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裁判例


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主文
1被告県は,原告に対し,55万2336円及びこれに対する平成25年
6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告の被告県に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも
棄却する。
3訴訟費用については,原告と被告国との間に生じた費用は原告の負担と
し,原告と被告県との間に生じた費用はこれを4分し,その3を原告の,
その余を被告県の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告
県が55万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1請求
1被告国は,原告に対し,55万円及びこれに対する平成25年6月13日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告県は,原告に対し,220万2336円及びこれに対する平成25年6
月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事実の概要
本件は,津山警察署の警察官により,真犯人ではなかったにもかかわらず窃
盗事件の被疑者として緊急逮捕(以下「本件逮捕」という。)された原告が,
国家賠償法1条1項に基づき,①被告県に対しては,本件逮捕は刑事訴訟法
(以下「法」という。)210条1項所定の要件を欠く違法なものであるなど
と主張して,精神的損害及び同逮捕による身柄拘束時に破棄された物品代並び
に弁護士費用相当額の合計220万2336円の損害賠償を,②被告国に対し
ては,本件逮捕後の津山簡易裁判所の裁判官による逮捕状の発付(以下「本件
令状発付」という。)は違法であると主張して,精神的損害及び弁護士費用相
当額の合計55万円の損害賠償を,それぞれ請求している事案である(附帯請
求は,それぞれ,本件逮捕ないし本件令状発付がなされた日である平成25年
6月13日から支払済みまでの民法所定の遅延損害金)。
1前提となる事実(争いのない事実,弁論の全趣旨及び掲記の証拠による。)
当事者
ア原告
原告は,A店(以下「本件店舗」という。)において平成25年6月7
日に発生した窃盗事件(以下「本件事件」という。)の被疑者として緊急
逮捕(本件逮捕)された者である。
イ被告県
被告県は,津山警察署の所属する地方公共団体である。
ウ警察官及び警備員
B(以下「B警部補」という。)は,本件逮捕当時,岡山県警察警部
補として,津山警察署刑事第一課盗犯係長の職にあった者であり,本件
逮捕を行うことを決定した者である。
C(以下「C顧問」という。)は,本件逮捕当時,本件店舗の警備顧
問の職にあった者であり,D(以下「D警備員」という。)は,同店舗
の警備員の職にあった者である。
本件店舗における窃盗事件の発生状況等
ア従前の窃盗事件の発生状況
本件店舗において,平成25年1月18日,同年2月8日及び同年3月
28日,医薬部外品である育毛剤「薬用アデノゲン」の万引き事件が発生
した。
イ同年4月16日発生の万引き事件等
本件店舗において,同年4月16日,薬用アデノゲンの万引き事件
(以下「4月発生事件」という。)が発生した。
同日,C顧問が本件店舗の防犯カメラの映像を確認したところ,男
(以下「本件犯人」という。)が薬用アデノゲンを万引きしている状況
が映っていた。そこで,C顧問は,同日,注意喚起のため4月発生事件
について記載した「お願い」と題する書面を作成し,上記防犯カメラの
映像のうち本件犯人が映った部分の画像8点を印画した用紙3枚ととも
に,本件店舗の従業員に配布した。(乙イ1)
ウ同年5月7日の原告の本件店舗への来店等
原告は,同年5月7日,本件店舗に来店した。
入店した原告を目撃したC顧問は,原告が本件犯人に似ていると判断
した上で,D警備員に,原告が使用していた普通乗用自動車(以下「本
件車両」という。)の登録番号(E。以下「本件番号」という。)をメ
モするよう指示し,D警備員は,本件番号をメモした。そして,C顧問
は,同日,4月発生事件の容疑者であるとして,原告が映った防犯カメ
ラ映像の写真1枚を印画し,本件番号を記載した「お願い」と題する書
面を作成した。(乙イ2)
なお,本件店舗において,同日に万引き事件は発生していない。
エ同月6月7日発生の万引き事件等
本件店舗において,同年6月7日,また,薬用アデノゲンの万引き事
件(本件事件)が発生した(以下,同日に万引きされた商品を「本件商
品」という。)。
本件店舗の防犯カメラの映像には,本件犯人が本件商品を万引きして
いる状況が映っていた。(乙イ3)
本件事件についての通報及び被害届の提出等
アC顧問は,同月9日午前9時20分頃,津山警察署に本件事件について
通報した上で,警察官に,本件犯人が同年5月7日に本件店舗に来店して
おり,その時確認した犯人の車両番号が本件番号である旨伝えた。
そこで,警察官がC顧問から教示された本件番号を岡山県警察本部警務
部情報管理課照会センターに照会したところ,本件車両の所有者及び使用
者が原告であることが判明した。
イ同年6月9日午前9時45分頃,警察官が本件店舗に到着し,C顧問ら
から被害状況について確認した上で,本件店舗の店長から,本件事件につ
いての被害届を受理した。(甲4)
本件逮捕の状況等
ア原告の発見及び警察への連絡等
D警備員は,同月13日午前10時40分頃,本件店舗において原告
を発見し,C顧問に対し,本件犯人に似ている男がいる旨電話で連絡し
た。
C顧問は,本件店舗の警備員室(以下「本件警備員室」という。)に
立ち寄っていた津山警察署の警察官であるF巡査長に対し,本件事件の
犯人と思われる者が来店している旨伝えたところ,F巡査長は,津山警
察署に,窃盗事件の容疑者が本件店舗に来店している旨報告した。
その後,D警備員は,C顧問の指示を受け,自己の車両(本件車両)
に乗り込み立ち去ろうとしていた原告に停止を求めたところ,原告は,
その場で待機した。
イ警察官の到着及び職務質問
その後,F巡査及び現場急行を指示されたG巡査部長が本件車両付近
に順次到着し,原告に対し,本件警備員室に来るよう求めたところ,原
告は,本件警備員室に移動した。
F巡査長及びG巡査部長は,C顧問から,同年5月7日付けの「お願
い」(乙イ2)の原告の画像及び本件事件の際の防犯カメラに映ってい
た本件犯人の画像2枚(乙イ3の13枚の写真のうちのいずれか2枚。
れた。そこで,原告に対し,本件事件
の犯人ではないか質問したところ,原告は,犯行を否認した。
ウB警部補の到着及び本件逮捕の実施等
B警部補ら私服警察官4名は,同年6月13日午前11時15分頃,
本件警備員室に到着した。そして,B警部補は,C顧問から,同年4月
16日付けの「お願い」に添付された本件犯人の画像(乙イ1),同年
5月7日付けの「お願い」(乙イ2)の原告の画像及び本件事件の際の
防犯カメラに映っていた本件犯人の画像2枚を示され,これを踏まえ
て,原告に対し,任意同行を求めた。
その後,原告及びB警部補らは,本件店舗駐車場にある本件車両付近
まで移動した上で,本件車両及び横に立った原告の写真を撮影した。
(乙イ4の写真①)
そして,B警部補は,その場で原告を緊急逮捕することとし,G巡査
部長にその旨指示したところ,G巡査部長は,同年6月13日午前11
時22分頃,原告に手錠を掛けて,緊急逮捕した(本件逮捕)。(甲
4)
なお,本件店舗駐車場には,本件逮捕時,来店客等不特定多数の者が
存在した。
本件逮捕後,原告は津山警察署まで連行され,同日午前11時49分
頃,津山警察署の司法警察員に引致された。
逮捕状の発付
ア津山警察署の警察官は,同日午後2時48分頃,津山簡易裁判所の裁判
官(以下「本件裁判官」という。)に対し,原告に対する逮捕状の請求を
した。
イ本件裁判官は,同日午後5時40分頃,原告に対する逮捕状を発付した
(本件令状発付)。
原告の本件逮捕後の状況及び釈放等
ア津山警察署の警察官は,同日午後1時25分頃及び同日午後5時頃,原
告に対し弁当を支給したが,原告は,入れ歯であること等を理由に弁当を
食べなかった。
イ津山警察署の警察官は,原告が本件逮捕前に本件店舗で購入していた食
料品16点(購入金額合計2336円)を,刑事収容施設及び被収容者等
の処遇に関する法律192条1項2号の「腐敗し,又は滅失するおそれが
あるもの」と認められるとして,原告の同意を得た上で,廃棄処分とし
た。(甲3)
ウ津山警察署の警察官は,同日午後10時2分頃,原告と原告の妻の同年
6月7日の原告のアリバイに関する供述が一致すること等を理由に,原告
を釈放した。
原告への謝罪,新聞報道及び犯人の逮捕等
ア津山警察署の警察官は,同月14日,岡山県警察本部刑事部科学捜査研
究所(以下「科捜研」という。)に,原告の写真と本件事件の際の防犯カ
メラに映っていた本件犯人の画像(乙イ3)を資料として,原告と本件犯
人との異同識別について依頼した結果,同日,別人であると考えられると
の連絡があった(正式な鑑定結果は同日21日に出されている。)。(甲
7,8)
上記連絡を受けて,津山警察署内において,本件逮捕は誤認逮捕であっ
たと判断され,津山警察署副所長らは,当日,原告方を訪問し,本件逮捕
が誤認逮捕であった旨説明し,謝罪した。その後,同月17日にも,津山
警察署長らが原告方を訪問し,謝罪している。
イ岡山県警察本部刑事部刑事企画課は,同月14日,本件逮捕が誤認逮捕
であった旨,刑事部長の謝罪コメントとともに報道発表した。
その後,本件逮捕が誤認逮捕であった旨の報道が,テレビや新聞等でな
された。(乙イ5)
ウ本件事件の真犯人は,同年9月23日に通常逮捕され,同年10月7日
に罰金50万円の略式判決を受けた。
示談金の支払
誤認逮捕発覚後,本件店舗側は,原告に対し,示談金の名目で,50万円
を支払った。
2争点
被告県に対する請求について
ア警察官の行為の違法性及び故意ないし過失の有無
本件逮捕の法210条1項所定の要件充足性
手錠使用行為の違法性の有無
証拠ねつ造行為の有無
イ本件逮捕等による原告の損害
被告国に対する請求について
ア本件令状発付についての国家賠償法上の責任の有無
イ本件令状発付による損害
3争点に関する当事者の主張
法210条1項所定の要件充足性)について
【原告の主張】
ア罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がないこと
本件逮捕の時点において,原告を本件事件の犯人であると疑うに足りる
充分な理由はなかった。
本件犯人が映った防犯カメラの映像の写真を見ただけでは,本件犯人が
原告であると判断することはできず,また,C警備員が防犯カメラの映像
により本件犯人が原告で間違いないと述べていたとしても,その信用性に
ついては慎重に判断すべきである。
イ急速を要しないこと
本件逮捕の時点において,警察官は本件番号の情報を入手しており,原
告の住所及び氏名を把握していたこと,平成25年6月13日の原告の態
度等から,罪証隠滅や逃走を図る可能性は存在しなかったといえることな
どからすると,逮捕状を請求している時間的余裕がなかったとはいえず,
急速を要したとはいえない。
ウ理由を告げていないこと
警察官は,本件逮捕の際,原告に対し,被擬事実の要旨及び急速を要す
る旨を告げていない。
エ直ちに逮捕状を求める手続をしていないこと
警察官は,同日午前11時22分頃に本件逮捕を行い,同日午後2時4
8分頃に逮捕状請求を行っているところ,このような時間の経過した逮捕
状の請求は直ちに行ったとはいえない。
オ以上から,本件逮捕は,法210条1項所定の要件を満たしておらず,
違法である。また,警察官らは,同項所定の要件の充足性の判断を怠った
といえ,過失が認められる。
【被告県の主張】
ア罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があること
B警部補は,以下の事実(以下,「嫌疑の根拠事由」といい,各事由を
特定する場合には「根拠事由①」などという。)などを総合考慮して,原
告が本件事件の犯人であると判断したのであり,本件逮捕の時点におい
て,罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があった。
①平成25年6月9日,本件店舗から本件事件について被害届が提出さ
れていること。
②同月13日,D警備員が本件店舗に来店した原告を本件犯人であると
して,C顧問を介して,F巡査長にその旨申告していること。
③同日,C顧問が原告を本件犯人であると断言したこと。
④同年5月7日にC顧問が作成した「お願い」(乙イ2)の画像の人物
と本件事件の際の防犯カメラの映像の画像(乙イ3の写真の一部)の人
物が酷似していたこと。
⑤本件事件の際の防犯カメラの映像の画像(乙イ3の写真の一部)の人
物と原告とが酷似していたこと。
⑥原告が,同年6月13日,同年5月7日にD警備員がメモした本件番
号の車両(本件車両)で本件店舗に来店していたこと。
イ急速を要すること
原告が本件逮捕前に本件事件の犯人であることを否認していたこと及び
任意同行を拒否していたことから,本件逮捕の時点において,逮捕せずに
捜査を中断すれば,被害品である本件商品を隠匿ないし破棄するなどの罪
証隠滅のおそれがあり,また,逃亡のおそれがあったといえるのであり,
急速を要したといえる。
ウ理由を告げていること
B警部補は,本件逮捕の際,原告に対し,被疑事実の要旨及び急速を要
し逮捕状を求めることができない旨を告げた。
エ直ちに逮捕状を求める手続をしていること
本件の経過からすれば,警察官は,直ちに逮捕状を求める手続をしたと
いえる。
オ以上から,本件逮捕は法210条1項所定の要件を全て満たしていたの
であり,本件逮捕に関し,違法性及び警察官らの過失は認められない。
【原告の主張】
犯罪捜査規範127条は,「逮捕した被疑者が逃亡し,自殺し,又は暴行
する等のおそれがある場合において必要があるときは,確実に手錠を使用し
なければならない」(1項),「前項の規定により,手錠を使用する場合に
おいても,苛酷にわたらないように注意するとともに,衆目に触れないよう
に努めなければならない」(2項)と定めている。
本件逮捕の直前において,原告は,警察官の指示に従って移動し,任意の
取調べに応じていたこと,手錠を使用して逮捕するのであれば,本件店舗駐
車場ではなく本件警備員室で逮捕すれば十分であったことなどからすると,
原告に多くの買い物客の目の前で手錠を掛けたことは,犯罪捜査規範127
条2項に反する違法な行為であり,かつ逮捕したG巡査部長にはこれについ
て過失が認められる。
【被告県の主張】
仮に犯罪捜査規範の定めに反したとしても,直ちに国家賠償法上の違法性
や過失が認められるものではない。
また,本件において,警察官は,できるだけ衆目に触れないよう本件逮捕
後直ちに原告をパトカーに移動させて乗車させているのであり,違法な点は
ない。
【原告の主張】
平成25年5月7日に本件店舗で万引きが発生していないにもかかわら
ず,D警備員の平成25年6月9日付け調書(甲4。以下「本件調書」とい
う。)には,「5月7日には万引きしているかどうかは確認できておりませ
んので声を掛けていませんが,後で防犯ビデオを確認したところやはり日用
品コーナーから育毛剤1点が万引きされている状況が確認できたのです。」
と記載されており,本件調書は警察官が意図的に虚偽の事実が記載された証
拠をねつ造したものである。
【被告県の主張】
上記の本件調書の記載の後半部分は,6月7日に発生した万引き事件(本
件事件)について記載しようとしたものであり,誤って記載が不十分になっ
たに過ぎない。
【原告の主張】
ア精神的損害
原告は,本件逮捕により,平成25年6月13日午前11時22分頃か
ら同日午後10時2分頃まで身体の自由を奪われたこと,本件店舗駐車場
という公衆の面前の場で手錠をかけられたこと,本件逮捕時に下着1枚の
姿を写真撮影されたこと,事実と反する記載がなされた証拠が作成(ねつ
造)されたことなどにより,甚大な心身の苦痛等を受けた。
以上から,原告の精神的損害は200万円を下らない。
イ財産的損害
本件逮捕後,原告が本件逮捕前に本件店舗で購入していた食料品16点
が廃棄処分とされたことにより,原告は,同食料品代合計2336円の損
害を被った。
ウ弁護士費用
20万円が相当である。
【被告県の主張】
否認ないし争う。
原告の下着姿の写真は撮影されていない。また,本件逮捕が誤認逮捕であ
った旨の報道が新聞やテレビ等でなされており,原告の名誉は回復されたと
いえる。
【原告の主張】
裁判官が逮捕状発付の際に慎重な審査を怠ったといえる場合,そのような
審査によってなされた逮捕状発付行為は違法といえ,かつ,裁判官には過失
が認められる。
本件において,原告に対する逮捕状の発付は法199条2項所定の要件を
充足していないにもかかわらず,本件裁判官は,慎重な判断を怠り,本件令
状発付をするに至ったのであるから,同発付は違法であり,本件裁判官には
過失が認められる。
【被告国の主張】
裁判官がした逮捕状発付の裁判について国家賠償法上の違法が認められる
ためには,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使
したものと認め得るような特別の事情があることを必要とするところ,本件
裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと
認め得るような特別な事情はないのであるから,本件令状発付は国家賠償法
上違法とはいえない。
【原告の主張】
ア精神的損害
本件令状発付により,原告はそれ以降も身体拘束を受けたのであり,原
告の精神的損害は50万円を下らない。
イ弁護士費用
5万円が相当である。
【被告国の主張】
争う。
第3当裁判所の判断
1争点
罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由の有無について
ア前記前提となる事実のほか,証拠(甲4,5,乙イ10,証人D,証人
B,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
B警部補は,平成25年6月10日,原告の運転免許証の写真を入手
した上で,本件事件の際の本件犯人が映った防犯カメラの画像(乙イ3
の写真のうちの数枚)を見比べ,双方に写っている者が似ていると判断
した。
C顧問は,同月13日,本件警備員室に到着したB警部補に対し,原
告が本件事件の犯人で間違いない旨発言した。
原告は,本件警備員室で警察官から同年5月7日付けの「お願い」
(乙イ2)の原告の画像及び本件事件の際の防犯カメラに映っていた本
件犯人の画像2枚(乙イ3の写真のうち2枚)を見せられたところ,前
者の画像の人物は自分であるが,後者の画像の人物は自分でない旨述べ
た。
原告は,当初から一貫して本件事件の犯人であることを否認してい
た。
イ法210条1項の「罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由」がある
というためには,捜査機関として一定の証拠に基づき被疑者が犯人である
と確信できる程度の状況があることを要すると解される。そして,客観的
にそのような状況が認められた場合においては,仮に同項によって緊急逮
捕された者が真犯人でなかったとしても,直ちに逮捕行為が違法となるわ
けではない。
本件において,被告県は,嫌疑の根拠事由などから,本件逮捕時におい
て,原告が罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があった旨主張する
ので,以下検討する。
まず,根拠事由①(被害届の提出)は,客観的に万引き事件(本件
事件)が発生したこと以上の事実を示すものとはいえない。また,根
拠事実⑥(原告が本件車両を使用していたこと)が原告と本件犯人と
を結びつけるというためには,C顧問の平成25年5月7日に本件車
両を使用していた人物と本件犯人が似ているとの判断が適当なもので
あることが前提となるのであり,根拠事実⑥それ自体から,直ちに原
告が本件犯人であるとの嫌疑が生じるものではない。そうすると,嫌
疑の根拠事由のうち原告と本件犯人とを結びつける事実は,以下のと
おりである。
a本件店舗の従業員であるD警備員とC顧問の識別供述(根拠事実②
及び③)
b平成25年5月7日の防犯カメラの画像(乙イ2。写っているのは
原告)と本件事件の防犯カメラの犯人画像(乙イ3)との対比(根拠
事実④)及び本件事件の防犯カメラの犯人画像と原告との対比(根拠
事実⑤)
b(根拠事実④及び⑤)については,捜査官
において,いずれも防犯カメラの写真に写った本件犯人と原告(本人な
いし防犯カメラ画像)との対比により,両者が酷似していると判断した
というものであるが,防犯カメラの画像は解像度が低い(画素数が少な
い)ものである上,不鮮明であり(いわゆる非可逆圧縮により画質が相
当程度低下しているのは周知の事実である。),実際に乙イ2の写真と
乙イ3の写真とを対比しても,同じような年恰好で眼鏡をかけ,帽子を
かぶった高齢男性という以上の明らかな類似点を指摘するのは難しく,
ましてや両者が同一人であると断定することはおよそ困難であるという
べきである。
また,乙イ3の画像は解像度が低く,不鮮明であって,これと現実に
視認した原告本人とを対比しても,直感的にも同一人との判断を下すこ
とができるものでないことも明らかである。
何よりも,乙イ3の写真は,あくまでも防犯カメラで撮影された動画
を1コマごとに抽出してプリントした静止画の画像に過ぎないところ,
当時本件店舗には元の動画それ自体が存在していたはずであるにも関わ
らず,B警部補ら捜査官は,誰一人として動画それ自体を直接視聴,確
認してこれと原告との同一性を対比しようとしなかったものであり(証
人B),犯罪捜査に携わる警察官の対応として著しく不適当,不十分と
いわざるを得ない。なぜなら,動画は被写体の動きが時間を追って把握
できるため,1コマごとの解像度は低い映像であっても,人間の視覚機
能から被写体の比較的細部まで確認することが可能であり,また,被写
体が人物である場合,その動きの特徴や雰囲気を感じることもできて,
生身の人間(本件における原告)との同一性の確認も,切り出した単一
コマの静止画と比較して,格段に精度が高まると考えられるからである。
次に,上記a(根拠事実②及び③)は,D警備員とC顧問が防犯カメ
ラに映った本件犯人と原告とが同一人であると申告したものであり,両
名は,コマを切り出した静止画像ではなく,防犯カメラの映像(動画)
それ自体を見ていることから,両名の供述はそれなりの重みを持つもの
であることは否定できないところである。
しかしながら,両名は本件犯人それ自体を直接目撃したものではなく,
あくまでも防犯カメラに写った映像と原告とを対比したに過ぎないこと,
両名は平成25年5月7日に本件店舗に来店した原告を目撃し,これが
万引き事件の犯人であるとの先入観を持っていたものであり(C顧問は,
その認識を前提に,原告の防犯カメラ画像を付した同日付けの「お願い」
(乙イ2)を作成している。),これが本件事件当日の防犯カメラ映像
に映った本件犯人と原告とを同一人と判断するに際し,影響を与えた可
能性が十分にあることなどからすれば,上記両名の供述を過大に評価す
ることは相当でない。そして,犯罪捜査の専門家であるB警部補らはこ
の点を十分に認識し得たはずである。
したがって,B警部補らは,C顧問やD警備員の供述を鵜吞みにする
ことなく,自分の目で,防犯カメラ映像と原告とを直接対比して,同映
像に写った本件犯人と原告との同一性を十分に検討,吟味する必要があ
ったものというべきである。
ウ上記イのとおり,被告が本件で指摘する嫌疑の根拠事由は,これを総合
しても,それのみでは直ちに原告が罪を犯したことを疑うに足りる充分な
理由があると認めるには足りないものであったといわざるを得ない。
そして,原告は,当初から一貫して犯行を否認しており,他に有力な物
証等もなかったのであるから,担当警察官としては,原告の妻に原告の供
述する当日の行動についての裏付けを取るなどして十分な嫌疑があること
を確認した上で,逮捕手続を取るなどの慎重な対応が求められていたとこ
ろである。また,前記前提となる
メラの画像を科捜研に送って同一性識別を依頼した際,即日,結果の報告
を受けているのであるから,本件逮捕前に原告の運転免許写真などを対照
写真として,同様の手続を取ることも可能であったと考えられるところで
ある。これらの手続を取れば,原告が真犯人でないことが容易に判明した
ことは,本件の経緯に照らして明らかであり,原告の当時の言動やその生
活状況などからして,そのような慎重な手続を取る時間的余裕も十分にあ
った(直ちに逮捕しなければ,逃走の恐れが高いような状況ではなかった)
と認められる。
しかるに,B警部補ら捜査担当者は,そのような配慮をせず,嫌疑の根
拠事由のみに基いて原告を犯人と断定し,本件逮捕を行ったものであり,
本件に顕れた諸事情を総合考慮しても,本件逮捕時において,原告が本件
犯人であると確信できる程度の状況があったとはいえず,「罪を犯したこ
とを疑うに足りる充分な理由」があったとは認められないというべきであ
る。
よって,本件逮捕は,本件逮捕を決定したB警部補の「罪を犯したことを
疑うに足りる充分な理由」の有無についての判断を誤った過失による,法2
10条1項所定の要件を欠いた違法なものであったことが認められる。

原告は,G巡査部長が原告に対し手錠を掛けて逮捕した行為が,犯罪捜査規
範127条2項に反する違法な行為である旨主張する。しかし,同項は,その
文言からは警察官に対する一種の努力義務を課したものと解され,これに合致
しない逮捕行為が直ちに違法となるものとはいえない。また,原告を逮捕する
前に本件番号と原告が使用していた車両の車両番号とが一致しているかを確認
するために本件店舗駐車場に移動した上で逮捕した旨のB警部補の供述(乙イ
10,証人B)には一定の合理性があり,信用できるものと認められ,本件警
備員室でなく本件店舗駐車場で手錠を掛けたことが合理的理由なく衆目に触れ
る状態で行ったということもできない。
よって,この点に関する原告の主張は理由がない。

前記前提となる事実のとおり,平成25年5月7日に本件店舗において万引
き事件は発生していないところ,本件調書には,「5月7日には万引きしてい
るかどうかは確認できておりませんので声を掛けていませんが,後で防犯ビデ
オを確認したところやはり日用品コーナーから育毛剤1点が万引きされている
状況が確認できたのです。」との,平成25年5月7日に万引きが発生したと
受け取れる記載がある。もっとも,どのような理由ないし経緯によってそのよ
うな記載がなされたかは明らかでなく,本件調書が警察官により意図的にねつ
造されたと認めるに足りる証拠はない。また,D警備員は,本件調書の作成当
時,平成25年5月7日に万引きが発生したと認識していた旨供述しており
(証人D),単にD警備員が平成25年5月7日に万引きが発生したと誤解し
ていたために上記のような記載内容の本件調書が作成された可能性もあること
も鑑みれば,本件調書が警察官によりねつ造されたとは認められないというべ
きである。
よって,この点に関する原告の主張は理由がない。

前述のとおり,原告が違法であると主張する行為のうち,違法性が認められ
るのは要件を欠く本件逮捕が行われたことであるから,原告の被告県に対する
損害賠償請求が認められるのは,本件逮捕と因果関係のある損害の範囲に限ら
れる。以下検討する。
精神的損害について
前記前提となる事実のとおり,原告は,本件逮捕により,平成25年6月
13日午前11時22分から同日午後10時2分頃までの間の約11時間に
渡って身柄拘束を受けていること,不特定多数の者の面前で手錠を掛けられ
ていること,原告は防犯カメラに映った真犯人と間違えられただけであり,
犯行を疑われるような不審な行動をしたわけでもなく,本件の誤認逮捕につ
いて何ら落ち度はないことが認められるところ,加えて,原告が本件店舗に
1週間に2,3回の頻度で来店しており(原告本人),本件逮捕が原告の生
活圏内で行われたことも合わせ鑑みれば,これらにより原告が受けた精神的
・肉体的苦痛は重大であるといえる。
他方で,原告の主張するような下着一枚の姿での写真撮影の事実を認める
に足りる証拠はなく,前記前提となる事実のとおり,原告は本件逮捕の当日
に釈放されていること,原告の釈放後,警察幹部が原告に謝罪しているこ
と,警察発表に基づき,新聞やテレビ等で本件逮捕が誤認逮捕であった旨の
報道がなされており,これにより,原告の名誉は少なからず回復されたとい
えること,その他,原告に対し通常の緊急逮捕に伴う程度を超えた有形力の
行使等の事実は認められないこと等も合わせ鑑みれば,原告の精神的・肉体
的苦痛に対する慰謝料としては,50万円が相当である。
財産的損害について
前記前提となる事実のとおり,本件逮捕後,原告が本件逮捕前に本件店舗
で購入していた食料品16点が廃棄処分とされたことが認められ,本件逮捕
と同廃棄との間には因果関係が認められるから,原告は,本件逮捕により同
食料品代合計2336円の損害を被ったといえる。
弁護士費用について
本件逮捕と相当因果関係のある弁護士費用は,5万円と認めるのが相当で
ある。
以上から,本件逮捕により原告が被った損害は,合計55万2336円で
あると認定することができる。

裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正される
べき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定
にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけで
はなく、上記責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的を
もって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて
これを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解
するのが相当である(最高裁昭和53年(オ)第69号同57年3月12日第
頁参照)。そして,この理は,逮捕状の
発付の裁判についても同様であると解すべきであり,仮に原告が主張するよう
に裁判官が逮捕状発付の際に慎重な審査を怠ったといえる場合であっても,そ
のような審査によってなされた逮捕状発付行為が直ちに国家賠償法上違法とな
るとは解されない。
そして,本件令状発付について,本件裁判官が違法または不当な目的を有し
ていたとか,裁判官に付与された権限の趣旨を明らかに背いたことをうかがわ
せる事情は見当たらないから,本件令状発付に国家賠償法上の違法は認められ
ないというべきである。
よって,原告の被告国に対する請求は理由がない。
6以上によれば,原告の請求は,被告県に対して55万2336円及びこれに
対する本件逮捕日である平成25年6月13日から支払済みまでの民法所定の
年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから,その限度で請
求を認容し,被告県に対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれも
理由がないからこれらを棄却し,原告勝訴部分について仮執行宣言及び仮執行
免脱の宣言を付することとして,主文のとおり判決する。
岡山地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官曳野久男
裁判官早田久子
裁判官宮田裕平

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