝突により同船船長D(当時63歳)を海中に投げ出させ,
よって,そのころ,同所付近海域において,同人を溺水により死亡させた。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,小型漁船の操業海域で押船A丸を操船中,押していた作業船B号
を漁船C丸に衝突させて破壊し,同船船長を海中に投げ出させて溺死させた業務上過
失往来妨害,業務上過失致死の事案である。
 被告人は,B号のクレーン等による死角を解消する措置を十分講じず,前方注視を欠
いたまま航行したため,C丸に全く気づかず,判示のとおり,B号をC丸に衝突させたの
であって,その過失は,前方注視という基本的な注意義務に反したもので,その程度も
甚だしく,強い非難を免れない。
 本件においては,C丸が分断・破壊されただけでなく,船長Dの尊い生命が失われてお
り,結果は重大である。Dは,これまで漁師として真面目に稼働し,地元漁協の理事を務
めるなど周囲からの信望も厚く,また,良き家庭人として過ごしてきたのに,漁ろう中,突
然の衝突により冬の海に投げ出され,そのまま家族を残して生涯を終えなければならな
かったのであって,その驚愕,無念は計り知れない。長年連れ添ってきた妻ら遺族は,
その死を悲しみ,戸惑うとともに,当初被告人が傲慢な態度で過失を否認し,謝罪しな
かったこともあって,厳しい処罰感情を抱いている。
 なお,弁護人は,被告人がB号をC丸に衝突させた際,同船は延縄の近くで移動ない
し停留していて漁ろう中ではなかった可能性があり,そうだとすれば,海上衝突予防法
上,C丸がA丸及びB号の進路を避ける義務(同法15条1項)を負うのであるから,衝突
の主因はC丸にあり,また,C丸が漁ろう中であったとしても,A丸側がC丸の進路を避け
る義務を負うものの(同法18条1項3号),C丸も,同法上要求される衝突を避けるため
の最善の協力動作(同法17条3項)をとっていないのであるから,本件衝突は,いずれ
の場合においても被害者の過失に負うところが大きいと主張する。しかし,関係各証拠
によれば,次のとおり認められる。すなわち,①被害者は,衝突当日,周辺海域でふぐ
延縄漁を行い,午前9時35分ころ,「天候が悪くなってきたので,もう1回操業したら帰
る。」旨家族に電話連絡しており,その電話は,漁具を投入(その作業時間は三,四十分
程度)した後,その開始地点に戻り(その移動時間は5分程度),ふぐがかかるのを待っ
ている間(通常は15分程度であるが,待たない場合もある。)か,揚収(その作業時間
は45分ないし60分程度)を終えて小休止している間のものであったと推測されるところ
(甲108,112,113),漁具の投入,揚収等に要する時間や作業手順を考慮すれば,
本件衝突時に漁具の揚収中であった可能性が高く,少なくともそう考えることに大きな矛
盾はない。②また,B号はC丸の右舷方向から接近して衝突したものであり(甲42,4
3,116),被害者に衝突を避ける動作をした形跡がみられないことからすると,被害者
はB号にほとんど気づいていなかったと考えられるところ,ふぐ延縄漁の漁具の投入及
び揚収は左舷側で行い,特に揚収の際は,船橋構造物に近い場所で左舷側を向いて
行うため,船橋構造物によって右舷方向の視界が妨げられ,見張りをしにくい状況にあ
るというのであるから(甲106,111),被害者が漁ろう中であったことを推認させる。③
さらに,C丸はその右舷を,東南から北西に向けて航行してきたA丸に衝突されており,
C丸の船首は北東に向けられていたと認められるところ(甲116),漁具の投入,揚収は
風下から風上に向かって行われ,当時は北東の風が吹いていたというのであるから(甲
94),C丸の船首が北東方向を向いていた事実は,同船が漁ろう中であったことと符合
する。④そして,何よりも,衝突後,発見揚収された被害者の漁具の状態として,全長約
1400ないし1500メートルの延縄は300メートル程度に切断されて残され,その最後
端に取りつける浮玉等が接続されたままであり,同浮玉等は,投入後未だ揚収されてい
なかったものと推測される一方,延縄の最前端と中間部に取りつける旗竿は延縄から離
れて漂流しており,揚収済みだったと推測されることから(甲94,108,111),C丸は
当時漁具の揚収作業中であった蓋然性が極めて高い。これら諸事実を総合すると,衝
突の際,被害者は漁具を揚収中であったと認められ,これが漁ろうにあたることは明ら
かである。そうすると,海上衝突予防法の規定に照らしても,A丸側が避航船としてC丸
の進路を避ける義務を負っており,被告人が前方を十分に注視してその義務を果たして
いれば,衝突は容易に回避できたと考えられる。したがって,B号は,その大きさからす
ると適切に見張りをすれば見落とすことは考え難いのであって,被害者にも見張り不十
分という落ち度があることは否定し難いものの,本件衝突の第1次的な原因は被告人の
過失にあるというべきである。
 以上に加え,被告人は,A丸の視界の悪さを心配する船員らに対し,「よく見えるな。こ
れくらい見えたら十分だろう。」などと述べたり,操船中急用もないのに私用電話をかけ
るなど,同船の視界の悪さに対する認識の甘さや見張りを軽視していた態度が窺われ,
それが本件衝突の一つの背景をなしていること,衝突後直ちに海上保安庁に対し正確
な事故地点の通報をせず,さらに,GPSの航跡を抹消させるなど,不適切な行動を重ね
たことなどを考慮すると,被告人の刑事責任は重い。
 他方,前記のとおり,本件衝突については被害者にも一定の落ち度があること,被告
人の勤務先会社が遺族に被害弁償を約束して人的損害等については和解が成立し,
物的損害についてもその成立が見込まれること,被告人は,当初過失を否認して責任
回避の態度を示していたものの,最終的にはこれを認め,被害者に対して謝罪の手紙
を書くなど,一応反省の態度を示すに至っていること,これまで前科前歴や海難事故を
起こしたことはなく,船員として真面目に稼働してきたこと,勤務先会社の者が情状証人
として出廷し,今後の雇用と監督を約していることなど,酌むべき諸事情を考慮すると,
被告人を主文の刑に処した上,今回はその刑の執行を猶予するのが相当である。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役1年6月)
平成14年2月6日
静岡地方裁判所刑事第1部
       裁判長裁判官  大  熊  一  之
            裁判官  篠  原  康  治
            裁判官  平  手  一  男

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛