弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被告は、原告に対し、金七六万四三〇〇円、及びこれに対する昭和五五年七月
一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文の第一、二項と同旨及び仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
 被告は、いわゆる在日外国銀行であり、香港に本店を有し、東京、大阪にその営
業所(支店)を有している。
 原告は、昭和五二年六月一六日から、訴外関西明装株式会社の社員として被告大
阪支店に出向し、メツセンジヤーとして勤務していたところ、昭和五三年一二月七
日、被告との間に、臨時従業員雇用契約を締結して被告の従業員となると同時に、
勤務年限としては、前記昭和五二年六月一六日から被告に勤務していたものとして
の取り扱いを受けることとなつた。また、原告は、昭和五三年、被告の従業員を主
とした構成員とする外国銀行外国商社労働組合大阪支部第二分会(以下、外銀労と
いう)に加入し、その組合員となつた。なお、被告の東京支店及び大阪支店には、
原告の属する外銀労の外に、香港上海銀行国内支店従業員組合(以下、従業員組合
という)がある。
2 原告の退職金及び年金請求権の発生
(一) 前記原告との臨時従業員雇用契約では、原告の労働条件については、被告
の正式行員を対象とする被告の就業規則のうち、疾病に関する項目を除く部分の準
用を受けるものとされ、かつ、被告と外銀労との間の諸協定の準用を受けるものと
なつている。また、原告の雇用期間は、昭和五四年六月三〇日までとされていた
が、昭和五八年六月三〇日までの間は一年毎に雇用契約を更新することが可能とさ
れており、その後現実に更新されて現在に至つているところ、原告の退職金の支給
については、昭和五五年六月三〇日に退職(事務行員の場合の停年退職に相当)し
たものと看做して、同日に支払うものとされていた。
(二) そして、退職金の支給については、就業規則(甲第四号証)の「四 退職
金」の項に「支給時の退職金協定による。」と規定されていたところ、昭和五〇年
六月二六日、被告と従業員組合との間で、退職一時金及び退職年金に関する左記の
とおりの内容の退職金協定が締結され、ついで、同年七月二九日、被告と外銀労と
の間で、右と同一内容の退職一時金及び退職年金の支給に関する退職金協定(以
下、本件協定という、甲第一二号証の一、二)が締結された。
 記
(退職一時金について)
(1) 勤続年数の計算
 試用期間を含む雇用された月から退職の月までとし、一年未満の端数は、一か月
を単位とし、一か月未満の端数は、一か月に切り上げ計算する。
(2) 退職一時金額
 退職時における弁済額を除く基本給月額に次の乗率を乗じた額とする。但し、百
円未満の額は百円に切り上げる。最初の一〇年間は、各一年につき基本給月額の
一・二か月、満勤続年数を超えた各月については、最初の一〇年以内は、基本給月
額の〇・一か月。
(退職年金について)
(3) 年金受給資格
 比例退職金は、二九以後に入行した者が、停年で退職する場合、男子及び女子事
務行員並びに非事務行員に対し、三〇の実勤続年数に対する割合で支給される。
(4) 年金支給期間
 一〇年間
(5) 年金額
 退職時の基本給月額に二を乗じた額とする。
(6) 年金の一時支給
 年金受給資格者が退職時に年金総額を一時金として受領を希望する場合は、〇・
六一四四の乗率で換算した額の年金を受領することができる。
(三) ところで、被告は、その後被告と被告の従業員組合との間で、締結した前
記退職金協定の内容をそのまま就業規則の一部とすることとし、昭和五〇年九月三
日、就業規則の変更届(甲第二号証)に被告と従業員組合との間に締結した前記退
職金協定写を添付して、その旨の就業規則の変更を大阪中央労働基準監督署に届け
たので、以後、右協定の内容は、そのまま被告の就業規則(以下、本件就業規則と
いう)の一部となり、外銀労に属する被告の従業員にも適用されることになつた。
従つて、被告の従業員の退職金は、本件就業規則により、前記(二)に記載の協定
と同一内容の額が支給されることになつたところ、原・被告側の雇用契約では、被
告の臨時従業員である原告についても、前記のとおり被告の就業規則を準用すると
されているのであるから原告の退職金は、本件就業規則によつて、前記(二)に記
載の本件協定の内容と同一の額の退職金を請求し得るのである。
(四) また、被告と外銀労との間で締結された本件協定は、その後昭和五三年一
二月末日まで有効に存続していたが、期間満了により右同日限り失効した。しか
し、本件協定の内容は、原告と被告との間の労働契約の内容となつていたものとい
うべきであるから、本件協定の失効にもかかわらず、新たな労働協約が締結される
まで、原告は、被告との間の労働契約に基づき、本件協定の規定により算定した額
の退職金を請求しうる。
(五) さらに、昭和五四年一二月七日、被告と外銀労との間において、退職金問
題を巡ぐる第一回の団体交渉が開催されたが、その際、被告側の団交メンバーであ
る当時のA人事部長と外銀労との間で、原告の退職金額につき、新たな退職金協定
が締結されるまでの経過措置として、原告が退職したと看做される昭和五五年六月
三〇日現在の原告の賃金額を基にして、これに本件協定の乗率を適用した額の退職
金を支払い、新たな退職金協定ができたら、その金額の調整をする旨の合意が成立
した。
(六) 以上いずれにしても、原告は、前記(二)に記載の協定の内容に従つて計
算した退職一時金及び退職年金一時金(以下退職一時金及び退職年間を併せて退職
金ともいう)の支給を受け得るところ、その額は、以下のとおりとなる。
 すなわち、原告が退職したと看做される昭和五五年三〇日時点での原告の基本給
月額は、金一五万四〇〇〇円であり、勤続年数は、昭和五二年六月一六日から同五
五年六月三〇日までの三年一か月となるから、退職一時金額は、
金一五万四〇〇〇円×三・七(一・二×3 1/12年)=五六万九八〇〇円
退職年金一時払金支給額は、
金一五万四〇〇〇円×2×3 1/12÷30×一〇×〇・六一四四=一九万四五
〇〇円
とそれぞれなる。
3 よつて、原告は被告に対し、本件就業規則、労働契約、又は前記合意に基づ
き、退職一時金五六万九八〇〇円、退職年金一時支給分金一九万四五〇〇円の合計
金七六万四三〇〇円、及び、これに対する原告が退職したと看做される昭和五五年
六月三〇日の翌日である同年七月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による
遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の(一)の事実のうち、原告が準用を受ける諸協定の部分は争い、その余
は認める。原告が準用を受ける協定は、被告と外銀労との間に締結され、その支給
時に効力を有する諸協定である。
3 同(二)の事実は認める。
4 同(三)のうち、昭和五〇年九月三日、被告が従業員組合との間で締結した本
件協定と同一内容の退職金協定の写を被告の就業規則の変更届に添付して大阪中央
労働基準監督署に届けたことは認めるが、その余の主張は争う。
5 同(四)のうち、本件協定が昭和五三年一二月三一日まで有効に存続していた
が、右同日限りで失効したことは認めるが、その余の主張は争う。
6 同(五)の事実のうち、昭和五四年一二月七日、被告と外銀労との間に退職金
問題を巡ぐつて第一回の団体交渉が開催されたこと、同団体交渉にA人事部長が出
席したことは認めるが、その余の事実は否認する。
7 同(六)のうち、原告が退職したと看做される昭和五五年六月三〇日時点での
原告の基本給月額が金一五万四〇〇〇円であり、勤続年数が昭和五二年六月一六日
から同五五年六月三〇日までの三年一か月であることは認めるが、その余の事実は
争う。
8 同3の主張は争う。
三 被告の主張、抗弁
1 原・被告間の臨時従業員雇用契約によれば、原告は労働条件について、被告の
就業規則のうち疾病に関する条項を除く部分の準用を受け、また、被告と外銀労と
の間に締結され、その支給時において効力を有する諸協定の準用を受ける。そし
て、右就業規則では、退職金は支給時の退職金協定によると規定されている。従つ
て原告の退職金は、原告が退職したと看做される昭和五五年六月三〇日時点におい
て効力を有する被告と外銀労との間の昭和五五年度退職金協定によつて定まること
になる。しかしながら、被告と外銀労との間で締結された退職金に関する本件協定
は、昭和五三年一二月末日限り失効し、以後被告と外銀労との間に退職金協定が締
結されていないから、就業規則のうち退職金に関する右の如き規定の形式からする
と、当然、退職金に関する具体的規定内容は存在しないこととなり、従つて、原告
の退職金額は、昭和五五年度の退職金協定が締結されるまで不確定なものとならざ
るを得ないので、原告主張の計算方法(本件協定の内容による計算方法)によるべ
きではない。
2 原告は、被告と従業員組合との間で締結された退職金協定をそのまま就業規則
の一部とし、その旨の変更届を大阪中央労働基準監督署に届けたので、被告と外銀
労との間で締結した本件協定が失効しても、右就業規則により、本件協定と同一内
容の退職金を請求しうると主張する。
 しかし、被告は、従業員組合又は外銀労と賃金協定を締結したときは、それぞれ
の賃金協定を付した就業規則変更届を大阪中央労働基準監督署に届出て、就業規則
変更の手続をしてきたところ、退職金協定については、昭和五〇年六月二六日に被
告と従業員組合との間で締結した退職金協定を付して就業規則変更届を提出し、こ
れが同年一〇月一三日付で受理されたが、被告と外銀労との間で昭和五〇年七月二
九日に締結した退職金に関する本件協定は、労働基準監督署に届けておらず、これ
に基づく就業規則の変更届を提出していないから、外銀労の組合員である原告につ
いては、被告と従業員組合との間で締結した退職金協定に基づいて変更された就業
規則が適用される筈がない。
 のみならず、前記のとおり、就業規則には、退職金は支給時の退職金協定による
と明記されているのであるから、退職金協定が失効したときは、就業規則中退職金
に関する具体的な内容は存在しなくなるというべきである。また、右原告の主張
は、就業規則の労働協約に対する優位を認める結果となり、さらに、協約の失効に
関係なくその協約は実質的にその効力を持継するとすると、退職金協定が失効して
も、その後の賃金協定による基本給の上昇があれば、失効した退職金協定の規定に
従つて退職金額も自動的に増額されるということに帰することとなるが、これでは
新たな退職金協定の締結やそのための団体交渉の余地も無くなり、退職金協定に有
効期間を設ける趣旨も、協定の失効という考え方も無意味となり、不当である。こ
れを要するに、原告の主張は、被告の就業規則において、退職金や一般従業員の賃
金などの内容を、労働組合との労働協約に任せて社会経済事情の変化に対応させよ
うとする趣旨や、現在までの諸協定に有効期間を設けた趣旨を全く没却するもので
ある。
3 ところで、労働協約が失効した場合、労働協約そのものの余後効はあり得ない
が、失効した協約によつて律せられていた個々の労働条件、例えば、賃金協定又は
退職金協定が失効した時点において各人が受領できた額の賃金又は退職金は、これ
と異なる労働条件が定まるまでの間、個々の労働者の労働契約の内容となつている
ものと解せられる。そうすると、本件協定が失効した昭和五三年一二月三一日時点
における同協定による原告の退職金に関する労働条件は、原告が退職したと看做さ
れる昭和五五年六月三〇日までの原告の勤続年数三年一か月と、本件協定失効時に
おける昭和五三年度賃金協定による勤続三年の非事務行員の基本給月額(一三万四
〇〇〇円)を基礎として計算される退職金の支給を受け得るということに尽きる。
そして、この場合の原告の退職金額は、退職一時金四万五八〇〇円(一三万四〇〇
〇円×三・七)、退職年金一時払金一六万九三〇〇円(一三万四〇〇〇円×一・二
六二九三)の合計金六六万五一〇〇円となる。
4 次に、
(一) 本来退職金協定成立までの仮払退職金の支払時期、額などについて、これ
に関する協定ないし合意が存在していなければ、被告における慣行に従うべきとこ
ろ、被告と従業員組合との間の昭和五四年退職金協定が失効した後において、従業
員組合に加入している従業員七名が退職したが、この退職した従業員七名について
は、いずれも、被告と従業員組合との間の昭和五四年度退職金協定の失効時におけ
る賃金額を基礎として、それに失効した退職金協定の規定を適用して算定される金
額を退職日に仮払いし、後日その退職時に適用される新しい退職金協定が締結され
た時に清算するという扱いがなされ、これが慣行化しているところ、この慣行は、
外銀労所属の従業員にも適用されるべきである。
(二) 右慣行によれば、原告に対しては、その退職したと看做される昭和五五年
六月三〇日に、前記3で算定した退職一時金四九万五八〇〇円、退職年金一時払金
一六万九三〇〇円、合計金六六万五一〇〇円を仮払いし、後日新たな退職金協定成
立のときに清算するということになる。
(三) そこで、被告は、原告に対し、右慣行に従い、かつ右退職金額を上回る仮
払金額を、次のとおり提示し、その受領方を原告が退職金に関する一切の処理を委
任している外銀労を通じて原告に告知し、その支払の準備を了して弁済の提供をし
た。
(1) 昭和五五年六月二八日、退職一時金五一万二五〇〇円、退職年金一時払金
一七万五〇〇〇円合計金六八万七五〇〇円
(2) 昭和五五年一二月三一日、退職一時金五一万六二〇〇円、退職年金一時払
金一七万六二〇〇円、合計金六九万二四〇〇円
(3) 昭和五六年四月一〇日、退職一時金五一万八〇〇〇円、退職年金一時払金
一七万六九〇〇円、合計金六九万四九〇〇円
(四) これに対し原告は、原告主張の退職金額に固執して被告提示の退職金の受
領を拒絶し、受領遅滞の状態にある。従つて、原告に対する退職金支払の履行期が
昭和五五年六月三〇日であるとしても、退職金不払による遅延損害金の発生する余
地はない。
5 なお、被告は、昭和五二年五月、外銀労及び従業員組合に対し、今後締結する
退職金協定に関し、その年の定期昇給分は金額退職金に反映させるが、ベース・ア
ップ分については、それまでの退職金協定によつて妥結し、支給されてきたような
一〇〇パーセント反映の方法を改訂したいと提案した。
 右被告の提案は、被告における退職金が世間的にも高水準であることがその根底
にあり、従来の協定による退職金計算方法によつては、退職金が予想を超えて増大
していくとの認識があり、被告の現在までの提案によつても、基本給の増額分の全
額を反映する場合にくらべ、退職金が若干鈍るにすぎず、また、我が国における高
齢化社会の到来による定年延長に伴い、他の多くの企業においても、退職一時金の
算定基礎の対象から、基本給の一部を除外するなどの方法をもつて、退職金の上昇
を抑制する傾向が強まつていることからも、被告の右提案は十分に社会的妥当性を
有し、合理性のあるものである。しかるに、外銀労は、定期昇給分及びベースアッ
プ分の全額を退職金計算の基礎とするよう要求しているため、退職金協定が締結さ
れるに至つていないのである。このような事情の下に、被告が前述の如き方法によ
つて原告に対する退職金を計算し、これを支払うべく弁済の提供をしたことは、妥
当、適法というべきである。
6 なお、後記1ないし7の原告の主張は争う。
四 被告の主張、抗弁に対する原告の認否、反論
1 被告の右主張抗弁のうち、4の(三)の被告が原告に対し、昭和五五年六月二
八日、同年一二月三一日、同五六年四月一〇日、それぞれ被告主張の提案をしたこ
とは認めるが、その余は争う。
2 被告は、退職金協定が失効したときは、就業規則中退職金に関する規定の具体
的な内容が存在しなくなる旨主張する。ところで、被告においては、就業規則には
定年の定めがなく、定年の定めは退職金協定によつて定められている。そうすると
被告の主張を貫けば、退職金協定が失効した場合、定年の定めすら存在しないこと
になる。しかしながら、被告はそこまでは主張せず、その存在は認めつつ、退職金
額に関する部分のみを不存在と主張するのであるから、そのこと自体極めて恣意的
であり、矛盾であつて、右被告の主張は不当である。
3 被告は、昭和五〇年六月二六日に被告と従業員組合との間に締結された退職金
協定をその後就業規則変更届に添付して提出したが、被告と外銀労との間に締結さ
れた本件協定は添付されていないから、外銀労との関係では、右協定は就業規則の
内容になつていないと主張する。しかし、右就業規則変更届は、退職金協定の中味
のみを就業規則の一部として届出られたものであり、協定の当事者や有効期間等の
附属的な部分はその一部とはなつていないのである。すなわち、右就業規則変更届
は、定年や、退職金の計算方法、乗率、受給資格等のみが被告の就業規則の一部と
なつたに過ぎないのである。従つて、右就業規則変更届によつて変更された就業規
則は、当然外銀労の組合員にも適用があるというべきである。
4 また、被告は、昭和五五年度退職金協定が締結されなければ、原告の退職金額
は最終的に決まらない旨の主張もするが、しかし、本件の場合、退職金協定が就業
規則として届けられているのであるから、本件就業規則に基づき、昭和五五年度の
賃金が確定すれば自動的に退職金支給額は確定するのであつて、被告が主張する退
職金支給に関する慣行(被告の主張4の(一)、(二))は、何の意味も有しない
ものである。
5 次に、被告は、退職金協定の内容が就業規則の一部となるとすることは、就業
規則に労働協約よりも優位を認めることとなり、協約に有約期間を設けたことを無
意味なりしめると主張するが、原告において、右協定の内容が就業規則の一部とな
つて効力を有すると主張しているのは、退職金協定が失効した場合のことであるか
ら、何ら就業規則に優位を認めるものではない。
 また、退職金協定が就業規則の一部となつた後においても、新たな退職金協定が
締結されれば、その新協定が就業規則よりも優先することになるから、協定に有効
期間を設けたことを無意義ならしめ、就業規則が永久に続くことになるものでもな
い。
6 次に被告は、失効した退職金協定が個々の労働者の労働契約の内容となるの
は、退職金協定が失効した時点において各人が受領できた退職金額を限度とする旨
の主張をする。しかし、退職金協定が労働契約の内容になるとは、「基本給×計
数」という抽象的内容についてであつて、協定失効時点で退職金額が固定化するも
のではない。個々の従業員は、「退職時の基本給×計数」の退職金がもられるとい
う期待権を持つており退職金が賃金の後払いであることを考えると、労働者の同意
なしに右期待権を剥奪することはできないといわねばならない。
7 なお、被告は、昭和五二年から退職金の切下げを企図し、昭和五二年七月に本
件協定の打切りを通告し、同年一二月末をもつて本件協定を失効させ、初志を貫徹
させたものである。被告の意図は、基本給を二つに分け、一方は退職金計算の基礎
として、一方は、全く退職金に反映させないことにより、退職金の負担を軽減しよ
うとするもので、全く不当なものである。
 一方、外銀労も、本件協定をもつて十分とするものでなく、昭和五四年五月、乗
率の改善、定年の延長等、社会情勢に対応する改善提案をして、団体交渉を求めて
きたものであつて、外銀労の態度に何ら非難さるべき点はない。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 当事者等
 被告は、いわゆる在日外国銀行であり、香港に本店を、東京、大阪にその営業所
(支店)を有していること、原告は、昭和五二年六月一六日から訴外関西明装株式
会社の社員として、被告大阪支店に出向し、メツセンジヤーとして勤務していたと
ころ、昭和五三年一二月七日、被告との間に、臨時従業員雇用契約を締結して被告
の従業員となると同時に、勤務年限としては、右昭和五二年六月一六日から被告に
勤務していたものとしての取り扱いを受けることとなつたこと、原告は、昭和五三
年、外銀労に加入し、その組合員となつたこと、なお、被告の東京支店及び大阪支
店には、外銀労の外に従業員組合があること、以上の事実は、当事者間に争いがな
い。
二 原告の退職金請求権の発生
 原・被告間の臨時従業員雇用契約では、原告の労働条件については、被告の就業
規則のうち疾病に関する項目を除く部分の準用を受けるとともに、被告と外銀労と
の間の諸協定のうち、少なくともその支給時において効力を有する諸協定の準用を
受けること、原告の雇用期間は、昭和五四年六月三〇日までとされていたが、昭和
五八年六月三〇日までの間は一年毎に雇用契約を更新することが可能とされてお
り、その後現実に一年毎に更新されて現在に至つているところ、原告の退職金の支
給については、昭和五五年六月三〇日に退職(事務行員の場合の停年退職に相当)
したものと看做して、同日に支払うものとされていたこと、以上の事実についても
当事者間に争いがない。
 従つて、原告は、昭和五五年六月三〇日の到来と共に、被告に対し、所定の退職
金の支払を請求し得るものというべきである。
三 退職金の額
1 被告の従業員に対する退職金の支給については、被告の就業規則(甲第四号証
「四 退職金」の項に、「支給時の退職金協定による。」と規定されていること、
被告と従業員組合との間で昭和五〇年六月二六日に、退職一時金及び退職年金の支
給に関する退職金協定が締結されたところ、その内容は、原告主張の請求原因2の
(二)に記載のとおりであること、ついで、被告と外銀労との間で同年七月二九日
に、右と同一内容の退職一時金及び退職年金の支給に関する退職金協定(本件協
定)が締結されたこと、被告は、その後、被告と従業員組合との間で締結した前記
退職金協定の写を被告の就業規則変更届に添付して大阪中央労働基準監督署に届け
たこと、本件協定は、昭和五三年一二月末日までは有効に存続していたが、右同日
限り失効したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
 そうとすれば、本件協定が失効した昭和五三年一二月末日までは、被告の従業員
で外銀労に属する者に対しては本件協定によつてその退職金の額が定まる関係にあ
り本件協定の準用される原告についても同様であつたものといわなければならな
い。
2 次に、本件協定が昭和五三年一二月末日限り失効したことは、前記のとおり当
事者間に争いがないところ、その後被告と外銀労との間で、退職金に関する新たな
協定が結ばれておらず、右同日以降、被告と外銀労との間では、退職金に関する協
定が存在していないことは弁論の全趣旨から明らかである。
 ところで、労働協約の失効後のその余後効の有無については、明文の規定のない
ところから、種々議論の存するところであるが、少なくとも、労働協約のうちで、
賃金(退職金を含む)や労働時間その他個々の労働者の労働条件に関する部分につ
いては、その労働協約の適用を受けていた労働者の労働契約の内容となつたものと
解するのが相当である。けたし、労働協約の余後効を認めず、かつ、右のようにも
解さなければ、労働協約の失効後は、これに代る新たな労働協約が締結されない限
り、従前、適用されていた賃金、労働時間その他の労働条件について、これを律す
る根拠がなくなつて不合理であるのみならず、これを実質的にみても、労働協約に
よつて、賃金、労働時間、その他の労働条件が定められた場合には、右労働協約の
存続中、当該労働組合所属の労働者は、これに従つて労務を提供し、賃金等の反対
給付を受けていたのであるから、右労働協約に定める労働条件は、実質的に個別的
な労働契約の内容となつていたものと認めるのが合理的であるからである。従つ
て、労働協約が失効した後でも、そのうち、賃金、労働時間、その他の労働条件に
関する部分は、これを変更する新たな労働協約が締結されるか、又は、個々の労働
者の同意を得ない限り、そのまま個々の労働者の労働契約の内容として、使用者と
労働者とを律するものというべきである。これを本件についてみるに、被告と外銀
労との間で締結された退職一時金及び退職年金に関する本件協定は、前記当事者間
に争いのない内容自体に照らし、外銀労に属する被告の従業員の退職一時金、退職
年金の受給資格、その計算方法等退職金の額等を具体的に定めたものであつて、個
々の右従業員の労働条件に関するものというべきであるから、本件協定で定めた右
退職一時金、退職年金の受給資格、その計算方法、額等は、本件協定が有効に存続
していた間、外銀労所属の被告の従業員であつたものについては、個々の労働契約
の内容となつていたものというべきである。
 従つて、被告が従業員組合との間に締結した退職金協定の内容をそのまま就業規
則の一部とする旨の就業規則変更の届を大阪中央労働基準監督署に提出したことに
より、外銀労に属する被告の従業員に対しても、原告主張の如く右就業規則の適用
があるか否かの点は暫く措くとして、少なくとも、被告は、外銀労との間で締結し
た本件協定が失効した後も、被告と外銀労との間で、退職金等に関する新たな労働
協約を締結するか、個々の従業員の同意を得ない限り、外銀労に属する被告の従業
員に対し、本件協定によつて定められた計算方法によつて計算した退職金を支払わ
なければならないものというべきである。
3 そして、前記当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証同五
号証によれば、被告の臨時従業員である原告については、原告と被告との雇用契約
により、被告と外銀労との間で締結され、その支給時において効力を有する協約の
準用を受けるものとされていることが認められ、また、本件協定は、前述の通り、
原告が退職金を受け得る昭和五五年六月三〇日当時において失効し、その効力はな
かつたのであるが、原告は、本件協定が有効に存続していた昭和五三年一二月七日
に被告の臨時従業員として雇用されたから、当時効力を有していた本件協定は、当
然原告にも準用され、従つてその退職金については、本件協定の定める計算方法に
よつて計算した額が支払われることがその雇用契約の内容となつたものというべき
である。
 よつて、原告についても、右労働契約の効力として、本件協定の失効にも拘わら
ず、その退職したものと看做された昭和五五年六月三〇日の時点において、本件協
定によつて定められた計算方法によつて計算した額の退職金の支給を受け得るもの
というべきである。
4 もつとも、被告は、原・被告間の臨時従業員雇用契約では、原告は、被告と外
銀労との間に締結され、その支給時において効力を有する協約の準用を受け、ま
た、被告の就業規則(甲第四号証)では、退職金につき「支給時の退職金協定によ
る。」と規定されているところ、本件協定は、昭和五三年一二月末日に失効し、以
後退職金に関する協定はないから、原告の退職金については、本件協定の定めによ
つて計算すべきではないとの趣旨の主張をしている。しかしながら、前述の通り、
原告は、被告と外銀労との間で締結された本件協定の存続中に被告に雇用されたの
であるから、本件協定に定める退職金の受給資格、計算方法、額等は、原告と被告
との個別的な労働契約の内容となつていたものと解すべきである。従つて、本件協
定失効後も、原告の退職金は、被告主張の就業規則の規定に拘らず、本件協定によ
つて定めらけた計算方法によつて計算すべきものというべきであるから、右被告の
主張は失当である。
5 原告の退職金の計算
(一) 本件協定による原告の退職金計算の基礎となる勤続年数が三年一か月であ
ることは当事者間に争いがない。
(二) 次に、本件協定では、退職一時金及び退職年金の額は、退職時における基
本給月額に一定の乗率を乗じた額とするとされていることは当事者間に争いがない
から、原告の退職金は、その退職したものとみなされた昭和五五年六月三〇日現在
における原告の基本給月額に所定の乗率を乗じて算出すべきである。
(三) もつとも、被告は、本件協定が失効した後における退職金計算の基礎とな
る基本給月額は、本件協定が失効した昭和五三年一二月当時の基本給月額であると
主張しているが、右は、被告の独自の見解であつて採用できない。
 また、被告は、被告銀行では、退職金協定が失効した後、新たな退職金協定が成
立するまでの間の退職者に対する退職金の支給については、退職金協定失効時にお
ける基本給月額を基礎としてそれに失効した退職金協定の規定を適用して算定され
る金額を退職日に仮払いし、後日その退職時に適用される新しい退職金協定が締結
された時に清算するという慣行がある旨主張しているところ、被告と従業員組合と
の間で締結された退職金協定の失効後に退職した従業員組合所属の従業員七名の退
職金が、被告主張の如く右退職金失効時の基本給月額を基礎として計算され、これ
が仮払いされたからといつて、このことから、右取扱いが従業員組合とは別個の外
銀労所属の従業員にも適用のある慣行となつたものとは到底認め難いのであつて、
右被告の主張事実に副う成立に争いのない乙第一号証、同第四号証の各記載内容及
び証人宮崎六郎の証言はたやすく信用できず、他に右被告の主張事実を認め得る証
拠はないから、右の点に関する被告の主張は失当である。
 さらに、被告は、被告の膨業員の退職金が他にくらべて高水準であることを一理
由として、原告の退職金の計算に当つては、本件協定の失効時における原告の基本
給月額を基準として計算することも不当ではないとの趣旨の主張をしている。しか
し、仮に被告の従業員の退職金が被告主張の如く高水準であるとしても、右高水準
の点は、組合と右退職金に関する新たな労保協約を締結するか、又は、個々的に従
業員の同意を得て改めるべきであつて、右の方法によつて改めない限り、原告の退
職金についても、前述のとおり、被告と原告との労働協約の内容となつた本件協定
に定める計算方法によつて、退職金を算出すべきであつて、単に退職金が高水準で
あるからといつて、被告において、一方的に右と異る計算方法をとることは許され
ないというべきであるから、右の点に関する被告の主張も失当である。
(四) 従つて、原告の退職一時金及び退職年金の計算に当つては、原告が退職し
たものとみなされた昭和五五年六月三〇日現在の基本給月額を基礎とすべきとこ
ろ、原告の右昭和五五年六月三〇日現在の基本給月額が一五万四〇〇〇円であつた
ことは当事者間に争いがない。
(五) 次に、本件協定では、前記のとおり、退職一時金は最初の一〇年間は各一
年につき一・二か月分とされ、また、退職年金は、二九歳以後に雇用されたものが
定(停)年で退職する場合には三〇年の実勤続年数に対する割合で一〇年間、基本
給月額に二を乗じた額とされ、退職年金を一時に受給するときは、〇・六一四四の
乗率を乗じて換算した額とする旨定められていたことは当事者間に争いがなく、ま
た原告が二九歳以後に被告に雇用されたことは弁論の全趣旨から明らかである。従
つて、原告の退職一時金は、右基本給月額金一五万四〇〇〇円に原告の勤続年数三
年一か月と同勤続年数に対応する退職一時金の乗率一・二を乗じた金五六万九八〇
〇円(但し、一〇〇円未満を切上げたもの154,000円×1.2×3 1/1
2)退職年金一時払金は、右金一五万四〇〇〇円に退職年金の乗率二、勤続年数三
年一か月、同勤続年数に対応する乗率三〇分の一、年金支給期間一〇年、退職年金
一時払金の換算率〇・六一四四をそれぞれ乗じた金一九万四五〇〇円(但し、一〇
〇円未満を切り上げたもの154,000円×3 1/12×2×1/30×10
×0.6144)、合計金七六万四三〇〇円となる。そして、右退職金の支払日
は、前記のとおり原告の退職したと看做される日であるから、原告は、退職したと
看做される昭和五五年六月三〇日に、右退職金の合計金七六四三〇〇円の支払を請
求し得たものというべきである。
四 次に、被告は、原告に対し、被告主張の計算方法によつて原告の退職金を計算
し、昭和五五年六月二八日右退職金として合計金六八万七五〇〇円の支払額を提示
し、また同年一二月三一日に同じく合計金六九万二四〇〇円の支払額を提示し、さ
らに同五六年四月一〇日に合計金六九万四九〇〇円の支払額を提示し、それぞれの
受領方を告知し、支払準備を完了して、弁済の提供をしたにも拘らず、原告はこれ
を受領しなかつたから、被告には遅滞の責任はなく、原告に受領遅滞の責任がある
と主張している。しかしながら、仮に被告が原告に対し、右各金額の受領方を告知
し、その支払の準備を完了していたとしても、前掲三の5の(五)とのおり、被告
は原告に対し退職金として合計金七六万四三〇〇円を支払う義撮があるところ、被
告が提示して受領を求めた金額は、多くても六九万四九〇〇円であつて、原告の受
け得る退職金に満たないものである、してみると、被告主張の弁済の提供は、債務
の本旨に従つた弁済の提供ではないというべきであるから、被告の右主張は失当で
ある。そうすると、被告は、原告が退職したと看做された昭和五五年六月三〇日翌
日である同年七月一日から原告に対する退職金支払債務金四六万四三〇〇円全額に
ついて遅滞に陥つたもので、これに対する右同日以降民法所定の年五分の割合によ
る遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。
五 以上のとおりであつて、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請
求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴法八九条、仮
執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決す
る。

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